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研究会報告
研究会報告
〔
目
次
〕
1.イオンチャネル・トランスポーターと心血管機能:細胞機能の分子機序とその統合的理解
(代表者:尾野恭一
2009 年 11 月 25 日-11 月 26 日)........................................... 221
2.シグナル伝達の動的理解を目指す新戦略
(代表者:廣瀬謙造
2009 年 10 月 1 日-10 月 2 日)............................................. 233
3.作動中の膜機能分子の姿をとらえる-静止画から動画へ-
(代表者:相馬義郎
2009 年 9 月 3 日-9 月 4 日)............................................... 242
4.神経科学の新しい解析法とその応用
(代表者:高橋正身
2009 年 7 月 16 日-7 月 18 日)............................................. 251
5.神経系の発生・分化・再生に関する研究の新展開
(代表者:仲嶋一範
2010 年 3 月 19 日-3 月 20 日)............................................. 262
6.シナプス可塑性の分子的基盤
(代表者:服部光治
2009 年 6 月 18 日-6 月 19 日)............................................. 273
7.視知覚研究の融合を目指して-生理,心理物理,計算論
(代表者:西田眞也
2009 年 6 月 18 日-6 月 19 日)............................................. 281
8.大脳皮質-大脳基底核連関と前頭葉機能
(代表者:宮地重弘
2009 年 11 月 26 日-11 月 27 日)........................................... 289
9.感覚刺激・薬物による快・不快情動生成機構とその破綻
(代表者:南
雅文
2009 年 10 月 1 日-10 月 2 日)............................................. 296
10.シナプス機能と病態
(代表者:高橋琢哉
2009 年 12 月 14 日-12 月 15 日)........................................... 307
11.大脳皮質局所回路の機能原理
(代表者:宋
文杰
2009 年 11 月 19 日-11 月 20 日)........................................... 314
12.脳機能画像解析中級編:領域間結合解析
(代表者:河内山隆紀
2009 年 9 月 24 日-9 月 25 日)........................................... 318
13.第 3 回 Motor Control 研究会
(代表者:北澤
茂
2009 年 5 月 28 日-5 月 30 日)............................................. 320
14.上皮組織における細胞外環境感受機構
(代表者:丸中良典
2009 年 11 月 9 日-11 月 10 日)............................................ 349
15.シナプス伝達の概念志向型研究
(代表者:澁木克栄
2009 年 11 月 12 日-11 月 13 日)........................................... 357
16.中枢・末梢臓器間連携による摂食,エネルギー代謝調節
(代表者:矢田俊彦
2010 年 2 月 12 日-2 月 13 日)............................................. 366
17.貪食細胞機能のイメージング
(代表者:岡村康司
2010 年 1 月 20 日-1 月 21 日)............................................. 373
18.DNA の凝縮:物理から生理まで
(代表者:前島一博
2010 年 3 月 10 日) ....................................................... 378
219
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
19.電子顕微鏡機能イメージングの医学・生物学への応用「感染症観察」および「その場観察」
(代表者:臼田信光
2010 年 1 月 8 日-1 月 9 日)............................................... 384
20.TRP チャネルの機能的多様性とその統一的理解
(代表者:金子周司
2009 年 6 月 4 日-6 月 5 日)............................................... 393
21.痛みの病態生理と神経・分子機構
(代表者:倉石
泰
2009 年 12 月 10 日-12 月 11 日)........................................... 407
22.体温調節,温度受容研究会
(代表者:小林茂夫
2009 年 9 月 10 日-9 月 11 日)............................................. 420
23.医学生物学用超高圧電子顕微鏡 (H-1250M) の 30 年
(代表者:有井達夫
2010 年 3 月 5 日-3 月 6 日)............................................... 431
24.光を用いた神経活動の操作-操作法開発から神経回路研究への応用-
(代表者:西丸広史
2009 年 9 月 3 日-9 月 4 日)............................................... 439
25.伴侶動物の臨床医学研究会(比較腫瘍学・造血系腫瘍への挑戦,麻酔)
(代表者:丸尾幸嗣
220
2009 年 12 月 3 日-12 月 4 日)............................................. 446
研究会報告
1.イオンチャネル・トランスポーターと心血管機能:
細胞機能の分子機序とその統合的理解
2009 年 11 月 25 日-11 月 26 日
代表・世話人:尾野恭一(秋田大学・院医・細胞生理)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)
(1)低分子量 G 蛋白質 Rad による心筋細胞内 Ca2+動態の調節機構について
山川裕之,村田光繁,小柴貴子,矢田浩崇,相澤義泰,遠山周吾,福田恵一
(慶應義塾大学医学部再生医学講座)
(2)心房筋におけるカルシウムシグナル調節機構
赤羽悟美,中瀬古寛子,伊藤雅方(東邦大学医学部医学科・大学院医学系研究科・薬理学講座)
(3)家族性進行性心臓伝導障害のコネキシン 40 遺伝子変異と機能解析
蒔田直昌 1,住友直方 2,関
明子 3,萩原誠久 3,望月直樹 4
(1 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 内臓機能生理学,2 日本大学医学部 小児科,
3
東京女子医大 循環器内科,4 国立循環器病センター研究所 循環器形態部)
(4)心筋細胞肥大における STIM1 の役割
大場貴喜,渡邊博之*,村上
学,佐藤貴子*,伊藤
宏*,尾野恭一
(秋田大学大学院医学系研究科細胞生理学講座,*循環器内科学講座)
(5)Semi-simultaneous Imaging of Intracellular Calcium and Association of Ca2+ entry channel-calmodulin
森
+
誠之,今井裕子,井上隆司(福岡大学 医 生理学)
2+
(6)アルドステロン誘発心肥大における Na /Ca 交換輸送体の役割
伊豫田拓也 1,喜多紗斗美 1,小室一成 2,西山
成 3,岩本隆宏 1
(1 福岡大学医学部薬理学,2 千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学,3 香川大学医学部薬理学)
(7)新しく同定された非定型心筋細胞 atypically-shaped cardiomyocytes (ACMs) の特徴
尾松万里子,松浦
博(滋賀医大・生理・細胞機能生理)
(8)エンドセリン A 型受容体ノックインマウスによって明らかになった新しい心筋細胞系譜
栗原裕基(東京大学 大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻)
(9)アンジオテンシン変換酵素 2(ACE2)-apelin による循環機能調節
久場敬司 1,藤澤
進 1,大戸貴代 1,Josef Penninger2,Francois Verrey3,今井由美子 1
(1 秋田大学大学院医学系研究科 情報制御学・実験治療学講座,
2
IMBAInstitute of Molecular Biotechnology of the Austrian Academy of the Sciences, Austria,
3
Institute of Physiology and Center for Integrative Human Physiology, University of Zürich, Switzerland)
(10)SA node の自己再生能に学ぶ心筋再生の新たな可能性
木内茂樹 1,宇佐美彬乃 1,下山多映 2,大塚文徳 2,伊藤理恵 1,
鈴木重人 1,上園
崇 1,栗原順一 1,小野景義 1
(1 帝京大学薬学部薬理学,2 帝京大学薬学部環境衛生学)
(11)HCN4 イオンチャネルを用いた ES 細胞由来心臓ペースメーカー細胞の分取とその特性解析
白吉安昭,伊藤真一,清水夏海,藤井裕士,池内
悠,森川久未,久留一郎
(鳥取大学大学院 医学系研究科 機能再生医科学専攻 再生医療学分野)
(12)モルモット肺静脈心筋における自発的電気活動の発生機序の解明:組織および単離細胞を用いた検討
行方衣由紀,恒岡弥生,高原
章,田中
光(東邦大学薬学部薬物学教室)
221
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(13)神経栄養因子による心筋への交感神経軸索の誘導
三輪佳子 1,李
鍾國 1,高岸芳子 2,トビアス オプトホフ 3,
平林真澄 4,神保泰彦 5,児玉逸雄 1
(1 名古屋大学環境医学研究所 心・血管分野,2 同発生・遺伝分野,
3
アムステルダム大学医学部,4 生理学研究所,5 東京大学大学院新領域創成科)
(14)NO による心筋カルシウムチャネル調節
黒川洵子,黒羽笑加,松原清二,笹野哲郎,中村浩章,古川哲史
(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体情報薬理学分野)
2+
(15)カルモジュリンの心筋 Ca チャネル (Cav1.2) に対する二重作用
亀山正樹,Asmara H,蓑部悦子,Saud Z. A.,韓
冬雲,郭
鳳,王
午陽,はお麗英
(鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科 神経筋生理学)
(16)内向き整流カリウムチャネルのマグネシウムイオンとポリアミンによらないゲート機構の探索
石原圭子,Yan Ding-Hong,頴原嗣尚(佐賀大学医学部 生体構造機能学 器官・細胞生理学分野)
(17)心筋興奮伝導の in silico 研究:心筋ナトリウムチャネルの細胞内局在の興奮伝導への影響
津元国親 1,芦原貴司 2,倉智嘉久 1,3
(1 大阪大学臨床医工学融合研究教育センター,
2
滋賀医科大学循環器内科・不整脈センター,3 大阪大学大学院医学系研究科)
(18)PDE3 阻害による PKA 依存的な血管収縮抑制の分子機序
西田基宏(九州大学,大学院薬学系研究科,薬物中毒学分野)
(19)スタチンによる骨格筋毒性に小胞膜輸送障害が関与する
坂本多穂,和栗
聡,木村純子(福島県立医科大学 医学部 薬理学講座)
(20)後天性 QT 延長症候群の遺伝的背景と分子病態
伊藤英樹 1,坂口知子 1,岡
優子 1,宮本
証 1,堀江
稔 1,林
維光 2,松浦
博 2,井本敬二 3
(1 滋賀医科大学呼吸循環器内科,2 同細胞機能生理学,
3
自然科学研究機構 生理学研究所 神経シグナル研究部門)
【参加者名】
蒔田直昌(長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科),村田
山正樹,蓑部悦子,アスマラ ハッディムリヤ(鹿児島大
光繁,山川裕之(慶應義塾大学・再生医学教室),渡邊泰
学・大学院医歯学総合研究科・神経筋生理学分野),尾野
秀,山下寛奈,山川知美(浜松医科大学・医学部看護学
恭一,大場貴喜,岡本洋介(秋田大学大学院・医学系研
科),森
究科・細胞生理学講座),木村純子,坂本多穂(福島県立
誠之(福岡大学・医学部・生理学),古川哲史,
黒川洵子(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体情
医科大学・医学部・薬理学講座),伊藤英樹(滋賀医科大
報薬理学分野)
,西田基宏(九州大学・大学院薬学研究院・
学・呼吸循環器内科),李 鍾國,三輪佳子,神谷香一郎,
薬効安全性学分野),柳(石原)圭子(佐賀大学・医学部・
本荘晴朗,辻
生体構造機能学),行方衣由紀(東邦大学・薬学部・薬物
研究所),松浦 博,尾松万里子(滋賀医科大学・生理学
学教室),津元国親,倉智嘉久(大阪大学・臨床医工学研
講座),栗原裕基(東京大学・大学院医学系研究科),小
究教育融合センター)
,岩本隆宏,伊豫田拓也(福岡大学・
野景義,木内茂樹(帝京大学・薬学部・薬理学教室),久
医学部・薬理学),久留一郎,白吉安昭(鳥取大学・大学
場敬司(秋田大学・大学院医学系研究科),赤羽悟美(東
院医学系研究科・再生医療学),南沢
享(早稲田大学・
邦大学・医学部医学科),横山詩子(横浜市立大学・医学
理工学術院・生命医科学科),三尾和弘(産業技術総合研
部・循環制御医学),岩本眞理(横浜市立大学・医学部・
究所・バイオメディシナル情報研究センター)
,鷹野 誠,
小児科),古家園子(生理研・形態情報解析室),井本敬
伊藤政之(自治医科大学・医学部・生物物理学部門),亀
二(生理研・神経シグナル),久保義弘,立山充博,中條
222
幸臣,植田典浩(名古屋大学・環境医学
研究会報告
浩一,Keceli Batu,松下真一,石井
裕(生理研・神経
機能素子)
【概要】
平成 21 年度 11 月 25 日(水)・26 日(木)の 2 日間,
機能解析(Ca チャネル,Na/Ca 輸送体,TRP,Kir6.2,
生理学研究所コンファレンスセンターにて研究会を開催
コネキシン,電位依存性 K チャネル)に始まり,心臓自
した。研究会開催に際してはコアメンバーを中心に演題
動能,肥大・心不全,家族性伝導障害,QT 延長症候群,
を募集したところ,他施設からも多く発表希望が寄せら
心筋細胞内 Ca 動態,再生,血管平滑筋の収縮制御,in silico
れ,本研究会への関心の高さがうかがわれた。
研究,創薬・循環薬理,心臓の分化など,イオン輸送体
イオンチャネルやトランスポーターは細胞膜電位の形
と心血管機能に関する多彩な研究成果が報告された。従
成や電気的興奮,細胞内環境の維持,細胞内情報伝達系
来のメンバーに加え,栗原(東京大),久留(鳥取大),
の修飾や遺伝子の転写制御等,様々な機能的役割を担っ
蒔田(長崎大),久場(秋田大),小野(帝京大)らが新
ている。心血管系においてはこれらイオン輸送体の機能
たに加わったことで,より一層多角的視点からイオンチ
異常が不整脈や動脈硬化,心不全,肥大など種々の心血
ャネルやイオントランスポーターに関する議論を行うこ
管病態の発現や進展に関わっていることが明らかになっ
とができた。当日の研究会には 52 名の参加者があり,20
ており,基礎医学から臨床に至るまで多角的な視野でイ
題の研究発表に対して制限時間を超えて多くの質疑が行
オン輸送体分子の病態生理的役割を解析していく必要が
われた。討論の中から得られた知見をもとに,各研究の
ある。実際,本研究会においてはイオンチャネル・イオ
今後の発展と共に,新たな研究基盤の確立に至ることを
ントランスポーター分子を直接の研究テーマとした構造
期待したい。
(1)低分子量 G 蛋白質 Rad による心筋細胞内 Ca2+動態の調節機構について
山川裕之,村田光繁,小柴貴子,矢田浩崇,相澤義泰,遠山周吾,福田恵一
(慶應義塾大学医学部再生医学講座)
【背景】低分子量 G タンパク質 Rad は心筋 L 型 Ca2+電流
よび Ca2+スパークを測定した。その結果,DN Rad TG 細
を制御し,その機能異常により不整脈を誘発する。しか
胞の Ca2+トランジエント振幅は,野生型 (WT) マウスと
し,Rad が L 型 Ca2+チャネルのみを制御するだけで不整
比較し有意に増大しており,Ca2+スパークおよび自然発
脈を誘発しているかは不明である。そこで,本研究の目
生 Ca2+ウエーブの頻度も増加していた。さらに,DN Rad
的は Rad による心筋細胞内 Ca2+動態の調節機構を解明す
TG マ ウ ス で は PKA 活 性 お よ び リ ア ノ ジ ン 受 容 体
ることである。
(RYR2) の 2809 番セリン (Ser2809) リン酸化が有意に増加
【方法および結果】心臓内因性 Rad 活性を抑制するため,
していた。また野生型 Rad を培養心筋細胞に強発現する
心臓特異的にドミナントネガティブ変異型 Rad (DN Rad)
と,イソプロテレノール刺激による PKA 活性化および
を強発現したトランスジェニック (TG) マウスを作成し
RYR2 Ser2809 リン酸化は有意に抑制された。
た。マウス心筋細胞を,Ca2+蛍光色素 Fluo-4 で染色後,
2+
共焦点高速レーザ顕微鏡を用いて Ca トランジエントお
【結論】Rad は,PKA 系による RYR2 リン酸化を修飾し,
細胞内 Ca2+動態を制御していることが示唆された。
223
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(2)心房筋におけるカルシウムシグナル調節機構
赤羽悟美,中瀬古寛子,伊藤雅方(東邦大学医学部医学科・大学院医学系研究科・薬理学講座)
洞房結節細胞のペースメーカー活動電位の形成と制御
+
持に重要な役割を担うことが再確認された。一方,ペー
には,電位依存性 K チャネルの脱活性化,If チャネルお
スメーカー活動電位は L 型 Ca2+チャネルを介した Ca2+
よび電位依存性 Ca2+チャネルの活性化に加えて,細胞内
流入を引き金として誘発される Ca2+誘発性 Ca2+放出機構
Ca2+シグナルのハンドリング機構が関与することが示さ
によっても調節されており,ここでも CaV1.3 の役割が明
2+
れている。我々は,L 型 Ca チャネル CaV1.3 が CaV1.2
らかになりつつある。我々は,心房筋細胞における L 型
に比較して高いアベイラビリティーを維持し,ペースメ
Ca2+チャネルのサブタイプ特異的な Ca2+シグナル変換制
ーカー電位の閾値および活動電位幅を保障する役割を担
御機構を明らかにする目的で細胞内領域と相互作用する
うことを報告してきた。さらに薬理学的検討を行い,電
蛋白を探索し,CaV1.2 と特異的に相互作用する蛋白とし
2+
位依存性 Ca チャネル各サブタイプの中でも特に CaV1.3
てリン脂質結合蛋白 (StarD10) を新たに同定し,StarD10
に対する遮断作用が心拍リズムや房室伝導の抑制をもた
が心房筋細胞における L 型 Ca2+チャネルを介した Ca2+
らすことを見出した。よって,CaV1.3 が心拍リズムの維
シグナルの安定化に関与していることを見出した。
(3)家族性進行性心臓伝導障害のコネキシン40遺伝子変異と機能解析
蒔田直昌 1,住友直方 2,関
明子 3,萩原誠久 3,望月直樹 4
(1 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 内臓機能生理学,2 日本大学医学部 小児科,
3
東京女子医大 循環器内科,4 国立循環器病センター研究所 循環器形態部)
進行性心臓伝導障害 (cardiac conduction defect; CCD)
クタンスは正常 (WT)-Cx40 ペアに比べ有意に減弱して
は,刺激伝導系の特異的な伝導遅延を特徴とする家族性
いた (WT=12.9±5.8 nS, n=4; Q58L=1.2±0.7 nS; n=5;
致死性不整脈であり,心筋 Na チャネル SCN5A の遺伝子
mean±SD, p<0.01)。共焦点顕微鏡で GFP tagged-Cx40 の
異常が明らかにされている。我々は CCD 発端者 139 人
細胞内発現パターンを観察すると,WT-Cx40 は,細胞間
の遺伝子解析を行ったところ,完全左脚ブロックを呈し,
の限局した領域に強く発現していた。一方,Q58L-Cx40
突然死を伴うる CCD の 1 家系に,心房筋と刺激伝導系
は,細胞膜にび漫性に発現するものの,WT のような限
にほぼ特異的に発現するギャップジャンクション (GJ)
局した発現パターンは示さず,GJ サブユニット間の連関
connexin40 (Cx40) の遺伝子変異 Q58L を認めた。SCN5A
異常が示唆された。心筋 GJ の変異によって刺激伝導系
や他の GJ の変異はなかった。内因性 GJ を欠損する細胞
に強い伝導障害を生じ突然死をきたす新たな致死性不整
株 N2A を用いて,細胞-細胞間コンダクタンスをダブル
脈の機序が証明された。
パッチクランプ法で測定した。Q58L-Cx40 ペアのコンダ
(4)心筋細胞肥大における STIM1の役割
大場貴喜,渡邊博之*,村上
学,佐藤貴子*,伊藤
宏*,尾野恭一
(秋田大学大学院医学系研究科細胞生理学講座,*循環器内科学講座)
【 背 景 】 心 肥 大 の 形 成 過 程 に お い て transient receptor
224
potential (TRP) チャネルを介したストア作動性 Ca2+流入
研究会報告
(SOCE) の 重 要 性 が 報 告 さ れ て い る 。 近 年 stromal
Endothelin-1 (ET-1) による肥大刺激を 48 時間行ったとこ
interaction molecule 1 (STIM1) は SOCE の制御において決
ろ,SOCE, TRPC1 の発現量,細胞表面積,nuclear factor of
定的な役割を行っている分子として同定された。本研究
activated T cells activation (NFAT) の増加を認めたが,
では,心筋細胞肥大の形成過程における STIM1 の重要性
STIM1 の発現量に明らかな変化を認めなかった。ところ
について検討する。
が siRNA 法による STIM1 ノックダウンを行った細胞で
【方法と結果】新生仔ラット心筋細胞では,RTPCR およ
び Western blot 解析により STIM1 の発現が認められた。
STIM1 の蛋白量を Western blot 法により検討したところ,
大動脈縮窄によるラット肥大心筋とその対照群の心筋と
は,これらの反応は抑制されており,STIM1 ノックダウ
ンによる心肥大抑制が示唆された。
【結論】心筋細胞肥大の形成過程において,STIM1 は決
定的な働きをしていることが考えられる。
では差を認めなかった。新生仔ラット心筋細胞に対し
(5)Semi-simultaneous Imaging of Intracellular Calcium and Association
of Ca2+ entry channel-calmodulin
森
誠之,今井裕子,井上隆司(福岡大学 医 生理学)
イオンチャネル,特に細胞内カルシウム動員に関与す
ルシウム dye として,Fura-2(AM 体),CaM とチャネル
るイオンチャネルにおいてカルシウム結合分子カルモジ
相互作用を FRET(CFP, YFP 融合 Protein)にて行った。
ュリン (CaM) は重要な機能を担う。その機能はチャネル
現 在 , 細 胞 内 カ ル シ ウ ム 濃 度 と CaM- チ ャ ネ ル 断 片
2+
(L-type Ca channel IQ ドメイン,TRPC6 CBD)の間に生
やグローバルな Ca をカルモジュリンは個別に感知し,
じる FRET において,同期的な変動を確認することがで
異なるチャネル制御へと分配するセンサーとして機能す
きている。これらチャネル-CaM の相互作用は MLCK
ることも明らかとなってきた。本研究は細胞内カルシウ
(Myosin Light Chain Kinase) CaM 結合領域 ‘M13’-CaM
ム動態とチャネル-CaM 相互作用を定量的かつ,同時的
と比べ,高濃度カルシウム依存性を示していた。チャネ
にイメージングするシステムを開発し,カルシウム依存
ル近傍で局所的に上昇する高濃度 Ca2+にのみ反応する上
的チャネル制御機構を明らかにする目的としている。カ
で,重要なメカニズムと考えられた。
の開閉から,膜輸送など多岐に及ぶ。更にはローカル Ca
2+
(6)アルドステロン誘発心肥大における Na+/Ca2+交換輸送体の役割
伊豫田拓也 1,喜多紗斗美 1,小室一成 2,西山
成 3,岩本隆宏 1
(1 福岡大学医学部薬理学,2 千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学,3 香川大学医学部薬理学)
アルドステロン (Ald) は種々心血管病に関わってお
れず,心機能低下も認められなかった。さらに,Ald 処
り,その病態形成には酸化ストレスが深く関与すると考
置と同時に NCX1 阻害薬を WT マウスに投与すると,Ald
えられている。今回,我々は Ald 誘発性の心リモデリン
誘発性の心肥大は抑制された。これら心臓における遺伝
+
2+
グに焦点を当て,酸化ストレスと Na /Ca 交換輸送体
子発現解析では,WT および N1-Tg マウスにおいて Ald
(NCX1) の関連について検討した。野生型 (WT) および心
処置に伴う ACE, MR, gp91, NHE1 遺伝子の発現誘導が観
筋 NCX1 高発現マウス (N1-Tg) に Ald (0.3µg/h) を 4 週間
察された。一方,N1-KO および NCX1 阻害薬を投与した
処置すると,心肥大および心機能低下が観察されたが,
WT マウスでは,これらの遺伝子発現は変化しなかった。
NCX1 ノックアウトマウス (N1-KO) では心肥大は誘導さ
組織学的観察では,冠血管周囲における線維化および活
225
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
性酸素産生が Ald 処置した WT および N1-Tg マウスで顕
果は,Ald によって誘発される心障害とそれに伴う活性
著に認められた。これらの変化も N1-KO および NCX1
酸素産生に NCX1 が関与することを示唆している。
阻害薬を投与した WT マウスでは抑制された。以上の結
(7)新しく同定された非定型心筋細胞 atypically-shaped cardiomyocytes (ACMs) の特徴
尾松万里子,松浦
博(滋賀医大・生理・細胞機能生理)
心臓は,心筋細胞,内皮細胞,血管平滑筋細胞など種々
ることを見出した。これらの拍動する細胞のほとんどは
の細胞から構成されており,近年では cardiac progenitor
多核であり,connexin-43 および HCN4 タンパク質の発現
cells および side population cells に分類される心筋幹細胞
が確認された。また,パッチクランプ法を用い,これら
が組織内に存在することも報告されている。我々は,成
の細胞から洞房結節細胞に類似した自発的活動電位が記
体マウスを用いて,心室組織内にこれまで知られていな
録された。しかし,分裂・増殖は観察されず,幹細胞マ
かった種類の細胞が存在するかを調べた。ランゲンドル
ーカーとして知られる細胞表面抗原の発現も見られなか
フ灌流による心室筋細胞単離の最終過程において,遠心
ったことから,心筋幹細胞とは異なる細胞であることが
によって取り除かれた上清分画を集め,methylcellulose
推察された。以上のことから,心室組織由来の自動性を
を含む半固形状培地中で培養したところ,3~5 日後に接
もつこれらの細胞を非定型心筋細胞 atypically-shaped
着細胞群の中に,長く伸長し枝分かれした突起を有した
cardiomyocytes (ACMs) として新規に同定した。
形態に変化するとともに自動的に拍動する細胞が出現す
(8)エンドセリン A 型受容体ノックインマウスによって明らかになった新しい心筋細胞系譜
栗原裕基(東京大学 大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻)
心大血管系の発生において,エンドセリン-1(ET-1) は
側の外側彎曲部を通って左心室へと移動し,左室および
神経堤細胞のエンドセリン A 受容体 (ETAR) を介し,主
両心房の心筋に寄与することが示された。この ETAR-
に心流出路~大血管の形成に寄与している。我々は最近,
LacZ/EGFP 発現細胞は,房室接合部の形成に寄与する
ETAR 遺伝子座に LacZ および EGFP をノックインしたレ
Tbx2 陽性細胞とは異なるパターンを示したことから,心
ポーターマウスの発現パターンから,心流入路から左室
臓発生初期から一次心臓領域内において領域化が行われ
の形成に関与する細胞群が特定された。この細胞群は,
ている可能性が考えられた。また,HCN4 などとの発現
心発生初期に静脈洞から心流入路の左側壁にかけて特徴
パターンの比較から,刺激伝導系形成との関連も示唆さ
的な分布を示した。マーカー遺伝子発現パターンの解析,
れた。さらに,ETAR 遺伝子欠損胚の表現型から,ETAR
蛍光色素注入による追跡,移植実験から,この ETAR 発
を介したシグナルが本細胞を標的として,心臓形成に重
現細胞群は一次心臓領域に由来し,静脈洞領域から左腹
要な役割を担っていると考えられた。
226
研究会報告
(9)アンジオテンシン変換酵素2 (ACE2)-apelin による循環機能調節
久場敬司 1,藤澤
進 1,大戸貴代 1,Josef Penninger2,Francois Verrey3,今井由美子 1
(1 秋田大学大学院医学系研究科 情報制御学・実験治療学講座,
2
IMBAInstitute of Molecular Biotechnology of the Austrian Academy of the Sciences, Austria,
3
Institute of Physiology and Center for Integrative Human Physiology, University of Zürich, Switzerland)
2009 年 11 月 25-26 日
生理研研究会に参加して,以
遺伝子欠損マウスを作製し,呼吸器ならびに循環器疾患
下の内容で研究発表を行った。アンジオテンシン変換酵
モデルで解析を行ったところ,Apelin は,加齢や心不全
素 2 (ACE2) がレニン-アンジオテンシン系 (RAS) を負
の際に心機能の恒常性を維持するのに重要な役割を担う
に調節し,心血管機能の調節,心不全など循環器疾患の
ことが見出され,ACE2-Apelin とのシグナルの相互作用
病態に寄与し,ACE2 が SARS(重症呼吸不全症候群)ウ
や新しい RAS の制御機構があることが考えられた。また
イルスの受容体であるとともに,ARDS 急性呼吸不全に
ACE2 は,プロテアーゼ活性とは独立に膜貫通領域ドメ
おいて RAS の制御を介して炎症反応を抑制する。一方
インを介して BoAT1 アミノ酸トランスポーターの発現
で,ACE2 によって制御される新規の心血管作用性ペプ
レベルを制御することがわかった。さらに,最近,本研
チド Apelin が同定され,そのレセプターは,AT1 レセプ
究者が明らかにした新しい心機能遺伝子発現調節のメカ
ターと相同性の高い APJ であることがわかった。Apelin
ニズムのデータ(未発表)についても報告した。
(10)SA node の自己再生能に学ぶ心筋再生の新たな可能性
木内茂樹 1,宇佐美彬乃 1,下山多映 2,大塚文徳 2,伊藤理恵 1,
鈴木重人 1,上園
崇 1,栗原順一 1,小野景義 1
(1 帝京大学薬学部薬理学,2 帝京大学薬学部環境衛生学)
心臓は,体内で最も再生能力に乏しい器官の一つとさ
拍数が増加,減少した。EGFP を安定発現した心臓線維
れる。我々は,洞房結節にあるごく僅かの細胞集団であ
芽細胞を SANC と共培養すると,その一部が cTnT や
るペースメーカー細胞が個体の一生に亘り自律拍動の中
desmin を発現して自発拍動能を獲得した。この心筋再生
心であり続ける点に着目し,洞房結節での心筋細胞或は
は細胞内 Ca2+シグナルを阻害しておくと抑制された。一
ペースメーカー細胞の再生の可能性について,培養系を
方,このような心筋細胞分化誘導効果は,SANC を培養
用いて探ってきた。成獣の洞房結節細胞 (sinoatrial node
した conditioned medium では弱く,oxytocin など既知の分
cell, SANC) を単離して 1~3 週間培養すると,その周囲
化誘導因子や cell-free SANC fraction では認められなかっ
に自発拍動を示す細胞群が形成され,その面積は培養日
た。これらの結果より,SANC は心臓線維芽細胞を,直
数に従い拡大した。この細胞群は心筋必須の遺伝子を発
接接触による情報伝達及び何らかの液性因子の分泌を介
現しており,isoprenaline, acetylcholine によりそれぞれ心
して心筋細胞へ分化誘導すると考えられる。
227
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(11)HCN4イオンチャネルを用いた ES 細胞由来心臓ペースメーカー細胞の分取とその特性解析
白吉安昭,伊藤真一,清水夏海,藤井裕士,池内
悠,森川久未,久留一郎
(鳥取大学大学院 医学系研究科 機能再生医科学専攻 再生医療学分野)
ES 細胞から心臓ペースメーカー細胞を作製し,徐脈性
とができた。これら GFP 陽性細胞において,(1) HCN4,
不整脈などの治療に応用することを目的に研究を行っ
Cav3.2 などの心臓ペースメーカー細胞で発現しているイ
た。具体的には,心臓ペースメーカー特異的 If チャネル
オンチャネル,ギャップ結合遺伝子,心筋特異的トロポ
を構成する HCN4 の遺伝子座に,GFP 遺伝子をノックイ
ミオシンなどが発現していること,(2) パッチクランプ
ンしたマウス ES 細胞株を樹立し,続いて GFP (HCN4) 陽
法による解析から,自動能や If 電流などの心臓ペースメ
性細胞を分取し,発現する遺伝子,自律神経に対する応
ーカー細胞に必要な電気的性質を有していること,(3)
答性,増殖能などについて解析したので報告する。
自律神経系刺激に対する応答能を有していることがわか
樹立したノックイン株(H7 株)において,GFP の発
った。これらの結果は,分取した GFP 陽性細胞が,心臓
現は,HCN4 の発現と同様に,分化誘導後 7 日目前後か
ペースメーカー活性を保持しており,将来の再生医療に
ら拍動する細胞で始まり,その後も拍動する領域でのみ
応用できる可能性を持った細胞であることを示唆してい
で観察された。各分化段階にある胚様体からセルソーテ
る。
ィングにより,0.1~3.0%の GFP 陽性細胞を分取するこ
(12)モルモット肺静脈心筋における自発的電気活動の発生機序の解明:
組織および単離細胞を用いた検討
行方衣由紀,恒岡弥生,高原
章,田中
光(東邦大学薬学部薬物学教室)
心筋細胞層を有する肺静脈が心房細動の発生に関与
自発活動を誘発した。一方 IK-ACh 活性化薬の carbachol は
していると報告されたこともあり,肺静脈心筋がいかな
静止膜電位を増大させ,自発活動の発生を抑制した。ま
る性質を有するのか注目されている。そこで本研究では,
た自発活動を示さない肺静脈組織標本および単離細胞に
モルモット肺静脈における自発的電気活動の発生機序を
ouabain を処置すると自発活動の出現が認められ,これら
薬理学的に検討した。肺静脈心筋の活動電位は左心房筋
は SEA0400 および ryanodine によって抑制された。以上
+
に比べ静止膜電位が浅く,K の膜透過性が低いことが判
の結果からモルモット肺静脈心筋は K+の膜透過性が低
明した。K+の膜透過性を減少させるバリウムは肺静脈心
く,静止膜電位維持力が弱いため,細胞内 Ca2+過負荷に
筋の静止膜電位を減少させ,自発活動を誘発した。また
よって自発活動を発生しやすい傾向にあることが判明し
IK-ACh 抑制薬 Tertiapin は左心房筋の静止膜電位に影響を
た。
与えなかったが,肺静脈心筋の静止膜電位を減弱させ,
228
研究会報告
(13)神経栄養因子による心筋への交感神経軸索の誘導
三輪佳子 1,李
鍾國 1,高岸芳子 2,トビアス オプトホフ 3,
平林真澄 4,神保泰彦 5,児玉逸雄 1
(1 名古屋大学環境医学研究所 心・血管分野,2 同発生・遺伝分野,
3
アムステルダム大学医学部,4 生理学研究所,5 東京大学大学院新領域創成科)
【目的】神経栄養因子 Glial cell line-derived neurotrophic
よる観察では,心筋細胞に接する神経細胞内に神経終末
factor (GDNF) が,心筋における交感神経支配に果たす役
小胞が存在し,交感神経-心筋接合の形成が見られた。
割を調べること。
ニコチン (1 µM) 添加により,GDNF 添加群の心筋細胞自
【方法】ラット新生仔の上頸神経節交感神経細胞と心室筋
細胞を単離し,1mm の間隔で近接培養を行った。GDNF
己拍動レートは,有意に増大した。
アデノウイルスを用いた実験では,交感神経細胞突起
添加後 5 日目に,軸索伸長,神経-心筋接合部の状態を,
が,GDNF 発現心筋細胞に向かって,選択的に伸長する
免疫染色,電子顕微鏡,細胞外電位記録法により観察し
のが観察された。
た。また,アデノウイルスを用いて GDNF を心室筋細胞
へ強制発現させ,神経突起の誘導効果を観察した。
【結果】GDNF を添加すると,心筋細胞へ向かう交感神経
細胞突起の伸長,接合部での synapsin I, β1 adrenergic
【結論】神経栄養因子の GDNF は,心筋細胞への軸索誘
導と心筋-神経の接合形成を有意に促進した。GDNF は,
病態心の機能制御における新しい分子標的となる可能性
が示唆された。
receptor (BAR) の発現増加が認められた。電子顕微鏡に
(14)NO による心筋カルシウムチャネル調節
黒川洵子,黒羽笑加,松原清二,笹野哲郎,中村浩章,古川哲史
(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体情報薬理学分野)
心筋 L 型カルシウム (ICa, L) チャネルは,興奮収縮連関
の要であると同時に,活動電位幅特にプラトー相の規定
女性の卵胞期における QT 短縮に関与していることが示
唆された。
に重要な役割を果たしている。重要なセカンドメッセン
一方,SNP 解析により QT 延長と突然死と有意に相関
ジャーの一つである一酸化窒素 (NO) による心筋 ICa, L チ
がみられた分子である NOS1AP を介して,nNOS(神経
ャネルの調節機構について研究したところ,NO 合成酵
型 NOS)と ICa, L チャネルは分子複合体を形成しているこ
素 (NOS) のサブタイプ別の制御機構を見出した。
とを見出した。アデノウイルスベクターを用いて,モル
性ホルモンであるプロゲステロンを単離心室筋細胞に
投与したところ,非ゲノム経路での eNOS(内皮型 NOS)
のリン酸化により NO が産生され,ICa, L の電位依存性が
シフトし,電流値が減少した。この作用は,PDE2A の
モット心臓に NOS1AP を過剰発現させたところ,ICa, L チ
ャネルの電流密度が有意に減少した。
よって,心筋 ICa, L チャネルは,NOS のサブタイプによ
って,異なる制御を受けている可能性が示唆された。
cGMP 依存的な活性化による cAMP の加水分解を介し,
229
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(15)カルモジュリンの心筋 Ca2+チャネル (Cav1.2) に対する二重作用
亀山正樹,Asmara H,蓑部悦子,Saud Z. A.,韓
冬雲,郭
鳳,王
午陽,はお麗英
(鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科 神経筋生理学)
カルモジュリン (CaM) は,inside-out パッチで Cav1.2
2+
および I site の検索を行った。Calpastatin (CS) は CaM と
型 Ca チャネルを低~中濃度で活性化,高濃度で抑制し
競合しつつチャネルを活性化するので,A site に作用す
て,ベル型の濃度-作用曲線を示す。これより,我々は,
ると考えられる。チャネルの断片ペプチドを用いた
Cav1.2 チャネルが促進と抑制の 2 つの CaM 結合部位(A
pull-down 実験により,CS の結合部位は IQ 領域であるこ
and I sites; CaM 親和性 A > I)を持つという two-site model
とを見出した。更に,preIQ と IQ 領域を含むペプチドが
を提唱した。Cav1.2 チャネルには 4 つの CaM 結合部位
2 個の CaM と結合し,その親和性は IQ > preIQ であるこ
(N 末部,I-II ループ,C 末部の preIQ および IQ 領域)が
とを見出した。これらの結果より,Cav1.2 チャネルの C
あるが,チャネルの活性化や不活性化に関与するのは 1
末部には 2 個の CaM 結合部位があり,促進性 (A site) は
分子の CaM という考えが優勢である。そこで,我々は A
IQ 領域,抑制性 (I site) は preIQ にあると示唆された。
(16)内向き整流カリウムチャネルのマグネシウムイオンとポリアミンに
よらないゲート機構の探索
石原圭子,Yan Ding-Hong,頴原嗣尚(佐賀大学医学部 生体構造機能学 器官・細胞生理学分野)
Kir2.1 チャネルを用いた研究成果から,心筋の内向き
+
整流 K チャネルを通る外向き電流は細胞内のスペルミ
2+
ャネル孔内にスペルミンが残存している可能性が示唆さ
れた。一方,細胞質側溶液の pH を pH6.8 よりも酸性に
ンや Mg がチャネル孔内面に存在する負電荷を帯びた
すると,遅い膜電位依存性のゲーティングによって外向
アミノ酸残基と静電気的に結合することによってブロッ
き電流が抑制された。これは Mg2+をキレートするために
クされると考えられている。我々は Kir2.1 チャネルが細
加えた EDTA に含まれる不純物や残存するスペルミンに
胞内イオンによるブロックに依らないゲーティングを示
よるブロックとは無関係であると考えられた。重要なポ
すかどうかについてインサイドアウト・パッチ膜を流れ
リアミ結合部位である酸性アミノ酸残基を中性化した変
る巨視的電流を記録して検討を行った。ポリアミンや
異体 (D172N) では pH 依存性のゲーティングが消失し
2+
Mg を含まない細胞質溶液を灌流させても 1nM~1pM
た。細胞質溶液の pH が酸性になった際に心筋の内向き
の低濃度のスペルミンによるものと考えられるゲーティ
整流 K+チャネルのブロッカーとして働く未知の細胞内
ングが認められ,細胞膜の裏打ち構造や細胞質領域のチ
分子の存在が示唆された。
(17)心筋興奮伝導の in silico 研究:心筋ナトリウムチャネルの細胞内局在の興奮伝導への影響
津元国親 1,芦原貴司 2,倉智嘉久 1,3
(1 大阪大学臨床医工学融合研究教育センター,2 滋賀医科大学循環器内科・不整脈センター,
3
大阪大学大学院医学系研究科)
生理的条件下において,心筋細胞における Gap junction
る。一方,イオンチャネルの発現に関しても,細胞内分
の発現は,介在板に集中して発現することが知られてい
布に不均一性が存在する。特に,心筋型 Na+チャネルは
230
研究会報告
Gap junction と同様,介在板で多く発現し,それ以外の細
寄与する場合,Na+チャネルの細胞内分布の変化は,興奮
胞膜での発現が少ないという報告が近年増加している。
伝播速度に影響しない。一方,Gap junction 機構と EF 機
+
本研究では,Na チャネルの細胞内分布変化に対する興
構が共に機能することを仮定すると,Na+チャネルの細胞
奮伝播への影響を検討した。電気的興奮伝播機構として,
内分布の変化は,興奮伝播に大きな影響を与える。この
gap junction 機構に加え,その接合部でのクレフト空間に
結果は,心筋細胞間での興奮伝播に関して,Gap junction
誘発される細胞外電位による相互作用(Electric Field: EF
機構と EF 機構が共に寄与している可能性を示唆してい
機構)を仮定し,心筋線維に沿った活動電位の興奮伝播
る。
をシミュレートした。Gap junction 機構だけが興奮伝播に
(18)PDE3阻害による PKA 依存的な血管収縮抑制の分子機序
西田基宏(九州大学,大学院薬学系研究科,薬物中毒学分野)
PDE3 阻害剤は PKA を活性化することで,抗血小板作
で,局所的に TRPC6 をリン酸化している可能性が示され
用や血管拡張作用を引き起こす。この過程には,PKA に
た。ラット血管平滑筋細胞の再構成リング標本でのアン
2+
2+
よる細胞内 Ca 濃度 ([Ca ]i) 上昇の抑制が関与すると考
ジオテンシン (Ang) II 収縮は,PDE3 阻害によって有意に
えられているが,詳しい機序は定かでない。我々は,PDE3
抑制された。PDE3 阻害による Ang II 収縮抑制効果は,
選択的阻害剤シロスタゾールがジアシルグリセロール活
TRPC6 のドミナントネガティブ (DN) 変異体の発現によ
性化 TRP チャネル (TRPC3/6/7) を選択的に抑制すること
って完全に消失した。一方,マウス腹部大動脈では,PDE3
69
阻害による Ang II 収縮抑制効果が TRPC3-DN の発現によ
をリン酸化することで TRPC6 のチャネル活性を抑制し
って消失した。以上の結果から,PDE3 阻害剤は,PKA
た。PDE3 阻害剤による PKA 活性化は PKA 活性化剤に
依存的に DAG 活性化 TRPC チャネルを抑制することで,
よる PKA 活性化と比べると非常に弱いものの,PKA は
Ang II 刺激による血管収縮を抑制している可能性が示さ
TRPC3/C6・PDE3 と膜近傍で三者複合体を形成すること
れた。
を見出した。PDE3 阻害剤は PKA 依存的に TRPC6 の Thr
(19)スタチンによる骨格筋毒性に小胞膜輸送障害が関与する
坂本多穂,和栗
聡,木村純子(福島県立医科大学 医学部 薬理学講座)
【背景】高脂血症の治療に用いる HMG-CoA 還元酵素阻
た。
害薬(スタチン)は骨格筋毒性をもつ。我々はスタチン
【結果】順行輸送阻害薬 brefeldin A (BFA; 30 µM) を筋線
が小胞輸送蛋白 Rab を抑制し筋を空胞化することを報告
維に投与すると,fluvastatin (Flv) と同様に 72 時間で空胞
した。しかし,空胞化に関与する Rab のアイソフォーム
化を起こし,120 時間後に細胞死をおこした。順行輸送
や空胞化の機序は不明である。我々はスタチンによる
制御蛋白 Rab1A の膜結合能は Flv (1 µM) 投与で顕著に低
Rab 抑制が小胞体-ゴルジ体小胞膜輸送系(順行輸送)
下した。小胞体ストレスと Flv・BFA 誘発筋毒性の間に
を阻害して,毒性を示す可能性を調べた。
相関は無かった。
【方法】骨格筋線維はラット短指屈筋からコラゲナーゼで
【結論と考察】スタチンは Rab1A の膜小胞との結合を阻
単離し培養した。Rab1A の膜結合能は膜分画での Rab1A
害し,順行輸送を抑制することが分かった。よって,
蛋白発現量をもとに調べた。小胞体ストレスは glucose
Rab1A がスタチンによる筋毒性に関与する Rab アイソフ
regulated protein 78 (GRP78) 蛋白発現量をもとに評価し
ォームの可能性がある。順行輸送阻害による細胞内環境
231
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
悪化が,骨格筋毒性の引き金となると考えられる。
(20)後天性 QT 延長症候群の遺伝的背景と分子病態
伊藤英樹 1,坂口知子 1,岡
優子 1,宮本
証 1,堀江
稔 1,林
維光 2,松浦
博 2,井本敬二 3
(1 滋賀医科大学呼吸循環器内科,2 同細胞機能生理学,
3
自然科学研究機構 生理学研究所 神経シグナル研究部門)
後天性 QT 延長症候群は普段は正常心電図を示すが,
減少あるいは何らかのゲーティングの変化を有してい
薬剤の投与後や高度の徐脈によって QT 間隔の延長と多
た。Luo-Rudy 心室筋モデルを用いた活動電位波形のシミ
形性心室頻拍が惹起される病態を示す。我々はこれらの
ュレーションでは,薬剤による後天性 QT 延長症候群の
後天性 QT 延長症候群 82 例と先天性 QT 延長症候群 413
変異は先天性より軽微な活動電位持続時間の延長である
例の遺伝子変異解析を行った結果,後天性の 20 例 (24%)
一方,徐脈性 QT 延長症候群の変異は先天性と同様の変
と先天性の 212 例 (51%) に心筋イオンチャネルの遺伝子
化を示した。以上より,後天性 QT 延長症候群では先天
変異を同定した。さらに哺乳類細胞を用いた電気生理学
性と同様の遺伝的背景が潜在しうるが,その機能変化は
的解析により,後天性 QT 延長症候群の変異は電流量の
誘発因子により変化に富んでいることが示された。
232
研究会報告
2.シグナル伝達の動的理解を目指す新戦略
2009 年 10 月 1 日-10 月 2 日
代表・世話人:廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)
(1)アストロサイトにおける Ca2+シグナル依存的 N-カドヘリン発現維持機構を仲介する新規因子の同定
金丸和典,大久保洋平,廣瀬謙造,飯野正光(東京大・院医・薬理)
(2)免疫 B 細胞において TRPC3 チャネルを介した Ca2+流入と scaffolding 機能が
PLCγと PKCβの持続的な膜集積・活性化及び Ca2+振動と ERK の持続的な活性化をもたらす
森
泰生(京都大・院工・分子生物化学)
(3)B 細胞における STIM 依存的カルシウム流入の生理的役割
松本真典,馬場義裕,黒崎知博
(大阪大・WPI 免疫フロンティア研究センター,理研免疫アレルギー科学総合研究センター)
(4)破骨細胞において細胞外 Ca2+により誘発されるエンドサイトーシス機構
久野みゆき,酒井
啓,森浦芳枝,川脇順子(大阪市立大・院医・分子細胞生理学)
(5)膵β細胞に発現する甘味受容体の機能
小島
至,中川祐子,長澤雅裕(群馬大・生体調節研究所)
(6)マウス腎マクラデンサ細胞における PGE2 産生調節機構
福田英一,河原克雅(北里大・医学部・生理学)
(7)網羅的 RNAi ライブラリーを用いた機能遺伝子探索~EPRIL テクノロジーの紹介
菅生厚太郎,太向
勇,廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)
2+
(8)Ca dynamics in large-scale cellular networks visualized by ultra-sensitive Ca2+ probe,
“cameleon NANO”
堀川一樹,永井健治(北海道大・電子科学研究所)
(9)シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるカルシウム依存性分子機構の生後発達変化
山下貴之,江口工学,齋藤直人,Henrique von Gersdorff,高橋智幸
(沖縄科学技術研究基盤整備機構)
(10)神経ステロイドによる虚血性神経細胞死防止の分子メカニズム
曽我部正博,田中基樹,陳
玲
(名古屋大学・院医,JST・ICORP/SORST・細胞力覚,南京医科大)
(11)シナプスから核へのシグナリング:第 2 章
尾藤晴彦,川島尚之,野中美応,井上昌俊,奥野浩行(東京大・院医・神経生化)
(12)内因性カンナビノイドを介する逆行性シナプス伝達におけるプロテアーゼ受容体の役割
橋本谷祐輝 1,少作隆子 2,狩野方伸 1
(1 東京大・院医・神経生理,2 金沢大・医薬保健研究域・保健・リハビリテーション科学)
(13)代謝型グルタミン酸受容体の多様なシグナリングを調節する機構
立山充博,久保義弘(生理研・神経機能素子)
(14)G 蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルの開閉を調節する細胞質領域内の構造変化
稲野辺厚,倉智嘉久(大阪大・院医・分子細胞薬理)
(15)イオン透過機構の動的理解を目指して
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大・医学部・分子生理)
233
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
【参加者名】
小島
至,中川祐子,増淵洋祐(群馬大学・生体調節研
謙造,菅生厚太郎,太向
勇,滝川健司,太田裕作(東
究所),河原克雅,福田英一(北里大学・医学部),井上
京大学大学院・神経生物学分野),金丸和典(東京大学大
昌俊,尾藤晴彦(東京大学・大学院 医学系研究科 脳神
学院・細胞分子薬理学),黒崎知博,馬場義裕,松本真典
医
(大阪大学・免疫学フロンティア研究センター),堀川一
哲也(独立行政法人
樹(北海道大学 電子科学研究所),狩野方伸,橋本谷祐
沖縄科学技術研究基盤整備機構),曽我部正博,田中基樹
輝(東京大学・神経生理学分野),日比輝正(生理研・多
(名古屋大学大学院・医学系研究科),久野みゆき,森浦
光子),毛利達磨,岡田俊昭(生理研・機能協関),加塩
芳枝(大阪市立大学・大学院医学研究科),梶本武利,森
麻紀子,夏目和歌,Median Johan,内田邦敏(生理研・
泰生(京都大学大学院・工学研究科
合成・生物化学専
細胞生理),稲田浩之(生理研・生体恒常),松田尚人(生
攻),稲野辺厚,古谷和春(大阪大学・医学系研究科),
理研・生体膜),久保義弘,立山充博,中條浩一,Keceli
老木成稔(福井大学医学部・分子生理),並木繁行,廣瀬
Batu,松下真一,石井
経医学専攻),辻本哲宏(同志社大学・生命医科学部
生命システム学科),山下貴之,堀
裕(生理研・神経機能素子)
【概要】
ポストゲノム時代と呼ばれるようになって久しい今
ション I は,主として免疫系等のカルシウムシグナリン
日,我々はゲノムがコードする遺伝子の大部分を知って
グに関するものであり,細胞内外でのカルシウムシグナ
いる。その結果,細胞機能を司るシグナル伝達機構につ
リングについての新しい知見について議論を行った。セ
いても,様々な分子の役割が同定され,いわばシグナル
ッション II においては,膵β細胞や腎細胞における新し
分子のカタログ化が急速に進んできた。しかし,カタロ
いシグナル伝達経路についての知見が報告されるととも
グ化のみでは,依然としてシグナル伝達を「静的」にし
に,RNAi や蛍光プローブといったシグナル伝達の理解
か理解しえない。実際の細胞機能の発現は,シグナル分
に必須な新しい技術が紹介された。セッション III におい
子の局在や修飾が巧みに調節され,刻々と変容を遂げる
ては,神経系のシグナル伝達について多様な視点からの
ことによって実現されている。したがって,刻々と変容
研究成果発表が行われ,新しい知見について議論が行わ
する分子の営みそのものを「動的」に理解することが重
れた。セッション IV においては,受容体・チャネル分子
要であり,そのための有効な戦略が必要とされている。
に焦点を当てた研究成果が発表され,主として生物物理
そこで,本研究会では,免疫,循環,神経系といった異
学的な見地から詳細な議論が行われた。以上のセッショ
なった分野においてシグナル伝達機構に関連した問題に
ンを通じて,シグナル伝達に関する動的理解について,
取り組んでいる研究者に加えて,新しい測定技術や解析
多様な分野の研究による多角的な議論を行うことができ
法の開発に取り組んでいる研究者を集め,各々の研究分
た。また,次年度以降も引き続き研究の進捗を目指し,
野における成果とその成果を得るための戦略をプレゼン
この問題についての議論を継続することの重要性も確認
テーションしたうえで分野横断的に討論を行った。全体
された。
では 4 つのセッション (I~IV) を二日間で行った。セッ
(1)アストロサイトにおける Ca2+シグナル依存的 N-カドヘリン発現維持機構を
仲介する新規因子の同定
金丸和典,大久保洋平,廣瀬謙造,飯野正光(東京大・院医・薬理)
神経系においてニューロンを取り囲むように存在する
Ca2+シグナルを示すが,その生理的意義は十分には明ら
アストロサイトは,様々な神経伝達物質や機械刺激に応
かにされていない。これまでに我々は,この Ca2+シグナ
じて,さらには非刺激条件下においてもダイナミックな
ルが神経成長因子の一つである N-カドヘリンの発現維
234
研究会報告
持を介し神経突起伸長を促進することで,脳機能に貢献
らに,Ca2+シグナル抑制時に起こる N-カドヘリン発現低
することを示した。今回,この経路を仲介する新規因子
下は,shRNA を用いた本因子のノックダウンにより消失
を同定したので報告した。DNA マイクロアレイ解析よ
し,正常アストロサイトと同等な発現量に回復した。こ
2+
り,アストロサイトにおいて Ca シグナルを抑制すると
れらの結果は,本因子が Ca2+シグナル抑制時に発現上昇
発現が増大する翻訳抑制因子を見出した。本因子の神経
する,新規の N-カドヘリン発現抑制因子であることを示
系における機能は報告が乏しく,特にアストロサイトに
している。アストロサイトで頻繁に見られる Ca2+シグナ
おける N-カドヘリン発現との関係は一切不明であった。
ルは,この因子を負に制御することで N-カドヘリン発現
しかし興味深いことに,本因子をアストロサイトに強制
を維持し,神経成長を促進する役割を持つと考えられる。
発現させると N-カドヘリン発現量が顕著に減少した。さ
(2)免疫 B 細胞において TRPC3チャネルを介した Ca2+流入と scaffolding 機能が
PLCγと PKCβの持続的な膜集積・活性化及び Ca2+振動と ERK の持続的な活性化をもたらす
森
B 細胞受容体 (BCR) 刺激はホスホリパーゼ C (PLC) γ2
2+
の活性化を引き起こし,細胞外からの Ca 流入を免疫 B
2+
泰生(京都大・院工・分子生物化学)
流入の生理的役割を探究した。TRPC3 ノックアウト細胞
においては,膜透過型の DAG アナログである OAG によ
細胞に惹起する。B 細胞における細胞外からの Ca 流入
る Ca2+流入が損なわれていた。また,BCR 刺激に誘導さ
は,ストア作動性カルシウムチャネル (SOCC) が,唯一
れる PLCγ2 の膜集積が抑制された。これらの結果と一致
2+
の Ca 流入経路であると信じられてきた。近年,PLC の
して,TRPC3 ノックアウト細胞では Ca2+オシレーショ
活性化により産生されるジアシルグリセロール (DAG)
ン,および Ca2+依存的転写因子である NF-AT の活性化が
が TRPC チャネルを活性化し Ca2+流入を引き起こすこと
抑制されていた。また,BCR 刺激に誘導される PKCβの
が HEK 細胞等の組換え発現系を用いて示された。しか
持続的な膜移行及び ERK の持続的な活性化も抑制され
し,B 細胞受容体シグナル伝達系においては,DAG によ
た。すなわち,TRPC3 を介した Ca2+流入は BCR 刺激に
って活性化される Ca2+流入に TRPC チャネルが関与して
惹起される MAPK の活性化において重要な役割を果た
いるか,あるいはその生理的意義が何かは明らかにされ
すことを明らかにした。さらに,TRPC3 チャネルタンパ
ていない。本研究では,TRPC3 を欠損させたニワトリの
ク質が scaffold として働き,膜移行した PLCγ2 と PKCβ
免疫 B 細胞株 DT40 を作製し,B 細胞受容体 (BCR) シグ
を自身に集積させシグナルソーム形成の中心となること
ナル伝達系における TRPC3 を介した DAG 活性化 Ca
2+
も明らかとなった。
(3)B 細胞における STIM 依存的カルシウム流入の生理的役割
松本真典,馬場義裕,黒崎知博
(大阪大・WPI 免疫フロンティア研究センター,理研免疫アレルギー科学総合研究センター)
免疫細胞における細胞内カルシウムの上昇は主に二つ
ある。特に B 細胞へのカルシウム流入は SOC 流入が主
の異なる経路から供給される。一つは細胞内貯蔵庫であ
要なものであり,長時間の持続的カルシウムシグナルを
る小胞体からのカルシウム放出であり,もう一つは細胞
維持する上で重要であると考えられているが,これまで
膜上のストア作動性カルシウム (Store-operated calcium:
SOC 流入が誘導される分子メカニズムは全く不明であ
SOC) チャネルを介した細胞外からのカルシウム流入で
った。近年,SOC 流入を誘導する分子として小胞体カル
235
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
シウムセンサーSTIM1 および STIM2(STIM1 ホモログ)
は全く認められなかったが,in vivo における免疫応答は
が同定されたことから,我々は B 細胞における STIM 依
コントロールマウスと同程度に観察された。さらに,
存的カルシウム流入の生理的役割を明らかにするため
HEL/sHEL 免疫寛容モデルマウスを用いて,STIM が自己
に,B 細胞特異的に STIM1 および STIM2 の両者を欠損
反応性 B 細胞の除去に必須であることを明らかにした。
するマウスを作製して解析を行った。
B 細胞特異的 STIM
以上の結果から,STIM は B 細胞における SOC 流入を誘
欠損マウスの B 細胞分化は正常であったが,B 細胞抗原
導し,免疫寛容 B 細胞の除去に重要な役割を果たしてい
レセプター刺激による SOC 流入は STIM 欠損 B 細胞で減
ると考えられた。
弱した。また,STIM 欠損 B 細胞の増殖反応は in vitro で
(4)破骨細胞において細胞外 Ca2+により誘発されるエンドサイトーシス機構
久野みゆき,酒井
啓,森浦芳枝,川脇順子(大阪市立大・院医・分子細胞生理学)
破骨細胞は酸を分泌して骨を溶解する細胞である。細
+
の促進など細胞機能の変化に直結する膜応答が起こるこ
胞膜に発現するプロトンポンプ(空胞型 H -ATPase;
とを明らかにした。本研究では,細胞膜 V-ATPase 電流
V-ATPase)から分泌された酸によって無機基質を溶かし
と膜容量(膜面積の指標)を同時に測定しながら,Ca 応
た結果,骨吸収窩に蓄積される Ca は破骨細胞の骨吸収
答の初期反応である膜変化のメカニズムを検討した。エ
を抑制するネガティブフィードバックシグナルとなる。
ンドサイトーシスは dynamin インヒビター (dynasore) や
その細胞応答は「Ca 感受反応」と総称され,細胞内 Ca の
V-ATPase インヒビター (bafilomycin A1) で抑制された。
上昇からアポトーシスまで多様な現象を含んでいる。私
また細胞外 Ca によるエンドサイトーシス促進や細胞膜
達は培養破骨細胞を高濃度の Ca で刺激すると数分以内
V-ATPase 抑制のシグナル伝達にホスホリパーゼ C や細
に細胞膜の V-ATPase 活性の低下やエンドサイトーシス
胞内 Ca 濃度の上昇が関与することが示唆された。
(5)膵β細胞に発現する甘味受容体の機能
小島
至,中川祐子,長澤雅裕(群馬大・生体調節研究所)
甘味受容体は舌の味蕾に発現し,ショ糖,ブドウ糖や
Gustducin が発現している。β細胞に甘味受容体アゴニス
甘草などの天然の甘味料や,サッカリン,アスパルテー
トであるスクラロースを添加すると,agust 依存的に PLC
ム,スクラロースなどの人工甘味料など多彩な甘味物質
を活性化させ,同時に細胞外 Na+依存的に Ca2+流入を惹
を感知することができるユニークな受容体である。その
起し[Ca2+]c が増加する。一方,スクラロースによる cAMP
分子実体は,代謝型グルタミン酸受容体に類似した C 型
の増加の一部は Ca2+依存性であるが,Ca2+非依存性のコ
G 蛋白共役型受容体 T1R2 と T1R3 のヘテロ二量体であ
ンポーネントもあり,Gs 活性化を介する可能性が考えら
る。最近我々は,この甘味受容体が膵β細胞に発現し,
れる。スクラロース作用とグルコースの作用とには相加
2+
Ca 受容系と cAMP 受容系を活性化してインスリン分泌
性がある。β細胞に発現する甘味受容体の生理学的意義
を促進することを見いだした。マウス膵β細胞や MIN6
に関しては今後さらなる検討が必要である。
細胞には甘味受容体は,T1R2, T1R3,三量体 G 蛋白
236
研究会報告
(6)マウス腎マクラデンサ細胞における PGE2産生調節機構
福田英一,河原克雅(北里大・医学部・生理学)
糸球体濾過量 (GFR) は,遠位尿細管内液(濾液)の
【方法】(1) NE-MD 細胞を用い,細胞外液の Cl-濃度や PGE2
Cl-濃度変化 (15-60 mM) をシグナルとした尿細管糸球体
添加量 (10-9-10-6 M) を変化させて,cAMP 産生量(RIA
フ ィ ー ド バ ッ ク (TGF) 機 構 に よ り 調 節 さ れ て い る
法)や PGE2 産生量(ELISA 法)を測定した。COX-2 mRNA
(Schnermann et al, 1976; Bell et al, 2004)。腎マクラデンサ
発現量の時間的変化は real time PCR 法を用いて定量し,
-
(MD) 細胞は,濾液の Cl 濃度低下を感知するとプロスタ
GAPDH をコントロールとして相対発現量で比較した。
グランジン E2 (PGE2) を放出し,傍糸球体顆粒細胞から
【結果】(1) NE-MD 細胞には EP1-3 の発現は認められず,
のレニン分泌を促し GFR を維持する(TGF 機構の修飾)。
EP4 のみが発現していた (RT-PCR)。(2) 培養液に PGE2
PGE2 受容体として E プロスタノイド受容体サブタイプ
を添加して,cAMP 量(30 分後)を測定すると,添加し
(EP1-4) が腎臓で発現している。傍糸球体顆粒細胞では
た PGE2 の濃度依存的 (10-9-10-6 M) に cAMP 産生量が増
EP2/4 が関与していると報告されている。MD 細胞にお
加した。(3) PGE2 (5 µM) 添加により,COX-2 mRNA の発
ける PGE2 合成の律速酵素はシクロオキシゲナーゼ 2
現亢進が認められた。(4) 0 mM および低 Cl-濃度刺激によ
(COX-2) であることが明らかにされているが,TGF 機構
り PGE2 産生量は顕著に増加し(コントロール:140 mM
の起点となる MD 細胞内のシグナル伝達機構には不明な
NaCl Hepes 緩衝液),AH-23848(EP4 アンタゴニスト)
点が多い。我々は株化したマウス MD (NE-MD) 細胞を用
で部分的に抑制された。
2+
いて,「COX-2 mRNA の発現が細胞内 pH, Ca , cAMP
【結論】MD 細胞では,細胞外液を Cl- フリーにすると
などにより制御されている」ことを報告した (Akiba et al,
COX-2 の発現亢進により PGE2 産生量が増加し,EP4 を
Kitasato Med J 2007)。本研究では,NE-MD 細胞の cAMP
介した細胞内 cAMP 濃度の上昇によって,相乗的に
産生量や放出された PGE2 濃度を測定することにより,
COX-2 の発現量を増加させる PGE2 シグナルの MD 細胞
MD 細胞における PGE2 産生調節機構を明らかにするこ
内増幅機構が存在することが示唆された。
とを目的とする。
(7)網羅的 RNAi ライブラリーを用いた機能遺伝子探索~EPRIL テクノロジーの紹介
菅生厚太郎,太向
勇,廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)
siRNA もしくは siRNA 発現ベクターを用いた RNAi
高い siRNA 発現ベクターを複数種類得ることができる。
は,哺乳動物細胞において迅速かつ簡便に実現できる遺
また,EPRIL 法は,細胞から調製した cDNA の混合物に
伝子発現抑制法として幅広く用いられている。我々は,
も適用可能であり,この場合,細胞の転写産物をカバー
任意の 2 本鎖 DNA から 1 度に多種類の siRNA 発現ベク
するのに十分な複雑性を有する RNAi ライブラリーが構
ターを作製する技術,EPRIL (enzymatic production of
築される。この細胞由来の RNAi ライブラリーを特定の
RNAi library) 法を開発した。本発表では,EPRIL 法を概
形質を指標として選択した結果,その形質に変化を与え
説するとともに,どのようなアプリケーションがあるか
る siRNA 発現ベクターが得られ,その配列情報から形質
紹介した。単一遺伝子の cDNA に EPRIL 法を適用した場
に関連する遺伝子の同定が可能であることが示された。
合,その cDNA の配列を有する siRNA 発現ベクターの集
以上のように,EPRIL 法は哺乳動物細胞における RNAi
合体(RNAi ライブラリー)が構築される。この RNAi
の可能性を広げ,遺伝子機能の網羅的な理解において強
ライブラリーをスクリーニングすることで,抑制効果の
力なツールとなると期待される。
237
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(8)Ca2+ dynamics in large-scale cellular networks visualized by ultra-sensitive Ca2+ probe,
“cameleon NANO”
堀川一樹,永井健治(北海道大・電子科学研究所)
One of the central questions in biology is how genetic
Ca2+ probes with large dynamic range. Introducing some
programs is reliably operated even in the presence of noise.
modifications into CaM-M13 domain of the cameleon
To understand the mechanism of robust pattern formation, we
molecule, YC3.60 (Nagai et al 2004), we obtained probes
focused on the development of social amoeba, Dictyostelium
with greatly strong Ca2+ affinity. Its small Kd value (20 nM)
discoideum, where up to 100,000 cells self-organize into
allows us to detect Ca2+ dynamics even at 10-150 nM ranges
coordinated aggregation streams. Circular- or spiral-shaped
without affecting cellular viability. Large dynamic range
aggregation waves are thought to be established by both
(1,450%) also enables us to detect the signaling pattern in
2+
inter-cellular cAMP relay and intra-cellular Ca
transient.
100,000 cellular networks at single cell resolution, being the
Although distribution of cAMP during the aggregation
largest scales to be achieved so far. By combinatorial analysis
has
of simple mathematical modeling and in vivo experiments, we
probes to
will show the evidence of noisy-cellular activity and discuss
process was visualized, spatio-temporal pattern of Ca
2+
not reported yet because of no appropriate Ca
2+
detect subtle change in Ca
2+
concentration around 50 nM in
its constructive roles in the pattern formation.
Dictyostelium cells. Thus, we tried to develop ultra-sensitive
(9)シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるカルシウム依存性分子機構の生後発達変化
山下貴之,江口工学,齋藤直人,Henrique von Gersdorff,高橋智幸
(沖縄科学技術研究基盤整備機構)
神経終末端形質膜のエンドサイトーシスによる小胞形
Ca 依存的エンドサイトーシスは,カルモジュリン (CaM)
成と,小胞輸送による放出部位への再補給は,シナプス
またはカルシニューリン (CaN) の阻害剤により抑制さ
伝達の維持に不可欠とされている。様々なシナプスにお
れ,これら阻害剤の効果は相互に閉塞 (occlude) すること
いてエンドサイトーシスに Ca が関与するとの報告がな
から,聴覚獲得前の calyx では,分泌細胞などで報告さ
されているが,中枢シナプス小胞エンドサイトーシスの
れているメカニズムと同様に,Ca/CaM/CaN カスケード
Ca 依存性については統一的な見解がなく,Ca の下流の
が小胞エンドサイトーシスを媒介すると結論された。し
分子機構についても不明な点が多い。そこで,我々は,
かし,小胞エンドサイトーシスにおける CaM・CaN の関
ラット聴覚中継シナプス calyx of Held の神経終末端に膜
与は聴覚獲得前の calyx に限定されており,聴覚獲得後
容量測定法を適用して,この問題を検討した。聴覚獲得
の生後 13-14 日の calyx においては,いずれの阻害薬も無
前(生後 7-9 日目)の calyx 内に 10 mM EGTA をホール
効であった。これらの結果は,小胞エンドサイトーシス
セル・ピペットから投与すると,連続刺激によって誘発
を媒介するメカニズムが生後発達と共にスイッチするこ
されるエンドサイトーシスの時間経過が遷延した。この
とを示唆する。
238
研究会報告
(10)神経ステロイドによる虚血性神経細胞死防止の分子メカニズム
曽我部正博,田中基樹,陳
玲
(名古屋大学・院医,JST・ICORP/SORST・細胞力覚,南京医科大)
脳梗塞では梗塞核の急速な神経細胞死に加えて,梗塞
テロイドを投与することで遅発性神経細胞死を防止でき
核周辺(ペナンプラ領域)の神経細胞が発症 2 日後から
る可能性がある。そこで一過性(10 分間)全脳虚血ラッ
徐々に死滅する“遅発性神経細胞死”が進行する。発症
トを用いて,再環流後 1-96 時間の様々なタイミングで
直後の血栓溶解が良好でも,現行では遅発性神経細胞死
種々の神経ステロイドを 1 回腹腔注して海馬神経細胞死
を防ぐことはできず,その防止法の開発は人類的課題と
に対する効果を調べた。驚くべきことに,テストステロ
いっても過言ではない。
ンの前駆体 DHEA は虚血後 4 時間から 48 時間の間であ
閉経前の女性は,同年代の男性や閉経後の女性に比べ
れば,顕著に神経細胞死を防止した 3)。最近の電気生理
て脳卒中の発症率が低く予後も良好であることから,女
学的解析により,この DHEA 効果はグリア細胞のグルタ
性ホルモンが卒中予防や予後改善に有効であると示唆さ
ミン酸輸送体 (GLT-1) の上方調節によることが明らかに
れてきた。我々は,脳虚血ラットモデルを用いて,エス
なった。
トロゲンやプロゲステロンの事前投与が遅発性神経細胞
引用文献
死を防止することを報告してきたが
1,2)
,脳卒中の発症時
1) Dai, et al, Neuropharmacol. 52:1124-1138 (2007).
期は予測不能であり臨床応用は難しい。一方,虚血によ
2) Cai, et al, Neuropharmacol. 55(2):127-38 (2008).
る遅発性神経細胞死は,再環流 2 日後から 1 週間で経過
3) Li, et al, Cereb Blood Flow Metab. 29, 287-296 (2009).
するので,発症後から 2 日目までの仮想的治療窓中にス
(11)シナプスから核へのシグナリング:第2章
尾藤晴彦,川島尚之,野中美応,井上昌俊,奥野浩行(東京大・院医・神経生化)
新たな記憶の形成にはシナプス可塑性が不可欠であ
おいて生理的刺激により速やかに発現誘導される性質を
ると考えられている。しかし,新たな記憶や可塑性の維
もち,現在知られている中で最も感度の高い神経活動の
持固定化にはさらに新規タンパク合成が必要である。で
遺伝子マーカーの一つである。と同時に,その遺伝子産
はどのような「シナプスから核へのシグナリング」によ
物は,F-actin に結合することが知られており,また最近,
り,シナプス刺激に応答して必要な遺伝子の転写活性化
興奮性シナプスにおける AMPA 型グルタミン酸受容体
が核で引き起こされるのであろうか。長期記憶に必須で
のエンドサイトーシスを促進することが報告されてい
ある転写因子 CREB をめぐる研究を通じ,ひとつの具体
る。われわれは,内在性 Arc の発現様式を良く再現し,
的な情報伝達経路として,NMDA 受容体+L 型カルシウ
特に強いシナプス活動依存性を付与する新たな転写調節
2+
ムチャンネル→Ca 流入→CaMKK→CaMKIV→CREB と
領域 Synaptic Activity-Responsive Element (SARE) を同定
いうシグナルの流れをわれわれは明らかにしてきた。
し,さらに SARE 内に,隣接して CREB, MEF2, SRF と
すなわち神経可塑性を誘導するパターン刺激によっ
いう 3 つの神経活動依存的転写因子の結合配列が存在す
て CaMKK-CaMKIV 依存的に,一過性でない,「持続的
ることを明らかにした。現在,SARE の各結合配列の意
な CREB リン酸化状態」を神経細胞の核内で引き起こす
義についてより詳細に検討し,シナプスで発生した生化
ことが重要であるが,その下流で制御される遺伝子(群)
学的シグナルが,核内でどのように統合されているのか
については未だに解明されていない。
を探索中である。
神経特異的前初期遺伝子 Arc は,海馬や大脳新皮質に
239
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(12)内因性カンナビノイドを介する逆行性シナプス伝達におけるプロテアーゼ受容体の役割
橋本谷祐輝 1,少作隆子 2,狩野方伸 1
(1 東京大・院医・神経生理,2 金沢大・医薬保健研究域・保健・リハビリテーション科学)
Protease-activated receptor 1 (PAR1) は特定のプロテア
抑制には 2 発刺激時の増強が伴ったことからシナプス前
ーゼによって活性化される 7 回膜貫通型受容体である。
性の変化であることが示唆された。これまでの研究で
PAR1 は脳を含め生体内で広く分布しており,様々な機
様々な Gq/11 共役型受容体の活性化によって内因性カン
能を有している。中枢神経系で PAR1 は神経細胞死や神
ナビノイド (eCB) が作られることが明らかになってい
経保護といった神経病理的な面で重要な役割を担ってい
る。PAR1 は Gq/11 と共役することから eCB 系の寄与を
る。しかし生理的な働き,特にシナプス伝達での役割に
調べた。CB1 受容体のアンタゴニスト処理により PAR1
ついては詳しくわかっていない。本研究では初代培養海
活性化で誘起される IPSC の抑制が消失した。さらに薬
馬ニューロンから抑制性シナプス後電流 (IPSC) を記録
理的に eCB 産生を阻害しても PAR1 による IPSC の抑制
し,抑制性シナプスでの PAR1 の寄与を調べた。IPSC を
が抑えられた。以上の結果から,PAR1 は eCB 産生を誘
記録し PAR1 の活性化酵素であるトロンビン,または
起し CB1 受容体を介してシナプス伝達を抑制すること
PAR1 活性化ペプチドを投与すると一過性に IPSC が抑制
が示唆された。
され,それが PAR1 アンタゴニストで抑えられた。この
(13)代謝型グルタミン酸受容体の多様なシグナリングを調節する機構
立山充博,久保義弘(生理研・神経機能素子)
代謝型グルタミン酸受容体 I 型 (mGlu1α) は,神経回路
他の経路については知られていなかった。そこで,
の可塑性に関わる G 蛋白質共役型受容体である。主に
mGlu1αが Gq と Gi/o 経路を活性化できる HEK 細胞に
Gq 経路を活性化するが,Gs や Gi/o 経路も活性化するこ
種々の変異体を発現させて,この点を検討したところ Gq
とが知られている。我々は,これまでに mGlu1αの多様
経路がシス型のみ,およびトランス型のみで活性化され
なシグナリングが C 末端領域や相互作用蛋白質により調
たのに対し,Gi/o 経路は,シス型のみ,トランス型のみ
節を受けることを報告してきたが,今回,サブユニット
では,活性化されなかった。同様な結果は,一方のサブ
間相互作用もその調節機構として働く可能性を見出し
ユニットに G 蛋白質との共役を阻害する変異体を導入し
た。mGlu1αはホモ 2 量体であるため,二つのリガンド結
た場合にも観察された。さらに,Gi/o 共役型の mGlu2 で
合部位と二つの G 蛋白質結合部位を有する。これまで,
も,トランス型活性化のみでは応答の減弱が見られ,受
一つのサブユニットにリガンドが結合すると自身のサブ
容体サブユニット間での相互作用を介する調節機構が示
ユニット(シス型)と隣のサブユニット(トランス型)
唆された。
を介して Gq 経路を活性化することが知られていたが,
(14)G 蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルの開閉を調節する細胞質領域内の構造変化
稲野辺厚,倉智嘉久(大阪大・院医・分子細胞薬理)
G 蛋白質制御内向き整流性カリウム (KG) チャネルは
240
心臓で徐脈,神経で遅延性の抑制性後シナプス膜電位の
研究会報告
形成に寄与する。KG チャネルの活性化には他の内向き整
在下では N 末端と CD ループがイオン結合を介して相互
流性カリウム (Kir) チャネルと同様にリン脂質 PIP2 が必
作用していた。一方で,Na+存在下ではこの相互作用が見
須である。しかしながら,KG チャネルの活性化は PIP2
られなかった。機能解析から,このイオン結合は PIP2 に
に加えて,三量体 G 蛋白質βγサブユニットや細胞質内
対する親和性を低下させることによって,Kir3.2 チャネ
+
Na 等の活性化因子を必要とする。これらの制御因子は
ルの活性化を抑制していることが判った。以上のことは,
KG チャネルの細胞質領域に直接結合するため,何らかの
Kir3.2 チャネルの開閉に伴い,細胞質領域が大きく構造
構造変化を引き起こすことが予想されているが,この詳
変化を起こしていることを示唆すると共に,N 末端と CD
細は不明であった。今回我々は KG チャネル活性化機構
ループ間のイオン結合の切断が Na+による Kir3.2 チャネ
の分子基盤を明らかにするために,KG チャネルサブユニ
ルの活性化の分子機構であり,その様式は脱抑制である
+
ット Kir3.2 の細胞質領域を活性化因子である Na 存在下,
ことを示している。
+
非存在下で結晶化し,X 線結晶構造を比較した。Na 非存
(15)イオン透過機構の動的理解を目指して
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大・医学部・分子生理)
イオンチャネルがどのようにしてイオン透過の高い選
学法などの計算機シミュレーションが盛んに行われてい
択性と速い透過速度という一見相矛盾する課題を実現す
る。しかし,選択性がどのように実現しているのか,と
ることができるのか。イオン透過機構の研究は電気生理
いう本質的問題に関して,未だ回答は得られていない。
学領域で長い歴史を持ち,単一チャネル電流記録法によ
私達はイオン透過を研究する上で古典的概念に属する流
り大きく進歩した。その後,高解像度のι線結晶解析像が
動電位(Levitt ら)と流束比指数(Hodgkin ら)の意味を
得られ,イオン透過機構の問題は解決したかのような印
見直し,サイクル流束という新しい概念をツールとして
象を持たれているかもしれない。しかし結晶構造は静止
解析する方法を確立した。イオン透過におけるイオン間
像であり,本来動的な過程であるイオン透過の一面を表
相互作用,イオン-水相互作用などの振る舞いが明らかに
すに過ぎない。動いているイオンをどう捉えるか。結晶
なってきた。
構造をもとに,イオンの動きの軌跡を辿るべく分子動力
241
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
3.作動中の膜機能分子の姿をとらえる-静止画から動画へ-
2009 年 9 月 3 日-9 月 4 日
代表・世話人:相馬義郎(慶應義塾大学・医学部)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)
(1)バクテリオロドプシンの光励起に伴う姿を高速原子間力顕微鏡 (AFM) で捉える
柴田幹大 1,山下隼人 1,内橋貴之 1,2,神取秀樹 3,安藤敏夫 1,2
(1 金沢大学,2JST/CREST,3 名古屋工業大学)
(2)細菌緑光認識レセプターの色認識と構造変化
鈴木大介,本間道夫,須藤雄気(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)
(3)光に応答しない膜機能分子の赤外分光測定
神取秀樹,古谷祐詞(名古屋工業大学)
(4)神経伝達物質トランスポーターホモログ LeuT の結晶構造
-作動中・作動阻害中-
山下敦子 1,S. K. Singh2,C. L. Piscitelli2,E. Gouaux2,3
(1 理研・放射光セ,2 オレゴン健康科学大・ヴォーラム研究所,3HHMI)
(5)光学顕微鏡による分子モーターの構造機能相関の可視化
西坂崇之(学習院大学 理学部 物理)
(6)細胞膜情報処理蛋白質の 1 分子動態
佐甲靖志(理研・基幹研究所)
(7)単粒子電顕構造解析法と SEM による分子・細胞レベルの観察
三尾和弘 1,小椋俊彦 1,丸山雄介 1,川田正晃 1,西山英利 2,須賀三雄 2,佐藤主税 1
(1 産業技術総合研究所,2 日本電子)
(8)電位依存性プロトンチャネルの温度依存性を決定する諸因子
久野みゆき,安藤博之,森畑宏一,酒井
啓,森
啓之,老木成稔(大阪市立大学医学部)
(9)電位依存性プロトンチャネル細胞内領域の会合とゲーティングへの寄与
藤原祐一郎,黒川竜紀,岡村康司(大阪大学医学系研究科統合生理学)
(10)ABC トランスポータ NBD エンジンの動作機構
相馬義郎
-機能データからの構造変化予測-
1,2
,中村友美 1,Y.-C. Yu1,古川朋佳 3,松崎陽平 1,T.-C. Hwang2
(1 慶應大・医,2 米ミズーリ大・医,3 東工大)
(11)分子動力学シミュレーションによる ABC トランスポーターSav1866 のダイナミクスの解析
足立健太郎,櫻井
実(東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター)
(12)超分子べん毛モーター膜タンパクの集合解離と回転
本間道夫(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)
(13)大腸菌機械受容チャネル MscL のゲーティングにおける水の役割
澤田康之 1,曽我部正博 2,3(1 名大院・医・DC4,2 名大院・医,3JST・ICORP/SORST)
(14)KCNQ1-KCNE1 イオンチャネル複合体における密度依存的なサブユニット数の変化
中條浩一 1,2,Max Ulbrich2,久保義弘 1,Ehud Isacoff 2
(1 生理研・神経機能素子,2 カリフォルニア大バークレー校)
(15)KcsA カリウムチャネルのイオン透過過程を捉える実験的・理論的戦略
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大学医学部分子生理)
242
研究会報告
【参加者名】
本間道夫,須藤雄気,鈴木大介(名古屋大学・大学院理
主税,三尾和弘,丸山雄介(産総研・脳神経情報),柳(石
学研究科),佐甲靖志(理化学研究所),柴田幹大(金沢
原)圭子(佐賀大学医学部・生体構造機能学),久野みゆ
大学・理工学域数物科学類),山下敦子(理化学研究所播
き(大阪市立大学・大学院医学研究科),老木成稔,岩本
磨研究所放射光科学総合研究センター),西坂崇之(学習
真幸,清水啓史,松木悠佳(福井大学医学部・分子生理),
院大学・理学部),櫻井
実,足立健太郎,古川朋佳(東
曽我部正博,澤田康之(名古屋大学大学院・医学系研究
京工業大学),岡村康司,藤原祐一郎(大阪大学・医学系
科細胞情報医学専攻)
,古谷祐詞(分子科学研究所・生命・
研究科),相馬義郎,中村友美(慶應義塾大学・医学部),
錯体分子科学研究領域)
,久保義弘,立山充博,中條浩一,
神取秀樹,川鍋
Keceli Batu,松下真一,石井
陽,浅井佑介,福田哲也(名古屋工業
大学・大学院工学研究科・未来材料創成工学専攻),佐藤
裕(生理学研究所・神経
機能素子)
【概要】
平成 21 年度生理学研究所研究会「作動中の膜機能分子
光法,パッチクランプ法,蛍光顕微鏡および新開発の水
-静止画から動画へ-」は,予定通り
溶液中電子顕微鏡と多岐にわたっており,それぞれにさ
2009 年 9 月 3 日(木)・4 日(金)の 2 日間にわたって
らに独自の改良を行ったオリジナリティの高い手法が数
行われた。参加者は計 36 名,発表演題数は 15 題であり,
多く見られた。
の姿を捉える
一演題あたり約 40 分間の発表・討論時間を確保した。
それぞれの測定法における時間分解能,空間分解能お
本研究会のテーマである作動中の膜機能分子の「姿を
よび測定可能環境条件の違いおよび,研究の対象とする
捉える」とは,単に分子構造を解くことを意味するので
チャネル,トランスポータおよびモータータンパクなど
はなく,対象分子の動的構造変化を強く意識した機能研
の機能分子における捻れや回転などの分子運動様式の違
究も,本研究会の非常に重要な構成要素である。したが
いなど,時間的・空間的に非常に広範のスケールでのさ
って,本研究会では,分子構造解析の専門家から電気生
まざまな膜機能分子の動作機構についての最新の知見
理学者まで幅広い分野にわたる研究者が一堂に会して,
を,参加者一同が共有することができた。
各自の「姿を捉える」測定技術およびそれによって捉え
参加者達の研究対象と測定手法はそれぞれ大きく異な
られた「膜機能分子の姿」を静止画から動画への展開を
っていたが,膜機能分子の動作機構の研究を同じく行っ
目指すというコンセプトのもとに最新の研究成果の発
ているもの同志,的を得た活発な討議がなされた。懇親
表・討論がおこなわれた。
会においても和やかな雰囲気のなかにも熱心な議論が続
本研究会で発表された研究で用いられていた測定方法
は,X 線結晶構造解析,高速分子間力顕微鏡,赤外線分
き,本研究会の参加者たちの間での新たな共同研究のス
タートが期待された。
(1)バクテリオロドプシンの光励起に伴う姿を高速原子間力顕微鏡 (AFM) で捉える
柴田幹大 1,山下隼人 1,内橋貴之 1,2,神取秀樹 3,安藤敏夫 1,2
(1 金沢大学,2JST/CREST,3 名古屋工業大学)
タンパク質の機能発現と構造変化は密接に関係してい
枚の画像を取得するのに分オーダーの時間が必要である
る。それ故に,タンパク質のダイナミックな振る舞いを
が,我々のグループが開発した高速 AFM は走査性能が
直接可視化することは,その機能メカニズムを理解する
高く,機能している生体分子そのものの動的変化を捉え
有力な手掛かりになるに違いない。原子間力顕微鏡
ることを可能にしている[1]。
(AFM) は溶液中でタンパク質の構造をナノメーターサ
本研究はバクテリオロドプシン (bR) を対象として外
イズの分解能で観察することができる。通常の AFM は 1
部刺激(光)によるタンパク質の構造変化の可視化に初
243
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
めて成功した。bR は高度好塩菌の細胞膜に存在し,光駆
造変化は光により何度でも繰り返される。さらに,活性
動プロトンポンプ機能をもつ。これまでに様々な手法に
化状態で近接する bR-bR 間の相互作用を発見し,この相
よって光励起に伴う構造変化は報告されているが,リア
互作用は基底状態へ戻る速さに正,負の協同性を示すこ
ルタイム,かつリアルスペースでの可視化は実現されて
とを明らかにした。
いない。本研究で得られた AFM movie は光励起した bR
分子の構造変化が明瞭に撮影されており,観察された構
[1] T. Ando et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 12468
(2001).
(2)細菌緑光認識レセプターの色認識と構造変化
鈴木大介,本間道夫,須藤雄気(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)
生物は,青・緑・赤を受容し色を認識する。我々は,
合部位[3] について述べ,情報伝達分子・HtrI との複合体
細菌緑光認識レセプター・センサリーロドプシン I (SRI)
研究の結果も含め,青色光レセプター・SRII の結果[4]と
を材料に研究を行っている。SRI は,波長に依存した一
も比較しながら SRI の機能発現機構についての議論を行
光子・二光子反応により,誘引・忌避という正反対の反
なった。
応を起こし,細菌の目としての働きに寄与する。我々は,
古細菌にしか存在しないと考えられてきた SRI を,真正
[1]
[1] Kitajima-Ihara T. et al. (2008) J. Biol. Chem. 283,
23533-28541.
細菌から単離した 。この蛋白質 (SrSRI) は,古細菌型に
[2] Suzuki, D. et al. (2008) Biochemistry 47, 12750-12759.
比べて極めて安定であり,これまで困難であった解析が
[3] Suzuki, D. et al. (2009) J. Mol. Biol. in press.
[1]
可能となった。本発表では,SrSRI の分光学的性質 ,赤
[2]
外分光解析により明らかとなった構造変化 ,脱塩化に
[4] Sudo, Y., and Spudich, J.L. (2006) Proc. Natl. Acad.
Sci. USA, 106, 16129-16134.
より明らかになったアニオン結合による色制御とその結
(3)光に応答しない膜機能分子の赤外分光測定
神取秀樹,古谷祐詞(名古屋工業大学)
振動分光法は一般に構造生物学のための解析ツールと
して認識されていないが,光受容蛋白質の機能発現のた
能な全反射赤外分光法 (Attenuated Total Reflection FTIR
spectroscopy) が必須となる。
めの構造変化をモニターする解析ツールとして高い可能
我々は最近,全反射法を用いた差スペクトルの測定系
性をもつことを,我々はロドプシン研究において示して
を構築したところ,さまざまな膜機能分子の構造機能相
[1]
きた 。ではこのような赤外分光解析は,光励起とは無
関を理解する上で,かなり役に立つことがわかってきた。
縁の一般の蛋白質にどれだけ有効であろうか?
何らか
本講演では,KcsA チャネル(福井大・老木成稔博士,清
の刺激による構造変化を赤外差スペクトルの形で抽出す
水啓史博士との共同研究),べん毛モーター蛋白質(名
る stimulus-induced difference FTIR spectroscopy において,
大・本間道夫博士,須藤雄気博士との共同研究),V 型
光のように有効な刺激を試料に与えることができれば同
ATPase(千葉大・村田武士博士との共同研究)の測定結
様に高精度の計測が可能になるかもしれない。しかし,
果を紹介し,ATR-FTIR 法の可能性についての議論を行
リガンド結合やイオン結合,pH 変化などの刺激を与える
なった。
ためには,ロドプシンに対するような透過型の分光法で
はなく,エバネッセント波を利用して溶液中で計測が可
244
[1] 古谷祐詞,神取秀樹,蛋白質科学会アーカイブ #036
(2008).
研究会報告
(4)神経伝達物質トランスポーターホモログ LeuT の結晶構造 -作動中・作動阻害中-
山下敦子 1,S. K. Singh2,C. L. Piscitelli2,E. Gouaux2,3
(1 理研・放射光セ,2 オレゴン健康科学大・ヴォーラム研究所,3HHMI)
高度好熱細菌 Aquifex aeolicus 由来 LeuT は,Na+イオン
など)の標的分子でもある,医学的・薬理学的にも重要
と l-ロイシンをはじめとするアミノ酸を共輸送するトラ
な膜タンパク質でもある。我々は,きわめて安定な NSS
ンスポーターであり,中枢神経系シナプス膜に存在する
ホモログである LeuT を用いて,立体構造解析および分
+
-
Na /Cl 依存性神経伝達物質トランスポーター (NSS) のホ
子レベルでの機能解析に取り組んできた。そしてこれま
モログでもある。NSS は,シナプス間隙に放出されたド
でに,LeuT が輸送する基質とイオン全てを結合してい
ーパミン,セロトニン,γ アミノ酪酸,グリシンなどの
る,いわば「作動中」の結晶構造,さらに LeuT の輸送
主要な神経伝達物質を細胞内にとりこむことにより,シ
を拮抗的に阻害する薬剤や非拮抗的に阻害する薬剤と結
ナプス伝達を終焉させ次の信号の到来に備える役割を担
合している,いわば「作動阻害中」の結晶構造を高分解
っているトランスポーター群である。また,その機能不
能で捉えることに成功した。本講演では,これら構造・
全がうつ病をはじめ様々な精神疾患の原因となり,それ
機能解析の結果に基づき,LeuT の輸送機構を担う構造基
らの治療薬(抗うつ剤など)や麻薬・覚醒剤(コカイン
盤についての議論を行なった。
(5)光学顕微鏡による分子モーターの構造機能相関の可視化
西坂崇之(学習院大学 理学部 物理)
光学顕微鏡技術のめざましい発展により,生体分子を
機能している様子をビデオカメラで可視化することがで
1 分子レベルで調べる研究は,この 10 数年の間に飛躍的
きる。(1) エバネッセント光の励起光を変調する全反射
に進んでいる。特に分子モーターの分野では,1 つの分
型顕微鏡を用い,化学状態と蛋白質内部のコンフォメー
子が生み出すステップ状の動きや化学反応が直接画像化
ション変化がどのように対応しているかについて,1 分
され,精密な装置としてのタンパク質の動作機構に踏み
子のレベルで調べた。(2) 蛍光性 ATP による 1 回の化学
込むことが可能となってきた。セミナーでは,独自の技
反応を画像化し,力学反応とのカップリングを明らかに
術を 1 分子観察に応用した最新の成果を紹介する。対象
することができた。以上の 2 つの知見を軸として,1 個
は世界最小の回転分子モーターである F1-ATPase(ATP
の分子を対象にした構造生物学の可能性についての議論
合成酵素を構成する複合体の一部)であり,ガラスに吸
を行なった。
着させた状態で回転軸にマーカーをつけることにより,
(6)細胞膜情報処理蛋白質の1分子動態
佐甲靖志(理研・基幹研究所)
上皮成長因子受容体 (Epidermal growth factor receptor:
の細胞外ドメインに結合すると EGFR は信号伝達のため
EGFR) は,細胞膜を 1 回貫通するチロシンリン酸化酵素
の 2 量体を形成し,細胞質側で相互リン酸化反応を起こ
型膜受容体に属する膜内在性蛋白質であり,細胞増殖に
す。EGFR のリン酸化は多種の細胞質蛋白質によって認
かかわる情報処理反応をおこなっている。EGF が EGFR
識される。これらの認識反応の結果のひとつとして,細
245
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
胞膜の細胞質側に存在する膜表在性蛋白質 Ras の活性化
活性化した EGFR とアダプター蛋白質 Grb2 の認識反応,
がおこり,Ras は種々のエフェクター分子の活性化を制
Ras の活性化とエフェクターRaf の分子認識反応などが
御する。本講演では,細胞内および再構成系における 1
話題である。1 分子計測の結果は,EGFR や Raf の動的な
分子蛍光計測法により明らかになった,EGFR と Ras の
構造変化が,蛋白質 1 分子レベルでの複雑で合目的的な
情報処理反応について報告する。EGF と EGFR の結合反
細胞内情報処理反応を可能にしていることを示唆してい
応,EGFR の多量体形成と信号伝達 2 量体の形成反応,
る。
(7)単粒子電顕構造解析法と SEM による分子・細胞レベルの観察
三尾和弘 1,小椋俊彦 1,丸山雄介 1,川田正晃 1,西山英利 2,須賀三雄 2,佐藤主税 1
(1 産業技術総合研究所,2 日本電子)
構成するのは,細胞膜上のチャネルポアとなる Orai1 と,
膜タンパク質の多くは,様々のタンパク質と相互に複
合体を形成して機能する。それら複合体は安定とは限ら
小胞体膜上で Ca2+枯渇を感受する STIM1 である。Orai1
ず,多くは不安定なものである。例えば,我々の細胞は
は通常は 4 量体を形成していた。しかし,その STIM1 と
2+
内側の小胞体内 Ca が枯渇すると,その枯渇刺激により
の結合は枯渇時に一過性であり,これまでわれわれが開
2+
細胞外から Ca を流入させる。この流入を担うチャネル
2+
発してきた単粒子解析でも,その複合体の観察は不可能
2+
として,細胞膜にある Ca 放出活性化 Ca (CRAC) チャ
であった。これらの問題を克服するために,走査型電子
ネルが注目を集めている。CRAC チャネルは免疫応答と
顕微鏡を改良することで全く新しい顕微鏡を開発した。
深い関連があることが報告されている。このチャネルを
(8)電位依存性プロトンチャネルの温度依存性を決定する諸因子
久野みゆき,安藤博之,森畑宏一,酒井
電位依存性プロトンチャネル (voltage-gated H+ channel)
+
啓,森
啓之,老木成稔(大阪市立大学医学部)
値に比べ高かった。しかし,この研究過程で細胞膜を介
は,脱分極によって開口しプロトン (H ) をその電気化学
する H+-flow にチャネルポアの外での H+移動に伴う要因
的ポテンシャルに従って選択的に透過させる。単一チャ
(H+枯渇,濃度分極,アクセス抵抗など)が影響を与え
ネル電流が小さく測定が困難なため,H+チャネル機能の
ることが示唆された。これは H+濃度が他のイオンに比べ
研究は殆どが全細胞電流の解析に基づいて行われてき
極端に低いことや H+の物理化学的特性による。哺乳類細
た。そしてチャネルの特性のひとつとして早くから注目
胞の生理学的環境では,チャネル外要因の H+透過過程へ
されていたのが“高い温度依存性”である。この中から
の寄与が大きく,その結果 H+電流の見かけ上の温度依存
私達は温度ジャンプ法を用いて H+透過過程の温度依存
性は一般のイオンチャネルと区別がつかなくなることが
+
性を抽出した。チャネル開状態における H 透過の活性化
エネルギーは一般的なイオンチャネルで報告されている
246
明らかになった。
研究会報告
(9)電位依存性プロトンチャネル細胞内領域の会合とゲーティングへの寄与
藤原祐一郎,黒川竜紀,岡村康司(大阪大学医学系研究科統合生理学)
我々の研究室で cDNA が単離された電位依存性プロト
イマー状態を呈していることが観察された。CD スペク
ンチャネル (VSOP/Hv1) は,電位依存性イオンチャネル
トラム解析からその領域はα-Helix を呈しており,その解
の電位センサードメインに相同性が高い膜 4 回貫通分子
離融解温度(tm 値)は通常のコイルドコイル構造 (tm=
である。最近,我々の研究室も含む複数の研究室から同
~60℃) と比較し体温付近の低い温度であり,かつ急峻
時期に VSOP が 2 量体として機能することが報告された
な温度依存性を呈した。VSOP の C 端細胞内領域の点変
(Koch et. al. PNAS (2008) 他)。細胞内領域をほとんど有
異体及び deletion 変異体を HEK 細胞に発現させて電気生
さない VSOP であるが C 端細胞内領域には保存性の高い
理学的に解析を行ったところ,活性化キネティクスの促
約 50 アミノ酸残基からなるロイシンジッパーモチーフ
進が観察された。電気生理学的にキネティクスの促進が
が存在する。その保存性の高い細胞内領域のチャネル機
見られた変異体をゲル濾過クロマトグラフィーにより分
能に対しての役割を知るために今回我々は以下のような
子量を解析したところ,解離しモノマー化していた。以
解析を行った。マウス VSOP の細胞内 C 端領域を大腸菌
上の解析は,C 端細胞内領域はダイマーコイルドコイル
を用いて発現・精製し,水溶液中での物性を解析した。
構造をとっておりその熱安定性がチャネル会合・ゲーテ
分析超遠心による分子量解析により,その領域だけでダ
ィング両方に寄与していることを示唆していた。
(10)ABC トランスポータ NBD エンジンの動作機構
-機能データからの構造変化予測-
相馬義郎 1,2,中村友美 1,Y.-C. Yu1,古川朋佳 3,松崎陽平 1,T.-C. Hwang2
(1 慶應大・医,2 米ミズーリ大・医,3 東工大)
ABC トランスポータスーパーファミリーのメンバー
を用いて観察することにより,その作動サイクル中の
は,よく保存された 2 つの Nucleotide Binding Domain
NBD エンジンの状態を,間接的にではあるが,リアルタ
(NBD) を持っている。この 2 つの NBD は ATP2 分子を
イムに知ることができる。
挟み込んだ形での二量体の形成と ATP 分子の加水分解
現在までに,CFTR の ATP 結合能や加水分解能に影響
に続く二量体の解離を繰り返すことにより,それぞれの
を与えると考えられるさまざまな点変異や ATP アナロ
トランスポータ分子が機能を発揮するための駆動力を供
グを用いた機能実験が行われ,それらの機能データを,
給しているという“NBD 二量体ゲーティングエンジン”
他の ABC トランスポータの結晶構造に基ずいて作られ
仮説が提唱され,現在,広く認められている。しかしな
たホモロジーモデルに適用することにより,CFTR-NBD
がら,その中間過程や詳細な動作原理などについて未知
エンジンの動作機構の説明がなされてきた。
な部分が多い。
本研究会ではこのアプローチで得られた CFTR-NBD
CFTR チャネルは,ABC トランスポータスーパーファ
エンジンの作動サイクル中の構造変化の予測とその手法
ミリーのメンバーで唯一,イオンチャネルとしての機能
による限界,および期待されるブレークスルーについて
を持ち,チャネルゲートの開閉動態をパッチクランプ法
の議論を行なった。
247
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(11)分子動力学シミュレーションによる ABC トランスポーターSav1866のダイナミクスの解析
足立健太郎,櫻井
実(東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター)
ABC トランスポーターは ATP の加水分解エネルギー
ーションによる原子レベルのダイナミクス解析を行い,
を利用して,様々な物質を細胞内外へ輸送する膜タンパ
基質輸送メカニズムについて知見を得ることを目的とし
ク質である。特に ABCB1 や ABCC1 といったヒトの ABC
た。現在までに以下のことが判明している。ANM 解析
トランスポーターは癌細胞の多剤耐性獲得に関わってお
によると,今回調べた outward-facing 型の構造では,膜
り,非常に重要である。しかし,これらのタンパク質の
貫通へリックス領域は細胞質側を基点とする開閉運動を
輸送機構については未知の点が多い。黄色ブドウ球菌由
もつほか,いくつかの特徴的な運動を潜在的に有してい
来の ABC トランスポーター・Sav1866 は ABCB1 と高い
ることが分かった。一方 MD のトラジェクトリに対し主
配列相同性を有しており,その結晶構造が判明している
成分解析を行ったところ,ATP を加えた系においてこの
ことから ABCB1 のモデルとして期待されている。本研
開閉運動が消失することが判明した。このことから ATP
究 で は こ の Sav1866 の 結 晶 構 造 に 対 し , anisotropic
は outward-facing から inward-facing への構造変化を導く
network model (ANM) に基づく振動解析と MD シミュレ
開閉運動を制御していると考えられる。
(12)超分子べん毛モーター膜タンパクの集合解離と回転
本間道夫(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)
細菌のべん毛モーターは,細胞膜内外のイオンの電気
ク質 PomA と PomB は,PomA2 分子と PomB1 分子が,
化学的ポテンシャル差をエネルギー源にして駆動する。
複合体を 作り ,それが さら に 2 量 体 化 し ,(PomA)4
イオンチャネルであるモーター固定子への共役イオンの
(PomB)2 という複合体を作る。この複合体の膜貫通領域
流入に伴う固定子と回転子間の相互作用が回転力を発生
がイオンチャネルを形成していると推定されている。イ
させていると考えられている。最も研究が進んでいる大
オンチャネル内の荷電残基に共役イオンが結合解離する
腸菌のべん毛モーターでは,固定子タンパク質として,
ことで,A サブユニットの細胞質領域の構造変化が起こ
MotA(モータータンパク質 A),MotB(モータータンパ
り,回転子との相互作用が変化することにより,回転力
ク質 B)という膜に埋まったタンパク質が同定されてい
がつくられると推測されている。最近,ビブリオ菌にお
る。そして,大腸菌の場合,これらに水素イオンが流れ
いて,固定子の集合に MotX と MotY が必要であること
込んで回転力をつくると考えられている。我々が発見し
が明らかになった。さらに,その集合解離が Na+依存的
たビブリオ菌のナトリウムイオン駆動型モーターでは,
にダイナミックに起こることも明らかにしている。この
MotA, MotB と 相 同 な タ ン パ ク 質 で あ る Pom(polar
固定子の集合が,回転子タンパク質である FliG の変異に
motor:極べん毛モーター)A タンパク質と PomB タンパ
よって影響を受けるという結果も得ている。本発表では,
ク質に加えて,2 種類のモータータンパク質 MotX と
これら我々の最近のデータをもとに,固定子のダイナミ
MotY があって,モーターが回転する。モータータンパ
ックな集合解離と回転機構についての議論を行なった。
248
研究会報告
(13)大腸菌機械受容チャネル MscL のゲーティングにおける水の役割
澤田康之 1,曽我部正博 2,3(1 名大院・医・DC4,2 名大院・医,3JST・ICORP/SORST)
大腸菌機械受容チャネル MscL は,細胞膜の膜面に発
様に下げることで発生させた。このとき,脂質膜の両面
生した張力を直接感受してゲーティング(開口)する膜
にある親水基付近で特に大きな張力が発生した。張力の
蛋白質である。MscL は 2 回膜貫通型のホモ五量体で形
発生で MscL の構造変化を誘発させ,その結果本モデル
成されており,大腸菌 MscL の 3D 構造は結核菌由来の
で MscL の開口過程を再現できた。MscL と脂質膜との間
MscL の結晶構造を基に提案されている。また,各サブ
の相互作用を解析した結果,脂質膜-水境界付近に位置
ユニットの膜貫通αヘリックスでポアを形成している。
する Phe78 が最も強く相互作用しており,主要な張力受
構造変化に関する情報は,電気生理を用いた実験や EPR
容部位であることが示唆された。さらに MscL の構造変
の結果から推定されている。さらに,分子動力学 (MD) 計
化に際して,疎水的な環境が形成されているポアの最も
算による開口過程のシミュレーションも報告されてい
狭い領域に水分子の浸潤と透過が起きることで開口が開
る。しかしながら,膜張力で誘起される MscL の構造変
始した。また,これまでに実験的に知られている,より
化で最も本質的な役割を担う,細胞膜脂質と蛋白質の間
開口しやすい変異体 (G22N) をモデル上で作成して同様
の相互作用を原子・分子レベルで直接解析した研究報告
の計算を行ったところ,実験結果と整合性のある結果が
はない。そこで本研究では MscL 蛋白質-脂質間相互作用
得られた。本研究会では野生型ならびに変異体の MscL
を考慮した分子モデルを作成し,MD 計算を行った。膜
について,水分子の挙動に注目した開口時の詳細な解析
面の張力は,脂質膜内での膜面に平行な方向の圧力を一
結果を発表した。
(14)KCNQ1-KCNE1イオンチャネル複合体における密度依存的なサブユニット数の変化
中條浩一 1,2,Max Ulbrich2,久保義弘 1,Ehud Isacoff 2
(1 生理研・神経機能素子,2 カリフォルニア大バークレー校)
電位依存性カリウムチャネルαサブユニット KCNQ1
されたが,GFP の蛍光タグをつないだ KCNQ1 の退色数
は,共発現するβサブユニットの種類によってその性質
も最大 4 回となり,実際に 4 量体であることを確認する
を大きく変える。心臓では KCNE1 と呼ばれるβサブユニ
ことができた。一方 GFP をつないだ KCNE1 の退色ステ
ットと分子複合体を構成して,ゆっくりとした開閉のキ
ップ数も同様に最大 4 回となり,最大 4 つの KCNE1 が
ネティクスを持つ IKs と呼ばれる電流を担っている。
ひとつの KCNQ1 複合体に結合する (4 : 4) ことを示唆す
KCNQ1 は,すでに結晶構造解析がなされている Kv1.2
る結果を得た。さらに KCNQ1 と KCNE1 の膜上発現密
と同様 4 量体であるが,1 つのイオンチャネル(4 つの
度の比率を変えることで,KCNQ1 複合体のストイキオ
KCNQ1)に対して何個の KCNE1 が結合するかについて
メトリーが 4 : 4 のみならず,4 : 2, 4 : 1 といった異なる
はいまだ議論が続いている。そこで全反射蛍光顕微鏡を
状態になりうることを示唆する結果を得た。KCNQ1 と
用い,単分子レベルでの GFP の退色ステップをカウント
KCNE1 のストイキオメトリーは従来考えられているよ
することにより KCNQ1-KCNE1 複合体のストイキオメ
りもフレキシブルなものであるかもしれない。
トリーの決定を試みた。KCNQ1 は 4 量体であると予想
249
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(15)KcsA カリウムチャネルのイオン透過過程を捉える実験的・理論的戦略
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大学医学部分子生理)
KcsA カリウムチャネルの高解像度結晶構造が明らか
は新しいアプローチとして水-イオンカップル比の理論
になり,選択性フィルタ内のイオン分布が様々な条件で
的意義に注目し,実験的に流動電位を測定することによ
求められた。従来,単一チャネル電流というイオン透過
って様々な条件で水-イオンカップル比を求めた。この
としては巨視的な実験値しか得られてこなかったことか
水-イオンカップル比は,イオン透過過程の離散的モデ
ら考えると,ポア内イオン分布の情報は透過過程を知る
ルではその部分反応経路(サイクル流束)に相当する情
上で全く新しい視点を与えてくれた。実際,結晶構造を
報を与えてくれる。さらに複イオンポアであるカリウム
もとに分子動力学法などの計算機実験が行われイオン透
チ ャ ネ ル で 実 験 さ れ て き た 流 束 比 指 数 (flux ratio
過の局所的な軌跡の情報は蓄積している。現在 3 つの異
exponent) についてもサイクル流束は新しい観点を与え
なるレベルの情報(イオン分布,その微視的な軌跡,巨
てくれた。本研究会では,イオン透過機構の本質である
視的なイオン流束)が得られているが,これらの情報の
水-イオン,イオン-イオン相互作用についての議論を
間にはその時間的・空間的解像度に大きなギャップがあ
行なった。
り,相互の情報を関連付けることは容易ではない。私達
250
研究会報告
4.神経科学の新しい解析法とその応用
2009 年 7 月 16 日-7 月 18 日
提案代表者:高橋正身(北里大学)
所内対応者:池中一裕(分子神経生理部門)
(1)前脳形成過程におけるジンクフィンガー遺伝子 Fezf1, Fezf2 の機能解析
清水健史 1,中澤祐人 1,平田
務 1,Young-Ki Bae1,可児修一 1,
清水貴史 1,影山龍一郎 2,日比正彦 1
(1 理化学研究所,発生再生科学総合研究センター (CDB),体軸形成研究チーム,
2
京都大学,ウイルス研究所)
(2)脳由来神経栄養因子によるミトコンドリアの局在を介した軸索側枝形成の制御
中原聡一郎,松木則夫,小山隆太(東京大学
大学院薬学系研究科
薬品作用学教室)
(3)COUP-TFII は尾側基底核原基に優位に発現し,尾側細胞移動経路を制御する
金谷繁明,仲嶋一範(慶應義塾大学・医学部・解剖学)
(4)偏光顕微鏡を用いた神経突起縮退時の細胞骨格ダイナミクスの解析
犬束
歩(京都大学大学院理学研究科
生物物理学教室
構造生理学講座)
(5)Cre-loxP システムによるゼブラフィッシュ脊髄神経回路網の解析
佐藤千恵(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(6)LTP に伴うスパイン増大における CaMKIIαのキナーゼ活性の解析
梅田達也 1,2,山肩葉子 3,4,5,真鍋俊也 5,6,岡部繁男 7
(1 東京医科歯科大学
3
生理学研究所
6
細胞生物学,2 生理学研究所
認知行動発達機構,
4
神経シグナル研究, 総合研究大学大学院,5CREST,
東京大学
神経ネットワーク,7 東京大学
神経細胞生物学)
(7)聴覚同時検出におけるフィードフォワード抑制機構の働き
山田
玲(京都大学
医学部
神経生物学)
(8)KCC2 による海馬顆粒細胞の主要樹状突起形成の制御
市川淳也,松木則夫,小山隆太(東京大学
大学院薬学系研究科
薬品作用学教室)
(9)アメボイドミクログリアにおける PLD4 の解析
大谷嘉典 1,山口宜秀 1,木谷
裕 2,池中一裕 3,佐藤友美 4,古市貞一 4,馬場広子 1
(1 東京薬大・機能形態,2 家畜研究センター,
3
生理研・分子神経生理,4 理研・脳センター・分子神経形成)
(10)神経幹細胞のアストロサイト分化を制御するエピジェネティクス機構
佐野坂司 1,波平昌一 1,神山
淳 1,蝉
克典 1,田賀哲也 2,中島欽一 1
(1 奈良先端大・分子神経分化制御,2 東京医科歯科大・幹細胞制御)
(11)小脳皮質形成期の外顆粒細胞層で一時的に GABA が放出され
顆粒細胞前駆体 (GCP) の増殖を制御している
森島寿貴(浜松医科大学
生理学第一講座)
251
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(12)Mechanism underlying gliotransmitter release from cultured astrocytes
Hae Ung Lee1, Shigeyuki Namiki3, Kenji Tanaka1,2, Kishio Furuya4,5,6, Hongtao Liu7,
Masahiro Sokabe4,5,6, Kenzo Hirose3, Yasunobu Okada1,7, Kazuhiro Ikenaka1,2
(1Division of Neurobiology and Bioinformatics, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan,
2
The Graduate University of Advanced Studies,
3
Department of Neurobiology, Graduate School of Medicine, University of Tokyo, Tokyo, Japan,
4
International Cooperative Research Project/Solution Oriented Research for Science and Technology,
Cell-Mechanosensing Project, Japan Science and Technology Agency, Nagoya, Japan,
5
Department of Physiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan,
6
Department of Molecular Physiology, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan,
7
Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan)
(13)統合失調症の動物モデルの作成とその行動薬理学的,組織学的解析
鳥塚通弘,牧之段学,山内崇平,紀本創兵,辰巳晃子,奥田洋明,和中明生,岸本年史
(奈良県立医科大学
精神神経医学講座,第二解剖学講座)
(14)Identification and functional analysis of a novel LewisX-synthesizing α1,3- fucosyltransferase gene
in neural precursor cells
Akhilesh Kumar
(15)温度感知行動を司る神経回路システム
~分子生理学者が目指すシステムズバイオロジー~
久原
篤(名古屋大学大学院理学研究科)
(16)細胞間隙での伝達物質濃度推移が定める信号伝達特性
松井
広(生理学研究所・脳形態解析研究部門)
(17)海馬白板のオリゴデンドロサイトの同定および活動電位の軸索伝導に対する修飾効果
山崎良彦(山形大学医学部生理学講座)
(18)多光子励起顕微鏡を駆使した骨組織内の in vivo ライブイメージング
~骨吸収の新しい調節機序の発見
石井
優(大阪大学・免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)
【参加者名】
石井
優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター),
市川淳也(東京大学大学院薬学系研究科),犬束
歩(京
究科),鍋倉淳一(生理研生体恒常機能発達機構),東島
眞一(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
,松井
広(生
都大学大学院理学研究科),梅田達也(生理研認知行動発
理研脳形態解析),湊原圭一郎(京都大学大学院理学研究
達機構),大谷嘉典(東京薬科大学大学院薬学研究科),
科),森島寿貴(浜松医科大学生理学第一),山崎良彦(山
鹿川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所),金谷繁明
形大学大学院医学系研究科),山田
(慶應義塾大学医学部),工藤佳久(東京薬科大学),久
原
篤(名古屋大学大学院理学研究科),熊倉鴻之助(上
玲(京都大学大学院
医学研究科),山中章弘(岡崎統合バイオサイエンスセン
ター),和中明生(奈良県立医科大学第二解剖学),池中
智大学理工学部),熊田竜郎(浜松医科大学生理学第一),
一裕(生理研分子神経生理),等
小山隆太(東京大学大学院薬学系研究科),佐藤千恵(岡
生理),田中謙二(生理研分子神経生理),吉村
崎統合バイオサイエンスセンター),佐野坂司(奈良先端
理研分子神経生理),小池崇子(生理研分子神経生理),
科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)
,清水健史
後藤仁志(生理研分子神経生理),稲村直子(生理研分子
(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター),高橋
誠司(生理研分子神経
神経生理),李 海雄(生理研分子神経生理),範
武(生
凱(生
正身(北里大学医学部),鳥塚通弘(奈良県立医科大学大
理研分子神経生理),清水崇弘(生理研分子神経生理),
学院医学研究科),中原聡一郎(東京大学大学院薬学系研
Akhilesh Kumar(生理研分子神経生理),石野雄吾(生理
252
研究会報告
研分子神経生理),杉尾翔太(生理研分子神経生理),宮
研脳生物),湊佐知子(基生研統合神経),桜庭寿一(基
本愛喜子(生理研生体恒常機能発達機構),吉田
生研統合神経),服部聡子(生理研行動様式),作田
明(生
理研多次元共同脳科学推進センター),佐々木哲也(基生
拓
(基生研統合神経),山肩葉子(生理研神経シグナル)
【概要】
極めて高度に複雑化した脳の機能を理解していくため
析法などの方法論も取り上げ,活発な討論を行った。
には,異なるコンセプトに基づく多様な解析法を駆使し
今回の研究会のもう一つの特色として,近年脳機能へ
ていくことが不可欠となっている。しかし急速な神経科
の役割が注目されているグリア細胞に関わる研究の紹介
学研究の進展の結果,夥しい量の情報が溢れ,異なるコ
も積極的に行い,グリア細胞の分化に関わるエピジェネ
ンセプトに基づく研究者間での相互理解は容易ではなく
ティックな機構や,グリア細胞からの情報分子(グリア
なってきている。本研究会では神経科学の様々な分野で
トランスミッター)の放出機構,グリア細胞の機能制御
活発に研究を行っている若手研究者を集めて最新の研究
に関わるシグナル分子の同定などの話題も取り上げた。
成果を紹介してもらい,異なるコンセプトに基づく研究
現在,我が国には神経科学を分子レベルから個体レベ
への相互理解を深めることを通じて,より広い視野から
ルまで系統的に教育するシステムが残念ながら存在して
神経科学を見つめ直してもらうことを目的とした。
いない。このため若手研究者のものの見方や考え方が,
神経発生の分野では分化に伴う転写制御や機能分子の
ともすると出身研究室のコンセプトに囚われてしまい,
役割,細胞移動,神経突起の伸長・退縮,回路形成など
新たな問題提起や解決法の発見に繋がる広い視野を持つ
の問題を取り上げた。成体の脳機能の解析法については,
ことが難しい状況にあると考えられる。この様な状況を
多光子励起顕微鏡の新しい利用法の紹介や,シナプス可
打破していくためには,様々な分野の若手研究者を一堂
塑性に伴うスパインの動態の解析などと共に,神経回路
に集め自由で活発な討議を行える研究会の重要性が,今
の機能に着目したシステムバイオロジーや,コンピュー
後益々高まってくるものと考えられる。
ターシュミレーションを用いた新しいシナプス機能の解
(1)前脳形成過程におけるジンクフィンガー遺伝子 Fezf1, Fezf2の機能解析
清水健史 1,中澤祐人 1,平田
務 1,Young-Ki Bae1,可児修一 1,
清水貴史 1,影山龍一郎 2,日比正彦 1
(1 理化学研究所,発生再生科学総合研究センター (CDB),体軸形成研究チーム,
2
前脳および嗅覚システム特異的に発現するジンクフィ
京都大学,ウイルス研究所)
性化因子 Neurogenin2 を見出した。
ンガー型転写抑制因子 FEZF1, FEZF2 は,マウスとゼブ
Hes5 プロモーターアッセイとクロマチン免疫沈降法
ラフィッシュにおいて,前脳形成,特に,皮質投射神経
(ChIP) を行った結果,FEZF1, FEZF2 タンパク質が Hes5
の形成・終脳背側の成長・海馬領域の形成・ドーパミン
プロモーターに結合し,Hes5 の転写を抑制することを明
作動性神経の形成・間脳のパターニングを制御すること
らかにした。
が明らかになっている。しかしながら FEZF1, FEZF2 が,
また,Fezf1-/-Fezf2-/-マウスの胎生 10.5 日胚において,
どのような分子メカニズムでそれらをコントロールして
神経前駆細胞の増殖の増加と,Tuj1 陽性ニューロンの減
いるかは不明であるので,転写因子 FEZF1, FEZF2 の標
少が認められた。終脳の発生初期に Tuj1 陽性ニューロン
的遺伝子を探索を行った。GeneChip 解析により,Fezf1-/-
が減少した結果,Fezf1-/-Fezf2-/-マウスにおいてカハール
Fezf2-/-胚で発現が増加する遺伝子として bHLH 型転写抑
レチウス細胞の減少とサブプレートニューロンの減少,お
制因子 Hes5 を,減少する遺伝子として bHLH 型転写活
よび大脳皮質第 4 層の欠損が誘導されることが分かった。
253
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(2)脳由来神経栄養因子によるミトコンドリアの局在を介した軸索側枝形成の制御
中原聡一郎,松木則夫,小山隆太(東京大学
大学院薬学系研究科
薬品作用学教室)
側頭葉てんかん患者およびそのモデル動物の海馬歯状
した。その結果,苔状線維内のミトコンドリア密度の上
回では,顆粒細胞の軸索である苔状線維が過剰な数の側
昇に伴う側枝数の増加が確認された。次に,ミトコンド
枝を形成する異常発芽が確認されている。軸索側枝の形
リアの軸索内局在を制御する因子として脳由来神経栄養
成および維持にはミトコンドリアによる ATP の供給が
因子 (BDNF) に着目し,その関与を検証した。てんかん
不可欠であるため,異常発芽の形成とミトコンドリア動
様状態における軸索内ミトコンドリア密度の上昇は
態の関連をラット由来の海馬切片培養系を利用して検証
BDNF の機能阻害抗体によって抑制された。さらに,
した。異常発芽の形成とミトコンドリアの動態を経時的
BDNF を被覆した微小ビーズを苔状線維に接触させる
に観察するために,細胞膜移行性を有する GFP とミトコ
と,接触部位にミトコンドリアが局在し,その後,同部
ンドリア移行性を有する DsRed を切片内の顆粒細胞に共
位より新たな側枝が形成される様子が観察された。本研
発現させ,共焦点顕微鏡を利用した経時観察を行った。
究により,てんかん脳における異所性神経回路の形成に,
そして,GABAA 受容体の阻害薬であるピクロトキシンを
軸索内ミトコンドリア局在の異常が関与する可能性が示
処置することにより,培養切片にてんかん様状態を誘導
唆された。
(3)COUP-TFII は尾側基底核原基に優位に発現し,尾側細胞移動経路を制御する
金谷繁明,仲嶋一範(慶應義塾大学・医学部・解剖学)
大脳発生期の尾側基底核原基 (CGE) にて誕生する抑
CMS が誘導されることを示した。胎生 13.5 日目におい
制性神経細胞は,尾側へ向かう領域特異的な移動様式
て COUP-TFII は CGE のみならず腹側と背側の MGE に
CMS(尾側細胞移動経路:Caudal migratory stream)を示
も発現が見られる。そこで我々は,局所遺伝導入法によ
す (Yozu et al., J Neurosci, 2005)。我々は CMS が CGE 特
り腹側 MGE からの移動細胞を可視化したところ,腹側
異的に観察される事から,CMS が CGE 特異的に発現す
MGE からも顕著に尾側へ細胞が流れ CMS を形成してい
る遺伝子により制御されているのではないかと考え,
ることを見出した。この結果は COUP-TFII の発現によ
CGE に 特 異 的 に 発 現 す る 分 子 を 探 索 し た 結 果 ,
り,CMS が CGE だけにとどまらず,
“COUP-TFII が発現
COUP-TFII がほぼ CGE 特異的に発現していることを見
する領域”という広い範囲において発現分子特異的に制
出した。さらに CGE 細胞にて siRNA を用いて COUP-TFII
御されている可能性を示すものである (Kanatani et al., J
を抑制した場合,CMS の移動が抑えられ,逆に MGE 細
Neurosci, 2008)。
胞において COUP-TFII を強制発現させた場合において,
(4)偏光顕微鏡を用いた神経突起縮退時の細胞骨格ダイナミクスの解析
犬束
歩(京都大学大学院理学研究科
生物物理学教室
構造生理学講座)
神経回路網の形成過程においては,樹状突起や軸索と
に細胞骨格が変化して細胞の形態が再編成されることが
いった神経突起が外環境中のガイダンス因子に応答して
必要不可欠である。細胞骨格を構成する微小管やアクチ
正しい経路を選択する。こうした応答においては最終的
ンフィラメントといった構造物は,分子が規則的に配列
254
研究会報告
しており,細胞内において複屈折性の高い領域として知
されていたことから,CL-A による神経突起の縮退は従
られている。よって,偏光を用いた観察によって,蛍光
来提起されていたような微小管の脱重合によるものでは
分子を導入することなく非侵襲的に細胞骨格のダイナミ
ないことが判明した。また,阻害剤等を用いた薬理実験
クスを観察することが可能である。我々は従来型の偏光
により,CL-A による神経突起縮退の主な要因はミオシ
顕微鏡が持つ方向依存性を解消した LC-PolScope を用い
ン軽鎖の Thr18, Ser19 におけるリン酸化を介したアクト
ることによって,プロテインホスファターゼ阻害剤であ
ミオシンの活性化であることが示され,そのリン酸化を
る Calyculin A (CL-A) が引き起こす神経突起縮退現象を
担うキナーゼは軸索縮退においてしばしば報告される
解析した。縮退過程において細胞骨格の複屈折性が維持
MLCK や Rho kinase とは異なることが示唆された。
(5)Cre-loxP システムによるゼブラフィッシュ脊髄神経回路網の解析
佐藤千恵(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
高等脊椎動物の神経回路網は複雑であり,解析に困難
研究を進めるにつれ,転写因子陽性細胞を単純に蛍光
が伴うことが多い。一方で,ゼブラフィッシュは,脊椎
タンパク質でラベルする手法による解析のみでは困難が
動物の中では比較的その神経回路が単純で,また,胚,
多いことも分かってきた。転写因子の発現は一過的であ
幼魚は体が透明で蛍光タンパクでの細胞の可視化に適し
るため,成熟した神経細胞においては,蛍光タンパク質
ているため,近年,神経回路網の解析によく使用されて
の発現が非常に弱くなってしまうこと,転写因子を発現
いる。我々は,神経発生の過程で,脊髄の背腹軸に沿っ
する細胞から,複数のクラスの神経細胞が生じることが
てドメイン状に発現する転写因子に関して,その陽性細
多いこと,である。これらの困難を克服するため,現在,
胞で蛍光タンパク質を発現するトランスジェニックフィ
Cre-loxP のシステムを取り入れることで,より少ないク
ッシュを作成し,それらの性質を解析している。これら
ラスの神経細胞を,その後期においても可視化すること
の転写因子の発生期の脊髄における発現パターンは,脊
に取り組んでいる。本研究会では,我々の,Cre-loxP シ
椎動物間でよく保存されているので,ゼブラフィッシュ
ステムを用いたゼブラフィッシュ神経回路網の解析の成
で得られた知見が,哺乳類などにも有用な情報を与えて
果を報告したい。
くれると期待される。
(6)LTP に伴うスパイン増大における CaMKIIαのキナーゼ活性の解析
梅田達也 1,2,山肩葉子 3,4,5,真鍋俊也 5,6,岡部繁男 7
(1 東京医科歯科大学
3
生理学研究所
6
細胞生物学,2 生理学研究所
認知行動発達機構,
神経シグナル研究, 総合研究大学大学院,5CREST,
東京大学
4
神経ネットワーク,7 東京大学
神経細胞生物学)
神経回路網は外界からの刺激に応じて神経細胞間のシ
数の研究グループから報告されている。一方,CaMKIIα
ナプス結合を可塑的に変化させて機能していると考えら
の持続的なキナーゼ活性が LTP 発現に必須であるが,ス
れている。近年の光学技術の進歩により,シナプス結合
パインサイズの増大時にスパインへの集積が報告され足
の可塑的変化は,機能的な変化(伝達効率の長期増強:
場タンパク質としても働いている事が示唆されている。
LTP)だけでなくシナプス後部スパインのサイズが増大
本研究では,キナーゼ活性を欠損した CaMKIIαのノック
するといった大きな形態学的変化が同時に起こる事が複
インマウスを作製し,回避学習課題や海馬での LTP にキ
255
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
ナーゼ活性が必須である事を示した。更に,海馬スライ
造変化においてもキナーゼ活性が必要である事を示し
ス培養における単一シナプスの動態を観察する実験か
た。
ら,LTP を誘導する刺激で生じるスパインの持続的な構
(7)聴覚同時検出におけるフィードフォワード抑制機構の働き
山田
玲(京都大学
医学部
神経生物学)
動物は両耳間時差 (ITD) を手がかりに音源定位を行
は不明であった。今回我々は,スライス標本において蝸
う。ITD 検出は脳幹の神経細胞が両側蝸牛神経核からの
牛神経核を電気刺激すると,NL の低い周波数領域の細
興奮性シナプス入力の同時検出器として働くことで行わ
胞(low-CF 細胞)において EPSC に同期した IPSC が観
れる。鳥類では層状核 (NL) 神経細胞が,哺乳類では内
察されることを見出した。この IPSC は SON を除去して
側上オリーブ核 (MSO) がその役割を担うが,それぞれ抑
も観察されることから,介在細胞によると考えられる。
制性入力が重要な働きを持つ。哺乳類の MSO ではフィ
実際に介在細胞は low-CF 細胞の周辺に集中して存在す
ードフォワード抑制により,抑制が興奮に対して一定の
ることも分かった。これらのことから NL の low-CF 細胞
時間差で入ることが必要とされる。他方,鳥類の NL は
においては音の時間情報を保持したフィードフォワード
上オリーブ核 (SON) を起源とするフィードバック抑制
抑制回路が存在すると考えられる。さらにシミュレーシ
を受ける。SON 細胞は音圧系からの入力を受け,音の強
ョンを用いることで ITD 検出における役割について検討
さに応じた抑制により ITD 検出の精度を制御する。他に
した。
も抑制性の介在細胞が NL 周囲に存在するが,その役割
(8)KCC2による海馬顆粒細胞の主要樹状突起形成の制御
市川淳也,松木則夫,小山隆太(東京大学
大学院薬学系研究科
薬品作用学教室)
歯状回門で新生した顆粒細胞は,先導突起に依存した
状突起へ成熟することを明らかにした。次に,同系にお
放射状様移動をおこない,して顆粒細胞層に到達する。
いてビククリン(GABAA 受容体の阻害薬)を処置したと
その後,顆粒細胞は分子層に 1~2 本の主要樹状突起を形
ころ,主要樹状突起数は増加した。また,顆粒細胞の初
成する。本研究では,先導突起が樹状突起となる可能性
代培養系において,GABA は主要樹状突起以外の短い樹
及びこれに関与する細胞生物学的メカニズムの解明を目
状突起長を減少させた。さらに,GABA は顆粒細胞の細
+
-
指した。特に,GABA 及び KCC2 (K -Cl co-transporter) に
胞体および神経突起における KCC2 の発現を上昇させる
着目し,その関与を検証した。生後 6 日齢の GFP 強制発
ことを発見した。最後に,フロセミド(KCC2 阻害薬)
現ラットから作成した歯状回門切片を,野生型由来の海
の処置により,主要樹状突起数が増加することを確認し
馬切片上に配置する共培養法により,幼若顆粒細胞の移
た。以上の結果は,GABA が KCC2 の発現上昇を介して
動を経時的に観察した。これにより,先導突起が主要樹
主要樹状突起形成に関与することを示唆する。
256
研究会報告
(9)アメボイドミクログリアにおける PLD4の解析
大谷嘉典 1,山口宜秀 1,木谷
裕 2,池中一裕 3,佐藤友美 4,古市貞一 4,馬場広子 1
(1 東京薬大・機能形態,2 家畜研究センター,
3
生理研・分子神経生理,4 理研・脳センター・分子神経形成)
Phospholipase D4 (PLD4) は生後初期の小脳や脳梁にお
し,BioParticle を用いた貪食実験では,PLD1, 4 のみが食
ける発達期のアメボイド(活性化状態)ミクログリアに
胞に移行し,PLD2 の局在には変化がなかった。 これら
発現する分子である。また,病態時における変化を
のことから MG6 の貪食作用には PLD1, 4 が関連すること
Proteolipid protein (PLP) -transgenic ヘテロ接合体マウスを
が 示 唆 さ れ た 。 次 に PLD4 に 相 補 的 な siRNA
用いて解析したところ PLD4 は病巣部のアメボイドミク
(PLD4-siRNA) および Control の siRNA (con-siRNA) で
ログリアにも発現していることが明らかになっている。
PLD4 発現を抑制した際に貪食作用に影響があるかどう
今回,PLD4 の機能を明らかにするために,ミクログ
かを検討した。その結果,PLD4-siRNA を加えた群では
リ ア 系 細 胞 MG6 を 用 い て 解 析 を 行 っ た 。 LPS
無刺激と LPS 刺激したもののどちらの状態においても
(Lipopolysaccaride) で活性化した MG6 では PLD4 発現の
con-siRNA 群と比べて貪食細胞の割合が低く,特に LPS
明らかな上昇が Western blot により確認できた。MG6 に
刺激群では無刺激の場合と同じレベルまで減少し,減少
おける PLD1, 2, 4 の細胞内局在を免疫染色で検討した結
の度合が大きかった。以上の結果から,MG6 細胞の貪食
果,PLD1 は細胞の核小体に,PLD2 は細胞質に,PLD4
に PLD4 が何らかの役割を果たしていることが示唆され
は核小体を除く核質に多く存在することが明らかになっ
た。
た。また,LPS による刺激時にそれぞれの発現量が増加
(10)神経幹細胞のアストロサイト分化を制御するエピジェネティクス機構
佐野坂司 1,波平昌一 1,神山
淳 1,蝉
克典 1,田賀哲也 2,中島欽一 1
(1 奈良先端大・分子神経分化制御,2 東京医科歯科大・幹細胞制御)
中枢神経系を構成するニューロン,アストロサイト及
飾を含む「細胞内在性プログラム」の双方が神経幹細胞
びオリゴデンドロサイトは,発生過程において共通の神
の分化制御に重要であることが明らかになりつつある
経幹細胞から産生される。しかし,哺乳類の神経幹細胞
が,神経幹細胞の細胞産生順序を規定するメカニズムに
は発生初期からそれら細胞種へと分化できる多分化能を
ついては不明な点が多い。今回我々は,神経幹細胞から
有しているわけではない。胎生初期から中期にかけて神
早期に生まれたニューロンが,Notch シグナルを介して
経幹細胞はニューロンのみを産生し,胎生後期から生後
神経幹細胞に働きかけ,アストロサイト特異的遺伝子の
になって,始めてアストロサイトやオリゴデンドロサイ
脱メチル化を介して神経幹細胞のアストロサイト分化を
トを産生する。近年の研究から,サイトカインなどを含
誘導することを明らかにしたので紹介したい。
む「細胞外シグナル」とエピジェネティックなゲノム修
257
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(11)小脳皮質形成期の外顆粒細胞層で一時的に GABA が放出され
顆粒細胞前駆体 (GCP) の増殖を制御している
森島寿貴(浜松医科大学
生理学第一講座)
小脳では,シナプス形成前から,外顆粒細胞層 (EGL)
GABA current が patch-clamp 法で記録されることから,
の GCP において,GABAA 受容体が発現しているが,そ
EGL の GABAAR が細胞外 GABA により持続的に機能し
の役割は知られていない。我々は,リガンドである GABA
ていると示唆される。次に,P3 の EGL の GCP は細胞増
の時空間的な放出をイメージングできる方法を開発し,
殖期である為,GCP の増殖における GABAAR の役割に
小脳皮質内での細胞外 GABA の放出の分布を調べた。本
ついて機能阻害実験により検討した。GABAAR 阻害剤で
方法は GABase による GABA の異化反応の際に起こる
ある BMI を含む EVA 樹脂をラット小脳に移植し,GCP
NADP が NADPH に変化する副反応を利用する。この
の増殖度合いを細胞分裂マーカーの免疫染色により調べ
NADPH の蛍光強度を測定することで GABA を定量的に
た結果,EGL で増殖している細胞数が大幅に減少した。
可視化できる。小脳皮質での細胞外 GABA レベルをイメ
しかし,TUNEL 陽性の細胞数は変化がなかった。このこ
ージングした結果,皮質形成初期の P3 では,GABA は
とから,GABA は発生初期の EGL で,GCP の増殖を制
EGL で強く観察された。さらにこの P3 での GCP に tonic
御している可能性が示唆された。
(12)Mechanism underlying gliotransmitter release from cultured astrocytes
Hae Ung Lee1, Shigeyuki Namiki3, Kenji Tanaka1,2, Kishio Furuya4,5,6, Hongtao Liu7,
Masahiro Sokabe4,5,6, Kenzo Hirose3, Yasunobu Okada1,7, Kazuhiro Ikenaka1,2
(1Division of Neurobiology and Bioinformatics, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan,
2
The Graduate University of Advanced Studies,
3
Department of Neurobiology, Graduate School of Medicine, University of Tokyo, Tokyo, Japan,
4
International Cooperative Research Project/Solution Oriented Research for Science and Technology,
Cell-Mechanosensing Project, Japan Science and Technology Agency, Nagoya, Japan,
5
Department of Physiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan,
6
Department of Molecular Physiology, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan,
7
Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences, Okazaki, Japan)
Recently, it has revealed that astrocytes sense and integrate
2+
glutamate optic sensor was applied. This specific probe for
levels,
detecting glutamate is a hybrid molecule consisting of
release gliotransmitters that have feedback actions on
glutamate-binding protein (extracellular domain of AMPA
neurons. Although these reports provided clues that astrocytes
receptor) and a small-molecule fluorescent dye. We
are the active components in the brain, they did not analyze
successfully observed ATP or glutamate release from
the temporal and spatial pattern of gliotransmitters release
astrocytes and applied these technologies to observe
from astrocytes. To examine the release of ATP and
spatio-temporal pattern of gliotransmitters release. By ATP
glutamate, we applied imaging techniques visualizing ATP
stimulation, intracellular calcium elevation was observed in
and glutamate released from astrocytes. Luciferin-luciferase
all astrocytes. However, under the same condition, only few
solution was applied to the extracellular fluid of astrocytes to
astrocytes (ca. 3~7%) released glutamate. A similar
visualize ATP release. To visualize glutamate release,
phenomenon was observed in glutamate-evoked ATP release
synaptic activity and, depending on intracellular Ca
258
研究会報告
from astrocytes; even though all astrocytes showed increased
not enough to evoke gliotransmitter release. For the first time,
intracellular calcium levels, small proportion of astrocytes
glitransmitter release was successfully visualized and the
released ATP by glutamate stimulation (ca. 1%). Our
mechanisms of gliotransmitter release were revealed through
experiments revealed that intracellular calcium elevation was
these imaging technologies.
(13)統合失調症の動物モデルの作成とその行動薬理学的,組織学的解析
鳥塚通弘,牧之段学,山内崇平,紀本創兵,辰巳晃子,奥田洋明,和中明生,岸本年史
(奈良県立医科大学
精神神経医学講座,第二解剖学講座)
統合失調症の発症,病態には遺伝子異常,脳発達異常,
生後一過性に海馬のミエリン化が低下していることを認
ストレスなどの様々な要因が複雑に関与している。病因,
めた。逆に生後早期の正常マウスの両側腹側海馬にリゾ
病態の解明に加えて,治療薬の薬効評価に動物モデルは
レシチンを注入することで人為的にミエリン化を低下さ
必須のツールであり,様々なモデルがこれまで作成され
せると成熟期に至って PPI の低下を示すことから,幼若
ている。我々はウイルスパンデミックが後の統合失調症
期の海馬軸索のミエリン化はその後の精神神経発達に重
発症につながるという疫学調査に基づいた母体感染モデ
要な役割を担っていると考えられる。Poly I:C マウスで
ルに着目し研究を進めている。ウイルス感染と同様の免
はまた脳内のグルタチオン濃度の低下が認められ,酸化
疫反応の起こさせる Poly I:C を妊娠早期のマウスに投与
ストレスが高まっている。酸化ストレスを負荷する
し,その母体から生まれた仔マウスを解析するものであ
L-buthionine sulfoximine (BSO) を脳内に投与しさらに水
る(以降 Poly I:C マウスと呼ぶ)。Poly I:C マウスは統合
浸拘束ストレスを加えるモデルについても現在検討中で
失 調 症 様 症 状 と し て 最 も 認 知 さ れ て い る Prepulse
あり,これらいくつかのモデルについて紹介したい。
inhibition (PPI) の低下を示す。このマウスにおいて我々は
(14)Identification and functional analysis of a novel LewisX-synthesizing α1,3- fucosyltransferase gene
in neural precursor cells
Akhilesh Kumar
LewisX (LeX) or stage specific embryonic antigen-1
Immunohistochemistry and in situ hybridization have
(SSEA-1), is an important carbohydrate moiety expressed in
revealed the co-expression of a novel α1,3-fucosyltransferase
undifferentiated embryonic stem cells, 8-cell to blastocyst
enzyme, fucosyltransferase 10 (FUT10) with LeX epitope in
stages in mouse embryo, in primordial germ cells, neural
germinal zones around the lateral ventricle in mice embryonic
precursor cells and embryonic carcinoma cells. LeX
brain. Further, the combinations of in vitro fucosyltransferase
expression is developmentally regulated in brain and is
assay and high-performance liquid chromatography (HPLC)
thought to play a role in cell-cell recognition, neurite
analysis have confirmed the α1,3-fucosyltransferase activity
outgrowth and neuronal migration during embryonic brain
of FUT10 on some specific N-glycan bearing glycoprotein(s).
development. To analyze the functional role of LeX
In vitro fucosyltransferase assay revealed that FUT10 can
determinant in neurogenesis it is necessary to characterize the
synthesize
α1,3-fucosyltransferase enzyme(s) involved in its synthesis in
glycoprotein(s) from Neuro2a cell lystae but not on pure
neural precursor cells.
lacto-N-neotetraose or PA-labeled bisecting sugar chains.
LeX
on
bisecting
sugar
chain
bearing
259
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
Thus, FUT10 essentially requires the presence of substrate
control miRNA with no effect on FUT10 expression has no
N-glycan bearing protein(s) for synthesizing LeX.
effect on the distribution of transfected cells. In contrast,
In addition, in vivo loss-of-function studies using RNA
miRNAs that can suppress FUT10 expression showed
interference (RNAi) targeting FUT10 were done. miRNA
mislocalization of GFP labelled cells, with essentially most of
vectors or control vectors were coelectroporated with an green
the transfected cells remain localized in ventricular zone,
fluorescent protein (GFP) reporter in utero into the lateral
subventricular zone and intermediate zone. This defect is
ventricle at embryonic day 14.5 to transfect neural precursor
rescued by in utero electroporation of FUT10 expression
cells of ventricular zone; the distribution of transfected cells
construct along with the effective miRNA, confirming that
were analyzed at embryonic day 17.5. This approach revealed
FUT10
the significance of FUT10 in embryonic brain development. A
development.
is
crucial
for
the
normal
embryonic
brain
(15)温度感知行動を司る神経回路システム
~分子生理学者が目指すシステムズバイオロジー~
久原
篤(名古屋大学大学院理学研究科)
感覚受容から記憶そして行動までを処理する神経メカ
紹介する(2)。後半では,従来の分子遺伝学とカルシウム
ニズムを包括的に理解することは,現在の神経科学にお
イメージングやハロロドプシンなどの最新の光学技術を
ける重要な課題のひとつである。我々は,記憶に依存し
駆使し(2, 3, 4),行動を司るシンプルな神経回路を 1 つのシ
た行動の可塑性を解析できるシンプルなモデル実験系と
ステムとしてとらえた研究を紹介する。さらに,実験系
して,線虫 C. elegans の温度感知行動を指標に研究を行
で得られた行動解析の結果とコンピューターシュミレー
っている。本会では,「温度感知」と「温度情報処理」
ションを組み合わせた,チャレンジングな研究の展望と
に関わる遺伝子と神経回路の生理学的活動に関する最新
進行状況を紹介する。
の知見を紹介する。前半では,これまでに嗅覚ニューロ
(1) Mori & Ohshima, Nature, 1995
ンとして知られていた AWC ニューロンが温度の感知と
(2) Kuhara et al., Science, 2008
記憶を行ない,AWC において温度情報が哺乳類の視覚
(3) Kuhara et al., Neuron, 2002
や嗅覚と同様に G タンパク質を介して伝達されることを
(4) Kuhara & Mori, J. Neurosci, 2006
(16)細胞間隙での伝達物質濃度推移が定める信号伝達特性
松井
多細胞生物の各細胞は,細胞膜で区切られている以上,
広(生理学研究所・脳形態解析研究部門)
型例は化学シナプスである。シナプス前細胞から,どの
細胞の内側同士に連絡がない場合が多い。これらの細胞
ような伝達物質が放出されるのか,また,シナプス後細
間で,何らかの信号を伝えたい場合, 伝達物質を中継と
胞に発現している受容体は,どのような伝達物質濃度に
して活用する手段がよく使われる。信号を送る側は,小
対して活性化されるのか,といったシナプス前後細胞の
胞に詰め込んだ伝達物質を開口放出させ,伝達物質を細
特性に関する研究は進んでいる。一方,伝達物質の細胞
胞間隙に遊離させる。信号を受け取る側の細胞膜に発現
間隙での拡散係数が求まっていないため,伝達物質濃度
した伝達物質受容体が活性化されれば,信号が伝わる。
推移の時空間特性は明らかになっていない。また,そも
脳内での信号伝達は,この方式を多用しており,その典
そもシナプス小胞に,何分子の伝達物質が詰まっている
260
研究会報告
のかも明らかになっていないので,細胞間隙での伝達物
る。本発表では,電気生理学・形態学・シミュレーショ
質濃度の最大値すら分かっていない。もう一つの問題は,
ンを駆使して,グルタミン酸の細胞間隙における動態を
放出部位と受容体との位置関係であり,両者がどの程度
推測し,神経細胞間および神経細胞からグリア細胞への
一致していなければ信号が伝わらないのかも不明であ
信号伝達特性を決定する要因を探った例を紹介する。
(17)海馬白板のオリゴデンドロサイトの同定および活動電位の軸索伝導に対する修飾効果
山崎良彦(山形大学医学部生理学講座)
オリゴデンドロサイトは,中枢神経系において髄鞘を
ゴデンドロサイトであると考えられた。グルタミン酸あ
形成している細胞であり,跳躍伝導による速く確実な活
るいは GABA の微量局所投与により,また,電気刺激に
動電位の伝播を可能にしている。変性疾患や虚血性疾患
よっても,脱分極性の反応が観察された。オリゴデンド
などの病態におけるオリゴデンドロサイトの変化・役割
ロサイトが様々な刺激で脱分極することがわかったの
については,以前からそして現在も強く注目されている。
で,CA1 領域の錐体細胞とオリゴデンドロサイトから同
最近では,さらに,正常な脳機能の発現や情報処理に対
時ホールセル記録を行い,活動電位の軸索伝導に対する,
しても積極的に関与していると考えられるようになって
オリゴデンドロサイトの脱分極刺激の効果を検討した。
きた。我々は,オリゴデンドロサイトの髄鞘形成による
その結果,反復する脱分極刺激によって,逆行性に伝導
活動電位の軸索伝導速度促進以外の機能について知りた
してくる活動電位の潜時が短くなった。以上のことから,
いと考え,まず海馬の白質である白板に存在するオリゴ
オリゴデンドロサイトは髄鞘形成によって跳躍伝導を可
デンドロサイトに着目し,ホールセル記録を行った。形
能にするだけでなく,髄鞘形成後でも活動電位の伝導速
態学的特徴から,記録された細胞の多くが成熟したオリ
度を修飾する可能性が示唆された。
(18)多光子励起顕微鏡を駆使した骨組織内の in vivo ライブイメージング
~骨吸収の新しい調節機序の発見
石井
優(大阪大学・免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)
破骨細胞は単球・マクロファージ系血液細胞から分化
を解決すべく,多光子励起顕微鏡を駆使して生きたマウ
する多核巨細胞であり,硬質の骨組織を融解・吸収する
スの骨組織内・骨髄内の in vivo イメージングを行い,破
特殊な能力を有する。関節リウマチや骨粗鬆症などの骨
骨細胞の遊走・接着が血中に豊富に存在する脂質メディ
吸収性疾患では,破骨細胞の機能亢進が病状形成に重要
エーターや,骨髄内に存在するケモカインなどによって
な役割を果たしている。これまでに,破骨細胞分化に関
統合的に制御されていることを解明した。本セミナーで
与する数多くの分子機構が明らかにされているが,これ
はこれらの最新の研究成果に加え,演者が立ち上げた骨
らの細胞がいかにして骨表面にリクルートされるのか,
組織内の in vivo ライブイメージングの方法論やその今
また具体的に in vivo でどのように機能しているのかな
後の応用について,多くの動画を交えて概説する。
ど,不明な点が多く残されている。演者はこれらの疑問
261
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
5.神経系の発生・分化・再生に関する研究の新展開
2010 年 3 月 19 日-3 月 20 日
代表・世話人:仲嶋一範(慶應義塾大学医学部解剖学教室)
所内対応者:池中一裕(生理学研究所分子神経生理研究部門)
(1)Notch による神経上皮細胞の極性と脳室側に限局した細胞分裂の協調的制御
大畑慎也,青木
亮,木下繁晴,鶴岡佐知子,山口雅裕,
田中英臣,和田浩則,政井一郎,岡本
仁
(理化学研究所脳科学総合研究所発生遺伝子制御研究チーム)
(2)成体神経幹細胞における purinergic signaling の役割
陶山智史,砂堀毅彦,岡野栄之(慶應義塾大・生理学教室)
(3)細胞周期調節因子 Cyclin D2 mRNA の時空間的転写後調節は神経上皮細胞の分裂後運命を
非対称に決定し,哺乳類の皮質形成に重要であるかもしれない
恒川雄二(東北大学大学院医学系研究科形態形成解析分野)
(4)Foxg1 による大脳皮質ニューロンの経時的分化能の調節機構
隈元拓馬,グナディ,水谷健一,花嶋かりな(理研
発生・再生研
大脳皮質発生研究チーム)
(5)Rett 症候群原因遺伝子産物 MeCP2 の機能解析
辻村啓太,鈴木暁也,中島欽一(奈良先端大・バイオ・分子神経分化制御)
(6)転写抑制因子 RP58 の astrocyte genesis への関与
平井志伸,丸山千秋,三輪昭子,高橋亜紀代,岡戸晴生(東京都神経研・分子神経生理)
(7)MicroRNA-124a をコードする網膜の蛋白質非コード RNA Rncr3 の機能解析
佐貫理佳子,古川貴久(大阪バイオ研・発生生物学)
(8)神経核形成過程における細胞移動様式の解明-橋核をモデルとした解析-
篠原正樹,Yan Zhu,村上富士夫(大阪大学大学院・生命機能研究科)
(9)大脳皮質錐体細胞における軸索ガイダンス分子 Roundabout1 (Robo1) の役割
権田裕子 1,関口正幸 2,田畑秀典 3,和田圭司 2,仲嶋一範 3,内野茂夫 1,高坂新一 1
(1 国立精神・神経センター・神経研究所・代謝,
2
国立精神・神経センター・神経研究所・疾病 4 部,3 慶応大・医・解剖)
(10)COUP-TFII 発現領域に由来する大脳皮質抑制性神経細胞の解析
金谷繁明,田中大介,本田岳夫,田畑秀典,仲嶋一範(慶應・医・解剖)
(11)神経系前駆細胞のにおけるグローバルなクロマチン状態の変化
藤井佑紀,岸
雄介,平林祐介,後藤由季子(東大分生研・情報伝達)
(12)Early-Arriving Olfactory Axons Deliver Sema3F to the Olfactory Bulb to Repel Late-Arriving Nrp2+ Axons
井ノ口霞,竹内春樹,坂野
仁(東京大学・理学系研究科・生物化学専攻)
(13)NT-3 の軸索誘導活性と作用機構の解明
中牟田信一,船橋靖広,難波隆志,上口裕之,貝淵弘三(名大・医・薬理学)
(14)小脳プルキンエ細胞の軸索維持における HuC の機能
角元恭子,岡野ジェイムス洋尚,Robert Darnell,岡野栄之(慶應義塾大学・生理学)
(15)感覚神経細胞が,軸索伸展の初期過程で神経成長因子に依存しないのはなぜか?
青木
262
誠,瀬川
浩,内藤真由美,岡本
仁(理化学研究所 BSI 発生遺伝子制御研究チーム)
研究会報告
(16)Epigenetic control of cell-type specific response to the steroid hormone Ecdysone
in Drosophila sensory neurons
金森崇浩,榎本和生(遺伝研・神経形態)
(17)発生過程における神経冠細胞と血管の相互作用
高瀬悠太,高橋淑子(奈良先端大学院大学・分子発生生物学講座)
(18)プラナリアの行動解析システムを利用した脳再生と脳機能の解析
山下大河,井上
武,西村周泰,Clement Lamy,阿形清和(京大・理・分子発生学講座)
(19)色素細胞の挙動とメラニン輸送の可視化:表皮培養法を用いたライブイメージング観察
酒井謙一郎,田所竜介,村井英隆,高橋淑子(奈良先端大・バイオ)
(20)Sbno1 はマウス神経分化に必須な因子である
愛,蔵地理代,出来本秀行,#日比正彦,寺島俊雄,勝山
高野
裕(神戸大学・医,#理研 CDB)
(21)発生期大脳皮質におけるロコモーション様式の神経細胞移動に関わる制御因子の解析
西村嘉晃 1,2,関根克敏 1,地濱香央里 2,鍋島陽一 2,仲嶋一範 1,星野幹雄 2,3,川内健史 1,2,4
(1 慶應大・医・解剖,2 京大・医・腫瘍生物,
3
国立精神・神経センター・神経研・診断,4JST・さきがけ)
【参加者名】
相沢慎一(理化学研究所),青木
誠(理化学研究所),
院大学),榊原
明(名古屋大学),佐々木哲也(基礎生
味岡逸樹(東京医科歯科大学),猪口徳一(福井大学),
物学研究所),佐藤俊之(名古屋大学),佐藤晴香(大阪
池中一裕(生理学研究所),石井一裕(東京慈恵会医科大
大学),佐藤
学),石鍋健太郎(東京大学),石野雄吾(生理学研究所),
サイエンス研究所),Salma Jasmine(生理学研究所),澤
伊藤
田雅人(名古屋市立大学),澤本和延(名古屋市立大学),
啓(東京大学),伊藤素行(名古屋大学),稲村直
真(福井大学),佐貫理佳子(大阪バイオ
子(生理学研究所),稲生大輔(東京大学),井上詞貴(理
重本隆一(生理学研究所),篠塚直美(東京大学),篠原
化学研究所),井上
武(京都大学),井ノ口霞(東京大
広志(東北大学),篠原正樹(大阪大学),島谷真由(東
学),臼井紀好(生理学研究所),榎本和生(国立遺伝学
京大学),嶋村健児(熊本大学),清水崇弘(生理学研究
研究所),Bruno Herculano(東京大学),大島登志男(早
所),下條博美(京都大学),謝敏かく(福井大学),杉
稲田大学),太田晴子(名古屋市立大学),大畑慎也(理
尾翔太(生理学研究所),須藤文和(東北大学),陶山智
化学研究所),大輪智雄(国立精神・神経センター),岡
史(慶應義塾大学),石 龍徳(東北大学),瀬戸裕介(国
戸晴生(東京都神経科学総合研究所),岡本
立精神神経センター),高瀬悠太(奈良先端科学技術大学
仁(理化学
研究所),岡本麻友美(名古屋大学),沖川沙佑美(名古
院大学),高野
屋大学),奥田耕助(東京大学),小野勝彦(京都府立医
学技術大学院大学),高橋淑子(奈良先端科学技術大学院
科大学),織原-小野美奈子(慶應義塾大学),鹿川哲史
大学),田口紋子(岐阜大学),武田芳樹(名古屋市立大
(東京医科歯科大学),角元恭子(慶應義塾大学),勝山
学),竹林浩秀(熊本大学),田中謙二(生理学研究所),
裕(神戸大学),加藤智将(東京大学),金谷繁明(慶應
田中輝幸(東京大学),田辺康人(大阪大学),谷本昌志
義塾大学),金森崇浩(国立遺伝学研究所),金子
順(東
京大学),金丸和典(東京大学),川内健史(慶應義塾大
学),河崎洋志(東京大学),岸
雄介(東京大学),木
愛(神戸大学),高橋輝明(奈良先端科
(名古屋大学),田畑秀典(慶應義塾大学),田谷真一郎
(国立精神・神経センター),陳
陳
丁熙(早稲田大学),
揚(東京大学),辻村啓太(奈良先端科学技術大学院
村康太(東京大学),隈元拓馬(理化学研究所),黒田一
大学),恒川雄二(東北大学),壷井將史(東京大学),
樹(福井大学),黒田啓介(名古屋大学),桑子賢一郎(慶
東島眞一(生理学研究所),戸田智久(東京大学),鳥居
應義塾大学),小曽戸陽一(理化学研究所),児玉
健(名
健一(慶應義塾大学),中島欽一(奈良先端科学技術大学
古屋大学),後藤仁志(生理学研究所),権田裕子(国立
院大学),仲嶋一範(慶應義塾大学),永田浩一(愛知県
精神神経センター),酒井謙一郎(奈良先端科学技術大学
心身障害者コロニー発達障害研究所),中牟田信一(名古
263
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
屋大学),難波隆志(名古屋大学),西村嘉晃(慶應義塾
増田
大学),西村周泰(京都大学),野中友紀(基礎生物学研
増山典久(国立精神・神経センター),松崎文雄(理化学
究所),服部光治(名古屋市立大学),花嶋かりな(理化
研究所),丸山千秋(東京都神経科学総合研究所),溝口
学研究所)
,早川靖彦(ネッパジーン株式会社)
,早川
貴正(名古屋大学高等研究院),三田さくら(遺伝学研究
清
匡(名古屋市立大学)
,増田
浩(名古屋市立大学)
,
(ネッパジーン株式会社),早瀬ヨネ子(国立精神神経セ
所),宮田卓樹(名古屋大学),三輪貴之(名古屋大学),
ンター),久恒辰博(東京大学),備前典久(東京医科歯
村上富士夫(大阪大学),森川 麗(国立遺伝学研究所),
科大学),飛田秀樹(名古屋市立大学),等
誠司(生理
森永智也(名古屋市立大学),八木秀司(福井大学),山
学研究所),日比正彦(名古屋大学),平井志伸(東京都
下直也(横浜市立大学),山下大河(京都大学),山田真
神経科学総合研究所),藤井佑紀(東京大学),藤田政隆
弓(国立精神・神経センター),山本亘彦(大阪大学),
(名古屋市立大学)
,藤山知之(国立精神・神経センター)
,
吉永怜史(慶應義塾大学),吉村
武(生理学研究所),
船橋靖広(名古屋大学),古川貴久(大阪バイオサイエン
李
ス研究所),星野幹雄(国立精神・神経センター),堀
渡辺啓介(熊本大学),渡邉貴樹(名古屋大学)
啓
海雄(名古屋市立大学)
,渡辺陽子(名古屋市立大学)
,
(国立精神神経センター),本田岳夫(慶応義塾大学),
【概要】
本研究会は,全国から約 150 名の参加者を得て開催さ
は座長から指名される前にあらかじめマイクの前に立っ
れ。神経系の発生・分化・再生に関するさまざまな最新
ておく」,
「質問者は一回一問で,さらに追加の質問があ
のデータが提示された。そして,最先端のベテラン研究
る場合には質問者列の最後尾について再度質問する」等
者や,若手研究者同士の素朴で活発な議論を通して,解
のルールを設け,質疑時間を有効に活用できる工夫を行
決の糸口をつかんだり,将来の新しい展開につながるこ
った。以上の結果,発表終了直後からマイクの前に多く
とを目指した。
の質問者が並び,発表内容に関する極めて濃密かつ有意
若手のトレーニングのため,口頭発表者は博士号取得
義な討論が行われた。
後 4 年以内を条件とし,各研究室から 1~2 演題のみに制
また,口演とは別にポスター発表の場も設け,計 41
限して合計 21 演題を採択した。口頭発表の枠として,1
演題の発表が行われた。ポスターについては,一日目に
演題あたり発表 10 分,質疑 10 分,計 20 分と充分な討論
は奇数番号と偶数番号それぞれの討論時間を各 55 分設
時間を設けた。質疑 10 分のうち前半 5 分については,博
け,二日目には前半番号と後半番号のそれぞれの討論時
士号未取得または取得後 4 年以下の質問者を優先とし,
間を各 50 分設けて,充分に発表・議論できる時間を確保
特に若手からの積極的な質問を促した。そのため,名札
した。その結果,それぞれのポスターの前には多くの参
についても「博士号未取得または取得後 4 年以下」と「4
加者が集まり,活発な質疑応答が行われた。
年超」とで色分けし,一目で区別がつくように工夫した。
この試みは事後の参加者アンケートでも好評であり,成
以上の発表及び討論を通じて,若手研究者のモチベー
ションを高め,本分野の発展に貢献することができた。
功したと考えられる。また,「時間節約のため,質問者
(1)Notch による神経上皮細胞の極性と脳室側に限局した細胞分裂の協調的制御
大畑慎也,青木
亮,木下繁晴,鶴岡佐知子,山口雅裕,
田中英臣,和田浩則,政井一郎,岡本
仁
(理化学研究所脳科学総合研究所発生遺伝子制御研究チーム)
神経上皮細胞は高度に発達した細胞極性を持つ初期神
移動させ,脳室側でのみ細胞分裂を行う。ゼブラフィッ
経発生の神経幹細胞であり,細胞周期に応じてその核を
シュ epb41l5rw306 変異体では,細胞極性の維持に必須な
264
研究会報告
Crb・Epb41l5 複合体が形成できないために,神経上皮細
Notch を活性化させると,中間前駆細胞様細胞数が減少
胞の細胞極性が破綻していた。I 型膜タンパク質 Crb は
するだけでなく,細胞極性までもが回復した。さらには,
Notch と細胞外で結合し,Notch 活性を阻害したが,この
R-Ras が Notch の下流で細胞極性の維持に機能していた。
rw306
抑制は Epb41l5 によって回復した。epb41l5
変異体で
以上から,Crb・Epb41l5-Notch シグナルは神経上皮細胞の
は,Notch 活性が低下しており,脳膜側で分裂する中間
細胞分裂を脳室側に限局するだけでなく,細胞極性の維
前駆細胞様の細胞数が増加していた。驚いたことに,
持も同時に行っていることが明らかになった。
(2)成体神経幹細胞における purinergic signaling の役割
陶山智史,砂堀毅彦,岡野栄之(慶應義塾大・生理学教室)
成 体 哺 乳 類 の 側 脳 室 側 壁 (SVZ) 及 び 海 馬 歯 状 回
我々は,成体マウス SVZ の神経前駆細胞に purinergic
(SGZ) には神経幹細胞が存在し,恒常的な神経新生が起
レセプターである P2Y1 が発現していることを示し,浸透
こっている。これらの領域には特異的な微小環境 (niche)
圧ポンプを用いて,ATP および ATP アンタゴニストを脳
が存在し,様々な細胞間コミュニケーションにより神経
室へ投与することで,神経前駆細胞の増殖が ATP によっ
幹細胞の増殖や運命決定が制御されている。purinergic シ
て制御されることを示した。
グナルは,中枢神経系で細胞間コミュニケーションを担
これらの結果より,SVZ neurogenic niche において ATP
う重要なシグナルであることが知られているが,in vivo
は神経前駆細胞の増殖を制御していることが明らかとな
neurogenic niche における役割は分かっていなかった。
った。
(3)細胞周期調節因子 Cyclin D2 mRNA の時空間的転写後調節は神経上皮細胞の分裂後運命を
非対称に決定し,哺乳類の皮質形成に重要であるかもしれない
恒川雄二(東北大学大学院医学系研究科形態形成解析分野)
神経上皮細胞は哺乳類神経系源基を構成する細長い極
細胞に非対称性を生み出しているのかは未だに分かって
性をもった細胞である。神経上皮細胞は発生初期,対称
いないことが多い。今回我々は,神経上皮細胞において,
分裂という 2 つの神経上皮細胞を生み出す分裂を行いそ
細胞周期調節因子 Cyclin D2 がいままで哺乳類神経上皮
の数を増やしていき,発生中期に入ると今度は非対称分
細胞では報告の無かった,mRNA の細胞内局在および局
裂と呼ばれる 1 つのニューロンと 1 つの神経上皮細胞を
所的な翻訳のメカニズムを用いて分裂後の娘細胞に非対
生み出す分裂を行いニューロンの数を増やしていく。こ
称に分配され,分配された娘細胞は増殖の運命つまり神
のよう非対称分裂は大脳構築において重要な働きをして
経上皮細胞としての運命をコミットしている可能性が高
いると考えられている。しかしながら,哺乳類神経上皮
いことを発見したので,これを報告する。
細胞の非対称分裂においてどのような因子が分裂後の娘
265
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(4)Foxg1による大脳皮質ニューロンの経時的分化能の調節機構
隈元拓馬,グナディ,水谷健一,花嶋かりな(理研
発生・再生研
大脳皮質発生研究チーム)
大脳皮質を構成するニューロンの多様性は,神経前駆
Foxg1 の発現を時期特異的に制御することによって,大
細胞の経時的な分化能の変化によって産み出される。こ
脳皮質細胞の経時的な分化能を解析した結果,グルタミ
の結果,大脳皮質の脳室帯から異なる種類のニューロン
ン酸作動性ニューロンの順次産生のタイミングが Foxg1
が順次産生される。しかしながら神経前駆細胞の経時的
の発現のオフ,オンの切り換えに伴って移行することを
分化能を調節する機構については,未だ不明な点が多い。
見出した。これらの結果より,Foxg1 が初期細胞から深
我々はこれまでに終脳に発現するフォークヘッド型転写
層投射ニューロンへの分化のスイッチを制御することが
因子 Foxg1 が,発生初期に産生されるカハール・レチウ
明らかになった。現在,この過程において Foxg1 の下流
ス細胞の分化を抑制することを明らかにした。今回,
で作動する遺伝子プログラムの同定を進めている。
(5)Rett 症候群原因遺伝子産物 MeCP2の機能解析
辻村啓太,鈴木暁也,中島欽一(奈良先端大・バイオ・分子神経分化制御)
Rett 症候群は進行性の神経発達疾患であり,X 染色体
された。また,これまで MeCP2 はニューロンにおいて
上の methyl-CpG-binding protein 2 (MeCP2) 遺伝子の変異
のみ発現および機能していると考えられていたが,グリ
により発症することが知られている。Rett 症候群は自閉
ア細胞においても MeCP2 は発現しており,細胞非自律
症やてんかん,精神遅滞などの臨床症状を示し,主に女
的機構により神経機能に影響を与えることが示された。
児にのみ発症する。MeCP2 はメチル化 DNA 結合タンパ
本研究では,中枢神経系の主要な細胞種における MeCP2
ク質ファミリーのメンバーであり,転写抑制因子として
の機能を明らかにするため,それぞれの細胞種において
機能する。最近,MeCP2 は RNA スプライシング,クロ
MeCP2 結合タンパク質を網羅的に同定した。本会ではこ
マチンループ構造を制御することや,CREB1 と結合する
れらの結果について考察したい。
ことにより転写活性化因子としても作用することが報告
(6)転写抑制因子 RP58の astrocyte genesis への関与
平井志伸,丸山千秋,三輪昭子,高橋亜紀代,岡戸晴生(東京都神経研・分子神経生理)
RP58 は胚発生期の脳において,大脳皮質と海馬に強く
維持に必要な因子である。また,RP58-KO マウスでは,
発現する転写抑制因子である。その機能を解明するため,
アストロサイトのマーカーであるアクアポリン-4 の早期
RP58-KO マウスの解析を行ってきた。RP58-KO マウスで
過剰発現が見られた。よって,RP58 が id3,hes5 の発現
は興奮性ニューロンの成熟障害,海馬の低形成,脳室帯
を抑制することで,神経への正常な脱分化を誘導してい
の拡大等が見られることがすでに分かっていた。今回新
る可能性,及び,RP58 の欠失は前駆細胞からの細胞周期
たに,拡大した脳室帯で id3,hes5 の発現が上昇してい
離脱が適切に行えず,過剰量の前駆細胞がアストロサイ
ること,更に,RP58 が直接,id3 や hes5 の転写を負に制
トに分化してしまう可能性を示唆した。
御していることを明らかにした。id3,hes5 は前駆細胞の
266
研究会報告
(7)MicroRNA-124a をコードする網膜の蛋白質非コード RNA Rncr3の機能解析
佐貫理佳子,古川貴久(大阪バイオ研・発生生物学)
網膜は眼球の後方にある中枢神経系組織であり,光信
した。マウス脳に発現する miRNA の中で,miR-124a は
号を電気信号に変換するのみならず,色・形・動きなど
最も多く発現していることが知られている。また
を抽出する処理も行い,脳へと視覚情報を送り出してい
miR-124a は 線 虫 か ら ヒ ト ま で よ く 保 存 さ れ て い る
る。生体レベルの解析も容易であることから,中枢神経
miRNA である。しかしながら miR-124a と中枢神経系の
系の発生・回路形成を理解する良いモデルとして知られ
発生との関係については,様々の相反する研究結果が報
ている。我々は網膜に高発現する遺伝子のスクリーニン
告されており,未だ不明な点が多い。網膜における Rncr3
グから retinal non-coding RNA3 (Rncr3) として登録されて
ノックアウトマウスの解析より,miR-124a は神経細胞へ
いる遺伝子を同定した。我々は Rncr3 に miR-124a がコー
の分化よりもむしろ,その成熟や維持に重要な機能を持
ドされていることを見出し,ノックアウトマウスを作製
つ可能性が示唆された。
(8)神経核形成過程における細胞移動様式の解明-橋核をモデルとした解析-
篠原正樹,Yan Zhu,村上富士夫(大阪大学大学院・生命機能研究科)
脊椎動物の中枢神経系における基本構造の一つとして
移動の観察を行った。その結果,神経核系形成後期に橋
神経核がある。神経核は神経細胞の凝集体であり,中枢
核に進入する細胞は既に到達している細胞群の腹側に付
神経系に非常に多く存在し,神経回路の分岐点や中継点
け加わることと,核形成初期には多くの細胞が法線方向
として重要な役割を担っている。今回我々は,小脳前核
へ移動するのに対して,後期では進入方向の逆(外側)
群の一つである橋核をモデルとし,神経核形成時の細胞
へ向かう細胞が多くなることが示された。これより,核
の移動パターンを明らかにする事を目的とした。我々は
形成には後から到達する細胞が神経核の外側部に付加さ
下菱脳唇に電気穿孔法を用いて egfp 遺伝子を導入し,標
れ,移動方向を転換させる事が重要である可能性が示唆
識細胞が予定神経核領域に到達する時期にタイムラプス
された。
解析を行い,予定神経核領域に到達した標識神経細胞の
(9)大脳皮質錐体細胞における軸索ガイダンス分子 Roundabout1 (Robo1) の役割
権田裕子 1,関口正幸 2,田畑秀典 3,和田圭司 2,仲嶋一範 3,内野茂夫 1,高坂新一 1
(1 国立精神・神経センター・神経研究所・代謝,
2
国立精神・神経センター・神経研究所・疾病 4 部,3 慶応大・医・解剖)
Robo は,反発性の軸索ガイダンス分子であり,近年,
いて第 II/III 層の神経細胞での Robo1 の発現を抑制し経
ヒトにおいて発達障害との関連性が報告されている。本
時的に細胞の形態を解析した結果,RNAi を導入した神
研究では,生後発達過程の大脳皮質錐体細胞における
経細胞は生後第 II/III 層の上層に位置し,apical 側に複数
Robo1 分子の機能について検討した。大脳新皮質におけ
の neurite を持ち,basal 側には太く長い neurite を持つ形
る Robo1 の発現は発生の早い時期から認められ,層構造
態が認められた。さらに電気生理学実験を用いて神経活
形成が進むにつれて特定の層に限局していた。RNAi を用
動について解析した結果,mEPSC の頻度が有意に高いこ
267
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
とが判明した。以上のことより,Robo1 は生後発達過程
あることが示された。
の大脳皮質錐体細胞の形態決定に関与する重要な分子で
(10)COUP-TFII 発現領域に由来する大脳皮質抑制性神経細胞の解析
金谷繁明,田中大介,本田岳夫,田畑秀典,仲嶋一範(慶應・医・解剖)
大脳皮質の発生では,抑制性神経細胞は主に内側基底
現が認められ,また COUP-TFII は MGE 細胞を尾側へ誘
核原基 (MGE) と尾側基底核原基 (CGE) から由来すると
導する能力があることから,それら領域においても尾側
考えられている。近年我々は CGE に優位に発現する因子
移動を誘導していることが考えられる。本研究では CGE
として COUP-TFII を見出し,CGE 由来細胞の挙動を制
外における COUP-TFII 発現領域に由来する細胞群の尾
御することを示した。COUP-TFII は CGE に優位に発現
側移動とその移動経路,および COUP-TFII と移動メカニ
するが,腹側 MGE など,CGE 以外の領域の一部にも発
ズムの関わりについて発表する予定である。
(11)神経系前駆細胞のにおけるグローバルなクロマチン状態の変化
藤井佑紀,岸
雄介,平林祐介,後藤由季子(東大分生研・情報伝達)
幹細胞は自己複製能と多分化能を併せ持つ未分化細胞
るときには,特定の遺伝子座においてクロマチン構造が
である。組織幹細胞のうちの一つである神経系前駆細胞
ゆるむことが知られているが,本研究では神経系前駆細
は,自己複製能と,神経系のさまざまな細胞(ニューロ
胞のクロマチン状態が発生時期の進行につれて核全体で
ン,アストロサイト,オリゴデンドロサイト)を生み出
凝集した状態に変化する事を明らかにした。さらに,こ
す多分化能を持つ。しかし,その能力は発生時期が進む
のクロマチンの凝集状態が神経系前駆細胞の持つ自己複
につれて失われていく。この時,細胞内では性質の変化
製能や多分化能に相関があることが示唆された。
に伴って遺伝子発現が大きく変化する。遺伝子が発現す
(12)Early-Arriving Olfactory Axons Deliver Sema3F to the Olfactory Bulb
to Repel Late-Arriving Nrp2+ Axons
井ノ口霞,竹内春樹,坂野
仁(東京大学・理学系研究科・生物化学専攻)
マウス嗅覚系の神経地図形成において,嗅球の背腹軸
背側ゾーンに位置する嗅細胞で産生され,軸索を通して
方向に沿った嗅神経細胞(嗅細胞)の軸索投射位置は,
嗅球へと輸送された後,その背側領域に沈着する。発生
嗅上皮における細胞体の位置情報によって決定される。
段階において嗅細胞は,嗅上皮の背側にあるものが先ず
我々は最近,軸索ガイダンス受容体 Neuropilin-2 とその
成熟し,次第に腹側へ向かって成熟範囲を広げていく。
反発性リガンドである Semaphorin-3F が嗅上皮において
これに呼応して,嗅球も背側部分から形成が始まり,嗅
相補的かつ濃度勾配をなして発現し,背腹軸に沿った神
細胞の軸索投射は背側から順次腹側へと進行する。本研
経地図のトポグラフィー形成に重要な役割を果たしてい
究では先行する軸索が持ち込んだ反発性の cue を,後に
ることを見出した。分泌性タンパク質である Sema3F は
投射してくる軸索がその受容体の発現レベルを増しなが
268
研究会報告
ら順次ターゲットに到達するという,神経地図形成の新
しいメカニズムが明らかになった 1)。
*Takeuchi H., *Inokuchi K. et al. Cell, in revision
(*equally contributed)
(13)NT-3の軸索誘導活性と作用機構の解明
中牟田信一,船橋靖広,難波隆志,上口裕之,貝淵弘三(名大・医・薬理学)
海馬の興奮生神経細胞では分化の過程において,共通
誘導した。NT-3 のシグナル伝達経路について解析したと
の未成熟な突起から軸索と樹状突起が形成されるが,両
ころ,PLC-IP3-IP3 受容体を介する経路が極性獲得前の突
者の運命決定機構は未だ解明されていない。神経栄養因
起伸長に関与していることを見出した。さらに,NT-3 刺
子 (NT-3) は,神経細胞の軸索伸長や,樹状突起のスパイ
激は突起先端の成長円錐でカルシウム上昇を誘導した。
ン形成に関与している。本研究では,NT-3 の軸索誘導活
このカルシウム上昇は,下流分子である CaMKK-CaMKI
性とその作用機構を明らかにすることを目的とした。人
を活性化した。以上の結果から,NT-3 により 1 本の軸索
為的に軸索を誘導する方法として,未成熟な複数の突起
が誘導される際に,PLC-カルシウム-CaMKI を介したシ
のうち 1 つの突起にのみ,局所的に刺激を与える系を確
グナル伝達経路が関与していることが明らかになった。
立した。NT-3 の局所刺激は,突起伸長を促し軸索形成を
(14)小脳プルキンエ細胞の軸索維持における HuC の機能
角元恭子,岡野ジェイムス洋尚,Robert Darnell,岡野栄之(慶應義塾大学・生理学)
Hu 蛋白質 (HuB, HuC, HuD) は,神経細胞特異的に発現
れまで報告されている小脳失調モデルマウスと異なり小
する RNA 結合蛋白質で,その発現は Hu 蛋白質の発現は
脳発生を経た後,後天的にプルキンエ細胞の脱落を伴わ
胎仔期から成体期において維持される。脊椎動物の発生
ない軸索変性および運動失調を生じることを見いだし
期において,Hu が神経細胞への分化過程で重要な機能を
た。また成体マウスのプルキンエ細胞では,Hu 蛋白質の
担うことが知られているが,成熟神経細胞における Hu
うち HuC のみが特異的に発現している。これらの結果か
蛋白質の生理機能は明らかにされていない。そこで,Hu
ら,HuC は発生期に形成された軸索および神経回路を維
ノックアウトマウスの作成および解析を行った結果,こ
持する機能を担う可能性が示唆された。
(15)感覚神経細胞が,軸索伸展の初期過程で神経成長因子に依存しないのはなぜか?
青木
誠,瀬川
浩,内藤真由美,岡本
Trk シグナルは神経細胞の生存,軸索伸展に関与する。
仁(理化学研究所 BSI 発生遺伝子制御研究チーム)
表面への輸送を阻害した。さらに Sidetrk1 は NGF による
しかし,栄養因子分泌組織から遠い神経細胞がどのよう
Trk シ グ ナ ル に は 影 響 を 与 え ず , PACAP (Pituitary
にして軸索伸展及び生存を確保するかは未だ不明な点が
Adenylate Cyclase-Activating Peptide) による Trk のリガン
多い。新規遺伝子 sidetrk1 はゼブラフィッシュ Rohon-
ド非依存的なシグナルを活性化した。また RB 神経細胞
Beard (RB) 感覚神経細胞において発現し,末梢軸索の伸
では pacap1b 及び受容体 pac1 が発現しており,pacap1b
展を制御している。Sidetrk1 は Trk と結合し,Trk の細胞
のノックダウンにより RB neuron の末梢軸索進展が阻害
269
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
された。この表現型は,Sidetrk1 の過剰発現では回復し
軸索伸展の初期に,PACAP1b による Trk 活性化を促進し,
なかった。このことから Sidetrk1 は,NGF が得られない
神経細胞の軸索伸展及び生存に関与すると考えられる。
(16)Epigenetic control of cell-type specific response to the steroid hormone Ecdysone
in Drosophila sensory neurons
金森崇浩,榎本和生(遺伝研・神経形態)
ステロイドホルモンは,ニューロンの生存あるいは死,
しては細胞死を誘導せず樹状突起の刈り込みを引き起
さらには神経突起の形態変化など様々な細胞応答を引き
す。そこで,我々はこれらの感覚ニューロンが示す細胞
起こすことにより,神経回路の構築を制御する。しかし,
応答のいずれかを特異的に制御する遺伝子の探索を行っ
個々のニューロンが如何にして異なる細胞応答を示すの
た。その結果,クロマチンリモデリングに関わるエピジ
かは未解明である。我々は,ショウジョウバエ感覚ニュ
ェネティック因子群がクラス IV 感覚ニューロンの樹状
ーロンをモデル系としてこの問題にアプローチしてい
突起の刈り込みを特異的に制御することを見出した。本
る。幼虫から蛹への変態過程において,ステロイドホル
発表では,異なる感覚ニューロンが示す細胞応答の特異
モンであるエクジソンはクラス III 感覚ニューロンの細
性がクロマチン構造の制御により生み出される,という
胞死を誘導する一方で,クラス IV 感覚ニューロンに対
新たな作用機序を提唱したい。
(17)発生過程における神経冠細胞と血管の相互作用
高瀬悠太,高橋淑子(奈良先端大学院大学・分子発生生物学講座)
血管ネットワークは体の中で厳密に規定されている。
胞の一部(交感神経前駆細胞)が DA 周辺で存在してい
発生過程において血管パターンが形成される際には,そ
る位置がよく似ていることから,神経冠細胞が ISV 形成
の周辺組織から何らかの働きかけが起こっていると考え
に関係しているのではないかと考えた。そこで,トリ胚
られているが,その細胞・分子実体はまだまだ分かって
を用いて神経冠細胞を除去した所,ISV 形成に異常が見
いない。このメカニズムを解き明かすにあたり,我々は
られた。このことから,ISV 形成には神経冠細胞が必要
体節間血管 (ISV) と神経冠細胞の関連に注目した。体節
なことが示唆された。興味深いことに,発生後期では,
間血管は,胚体内で最初に形成される動脈である背側大
DA 周辺にいた神経冠細胞は ISV に沿うように移動する。
動脈 (DA) からセグメンタルに伸長している血管であ
これらのことから,
神経冠細胞と ISV は,発生過程の様々
る。我々は,DA から ISV が伸長する位置と,神経冠細
な時期で相互に作用しあっていることが考えられる。
(18)プラナリアの行動解析システムを利用した脳再生と脳機能の解析
山下大河,井上
武,西村周泰,Clement Lamy,阿形清和(京大・理・分子発生学講座)
プラナリアは進化的に初めて集中神経系を獲得した生
ナリアの行動は脳によって制御されており,そのため,
物だと考えられており,その脳は,単純ながらもよく組
プラナリアは脳高次機能の解析には非常に興味深く,脳
織化されていることが分かってきている。実際に,プラ
の基本型を知るのに有用な動物だと考えられる。そこで
270
研究会報告
今回,脳高次機能の解析を行うために,これまでに確立
経細胞の探索および神経ネットワークの同定も試みた。
されていた負の走光性,化学走性の行動解析システムに
その結果,温度感受に必要な遺伝子が同定され,またそ
加え,新たに温度走性,接触走性の行動解析システムの
の発現細胞が温度感受細胞であることが示唆された。さ
立ち上げを行った。また,今回確立した行動解析システ
らに,温度走性と特定の神経細胞との関わりも見いださ
ムと RNAi 法による遺伝子ノックダウンを組み合わせた
れた。
解析によって,温度走性,接触走性に関わる遺伝子や神
(19)色素細胞の挙動とメラニン輸送の可視化:表皮培養法を用いたライブイメージング観察
酒井謙一郎,田所竜介,村井英隆,高橋淑子(奈良先端大・バイオ)
動物の表皮には,紫外線から体を守るためにメラニン
細胞の挙動およびメラニン輸送を直接可視化することに
色素が存在している。メラニン色素は,表皮に存在する
成功した。この結果,色素細胞の樹状突起がダイナミッ
色素細胞内の細胞小器官(メラノソーム)で合成された
クに伸展と退縮を繰り返すことが明らかになった。また,
のち,色素細胞の樹状突起を通して,表皮角化細胞へと
メラニン輸送に至る過程で樹状突起が盛んにブレッブを
輸送される。この輸送については培養細胞を用いた解析
起こしたのち,メラニンを含んだ膜小胞が細胞外に放出
や電子顕微鏡による観察から複数のモデルが提唱されて
される現象を見いだした。この膜小胞は周囲の角化細胞
いるものの,実際の生体内における色素細胞と角化細胞
に輸送される。これらの結果から,少なくともトリ胚表
の間でどのようにメラニンがやりとりされるのかについ
皮においてはメラニン色素が膜小胞を介して色素細胞か
ては依然不明な点が多い。私達はトリ胚から単離した表
ら角化細胞へと輸送されることが示唆された。
皮組織を培養し,ライブイメージング法を用いて,色素
(20)Sbno1はマウス神経分化に必須な因子である
高野
愛,蔵地理代,出来本秀行,#日比正彦,寺島俊雄,勝山
裕(神戸大学・医,#理研 CDB)
strawberry notch (sbno) 遺伝子はショウジョウバエ遺伝
させるとニューロンの分化が促進された。更に Sbno1 の
学 的 解 析 よ り 文 脈 依 存 的 (inductive signaling) に 働 く
生化学的機能について知見を得るために酵母 2 ハイブリ
Notch シグナル下流因子とされている。しかし脊椎動物
ッドスクリーニングを行った。その結果 Notch シグナル
脳発生における役割は不明である。今回,我々はマウス
細胞内因子である Su (H) を含むいくつかの遺伝子が単
大脳皮質発生での Sbno1 の役割について検討した。免疫
離され,Su (H) と Sbno1 との結合は免疫沈降法において
組織化学的観察から Sbno1 が分化初期ニューロンの核で
も確認出来た。
強く発現している事が分った。マウス胚大脳皮質細胞一
以上の結果から,Sbno1 は核内で Notch シグナルを抑
次培養系を用いた Sbno1 機能阻害実験ではニューロンの
制する事でニューロン分化を促進する因子である可能性
分化が抑制され,この時 Delta like-1 タンパクの減少と
が示唆された。
Hes5 タンパクの増加が見られた。逆に Sbno1 を強制発現
271
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(21)発生期大脳皮質におけるロコモーション様式の神経細胞移動に関わる制御因子の解析
西村嘉晃 1,2,関根克敏 1,地濱香央里 2,鍋島陽一 2,仲嶋一範 1,星野幹雄 2,3,川内健史 1,2,4
(1 慶應大・医・解剖,2 京大・医・腫瘍生物,
3
国立精神・神経センター・神経研・診断,4JST・さきがけ)
哺乳類の大脳皮質は整然とした層構造をなしており,
仔大脳皮質スライス培養を用いた新規阻害剤スクリーニ
これは発生期における適切な神経細胞移動によって形成
ング法を確立し,Cdk5 および Src ファミリーキナーゼが
される。神経細胞移動は,いくつかの連続的な段階に分
ロコモーション移動に関与することを見出した。また,
けられるが,その中でもロコモーション様式と呼ばれる
PKCδの阻害剤として広く用いられていた Rottlerin が,
移動段階は移動過程の最も長い距離を占めており,層構
JNK 経路を阻害することによりロコモーション移動を抑
造形成に重要な役割を果たすと考えられている。しかし,
制していることも明らかにした。本研究で確立した阻害
従来の実験系では,ロコモーション移動の分子機構を直
剤実験系は,ロコモーション移動の分子機構を理解する
接解析することは困難であった。本研究では,マウス胎
ために有用であると考えられる。
272
研究会報告
6.シナプス可塑性の分子的基盤
2009 年 6 月 18 日-6 月 19 日
代表・世話人:服部光治(名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野)
所内対応者:深田正紀(生体膜研究部門)
(1)海馬歯状回の生後発生における DISC1 結合タンパク質 Girdin の役割
榎本
篤(名古屋大学高等研究院/名古屋大学大学院医学系研究科腫瘍病理学)
(2)定量的 high throughput DNA シークエンサーを用いた神経分化における microRNA の網羅的発現解析
安東英明(科学技術振興機構 発展研究 カルシウム振動プロジェクト)
2+
(3)電位依存性 Ca チャネル新規結合タンパク質 Caprin の同定と機能解析
三木崇史(京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 分子生物化学分野)
(4)シナプス可塑性における L 型カルシウムチャネルの役割
真鍋俊也(東京大学 医科学研究所 神経ネットワーク分野)
(5)小脳プルキンエ細胞の活動依存的 PSD タンパク質リモデリング
布施俊光(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻 神経生化学分野)
(6)大脳皮質視覚野における微小神経回路網の経験依存的発達
吉村由美子(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター 神経分化研究部門)
(7)小脳長期抑圧において時間変換スイッチとして機能するポジティブフィードバック機構
田中(山本)敬子(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻,JST さきがけ)
(8)小脳登上線維-プルキンエ細胞シナプスの生後発達過程
橋本浩一(東京大学大学院医学系研究科 神経生理学)
(9)Na チャネル遺伝子変異によるてんかんの分子細胞基盤
山川和弘(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経遺伝研究チーム)
(10)神経栄養因子 BDNF の機能未知ドメインが行う脳機能調節
小島正己(産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門バイオインターフェース研究グループ)
【参加者名】
深田正紀(生理学研究所)
,深田優子(生理学研究所)
,
横井紀彦(生理学研究所)
,岩永
堤
剛(生理学研究所)
,
良平(生理学研究所)
,松田尚人(生理学研究所)
,
高橋直樹(生理学研究所)
,則竹
淳(生理学研究所)
,
(京都大学大学院)
,八木雅久二(京都大学)
,山川和弘(理
化学研究所 脳科学総合研究センター),安東英明(独立
行政法人科学技術振興機構)
,瓜生幸嗣(京都大学大学院)
,
水谷顕洋(理化学研究所)
,清中茂樹(京都大学)
,森
泰
奥慎一郎(生理学研究所)
,尾藤晴彦(東京大学)
,真鍋
生(京都大学)
,服部光治(名古屋市立大学)
,大塚稔久
俊也(東京大学)
,松尾直毅(藤田保健衛生大学)
,榎本
(山梨大学)
,高橋正身(北里大学)
,吉村由美子(岡崎統
篤(名古屋大学大学院)
,田中敬子(東京大学,JST)
,大
合バイオサイエンスセンター 神経分化研究部門)
,小島
塚
正己(独立行政法人 産業技術総合研究所)
,川口
慧(名古屋大学)
,上田(石原)奈津実(名古屋大学)
,
木下
専(名古屋大学)
,橋本浩一(東京大学)
,布施俊
光(東京大学大学院)
,三木崇史(京都大学)
,中島大志
港(早
稲田大学大学院)
,佐々木哲也(基礎生物学研究所)
,吉
田
明(生理学研究所)
,小賀智文(大阪大学)
【概要】
脳の機能とその破綻から生じる病態を理解する上で,
は不可欠である。しかし,一口に「シナプス」といって
シナプス可塑性の分子機構と生理的意義を解明すること
も,その構造や機能は多種多様であり,当然,脳神経シ
273
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
ステム全体における役割や重要性は異なっているであろ
ンクに話し合う機会が必要不可欠である。本研究会で
う。一方,一部の分子の構造や機能は,動物種や神経シ
は,シナプス可塑性とその周辺領域に関わりを持つ研究
ステムを越えてほぼ完全に保存されているようにも思わ
者を幅広く集め,最新の研究成果を発表して頂くととも
れる。シナプス可塑性におけるこのような「多様性」と
に,議論に充分な時間を割くことで,今後のシナプス可
「普遍性」を,誤解無く理解するためには,様々な動物種・
塑性及び関連分野の新展開を模索したいと考えている。
システム・実験手技を用いる研究者が一堂に会し,フラ
(1)海馬歯状回の生後発生における DISC1結合タンパク質 Girdin の役割
榎本
篤(名古屋大学高等研究院/名古屋大学大学院医学系研究科腫瘍病理学)
Disrupted-In-Schizophrenia 1 (DISC1) は統合失調症をは
していることを示唆する。これら培養神経細胞の実験結
じめとした精神疾患の脆弱性因子であり,ほ乳類の脳の
果と一致して,Girdin ノックアウトマウスでは歯状回顆
発生において神経細胞の移動,分化,およびシナプス形
粒細胞からの軸索(苔状線維)の形成が顕著に障害され
成に重要であることが示されている。最近,成体の海馬
ていた。
歯状回でみられる神経新生 (adult neurogenesis) において
歯状回の発生における Girdin の機能は軸索の形成だけ
DISC1 が重要な働きをしていることが示されている
でなく,顆粒細胞の位置決定にも重要である。顆粒細胞
(Cell, 130, 1146-158, 2007)。しかしながら DISC1 あるいは
の内因性 Girdin をレトロウイルスを用いた RNA 干渉法
その結合タンパク質がどのような機序で歯状回顆粒細胞
でノックダウンすると細胞の過剰移動と位置決定の異常
の移動,位置決定(ポジショニング)および分化を制御
が生じた。これに一致して Girdin ノックアウトマウスで
しているかは明らかではない。
は歯状回の細胞構築の顕著な異常が観察された。この表
今回私達は,DISC1 がセリン/スレオキンキナーゼ Akt
の基質の一つであるアクチン結合タンパク質 Girdin (Dev.
現系は DISC1 のノックダウンによって観察される顆粒細
胞の位置異常と非常に類似していた。
Cell, 9, 389-402, 2005; Nat. Cell Biol., 10, 329-337, 2008)と
以上の結果は,海馬歯状回の生後発生あるいは adult
結合し,両者の結合が海馬神経細胞の軸索の形成におい
neurogenesis における DISC1/Girdin 複合体の生理的な重
て重要であることを示した。RNA 干渉法で DISC1 をノ
要性を示唆するものである。現在,樹状突起の形成,お
ックダウンした神経細胞では Girdin の軸索成長円錐への
よび電気生理学的機能における Girdin の役割を検討中で
局在が障害されていた。このことは DISC1 がスキャフ
ある。
ォールドタンパク質として Girdin の局在や安定性を制御
(2)定量的 high throughput DNA シークエンサーを用いた神経分化における
microRNA の網羅的発現解析
安東英明(科学技術振興機構 発展研究 カルシウム振動プロジェクト)
microRNA (miRNA) は約 22 塩基からなるタンパク質
をコードしない小さな RNA で,特定の mRNA の主に 3’
重要な役割を果たしている。
miRNA の成熟に関わるタンパク質を欠損した ES 細胞
非翻訳領域に相補的に結合し,タンパク質の翻訳を抑制
は正常に分化できないことから,miRNA は ES 細胞の分
する。miRNA は新たなレベルでの遺伝子発現調節機構と
化に重要な役割を果たしていることが明らかになってい
して,分化,細胞増殖,アポトーシス,癌などの制御に
る。我々は,ES 細胞から神経系の細胞への分化の過程に
274
研究会報告
おける miRNA の役割を解明する目的で,次世代 DNA
発現量の変化を解析した結果,ES 細胞特異的な miRNA
シークエンス技術を用いた miRNA のトランスクリプ
群,神経細胞特異的な miRNA 群,分化の過程で一過性
トーム解析を行った。マウス ES 細胞,ES 細胞から分化
に発現上昇する miRNA 群などが明らかになった。また
誘導した神経外胚葉系細胞,神経幹細胞,初代培養神経
興味深いことに,従来 miRNA 成熟の過程で生じる副産
細胞,海馬などから低分子 RNA 画分を精製し,small RNA
物として速やかに代謝されると考えられていた低分子
cDNA library を 作 製 し た。こ れ ら の ライブ ラリーを
RNA が,時には対応する miRNA 以上に蓄積しているこ
Solexa/Illumina 社の high throughput DNA シークエンサー
とが明らかとなり,なんからの機能を持つ可能性が示唆
で解析し,ライブラリーあたり数百万から 1 千万以上の
された。以上の解析により,神経分化における miRNA
配列を解読した。その結果,マウスの約 500 種類の既知
全体の発現変動が明らかになった。
miRNA のうち約 8 割が検出され,また約 80 種類の新規
miRNA が同定された。配列の解読頻度がその発現量に相
本研究は,Oregon Health and Science University(アメリ
カ)で行われた研究成果である。
関していることを利用し,神経分化における miRNA の
(3)電位依存性 Ca2+チャネル新規結合タンパク質 Caprin の同定と機能解析
三木崇史(京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻 分子生物化学分野)
電位依存性 Ca2+チャネルは,神経伝達物質放出や神経
2+
細胞突起伸長といった様々な生理応答を担う Ca 流入経
2+
路である。Ca チャネルがこのような生理的に重要な役
2+
ンやモチーフを有しておらず,N 末端に一回膜貫通領域
を持つ膜タンパク質である。生化学的実験から,Caprin
はβサブユニットと 2 つのドメイン(Caprin interacting
割を果たすためには,Ca チャネルの形質膜発現や神経
domain 1(CID1),及び 2 (CID2))を介して結合しているこ
細胞内局在性が重要であるが,その詳細な分子機構は未
とが明らかになった。CaprinCID1-βサブユニット間の結
解明である。
合は,α1-βサブユニット間の結合を競合的に阻害したの
2+
Ca チャネルは 4 つのサブユニット (α1, β, α2/δ, γ) から
に対し,CID2 はα1 及びβと 3 者複合体を形成した。以上
構成されている。βサブユニットはα1 サブユニットに結
から,Caprin はβ-Caprin 複合体およびα1-β-Caprin 複合体
2+
合することにより,Ca チャネルの形質膜発現やチャネ
の二状態を取りうることが示唆された。また,後者の複
ル特性を制御している。また,近年,複数のタンパク質
合体は,Caprin 上の CID1 への SCG10-like protein (SCLIP,
2+
と相互作用し Ca チャネルの足場タンパク質として機能
stathmin3) の結合により,4 者複合体に変化した。SCLIP
していることも明らかにされつつある。本研究では,β
は神経突起伸長を制御していることが報告されているこ
サブユニットの足場タンパク質としての機能に着目し,
とから,Caprin-SCLIP 複合体による Ca2+チャネル制御は,
βサブユニット相互作用タンパク質を網羅的に探索し
神経突起における Ca2+チャネル機能的発現・局在性に寄
た。
与する可能性が示された。以上,Ca2+チャネルはβ-Caprin
Yeast two-hybrid スクリーニングの結果,機能未知タン
とα1-β-Caprin との間のスイッチングによりダイナミック
パク質(Calcium channel processing protein (Caprin) と命
に複合体を形成し,生理的役割を果たすべくしかるべき
名)を得た。Caprin は脳特異的に発現し,既知のドメイ
場所へとターゲッティングされると考えられる。
275
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(4)シナプス可塑性における L 型カルシウムチャネルの役割
真鍋俊也(東京大学 医科学研究所 神経ネットワーク分野)
海馬は,事実や出来事,場所などに関する,いわゆる
増強が誘導できることを見出している。しかし,この増
陳述記憶の形成に必須の脳部位であるが,ここでのシナ
強は短期増強であり,20 分程度しか持続しなかった。ま
プス伝達は活性化の頻度によって可塑的に変化すること
た,この増強に伴って微小シナプス電流も増大したこと
が知られている。海馬における興奮性シナプス伝達はグ
から,この短期増強はシナプス後細胞での神経伝達物質
ルタミン酸が神経伝達物質として働き,シナプス後細胞
に対する感受性の増大により発現していることも明らか
のスパインに局在するイオン透過型グルタミン酸受容体
となっていた。しかし,この増強がなぜ LTP にならない
が速いシナプス伝達を媒介する。つまり,シナプス前終
のかについてはその時点では不明であった。
末からグルタミン酸がシナプス間隙に放出され,スパイ
そこで,シナプス後細胞の L 型 Ca2+チャネルの活性化
ンに存在する AMPA 受容体に結合することにより通常
のみで LTP が誘導できるかどうかをさらに詳細に検討し
のシナプス伝達が引き起こされる。海馬 CA1 領域では,
た。マウスの海馬スライス標本を用いて,Ca2+チャネル
シナプスが高頻度で活性化してシナプス後細胞が脱分極
の不活性化も考慮し Ca2+の流入を最適化する条件を検討
すると,通常は細胞外の Mg2+によりブロックされている
したところ,6 秒ごとに 1 秒間シナプス後細胞を-80mV
2+
NMDA 受容体が開口することにより,細胞内に Ca が流
から+10mV に 20 回脱分極させるとシナプス伝達増強が
入して長期増強 (LTP) が誘導されると考えられている。
長期に持続することが明らかとなった。電気刺激で誘発
2+
しかし,細胞内の Ca 濃度の上昇は NMDA 受容体だけ
されるシナプス応答と同時に記録された自発シナプス電
2+
流も同程度の増大を示したことから,この増強はシナプ
チャネルの活性化などによっても引き起こされる。本発
ス後細胞で発現し,しかも,記録しているニューロンの
でなく,細胞内ストアーからの放出や膜電位依存性 Ca
2+
表では,LTP 誘導におけるシナプス後細胞の Ca チャネ
大多数のシナプスで増強が起こっていることもわかっ
ルの新たな役割に関する私たちの最近の研究成果を紹介
た。この LTP は L 型 Ca2+チャネルおよび CaMKII の阻害
したい。
薬により抑制された。以上の結果から,Ca2+チャネルの
私たちの以前の研究では,モルモットの海馬スライス
活性化を最適化すれば,Ca2+チャネルを介して流入する
標本の CA1 錐体細胞からシナプス応答をホールセル記
Ca2+だけでも LTP を誘導することが可能で,その増大は
録し,脱分極を繰り返し与えることにより,NMDA 受容
ニューロン全体にわたり,NMDA 受容体依存性 LTP と
2+
体非依存性で,L 型 Ca チャネル依存性のシナプス伝達
同様に CaMKII が関与することが明らかとなった。
(5)小脳プルキンエ細胞の活動依存的 PSD タンパク質リモデリング
布施俊光(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻 神経生化学分野)
神経回路形成においては,神経細胞間の情報伝達の場
タンパク質には局在特異性が知られており,それぞれの
であるシナプスが適切な部位において形成され,神経伝
シナプスでの神経伝達受容と情報処理を担っていると考
達を担う分子が適当量配置されねばならない。小脳プル
えられる。しかしながら,この局在差異化の分子メカニ
キンエ細胞は興奮性シナプスの特徴的な構造であるスパ
ズムについてはほとんど知見が得られていない。
インを多数有しており,それらは成熟脳において 1 本の
我々は,成熟マウス小脳において,プルキンエ細胞後
登上線維と無数の平行線維という,シナプス形成部位と
シナプス肥厚部 (PSD) の主要構成タンパク質の一つと考
電気生理学的性質が全く異なる興奮性入力により支配さ
えられる Shank1A/Synamon が平行線維シナプスに潤沢に
れている。登上線維および平行線維シナプスに存在する
存在し,登上線維シナプスにおいては僅かしか存在しな
276
研究会報告
いことを見いだした。この登上線維シナプスにおける局
やω-agatoxin IVA といった選択的カルシウムチャネルの
在の選択的減弱が,登上線維の神経活動により制御され
ブロッカーによりこの Shank1A の減弱は妨げられてお
る可能性を検証する目的で,マウス小脳の初代分散培養
り,P/Q 型カルシウムチャネルを介した持続的なカルシ
系を用いた解析を開始した。この実験系では登上線維は
ウム流入がスパインにおける Shank1A の存在量を限定し
含まれないものの,顆粒細胞からの軸索上の VGluT1 陽
ているという可能性を示唆している。
性神経終末とプルキンエ細胞の間に数多くのシナプスが
以上の結果は,プルキンエ細胞スパインの PSD タンパ
形成され,顕著な Shank1A 局在が認められる。この培養
ク質が,そのシナプスの神経活動の質によりダイナミッ
プルキンエ細胞に対し登上線維刺激を模した,連続的な
クに再構成されうることを示している。小脳においては,
P/Q 型カルシウムチャネル開口を伴う高カリウム刺激
薬理学的手法および遺伝学的手法により神経活動を生体
(55 mM KCl) や AMPA 受容体アゴニスト (0.5µM AMPA)
内で修飾した場合にプルキンエ細胞における登上線維お
刺激を与えたところ,確かに Shank1A のシナプス局在の
よび平行線維それぞれの投射領域が競合して変化するこ
減弱が認められた。この活動依存的減弱は MG132 存在
とが知られているが,本研究はシナプス入力特異的な
下で抑制されることから,Shank1A は神経活動が活性化
PSD タンパク質複合体の維持が神経活動依存的機構によ
するユビキチン/プロテアソーム系によって分解されて
って修飾されている可能性を示唆している。
いると考えられる。興味深いことに,ω-conotoxin MVIIC
(6)大脳皮質視覚野における微小神経回路網の経験依存的発達
吉村由美子(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター 神経分化研究部門)
大脳皮質視覚野の視覚機能は,生後の視覚経験に強く
層錐体細胞からの同時ホールセル記録法を用いて解析し
依存して成熟することが知られている。これまでに我々
た。その結果,暗室飼育したラット視覚野においては,
は,ラット大脳皮質視覚野スライス標本を用いた研究に
2/3 層錐体細胞が形成する興奮性結合の検出確率は,正常
より,興奮性シナプスで結合している 2/3 層錐体細胞ペ
な視覚体験を経た視覚野と比較して有意に低下し,結合
アは,その周辺の興奮性細胞からの入力を高い頻度で共
が観察された場合も,誘発される興奮性シナプス電流の
有することを見出し,非常に微細なスケールの特異的神
振幅は小さかった。特異的な興奮性神経結合による微小
経回路網が視覚野内に存在することを報告した。しか
神経回路は,暗室飼育した視覚野においては,ほとんど
し,この微小神経回路網が視覚情報処理に関与するかに
観察されなかった。以上の結果から,微小神経回路網の
ついては明らかではない。そこで,微小神経回路網の形
形成には,遺伝的機構のみならず生後の視覚入力に依存
成が,視覚機能と同様に,生後の視覚経験に依存するか
して神経結合が精緻化される過程が必要であると考えら
について調べた。生後直後からの暗室飼育により視覚体
れ,この神経回路は視覚野ニューロンの反応選択性の基
験を経ていないラット視覚野よりスライス標本を作成し,
盤であることが示唆される。
ケージドグルタミン酸による局所刺激法と,複数の 2/3
(7)小脳長期抑圧において時間変換スイッチとして機能するポジティブフィードバック機構
田中(山本)敬子(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻,JST さきがけ)
シナプス長期可塑性の最も重要な特徴の一つは,誘導
効率の変化が長時間持続することである。小脳長期抑圧
刺激が短時間であるにも関わらず,誘発される神経伝達
(long-term depression, LTD) も同様で,数分間のシナプス
277
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
刺激後に神経伝達効率が徐々に減少し,これが少なくと
ィードバック機構が存在する可能性を強めることができ
も数時間維持される現象である。様々なシグナル分子が,
たので,さらに直接的に検証することにした。PKC と
この小脳 LTD の誘発に関与することが報告されており,
MAPK の関係について調べたところ,(A) LTD 刺激によ
中でも他のシナプス可塑性と同様,細胞内カルシウム
る MAPK 活性は PKC に依存すること,(B) PKC を直接
2+
2+
(Ca ) 濃度上昇の重要性は確実である。しかし,Ca 濃度
活性化することによって誘導される LTD が MAPK を介
上昇は数分間の LTD 誘導刺激中のみに限定される一過
していること,を示し,このことから PKC が MAPK の
性シグナルであり,これだけでは LTD という長期的な現
上流で働くことがわかった。一方,(C) LTD 刺激による
象の説明がつかない。この時間的ギャップを埋めるメカ
長期的な PKC 活性は MAPK に依存していること,(D)
ニズムとして,コンピュータシミュレーションにより,
ケージ恒常的活性型 MAPK キナーゼの UV 照射を使って
プロテインキナーゼ C (PKC) と MAP キナーゼ (MAPK)
MAPK を直接活性化すると LTD が見られ,この LTD は
を含むポジティブフィードバック機構が分子活性を
PKC を介していること,を示し,このことから,MAPK
60-90 分間にわたって維持し,その結果 LTD が発現・維
も PKC の上流で働くことがわかった。つまり,PKC と
持されるというモデルが提唱され,実験的な実証が待た
MAPK はお互いに活性化しあうポジティブフィードバッ
れていた。
ク機構を形成していることを示したことになる。さらに,
2+
そこで我々は,Ca 濃度上昇と LTD との関係を調べる
このポジティブフィードバック機構が機能する時間を調
2+
ことにより,どのような性質を持つ機構が Ca 濃度上昇
べたところ,LTD 誘発刺激後 20-30 分間必要であること
以降に働くか,見当をつけることから始めた。その結果,
がわかった。
2+
この関係は正の協同作用を示すこと,Ca 濃度上昇の時
これらの結果から,ポジティブフィードバック機構は
間成分を蓄積する Leaky integrator の性質を持つことを見
神経伝達効率が徐々に減少する過程で働く,つまり,Ca2+
出した。これらの実験結果は,上述のポジティブフィー
のような一過性シグナルを LTD という長期的現象に変
ドバック機構からなるシミュレーションで再現され,ま
換するスイッチとして働く,と結論付けることができた。
た,ポジティブフィードバック機構を止めると,シミュ
また,本実験により,ポジティブフィードバック機構が
2+
レーション,実験いずれの場合にも LTD の Ca に対する
シミュレーションで予測されたものより短時間しか必要
感受性が低下することがわかった。このような実験結果
ではないことがわかり,これ以降に未知の機構が働く可
とシミュレーション結果の類似性から,ポジティブフ
能性を示唆した。
(8)小脳登上線維-プルキンエ細胞シナプスの生後発達過程
橋本浩一(東京大学大学院医学系研究科 神経生理学)
生後すぐの神経回路には成熟期には見られない過剰な
在するようになる。これは,最終的に残存してプルキン
神経結合が多数存在するが,生後発達に伴い徐々に不必
エ細胞を単一支配する登上線維と,除去される登上線維
要な入力が除去されて,機能的な神経回路が形成される。
の機能的選別の結果であると考えられる。この過程の後,
小脳登上線維−プルキンエ細胞投射系は,この過程を解
過剰シナプスの除去過程が進行し,マウスでは生後 3 週
析するためのモデル実験系として広く研究がなされてい
目までに成熟型の単一支配に移行する。
る。成熟動物の小脳プルキンエ細胞は,ほとんどの細胞
生後発達初期の多重支配登上線維はプルキンエ細胞細
が一本の登上線維によってのみ支配を受けるが,発達初
胞体にシナプスを形成しているが,成熟動物においては
期には一時的に複数の登上線維による支配を受けてい
細胞体への投射はなくなり,樹状突起のみを支配するよ
る。生後 2~3 日齢のプルキンエ細胞は,シナプス強度が
うになる。この過程は“登上線維の translocation”と呼ば
比較的同等な複数の登上線維により多重支配されている
れているが,いつ,どのように登上線維の移行が進むの
が,生後 7 日目までに,一本の強い登上線維入力とそれ
かについては明らかになっていなかった。これらの点を
以外の弱い登上線維入力が一つのプルキンエ細胞上で混
明らかにするため,電気生理学的,形態学的手法を用い
278
研究会報告
て解析を行った。小脳からスライスを切り出し,プルキ
ある細胞体から遠い樹状突起で発生している qEPSC を
ンエ細胞細胞体からホールセルパッチクランプ法で記録
多く含む,すなわち translocate しているのに対し,弱い
を行った。入力する登上線維を電気刺激し,誘発される
登上線維はより細胞体近傍でのみ投射していることを示
登上線維応答を,プルキンエ細胞を単一支配するもの
唆している。Translocation が起こる時期を解析するため,
(CF-mono),多重支配する登上線維のうち,最大振幅を持
同様の解析を登上線維の機能的分化が終了している生後
つもの (CF-multi-S) とそれ以外の小さい振幅を持つもの
7-8 日齢で行ったところ,CF-multi-S と CF-multi-W の
(CF-multi-W) に分類した。生後 11-14 日齢の登上線維を
qEPSC の 10-90% rise time は同等の分布を示したが,生後
2+
Sr を含む外液中で電気刺激し,誘発される asynchronous
9-10 日齢になると遅い 10-90% rise time を示す qEPSC の
quantal EPSC (qEPSC)を各登上線維グループについて記
割合が CF-multi-S において増加し始めることが分かっ
録したところ,CF-mono と CF-multi-S は,CF-multi-W に
た。これらの結果は,生後 9 日以降に 1 本の最大振幅を
比べて 10-90% rise time が遅い qEPSC を多く含むことが
持つ登上線維のみ樹状突起に移行するが,それ以外の弱
分かった。記録部位から離れた部分で発生する qEPSC は
い登上線維は細胞体近傍に取り残されていることを示し
樹状突起の電気的な性質から波形がなまって記録される
ている。
ため,この結果は強化された登上線維のみが記録部位で
(9)Na チャネル遺伝子変異によるてんかんの分子細胞基盤
山川和弘(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経遺伝研究チーム)
複数種のてんかんにおいて複数の電位依存性ナトリウ
た。これらマウスでは分断された Nav1.1 蛋白は発現して
ムチャネルサブユニット遺伝子(SCN1A, SCN2A, SCN1B
おらず,SMEI モデルとなるヘテロ接合体ではハプロ不
など)の変異の報告がある。α1 サブユニット (Nav1.1) を
全が発症の原因と考えられた。更に重要な発見として
コードする SCN1A 遺伝子の変異は,重篤度が大きく異
我々は,Nav1.1 が,大脳皮質,海馬などのパルブアルブ
なる複数種のてんかんで報告されており,常染色体優性
ミン (PV) 陽性抑制性神経細胞の軸索/細胞体に強く発現
遺伝形式を示す熱性痙攣プラス (GEFS+) では約 10%,未
すること,他の抑制性細胞や興奮性神経細胞には発現が
だ有効な治療法の無い難治で重篤な知能障害を伴う重症
ほとんど見られない事などを見いだした。これは,それ
乳児ミオクロニーてんかん (SMEI) では実に約 80%の患
までの他のグループからの報告(Nav1.1 の興奮性および
者で変異が見られる。GEFS+変異は全てがへテロミスセ
抑制性神経細胞両者の樹上突起および細胞体での発現)
ンス変異であり,その多くが父母からの遺伝である。
を覆す知見であり,PV 陽性抑制性神経細胞の機能不全が
SMEI 変異は約 3 分の 2 がナンセンスやフレームシフト
SMEI など SCN1A 変異によるてんかんの発症の背景にあ
などの分断変異であり約 3 分の 1 がミスセンス変異であ
る事を示す。これらは有効な治療法を開発する上でも重
る。更に,SMEI が散発性であることと一致して,ほと
要な知見である。α2 サブユニット (Nav1.2) をコードする
んどが de novo 変異である。これら変異について我々を
SCN2A 遺伝子では,我々のグループが最初にてんかん患
含め多くの研究室がパッチクランプ法によるチャネル機
者(GEFS+亜型)でチャネル機能変化をもたらすミスセ
能に与える影響を検討しているが,一致した見解には至
ンス変異を報告し,その後に別のグループが,より軽症
っていない。一方で我々は 2007 年,SMEI のナンセンス
の良性家族性新生児乳児けいれん (BFNIS) で複数のミス
変異を導入した SCN1A 遺伝子ノックインマウスを作成
センス変異を報告した。更に我々は複数の小児重症てん
し,出生後当初は正常に育つが,ホモ接合体 (−/−) は出生
かん患者で,SCN2A の de novo ナンセンスおよびミスセ
10~12 日頃から運動失調と瀕回のてんかん発作を起こ
ンス変異を見いだしている。SCN2A でも大きく異なる重
し始めて 15 日頃までにすべてが死亡すること,ヘテロ
篤度を示す複数種のてんかんで変異が見られる点は
(+/−) も一部が出生後 18 日頃からてんかん発作を起こし
SCN1A 変異を示すてんかんと類似するが,Nav1.1 と
始め,生後 1~3 ヶ月で一部が死亡することなどを報告し
Nav1.2 の脳内における分布と発現する細胞種は大きく異
279
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
なると考えられることから,それぞれの発症メカニズム
いる。有効な治療法の開発にはそれぞれの遺伝子の変異
も異なることが予想される。SCN1A,SCN2A に加え,
によるてんかんの,細胞レベルでの詳細な発症機序の理
SCN1B や SCN3A にもてんかん患者における変異が見い
解が求められよう。
だされ,SCN8A とてんかんとの関わりも取り沙汰されて
(10)神経栄養因子 BDNF の機能未知ドメインが行う脳機能調節
小島正己(産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門バイオインターフェース研究グループ)
BDNF (Brain-derived neurotrophic factor) は NGF (Nerve
たが,脳内 BDNF が微量であること,抗体作製が困難で
growth factor) と配列相同性の高い神経成長因子であり,
あること,BDNF 蛋白質の難溶性の理由から,①proBDNF
近 年 ま で に 発 見 さ れ た NT-3 (Neurotrophin-3) NT-4/5
→mBDNF ②各 isoform の局在や輸送などの細胞メカニ
(Neurotrophin-4/5) を 含 め て ニ ュ ー ロ ト ロ フ ィ ン (NTs:
ズムは依然不明点が多い。Val66Met 変異は BDNF プロド
Neurotrophins) ファミリーを形成している。一方,これ
メインに位置することは,BDNF プロドメイン (~16
らリガンドの受容体も,受容体型チロシンキナーゼ Trk
kDa) の機能性が示唆する。しかし,BDNF プロドメイン
ファミリーを形成し,BDNF の高親和受容体は TrkB であ
の種間相同性は高いが,他の蛋白質との相同性はほとん
る。NT/Trk シグナリングは神経細胞の成長,生存,シナ
どなく,その組換え蛋白質はランダム構造である。さら
プス伝達を促進/調節し,リガンドおよび受容体のノック
に,proBDNF は,mBDNF とは異なり,TNF レセプター
アウトマウスの解析から各分子の生理的役割も理解され
ファミリーに属する pan-neurotrophin receptor p75 を介し
てきた。
て神経細胞死を促進することが報告されている (Teng et
しかし,Human genome project が始まった 2000 年頃か
al, 2005)。
らこの分野に新たな展開が始まった。その一つは,human
本 研 究 会 で は , 最 近 我 々 が 作 製 し た proBDNF →
polymorphisms の研究であり,BDNF の missense mutation
mBDNF 反応が非効率となり,その結果として脳内 BDNF
(val66met) は BDNF の分泌経路輸送および活動依存的分
比が proBDNF >> mBDNF となったモデルマウス (BDNF
泌を阻害し,ヒトエピソード記憶のスコアを低下させた。
pro/pro) について,その網羅的行動解析,microMRI など
つまり,げっ歯類研究から見い出されたシナプス機能亢
を用いた脳構造解析,p75 ノックアウトマウスとの交配
進モデルはヒト脳においても示唆された。
によりレスキューされる表現型解析,ヒト血中に存在す
BDNF は他の成長因子に同じく前駆体 (proBDNF:~32
る proBDNF を指標にした精神疾患バイオマーカー研究
kDa) として合成されて Furin,PC1/3,MMP などのプロ
などを報告し,BDNF プロドメインの多機能性,脳疾患
テアーゼにより成熟型 (mBDNF: ~15 kDa) となる。神経
研究への期待を考察する。
栄養因子研究のほとんどは mBDNF に関するものであっ
280
研究会報告
7.視知覚研究の融合を目指して-生理,心理物理,計算論
2009 年 6 月 18 日-6 月 19 日
代表・世話人:西田眞也(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
所内対応者:小松英彦(生理学研究所)
(1)Classification image による顔情報処理ストラテジーの可視化
-定型発達者と自閉症者の比較-
永井聖剛(産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門)
(2)サル大脳皮質における視覚探索の神経機構
-刺激特徴にもとづいた選択から空間位置にもとづいた選択への変換過程-
小川
(3)生理実験結果の計算論的解釈と工学的応用
正(京都大学大学院医学研究科)
-受容野モデルと盲点補完を例として-
佐藤俊治(電気通信大学大学院)
(4)潜在的運動生成が明かす様々な視覚処理プロセス
五味裕章(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
(5)顔知覚における初期経験
杉田陽一(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
(6)ヒト MT+野のレチノトピーと受容野サイズ
天野
薫(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
(7)信号検出理論による知覚的盲目と注意的盲目の判別
金井良太(ユニバーシティカレッジロンドン認知神経科学科)
(8)Binocular matching and correlation computations: formulation and function
藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)
(9)運動情報を 2 つのスカラーに分けて処理することの利点
金桶吉起(生理学研究所感覚運動調節研究部門)
(10)運動視における身体情報の影響
松宮一道(東北大学電気通信研究所)
(11)初期視覚系ニューロンの方位選択性について
佐藤宏道(大阪大学大学院医学系研究科)
(12)視覚性短期記憶における特徴の統合と動的更新
齋木
潤(京都大学大学院人間 環境学研究科)
(13)下側頭葉皮質ニューロンによる物体の三次元形状の表現
山根ゆか子(理化学研究所 BSI)
(14)神経予測と視知覚
神谷之康(ATR 脳情報研究所神経情報学研究室)
【参加者名】
藤田一郎(大阪大学大学院)
,佐藤宏道(大阪大学大学院)
,
剛(産業技術総合研究所)
,天野
杉田陽一(産業技術総合研究所)
,小川
松宮一道(東北大学電気通信研究所)
,金井良太(ユニバー
正(京都大学大
学院)
,山根ゆか子(理化学研究所 BSI)
,齋木
薫(東京大学大学院)
,
潤(京
シティカレッジロンドン)
,佐藤俊治(電気通信大学大学
都大学大学院)
,五味裕章(NTT コミュニケーション科
院)
,金桶吉起(生理学研究所)
,西田眞也(NTT コミュ
学基礎研究所)
,神谷之康(ATR 脳情報研究所)
,永井聖
ニケーション科学基礎研究所)
,塩入
諭(東北大学電気
281
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
通信研究所)
,佐藤雅之(北九州市立大学)
,竹村浩昌(東
同大学)
,下川丈明(京都大学)
,北園
京大学大学院)
,武田二郎(東京工業大学大学院)
,川島
大坪洋介(東京大学)
,繁桝博昭(豊橋技術科学大学)
宮
祐貴(東京工業大学大学院)
,西田浩聡(東京工業大学大
崎由樹(首都大学東京)
,伊藤嘉房(愛知医大)
,石橋和
学院)
,松本知久(東京工業大学大学院)
,吹野徳彦(東
也(神戸大学)
,小野和也(豊橋技術科学大学)
,加藤雅
京工業大学大学院)
,緒方康匡(東京工業大学大学院)
,
也(豊橋技術科学大学)
,金山範明(東京大学)
,丸谷和
服部恭臣(東京工業大学大学院)
,深瀬貴大(東京工業大
史(NTT-CS 研)
,鹿田
学大学院)
,藤原匡史(東京工業大学大学院)
,吉田和輝
市川寛子(中央大学)
,秦
(東京工業大学大学院)
,永福智志(富山大学大学院)
,中
(中京大学)
,川口
淳(東京大学)
,
学(京都大学)
,荻野正樹 (JST),
重史(京都大学)
,行松慎二
港(早稲田大学)
,横川武昌(神戸大
田龍三郎(富山大学大学院)
,栗木一郎(東北大学電気通
学)
,五十嵐康彦(東京大学)
,南
信研究所)
,柴田智広(奈良先端科学技術大学院大学)
,
大学)
,中島加恵(豊橋技術科学大学)
,則竹洋佑(豊橋
須川真佑(奈良先端科学技術大学院大学)
,山本哲也(京
技術科学大学)
,永井岳大(豊橋技術科学大学)
,小峰央
都大学大学院)
,久方瑠美(東京大学大学院)
,金子沙永
志(豊橋技術科学大学)
,寺島裕貴(東京大学)
,村上郁
(東京大学大学院)
,篠森敬三(高知工科大学)
,尾崎弘展
也(東京大学)
,宇賀貴紀(順天堂大学)
,熊野弘紀(順
(大阪大学大学院)
,相馬祥吾(大阪大学大学院)
,上田祥
天堂大学)
,岡田真人(東京大学)
,川崎
行(京都大学大学院)
,林
隆介(理化学研究所 BSI)
,
大脇崇史(
(株)
豊田中央研究所 先端研究センター)
,鈴
木
航(理化学研究所 BSI)
,寺尾将彦(東京大学大学院),
楊
哲人(豊橋技術科学
学(東京大学)
,
嘉楽(中央大学)
,池田尊司(京都大学)
,原澤賢充
(NHK 放送技術研究所),鈴木敦命(名古屋大学)
,垣田
修(三重大学)
,荒井宏太(豊橋技術科学大学)
,鎌谷祐
瀬戸川剛(筑波大学大学院)
,福島邦彦(関西大学)
,木
貴(豊橋技術科学大学)
,佐々木博昭(東北大学)
,渡邊
村晃大(大阪大学大学院)
,三好誠司(関西大学システム
淳司 (NTT),井上康之(豊橋技術科学大学)
,谷岡峻介(豊
理工学部)
,一戸紀孝(弘前大学)
,岡さち子(総合研究
橋技術科学大学)
,外山純一(豊橋技術科学大学)
,金津
大学院大学)
,本吉
勇(NTT コミュニケーション科学
将庸(京都大学),勝俣安伸(豊橋技術科学大学)
,長谷
基礎研究所)
,成瀬
康(情報通信研究機構 未来 ICT 研
川国大(名古屋大学)
,大谷智子(東京大学)
,水野愛子
究センター)
,小賀智文(大阪大学大学院)
,阿部
悟(千
葉大学大学院)
,坂野逸紀(京都大学大学院)
,小林憲史
(東京大学)
,阪口
剛(近畿大学)
,今井千尋(東
京大学)
,廣瀬信之(京都大学)
,齋藤
大(東京大学)
,
創(日本
高橋伸子(愛知淑徳大学)
,半田知也(北里大学),酒井
浩之(豊田
宏(筑波大学)
,大杉尚之(中京大学)
,鬼丸真一(豊橋
豊(電機通信大学)
,金沢
女子大)
,山口真美(中央大学文学部)
,堺
(西尾市民病院臨床)
,小濱
中央研究所先端研究センター)
,大塚由美子(日本女子大
技術科学大学)
学)
,山下和香代(中央大学)
,蒲池みゆき(工学院大学)
,
以下,生理学研究所 石川理子,林
芦田
田哲夫,池田琢朗,関
宏(京都大学)
,七五三木聡(大阪大学)
,山崎
翔
(筑波大学)
,草間美里(愛知淑徳大学)
,渡辺ひとみ(愛
知淑徳大学)
,横田悠右(豊橋技術科学大学)
,三木研作
(統合生理)
,松田幸久(金沢工業大学)
,松村淳子(情報
正道,高浦加奈,木
和彦,吉田正俊,田中絵実,緒
方洋輔,宮原良美,松吉大輔,加藤利佳子,小松英彦,
伊藤
南,郷田直一,鯉田孝和,平松千尋,横井
原田卓弥,坂野
功,
拓,西尾亜希子,岡澤剛起,波間智行
通信研究機構)
,佐々木亮(順天堂大学)
,岡部昌子(大
【概要】
「視知覚研究の融合を目指して-生理,心理物理,計算
IC 法の原理と応用をわかりやすく解説した。小川氏はサ
論」は,平成 21 年 6 月 18 日,19 日に岡崎コンファレン
ルの後頭頂葉において視覚探索課題に必要な情報変換が
スセンター中会議室において開催された。参加者は約
行われている証拠を示した。佐藤俊治氏は V1 の単純型
153 名(過去最高)
。生理 6 件,心理物理 6 件,計算論 2
細胞の受容野のモデルとして一般化ガウス微分関数が適
件,という意図のプログラム構成だったが,多くの講演
切であることを指摘した。五味氏は視覚運動により無意
内容が領域横断的で,研究会が目指す視知覚研究の融合
識的に手腕運動が誘導される MFR に関する包括的な解
が着実に進んでいることが実感できた。まず,永井氏は
説を行った。杉田氏は顔を見る経験なしに育てられたサ
282
研究会報告
ルも顔特異的な処理ができるという驚くべき実験を報告
影響を検討した。佐藤宏道氏は LGN のニューロンが方位
した。天野氏は新しい fMRI の分析手法により人の視覚
選択性を持たないという常識を覆す一連の研究を解説し
野のマッピングを精緻化した。ロンドンから参加の金井
た。齋木氏は視覚性短期記憶における物体の表象が複数
氏は信号検出理論を応用して二種類の盲目状況を区別す
の特徴が統合されたものではないと主張した。山根氏は
る試みを紹介した。藤田氏は二種類の両眼立体視処理が
下側頭葉におけるニューロンの刺激選択性が 3 次元曲面
存在することを示す心理物理実験を報告した。二日目に
のパラメータ空間でうまく記述できることを示した。最
入り,まず金桶氏は運動情報を速度と方向の二つのスカ
後に神谷氏が神経活動を予測するモデルの重要性を指摘
ラーに分離して処理することの利点を語った。松宮氏は
し,今後の視覚神経科学のあり方について巨視的な提案
運動残効を用いて身体運動が視覚運動情報処理に与える
を行って研究会を締めくくった。
(1)Classification image による顔情報処理ストラテジーの可視化
-定型発達者と自閉症者の比較-
永井聖剛(産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門)
Classification image (CI) 法は課題遂行中の処理ストラ
等)では検討不可能であった視覚情報処理の諸側面を明
テジーを詳細に可視化できる利点を持つ。例えば,顔画
らかにしてきた。本発表では CI の測定原理,試行数削減
像による個人弁別課題を課すとき,
「どの部分にどれくら
技術の解説に加え,定型発達者および自閉症者の顔情報
い強く影響されるか」をピクセル単位で明らかにするこ
処理ストラテジーを調べた研究を報告する。先行研究で
とができる。近年は 2 次元空間刺激に加え,1 次元空間
はグループ間での質的違いが主張されていたが,CI を用
刺激,時空間刺激など様々な刺激属性に対応した CI が開
いたところ自閉症者グループ内で大きな個人差があり,
発され,顔認知,主観的輪郭,テクスチャ知覚など多様
半数は定型発達者と同様のストラテジーを示すことがわ
な研究トピックにおいて従来の実験手法(閾値,正答率
かった。
(2)サル大脳皮質における視覚探索の神経機構
-刺激特徴にもとづいた選択から空間位置にもとづいた選択への変換過程-
小川
正(京都大学大学院医学研究科)
視覚探索では,視野内にある個々の物体の「刺激特徴
る視覚探索課題をサルに行わせ,後頭頂葉の LIP 野と 7a
の情報」と,どのような物体を目標として探すのかを決
野から単一ニューロン活動を記録した。その結果,
「刺激
める「行動課題の情報」が重要となる。しかしながら,
特徴の情報」と「行動課題の情報」を表現するニューロ
目標となる物体が特定された後,その物体に視線方向や
ン群と,
「目標位置の情報」のみを表現するニューロン群
空間性注意を向けるためには「目標位置の情報」の方が
が混在して見出された。これらの結果は,非空間性選択
より重要になる。このように視覚探索では,非空間性か
から空間性選択への変換が行われる場として後頭頂葉
ら空間性の選択に移行する処理過程が存在すると考えら
(LIP 野,7a 野)が重要な役割を果たしていることを示唆
れる。このような変換過程を明らかにするため,目標の
する。
刺激特徴が多種あり,探索条件に応じて目標刺激が決ま
283
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(3)生理実験結果の計算論的解釈と工学的応用 -受容野モデルと盲点補完を例として-
佐藤俊治(電気通信大学大学院)
V1 単純型細胞の受容野モデルとしてこれまで Gabor
derivative 関数となった。この新しい受容野モデルは微分
関数が広く用いられてきたが,問題点がいくつか存在す
幾何学との親和性が高いため,面方位や奥行き計算など
る:(i) Gabor 関数のゼロ交差位置は等間隔であるが,実
の計算論研究に役立つものと考えられる。微分幾何との
際の実験結果は非等間隔,(ii) 低周波・高周波帯に選択
親和性を示す一例として,盲点補完モデルについて紹介
性を持つ受容野に対する近似精度が悪い,(iii) Gabor 関数
する。この盲点補完モデルは,Matsumoto & Komatsu (J.
の出力結果から入力画像を再構成できない。そこで,こ
Neurophysiology, 2005) の生理実験結果を,微分幾何と最
れら問題点を解決する新しい受容野モデルについて考察
適化問題の観点から計算論的に解釈して構築されたモデ
する。結果として得られた受容野モデルは,微分階数を
ルである。最後に,画像修復への応用例についても紹介
実数階(1.5 階微分など)に拡張した,一般化 Gaussian
したい。
(4)潜在的運動生成が明かす様々な視覚処理プロセス
五味裕章(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)
視覚から運動生成までの情報処理では,視覚>知覚>意
の変化は,いくつかの運動視知覚特性と異なっており,
志決定>運動プログラム生成>制御というシーケンシャ
むしろ同様の刺激で誘発される眼球運動と似た時空間周
ルな流れが主に研究されてきたが,視覚情報が知覚や意
波数特性を示し,さらに脳磁図信号とも相関があること
志決定を介さず,四肢や眼・体幹の運動生成に直接働き
から,知覚と運動生成のための視覚運動情報処理の乖離
かけるような場合もある。近年我々は,腕到達運動中に
が示唆された。本講演では,最近明らかになってきた手
与えられた視野の突然の動きに対して短潜時で腕が応答
と目の制御に対する視覚運動処理の違いなども交え,視
する Manual Following Response (MFR) と名づけた現象に
覚-運動生成処理を明らかにするアプローチを紹介す
注目し,その視覚情報処理から運動生成までのメカニズ
る。
ムを探っている。視覚運動の時空間周波数に対する MFR
(5)顔知覚における初期経験
杉田陽一(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
生まれた直後のサルを,6 ヶ月~24 ヶ月間,
「顔」と顔
後に,同じ顔写真と別の新しい顔写真を同時に見せると,
に似た映像を一切見せないようにして育てた。これらの
サルの顔,ヒトの顔のどちらに対しても新しい顔写真を
サルの顔知覚を,選好注視法 (Preferential looking method)
好んで長く見続けた。この結果は,以前に見た顔と新し
と慣化法 (Habituation method) を用いて調べた。顔を見
く見た顔を識別したことを示している。さらに,眼・鼻・
せる前に行った実験で,既に極めて高度な顔識別能力が
口などの僅かな違いだけでなく配置の些細な相違も識別
備わっていることが明らかになった。サルあるいはヒト
できることが明らかになった。また,顔を見せなかった
の顔写真と顔以外の物体の写真を同時に見せると,顔写
期間に関わらず,全く同じ結果が得られた。生身の「顔」
真を好んで長く注視した。ひとつの顔写真を長い間見た
を見せた後に行った実験で,サルの成績は一変した。ヒ
284
研究会報告
トの顔だけを 1 ヶ月見せた後に,前と同じ実験を行うと,
果は,
「顔」の印象(鋳型)は,顔を見たことがなくても
ヒトの顔写真は好んで見続けるものの,サルの顔に対す
形成されること,また,実際に顔を見た後には,身近な
る好みは消失した。また,前に見た顔写真と新しい顔写
「顔」の特徴を迅速に処理するために特殊化されていくこ
真の区別も,ヒトの顔写真に対しては出来るものの,サ
とを示している。その後の回復経過を観察するために,
ルの顔写真に対しては全く識別できなくなった。逆に,
サルを通常の飼育室で育てた。飼育室では,他のサルの
サルの顔だけを 1 ヶ月見せた後には,サルの顔写真に対
顔もヒトの顔も見ることができる。しかし,1 年間経過
しては以前と同じ成績が得られるものの,ヒトの顔写真
しても,失われた識別能力が改善することはなかった。
を識別する能力は失われてしまった。また,顔を見せな
この結果は,顔の識別の発達に明瞭な感受性期が存在し
かった期間に関わらず,同じ結果が得られた。以上の結
ていることを示している。
(6)ヒト MT+野のレチノトピーと受容野サイズ
天野
薫(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
従来,ヒトにおける運動視関連領野は,運動刺激と静
法を用いて,hMT+内に二つの半視野表現が存在するこ
止刺激を交互に提示した際に賦活される部位 (hMT+) と
とを明らかにした。受容野サイズは,いずれの領野にお
して定義されてきた。hMT+はサルの MT,MST を含む
いても偏心度に応じてほぼ線形に増大した。ポピュレー
と考えられているが,その部位は閾値の設定方法等に依
ション受容野の大きさは,ニューロンの受容野サイズだ
存するなどの問題があり,V1-V4 のように,レチノトピー
けでなく,ボクセル内におけるニューロンの受容野中心
に基づく領野の定義が求められてきた。本研究では,各
のばらつきの成分の影響を受けると考えられるが,両者
ボクセルの受容野中心のみならず,受容野サイズをモデ
の成分を分離したところ,後者の影響は相対的に小さい
ル化する新たなポピュレーション受容野マッピングの手
ことが示唆された。
(7)信号検出理論による知覚的盲目と注意的盲目の判別
金井良太(ユニバーシティカレッジロンドン認知神経科学科)
視覚刺激を主観的に見えなくする心理物理学的手法
意的盲目に分類する方法を示す。低コントラスト,バッ
は,意識的知覚と無意識の情報処理での神経活動の違い
クワードマスキング,フラッシュ抑制により刺激の検出
を同定するため,心理物理学のみならず神経生理学や脳
が困難な状況では,ミス試行と物理的不在が主観的には
イメージングと組み合わされて幅広く用いられてきた。
弁別できないのに対し,注意的瞬目,分割的注意,空間
本研究では,刺激が呈示された試行のみ,または刺激が
的不確定性では課題の難しさに伴いミス試行の確信度が
不在であると判断された試行のみに対して,確信度が正
下がるため主観的弁別が可能であった。この知覚的盲目
解不正解をどれだけ弁別できるかを解析することで,心
と注意的盲目の実験手法間での違いが,P 意識と A 意識
理物理の視覚刺激を見えなくする手法を知覚的盲目と注
という哲学的直感の由来であると考えられる。
285
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(8)Binocular matching and correlation computations: formulation and function
(両眼対応計算と両眼相関計算:定式化と機能)
藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)
両眼立体視において,脳は,両眼に投影された外界像
た。本発表では,フィードフォワード機構のみで両眼対
の位置ずれ(両眼視差)を検出し,奥行きへと変換する。
応計算を実現するモデルを提唱し,その定式化を行う。
この過程において,
「両眼相関」と「両眼対応」の 2 つの
そして,両眼相関と両眼対応の 2 つの計算過程を乖離さ
計算が行われる。両眼相関計算は大澤ら(1990)の両眼視
せる心理学的手法を提案する。その方法を用いて,この
差エネルギーモデルにより数学的に定式化されている。
2 つの計算過程が細かい奥行き知覚と粗い奥行き知覚そ
一方,両眼対応計算は,従来,計算の拘束条件が定性
れぞれにどう貢献しているか,さらに,視覚刺激の時間
的に提案され,計算解を求めるために繰り返し計算過
特性を変えることで 2 つの計算過程にどう影響するかを
程を組み込むという Marr 以来の考え方で理解されてき
調べた心理実験の結果を報告する。
(9)運動情報を2つのスカラーに分けて処理することの利点
金桶吉起(生理学研究所感覚運動調節研究部門)
視覚性運動情報処理機構において,ヒト脳が運動ベク
ちらの処理方法を採用しているか排他的に一方を支持す
トルまたは motion energy model に基づく情報処理をして
る知見は存在しない。ここでは,ベクトルを 2 つのスカ
い る と 考 え る こ と は 妥 当 で あ り , 実 際 に motion
ラーに展開することによって運動情報処理がいかに簡便
transparency, occlusion, boundary などおそらくすべての知
になりうるか,また他の視覚情報(色や形など)処理と
覚現象はこのモデルで説明できる。にもかかわらず,運
の整合性があるかについて具体例(例えば同じ場所に 2
動ベクトルが 2 つのスカラーに分けられて処理されてい
つの運動が知覚されることの説明など)にて示し,この
る可能性が近年指摘されている。現時点ではヒト脳がど
情報処理方法の意義について考察したい。
(10)運動視における身体情報の影響
松宮一道(東北大学電気通信研究所)
我々は,行動中に自己の身体部位の動きを頻繁に見る。
通して処理されると考えられている。このようなフィル
この自己の意図を追従する身体部位の動きは,外界の動
ターの存在は運動残効を使って調べられており,運動残
きから自己生成した動きを区別するときに重要な手がか
効の存在は特定の刺激属性に順応するフィルターの存在
りを与える。一方,行動に伴って生成される物体の動き
に対する証拠とみなすことができる。本講演では,自己
は,通常,身体部位情報と独立に処理されると考えられ
生成される物体の動きに順応すると,手の見えが視覚運
ており,視覚的な動きのパターンは運動方向,空間周波
動残効に影響を与えることを報告する。この結果から,
数,速度のような視覚刺激の属性あるいは注意によって
運動視処理機構と身体情報の関連性について議論する。
追跡された運動方向にチューニングされたフィルターを
286
研究会報告
(11)初期視覚系ニューロンの方位選択性について
佐藤宏道(大阪大学大学院医学系研究科)
Hubel と Wiesel が 1962 年にネコ一次視覚野 (V1) の方
に,少なくともネコでは LGN のレベルで皮質のそれの
位選択性のモデルを提案して以来,V1 ニューロンに収束
元になるような方位チューニングが形成され,しかも,
する外側膝状体 (LGN) からの入力線維の受容野が特定の
大脳皮質の神経回路の特徴とされてきたコントラスト非
傾きを成すように配列しているというのが教科書による
依存的方位チューニングが存在していること,そして
方位選択性の説明である。また,大脳皮質はこの方位チ
LGN 内の GABA 抑制がこのチューニングにほとんど寄
ューニングを増強し,入力強度によらず安定化するよう
与していないことなどを見出した。これは初期視覚系の
に神経回路を構築しているとされている。しかし我々は
feedforward メカニズムにおいて方位選択性が合目的的に
ネコ V1 で受容野周囲を sinusoidal grating で刺激したとき
形成されていることを示唆しており,視床と大脳皮質と
に生じる抑制性反応修飾についての研究を進めるうち
の関係についての再考を促すものである。
(12)視覚性短期記憶における特徴の統合と動的更新
齋木
潤(京都大学大学院人間 環境学研究科)
我々の判断や行為においては現前の視覚情報のみなら
象の更新を同時に検討する多物体恒常性追跡法を用いて
ず視覚性の短期記憶情報が重要な役割を果たしている。
視覚記憶と視覚的注意の相互作用を検討した心理物理実
視覚性短期記憶の容量は 4 個程度の視覚的オブジェクト
験,属性情報と位置情報が統合されたオブジェクト表象
であるといわれているが,
「視覚的オブジェクト」が記憶
の神経基盤を検討した fMRI 実験を紹介する。これらの
の機能単位であるかどうかについては議論がある。オブ
知見から,視覚性短期記憶がオブジェクトを単位とした
ジェクトの重要な特性である属性のバインディングと,
4 つのスロットではなく,特徴統合理論のように特徴
変化に伴う表象の更新の過程を明確にするため,複数の
ベースに構成され,注意の作用により一過性にオブジェ
運動物体を用いて属性のバインディングと運動に伴う表
クト表象が構成されている可能性を議論する。
(13)下側頭葉皮質ニューロンによる物体の三次元形状の表現
山根ゆか子(理化学研究所 BSI)
下側頭葉皮質には視覚的に提示された物体像に強く反
決めるパラメータを,ニューロンの活動を記録しながら
応するニューロンが多く存在することが知られており,
応答に応じて変化させ,新しい刺激セットを次々にオン
視覚情報処理の最終段階と考えられている。下側頭葉皮
ラインで用意し提示した。解析の結果,記録した多くの
質ニューロンの 3 次元形状に対する刺激選択性を効率的
下側頭葉皮質ニューロンの刺激選択性は,曲率や方向な
に調べるために,進化的アルゴリズムを用いた探索シス
ど 3 次元曲面を記述するパラメータを用いるとよく説明
テムを開発した。陰影と両眼視差を加えた 3 次元物体像
できることが示された。このことは,2 次元のみならず
を視覚刺激として用い,固視課題遂行中の覚醒サルの下
奥行き方向の情報を含む 3 次元の物体形状が下側頭葉皮
側頭葉皮質ニューロンから記録をとった。刺激の形状を
質で表現されている可能性を示すものである。
287
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(14)神経予測と視知覚
神谷之康(ATR 脳情報研究所神経情報学研究室)
視覚情報処理を理解する上で,
「予測」の重要性が認識
リーディング)
,といった観点でモデルや仮説を評価す
されつつある。刺激に対する脳の反応を記述しモデルを
る。視覚研究が現象の解釈を超え,応用も視野に入れた
あてはめる従来のアプローチとは異なり,予測を重視す
成熟した科学になるためには,このような観点は必須の
るアプローチでは,新たな(モデルを作るのに利用して
ものであるが,一方で,現象のメカニスティックな理解
いない)刺激に対する脳活動を正しく予測できるか(エ
がないまま,数字の上だけのデータマイニングに終始す
ンコーディング)
,新たな脳活動が与えられたとき,それ
る危険を伴う。本講演では,高次元の知覚空間と脳信号
を引き起こした刺激を予測できるか(デコーディング)
,
空間のモデリングに焦点を当てながら,神経予測の可能
脳活動から主観的知覚状態を予測できるか(マインド・
性と課題を議論する。
288
研究会報告
8.大脳皮質-大脳基底核連関と前頭葉機能
2009 年 11 月 26 日-11 月 27 日
代表・世話人:宮地重弘(京都大学霊長類研究所)
所内対応者:南部
篤(生体システム研究部門)
(1)中脳ドーパミン細胞の投射様式
松田和郎(滋賀医科大学)
(2)脚橋被蓋核における報酬価値とタイミングの表現
岡田研一(大阪大学大学院)
(3)動機づけ学習と線条体
小山
佳,筒井健一郎(東北大学大学院)
(4)対象の選択と運動の選択時における線条体の価値表現
鮫島和行(玉川大学)
(5)ソングバード大脳基底核のさえずり行動中および睡眠中の神経活動
柳原
真(理化学研究所)
(6)尾状核における神経活動の数的表現
二ノ倉欣久(弘前大学)
(7)大脳基底核と運動前野をつなぐネットワーク
星
英司(玉川大学)
(8)側頭および頭頂連合野から外側前頭前野への多シナプス性入力様式
平田快洋(京都大学)
(9)生体内線維連絡イメージングの下側頭葉顔認知システムへの適用
一戸紀孝(弘前大学)
【参加者名】
丹治
順,星
英司,鮫島和行,野々村聡(玉川大学脳
科学研究所)
,高田昌彦,宮地重弘,松本正幸,平田快洋,
纐纈大輔,鴻池菜保(京都大学霊長類研究所)
,藤本
淳
(京都大学)
,松田和郎(滋賀医科大学)
,岡田研一(大阪
大学)
,筒井健一郎,小山
佳(東北大学)
,柳原
真,
大学)
,高草木薫,野口智弘(旭川医科大学)
,則武
(関西医科大学)
,南部
篤,伊佐
厚
正,畑中伸彦,知見
聡美,佐野裕美,高良沙幸,金子将也,鯉田孝和,松田
尚人,坂野
拓,金桶吉起,岡澤剛起,吉田正俊,波間
智行(生理研)
曽根正光(理化学研究所)
,二ノ倉欣久,一戸紀孝(弘前
【概要】
大脳基底核は,大脳皮質の広い領域から入力を受け,
1) 主に霊長類を用いた研究から,大脳基底核は,適切な
大脳基底核内で情報処理を受けた後,一部,脳幹に投射
運動あるいは動作様式を選択,実行するのに関わってい
するものの,大部分は視床を介して大脳皮質,とくに前
る。
頭葉に戻るというループ回路をなしている。大脳基底核
2) また,工学的な手法によって解析したところ,大脳基
内でどのような情報処理が行われているか不明であった
底核の神経活動や神経回路は適切な行動の自立的な選
し,今でも多くの謎があるが,それでも以下のような様々
択・学習に適している。
な研究から,徐々にではあるが着実に明らかになりつつ
3) 霊長類の基底核回路を解剖学的に解析することによ
ある。
り,大脳基底核が運動機能ばかりでなく,認知機能や情
289
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
動にも関わることが明らかとなってきた。
にも密接に連絡し,運動制御,認知,情動など,ヒトお
4) 遺伝子改変動物(げっ歯類)を用いることにより,大
よび動物の行動のさまざまな側面に重要な役割を果たし
脳基底核に発現している受容体や神経伝達物質と機能と
ていることがわかってきた。しかし,脳の各領域の研究
の関係が,個体レベルで調べられるようになった。
は個別になされており,基底核および関連する多くの脳
5) ヒトの大脳基底核疾患や,様々な大脳基底核疾患モデ
領域の研究を横断的かつ統合的に捉え,相互理解を深め
ル動物の解析により,このような疾患の病態およびその
る機会が少ない。そこで,本研究会では大脳基底核,連
基礎となる基底核の生理が明らかになりつつある。
合皮質,辺縁系,さらにはその周辺の研究について,多
6) 脳深部刺激療法 (DBS) や遺伝子治療など,大脳基底核
岐にわたる専門分野の若手あるいは中堅の研究者が,最
疾患の新たな治療法も開発されてきた。
新の知見を紹介し,各分野における研究の趨勢,問題点,
このように,大脳基底核は,運動皮質とはもちろんの
及び今後の展開に関して活発に意見を交換した。
こと,連合皮質や辺縁系領域などと解剖学的にも機能的
(1)中脳ドーパミン細胞の投射様式
Axonal arborization of midbrain dopamine neurons: a single-cell morphological study with viral vectors
松田和郎(滋賀医科大学)
中脳ドーパミン系は,パーキンソン症候群・統合失調
以外にほとんど投射せず,線条体のみに広範囲にかつ非
症などの疾患あるいは報酬行動・強化学習などに関与す
常に高密度に分布していることがわかった。定量的には,
るとされる広域投射型モノアミン神経系の一つである。
1 個の中脳黒質ドーパミン細胞は 138,000~780,000µm
例えば,従来回復が極めて困難であるとされていた外傷
(平均 466,000µm)の軸索を線条体に投射し,一側の線条
後植物症患者の中に中脳ドーパミン神経系の選択的損傷
体容積の 0.45-5.7%の細胞(平均 2.7%;細胞数にして
が原因でパーキンソン症候群を呈するサブタイプがあ
75,000 個)にシグナルを伝達することが見出された。反
り,ドーパミンの前駆体である L-ドーパを投与すること
対に線条体細胞の側からみると,1 個の線条体細胞は
によって劇的な回復を示す患者群が潜在していることが
95~194 個の異なるドーパミン細胞のシグナルを受け取
報告されている (Matsuda et al., 2003; 2005)。中脳ドーパ
ることになった。したがって,従来の古典的トレーサー
ミン神経系は黒質線条体系と中脳皮質辺縁系に大別さ
実験に基づいた報告と比較して本実験では 10 倍以上も
れ,過去の古典的なトレーサー実験によってその大まか
の軸索を可視化しており,従来の研究がドーパミン神経
な投射経路は判明しているが,単一神経細胞の解像度に
の軸索分布を大きく過小評価していたことが明らかにな
おける定量的・回路的な次元での解明はなされていない。
った。さらにµオピオイド受容体との二重染色により,
本研究では,先行研究によって開発されたパルミトイ
多少の preference はあるものの,単一ドーパミン細胞の軸
ル化膜移行シグナルを結合した緑色蛍光タンパク質
索は striosome と matrix の両方に分布していて,単一ドー
(GFP) をコードする遺伝子組換えウイルスベクターをト
パミン信号がこの 2 つの線条体コンパートメントに同時
レーサーとして用いて,細胞体・樹状突起および軸索を
に送られることも明らかにされた (Matsuda et al., 2009)。
完全に可視化することによってドーパミン神経系の投射
本研究会では,さらに中脳皮質辺縁系 (A10) の知見に
様式の定量的解析を単一細胞レベルで行った。
中脳黒質線条体路 (A9) において単一ドーパミン神経
の全軸索を再構成したところ,ドーパミン軸索は線条体
290
ついても紹介し,あわせて本ウイルスベクターのもつ神
経回路解析ツールとしての意義と可能性についても議論
した。
研究会報告
(2)脚橋被蓋核における報酬価値とタイミングの表現
岡田研一(大阪大学大学院生命機能研究科)
中 脳 の黒 質緻密 部 や腹 側被蓋 野 のド ーパミン細胞
(DAcell) は,学習された報酬の手がかり刺激や不意に与
実報酬信号が PPTN で表現されていることが明らかにな
った。
えられた報酬に対してバースト応答をすることによって
さらにこれらのニューロンは,手がかり刺激呈示や報
大脳基底核などに報酬予測誤差信号を送り,シナプス可
酬の与えられるタイミングに対して予測的な活動を示し
塑性を制御することで強化学習における教師信号の役割
た。ほとんどの FT neuron は手がかり刺激呈示前からゆ
を果たしていると考えられている。DAcell においてどの
るやかな活動の上昇を示し,その活動の大きさはサルの
ように報酬予測誤差が計算されるかということは学習計
予測的な眼球運動と相関した。いっぽう RD neuron は,
算アルゴリズムを含めた強化学習機構を解明する上で重
実際に報酬が与えられる前からゆるやかな活動の上昇を
要な問題の一つである。我々は DAcell に強力な興奮性入
示したが,その活動の大きさは予測される報酬量にかか
力を供給している脚橋被蓋核 (Pedunculopontine tegmental
わらず一定だった。さらに FT neuron で持続活動の終わ
nucleus, PPTN) に着目して,覚醒状態のサル PPTN ニュー
るタイミングは,報酬が得られると予測した時間ではな
ロンから記録を行い,報酬予測,報酬予測誤差に対する
く,実際に報酬が与えられた時間と一致していた。また,
PPTN のニューロン活動の寄与を調べた。
報酬が与えられた後もサルが fixation を続けるような課
これまでの実験により,手がかり刺激 (FT) の形によっ
題を行うと,(1) 課題条件にかかわりなく実際に報酬が与
て報酬量 (RD) が予測できるような報酬予測サッカード
えられた後に持続活動が終わる,(2) 報酬が与えられた後
課題において,(1) 予測報酬量に対応して活動の大きさが
も課題の終了まで活動が持続する,ニューロン群が見ら
変わる,手がかり刺激呈示から始まり報酬後まで続く持
れた。
続的応答 (FT neuron) と,(2) 実際に与えられた報酬量に対
これらの結果より,学習に必要と思われる報酬価値の
応して活動の大きさが変わる,報酬後の短期的な反応
情報だけでなく,課題の遂行に必要と思われるタイミン
(RD neuron) が,PPTN の独立したニューロン群から得ら
グ予測や実際のイベント時間の情報が PPTN で表現され
れた。すなわち,報酬予測誤差の計算に必要な報酬予測,
ていることが明らかになった。
(3)動機づけ学習と線条体
小山
佳,筒井健一郎(東北大学大学院生命科学研究科脳情報処理分野)
中脳ドーパミンニューロンは,報酬予測誤差情報を表現
の目的は,線条体において,報酬予測誤差や,それに関連
しており,動機付け学習において重要な役割を担っている
すると考えられる刺激の価値や報酬への期待などの情報
ことが示唆されている (Schultz and Dickinson, 2000)。近
がどのように表現されているかを調べることである。
年,この報酬予測誤差の情報が,脳のどこで,どのように
パブロフ型の確率学習課題をラットに訓練し,頭部を固
計算されているかが注目されており,ドーパミンニューロ
定した状態で線条体からの単一ニューロン活動の記録を
ンに出力を送っている外側手綱核や脚橋被蓋核,外側手綱
行った。課題では,条件刺激として純音を 1.5 秒間呈示し,
核に出力を送っている淡蒼球内節などの領域が報酬予測
0.5 秒間の遅延期間の後,条件刺激によって示された報酬
誤差情報に関連した情報を表現していることが新たに報
確率にしたがって報酬(スクロース水)を与えた。条件刺
告されている。しかし,ドーパミンニューロンと直接・間
激の純音には 5 種類を用い,それぞれを 0 %から 100 %ま
接的に密な繊維連絡のある線条体が,報酬予測誤差情報の
での異なる報酬確率と関連付けた。この課題を十分に訓練
生成にかかわっているのかは未だ不明な点が多い。本研究
した後,線条体から単一ニューロン活動の記録を行った。
291
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
記録したニューロンの活動様式を分析するために,まず,
を明確にするために,条件刺激の呈示終了から報酬が与え
刺激に反応したニューロンを,その反応のピークの潜時に
られるまでの遅延期間を延長させて記録を行ったところ,
よって 3 つのサブタイプに分類した。条件刺激が呈示され
タイプ II ニューロンは,遅延期間の違いにかかわらず,
てからの 0.5 秒間,条件刺激が呈示されてから 0.5 秒後か
条件刺激に対して同じ潜時で反応し,呈示後は自発発火頻
ら 1.5 秒後までの 1 秒間,遅延期間の 0.5 秒間のそれぞれ
度に戻るものが多かった。一方,タイプ III ニューロンは,
の期間において反応のピークを示したニューロンを,それ
遅延期間を延長すると,活動のピークが新たな報酬供与の
ぞれ,タイプ I,タイプ II,タイプ III ニューロンと分類し
タイミング付近へと移っていく傾向が見られた。これらの
た。タイプ I ニューロンの多くは,報酬に対しても同様の
ことから,タイプ II ニューロンは刺激の価値を,タイプ
一過性の反応を示した。タイプ I ニューロンの刺激への反
III ニューロンは報酬への期待をそれぞれ表現しているこ
応と報酬への反応の多くは,それぞれ,報酬確率に正の相
とが示唆された。
関,負の相関を示していた。この反応様式は,ドーパミン
以上のように,この研究によって,線条体においては,
ニューロンのものと非常に類似しており,これらのニュー
報酬予測誤差や,それに関連すると考えられる刺激の価値
ロンが報酬予測誤差情報を表現していることが示唆され
や報酬への期待などの情報が表現されていることが明ら
た。タイプ II,III のニューロンは,いずれも,持続的な
かになった。これらの結果は,線条体が報酬予測誤差情報
発火を示し,その活動は報酬確率に正の相関を示してい
の生成や動機付け学習の過程において,重要な役割を果た
た。また,報酬には反応を示さなかった。タイプ II,III
している可能性を示唆している。
のニューロンがどのような課題事象に関係しているのか
(4)対象の選択と運動の選択時における線条体の価値表現
鮫島和行(玉川大学脳科学研究所)
不確実で変動する環境において適切な意思決定を行
い,食物などの報酬を得る行動を行うことは,環境内で
存した対象刺激-運動変換から 1 つを選択する場面(対象
の選択)と学習に関わるであろうか?
生き残るために不可欠な脳機能の 1 つである未知の環境
この疑問に答えるために 2 頭のサルに複数刺激のうち
において報酬を最大化する行動選択を学習する問題は,
その 1 つに反応することによって報酬を得る課題を訓練
強化学習としてモデル化されている。モデルは行動の予
し,複数刺激を提示したときの線条体の神経活動を記録
測のみでなく線条体の神経活動と行動選択肢の報酬予測
した。サルに 2 つの刺激属性(色 4 種・形 4 種)を持つ
など,モデルから予測される変数との神経相関が見いだ
16 種類の視覚刺激から,異なる色/形を持つ 2 刺激をラ
されている (Samejima et al 2005)。
ンダムに提示する(選択刺激)
。一定遅延期間の後,この
意思決定場面において,行動後に得られる報酬を予測
2 刺激を順次提示し(ターゲット刺激)
,サルは提示され
することは,より多くの報酬が見込める行動の選択を可
ている時間に行動反応・抑制を行うことで,選択を行う。
能にし,予測報酬と現実の誤差によって行動を強化する
4 段階の報酬量を一方の刺激属性(色または形)のみに依
ために重要である。しかし,ここでいう行動とは何であ
存して与え,これを 1 ブロック(144 試行)間固定として
ろうか?
もっとも単純には,1 つの動作を行動として
学習する。サルの学習行動を解析したところ,4 段階の
強化することも可能であるし,特定の刺激入力を条件と
報酬に応じて色または形に応じた刺激-運動変換に対す
して動作を行う 1 つの刺激-運動変換を 1 つの行動とし
る学習が行えることがわかった。さらに,選択刺激提示
て評価することも可能である。一方線条体は,運動関連
期に,選択する対象の報酬予測が表現される線条体投射
領域のみならず,前頭前野など認知的操作などに関わる
細胞を見いだした。このことは,線条体が特定の動作を
高次領域からも投射をうけ,複数の並列ループを形成し
行動とした選択のみならず,刺激-運動変換を行動単位
ている。大脳基底核は特定の動作のみならず,刺激に依
とした選択と強化学習に関与していることを示唆する。
292
研究会報告
(5)ソングバード大脳基底核のさえずり行動中および睡眠中の神経活動
柳原
ソングバード (Songbird) と称される鳴禽類の小鳥は,
真(理化学研究所)
た。
臨界期にさえずりを学習する。まず,感覚学習期におい
本研究では,大脳基底核 AreaX が小鳥のさえずり学習
て,幼鳥は親鳥がさえずる定型的な歌を聴き憶える。次
に果たす機能的役割を明らかにすることを目指し,行動
に,運動学習期において,幼鳥は自らさえずり行動を開
中の幼鳥の大脳基底核 AreaX から単一ニューロン活動の
始し,聴覚フィードバックを用い自己のさえずる非定型
記録をおこない,さえずり行動中,さえずり以外の行動
的な歌を聞き憶えた歌にマッチングさせていく。最終的
中,睡眠中の神経活動をそれぞれ解析した。その結果,
には,幼鳥は親鳥から学んだ歌と同じ定型的な歌をさえ
1) Area X の細胞はさえずり行動直前からさえずり行動
ずるようになる。このソングバードの 脳内には,さえず
終了にかけて活動を上昇させること,2) これらのニュー
り行動を制御するために特化した神経回路 (Song system)
ロンは自己の歌や親鳥の歌に対して聴覚応答を示さない
が存在する。なかでも,線条体や淡蒼球の細胞群に相当
こと,3) さらに,これらのニューロンは睡眠中において
するニューロン群から構成される AreaX と称される領域
し ばしば一過的な発火頻度の上昇を示すこと,などが明
が,さえずりの学習に必須であることが既に脳の破壊実
らかになった。以上の結果から,ソングバードの大脳基
験の結果から明らかにされている。しかしながら,この
底核 AreaX は,発声という運動に関連した神経活動と睡
領域の細胞が実際にさえずり学習を おこなっている際
眠中 における神経活動を通してさえずり学習に重要な
にどのような神経活動を示すのかこれまで不明であっ
役割を担っていると考えられる。
(6)尾状核における神経活動の数的表現
二ノ倉欣久(弘前大院医学部統合機能生理)
数的情報にもとづく合目的行動は様々な動物種にお
的数の提示に選択的に反応する一群の細胞活動が見いだ
いて観察されるが,その行動を支える神経基盤がどこで
された。このとき,複数標的が視覚的に提示された場合
どのように実現しているかについては明らかではない。
のみならず記憶情報に依拠した試行ブロック,すなわち
行動の企画過程における神経細胞活動による数的表現を
標的数情報が明示的に視覚提示されない条件下において
調べる目的で試行ブロックごとに異なる標的数の連続到
も数的情報を反映する選択的活動が認められた。このこ
達運動が要求されたときのサル脳の広汎な領域から神経
とは多彩な行動レパートリに内蔵された要素的動作が大
活動が記録された。大脳皮質の広汎な領域から情報を集
脳皮質線状体において数的に表現されうることを示唆し
約する尾状核のユニット活動を解析したところ特定の標
ている。
(7)大脳基底核と運動前野をつなぐネットワーク
星
英司(玉川大学脳科学研究所)
大脳基底核は前頭連合野や一次運動野をはじめとする
ンソン病などの大脳基底核を中心とする疾患は,高次脳
前頭葉と密接に情報のやり取りをしていることが解剖学
機能から運動機能にいたるまで広汎な脳機能を障害す
的研究によって明らかになってきている。また,パーキ
る。こうした知見は,大脳基底核と前頭葉の間の幅広い
293
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
機能連関が正常な脳機能の発現において極めて重要な役
ていること,が明らかとなった。続いて行われた解剖学
割を果たしていること,そして,機能連関の破綻が多様
的研究では,こうして見出された機能分化が大脳基底核
な病態の発現につながることを示唆している。しかし,
と形成されるネットワーク構造とどういった関係にある
この機能連関については急速に理解が進んでいるが,そ
のかを解析した。大脳基底核からの出力は視床を介して
の神経メカニズムには依然として未知の部分が残されて
運動前野に接続しているので,経シナプス性に逆行性に
いる。
伝搬する性質のある狂犬病ウイルスをトレーサーとして
そこで,我々は生理学的研究と解剖学的研究を融合す
用いた。運動前野に注入された狂犬病ウイルスは逆行性
ることによって,この問題に取り組むことにした。生理
に視床に運ばれ,そこでシナプスを介して大脳基底核の
学的研究では,認知情報を動作制御情報に変換し,それ
出力部位である淡蒼球内節や黒質網様部に運ばれた。ラ
に基づいて実際の動作を実行する課題を考案した。この
ベルされた大脳基底核細胞の部位を解析した結果,運動
課題を遂行しているニホンザルの前頭葉より細胞活動を
前野の前方部と後方部は,大脳基底核の異なる部位から
記録したところ,運動前野がこれらの過程で中心的な役
主要な入力を受けていることが明らかとなった。
割を果たしていることが明らかとなった。同時に,運動
以上の結果は,動作制御情報の生成と,それに基づく
前野内の前後方向に機能分化が見いだされた。具体的に
実際の動作の実行過程において,運動前野は大脳基底核
は,1) 動作制御情報は前方部で強く表現されているこ
から複数の情報を受けていることを示唆している。
と,2) 実際の動作に関する情報は後方部で強く表現され
(8)側頭および頭頂連合野から外側前頭前野への多シナプス性入力様式
平田快洋(京都大学霊長類研究所)
外側前頭前野は,感覚・記憶などの様々な情報を統合
には,以下のような傾向があった。1) 9 野,46d 野への
および選択し,運動関連領野に出力を送る戦略的な位置
注入では,側頭連合野の内側に位置する傍海馬領域,頭
にある。このような脳部位の多シナプス性神経回路の全
頂葉の内側面(7m 野)および,頭頂間溝外側壁の尾側部
体像を明らかにすることは,多様な認知機能の神経基盤
(LIP 野)に標識ニューロンが分布していた。2) 46v 野へ
を統合的に理解する為にきわめて重要である。そこで
の注入では,側頭連合野の外側に位置する TE 野,およ
我々は,神経細胞特異的に感染し,シナプスを介して逆
び,頭頂間溝外側壁の吻側部(AIP 野を含む)に標識ニ
行性に感染が進行する狂犬病ウイルストレーサーをサル
ューロンが分布していた。3) 12 野への注入では,側頭連
外側前頭前皮質の背側部(9,46d 野)および腹側部(46v,
合野においては直接投射の強いの TE 野を除くと標識細
12 野)に各々注入し,記憶情報および視覚情報処理に関
胞は非常に少なく,一方で頭頂連合野では,46v 野への
わる側頭および頭頂連合野から前頭前野への入力に関わ
注入と同様に頭頂間溝外側壁の吻側部(AIP 野を含む)
る神経連絡の解析を試みた。まず,外側前頭前皮質(9,
に標識ニューロンが分布していた。以上の結果は,外側
46d,46v,12 野)にウイルスを注入した。注入の 3 日後
前頭前野はその背側部,腹側部で別個に,側頭および頭
には,注入部位に直接投射する 1 次ニューロンだけでな
頂連合野からそれぞれ 2 つのストリームで経シナプス的
くシナプスを越えて 2 次ニューロンが側頭連合野や頭頂
な入力を受けている事を示唆する。
連合野で標識された。標識された 2 次ニューロンの分布
294
研究会報告
(9)生体内線維連絡イメージングの下側頭葉顔認知システムへの適用
一戸紀孝(弘前大学医学研究科神経解剖・細胞組織学講座)
サル下側頭葉皮質は,顔を含む物体認知に関わる腹側
視覚経路の最終段階にあり,前部にあたる TE 野と後部
た。上記の結果は,TEO 野から TE 野への投射が強い影
響力を持っている事を示唆している。
にあり TEO 野より下位に属する TEO 野に分かれる。今
TE 野とそれに投射する TEO 野のスポットは高い相関
回我々は,最近我々が開発した蛍光トレーサーコレラト
を示していたものの,TE 野のスポットは,顔の構成パー
キシン-Alexa 555 注入による生体内線維結合イメージン
ツ(目,鼻,口)をシャッフルしたもの(シャッフル顔)
グを用いて,TE 野の顔に強く反応するスポットに投射す
よりも顔に対して有意に強く反応していた。しかし,こ
る小領域を TEO 野内に生体内で同定し,このスポットの
の傾向は,この部位に投射する TEO 野のスポットにはな
顔を含む視覚刺激に対する反応性を調べた。また,この
かった。また,TE 野と投射 TEO 野スポットは,顔と食
TEO 野の投射スポットに抑制性神経伝達物質 GABA ア
べ物を見せた時には高い相関を示したが,シャッフル顔
ゴニスト・ムシモルを注入し,その投射部位である TE
と食べものを見せた時には,相関が低下する傾向を見せ
野のスポットの視覚刺激反応性を調べた。
た。これらの結果と,報告されている TEO 野の小さな受
TEO 野の投射スポットの視覚反応性は,ランダムに選
容野あわせて考えると,TEO 野は顔の部分の情報を TE
んだ TEO 野のスポットに比べて,トレーサー注入部位で
野に送っているという考えを支持すると思われた。事実,
ある TE 野のスポットの視覚反応性とより高い相関を示
TEO 野において,reduction process を用いて critical feature
した。また,TEO 野の投射スポットへムシモルを注入す
を決めると,サルの髪の texture や,目と思われる feature
ることにより,TE 野の視覚反応性が大きく変わることを
である例が観察された。これらの結果に基づき,本研究
観察した。この大きな変動は,トレーサー注入部位では
会の発表では,TE 野の顔反応性への TEO 野の寄与につ
ない TE 野の記録では起こらず,また,TEO 野内の任意
いて考察した。
の部位へのムシモル注入では,起こらないことを確認し
295
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
9.感覚刺激・薬物による快・不快情動生成機構とその破綻
2009 年 10 月 1 日-10 月 2 日
代表・世話人:南
雅文(北海道大学薬学研究院薬理学研究室)
所内対応者:重本隆一(大脳皮質機能研究系脳形態解析研究部門)
(1)動物に『快』はあるか?
廣中直行(ERATO 下條潜在脳プロジェクト)
(2)嗅覚入力による快・不快情動生成と他感覚入力への影響
小早川高(大阪バイオサイエンス研究所神経機能学部門)
(3)過食という問題行動の脳基盤:脳内報酬系と味覚情報処理系の機能
八十島安伸(大阪大学人間科学研究科行動生理学研究分野)
(4)内臓刺激による不快感・痛みのメカニズム
尾崎紀之(金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野)
(5)双極性障害の神経生物学~脳にとって気分とは何か
加藤忠史(理化学研究所脳科学総合研究センター・精神疾患動態研究チーム)
(6)ストレス脆弱性形成とその修復過程におよぼす養育環境の影響
森信
繁(広島大学医歯薬学総合研究科精神神経医科学)
(7)情動理解のための文化人類学的基礎
池田光穂(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)
(8)痛みによる不快情動生成における分界条床核の役割
南
雅文(北海道大学薬学研究院薬理学研究室)
(9)痛み感受性および鎮痛薬感受性における個人差の遺伝子メカニズム
池田和隆(東京都精神医学総合研究所分子精神医学研究チーム)
(10)価値表象を実現する前頭葉報酬系の機能的役割:神経美学からの視点
川畑秀明(慶応大学文学部人間関係学系心理学専攻)
(11)感情についての現代哲学の理論
河野哲也(立教大学文学部教育学科)
(12)感情制御の発達における破綻と回復
-嘔吐体験がトラウマとなった小学生事例の治療経過から-
大河原美以(東京学芸大学教育心理学講座)
【参加者名】
雅文(北海道大学大学院薬学研究院)
,八十島安伸(大
古屋敷智之(京都大学医学研究科)
,斎藤顕宜(国立精神
阪大学大学院人間科学研究科)
,池田和隆(東京都精神医
神経センター)
,川畑秀明(慶應義塾大学)
,高橋宏明(日
学総合研究所)
,加藤忠史(理化学研究所脳科学総合研究
本たばこ産業株式会社)
,小早川高(大阪バイオサイエン
センター)
,廣中直行(科学技術振興機構 ERATO 下條潜
ス研究所)
,笠井慎也(東京都精神医学総合研究所)
,森
在脳機能プロジェクト)
,田口良太(エーザイ
(株)
筑波研
信
究所)
,伊早坂智子(国立精神神経センター)
,大河原美
福土
以(東京学芸大学)
,尾崎紀之(金沢大学)
,河野哲也(立
片寄洋子(東北大学大学院)
,加藤総夫(東京慈恵会医科
教大学)
,池田光穂(大阪大学コミュニケーションデザイ
大学)
,木村佳代(大阪大学)
,仙波恵美子(和歌山県立
ン・センター)
,高橋
医科大学)
南
296
弘(国立精神・神経センター)
,
繁(広島大学大学院)
,木村光夫(ライオン株式会社)
,
審(東北大学大学院)
,杉田
誠(広島大学大学院)
,
研究会報告
【概要】
セッション 1 では,先ず,廣中が,『動物に「快」は
情動モデルの普遍化・一般化に向かうが,文化人類学は,
あるか?』という問いに対し,薬物弁別実験の結果を紹
逆にその多様性ならびに「とんでもない情動経験」のパ
介するとともに,ラット海馬における律動脳波(シータ
ターンを異文化のなかにみてその多様化の原因をさぐろ
波)に着目した研究において,麻薬摂取に関連した文脈
うとするものであるとの話は新鮮であった。
(環境)との関連から,探索行動における報酬の予期が律
セッション 3 では,先ず,南が,痛みによる不快情動
動脳波発生と関連しているとの実験結果を示した。次に,
生成に分界条床核内 CRF 神経情報伝達が関与しており,
小早川は,背側の糸球を除去することにより腐敗物や天
CRF 受容体の下流に存在するプロテインキナーゼAの活
敵の匂いに対する先天的な忌避行動が消失することを示
性化が重要であることを報告した。さらに,分界条床核
した昨年度の発表の研究をさらに推し進め,背側糸球除
でのグルタミン酸情報伝達も痛みによる不快情動生成に
去マウスでは,種々の社会コミュニケーション行動に異
関与していることを示すとともに,結合腕傍核より分界
常が見られることを報告した。八十島は,摂食に伴う快
条床核にグルタミン酸神経投射があることを示し,本グ
情動やその制御破綻としての摂食異常について,「むち
ルタミン酸神経系が痛みによる不快情動生成に重要な役
ゃ喰い障害 (binge eating disorder, BED)」のモデルマウス
割を果たしている可能性について言及した。次に,池田和
作成とその神経機構の解析について発表した。腹側被蓋
は,ヒトにおける痛覚感受性や鎮痛薬感受性と遺伝子多
野におけるグレリン関連シグナル亢進により誘導される
型との関連について,麻薬性鎮痛薬の受容体であるµオピ
摂食に対する甘味溶液の過剰摂取訓練の影響についての
オイド受容体や G タンパク質制御性内向き整流性カリウ
研究成果を報告した。尾崎が,ラット胃のバルーン伸展
ム (GIRK) チャネルの遺伝子多型が,痛覚感受性や鎮痛薬
により内臓痛および不快情動が惹起されることを行動学
感受性の個人差に関与することを報告した。さらに,従
的解析と筋電図測定により示した。さらに,この動物モ
来の個別遺伝子多型解析手法に加え,現在進行中の網羅
デルを用いて,実験的胃潰瘍・胃炎が痛覚を亢進するこ
的遺伝子多型解析研究の途中経過についても紹介し,網
と,胃潰瘍に伴う痛覚亢進には神経成長因子が関与して
羅的遺伝子多型解析の可能性について言及した。このよ
いるとの研究成果を紹介した。
うなヒトゲノム解析研究手法は,情動研究においても重
セッション 2 では,先ず,加藤が,
『ストレスなどの環
要な役割を果たすことが期待される。続いて,川畑は,
境変化に伴うドパミン神経活動変化に際し,これを安定
神経科学,神経生理学の視点から美や芸術にアプローチ
化させる役割を有する神経系,すなわち「気分安定神経
する神経美学 (neuroesthetics) の立場から,fMRI によって
系」が存在し,この神経系の進行性機能障害あるいは変
絵画の美しさの評価中の脳活動を検討した研究をもと
性が双極性障害を引き起こす」という「気分安定神経系
に,美の絶対的評価と相対的評価,判断と表彰を切り分
仮説」を提唱し,神経細胞特的に変異ミトコンドリア
け,それらが眼窩前頭皮質から前部帯状回の異なる部位
DNA 合成酵素を発現するトランスジェニックマウスが
の活動が基礎となっていることを紹介した。河野は,哲
双極性性障害様の行動変化を示すことを報告した。次に,
学の立場から,感情(あるいは情動)は自然種(自然の
森信は,母子分離ストレスラットや産褥期うつ病モデル
中に本来的に分類のための切れ目がすでに入っている種
ラットに養育された仔ラットが学習性無力を示す,すな
類。例:水素と炭素)ではなく,人工種(人間がある領
わち,うつ病感受性が亢進すること,そのような仔ラッ
域に規約的に切れ目を入れているもの。例:成人と未成
トを「豊かな飼育環境 (Environmental Enrichment)」で飼
年)であるため,そもそも感情が何であるかは規約的に
育すると,うつ病感受性亢進が緩和されることを報告し,
社会によって定まること,感情を理性や知性と対比させ
幼少期の不遇な養育環境後に,養育支援による豊かな環
る図式は誤りで,感情は認知的内容によって種類分けさ
境を提供することによって,うつ病発症感受性の亢進が
れていること,感情は社会と関連していて,個人の態度
修復される可能性を示した。続いて,池田光が,
「情動理
である感情は社会的に評価を受けることについて論じ
解のための文化人類学的基礎」とのタイトルで講演を行
た。最後に,大河原は,子どもの心理治療を専門とする
った。「首狩り」を行う種族における「首狩りと情動」
臨床心理士の立場から,子どもの様々な心理的問題の根
の話を引き合いに出し,神経生理学あるいは脳科学では,
底に「感情制御の発達不全」があり,ネガティヴ感情(負
297
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
情動)制御の困難が,暴力や攻撃性,不安の身体化とし
を構築することを試みた。本研究会は,
『従来は,異なっ
ての心身症,不登校,自殺企図などを生じさせることを
た学会,あるいは,異なったセッションやシンポジウム
指摘し,「感情制御の発達不全」がネガティヴ感情に対
で研究成果発表や討論が行われてきたものを,「快・不
する脆弱性として顕在化した事例の心理治療のプロセス
快情動」をキーワードとして一堂に集め,密度の濃い研
の紹介を通して,大人から情動を否定される経験が,子
究成果発表と討論を行うことにより,本邦における情動
どもの心理的健康の破綻を生み出すマクロのプロセスに
研究のレベルを一気に高め,我が国のこの分野での国際
ついて論じた。
貢献に資することを目的とする。』という研究会の目的
本研究会は,「感覚刺激・薬物による快・不快情動生
に十分合致したものであった。突っ込んだ討論を行うた
成機構とその破綻」をテーマとし,平成 20 年 11 月に行
め,1 演者あたりの持ち時間を 40 分としたが,それでも
われた第 1 回目の研究会では,特に,情動の神経機構お
討論の時間が不足していたことが残念であった。平成 20
よびその破綻である精神疾患・情動障害について,情動
年度の第1回および本研究会では,ラット・マウスなど
の神経機構を研究する生理,薬理,分子生物などの基礎
の齧歯類を用いた生物学の基礎的研究と,ヒトでの臨床
研究者とうつ病や不安障害,薬物依存を研究する臨床研
医学的研究および人文社会学的研究の講演であった。今
究者との討論の場とすべく講演者の人選を行い,興味深
後,線虫やショウジョウバエ,ゼブラフィッシュなどの
い発表と活発な討論が行われた。第 2 回目である本研究
非哺乳類を用いた研究や齧歯類・ヒト以外の哺乳類を用
会では,情動研究が発展していくためには,文理融合型
いた研究を進めている研究者にも講演を依頼し,「情動
の新しい学術領域の創成が必要ではないかとの考えのも
とはそもそも何であるのか」という情動の起源について
と,基礎生物研究者と臨床医学研究者に加え,哲学,文
討論することを目指した研究会を開催し,本邦における
化人類学,実験心理学,臨床教育学の研究者にも講演を
情動研究のレベルアップに貢献したい。
依頼し,生物系研究者と人文社会系研究者との討論の場
(1)動物に「快」はあるか?
廣中直行(ERATO 下條潜在脳プロジェクト)
快と不快は情動を構成する最も基本的な次元の一つで
注目,精神疾患におけるアンヘドニアの問題への対処な
ある。味覚刺激に対する反応を調べると,生後まもない
ど,基礎・臨床両面にわたって快情動を研究する重要性
ヒトの新生児にも快と不快の表出が認められる。快と不
が認識されるようになっている。
快を表出する神経機構は生得的にヒトに備わっていると
動物の「快」情動の研究において,脳内のいわゆる「報
考えられる。このような神経機構は進化の産物であり,
酬系」,すなわち中脳-辺縁系のドパミン神経が主軸に
ヒトと動物の情動表出に基本的な連続性があることも,
なってきたことはまず間違いない。またその研究法とし
Darwin 以来ひろく認められている。
て,麻薬や覚醒剤などの依存性薬物が一定の役割を果た
にもかかわらず,ヒト以外の動物に「快」情動が存在
してきたことも確かである。だが,依存性薬物が報酬系
するのかどうかは,まだわかってないと言った方が良い。
に作用するとして,そのとき動物は「快」を感じている
これは,動物の行動に関する擬人的な説明を避けるとい
のだろうか?
う研究者の慎重な態度が一因であろう。しかしその他に
きるのだろうか?
も,恐怖や攻撃に比べて「快」を想定できる行動表出の
物弁別」の実験を紹介し,ニコチンやコカインの効果を
種類が少ないこと,快情動に関与する脳内の責任部位が
ラットやサルがどのように自覚したと考えられるかを検
特定できないことなど,いくつかの理由がある。適切な
討する。生体内の感覚に基づく弁別行動は,現在のとこ
動物モデルが存在しないことから,快情動の生物学的研
ろ,動物の「内的」な状態を評価する代表的な方法と言
究は困難ではあるが,意思決定における情動の役割への
える。次に,麻薬摂取に関連した報酬の予期と探索とい
298
それをどのような方法で調べることがで
ここでまず,我々が実施してきた「薬
研究会報告
う側面から,我々がラットの海馬で見出した律動脳波
を把握することはできるだろう。しかしながら,どの時
(シータ波)の知見を紹介し,感覚入力から情動価の評価,
点で生じるどのような反応が「快」なのかを特定するこ
意思決定を経て運動出力に至るまでの神経活動をネット
とはほぼ不可能に近く,動物で想定される「快」とは,
ワークとしてとらえる観点について述べる。情報がネッ
我々が日常的に考える「快」との間には乖離がある。だ
トワークの中をめぐるうちに情動価が生じるという考え
が,それを逆に言えば,実は我々は自分自身の「快」に
は Papez 以来いくつか提唱されているが,現在でもその
ついて,あまりよくわかっていないということなのかも
基本構想は妥当であるように思われる。
知れない。もしそうであるならば,動物の行動や神経回
動物の行動レベルでは,ある刺激に対する応答的な反
路・生化学的なメカニズムを研究することによって,人
応と,その刺激に対する接近・摂取という能動的な反応
間の「快」に関する新たな洞察を得ることもできるだろ
の両面から「快」に関連する神経活動や生化学的な変化
う。
(2)嗅覚入力による快・不快情動生成と他感覚入力への影響
小早川高(大阪バイオサイエンス研究所神経機能学部門)
匂い分子は鼻腔の嗅上皮に局在する嗅細胞によって感
た。これらの結果から,マウスの匂いに対する忌避行動
知され,その情報は脳の嗅球へと伝達される。嗅上皮に
は背側の嗅細胞によって先天的に制御されていることが
はゾーン構造,嗅球にはドメイン構造と呼ばれるそれぞ
初めて明らかになった。
れ空間的に定義される領域分けが存在している。しかし,
匂い分子に対する応答を解析した結果,嗅球の背側ド
これらの領域が匂い認識に対して果たす固有の役割は解
メインの糸球は腐敗臭や天敵臭などの忌避性の匂い分子
明されていなかった。嗅上皮の背側ゾーンまたは腹側
のみではなく,マウスの社会コミュニケーション反応に
ゾーンに特異的に発現する遺伝子プロモーターを用いて
関わることが知られている匂い分子によっても活性化さ
Cre 組み換え酵素を発現するノックインマウスと,Cre 組
れることが明らかになった。また,背側除去マウスにお
み換え酵素が存在する条件下で神経細胞特異的にジフテ
いては様々な種類の社会コミュニケーション行動に異常
リア毒素 A 断片遺伝子を発現するノックインマウスとを
が認められた。例えば,オスの背側除去マウスは縄張り
かけ合わせる方法で,背側ゾーンまたは腹側ゾーンの嗅
に侵入したオスマウスに対して,野生型マウスのように
細胞が特異的に除去されたミュータントマウス(神経回
攻撃行動を示さずに性行動を示した。背側除去マウスで
路の改変マウス)を作り出した。
あっても性分化は正常であったし,尿の匂いを基に雄と
背側ゾーンの嗅細胞を除去した神経回路の改変マウス
(背側除去マウス)では,腹側ゾーンの嗅細胞が除去され
ずに残されているので,腐敗物の由来の匂い分子や,天
雌とを区別することも可能であった。これらの結果から,
背側の嗅細胞によって性行動や攻撃行動に影響を与える
情動が先天的に制御されていると考えられた。
敵から分泌される匂い分子を感知することができたし,
背側除去マウスにおいてはジフテリア毒素遺伝子の発
これらの匂い分子の微妙な化学構造の違いを区別して関
現が胎生期から開始する。従って,背側除去マウスは背
連学習することもできた。ところが,背側除去マウスは
側の嗅細胞に由来する様々な種類な情動の入力を失った
野生型マウスと異なり,腐敗物や天敵に由来する匂い分
という特殊な状況で生育すると考えられる。このような
子に対する先天的な忌避行動を全く示さなかった。一方,
環境下で生育した個体に対して不快刺激を与えた際の脳
背側除去マウスであっても,嫌悪学習を行った場合には
内のストレス経路の活性化や行動に与える影響を報告す
匂いに対する忌避行動を示した。これに対して,腹側の
る。嗅覚による快・不快の情動の入力が他の感覚入力に
嗅細胞を除去した神経回路の改変マウス(腹側除去マウ
よる情動の生成にも影響を与える可能性を議論する。
ス)は,腐敗物の匂いに対する先天的な忌避行動を示し
299
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(3)過食という問題行動の脳基盤:脳内報酬系と味覚情報処理系の機能
八十島安伸(大阪大学人間科学研究科行動生理学研究分野)
何をどのくらい食べるのかという問題は,動物やヒト
をし,かつ,嘔吐や排泄などの不適切な代償行動を伴わ
では生命維持のための根本問題であり,その対処のため
ない過食を「むちゃ喰い障害 (binge eating disorder, BED)」
にさまざまな脳機能が用いられている。摂食は生得的行
と呼ぶ。BED では生理学的な摂食調節が機能不全に陥
動ではあるが,その一方で,何を食べることができるの
り,また,アイスクリーム,ケーキやポテトチップスな
か(できないのか)ということは学習によって獲得して
どの高カロリーでおいしい食物を大量摂取する。そのた
いくことが多い。摂食では,快・不快という情動も喚起
め,BED 様過剰摂取行動は,嗜好性に基づく摂食が異常
され,摂食に関連した情動記憶も形成される。また,摂
亢進することで生じるとも考えられる。BED 様過剰摂食
食には恒常性を維持するための摂食と,嗜好性に基づく
行動の背景にある脳基盤を研究するために,動物モデル
摂食がある。後者は,心理学でいうところの情動性摂食
の作製が必要である。そこで,我々は,マウスを用いて,
とも重なる点が多い。このように,摂食行動は学習,情
制限呈示手続きと呼ばれる方法を応用し,甘味溶液を
動,そして動機づけに関連する脳機能が複雑に関わる行
ターゲットとする選択的過剰摂取行動の行動モデルを作
動である。近年の傾向として,ストレスや心理的負担に
製中である。この甘味溶液の過剰摂取行動の脳基盤にお
起因した摂食異常や嗜好性食物の食べ過ぎが多くの人で
いて,脳内報酬系の機能的変化を調べ始めた。特に,腹
見られ,結果として,食の快に溺れてしまったり,過食
側被蓋野の機能的変化の物質基盤として,グレリン関連
をしたりする場合がある。つまり,摂食には,生命維持
シグナルに着目し,その役割を検討するために,腹側被
のための生理的機能がある反面,食べ過ぎや摂食依存と
蓋野へのグレリン注入によって誘導される摂食が甘味溶
いうリスクともなり得る一面もある。我々は,摂食に伴
液の過剰摂取訓練後に影響を受けるかどうかを検討しつ
う快情動やその情動記憶の制御破綻としての摂食異常の
つある。また,甘味溶液の過剰摂取行動の形成や維持に
生物学的背景の解明を目指している。自己制御不能な強
おいて,大脳皮質味覚野での高次な味覚情報処理が必要
い摂食衝動による過食,すなわり,短時間で大量の摂食
であるのかどうかを調べ始めたので報告したい。
(4)内臓刺激による不快感・痛みのメカニズム
尾崎紀之(金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野)
内臓の痛みは,さまざまな疾患に伴って起こり,患者
てきた。また内臓の痛みは,さまざまなストレスによっ
が医療機関を受診する大きな理由で臨床的に重要である
て修飾されることが報告されている。動物実験において
が,そのメカニズムには不明な点が多い。近年,機能性
も,ストレスが腸の痛覚過敏を引き起こすことが報告さ
胃腸症,過敏性腸症候群,間質性膀胱炎など,機能性の
れ,機能性胃腸症のモデルとして提唱されている。
痛みを伴う疾患が注目を集めるにつれて,内臓の痛みの
我々は,これまで,情動の変化を伴いやすい内臓痛の
研究は急速に増加している。その結果,内臓の痛みは,
メカニズムを明らかにするため,動物を用いた胃の痛覚
そのメカニズムが体性痛とはさまざまな点で異なってい
の評価方法を開発してきた。ラットの胃のバルーン伸展
ることが明らかにされてきた。消化管に代表される内臓
は動物に,痛みあるいは少なくとも不快感を引き起こす
痛には,1. 局在性がない,2. 関連痛を伴うことがある,
ことを明らかにし,その程度は筋電図の測定で定量的に
3. 痛みを引き起こす適刺激が皮膚の痛み受容器とは異
評価できることを示してきた。また,このモデルを用い
なり,必ずしも組織損傷を伴わない,などに加え,4. 自
て,実験的胃潰瘍や胃炎では胃の痛覚が亢進し,胃潰瘍,
律神経系反射や,情動の変化を伴いやすいことがわかっ
胃炎に伴う胃の痛みのメカニズムの解析に有用であるこ
300
研究会報告
とを示し,とくに,胃潰瘍に伴う胃の痛覚の亢進には神
て,私たちのこれまでのデータを紹介し,さらに私たち
経成長因子が関与していることを明らかにしてきた。
が最近行っている機能性胃腸症モデル開発の試みについ
研究会では,胃の痛覚の評価法,器質性の胃腸症であ
て紹介したいと考えている。
る胃潰瘍や胃炎における痛覚過敏のメカニズムについ
(5)双極性障害の神経生物学~脳にとって気分とは何か
加藤忠史(理化学研究所脳科学総合研究センター・精神疾患動態研究チーム)
双極性障害(躁うつ病)は,躁とうつという,両極端
な病相 (episode) の再発を繰り返すことによって,社会生
コンドリア機能障害および小胞体ストレス反応障害に着
目して研究を行っている。
活の障害を来す疾患である。以前は感情障害と呼ばれて
双極性障害の特徴的な臨床経過と,生物学的研究の成
いたが,感情の中でも,秒~分単位の事象である一次的
果に基づき,我々は,「気分安定神経系仮説」を提唱し
情動とは異なり,週~月の単位で持続し,全ての感情の
た (Kato, Trends in Neuroscience 2008)。ストレスなどの環
基底となる基本的情動である「気分 mood」の障害である
境変化に伴うドーパミン神経系の活性変化に際し,これ
ことから,うつ病と共に「気分障害」に位置づけられた。
を安定化させるような神経系,すなわち「気分安定神経
古くから統合失調症と並んで二大精神疾患とされてきた
系」が存在し,遺伝的要因に基づく細胞レベルのストレ
が,その原因は未だ完全には解明されていない。
ス脆弱性を有する者では,この神経系が進行性に機能障
双極性障害の初発時にはストレスが契機となることも
害あるいは変性に至るのではないか,という仮説である。
多いが,病相反復と共に病相間隔が短縮し,再発病相で
我々は,神経細胞特異的に変異ミトコンドリア DNA
はストレスの意義は小さくなる。年に 4 回以上の病相を
(mtDNA) 合成酵素を発現するトランスジェニックマウス
伴う急速交代型になってしまうと,もはや気分安定薬は
が,双極性障害様の周期的行動変化を示すことを報告し
有効ではなくなってしまう。
たが,現在,この表現型に関わる脳病変を探索するため,
遺伝学研究では,ANK3 および CACNA1C という,い
2+
変異 mtDNA 蓄積部位を検索中である。
ずれも Ca イオン輸送に関わる遺伝子との関連が報告さ
このマウスは,明暗 (12:12h) 条件で,明期初期に行動
れている。脳画像研究では,脳室拡大が一致した所見で
量が多い特徴を示すが,暗期の光照射で行動量が抑制さ
あるが,脳内の体積減少部位については一致した見解に
れる,「光マスキング効果」の異常も示した(Kasahara
至っていない。T2 強調 MRI では,皮質下高信号領域の
ら,未発表データ)ことから,光マスキング効果に関わ
2+
増加が一致した所見である。血液細胞では,Ca 濃度の
る神経系がその原因神経系の候補の一つである可能性が
上昇が報告されている。また,気分安定薬であるリチウ
考えられた。もしそうであれば,光などの外部環境に応
ムおよびバルプロ酸は,いずれも神経保護作用を有する。
じて行動量を制御する神経系こそが「気分安定神経系」
これらを総合して考えると,双極性障害は,神経細胞
の実体であり,気分とは,こうした脳機能の主観的体験
レベルでの細胞ストレスに対する脆弱性を伴う疾患と考
(クォリア)であると考えることもできよう。
えられる。我々は,その脆弱性の分子基盤として,ミト
(6)ストレス脆弱性形成とその修復過程におよぼす養育環境の影響
森信
これまでに報告されたレトロスペクティブな疫学研
繁(広島大学医歯薬学総合研究科精神神経医科学)
究から,幼少期の不遇な養育環境は成長後のうつ病発症
301
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
感受性を亢進させるなど,ストレス脆弱性の形成に関与
試験を用いた NI・PD モデルの実験結果でも,NI ラット
することが報告されている。しかしながらプロスペクテ
や PD モデルラットに養育された仔ラットが,成長後に
ィブな研究は極めて少なく,本当に不遇な養育環境が成
有意に LH になりやすいことを示していた。また NI ラッ
長後のストレス脆弱性を亢進させるのかについては,そ
トや PD モデルラットに養育された仔ラットを,離乳後
の脳内メカニズムも含めてまだまだ現時点では未解明と
に豊かな環境 (Environmental Enrichment) で飼育すると,
考えられる。
うつ病感受性の亢進は修復される結果も得ている。NI
このような背景から我々はラットを用いた研究であ
モデルによるうつ病発症感受性亢進の脳内機序には,海
るが,母子分離 (NI)・養育期の明暗調節・産褥期うつ病
馬の LIMK1 遺伝子発現の障害を介した,樹状突起スパ
(PD) モデルによって,仔ラットの成長後のストレス脆弱
インの形成障害が関与していることを示している。PD
性が正常飼育群とどのように変化するかを解析してい
モデルによる感受性亢進の機序には,海馬のグルココル
る。
チコイド受容体の減少に伴う HPA 系の障害が関与して
我々の NI を用いた研究結果は,NI を受けて育ったラ
いることを示している。
ットは拘束ストレスに対して視床下部―下垂体―副腎皮
今回の動物実験結果は,幼少期の不遇な養育環境が,
質(HPA)系のネガティブフィードバック(NF)の障害を示
その後のストレス脆弱性亢進を導き,その結果うつ病
し,低養育環境による HPA 系の機能不全を報告した
発症感受性が亢進する可能性を示唆している。その一
McGill 大学の Meaney らの一連の研究成果を支持する所
方で,幼少期の不遇な養育環境後に,養育支援による豊
見であった。このような研究結果は,うつ病患者で HPA
かな環境を提供することによって,うつ病発症感受性の
系の NF の障害が報告されていることから,幼少期の不
亢進が修復される可能性も示している。このような一連
遇な養育環境は HPA 系の脆弱性を介してうつ病発症感
の研究結果は,成長後のストレス反応性形成に関与する
受性を亢進させる可能性があると考える。
要因として,養育環境が重要であることを示唆している
具体的にラットうつ病モデルである学習性無力 (LH)
と思う。
(7)情動理解のための文化人類学的基礎
池田光穂(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)
文化人類学者が「情動に関する神経生理学」研究者た
間の情動をどのような観点から研究するのか?
ちの学術集会に招待された時に,彼/彼女は,生理学者た
人類学における研究対象である異民族は,その表面的
ちの研究発表にどのようにして耳を傾け(できるか否か
差異という特徴も手伝って,当初は「浅い観察」あるい
は不問にして)どのように理解しようと試み,どのよう
は「薄い記述」でも十分仕事ができる時代があった。し
にコメントをおこなおうとするのか。またこの種の「居
かし人類学研究が異文化間の相互理解に与する可能性が
心地の悪い客」はどのように,その異種[格闘技的]共
浮上すると,より「深い観察」による「厚い記述」が求
存の場を平和裡にやりすごそうとするのか,ということ
められるようになってくる (Geertz 1973)。1980 年代「表
が本発表者の最大の関心である。そこで人類学者は〈異
象の危機」と言われた時期以降,人びとの情動をどのよ
民族に関する文化現象を分析しその社会を理解する専門
うに理解するかの問題は,人類学者の理解の公準として
家〉であるという自己定義を表明する以上に,神経生理
の〈社会的文脈と解釈者主観の尊重〉により複雑な過程
学者のために「役に立つ」存在であることをアピールしな
のなかでのみ可能であると言われるようになる
ければならない(でないと次回から呼んでもらえない)。
(Rosaldo 1989)。情動というテーマは客観的記述の邪魔に
人類学という学問分野が神経生理学者たちに具体的にど
なる雑音ではなく,固有の文化に拘束される人間存在の
ういう意味をもつのかを次の 3 つの観点から論じる。
様式理解の手がかりへと変化したのである。
(1) 人類学者は,自らの専門領域の枠組みのなかで人
302
(2) 人類学者のあつかう「人間の情動」と神経生理学
研究会報告
者のあつかう「それ」とは,いかなる共通点と相違点を
いるのだと私は考えている。
(3) 神経生理学者は,人類学者の言う「御託」に耳を
もつのか?
情動をあつかう人類学内部での最大の論点は,文化的
傾けることで何か役に立つことはあるのか?
様式というものがどの程度まで人間の生物学的普遍性に
人類学者が,ある社会の人びとの「情動」について研
根ざすものなのか,それとも文化的修飾によりほとんど
究するとは,その社会の人びとがそのように名付けられ
無尽蔵の可塑性をもつのかというということである。前
た経験を具体的にどのように生きるのかということにつ
者の論点の極北は神経生理学のそれと完全に一致し,後
いて調べることである。これは心や意識について自然科
者の南極はすべての情動は文化で説明できるはずだとい
学の観点から探究する研究者にとっては検討に値しな
う極端な文化主義者である(これを「強い文化主義」と
い,日常感覚から導き出されてきた常識すなわちフォー
呼ぼう)。多くの人類学者は,人間は生物学的基盤をも
ク・サイコロジーによる説明に他ならない。おいしい純
つ の で ,「 全 て の 人 間 に あ て は ま る 合 意 (consensus
米焼酎をとり出す技術者にとっての麹粕のようなもの
gentium)」は,人間の普遍性(共通性)を基盤にして後
だ。ガリレオ『天文対話』のシンプリシオは,研究者は
天的に学びうる文化的修飾の部分を守備範囲とする立場
〈言葉〉に酔ってはだめで〈モノ〉に語らせなければなら
を と る ( こ れ を 「 弱 い 文 化 主 義 」 と 呼 ぶ )(Kroeber
ないと忠告した。従って「役に立つことはない」という
1953:516)。パラダイムならびに方法論の違いにより,文
のが最初の「浅い結論」である。しかし神経生理学者も
化的修飾をバイアスか雑音(よくて変数)とみる傾向を
また研究論文という〈言葉〉を扱う動物である以上,そ
もつ神経生理学者と,その探求を学問上の使命
の言語と概念の使用について,辛辣な人類学者の助言に
(imperative) に他ならないとする人類学者の違いがある
より,より正確に〈モノ〉に語らせることができる。つ
が,後者の多くは折衷主義者である。なぜ折衷主義者な
まり「役に立つこともあるだろう」が最後の「深い結論」
のかという理由は,人類学がもともと自然科学から派生
になる。
した学問であり,いまだ客観性への信仰の痕跡を残して
(8)痛みによる不快情動生成における分界条床核の役割
南
雅文(北海道大学薬学研究院薬理学研究室)
痛みは,侵害刺激が加わった場所とその強さの認知に
底にあるものと考えられる。しかしながら,慢性疼痛に
関わる感覚的成分と侵害刺激受容に伴う不安,嫌悪,恐
よる情動機構の可塑的変化のメカニズムはおろか,痛み
怖などの負の情動(以下,不快情動と呼ぶ)の生起に関
による不快情動生成の神経機構についてもほとんどわか
わる情動的成分からなる。痛みによる惹起される不快情
っていないのが現状である。
動は,私たちを病院へと赴かせる原動力であり,生体警
我々は,痛みによる不快情動生成機構について,情動
告系としての痛みの生理的役割にとって重要である。し
との関連が強く示唆されている扁桃体 (amygdale),およ
かしながら,慢性疼痛では,痛みにより引き起こされる
び扁桃体中心核や無名質とともに「extended amygdala」
不安,抑うつ,恐怖などの不快情動が,患者の QOL を著
を構成する脳領域である分界条床核に着目して研究を進
しく低下させるだけでなく,精神疾患あるいは情動障害
めている。昨年度の本研究会では,痛みによる不快情動
の引き金ともなり,また,そのような精神状態が痛みを
生成における腹側分界条床核内ノルアドレナリン情報伝
さらに悪化させるという悪循環をも生じさせる。北米で
達の役割,すなわち,腹側分界条床核において痛み刺激
の調査によると,慢性的な痛みを有している人では,気
によりノルアドレナリン遊離が促進され,このノルアド
分障害,不安症,うつ状態などの精神疾患・情動障害を
レナリンによるβ受容体-アデニル酸シクラーゼ-PKA
患う割合が有意に高くなることが示されており,持続
系活性化が,痛みによる不快情動生成に重要であること
的・反復的な痛みによる情動機構の可塑的変化がその根
を報告している (J. Neurosci., 28: 7728-7736 (2008)。本口
303
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
演では,背外側分界条床核における CRF 受容体を介した
射するグルタミン酸神経も痛みによる不快情動生成に関
cAMP-PKA 系活性化が痛みによる不快情動生成に関与し
与している可能性について,私たちの研究成果を紹介し,
ていること,さらには,結合腕傍核より分界条床核に投
ご批判を頂戴したい。
(9)痛み感受性および鎮痛薬感受性における個人差の遺伝子メカニズム
池田和隆(東京都精神医学総合研究所分子精神医学研究チーム)
痛みは危険を伝える重要で原初的な生体防御システム
の関連を検討した。解析対象遺伝子としては,従来の研
である。従って,痛覚システムの大部分は遺伝子によっ
究で鎮痛における重要性が指摘されていた,ミューオピ
てプログラムされていると考えられる。また,痛み感受
オイド受容体 (MOP) やそのシグナル伝達経路を担う分
性には個人差があり,この個人差にも遺伝要因が考えら
子群に注目した。鎮痛薬感受性の調査の際は,疼痛刺激
れる。一方,過剰な痛みを取り除く鎮痛システムも生体
自体の個人差を最小限とするために,画一的な手術を受
には備えられている。鎮痛システムは鎮痛薬によって活
けた患者を対象とした。その結果,解析した遺伝子の中
性化されるが,鎮痛薬感受性にも大きな個人差があるこ
で,MOP や G タンパク質活性型内向き整流性カリウム
とが知られている。世界保健機関がん疼痛治療指針の五
(GIRK) チャネルの遺伝子多型(遺伝子配列の違い)が,
原則の一つに,
「患者ごとに適量を求めること」が挙げら
痛み感受性や鎮痛薬感受性の個人差に関与することが判
れていることからも,鎮痛薬感受性個人差は適切な疼痛
明した。
治療を難しくする大きな要因であることが推察される。
これらの研究の成果はテーラーメイド疼痛治療に道を
また,鎮痛薬感受性個人差にも遺伝要因が考えられてき
拓くものであり,近い将来,個々人での鎮痛薬適量を鎮
た。
痛薬投与前の遺伝子検査によって予測できるようになる
演者らは,鎮痛薬感受性が異なるマウス系統を調査し,
可能性がある。また,痛みと鎮痛の遺伝子メカニズムの
その遺伝子メカニズムを解明してきた。これらの研究成
解明は,痛みや鎮痛による情動発現のメカニズムの解明
果をヒトに応用するために,健常者や鎮痛薬投与患者を
に繋がると期待できる。痛みと鎮痛の遺伝子研究は,心
対象として,痛覚感受性や鎮痛薬感受性と遺伝子多型と
の源流の発見に貢献するかもしれない。
(10)価値表象を実現する前頭葉報酬系の機能的役割:神経美学からの視点
川畑秀明(慶応大学文学部人間関係学系心理学専攻)
fMRI など人の脳の活動から精神活動を測定する研究
が盛んになるにつれて,神経科学の視点から美や芸術へ
大脳辺縁系の脳の様々な部位が美の知覚と関係している
ことが分かるようになってきた。
アプローチがなされるようになってきた。このアプロー
喜びや幸福,満足感を得ることは人間性の基盤として
チは神経美学 (neuroesthetics) とよばれ,神経経済学とと
重要な主観的感情である。喜びや満足感を得る対象は,
もに人文社会科学と自然科学との融合研究としての脳科
金銭的報酬や欲しいものを得たときのような経済(消費)
学として近年注目されている。絵画や図形などの視覚刺
活動の場合もあれば,好きな音楽や絵画を鑑賞したり表
激に対する視覚的美しさの知覚や選好と関連した脳の活
現したりする芸術活動の場合もある。
動が調べられ,美を芸術作品や自然などの対象に対して
本発表では,人間が芸術作品について美しさ/醜さを感
快く感じられたり,感嘆の念を感じられたりするような
じるときの脳内基盤や,事物に対する欲求や望ましさの
評価や価値の高い状態(体験)としてとらえ,前頭葉や
脳内基盤とは何か,を切り口として,価値表象を実現す
304
研究会報告
る前頭葉報酬系の機能的役割について報告する。
(2) 美的評価を伴わない課題において,潜在的な価値
表象が脳の活動として見られることを報告する。
特に,
(1) fMRI によって絵画の美しさの評価中の脳活動を検
(3) 判断する視対象のカテゴリに依存した脳活動と,
討した発表者らの研究をもとに,美の絶対的評価と相対
美や欲望を判断する際のそれぞれの脳活動部位の共通性
的評価,判断と表象を切り分け,それらが眼窩前頭皮質
について明らかにする。また,美と欲望の判断に共通し
から前部帯状回の異なる部位の活動が基礎となっている
てみられる眼窩前頭皮質と前部帯状回の活動について紹
ことを紹介する。
介する。
(11)感情についての現代哲学の理論
河野哲也(立教大学文学部教育学科)
感情や情動といった言葉は日常用語です。心理学者も
で,分類が難しく,単純な感覚に還元できないのは,感
生理学者も,一旦,その日常的な意味や定義を受け入れ,
情が認知的内容によって区別されるからです。昆虫や魚
それに基づいて研究協力者の行動を規定し,その脳生理
類には感情は無いように思われるのは,それらの生き物
学的な対応物を研究します。私の発表では,哲学の立場
の認知的能力が低いからです。感情を人間の知的側面と
から,感情とはそもそも何なのかを考えていきたいと思
対比させ,感情を理性や知性に対立するもの,それらが
います。
欠如したものとして扱うことは誤りです。
まず,
「感情(あるいは,情動,emotion)」について言
最後に指摘すべきは,感情の社会性です。感情は,認
えるのは,それが自然種ではなく人工種だということで
知的内容と結びついた一種の態度です。それは単純な感
す。自然種とは,自然の中に本来的に分類のための切れ
覚ではなく,知的能力に対立するものでもありません。
目がすでに入っている種類のものです。たとえば,水素
私たちは,欲求(食欲,睡眠欲,性欲など)に対してそ
や炭素,トップクォークやアミノ酸などがそうです。こ
れが生じることを社会的に批判しませんし,逆に称賛も
れに対して,人工種とは人間がある領域に規約的に切れ
しません。しかし,ある種の感情に関しては,私たちは
目を入れているものです。たとえば,成人や未成年,発
社会的に批判し(嫉妬,憤激,卑下など),別の感情を賞
展途上国と先進国,知的遅れや優秀児などがそうです。
賛したり,擁護したりします(慈愛,博愛,寛恕など)。
感情は後者に属する概念です。感情が何であるかは規
これは感情が個人の態度であり,それを社会的に評価す
約的に社会によって定まります。このことは,概念定義
る文脈があることによります。感情が理性と対立すると
を歴史的に追って行けば明らかになります。発表では,
言われるとき,そこでは実は個人と社会のあいだに葛藤
情念 (passion) と感情 (emotion) と動機 (motivation) が歴史
が生じているのです。この観点から,哲学者のヌスバウ
的にどのように分岐して,心理学の中で用いられるよう
ムは新しい民主主義社会における感情教育の可能性につ
になったかを説明いたします。
いて示唆しています。こうした感情の社会性とその道徳
もうひとつ感情について指摘すべきは,それを理性
(reason) や知性 (intellect) と対比させる図式が誤っている
的な教育との関連性についても,議論してみたいと思い
ます。
ことです。感情は一体いくつあるでしょうか。感情はひ
(*) 本発表は,科研費研究「心と行為の哲学的分析によ
とつの感覚でしょうか。たとえば,怒りとはある種の興
る倫理的諸概念の解明――モラル・サイコロジーからの
奮状態だと言ってよいでしょうか。あるいは,感情と気
接近――」
(基盤 (B) 21320009)から支援を受けています。
分との違いはなんでしょうか。感情の区別が極めて多様
305
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(12)感情制御の発達における破綻と回復
-嘔吐体験がトラウマとなった小学生事例の治療経過から-
大河原美以(東京学芸大学教育心理学講座)
筆者は,子どもの心理治療を専門とする臨床心理士で
ヴ感情の表出を否定的に語り,適切な感情語彙を与えな
あり,これまでその臨床実践を研究の対象としてきた。
いというコミュニケーション不全の問題を指摘し,脳内
教育現場で見られる子どもたちの心の育ちをめぐる問
での感情の情報処理過程におけるダブルバインド状態に
題は,きわめて深刻な事態に陥っている。筆者は,これ
注目してきた。筆者が「生理現象としてのネガティヴ感
までの臨床経験を通して,子どもたちのさまざまな心理
情」と認識してきたものは,まさに「原始感覚と情動」
的な問題の根底に,
「感情制御の発達不全」をみることが
と言い換えることができる。
できることを指摘してきた。不安,恐怖,嫌悪,怒り,
本発表では,
「感情制御の発達不全」がネガティヴ感情
悲しみなどのネガティヴ感情を解離させてしまい,その
に対する脆弱性として顕在化した事例の心理治療のプロ
発達のプロセスの中で自己に統合することができない
セスの記述を通して,生体防御反応としての原始感覚と
と,その制御に困難をきたし,そのためにさまざまな問
情動を,大人から否定される経験が,子どもの心理的健
題行動や症状を呈することになる。ネガティヴ感情制御
康の破綻を生み出すマクロ(人間の相互作用)レベルで
の困難は,暴力や攻撃性の暴走,不安の身体化としての
のプロセスを示す。当日は,学校での嘔吐経験がトラウ
心身症,不登校,自殺企図やリストカットなどの自傷行
マとなり心身症としての嘔吐が生じた事例(小 4 男子)
為を生じさせ,さまざまな子どもの心理的問題の源とな
と,嘔吐にまつわる強迫症状を呈した事例(小 4 男子)
る。ネガティヴ感情を,自己の中に統合することができ
の 2 事例の治療援助過程を報告する予定である。
ない姿は,過剰適応的な「よい子」の自分と,ネガティ
不快感情を表出することなく,大人の指示に従う子ど
ヴ感情制御困難な「悪い子」の自分との解離を特徴とす
もを「よい子」とみなす現代社会においては,大人の理
る自己を構成し,ネガティヴ感情の暴走としての攻撃性
想と子どもの生体防御反応は対立し,そのために子ども
と,ネガティヴ感情に対する脆弱性という相補的な方向
たちの感情制御の力が育たないという深刻な問題が起こ
性をもつ形で症状化する。また,感情の認知・言語化が
っている。原始感覚と情動の否定が脳の情報処理過程に
困難なアレシキサイミア状態を呈することも特徴として
おいてどのような影響を与え,子どもの感情制御の発達
あげられる。
不全をもたらすのか,脳生理学分野との協働により明ら
筆者は,
「感情制御の発達不全」に陥る理由として,親
(や重要な養育者)が子どもの生理現象としてのネガティ
306
かになることが,いま切実に求められている。
研究会報告
10.シナプス機能と病態
2009 年 12 月 14 日-12 月 15 日
代表・世話人:高橋琢哉(横浜市立大学大学院・医学研究科・生理学)
所内対応者:重本隆一(生理学研究所・脳形態解析研究部門)
(1)有機小分子蛍光プローブの精密設計に基づく生細胞応答観測・in vivo がんイメージング
浦野泰照(東京大学大学院・薬学系研究科・分子薬学)
(2)蛍光タンパク質テクノロジーの展望
-観て触って探る生命の不思議-
永井健治(北海道大学・電子科学研究所・ナノシステム生理学)
(3)Imaging the activity patterns of identified single neurons
佐藤
隆 (Janeria Farm)
(4)脊髄小脳失調症 14 型 (SCA14) の原因となる変異γPKC は
初代培養小脳プルキンエ細胞樹状突起の縮小とスパインの減少を引き起こす
関
貴弘(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経薬理学研究室)
(5)Disrupted in Spine By Disrupted-in-Schizophrenia-1 (DISC1):
統合失調症の病因・病態としての後シナプス
林
朗子 (Department of Psychiatry and Behavioral Sciences Johns Hopkins University)
(6)脊髄小脳変性症 14 型の原因遺伝子である PKCγのミスセンス変異体は,
マウスプルキンエ細胞における登上線維シナプスの除去と LTD 誘導を阻害する
入江智彦(群馬大学大学院・医学系研究科・神経生理学分野)
(7)シナプス外グルタミン酸動態の可視化解析
大久保洋平(東京大学大学院・医学系研究科・細胞分子薬理学)
(8)LPS を用いた末梢免疫系活性化によるミクログリアの形態変化とスパインの変化
根東
覚(東京大学大学院・医学系研究科・神経細胞生物学)
(9)S100B を介したニューロン・グリア相互作用
平瀬
肇(理化学研究所・脳科学総合研究センター・平瀬研究ユニット)
【参加者名】
伊藤
萌(横浜市立大学)
,入江智彦(群馬大学)
,浦野
科大学)
,西山
潤(慶應義塾大学)
,野村寿博(慶應義
泰照(東京大学)
,大久保洋平(東京大学)
,大屋大祐(横
塾大学)
,橋本浩一(東京大学)
,林
崇(東京大学)
,林
浜市立大学)
,岡部繁男(東京大学)
,甲斐裕一郎(キッ
朗子 (Johns Hopkins University),林
康紀(理化学研究
セイ薬品工業株式会社)
,狩野方伸(東京大学)
,鎌田洋
所)
,平井宏和(群馬大学)
,平瀬
肇(理化学研究所)
,
輔(群馬大学)
,喜多村和郎(東京大学)
,児島信彦(群
廣野守俊(理化学研究所)
,松井
広(生理学研究所)
,
馬大学)
,小宮かさね(横浜市立大学)
,根東
松永
覚(東京
渉(基礎生物学研究所)
,三浦会里子(慶應義塾大
隆 (Janelia Farm),
学)
,美津島大(横浜市立大学)
,宮﨑智之(横浜市立大
塩田倫史(東北大学)
,重本隆一(生理学研究所)
,實木
学)籾山俊彦(東京慈恵会医科大学)
,森口茂樹(東北大
亨(横浜市立大学)
,関
学)
,山肩葉子(生理学研究所)
,山下直也(横浜市立大
大学)
,酒井規雄(広島大学)
,佐藤
貴弘(広島大学)
,関野祐子(東
葵(横浜市
学)
,柚﨑通介(慶應義塾大学)
,田中慎二(東京大学)
,
立大学)
,竹居光太郎(横浜市立大学)
,竹本
研(横浜
久保義弘(生理学研究所)
,栢野藤章(真和クリエイショ
市立大学)
,多田敬典(横浜市立大学)
,田中
茂(広島
ン株式会社)
,鍋倉淳一(生理学研究所)
,古家園子(生
真弓(奈良県立医
理学研究所)
,川上良介(生理学研究所)
,Wajeeha Aziz
京大学)
,高橋琢哉(横浜市立大学)
,高橋
大学)
,永井健治(北海道大学)
,西
307
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(生理学研究所)
,Dwi Wahu Indoriati(生理学研究所)
,重
石橋
仁(生理学研究所)
,窪田芳之(生理学研究所)
,
松直樹(生理学研究所)
,佐竹伸一郎(生理学研究所)
,
松田尚人(生理学研究所)
,福永浩司(東北大学)
,梅田
深沢有吾(生理学研究所)
,江藤
達也(生理学研究所)他
圭(生理学研究所)
,
【概要】
本研究会では,広範な分野の研究者,とりわけ若手研
れ方が少ないグリアにも焦点を当てた。さらにシナプス
究者を集め,
「シナプス機能と病態」のテーマの下,活発
研究の出口ということで病態もテーマとして取り上げ,
な質疑応答,情報交換が行われた。特に,イメージング
徹底的な議論が行われた。その他,12 演題から成るポス
技術(セッション 1),シナプスと病態(セッション 2),
ターセッションを行い,参加者の投票によって選出され
ニューロングリア相互作用(セッション 3)という,今
た塩田倫史氏(東北大院・薬)と實木
までのシナプス研究会であまり触れられてこなかった
医)の口頭発表がセッション 4 として行われた。
亨氏(横浜市大・
テーマを取り上げた。イメージングはシナプス機能解析
3 つの課題のどれも好評であったが特に好評だったの
のみならず多くの分野において中心的な研究手法になっ
がイメージングのセッションであった。演者の方々のレ
ているが,今回は敢えてシナプス研究以外の研究者にも
ベルも高く,発表そのものもわかりやすかったため参加
声をかけ,シナプス研究への応用について活発な議論が
者の多くに強い印象を与えたものと思われる。分野外の
された。
話であったのも逆に新鮮でよかったと思われる。一方で,
またシナプス機能発現に重要な役割を果たしているこ
とは明らかになりつつあるにもかかわらず,取り上げら
質疑応答に参加する参加者の年齢層が高く,若手の積極
的な参加が今後の課題となろう。
(1)有機小分子蛍光プローブの精密設計に基づく生細胞応答観測・in vivo がんイメージング
浦野泰照(東京大学大学院・薬学系研究科・分子薬学)
「生きている」細胞を「生きたまま」観測する技術とし
を有する多数の蛍光プローブの開発に成功してきた。具
て,蛍光プローブ,蛍光顕微鏡を用いた観察手法が近年
体的には,特定の活性酸素種 (ROS) を高選択的に検出可
汎用されている。本観察手法の実現には,観測対象分子
能な蛍光プローブ群や,β-ガラクトシダーゼなどのレ
に対する選択的な蛍光プローブが必要不可欠であり,現
ポーター酵素活性,また様々な生体関連酵素反応を高感
代の生物学研究では,GFP などの蛍光タンパク質をベー
度に検出可能な蛍光プローブなどの開発に成功した。さ
スとするプローブと有機小分子をベースとするプローブ
らにごく最近,がん抗体やある種の糖タンパク質が,エ
が繁用されている。しかしながら後者の有機小分子蛍光
ンドサイトーシスにより選択的にがん細胞に取り込まれ
プローブに関しては,汎用性のある設計法が確立してい
る現象を可視化するプローブの開発にも成功した。実際
なかったため,実用的な蛍光プローブは数える程度しか
本プローブと蛍光内視鏡を組み合わせることで,生きて
ないのが現状であった。
いる動物個体内の 1mm 以下の微小がん部位を,明確に
このような中,筆者らは新規蛍光プローブの効率的な
検出することにも成功した。
開発を可能とする,論理的かつ汎用性の高いプローブデ
本研究会では,演者らが確立した蛍光プローブの設計
ザイン法を,世界に先駆けて複数確立することに成功し
法から,その活用による種々の蛍光プローブの開発事例,
てきた。さらに本設計理念を拡張し,蛍光プローブ母核
また開発したプローブを活用した生細胞イメージング・
として有用な新規蛍光団である TokyoGreen 類などの創
in vivo がんイメージング例まで,幅広く紹介する。
製にも成功し,これらの骨格を活用した全く新しい機能
308
研究会報告
(2)蛍光タンパク質テクノロジーの展望 -観て触って探る生命の不思議-
永井健治(北海道大学・電子科学研究所・ナノシステム生理学)
我々は,生体分子,細胞レベルの生命現象を研究対象
の相互作用を生きた状態で可視化・操作するアプローチ
として,遺伝子工学技術に基づく生体分子可視化技術を
は,ナノスケールの分子ネットワークによって構築され
駆使して,個体の発生や刺激受容と応答に関わる分子
ている動的システムとしての生命現象を解明するための
間・細胞間相互作用を明らかにすることを大きな研究
大きな流れとなるはずである。
テーマに掲げている。個々の分子,個々の細胞のふるま
本研究会では細胞内の生体分子動態をより高感度に可
いを生きた状態で可視化するのみならず,フェルスター
視化解析するための蛍光プローブとそのようなプローブ
共鳴エネルギー移動などを利用した細胞内斥候分子を細
作成を迅速に行うことが可能な新しい DNA コンストラ
胞内や組織内のあらゆる部位に放つことによって,細胞
クション法,さらに光照射により任意の時空間で特定の
内シグナル伝達を担うタンパク質のリン酸化状態や細胞
タンパク質を不活性化する方法などを紹介し,これらの
内カルシウムイオン濃度の変化といった細胞内シグナル
技術を総動員することで可能になる,ナノ-マクロス
の流れを可視化し,さらには操作する。生体分子や細胞
ケールの階層間イメージングについて議論したい。
(3)Imaging the activity patterns of identified single neurons
佐藤
隆 (Janeria Farm)
Nearby neurons, sharing the same locations within the mouse
retrograde viral infection. We used in vivo two-photon Ca2+
whisker map, can have dramatically distinct response
imaging to study the responses of RFP-positive and neighboring
properties. To understand the significance of this diversity, we
L2/3 neurons to whisker deflections. Neurons projecting to MI
studied the relationship between the responses of individual
displayed larger receptive fields compared to other neurons,
neurons and their projection targets. Neurons projecting to
including those projecting to SII. Our findings support the view
primary motor cortex (MI) or secondary somatosensory area
that intermingled neurons in primary sensory areas send
(SII) were labeled with red fluorescent protein (RFP) using
specific stimulus features to different parts of the brain.
(4)脊髄小脳失調症14型 (SCA14) の原因となる変異γPKC は
初代培養小脳プルキンエ細胞樹状突起の縮小とスパインの減少を引き起こす
関
貴弘(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経薬理学研究室)
2003 年に神経変性疾患の 1 つである脊髄小脳失調症
14 型 (SCA14) の原因としてγPKC 遺伝子の missense 変異
小脳プルキンエ細胞 (PC) に変異γPKC がどのような影響
を及ぼすかを検討した。
が同定された。我々はこれまでに変異γPKC を培養細胞
蛍光タンパク質 GFP (Green fluorescent protein) を融合
株 (CHO,SH-SY5Y) に発現させることにより,変異γPKC
させた変異γPKC-GFP をマウス胎仔由来初代培養小脳 PC
が凝集体を形成し,アポトーシスを誘発することを明ら
に発現させた。胎生 14 日目のマウス胎仔から小脳を単離
かにしており,これらの性質が SCA14 の発症に関与して
し,分散培養を行った。培養 14 日目 (DIV14) もしくは
いると示唆される。本研究では SCA14 の病変部位である
DIV21 にアデノウイルスベクターを用いて,PC 特異的に
309
第 31 巻(Dec,2010)
生理学研究所年報
野生型および 2 種類の変異γPKC-GFP (S119P,G128D) を
ほんのわずかしか観察されなかった。この原因を調べる
発現させ,DIV28 に細胞の観察を行った。
ため,FRAP (Fluorescent recovery after photobleaching) 解
野生型γPKC-GFP は PC の細胞体および樹状突起に均
一に発現する一方で,変異γPKC-GFP の発現する PC の多
析を行ったところ,PC において変異γPKC-GFP は野生型
と比較して,著しく流動性が低下していた。
くで変異γPKC-GFP 凝集体が観察された。また,野生型
以上の結果より,変異γPKC は小脳 PC でも凝集体を形
γPKC-GFP 発現 PC と比較して,変異γPKC-GFP 発現 PC
成する一方で,凝集体形成とは無関係に樹状突起の形態,
では細胞面積,特に樹状突起面積の減少やスパイン密度
スパイン密度の低下といった形態的な変化を引き起こす
の低下が観察された。これらの現象は凝集体の有無に関
ことが明らかとなった。これらは,変異γPKC の細胞内
係なく観察された。一方,PC に発現した野生型γPKC-
流動性により刺激依存性トランスロケーションが障害さ
+
GFP は高濃度 K 刺激により樹状突起において細胞質か
れた結果,樹状突起シグナル伝達に異常が生じる結果と
ら細胞膜へと一過性の速いトランスロケーションを示し
して引き起こされたのではないかと考えられる。
たが,変異γPKC-GFP ではこのトランスロケーションは
(5)Disrupted in Spine By Disrupted-in-Schizophrenia-1 (DISC1):
統合失調症の病因・病態としての後シナプス
林
朗子 (Department of Psychiatry and Behavioral Sciences Johns Hopkins University)
統合失調症は罹患率が高い難治性の疾患であり,遺伝
クダウンは,シナプスサイズの減少が生じることを見出
学的影響が大きく,スパイン減少及びグルタミン酸伝達
した。Rac1 の構成的活性型も二相性の現象を示し(短期
低下などが病態生理として知られている。しかし疾患関
ではスパインサイズ増大,長期で縮小),かつ Rac1 活性
連遺伝子が,これら病態生理を惹起するメカニズムにつ
測定などの生化学的手法より,DISC1 と Kal-7 の結合は
いてはほとんど未解明である。
神経活動依存的に解離することで Rac1 を活性化すると
われわれは,スパインの減少と疾患関連遺伝子との関
いう所見より,DISC1 ノックダウンは Rac1 の構成的活
連を検証するために,疾患候補遺伝子のなかでも特に有
性型,DISC1 過剰発現は Rac1 のドミナントネガティブ
力な因子,Disrupted-in-Schizophrenia-1 (DISC1) がスパイ
型の Phenocopy との結論に至った。
ンに局在し,同部位の形態機能を担う Rac1-GEF,Kal-7
Kal-7 と Rac1 の発現量は統合失調症の死後脳で減少し
と結合することに注目した。野生型 DISC1,Kal-7 と結
ていることが報告されているため,グルタミン酸受容体
合出来ない変異型 DISC1 (DISC1-∆Kal-7),DISC1 RNAi
/DISC1/Kal-7/Rac1 シグナルが本症で脆弱なシグナル伝
などをラット皮質初代ニューロンもしくは大脳皮質スラ
達経路であることが示唆される。この様な複数の関連因
イス培養に遺伝子導入法させた結果,DISC1 RNAi はス
子の相加効果は,多因子遺伝病である統合失調症の性質
パインサイズを増大させる一方,DISC1 過剰発現はスパ
と良く合致する。DISC1 の発現量は,過剰/過少ともに長
インサイズを減少させることを見出した。DISC1-∆Kal-7
期的にはスパインサイズ/密度の減少を惹起することと,
は,スパイン形態に影響を与えなかったことより,スパ
上記 Pathway,および統合失調症の病態との関連は,In
インに対する DISC1 の効果は Kal-7 との結合が重要であ
vivo の解析(行動実験等)が待たれる。
ることが考えられた。一方で,長期にわたる DISC1 ノッ
310
研究会報告
(6)脊髄小脳変性症14型の原因遺伝子である PKCγのミスセンス変異体は,
マウスプルキンエ細胞における登上線維シナプスの除去と LTD 誘導を阻害する
入江智彦(群馬大学大学院・医学系研究科・神経生理学分野)
脊髄小脳変性症 14 型は運動失調を主徴とする神経変
強度の増加に伴ってステップ状に振幅の増加を示した。
性疾患であり,原因遺伝子は protein kinase C γ (PKC γ) の
このことは 1 個のプルキンエ細胞に複数の登上線維がシ
ミスセンス変異体 (mutant-PKC γ) である (Chen et al., 2003)。
ナプス形成していることを示している。一方,平行線維
小脳において PKC γ はプルキンエ細胞のみに発現する
刺激で誘発される EPSC に対しては mutant-PKC γ は影響
(Saito et al., 1988)。mutant-PKC γ を培養プルキンエ細胞
を与えなかった。以上より,発達期のプルキンエ細胞に
に発現させると,樹状突起の発達に障害を与え,更には
おいて,mutant-PKC γは登上線維シナプスの除去に異常
アポトーシスを引き起こす(Seki et al., 2009)。このような
を引き起こすことが分かった。
現象は脊髄小脳変性症 14 型の発症原因となっている可
小脳プルキンエ細胞と平行線維間のシナプスで生じ
能性があるが,未だ培養系の実験に留まっている。そこ
る長期抑圧現象 (LTD) は小脳の運動学習機能に重要であ
で,mutant-PKC γ 発現が in vivo プルキンエ細胞にどの
る。そこで mutant-PKC γ 発現が LTD 誘導を障害するか
ような影響を与えるのかを検討するために,レンチウイ
否かを検討した。平行線維刺激と細胞体脱分極刺激の組
ルスベクターを用いて,発達期マウスの小脳プルキンエ
み合わせにより LTD 誘導を行ったところ,野生型 PKC γ
細胞に mutant-PKC γ を発現させることで検討した。
発現細胞では LTD が誘導されたのに対し,mutant-PKC γ
PKC γ 欠損マウスでは,成熟段階においてもプルキン
発現細胞では LTD の誘導が障害されていた。このことは
エ細胞に対する登上線維の多重支配が見られる (Kano et
mutant-PKC γ の発現が LTD 誘導に必要なシグナルカス
al., 1995)。そこで,mutant-PKC γ 発現が登上線維シナプ
ケードを何らかの形で阻害している事を示唆している。
ス除去に与える影響を検討した。生後 6~7 日の幼弱マウ
今後は,mutant-PKC γ の発現が登上線維シナプスの除
スのプルキンエ細胞に mutant-PKC γ 発現させ,生後 25
去や LTD の誘導阻害を引き起こすメカニズムを明らか
日以降に小脳スライスを作成してパッチクランプ法によ
にする予定である。
り解析した。登上線維刺激で誘発される EPSC は,刺激
(7)シナプス外グルタミン酸動態の可視化解析
大久保洋平(東京大学大学院・医学系研究科・細胞分子薬理学)
グルタミン酸は中枢神経系における主要な興奮性神経
が得られていなかった。本研究では,グルタミン酸動態
伝達物質である。従来,グルタミン酸はシナプス間隙内
を直接可視化するために,GluR2 サブユニットのグルタ
に限局し “point-to-point” のシナプス伝達のみを担うと考
ミン酸結合ドメインと蛍光色素をハイブリッドした,グ
えられてきた。しかしながら近年,シナプス間隙から漏
ルタミン酸指示分子 (EOS) を新規に開発した。大脳皮質,
れ出したグルタミン酸が,シナプス外部に存在するグル
海馬および小脳のスライス標本の細胞外空間に EOS を
タミン酸受容体を活性化することで,様々な神経・グリ
固定化し,シナプス活動に伴うグルタミン酸動態を二光
ア細胞機能に関与することが報告されている。このよう
子励起顕微鏡により観察した。生理的条件のシナプス活
なグルタミン酸による “volume transmission” の理解に
動に伴い,シナプス外グルタミン酸濃度が局所的にマイ
は,シナプス外部におけるグルタミン酸の時間的空間的
クロ M レベルに上昇し,それが数十ミリ秒間滞留するこ
な動態を解明することが欠かせないが,これまではグル
とを見出した。さらに in vivo の大脳皮質体性感覚野にお
タミン酸濃度を間接的に推測するしかなく,十分な知見
いて,後肢からの体性感覚入力により同様のグルタミン
311
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
酸動態が惹起されることを明らかにした。このようなグ
プス外伝達が行われていることが示唆される。以上の知
ルタミン酸動態は NMDA 受容体や代謝型グルタミン酸
見はシナプス外グルタミン酸伝達研究の基盤となるもの
受容体を活性化するのに十分であり,生理的なシナプス
であり,シナプス間相互作用や神経・グリア相互作用の
活動に伴い,これらのグルタミン酸受容体を介したシナ
理解をさらに進めることが期待される。
(8)LPS を用いた末梢免疫系活性化によるミクログリアの形態変化とスパインの変化
根東
覚(東京大学大学院・医学系研究科・神経細胞生物学)
GFP を大脳皮質錐体細胞に発現するトランスジェニッ
次に非特異的な免疫賦活作用を持つ LPS を末梢投与す
クマウスを利用した in vivo imaging により,生体内での
ることで,血液脳関門の外での急性炎症反応が果たして
興奮性シナプス後部の指標であるスパインの生成・消失
脳内でのシナプス動態に影響を及ぼしうるのか検討を行
の機構が明らかになってきた。我々の研究室では海馬ス
った。LPS 投与群では,短期変化率はコントロールと大
ライス培養標本においてアストログリアの微小突起によ
きな差はなかったが,28 日間のデータで変化率がコント
る直接接触がスパイン寿命と形態の成熟を促進するとい
ロールの 2 倍程度(約 10%)に上昇した。短期変化率に
う結果を得 (J.Neurosci., 2007),さらにグリア細胞による
有意の差がないことは,前述の速い動態を示すスパイン
シナプス動態制御の分子機構を in vivo 観察を利用して
群への LPS の効果は小さく,それ以外の安定なスパイン
解析することを試みつつある。頭蓋骨の処理方法によっ
の遅い変化を選択的に増強した可能性を示唆する。さら
て皮質内のグリア細胞の活性化の程度が異なる可能性が
に LPS 投与後 28 日間を 1 週間ずつに分けてスパイン変
2007 年に報告されたため,より厳密な生体内でのスパイ
化率を測定しても有意の差が検出できなかった点も,速
ン生成・消失のモニターに適した手法である thinned-skull
いスパイン変化に影響がないとする上記の仮説を支持す
法(菲薄処理を施した骨組織を介して二光子顕微鏡観察
る。
緩徐なスパイン変化が,LPS 投与後の急性炎症反応が
を行う方法)を本研究では採用した。
まずコントロールでのスパイン動態を理解するため,
収まった後にも持続する,グリア細胞の変化による可能
2, 7, 28 日間隔で in vivo スパイン観察を行った。各時間
性を検討した。LPS 投与後に GFAP 蛋白質の発現上昇を
間隔でのスパイン変化率を計算した所,2 あるいは 7 日
指標としたアストログリアの活性化は検出されなかった
間での変化率(短期変化率)は 3%程度であり,28 日間
が,Iba1 抗体によるミクログリアの形態に関しては持続
では 6%程度に上昇した。短期変化率を全てのスパイン
的な変化が検出された。
に等しく適用するモデルを仮定すると 28 日間で積算さ
以上のデータは LPS 投与によって引き起こされる緩徐
れる理論的な変化率(約 30%)は実測値 (6%) をはるかに
なスパイン変化の維持にミクログリアの持続的な機能変
上回るため,短期変化率に反映される速い動態は一部の
化が相関する可能性,および両者の因果関係についての
スパインに限定されたものと考えられる。
今後の検討の必要性を示している。
(9)S100B を介したニューロン・グリア相互作用
平瀬
肇(理化学研究所・脳科学総合研究センター・平瀬研究ユニット)
S100B はアストロサイトに顕著に発現しているカルシ
記憶に関与していることが報告されている。今回,活動
ウム結合蛋白質である。これまでの S100B 遺伝子改変マ
中の神経回路においてこの蛋白質の生理的役割を明らか
ウスを用いた先行研究から,S100B がシナプス可塑性や
にするため,野生型および S100B 欠損マウス間で,麻酔
312
研究会報告
下および発作状態における皮質と海馬の自発脳波を比較
を作製し,カイニン酸 (400 nM) に 30 分間浸潤させたと
した。
ころ,細胞外の S100B の濃度が約 5 倍上昇した。薬理実
皮質における徐波 (0.5-2 Hz) および海馬におけるシー
験により,この S100B 分泌増加は神経活動の興奮に伴う
タ 波 (3-8 Hz) お よ び 鋭 波 に 伴 う 速 い リ ッ プ ル 振 動
シナプス放出によって代謝型グルタミン酸受容体 3 型が
(120-180 Hz) といった典型的な脳波振動パターンが,両
活性化されることに起因していることが明らかとなっ
方の遺伝子型で観測された。これらの典型的な脳波振動
た。これらの結果から,通常の自発神経活動中では,
パターンは振幅・周波数において S100B 遺伝的欠損の影
S100B は神経活動に顕著な影響を与えないが,カイニン
響を受けなかった。しかし,カイニン酸腹腔内投与後
酸により神経活動が十分に上昇した場合には,アストロ
(5-10 mg/kg) に海馬 CA1 野放線層 (str. Radiatum) で発生す
サイトから細胞外に分泌される S100B の量が増加し,神
るガンマ波 (30-80 Hz) では,欠損型で振幅が顕著に小さ
経活動が調節されることがわかった。細胞外 S100B が神
かった。S100B 欠損マウスにおけるガンマ波の振幅の減
経細胞に直接的に及ぼす影響については,現在実験中で
少は,S100B タンパクの海馬への局所注入により回復す
ある。近年,グルタミン酸や ATP 等の神経伝達物質を利
ることから,細胞外に分泌された S100B がガンマ波の振
用したニューロン・グリア相互作用が報告されてきたが,
幅を上昇させることが示唆された。
今回,初めてタンパク質を介したニューロン・グリア相
そこで,カイニン酸投与によって,実際に S100B の分
互作用を提起する。
泌が増加するかどうか検証した。急性海馬スライス標本
313
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
11.大脳皮質局所回路の機能原理
2009 年 11 月 19 日-11 月 20 日
代表・世話人:宋
文杰(熊本大学大学院・医学薬学研究部)
所内対応者:川口泰雄(大脳神経回路論研究部門)
(1)視床プロジェクト:視床運動核から皮質への投射
金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)
(2)発達期小脳における神経回路形成の in vivo 解析
喜多村和郎(東京大学大学院・医学系研究科・神経生理学)
(3)発達期に見られる視覚経験依存的な視床-皮質投射の再編成
畠
義郎(鳥取大学大学院・医学系研究科・機能再生医科学専攻・生体高次機能学部門)
(4)神経活動依存的な皮質回路形成の制御機構
山本亘彦(大阪大学大学院・生命機能研究科)
(5)視覚野抑制性シナプスの両方向性可塑性
小松由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所)
【参加者名】
宋
文杰(熊本大学大学院・医学薬学研究部),畠
義郎
(鳥取大学大学院・医学系研究科),金子武嗣,藤山文乃,
歯科大学・医歯学総合研究科),山下晶子(日本大学・医
学部),小村
豊(産業技術総合研究所),坪
泰宏(理
日置寛之,古田貴寛,田中琢真,倉本恵梨子,越水義登,
化学研究所),一戸紀孝(弘前大学・医学研究科),渡我
大野
幸(京都大学大学院・医学研究科),青木高明(京
部昭哉,定金 理(基礎生物学研究所),吉村由美子,冨
都大学・情報学研究科),野村真樹(京都大学・文学研究
田江一,畑中伸彦,古家園子,加勢大輔,石川理子,金
科),平井大地(京都大学・霊長類研究所),山本亘彦(大
子将也,坂野
阪大学大学院・生命機能研究科),小松由紀夫,丸山拓郎
塚
(名古屋大学・環境医学研究所),喜多村和郎,河村吉信
拓,中川
直,川口泰雄,窪田芳之,大
岳,森島美絵子,重松直樹,植田禎史,平井康治,
牛丸弥香(生理学研究所)
(東京大学大学院・医学系研究科),小島久幸(東京医科
【概要】
大脳皮質はヒトの多くの根源的な機能を果たしている
学研究科)が細胞膜移行性緑色蛍光タンパク質を発現す
が,その動作原理はいまだ謎に包まれている。大脳皮質
る Sindbis virus を利用した単一ニューロンの軸索を完全
の機能を理解するためには,その神経回路の「ハードウ
に可視化できる新しい方法を紹介し,その応用例を示し
ェア」と「ソフトウェア」を理解することがまず要求さ
た。この方法は大脳皮質の「ハードウェア」を単一細胞
れる。一方,大脳皮質機能のもう一つの本質は環境に対
レベルで解明するのに,これから大いに威力を発揮する
する適応能力で,可塑的であるとともに,安定性も併せ
と期待できる。一方,喜多村和郎先生(東京大学大学院
持つ優れたシステムである。本研究会では,大脳皮質の
医学系研究科)が 2 光子顕微鏡を利用した効率的な in
これらの特徴に着目し,大脳皮質の異なる領野やその関
vivo パッチ記録法について解説し,その応用例を提示し
連神経核について,異なる方法で研究を行っている研究
た。この方法は in vivo において大脳皮質の神経細胞とシ
者が集まり,各自の最新の研究結果を発表し討論するこ
ナプスの統合機能や動的性質を解明するのに威力を発揮
とで,各皮質領野や皮質一般の機能原理の解明を目指す
し,皮質の「ソフトウェア」の解明に役立つと期待でき
議論を深めることを目的としている。
る。さらに,大脳皮質視覚野の可塑性について,名古屋
研究会では,まず,金子武嗣先生(京都大学大学院医
314
大学環境医学研究所の小松由紀夫先生が抑制性シナプス
研究会報告
伝達の長期可塑性の角度から,大阪大学大学院生命機能
が示された。これらの研究発表に刺激され,二日間にわ
研究科の山本亘彦先生が神経活動と回路形成の角度か
たって会場から大変活発な質疑応答がなされた。時間を
ら,鳥取大学大学院医学研究科の畠義郎先生が経験依存
気にせずに討論を続ける研究会の方針は参加者に特に好
的な可塑性の角度から,それぞれ追究した研究成果が発
評であった。
表され,大脳皮質の可塑的性質とそのメカニズムの一部
(1)視床プロジェクト:視床運動核から皮質への投射
金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)
細胞膜移行性緑色蛍光タンパク質 (palGFP) を発現す
る Sindbis virus をニューロントレーサーに用いると,生
(3) IZ ニューロンは大脳皮質へ投射する際,軸索側枝
を線条体に出力するが,EZ ニューロンは出力しない。
体内での単一ニューロンの軸索を完全に可視化できる。
(4) IZ ニューロンも EZ ニューロンも共に,皮質運動野
この手法を中脳ドパミンニューロン・線条体投射ニュー
を含めて大変広い範囲に投射する。したがって,これら
ロンなどですでに使い始めているが,一方で研究室内で
のニューロンは,感覚系視床ニューロンとまったく異な
は「視床プロジェクト」として,視床運動核 (VA-VL)・
り,カラム状の情報処理をしていないと考えられる。
VM 核・MD 核・外側膝状体・LP 核・後核群・髄板内核
(5) IZ ニューロンは皮質の第 1 層にその出力の 50%以
群・前核群などの視床投射ニューロンへの応用研究を行
上を投射するのに,対して EZ ニューロンは皮質中間層
っている。最近の視床運動核について知見は以下のよう
に出力する。したがって,IZ ニューロンのターゲットは
にまとまった:
2/3 層あるいは 5 層の錐体ニューロンの尖状樹状突起で
(1) VA-VL 核 は 小 脳 か らの興 奮 性 入 力が強い部分
(excitatory subcortical input-dominant zone EZ) と大脳基底
核からの抑制性入力が強い部分 (inhibitory input-dominant
zone IZ) に分かれる。
あり,EZ ニューロンのそれは基底樹状突起であると考え
られる。
これらの所見から,運動関連皮質の神経回路について
議論してみたい。また,VM 核・MD 核等についても,
(2) EZ ニューロンは IZ ニューロンよりも樹状突起が豊
可能ならば議論して行きたい。
富である。
(2)発達期小脳における神経回路形成の in vivo 解析
河村吉信,中山寿子,喜多村和郎,狩野方伸(東京大学大学院・医学系研究科・神経生理学)
生後発達期の中枢神経系では,発達初期に一過性の過
しかし,発達期の動物個体 (in vivo) の小脳におけるどの
剰なシナプス結合が形成されるが,その後,必要な結合
ようなパターンの神経活動が,シナプスの刈り込みに関
は神経活動依存的に強化される一方で,不必要な結合は
係しているのかという点はほとんど明らかではなかっ
弱化されて最終的に除去される。このような過程が,適
た。そこで,今回,in vivo ホールセルパッチクランプ法
正な機能的神経回路網の形成に必須であると考えられて
を用いて,複数の登上線維支配をうける発達期小脳プル
いる(シナプスの刈り込み)。これまでわれわれは,発
キンエ細胞から電気活動を記録し,その入出力を詳細に
達期小脳における登上線維-プルキンエ細胞シナプスを
解析した。まず,発達期のプルキンエ細胞には複数の登
刈り込みのモデルとして研究を行い,その分子細胞メカ
上線維シナプスが同期的に入力すること,さらにこの同
ニズムを明らかにしてきた (Hashimoto and Kano, 2005)。
期入力 はプル キンエ 細胞に バース ト状の 発火 (Burst
315
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
spiking: BS) を引き起こすことを見いだした。また,BS
発達に伴い,BS 発生直前に観察される EPSP の強度が選
に先行する複数の興奮性シナプス入力 (EPSP) の強度を
択的に増強していくことがわかった。これらの発見は発
解析したところ,入力する個々の EPSP の強度は BS との
達期におこる選択的な登上線維入力の強化は発火タイミ
タイミングに依存することが明らかになった。さらに,
ング依存的に決定されることを示唆している。
(3)発達期に見られる視覚経験依存的な視床-皮質投射の再編成
畠
義郎(鳥取大学大学院・医学研究科)
哺乳類視覚系の眼優位可塑性は,脳の経験依存的発達
ていることを示している。さらに,ボツリヌス毒素によ
を理解するための強力なモデルである。生後初期に,一
り神経伝達を遮断した皮質でも,同様の視覚入力依存的
方の眼からの視覚入力を遮断すると,視覚野ニューロン
な軸索退縮が観察されたことから,この変化は,シナプ
は遮蔽眼への反応性を急速に失い,視床外側膝状体から
スを介した相互作用を必要としない,シナプス前メカニ
視覚野への入力軸索のうち,遮蔽眼入力を運ぶものが顕
ズムによると考えられる。
著な退縮を示すとともに,視覚野上でのその投射領域が
この抑制皮質での可塑性の年齢依存性を確認したとこ
ろ,ネコの眼優位可塑性のピークとされる生後 24 日付近
縮小する。
一方,片眼遮蔽の際に皮質ニューロンの活動を GABA
では観察されず,臨界期の終盤である生後 40 日付近で強
受容体作動薬で抑制しておくと,通常と逆に,皮質ニュ
く観察された。このことから,抑制皮質に見られる軸索
ーロンは健常眼への反応性を失い,さらに健常眼の情報
再編成は,発達期の後期にのみ発現する可能性が考えら
を運ぶ入力軸索が退縮する。このことは,視覚情報を運
れる。すなわち,脳機能が獲得される時期の後に,それ
ぶ軸索が,標的ニューロンの反応を得られない時,すな
が神経回路の再編成により固定される可能性が考えられ
わち無効であった場合に,それを淘汰する仕組みが働い
る。
(4)神経活動依存的な皮質神経回路の形成機構
山本亘彦(大阪大学大学院・生命機能研究科)
脳の発生・発達期において,軸索は適切な経路を成長
て,視床軸索が層特異的に枝分かれを形成する分子機構
し,標的領域に到達すると枝分かれ・シナプス形成する
が存在すること,ならびにその枝分かれ形成は視床ニュ
ことによって個々の神経細胞と結合する。この神経回路
ーロンや皮質ニューロンの神経活動によっても制御され
形成の過程において,転写調節因子の発現,引き続くガ
ることを見出している。興味深い問題は,神経活動が及
イダンス分子やその受容体分子の発現などの遺伝的要因
ぼす生理学的作用,ならびにその分子機構にあると言え
がその基本構造を決定するが,一方神経細胞の発火やシ
よう。本研究会では,これらの問題に対するアプローチ,
ナプス伝達による神経活動が重要な役割を果たしている
成果を紹介し,神経活動依存的な回路形成のメカニズム
ことが示唆されている。これまでに,私たちは大脳皮質
について検討する。
における主要な神経回路である視床皮質投射系におい
316
研究会報告
(5)視覚野抑制性シナプスの両方向性可塑性
小松由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所)
視覚野錐体細胞の抑制性シナプスでは機能が異なる 2
と考えられる。シナプス前線維に高頻度刺激を与えると,
種類の両方向性の可塑的変化が起こる。一方は,覚醒と
興奮性入力と抑制性入力の相対的強さに依存して,抑制
睡眠に伴う錐体細胞の反応性の増減に寄与すると考えら
性シナプスに長期増強あるいは長期抑圧が生じる。シナ
れるものである。錐体細胞は覚醒時には少し脱分極して
プス後細胞が十分に脱分極し NMDA 受容体が活性化さ
活動電位を繰り返し発生する。この状態をスライス標本
れて Ca2+濃度が上昇すると長期抑圧が起こり,NMDA 受
で再現すると細胞体の抑制に長期抑圧が生じる。徐波睡
容体の活性化が不十分な場合には長期増強が生じる。長
眠時に見られる,膜電位の低周波振動とその脱分極相で
期増強の誘発には,シナプス後細胞の GABAB 受容体の
の活動電位発生により,細胞体の抑制に長期増強が生じ
活性化,IP3 受容体を介する細胞内ストアーからの Ca2+
る。抑圧は L 型 Ca2+チャネルの活性化による GABAA 受
放出,その結果シナプス後細胞から放出される BDNF に
2+
よるシナプス前部の TrkB の活性化が必要で,増強はシ
チャネルの活性化による GABAA 受容体のシナプス膜へ
ナプス前部に発現すると思われる。このように 2 種類の
の輸送により生じる。他方の可塑性は,シナプス活動を
シナプス可塑性は分子機構も全く異なっている。
容体のシナプス膜からの除去により,増強は R 型 Ca
誘発に必要とし,経験依存的視覚機能の発達に寄与する
317
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
12.脳機能画像解析中級編:領域間結合解析
2009 年 9 月 24 日-9 月 25 日
代表・世話人:河内山隆紀(ATR-Promotion 脳活動イメージングセンタ)
所内対応者:定藤規弘(自然科学研究機構生理学究所心理生理研究部門)
(1)領域間結合分析の考え方とその実習
河内山隆紀(ATR-Promotion 脳活動イメージングセンタ)
(2)領域間結合解析の実際
-課題設計・解析・結果の報告-
藤井
猛(国立精神・神経センター・精神保健研究所・成人精神保健部)
【参加者名】
諭(関西学
優 子 ( 九 州 大 学 歯 学 部 大 学 院 ), 能 田 由 紀 子 (ATR-
院大学大学院理工学研究科),出馬圭世(玉川大学脳科学
Promotions),土師知己(玉川大学脳科学研究所),橋本照
研究所),伊藤岳人(日本医科大学大学院医学研究科),
男(理化学研究所 BSI 象徴概念発達研究チーム),春野
伊藤博晃(北海道大学大学院文学研究科),上田一貴(東
雅彦(玉川大学脳科学研究所),藤井
京大学先端科学技術研究センター),臼井信男(日本大学
経センター精神保健研究所),松田雅弘(了徳寺大学健康
大学院総合科学研究科),大隅尚広(名古屋大学大学院環
科学学部),松田哲也(玉川大学脳科学研究所),松田佳
境学研究科)
,岡田成生(自治医科大学大学院医学研究科)
,
尚(JST-ERATO 岡ノ谷情動情報プロジェクト),松元ま
小川昭利(理化学研究所脳科学総合研究センター),小田
どか(玉川大学脳科学研究所),眞野博彰(産業技術総合
正起(KARC 神戸研究所未来 ICT 研究センター),小俣
研究所),水口暢章(早稲田大学大学院スポーツ科学研究
圭(国立精神・神経センター神経研究所)
,笠原和美(
(独)
科),宮腰
JST
希子(
(独)放射線医学総合研究所),山田
相澤恵美子(東北大学行動医学分野),赤塚
ERATO 下条潜在脳機能プロジェクト意思決定研究
猛(国立精神・神
誠(国立長寿医療センター研究所),山田真
祐(国立が
グループ),金津将庸(京都大学人間・環境学研究科),
んセンター東病院臨床開発センター),山根承子(大阪大
重之(情報通信研究機構未来 ICT 研究センター),
学経済学研究科),祐伯敦史(立命館大学生命科学部),
寒
小林琢也(岩手医科大学歯学部),佐藤
長類研究所),鹿内
弥(京都大学霊
学(京都大学大学院医学研究科),
楊
家家(岡山大学大学院自然科学研究科)
,吉澤浩志(東
京女子医科大学),李 春林(岡山大学大学院自然科学研
淳(札幌医
究科),渡邊言也(玉川工学研究科),原田宗子(名古屋
科大学医学部),須藤千尋(千葉大学医学研究院),高橋
大学医学系研究科),平松千尋(生理学研究所),原田卓
英之(玉川大学脳科学研究所),橘
哉(生理学研究所),木田哲夫(生理学研究所),田中絵
重宗弥生(東北大学加齢医学研究所),篠崎
亮輔(同志社大学大
学院生命医科学研究科),田部井賢一(日本大学大学院総
実(生理学研究所),坂谷智也(生理学研究所)
合科学研究科),長塚昌生(大阪大学経済研究科),中村
【概要】
1990 年に発見された機能的磁気共鳴画像法(以下
学問背景を持たない研究者や学生も多く,先進的手法に
fMRI)はヒト脳機能を非襲的に探る上で卓越した可能性
取り組む際の敷居が大変高いのも事実である。実際,国
をもっている。その発展の一端を担っているのが様々な
内からの研究成果の発信は,まだ少なく,啓蒙や教育活
解析手法である。近年,差分法による伝統的な手法に加
動が必要であると考えられる。このような fMRI を取り
えて,脳機能画像の時空間情報を最大限に活用した新し
巻く現状を鑑み,国内の脳機能画像法研究の更なる発展
い解析手法が提案されている。我々はこれらの解析に精
のためには,先進的な解析法に関する議論や知識を共有
通し,積極的に利用することが求められているが,その
する場の整備が急務であると考え,新しい形の研究会の
一方で,学際性の高い脳科学分野においては,数理的な
開催するに至った。
318
研究会報告
本年度は,脳領域間結合解析をテーマとした。従来の
果,45 名の参加者で実施した。事後アンケートの結果で
差分法は,脳機能の局在性評価に特化した方法論であっ
は,講義や実習を含む新しい研究会の形式は極めて好評
たが,本解析法は,局在化した機能領域の統合過程を評
で,次年度以降もこのような形式の研究会の実施を望む
価できる手法である。近年,世界的に関心の高まりを見
声が多く寄せられた。また領域間結合分析を自らの実験
せている分析法の 1 つであり,国内の fMRI 研究がその
に取り入れたいと考える参加者が多く見られ,本研究会
流れに乗り遅れないためにも,本解析法をテーマとした
の開催意義が改めて感じられた。このような先進的な解
研究会を開催したいと考えた。
析法に従事する研究者が増えることで,実際の適用例に
ホームページ等により参加者を募ったところ,定員 25
名を大きく上回る 65 名の参加希望者を得た。選考の結
ついての議論も可能となり,今後の研究会の更なる発展
が期待される。
(1)領域間結合分析の考え方とその実習
河内山隆紀(ATR-Promotion 脳活動イメージングセンタ)
脳機能画像法は,差分法と呼ばれる脳機能の局在性評
本研究会では,まず本解析法の原理や方法に関する知
価に特化した解析法で発展したが,近年,逆に局在化し
識を講義を通して参加者全員で共有し,その後,実際の
た機能領域の機能統合の過程を評価できる方法である,
データを用いて,本解析法の技能を身につける時間を設
脳領域間結合分析法が提案された。その思想自体は,脳
けた。さらにその結果を検討することで,当解析法の有
機能画像法の黎明期より存在したが,近年,動力学的モ
効性や問題点を確認した。また既に本解析法に取り組ん
デルや時系列分析の考え方を発展的に融合することで,
でいる研究機関や個人に対しては,研究過程で生じた疑
例えば,影響の因果性を加味した神経回路レベルでのモ
問や課題を持ち寄り,問題解決の糸口を掴むための自由
デル評価が可能となった。近年,世界的に関心の高まり
な議論の場を設けた。以上のように,本発表は,全員参
を見せている分析法の 1 つである。
加の研究会の場とした。
(2)領域間結合解析の実際 -課題設計・解析・結果の報告-
藤井
猛(国立精神・神経センター・精神保健研究所・成人精神保健部)
近 年 , 機 能 的 磁 気 共 鳴 画 像 法 (fMRI) に お い て ,
たこれらの connectivity の強さは失明年齢と負の相関を,
connectivity 解析(脳領域間の関係性の解析)に注目が集
課題成績と正の相関を示した。これにより失明者では視
まっている。しかし,従来の解析方法とは理論および手
覚入力がないにも関わらず,背側経路を介して(晴眼者
順が大きく異なるため,独力でその理論を理解した上で,
で視覚野にあたる)後頭葉に活動が伝播して点字判別に
自らの研究に適用するにはハードルが高い。そこで今回,
寄与している可能性が示唆された。
代表的な connectivity 解析の一種である Dynamic causal
このように DCM を有効に使う為には,先行研究から
modeling (DCM) について,その解析と結果の実例を示し
領域間の connectivity に関する仮説を絞り込むことが重
て適用方法を解説した。
要であり,また解析においては従来の方法とは計画行列
例では失明者による触覚点字判別課題遂行時のデータ
の組み方が異なることに注意が必要である。これらの理
を用い DCM で解析した。結果は失明者において晴眼者
解を通じて,今後 DCM が適用されて多くの成果が生み
よりも,一次体性感覚野から視覚の背側経路を経て,後
出されることを期待する。
頭葉にいたる経路の connectivity が強いことを示した。ま
319
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
13.第 3 回 Motor Control 研究会
2009 年 5 月 28 日-5 月 30 日
提案代表者:北澤
世話人:筧
所内対応者:伊佐
正,関
茂(順天大・医)
慎治(都神経研・認知行動)
和彦(生理研・認知行動発達)
(特別講演)中心後回における情報処理について
岩村吉晃(川崎医療福祉大)
(シンポジウム1)運動制御における未解決問題-オムニバス-
オーガナイザー:筧
慎治(都神経研・認知行動)
(S1)眼を動かしても世界が動かない理由
北澤
茂(順天大・医)
(S2)運動制御において,顕在と潜在はどのようにインタラクションするのか?
五味裕章(NTT 基礎研・人間情報研究部,JST・ERATO 下條潜在脳プロジェクト)
(S3)社会適応的な運動制御理解へのアプローチ
藤井直敬(理化学研究所)
(S4)遺伝子改変マウスを用いた運動制御の研究の今後の展開
西丸広史(筑波大)
(S5)リハビリテーションに関係した未解決問題-同側経路が寄与しうるのか-
大須理英子(ATR 脳情報研究所)
(S6)複数の運動野があるのは何故?
星
英司(玉川大)
関
和彦(生理研)
(S7)もうひとつの運動指令
(S8)小脳内部モデルに関する素朴な疑問から
筧
慎治(都神経研)
(1)G-substrate の小脳依存性運動学習における役割
岡本武人,白尾智明,遠藤昌吾,永雄総一
(群馬大・院・神経薬理,理研脳センター・運動学習制御,OIST)
(2)小脳における情報処理-入力と出力に含まれる情報の違い-
戸松彩花,筧
慎治(都神経研・認知行動)
(3)金魚小脳 Purkinje 細胞単一神経活動による直流モータ適応制御
片桐和真 1,田中良幸 2,平田
豊1
(1 中部大院・工・情報,2 中部大・情報科学研究所)
(4)サル F5-AIP 野における手操作関連神経活動の情報量解析
石田文彦,村田
哲,阪口
豊
(富山高専・電気工学,近畿大・医・第一生理,電通大院・情報システム学)
(5)一次運動野の情報表現に関する考察
宮下英三(東工大院・総理工)
(6)トレッドミル歩行中におけるサル一次運動野の神経細胞活動
中陦克己,森
320
大志,村田
哲,稲瀬正彦(近大・医・生理,山口大・農・獣医)
研究会報告
(7)姿勢変化による短潜時腕運動応答モジュレーションのメカニズム
門田浩二,五味裕章(JST-ERATO 下條潜在脳プロジェクト,NTT 基礎研)
(8)視線移動に伴った視覚誘導性腕応答のゲイン更新
安部川直稔,五味裕章(NTT 基礎研,JST-ETRO 下條潜在脳プロジェクト)
(9)経頭蓋的磁気刺激法 (TMS) による運動関連対刺激での脳可塑性の誘導
美馬達哉,Mohamed Nasreldin Thabit Hamdoon,植木美乃,小金丸聡子,福山秀直
(京大院・医・高次脳)
(10)身体運動制御に潜む脳内情報処理の冗長性
平島雅也,野崎大地(東京大・教育学研究科)
(11)特異値分解による歩行運動の制御パラメータの検討
舩戸徹郎,青井伸也,土屋和雄
(京大院・工・機械理工,京大院・工・航空宇宙,同志社・理工・エネ機)
(12)弾道歩行に基づくヒト 2 足歩行の重心軌道解析
香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
(13)歩行中の手先振動を緩和するメカニズム
東郷俊太,香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
(14)歩行運動における感覚フィードバックの役割
河島則天,中澤公孝(国立リハセンター)
(15)ヒトの歩行における脚関節間協調の解析
垣内田翔子,橋爪善光,西井
淳(山口大院・理工)
(シンポジウム2)運動タイミングとリズムの制御機構の研究
オーガナイザー:大前彰吾(北大院・医学研究科)
(S9)サル前頭前野における時間長の認知と再生
湯本直杉(都神経研)
(S10)運動のタイミング制御における前頭葉内側部の役割
國松
淳(北大院・医学研究科)
(S11)経過時間を表現する補足眼野神経活動の研究
大前彰吾(北大院・医学研究科)
(S12)タイミング機構の小脳モデル
山崎
匡(理化学研究所)
(S13)サルにおけるリズム制御機構
鴻池菜保(京大・霊長研)
(16)大脳皮質 MST 野における追従眼球運動適応中のニューロン活動
大藤智世,竹村
文(筑波大院・人間総合・感性認知,産総研・脳神経)
(17)片側一次視覚野切除サルの記憶誘導性サッケードとその神経機構
高浦加奈,吉田正俊,伊佐
正(総研大・生命科学,生理研・認知行動発達,CREST・JST)
(18)サッケード眼球運動制御における一次視覚野の機能
池田琢朗,吉田正俊,伊佐
正(生理研,CREST・JST,総研大)
(19)サル前頭眼野注視ニューロンの活動とサッケードの抑制
伊澤佳子,鈴木寿夫,篠田義一(東京医科歯科大院・医・システム神経生理)
321
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(20)上丘スライス標本上での salience map
伊佐
正,Penphimon Phongphanphanee, Robert Marino,金田勝幸,柳川右千夫,Douglas Munoz
(生理研・認知行動発達,カナダ・クイーンズ大,群馬大・遺伝発達行動学)
(21)視覚的定位行動課題の意思決定におけるラット上丘の働き
長谷川良平,長谷川由香子(産総研・脳神経情報・ニューロテクノロジー)
(22)時間差の学習と同時性の変化
小池康晴,米山和也,大石圭一,川瀬利弘,神原裕行(東工大・精密工学研究所)
(23)運動イメージ想起中の大脳皮質運動野の興奮性変化に対する size-weight illusion の影響
東登志夫,菅原憲一,木下
清,船瀬広三,笠井達哉
(神奈川県立保健福祉大,大阪大院・医・予防環境医,広島大院・総合科学・人間科学,広島大)
(24)手位置の脳内表現
羽倉信宏,番
浩志,Ganesh Gowrishankar,山本洋紀,春野雅彦
(ATR 脳情報研究所,Univ. Birmingham,京都大・人環)
(25)脚移動体における身体ダイナミクスを考慮した運動制御法の構築
松下光次郎,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
(26)筋電義手の操作に対する習熟度の定量的評価法
北佳保里,加藤
龍,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
(27)最速タッピング課題からみた指の運動機能トレーナビリティ
青木朋子,福岡義之,木下
清(熊本県立大・環境共生学,大阪大院・医)
(28)全身リズム動作における感覚運動協応
三浦哲都,工藤和俊,金久博昭(東京大・総合文化)
(29)金管楽器演奏中の表情筋の筋活動様相
平野
剛,三浦哲都,吉江道子,工藤和俊,大築立志,木下
博
(大阪大院・医・予防環境医,東京大院・総合文化・生命環境)
(30)歌唱を伴った表打ちと裏打ちタッピング運動時の脳活動比較-fMRI 研究
小幡哲史,深見のどか,植月
静,木下
博
(大阪大院・医・予防環境医,
(株)ニッソーネット,西播磨リハ病院)
(31)熟練ドラム奏者の音圧制御動作における音圧パラメータ動作パラメータの関連性
藤井進也,平島雅也,工藤和俊,中村仁彦,大築立志,小田伸午
(京大院・人間環境学,東大院・教育学・総合文化・情報理工学)
(シンポジウム3)多面的スケールによる脳機能計測・解析法を求めて~超若手の目に映る研究の現場~
オーガナイザー:深山
理
(S14)ラットカーシステムを用いた運動皮質における可塑的な機能変化抽出の試み
深山
理(東京大・情報理工)
(S15)硬膜外神経活動計測を用いた低侵襲 BMI の実現可能性の検討
加藤
龍(東京大・工学)
(S16)Granger Causality を用いたサルの ECoG における複数領野間の関係性の変化の解析
竹中一仁(東京大・情報理工)
(S17)同期における位相角度の分布に基づく領野間の関係性の推定
柳川
透(理化学研究所)
(シンポジウム4)脳はどのように両手の協調運動制御を実現するのか?
オーガナイザー:櫻田
322
武
研究会報告
(S18)両側運動における拘束条件と左右制御系間相互作用の役割
櫻田
武(東工大)
(S19)両腕到達運動中の脳内過程-対側の腕運動に応じた運動学習メモリ(制御過程)の切り替わり-
横井
惇(東京大)
(S20)両手運動の協調パターンと脳活動
荒牧
勇(情報通信研究機構)
(32)サル皮質脊髄路:一次運動野手指制御領域から脊髄への軸索投射の髄節及び
脊髄灰白質各層における定量的解析
吉野-斉藤紀美香,西村幸男,大石高生,伊佐
正
(産総研・脳神経情報・システム脳,ワシントン大・生物物理,
京大・霊長研・分子生理,生理研・認知行動発達,CREST/JST)
(33)覚醒サルにおける筋由来の感覚入力に対するシナプス前抑制制評価法の開発
金
祉希,関
和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
(34)把握運動制御における大脳皮質および脊髄神経機構の機能的差異
武井智彦,関
和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
(35)脊髄反射経路における姿勢と運動の制御
高草木薫(旭川医大・生理学・神経機能)
(36)運動単位の動員;発火に関するタマネギ層構造は本当か?
大屋知徹,Stephan Riek, Andrew G. Cresswell
(School of Human Movement Studies, The University of Queensland)
(37)頬ひげ刺激に対する覚醒マウスの脳血管反応
田桑弘之,正本和人,ヨーナス・オーディオ,松浦哲也,小畠隆行,管野
巌
(放医研・分イメ,電通大・工,クオーピオ大,岩手大・工)
(38)近赤外分光計測画像法による筋出力の再構成
南部功夫,大須理栄子,佐藤雅昭,安藤創一,川人光男,内藤栄一
(奈良先端大院・情報,ATR 脳情報研,京都府立医大・医,NICT)
(39)脳損傷後の機能回復に対する運動訓練の効果とそのメカニズムの解明
村田
弓,肥後範行,西村幸男,大石高生,塚田秀夫,伊佐
正,尾上浩隆
(産総研・脳神経,ワシントン大,京大霊長研・分子生理,
浜松ホトニクス・中央研,生理研・認知鼓動発達,理研・分子イメージング)
(40)慢性期脳卒中片麻痺患者における高頻度磁気刺激と伸筋群の運動訓練の組み合わせによる
上皮機能の回復
小金丸聡子,美馬達哉,Mohamed Nasreldin Hamdoon,福山秀直,道免和久
(兵庫医大院・医・リハビリ,京大院・医・高次脳研)
(41)パーキンソン病の運動・認知能力低下の病態解明
花川
隆(国立精神・神経センター・疾病七部)
(42)内部モデルを用いた終端位置制御仮説による筋活動予測
神原裕行,小池康晴(東工大・精密工学)
(43)動作立ち上がり時の表面筋電位信号を用いた指動作識別
近藤玄大,加藤
龍,横井浩史,新井民夫(東大院・工・精密機械)
(44)筋肉の協調動作に基づいた起立動作の解析
安
琪(東大院・精密工学)
323
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(45)手首運動における 2 つの制御系の同定
李
鐘昊,筧
慎治(東京都神経研・認知行動)
【参加者名】
岩村吉晃(川崎医療福祉大),相原孝次(ATR・脳情報),
際医療福祉大学病院・神経内科),武井智彦(生理研・認
青木朋子(熊本県立大・環境共生学),安部川直稔(NTT
知行動発達),竹中一仁(東京大院・情報理工),田中真
基礎研・感覚運動),荒牧 勇(情報通信研究機構・バイ
樹(北大院・認知行動),田中良幸(中部大・情報工学),
オ ICT),安 琪(東大院・精密工学),池上
東郷俊太(名古屋大院・機械理工)
,戸松彩花(都神経研・
剛(東京
大院・身体教育学),池田琢朗(生理研・認知行動発達),
認知行動),内藤栄一(ATR・未来 ICT 研),長坂泰勇(理
伊佐
正(生理研・認知行動発達),伊澤佳子(東京医科
研・脳科学研),中陦克己(近畿大・生理学),南部功夫
歯科大院・システム神経生理),石田文彦(富山高専・電
(奈良先端大院・情報生命),西丸広史(筑波大院・人間
気工学),一戸紀孝(弘前大・医),井上雅仁(順天堂大・
総合科学),野崎大地(東京大院・身体教育学),羽倉信
医),内田雄介(早稲田大・スポーツ科学),宇野洋二(名
宏(ATR・脳情報研)
,長谷川良平(産総研・脳神経情報),
古屋大院・機械理工)
,梅田達也(生理研・認知行動発達)
,
畑中信彦(生理研・生体システム)
,花川 隆(国立精神・
大須理英子(ATR・脳情報研),大築立志(東京大院・総
神経センター・神経研),東登志夫(神奈川県立保健福祉
合文化),大藤智世(筑波大・人間総合・感性認知脳),
大・リハビリ),平島雅也(東京大院・身体教育学),平
大前彰吾(北大院・医・認知行動),大屋知徹(生理研・
田
認知行動発達),岡本武人(群馬大・医・神経薬理),小
環境医),廣瀬智士(京大院・人間環境学),深山
幡哲史(大阪大院・医・予防環境医),垣内田翔子(山口
京大院・情報理工),福村直博(豊橋技科大・情報工学),
大院・物理情報科学)
,香川高弘(名古屋大院・機械理工)
,
藤井進也(京都大院・人間環境学),藤井直敬(理研・脳
筧
科学総合センター),藤本 淳(京都大院・認知行動),
慎治(都神経研・認知行動),片桐和真(中部大院・
情報工学),加藤寛之(東京大院・身体教育),加藤
龍
豊(中部大・情報工学),平野
剛(大阪大院・予防
舩戸徹郎(京都大院・人間環境学),星
理(東
英司(玉川大・
(東京大院・精密機械工学),門田浩二(JST-ERATO 下條
脳研),松下光次郎(東京大院・精密機械工学),三浦哲
潜在脳機能),金子将也(総研大・生命科学),金田勝幸
都(東京大院・総合文化),三島健太郎(順天堂大・医),
(生理研・認知行動発達),彼末一之(早稲田大・スポー
水口暢章(早稲田大院・スポーツ科学),美馬達哉(京都
ツ科学),苅部
淳(順天堂大・医),河島則天(国立リ
大院・高次脳機能総研)
,宮下英三(東工大院・総合理工)
,
ハ研・運動機能障害),神原裕行(東工大・精密工学),
宮地重弘(京大霊長研),村田
北佳保里(東京大院・精密機械工学),北澤
弓(産総研・脳神経情報),柳川
透(理研・BSI),山
形朋子(玉川大院・工学),山崎
匡(理研・BSI・脳科
大・医),木下
茂(順天堂
博(大阪大院・予防間環境医),金
希(生理研・認知行動発達),国松
祉
淳(北大院・医),
哲(近畿大・医),村田
学総合研究センター),湯本直杉(都神経研・認知行動),
小池康晴(東工大・精密工学),鴻池菜保(京大霊長研・
横井
高次脳機能),Gowrishankar Ganesh(ATR・脳情報研),
総研・脳神経情報),李
小金丸聡子(京都大・高次脳機能),五味裕章(NTT 基
渡辺秀典(生理研・認知行動発達),岡本悠子(生理研・
礎研),近藤玄大(東京大院・精密機械工学),阪口
心理生理),北田
豊
惇(東京大院・身体教育),吉野-斉藤紀美香(産
鐘昊(都神経研・認知行動),
亮(生理研・心理生理),木田哲夫(生
武(東工大院・総合
理研・感覚運動),岡澤剛起(生理研・感覚認知),坂野
理工),下門洋文(筑波大院・人間総合科学),杉山容子
拓(生理研・感覚認知),高原大輔(生理研・生体システ
(電通大院・情報システム),櫻田
(筑波大院・人間総合科学),鈴木裕輔(奈良先端大・情
報科学),関
和彦(生理研・認知行動発達),高浦加奈
(生理研・認知行動発達),高草木薫(旭川医大・生理学),
田桑弘之(放医研・分子イメージング),武田湖太郎(国
324
ム),吉田
明(生理研・多次元),廣川純也(基生研・
脳生物),東島眞一(生理研・神経分化),槌矢正矢(京
都大),宮原資英(生理研),中村
波間智行(生理研)糸数隆秀
徹(其生研・脳生物),
研究会報告
【概要】
第三回になる本研究会には 101 人の参加があった。世
てきた。特別講演では長年体性感覚の研究に関わり,世
話人は東京都神経科学研究所の筧慎治であった。参加者
界の研究をリードされてきた川崎医療福祉大学の岩村吉
の平均学位習得後年は約 5 年であり,また工学・体育・
晃にお願いし,若い世代研究者にとっては今後の研究生
リハビリテーションなど学際分野からの参加者が大半を
活のよい指針となった。第二回ではランチョンシンポジ
しめた。従って,若手・中堅中心の学際分野を含めた参
ウムにおいて,生理学だけでなく工学・心理学など学際
加者が多数集まるという目的は過去 3 年を通して達成さ
分野で活躍している PD や若手研究者に講演をいただい
れていると考えられる。また本研究会ではボトムアップ
た。今年度はこの試みを発展させ,やはり PD など若手
的な運営を行うという方針から,希望者には発表をして
中心の公募シンポジウムを企画し,興味深い 4 シンポジ
もらうという新たな試みを行った。その結果,合計 68
ウムが行われた。若手研究者が自発的にシンポジウムを
の口演+ポスター発表があり,活気のある議論が行われ
オーガナイズし,それをきっかけに研究コミュニティを
た。第二回より開催した優秀発表賞などの試みも定着し
深化させる試みは成功であった。
(特別講演)中心後回における情報処理について
岩村吉晃(川崎医療福祉大)
体性感覚野の研究史,サル中心後回などにおける情報
階層的情報処理 (Hierarchical processing),肢節運動失行
処理機構において明らかにされてきた知見について,解
(Limb-Kinetic Aplaxia),触視覚統合などについてご自身の
説がなされ,さらに最近のヒトでの研究についても説明
研究成果の中から運動制御と関連の深いテーマを中心に
が加えられた。特に,体部位局在的再現 (Somatotopy),
解説が加えられた。
(シンポジウム1)運動制御における未解決問題-オムニバス-
オーガナイザー:筧
無知の知は理解の出発点である。運動制御について,
我々は何を知らないのか?
いくつかの専門分野におけ
る未解決問題をオムニバス的に取り上げ,なぜ重要か?
解決されたらどんな視界が開けるのか?
慎治(東京都神経研)
チは?・・・等について分かり易く解説し,運動制御の
研究における我々の現在位置と今後について考えるきっ
かけを提供したい。
ではアプロー
(S1)眼を動かしても世界が動かない理由
北澤
茂(順天大・医)
我々は 1 秒に 3 回もサッカードを行って外界の情報を
で足の裏や脇腹をくすぐってもくすぐったくない。しか
取り入れている。網膜像はずれるにもかかわらず,周囲
し,他人にくすぐられるとくすぐったい。二人がペアに
の世界は動かず,我々はサッカードしたことに気付きも
なって相手の手を交互に押す。「相手に押されたのと同
しない。一方,目を指で押すと簡単に世界は動く。自分
じ強さで押す」というルールを強調しても,押す強さは
325
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
エスカレートする。これらの現象は皆,「運動指令の遠
「運動の結果」を精密に予測した情報操作を実施している
心性コピーが運動の結果として生じる求心性の感覚信号
らしい。神経機構の一端は明らかになっているが,本質
を打ち消す」という 60 年前の仮説で説明できる。しかし,
の解明はこれからである。この問題は自他の区別の問題
神経系はやみくもに抑制をかけているわけではなく,
にもつながる哲学的にも重要な問題だと感じている。
(S2)運動制御において,顕在と潜在はどのようにインタラクションするのか?
五味裕章(NTT 基礎研・人間情報研究部,JST・ERATO 下條潜在脳プロジェクト)
我々は日常生活の動きの中で,慣れた状況とことなる
十分整理されているとは言いがたい。違和感の情報処理
状況におかれたとき「違和感」とよぶ感覚を覚えること
を理解することは,それらを結びつける鍵の一つではな
がある。私は,この違和感は顕在と潜在(あるいは意識
いかと考えている。我々の研究室では,停止エスカレー
と無意識)のインタラクションの 1 つの形態であろうと
タ乗り込み時の動作変化と違和感を取り上げ,そのメカ
考えている。脳は階層構造の情報処理を行っているとい
ニズム解明を目指してきたが,そこから 1 つの仮説が浮
われながらも,比較的計算理論が整理されてきた顕在的
かびあがってきた。本シンポジウムではその仮説や検証
な運動制御と,生理的・行動的現象は捉えやすい自動的
方法について議論いただければと考えている。
で無意識的な感覚運動をスムーズに結びつける枠組みは
(S3)社会適応的な運動制御理解へのアプローチ
藤井直敬(理化学研究所)
これまで,皮質運動野における運動制御機構に関して
見は,その各個別拘束条件に最適化した脳機能を語って
は膨大な個別研究が行われてきた。それでは,私たちは
いるにすぎない。しかし,社会適応行動のように再現不
その全貌を完全に理解したと言えるのだろうか?
い
可能,予測不可能な環境で行われる意思決定のメカニズ
や,むしろ,個別研究を幾つ積み重ねても,その全貌に
ムを従来のやり方で理解しようとするなら,無限の仮説
は辿り着けないだろうと言う研究者は多い。何故か?
を立て,それに答え続けなければならない。本シンポジ
それは,個別の研究がそれぞれ微妙に異なる仮説を証明
ウムでは,私たち研究者が,この心地良い無限地獄から
するための行動課題に基づいているからだ。行動課題と
脱し,見通しの良い新しい地平に立つために何が必要か
は,行動に関する拘束条件である。すなわち,過去の知
を議論する。
(S4)遺伝子改変マウスを用いた運動制御の研究の今後の展開
西丸広史(筑波大)
哺乳類の神経生理学研究において,マウスには現時点
生理学的解析,2) 特異的な遺伝子を発現しているニュー
で他の哺乳類と比較して遺伝子工学的手法によるアプロ
ロン集団に GFP などの蛍光タンパク質を発現させ標識
ーチがしやすいという利点がある。例えばこれまで,1)
したマウスを用いて可視下に同定したニューロンの電気
特定の遺伝子を欠損させたノックアウトマウスにおける
生理学的研究などが行われて来た。また最近,3) 特定の
326
研究会報告
ニューロン集団に異種由来のタンパク質(色素・リガン
められている。本シンポジウムではこれらのアプローチ
ド・受容体)を発現させ,ニューロンの膜電位活動を制
による運動制御の神経メカニズムの研究における可能性
御するスイッチとして用いることでそのニューロン集団
について論じたい。
の神経回路での役割を明らかにする,といった研究が進
(S5)リハビリテーションに関係した未解決問題-同側経路が寄与しうるのか-
大須理英子(ATR 脳情報研究所)
皮質損傷動物実験により,適切な訓練が脳神経系の可
考えられている。一方,重度片麻痺では,非損傷半球の
塑性を促し,損傷で奪われた機能を回復しうることが示
活動の上昇がみられることがあり,非損傷半球が同側の
されている。しかし,皮質下損傷が多くを占める脳卒中
麻痺手の回復に寄与する可能性も示唆されている。そう
症例において,どの脳部位が回復に寄与するのか明らか
であれば,重度片麻痺で非麻痺手を拘束するのは逆効果
ではない。軽度片麻痺では,非麻痺手を拘束して麻痺手
であり,両手協調運動を使った訓練が有効かもしれない。
を強制使用することで,回復を促すことが実証されてい
両側支配が多い近位の動きは回復が早く,同側経路によ
る(CI 療法)。非麻痺手拘束により非損傷半球から損傷
る再学習が起こる可能性がある。これらが明らかになれ
半球への抑制が解除され損傷半球の可塑性が上昇すると
ばより効果的なリハビリテーションが期待できる。
(S6)複数の運動野があるのは何故?
星
英司(玉川大)
サルとヒトを含む霊長類の前頭葉には,一次運動野と
の運動関連領野があるのか?」という疑問に対する答え
高次運動野がある。高次運動野は更に細分化されて,現
は未だ見つかっていないが,これを見つけようと奮闘す
在では,内側面には 5 つ,外側面には 4 つもの異なる領
ることは徒労ではないという点について議論したい。
野があることが示唆されている。「何故このように多数
(S7)もうひとつの運動指令
関
全ての運動は末梢の感覚受容器を刺激し,それらは感
和彦(生理研)
る。脊髄反射や長潜時反射などはその顕著な例であろう。
覚フィードバック信号として中枢神経系に伝達される。
随意運動の際,一次求心神経は外部環境の変化によって
この情報は,遂行した運動のエラーを検出し運動指令を
多様な活動をすることが知られているから,それによっ
アップデートするのに使われている事はよく知られてい
て引き起こされる筋活動も多様なはずである。それなら,
る。しかし,私は感覚フィードバックにはもう一つの役
同様に環境に応じて多様なパターンで筋を動員できる下
割,つまり運動指令としての役割があるのではないかと
降性運動指令と同様,感覚フィードバック信号も運動指
漠然と考えている。つまり,感覚フィードバック信号は
令と呼ぶことができるのではないか。このような末梢性
高次中枢をバイパスして運動出力系を駆動する事ができ
運動指令と下降性運動指令は筋活動のどのような成分を
327
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
生成しているのか?
どのように共存しているのか?
興味はつきない。
(S8)小脳内部モデルに関する素朴な疑問から
筧
慎治(都神経研)
小脳に内部モデルがあり予測的な制御に貢献している
ルで理解しようと試みると(Marr のレベル 2, 3)たちま
という考え方は,広く受け入れられて現在の運動制御の
ち行き詰る。実は我々は本物の神経回路のダイナミクス
理解の基礎になっている。実際,小脳疾患における神経
を全く知らず,40 年前の Eccles の認識にさえ及ばない事
学的観察,モデルによるシミュレーションならびに機能
実に呆然とならざるを得ない。この状況は大脳皮質の多
的イメージングの全てが,この仮説を支持する疑いよう
重ループネットワークのダイナミクスに目を転じた時,
もない状況証拠を提供している。しかし,このようなマ
もはや絶望的な状況に見える。我々は,多くの力を結集
クロな計算論レベルの仮説(Marr のレベル 1)を,一歩
し遥かな目標に至る戦略を立てる時期にある。
進めて小脳神経回路に対応させ,ニューロン活動のレベ
(1)G-substrate の小脳依存性運動学習における役割
岡本武人,白尾智明,遠藤昌吾,永雄総一
(群馬大・院・神経薬理,理研脳センター・運動学習制御,OIST)
小脳 LTD に NO-cGMP-PKG のカスケードが関与する
回転刺激による訓練を 1 時間行うと短期の適応が誘発さ
ことが知られているが,PKG の基質の G-substrate (GS) の
れる。6 週齢の GS KO は WT よりも短期の適応が低下し
作用についての報告はない。先行研究より,6 週齢の GS
ていたが,12 週齢では回復していた。1 日 1 時間の訓練
遺伝子欠損マウス (GS KO) の小脳スライス標本では,
を 4 日間続けると長期の適応が生じるが,12 週齢の GS
LTD が減弱することが報告されている。そこで 6-12 週齢
KO は WT よりも長期の適応が低下していた。以上の結
のマウスを用いて,GS KO と Wild-type (WT) の水平性視
果は,NO-cGMP-PKG-GS のカスケードが 12 週齢での長
機性眼球運動 (HOKR) の適応を比較した。スクリーンの
期の運動学習に重要であることを示唆している。
(2)小脳における情報処理-入力と出力に含まれる情報の違い-
戸松彩花,筧
慎治(都神経研・認知行動)
小脳は,大脳とともに運動制御に重要な役割を果たし
る各ニューロンの活動を記録することにより,情報処理
ていると言われ,有力とみられる仮説も立てられてきた。
の流れを捉えることができる。我々のグループでは,右
しかし,具体的にどのような役回りを担っているかに関
手首による 8 方向へのステップトラッキングを遂行中の
する知見はまだ少ない。小脳の機能を論じるためには,
サルの同側小脳半球部より 4 種類のニューロンの活動記
小脳内部でどのような情報処理が行われているかの検証
録を行い,小脳内での情報の流れを追っている。今回は,
が有効である。小脳内のニューロンは,投射先ニューロ
小脳への入力(苔状線維)および小脳からの出力(小脳
ンが規則的に決まっているため,同一の課題遂行に関す
核)の細胞活動に関して,運動方向に関する情報解析を
328
研究会報告
行い,その差異を見いだしたので報告する。
(3)金魚小脳 Purkinje 細胞単一神経活動による直流モータ適応制御
片桐和真 1,田中良幸 2,平田
豊1
(1 中部大院・工・情報,2 中部大・情報科学研究所)
眼球運動に関わる小脳 Purkinje 細胞の単純スパイクは
激として水槽壁面に投影した。これにより金魚の前庭動
運動指令をコードし,運動の適応学習と平行してその発
眼反射適応学習が誘発され,前庭小脳 Purkinje 細胞の発
火パターンも変化することが知られている。本研究では,
火パターンが視覚のブレを低減するように変化すること
金魚を用い,眼球運動に関わる前庭小脳 Purkinje 細胞の
が期待される。約 1 時間の Purkinje 細胞活動連続記録に
単一神経活動記録を行い,その発火パターンにより直流
より,直流モータ制御誤差が適応的に減少することが確
モータの実時間適応制御を試みた。水槽に金魚を固定し,
認され,単一 Purkinje 細胞が生体以外の制御対象を適応
直流モータの目標回転軌道を金魚の頭部回転刺激として
的に制御できることが示された。
与え,モータ実現軌道と目標軌道の差(誤差)を視覚刺
(4)サル F5-AIP 野における手操作関連神経活動の情報量解析
石田文彦,村田
哲,阪口
豊
(富山高専・電気工学,近畿大・医・第一生理,電通大院・情報システム学)
感覚入力から運動発現までの脳内過程を環境の物理的
が徐々に上昇していくことがわかった。また,AIP の非
時間に沿って理解することをめざし,情報量解析の手法
対象-視覚運動型や運動優位型神経細胞群では物体把持
を用いて,手操作運動中の頭頂連合野 AIP と運動前野 F5
に至る到達運動中にピークが現れ,F5 視覚運動型神経細
で観察された神経活動に含まれる 3 次元物体の形状に関
胞群でも同様の傾向が見られた。頭頂葉 CIP 野から AIP
する情報が課題遂行に応じて変化する様子を可視化し
野を経て F5 へ送られた視覚情報が運動パタンに変換さ
た。その結果,AIP 野対象-視覚運動型神経細胞群では物
れることが示唆されているが,本解析で見られた AIP と
体注視区間で相互情報量のピークが現れるのに対し,F5
F5 の相互情報量の時間変化は,この視覚運動変換過程を
の同タイプの神経細胞群はそれに遅れる形で相互情報量
反映しているものと考えられる。
(5)一次運動野の情報表現に関する考察
宮下英三(東工大院・総理工)
一次運動野のニューロンが,どのような情報をどのよ
るとの報告があり,これに続いて,単一ニューロン活動
うに表現しているかを理解することが,脳による運動制
には手先の運動あるいは手先力の至適方向が表現されて
御を理解するため,あるいは脳からの情報を復号化する
いるとの報告があった。しかしながら,至適方向には恒
ためには重要であると言える。歴史的に見ると,一次運
常性がなく,腕の肢位によって変化することが報告され
動野の単一ニューロン活動が筋肉の活動量を反映してい
ている。このような現象は単一ニューロンによる至適方
329
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
向の表現というフレームワークの中ではその原因を説明
間変数を情報表現している可能性を動物実験データの解
することは不可能である。本研究では,サル一次運動野
析ならびに数値実験から検討する。
のニューロン活動が関節トルクと関節角速度といった時
(6)トレッドミル歩行中におけるサル一次運動野の神経細胞活動
中陦克己,森
大志,村田
哲,稲瀬正彦(近大・医・生理,山口大・農・獣医)
大脳皮質における二足歩行制御機序の解明を目的とし
しかし二足歩行中における発射頻度の頂値は四足歩行中
て,無拘束のニホンザルに流れベルトの上で四足歩行と
に比べて高値を示し,その発射期間は短縮した。一方体
二足歩行を交互に遂行させ,歩行中の単一神経細胞活動
幹・下肢から記録された二足歩行中の筋活動の振幅と活
を一次運動野から記録し,同時に筋活動を体幹・四肢か
動時間は,四足歩行中に比べてともに増加した。以上の
ら記録した。そして記録されたこれらの活動を,異なる
結果より,サルの一次運動野は二足歩行と四足歩行の遂
二つの歩行様式の間で比較した。一次運動野の下肢領域
行に際して共通の神経基盤を提供するが,二足歩行では
から記録された殆んどの神経細胞は歩容の二足と四足を
瞬間-瞬間の下肢運動の精度を高めるためにより強く動
問わず,歩行周期に一致した相動的な発射活動を示した。
員されることが示唆された。
(7)姿勢変化による短潜時腕運動応答モジュレーションのメカニズム
門田浩二,五味裕章(JST-ERATO 下條潜在脳プロジェクト,NTT 基礎研)
到達運動中の視野背景運動が引き起こす腕運動応答
均一に生ずるはずである。そこで姿勢変化による MFR
(manual following response: MFR) の振幅は,環境に応じて
振幅の変化を,時空間周波数の異なった複数のグレーテ
機能的にモジュレートされることが知られている。その
ィングモーションを用いて検討した。その結果,振幅の
一例として,昨年我々は姿勢の不安定化に伴い MFR 振
変化は特定の時空間周波数(10Hz, 0.2c/deg 周辺)でのみ
幅が増大する現象を報告した。このモジュレーションの
で認められた。つまり,姿勢変化がこれらの時空間周波
原因としては運動出力系の活性水準および視覚情報処理
帯の視覚情報処理に影響を与えており,MFR 振幅のモジ
系の感度の変化が想定される。もし前者が原因である場
ュレーションを引き起こしている可能性がある。
合,モジュレーションは視覚刺激の特性を変化させても
(8)視線移動に伴った視覚誘導性腕応答のゲイン更新
安部川直稔,五味裕章(NTT 基礎研,JST-ETRO 下條潜在脳プロジェクト)
上肢到達運動中に視覚運動刺激が提示されると,その
る。実験では,到達運動中にサッカードを行い,上記関
刺激方向に反射的な腕応答が生ずる (MFR)。我々はこれ
係性の変化に応じた MFR ゲイン更新の有無について調
までに,視線と到達目標の空間的関係性に応じて,MFR
べた。その結果サッカード直後に,その更新に応じた
の大きさが修飾されることを示した。本発表では,この
MFR 修飾が観察され,MFR ゲインは実時間で更新され
ゲイン修飾が“いつ”行われるかの検討について報告す
ることが示唆された。またサッカードの開始直前に提示
330
研究会報告
された視覚刺激に対する MFR については,ゲインダウ
準備に関連した信号が予測的に MFR ゲインを更新し得
ンのみ更新された被験者が 2 名,ゲインアップのみが 3
るが,この場合の更新方向については,被験者依存の非
名,両方向が 1 名であった。このことから,サッカード
対称性があることが明らかとなった。
(9)経頭蓋的磁気刺激法 (TMS) による運動関連対刺激での脳可塑性の誘導
美馬達哉,Mohamed Nasreldin Thabit Hamdoon,植木美乃,小金丸聡子,福山秀直
(京大院・医・高次脳)
TMS による一次運動野 (M1) 刺激と感覚刺激による
を与えた場合には,有意な M1 興奮性の増強が認められ
M1 への入力を組み合わせた対刺激を反復すると,ヒト
たが,50ms 後では変化は認められなかった。この結果は,
M1 での長期増強様の可塑性が誘導できることが知られ
運動準備に伴う M1 への入力と TMS を組み合わせた対刺
ている。本研究では,視覚刺激による単純反応時間課題
激の反復によって生じる可塑性が,spike timing-dependent
を用いて,運動開始時間にあわせて M1 への TMS を施行
plasticity に類似した機構による可能性を示唆する。また,
する対刺激を行い(5 秒間隔,20 分),その介入前後で
こうした手法は,リハビリテーション目的などに臨床応
の M1 興奮性の変化を検討した。
運動開始 50ms 前に TMS
用できる可能性がある。
(10)身体運動制御に潜む脳内情報処理の冗長性
平島雅也,野崎大地(東京大・教育学研究科)
ヒトの身体運動は,様々な冗長性を含んでいる。結果
この課題を達成するには,左右どちらのターゲットに対
的に生じる運動が同じでも,それを生み出す脳内過程が
しても,手をまっすぐ前に動かさねばならない。被験者
異なる可能性は十分にある。本研究は,視覚運動変換を
は,結果的に生じる運動が殆ど同じであることに全く気
用いてこの状況を作り出し,同じ運動に対して異なる脳
づかない状態で,この視覚運動変換を学習した。さらに,
内過程が存在しうることを示した。リーチング課題で 2
この視覚運動変換がある状態で,それぞれのターゲット
種類のターゲットを交互に提示し,右斜め 30 度のターゲ
に相反する力場を課したところ,被験者は同時に適応す
ットの場合には,右 30 度の視覚運動変換を与え,左斜め
ることができた。これは同じ運動に対して異なる神経集
30 度のターゲットの場合は,左 30 度の変換を与えた。
団が動員されていることを強く示唆する。
(11)特異値分解による歩行運動の制御パラメータの検討
舩戸徹郎,青井伸也,土屋和雄
(京大院・工・機械理工,京大院・工・航空宇宙,同志社・理工・エネ機)
歩行の運動学データを構成する主要な空間・時間基底
解され,各モードは空間基底と時間基底,及びその振幅
を調べることで歩行運動の移動,安定化に作用する制御
の積で表現される。歩行データは平均姿勢とそれを中心
パラメータを推定する。関節位置の運動データを特異値
とする 2 つの周期運動に精度よく分解された。異なる傾
分解すると,運動学的な特徴が似ているモードごとに分
斜勾配下での分解結果を比較した結果,各基底は勾配変
331
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
化に対して変動の小さい stereo typed pattern であり,0 次
いように動いた。それぞれの基底を運動制御と姿勢制御
モードの振幅のみが勾配に従って上昇した。また時変モ
とする制御則を構成し,シミュレーション上で安定した
ードによる重心の動きを計算すると,一方は重心を大き
歩行を確認した。
く動かし,他方は歩行周期後に重心位置の変動が残らな
(12)弾道歩行に基づくヒト2足歩行の重心軌道解析
香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
能動的な関節トルクを与えず離脚時の姿勢と速度のみ
ミュレーションにおいて,能動的なトルクなしで前方に
で決まる弾道歩行は,ヒトの歩行の特徴をよく再現する
移動可能となる条件が重心位置と速度の間の関係として
ことが知られている。弾道歩行の考えに基づくと,離脚
表せることが分かった。また,歩幅や速度の異なる複数
時の姿勢と速度がその後のスイング運動に重要である。
の歩行パターンにおいて,離脚時の重心位置と速度は条
そこで本研究では離脚時の重心位置・速度とスイング動
件を満たした。これらの結果は,前方変位に必要な重心
作中の重心軌道の関係について弾道歩行のモデルシミュ
位置と速度の関係は効率的で安定な歩行のための離脚時
レーションと歩行計測データから解析した。弾道歩行シ
の重心の制約を予測できることを示唆する。
(13)歩行中の手先振動を緩和するメカニズム
東郷俊太,香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
人間が自然に行う動作において,どのような制御が働
っている場合と入っていない場合の身体の各部位の位
いているのか,またどのような方策をとっているのだろ
置,速度,加速度,ジャークを比較した結果,ジャーク
うか。その中でも本研究では,片手でコップに入った水
の差が特に大きいということが分かった。さらに足元か
をこぼさずに運ぶという動作をとりあげて,身体各部位
ら手先に向かうにつれてジャークが段々と小さくなって
の運動軌道を計測・解析し,そのメカニズムにアプロー
いるという結果も得られた。また,歩行周期に対応して
チする。人間がこの動作を実現するために手先部分の振
ジャークの値が小さくなるタイミングも見出された。こ
動を小さくしていると予想し,三次元位置計測装置を用
れらの結果の要因として,関節スティフネスの調整と緩
いて被験者がコップの水を運ぶ動作を計測した。水が入
和のタイミングのメカニズムを考察した。
(14)歩行運動における感覚フィードバックの役割
河島則天,中澤公孝(国立リハセンター)
半身性感覚脱失を呈する脳卒中患者の,極めて興味深
この過程は毎回の歩行開始時に生じるという。そこで,5
い歩行パフォーマンスについて報告する。この患者は歩
分間の歩行を 1 分間のごく短い休息を挟んで 3 セット反
行運動や粗大運動に関して少なくとも見かけ上は円滑に
復する運動を用いて歩行中のストライドインターバルを
実現できているようであるが,本人の内省によると,歩
計測し,その変動を検討した。その結果,被験者の内省
行運動開始後,約 1 分程度を経なければ歩行が安定せず,
に一致して歩行開始後徐々にストライドインターバルが
332
研究会報告
安定していく過程が認められ,一定のインターバルに収
目,3 セット目にも同様に認められた。この現象の発現
束するタイミングは本人が歩行が安定した,と回答する
機序について,①歩行運動における感覚情報の役割,②
タイミングに良く一致した。興味深いことに,2 セット
内部モデルの修正と更新,という側面から考察する。
(15)ヒトの歩行における脚関節間協調の解析
垣内田翔子,橋爪善光,西井
淳(山口大院・理工)
生体は熟練した運動を行なう際,無数にとれる運動軌
最も足部が床に近づく瞬間及び遊脚終了直前に関節間協
道の中からほぼ同じ軌道を毎回選択する一方で,試行毎
調は顕著に見られた。また,接地時の足部の速度が一歩
に若干の軌道のばらつきも観察される。本研究では,ヒ
毎にばらつかないように関節間協調が働いていることも
トの歩行時の脚関節角度のばらつきの解析を行なった。
わかった。これらのことから,接地の準備を行なう遊脚
その結果,腰・膝・踝関節の協調によって腰に対する足
終期等歩行の安定化に重要なタイミングにおいては,関
先の鉛直成分の位置のばらつきが歩行周期全体に渡り小
節間協調が働き,足先位置が巧みに調節されていること
さく抑えられていることがわかった。特に,遊脚中期の
がわかった。
(シンポジウム2)運動タイミングとリズムの制御機構の研究
オーガナイザー:大前彰吾(北大院・医学研究科)
脳が時間情報をどのように処理しているのか,という
須である。そこで,本シンポジウムではまず“前頭葉の
疑問は歴史が長い。しかし眼や耳のような固有の入出力
タイミング制御に果たす役割”を電気生理学的に調べた
器官がない時間は,脳内に独立した情報処理システムが
研究を紹介する。次に“タイミング制御を可能にするニ
存在するか否かですら定かではない。本シンポジウムで
ューラルネットワークモデル”の研究を紹介する。最後
はタイミングとリズムに焦点を当てた。タイミングの制
に,
“リズムの制御機構”の研究を紹介する。リズム制御
御には,大脳皮質,小脳,基底核,視床など様々な部位
は単にタイミング制御の繰り返しではないと言われてい
の関与が報告されている。分散した複雑なシステムの研
る。リズム制御とタイミング制御の比較もこれからの重
究には,知見の積み上げとそれらの包括的なまとめが必
要な課題である。
(S9)サル前頭前野における時間長の認知と再生
湯本直杉(都神経研)
時間長の情報が脳においてどのように処理されている
提示された期間と同じ時間長だけ待機した後にボタンを
か調べるため,時間再生課題を構築し,課題遂行中のサ
押す。この課題を遂行中のサル前頭前野内側面(9 野)
ル前頭前野皮質から神経活動記録を行った。課題におい
から時間長に特異的な神経活動が記録された。試行結果
て提示される時間情報は 2 秒,4 秒,もしくは 7 秒間で
の正否により,Post-instruction 期間中の発火率に有意な差
あり,Instruction Cue LED の点灯持続時間によって表さ
が見られ,また 9 野へ GABA アゴニストであるムシモール
れる。Go Signal 出現後,サルは Instruction Cue によって
を注入した結果,課題試行時の失敗率に有意な増加が見
333
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
られた。これらの結果から,前頭前野皮質が時間情報の
認知と再生に大きく関わっている可能性が示唆される。
(S10)運動のタイミング制御における前頭葉内側部の役割
國松
淳(北大院・医学研究科)
われわれは自ら意図したタイミングで運動を開始する
定のタイミングで自発的に運動を開始させる課題
ことができる。自発運動の発現に前頭葉内側部が関与し
(Self-timed 課題)と視覚刺激に応じて即座に運動を開始
ているとの報告は数多いが,どのような信号によってそ
させる課題(External 課題)をサルに訓練し,運動準備
のタイミングが制御されているかはわかっていない。運
期間に前頭葉内側部の微小電気刺激を行った。その結果,
動性視床の運動準備期間の神経活動が,自発性眼球運動
External 課題とくらべて,Self-timed 課題で大きく運動潜
のタイミング制御に関与していることが最近明らかにさ
時が変化し,前頭葉内側部の運動準備期間の神経活動に
れた。これらの信号は前頭葉内側部に送られ,自発運動
よって自発的な運動のタイミングが制御されていること
のタイミングを制御している可能性がある。我々は,一
が示唆された。
(S11)経過時間を表現する補足眼野神経活動の研究
大前彰吾(北大院・医学研究科)
経過時間の予測と検出は日常生活においても重要であ
細胞 155 個から記録した結果,遅延期間の長さと Go シ
る。様々な部位の時間情報処理への関与が報告されてき
グナルの前 300 ミリ秒の期間の発火頻度が有意に相関し
たが,眼球運動の高次中枢である補足眼野については知
た神経細胞は 48 (31%),また Go シグナルの後 300 ミリ
見が欠けていた。補足眼野に経過時間の表現があるかと
秒の期間の発火頻度と有意に相関した細胞は 34 (22%)
いう疑問に迫るため,500~800 ミリ秒のランダムな遅延
だった。しかし,これらの活動は運動の反応時間とは相
期間の直後にサッカードする課題を 2 頭のサルに訓練し
関しなかった。これらの活動は運動の開始自体よりは,
た。遅延期間は標的が提示されてから固視点消失(Go
むしろ経過時間の予測や検出などの時間情報処理へ貢献
シグナル)までとした。課題中の活動を補足眼野の神経
していることが示唆された。
(S12)タイミング機構の小脳モデル
山崎
匡(理化学研究所)
複雑で滑らかな運動は体中の無数の筋肉を正しいタイ
案されてきた。本発表ではまずこれまで提案されてきた
ミングで作動・停止することで実現される。そのため,
タイミング機構の小脳モデルを概説し,それらのモデル
タイミング制御はあらゆる運動に必要不可欠であり,運
がどのようにしてタイミングを学習し瞬目反射の条件付
動制御において重要な役割を担っている小脳にはその機
けを説明するのか紹介する。さらに我々のグループが提
構が備わっていると考えられている。小脳のタイミング
案している小脳の Liquid state machine モデルについて,
機構は瞬目反射の条件付け課題で実験的にも理論的にも
その計算機構とそれを用いたタイミング学習の仕組みを
深く研究されており,これまでに多くの数理モデルが提
説明する。最後にタイミング学習に限定しない,小脳の
334
研究会報告
より一般の計算機構についても簡単に触れる。
(S13)サルにおけるリズム制御機構
鴻池菜保(京大・霊長研)
円滑な運動をおこなうためには,ひとつひとつの動作
ベルで解明するためには,リズミカルな運動課題を遂行
を正確におこなうだけでなく,一連の運動をリズミカル
中のサルの脳活動を電気生理学的手法で記録することが
におこなうことが重要である。今まで,心理学的研究や
不可欠である。しかし今まで,サルがヒトと同じように
イメージング研究によって,ヒトのリズム運動における
リズム課題をおこなえるかさえわからなかった。今回,
行動特性や関与する脳領域があきらかになっている。し
電気生理学的実験に先立ち,サルをリズミカルなボタン
かしこれらの手法では,それぞれの脳領域で,どのよう
押し課題を用いて訓練し,その行動特性を明らかにした
に運動のリズムが制御されているか,という疑問に直接
ので報告する。
答えることはできない。リズム制御の神経機構を細胞レ
(16)大脳皮質 MST 野における追従眼球運動適応中のニューロン活動
大藤智世,竹村
文(筑波大院・人間総合・感性認知,産総研・脳神経)
我々は,運動学習のメカニズムを解明するために,サ
が多くなされてきた。小脳学習仮説を検証するため,本
ルの追従眼球運動を用いた研究を行っている。追従眼球
研究ではまず,小脳の上流に位置し,小脳への入力を送
運動は,視野の広い部分の突然の動きに対して,それを
っていると考えられる MST 野から,追従眼球運動適応
追いかけるような,短潜時で生じる眼の動きである。先
中の神経活動を記録した。その結果,ほとんどの MST
行研究により,追従眼球運動の発現には大脳皮質 MST
野のニューロン活動は,学習の前後で学習の原因となる
野と小脳腹側傍片葉を含む経路が関与していることが示
変化を示さなかった。すなわち,MST 野では追従眼球運
唆されている。これまで様々な眼球運動や腕運動を対象
動の学習中も一定の信号が生成されており,MST 野から
にして,小脳皮質が学習の座であることを示唆する研究
小脳への入力は変化していないことが示唆された。
(17)片側一次視覚野切除サルの記憶誘導性サッケードとその神経機構
高浦加奈,吉田正俊,伊佐
正(総研大・生命科学,生理研・認知行動発達,CREST・JST)
大脳皮質一次視覚野 (V1) への損傷は対応する視野内
側 V1 切除サルが損傷視野内でも記憶誘導性サッケード
での視覚的気づきの消失につながる。しかし一部の損傷
が可能であることを示した。続いてその神経基盤を調べ
患者では「盲視」と呼ばれる「視覚的気づきと乖離した
るために同課題遂行中に上丘から単一神経細胞記録を行
視覚運動変換能力」が報告されている。「視覚的気づき」
ったところ,損傷同側上丘の多くの神経細胞で遅延期間
は作業記憶との密接な繋がりが示唆されており,損傷視
中に持続性の発火活動が観察された。このような持続性
野内では作業記憶は利用できないだろうと考えられてき
発火活動は健常な脳では主に皮質領域で報告されてきて
た。本研究ではまず,盲視のモデル動物とされている片
いる。以上の結果から V1 損傷後も空間作業記憶が利用
335
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
可能であること,また V1 損傷後には損傷同側上丘が皮
質領域の機能を一部補償している可能性が示された。
(18)サッケード眼球運動制御における一次視覚野の機能
池田琢朗,吉田正俊,伊佐
正(生理研,CREST・JST,総研大)
視覚対象に対するサッケード眼球運動は,その速さに
ケードにおいては運動速度のばらつきを補正するように
も関わらず極めて正確であることが知られている。様々
運動の持続時間が変化していた一方で,損傷側へのサッ
な研究の結果から,サッケード眼球運動はその最中にな
ケードにおいては速度に関わらず持続時間はほぼ一定で
んらかの制御を受けており,それによりばらつきを抑え
ありその結果運動が不正確になっていることが明らかと
正確性を高めていることが示唆されているが,その神経
なった。この結果は一次視覚野の損傷によってサッケー
基盤は未だ明らかではない。これを調べるために我々は
ド眼球運動中の補正的な制御が傷害されることを意味し
一次視覚野を片側的に損傷したモデル動物を用いてサッ
ており,視覚野を介したリアルタイムの運動制御機構の
ケード眼球運動を解析した。この結果,健常側へのサッ
存在を示唆するものである。
(19)サル前頭眼野注視ニューロンの活動とサッケードの抑制
伊澤佳子,鈴木寿夫,篠田義一(東京医科歯科大院・医・システム神経生理)
動物は,視野内に興味ある物体が出現するとサッケー
る視覚性応答ではなく注視行動そのものに関連している
ドを行い視標を中心窩に捉えて注視する。前頭眼野は従
と考えられる。また,注視ニューロンの発火は通常,視
来サッケードの発現に重要な役割を果たすことが知られ
覚誘導性および記憶誘導性サッケードの開始に先行して
ているが,我々は最近微少電流刺激により視覚誘導性サ
減少することがわかった。前頭眼野のサッケード抑制部
ッケードを抑制する部位が前頭眼野に存在することを明
位では注視ニューロンが多数記録されたことから,この
らかにした。本研究では,この抑制部位において,特に
部位は注視の際に働き,視野内に現れる視標に対して反
注視中に強い持続発火を示す注視ニューロンの神経活動
射的に起こる眼球運動の抑制に関わるものと考えられ
を解析した。この注視ニューロンの活動は,注視中に視
る。
標を消しても継続したので,網膜中心窩の光刺激に対す
(20)上丘スライス標本上での salience map
伊佐
正,Penphimon Phongphanphanee, Robert Marino,金田勝幸,柳川右千夫,Douglas Munoz
(生理研・認知行動発達,カナダ・クイーンズ大,群馬大・遺伝発達行動学)
視 覚 空 間 内 の 特 定 の タ ー ゲ ッ ト を 選 び だ す target
水平断スライスを作成することで上丘の浅層の視覚空間
selection の過程においては,空間を表現するマップの上
マップと中間層の運動ベクトルマップの構造を維持した
での winner-take-all の機構が作用するモデルが立てられ
まま in vitro で解析する実験系を確立した。このようなス
ているが,このような機構が中枢神経系のどこに存在す
ライス上の 1 個のニューロンからホールセル記録を行
るかは明確でなかった。我々は今回マウスの中脳上丘の
い,周辺を多チャンネルの刺激電極アレイで網羅的に刺
336
研究会報告
激したところ,浅層においては近傍興奮,周辺抑制の明
いた。以上の結果は上丘浅層に winner-take-all の機構が
確なメキシカンハット型の構造があることが明らかにな
内在していることを示唆する。
った。それに対して中間層では興奮が常に優位になって
(21)視覚的定位行動課題の意思決定におけるラット上丘の働き
長谷川良平,長谷川由香子(産総研・脳神経情報・ニューロテクノロジー)
哺乳類の視覚的定位行動は単純な感覚運動反射ではな
まず覚醒自由行動下においてパルス状の微小電気刺激を
く,意思決定のような高次認知機能によって制御されて
行い,対側への頭部運動や移動などが誘発されることを
いる。我々は視覚的定位行動の脳内機構を調べるために,
観察した。さらに,同じ電極を用いて深麻酔下において
そのモデル課題として課題困難度(視覚的手掛かりのあ
通電による熱破壊を行った。その結果,特に課題難易度
いまいさ)を操作した視覚的手掛かりに基づいて左右に
が高い場合,破壊した上丘と反対側のレバーが正解の試
離れたレバーを選択する課題をラットに訓練した。各ラ
行での成績が悪化するのを観察した。これらの結果から,
ットにおいて課題遂行ストラテジーが安定するのを待っ
視覚的定位行動の意思決定に上丘が重要な役割を担って
た後,左右どちらかの上丘にワイヤー電極を埋め込んだ。
いることを示唆していることが明らかとなった。
(22)時間差の学習と同時性の変化
小池康晴,米山和也,大石圭一,川瀬利弘,神原裕行(東工大・精密工学研究所)
接触タイミングの予測機構を解明するために,現実で
msec ずらして提示し繰り返し試行を行った。その結果,
は起こらない視覚と触覚のタイミングがずれている環境
被験者はほとんどタイミングのずれに気がつかずに 60
での適応過程を実験的に調べた。視覚刺激は一定の重力
回程度の繰り返しにより接触タイミングの予測時間が触
加速度で,接触するタイミングを-60 msec,あるいは 60
覚のタイミングに変化していった。
(23)運動イメージ想起中の大脳皮質運動野の興奮性変化に対する size-weight illusion の影響
東登志夫,菅原憲一,木下
清,船瀬広三,笠井達哉
(神奈川県立保健福祉大,大阪大院・医・予防環境医,広島大院・総合科学・人間科学,広島大)
運動イメージ (MI) 想起中の大脳皮質運動野の興奮性
は映像において box が空間で保持されているタイミング
変化に対する size-weight illusion (SWI) の影響を,経頭蓋
に与え,右の第 1 背側骨間筋 (FDI) と拇指球筋 (Thenar
磁気刺激 (TMS) による運動誘発電位 (MEP) によって検
muscles; TH) から MEP を導出した。実験は,SWI を経験
討した。方法は,被験者に同じ重さ (300g) で大きさの異
する前後で実施した。その結果,経験前では FDI の MEP
なる 2 つの box (S:8×8×8, L:16×16×16cm) を第 3 者が
振幅は L-box 条件の方が有意に大きく,逆に経験後では,
精密把握で持ち上げている動画を見せながら,あたかも
S-box 条件の方が有意に大きな値を示した。TH も同傾向
自分自身が動作を行っている様に MI を想起させた。TMS
を示したが有意差は認められなかった。
337
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(24)手位置の脳内表現
羽倉信宏,番
浩志,Ganesh Gowrishankar,山本洋紀,春野雅彦
(ATR 脳情報研究所,Univ. Birmingham,京都大・人環)
ヒトが運動を行う際,動かす効果器の空間位置を知る
した。脳活動測定中,被験者の手はマニピュランダムに
必要がある。手運動では,多くの場合,運動の目標位置
よって様々な位置に受動的に動かされた。被験者は目の
は視覚情報として与えられる(e.g. 目の前に置かれたコ
前に画面上の注視点を注視した。一つの条件では手位置
ップ)。よって運動計画時にはまず手の初期位置を目標
の変化に対応するカーソルが画面上に提示され(視覚あ
と同じ視覚の入力座標上で表現することが効率的だと考
り条件),別の条件ではそのカーソルは提示されなかっ
えられる。本研究では,「手位置は視覚と同じ座標上で
た(視覚なし条件)。本発表では,網膜部位再現の存在
表現される」という仮説を検証するため,脳機能画像法
する後部頭頂領域を含む背側視覚領域に両条件で共通の
(fMRI) を用いて,視覚の位置情報を表現する領域(網膜
活動が見られたという予備的な結果を報告する。
部位再現領域)上で手位置情報が表現されるのかを調査
(25)脚移動体における身体ダイナミクスを考慮した運動制御法の構築
松下光次郎,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
本研究は,身体系と制御系の相互依存性から生じるダ
を 1 個のみ有する二脚・四脚移動体を対象とした検証実
イナミクスに注目し,脚移動体のための運動制御方法論
験の結果,移動エネルギ効率が良いモデルほど特定の身
の構築を目指すものである。提案する方法論は,三次元
体的特徴に収束し,その身体的特徴がダイナミクスを有
動力学シミュレーション上で進化的計算法を利用した脚
効利用し 1 駆動関節による多自由度運動を実現すること
移動体の身体系と制御系の同時探索を行い,移動エネル
を例証した。すなわち,高い相互依存性を有する制御則
ギ効率(単位移動距離当たり消費するエネルギ量の効率)
と身体的特徴が制御自由度・情報処理量の低減につなが
の良い脚移動体群を獲得,それら脚移動体に共通する身
ることを確認した。さらには,抽出された身体的特徴に
体的特徴および制御則を抽出するものである。駆動関節
基づく実機を開発し,その運動性能を実証した。
(26)筋電義手の操作に対する習熟度の定量的評価法
北佳保里,加藤
龍,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
従来,筋電義手の操作に対する習熟評価は,主観評価
習熟度評価法を提案する。再現度はある動作を繰り返し
や識別率といったパフォーマンス評価が用いられてきた
行ったときの筋活動パターンのばらつき,精度は識別対
が,習熟過程を評価するには情報量が少ない。そこで,
象となる全動作の筋活動パターンの特徴空間上での重複
表面筋電位を用いることで習熟過程において人の内部で
度として定義した。筋電義手の操作中に習熟度と動作識
生じる微細な変化を捉えることが可能であること,人の
別率を算出した結果,精度・識別率間に中から強い正の
運動パターンの変化とそのパターンの再現性が運動習熟
相関があり,さらに精度が高い場合は,再現度の高さが
に密接に関係することに着目し,筋電位から抽出した運
識別率の向上に影響を与えていることが明らかとなり,
動パターンの再現性と精度の 2 項組で習熟度を表す運動
提案手法の習熟度評価指標としての有効性が示された。
338
研究会報告
(27)最速タッピング課題からみた指の運動機能トレーナビリティ
青木朋子,福岡義之,木下
清(熊本県立大・環境共生学,大阪大院・医)
ピアノ等の訓練経験のない健常若年者 7 名を対象に,1
前に比べて有意にタッピングが速くなった。どの条件も
指(示指,環指)及び 2 指交互操作(示指 & 中指,環指
トレーニング開始から 2 週間以内に急激な向上が見られ
& 小指)の最速タッピング課題を約 1 ヵ月間(週 3 回×
たが,トレーニング前後での変化は,環指 & 小指で最も
4,計 12 回)にわたって訓練させ,指の運動機能トレー
大きく,示指 & 中指,環指,示指の順に小さくなった。
ナビリティを調べた。毎回のトレーニングでは各条件 1
一方,トレーニング前後に測定した各指の最大摘み力に
試行 7 秒間を 10 試行ずつ繰り返させ,十分な休憩後に各
変化は認められなかった。これらの結果から,短期的ト
条件のタップ間間隔を調べた。その結果,4 条件すべて
レーニングによる指の運動機能向上には主に神経系の発
において,12 回のトレーニング終了後にはトレーニング
達が深く関与していることが示唆された。
(28)全身リズム動作における感覚運動協応
三浦哲都,工藤和俊,金久博昭(東京大・総合文化)
リズム動作の感覚運動同期研究において全身動作を用
課題動作の難易度評価では,DN より UP の方が難しいと
いた研究は少ない。本研究では,音楽に合わせた全身動
感じていた。膝関節角度,角速度を状態空間でプロット
作の熟練者であるストリートダンサーとダンス未経験者
して,ビート時の位相角を算出し,DN と UP で比較した。
に,全身動作による感覚運動同期課題を行わせ,そのメ
すると,DN の方が UP より安定しており,UP は周波数
カニズムを検討した。課題動作として,ストリートダン
が高くになるに従い,DN の位相角へと引き込み現象が
スのダウンのリズム動作(ビートと膝屈曲を同時:DN),
起きた。これらの結果より,全身リズム動作には DN と
アップのリズム動作(ビートと膝伸展を同時:UP)を 8
UP という 2 つの動作モードが存在していることが明ら
種類の周波数 (40, 60, 80, 100, 120, 140, 160, 180bpm) で行
かになった。
わせ,下肢の筋活動測定及び 2 次元動作解析を行った。
(29)金管楽器演奏中の表情筋の筋活動様相
平野
剛,三浦哲都,吉江道子,工藤和俊,大築立志,木下
博
(大阪大院・医・予防環境医,東京大院・総合文化・生命環境)
本研究では,表面筋電図を用いて金管楽器演奏におけ
情筋の平均筋活動を解析した結果,1 オクターブ跳躍課
る熟練者と未熟練者の筋活動の相違点について検討を行
題では 3 種の筋において,課題を成功させるための筋活
った。音楽大学でホルンを専攻している 12 名の熟練者群
動の変化量が未熟練者よりも熟練者のほうが少ないこと
と,一般大学でホルンを趣味として演奏している 10 名の
が確認された。このことから金管楽器演奏においても,
未熟練者群に,メトロノーム (bpm=80) に合わせて,(1) ロ
熟練者では少ない筋活動の変化で高度な課題を達成する
ングトーン課題(1 つの音を一定の長さ吹く課題)と(2) 1
ことがでることが確認された。高いパフォーマンスを維
オクターブ跳躍課題(音高の異なる 2 つの音を途切れる
持するために,特に高い音高に対する筋活動の適切な制
ことなく吹く課題)の 2 つの課題を実施した。5 種の表
御の必要性が示唆された。
339
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(30)歌唱を伴った表打ちと裏打ちタッピング運動時の脳活動比較-fMRI 研究
小幡哲史,深見のどか,植月
静,木下
博
(大阪大院・医・予防環境医,
(株)ニッソーネット,西播磨リハ病院)
本研究では fMRI を用いて歌唱を伴った表打ちと裏打
題間に安静 (24.5 sec) を挟むブロックデザインを用いた。
ちにおける脳の賦活領域を明らかにし,それらの相違点
その結果,裏打ちは表打ちに比べて,右半球の補足運動
について検討を行った。健常成人 17 名(男性 3,女性 14
野前方部 (pre-SMA),運動前野,小脳,島,運動性言語
名)に,メトロノーム (bpm=105) に合わせて,(1) 歌:1
野,左半球の補足運動野後方部 (SMA-proper),小脳での
オクターブのスケールをハミング,(2) 手:メトロノーム
活動が有意に上昇することが確認された。このことから,
に合わせて手拍子,(3) 表打ち:ハミング+メトロノーム
裏打ちは表打ちに対して,運動の計画性,準備,外部信
音に合わせて手拍子,(4) 裏打ち:ハミング+裏打ち(メ
号(メトロノーム音)の知覚や内的処理をより必要とす
トロノーム音間の中間で手拍子)の 4 条件を 2 回ずつラ
ることが考えられる。
ンダムに 2 セッション実施した。課題呈示は 24.5 sec,課
(31)熟練ドラム奏者の音圧制御動作における音圧パラメータ動作パラメータの関連性
藤井進也,平島雅也,工藤和俊,中村仁彦,大築立志,小田伸午
(京大院・人間環境学,東大院・教育学・総合文化・情報理工学)
音楽を演奏するには,身体を巧みに制御する必要があ
おこなった。その結果として,ドラム奏者は音圧を増加
る。熟練した音楽家は小さな音から大きな音まで音の大
させるために,インパクト時のスティックの回転,手首
きさを自由に変化させることができるが,どのような制
の屈曲や尺屈,肘の伸展や回外の角速度を増大させてい
御ストラテジーを用いて音圧調節を実現しているのか明
ることがわかった。またインパクト時,つまり動作の最
らかではない。本研究では,日本トップレベルのプロド
終局面におけるこれら身体遠位部の関節角速度を増大さ
ラム奏者が片手ストロークで音量を多段階で調節する際
せるため,動作の初期段階における体幹や肩といった身
の動作を測定し,5 セグメント(体幹・上腕・前腕・手・
体近位部の関節角速度を増大させていることがわかっ
スティック)16 自由度モデルを用いて三次元動作解析を
た。
(シンポジウム3)多面的スケールによる脳機能計測・解析法を求めて
~超若手の目に映る研究の現場~
オーガナイザー:深山
理(東京大・情報理工)
近年の技術的進歩に伴い,一回の実験で脳から記録可
は BMI に代表される工学的応用,もう一つは,大域的な
能な情報量は指数関数的に増大している。しかし,その
神経活動から得られるネットワークと認知機能の関係性
膨大な情報を十分に活かした解析・応用技術は未だ発展
について理解する試みである。両者は,脳の情報表現を
途上にある。本シンポジウムでは,中枢神経系からの信
解読し,我々にとって意味のある形態に変換する点で共
号計測・解析の現場に携わる若手研究者が,各々の専門
通の要素を包含する一方,対象とするシステムのスケー
分野に基づき,以下の 2 点に着目した議論を行う。一つ
ルが大きく異なる。すなわち,前者では身体各部の運動・
340
研究会報告
感覚を単位とし,後者ではより大きなスケールでの認知
スケールに基づくアプローチによる脳の理解について,
が対象である。本シンポジウムでは,このような多面的
参加者と議論を深めたい。
(S14)ラットカーシステムを用いた運動皮質における可塑的な機能変化抽出の試み
深山
理(東京大・情報理工)
大脳の情報処理において,可塑的な機能変化は計算機
ければ,両者の関係を示すパラメータは一定値へと収束
との間に大きな相違を与える特徴の一つである。本発表
することが想定されるが,実際には時間の進行につれて
では,我々の開発してきた車体型 Brain-Machine Interface
パラメータの変動が見られることが多い。これらの変動
「ラットカー」システムを用いた,脳に生じる機能変化の
を観察すると,大きく 3 種類の傾向に大別されることが
抽出法について考察する。ラットカーシステムでは,ラ
分かった。本発表では,このように計測信号波形から抽
ット運動中枢の細胞外電位と自発的な歩行特徴量を同時
出される変動量が生理学的にどのような意味を持つのか
計測し,両者の対応関係が適応的に同定される。このと
(そもそも持ちうるのかも含め)検討したい。
き,計測された神経細胞の担う機能の時間的変化が小さ
(S15)硬膜外神経活動計測を用いた低侵襲 BMI の実現可能性の検討
加藤
従来型の BMI では,制御信号源として皮質電位,脳波,
龍(東京大・工学)
た。次に,慢性計測を行い,ラットの随意運動の状態と
脳血流変化などが用いられるが,侵襲度と空間分解能・
硬膜外電位を同時に計測可能な環境を整え,記録された
S/N 比との間にはトレードオフがあり,また両極端な関
硬膜外電位からパターン認識を用いた運動状態(安静,
係にある。そこで本研究では,低侵襲で計測可能な硬膜
歩行,二足立ち)の識別を行った。その結果,運動状態
外神経活動に注目し,バランスがとれた BMI の実現可能
に適した電極配置があること,2 状態で 80%,3-4 状態で
性について検討した。まず,ラットの頭蓋骨・硬膜間に
65%とチャンスレベルを大きく超える識別率となったこ
針電極を留置し,信号特性の検証を行った。急性実験の
とから,硬膜外神経活動計測を用いた BMI の実現可能性
結果,安楽死前後の硬膜外電位の変化から,計測可能な
を示した。
信号強度や有効な周波数帯などの基礎的な知見が得られ
(S16)Granger Causality を用いたサルの ECoG における複数領野間の関係性の変化の解析
竹中一仁(東京大・情報理工)
従来の神経活動の解析が外的なイベントに関連した神
の記述方法としてこれまでよく同期現象が扱われてきた
経活動の発見を中心に行われてきたのに対し,近年の多
が,これは一方法にすぎない。これに対し本研究では新
点同時計測技術の発達はその神経活動自身に内在する構
たな関係性記述の方法として,統計的な因果関係の指標
造を抽出することを可能にしている。このような神経活
となる Granger Causality を用いた解析を行った。サルか
動自身の構造を我々は関係性と呼ぶ。このような関係性
ら計測した ECoG に対して,複数の電極間のある時間間
341
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
隔における因果関係の強さを記述し,その因果関係のパ
パターンが明確に変化することを見つけた。これは同手
ターンが時間とともにどのように変化するかを調べた。
法が,関係性記述の一つとして有用であることを示唆し
その結果,日をまたいでも共通の特定のパターンが繰り
ている。
返し現れ,さらにエサとりタスクの終了に伴って,この
(S17)同期における位相角度の分布に基づく領野間の関係性の推定
柳川
透(理化学研究所)
近年の多電極計測技術の進展により,脳の複数領野か
し,電極間の相互関係性を推定した。まず,我々は電極
らの同時多点計測が可能になってきた。相互関係性は多
間に同期活動が見られる時,その位相角度分布に固有モ
点間機能理解の方法として重要な視点であるが,その標
チーフが存在する事を発見した。そして,固有モチーフ
準的記述法は定まっていない。一方,同期現象は電極間
の類似性に基づき電極をグループ分けすると,空間的ク
の相互関係性を推定するための有力な指標と言われてき
ラスターが抽出でき,それが PFC, PM, M1 などの解剖学
たが,同期現象によって相互関係性を記述する方法は確
的領野とほぼ一致することを見つけた。これは,同手法
立されていない。そこで,本研究では,ECoG を用いて
が,脳内ネットワーク機能の関係性記述の一つの方法と
行動中のサルから計測された神経活動の同期現象を解析
して有用である事を示唆している。
(シンポジウム4)脳はどのように両手の協調運動制御を実現するのか?
オーガナイザー:櫻田
武(東工大)
左右脳半球は主に対側の身体制御に携わっていること
部位だけではなく,その対側身体部位との関係性も考慮
が知られている。しかし,これらの制御系は脳梁などの
しつつ,必要に応じて脳内の情報処理が切り替えられて
神経接続を介してお互いに様々な情報のやり取りを行っ
いるメカニズムについて検討する。具体的には,片手両
ており,協調的な両側運動を実現するための重要な役割
手・左右の対称性や運動方向など,左右身体部位の相対
を果たしている。また,このような左右制御系間にまた
関係が変化した際に,それぞれどのような情報処理の切
がる情報処理は,固定的な系により行われるのではなく,
り替えが行われているか議論し,その機能的側面を考察
状況によって変化することが知られている。本シンポジ
する。
ウムでは,運動を生成する際には,制御対象となる身体
(S18)両側運動における拘束条件と左右制御系間相互作用の役割
櫻田
武(東工大)
両側運動の安定性などは,左右で駆動する筋の一致や
る拘束条件によって情報処理が切り替えられた結果であ
動かす身体部位の運動方向の一致などに依存して変化す
ると捉える。また,左右制御系は脳梁に代表されるよう
ることが知られているが,その具体的なメカニズムは不
に神経接続が強く,左右制御系がこのような神経接続を
明な点が多い。本研究では,以上の特性を脳内に存在す
介して相互作用している点に着目し,この相互作用が両
342
研究会報告
側運動の特性を決定付ける情報処理であることを仮説と
互作用しており,脳はこれらの相互作用に対して段階的
しておき,そのメカニズムを検証した。結果から,運動
に情報処理を調節している可能性が示唆された。これら
指令など制御系からの出力情報だけでなく,運動計画な
の結果を踏まえ,両側運動制御系が有する情報処理の意
どの上位制御系で処理される情報も,左右制御系間で相
味合いを考察していく。
(S19)両腕到達運動中の脳内過程
-対側の腕運動に応じた運動学習メモリ(制御過程)の切り替わり-
横井
惇(東京大)
両腕で一つの物体を操作する動作を考えた場合,左右
腕動作で獲得した運動学習効果が,非対称な両腕運動時
の腕は物体を通して相互に影響を及ぼし合うという複雑
にどの程度転移するのかを調べることによって,一方の
な力学的環境下にある。このような状況下で目的の運動
腕の運動に応じた制御過程の切り替わりを示唆する結果
を達成するためには,一方の腕の制御器が他方の腕の運
を得た。また,複数の内部状態をもつ状態空間モデルを
動状況(ないし計画)を予め考慮に入れて働く必要があ
用いて実験結果の説明を試みた。
ると考えられる。この問題に対し我々は,「両腕運動中
今回の発表では,これらの研究の結果を紹介しつつ,
において一方の腕の運動状況に応じて他方の腕の制御過
両腕運動における左右の情報の相互作用の機能的な役割
程が切り替わっている」という仮説のもとに研究を行っ
について考察を行う。
てきた。成人を対象とした心理物理実験では,対称な両
(S20)両手運動の協調パターンと脳活動
荒牧
両手運動は左右片手運動の単純な和ではない。両手運
動では,脳梁による左右半球間結合,同側皮質脊髄路な
どの解剖学的構造により,左右の運動システムが不可避
的に相互作用する。発表者はこうした相互作用は両手の
協調運動を困難にする,というネガティブな側面だけで
はなく,協調パターンによっては情報共有によるコスト
の削減に役立つ,というポジティブな側面にも注目して
研究を進めてきた。ここに両手運動の協調パターンと脳
勇(情報通信研究機構)
ンによって各脳部位の活動が動的に変化することを示
す。
(1) 左片手運動時と両手鏡像運動時の左手運動制御系
の活動差異
(2) 両手運動時の脳活動と左右の片手運動時の脳活動
の和の比較
(3) 両手運動のパフォーマンスを運動開始時点の脳活
動から予測する
活動に関連する 3 つの研究を紹介し,両手の協調パター
343
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(32)サル皮質脊髄路:一次運動野手指制御領域から脊髄への軸索投射の髄節及び
脊髄灰白質各層における定量的解析
吉野-斉藤紀美香,西村幸男,大石高生,伊佐
正
(産総研・脳神経情報・システム脳,ワシントン大・生物物理,
京大・霊長研・分子生理,生理研・認知行動発達,CREST/JST)
サル一次運動野において指の運動を制御する領域に高
IX 層であり,同側では VIII 層であった。神経終末部の多
感度の順行性トレーサーを注入し,皮質脊髄路を下降す
くは対側の第 7 頚髄から第 1 胸髄の IX 層運動ニューロ
る軸索が脊髄の第 2 頚髄から第 2 胸髄のどこにどれだけ
ンプールにおいて確認されたが,軸索の投射が多くみら
投射しているかを定量的及び定性的に調べた。脊髄白質
れたのは第 5 頚髄から第 7 頚髄の対側 VI 層から VII 層及
部において,約 9 割の軸索は注入部位と対側の背側側索
び同側 VIII 層であった。これらの事から対側の手指の運
に確認され,1 割弱の軸索が同側の背側側索及び腹側前
動の制御には,運動ニューロンが分布する髄節よりも 2
索に確認された。脊髄灰白質において,軸索投射及び神
~3 髄節吻側に位置する介在ニューロンが大きく関与し
経終末部が確認されたのは主に対側の VI 層から VII 層と
ている事が考えられた。
(33)覚醒サルにおける筋由来の感覚入力に対するシナプス前抑制制評価法の開発
金
祉希,関
和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
目的とする運動が正しく行われるためには,末梢から
位に微小電流刺激を行った。その結果,DR に装着して
の感覚情報が適切に処理される必要があるが,その機構
あるカフ電極に逆行性電位が記録され,覚醒サルの筋由
はよく知られていない。この感覚情報の調節機構,特に
来の求心性神経においても逆行性電位を記録できる事が
求心神経入力を制御する機構として,シナプス前抑制が
初めて明らかになった。これは覚醒行動下の動物におい
古くから知られている。しかし,覚醒行動下の筋求心神
て筋由来の感覚入力に対するシナプス前抑制を評価でき
経へのシナプス前抑制の評価方法(興奮性試験)は確立
る事を示したものである。今後,運動課題の各局面にお
していなかった。そこで我々は,覚醒サルの手首随意運
ける逆行性電位の詳細な解析から,運動課題の局面に依
動中に橈骨神経深枝 (DR) 刺激に対する短潜時応答が認
存した変化を検討する。
められる脊髄ニューロンを検索し,同定された脊髄内部
(34)把握運動制御における大脳皮質および脊髄神経機構の機能的差異
武井智彦,関
和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
霊長類における上肢随意運動の制御機構として,大脳
ため,把握運動中のサルから一次運動野(皮質-運動ニュ
皮質が脊髄運動ニューロンを直接的に制御する経路と,
ーロン細胞)及び脊髄介在ニューロンの神経活動記録を
脳幹および脊髄介在ニューロンを介して間接的に制御す
行い,両者の筋活動に対する影響を比較した。その結果,
る経路が存在することが知られている。それではなぜ中
脊髄ニューロンは皮質ニューロンに比べて 1) より多く
枢神経系はこのような複数の経路を用意しているのであ
の筋群の活動生成に関わっており,また 2) 個々の筋に
ろうか?
対してもより強い促進効果を持っていることが明らかと
344
我々はこれらの経路の機能的差異を検討する
研究会報告
なった。これらの結果から,脊髄介在ニューロンを介し
が生成され,さらに直接経路によってより微細な筋活動
た経路によって把握運動における基本的な筋活動パタン
の調整が行われているという制御図式が示唆された。
(35)脊髄反射経路における姿勢と運動の制御
高草木薫(旭川医大・生理学・神経機能)
手足や体幹の運動は脊髄反射経路を介して誘発され
運動細胞に伝える脊髄内抑制性介在細胞を電気生理学的
る。特に,外界からの環境にリアルタイムに適応して運
に同定し,これに対する末梢からの感覚入力様式を解析
動を誘発するためには,体性感覚情報と上位運動中枢か
した。その結果,筋緊張抑制を誘発する抑制性介在細胞
らの情報を統合して,目的とする運動とこれを実現させ
は,屈曲反射経路からの多シナプス性の抑制作用と,骨
るための姿勢制御が必須となる。本研究では,筋緊張の
格筋からのⅠ群線維からの単シナプスの興奮作用を受け
調節に係る網様体脊髄路と末梢からの体性感覚とが脊髄
ることが明らかとなった。これらの成績から,姿勢と運
レベルにおいてどの様に相互作用するのかを解析した。
動の統合における脊髄反射経路の機能的役割を考察す
実験には,急性除脳ネコ標本を用いた。筋緊張を減弱さ
る。
せる網様体脊髄路からの興奮性入力を受け,その作用を
(36)運動単位の動員;発火に関するタマネギ層構造は本当か?
大屋知徹,Stephan Riek,Andrew G. Cresswell
(School of Human Movement Studies, The University of Queensland)
随意運動中の運動単位の動員域や発火頻度の活動様式
れを各運動単位の発火列に分解した。この結果,ヒラメ
について,高閾値の運動単位は速筋線維から構成されて
筋において高閾値の運動単位は,閾値下発火頻度や最大
いるため,強縮によって最大の筋力を発揮するには高頻
発火頻度において低閾値の運動単位を上回ることが示さ
度で発火する必要があるにも関わらず,低閾値の運動単
れた。ヒラメ筋の運動単位は機能的要請にあった発火様
位のほうが高頻度で発火すること(タマネギ層構造)が
式を示すことが明らかになったが,この発火様式に対す
現在実験的に支持されている。この機能的要請と実験的
る持続性内向き電流 (persistent inward currents) の影響
観察に横たわる齟齬を検証するためにヒラメ筋からの
を,動員の最初と最後での発火頻度の違い (onset-offset
Branched wire 電極と用いて筋内へ電極を挿入し複数の運
hysterisis) から検討した。
動単位の発火を記録し,Decomposition ソフトを用いてこ
(37)頬ひげ刺激に対する覚醒マウスの脳血管反応
田桑弘之,正本和人,ヨーナス・オーディオ,松浦哲也,小畠隆行,管野
巌
(放医研・分子イメージング,電通大・工,クオーピオ大,岩手大・工)
脳賦活に対する局所脳血流調節機構に関するげっ歯類
脳賦活時の脳血管反応と運動動態を同時評価することが
を用いたこれまでの研究は,麻酔下の実験が主であり,
不可能であった。本研究では覚醒マウスの脳血管反応及
345
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
び行動様式を同時かつ繰り返し長期間計測可能な実験系
てレーザドップラ法により連続計測した。同一個体にお
について報告する。実験には C57BL マウス (5w~7w) を
いて頬ひげ刺激に対する脳血流変化及び運動量を 7 日間
用いた。マウス頭蓋に自家製チャンバーを装着し,計測
繰り返し計測した。7 日間の計測において脳血流変化に
装置に固定した。自由回転が可能な発泡スチロール上に
有意な変動が見られなかったが,運動量においては計測
マウスを乗せ,ボールの回転量から運動量を評価した。
日によるばらつきが認められた。運動量と体性感覚野の
頬ひげ刺激に対する脳血管反応を一次体性感覚野におい
活動には相関が認められなかった。
(38)近赤外分光計測画像法による筋出力の再構成
南部功夫,大須理栄子,佐藤雅昭,安藤創一,川人光男,内藤栄一
(奈良先端大院・情報,ATR 脳情報研,京都府立医大・医,NICT)
近 赤 外 分 光 計 測 画 像 法 (Near-infrared spectroscopy:
により発生させた異なる強さを持つ筋出力を単一試行で
NIRS) は,可搬性があり,電気性のアーチファクトに強
再構成することを試みた。その結果,スパース線形回帰
く,ランニングコストが安いなどの特徴から,他の装置
によって筋出力は非常に良く再構成することができ,再
との組み合わせはもちろん,NIRS 単体だけでも簡便に脳
構成は背景ノイズではなく生理学的に妥当な脳活動を使
機能を計測するインターフェースとしての利用が期待さ
っている可能性が高いことが確認された。本研究の結果
れている。しかし NIRS による計測には血圧や脈波など
から,スパース線形回帰は背景ノイズが含まれる信号か
の生体信号が背景ノイズとして混入してしまい,その計
ら課題に関連する脳活動を抽出することが可能であり,
測精度が悪くなる危険性を持っている。そこで本研究で
NIRS 信号への解析方法として非常に有効であることが
は,非常に優れた汎化性を持ち,適切な信号成分のみを
示された。今後,スパース線形回帰を利用した高精度
取り出すことができるスパース線形回帰を用いて,手指
NIRS インターフェースの実現が期待される。
(39)脳損傷後の機能回復に対する運動訓練の効果とそのメカニズムの解明
村田
弓,肥後範行,西村幸男,大石高生,塚田秀夫,伊佐
正,尾上浩隆
(産総研・脳神経,ワシントン大,京大霊長研・分子生理,
浜松ホトニクス・中央研,生理研・認知鼓動発達,理研・分子イメージング)
脳損傷後にリハビリ訓練が行われるが,その回復のメ
非訓練群は精密把握の回復が認められなかった。この結
カニズムは明らかになっていない。運動機能の回復がリ
果から,運動訓練が M1 損傷後の運動機能の回復を促進
ハビリ訓練によって促進される事を明らかにするため
することが示唆された。また,M1 損傷後に精密把握が
に,サルの第一次運動野 (M1) 損傷モデルを使用した。
回復した時期の脳活動を陽電子放出断層撮影法 (PET) で
M1 の手領域にイボテン酸を注入して不可逆的な損傷を
測定した結果,損傷前よりも運動前野腹側部 (PMv) の活
作成した後,運動訓練の有無によっておこる回復過程の
動が上昇する傾向が認められた。このことから,PMv が
違いを調べた。損傷直後は把握動作が不可能であったが,
M1 損傷後の運動機能回復に関連している可能性が考え
訓練群では 1 ヶ月半程度で精密把握が回復した。一方,
られる。
346
研究会報告
(40)慢性期脳卒中片麻痺患者における高頻度磁気刺激と伸筋群の
運動訓練の組み合わせによる上皮機能の回復
小金丸聡子,美馬達哉,Mohamed Nasreldin Hamdoon,福山秀直,道免和久
(兵庫医大院・医・リハビリ,京大院・医・高次脳研)
脳卒中後の神経可塑性変化は,機能回復の生理学的基
動訓練(TENS 補助下)と,高頻度経頭蓋磁気刺激を組
盤とされる。しかし,脳卒中患者の回復の程度は様々で,
み合わせる事により,麻痺側上肢機能の回復を認めたの
神経可塑性は必ずしも正常な機能回復をもたらさない。
で報告する。複数の介入方法を組み合わせることで,タ
たとえば,慢性期片麻痺患者はしばしば上肢の屈曲痙性
ーゲットを絞った神経可塑性を誘導できれば,臨床応用
を生じる。我々は今回慢性期脳卒中片麻痺患者において,
の可能性が広がると期待される。
Use dependent plasticity の理論をもとにした伸展筋群の運
(41)パーキンソン病の運動・認知能力低下の病態解明
花川
隆(国立精神・神経センター・疾病七部)
運動速度が遅くなる疾患の代表であるパーキンソン病
速度の低下が裏付けられた。課題関連性活動を比較する
(PD) に,認知処理速度の低下が併存することが知られる
と,タッピングとその想像では群間に差はなかったが,
ようになった。PD における運動・認知処理速度の病態を
暗算中に PD 患者は右前頭前野と頭頂葉の過剰活動を示
解明するため,健常高齢者と PD 患者で機能的 MRI 実験
した。課題負荷に相関する脳活動を比較すると,PD では
を行った。被験者は数字の視覚刺激提示に基づく手指タ
概して課題負荷に応じた線条体活動の増加が乏しく,タ
ッピング,タッピングの想像,暗算の 3 種類の課題を,4
ッピングによる線条体活動の差は被殻後外側部に,計算
種類の異なる速度負荷量 (0.25-1 Hz) で行った。PD では
による活動の差は被殻前部-中央部と線条体内での部位
低い負荷で正答率が低下したことから,運動・認知処理
局在が認められた。
(42)内部モデルを用いた終端位置制御仮説による筋活動予測
神原裕行,小池康晴(東工大・精密工学)
我々はこれまでに,内部モデル制御と終端位置制御仮
道の特徴が,複雑な軌道計画無しに再現できることを示
説の概念を取り入れた運動制御モデルを提案してきた。
してきた。本発表では,手首 2 自由度の到達運動および
我々のモデルの特徴は,目標軌道計画を行わずに二点間
矢状面内における腕の到達運動に対して,我々のモデル
の運動が実現できるという終端位置制御仮説の最大の利
が運動軌道というキネマティックな特徴だけでなく,筋
点を継承しつつ,終端位置制御仮説を棄却した Bizzi ら
肉の活動パターンというダイナミックな特徴をも再現で
の実験結果も再現できる点にある。我々のモデルを用い
きるかを検証した結果を紹介する。
ることにより,二点間運動や経由点のある運動の手先軌
347
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(43)動作立ち上がり時の表面筋電位信号を用いた指動作識別
近藤玄大,加藤
龍,横井浩史,新井民夫(東大院・工・精密機械)
表面筋電位信号を用いた動作識別において,「手を握
後」の信号が抽出されてきた。本研究では,「発火量の
る/開く」・
「手首を曲げる/伸ばす」などの粗い動作に比
大きさ」という観点から「動作の立ち上がり時」の表面
べ,細やかな「指動作」の識別は難しい。その理由は,
筋電位信号に注目し,細やかな動作を識別するための方
指動作は前腕深部に存在する筋群に支配されるため,動
法論の検討を行う。具体的には,「動作が立ち上がり筋
作にともない生じる表面筋電信号の発火量が小さく見分
電位信号の振幅値がピークとなる一瞬において識別を行
けづらいからである。また,識別に用いる信号を抽出す
い,その識別結果を振幅値が一定の閾値を下回るまで維
るタイミングに関して,先行研究においては「オンライ
持する」という手法を提案した。その結果,従来手法と
ン抽出の容易さ」という観点から,「動作が安定化した
比べて反応速度及び識別率の向上が確認された。
(44)筋肉の協調動作に基づいた起立動作の解析
安
琪(東大院・精密工学)
近年,日本では高齢化社会が進み,高齢者の QOL の
る。しかしながら,起立のメカニズムは現在解明されて
低下が問題視されている。高齢化による筋力の衰えや神
おらず,有効なアシスト及びトレーニング機器の開発は
経疾患などで日常の生活に困難を抱える人が多く,また
困難となっている。本研究では,シナジーと呼ばれる複
介護士の数やシステムは未だ充実していない。これらの
数の筋肉の協調動作に着目した解析を表面筋電位を用い
問題を解決するために,筆者は人の起立動作に着目をし
て行った。その結果,人の立ち上がり動作が複数のシナ
た研究を行ってきた。起立動作は日常生活の様々な行動
ジーによって構成されており,それぞれが重要な役割(動
の起点となる動作であるため,それを積極的にサポート
作のダイナミクスの生成と姿勢制御)を果たしているこ
することは介護予防の観点から見ても重要であると言え
とが分かった。
(45)手首運動における2つの制御系の同定
李
鐘昊,筧
慎治(東京都神経研・認知行動)
本研究では手首運動における筋活動とキネマティクス
るのに対し,指標追跡運動の筋活動は位置成分に加え速
の因果関係に基づき,筋活動からその生成に与る制御器
度成分とも強い相関があった。 この結果から ST 運動では
の情報を抽出する方法を検討した。 正常被験者 6 名に手
主に静止ターゲットに対する位置制御が行われ,追跡運
首の step-tracking (ST) 運動と指標追跡運動を行わせ,手
動では動くターゲットに対する位置と速度制御を同時に
首位置と4 主動筋の筋電図を記録した。 関節トルクレベ
行っていると考えられた。 さらに追跡運動の筋活動は位
ルで筋活動とキネマティクスの因果関係を同定し筋活動
置・速度制御の運動指令と位置制御優位の 2 つの成分に
がキネマティクスのどの要素と関係が深いかを調べた。
分解され,2 つの制御器が並列動作している可能性が示
その結果,ST 運動では筋活動はほぼ位置成分で説明され
唆された。
348
研究会報告
14.上皮組織における細胞外環境感受機構
2009 年 11 月 9 日-11 月 10 日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)
(1)熱ショック転写因子を介するタンパク質恒常性維持の新しい分子機構
中井
彰(山口大学大学院医学研究系研究科医科学分野)
(2)モルモット卵管上皮線毛運動周波数の卵巣周期中の変化と Estrogen と Progesterone の効果
中張隆司(大阪医科大学生理学)
(3)ヒト小腸上皮モデルである Caco-2 細胞におけるフラボノイドの代謝と輸送
室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)
(4)神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体 NKCC1 の役割
-フラボノイドによる神経再生の試み-
中島謙一(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)
(5)ヒト及びラット下部消化管における苦味物質の受容と分泌作用
加治いずみ(静岡県立大学院・環境科学研究所
環境生理学研究室)
+
(6)アルドステロンによる Na 再吸収亢進は p38 を介する
太田麻利子(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)
(7)Identification of binding proteins for human Nedd4L C2 domain
Tomoaki Ishigami (Yokohama City University Graduate School of Medicine,
Department of Cardio-Renal Medicine)
(8)Prostaglandin 輸送体 OAT-PG ノックアウトマウスを用いた腎局所 PGE2 クリアランス機構の解析
波多野亮(大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学)
(9)ループ利尿薬の経上皮細胞性分泌の分子機序:
新規ヒト電位依存性有機酸トランスポーター分子 hOATv1 の同定
安西尚彦(杏林大学医学部薬理学教室)
(10)代謝性アシドーシスによる腎集合管 V1a 受容体の発現誘導
安岡有紀子(北里大学医学部生理学)
(11)脂質ラフトが関与する胃酸分泌調節機構
酒井秀紀(富山大学大学院
医学薬学研究部
薬物生理学)
(12)大腸陰イオン輸送における SLC26A3(DRA)の役割
鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部)
+
(13)肝細胞におけるウアバイン非感受性 Na -ATPase 活性
藤井拓人(富山大学大学院医学薬学研究部薬物生理学)
【参加者名】
桑原厚和(静岡県立大学・大学院・環境科学研究所),加
井好克(大阪大学大学院・医学系研究科),中井
治いずみ(静岡県立大学/環境科学研究所・生活健康科学
口大学大学院・医学系研究科)
,中張隆司(大阪医科大学・
研究科)
,北村健一郎(熊本大学大学院・医学薬学研究部)
,
医学部),早田
江藤
本大学・医学薬学研究部)
,安西尚彦(杏林大学・医学部)
,
圭(生理研・生体恒常),中畑義久(生理研・生体
恒常),波多野亮(大阪大学大学院・医学系研究科),金
彰(山
学(熊本大学・医学部),内村幸平(熊
櫻井裕之(杏林大学・医学部),河原克雅(北里大学・医
349
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
学部),安岡有紀子(北里大学・医学部),實吉
拓(熊
学研究科),鈴木裕一(静岡県立大学・食品栄養科学部),
本大学大学院・医学薬学研究部),石上友章(横浜市立大
新里直美(京都府立医科大学大学院・医学研究科),室田
学大学院・医学研究科),杉田
佳恵子(徳島大学・大学院ヘルスバイオサイエンス研究
誠(広島大学・大学院医
歯薬学総合研究科),大黒恵理子(大阪医科大学・生理学
部),金
善光(生理研・生体恒常),宮本愛喜子(生理
教室),酒井秀紀(富山大学・大学院医学薬学研究部),
研・生体恒常),平尾顕三(生理研・生体恒常),鍋倉淳
藤井拓人(富山大学・大学院医学薬学研究部),丸中良典
一(生理研・生体恒常),石橋
仁(生理研・生体恒常),
(京都府立医科大学・医学研究科),宮崎裕明(京都府立
渡部美穂(生理研・生体恒常),唐木晋一郎(静岡県立大
医科大学大学院・医学研究科),中島謙一(京都府立医科
学・環境科学研究所),細木誠之(京都府立医科大学・医
大学・医学研究科),太田麻利子(京都府立医科大学・医
学研究科細胞生理学)
【概要】
上皮組織は,体内環境恒常性維持に重要な働きを担っ
Regulator (CFTR) が 1989 年にクローニングされ,次いで
ている。このような役割を果たす上で,ホルモンや神経
遺伝性高血圧症の一種である Liddle's syndome の原因遺
による上皮組織機能制御機構の解明を目指し研究が進め
伝子として上皮型ナトリウムチャネル (Epithelial Na
られてきた。さらに上皮組織は自らが細胞外環境変化を
Channel: ENaC) が 1993 年-1994 年にかけてクローニン
感受して,自らの機能制御を行うことにより,体内恒常
グされ,その後の研究のブレークスルーとなった。これ
性維持に寄与していることも明らかとなってきている。
ら CFTR や ENaC をはじめとして,体内恒常性維持に重
また,上皮組織は,体内恒常性維持という観点からのみ
要な働きを担イオンチャネルやイオン輸送体は,我々の
だけではなく,外界からの防御としてのバリアー機能も
細胞外環境感受機構を通じて活性制御が行なわれてい
有している。これらの上皮機能発現に重要な働きを担っ
る。これらのことを踏まえ,上皮組織におけるイオン輸
ているのがイオンチャネルやイオン輸送体である。上皮
送制御の分子メカニズム解明を目指し,研究を推進する
膜輸送制御機構解明に関する研究は,上皮膜輸送に関与
ために,本研究会は開催された。この分野において先進
するイオンチャネル・イオン輸送体のクローニングによ
的な研究を推進している研究者に講演を行って頂いた。
り飛躍的な進歩が見られた。嚢胞性線維症 (cystic fibrosis)
講演発表内容に対する活発な意見交流も行われ,本研究
の原因遺伝子として上皮型クロライドイオンチャネルの
会での意見交換を基盤として,今後共同研究へと進展す
一 種 で あ る cystic Fibrosis Transmembrane conductance
るものと確信している。
(1)熱ショック転写因子を介するタンパク質恒常性維持の新しい分子機構
林田直樹,藤本充章,新川豊英,Ramachandran Prakasam,譚
克,瀧井良祐,中井
彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野)
タンパク質恒常性の維持はすべての細胞機能の発現に
な役割を担うことを明らかにした。
NFATc2 欠損 MEF は,
重要である。その維持システムの中で,タンパク質の合
HSF1 欠損 MEF と同様に polyQ 凝集体形成が増強した。
成と成熟の過程に重要な役割を演じているのが熱ショッ
さらに,活性化型 HSF1 は野生型 MEF の polyQ の凝集体
ク応答である。我々は,伸長したポリグルタミン蛋白質
形成を強く抑制したが,NFATc2 欠損 MEF ではその抑制
(polyQ) が細胞内で凝集体を形成することでタンパク質
効果が半減した。また,ハンチントン病 (HD) マウスは,
毒性を発揮するポリグルタミン病をモデルとして,HSF1
NFATc2 欠損 HD マウスと交配すると寿命が顕著に短縮
を介するタンパク質ホメースターシスの維持機構を解析
し,脳における polyQ 凝集体形成が亢進した。以上の結
してきた。今回,HSF1 の新たなターゲット分子である
果から,HSF1 は熱ショックタンパク質だけでなく,少
転写因子 NFATc2 がタンパク質ホメオスターシスに重要
なくとも NFATc2 を介して,蛋白質ホメオスターシスを
350
研究会報告
調節していることが明らかとなった。NFATc2 は細胞内
ら,カルシウム恒常性とタンパク質恒常性の維持機構に
カルシウムの濃度変化により活性の制御をうけることか
関連があることを示唆した。
(2)モルモット卵管上皮線毛運動周波数の卵巣周期中の変化と Estrogen と Progesterone の効果
中張隆司(大阪医科大学生理学)
モルモットの卵管采の ovarian cycle 中の線毛運動周波
(mPRG) 投与による CBF 変化を調べた。低濃度のβE2B (4
数 (CBF) を測定した。卵胞期直前には CBF は 12Hz に減
mg• day-1• kg-water-1) では,CBF は 15 Hz に増加し,高
少した。卵胞期では,β estradiol (βE2) 濃度上昇に伴い,
濃度のβE2B (40 mg• day-1• kg-water-1) では,CBF は 12
CBF は 12Hz から 16 Hz に上昇した。排卵期では,16Hz
Hz に減少した。mPRG (4-40 mg• day-1• kg-water-1) は,
と高い CBF から 13Hz に減少した。黄体期前期では,
CBF は 12 Hz に減少させた。このβE2B と mPRG による
βE2,PRG は低濃度に保たれ,CBF は 14 Hz から 17 Hz に上
CBF 変化は,それぞれ ICI-182,780(βE2 受容体阻害剤)
昇した。PRG 濃度が最高値に達する黄体期後期には CBF
と mifepristone(PRG 受容体阻害剤)により消失した。
は 12 Hz に急激に減少した。その後,PRG 濃度が減少す
このように,ovarian cycle 中のモルモット卵管采 CBF が,
ると,15 Hz に増加した。黄体期終了後 CBF は急激に減
βE2 と PRG の濃度により決められていた。
少した (12Hz)。βE2 benzoate (βE2B) と medroxy PRG
(3)ヒト小腸上皮モデルである Caco-2細胞におけるフラボノイドの代謝と輸送
室田佳恵子,吉田修治,藤倉
温,寺尾純二(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)
フラボノイドは植物性食品に含まれる機能性成分であ
ボノイド量が増加することが報告されており,腸管細胞
り,抗酸化性などに由来した疾病予防効果が期待されて
におけるフラボノイドの輸送方向は生体利用性に大きな
いる。植物中では主に配糖体として存在しているフラボ
影響をもたらすといえる。そこで,我々はヒト小腸上皮
ノイドは,大部分が腸管管腔にて粘膜酵素や腸内細菌に
細胞のモデルとして汎用されている Caco-2 細胞を用い
よる消化により糖が脱離したアグリコンとなって吸収さ
て,代表的なフラボノイドの一つであるケルセチンの細
れる。小腸上皮はフラボノイド代謝を司る主要な組織の
胞内代謝およびそこで産生される代謝物の輸送方向につ
一つであり,細胞内で第二相解毒酵素群によりグルクロ
いて検討している。今回は,ヒトがケルセチンを摂取し
ン酸抱合体や硫酸抱合体に変換されたフラボノイドは,
た後に血漿中に見出されるケルセチン代謝物と Caco-2
小腸上皮細胞の刷子縁側あるいは基底膜側に存在する抱
細胞産生代謝物との比較を行い,小腸上皮における輸送
合体排出ポンプによって細胞外へと放出される。刷子縁
方向と生体吸収性について考察したい。
側への放出,すなわち腸腸循環を阻害すると生体内フラ
351
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(4)神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体 NKCC1の役割
-フラボノイドによる神経再生の試み-
中島謙一,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院
医学研究科
細胞生理学)
学習や記憶等の高度な脳機能を可能にしているのは,
gluconate に置換)有意に抑制された。PC12D 細胞は PC12
多数の神経細胞が神経突起を伸長し,シナプス形成によ
細胞よりも,より敏速に神経突起を伸長する。PC12 細胞
-
り構築される神経回路による。一方,細胞内 Cl 濃度変化
と PC12D 細胞における NKCC1 の発現量を比較すると,
は,細胞増殖や細胞骨格系再構築を含む様々な細胞機能
PC12D 細胞の方が NKCC1 の発現量は高かった。これは,
制御に関与していることが,近年の研究より明らかにな
NKCC1 を介した細胞内へのクロライドイオンの取り込
ってきた。
みが,神経突起伸長に対して促進的に働くことを示唆し
近年,我々はラット副腎髄質由来 PC12D 細胞(PC12
細胞の亜株)において,神経成長因子 (NGF) 処理により
+
+
-
ている。また,我々は以前よりある種のフラボノイドが,
NKCC を始めとしたイオン輸送体やイオンチャネルの活
Na /K /2Cl 共輸送体 (NKCC isoform 1: NKCC1) の発現が
性を調節していることを報告してきた。今回,PC12 細胞
増加すること,および NGF による神経突起伸長には
を NGF 処理する際に,フラボノイド(ケルセチン)を同
NKCC1 が必須であることを明らかにした。PC12 細胞お
時に作用させておくことにより,NKCC1 活性が亢進し,
よび PC12D 細胞における神経突起伸長は,細胞外のクロ
それを介して神経突起伸長が促進するという興味深い結
-
-
ライドイオン濃度を低下させることで(Cl を NO3 または
果を得たので,その詳細について報告する。
(5)ヒト及びラット下部消化管における苦味物質の受容と分泌作用
加治いずみ,唐木晋一郎,桑原厚和(静岡県立大学院・環境科学研究所
環境生理学研究室)
消化管の生理機能の調節には,腸管粘膜上皮における
6-n-propylthiouracil の組織レベルでの応答を,RT-PCR 法
管腔内の化学的情報の感受も関与していると考えられ
及び Ussing chamber 法を用いて検討した。その結果,1)
る。しかし,下部消化管での化学受容体の発現と生理機
ヒト及びラットの下部消化管粘膜に T2R が発現している
能については,ほとんど明らかになっていない。近年,
こと,2) 管腔側の T2R 刺激により tetrodotoxin 非感受性
味覚や嗅覚に関わる化学受容体が次々に同定され,同じ
かつ cyclooxygenase 阻害剤感受性の経上皮陰イオン分泌
分子群が腸管粘膜でも機能している可能性が報告されて
が誘起されることが明らかとなった。さらに,高濃度の
いる。特に,危険物を感知し排除するための苦味受容機
プロスタグランジンは T2R 刺激による管腔側への陰イオ
構は,下部消化管においても生体防御機構に寄与してい
ン分泌を促進した。腸管粘膜上皮において管腔内の環境
るのではないかと考えられる。そこで我々は,ヒト及び
を監視し,生理機能の調節に関与する化学受容機構の解
ラットの下部消化管粘膜において,苦味受容体 (T2R
明は,生体防御の観点からも今後重要であると考えられ
family) の 発 現 と , T2R 特 異 的 ア ゴ ニ ス ト
る。
(6)アルドステロンによる Na+再吸収亢進は p38を介する
太田麻利子,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)
アルドステロン (ALD) はアミロライド感受性上皮型
352
ナトリウムチャネル (Epithelial Na+ channel; ENaC) の転
研究会報告
写制御および細胞内局在制御により Na+再吸収を亢進す
の効果について調べたところ,BFA と SB202190 は相加
ることが知られている。Xenopus laevis 腎遠位尿細管上皮
的な阻害効果を示した。一方,プロテアソーム阻害剤で
モデル培養細胞(A6 細胞)において,我々は ALD が p38
ある MG132 と SB202190 の影響について調べたところ,
を活性化することを見出した。そこで,ALD による ENaC
MG132 により SB202190 の阻害効果はほぼ回復した。
+
を介した Na 再吸収および ENaC mRNA 発現亢進と p38
以上の結果より,ALD による p38 活性化の生理的役割
の活性化との関連性について検討するために,p38 の特
は,β-ENaC mRNA の発現を亢進するとともに,ENaC の
異的阻害剤である SB202190 の効果について調べた。
膜からの回収および分解過程を抑制することにより,管
+
SB202190 は ALD による Na 再吸収亢進およびβ-ENaC
腔側膜上での発現量を増大させ,Na+再吸収を亢進させる
mRNA の発現亢進を著しく抑制した。また,細胞内タン
ことであると考えられる。
パク質輸送阻害剤である brefeldin A (BFA) と SB202190
(7)上皮性ナトリウムチャンネル特異的ユビキチンリガーゼ Nedd4L の
C2ドメイン結合タンパクのクローニング
新城名保美,石上友章,梅村将就,峯岸慎太郎,牛尾比早子,内野
和,梅村
敏
(横浜市立大学大学院医学研究科病態制御内科学)
ヒトの Nedd4L 遺伝子は,上皮性ナトリウムチャンネ
いて,酵母 2 ハイブリッド法で遺伝子をスクリーニング
ル (ENaC) に対する負の制御因子としての機能を持って
した。さらに,哺乳類の細胞系での結合を検討する目的
いることから,本態性高血圧症の候補遺伝子と考えられ
で,HEK293 細胞でのタンパクータンパク相互作用を
る。ENaC は,尿細管上皮細胞の頂端側細胞膜に限局し
Matchmaker Chemiluminescent Co-Immunoprecipitation Kit
発現しており,そのユビキチン化には Nedd4L タンパク
を用いて検討した。
の効率的な結合が必須であると考えられる。今回我々は,
【成績】isoform I に対しては 102 個,isoform II に対して
細胞内での ENaC-Nedd4L 系の分子メカニズムをより詳
は 202 個の陽性クローンが得られた。単離精製した bait
細に解析する目的で,酵母 2 ハイブリッド法を用いて,
vector をシークエンスし,最終的に 5 個のクローンが共
ヒト Nedd4L の C2 ドメインとの結合タンパクのクローニ
通することが判明した。HEK293 細胞での検討では,NPC
ングを行った。
タンパクがもっとも強く結合し,本タンパクが C2 ドメ
【方法】Nedd4L isoform I/II の C2 ドメインを bait vector に
インとの結合タンパクであると考えられた。
クローニングした。ヒトの腎臓 cDNA ライブラリーを用
(8)Prostaglandin 輸送体 OAT-PG ノックアウトマウスを用いた腎局所 PGE2クリアランス機構の解析
波多野亮 1,高藤和輝 1,Kanyarat Promchan1,Pattama Wiriyasurmkul1,
永森收志 1,松原光伸 2,武藤重明 3,浅野真司 4,金井好克 1
(1 大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学,2 東北大学大学院医学系研究科遺伝子医療開発分野,
3
自治医科大学医学部腎臓内科,4 立命館大学薬学部分子生理学教室)
演者らは,SLC22 ファミリーに属する Prostaglandin 特
異的な輸送体として OAT-PG (Organic Anion Transporter
for Prostaglandin) を同定した。本研究では,腎臓に特異的
に発現する OAT-PG の生理機能に関してノックアウト
(KO) マウスを作製し,以下の検討を行った。
1) OAT-PG は腎近位尿細管の側基底膜に局在し,細胞
353
第 31 巻(Dec,2010)
生理学研究所年報
膜 に お い て PGE2 の 代 謝 酵 素 15-hydroxyprostaglandin
ろ,KO マウス由来の尿細管懸濁液において [3H]PGE2 の
dehydrogenase (15-PGDH) と共局在することを確認した。
取り込み活性が有意に低下していた。更に PGE2 合成刺
更に,培養細胞を用いた共発現実験において OAT-PG は
激時には KO マウスの腎皮質組織中に PGE2 の有意な貯
細胞内 C 末端領域を介して 15-PGDH と蛋白質間相互作
留が見られ,尿中への代謝物の排泄は有意に低かった。
以上から,OAT-PG は腎皮質において PGE2 を血中か
用することが示唆された。
2) OAT-PG の KO マウスを用いた実験では,腎皮質の
ら取り込み,細胞内で 15-PGDH と複合体を形成し腎皮
コラゲナーゼ処理によって得られた尿細管懸濁液を用い
質組織の PGE2 濃度を調節する新たな役割をもつ分子で
3
て,RI 標識した [ H]PGE2 の取り込み活性を調べたとこ
あると考えられた。
(9)ループ利尿薬の経上皮細胞性分泌の分子機序:
新規ヒト電位依存性有機酸トランスポーター分子 hOATv1の同定
安西尚彦,Promsuk Jutabha,櫻井裕之(杏林大学医学部薬理学教室)
腎臓の有機酸輸送系はアニオン性薬物の排出に重要な
+
+
-
による有機酸輸送が膜電位依存性である事が示唆され
役割を果たしている。例えば Na /K /2Cl cotransporter 2
た。卵毋細胞内に注入した RI 標識 PAH は時間依存性に
(NKCC2) 阻害薬であるループ利尿薬は,この有機酸輸送
排出される特性を示し,さらに膜電位固定法による PAH
系が担っていると考えられている。利尿薬は尿細管基底
電流の電位依存性の変化を確認できたことから,我々は
側にある有機酸交換輸送体 OAT1/OAT3 により細胞内に
本分子がヒトの電位依存性有機酸トランスポーター
取込まれるが,その管腔側への出口の分子実体は未だ不
hOATv1 であると確認した。hOATv1 による PAH 輸送は,
明である。今回我々は,ブタ電位依存性有機酸トランス
多くのアニオン性化合物,特にループ利尿薬により強力
ポーターpOATv1 と相同性をもつヒトクローン hOATv1
に抑制されることを見出し,実際に RI 標識 bumetanide
の有機酸輸送特性の解析を行い,腎近位尿細管管腔側の
が hOATv1 発現卵毋細胞にて排出輸送される事を見出し
有機酸排出路として働く可能性を検討した。hOATv1 は
た。ヒト OATv1 は腎尿細管管腔側膜にそのタンパク質
腎臓の代表的有機酸であるパラアミノ馬尿酸 (PAH) の
局在が報告されていることから,hOATv1 は,細胞内に
RI 標識体を有意に輸送することが確認された。またその
取込まれた有機酸の管腔側での排出経路であることが示
+
輸送駆動力は Na 非依存性で外液中 NaCl の KCl 置換に
唆された。
より,輸送活性が増加することが明らかになり,hOATv1
(10)代謝性アシドーシスによる腎集合管 V1a 受容体の発現誘導
安岡有紀子 1,2,小林瑞佳 2,河原克雅 1,2(1 北里大学医学部生理学,2 北里大学大学院医療系研究科)
腎臓におけるバソプレシン受容体 (V1aR) の役割を明
6 日目)。高感度 in situ hybridization 法(tyramide-ISH 法)
らかにするため,V1aR mRNA のネフロン内局在,代謝
で,V1aR mRNA の腎ネフロン内セグメント毎に,発現
性アシドーシス誘発時の尿・血漿電解質濃度/pH/尿中ア
量を数値化した。
ンモニア排泄量を解析した。
【結果】標準食飼育時の V1aR mRNA 発現量は,
(中-高度)
【方法】野生型マウス(10-12 週令)を代謝ケージに入れ,
TAL 髄質内層 (ISOM), CCD, OMCD, IMCD;(低い)糸球
(1) 標準食飼育および (2) アシドーシス誘発(2%スクロ
体,TAL 皮質/髄質外層 (OSOM), DCT;(無)PCT, PST, TL
ース+NH4Cl 溶液負荷)時の採尿・採血を行った(0, 1, 3,
だった。抗 AQP3 抗体(集合管主細胞 (PC) のマーカー)
354
研究会報告
を使った蛍光二重染色法では,V1aR は PC に発現せず,
元のレベル 7.38±0.02 (n=12) に回復した。V1aR mRNA
間在細胞 (IC) にのみ発現していた。アシドーシス群マウ
の発現量は,アシドーシス誘導時に次の 2 セグメント
スの平均尿 pH (±SEM) は,6.52±0.04 (day 0, n=14) から
(TAL 髄質内層と OMCD の IC)のみ,有意に (P<0.05) 増
5.88±0.03 (day 1, n=5),5.85±0.02 (day 6, n=5) に低下し
加した。
た (P<0.001)。これに対し,血漿 pH は,7.37±0.02 (day 0,
【結論】アシドーシスで誘導されるネフロン内 V1aR 発現
n=5) から 7.17±0.01 (n=5) に低下し (day 1),6 日後には
は,酸塩基バランスに貢献していることが示唆された。
(11)脂質ラフトが関与する胃酸分泌調節機構
酒井秀紀,藤田恭輔,家原貴大,藤井拓人,清水貴浩,竹口紀晃
(富山大学大学院
本研究では,膜マイクロドメインの脂質ラフトが,胃
+
+
医学薬学研究部
薬物生理学)
加により元のレベルにまで回復した。SAV と TV のプロ
プロトンポンプ (H , K -ATPase) の活性におよぼす効果
トン取り込み活性は,MβCD 処理により共に顕著に抑制
について検討した。実験には,ブタ胃粘膜から調製した,
され,コレステロールの添加により有意に回復した。SAV
細胞内胃細管小胞に富むベシクル (TV) およびアピカル
において,H+, K+-ATPase は,DRM と non-DRM の両方
膜に富むベシクル (SAV) を用いた。Detergent-resistant
の画分に分布している一方,H+, K+-ATPase と分子会合し
membranes (DRM) および non-DRM はベシクルを CHAPS
Cl-輸送に関与している KCC4 は,DRM にのみ分布して
で処理し一連の密度勾配遠心により調製した。
いた。これらの結果から SAV において H+, K+-ATPase が
SAV と TV の 胃 プ ロ ト ン ポ ン プ 活 性 は methyl-β-
ラフトに存在する場合に高い活性を有することが示唆さ
cyclodextrin (MβCD) 処理し,コレステロールを引き抜く
れ,胃酸分泌細胞のアピカル膜における酸分泌は脂質ラ
ことで,共に顕著に減少し,水溶性コレステロールの添
フトによって正に調節されているものと考えられた。
(12)大腸陰イオン輸送における SLC26A3(DRA)の役割
鈴木裕一,林
久由(静岡県立大学食品栄養科学部)
SLC26A3 (DRA) が大腸 Cl-吸収および HOC3-分泌にど
が示された。また,近位結腸では DRA は全く発現して
のような関与しているかを,SLC26A3 (DRA) 欠損マウス
いないか,活性がない状態にあることが示唆された。一
36
-
22
Na フラックスは,3 つの部位ともに Jms(22Na) >
を用いて Ussing chamber 法で検討した。 Cl フラックス
方
は,WT マウスでは盲腸と遠位結腸で Jms(36Cl) > Jsm(36Cl)
Jsm(22Na)で,DRA 欠損マウスと WT で大きな差がなかっ
で,正味の Cl-吸収があったが,近位結腸では両者はほぼ
た。DRA 欠損マウスでは Na+/H+交換輸送と Cl-/HOC3-交
ひとしく正味の Cl-吸収は殆どなかった。それに対し DRA
換輸送との機能的なカップリングは見られないことが明
36
-
欠損マウスでは,近位結腸での Cl ラックスは WT と差
らかになった。さらに,管腔側の Cl- で活性化される
がなかったが,盲腸と遠位結腸では Jms(36Cl) のみならず
HOC3-分泌につき,この活性が大きい盲腸と遠位結腸で,
Jsm(36Cl) も著明に低下し,正味の 36Cl-吸収は殆ど消失し
WT と DRA 欠損マウスで比較した。DRA 欠損マウスで
た(0 ではないものの)。以上の結果より,盲腸と遠位結
は全く消失していた。このことから,DRA は Cl-/HOC3-
腸で DRA が機能し,Cl-吸収の大部分を担っていること
を介して HOC3-分泌も担っていると考えられた。
355
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(13)肝細胞におけるウアバイン非感受性 Na+-ATPase 活性
藤井拓人,渋谷和人,下田恵理,清水貴浩,竹口紀晃,塚田一博,酒井秀紀
(富山大学大学院
医学薬学研究部
薬物生理学)
ヒト肝細胞癌と正常肝組織において,Na+, K+-ATPase
細胞癌においてα3NaK の発現量の亢進によりウアバイ
a-subunit の各アイソフォーム (α1NaK- α3NaK) の発現量
ン感受性の Na+, K+-ATPase 活性が上昇している可能性が
を比較すると,ヒト肝細胞癌においてα3NaK の発現量が
示唆された。
正常肝組織に比べて有意に増加していたが,α1NaK およ
また,ヒト正常肝組織および肝細胞癌には高いウアバ
びα2NaK の発現量に有意な変化は見られなかった。次
イン (1 mM) 非感受性 Na+-ATPase 活性が存在することを
に,ヒト肝細胞癌と正常肝組織の Na+, K+-ATPase 活性に
見出した。このウアバイン非感受性 Na+-ATPase 活性は,
対するウアバイン感受性を比較したが,両者間で有意な
ヒト肝細胞癌由来 HepG2 細胞にも存在した。そこで,
差は見られなかった。しかし,ヒト肝細胞癌においてウ
HepG2 細胞を用いて肝細胞におけるウアバイン非感受性
+
+
アバイン (10 µM) 感受性の Na , K -ATPase 活性は,近傍
の正常肝組織に比べて有意に上昇していた。従って,肝
356
Na+-ATPase 活性の生理的特徴を検討した。
研究会報告
15.シナプス伝達の概念志向型研究
2009 年 11 月 12 日-11 月 13 日
代表・世話人:澁木克栄(新潟大学脳研究所)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)
(1)和音に選択的な聴覚野皮質内回路の経験依存的形成
塚野浩明(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)
(2)末梢感覚神経の損傷を検出する神経機構
駒形成司(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)
(3)海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞の単一シナプスでの機能と形態の相関
宮脇寛行(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室)
(4)海馬 CA3野シナプス伝達の異シナプス間相互作用
打田武史(北海道大学大学院医学研究科神経生物学分野)
(5)順行性ミトコンドリア軸索輸送とシナプス伝達
馬
歓,持田澄子(東京医科大学細胞生理学講座)
(6)シナプス前終末における伝達物質放出機構-Ca 結合の生後発達変化
中村行宏(同志社大学生命医科学部神経生理学研究室)
(7)扁桃体における抑制性オシレーションとそのドーパミン調節
村越隆之(東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系身体運動科学)
(8)シナプスタグの分子実体を求めて
岡田大助(理化学研究所脳科学総合研究センター生物言語研究チーム)
(9)ラット脊髄後角膠様質におけるサイレントシナプスの再考
八坂敏一(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)
(10)ラット脊髄膠様質の GABA とグリシンによる抑制性シナプス伝達のメリチンによる異なった修飾
熊本栄一(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)
(11)抑制性シナプスの可視化と形態変化
栗生俊彦(徳島文理大学香川薬学部病態生理学講座)
(12)Molecular determinant differentiating Chlamydomonas channelrhodopsins
王
紅霞(東北大学生命科学研究科脳機能解析分野)
(13)モノカルボン酸トランスポーターを介したアストロサイトによるシナプス伝達の維持
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研神経生理学)
(14)海馬 CA1 GABA シナプスにおけるアストロサイトによる細胞外 Cl-バッファリング
江川
潔(浜松医科大学医学部生理学第一講座)
【参加者名】
平野丈夫(京都大学・理学研究科)
,持田澄子(東京医科
所・生体恒常機能)
,高橋智幸(同志社大学・生命医科学
大学・細胞生理学講座)
,宮脇寛行(京都大学大学院・理
部)
,澁木克栄(新潟大学・脳研究所)
,駒形成司(新潟
学研究科)
,中村行宏(同志社大学・生命医科学部)
,山
大学脳研究所・システム脳生理学分野)
,打田武史(北海
下愛美(京都大学大学院・理学研究科)
,江口工学(独立
道大学・医学研究科)
,村越隆之(東京大学・大学院総合
行政法人
文化研究科)
,江川
沖縄科学技術研究基盤整備機構)
,江藤
圭
(生理学研究所・生体恒常機能)
,中畑義久(生理学研究
潔(浜松医科大学・医学部)
,王
霞(東北大学・生命科学研究科)
,八尾
紅
寛(東北大学・
357
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
生命科学研究科)
,熊本栄一(佐賀大学・医学部)
,水田
恒常機能)
,北村明彦(味の素(株)
ライフサイエンス研
恒太郎(佐賀大学・医学部)
,八坂敏一(佐賀大学・医学
究所)
,加藤総夫(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究
部)
,塚野浩明(新潟大学脳研究所)
,藤田亜美(佐賀大
センター)
,永瀬将志(東京慈恵会医科大学・神経科学研
学・医学部)
,神谷温之(北海道大学・大学院医学研究科)
,
究部)
,栗生俊彦(徳島文理大学・香川薬学部)
,渡部美
福田敦夫(浜松医科大学・医学部)
,岡田大助(理化学研
穂(生理学研究所・生体恒常機能)
,鴨井幹夫(東京慈恵
究所・脳科学総合研究センター)
,金
会医科大学・医学研究科)
,久場健司(名古屋学芸大学・
善光(生理学研究
所・生体恒常機能)
,小西史朗(徳島文理大学・香川薬学
管理栄誉学部)
,安藤
部)
,宮本愛喜子(生理学研究所・生体恒常機能)
,平尾
養科学研究科)
,早戸亮太郎(名古屋学芸大学・管理栄養
顕三(生理学研究所・生体恒常機能)
,鍋倉淳一(生理学
学部)
,堀
研究所・生体恒常機能)
,石橋
司(同志社大学・生命医科学部医生命システム学科)
仁(生理学研究所・生体
祐(名古屋学芸大学
大学院・栄
哲也(同志社大学・生命医科学部)
,榊原賢
【概要】
シナプス伝達の研究は神経科学の中心課題の一つであ
層発展させるためには,多面的アプローチと専門分野の
る。伝達物質の同定に始まり,生理学的解析により従来
境界を越えた共同研究によって,シナプス伝達や機能に
の教科書的な概念を確立したシナプス研究は,遺伝子工
関する新たな概念を志向・形成することが必要とされて
学・パッチクランプ・光学的測定などの新技術の導入に
いる。本研究会は,生理学・生化学・分子生物学・形態
より分子・細胞機構に関する知見が急速に集積し,大き
学などの立場からシナプス研究の最先端にある研究者が
く進展・変貌しつつある。中枢神経系ではシナプスは化
一堂に会して自由活発な討諭と,若手研究者の参加を通
学的情報と電気的情報が直接的に関わり合う重要な場で
じて,新たな研究の方向性と共同研究の可能性を模索す
あり,シナプス機能の解明こそが中枢神経機能の基盤の
る目的で開催した。
解明に他ならない。今現在,シナプスの研究をさらに一
(1)和音に選択的な聴覚野皮質内回路の経験依存的形成
塚野浩明 1,窪田
和 2,岩里琢治 3,糸原重美 4,八木
健 5,高橋
姿 2,菱田竜一 1,澁木克栄 1
(1 新潟大脳研生理,2 新潟大医学部耳鼻科,3 国立遺伝学研究所,4 理化学研究所,5 大阪大学)
我々は和音と不協和音の区別が出来るが,その神経機
我々は,自然界の音は常に倍音を含む事に注目し,和
構は不明である。和音(純正律)の特徴は構成周波数が
音検知機構は経験依存的に形成されるという仮説を立て,
簡単な整数比になる事である。和音を提示すると最大公
それを支持する結果を得た。第一に鳴かないマウスに育
約数に対応する基音 (F0) が含まれないのに知覚出来る
てられた仔は F0 応答を示さない。第二に不自然な組み
事が知られている (Missing F0)。我々は経頭蓋フラビン蛋
合わせに暴露すると不協和音でも擬似 F0 応答が起こる。
白蛍光イメージングを用いてマウスの F0 応答を観察し
第三に NR1 subunit が大脳皮質特異的に半減したマウス
た。和音 (20+25 kHz) をマウスに提示すると,F0 に相当
は F0 応答を示さない。これらの結果は F0 応答が Hebb
する 5kHz 領域にも神経活動が見られた。不協和音
則に基づく可塑性により形成され,皮質内の現象である
(19+26 kHz)ではこの現象は起こらなかった。光抑制によ
事を示す。
り 20 kHz,25 kHz の高周波数領域の神経活動を抑制する
また以上から,和音・不協和音の識別は,経験依存的
と F0 応答が起こらなかった事より,F0 応答は皮質内回
に形成される和音選択的聴覚野皮質内回路の活動で識別
路によって起こると考えられる。
されるという可能性がある。
358
研究会報告
(2)末梢感覚神経の損傷を検出する神経機構
駒形成司 1,陳
山林 1,2,鈴木晶子 3,菱田竜一 1,前田健康 3,柴田
実 2,澁木克栄 1
(1 新潟大学脳研究所システム脳生理,2 新潟大学医学部形成外科,3 新潟大学歯学部解剖,)
末梢感覚神経が損傷されると,生体は損傷神経の支配
この極低頻度自発発火がマイスナー小体に存在している
する皮膚への物理的な傷害を回避し難くなる。末梢神経
グリア細胞由来神経栄養因子 (GDNF) によって発生する
の損傷や神経の薬理学的伝導阻害により,大脳皮質体性
ことを見出した。この極低頻度自発発火を途絶させると,
感覚脳地図の再編や,残存神経を介する皮質応答の増強
皮質応答の急性増強やそれに続く痛覚過敏が生じた。従
が数時間以内に生じることが知られている。しかしその
来 GDNF の機能として後根神経節ニューロンへの栄養効
様な急速に生ずる可塑性がどのようにトリガーされるの
果や神経因性疼痛への鎮痛効果などが良く知られている。
かは判っていない。従来,末梢神経の自発発火による抑
我々の結果は,内在性の GDNF がマイスナー小体の触覚
制が取り除かれることで可塑性が生ずるという仮説が提
センサーに極低頻度の自発発火を発生させるという新た
唱されてきた。この説は末梢神経が十分な頻度で自発発
な役割を担っていることを示唆している。この触覚情報
火することを前提としているが,そのような頻度の高い
に殆ど影響しない程度の極低頻度自発発火が脊髄に届く
自発発火は見つかっていない。私たちはマウス触覚神経
ことで,末梢感覚神経が断線していないことを生体は知
に極低頻度(0.1Hz 以下)の自発発火が存在すること,
ることができると思われる。
(3)海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞の単一シナプスでの機能と形態の相関
宮脇寛行,平野丈夫(京都大学大学院理学研究科)
中枢神経系において,シナプスの形態や機能は多様で
の振幅は試行ごとに変動した。EPSC を波形の類似性に
あるが,両者の相関はよく分かっていない。そこで我々
基づいて分類することにより quantal EPSC を推定した。
は海馬錐体細胞,小脳プルキンエ細胞の培養系で個々の
海馬錐体細胞では,quantal EPSC の振幅とシナプス後部
シナプスの機能と形態の関係を調べた。まず EGFP を発
のスパインの大きさに有意な正の相関が認められたが,
現させシナプス前細胞を標識し,さらに Alexa594 を含む
小脳プルキンエ細胞ではそのような相関は認められなか
細胞内液を用いてシナプス後細胞からホールセル記録を
った。一方,小脳プルキンエ細胞では,シナプス前細胞
行いシナプス後細胞を標識した。テトロドトキシンを細
のシナプスボタンの大きさとシナプス後部のスパインの
胞外液に加えた上で可視化したシナプス前ボタンのごく
大きさに有意な正の相関が認められたが,海馬錐体細胞
近傍に配置した刺激電極に電圧パルスを与えごく少数の
ではそのような相関は認められなかった。これらの結果
シナプスを刺激した。海馬錐体細胞,小脳プルキンエ細
は,海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞では,シナプス
胞のいずれにおいても,単一シナプスに由来する EPSC
の機能・形態の制御機構が異なることを示唆している。
359
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(4)海馬 CA3野シナプス伝達の異シナプス間相互作用
打田武史 1,2,福田
諭 2,神谷温之 1
(1 北海道大学大学院医学研究科神経生物学分野,
2
北海道大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野)
幼若期の海馬スライスに低濃度のカイニン酸やムシ
性集合活動電位を細胞外記録した。交連/連合線維入力の
モールを投与すると,苔状線維軸索の興奮性が一過性に
存在する放線層に第二の刺激電極を刺入して反復刺激
増大する。イオンチャンネル型受容体が軸索を脱分極す
(100 ヘルツ 20 発)を加え,50ms 後の逆行性集合活動電
ることで興奮性を変化させると想定され,苔状線維から
位を記録した。これらの実験では,放線層の反復刺激に
の放出により自己受容体として活性化される可能性と,
よって交連/連合線維や抑制性介在ニューロンからグル
近傍のシナプスからの伝達物質漏出 (spill-over) により活
タミン酸や GABA が放出され,苔状線維の興奮性に影響
性化される可能性とが示されてきた。今回我々は,マウ
を及ぼすことが予想される。苔状線維の逆行性集合活動
スの海馬スライスにおいて,グルタミン酸および GABA
電位の振幅は放線層の反復刺激により軽度に増大し,潜
の漏出による異シナプス間相互作用の相対的な寄与を同
時もわずかに短縮した。この作用はグルタミン酸受容体
一の条件で比較,検討した。生後 2-3 週の幼若マウスを
阻害剤 CNQX によってほぼ消失したため,海馬 CA3 野
用いて海馬の急性スライスを作成し室温で実験を行った。
ではグルタミン酸がより強く異シナプス間相互作用を示
CA3 野透明層を電気刺激し,歯状回顆粒細胞層から逆行
すと考えられた。
(5)順行性ミトコンドリア軸索輸送とシナプス伝達
馬
歓,持田澄子(東京医科大学・細胞生理学講座)
シンタブリンは KIFB5 モーター分子のアダプターとし
PTP) の損失,6) 順行性ミトコンドリア軸索輸送の阻害が
て,カルゴとミトコンドリア順行性軸索輸送に機能し,
認められた。4) 5) は,シナプス前細胞への ATP 補給に
シンタブリン欠損は発育途上の海馬神経のシナプス構築
よって回復が認められたことより,神経終末に運ばれた
を阻害する。シンタブリンの siRNA,KIFB5 モーター分
ミトコンドリアからの ATP の供給がシナプス小胞のリ
子との結合部位 DNA を長期培養したラット交感神経細
サイクリングに必須であることが判明した。2) 3) は,
胞シナプス前細胞に発現させてシナプス伝達への影響を
ATP 補給では回復せず,カルゴ輸送に依存したシナプス
観察したところ,1) シナプス形成の遅れ,2) シナプス
前終末蛋白質が関与していることが示唆され,シンタブ
応答の減少,3) 高頻度刺激によるシナプス伝達抑制の促
リン-KIFB5 モーター分子複合体による順行性ミトコン
進,4) 高頻度刺激によるシナプス小胞枯渇からの回復の
ドリア軸索輸送およびカルゴ軸索輸送はシナプス形成と
遅れ,5) シナプス前性短期可塑性 (PPF, augmentation,
シナプス伝達の維持に重要であることが明らかとなった。
360
研究会報告
(6)シナプス前終末における伝達物質放出機構-Ca 結合の生後発達変化
中村行宏 1,2,Angus Silver3,David DiGregorio4,高橋智幸 1,2
(1 同志社大学生命医科学部神経生理学研究室,
2
沖縄科学技術研究基盤整備機構 (OIST) 細胞分子シナプス機能ユニット,
3
4
Department of Physiology, University College London,
CNRS UMR8118 Laboratoire de Physiologie Cérébrale, Université Paris Descartes, France)
生後 7 日齢 (P7) ラットの脳幹聴覚中継巨大シナプス
の結合強度を調節しうるか検討した。P7calyx にペプチド
calyx of Held の EPSC は,EGTA のシナプス前終末への注
性 Ca チャネル阻害剤を適用し,機能的 Ca チャネル密度
入によって抑制されるが,生後発達に伴って EGTA の効
を人為的に減少させた状態で,シナプス前終末内へ
果は減弱し,聴覚獲得後の P14 には消失する。一方,速
EGTA を注入したところ,EPSC に対する抑制効果は減
い Ca 結合速度を持つ BAPTA による EPSC 抑制作用は一
弱または消失した。一方 P14calyx では,TEA を適用し活
定であることから,発達に伴って伝達物質放出機構に対
動電位幅を増大させた状態で EGTA を注入したところ,
する Ca の結合強度が変化することが示唆されている。
EPSC に対する抑制効果が再現した。シナプス前終末に
我々は,共焦点顕微鏡スキャンによるシナプス前終末 Ca
おける活動電位幅または Ca チャネル密度は,シナプス
濃度変化の時空間的分布の解析から,発達に伴う①活動
前終末内の Ca 濃度変化の時空間的分布を変えることよ
電位幅の短縮と②Ca チャネル密度の減少がシナプス前
って,伝達物質放出機構に対する Ca の結合強度を制御
終末への Ca 流入を減少させることを明らかにしてきた
していると結論された。
が,①②のメカニズムがさらに伝達物質放出機構と Ca
(7)扁桃体における抑制性オシレーションとそのドーパミン調節
村越隆之,大城博矩(東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系身体運動科学)
扁桃体基底外側核 (BLA) は情動反応と認知機能を仲介
ズム活動依存的および濃度依存的に相反する作用を示し
し記憶の固定に重要な役割を持つと考えられ,また様々
た。すなわち弱い初期状態リズムに対しては低↔中濃度
な周波数で律動的同期現象を発し,病理的には癲癇原性
ドーパミンは促進的に作用し,初期状態で強いオシレー
にも関わる.我々はラット扁桃体脳スライスの BLA 錐体
ションを発している場合には高濃度ドーパミンが抑制的
ニューロンよりホールセル記録を行い,0.5-3Hz の同期抑
に作用した。これらの作用に関わる受容体サブタイプを
制性シナプス活動を自発的または外包等入力線維刺激誘
検討した結果,亢進作用には D1 様受容体の関与,抑制
発により観察,このリズムが回路内の複数ニューロン間
的な作用については D2 様受容体関与の可能性が示唆さ
で同時観察される事を見出した。薬理学的検討の結果,
れた。In vivo 動物実験の知見から,このリズムが海馬を
このリズム維持には A/K 型グルタミン酸受容体による興
中心とした内側側頭皮質での神経活動を同期させること
奮性伝達が必須である事の他に,T 型カルシウムチャネ
でシナプス可塑性形成に寄与し,殊に情動的覚醒また睡
ルおよび NMDA 型グルタミン酸受容体が関与していた。
眠時の記憶固定に関わる可能性があるのではないかと推
この抑制性オシレーションに対し,ドーパミンは初期リ
察している。
361
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(8)シナプスタグの分子実体を求めて
岡田大助(理化学研究所・脳科学総合研究センター・生物言語研究チーム)
シナプス伝達が可塑的変化を起こす仕組み(表現機構)
機能を可能にする生化学的活性(=シナプスタグ)が初
と,変化を起こすシナプスを決める仕組み(入力特異性
期可塑性で活性化すると仮定する。シナプスタグの生化
機構)は初期可塑性ではほぼ解明されたが,長期記憶の
学的実体とそれが制御する蛋白例は不明である。この活
細胞過程とされる後期可塑性では両機構とも未知である。
性を明らかにし,仮説を実証すれば後期可塑性の入力特
それらを初期可塑性で起きた変化を持続させる仕組みと,
異性機構の解明が見込める。我々の研究の結果,細胞体
持続するシナプスを決める仕組みとすれば,長期記憶で
で合成される後期可塑性関連蛋白質 Vesl-1S の樹状突起
入力特異性機構の果たす役割とは長く覚える記憶内容を
からスパイン内への進入はシナプス入力による制御を受
決定することである。後期可塑性は新しく発現誘導され
けており,この制御がシナプスタグの生化学的実体であ
る蛋白群の機能に依存するので,その入力特異性機構と
ること,Vesl-1S はシナプスタグ仮説に従う挙動をする蛋
は初期可塑性の起きたシナプスでのみ新規合成蛋白が機
白例であることがわかった。これらの結果により,シナ
能する仕組みである。
プスタグ仮説が実証された (Okada et al. Science 324,
シナプスタグ仮説では,細胞体で合成された蛋白質の
904-909, 2009)。
(9)ラット脊髄後角膠様質におけるサイレントシナプスの再考
八坂敏一 1,2,David I Hughe 2,Erika Polgar 2,Gergely G Nagy 2,
渡辺雅彦 3,
John S Riddell 2,藤田亜美 1,水田恒太郎 1,井上将成 1,熊本栄一 1,Andrew J Todd 2
(1 佐賀大学医学部生体構造機能学講座,2 グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ,
3
北海道大学大学院医学研究科解剖学講座)
NMDA 受容体の応答のみが観察されるグルタミン酸
サイレントシナプス,すなわち AMPA 受容体の応答が見
作動性シナプスは,“サイレント”シナプスと考えられ
られない刺激強度での NMDA 受容体の応答が観察され
ている。脊髄後角表層の細胞において,幼若ラットでは
た。しかし,その後 AMPA 受容体の応答を再度調べると
この現象が観察されるが,成熟ラットでは観察されない
応答が観察された。この現象およびその他の結果により,
ことが報告されている。今回我々は,解剖学的及び電気
これらはいわゆるサイレントシナプスではないことが示
生理学的手法を用いてこの部位におけるサイレントシナ
唆された。サイレントシナプスは実験プロトコールに依
プスについて再度検証した。まず,幼若及び成熟ラット
存していることが指摘され,これまでに脊髄後角におい
の 1-2 層における AMPA 受容体と PSD-95 の共存を調べ
て報告されたサイレントシナプスは,AMPA 受容体がな
た。その結果,幼若及び成熟ラットでこれらはほぼ完全
いことを示しているのではなく,例えば,新たに形成さ
に共存していた。また,脊髄スライス標本にブラインド
れたシナプスにおける AMPA 受容体の不安定性のよう
パッチクランプ法を適用し,サイレントシナプスを検出
な,他のメカニズムにより観察されたことが示唆される。
した。幼若では 9%,成熟では 12%のシナプスにおいて,
362
研究会報告
(10)ラット脊髄膠様質の GABA とグリシンによる抑制性シナプス伝達のメリチンによる異なった修飾
熊本栄一,柳
涛,藤田亜美,岳
海源,朴
蓮花,水田恒太郎,青山貴博,八坂敏一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座(神経生理学分野)
)
皮膚末梢から脊髄に至る痛み情報は,後角第 II 層(膠
ャネル阻害剤テトロドトキシン,グルタミン酸受容体阻
様質)に入力した後,興奮性や抑制性のニューロンから
害剤,細胞外の無 Ca2+, α1 アドレナリン受容体阻害剤,
なる神経回路,様々な神経修飾物質の働きにより制御さ
マスカリン性とニコチン性のアセチルコリン受容体阻害
れる。その GABA とグリシン作動性の抑制性シナプス伝
剤,の各々は,メリチンによる GABA 作動性シナプス伝
達がホスホリパーゼ A2 (PLA2) 活性化により異なった
達の促進を抑制した。一方,グリシン作動性シナプス伝
経路で修飾を受けることを示唆する結果を得たので報告
達の促進は,それらの各々により有意に影響を受けなか
する。実験は,ラット脊髄横断スライス標本の膠様質ニ
った。以上より,メリチンはグリシン作動性のシナプス
ューロンにホールセル・パッチクランプ法を適用するこ
伝達を直接促進する一方,メリチンによる GABA 作動性
とにより行い,PLA2 活性化ペプチドのメリチンが抑制
シナプス伝達の促進は興奮性シナプス伝達の促進と活動
性シナプス伝達に及ぼす作用を調べた。メリチンは
電位発生を介するものであり,α1 アドレナリン受容体,
GABA およびグリシン作動性シナプス伝達のいずれも促
マスカリン受容体およびニコチン受容体の活性化が関与
+
進したが,両者の間で薬理作用が異なっていた。Na チ
することが示唆された。
(11)抑制性シナプスの可視化と形態変化
栗生俊彦 1,柳川右千夫 2,小西史朗 1
(1 徳島文理大学
2
群馬大学
大学院医学系研究科
香川薬学部
病態生理学講座,
高次統御系脳神経発達統御学講座)
中 枢 神経 系の興 奮 性シ ナプス は ,シ ナプス前部の
抑制性神経細胞に特異的に発現しており,その軸索およ
varicosity とシナプス後部の spine との接触部位に形成さ
び varicosity にも蛍光を認め,抑制性シナプス前部の形態
れる。Spine は,発生および活動に依存してその形態を変
を可視化することができた。一方,抑制性シナプス後部
化し,活動依存性の形態変化は興奮性シナプスの長期増
の足場蛋白質である gephyrin に蛍光蛋白質 mCherry をつ
強を支える基質の一つとなっていることが提唱されてい
ないだ遺伝子をアデノウイルスにより培養海馬ニューロ
る。一方,抑制性シナプスの可塑性も最近少しずつ明ら
ンに導入発現させると,抑制性シナプス後部に局在した
かにされてきているが,その形態変化は,これまでほと
mCherry-gephyrin 分子の集積が見られた。このように遺
んど明らかにされていない。
伝子改変マウスを用いる抑制性シナプス前部 varicosity
そこで,抑制性シナプスの動態を可視化するために,
の標識と mCherry-gephyrin による抑制性シナプス後部の
抑制性シナプス前部および後部を蛍光蛋白質によって標
標識を組み合わせることにより,抑制性シナプス前部お
識 し , time-lapse imaging を 試 み た 。 Vesicluar GABA
よび後部をコンフォーカル顕微鏡により同時に可視化す
transporter (VGAT)- Venus トランスジェニック・マウスの
ることが可能となった。
海馬神経細胞を分散培養すると,Venus 蛍光シグナルは
363
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(12)Molecular determinant differentiating Chlamydomonas channelrhodopsins
Hongxia Wang 1,2,Yuka Sugiyama 2,3,Takuya Hikima 1,2,Toru Ishizuka 1,Hiromu Yawo 1,2,3
(1 東北大学生命科学研究科,2 東北大学脳科学グローバル COE,3 東北大学医学系研究科)
Channelrhodopsins (ChR1 and ChR2) are membrane
of ChR2 with the counterpart of ChR1. The photocurrent
proteins in the eyespot region of Chlamydomonas reinhardtii,
evaluation indicated that the replacements of 5th and 7th
and involved in the photomovement. ChRs are seven
helixes led to the change of the wavelength sensitivity.
transmembrane opsins with a retinal linked in the seventh
Further experiment showed that the exchanges of Tyr226 of
helix. When ChR is expressed in the mammalian cells, light
ChR1 to Asn187 in the 5th helix and Leu291 to Ile252 (the
could evoked an inward current. Despite high identities in the
counterpart in ChR2) in the 7th helix produced the
amino acid alignment, ChR1 and ChR2 are different in the
wavelength shift. These results suggest that Tyr226/Asn187
photocurrent properties. Since ChR2 is now widely used to
of the 5th helix and Leu291/Ile252 of the 7th helix in
activate neurons by light, the molecular structure determining
ChR1/ChR2 are responsible for the wavelength difference.
the wavelength and photocurrent differences between ChR1
During these experiments, we identified a few ChRs with
and ChR2 still remain unclear. To identify the structures
green light preference or with enlarged photocurrent which
determining the differences, we constructed a series of
were more suitable for stimulating neurons than wild ChRs.
chimeras by replacing the N terminal transmembrane domain
(13)モノカルボン酸トランスポーターを介したアストロサイトによるシナプス伝達の制御
加藤総夫,永瀬将志(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経生理学研究室)
アストロサイトやニューロンは乳酸を細胞内外間で輸
な変化を伴わず,またほぼ同程度の減少が AMPA 直接微
送する特異的トランスポーター(モノカルボン酸トランス
量投与によって生じる AMPA 受容体電流にも観察され
ポーター,MCT)を発現しているが,そのニューロン活
た。IPSC 振幅は約 20%有意に抑制されたがその程度は
動における意義は大部分未解明である。脳幹スライスを作
EPSC 振幅におけるよりも有意に小さかった。通常のグ
成し,延髄孤束核ニューロンから膜電位ならびに膜電流を
ルコース供給がある状態においても,シナプス伝達,特
記録して選択的 MCT 阻害薬α-cyano-4-hydroxycinnamic
にシナプス後膜での EPSC もしくは興奮性電流発生に関
acid (CHCA) の影響を評価した。CHCA は一次求心線維刺
わるエネルギー消費の多くの部分が乳酸の供給によって
激によって生じる EPSC 振幅を約 45%まで有意に減少さ
維持される可能性が示された。グリア・ニューロン連関
せた (EC50=340 µM)。この減少は paired-pulse ratio の有意
におけるその意義を提唱した。
(14)海馬 CA1 GABA シナプスにおけるアストロサイトによる細胞外 Cl- バッファリング
江川
潔 1,山田順子 2,古川智範 1,柳川右千夫 3,福田敦夫 1
(1 浜松医科大学医学部生理学第一講座,2 弘前大学大学院医学研究科脳神経生理学講座,
3
GABA 作動性神経伝達におけるアストロサイトによる
364
群馬大学大学院医学研究科遺伝発達行動学分野)
[Cl-]o 調節機能を明らかにする目的で,GABA 細胞の過
研究会報告
剰興奮に伴うアストロサイトの GABA 応答と抑制性神
た。GABA 細胞発火により記録される GABA 応答電流は,
経伝達への関与を回路網レベルで検討した。電流注入に
ギャップジャンクション阻害剤投与により GABA 細胞
より GABA 細胞を連続発火させると,近傍のアストロサ
-アストロサイト間の距離依存的に著明に減弱した。錐
イトからは高い確率で内向き電流が記録され,この内向
体細胞層のニューロンより分子網状層テタヌス刺激によ
き電流は低濃度の競合的 GABAA 受容体阻害剤 (BMI
る IPSC を記録すると,刺激後半での EIPSC の脱分極性
2µM) で完全にブロックされた。GAT1 阻害剤にてニュー
シフトはギャップジャンクション阻害剤により有意に増
ロンへの GABA の再取り込みを阻害すると内向き電流
大した。以上から,アストロサイトはギャップジャンク
は有意に増大し,GAT3 成分の電流も記録された。これ
ションを介して細胞外 Cl-濃度を空間的にバッファリン
らの結果から,アストロサイトはシナプス間隙から
グすることで過剰神経活動時の Cl-濃度勾配破綻に対し
spill-over した GABA に応答し,主として GABAA 受容体
防御的な役割を果たしている可能性が示唆された。
-
を介して細胞外へ Cl を流出させることが明らかとなっ
365
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
16.中枢・末梢臓器間連携による摂食,エネルギー代謝調節
2010 年 2 月 12 日-2 月 13 日
代表・世話人:矢田俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
所内対応者:箕越靖彦(生理学研究所発達生理学研究系生殖・内分泌系発達機構研究部門)
(1)摂食抑制ペプチド Nesfatin-1 の求心性迷走神経細胞への作用
末梢 Nesfatin-1 の摂食抑制効果における求心性迷走神経の関与の可能性
岩崎有作 1,加計正文 2,中林
肇 3,矢田俊彦 1
(1 自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門,
2
自治医科大学さいたま医療センター総合医学第 1,3 金沢大学保健管理センター)
(2)ネスファチン-1 の末梢投与効果発現機構に関する検討
清水弘行,大崎
綾,土屋天文,森
昌朋(群馬大学大学院病態制御内科学)
(3)インクレチンが食後血糖を制御する神経性機序:肝・胃神経連関の検討
中林
肇 1,中林逸子 2,西澤
誠 3,中川
淳 3,新島
旭4
(1 金沢大学保健管理センター,2 金沢大学血管分子生理学,
3
金沢医科大学内分泌代謝制御学,4 新潟大学生理学)
(4)生体リズム異常と病気
岡村
均(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座システムバイオロジー分野)
(5)視床下部外側野グルコース感受性ニューロン (GSNs) が産生し摂食中に放出する
オレキシン A (ORX-A) の空間認知効果
大村
裕,粟生修司,福永浩司(九州大学)
(6)ヒト褐色脂肪によるエネルギー消費と肥満との関係
米代武司,斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科)
(7)視床下部・膵ラ氏島においてレプチンにより誘導される新規転写制御因子
小森忠祐,森川吉博(和歌山県立医科大学医学部第二解剖学)
(8)視床下部 Sirt 1 と摂食制御
北村忠弘(群馬大学生体調節研究所 代謝シグナル研究展開センター)
(9)摂食調節ペプチド・グレリンによる自律神経機能の調節
児島将康,佐藤貴弘(久留米大学分子生命科学研究所・遺伝情報研究部門)
(10)膵β細胞 Kv2.1 チャネルの代謝性調節
加計正文(自治医科大学さいたま医療センター総合医学第 1)
(11)PrRP の摂食とエネルギー代謝における働き
尾仲達史,高柳友紀(自治医科大学医学部生理学講座神経脳生理学部門)
(12)視床下部オレキシンによる骨格筋での糖代謝調節と動機付け摂食行動との作用連関
志内哲也,箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)
【参加者名】
北村忠弘(群馬大学)
,嶋津
孝(愛媛大学)
,児島将康
(久留米大学)
,清水弘行(群馬大学)
,中林
(金沢大学)
,大村
啓
裕(九州大学)
,豊田行康,戸田州俊,
佐藤寛之(名城大学)
,三木隆司,李
366
肇,井上
恩瑛(千葉大学)
,
山田哲也(東北大学)
,牛飼美晴(鹿児島大学)
,斉藤昌
之,米代武司(天使大学)
,矢田俊彦,加計正文,尾仲達
史,岩崎有作,前島裕子,Udval Sedbazar(自治医科大学)
,
岡村
均(京都大学)
,森川吉博,小森忠祐(和歌山県立
研究会報告
医科大学)
,井上尚彦(味の素(株)
)
,伊藤
ばこ産業(株)
)
,山下
誠(日本た
均(中部大学)
,日比壮信,小治
健太郎(花王(株)
)
,高木一代(中京女子大学)
,松尾
崇
(宮崎大学)
,箕越靖彦,志内哲也,岡本士毅,稲垣匡子,
戸田知得,上條真弘,横田繁史,唐
麗 君 , Eulalia
Coutinho,内田邦敏(生理学研究所)
【概要】
本研究会は,末梢・中枢クロストークによる摂食,代
和歌山県立医科大学の小森から「視床下部・膵ラ氏島の
謝,脳・全身機能の調節をテーマとした。末梢から中枢
レプチン誘導性新規転写制御因子」,群馬大学の北村か
への求心性迷走神経を介する情報連絡に関して,自治医
ら「視床下部 Sirt1 と摂食制御」,自治医科大学の加計か
科大学の岩崎から「摂食抑制ペプチド Nesfatin-1 の求心
ら「膵β細胞 Kv2.1 チャネルの代謝性調節」について報告
性迷走神経細胞への作用」,群馬大学の清水から「ネス
された。
ファチン-1 の末梢投与効果発現機構」,金沢大学の中林
本研究会の目玉として京都大学岡村均教授は特別講演
から「インクレチンが食後血糖を制御する神経性機序:
「生体リズム異常と病気」において,生体リズムによるホ
ルモン分泌や血圧の制御と変調の卓越したご研究を解説
肝・胃神経連関の検討」について報告された。
神経ペプチドによる中枢から末梢への自律神経を介す
して下さり,深く感銘を受けた。本研究領域の創始者で
る情報連絡に関して,久留米大学の児島から「グレリン
ある大村裕博士の「グルコース感受性ニューロンが産生
による自律神経機能の調節」,自治医科大学の尾仲から
するオレキシン A の空間認知効果」のお話から摂食と学
「PrRP の摂食とエネルギー代謝における働き」
,生理学研
習の密接な関連を学び,また嶋津孝博士は示唆に富む多
究所の志内から「視床下部オレキシンによる骨格筋での
くの発言により会を盛り上げて下さった。一方で多くの
糖代謝調節と動機付け摂食行動連関」,天使大学の米代
大学院生や若手研究者が活発に討議に参加し,末梢・中
から「ヒト褐色脂肪によるエネルギー消費と肥満との関
枢クロストーク研究と世代間クロストークの双方で実り
係」について報告された。
多い研究会となった。
視床下部と膵島の機能を調節する新しい因子として,
(1)摂食抑制ペプチド Nesfatin-1の求心性迷走神経細胞への作用
末梢 Nesfatin-1の摂食抑制効果における求心性迷走神経の関与の可能性
岩崎有作 1,加計正文 2,中林
肇 3,矢田俊彦 1
(1 自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門,
2
自治医科大学さいたま医療センター総合医学第 1,3 金沢大学保健管理センター)
【目的】Nesfatin-1 (Nesf-1) は,2006 年に発見された内因
濃度 ([Ca2+]i) 動態を測定した。
性摂食抑制ペプチドであり,中枢から末梢臓器まで広く
【結果,考察】Nesf-1 (0.1-10 nM) は NG 細胞の[Ca2+] i を濃
分布する。Nesf-1 の中枢,末梢投与は摂食を抑制するが,
度依存的に増加させ,12.5% (33/263) の細胞が 10 nM
末梢 Nesf-1 の摂食抑制機序は不明である。本研究では,
Nesf-1 に応答した。この応答は細胞外 Ca2+除去により完
迷走神経求心路を介した摂食抑制経路を検討するため
全消失し,N 型 Ca2+チャネル阻害剤により強く抑制され
に,迷走神経求心神経節 (nodose ganglion: NG) 細胞に対す
た。従って,Nesf-1 は求心性迷走神経に直接作用し,N
2+
る Nesf-1 の直接的作用を,細胞内 Ca 応答を指標に検討
型 Ca2+を介して[Ca2+] i を上昇させた。全ての Nesf-1 応答
した。
細胞が摂食抑制性消化管ホルモン cholecytokin-8 (CCK-8)
【方法】マウスの NG を摘出,酵素処理により単一細胞を
調整し,FBS と抗生物質を含む MEM 培地にて 18-36h 培
養した。Fura-2 を用いた蛍光画像解析により,細胞内 Ca
にも応答したことより,Nesf-1 の摂食抑制経路の一部は
CCK-8 と共通しているのかもしれない。
2+
367
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(2)ネスファチン-1の末梢投与効果発現機構に関する検討
清水弘行,大崎
綾,土屋天文,森
昌朋(群馬大学大学院病態制御内科学)
ネスファチン-1 末梢投与による摂食抑制作用発現機構
おいては BMI の増加とともに血中ネスファチン-1 濃度
に関し検討を加えた。ネスファチン-1 ならびにその活性
が減少することが判明するとともに,マウス腹腔内への
部分と考えられる mid-segment (M30) の腹腔内投与は用
250 pmol/g BW ネスファチン-1 投与では,投与 30 分後に
量反応性にマウスの摂食行動を抑制し,M30 の皮下投与
血中ネスファチン-1 濃度が約 1.5 倍に増加し,血中イン
はより長時間の摂食抑制作用を示した。ネスファチン-1
スリン濃度の有意な減少が観察されたが,血中 GLP-1
末梢投与による摂食行動抑制は,カプサイシン前処置マ
濃度や血糖値には有意な影響は認められず,ネスファチ
ウスにおいて完全に消失することから,迷走神経系を介
ン-1 以外の液性因子の変動を介した中枢への摂食抑制機
した機構の存在の可能性が示唆される。またネスファチ
構の可能性は少ないものと考えられた。以上の結果より,
ン-1 は,nodose ganglion から単離したニューロンに対し
ネスファチン-1 の末梢投与による食欲抑制シグナルは,
て直接的な作用を発現する事実も判明し,迷走神経求心
主に迷走神経系を介して摂食中枢に働き,動物の摂食行
路のニューロンを活性化することが明らかとなってき
動を抑制するものと考えられる。
た。一方,ネスファチン-1 の ELISA 系を確立し,ヒトに
(3)インクレチンが食後血糖を制御する神経性機序:肝・胃神経連関の検討
中林
肇 1,中林逸子 2,西澤 誠 3,中川 淳 3,新島
旭4
(1 金沢大学保健管理センター,2 金沢大学血管分子生理学,
3
金沢医科大学内分泌代謝制御学,4 新潟大学生理学)
【背景・目的】糖尿病管理に重要な食後血糖は主に胃排出
し,肝迷神切断群では不変。 2) 長時間作用型 GLP-
とインスリン(イ)分泌に影響される。今回は胃排出に
1analog NN2211 の 0.2, 4.0 pmol, pv 時,肝求心性活動の増
強く関与する迷走神経(迷神)活動に,GLP-1 等が与え
加と,胃遠心性活動の減少を持続的にみとめたが,肝迷神
る影響を検討した。
切断群では消失した。また,4.0 pmol, fv 時,肝求心性活
【方法・結果】麻酔下にラットの胃・肝迷神活動を測定し
動は 60 分に頂値をみる一過性増加を示し,胃遠心性活動
た。GLP-1 の生理学的 (0.05, 1.0 pmol),傍生理学的 (0.2
も一過性減少にとどまった。3) 門脈中に GLP-1 と等モル
pmol),薬理学的 (4.0 pmol) 量の 1 分間門脈内投与 (pv) は
で同時放出され胃作用をもつ GLP-2, pv 時両神経活動は
肝迷神求心性活動を 90 分以上にわたり用量依存性に有意
変化せず,節神経節神経細胞では RT-PCR にて GLP-1R
に促進した(既報)
。1) 胃迷神遠心性活動は,GLP-1 各
と異なり,-2R 遺伝子発現を検出しなかった。
量 pv 時,正常群では 90 分以上にわたり用量依存性に有
【結論】GLP-1 は迷神を介し肝・胃および肝・膵神経連関
意に減少し,肝迷神切断群と対照群では不変。GLP-1 各
を惹起するが,GLP-2 はしない。この事実は GLP-1 が食
量大腿静脈投与 (fv) 時も胃迷神遠心性活動は有意に減少
後血糖の制御に強く関与することを示唆する。
368
研究会報告
(4)生体リズム異常と病気
岡村
均(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座システムバイオロジー分野)
生体リズムは地球に住む生物にとっては基本的性質で
循環器疾患と生体リズムの関係は高血圧の罹患率が昼夜
あり,哺乳類においては,多くの生理機能が生体時計の
交代勤務者において高いことなどから疫学的にはよく知
下に動いている。近年,生体のほぼ全ての細胞に時を司
られていたが,実際に体内時計と高血圧を結びつける分
る時計遺伝子 clock genes があり,このわずか数個のこの
子機序についてはこれまで全く不明であった。最近,我々
時計遺伝子が,数千もの細胞機能に重要な遺伝子を周期
は生体リズムの消失した遺伝子改変マウス(Cry-null マ
的に発現させることが解明された。しかし,近年は長時
ウス)を用いてリズム異常に関連する病態を検索した。
間労働や,不夜城と化した生活環境の急速な浸透により
その結果,Cry-null マウスでは,副腎球状層で新しいタ
ライフスタイルが劇的に変動し,生体リズムシステムが
イプのステロイド合成酵素の異常産生が起こり,アルド
破綻の危機に陥っている。このため,生体リズムの異常
ステロン分泌が過剰となり,食塩感受性の高血圧を示す
がもたらす疾病に関心が集まっており,従来の睡眠異常
ことを見出した。このように,リズム異常は,機能遺伝
や躁うつ病のみでなく,高血圧,メタボリック症候群,
子の発現異常を介して,多くの疾病発症に関与すると考
発癌など生活習慣病に至る機構が注目されている。特に,
えられる。
(5)視床下部外側野グルコース感受性ニューロン(GSNs)が産生し摂食中に放出する
オレキシン A (ORX-A)の空間認知効果
大村
裕,粟生修司,福永浩司(九州大学)
ORX-A は空腹物質で GSNs に作用して,摂食を促進さ
ORX-A を海馬スライス標本に投与した実験でも,長期増
せる。GSNs はアクソンを海馬 CA1 ニューロンに伸ばし,
強が抑制された。このとき,シナプス前の伝達物質放出
生体の空間認知に関与している。ORX-A (1.0-10nM) を
も障害された。また海馬 CA1 ニューロンのカルモジュリ
ラット第三脳室に投与して,Morris の水迷路学習に対す
ンキナーゼ II のリン酸化も抑制された。摂食と高次脳機
る効果を検討したところ,空間認知は抑制された。
能との関係は複雑である。
(6)ヒト褐色脂肪によるエネルギー消費と肥満との関係
米代武司,斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科)
褐色脂肪の機能不全が肥満の一因となることは,マウ
とし,急性寒冷刺激後 FDG-PET/CT 撮影を行ったところ,
スなどでは良く知られていた。我々はヒト褐色脂肪の機
若年者(20~39 歳)の約半数で鎖骨上部に FDG 集積が
能を FDG-PET/CT により評価し,寒冷刺激で活性化する
認められ,これが褐色脂肪であることが確認された。し
ことや肥満度と逆相関することなどを明らかにしてき
かし,中年者(40 歳以上)では褐色脂肪の検出率は 10%
た。本研究では,健常被験者を対象にして,全身エネル
未満であった。年齢と肥満度との関係を調べたところ,
ギー消費に対して褐色脂肪がどの程度貢献するのかを定
褐色脂肪を消失した者では加齢に伴い BMI や体脂肪率,
量的に測定し,肥満,特に加齢に伴う体脂肪蓄積との関
内臓脂肪面積などが増加するが,褐色脂肪を有するもの
係を解析した。健康な男女 135 名(20~73 歳)を被験者
ではこれらの指標がほとんど増えなかった。更に,褐色
369
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
脂肪の保有者と消失者で呼気分析を行った結果,酸素消
伴う肥満進展の抑止に寄与していることが判明した。こ
費量が前者で有意に高いことが判明した。従って,ヒト
れらの結果を中心に,褐色脂肪活性に関与する遺伝並び
成人でも寒冷刺激によって活性化される褐色脂肪が高頻
に環境要因について発表する。
度に存在し,全身エネルギー消費の一成分として加齢に
(7)視床下部・膵ラ氏島においてレプチンにより誘導される新規転写制御因子
小森忠祐,森川吉博(和歌山県立医科大学医学部第二解剖学)
近年,肥満に,糖尿病,高血圧,高脂血症が合併した
チン欠損 ob/ob マウスにレプチンを投与し,そのマウス
メタボリック症候群が深刻な社会問題となっており,そ
の脳よりレプチンで誘導される 9 個の遺伝子を単離した
の病態の中で肥満は中心的役割を担っていると考えられ
(leptin-inducible transcripts: LIT)。この中の LIT-1 は,視床
ている。肥満は摂取エネルギー量が消費エネルギー量を
下部や膵臓において,レプチンによって誘導され,グレ
超えたときに生じるが,この体内エネルギーバランスの
リン受容体の発現を抑制し,それによって摂食促進やイ
恒常性を制御する最も重要な分子の一つがレプチンであ
ンスリン分泌抑制などのグレリンの作用を負に制御して
る。白色脂肪細胞から分泌されたレプチンは,脳の視床
いることが示唆され,また,肥満糖尿病患者においても,
下部にあるレプチン受容体に結合することにより摂食や
LIT-1 の 3’-flanking 領域に有意な SNP の異常を発見した。
エネルギー消費を制御する。しかし,ヒト肥満において,
これらのことから,レプチン抵抗性,及び肥満からの糖
レプチンの異常によるものはごくまれで,ほとんどの場
尿病発症に LIT-1 の異常が関与している可能性が示唆さ
合,血中レプチン濃度が高い,いわゆるレプチン抵抗性
れた。
の状態にあることが示されている。そこで我々は,レプ
(8)視床下部 Sirt1と摂食制御
北村忠弘(群馬大学生体調節研究所 代謝シグナル研究展開センター)
NAD+依存性のタンパク脱アセチル化酵素である Sirt1
下でタンパク量が増加する。
は,Foxo1 などの基質の脱アセチルを介してインスリン
4) マウスの視床下部内側基底部への Sirt1 発現ウイル
感受性・代謝を制御することが報告されているが,Sirt1
スの micro-injection による Sirt1 の強制発現は,核内滞留
の中枢性代謝制御への役割は未解明である。そこで,Sirt1
型 Foxo1 による摂食と体重の増加を有為に抑制する。
が視床下部で摂食行動・エネルギー代謝制御機構を調節
するかを検討した。
1) Sirt1 は視床下部で Agrp 及び Pomc 陽性ニューロン
で発現している。
2) Sirt1 の視床下部におけるタンパク量は,絶食後の再
摂食で増加する。この変化は RNA レベルでは見られな
い。
3) Sirt1 は視床下部および視床下部培養細胞 N41 にお
いてユビキチン修飾を受け,プロテオソーム阻害剤存在
370
5) Sirt1 は摂食促進神経ペプチドである Agrp の転写を
抑制する。この効果には Sirt1 酵素活性が必須である。ま
た,核内滞留型 Foxo1 によって亢進した Agrp の転写活
性を Sirt1 は抑制する。なお,Sirt1 は Pomc プロモーター
活性には影響を及ぼさない。
以上より,栄養素やホルモンによって視床下部 Sirt1 タ
ンパク量が調節され,AgRP の発現調節を介して摂食が
コントロールされると考えられる。
研究会報告
(9)摂食調節ペプチド・グレリンによる自律神経機能の調節
児島将康,佐藤貴弘(久留米大学分子生命科学研究所・遺伝情報研究部門)
申請者らは 1999 年に胃組織からグレリン (ghrelin) を発
おいて自律神経機能に異常があることを見つけ出した。
見し,これが成長ホルモン分泌促進作用を示すとともに,
グレリン欠損マウスに対して無線テレメトリーシステム
強力な摂食亢進作用を持つことを明らかにした。グレリ
を用いて非侵襲的に血圧・心拍数・体温などの自律神経機
ンは胃から分泌されて血中を流れるペプチド・ホルモン
能を調べた結果,グレリン欠損マウスは血圧不安定,体
であり,3 番目の Ser 残基の側鎖が脂肪酸である n-オク
温維持機構の異常,消化管運動の低下,血圧・体温の日
タン酸 (C8:0) によって脂肪酸修飾を受けており,さらに
内リズム異常など,自律神経系の異常を示すことが明ら
この脂肪酸修飾が活性発現に必須であるという極めてユ
かになった。中枢性摂食異常症の患者においては単に摂
ニークな構造をしている。グレリンは,末梢投与によっ
食障害だけでなく,その他の様々な異常を訴える。これ
て摂食亢進作用を示す内因性のペプチド・ホルモンとし
らは血圧・体温・消化管機能などの自律神経系の異常が
て唯一のものであり,血中投与や皮下投与によって強力
多く,今回のグレリン欠損マウスの表現型との関連が興
な摂食亢進作用を示す。グレリンは摂食促進や成長ホル
味深い。
モン分泌を調節することによって,生活習慣病や摂食障
またグレリン投与によって体温が低下することがわか
った。すなわちグレリンは体温を下げることで,余分な
害の病態と密接な関連がある。
これまでに目立った表現型は見つかっていないグレリ
ン KO マウスについて,申請者らは野生型マウスと比較
エネルギー消費を抑えて,生体の生存に有利な栄養蓄積
を行うのだと考えられた。
して詳細に検討した。その結果,グレリン KO マウスに
(10)膵β細胞 Kv2.1チャネルの代謝性調節
加計正文(自治医科大学さいたま医療センター総合医学第 1)
膵β細胞活動電位発生に重要な電位依存性 K+チャネル
胞内 MgATP0mM も Kv2.1 を抑制した。HEC293 におい
(Kv2.1) が低濃度ブドウで抑制されることがわかった。ラ
て細胞内 MgATP10mM はチャネル抑制を防止し (0.95±
ットβ細胞および Kv2.1 発現細胞(HEK293 細胞)を用い
0.08, n=6),細胞内 MgATP0mM によりチャネルは抑制さ
て Nystatin 法(N 法)
,Whole-cell clamp 法(W 法)で Kv2.1
れた (0.46±0.07, n=5 P=0.001vs10mM)。以上から膵β細胞
電流を観察した。Kv2.1 はブドウ糖濃度 2.8mM で電流減
の Kv2.1 チャネルはブドウ糖濃度依存性に調節されてい
少,16.6mM で電流増加がみられた。減少前値との相対
る。その調節因子は MgATP を含む細胞内代謝が重要で
変化率は前者 0.48±0.10 (n=4) 後者で 1.11±0.06 (n=5,
ある。Kv2.1 チャネルは膵β細胞以外に心臓や神経細胞に
P<0.003) だった。グリセルアルデヒド (11mM) は Kv2.1
も発現していることが知られている。この代謝調節性チ
抑 制 を 防 止 (0.97 ± 0.04, n=7) , 10mM ピ ル ビ ン 酸 ,
ャネル活動制御機構は発現各臓器において重要な活動電
ketoisocaproic acid,または MgATP 細胞内適用も同様だっ
位制御をしている可能性がある。
た。FCCP は Kv2.1 を抑制 (0.69±0.06, n=8, P<0.002),細
371
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(11)PrRP の摂食とエネルギー代謝における働き
尾仲達史,高柳友紀(自治医科大学医学部生理学講座神経脳生理学部門)
神経ペプチド PrRP を産生するニューロンは延髄弧束
かし,PrRP 遺伝子欠損動物で観察される肥満は摂食量を
路核,延髄腹外側部,視床下部背内側核に存在する。延
野生型と同じに制限すると観察されなくなる。また,安
髄弧束路核の PrRP 産生ニューロンは摂食により活性化
静時の酸素消費量は野生型と有意な差はない。これらの
される。PrRP 遺伝子欠損動物は,18 週齢以降に過食と
データから,PrRP は安静時におけるエネルーギー消費に
なり肥満を呈し糖代謝異常が生じる。PrRP 遺伝子欠損動
は大きな働きをしていないことが示唆される。ストレス
物では一回摂食量が増えており,末梢の満腹物質である
刺激は PrRP 産生ニューロンを活性化し酸素消費量を増
CCK による摂食抑制作用が大きく減弱していた。これら
大させることが知られている。PrRP 遺伝子欠損動物にお
のデータから,PrRP は中枢における満腹シグナルの伝達
いてはストレス負荷時の酸素消費量増大反応が減弱して
を担っている可能性が示唆される。
いた。従って,PrRP はストレス負荷時のエネルギー消費
エネルギー消費に関し,PrRP を外来性に投与すると体
に重要であることが示唆される。
温が上昇し酸素消費量が増大すると報告されている。し
(12)視床下部オレキシンによる骨格筋での糖代謝調節と動機付け摂食行動との作用連関
志内哲也,箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)
視床下部外側野とその周辺に局在するオレキシンニ
オレキシンニューロンは,動機付け行動により活性化
ューロンは,睡眠・覚醒レベルを制御するほか,摂食行
する。一方,味覚刺激や炭水化物の経口摂取が交感神経
動,動機付け行動の調節及び交感神経系の調節に関与す
活動を亢進させ,熱産生を引き起こすことが知られてい
る。交感神経は,視床下部への電気的刺激あるいはレプ
る。そこで,サッカリン溶液を自発的に摂取するように
チン投与により活性化し,視床下部腹内側核 (VMH) はそ
訓練したマウスを用いて,サッカリン摂取がオレキシン
の調節部位の一つである。最近,我々は,電気生理学的
ニューロン,骨格筋でのグルコース代謝にどのような効
実験によって,オレキシンを作用させると VMH ニュー
果を及ぼすかを調べた。その結果,サッカリンの自発的
ロンが直接興奮するという結果を得た。そこで,VMH
摂取後,オレキシンニューロンが活性化し,インスリン
にオレキシンを投与すると,マウス及びラットにおいて
によるグルコース取込みおよびグリコーゲン合成促進作
骨格筋を支配する交感神経活動が選択的に上昇すると同
用が増強することを見出した。この作用は,VMH への
時に,骨格筋においてグルコースの取込みが増加するこ
オレキシン受容体拮抗薬の両側性投与,あるいはβ2 受容
とを見出した。このようなオレキシンによるグルコース
体阻害薬の腹腔内投与によって抑制された。また,グル
代謝亢進作用は白色脂肪組織においては見られず,また,
コースによって動機付けしたマウスの VMH にオレキシ
摂食量,自発運動量,血漿インスリン濃度に変化はなか
ン受容体拮抗薬を両側性に投与すると,グルコース経口
った。VMH へのオレキシン投与は,インスリンによる
摂取後の血糖値上昇がより増強した。これに対して腹腔
グルコースの取込み及びグリコーゲン合成促進作用をも
内にグルコースを投与する方法およびオレキシンノック
増強した。さらに,各アドレナリン受容体の選択的阻害
アウトマウスでは,このような変化は見られなかった。
剤を投与した実験並びにβアドレナリン受容体遺伝子欠
以上のことから,オレキシンによる骨格筋でのグル
損マウスの骨格筋にβ2 受容体遺伝子を導入した実験に
コース代謝亢進作用は,VMH−交感神経−β2 受容体経路
よって,オレキシンによるグルコース取込み促進作用に
を介しており,強い動機付けによる摂食行動直後のエネ
骨格筋のβ2 受容体が必要であることを突き止めた。
ルギー代謝調節に関与すると考えられる。
372
研究会報告
17.貪食細胞機能のイメージング
2010 年 1 月 20 日-1 月 21 日
代表・世話人:岡村康司(大阪大学大学院・医学系研究科・生命機能研究科)
所内対応者:永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)生体2光子励起イメージングによる破骨細胞(骨の貪食細胞)の遊走・分化・機能の可視化
石井
優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)
(2)劇症型 ARDS の発症に関与する Myeloperoxidase
-トリインフルエンザ H5N1感染患者と PR-8 (H1N1) 感染モデルマウスに共通の因子-
鈴木和男(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学)
(3)食作用時の活性酸素生成酵素 NADPH オキシダーゼの活性化機構
住本英樹(九州大学大学院医学研究院・生化学分野)
(4)Rac-RhoGDI 複合体の解離・活性化メカニズム -Rac-RhoGDI 複合体の解離は食胞膜上で起こる-
上山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野)
(5)電子線クライオトモグラフィー法による T7 様ウイルスのシアノバクテリアへの感染過程の解析
村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター)
(6)イノシトールリン脂質代謝系の自己組織化による自発運動シグナル発生
上田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科)
(7)貪食細胞における電位依存性プロトンチャネルの役割
大河内善史(大阪大学大学院・医学系研究科)
【参加者名】
岡村康司(大阪大学大学院医学系研究科)
,永山國昭(生
州大学大学院医学研究院・生化学分野)
,斉藤尚亮(神戸
理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
,石井
大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野)
,上
優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イ
山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子
メージング)
,菊田順一(大阪大学免疫学フロンティア研
薬理分野)
,孫
究センター・生体イメージング)
,島津
ンター・分子薬理分野)
,佐々木雄彦(秋田大学大学院医
裕(大阪大学免
正賢(神戸大学・バイオシグナル研究セ
疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)
,鈴
学系研究科)
,千田進介(秋田大学大学院医学系研究科)
,
木和男(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学)
,菅
又
村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター)
,上
一(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学)
,長尾朋和
田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科)
,大河内善史
(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学)
,住本英樹(九
(大阪大学大学院医学系研究科)
【概要】
貪食細胞は,従来の異物を除去するという側面だけで
在し,どのタイミングで活性化するのかを明らかにする
なく,獲得免疫の活性・制御に関わる重要な免疫細胞で
ことが必要である。そのためには,各分子の蛍光イメー
もある。貪食細胞の機能が欠損すると,感染症疾患,自
ジング技術が非常に有効である。貪食は,異物の認識か
己免疫疾患に繋がることから,貪食細胞機能の理解は,
ら始まり,細胞内への取り込み,殺菌・分解といった各
医療分野の発展にもつながる研究である。現在までに,
過程が連続して起きる。近年のイメージング技術の進歩
貪食に関わる多くの分子が同定され,その機能が明らか
により,これらの細胞内過程の詳細が明らかになってき
にされてきたが,貪食細胞機能を理解するためには,そ
たが,日本から発信されている研究の貢献度がきわめて
れらの分子の時間的・空間的理解,すなわち,どこに局
高い。本研究会では,これらの細胞内機能の各過程に関
373
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
わる分子を研究している研究者が一同に会し,各分子の
かを議論する一方,現在世界的に恐れられているトリイ
時空間的機能を議論した。本研究会は,また,国際イメー
ンフルエンザウイルスに対する生体防御機構を議論し
ジング学会と一部合同で行われ,生きたままの個体を用
た。今後,個体レベルの解析から細胞・分子レベルの解
いて貪食細胞の動きをとらえる技術がいかに重要である
析に渡る各階層の統合的な理解が進むと期待される。
(1)生体2光子励起イメージングによる破骨細胞(骨の貪食細胞)の遊走・分化・機能の可視化
石井
優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)
破骨細胞は単球・マクロファージ系血液細胞から分化
かしたままの状態で骨組織内を観察するイメージング方
する多核巨細胞であり,硬質の骨組織を融解・吸収する
法を確立した。この方法を用いると,骨組織のリモデリ
特殊な能力を有する。関節リウマチや骨粗鬆症などの骨
ングに関わる破骨細胞や骨芽細胞,骨髄内で分化・成熟
吸収性疾患では,破骨細胞の機能亢進が病状形成に重要
を遂げる単球・顆粒球・リンパ球,その他の間葉系細胞
な役割を果たしている。これまでに,破骨細胞分化に関
や血液幹細胞などの生きた動きを,リアルタイムで観察
与する数多くの分子機構が明らかにされているが,これ
することができる。演者は特に,破骨細胞の動きと機能
らの細胞がいかにして骨表面にリクルートされるのか,
に注目して解析を行い,この前駆細胞の骨への遊走・位
また具体的に in vivo でどのように機能しているのかな
置決めが,種々のケモカインや脂質メディエーター(ス
ど,不明な点が多く残されていた。
フィンゴシン 1 リン酸)によって動的に調節されている
演者は最近,2 光子励起顕微鏡を駆使してマウスを生
ことを明らかにした。
(2)劇症型 ARDS の発症に関与する Myeloperoxidase
-トリインフルエンザ H5N1感染患者と PR-8 (H1N1) 感染モデルマウスに共通の因子-
鈴木和男(千葉大学大学院医学研究科・免疫発生学・炎症制御学,国立感染症研究所・免疫部)
ベトナムでのトリインフルエンザウイルス (H5N1) 感
討し,肺組織での IFV の増加は,MPO-KO では,3 日後
染が,劇症型 ARDS (FARDS) を誘発することを報告した
までほぼ陰性で,4 日後に陽性細胞が急速に増加した。
(J. Infect. Dis., 2009)。その発症機序解明と治療法を開発す
また,MPO-KO では,BALF 中の細胞浸出の程度も弱か
るため,IFV-PR8 (H1N1) インフルエンザウイルス感染誘
った。マウス BALF 中での IL-1 α, β, GM-CSF に続く KC
導の劇症型肺傷害モデルマウスを作製し,肺傷害機構に
の急激な上昇は,4 日後に観察された好中球の劇的な肺
かかわるサイトカインストームに連動する因子を検討し
浸潤の増加に重要な役割を担い,それに続く MCP-1 の上
た。肺組織像の変化は,3-4 日後に炎症細胞の浸潤が顕
昇は,Th1 や単球(マクロファージ)の遊走,活性化を
著になり,肺気管洗浄液 (BALF) 中に多数の好中球と剥
持続させ極端な炎症細胞の活性化状態が持続していると
離上皮細胞を認めた。BALF 中のサイトカイン・ケモカ
考えられる。また,MPO-KO の解析から,IFV によって
インレベルは,感染 2 日後に IL-1α, β, GM-CSF,KC が上
活性化した好中球から放出される MPO が組織傷害にも
昇し,感染 4 日後に MCP-1,IL-6,G-CSF,IL12p40 が上
関与していることが推定される。これらの結果は,H5N1
昇した。一方,BALF 中に多数浸潤する好中球と同時に
感染患者の血清および咽頭洗浄液中のサイトカイン・ケ
好中球顆粒酵素 Myeloperoxidase (MPO) 活性も上昇した。
モカインと MPO の変動と共通性があると予想される。
そこで,MPO-KO を用いて肺傷害への MPO の関与を検
374
研究会報告
(3)食作用時の活性酸素生成酵素 NADPH オキシダーゼの活性化機構
住本英樹(九州大学大学院医学研究院・生化学分野)
食細胞の 1 つである好中球は,微生物の侵入局所に速
G 蛋白質 Rac が必要である。食作用時に,p47phox- p67phox-
やかに集まり,侵入微生物を認識・貪食し殺菌する。こ
p40phox の 3 者複合体と Rac は細胞質から別々にファゴ
の殺菌過程には活性酸素が極めて重要な役割を演じる
ゾーム膜に移行するが,ファゴゾーム膜上で p67phox は
が,その活性酸素生成を担うのが食細胞 NADPH オキシ
Rac と結合して gp91phox の構造変化を引き起こし,その結
ダーゼである。本酵素は細胞休止時には不活性型である
果として gp91phox の活性化(O2-生成)がおこる。3 者複
が,微生物の食作用 (phagocytosis) 時にファゴゾーム膜上
合体のファゴゾーム膜への移行には,(1) 食作用時にリ
-
で活性化されスーパーオキシド (O2 ) を生成するように
ン酸化され活性化された p47phox の「SH3 ドメインを介し
なる。オキシダーゼの酵素本体である膜蛋白質 gp91phox
た膜蛋白質 p22phox との結合」および「PX ドメインを介
(p22phox と 2 量体を形成)は,細胞膜と特殊顆粒(好中球
した膜リン脂質との結合」,(2) 閉じたファゴゾーム膜
の細胞内顆粒の 1 つ)の膜に多量に存在する。しかし,
(closed phagosome) で生成されるホスファチジルイノシ
-
phox
これだけでは O2 の生成は起らない。gp91
が活性化さ
れ O2-を生成するには,細胞休止時には細胞質に存在する
phox
3 つの特異的蛋白質 (p47
,p67
phox
トール 3-リン酸 (PI3P) と p40phox との結合,等々が必要で
ある。
phox
) と低分子量
,p40
(4)Rac-RhoGDI 複合体の解離・活性化メカニズム
-Rac-RhoGDI 複合体の解離は食胞膜上で起こる-
上山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野)
【背景】貪食細胞における NADPH oxidase (Nox) である
Nox2 の活性化には,膜成分である flavocytochrome b558
(heterodimer of Nox2 and p22
phox
) と,細胞質成分である
complex) と small GTPase Rac との膜での複合体形成が
たが,ROS 産生の増加は軽度であった。一方,Rac 特異
, p67
の複合体 (p40
必須である。また, p40
phox
-p47
phox
phox
phox
【結果】貪食細胞に,Phospholipase D2 (PLD2) を過剰発
現させると,Rac-RhoGDI 複合体の膜での集積が増強し
, p47
phox
ムの解明を行った。
phox
p40
phox
phox
化が,細胞内のどこで起こるのか,更に,そのメカニズ
-p47
phox
-p67
-p67
complex と
的な Guanine nucleotide exchange factor (GEF) である
Rac は,独自のメカニズムにより,膜にターゲットする
Tiam1 の過剰発現では,Rac の集積の増強は誘導できず,
ことが知られている。Rac は,静止時には RhoGDI と複
ROS 産生量の増加も軽度なものであった。しかし,PLD2
合体を形成し不活性化型として細胞質に存在するが,刺
と Tiam1 を共発現させると,著名な ROS 産生の増加が
激時には活性化型として膜上で機能する。RhoGDI から
観察された。
の解離が,Rac 活性化の必修のステップであることは周
【考察】貪食時の Rac の活性化には,少なくとも 1. Rac -
知の事実であるが,この現象が細胞内のどこで,どのよ
RhoGDI 複合体の膜移行,2. 膜上での Rac の RhoGDI か
うなメカニズムにより起こるのか,などの詳細はわかっ
らの解離・活性化,という 2 つのステップが存在すると
ておらず,漠然と細胞質内で起きていると信じられてき
考えられた。
た。今回我々は,Rac の RhoGDI からの解離および活性
375
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(5)電子線クライオトモグラフィー法による T7様ウイルスのシアノバクテリアへの感染過程の解析
村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター)
T7 様ウイルスは,分子生物学的に最も良く調べられて
面に吸着したファージは,細胞表面とテイルとの角度に
いるウイルスの一つであり,正二十面体からなるキャプ
よって 3 種類に分類することができた。吸着したファー
シドに二重鎖 DNA を格納し,そのペントンの一つに,6
ジの 50%はその様相から休眠状態 (Sleeping) であること
本のスパイクファイバーで囲まれた伸縮しない短いテイ
がわかった。さらに,テイルの周りにあるスパイクファ
ルを持つ。そして,このテイルを宿主の細胞膜と結合さ
イバーと呼ばれる器官の構造変化を 3 次元像の多変量解
せて,そこからファージ DNA を宿主に注入する。とこ
析により調べた結果,ファージの吸着過程が進むにつれ
ろが,その細菌への感染過程の構造学的な詳細について
て,キャプシドの表面に沿って折りたたまれたスパイク
はあまり知られていない。本研究では,シアノバクテリ
ファイバーが,テイル先端方向に持ち上がり,テイルに
ア Prochrolococcus MED4(直径~0.5µm)を用い,これに
対して垂直に伸びることがわかった。このことから,ス
特異的な T7 様ウイルス P-SSP7 を感染させて,その過程
パイクファイバーの構造変化が,ファージの吸着過程に
を電子線クライオトモグラフィー法で調べた。細胞壁表
おいて重要な役割をしていることが示唆された。
(6)イノシトールリン脂質代謝系の自己組織化による自発運動シグナル発生
上田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科)
細胞の様々な機能が分子反応ネットワークの自発的ダ
ブ蛋白質の内在的なダイナミクスを観察した。その結果,
イナミクスから自律的に発現する仕組みの解明は,細胞
PHAkt/PKB-GFP と PTEN-Halo-TMR は細胞膜上で相互排他
生物学における中心的な課題の一つである。細胞の自発
的に局在化し,両タンパク質の局在部位が細胞膜上に沿
的ダイナミクスが顕著に現われている現象として,細胞
って回転する様子が観察された(自己組織化的進行波形
の自発運動が挙げられる。自発的に運動している粘菌細
成)。イノシトールリン脂質代謝系の様々な阻害剤を用
胞では,イノシトールリン脂質の PtdIns (3, 4, 5) P3 が前進
いて進行波形成を止めると,細胞の自発運動が阻害され
端の仮足に濃縮し,細胞の後ろ側にはない。こうした
た。イノシトールリン脂質代謝系の分子反応ネットワー
PtdIns (3, 4, 5) P3 局在の時空間ダイナミクスをイメージ
クを考慮する事で,反応拡散方程式を用いてこの進行波
ングするために,PtdIns (3, 4, 5) P3 に結合する Akt/PKB の
形成を数理モデル化できる。そのモデル解析により,ミ
PH ドメインと PtdIns (3, 4, 5) P3 を分解する PTEN を蛍光
クロのゆらぐ分子からマクロの動的秩序(極性)が自己
標識し,プローブとして用いた。アクチン骨格系を破壊
組織化されることを通して,自発運動シグナルが発生す
した細胞において環境からの刺激がない状況で両プロー
ることが分かってきた。
(7)貪食細胞における電位依存性プロトンチャネルの役割
大河内善史(大阪大学大学院・医学系研究科)
マクロファージ・好中球などの貪食細胞は,活性酸素
素を作る酵素 NADPH オキシダーゼは,NADPH から電
を使って,病原菌・死細胞を殺菌・除去し,感染症・自
子を奪い,酸素に受け渡すと同時に,副産物として細胞
己免疫疾患などの疾病から自己を防御している。活性酸
内にプロトンを放出するため,細胞膜は脱分極し,細胞
376
研究会報告
内は酸性化する。このため,貪食細胞には,膜電位と細
て発現を調べた結果,VSOP は食胞に存在することが明
胞内 pH を制御する因子が必要と考えられていた。電気
らかとなった。次に,ノックアウトマウスを作成し,
生理学的な手法を用いた解析により,電位依存性プロト
NADPH オキシダーゼの活性化と連動した VSOP の機能
ンチャネルの関与が示唆されていたが,その分子実体は
解析に着手した。好中球を PMA で刺激し,活性酸素量
長い間不明であった。我々の研究室で発見された電位依
を定量した結果,ノックアウトマウスの好中球では,野
存性プロトンチャネル VSOP (voltage sensor only protein)
生型マウスに比べて,産生量が低下していた。さらに,
は,貪食細胞で発現しており,電位依存性プロトンチャ
PMA 刺激により,好中球の膜電位の異常上昇,細胞内
ネルの特徴を保持していた。我々は,貪食細胞における
pH の低下が見られ,VSOP が食胞において膜電位と細胞
VSOP の機能を調べるために,抗体を作成し,好中球か
内 pH を制御する分子そのものであることが明らかにな
ら分離した食胞について,ウェスタンブロット法を用い
った。
377
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
18.DNA の凝縮:物理から生理まで
2010 年 3 月 10 日
代表・世話人:前島一博(国立遺伝研)
所内対応者:永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)DNA 鎖(半屈曲性高分子鎖)の数理モデル及び構造転移の研究
石本志高(岡山光量子科学研究所)
(2)DNA の折り畳み転移:秩序構造の自己生成と荷電効果
吉川研一(京都大学
大学院理学研究科)
(3)DNA の高次構造と放射線感受性
吉川祐子(立命館大学総合理工学研究機構)
(4)一分子力学応答からみた DNA 凝縮
村山能宏(東京農工大学
工学部
物理システム工学科)
(5)位相差クライオ電子顕微鏡による DNA およびクロマチン観察
加藤幹男(大阪府立大学大学院
理学系研究科
生物科学専攻)
胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院
先進理工学部)
(6)ヒストンバリアント特異的なヌクレオソームの立体構造と性質
(7)クロマチン構造を制御するヌクレオソーム間相互作用
須賀則之(独立行政法人理化学研究所
生命分子システム基盤研究領域)
(8)分裂期染色体内と核内の global なクロマチン構造
前島一博(国立遺伝学研究所
構造遺伝学研究センター)
(9)PP2A non-catalytically localizes condensin II to mitotic chromosomes
木村圭志(筑波大学大学院
生命環境科学研究科)
(10)次世代型シーケンサーの発展と細胞核構造観察の将来像
臼井健悟(理化学研究所 オミックス基盤研究領域)
【参加者名】
石本志高(岡山光量子科学研究所)
,吉川研一(京都大学
生命分子システム基盤研究領域)
,前島一博(国立遺伝学
大学院理学研究科)
,吉川祐子(立命館大学総合理工学研
研究所
構造遺伝学研究センター)
,木村圭志(筑波大学
究機構)
,村山能宏(東京農工大学
生命環境科学研究科)
,臼井健悟(理化学研究所
工学部
物理システ
大学院
ム工学科)
,加藤幹男(大阪府立大学大学院
理学系研究
オミックス基盤研究領域)
,村田和義(生理学研究所
科
生物科学専攻)
,胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院
ノ形態生理)
,永山國昭(生理学研究所
ナ
ナノ形態生理)
先進理工学部)
,須賀則之(独立行政法人理化学研究所
【概要】
染色体が発見されてから,100 年以上が経過するが,
繰り広げられた。物理学者と生物学者は日頃用いる常
全長約 2 メートルのヒトゲノム DNA が一体どのように
識・言語も異なるため,お互いにコミュニケーションを
折り畳まれて,染色体を形成するかはほとんどわかって
とり,コンセンサスを得ることは時として難しい。しか
いない。本研究会では,物理学から生理学まで,さまざ
しながら,何事もトライすることがなければ,成就する
まなバックグラウンドを持つ,10 人の研究者が生理学研
こともあり得ない。この意味で,本研究会は極めて有意
究所に集い,DNA の凝集に関して,活発な discussion が
義なものであったと思われる。また,参加者間のいくつ
378
研究会報告
かの共同研究もうまれている。今後とも,さまざまなバ
参加者の皆さま,研究会の進行を手伝って下さった生理
ックグラウンドを持つ人たちが定期的に集まり,熱い
学研究所永山研の方々,最後に本研究会を支援してくだ
discussion を持つ機会を継続していきたいと考えている。
さった生理学研究所に深く感謝したい。
集まって下さり,忍耐強く互いの意見を聞いて下さった
(1)DNA 鎖(半屈曲性高分子鎖)の数理モデル及び構造転移の研究
石本志高(岡山光量子科学研究所)
自然界で観測される生体高分子(DNA やタンパク質
我々は初めて,この半屈曲性高分子鎖の数理モデルを,
等)はコンパクトな状態で存在することが多々ある。近
ファインマン式の経路積分において引力項付きで定式化
年の実験技術の発達により,これらの立体構造を単分子
し,DNA 凝縮に特徴的なトロイド状態を解析的に導出し
レベルで研究できるようになってきた。その生物学的,
た。この理論を発展させ,異なる 4 種の引力相互作用に
医学的,産業的重要性と共に,生体高分子研究はますま
よるトロイド半径のスケーリング則を研究した。例えば
す重要性を増してきている。
クーロン力の場合トロイド半径 rc が全長 L に対して rc~
これまで,完全屈曲性高分子鎖のコイル-グロビュー
L-1/3 となることを示した。さらにトロイドが基底状態と
ル転移(凝縮転移)は詳しく研究されてきた。その静的
なる際のトロイド→トロイドグロビュール構造転移に関
性質・動的性質共によく理解され,ガウス近似や場の理
して,最深部の曲げエネルギー有限効果と引力ポテンシ
論による定式化によって理論的にも十分に記述されてい
ャルによるエネルギーを評価し,転移点を構造パラメー
る。一方,DNA や F-アクチン,コラーゲン等,多くの
タ cT-TG=(5√3)/36 (L/(πld))5/3 として算出した (ld:
生体高分子は半屈曲性高分子鎖であり,完全屈曲性鎖と
DNA 断面の直径約 2nm)。
異なるドーナツ状の立体的なトロイド構造で凝縮する。
(2)DNA の折り畳み転移:秩序構造の自己生成と荷電効果
吉川研一(京都大学
大学院理学研究科)
DNA 凝縮と折り畳み転移
の折り畳み転移を引き起こす。凝縮転移には,対イオン
100kbp を超える長鎖 DNA は次のような特質を有す
の動態が決定的な影響を及ぼす。
る。1) 長鎖 DNA は,数万倍程度の密度変化を伴う,著
クロマチンの高次構造転移
しく不連続な転移現象を示す。一方,数 kbp 以下の短鎖
100kbp 以上のサイズの DNA から再構成したクロマチ
DNA では,このような転移の特性は消失する。2) 多数
ンは,on/off 型の不連続な凝縮転移を示す。それに対し
の長鎖 DNA の凝縮を測定すると,転移は連続的に“見
て,短鎖 DNA から再構成したポリヌクレオソームでは,
える”
。3) 長鎖 DNA の折り畳み転移は,統計物理学の
このような折り畳み転移の特質は見られない。長鎖 DNA
言葉では,一次相転移であり,無秩序―秩序間の転移と
から再構成したクロマチンには,数十 kbp 程度のスケー
しての特徴を示す(核生成―結晶成長の速度過程や折り
ルでの,部分凝縮構造(単一 DNA 分子鎖,解けた部分
畳み構造の多様性など)
。4) DNA の塩基配列にたいして
と凝縮した部分がミクロ相分離する)を示す傾向があり,
は非特異的で,かつ多量に存在する物質(ATP, RNA,
この構造の安定性は,DNA 荷電の残存電荷に依存してい
polyamine など),すなわち環境パラメータが,長鎖 DNA
る。
379
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(3)DNA の高次構造と放射線感受性
吉川祐子(立命館大学総合理工学研究機構)
細胞内において,染色体 DNA は,細胞分化,癌化,
することを明らかにしてきた。
細胞周期などにより,著しくその形態を変化させること
最近,私たちは,このような蛍光顕微鏡による DNA
は良く知られており,様々な生命機能発現にはこのよう
の一分子観測手法が,長鎖 DNA の二重鎖切断反応の定
な染色体 DNA の高次構造変化が深く関わっていると考
量的解析に応用可能であることを見出した。これまでは,
えられる。私たちは,これまでに,蛍光顕微鏡による単
DNA 損傷に関する in vitro 研究は,専ら,キロ塩基対以
分子観察法を活用することにより,100 キロ塩基対 (kbp)
下の短鎖 DNA やオリゴマーについてのみ進められてき
を越える長鎖 DNA の高次構造変化を系統的に追究して
た。一方,ゲノム DNA は,一分子中に一箇所二重鎖切
きた。その中で,長鎖 DNA の折り畳み転移は,10 万倍
断を受けるだけでも,生命活動に重大な影響を及ぼすと
程度の密度変化を伴う on/off 型の不連続な転移であり,
考えられることから,定量的に計測・分析することの出
折り畳まれた DNA は,多様なナノ秩序構造を自己生成
来るような実験方法の開発は緊要な課題となっている。
(4)一分子力学応答からみた DNA 凝縮
村山能宏(東京農工大学 工学部
物理システム工学科)
生体内では DNA は高度に折れ畳まれており,転写,
縮することが知られている(DNA 凝縮転移)
。2 点捕捉型
複製など必要に応じて解きほぐされ,その情報が読み取
光ピンセットを用いて,凝縮転移下で一分子 DNA の力
られる。“熱揺らぎの無視できない環境下で,少数分子
学応答を測定した結果,凝縮 DNA はスペルミジン(SPD,
による生体分子反応がいかに調節されているのか”とい
3 価ポリアミン)濃度に依存して二つの特徴的な力学応
う問いに答えるためには,反応に関わる分子の同定やそ
答を示すことが分かった。一つは浅い凝縮状態で現れる
れらの構造に関する静的知見とともに,反応や一分子の
伸びに対し張力が 1-2pN 程度の一定値を示すプラトー応
ダイナミクスに関する動的知見および定量的知見が不可
答であり,一分子 DNA 内に凝縮,非凝縮相が共存して
欠と考えられる。
いることを示している。本講演では,これらの結果とと
DNA は 2 重らせんの直径 2nm に対し,全長は数µm か
もに,凝縮 DNA の伸張‐緩和サイクルで生じる力学応
ら数十 mm におよぶ細くて長い高分子鎖である。このよ
答の履歴,および DNA 鎖の熱揺らぎ(空間揺らぎ)に
うな性質を持つ DNA は,一価陽イオン存在下でランダ
ついても議論したい。
ムコイル状態にあるが,多価陽イオン存在下で高度に凝
(5)位相差クライオ電子顕微鏡による DNA およびクロマチン観察
加藤幹男(大阪府立大学大学院
理学系研究科
生物科学専攻)
DNA はその配列や環境に応じて,三重鎖構造・四重鎖
能の解明には,生きた細胞内での高次構造変化を検出す
構造やその他の特殊高次構造を形成することができる。
ることが必須である。近年,クライオ電子顕微鏡観察に
これらの特殊高次構造を形成可能な配列は,生物ゲノム
よって,DNA やクロマチンの直接(無染色での)観察が
中に高い頻度で出現することから,ゲノム機能の発現に
可能になっている。さらに,永山らは電子顕微鏡用に新
何らかの役割を果たしていると期待されている。その機
しく位相板を開発して,無染色試料をより高いコントラ
380
研究会報告
ストで観察することを可能にした。本研究では,この位
構造を再構成したところ,微小核内部に分布する棒状構
相差クライオ電子顕微鏡を用い,DNA やクロマチンの高
造物や繊維状構造物が観察された。また,放出されたク
次構造を生体内により近い状態で観察することで,その
ロマチン繊維や,膜断片に付着したリボソームと思われ
立体構造の解析を進めた。
る構造物が観察された。今後,詳細な観察を進めること
培養細胞をデメコルチン処理することによって得た微
によってこれら構造物を同定するとともに,DNA 特殊高
小核や,調製法によってつぶれた核から放出されたクロ
次構造に影響を及ぼす種々の処理を試料に施し,その効
マチンを対象として連続傾斜撮影し,その画像から立体
果を調べていく。
(6)ヒストンバリアント特異的なヌクレオソームの立体構造と性質
胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院
先進理工学部)
真核生物のゲノム DNA は,染色体中にクロマチンと
ェネティックな遺伝情報制御は,ヌクレオソームを構成
して折りたたまれて細胞核内に収納されている。ヌクレ
しているヒストンの化学修飾やヒストンバリアントの選
オソームはクロマチンの基盤構造であり,
ヒストン H2A,
択的な利用によってなされることが明らかになりつつあ
H2B,H3,H4 の各二分子からなるヒストン八量体に DNA
る。このような背景に基づいて,今回,種々のヒストン
が巻きついた円盤状の構造体である。染色体の機能構造
バリアントを含むヌクレオソームや,ヒストン化学修飾
であるクロマチンは,ヌクレオソームが数珠上に連なり,
をミミックした変異体ヒストンを含むヌクレオソームを
さらに高次に折りたたまれたものと考えられている。こ
再構成し,これらのヌクレオソームの立体構造および性
の高次クロマチン構造は,巨大なゲノム DNA を細胞核
質を,X 線結晶構造解析法ならびに生化学的解析によっ
内に収納するために重要であることはもとより,遺伝子
て検討した。これらの解析によって得られた新たな知見
の発現制御,複製,修復,組換えなどの DNA の機能発
に基づいて,クロマチンレベルでの DNA の機能発現機
現にエピジェネティックに関わる機能構造体であること
構について議論したい。
が明らかになってきた。このようなクロマチンのエピジ
(7)クロマチン構造を制御するヌクレオソーム間相互作用
須賀則之(独立行政法人理化学研究所
生命分子システム基盤研究領域)
ヌクレオソームのゲノム配列上のポジショニングなど
ヌクレオソームファイバーは,Mg 濃度に依存して,フ
のクロマチン 1 次構造について詳細な解析が進んでいる
ァイバー内の凝縮とファイバー間の重合を生じる。我々
が,細胞核内で形成されている 30 nm ファイバーやそれ
は,ファイバー間の重合中に生じるヌクレオソーム間相
以上のクロマチン高次構造については,ほとんど分かっ
互作用をフォルムアルデヒド架橋とマイクロコッカルヌ
ていない。それらクロマチン高次構造は,自発的なヌク
クレアーゼにより検出できること見つけた。この方法を
レオソーム間相互作用や特異的なクロマチン結合タンパ
用いて,in vivo のクロマチンファイバー間の相互作用の
ク質により,クロマチン 1 次構造が折り畳まれ形成され
検出を試みている。これらの結果から,非ヒストンタン
る。ヌクレオソーム間相互作用は,クロマチンファイバー
パク質のリジン残基アセチル化を介したトランスのクロ
のファイバー内の凝縮とファイバー間の重合を引き起こ
マチン構造制御機構を議論したい。
す。ヒストンオクタマーと 601 配列を用いた再構成 12mer
381
第 31 巻(Dec,2010)
生理学研究所年報
(8)分裂期染色体内と核内の global なクロマチン構造
前島一博(国立遺伝学研究所
構造遺伝学研究センター)
直径 2nm,全長 2m にも及ぶヒトゲノム DNA は,まず,
的手法を組み合わせ,全く新しい視点から,ヒト分裂期
塩基性蛋白質ヒストンに巻かれ,ヌクレオソームになり,
染色体や細胞核内のヒトゲノム DNA の折り畳み構造(ク
さらに折り畳まれて直径約 30nm のクロマチン繊維を形
ロマチン organization)を解明しようとしている。現在ま
成するとされている。しかしながら,このクロマチン繊
での知見ではヌクレオソームに相当する 11nm 散乱の
維がどのようにして,最終的に直径約 0.7µm の分裂期染
ピーク以上の大きな構造は検出されていない。つまり,
色体や,直径 10 µm の細胞核の中に折り畳まれているの
ヌクレオソーム繊維の不規則な折り畳みによって成り立
か?については全くの謎であり,長年に渡って生物学者
っていると考えている。このことは,古くから提唱され
たちの興味を集めてきた。私たちは,
「生きた状態」に近
ているモデルが必ずしも正しくない可能性を示唆してい
い細胞観察ができるクライオ電子顕微鏡や,溶液中の非
る。本結果から考えられる分裂期染色体内部の環境およ
結晶物体の構造解析が可能な X 線散乱解析などの物理化
びその構造を議論したい。
学的測定をおこなってきた。これに,従来の細胞生物学
(9)PP2A non-catalytically localizes condensin II to mitotic chromosomes
木村圭志(筑波大学大学院
生命環境科学研究科)
The assembly of mitotic chromosomes in vertebrates is
catalytic enzyme to localize condensin II to mitotic
regulated by condensin I and condensin II, which work
chromosomes. This recruiting activity of PP2A was inhibited
cooperatively
chromosomal
by okadaic acid, but not by fostriecin, even though both
mechanistic
molecules strongly inhibited the catalytic activity of PP2A.
contributions to this process. We show here that protein
Additionally, we found that the chromokinesin KIF4a is also
phosphatase 2A (PP2A), which interacts with condensing II
targeted to chromosomes via the non-catalytic activity of
but not condensin I, plays an essential role in the
PP2A. Thus, our studies reveal a previously unknown
chromosomal association of condensin II. Surprisingly, our
contribution of PP2A to chromosome assembly.
localization
but
profiles
demonstrate
and
make
different
distinct
data indicate that PP2A acts as a recruiter protein rather than a
(10)次世代型シーケンサーの発展と細胞核構造観察の将来像
臼井健悟(理化学研究所 オミックス基盤研究領域)
電気泳動を基本技術としたサンガー法を応用したキャ
シーケンサーが台頭し,今日のゲノム科学の進展に貢献
ピラリーシーケンサーを用い,八年という月日をかけて
している。ここで重要なことは,次世代型シーケンサー
ヒトゲノムプロジェクトが完了したのは 2003 年であっ
の能力は,$1000 ゲノムプロジェクトでの第一の目的で
た。以降,National Human Genome Research Institute によ
ある個人全ゲノム配列の再決定のような単に配列決定の
る$1000 ゲノムプロジェクトを初めとした研究によっ
手法に限定されず,サンプル処理やデータ処理における
て,従来のシーケンス速度を圧倒的に凌駕する次世代型
高いスループット性を背景に,遺伝子発現部位の同定や
382
研究会報告
クロマチン構造の特定などの「ポストゲノム解析」に有
構やクロマチン構造の解明に通ずるポストゲノム解析に
用性が見出され,数多くの応用例が開発されていること
ついて紹介することによって,細胞核内構造観察の将来
である。本講演では,現在登場している次世代型シーケ
像について考えてみたい。
ンサーの発展について概説するとともに,遺伝子発現機
383
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
19.電子顕微鏡機能イメージングの医学・生物学への応用
「感染症観察」および「その場観察」
2010 年 1 月 8 日-1 月 9 日
代表・世話人:臼田信光(藤田保健衛生大学医学部)
所内対応者:永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)基調講演:次々と登場する感染症-何が問題か?
倉田
毅(富山県衛生研究所)
(2)基調講演:C 型肝炎ウイルス粒子の細胞外への放出と感染性を規定する因子
下遠野邦忠(千葉工業大学附属総合研究所)
(3)単純ヘルペスの増殖と病原性発現の分子機構-ウイルス非必須遺伝子の機能
西山幸廣(名古屋大学大学院医学研究科)
(4)電子線クライオトモグラフィーによる T7 様ウイルスのシアノバクテリアへの感染過程の解析
村田和義(生理学研究所)
(5)電子顕微鏡によるプリオンの構造解析
桑田一夫(岐阜大学 人獣感染防御研究センター)
(6)インフルエンザワクチン
特に新型インフルエンザワクチンについて
来海和彦(化学及血清療法研究所)
(7)日本と世界の結核の現状と最近の電子顕微鏡所見
山田博之(結核予防会結核研究所)
(8)基調講演:位相差電子顕微鏡と統合バイオイメージング
永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(9)異常型プリオン蛋白質の細胞内局在
堀内基広(北海道大学大学院獣医学研究科)
(10)Viral Structures Visualized by Zernike Phase Contrast Cryo-electron Tomography
Radostin Danev(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(11)introduction
丹司敬義(名古屋大学エコトピア科学研究所)
(12)膜細胞骨格の空間構造とその制御タンパク質の空間特異性
臼倉治郎(名古屋大学先端研)
(13)ATP リアルタイムイメージング:メカノセンシング機序としての ATP 放出
古家喜四夫(科学技術振興機構・SORST)
(14)In-situ TEM の多機能化とナノ材料合成,評価への応用
上野武夫(山梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)
(15)環境 TEM によるカーボンナノチューブ成長の高分解能その場観察
吉田秀人(大阪大学大学院理学研究科)
(16)放射線照射に伴う酸化物セラミックス中の欠陥形成と安定性
安田和弘(九州大学大学院工学研究院)
(17)In situ TEM によるナノ粒子の相生成過程の解析
保田英洋(神戸大学大学院工学研究科)
384
研究会報告
【参加者名】
毅(富山県衛生研究所)
,下遠野邦忠(千葉工業大
式会社東海電子顕微鏡解析)
,高崎智彦(国立感染症研究
学附属総合研究所)
,西山幸廣(名古屋大学大学院医学研
所)
,内海晋也(住友化学)
,加藤智樹(産業総合研究所
究科)
,村田和義(生理学研究所)
,桑田一夫(岐阜大学 人
関西センター)
,藤田
獣感染防御研究センター)
,来海和彦(化学及血清療法研
石川貴己(日本電子株式会社 EM 事業ユニット)
,須賀三
究所)
,山田博之(結核予防会結核研究所)
,堀内基広(北
雄(日本電子株式会社経営戦略室)
,藤田芸彦(エイキッ
海道大学大学院獣医学研究科)
,丹司敬義(名古屋大学エ
ト株式会社)
,寺本華奈江(日本電子株式会社)
,山口淳
コトピア科学研究所)
,臼倉治郎(名古屋大学先端研)
,
二(大阪暁明館病院)
,山本
古家喜四夫(科学技術振興機構・SORST)
,上野武夫(山
ノロジー)
,高垣謙二(島根県立中央病院)
,今井友也(京
梨大学燃料電池ナノ材料研究センター)
,吉田秀人(大阪
都大学生存研)
,谷山
大学大学院理学研究科)
,安田和弘(九州大学大学院工学
市研究所)
,喜多山篤(テラベース(株)
)
,丸井隆雄(島
研究院)
,保田英洋(神戸大学大学院工学研究科)
,金子
津製作所)
,二村和孝(日立ハイテクノロジーズ)
,古家
康子(埼玉大学教育学部)
,鈴木和男(千葉大学大学院医
園子(生理学研究所)
,秋田知樹(産業総合研究所)
,深
学研究院免疫発生学)
,佐々木勝寛(名古屋大学工学研究
澤元晶(藤田保健衛生大学)
,厚澤季美江(藤田保健衛生
科)
,土井浩二(鳥取大学医学部付属病院)
,西村伸一郎
大学)
,一色俊之(京都工芸繊維大学大学院
倉田
真(島津製作所設計技術センター)
,
洋(エスアイアイナノテク
明(住友金属工業)
,板倉広治(花
工業科学研
(化学及血清療法研究所)
,小瀬洋一(日立ハイテクノロ
究科)
,臼田信光(森田保健衛生大学医学部)
,永山國昭
ジーズ)
,中澤英子(日立ハイテクノロジーズ)
,仲西正
(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
,Radostin Danev
寿(富士フィルム株式会社)
,岩崎憲治(大阪大学蛋白研)
,
(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
石原陽介(株式会社東海電子顕微鏡解析)
,川村修二(株
【概要】
本研究会は平成 12 年よりスタートした電子顕微鏡の
先生(千葉工業大学附属総合研究所)の 2 名の感染症研
研究会(“定量的高分解能電子顕微鏡法”,
“電子位相差
究のエキスパートによる基調講演に続き,C 型肝炎ウイ
顕微鏡の医学・生物学的応用”
,
“位相差断層電子顕微鏡の
ルス,単純ヘルペスウイルス,プリオン,インフルエン
医学・生物学的応用”,
“電子顕微鏡機能イメージングの
ザウイルス,結核菌などの多彩な超微構造観察結果が報
医学・生物学的応用”)を継承しており,本年で 10 年目
告され,今後の位相差電子顕微鏡における研究を
になる。
Cryo-electron Tomography に進める際の問題点が議論さ
今年度は平成 22 年 1 月 8 日から 9 日に岡崎コンファレ
れた。材料系においては,電子顕微鏡内で物質の構造変
ンスセンター小会議室で開催した。専門性を追求するた
化を観察する新しい潮流である「その場観察」について
めに,平成 21 年度日本顕微鏡学会関西支部特別企画講演
7 題の講演が行われた。ナノ材料に関する工学材料系の
会と共催し,延べ約 100 人が参加した。生物系では,近
発表と共に,細胞骨格,ATP などの生体物質についての
年の感染症再興という社会的背景を踏まえ,さらに電子
研究も報告された。電子顕微鏡の観測機器としての性能
顕微鏡にとってウイルスが最も得意とする観察対象であ
を十分に引き出した研究を行うための技術革新について
ることを合わせ,
「感染症観察」について 10 題の講演が
具体的に必要な新規技術が提案された。
行われた。倉田毅先生(富山県衛生研究所)
,下遠野邦忠
(1)基調講演:
“次々と登場する感染症-何が問題か”
倉田
今から遡ること 30 年余りに,新しく登場したウイルス
毅(富山県衛生研究所)
感染症は 30 以上,細菌・寄生虫感染症は 15 以上にのぼ
385
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
る。1990 年以降の 20 年でも重要感染症は 20 余登場して
対応が大きくかわってきた。人類が根絶しえた疾患は唯
いる。それ故,どのような新しい感染症の出現について
一天然痘のみである (1967~1980)。現在進行中のものが
も対応しうる準備が必須である。日頃から常識レベルの
ポリオ (1989~) である。3 番目がはしかである。これら
対応力さえあれば,今回のインフルエンザバカ騒ぎはあ
が根絶目標にされた理由は,これらのウイルスがヒトか
りえなかった。
らヒトにしか感染せず,いずれも中間宿主(媒介動物)
診断方法も,薬剤も十分にある現在での対応は,大昔
がなく,良いワクチンがあることである。また,近年登
要は,感染症をきちっと知り,
場した疾患は,大部分が人獣共通感染症(感染症法では
意思決定しうる人が専門家にも行政にもいなかっただけ
動物由来感染症)である。インフルエンザをはじめ,
である。インフルエンザの臨床にとっては,季節性もパ
SARS,ニパ,vCJD,ウエストナイル熱,サル痘に加え,
ンデミックもない,全く同じである。
拡大しつつあるのがマラリア,デング熱,狂犬病等々で
とは異なるのに何故?
人類の歴史は,感染症との戦いの歴史といってもよい。
近年は,抗生物質等の予防治療薬剤,ワクチン等により
ある。その他多剤耐性結核菌の流行,HIV/AIDS の激増
傾向は看過できない状況である。
(2)基調講演:C 型肝炎ウイルス粒子の細胞外への放出と感染性を規定する因子
下遠野邦忠(千葉工大
【はじめに】HCV は複製に際して脂肪代謝機構,および
脂肪輸送機構を利用する。筆者らは HCV 蛋白質が脂肪
滴周辺に局在することを明らかにし,その局在が感染性
ウイルス粒子を放出するのに重要であることを示した。
脂質のウイルス複製における役割が疾患との関連でも注
目されている。HCV 複製増殖における脂肪代謝との関連
附属研究所)
HCV はリポ蛋白質と会合している。リポタンパク質を
除くと感染性は無くなる。
HCV 粒 子 に 会 合 し て い る リ ポ タ ン パ ク 質 内 の
Apolipoprotein E (ApoE) が感染に重要である。
感染性ウイルス粒子は ApoE 抗体で免疫沈降される。
沈降しない画分に感染性はない。
ApoE を産生しない細胞から感染性粒子は放出されない。
について以下の事が明らかにされてきた。
HCV 感染により脂肪滴が増加し,ウイルスはそれを利
ApoE を産生しない細胞から放出される非感染性 HCV
と ApoE を混ぜても感染性は回復しない。すなわち HCV
用して増える。
ウイルス蛋白質のひとつ,コアにより脂肪滴の量が増
える。ウイルス蛋白質は,脂肪滴と会合,あるいはその
周辺に局在する。このような状態が感染性ウイルス粒子
が感染性を持つためには,細胞内で ApoE と会合してか
ら放出される必要がある。
【まとめ】HCV は細胞の脂肪代謝系を利用して増殖する。
HCV 感染者に脂肪症が多い理由はこのような HCV の特
を産生するのに必要である。
培養細胞中の HCV はリポ蛋白質と会合して存在する。
殊な増殖様式による可能性が考えられる。
(3)単純ヘルペスウイルスの増殖と病原性発現の分子機構
-HSV アクセサリー遺伝子の機能-
西山幸廣(名古屋大学大学院医学系研究科ウイルス学)
ヘルペスウイルスは 2 本鎖 DNA をゲノムとする大型
ウイルスの中では最も多様性に富んでいる。ヒトからも
の動物ウイルスである。あらゆる脊椎動物には種固有の
8 種類のヘルペスウイルスが発見されており,いずれも
ヘルペスウイルスが存在すると推定され,現存する DNA
病原体として重要な位置を占める。その中で,単純ヘル
386
研究会報告
ペスウイルス (HSV) はヘルペスウイルス科のプロトタ
HSV は少なくとも 74 種の遺伝子を保有するが,その
イプとして早くから基礎研究が推進され,増殖機構につ
半数以上は培養細胞での増殖に必須ではない,いわゆる
いての理解が最も進んでいるが,吸着・侵入からゲノム
“アクセサリー遺伝子”である。しかし,これらのアクセ
複製,粒子形成を経て細胞外への輸送に至る増殖過程は,
サリー遺伝子はウイルスの生活環,病原性発現に極めて
ウイルス分子と宿主細胞分子との複雑な相互作用から成
重要な役割を持っていると推測される。我々は 25 種を超
り,今なお全容の解明には程遠い。一方,HSV は近年ウ
える HSV アクセサリー遺伝子の基本的性状を網羅的に
イルスベクターや oncolytic virus として医学的な利用が
解析し,その一部の機能・役割に関しては HSV の増殖・
構想されており,ウイルスと細胞と相互作用を分子レベ
病原性発現機構の理解に不可欠な知見を提供してきた。
ルで解明することは応用研究の立場からも重要な課題と
本講演では,アクセサリー遺伝子に関するこれまでの研
なっている。
究について紹介したい。
(4)電子線クライオトモグラフィーによる
T7様ウイルスのシアノバクテリアへの感染過程の解析
村田和義 1,Wah Chiu 2(1 生理学研究所,2 米国ベイラー医科大学)
本研究では,細胞の中でも比較的小さなサイズのシア
胞表面とテイルとの角度によって 3 種類に分類すること
ノバクテリア Prochrolococcus MED4(直径~0.5µm)を用
ができた。吸着したファージの 50%はその様相から休眠
い,これに特異的な T7 様ウイルス P-SSP7 を感染させて,
状態であることがわかった。さらに,テイルの周りにあ
その過程を電子線クライオトモグラフィーで調べた。
るスパイクファイバーと呼ばれる器官の構造変化を,3
MED4 を P-SSP7 と混ぜて,経時的にマイクログリッド上
次元像の多変量解析により調べた結果,ファージの吸着
に氷包埋すると,自然に近い感染途中のファージの像を
過程が進むにつれて,キャプシドの表面に沿って折りた
得ることができた。この傾斜像を 300kV の電子顕微鏡を
たまれているスパイクファイバーが,テイル先端方向に
用いて 2°間隔で±62°の範囲で記録し,その 3 次元トモ
持ち上がり,テイルに対して垂直に伸びることがわかっ
グラムを再構成した。そして,そのトモグラムから細胞
た。このことから,スパイクファイバーの構造変化が,
の周りに吸着したファージ像を切り出し,分類して平均
ファージの吸着過程において重要な役割をしていること
化すると,感染途中の詳細なファージの 3 次元構造を得
が示唆された。
ることができた。細胞壁表面に吸着したファージは,細
(5)電子顕微鏡によるプリオンの構造解析に向けて
山口圭一,松本友治,桑田一夫(岐阜大学人獣感染防御研究センター)
アミロイド線維はプリオン病の感染物質の一つであ
インキュベートして行なった。その結果,mPrP (23-231)
り,毒性や構造が異なるプリオン蛋白質 (PrP) のアミロイ
は超音波強度の違いにより,チオフラビン T (ThT) 蛍光
ド線維が報告されている。そこで,本研究では各種分光
値が異なる 3 種類のアミロイド線維を形成することが分
法と TEM を用いて,性質が異なる PrP アミロイド線維
かった。TEM 観察により,形成された線維は①アモルフ
の構造と伝播機構について調べた。
ァス状凝集体,②ややねじれた線維,③さらにくねくね
アミロイド線維形成はマウスの全長プリオン蛋白質
して絡まりあった線維であることが分かった。次に,こ
(mPrP (23-231)) を用いて,超音波照射下,37℃で長時間
れらの線維をシードにしてアミロイド線維の伝播実験を
387
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
行った。その結果,mPrP (23-231) 線維の ThT 蛍光値と形
よるアミロイド線維の構造解析を進めている。PrP の部
態はシーディングによって基本的に伝播することが分か
分ペプチド Helix2 や卵白リゾチームのアミロイド線維は
った。しかし,細部を見るとシーディングにより線維は
細長く剛直であるため高分解能な構造解析に向いてい
やや剛直になる傾向があった。
る。本研究会ではこれらの取り組みについても紹介する。
当研究センターでは,現在,電子線トモグラフィーに
(6)インフルエンザワクチン
特に新型インフルエンザワクチンについて
来海和彦(化学及血清療法研究所)
インフルエンザ研究者のほとんどが,次のパンデミッ
同じスプリット型が選択され,化血研は,7 月に季節性
クは H5N1 亜型であると疑わなかった 2009 年 4 月下旬,
インフルエンザワクチン製造を中断,新型インフルエン
突如として現れた新型インフルエンザウイルス A
ザワクチン製造に切り替え,フル稼働でワクチン製造が
(H1N1) pdm は,瞬く間に世界各国に広まった。WHO は
続けられた。同ワクチンの有効性と安全性に係わる臨床
次々とアラートレベルを上げ,6 月 11 日にはフェーズ 6
試験成績が健康成人を対象として実施され,現行と同様
を宣言した。この間,ウイルスの拡がりに劣らぬ速さで
のスプリット型ワクチン 1 回接種でも十分な抗体応答が
ウイルスの解析は進み,遺伝子配列は数日のうちに web
得られることが示された。しかし,新型インフルエンザ
上に開示され,それがブタ,トリ,ヒトインフルエンザ
の流行が例年よりも 2~3 箇月早く始まったことから,数
ウイルスに由来するトリプルリアソータントであること
多くの小中学校で学級・学校閉鎖が相次いだ。今後,迅
が分かった。一方,ワクチン株は米国で樹立され,国立
速なワクチン供給を目指し,細胞培養ワクチンなどの新
感染症研究所を経て,6 月末にワクチン製造所に分与さ
しいワクチン開発を急がなくてはならない。
れた。ワクチン剤形としては,現行の季節性ワクチンと
(7)日本と世界の結核の現状と最近の電子顕微鏡所見
山田博之(財団法人結核予防会結核研究所 抗酸菌レファレンス部 細菌検査科)
WHO によれば 2007 年に全世界で年間約 930 万人の新
るのかは未だ不明である。また,細胞内寄生菌である結
たな結核感染者があり,約 180 万人が結核で死亡してい
核菌がどのようにして phagosome-lysosome fusion を阻害
る。約 50 万例の多剤耐性結核 (MDR-TB) の存在が推定
してマクロファージ内で生存するのかについて様々な仮
されており,2008 年末には 55 の国で超多剤耐性結核
説はあるが可視化を伴う裏付けはなされていない。更に,
(XDR-TB) が見つかっている。日本国内では 2008 年の統
様々な抗結核薬と菌の標的分子との相互作用,菌体成分
計で新規登録患者が 24,760 例あり(罹患率 19.4/人口 10
の生合成の場についても未だ推測の域を出ていない。
万)
,2,220 人の死亡が登録されている(死亡順位 25 位)
。
これらを説明するには可視化が必須であり,そのため
2002 年に実施された全国調査では,3,122 株中,MDR-TB
には光学顕微鏡の分解能を超越した電子顕微鏡による観
は 1.9%,XDR-TB は 0.5%検出されている。
察が不可欠であると考えられる。今回,最近の結核菌(抗
長期にわたり体内で休眠状態で存在する結核菌は,本
来の特徴である抗酸性を失うと考えられている。しかし
この抗酸性が菌体のどのような特徴により付与されてい
388
酸菌)に関する電顕観察に関する考察と我々の試みを紹
介する。
研究会報告
(8)基調講演:位相差電子顕微鏡と統合バイオイメージング
永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
各種の生物用光学顕微鏡は時間変化を追求できる,多
のことにより i) 生物試料法一般の高解像化,ii) 単粒子
色光を使える,蛍光法を使える,そして多光子過程を使
構造解析における高効率化,iii) 低温トモグラフィー法
えることにより生体の分子過程を選択的かつ定量的に取
における高分解能化が達成される。これらの特長を生か
り出せる。一方電子顕微鏡は光顕の持つこれらの特徴を
した膜蛋白質系,ウイルス系,オルガネラ系への応用成
ほとんど持ち合わせていない。元素分析を行う分析電顕
果について紹介する。
も存在するが,生物応用は電子線損傷の壁があり実用化
位相差法の第 2 の特色は光顕試料と電顕試料を共通化
に遠い。電子顕微鏡で唯一光顕を凌駕できる特色は空間
できることにある。電子顕微鏡従来法では重金属染色を
分解能の高さである。しかしこの特色も電子線損傷のた
用いるため特に蛍光法と相性が悪く,同一試料を観察対
め充分生かされず,材料科学で実現されるような高分解
象にすることは困難だった。この点を位相差法は解決し
能は達成されてこなかった。位相差法がこうした生物電
たため従来独立に発展してきた 2 つの顕微鏡手法が真に
子顕微鏡の課題に対しどのような解答を与え得るのか。
融合する可能性がある。CREST で試作した電子・光子ハ
位相差法の第 1 の特色は像コントラストの改善にあ
イブリッド顕微鏡の例を紹介する。
る。コントラスト改善により像分解能も改善される。こ
(9)異常型プリオン蛋白質の細胞内局在
堀内基広(北海道大学大学院獣医学研究科)
プリオン病の病原体の主要構成要素は異常型プリオン
種オルガネラマーカーとの二重染色により,PrPSc の細
蛋白質 (PrPSc) と考えられている。Tarabolous らは,プリ
胞内局在を解析してきた。その過程で,PrPSc が既報の
オン持続感染細胞を GdnHCl のような変性剤で処理後に
初期エンドソーム/リサイクリングエンドソームや後期
抗 PrP 抗体を用いて蛍光抗体法すると,PrPC 由来の蛍光
エンドソーム,リソソームに加えて,トランスゴルジネ
が減弱して,PrPSc 由来の蛍光が増強されることを見出
ットワーク (TGN) の近傍にも存在する可能性を見出し
し,この方法が PrPSc の細胞内局在の解析に用いられて
た。PrPSc が細胞の膜輸送に関連する細胞内小器官に広
きた。この方法では,使用する抗体や細胞の培養条件に
く分布していることから,PrPSc は細胞の膜輸送により
より PrPC 由来の蛍光を検出することが問題となってい
ダイナミックに細胞内を移動していると考え,PrPSc の
たが,我々は,PrP の最もアミロイド原性が高い領域を
細胞内輸送経路について解析を進めているので,発表で
認識する抗体 (mAb 132) を用いること,PrPC 由来の蛍光
は,PrPSc の細胞内局在と細胞内輸送について紹介した
を殆ど検出せずに,信頼性高く細胞内の PrPSc を蛍光抗
い。
体法により検出できることを見出した。これまでに,各
(10)Viral Structures Visualized by Zernike Phase Contrast Cryo-electron Tomography
Radostin Danev(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
In the last few years there is a growing interest in the
development and applications of methods for in-focus phase
389
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
contrast electron microscopy. The oldest such technique is the
uniform spectral transfer characteristics, can reduce the
Zernike phase contrast TEM based on thin film phase plates.
information loss due to CTF. In addition, it provides an
It was the first one to demonstrate the benefits of the in-focus
overall contrast increase, which could aid the alignment steps
phase contrast TEM. Few other approaches based on
during reconstruction making possible the use of lower total
electrostatic or magnetic devices are under development but,
doses, smaller angular steps or smaller fiducial markers. As a
despite its limitations, the thin film phase plate is currently the
result, the application of in-focus phase contrast to
only method available for applications.
cryotomography is expected to produce tomograms with
Cryo-electron tomography is expected to have a large
higher resolution and more details.
benefit from the implementation of in-focus phase contrast
We show examples of the first applications of Zernike
techniques. A tomogram is based on tilt series of a specimen
phase contrast to cryo-tomography. The specimens include T4
area using a limited dose. Assuming the specimens is a unique
Phage and Influenza A virus. The discussion will focus on the
object; the information lost during the acquisition cannot be
current state and the future directions of the application of
recovered at a later stage. The in-focus phase contrast, with its
phase plates to cryo-electron tomography.
(11)introduction
丹司敬義(名古屋大学エコトピア科学研究所)
(12)膜細胞骨格の空間構造とその制御タンパク質の空間特異性
臼倉治郎(名古屋大学エコトピア科学研究所)
細胞骨格はアクチン線維,微小管(微細管),中間径
線維より構成されるが,膜直下では主にアクチン線維と
空間特異性が如何に生まれるかは今後の解析に待たなけ
ればならない。
微小管からなる。とりわけ,アクチン線維は豊富でその
一方,今回の実験でアクチン線維は focal contact とは
主役をなす。アクチン線維の空間分布を詳細に調べると
別に膜上および細胞質内において集積が存在し,膜表面,
3 つのタイプに分類される。ところで,どのアクチン線
細胞質内を多数のドメインに分割していることがわかっ
維にも結合すべき effecter タンパク質がなぜ第二タイプ
た。これらのドメインは細胞質にあってはオルガネラな
のアクチン線維に優先的に分布するのか正確な答えは見
どの位置決めに役立っているものと考えている。一方膜
つからないが,制御タンパク質が膜近傍に存在すること
面で葉状仮足の基部に存在することが多いことから,形
と関係していると思われる。しかし,膜密着型のアクチ
態の決定と関連があるものと考えられる。
ン線維にも分布は少ない。これら effecter タンパク質の
(13)ATP リアルタイムイメージング:メカノセンシング機序としての ATP 放出
古家喜四夫(科学技術振興機構 細胞力覚プロジェクト)
ATP は脳,血管,免疫系,膀胱,小腸,乳腺など生体
る。エネルギー物質,核酸成分として不可欠な ATP を情
のいたるところで働く重要な細胞間情報伝達物質であ
報伝達物質として用いることのメリットは,すべての細
390
研究会報告
胞が情報発信源になり得ることであり,またほとんどす
い。その機構を明らかにするため,我々は Luciferin
べての細胞がなんらかの ATP 受容体を発現しており,情
-Luciferase 反応による ATP ルミネッセンスを超高感度カ
報の受け手にもなり得ることである。興味深いことに多
メラによって顕微鏡下でリアルタイムイメージングでき
くの細胞や組織において ATP 放出が細胞伸展や溶液の
る装置を開発した。現在 10nM 以下の濃度の ATP を 30ms
流れなどの機械刺激で引き起こされ,ATP シグナリング
の時間分解能で観察可能である。この ATP 放出の時間経
系はメカノシグナリングと深く関わっている。ATP シグ
過から放出濃度や持続時間等が分かる。各種刺激による
ナリング系の普遍性,重要性はその受容体とともに明ら
ATP 放出過程を解析した結果,同じ細胞においてもいく
かになってきたが,ATP 放出経路は情報伝達系における
つかの異なる放出経路が存在していることが示された。
根幹部分であるにもかかわらずほとんど分かっていな
(14)In-situ TEM の多機能化とナノ材料合成,評価への応用
上野武夫(山梨大学)
300kV 分析電子顕微鏡(日立 H-9500)をベースに In-situ
傾斜試料加熱ホルダ,粉体試料を最高 1500℃まで加熱で
TEM を開発した。加速電圧は観察目的に合わせ 100~
きる高温試料加熱ホルダなどを開発した。後者は Si3N4
300kV の範囲から選択できる。鏡体は 3 台の高速ターボ
の超高温における層変態,Si とカーボンの反応による
分子ポンプ(260l/s)で構成された差動排気方式とした。試
SiC ナノ粒子の生成および焼結や,結晶粒界形成過程に
料室の雰囲気はガス供給装置により制御される。ガス供
おける Si, C の原子挙動の動的観察などに応用した。さら
給装置は O2, N2, He, Ar, CO2, NO, H2, CO の 8 種類のガス
に,金属蒸着機能を付加した試料加熱ホルダを開発した。
を備えたガス供給ユニット,ガスの混合比率,ガス圧,
これにより,材料の合成とその特性評価実験が可能にな
ガス流量などを制御する制御ユニット,ガス分析ユニッ
った。我々はこの技術をアルミナ担体の合成,担体およ
トなどで構成される。試料加熱ホルダとしては直径
び触媒ナノ粒子の挙動解析などに応用し,触媒劣化メカ
3mm の標準 TEM 試料を最高 1200℃まで加熱できる二軸
ニズム解明に有用な情報を得ている。
(15)環境 TEM によるカーボンナノチューブ成長の高分解能その場観察
吉田秀人(大阪大学大学院理学研究科)
環境制御型透過電子顕微鏡 (ETEM) は,試料周辺への
現れており,そのフーリエ変換像を詳細に解析したとこ
ガスの導入を可能とする環境セルを備えており,気体と
ろ,ナノ粒子触媒内が炭化鉄 (Fe3C) であることが明らか
固体の反応を原子分解能でその場観察することを可能に
になった。CNT の成長中にナノ粒子触媒が液体なのか結
する。そのため,材料科学,触媒化学,バイオテクノロ
晶なのか,金属なのか炭化物なのかといった問題には明
ジーといった広範な分野で,ETEM 観察は極めて有用で
確な結論が出ていなかったが,我々の観察結果は,これ
ある。
らの問題に明瞭な答えを与えるものである[1]。
我々は,ETEM を用いて,カーボンナノチューブ (CNT)
[1,2]
の触媒 CVD 成長をその場観察することに成功した
。
[1] H. Yoshida, S. Takeda, T. Uchiyama, H. Kohno, and Y.
Homma, Nano Lett. 8, 2082 (2008).
多層 CNT (MWNT) が酸化シリコン基板上のナノ粒子触
[2] H. Yoshida, T. Shimizu, T. Uchiyama, H. Kohno, Y.
媒から成長する際,ナノ粒子触媒内には明瞭な格子縞が
Homma, and S. Takeda, Nano Lett. 9, 3810 (2009).
391
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(16)放射線照射に伴う酸化物セラミックス中の欠陥形成と安定性
安田和弘(九州大学工学研究院)
セラミックス中の照射欠陥の形成と安定性は,弾性的
損傷/電子励起比の効果に関する動的観察実験の結果に
なはじき出し過程のみならず電子励起過程に大きく影響
ついて述べ,スピネル中の格子間型転位ループが電子照
を受ける。電子顕微鏡内での電子照射下「その場」観察
射に伴う電子励起下に孤立した格子間原子に分解・消滅
実験は,電子エネルギーの選択により弾性的なはじき出
することを示した。次に,(2) 蛍石構造酸化物における
し損傷および電子励起を同時に,かつ強度比を変化させ
酸素イオンの選択的はじき出し損傷と照射欠陥の形成・
て試料に付与しながら,照射欠陥の形成・安定性を観察
成長過程,に関する成果を報告し,電子照射のような比
することが可能な手法である。また,一部の副格子に対
較的低い一次はじき出し原子を誘起する照射環境では,
してのみ選択的にはじき出し損傷を誘起することもでき
選択的にはじき出された酸素格子間イオンの板状集合体
る。本報告では,まず,(1) マグネシア・アルミネート・
が形成・成長すると考察した。
スピネル中の照射欠陥形成・安定性に及ぼすはじき出し
(17)In situ TEM によるナノ粒子の相生成過程の解析
保田英洋(神戸大・工)
ナノ粒子においては構成原子に対して表面原子の占め
相図を定性的に予測することも可能となった。また,相
る割合が著しく大きくなることに起因して特有の相平衡
転移は異相間の自由エネルギー差を駆動力とした原子の
が認められる。純物質ナノ粒子の融点降下が発見され,
再配列が容易に起こることによって支配され,原子の長
その原因が格子振動のソフト化に基づき議論されてき
距離拡散をともなわずに急速に構造が変化する点におい
た。近年,合金や化合物のナノ粒子における相平衡に関
てマルテンサイト相転移に類似したダイナミクスを示す
して,固溶限の増大,規則-不規則相転移温度の低下,
ことが明らかにされた。一方,最近,化合物ナノ粒子に
バルク二相領域でのアモルファス相の形成等の新たな発
おいて電子励起によって相転移が起こることが発見さ
見がなされた。このような挙動から,ナノ粒子において
れ,電子系の寄与も顕著になることが示された。
は構成原子間の化学的相互作用の寄与が大きくなり,そ
ここでは,こうした合金・化合物ナノ粒子に特徴的な
れによって決定される系の自由エネルギーによって相平
相生成ダイナミクスについて電顕内その場観察法により
衡が支配されることが明らかになり,ナノ粒子における
解析した結果を紹介する。
392
研究会報告
20.TRP チャネルの機能的多様性とその統一的理解
2009 年 6 月 4 日-6 月 5 日
代表・世話人:金子周司(京都大学
大学院薬学研究科)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)TRPV2 を介した消化管(小腸)運動制御の検討
弘,Boudaka Ammar,柴崎貢志,山中章弘,富永真琴
三原
(岡崎統合バイオサイエンスセンター 細胞生理研究部門)
2+
(2)Ca 透過チャネル TRPV2 阻害による筋変性疾患改善効果
岩田裕子,若林繁夫(国立循環器病センター研究所 循環分子生理部)
(3)ゼブラフィッシュにおける TRPV1 の生理機能の解析
田地野浩二,細川
浩,前川真吾,小林茂夫
(京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野)
(4)クラミドモナスにおける TRP チャネルの生理学的意義の解明
藤生健太 1,中山義敬 2,曽我部正博 1,3,4,吉村建二郎 5
(1 JST・ICORP/SORST・細胞力覚,2 東京学芸大学・教育学部,
3
4
名古屋大学
医学研究科
細胞生物物理,
5
自然科学研究機構・生理学研究所, メリーランド大学・生物)
(5)ホスホジエステラーゼ阻害剤による PKA-TRPC チャネル系を介した血管緊張性の制御
西田基宏 1,西岡絹恵 1,有吉麻里奈 1,井上隆司 2,Zhong Jian 2,平野勝也 3,
佐藤陽治 4,喜多紗斗美 5,岩本隆宏 5,森
(1 九州大学
3
泰生 6,黒瀬
等1
薬学研究院 薬効安全性学,2 福岡大学 医学部 生理学,
医学研究院 分子細胞情報学,4 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部,
九州大学
5
福岡大学 医学部 薬理学,6 京都大学
工学研究科 合成生物化学)
(6)ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用における TRPC6 阻害の関与
木下秀之 1,桑原宏一郎 1,井上隆司 2,西田基宏 3,
黒瀬
(1 京都大学
3
等 3,清中茂樹 4,森
泰生 4,中尾一和 1
医学研究科 内分泌代謝内科,2 福岡大学
4
九州大学 薬学研究院
薬効安全性学, 京都大学
医学部 生理学,
工学研究科 合成生物化学)
2+
(7)Snapin をアダプターとする受容体作動性 Ca 流入機構
鈴木史子,森島
繁,田中高志,村松郁延(福井大学 医学部 薬理学領域)
(8)ミクログリア活性化における TRPV4 の病態生理的役割
白川久志,松谷一慶,金野真和,中川貴之,金子周司(京都大学 薬学研究科 生体機能解析)
(9)低酸素/高血糖ストレスによる TRPV1 活性の増強:糖尿病初期の疼痛発症メカニズム
柴崎貢志 1,2,3,Violeta Risoiu 4,Maria-Luiza Flonta 4,富永真琴 1,2,3
(1 岡崎統合バイオセンター 細胞生理部門,2 生理学研究所,
3
総合研究大学院大学,4 University of Bucharest, Romania)
(10)局所麻酔薬によるラット脊髄後角の TRPA1 チャネルの活性化
熊本栄一,朴
蓮花,藤田亜美,蒋
昌宇,岳
海源,井上将成,水田恒太郎,青山貴博
(佐賀大学 医学部 生体構造機能学講座(神経生理学分野)
)
393
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(11)TRP チャネルによる活性分子種センシング
高橋重成,香西大輔,山本伸一郎,清中茂樹,森
(京都大学
泰生
工学研究科 合成生物化学)
(12)TRPM2 チャネルの精神機能および慢性疼痛における役割:TRPM2 ノックアウトマウスを用いた行動解析
中川貴之 1,白川久志 1,前田早苗 1,山口健太郎 1,
河本
愛 1,草野綾香 1,森
泰生 2,金子周司 1
(1 京都大学 薬学研究科 生体機能解析学,2 京都大学 工学研究科 合成生物化学)
(13)炎症性疾患の発症と進展における TRPM2 の役割
廣井理人 1,山本伸一郎 2,輪島輝明 1,2,根来孝治 3,木内祐二 1,森
泰生 2,清水俊一 1
(昭和大学 薬学研究科 1 病態生理学,3 遺伝解析学,2 京都大学 工学研究科合成生物化学)
(14)がん細胞の遊走と TRPV2
長澤雅裕,小島
至,中川祐子(群馬大学
生体調節研究所
細胞調節分野)
(15)Orai1 チャネル三次元構造の解明
丸山雄介 1,小椋俊彦 1,三尾和弘 1,加藤賢太 2,
金子
雄 2,清中茂樹 2,森
泰生 2,佐藤主税 1
(1 産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門,2 京都大学 工学研究科 合成生物化学)
(16)毛様体筋収縮調節に関与する非選択性陽イオンチャネルの分子候補としての TRPC と Orai1
高井
章,宮津
基,石居信人,荻野
大(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)
2+
(17)PKG リン酸化を介した心血管 Ca 流入チャネル TRPC6 の短期・長期制御機構
井上隆司 1,菅
(1 福岡大学
忠 1,海
医学研究科
琳 1,高橋眞一 1,本田
細胞分子制御学,2 京都大学
啓 1,森
誠之 1,森
工学研究科
泰生 2
合成生物化学)
【参加者名】
基
香西大輔,澤口諭一,中尾章人,井上圭亮,青木雄大,
生理学講座)
,渡邊博之(秋田大学医学
八木雅久二(京都大学工学研究科)
,岩田裕子(国立循環
堀之内孝広(北海道大学医学研究科)
,高井
(旭川医科大学
章,宮津
部)
,田淵紗和子(筑波大学第二学群生物学類),荻野
大
器病センター研究所)
,太田利男(鳥取大学
農学部)
,
(昭和大学医学部)
,廣井理人,飯塚亮太,竹中美貴,遠
成瀬恵治(岡山大学医歯薬学総合研究科)
,西田基宏(九
藤央乃(昭和大学薬学研究科)
,佐藤主税,丸山雄介,三
州大学薬学研究院)
,井上隆司(福岡大学医学研究科)
,
尾和弘(産業技術総合研究所)
,藤生健太(日本科学技術
熊本栄一,井上将成,藤田亜美(佐賀大学医学部)
,小林
振興機構・ICORP/SORST)
,小島
護,中西
至,長澤雅裕,中川
繁(福井大学医
野賢一(持田製薬株式会社)
,金政利幸,鈴木紀子(塩野
真(富山大学和漢医薬学総合研究所)
,織
義製薬(株)
)
,川原田宗市(小野薬品工業株式会社)
,橋
祐子(群馬大学生体調節研究所)
,森島
学部)
,門脇
田
修,天野賢一(キッセイ薬品工業(株)
)
,天
聡(富山大学医学薬学教育部)
,金子周司,中川貴之,
本公男(サンスター株式会社)
,藤田郁尚(マンダム中央
白川久志,金野真和,草野綾香,桑原一樹,崎元伸哉(京
研究所)
,富永真琴,山中章弘,曽我部隆彰,齋藤
都大学薬学研究科)
,細川
梅村
浩(京都大学情報学研究科)
,
徹,小松朋子,内田邦敏,加塩麻紀子,常松友美,
桑原宏一郎,中川靖章,木下秀之(京都大学医学研究科)
,
周
森
理部門)
泰生,梶本武利,沼田朋大,高橋重成,加藤賢太,
茂,
一鳴,高山靖規,川口
仁(岡崎統合バイオ細胞生
【概要】
平成 21 年 6 月 4 日及び 5 日に研究会が行われた。17
TRPA チャネルについて 1 題,TRP チャネル全般につい
題の発表があり,TRPC チャネルについて 5 題,TRPV
て 2 題,Orai1 チャネルについて 1 題であった。毎年,新
チャネルについて 6 題,TRPM チャネルについて 2 題,
しい TRP チャネル研究者が集い,このチャネル研究の広
394
研究会報告
さをあらためて実感し,お互いの研究内容についての有
ズムにおける TRPV1 の役割を,佐賀大の熊本が局所麻
意義な討論・情報交換が行われた。具体的には,岡崎統
酔薬による TRPA1 の活性化機構を,京都大の高橋が TRP
合バイオの三原(以下敬称略)が消化管の TRPV2,国立
チャネルによる活性分子種のセンシング機構を報告し
循環器病センターの岩田が筋細胞の TRPV2,京都大の細
た。京都大の中川は TRPM2 の精神機能および疼痛にお
川がゼブラフィッシュの TRPV1,JST・ICORP/SORS の
ける役割を,昭和大の廣井は同じく TRPM2 の炎症性疾
藤生がクラミドモナスの TRP チャネルの生理学的およ
患における役割を,群馬大の長澤は TRPV2 のがん細胞
び病態生理学的意義を発表した。続いて九州大の西田が
の遊走における役割を発表した。さらに,産総研の佐藤
PDE 阻害剤による TRPC3/6/7 の制御を,京都大の木下が
は Orai1 チャネルの三次元構造を発表し,旭医大の高井
心肥大における TRPC6 の役割を,福井大の森島が神経伝
は毛様体筋における TRPC チャネルの役割について,福
達物質の遊離機構における TRPC6 の役割を発表した。さ
岡大の井上は心血管系における TRPC6 の制御機構につ
らに京都大の白川がミクログリアにおける TRPV4 の役
いて発表した。いずれもレベルの高い発表であり,日本
割を,岡崎統合バイオの富永が糖尿病の疼痛発症メカニ
における TRP チャネル研究の発展を確信した。
(1)TRPV2を介した消化管(小腸)運動制御の検討
三原
弘,Boudaka Ammar,柴崎貢志,山中章弘,富永真琴
(岡崎統合バイオセンター
TRPV2 は神経系,免疫系をはじめとした様々な組織で
細胞生理部門)
投与によって,濃度依存的に収縮は抑制され,その抑制
発現が認められている。我々は,マウス回腸筋層間神経
効果は,NO 系阻害薬(NOS 阻害薬,NO スカベンジャー,
節において,TRPV2 の発現を遺伝子,蛋白レベルで確認
guanylate cyclase inhibitor)にて阻害された。probenecid
した。そのため,TRPV2 が消化管運動の調節に寄与して
刺激後の単離小腸片から放出された NOx 濃度を Griess
いる可能性が推察された。そこで,免疫染色法を用いて
法にて測定したところ,無投与に比べて有意に上昇が見
TRPV2 発現細胞のサブタイプ同定を行ったところ,
られた。更に,in vivo 実験として,小腸内容物の移動度
TRPV2 陽性神経の約半数が nNOS 陽性であり,逆に,
を測定したところ,probenecid 全身投与群で肛門側への
nNOS 陽性神経の約 90%が TRPV2 陽性であったことか
試験薬の移動が有意に亢進していた。これらの結果は,
ら,TRPV2 が一酸化窒素 (NO) の放出に関わる可能性が
TRPV2 は消化管の抑制系運動を制御していることを示
示唆された。そこで,TRPV2 が消化管において NO 調節
唆しており,外来性 TRPV2 アゴニストが消化管機能性
に関与しているかを確認するために以下の実験を行っ
疾患に適用される可能性がある。NO は消化管において
た。まず,筋層間神経節細胞の一次培養細胞を用いて Ca
主な抑制系神経伝達物質であり,神経刺激に応答して産
イメージング法を適応して検討したところ,高カリウム
生された NO が平滑筋を弛緩させる。NO 産生異常が様々
応答性の神経と思われる細胞の約 50%が TRPV2 アゴニ
な消化管機能性疾患の原因と推察されていることから,
ストである probenecid に応答した。次に,オルガンバス
原因不明の消化管機能性疾患に TRPV2 が関わっている
で単離小腸片の等尺性収縮を測定したところ,probenecid
可能性が考えられる。
(2)Ca2+透過チャネル TRPV2阻害による筋変性疾患改善効果
岩田裕子,若林繁夫(国立循環器病センター研究所 循環分子生理部)
筋ジストロフィー(筋ジス)における筋細胞内は恒常
的に Ca2+が上昇した状態にあり,それが細胞変性を起こ
395
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
す一つの重要な要因であることが動物モデルで明らかに
交配マウス (mdx/Tg)(4, 10, 26 週令)では,mdx に比べて,
なっている。私たちはこれまでに,筋ジス動物の骨格筋
血中クレアチンキナーゼ (CK) 活性,組織学的所見,グリ
2+
細 胞 に お い て , 伸 展 刺 激 感 受 性 Ca 透 過 チ ャ ネ ル
2+
ップテストによる筋機能など調べたパラメータすべてに
(TRPV2) の膜発現の増加と活性化(細胞外からの Ca 流
おいて病態改善が認められた。また,同じドミナントネ
入の増大)が,筋細胞壊死に密接に関与することを報告
ガィブ変異体をアデノウィルスベクターを用いて d-SG
してきた。TRPV2 の治療標的としての有効性を証明する
欠損で筋ジスを発症する BIO14.6 ハムスターの骨格筋細
ためには,このチャネル活性を特異的に阻害したときに
胞へ導入したところ,外液 Ca2+濃度依存性 Ca2+流入の上
筋ジスの病態が改善するかどうか解明する必要がある
昇が抑制され,伸展刺激による CK の漏出も抑制された。
が,現在のところ TRPV2 の特異的な阻害剤は開発され
さらに,BIO14.6 骨格筋への TRPV2 変異体の導入により
ていない。今回,TRPV2 のイオン透過部位に変異を導入
筋変性の減弱が認められ改善効果が示された。細胞骨格
してチャネル活性を消失させた TRPV2 を骨格筋特異的
系蛋白質が欠損した筋ジス筋細胞では TRPV2 の膜発現
に過剰発現させ,ジストロフィン欠損で筋ジスを発症す
が亢進しているが,その活性を抑制することにより筋変
るマウス mdx と交配させ,ドミナントネガティブ効果で
性が緩和されることが明らかになり,TRPV2 の筋変性治
内在性の TRPV2 活性を抑制した時,筋ジスの病態が改
療標的としての可能性が高まった。
善されるかどうかを検討した。TRPV2 活性が抑制された
(3)ゼブラフィッシュにおける TRPV1の生理機能の解析
田地野浩二,細川
浩,前川真吾,小林茂夫
(京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野)
ゼブラフィッシュは,飼育が容易,多産など遺伝学解
経の末端はヒレに投射していた。ゼブラフィッシュの温
析に適した脊椎動物である。哺乳類とほぼ同様の組織・
度依存性の行動を観察したところ,温熱刺激によって遊
脳構造を持つため発生や疾患研究びモデル動物として用
泳する頻度が上昇した。温熱刺激による遊泳頻度上昇は,
いられている。しかし,ゼブラフィッシュにおける TRP
温度依存性がありもっとも遊泳行動を起こさない温度
チャネルの機能はあまり解析されていない。そこで,温
は,飼育温度である 28.5 度であった。また,この温熱刺
度感受性 TRP チャネルである TRPV1 に着目し,ゼブラ
激による遊泳頻度上昇は,受精後 40 時間後からみられ
フィッシュ TRPV1 (zTRPV1) のゼブラフィッシュにおけ
た。温熱刺激による遊泳頻度上昇における zTRPV1 の役
る生理的役割を解析した。
割を解析する目的で,zTRPV1 をノックダウンさせたゼ
zTRPV1 の発現を解析したところ,zTRPV1 は受精後
ブラフィッシュを作製した。zTRPV1 をノックダウンし
24 時間後から発現がみられた。zTRPV1 のプロモーター
た個体では,温熱依存性の遊泳頻度上昇が抑制された。
の下流に GFP を発現させたトランスジェニックフィッ
以上の結果から,マウスと同様に zTRPV1 は温度上昇の
シュを作成し,zTRPV1 発現細胞を解析したところ,
感知に関与していることが示唆された。
zTRPV1 は感覚神経に発現しており,zTRPV1 発現感覚神
396
研究会報告
(4)クラミドモナスにおける TRP チャネルの生理学的意義の解明
藤生健太 1,中山義敬 2,曽我部正博 1,3,4,吉村建二郎 5
(1 JST・ICORP/SORST・細胞力覚,2 東京学芸大学・教育学部,
3
4
名古屋大学
医学研究科
細胞生物物理,
5
自然科学研究機構・生理学研究所, メリーランド大学・生物)
単細胞緑藻類のクラミドモナスは 2 本の鞭毛をうつこ
ルのそれぞれに対する抗体を作製して細胞内の局在性を
とで水中を泳ぐが,細胞が周りから刺激を受けるとその
ウエスタンブロットと蛍光抗体法で検証した。TRP1 は
刺激に応じて鞭毛の打ち方を調節して遊泳方向を変えて
鞭毛と細胞体,TRP2 と TRP3 は鞭毛,TRP6 は収縮胞,
いる。外からの刺激には機械刺激,光刺激,化学刺激,
TRP7 は鞭毛と収縮胞のそれぞれに局在することが示さ
温度刺激,重力刺激,電気刺激などさまざまなタイプが
れた。TRP3 は鞭毛全体に分布が観察されたが,特に鞭
あるが,これらの受容機構や受容分子そのものは,光を
毛の基部近くに顕著に局在した。定量的 RT-PCR で
受容する Channelopsin を除き分かっていない。そこで
mRNA の発現量を定量すると,鞭毛再生時の発現量の増
我々は,様々な刺激の受容機構に関与する TRP チャネル
加は TRP1,TRP3,TRP4,TRP5,TRP7,PKD2 で見ら
に注目して,クラミドモナスの刺激受容機構を解明する
れ,クラミドモナスの TRP チャネルの多くが鞭毛に関わ
ことに取り組んでいる。はじめに,クラミドモナスのゲ
りのある可能性を示した。その中でも,TRP3 は発現量
ノム配列から TRP チャネルの相同遺伝子を BLAST で抽
の増加が特に顕著であるうえに,鞭毛での局在性が特徴
出し,mRNA の発現を確認したところ,これまでに報告
的であったので,まずは TRP3 の機能を明らかにしよう
のある PKD2 のホモログを含めて,8 つの TRP ホモログ
と考えた。RNAi 法を用いて TRP3 遺伝子の発現抑制株を
遺伝子を同定することができた。推定アミノ酸配列によ
作製したところ,TRP3 の発現量が野性株の 10%近くに
るとそれぞれの長さは 699~1956 残基であり,便宜的に
低下した株では細胞の増殖や遊泳は野性株と同じであっ
名称を TRP1 から TRP7 とした(太字)
。クラミドモナス
たが,機械刺激応答が見られなくなった。すなわち,野
の TRP チ ャ ネ ル が 持 つ ア ン キ リ ン リ ピ ー ト 配 列 は
性株では細胞がスライドガラス表面に衝突するとその機
TRP1,TRP2,TRP5,TRP7 に見られ,長いものでも 4
械刺激を受容し,続いて鞭毛の波形変換がおきて後退遊
回のリピート配列であった。クラミドモナスの TRP チャ
泳を行うが,TRP3 発現抑制株では後退遊泳が観察され
ネルと代表的な TRP チャネルとの分子系統解析を膜貫
なかった。TRP3 が機械受容機構と鞭毛の波形変換のど
通領域の TM5~TM6 を用いておこない,分子系統樹を作
ちらに関わるのかを調べるため,光刺激に対する応答を
成したところ,TRP1 は TRPV,TRP2 は TRPC,TRP3 は
観察した。TRP3 発現抑制株では,強い光を急に当てた
TRPV5 と TRPV6,TRP4 は TRPA,TRP6 は PKD2,TRP7
ときに誘導される鞭毛の波形変換と後退遊泳が観察され
は TRPC7 の各枝に収まった。クラミドモナスの TRP チ
たため,TRP3 が鞭毛の波形変換そのものに関わらない
ャネルが TRP チャネルサブファミリーの多岐にわたっ
ことが示された。このことから TRP3 はクラミドモナス
て分布することから,生物が多細胞化する前の段階のク
の機械刺激受容機構に関わるチャネルであることが示さ
ラミドモナスですでに多様な TRP チャネルが有してい
れた。
たことが示唆された。次に,クラミドモナス TRP チャネ
397
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(5)ホスホジエステラーゼ阻害剤による PKA-TRPC チャネル系を介した血管緊張性の制御
西田基宏 1,西岡絹恵 1,有吉麻里奈 1,井上隆司 2,Zhong Jian 2,平野勝也 3,
佐藤陽治 4,喜多紗斗美 5,岩本隆宏 5,森
(1 九州大学
3
泰生 6,黒瀬
等1
薬学研究院 薬効安全性学,2 福岡大学 医学部 生理学,
医学研究院 分子細胞情報学,4 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部,
九州大学
5
福岡大学 医学部 薬理学,6 京都大学
工学研究科 合成生物化学)
血管平滑筋の弛緩は,内皮依存性弛緩因子(一酸化窒
ンシン (Ang) II 刺激による収縮応答を濃度依存的に抑制
素)による cGMP の産生を介した protein kinase G (PKG)
した。この抑制効果は SK&F96565 処置によって消失し
の活性化や,b2 アドレナリン受容体刺激による cAMP の
た。TRPC チャネルを一過的に発現させた HEK293 細胞
産生を介した protein kinase A (PKA) の活性化によって引
に お い て , CLZ は DAG 感 受 性 TRPC チ ャ ネ ル
き起こされる.特に,ホスホジエステラーゼ (PDE) (PDE)
(TRPC3/6/7) を介した Ca2+ 流入を濃度依存的に抑制し
阻害剤は内因性弛緩作用を増強することによって強い血
た。CLZ による TRPC6 チャネルの抑制作用は,69 番目
管拡張作用を引き起こす。例えば,血小板凝集阻害薬と
のスレオニン残基 (Thr69) をアラニンに置換することで
して市販されているシロスタゾール (CLZ) は,強い抗血
解除された。実際に,CLZ は処置時間依存的にリン酸化
小板作用と血管拡張作用をもつ。PDE3 阻害による抗血
型 TRPC6 の発現量を増加させ,この増加は PKA 阻害剤
小板作用や血管拡張作用には,細胞内 cAMP 濃度上昇を
を処置することで完全に抑制された。さらに,TRPC6 の
2+
介した[Ca ]i 上昇の抑制が関与すると考えられているも
不活性型変異体を発現させた血管リング標本では,CLZ
のの,その詳細な機序についてはよくわかっていない。
による血管収縮の抑制効果が消失していた。
一方,受容体刺激による血管収縮応答において,ジアシ
これまで,血管拡張につながる PKA の標的タンパク
ルグリセロール感受性 TRPC チャネルが重要な役割を担
として,ミオシン軽鎖キナーゼ (MLCK) や Regulator of
うことも知られている。そこで本研究では,CLZ による
G protein Signaling (RGS) が報告されている。しかし本研
血管拡張作用の機序解析を中心に,PKA を介した内因性
究により,PDE 阻害剤が PKA を介して DAG 感受性 TRPC
の血管弛緩反応に DAG 感受性 TRPC チャネルの抑制が
チャネルを介した Ca2+流入を抑制し,Ang II 誘発性の血
関与するかどうか検討を行った。
管収縮を抑制することが初めて明らかとなった。
ラット血管マグヌス標本において,CLZ はアンジオテ
(6)ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用における TRPC6阻害の関与
木下秀之 1,桑原宏一郎 1,井上隆司 2,西田基宏 3,黒瀬
(1 京都大学
3
等 3,清中茂樹 4,森
泰生 4,中尾一和 1
医学研究科 内分泌代謝内科,2 福岡大学
九州大学 薬学研究院
4
薬効安全性学, 京都大学
医学部 生理学,
工学研究科 合成生物化学)
【背景・目的】近年,心肥大等の病的心室リモデリングに
刺激による Ca2+ 流入と NFAT 活性化を抑制し,また
おいて,受容体活性化型 Ca2+ チャネルである TRPC
HEK293 細胞において TRPC6 由来 Ca2+流入および陽イオ
family,特に TRPC6 が calcineurin-NFAT 経路の増幅因子
ン電流を抑制した。この TRPC6 抑制効果は,PKG 特異
として重要な役割を果たすことが報告された。今回我々
的阻害剤や,TRPC6 の PKG リン酸化部位である 69 番目
はナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用における標的
ト レ オ ニ ン を ア ラ ニ ン 置 換 し た mutant TRPC6
分子としての TRPC6 の関与を検討した。
(TRPC6T67A) により消失した。ANP, BNP 共通の受容体
【結果】ANP は,ラット新生仔心室筋細胞における ET-1
398
GC-A を欠失し,高血圧性心肥大を示す GC-A ノックア
研究会報告
ウトマウス (GCA-KO) の心室では TRPC6 mRNA 発現が
【結論】ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用におい
有 意 に 増 加 し て お り , TRPC チ ャ ネ ル 阻 害 薬 BTP2
て,TRPC6 抑制が重要な役割を果たしており,TRPC6
(20mg/kg/day) 投与は GCA-KO において,血圧には影響せ
を標的とした治療が心肥大・心不全等の病的な心室リモ
ず,心エコーでの有意な壁厚の改善,心体重比の減少を
デリングに対する新たな治療となる可能性が示唆され
示した。
た。
(7)Snapin をアダプターとする受容体作動性 Ca2+流入機構
鈴木史子,森島
繁,田中高志,村松郁延(福井大学 医学部 薬理学領域)
一般的に神経伝達物質の放出は,活動電位による神経
胞外 Ca2+を除去することにより消失し,また TRPC チャ
終末の脱分極と,それに伴っておきるシナプス終末にお
ネルの阻害薬である La3+や SKF96365 などにより大きく
ける電位作動性 Ca2+チャネルの開口と Ca2+濃度上昇によ
抑制された。次に,α1-アドレナリン受容体刺激に伴うド
って起こることが知られている。一方,α1-アドレナリン
パミン遊離を測定した。α1 受容体活性化に伴い,ドパミ
受容体は大脳皮質などの中枢神経に多く分布していおり
ンの遊離は Snapin の共発現した細胞にて有意に増大し
情動の調節などに関与していることが分かっているが,
ていた。またこの増大は,脱分極に伴う神経伝達物質の
その機能の詳細なメカニズムは不明な点も多い。
遊離に関与することの知られているナトリウムチャネル
近年我々は,α1-アドレナリン受容体に Snapin という
やカルシウムチャネルをテトロドトキシンやアガトキシ
蛋白が結合すること,Snapin は,TRPC ファミリー分子
ンなどによって抑制しても,変化が見られなかった。一
とも結合し,α1-アドレナリン受容体を活性化することに
方,細胞外 Ca2+の含まれていない溶液中では大きく減少
より,TRPC チャネルを介した受容体作動性 Ca2+流入が
し,また TRPC チャネルの阻害薬である SKF96365 など
起こることを報告した。
によっても抑制された。
Snapin はもともと SNARE 複合体の構成蛋白である
以上のことから,α1-アドレナリン受容体活性化後の受
Snap-25 に“associate”する蛋白として報告されたとおり,
容体作動性 Ca2+流入による細胞内 Ca2+濃度の上昇にて,
神経伝達物質の放出に重要な役割を果たす。そこで我々
神経伝達物質ドパミンが遊離することが示唆された。ま
は,Snapin を発現させた PC12 細胞を用いて,実験を行
た,この作用は Snapin と Snapin に相互作用する TRPC
2+
チャネルの働きを介することが明らかになった。α1-アド
濃度を測定した。Snapin の共発現した細胞では,持続相
レナリン受容体は活動電位による神経伝達物質の分泌を
った。まず,α1-アドレナリン受容体刺激後の細胞内 Ca
2+
での Ca 上昇が著明に大きく,また,この持続相は,細
修飾している可能性があることが示唆された。
(8)ミクログリア活性化における TRPV4の病態生理的役割
白川久志,松谷一慶,金野真和,中川貴之,金子周司(京都大学 薬学研究科 生体機能解析)
脳を構成するグリア細胞の一種であるミクログリア
いると考えられる。近年,このようなミクログリアの機
は脳内の免疫担当細胞として神経細胞の生存維持・機能
能に K+チャネルや Cl-チャネルを含む細胞膜イオンチャ
修復に働くことが知られている。しかしミクログリアは,
ネルが重要な役割を担うことが示されつつあるが,カチ
活性化に伴い一酸化窒素 (NO) やサイトカインをはじめ
オン流入経路のひとつと想定される transient receptor
とする種々の因子を産生・放出するとともに,異常増殖,
potential (TRP) チャネルのミクログリアにおける発現や
遊走,形態変化を伴って神経傷害的にも働くことが報告
機能についてはほとんど報告されていない。
されており,中枢神経変性疾患の病態形成にも関与して
そこではじめに,ラット新生仔大脳皮質由来培養ミク
399
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
ログリアを用いて,TRPV subfamily の発現について
24 時間処置して活性化させたミクログリアでは 4α-PDD
RT-PCR により検討したところ,TRPV1-4 の発現が確認
による応答が消失していた。
された。次にミクログリア活性化作用を有するエンドト
次にミクログリアの異常活性化過程における TRPV4
キシンである lipopolysaccharide (LPS) を培養ミクログリ
の役割を検討する目的で,LPS 誘発 TNF-α遊離量増大に
アに 24 時間処置したところ,細胞の形態変化や NO 遊離
対する 4α-PDD の作用を検討した結果,4α-PDD は有意
が誘発されたが,その過程において TRPV4 の mRNA 発
にその増大を抑制し,その抑制作用は siRNA を用いた
現量が減少することが定量的 PCR 法により明らかにな
TRPV4 の特異的ノックダウンによりほぼ完全に解除さ
った。そこで TRPV4 に着目して,その発現を免疫染色
れた。4α-PDD は LPS 誘発 NO 蓄積量増大やミクログリ
により確認した結果,大部分の培養ミクログリアに
ア活性化マーカーである galectin-3/MAC-2 の発現増大に
TRPV4 が発現していることが明らかになった。また
対しても,濃度依存的に抑制作用を示した。以上の結果
whole-cell patch clamp 法により TRPV4 アゴニストである
は,培養ミクログリアに TRPV4 が発現しており,その
2+
4α-PDD による応答が観察された。さらに Ca imaging 実
活性化過程において TRPV4 が重要な役割を果たしてい
験を行った結果,無処置のミクログリアでは濃度依存的
ることを示唆するものである。
に 4α-PDD による応答が観察されたのに対して,LPS を
(9)低酸素/高血糖ストレスによる TRPV1活性の増強:糖尿病初期の疼痛発症メカニズム
柴崎貢志 1,2,3,Violeta Risoiu 4,Maria-Luiza Flonta 4,富永真琴 1,2,3
(1 岡崎統合バイオセンター 細胞生理部門,2 生理学研究所,
3
総合研究大学院大学,4 University of Bucharest, Romania)
カプサイシン受容体 TRPV1 は 1997 年に分子実体が初
き起こす主要因子であることを強く示唆している。培養
めて明らかとなった侵害刺激受容体であり,現在までに
細胞である HEK293 細胞に ratTRPV1 を発現させ,同様
急性疼痛,様々な炎症性疼痛に関与することが明らかと
の実験を行ったところ,この異所性発現系においても,
なっている。近年,糖尿病モデル動物で正常時に比べて
糖尿病条件下でカプサイシン電流の増強が認められた。
TRPV1 活性が増強することが見いだされ,糖尿病性神経
我々は,TRPV1 の活性増強に PKCεによる TRPV1 の Ser
因性疼痛への TRPV1 の関与が考察されている。しかし
残基 502/800 のリン酸化が関与することを報告してい
ながら,糖尿病の進行に伴って,どのような因子が
る。そこで,Ser502/800 を Ala に置換した変異体を用い
TRPV1 活性の増強を引き起こし,糖尿病性神経因性疼痛
て実験を行ったところ,この変異体では糖尿病条件下で
が惹起されるのかは全く不明である。
の TRPV1 活性の増強は認められなかった。つまり,糖
我々は,糖尿病に伴う高血糖により神経細胞に充分な
尿病条件下での TRPV1 の PKCεによるリン酸化が引き起
量の酸素が供給されないことが,TRPV1 活性増強の引き
こされていることが強く示唆された。これを実証するた
金になるのではないかと仮説を立てた。そして,これを
めに,Ser800 残基の TRPV1 リン酸化のみを検出する抗
立証するために,ラット DRG 神経細胞を単離し,人工
体を用いてウエスタンブロッティングを行ったところ,
的に低酸素・高血糖の条件を作製し(以下糖尿病条件と
糖尿病条件下で TRPV1 のリン酸化が増大していること
略,4% O2, 25 mM グルコース)
,24 時間培養後に正常条
を確認した。
件(7% O2, 7.4 mM グルコース)と TRPV1 活性を比較し
以上の結果より,糖尿病性神経因性疼痛の発生機序と
た。両群の細胞にカプサイシンあるいはプロトンを投与
して,高血糖・低酸素状態の出現,PKCε,活性の増大,
し,TRPV1 電流を記録したところ,糖尿病条件群で
TRPV1 のリン酸化増大,痛みの惹起というカスケードが
TRPV1 電流の有意な増強を観察した。この結果は,短期
存在すると考えられる。
間の低酸素・高血糖ストレスが TRPV1 活性の増強を引
400
研究会報告
(10)局所麻酔薬によるラット脊髄後角の TRPA1チャネルの活性化
熊本栄一,朴
蓮花,藤田亜美,蒋
昌宇,岳
海源,井上将成,水田恒太郎,青山貴博
(佐賀大学 医学部 生体構造機能学講座(神経生理学分野)
)
TRP チャネルのファミリーは様々な化学的および物理
ニューロンのグルタミン酸作動性自発性興奮性シナプス
的な刺激により活性化されることが知られている。例え
伝達に及ぼす局所麻酔薬の作用を調べた。実験は,成熟
ば,TRPV1 チャネルは侵害性の熱刺激,プロトンおよび
ラット脊髄横断スライスの膠様質ニューロンへブライン
カプサイシンにより活性化される。また,TRPA1 チャネ
ド・ホールセル・パッチクランプ法を適用し,-70 mV の
ルは侵害性の冷刺激,マスタードオイル,シナモンオイ
保持膜電位で膜電流を記録することにより行った。局所
ル,生姜成分,ニンニク成分などにより活性化されるこ
麻酔薬リドカイン (5 mM) は調べたニューロンの 56%で
とが明らかになっており,最近では,全身麻酔薬により
自発性興奮性シナプス後電流 (EPSC) の振幅を変えずに
開口することも報告されている。局所麻酔薬が電位依存
発生頻度を増加させ,この作用は 1~5 mM の範囲で濃度
+
性 Na チャネルを抑制することはよく知られているが,
依存性であった。リドカインにより自発性 EPSC の発生
最近,異種細胞に強制発現された,あるいは,後根神経
頻度の増加が見られたニューロンにおいて,リドカイン
節 (DRG) ニューロンに発現している TRP チャネルを局
除去後 20 分で再度リドカインを投与しても同程度の増
所麻酔薬が活性化することが報告された。
加が見られた。リドカインによるシナプス伝達促進作用
TRP チャネルは DRG ニューロンの末梢端に存在し,
は,Na+チャネルの阻害剤テトロドトキシン (0.5 µM) や
皮膚末梢で痛み刺激を受容し中枢神経系に伝える。一方,
TRPV1 阻害剤カプサゼピン (10 µM) により影響を受けな
中枢端にも存在して痛み情報の伝達の制御に働いている
かったが,非選択的 TRP 阻害剤ルテニウムレッド (300
と考えられている。この考えを支持する実験結果として,
µM) により抑制された。AITC (100 µM) は調べた膠様質
皮膚末梢から脊髄後角への痛み伝達の制御に重要な役割
ニューロンの 66%で自発性 EPSC の発生頻度を増加させ
を果たす脊髄後角第 II 層(膠様質)ニューロンにおいて,
ると報告されているが,AITC が発生頻度を増加させた
TRPV1 チャネルの作動薬カプサイシンや TRPA1 チャネ
ニューロンでは,リドカインも同様な作用を示した。一
ルの作動薬アリルイソチオシアネート (AITC) がグルタ
方,同じ局所麻酔薬であるプロカインは,2~10 mM の濃
ミン酸作動性の自発性興奮性シナプス伝達を促進すると
度範囲で自発性 EPSC の発生頻度を増加させなかった。
いう報告がある。しかし,1 次感覚ニューロンの中枢端
以上より,膠様質の神経終末に存在する TRPA1 チャ
をはじめとする中枢神経系に存在する TRP チャネルが
ネルにリドカインが特異的に作用してグルタミン酸の自
局所麻酔薬により活性化されるかどうかまだ明らかにさ
発放出が促進されると結論される。この作用は膠様質ニ
れていない。そこで我々は,中枢神経系で局所麻酔薬が
ューロンの膜興奮性増加に寄与することが示唆される。
TRP チャネルを活性化するかどうか知る目的で,膠様質
(11)TRP チャネルによる活性分子種センシング
高橋重成,香西大輔,山本伸一郎,清中茂樹,森
(京都大学
泰生
工学研究科 合成生物化学)
一酸化窒素 (NO) に代表される活性窒素種 (reactive
あり,Ca2+シグナルとは「クロストーク」しながら厳密
nitrogen species: RNS),活性酸素種 (reactive oxygen species:
に制御されている。Ca2+透過型陽イオンチャネルを形成
ROS),活性カルボニル種 (reactive carbonyl species: RCS)
する TRP タンパク質は,Ca2+シグナルと細胞刺激・環境
などの活性分子種は酸化作用を有する生体内制御分子で
との間の「クロストーク」を担う「分子実体」と考えら
401
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
れる。我々は,活性分子種シグナルと Ca2+シグナルの「ク
がこれらの外因性刺激性物質に加えて,NO,過酸化水素,
ロストーク」の分子実体として働く TRP チャネル群の同
プロトン,15-deoxy-∆12,14-prostaglandin J2 (15d-PGJ2) など
定を行ってきた。
といった内因性炎症性物質によっても活性化されること
TRPC5 は,脳及び血管内皮細胞に発現し,G タンパク
を明らかにした。15d-PGJ2 による TRPA1 の活性化には
質共役型受容体の刺激により制御されるイノシトールリ
細胞内アミノ末端領域の Cys421 及び Cys621 が,NO ま
ン脂質代謝回転と連関し活性化する陽イオンチャネルと
たは過酸化水素による TRPA1 の活性化には Cys421,
して同定された。我々は,TRPC5 が NO 適用によりシス
Cys641 及び Cys665 が,プロトンによる活性化には
テイン S-ニトロシル化修飾を介して活性化することを
Cys421 がそれぞれ重要なシステイン残基であり,アゴニ
見出した。NO による TRPC5 の活性化には,ポア領域に
スト間で作用するシステイン残基が異なることを見出し
存在する 553 番目及び 558 番目に存在するシステイン残
た。また,後根神経節細胞はこれらの炎症性物質により
基 (Cys553,Cys558) が重要であり,これらに相当する
活性化され,その活性化には TRPA1 が重要であること
シ ス テ イ ン 残 基 は 熱 感 知 チ ャ ネ ル で あ る TRPV1 ,
を示した。以上,TRPA1 は外因性刺激物質を感知するだ
TRPV3,TRPV4 にも保存され,実際,NO に対してこれ
けではなく,内因性の刺激物質を感知し,炎症という情
らの TRP チャネルは反応性を示した。ウシ大動脈内皮細
報を伝えていることが示唆された。
胞を用いた実験により,TRPC5 が受容体刺激時により産
我々の研究により,一部の TRP チャネルは活性分子種
出された NO によりニトロシル化修飾を受け,細胞内に
感受性チャネルであることが明らかになった。活性分子
2+
Ca を流入させていることを明らかにした。これにより,
2+
種の特徴は酸化性であることから,我々はそれぞれの
内皮において TRPC5 は持続的な Ca 流入及びそれに伴
TRP チャネルが特有の酸化状態を感知し,活性化するの
う内皮型 NO 合成酵素活性化を介した持続的な NO 産生
ではないかと考えた。そこで,化合物の酸化・還元電位
を担う重要なチャネルであることが示唆された。
(Redox Potential) と TRP チャネル活性化との相関を調べ
TRPA1 は,後根神経節細胞に高発現し,マスタードオ
たところ,化合物の Redox Potential に依存した TRP チャ
イルに含まれる allyl isothiocyanate などによって活性化
ネルの活性を見出した。このことは,生体内で様々な TRP
される。これら刺激性の化合物はシステイン残基を求電
チャネルがレドックス刺激に応じて異なる生理的役割を
子的に攻撃し,共有結合を形成することで TRPA1 の活
担っていることが示唆されたことになる。
性化を引き起こすことが知られている。我々は,TRPA1
(12)TRPM2チャネルの精神機能および慢性疼痛における役割:
TRPM2ノックアウトマウスを用いた行動解析
中川貴之 1,白川久志 1,前田早苗 1,山口健太郎 1,河本
愛 1,草野綾香 1,森
泰生 2,金子周司 1
(1 京都大学 薬学研究科 生体機能解析学,2 京都大学 工学研究科 合成生物化学)
TRPM2 チャネルは,家族性双極性障害の原因遺伝子探
いることなども明らかとなってきた。しかしながら,
索の過程で見出され,中枢神経系を含め様々な組織に分
TRPM2 チャネルの生理的および病態生理的役割につい
布することが知られている。中枢神経系においては,我々
ては,解析が開始されたばかりで,その多くはまだ明ら
は,過酸化水素などの酸化的ストレスにより TRPM2 を
かとなっていない。そこで本研究では,TRPM2 ノックア
2+
介した Ca 流入が引き起こされ,神経細胞死が惹起され
ウト(KO) マウスを用いて様々な行動解析を行い,特に,
ることを報告している。さらに最近,森研究室により
当初注目されていた双極性障害などの精神疾患との関係
TRPM2 ノックアウトマウスが作製され,炎症部位におけ
を探るため精神機能の評価や,末梢組織や脊髄内での炎
る単球/マクロファージからのケモカイン産生,好中球浸
症反応が発症の要因となる慢性疼痛について検討を行っ
潤といった炎症反応過程の一部に重要な役割を果たして
た。
402
研究会報告
まず,体重,体温といった生理的パラメーター,さら
(52℃),plantar test,von Frey filament test において,正常
に,自発運動量 (locomotor test) や運動協調性 (rotarod test)
の KO マウスでも,反応潜時の延長および逃避閾値の上
といった運動機能に,野生型および KO マウス間で差は
昇が見られた。また,カラゲニンの足底内注射により惹
認められなかった。強制水泳試験法において,KO マウ
起される炎症性疼痛モデルにおいて,熱性痛覚過敏およ
スで,無動作到達時間の延長,総無動作時間の短縮の傾
び機械刺激アロディニアは,KO マウスにおいて有意に
向が認められた(うつ様行動減弱)
。また,高架式十字迷
減弱されていた。さらに,KO マウスにおいては,カラ
路試験において,オープンアームでの滞在時間,侵入回
ゲニン注射による浮腫の形成,炎症部位における F4/80
数は両遺伝子型マウス間に差は見られなかったものの,
陽性成熟マクロファージ,Gr-1 陽性好中球数の増加,さ
クローズドアームへの侵入回数は有意な増加が認められ
らに,炎症性サイトカイン(IL-1βおよび TNF-α)の産生
た(探索行動上昇)
。同様に,novel object recognition test
といった炎症反応の抑制が認められた。同様に,坐骨神
において,object に対する探索行動の延長が認められた
経部分結紮によって誘導される神経障害性疼痛モデルに
(探索行動上昇)が,新奇物質に対する認知記憶に差は認
おいて,機械刺激アロディニアの有意な減弱が認められ
められなかった。さらに,Resident-intruder 試験法におけ
た。また,神経障害性疼痛の誘導に重要な役割を果たす
る総攻撃時間,攻撃頻度は野生型に比べ KO マウスで有
ミクログリアの機能について,KO マウスから調整した
意な延長及び増加がみられた(攻撃性増加)
。以上の結果
培養ミクログリアを用いて検討したところ,ミクログリ
から,TRPM2 遺伝子欠損により,うつ様行動の減弱,探
ア活性化に伴う NO 産生や貪食能などが抑制されてい
索様行動の上昇,攻撃性の上昇が起こることが示唆され
た。これらの結果から,TRPM2 が単球/マクロファージ
た。これらの表現型は,双極性障害の躁状態に対応する
やミクログリアといった免疫担当細胞の活性化に寄与
行動異常の一面を表しているのかもしれない。
し,炎症性疼痛や神経障害性疼痛の惹起に関与している
次に,痛覚に関する検討を行った。まず,hot plate test
ことが示唆された。
(13)炎症性疾患の発症と進展における TRPM2の役割
廣井理人 1,山本伸一郎 2,輪島輝明 1,2,根来孝治 3,木内祐二 1,森
泰生 2,清水俊一 1
(昭和大学 薬学研究科 1 病態生理学,3 遺伝解析学,2 京都大学 工学研究科合成生物化学)
Melastatin-like transient receptor potential channel 2
瘍形成が誘発されたが,KO マウスで軽度であった。そ
(TRPM2) は,酸化ストレスにより活性化され,細胞内に
こで,大腸における MIP-2 量を測定したところ,KO マ
2+
Ca を流入させるイオンチャネルである。生体内では,
ウスでは低値であった。以上の結果より,DSS 誘発の潰
好中球や単球などの炎症性細胞に発現している。TRPM2
瘍性大腸炎には,炎症部位で産生された活性酸素が,マ
の生理的機能は,主に活性酸素誘発の細胞死を媒介する
クロファージにおける MIP-2 産生を亢進し,好中球の浸
ことであると考えられていたが,我々は,TRPM2 の活性
潤を促進することが関与していると考えられた。次に,
化が単球におけるケモカイン産生を促進することを見出
心臓の虚血-再灌流障害について検討を行った。虚血-
した。この発見は,TRPM2 活性化が様々な炎症性疾患の
再灌流障害は,虚血組織を再灌流することにより組織障
発症や進展に関与している可能性を示すものである。そ
害が進行する現象であり,この過程には活性酸素やケモ
こで,本研究では TRPM2 欠損マウス(KO マウス)を用
カイン,好中球の浸潤が深く関わっている。再灌流障害
いて,慢性炎症性疾患として潰瘍性大腸炎,急性炎症性
モデルは,左冠動脈を結紮することにより虚血を惹起さ
疾患として心臓の虚血-再灌流障害モデルを作製し,こ
せた後,その冠動脈の血流を再開することにより作製し
れら炎症性疾患における TRPM2 の役割を検討した。
た。その結果,WT マウスでは,再灌流により梗塞巣の
マウスに DSS を投与したところ,野生型マウス(WT
形成が認められたが,KO マウスではその形成が著しく
マウス)では大腸に著しい好中球の浸潤が認められ,潰
抑制されていた。また,心臓への好中球の浸潤は,KO
403
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
マウスでは WT マウスに比べて低下していた。さらに,
る好中球の TRPM2 活性化を介した好中球の浸潤促進が
WT あるいは KO マウスより調製した顆粒球を KO マウ
関与していると考えられた。以上のことから,TRPM2
スの心臓に導入したところ,WT マウス由来の顆粒球で
は炎症性細胞のケモカイン産生や活性化を媒介すること
は梗塞巣が増加したが,KO マウス由来の顆粒球では軽
により,慢性炎症性疾患及び急性炎症性疾患の発症や増
度であった。再灌流による心筋壊死には,活性酸素によ
悪に関与していることが明らかとなった。
(14)がん細胞の遊走と TRPV2
長澤雅裕,小島
(群馬大学
生体調節研究所
至,中川祐子
細胞調節分野)
TRP チャネルは,さまざまな生理的な機能を担ってい
TRPV2 が focal complex の特殊な形態であるポドソーム
るばかりでなく,がん細胞において細胞増殖・浸潤・転
に局在して,マクロファージにおける細胞接着・細胞運
移などの病態生理学的な役割も担っていることが報告さ
動を制御していることを報告してきた。さらに,我々は
れている。TRPV ファミリーのメンバーである TRPV2 は,
様々ながん細胞株における TRPV2 の発現の検討を行い,
小脳 Purkinje 細胞,肝臓・腎臓の上皮細胞,膵ランゲル
ヒトのメラノーマ細胞株や線維肉腫細胞株においても
ハンス島の内分泌細胞,消化管の神経内分泌細胞,肺・
TRPV2 が高発現していることを見いだした。そこでこれ
脾臓のマクロファージ,白血球などに多く発現している。
らの細胞株における TRPV2 による細胞内カルシウムの
マクロファージでは,TRPV メンバーのなかでも特に
調節,チャネルの局在,TRPV2 ノック・ダウンによる細
TRPV2 が高発現し,血清・fMLP 刺激でチャネルの一部
胞形態・細胞機能の変化について検討をした。その結果,
が細胞膜に移行して,持続的な細胞内カルシウムの上昇
TRPV2 はがん細胞においても,細胞の接着・遊走を制御
を生じる。さらに,その細胞膜上の局在の検討により,
していることが明らかになった。
(15)Orai1チャネル三次元構造の解明
丸山雄介 1,小椋俊彦 1,三尾和弘 1,加藤賢太 2,金子
雄 2,清中茂樹 2,森 泰生 2,佐藤主税 1
(1 産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門,2 京都大学 工学研究科 合成生物化学)
Ca2+は細胞内において主に小胞体に貯蔵されており,
2+
各種刺激により Ca が細胞質へと放出される。この放出
2+
が長く続くと小胞体内部の Ca は枯渇し,その枯渇刺激
2+
により細胞外から Ca 流入が起きる。この流入を担うチ
2+
である。しかしそのチャネル活性化機構や構造的基盤は,
未だ不明な点が多い。そこで本研究では,四量体 Orai1
タンパク質を発現・精製し,その電顕画像から三次元構
造を 21Å 分解能で再構成した。Orai1 分子は高さ 150Å,
2+
幅 95Å の水滴形をしていた。抗体やレクチンを用いてラ
(CRAC) チャネルが注目を集めている。CRAC チャネル
ベルした Orai1 分子を電顕観察することにより,水滴形
は免疫応答と深い関連があることが報告されている。最
の先細りの側が細胞質に,丸い側が細胞外にあり,その
近,このチャネルを構成する二つの主要なサブユニット
間の幅広い部分が膜貫通領域であると推定した。この先
が明らかとなった。すなわち,細胞膜上のチャネルポア
細りの細胞質領域は長さ 100Å であり,STIM1 と直接結
ャ ネ ル と し て , 細 胞 膜 に あ る Ca 放 出 活 性 化 Ca
2+
となる Orai1 と,小胞体膜上で Ca 枯渇を感受する STIM1
404
合するためには十分に長いと思われる。
研究会報告
(16)毛様体筋収縮調節に関与する非選択性陽イオンチャネルの分子候補としての TRPC と Orai1
高井
章,宮津
基,石居信人,荻野
大
(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)
一般に M3 型ムスカリン受容体 (M3R) の刺激によって
り開く ryanodine 感受性の Ca2+放出経路も存在する。(b)
起こる生体反応は,Gq/11 蛋白 (Gq/11) に共役した信号伝達
収縮持続相は細胞外からの持続的な Ca2+流入を必要とす
経路を介して現れるが,その下流に接続する系の本体に
るが,毛様体筋細胞膜には膜電位依存性 Ca2+チャネルは
ついては必ずしも明確でない場合が多い。視覚遠近調節
ほとんど発現しておらず,主な流入経路として機能する
を司る毛様体筋はほぼ純粋に副交感神経支配の平滑筋で
のは単位コンダクタンスの大きく異なる 2 種類の非選択
あり,しかもその収縮は専ら伝達物質アセチルコリンに
性陽イオンチャネル(NSCCL と NSCCS)である。毛様
よる M3R への刺激の増減に基づいて制御されている。わ
体筋細胞膜には少なくとも 4 種類の TRPC チャネル蛋白
れわれは,この恰好のモデル系を用い,M3R から収縮蛋
(TRPC1, 3, 4 & 6) が発現していることを確認している
白系に至る信号の流れとそれを担う分子を探求してき
が,そのいくつかは NSCCL または NSCCS の本体または
た。今回は,これまで主にウシ毛様体筋を用いて行って
構成要素である可能性がある。M3R 刺激が NSCCS を開
きた研究の成果として得られた次のような知見について
口させるのも Gq/11 を介する信号を介してであり,その際
紹介する。(a) 毛様体筋は,M3R 刺激に伴い平滑筋とし
SR における Ca2+ 枯渇によって活性化されるいわゆる
ては非常に速やかに収縮し(初期相),その後刺激の続
SOC 機構が関与するらしい。SR/形質膜領域には,SOC
く限り一定の張力を保持し続ける(持続相)という特性
機構との関連で注目されている STIM-1 と Orai1 が多く存
があり,それが迅速で安定な焦点調節を可能にしている。
在する。(c) 毛様体筋において M3R/Gq/11 からの信号は,
2+
2+
初期相の形成に必要な細胞内 Ca 濃度 ([Ca ]i) の急速上
遊離と流入に伴う[Ca2+]i 上昇を引き起すのと並行して,
昇は,Gq/11 経由で活性化される phospholipase Cβにより
RhoA/Rho-kinase 系を介して収縮蛋白系の Ca2 + 感受性を
産生される IP3 が筋小胞体 (SR) からの Ca2+遊離を起すこ
高める現象(いわゆる Ca sensitization)を起す。
2+
とによる。毛様体筋 SR にはそのほか,[Ca ]i 上昇によ
(17)PKG リン酸化を介した心血管 Ca2+流入チャネル TRPC6の短期・長期制御機構
井上隆司 1,菅
(1 福岡大学
忠 1,海
医学研究科
琳 1,高橋眞一 1,本田
細胞分子制御学,2 京都大学
TRPC6 is a ubiquitous and predominant isoform expressed
synergism
likely
啓 1,森
誠之 1,森
工学研究科
contributes
to
泰生 2
合成生物化学)
enhanced
myogenic
in vascular smooth muscle cells (VSMCs) and has been
responsiveness under near-threshold receptor stimulation.
implicated in the regulation of vascular tone and remodelling
Different lines of evidence also suggest that TRPC6 channel
via neurohormonal and mechanosensitive mechanisms.
is subject to both positive and negative regulation via
Although these two mechanisms are generally thought to
activation of Ca2+/calmodulin-dependent kinase (CAMKII),
work independently, our recent investigation has revealed that
and protein kinases C (PKC) and G (PKG); while CAMKII-
TRPC6 channel is synergistically activated by receptor and
and PKC-mediated phosphorylation accelerates the time
mechanical stimulations via the phospholipase C/Gq-protein/
courses of TRPC6 activation and inactivation during receptor
diacylglycerol
A2/ω -hydroxylase/20-
stimulation respectively, activation of PKG via stimulation of
hydroxyeicosatetraenoic acid pathways. Experiments with
the nitric oxide or atrial natriuretic peptide/guanylate
pressurized mesenteric artery have suggested that this
cyclase/cGMP pathway tonically suppresses TRPC6 channel
and
phospholipase
405
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
activity through its phosphorylation on T69, regardless of
be speculated that phosphorylation of TRPC6 channel by
receptor or mechanical stimulation.
Interestingly, prolonged
PKG may not only cause an acute tonic inhibition of the
activation of PKG (10-20min) reactivated TRPC6 channel
channel activation by neurohormonal and mechanical stimuli,
rendering it spontaneously active with loss of receptor- and
but also induce a slow transition between differential
mechano-sensitivities. Disruption of actin cytoskeleton by
activation modes, presumably altering the VSMC phenotype
cytochalasin D treatment induced similar consequences. It can
from ‘contractile’ to ‘proliferative’ ones.
406
研究会報告
21.痛みの病態生理と神経・分子機構
2009 年 12 月 10 日-12 月 11 日
代表・世話人:倉石
泰(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)教育講演 1:TRP チャネルと痛み
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)
(2)表皮内電気刺激を用いた細径神経線維機能評価法
大鶴直史 1,2,乾
幸二 1,山代幸哉 1,2,宮崎貴浩 1,2,竹島康行 1,柿木隆介 1,2
(1 生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節部門,
2
総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻)
(3)加齢ラットの皮膚 C 線維侵害受容器の反応性と侵害受容逃避閾値の比較
田口
徹,太田大樹,松田
輝,村瀬詩織,水村和枝
(名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II)
(4)レーザー痛覚刺激の事象関連電位に対するニコチンの影響
宮崎貴浩,乾
幸二,柿木隆介(生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節研究部門)
(5)痛みによる不快情動生成における分界条床核内グルタミン酸神経情報伝達の役割
南
雅文(北海道大学大学院薬学研究院薬理学研究室)
(6)神経因性疼痛時におけるリゾホスファチジン酸依存的な脱髄現象
永井
潤,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学分野)
(7)侵害刺激が TRPV1 以外でも感じられる可能性について
樋浦明夫 1,中川
弘 2(1 徳島大学歯学部口腔解剖学教室,2 小児歯科学教室)
(8)GPR103 の内因性作動物質である 26RFa の神経障害性疼痛に対する鎮痛効果
山本達郎,宮崎里佳(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)
(9)抗癌薬投与マウスにおける冷刺激に対する疼痛様反応とその機序
安東嗣修,溝口静香,プナムガウチャン,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
(10)過敏性腸症候群モデルマウスに生じる大腸の痛覚過敏にたいする P2X 受容体の役割
篠田雅路 1,2,Bin Feng 2,Jun-Ho La 2,Klaus Bielefeldt 2,G.F. Gebhart 2
(1 日本大学歯学部生理学教室,
2
Center for Pain Research, University of Pittsburgh School of Medicine)
(11)α2 アドレナリン受容体関連物質による坐骨神経の複合活動電位抑制
水田恒太郎 1,小杉寿文 1,2,藤田亜美 1,上村聡子 1,八坂敏一 1,熊本栄一 1
(1 佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野,2 佐賀県立病院好生館緩和ケア科)
(12)教育講演 2:筋性疼痛の発生メカニズム
水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II)
(13)繰り返し冷温ストレスによる線維筋痛症モデルの有用性
西依倫子,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科薬理学分野)
407
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(14)末梢性動脈閉塞症モデルラットにおける痛覚過敏のメカニズムの解析
堀紀代美 1,2,尾﨑紀之 3,鈴木重行 4,杉浦康夫 1
(1 名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座(機能組織学分野)
,
2
3
4
名古屋大学医学部附属病院医療技術部リハビリ部門,
金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野,
名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野)
(15)帯状疱疹痛マウスモデルにおける自発痛関連行動の評価とその特徴
佐々木淳,下田倫子,金山翔治,安東嗣修,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
(16)帯状疱疹痛マウスモデルの脊髄後角広作動域ニューロン及び
末梢神経の機械刺激に対する興奮性の変化
西川幸俊,佐々木淳,野島浩史,安東嗣修,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
(17)教育講演 3:骨がん疼痛発生メカニズムと治療標的分子
川股知之(札幌医科大学医学部麻酔学講座)
(18)ラット脊髄後角膠様質細胞の形態学的・電気生理学的特性と含有神経伝達物質及び
神経修飾物質に対する応答の相関関係
八坂敏一 1, 2,Sheena Y. X. Tiong 2,David I. Hughes 2,John S. Riddell 2,
藤田亜美 1,熊本栄一 1,Andrew J. Todd 2
(1 佐賀大学医学部生体構造機能学講座,2 グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ)
(19)ラット脊髄後角の痛み伝達制御におけるガラニンの役割
-興奮性および抑制性のシナプス伝達に対する作用
熊本栄一,岳
海源,藤田亜美,朴
蓮花,青山貴博,井上将成,八坂敏一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)
(20)末梢神経損傷後に発症したアロディニアの維持機構における STAT3 の役割
津田
誠,高露雄太,矢野貴之,辻川智子,北野順子,齊藤秀俊,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)
【参加者名】
南
雅文(北海道大学,薬理学)
,川股知之(札幌医科大
和,歌
大介,井本敬二(生理学研究所,神経シグナル
学)
,古瀬晋吾(中村記念病院)
,岩田幸一,篠田雅路,
研究)
,古家園子(生理学研究所,形態情報解析)
,金
本田訓也(日本大学,生理学)
,田中
光(生理学研究所,生体恒常機能発達機構)
,大鶴直史,
出
聡,望月憲招,井
進,田中秀典(信州大学,麻酔蘇生学)
,水村和枝,
片野坂公明,田口
徹,村瀬詩織,太田大樹,鈴木実佳
子,那須輝顕,松田
輝,久保亜抄子(名古屋大学,神
経系分野 II)
,杉浦康夫,安井正佐也,堀紀代美,林
功
栄(名古屋大学,機能形態学)
,肥田朋子(名古屋学院大,
義
宮崎貴浩,柿木隆介(生理学研究所,感覚運動調節研究)
,
尾崎紀之(金沢大学,神経分布路形態・形成学)
,倉石
泰,
安東嗣修,佐々木淳,西川幸俊,後藤義一,下田倫子,
金山翔治,溝口静香(富山大学,応用薬理学)
,樋浦明夫
(徳島大学,口腔解剖学教室)
,井上和秀,津田
誠,高
リハビリテーション学科)
,富永真琴,山中章弘,曽我部
露雄太(九州大学,薬理学)
,本多健治,中島茂人(福岡
隆彰,齋藤 茂,Boudaka Ammar,小松朋子,梅村
大学,生体機能制御学)
,熊本栄一,藤田亜美,八坂敏一,
徹,
内田邦敏,加塩麻紀子,常松友美,周 一鳴,高山靖規,
水田恒太郎,井上将成(佐賀大学,生体構造機能学)
,西
川口
依倫子,永井 潤,植田弘師(長崎大学,分子薬理学)
,
仁,三原
弘,水野秀紀(岡崎統合バイオサイエ
ンスセンター,細胞生理)
,古江秀昌,杉山大介,柳澤義
408
山本達郎(熊本大学,生体機能制御学)
,稲葉さやか,小
研究会報告
坂七重(花王株式会社)
,猪股裕二(田辺三菱製薬(株)
)
,
薬(株)
)
,臼井健司,阪田昌弘(日本たばこ産業(株)
)
,
小川侑記(ライオン株式会社)
,今井利安(日本ケミファ
藤田郁尚(
(株)マンダム)
,石田康直,田口一貴(日本
株式会社)
,小林
臓器製薬(株)
)
,森本
護,小林淳一(キッセイ薬品工業(株)
)
,
渡邉修造(ラクオリア創薬(株)
)
,藤田真英(塩野義製
缶(東レ(株)
)
,三浦陽介(金
印(株)
)
,水口洋子(基礎生物学研究所)
【概要】
本研究会は,神経障害性疼痛,炎症性疼痛,癌性疼痛
障害(末梢神経の脱髄,抗がん薬の副作用,帯状疱疹な
などの痛みの病態生理の研究者と痛みの神経機構・分子
ど)関係が 5 題と最も多く,筋性疼痛,内臓痛と末梢性
機構の研究者が一堂に会して,研究成果を発表し,意見・
動脈閉塞症に関して各 1 題が発表された。疼痛の基礎研
情報交換を行うことを目的とした。教育講演は,3 つの
究に関するものでは,感覚神経の侵害受容(細径線維の
テーマを選定した。富永真琴先生(生理研)は感覚神経
選択的な電気刺激法や C 線維の加齢変化など)に関する
の侵害受容機序の理解に必須の TRP チャネル,特に
ものが 3 題と最も多く,脊髄後角ニューロンの神経ペプ
TRPV1 と TRPA1 の機能について解説された。水村和枝
チドに対する反応に関するもの 2 題が続き,末梢神経へ
先生(名大)は,遅発性筋痛の動物モデルと COX-2,ブ
の薬物作用,末梢刺激に対する脳誘発電位,および疼痛
ラジキニン,NGF,GDNF などの因子の関与について紹
と情動に関するものが各 1 題であった。十分な発表時間
介された。また,川股知之先生(札幌医大)は,がん疼
を設け研究の背景から説明していただくことにより,専
痛の中でも難治性である骨がん疼痛について,その発生
門外の研究内容についても理解を深めることが出来た。
機序と治療標的分子について紹介された。教育講演は,
なお,本研究会のテーマを疼痛関係の研究を広範囲に含
若手の疼痛研究者への情報提供を主目的に実施したが,
むものとしたことで,一般演題の内容も広範囲に及んだ
その目的を十分に果たせた内容であった。一般演題は,
が,疼痛性疾患に関するものでは末梢神経障害に関する
疼痛性疾患に関するものと疼痛の基礎研究に関するもの
ものが最も多かったことは,最近の疼痛研究の現状を反
に大別される。疼痛性疾患に関するものでは,末梢神経
映したものであろう。
(1)教育講演1:TRP チャネルと痛み
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)
感覚神経終末で侵害刺激を受容する(侵害刺激を電気
り,様々な活性化メカニズムが明らかになっている。
信号に変換する)最も簡単で有効的なメカニズムは,陽
TRPV1 欠損マウスの解析から個体レベルでの関与が明
+
らかになっており,TRPV1 を標的とした鎮痛薬の開発が
チャネルを活性化させて,活動電位を発生させることで
世界中で進められている。侵害冷刺激受容体として 2003
ある。その陽イオンの流入を司る陽イオン透過性のイオ
年に報告された TRPA1 は,その後,ワサビの辛み成分
イオンの流入がもたらす脱分極によって電位作動性 Na
2+
ンチャネルの多くは高い Ca 透過性をもち,その中心的
allyl isothiocyanate の受容体としても機能することが明ら
分子が TRP (Transient Receptor Potential) スーパーファミ
かになった。現在までに様々な刺激物質が明らかになっ
リーに属するカプサイシン受容体 TRPV1 とワサビ受容
ており,その構造基盤もいくらか解明されている。欠損
体 TRPA1 である。
マウスの解析から TRPA1 が侵害刺激受容体として機能
トウガラシの辛み主成分であるカプサイシンの受容
2+
することは確認されたが,冷刺激感受性については結論
体として 1997 年に単離された TRPV1 は Ca 透過性の高
が得られていない。いずれにせよ,TRPA1 が侵害刺激受
い非選択性陽イオンチャネルであり,カプサイシンと同
容に関わっていることは明らかであり,その発現も感覚
様に生体に痛みを惹起する熱や酸(プロトン)によって
神経に限局していることから,TRPA1 が TRPV1 に次ぐ
も活性化する。その他,多くの有効刺激が報告されてお
新たな鎮痛薬開発のターゲットになることは間違いない
409
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
TRPV1 と TRPA1 について,自身のデータも含めて最近
と思われる。
このような感 覚神経終末で 侵害刺激受容 に関わる
の知見を紹介したい。
(2)表皮内電気刺激を用いた細径神経線維機能評価法
大鶴直史 1,2,乾
幸二 1,山代幸哉 1,2,宮崎貴浩 1,2,竹島康行 1,柿木隆介 1,2
(1 生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節部門,
2
総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻)
【目的】皮膚細径神経線維(Aδ,C 線維)の機能を選択
選択的刺激方法の考案を試みた。特殊な電気刺激パラ
的に評価する方法は確立されていない。特に電気刺激で
メーターを用い,手背および前腕刺激に対する ERP を記
は Aβ線維などのより太い神経線維の活動混入のために,
録した。
選択的な細径神経線維刺激は困難であるとされてきた。
【結果】第 1 実験:IES に対する閾値は,貼付前と比較し
今回,我々の研究室で考案した表皮内電気刺激 (IES) が細
5 時間貼付後に著明な増大を示し,ERP は消失した。一
径神経機能評価に有用であるかを検討した。
方,TS に対する閾値および ERP には変化が認められな
【方法】第 1 実験:リドカインテープの経皮的貼付による
かった。第 2 実験:各刺激部位(手背,前腕)に対する
細径神経障害モデルを用い,IES が皮膚表層の Aδ線維機
ERP 成分 (P1) の潜時差から算出した神経伝導速度は約
能評価に有用であるかを検討した。比較対象として経皮
1.5m/s であった。
電気刺激 (TS) を用いた。まず,リドカイン貼付による閾
【考察】第 1 実験:IES は,従来の電気刺激 (TS) では検出
値変化を貼付前,1,3,5 時間貼付後に各刺激を用いて
できない皮膚表層の Aδ線維機能障害を捉えるのに有用
測定した。また,さらなる客観的な指標として各刺激に
であることを示した。第 2 実験:特殊な電気刺激パラメー
対する事象関連電位 (ERP) を,貼付前,5 時間貼付後に脳
ターを用いることで,IES により C 線維の選択的刺激が
波計を用いて記録した。第 2 実験:IES を用い C 線維の
行える可能性を示した
(3)加齢ラットの皮膚 C 線維侵害受容器の反応性と侵害受容逃避閾値の比較
田口
徹,太田大樹,松田
輝,村瀬詩織,水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II)
本研究では加齢による皮膚侵害受容器の変化を調べ
と推定された。両実験シリーズを合わせると機械反応性
るため,ラット皮膚-伏在神経取出し標本を用い,神経
に有意な差はない。しかし,老齢ラットでは C 線維全体
幹への電気刺激により単一 C 線維受容器を同定し,種々
のうち機械感受性をもつ線維の割合が低下していたこと
の反応性を若齢群(9-14 週齢)と老齢群(129-138 週齢)
を考慮すると,機械刺激による侵害受容器の放電総数は
との間で比較した。電気的に同定した C 線維のうち機械
減小していると考えられる。また,ブラジキニンや冷刺
感受性のあるものの割合は若齢群 (49%) に比べて老齢群
激に対する反応には差がなく,熱反応の大きさは老齢群
(27%) で有意に低かった。さらに,機械感受性 C 線維侵
で低下する傾向がみられた。一方,行動実験では von Frey
害受容器のうち,老齢群の機械刺激に対する反応閾値は
テストによる機械逃避閾値は 2 群間で差がなく,Cold
有意に高く,生じた活動電位数は有意に小さかった。こ
plate テストによる逃避行動は老齢群で有意に亢進し,
の結果は,機械刺激で受容器をサーチした以前の実験結
Hargreaves テストによる熱逃避閾値は老齢群で有意に低
果(機械反応性に有意な差はない)と異なっていた。本
下した。このように老齢ラットでは侵害刺激に対する C
シリーズでは機械閾値の低い受容器が欠落していたため
線維侵害受容器の反応性は減弱傾向であるのに対し,侵
410
研究会報告
害受容行動レベルでは亢進傾向であるのは,中枢神経系
きく影響しているものと考えられる。
での変化(例えば,下行性疼痛抑制系の機能低下)が大
(4)レーザー痛覚刺激の事象関連電位に対するニコチンの影響
宮崎貴浩,乾
幸二,柿木隆介(生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節研究部門)
レーザー誘発電位は,レーザーによる皮膚侵害受容器
被験者は実験前日より禁煙し,当日にニコチン 1mg を含
の選択的刺激により得られる事象関連電位である。レー
有するタバコを 1 本喫煙した。Aδ,C 線維それぞれにつ
ザー刺激はその照射面積,強度を適切に調節することに
いてレーザー誘発電位を喫煙前,喫煙 5 分,20 分,35
より,Aδ,C 線維を別々に刺激することができる。レー
分,60 分後の計 5 回測定した。コントロールとして別日
ザー誘発電位の N2, P2 成分は,それぞれ島弁蓋部および
に,喫煙せずに同様の測定を行った。実験中血漿中ニコ
帯状回の活動を反映すると考えられているが,その振幅
チン濃度を継続的に測定した。また実験中の覚醒度の指
は主観的な痛覚強度を反映していると考えられている。
標として,背景脳波活動のα帯域成分の周波数を測定し
一方,喫煙およびニコチンは,マウス,ラット,ウサギ
た。喫煙・ニコチンは Aδ線維の誘発電位の振幅を減少さ
などで強力な痛覚抑制効果を持つことが示されている
せたが,C 線維の誘発電位の振幅は,むしろ覚醒度に関
が,ヒトでの効果に関しては結論が一致していない。本
連して増加することが示唆された。これらのことから,
実験では,レーザー誘発電位の変化を計測することによ
喫煙・ニコチンの作用が末梢神経線維あるいは痛みの質
り,喫煙・ニコチンの痛覚認知に与える影響を評価した。
の差によって異なることが示唆された。
(5)痛みによる不快情動生成における分界条床核内グルタミン酸神経情報伝達の役割
南
雅文(北海道大学大学院薬学研究院薬理学研究室)
「痛み」は痛いという感覚的成分と,不安,嫌悪,抑
した。実験には雄性 SD 系ラットを用い,条件付け場所
うつといった情動的成分よりなるが,情動的成分を担う
嫌悪性 (CPA) 試験により不快情動生成の評価を行った。
物質的基盤に関する研究は未だ緒についたばかりであ
NMDA 受容体拮抗薬 MK-801 あるいは AMPA 受容体拮
る。我々はこれまでに,腹側分界条床核 (vBNST) におけ
抗薬 CNQX の vBNST 内局所投与により,ホルマリン後
るβアドレナリン受容体を介したノルアドレナリン神経
肢足底内投与により惹起される CPA が用量依存的に減
情報伝達亢進が,痛みによる不快情動生成に重要である
弱した。また,逆行性・順行性トレーサーと免疫染色を
ことを報告している (J. Neurosci., 28: 7728-7736 (2008))。
組み合わせた実験から,
外側結合腕傍核 PBL から vBNST
また,昨年の本研究会では,背外側分界条床核 (dlBNST)
にグルタミン酸神経が投射していることが明らかとなっ
におけるコルチコトロピン放出因子 (CRF) 神経情報伝達
た。以上の結果から,PBL から vBNST に投射するグル
が,痛みによる不快情動生成に関与していることを示し
タミン酸神経の活動亢進が痛みによる不快情動生成に重
た。本研究では,vBNST 内グルタミン酸神経情報伝達が
要な役割を担っている可能性が示唆された。
痛みによる不快情動生成に関与するか否かについて検討
411
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(6)神経因性疼痛時におけるリゾホスファチジン酸依存的な脱髄現象
永井
潤,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学分野)
我々は,末梢神経障害によって生じる神経因性疼痛の
神経に加えて,後根神経において脱髄が観察された。一
初発原因分子として,脂質メディエーターであるリゾホ
方,LPA1 受容体遺伝子欠損マウスでは,後根神経におけ
ス フ ァ チ ジ ン 酸 (LPA) を 同 定 し た (Nature Medicine,
る脱髄が消失することを見出した。また,各領域の神経
2004)。この分子は LPA1 受容体に働き,疼痛関連分子の
線維を用いた ex vivo 培養実験では,LPA はいずれの領
発現増加や知覚神経の脱髄現象を誘発する。脱髄現象は,
域においても脱髄を誘発した。このことは,神経因性疼
その後に生ずるスプラウティング(異常突起伸展)によ
痛時における LPA の産生部位が脊髄側に局所的に生じ
って,触覚線維と痛覚線維の機能的混線を介して,アロ
ていることを示唆している。次に,スプラウティングを
ディニア現象の分子基盤となると考えられる。本研究で
実証するために,神経突起伸展のマーカー分子 GAP43
は,脱髄の局在性およびスプラウティングの実験的証拠
を用いて解析を行った。その結果,神経障害後の後根神
を得ることを目的とした。まず,脱髄の局在性を明らか
経において GAP43 の発現増加が観察された。以上の研究
にするために,C57BL/6J 系雄性マウスの坐骨神経部分結
結果から,神経障害時では LPA 依存的に脊髄後根部の脱
紮モデルを用いて,坐骨神経,脊髄神経,後根神経のミ
髄が生じ,さらにその部位ではスプラウティングが生じ
エリン形態を解析した。その結果,障害部位である坐骨
ることが強く示唆された。
(7)侵害刺激が TRPV1以外でも感じられる可能性について
樋浦明夫 1,中川
弘 2(1 徳島大学歯学部口腔解剖学教室,2 小児歯科学教室)
生後早期にカプサイシンを投与して,カプサイシン感
じる機構の 2 つのメカニズムを提唱した。上記のパラド
受性小型ニューロンが約 70%消失したマウスは侵害熱刺
クッスを TRPV1 以外の一次知覚ニューロンの関与で説
激に正常に反応する。また,最近 TRPV1 のノックアウ
明することが可能であるか否かを,最近の報告を基に論
トマウスでも侵害熱刺激に正常に反応するという複数の
じたい。つまり,カプサイシン感受性の小型ニューロン
報告がある。TRPV1 が唯一の侵害熱刺激受容体であるな
が大量に脱落したマウスと TRPV1 欠損マウスに見られ
ら,このような矛盾した現象は起こらないと考えられる。
る,侵害熱刺激に反応するという矛盾が同一の視点で説
従って,Woodbury et al. (2004) は TRPV1, 2 に依存しない
明できるかどうかについての試論といえる。率直なご意
正常な状態で侵害熱刺激を感じる機構と,TRPV1 に依存
見を仰ぎたい。
する炎症や神経損傷などの病的な状態で侵害熱刺激を感
(8)GPR103の内因性作動物質である26RFa の神経障害性疼痛に対する鎮痛効果
山本達郎,宮崎里佳(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)
GPR103 は orexin,neuropeptide FF と相同性の高い G
26RFa をラット髄腔内,脳室内へ投与すると,ホルマリ
蛋白共役型受容体である。その内因性作動物質として
ンテストで良好な鎮痛効果を発揮することを報告してき
26RFa,QRFP が知られている。26RFa は NPY Y1 受容体,
た。今回,26RFa を髄腔内投与もしくは脳室内投与し,
NPFF2 受容体にも作用することが示されている。今まで
神経障害性疼痛に対する鎮痛効果を検討したので報告す
412
研究会報告
効果は,NPY Y1 受容体・NPFF2 受容体の拮抗薬である
る。
神経障害性疼痛モデルとして,ラット坐骨神経部分結
BIBP3226 により拮抗されなかった。
紮モデルを用いた。髄腔内投与には,Yaksh らの方法に
今回の結果から,髄腔内・脳室内 26RFa 投与により神
より腰膨大部近傍の髄腔内へ留置したカテーテルを介し
経障害性疼痛に対する鎮痛効果が確認され,この効果は
て行った。脳室内投与は,側脳室留置したカニュラを介
GPR103 を介する可能性が高いことが示された。
して行った。神経障害性疼痛の程度は,神経障害後に発
参考文献
症するアロディニアの程度により行った。
26RFa は,髄腔内投与・脳室内投与いずれでも投与量
Neuroscience 157(2008)214-222; Peptides 30 (2009)
1683-1688
依存性にアロディニアの程度を抑制した。また 26RFa の
(9)抗癌薬投与マウスにおける冷刺激に対する疼痛様反応とその機序
安東嗣修,溝口静香,プナムガウチャン,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
我々は,これまでに,白金製剤オキサリプラチンとタ
日目をピークとして 7 日後には回復する冷アロディニア
キサン系薬パクリタキセルをマウスに投与すると,10~
を生じた。一方,パクリタキセルは冷アロディニアを引
14 日をピークとする触アロディニアが誘発されること
き起こさなかった。オキサリプラチンによる冷アロディ
を報告した。ところで,オキサリプラチンは,投与患者
ニアは,TRPM8 拮抗薬 N- (2-aminoethyl) -N- [4- (benzyloxy) -
に冷刺激に対する急性の知覚過敏も引き起こす。そこで,
3-methoxybenzyl]-N’-(1S)-1-(phenyl) ethyl] urea hydrochloride
本研究では,オキサリプラチン及びパクリタキセルが冷
により抑制された。また,後根神経節での TRPM8 mRNA
刺激に対する知覚過敏反応(冷アロディニア)を引き起
の発現を RT-PCR 法で測定したところ,オキサリプラチ
こすか,また,その反応に transient receptor potential
ン投与後 3 日目に有意に発現が増加した。一方,パクリ
melastatin 8 (TRPM8) が関与しているか検討した。実験に
タキセルでは発現増加が観察されなかった。以上の結果
は雄性 C57BL/6 系マウスを用いた。ヒトの臨床用量に相
より,オキサリプラチンに特有の急性冷アロディニアが
当する用量のオキサリプラチン (3mg/kg) 及びパクリタ
マウスでも観察され,その作用には少なくとも一次感覚
キセル (5mg/kg) を単回腹腔内注射した。マウス後肢足蹠
神経における TRPM8 の発現増加が関与すると示唆され
へアセトンの小球を軽く当てて冷刺激を加え,その反応
る。
から冷アロディニアを評価した。オキサリプラチンは,3
(10)過敏性腸症候群モデルマウスに生じる大腸の痛覚過敏にたいする P2X 受容体の役割
篠田雅路 1,2,Bin Feng 2,Jun-Ho La 2,Klaus Bielefeldt 2,G.F. Gebhart 2
(1 日本大学歯学部生理学教室,2 Center for Pain Research, University of Pittsburgh School of Medicine)
過敏性腸症候群は大腸に器質的な変化が認められな
zymosan の大腸管腔への 3 日間連続投与 (300 µg/day)
いにもかかわらず,慢性的な痛みや痛覚過敏が生じる疾
により,大腸に組織学的変化がみとめられないにもかか
患である。われわれは過敏性腸症候群モデルマウスを作
わらず投与終了後 1 日目より大腸に伸展にたいする痛覚
成し,大腸の伸展にたいする痛覚過敏への P2X 受容体の
過敏が生じた。P2X3 KO マウスでは zymosan 投与による
役割を検討した。
大腸の痛覚過敏は生じなかった。大腸に伸展によってお
413
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
こる P2X 受容体の内因性リガンドである ATP の腸管へ
Purinergic agonists (ATP, α,β-meATP) によって引き起こさ
の遊出量は zymosan 投与により変化せず,また P2X3 KO
れる fast currents(P2X3 依存性)の ED50 が減少した。さ
マウスにおいても変化しなかった。大腸壁にあらかじめ
らに zymosan 投与により,両後根神経節における P2X3
逆行性トレーサー (DiI) を投与し,zymosan 投与後 1 日目
陽性大腸投射ニューロン数は変化しなかった。
に後根神経節 (T11-L1, L6-S2) をそれぞれ急性単離し,
よって,zymosan 投与による過敏性腸症候群モデルマ
whole cell patch clamp 法を用いて DiI 標識ニューロンの興
ウスに生じる大腸の痛覚過敏は,大腸投射ニューロンの
奮性の変化を記録した。両後根神経節において,zymosan
興奮性の増大と P2X3 受容体の過敏化により引き起こさ
投与により DiI 標識ニューロンの静止膜電位が上昇し,
れる。(Shinoda et al., Gastroenterology, 2009, in press)
(11)α2アドレナリン受容体関連物質による坐骨神経の複合活動電位抑制
水田恒太郎 1,小杉寿文 1,2,藤田亜美 1,上村聡子 1,八坂敏一 1,熊本栄一 1
(1 佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野,2 佐賀県立病院好生館緩和ケア科)
麻酔・集中治療領域で鎮静薬および鎮痛薬として使用
ンビンやアチパメゾールにより拮抗されず,アチパメ
されているデクスメデトミジンはα2 アドレナリン受容
ゾールそれ自身で CAP を抑制した。他のα2 受容体作動
体の活性化を介して脊髄レベルで鎮痛作用を引き起こす
薬について,クロニジンは最大 20 %の抑制,オキシメタ
ことが知られている。一方,デクスメデトミジンを始め
ゾリン はデクスメデトミジンより低い効率の抑制を示
とするアドレナリン受容体作動薬は,局所麻酔作用の増
した (IC50 =1.5 mM)。一方,アドレナリンやノルアドレナ
強を目的として局所麻酔薬の補助薬として用いられてい
リン,β受容体作動薬イソプロテレノールおよびα1 受容
る。この増強の作用機序として血管収縮や伝導遮断など
体作動薬フェニレフリン(それぞれ 1mM)は CAP に影
が考えられている。アドレナリン受容体作動薬の伝導遮
響しなかった。以上よりデクスメデトミジンはα2 受容体
断作用を詳しく検討するために,デクスメデトミジンが
の活性化を介さずに CAP を抑制することが明らかとな
複合活動電位 (CAP) にどのような作用を及ぼすかを調べ
った。デクスメデトミジン,オキシメタゾリンおよびア
た。実験は,トノサマガエルの坐骨神経に air-gap 法を適
チパメゾールのようなα2 アドレナリン受容体関連物質
用して CAP を記録することにより行った。デクスメデト
に共通した化学構造が伝導遮断に重要な役割を果たすこ
ミジンは可逆的かつ濃度依存性に CAP の振幅を減少さ
とが示唆された。この結果は強い伝導遮断作用をもつ局
せた (IC50 = 0.43 mM)。この効果はα2 受容体拮抗薬のヨヒ
所麻酔補助薬を開発するのに役立つことが期待される。
(12)教育講演2:筋性疼痛の発生メカニズム
水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野 II)
筋性疼痛は非常に頻度が高い。多くの場合炎症症状・
動選手の場合には不都合なこともある。そのメカニズム
所見はない。1) 筋拘縮,2) 筋血流不足,3) 酸化ストレ
として最も広く信じられているのは,微細筋損傷とその
ス等のメカニズムが提唱されてきたが,エビデンスは乏
結果生じる炎症である。しかし,我々が作ったモデルで
しい。メカニズムの解析のためのモデルとして,運動後
は痛覚過敏や腫脹は見られるもののマクロファージの集
1 日程度遅れて現れる遅発性筋痛がここ数年注目を浴び
積などの炎症像は見られないので,炎症は遅発性筋痛に
ている。遅発性筋痛は生理的なもので,通常何ら治療を
必須なものではないと考えられる。さらに,生理的であ
必要としないが,職業によって(例えば外科医)
,また運
るとはいえ,筋・筋膜性疼痛に見られる硬結やトリガー
414
研究会報告
ポイント状の変化も見られ(Itoh ら,2002,2004)
,遅発
の発現増大を抑制し,COX-2 阻害薬は GDNF の発現増大
性筋痛を生じる伸張性収縮を連日繰り返したり,寒冷ス
を抑制することを見出した。つまり遅発性筋痛にはブラ
トレスを負荷すると持続の長い筋痛覚過敏が生じるの
ジキニン-B2 受容体-NGF の経路と COX-2-GDNF の経
で,筋性疼痛研究のメカニズム解明に役立つと考えられ
路があることがわかった。両経路の間に何らかの相互作
る。我々の今までの研究で,麻酔下のラット後肢下腿伸
用があるかどうか,現在未知である。
筋(主として長指伸筋)に伸張性収縮を負荷して誘発し
一方,筋性疼痛には,線維筋痛症の様に慢性で全身性
た場合,筋の機械逃避反応閾値は運動負荷 1 日後から 3
の筋痛で,ストレスとの関連が示唆されているものもあ
日まで低下したのち,回復した。機械逃避閾値が最も低
る。そのモデルになるであろうとされている繰り返し寒
下している時に記録した筋細径線維受容器の機械反応は
冷ストレスモデルを作成し,筋逃避反応閾値を調べたと
亢進しており,これが機械痛覚過敏の末梢機構であろう
ころ,4℃-室温の繰り返しでは 3 週間,-3℃-室温の繰
と考えられる。拮抗薬投与により遅発性筋痛の発生には
り返しでは 7 週間もの間,筋痛覚過敏が見られた。一方,
COX-2 と B2 受容体を介したブラジキニンの作用が重要
皮膚痛覚過敏は 4℃-室温の繰り返しでは見られず,-3℃
であることも明らかになった。さらに,運動負荷した筋
-室温の繰り返しでのみ見られた。このように皮膚と筋
において COX-2 は運動直後から 12 時間後まで増大して
とではこのストレスの影響の受け方が異なることがわか
いたのに対し,NGF,GDNF は遅れて 12 時間後から 2
った。このモデルでは下行性抑制系が障害されていると
日後(GDNF は 1 日後まで)まで増大しており,抗 NGF
報告されていることを考え合わせると,筋侵害受容系の
抗体または抗 GDNF 抗体の筋注により筋機械痛覚過敏が
方がその影響を受けやすいことが示唆された。
減弱することなどから,遅発性筋痛の維持には両神経栄
養因子が関わっていると考えられる。B2 拮抗薬は NGF
筋性疼痛の研究は未知な部分が多い。本講演が問題提
起となれば幸いである。
(13)繰り返し冷温ストレスによる線維筋痛症モデルの有用性
西依倫子,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科薬理学分野)
線維筋痛症は全身性に激しい痛みを生じる,原因不明
唆された。また,臨床症状と類似した点として,熱,化
の難治性慢性疼痛疾患である。また,病態モデル動物が
学,電気刺激に対しても顕著な疼痛過敏が観察された。
確立されていないことなどから,当疾患を標的とする治
次に,本モデル動物を薬理学的に評価した。線維筋痛
療法は十分に確立されていない。そこで本研究では,病
症ではモルヒネ感受性が低いという臨床的知見と一致し
態を反映する線維筋痛症モデル動物の確立を目的とし
て,モルヒネは ICS 負荷群の疼痛過敏に対して鎮痛効果
た。患者背景には過度なストレスや外傷などによる痛み
を示さなかった。このモルヒネ低感受性について,下降
の悪循環が想定されることから,マウスに飼育環境温度
性抑制系を介したセロトニン神経の代謝回転率を指標に
を繰り返し変化させるストレス (ICS; Intermittent Cold
して,生化学的に解析した。その結果,モルヒネはスト
Stress) を負荷した後,疼痛評価を行った。その結果,少
レス非負荷群のセロトニン代謝回転率を増加させたが,
なくとも 2 週間以上持続する著明なアロディニア現象が
負荷群ではその効果は認められなかった。以上の結果か
観察された。一方,冷温負荷のみ与えた群ではストレス
ら,本モデル動物は線維筋痛症の臨床病態を反映するこ
負荷直後のみ疼痛過敏が認められたことから,温度環境
とが強く示唆された。
の繰り返しストレスが慢性痛の誘発因子であることが示
415
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(14)末梢性動脈閉塞症モデルラットにおける痛覚過敏のメカニズムの解析
堀紀代美 1,2,尾﨑紀之 3,鈴木重行 4,杉浦康夫 1
(1 名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座(機能組織学分野)
,
2
3
4
名古屋大学医学部附属病院医療技術部リハビリ部門,
金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野,
名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野)
【目的】末梢性動脈閉塞症 (PDA) における痛覚過敏のメ
【結果】PDA 群では処置後 6 週まで皮膚血流の減少が,3
カニズムを明らかにするため,モデルラットを作製し,
週まで筋の機械的痛覚過敏が確認され,12 週まで間歇性
その病態ならびに痛覚過敏へのイオンチャネルの関与を
跛行が認められた。処置後 4 日では筋の壊死像が観察さ
調べた。
れた。TRPV1 拮抗薬は効果を示さなかったが,P2X3,2/3
【方法】
ラットの左総腸骨動脈および左腸腰動脈を結紮す
ならびに ASICs 拮抗薬は筋の痛覚過敏を抑制した。
ることで下肢の血流を阻害した PDA モデルラットを作
【結論】PDA ラットは慢性的な筋の痛覚過敏と間歇性跛
成し,下腿の皮膚血流量の測定,皮膚と筋に対する痛覚
行を呈し,末梢性動脈閉塞症の痛みのメカニズムの解明
テスト,間歇性跛行の評価,皮膚と筋の組織学的検討を
に有用である。下肢の血流阻害による筋の痛覚過敏には,
行った。さらに PDA ラットで見られた痛覚過敏に,
P2X3,2/3,ASICs の関与が示唆され,PDA における痛覚過
TRPV1,P2X3,2/3,ASICs の拮抗薬を使用した行動薬理学
敏の発現に重要と思われた。
的検討も加えた。
(15)帯状疱疹痛マウスモデルにおける自発痛関連行動の評価とその特徴
佐々木淳,下田倫子,金山翔治,安東嗣修,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
帯状疱疹は有痛性の皮膚疾患であり,触刺激により疼
鎮痛補助薬の反応性を調べると,モルヒネとギャバペン
痛が生じるアロディニアや持続痛・突発痛といった自発
チンの抑制効果が強く,メキシレチンも部分的な抑制効
痛を生じる。これまでに我々は単純ヘルペスウイルス I
果を示した。動的アロディニアにはモルヒネとメキシレ
型の経皮接種により作製する帯状疱疹痛マウスモデルを
チンは無効であることから,動的アロディニアとは異な
用いて,アロディニアの評価とその発生機序の解析を行
る薬物有効性を有している。また,ジクロフェナクナト
ってきた。今回,このマウスモデルで新たに自発痛の評
リウムは患部皮膚の PGE2 産生を強力に抑制したが,自
価を試みた。無人環境下でマウスの行動を解析すると,
発的舐め行動には無効であった。以上の結果から,患部
皮疹の進展に対応して患部皮膚への自発的舐め行動が増
皮膚への自発的舐め行動が帯状疱疹期の自発痛関連行動
した。動的アロディニアは皮疹の治癒後も持続し慢性化
の評価に有用であることが示唆される。特に,非ステロ
する傾向が強いが,自発的舐め行動は皮疹の治癒と共に
イド性抗炎症薬が無効な重症例の自発痛モデルとして期
減少し,皮疹の治癒後ではほとんど観察されなかった。
待できる。また,動的アロディニアとは発生経過や薬物
したがって,自発的舐め行動の増加には神経障害性要素
有効性が異なることから,両者の発生機序が異なること
よりも炎症性要素の関与が強いと考えられる。鎮痛薬と
が示唆される。
416
研究会報告
(16)帯状疱疹痛マウスモデルの脊髄後角広作動域ニューロン及び
末梢神経の機械刺激に対する興奮性の変化
西川幸俊,佐々木淳,野島浩史,安東嗣修,倉石
泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
単純ヘルペスウイルス I 型をマウスに経皮接種すると
性が増大したが,無鉤ピンセットによる pinch 刺激に対
帯状疱疹様の皮膚病変と機械的アロディニアが生じる。
する反応性は低下し,フォンフレイ線維による点状機械
皮膚病変部では動的アロディニアが顕著であるが,その
刺激に対しては有意な変化はみられなかった。皮膚を繰
発生機序はよくわかっていない。そこで本研究では,麻
り返し電気刺激しても wind-up 現象はみられなかったこ
酔下で in vivo 細胞外電位記録法を用いて,末梢神経と脊
とから,動的機械刺激に対する興奮性の増大に wind-up
髄後角ニューロンのどちらの変調が動的アロディニア発
機構は関与しないと考えられる。一方,脛骨神経の興奮
現に関与するのかを検証した。脊髄後角ニューロンとし
性は,動的機械刺激,pinch 刺激,点状機械刺激いずれに
て深部広作動域ニューロン,末梢神経として皮膚病変部
対しても有意に低下した。以上の結果から,末梢神経で
を支配する脛骨神経を用い,各種機械刺激に対する興奮
はなく,脊髄後角の深部広作動域ニューロンにおける動
性変化を調べた。帯状疱疹痛マウスの脊髄後角広作動域
的機械刺激特異的な興奮性の増大が,帯状疱疹痛マウスの
ニューロンでは,絵筆による動的機械刺激に対する興奮
動的アロディニアの発現に関与する可能性が示唆される。
(17)教育講演3
骨がん疼痛発生メカニズムと治療標的分子
川股知之(札幌医科大学医学部麻酔学講座)
我が国の人口の高齢化に伴い,現在,2 人に 1 人がが
NSAIDs とオピオイドを両輪とした WHO 方式がん疼痛
んに罹患し,3 人に 1 人ががんで亡くなる。10 年後には
治療法が標準的治療法として広く普及している。しかし
3 人に 2 人ががんに罹患し,2 人に 1 人ががんで亡くなる
ながら,本法は万能ではなく,約 30%の患者で十分な疼
ことが推測されている。また,近年のがん治療の発展に
痛緩和が得られない。したがって,患者 QOL 向上のた
よりがん患者の予後が飛躍的に延長している。したがっ
めにがん疼痛のメカニズムを解明し新たな治療法を開発
て,がん医療においては治療だけではなく患者の身体
する必要がある。がん疼痛の中でも難治性疼痛である骨
的・精神的症状を管理する緩和医療の充実と QOL の向
がん疼痛に注目し,骨がん疼痛モデル動物を用いて研究
上が求められている。特に,患者 QOL において痛みの
を行ってきた。これまでに明らかとなった骨がん疼痛発
コントロールは重要である。がん疼痛治療法として
生メカニズムと治療標的分子について発表する。
(18)ラット脊髄後角膠様質細胞の形態学的・電気生理学的特性と含有神経伝達物質及び
神経修飾物質に対する応答の相関関係
八坂敏一 1, 2,Sheena Y. X. Tiong 2,David I. Hughes 2,John S. Riddell 2,
藤田亜美 1,熊本栄一 1,Andrew J. Todd 2
,
(1 佐賀大学医学部生体構造機能学講座(神経生理)
2
グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ)
侵害受容線維が終止する脊髄後角膠様質細胞を,活動
電位発火パターン,形態,含有神経伝達物質,神経修飾
417
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
物質に対する反応を指標として分類した。Islet cell は全
でのみ観察された。脊髄後角内では興奮性介在細胞がソ
て抑制性であったが,central, vertical, radial cell には抑制
マトスタチンを合成していることが報告されており,こ
性と興奮性が混在していた。しかし,多くの vertical cell
れらの細胞がソマトスタチンを分泌して抑制性細胞を抑
は興奮性であり,大型の一例を除く全ての標準型 radial
制し,脱抑制を起こしている可能性が示唆された。また
cell も興奮性であった。脱分極性の通電に対し,興奮性
興奮性細胞の多くが A 型カリウム電流の関与する発火パ
細胞の多くが A 型カリウム電流の関与する発火パターン
ターンを示していることと考え合わせると,ERK による
を示したのに対し,抑制性細胞の多くでは持続性発火が
このチャネルのリン酸化がソマトスタチンの分泌をトリ
見られた。ノルアドレナリンとセロトニンによる膜過分
ガーしていることが推察され,痛覚異常にこの回路が関
極性の応答は興奮性・抑制性細胞の両細胞で観察された
与する可能性が示唆された。
が,ソマトスタチンによる膜過分極性応答は抑制性細胞
(19)ラット脊髄後角の痛み伝達制御におけるガラニンの役割
-興奮性および抑制性のシナプス伝達に対する作用
熊本栄一,岳
海源,藤田亜美,朴
(佐賀大学
蓮花,青山貴博,井上将成,八坂敏一
医学部生体構造機能学講座(神経生理学分野)
)
脊髄後角第 II 層(膠様質)は皮膚末梢から脊髄後角に
より行った。ガラニン (0.1µM) は,調べたニューロンの
入力する痛み伝達の制御に重要な役割を果たすと考えら
約 90%で単シナプス性 Aδ線維誘起 EPSC の振幅を約 40%
れている。我々は,昨年の本研究会において,神経ペプ
減少させる一方,約 67%のニューロンで単シナプス性 C
チドの1つであるガラニンが膠様質ニューロンの自発性
線維誘起 EPSC の振幅を約 20%減少させた。残りのニ
興奮性シナプス後電流 (EPSC) の振幅を変えずに発生頻
ューロンでは EPSC は影響を受けなかった。自発性 IPSC
度を増加させること,さらに,膜の過分極や脱分極を誘
の振幅と発生頻度,さらに局所電気刺激により誘起され
起することを報告した。今回,痛み伝達制御におけるガ
る IPSC の振幅はガラニン (0.1µM) により影響を受けなか
ラニンの役割を更に知るために,そのシナプス後細胞へ
った。以上より,ガラニンは Aδ線維や C 線維を介する
の作用を抑制した条件下で,ガラニンが Aδ線維や C 線
単シナプス性の興奮性シナプス伝達をシナプス前性に抑
維の刺激により誘起される単シナプス性の EPSC,また,
制すること,また,前者の作用は後者の作用より強いこ
GABA や グ リ シ ン を 介 す る 抑 制 性 シ ナ プ ス 後 電 流
とが明らかになった。この作用は自発性興奮性シナプス
(IPSC) にどんな影響を及ぼすかを調べた。実験は,成熟
伝達や膜電位の変化と共にガラニンによる痛み伝達制御
雄性ラット脊髄横断薄切片の膠様質ニューロンへブライ
に寄与することが示唆される。
ンド・ホールセル・パッチクランプ法を適用することに
(20)末梢神経損傷後に発症したアロディニアの維持機構における STAT3の役割
津田
誠,高露雄太,矢野貴之,辻川智子,北野順子,齊藤秀俊,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)
末梢神経の損傷後に脊髄において産生される種々の
伝達を担う転写因子 STAT3 が神経障害性疼痛モデルラ
サイトカインが神経障害性疼痛に重要な役割を担ってい
ットの脊髄ミクログリアで活性化し,神経障害性疼痛の
ることが示唆されている。最近,サイトカインシグナル
発症に関与することが報告されている。しかし,疼痛の
418
研究会報告
維持過程における STAT3 の関与については依然不明で
を調べた結果,神経損傷後 5 日目をピークにアストロサ
ある。そこで本研究では,末梢神経損傷後に形成したア
イトの分裂が誘導された。そこで,アストロサイトの分
ロディニアの維持機構における STAT3 の役割について
裂に対する STAT3 の役割を検討するため,STAT3 の活
検討した。
性化を抑制する JAK2 阻害剤 AG490 を損傷後 3~5 日目
第 5 腰髄脊髄神経に損傷を加え,脊髄後角を STAT3
に脊髄くも膜下腔内へ投与したところ,5 日目のアスト
抗体で免疫染色をしたところ,損傷後 3 日目から 5 日目
ロサイトにおける分裂活性が有意に減少した。さらに,
をピークとして STAT3 活性化の指標となる核内への局
AG490 は神経損傷後に一旦形成したアロディニアも有
在が認められた。各細胞マーカーとの二重免疫染色の結
意に改善した。
果から,STAT3 の核内移行は,ミクログリアではなく,
以上の結果から,末梢神経損傷後に脊髄後角アストロ
アストロサイト特異的に起こっていることが明らかとな
サイトで JAK2/STAT3 シグナル系が活性化し,アストロ
った。STAT3 はアストロサイトの増殖応答に関与してい
サイトの細胞増殖,さらに神経障害性疼痛の維持に寄与
ることから,まず神経損傷後のアストロサイト細胞増殖
していることが明らかとなった。
419
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
22.体温調節,温度受容研究会
2009 年 9 月 10 日-9 月 11 日
代表・世話人:小林茂夫(京都大学 大学院情報学研究科)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(1)体温調節における DRG 小型ニューロンの役割と UCP
山下
均(中部大学生命健康科学部生命医科学科)
(2)TRPM8 と低温環境下での体温調節
田地野浩司 1,細川
浩 1,前川真吾 1,松村
柴草哲郎 3,井上和生 3,伏木
潔 2,
亨 3,小林茂夫 1,
(1 京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野,
2
大阪工業大学 情報科学部,3 京都大学大学院農学研究科食品生物科学)
(3)温熱的快適感の部位特異性
中村真由美 1,4,依田珠江 2,春日桃子 1,Larry I. Crawshaw 3,
内田有希 4,時澤
健 4,永島
計 4,彼末一之 1
(1 早稲田大学スポーツ科学学術院,2 獨協大学国際教養学部,
3
Department of Biology, Portland StateUniversity,4 早稲田大学人間科学学術院)
(4)寒冷暴露に備えた冷涼環境下での代謝調節
内田邦敏 1,2,志内哲也 2,3,稲田
仁 1,箕越靖彦 2,3,富永真琴 1,2
(1 岡崎統合バイオ(生理研)
,細胞生理,2 総研大,生理科学,3 生理研,生殖・内分泌)
(5)ハムスターの褐色脂肪組織 (BAT) は冬眠行動に不可欠か?:低温下での BAT 機能
北尾直也,橋本眞明(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)
(6)ヒト褐色脂肪:寒冷下での体温・エネルギー消費の調節
米代武司 1,会田さゆり 1,松下真美 2,斉藤昌之 1
(1 天使大学大学院 看護栄養学研究科,2 天使大学 看護栄養学部)
(7)ヒト褐色脂肪:加齢に伴う変化
斉藤昌之 1,米代武司 1,会田さゆり 1,松下真美 2
(1 天使大学大学院 看護栄養学研究科,2 天使大学 看護栄養学部)
(8)レプチンおよびグレリンが絶食時の時間特異的体温調節反応に及ぼす影響
時澤
健,尾上侑己,内田有希,森
久恵,中村真由美,永島
計
(早稲田大学 人間科学学術院 統合生理学研究室)
(9)プロスタグランジン E2 はどのようにして脳から消去されるか
松村
前川真吾,細川
潔,鈴木亜弥子(大阪工業大学情報科学部)
浩,小林茂夫(京都大学・院・情報学研究科)
(10)終板器官周囲部でのノルアドレナリンの体温低下作用
大坂寿雅(国立健康・栄養研究所)
(11)生存戦略としての生物時計-その分子・細胞メカニズム
本間さと(北海道大学大学院医学研究科生理学講座
時間生理学分野,
北海道大学大学院医学研究科(寄附講座)時間医学講座)
(12)温度受容と TRP チャネル
富永真琴(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)
,
総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻)
420
研究会報告
(13)体温調節の中枢神経メカニズム
中村和弘(京都大学・生命科学系キャリアパス形成ユニット)
(14)「省エネ型体温調節」暑熱馴化の意義-個体レベルと社会レベルの観点から
紫藤
治,松崎健太郎,片倉賢紀,丸山めぐみ,李
光華(島根大学医学部環境生理)
(15)ハムスターの冬眠時体温調節機構と神経細胞保護
田村
豊(福山大学薬学部)
(16)エネルギー代謝と体温調節の接点:昆虫の省エネ型体温調節
梅田真郷(京都大学化学研究所・超分子生物学研究領域)
【参加者名】
斉藤昌之(天使大学看護栄養学研究科)
,米代武司(天使
ス研究開発部)
,八木
大学看護栄養学研究科)
,岡松優子(北海道大学獣医学研
式会社伊藤園所)
,岡部利恵(株式会社伊藤園)
,石井智
究科)
,本間さと(北海道大学医学研究科)
,北尾直也(旭
海(花王)
,矢野花映(花王)
,小田英志(花王)
,井垣通
川医科大学医学系研究科)
,山田哲也(東北大学医学系研
人(花王)
,兼久智和(日本たばこ産業)
,小林淳一(キ
究科)
,永島 計(早稲田大学人間科学学術院)
,時澤
健
ッセイ薬品工業)
,大澤晴美(大塚製薬株式会社)
,橋本
(早稲田大学人間科学学術院)
,中村真由美(早稲田大学
公男(サンスター株式会社)
,ホーシンニー(NTT コミ
人間総合研究センター)
,内田有希(早稲田大学人間科学
ュニケーション)
,山岡一平(株式会社大塚製薬)
,富永
研究科)
,森
真琴(岡崎統合バイオ細胞生理)
,山中章弘(岡崎統合バ
久恵(早稲田大学人間科学部)
,大坂寿雅
(国立健康・栄養研究所)
,山下
均(中部大学生命健康
章(江崎グリコ)
,三富敦浩(株
イオ細胞生理)
,曽我部隆彰(岡崎統合バイオ細胞生理)
,
科学部)
,中村和弘(京都大学生命科学系キャリアパス形
梅村
成ユニット)
,小林茂夫(京都大学情報学研究科)
,田地
合バイオ細胞生理)
,小松朋子(岡崎統合バイオ細胞生理)
,
野浩司(京都大学情報学研究科)
,梅田真郷(京都大学化
内田邦敏(岡崎統合バイオ細胞生理)
,常松友美(岡崎統
学研究所)
,南
合バイオ細胞生理)
,加塩麻紀子(岡崎統合バイオ細胞生
丈也(京都大学医学研究科)
,松村
(大阪工業大学情報科学部)
,紫藤
潔
治(島根大学医学部
医学科)
,松崎健太郎(島根大学医学部医学科)
,田村
豊
(福山大学薬学部)
,門田麻由子(福山大学薬学部)
,勝田
秀樹(福山大学薬学部)
,佐藤貴弘(久留米大学)
,児島
徹(岡崎統合バイオ細胞生理)
,齋藤
理)
,周
茂(岡崎統
一鳴(岡崎統合バイオ細胞生理)
,高山靖規(岡
崎統合バイオ細胞生理)
,三原
弘(岡崎統合バイオ細胞
生理)
,水野秀紀(岡崎統合バイオ細胞生理)
,川口
仁
(岡崎統合バイオ細胞生理)
将康(久留米大学)
,山口秀明(
(株)アイシン・コスモ
【概要】
平成 21 年 9 月 10 日及び 11 日に研究会が行われた。今
田は,冷涼環境下での代謝調節をのべた。旭川医大の北
回で 5 回目になる研究会は,昨年度に続き京都大学小林
尾は,冬眠中のゴールデンハムスターが覚醒する時,BAT
(以下敬称略)が研究代表者をつとめ,体温をテーマに分
の熱産生が重要であることを示した。天使大学米代は,
子,神経,心理生理学に至るまで様々な分野の研究者が
ヒトでも,BAT は体温維持とエネルギー消費に寄与する
集まり,研究発表,情報交換,議論,新たな研究テーマ
ことを示した。天使大学の斎藤は,加齢にともなう BAT
を模索した。今年度は,1 日目に口演をおこない,2 日目
の変化を調べ興味深いデータを示した。早稲田大学時澤
にシンポジウムをおこなった。
は,摂食ペプチド(レプチンの低下,グレリンの増加)
9 月 10 日には,中部大学山下が DRG の TRP の発現と
が絶食時の体温調節反応に及ぼす影響を調べた。PGE2
UCP の関係を,京都大学細川が TRPM8 による体温調節
は,脳に作用して発熱を誘発する。大阪工業大学松村は,
を発表した。早稲田大学中村は,温感,冷感を生む脳部
PGE2 が脳から除去されるしくみを発表した。国立健康・
位と,快不快感を生む脳部位の違いを議論した。褐色脂
栄養研大坂は,ノルアドレナリンの体温低下作用を発表
肪組織 (BAT) は,主要な産熱効果器である。生理研の内
した。11 日には,「省エネ型体温調節」のタイトルでシ
421
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
ンポジウムを行った。北海道大学本間は,生存における
温の可能性を論じた。福山大学田村は,ハムスターの冬
生物時計の重要性を述べた。生理研富永は,温度受容に
眠時体温調節を発表した。京都大学梅田は,ハエの低温
かかわる TRP チャネルを発表した。京都大学中村は,体
選択性変異体を同定した。2 日間にわたって,活発な討
温調節の経路の詳細を発表した。島根大学紫藤は,低体
議がなされた。
(1)体温調節における DRG 小型ニューロンの役割と UCP
山下
均(中部大学生命健康科学部生命医科学科)
体温の恒常性は環境温度の受容とそれに基づく体熱制
なかったが,TRPV1,TRPM8,TRPA1 の発現レベルの
御反応により調節されている。末梢で受容した温度感覚
有意な減少が認められた。また,Cap ラットは体温がや
は後根神経節 (DRG) ニューロンを介して温痛覚情報と
や低く環境温度の変化に対する応答性が有意に低下して
して中枢へ伝えられる。我々は新生仔期にカプサイシン
いた。熱産生組織である骨格筋と褐色脂肪組織における
を投与した (Cap) ラットを用いて,DRG ニューロンにお
UCP 分子の発現を調べた結果,UCP2 と UCP3 の発現レ
ける TRP ファミリー分子の発現変化,外界温度刺激に対
ベルは両組織において変化はみられなかったが,褐色脂
するラットの応答性の変化,骨格筋および褐色脂肪組織
肪組織の UCP1 発現レベルの有意な減少が Cap ラットに
におけるミトコンドリア脱共役タンパク質 (UCP) の発
おいて観察された。以上の結果は,DRG 小型ニューロン
現変化などについて検討した。組織学的解析において,
における温度受容機能の低下が体温調節に大きく影響す
未処置のコントロール (Cont) ラットと比較して,Cap ラ
ることを示す。一方,UCP2 は DRG 小型ニューロンにお
ットでは DRG 小型ニューロンの脱落が顕著に認められ
いて高い発現レベルを示し,TRPV1 と共発現しているこ
た。DRG における TRP 分子の遺伝子発現を検討した結
とが見出されたことから,UCP2 の温痛覚受容における
果,Cap ラットでは TRPV2 の発現レベルに変化はみられ
役割が予想された。
(2)TRPM8と低温環境下での体温調節
田地野浩司 1,細川
浩 1,前川真吾 1,松村
柴草哲郎 3,井上和生 3,伏木
潔 2,
亨 3,小林茂夫 1
(1 京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野,
2
大阪工業大学 情報科学部,3 京都大学大学院農学研究科食品生物科学)
環境温の低下で皮膚温が低下する。皮膚温低下は,皮
型マウスでは,メンソール塗布で 1.3℃芯温が上昇した。
膚内に投射し,冷却に反応する感覚神経で受容され,産
この芯温上昇は,TRPM8 ノックアウトマウスでは見られ
熱反応の誘発や放熱反応の抑制を生む。最近,感覚神経
なかった。また,野生型マウスでは,メンソール塗付に
の細胞体及び神経終末に,メンソールと冷却に反応する
よる芯温の上昇時に,酸素消費量の増加がみられ,震え
イオンチャネル TRPM8 が存在することがわかった。し
や褐色脂肪細胞の活性化が起こった。加えて,尾の血管
かし,TRPM8 がどのように体温調節に関与しているかは
収縮がみられた。以上のことは,TRPM8 を発現する神経
十分に知られていない。本研究では,TRPM8 の体温調節
線維から熱獲得性効果器までのあいだに配線があること
への関与を明らかにするため,マウスの体幹皮膚にメン
を示す。TRPM8 は皮膚温低下に依存した体温調節反応を
ソールを塗付し,芯温変化と効果器応答を調べた。野生
媒介すると結論される。
422
研究会報告
(3)温熱的快適感の部位特異性
中村真由美 1,4,依田珠江 2,春日桃子 1,Larry I. Crawshaw3,
内田有希 4,時澤
健 4,永島
計 4,彼末一之 1
(1 早稲田大学スポーツ科学学術院,2 獨協大学国際教養学部,
3
Department of Biology, Portland StateUniversity,4 早稲田大学人間科学学術院)
【背景】我々はこれまでに皮膚表面の局所的な温度刺激実
適感を被験者に申告させた。
験を顔面,胸部,腹部,大腿部(実験 1)
,頚部,手,足
【結果】すべての条件において,刺激部位の局所的温熱的
底,腹部(実験 2)において行い,加温・冷却に伴って
快適感は脊部,腰部,腹部の 3 部位間に有意差はなかっ
生じる快・不快感(温熱的快適感)が刺激部位によりど
たが,暑熱環境での腹部冷却では快適感が小さく,寒冷
のように異なるかを調べた。その結果から①頭部:体幹
環境での腹部冷却では不快感が強い傾向が認められた。
部と比べて低い温度を好む,②体幹部(特に腹部):頭
上腕は,どの条件においても皮膚温の変化が他部位と比
部と比べて高い温度を好む,③頚部:頭部と腹部の中間
べて大きい傾向があったが,強い快・不快感は生じなか
的な特徴を持つ④末梢部位:同じ温度刺激に対して,体
った。
幹部・頭部よりも皮膚温の変化は大きいが,強い快・不
【考察】脊部,腰部,腹部に局所的な快適感に差が認めら
快感は生じない,という各部位の特長が明らかになった。
れなかったことから,脊部,腰部は腹部と似た特徴を持
そこで本研究では,これまでに調べていない脊部,腰部,
つと言える。しかし,先行研究で明らかになった腹部の
上腕の特徴を明らかにするために,これまでと同様の方
「高い温度を好む」傾向は,体幹部の中でも特に腹部にお
いて強い。上腕は,これまでに調べてきた四肢末梢部位
法で温度刺激実験を行った。
【方法】環境温 34℃(暑熱環境)または 21℃(寒冷環境)
と同様,同じ温度刺激に対して皮膚温の変化が大きいが,
の人工気象室において,健康な成人男性 11 名を対象と
強い快適感は生じないということから,温熱的快適感に
し,脊部,腰部,上腕,腹部の局所的加温・冷却を行っ
おける感受性は比較的低いと言える。
た。全身及び刺激部位局所における温度感覚,温熱的快
(4)寒冷暴露に備えた冷涼環境下での代謝調節
内田邦敏 1,2,志内哲也 2,3,稲田
仁 1,箕越靖彦 2,3,富永真琴 1,2
(1 岡崎統合バイオ(生理研)
,細胞生理,2 総研大,生理科学,3 生理研,生殖・内分泌)
生物は環境温度に順応しながら生きている。言い換え
昇が観察された。このインスリン分泌の低下は,皮膚温
れば,我々は無意識もしくは意識的に外界温度を感じ,
が低下していること並びに血漿中ノルエピネフリン量が
その温度情報を元に体温など様々な生体の恒常性を調節
上昇していることから,皮膚温度低下に伴う交感神経の
している。低温環境下に関する研究のほとんどは寒冷暴
活性化によるものと考えられた。また,皮膚温低下と交
露という侵害的ともいうべき温度における検討である
感神経活性化から皮膚血管を収縮させて熱放散を抑制し
が,今回,非侵害的な小さな温度低下でもその変化を感
ていることが予想された。
じて代謝機能を調節していることを,マウスを用いた研
究によって見いだしたので報告する。
熱産生の有無を検討するために BAT の UCP1 mRNA
量を測定したこところ,冷涼環境下のマウスと正常マウ
マウスを冷涼 (20℃) もしくは通常 (25℃) 環境で 10 日
スの間に差は認められず,BAT での熱産生は亢進してい
間飼育し,まず糖負荷試験を行ったところ,冷涼環境下
ないと考えられた。WAT の UCP2 および骨格筋の UCP3
のマウスにおいてインスリン分泌量の低下と血糖値の上
も UCP1 同様に変化はみられなかった。一方,GLUT4 の
423
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
発現量は WAT においてのみ有意に上昇しており,冷涼
制し,血糖値を高く維持することが明らかとなった。さ
環境下のマウスでは WAT においてのみグルコースの取
らに,WAT においてのみグルコース及び脂肪酸の取り
り込みが亢進していると考えられた。さらに WAT にお
込みを増加させ,エネルギーを蓄積している可能性が示
いて脂肪代謝に関与する Dok1,Cd36 及び Lpl の mRNA
唆された。これは,さらなる環境温度低下(寒冷暴露)
量が上昇しており,脂肪蓄積を促進させている可能性が
に備えて,熱産生に利用するエネルギーを蓄積するため
示唆された。
の代謝調節であると考えられる。
以上の結果より冷涼環境下ではインスリン分泌を抑
(5)ハムスターの褐色脂肪組織 (BAT) は冬眠行動に不可欠か?:低温下での BAT 機能
北尾直也,橋本眞明(旭川医科大学
生理学講座
自律機能分野)
環境温度付近の体温 (6℃) で冬眠中のゴールデンハム
CL に対する酸素消費速度応答を 12℃と 36℃で測定,室
スターが覚醒を始める時,褐色脂肪組織 (BAT) による熱
温 25℃ (L:D=12:12) で飼育中の個体から摘出した BAT
産生が重要と考えられているが,直接的な証拠は無い。
と比較した。
この熱産生は主にβ3 アドレナリン受容体を介したもの
CL 投与は冬眠からの覚醒時間を有意に短縮し,BAT
とされ,長期間の寒冷曝露など,慢性的な交感神経刺激
温度上昇速度も有意に増加した。SR は 8 例中 5 例で覚
が受容体の脱感作を引き起こすことも知られている。本
醒時間に影響しなかったが,残り 3 例では,BAT 温度上
研究では冬眠覚醒時の BAT 熱産生におけるβ3 アドレナ
昇が抑制され,冬眠からの覚醒を妨げた。冬眠動物から
リン受容体の役割を明らかにするとともに,低温下での
摘出した BAT は CL に応答し,いずれの温度下でも酸素
BAT 機能と冬眠覚醒行動における意義について検討し
消費速度を増加させた。25℃飼育群から摘出した BAT
た。
と比較し,36℃では差がなかったが,12℃では CL に対
室温 5℃,恒暗条件下で冬眠を開始したハムスターの
しより強く応答した。結果は,冬眠からの覚醒時にβ3 ア
BAT 温度,直腸温度,心電図を記録しつつ,慢性静脈留
ドレナリン受容体を介した効率的な熱産生のため,BAT
置カニューレから生理食塩水 (PBS),β3 アゴニスト (CL
が低温下で機能するよう最適化されている可能性を示
316, 243:CL) またはアンタゴニスト (SR59230A:SR) を持
す。また,選択的な BAT 機能抑制が冬眠からの覚醒を妨
続的に投与し,覚醒を促した。記録後,冬眠を再開した
げたことは,冬眠行動における BAT 機能の重要性を示唆
動物から速やかに BAT を摘出,1~2 mm 角の小片とし,
する。
(6)ヒト褐色脂肪:寒冷下での体温・エネルギー消費の調節
米代武司 1,会田さゆり 1,松下真美 2,斉藤昌之 1
(1 天使大学大学院 看護栄養学研究科,2 天使大学 看護栄養学部)
【目的】褐色脂肪は,寒冷暴露や自発的多食に対応して活
性化し,体温維持や余剰のエネルギー散逸に寄与する特
褐色脂肪の生理的役割,特に体温調節と全身でのエネル
ギー消費に対する寄与について検討した。
殊な組織である。最近我々は,fluoro-deoxyglucose (FDG)
【方法】20~32 歳の健康な男性 15 名を被験者とし,6 時
を用いた positron emission tomography (PET) と X 線 CT を
間以上絶食の後,室温 19℃・足氷冷の寒冷暴露を 2 時間
組み合わせた FDG-PET/CT により,ヒト褐色脂肪を検
行い FDG-PET/CT 検査を行った。検査結果から褐色脂肪
出・評価できること見出した (Diabetes 2009)。本研究では,
を保有する群:(+) 群 8 名と保有しない群:(-) 群 7 名に
424
研究会報告
分け,ガスモニター(AR-1 O2 郎)を用いて室温 26℃・
kcal/d:p<0.05),(-) 群では変化しなかった (1434±246 vs.
安静時と,室温 19℃・足氷冷の寒冷暴露を行った後のエ
1475±206kcal/d:ns.)。体表温度低下は,対照部では両群
ネルギー消費量を測定した。同時に,温度データロガー
で差は見られなかったが (-2.5±0.7 vs. -2.31±0.8 ℃:
(Thermochron) を用いて褐色脂肪部(鎖骨上部)と対照部
ns.),褐色脂肪部では (+) 群の方が有意に少なかった
(鎖骨下部)の体表温度変化を測定した。
(0.0±0.3 vs. -0.6±0.2 ℃:p<0.05)。以上の結果から,ヒ
【結果】室温 26℃・安静時のエネルギー消費量は,(+) 群
ト褐色脂肪組織は急性寒冷刺激によって活性化し,体温
と (-) 群とで差は無かったが,寒冷暴露を 2 時間行うと,
維持とエネルギー消費に寄与することが示された。
(+) 群では有意に増加したが (1433±96 vs. 1807±238
(7)ヒト褐色脂肪:加齢に伴う変化
斉藤昌之 1,米代武司 1,会田さゆり 1,松下真美 2
(1 天使大学大学院 看護栄養学研究科,2 天使大学 看護栄養学部)
【目的】褐色脂肪は,寒冷暴露や自発的多食に対応して活
見られなかった。しかし,無い者は加齢に伴い肥満度が
性化し,体温維持や余剰のエネルギー散逸に寄与する組
増加するのに対して,褐色脂肪を有する者は 40 才代にな
織である。我々は,fluoro-deoxyglucose (FDG) を用いた
って 20 歳代と同程度の BMI や内臓脂肪量を維持してい
positron emission tomography (PET) と X 線 CT を組み合わ
ることが判明した。これらの結果は,加齢の伴う肥満に
せた FDG-PET/CT により,ヒト褐色脂肪を検出・評価し
褐色脂肪が関与していることを示している。そこで次に,
てきた (Diabetes 2009)。本年は,加齢に伴う褐色脂肪や
褐色脂肪の有無にかかわる因子を検索するために,熱産
体脂肪の変化に焦点を当てて,これに関与する可能性の
生タンパク質 UCP1 の遺伝子 SNP (-3826A/G) を調べたと
ある因子などについて検討した。
ころ,野生型に比べて変異型では加齢に伴う褐色脂肪が
【方法と結果】20~72 歳の健康な被験者について,6 時間
著しいことが判った。更に,寒冷刺激時の自律神経応答
以上絶食の後,室温 19℃・足氷冷の寒冷暴露 2 時間後に
を心拍変動から評価したところ,褐色脂肪を有する者は
FDG-PET/CT 検査を行ったところ,褐色脂肪の検出率は,
交感神経応答が強いことが明らかとなった。以上の結果
20 歳代では 55%であったが,加齢と共に減少し(30 歳
から,ヒト褐色脂肪の加齢変化には,遺伝的要因に加え
代 47%,40 歳代 29%)50 歳代では 7%に過ぎなかった。
て寒冷刺激の強弱や交感神経の応答性の違いが関与して
加齢に伴い肥満も進展することは良く知られているが,
いる可能性が示された。
20 歳代では褐色脂肪の有無で BMI や内臓脂肪量に差は
(8)レプチンおよびグレリンが絶食時の時間特異的体温調節反応に及ぼす影響
時澤
健,尾上侑己,内田有希,森
久恵,中村真由美,永島
計
(早稲田大学 人間科学学術院 統合生理学研究室)
【背景】我々は絶食によって寒冷時の体温調節反応が弱め
活動の増加および室傍核の活動抑制が明期に顕著に見ら
られることを報告している。その反応は,マウスにおい
れるが,絶食によって引き起こされるどのような因子が
て暗期と比べて明期に特に大きく弱められる。明期はマ
時間特異的な反応を引き起こすのかは明らかではない。
ウスの非活動期であり,絶食によって大きく体温が低下
【目的】絶食によって変化する摂食ペプチド(レプチンの
するフェイズである。また絶食による視交叉上核の神経
低下,グレリンの増加)が時間特異的な体温調節反応に
425
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
露により深部体温は有意に低下したものの,明期と暗期
関与しているか否かを検証する。
【方法】野生型およびレプチンを欠損する ob/ob マウス
の間で有意な差は認められなかった。グレリンを投与し
を,27℃の環境温で 12h-12h の明暗サイクルで飼育した。
た野生型マウスにおいて,明期に寒冷暴露によって深部
体温および活動の概日リズムが確認された後,20℃の寒
体温は有意に低下した。一方暗期においては,寒冷暴露
冷暴露を明期または暗期に行った。また野生型マウスに
によって深部体温は低下せず酸素摂取量は有意に増加し
おいて,腹腔内にグレリンを投与し,10℃の寒冷暴露を
た。
明期または暗期に行った。それぞれ寒冷暴露時の深部体
【結論】レプチンの欠損は体温調節反応を弱めるが,絶食
温,酸素摂取量,活動量を測定した。また寒冷暴露直後
時に見られる時間特異的な体温調節反応の減弱には関与
に褐色脂肪組織および脳を採取した。
しないことが示唆された。一方グレリンの増加は,時間
【結果】野生型マウスにおいては,寒冷暴露によって深部
体温は変化しなかった。ob/ob マウスにおいて,寒冷暴
特異的に明期にのみ体温調節反応を弱める可能性が示唆
された。
(9)プロスタグランジン E2はどのようにして脳から消去されるか
松村
前川真吾,細川
潔,鈴木亜弥子 (大阪工業大学情報科学部)
浩,小林茂夫(京都大学・院・情報学研究科)
【背景と目的】プロスタグランジン E2 (PGE2) は感染・炎
脳脊髄液の流路を次のように結論した。脳室→脳底のく
症時に脳血管内皮細胞で産生される。そして PGE2 は脳
も膜下腔→嗅球周辺→鼻甲介→リンパ管→リンパ節→静
の神経細胞に作用して発熱を引き起こす。それでは,ど
脈。
うのようにして PGE2 が脳から消去されるのか。この問
【実験②15PGDHmRNA の定量的 RT-PCR】脳組織(視床
題に対する明確な答えはまだない。これまでの研究によ
下部・線条体・大脳皮質を含み,脈絡叢・髄膜は含まな
ると,肺や腎臓において PGE2 はプロスタグランジン脱
い)
,鼻甲介,肺の 15PGDHmRNA/β-actin mRNA を測定
水 素 酵 素 (15PGDH) に よ り 代 謝 さ れ , 不 活 性 化
した。その結果,肺 1(1.8)>鼻甲介 (0.63) >脳 (0.16) とな
(15-deoxyPGE2) される。そこで本研究では,マウスの脳
った。
および脳脊髄液の流路における 15PGDHmRNA の発現
【実験③15PGDHmRNA 発現細胞】in situ hybridization に
を,定量的 RT-PCR および in situ hybridization 法で検討
より,鼻甲介の一部の細胞が 15PGDHmRNA を発現して
した。
いることを確認した。その細胞種はまだ特定していない。
【実験①脳脊髄液の流路】マウスの側脳室に墨汁 5µℓを
注入し 30 分後にその分布を調べた。墨汁は頚部リンパ節
【結論】以上の結果は脳脊髄液の流路に PGE2 を不活性化
する仕組みが存在することを示唆する。
に集積していた。この結果および頭部切片の観察から,
(10)終板器官周囲部でのノルアドレナリンの体温低下作用
大坂寿雅(国立健康・栄養研究所)
ノルアドレナリンが視床下部視索前野に作用して体
がおきるとする報告があり,一致していない。視索前野
温調節に関与していることは古くから報告されている
は様々な亜核から構成されており,ノルアドレナリン含
が,ノルアドレナリン注入によって体温は低下するとい
有神経線維および受容体はこれらの部位に散在している
う報告,上昇するという報告,低下-上昇の二相性反応
ので,投与部位の細かな差異によって反応が異なるのか
426
研究会報告
た。α1 受容体作動薬であるメトキサミンを注入しても体
もしれない。
正中視索前野や第三脳室周囲部を含む終板器官周囲
温低下反応がおきたが,α2 受容体作動薬であるクロニジ
領域には視索前野内で最もノルアドレナリン含有神経終
ンやβ受容体作動薬であるイソプロテレノールを注入し
末密度が高く,対寒反応誘起やプロスタグランジン (PG)
ても反応はなかった。これらの反応は注入部位が終板器
E2 感受性の発熱誘起部位でもある。そこで,ノルアドレ
官周囲領域であるときに限られ,外側視索前野や尾側よ
ナリンによる体温調節系への影響の少なくとも一部はこ
りの内側視索前野に投与しても体温反応はおきなかっ
の部位を介している可能性が考えられた。
た。ノルアドレナリン感受性部位に 130 fmol PGE2 を注入
ウレタン・クロラロース麻酔のラットの終板器官周囲
すると熱産生・頻脈・体温上昇反応が誘起された。同じ
領域にノルアドレナリンを微量注入したところ尾部皮膚
部位にノルアドレナリンを前投与しておくと,PGE2 によ
温と足底部皮膚温が上昇し,酸素消費率・心拍数・結腸
る反応は大きく減弱した。
温度が低下した。熱放散の増加と熱産生の低下が協調的
ノルアドレナリンは終板器官周囲領域でα1 受容体を
におきて深部体温が低下することが分かった。皮膚や結
介して体温低下をおこし,PGE2 発熱に拮抗することが分
腸の温度変化は 1-100pmol の範囲で用量依存性であっ
かった。
(11)生存戦略としての生物時計-その分子・細胞メカニズム
本間さと(北海道大学大学院医学研究科生理学講座)
約 24 時間のリズムを自律的に発振する概日時計は,
ポータートランスジェニック動物の培養組織における遺
バクテリアからヒトまで共通したリズム発振やリズム同
伝子発現リズムを計測した結果,従来哺乳類において概
調機構をもつ。地球の自転に伴う 24 時間の明暗や温度周
日時計が局在すると言われてきた視床下部視交叉上核
期に同調し,周期性を予知して体内の機能を整え,摂食,
(SCN) 以外の脳内各部位や,心臓,肝臓,腎臓など全身
生殖,休息などの活動,およびそれに伴う体内環境を時
の末梢臓器,さらには単一培養細胞にも概日時計がある
間的に統合する概日時計は,生物の生存に必須の生体戦
ことが明かとなった。
略である。概日時計は,さらに,中高緯度地帯における
我々は,最近,時計遺伝子 Per1 発現をルシフェラーゼ
季節に伴う日長変化にも同調可能な光周性を示し,環境
でモニタリング可能な Per1-luc マウスの培養 SCN を用
の様々な周期的変動に対応する時計として機能しうるこ
い,季節変化に同調する複数の時計細胞の局在を明らか
とが分かっている。
にした。さらに,位相と周期の同時調節により 24 時間へ
時計遺伝子 Clock のクローニングに始まる哺乳類分子
の同調を効率よく進めるのに SCN 内のリン酸化酵素が
時計研究は,ここ 10 年間にめざましい発展を遂げた。進
関与していることも分かった。一方,SCN に局在する光
展に大きく貢献した技術開発の 1 つに発光レポーターが
に同調する時計とは別に,食餌時刻に同調し,給餌時刻
ある。自律振動が,時計遺伝子の転写促進と,蛋白産物
を予知する時計には,これまで報告された時計遺伝子は
によるその抑制の自律的な分子フィードバックによるこ
必須でないことも明かとなってきた。生存戦略としての,
とから,遺伝子発現のルシフェラーゼレポーターによる
これら複数の時計と相互関係,それぞれの分子機構につ
リアルタイムモニタリングが威力を発揮する。発光レ
いて述べたい。
427
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(12)温度受容と TRP チャネル
富永真琴(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター)
我々は日常的に多種多様の外部刺激にさらされてい
これらの中で,これまでに 9 つの TRP チャネルが温度感
る。そうした外部刺激を受容して電気情報に変換する分
受性を有すると報告されており,Q10 値は 10 を超える。
子として TRP (Transient Receptor Potential) スーパーファ
それぞれ特異な活性化温度域値を持ち,熱い温度によっ
ミリーに属するイオンチャネル群が注目を浴びている。
て活性化する TRPV1,TRPV2,冷たい温度によって活性
TRP チャネルは 6 回の膜貫通領域を有し,第 5,6 膜貫
化する TRPM8,TRPA1,温かい温度によって活性化する
通領域の間にある短い脂溶性のループがポアを形成する
TRPV3,TRPV4,TRPM2,TRPM4,TRPM5 に分かれる。
と考えられている。ホモまたはヘテロ 4 量体として機能
43 度以上の高温,15 度以下の低温は痛み感覚を惹起する
的なチャネルを形成すると推定されており,多くは高い
と考えられており,TRPV1,TRPV2,TRPA1 は侵害刺激
2+
Ca 透過性を有する非選択性陽イオンチャネルである。
受容体と捉えることもできるが,温度感受性 TRP チャネ
trp 遺伝子は,1989 年にショウジョウバエの眼の光受容
ルは様々な生理機能に関わることが明らかになりつつあ
器異常変異体の原因遺伝子として同定された。その後,
る。このような温度受容体は哺乳類にかぎらず,多くの
trp のコードする蛋白質 TRP はイオンチャネルとして機
生物に広く存在する。しかし,温度刺激がどのようにし
能することが明らかとなり,これまでに多くの TRP ホモ
てチャネル開口をもたらすかは未だ明らかではない。
ログが発見されている。現在,TRP スーパーファミリー
は,哺乳類では大きく TRPC,TRPV,TRPM,TRPML,
こうした温度感受性 TRP チャネルの構造と生理機能
について概説したい。
TRPP,TRPA の 6 つのサブファミリーに分けられている。
(13)体温調節の中枢神経メカニズム
中村和弘(京都大学・生命科学系キャリアパス形成ユニット)
自律性体温調節を司る中枢として知られる視索前野
下部背内側核および淡蒼縫線核のニューロンが脱抑制さ
では,局所温度に反応するニューロンが脳の温度をモニ
れ,活性化される。そしてその興奮シグナルが交感神経
ターしているほか,皮膚の一次求心性神経によって感知
節前神経(非ふるえ熱産生および皮膚血管収縮)や運動
される外気温の情報も視索前野に伝達される。視索前野
神経(ふるえ熱産生)の活性化を引き起こし,対寒反応
はこうした温度情報を統合し,体温を一定に保つ上で最
を惹起する。
も合理的な体温調節反応を行うための指令を様々な末梢
また,私達が最近同定した,体温調節に必要な皮膚温
効果器へと出力する。近年,体温調節システムの出力制
度情報を視索前野へと伝達する神経経路は,教科書的に
御においては,視索前野から下向性に投射する抑制性ニ
よく知られた,温度知覚に関わる脊髄視床皮質路とは異
ューロンが鍵を握ることがわかってきた。熱産生などの
なった,新たな体性感覚経路であることがわかった。皮
対寒反応を起こす必要のないときには,この視索前野か
膚の一次求心性神経によって感知される冷覚および温覚
らの下向性シグナルが,対寒反応に促進的に作用する視
の情報は脊髄後角でリレーされ,それぞれ脳幹の外側結
床下部背内側核および延髄の淡蒼縫線核のニューロンを
合腕傍核に別々に分布する冷覚および温覚伝達ニューロ
持続的に抑制しているが,視索前野に皮膚からの冷温度
ン群へと伝達される。そしてそれらのニューロン群はそ
シグナルが入力したり,脳の局所温が低下したり,ある
の情報を視索前野に存在する冷覚および温覚伝達の局所
いは感染時に発熱物質(プロスタグランジン E2)が視索
ニューロン群へ伝達する。冷覚伝達の局所ニューロンは
前野に作用すると,その下向性シグナルが減弱し,視床
視索前野から下向性に投射する出力ニューロンを抑制す
428
研究会報告
ることで対寒反応を惹起したり対暑反応を抑制し,一方,
化することで対寒反応を抑制したり対暑反応を惹起する
温覚伝達の局所ニューロンはこの投射ニューロンを活性
ものと考えられる。
(14)「省エネ型体温調節」暑熱馴化の意義-個体レベルと社会レベルの観点から
紫藤
治,松崎健太郎,片倉賢紀,丸山めぐみ,李
光華(島根大学医学部環境生理)
恒温動物がエネルギー消費を個体レベルで抑制する
個体レベルでのエネルギー消費の抑制に寄与する。特に
には体温を低下させるのが最も有効な方法と考えられ
長期暑熱馴化においては体温調節中枢のある前視床下部
る。事実,我々は熱産生発現閾値が極度に低下して変温
における神経細胞新生と新たな神経ネットワークの形成
性となっている特異な患者さんにおいて,冷涼環境下で
を伴う可能性が強く,長期的な馴化状態の維持による安
患者さんの体温が下降するとそれに比例して代謝量が低
定したエネルギー消費の減少が期待される。また,暑熱
下することを報告している。今回は恒温動物の体温調節
馴化により快適環境温度が上昇することが知られる。こ
機能を変温性へ誘導する可能性に言及すると共に,以下
れは短期および長期暑熱馴化の両者で観察される。快適
のように恒温動物の暑熱馴化とエネルギー代謝について
環境温の上昇は暑熱負荷時の行動性体温調節の発現を遅
考察する。
らせることになり,現代のヒトの行動性体温調節で顕著
暑熱馴化により,様々な調節機構の変化が起こる。そ
な地球エネルギーの消費を伴う暑熱刺激の回避行動(エ
の一つとして核心温の低下がある。その低下の程度は~
アコンの使用)を抑制する。これは社会レベルでのエネ
0.3℃と僅かであるが,有意かつ確実に起こる。さらに,
ルギー消費の抑制に寄与する。今後予想される環境温の
暑熱馴化により甲状腺ホルモンを含む種々の代謝性ホル
上昇に対し,自己防衛とエネルギー消費の抑制の観点か
モンが変化する。これらは,個体の代謝の抑制に繋がり,
らもうまく暑熱に馴化することが望まれる。
(15)ハムスターの冬眠時体温調節機構と神経細胞保護
田村
Syrian hamster(Mesocricetus auratus;以下ハムスター)
豊(福山大学薬学部)
たしていることを明らかにしている。そこで,冬眠時体
は,寒冷環境下 (5℃),短日周期(明期 8 時間,暗期 16
温調節機構と神経機能維持機構の関係について検討を行
時間)で飼育すると数週間の準備期間を経た後冬眠に入
った。
る。ハムスターの冬眠は,その体温変化により導入期,
常法にしたがいハムスターの胎児より海馬初代培養
維持期,および覚醒期の 3 期に分類できるが,維持期で
大脳皮質ニューロンを調製した。培養 12 日目以降に培養
はハムスターの体温は約 6℃にまで低下する。しかし,
温度を低下させると,22℃以下で温度依存性にアポトー
音刺激あるいは触刺激を加えるとハムスターは冬眠状態
シス様の神経細胞死が発現した。アデノシンおよび ATP
から約 3 時間で正常体温に復帰する。これらの知見は,
は,1~100µM の濃度において濃度依存性の神経保護作
6℃という低体温下においてもハムスターの神経機能が
用を発現した。アデノシンと ATP の神経保護作用は A1
維持されていることを示唆している。これまでの研究に
受容体拮抗薬の 8-cyclopentyltheophylline および A2 受容
より,冬眠導入期の体温下降は,A1 受容体を介する中枢
体拮抗薬の 3,7-dimethyl-1-propargylxanthine の併用により
アデノシン系が,維持期の低体温はµ受容体を介するオ
有意に減弱された。非選択的オピオイド受容体作動薬の
ピオイド系が,そして覚醒期の体温上昇には
モルヒネも 1~100µM の濃度において濃度依存性の神経
thyrotropin-releasing hormone (TRH) 系が重要な役割を果
保護作用を発現した。モルヒネの神経保護作用は非選択
429
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
的オピオイド受容体拮抗薬のナロキソンの併用により有
は,冬眠時の体温下降や低体温維持に関与するだけでな
意に減弱された。一方,TRH は 100µM の濃度において
く,低温による神経細胞死から神経細胞を保護すること
も神経保護作用を発現しなかった。
により神経機能を維持していると考えられる。
以上の結果より,アデノシン系およびオピオイド系
(16)エネルギー代謝と体温調節の接点:昆虫の省エネ型体温調節
梅田真郷(京都大学化学研究所・超分子生物学研究領域)
体温は,生物が進化の過程で獲得した食性とエネル
した。また,サーモグラフィー観察によりショウジョウ
ギー代謝系,温度環境や気候風土とも密接に関連してお
バエ幼虫の体温はその選択した温度と一致することか
り,またその生物が生存できる土地を決める大きな要因
ら,幼虫は体内の状態の変化を何らかのかたちで検知し,
でもある。生物はエネルギー状態を含めた体内環境をい
緻密に体温をコントロールしていると考えられた。
かに把握・統合し,状況に応じた至適な体温を決めてい
さらに,常に低温を好む低温選択性変異体 atsugari を
るのだろうか?「暑がり」と「寒がり」はどう違うのだ
同定し,その低温選択の分子機構について詳細な解析を
ろうか?
進めた結果,ショウジョウバエ幼虫は,酸素濃度の変化
このような疑問に答えるべく,ショウジョウ
バエ幼虫の体温調節行動に着目して研究を開始した。
を指標に体内のエネルギー代謝レベルを把握することに
従来,変温動物は環境温の変動に応じて体温が大きく
より,適正な温度環境(体温)を選択していることが示
変化することから,哺乳動物のような精密な体温調節シ
唆された。また,atsugari 変異体は顕著な低温耐性をも
ステムを備えていない印象を与えがちであった。我々は,
示すことが明らかとなった (Science 323:1740, 2009)。
ショウジョウバエ幼虫の温度選択行動を定量的に測定す
今回のシンポジウムでは,低温選択性変異体 atsugari
る装置を開発し,ショウジョウバエ幼虫がその生育温度
の解析を中心に,ショウジョウバエのいわゆる「省エネ
や餌の種類,さらには餌に含まれる脂質の種類によって
型」体温調節の分子機構について紹介したい。
微妙にかつ再現性良く選択する温度を変えることを見出
430
研究会報告
23.医学生物学用超高圧電子顕微鏡 (H-1250M) の 30 年
2010 月 3 月 5 日− 3 月 6 日
代表・世話人:有井達夫(生理学研究所)
(1)生理研超高圧電子顕微鏡の特徴と三次元画像解析
有井達夫,濱
清(生理研)
(2)エポン包埋切片の超高圧電顕観察
片桐展子,片桐康雄(弘前学院大・看護)
,有井達夫(生理研)
(3)超高圧電子顕微鏡を用いた生物試料観察,特に神経細胞,神経膠細胞観察への応用
小澤一史(日本医大)
(4)Application of the high voltage electron microscopy in neuroscience research
Im Joo RHYU (Korea Uni., Colleg. Med.)
(5)網膜ニューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルの割合
日高
聰(藤田保衛大・医)
(6)医学生物分野における超高圧電子顕微鏡の応用: 免疫組織化学染色法と逆行性標識法の適用例
坂本浩隆(岡山大・理)
(7)300keV STEM (Titan)による 5 ミクロン厚切片の観察と超高圧像との比較
重本隆一(生理研)
(8)超高圧電子顕微鏡との出会い
濱
清(生理研)
(9)E-PTA 染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡観察
五十嵐広明(東邦大・医)
(10)超高圧電子顕微鏡と組織化学
野田
亨(藍野大・医療保健)
(11)神経成長因子受容体 TrkA の局在
西田倫希(大阪大・超高圧電顕センター)
(12)嗅球ニューロン・グリアの三次元構造解析
樋田一徳,清蔭恵美(川崎医大)
,有井達夫(生理研)
(13)神経突起のふくらみ (varicosity) の構造解析
遠藤泰久(京都工芸繊維大・工芸科学)
(14)胎生期脳での神経新生に関わる細胞突起の形態・機能的解析
小曽戸陽一(理化学研・CDB)
【参加者名】
Rhyu, Im Joo (Korea Univ.),片桐展子(弘前学院大)
,小
田
澤一史(日本医科大)
,五十嵐広明(東邦大)
,山西治代
曽戸陽一(理化学研・CDB)
,清蔭恵美,樋田一徳(川崎
(資生堂)
,中村栄男(名古屋大)
,日高
聰(藤田保健衛
亨(藍野大学)
,西田倫希,森博太郎(大阪大)
,小
医科大)
,小坂俊夫(九州大)
,有井達夫,川口泰雄,重
生大)
,長浜真人(鈴鹿医療科学大)
,遠藤泰久(京都工
松直樹,重本隆一,永谷幸則,浜
芸繊維大)
,河田光博,橋本
和義,山口 登(生理研)
隆(京都府立医科大)
,野
清,古家園子,村田
431
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
【概要】
生理学研究所の超高圧電子顕微鏡は,生理学研究所の
開催された研究会「超高圧電子顕微鏡の医学生物学分野
昭和 55 年 3 月の研究会「医学生物学における超高圧電子
への応用」参加者を中心に参加を呼びかけて,研究会を
顕微鏡のあり方」を,具体化したものである。
開いた。
医学生物学分野への応用を目的に昭和 57 年 3 月に搬入
これまでの特徴的な研究を報告する機会を設け,平成
され,同年 9 月より全国に課題を公募して 11 月より使用
22 年 4 月から法人化後,第 2 期に入ることになる自然科
が開始された。以来 27 年余が経過しているが,この間安
学研究機構にとっての今後の展望を図るための良い機会
定に稼動し,全国でも唯一の医学生物学専用機として装
ともなった。形態情報解析室の後任研究教育職員として
置は高い稼働率で利用されてきた。
村田和義准教授が平成 21 年 12 月に赴任されたので生理
今年は,この超高圧電子顕微鏡の計画以来 30 年が経過
するという節目の年に当たり,4 年前の平成 18 年 2 月に
学研究所の医学生物学超高圧電子顕微鏡を用いての成果
を伝える良い機会ともなった。
(1)生理研超高圧電子顕微鏡の特徴と三次元画像解析
有井達夫,濱
生理学研究所の超高圧電子顕微鏡(H-1250M 型)は,
清(生理研)
その後も液体窒素レベルのクライオトランスファーホー
1981 年に開発された東京工業大学の超高圧電子顕微鏡
ルダー(Gatan 626 特)など各種付属装置を導入している。
(H-1250S 型)のドライでクリーンな真空系と高分解能光
1994 年には低倍においてより広い視野を光軸に沿って
学系を基に,医学生物学用に役立てるために各種の工夫
より平行な電子線で照射できるように対物レンズを試作
をして導入された世界で始めての医学生物学用専用機種
し導入した(倍率調整の都合により,現在は,傾斜軸は
である。医学生物学用としての超高圧電子顕微鏡の重要
フィルムの長辺より約 5°回転している)。1035 本の走査
な特徴は,厚い試料の立体観察(±θ°の傾斜像による)
線を持つ高感度撮像管ハーピコン管を導入している。イ
と解析が可能なことである。このために,超高圧電子顕
メージングプレート (FDL5000) による撮影も可能とし
微鏡にユーセントリックサイドエントリー試料傾斜機構
た。1995 年には,-60°から+60°まで 1°から 2°間隔で
を導入し,さらにローテーションフリーズーム機能を付
連続傾斜した像からトモグラフイ再構築を行えるように
加して,全ての倍率で傾斜軸をフィルムの長辺に平行と
サイドエントリー試料傾斜台を改良して全国の医学生物
なるように設定した。試料面内でユーセントリック機能
学分野の研究者により一層の便宜を図っている。360 度
を維持しつつ回転できる回転ホールダーや傾斜像撮影に
回転ホールダーも導入している。
あたって露光量を一様に制御する工夫と露光量を一様に
本体は 2010 年 3 月現在で,試料位置で 7X10-6Pa 台の
制御しかつ未照射領域の一度の照射による結像を可能と
真空度を保って安定に稼動している。この装置を用いて
するために,試料下と試料上に 2 個のメカニカルシャッ
の 3 次元画像解析手法と問題点などを紹介した。
ターを超高圧電子顕微鏡としては初めて導入している。
(2)エポン包埋切片の超高圧電顕観察
片桐展子,片桐康雄(弘前学院大・看護学部)
有井達夫(生理研)
イソアワモチ(軟体動物・腹足類)には多種類の光受
432
容系(柄眼,背眼,皮膚光覚,神経光覚)が存在する。
研究会報告
そのうち,背眼内のレンズ細胞と皮下組織に分布する皮
が高コントラスになる。②無染色でグリッド上の切片の
膚光覚細胞(DP 細胞)は他に例のない特異な感桿型光
光顕観察ができる。③DP 細胞周囲にある筋線維が弛緩
受容細胞である (Katagiri, Y. et al. 1985)。両細胞は大形
し,DP 細胞は球形を呈し,軸索起始部が見つけやすい。
で,互いに似た微細形態を有する。両細胞の軸索の有無
ただし,④組織全体は脆くなるので取り扱いには注意が
など興奮伝達機構を明らかにする目的で,厚切りの連続
必要,⑤膜構造の保存は劣る。多数枚の連続切片を扱う
切片を効果的に超高圧電顕観察するための試料作製法を
工夫:グリッドに載せた切片の上に支持膜を覆って切片
検討した。(1) 2%オスミウムリン酸緩衝液で 4℃,2 時
を保護した。電子染色には,半切して中央に切り込みを
間固定,(2) 2%オスミウム水溶液で,40℃,48 時間処理,
いれた特製シリコンチューブを用い,切り込みに約 10
(3) 背眼のレンズ細胞に HRP 注入後,および,4) 背眼を
枚のグリッドを挟み,チューブを細いガラス管に入れて
含む組織を硝酸ランタン液に浸漬した後,(1) に従って固
一括して染色,水洗を行った。準厚切連続切片の観察か
定。どの方法も脱水過程で酢酸ウラン染色し,エポン樹
ら DP 細胞側面から軸索が出ることや軸索が神経束に入
脂に包埋した。他にも多くの方法を試みたが,(2) の加温
るまでの走行を追跡できた。
オスミウム染色が適当であった。その理由:①組織全体
(3)超高圧電子顕微鏡を用いた生物試料観察,特に神経細胞,神経膠細胞観察への応用
小澤一史(日本医科大学大学院医学研究科 生体制御形態科学分野,
大阪大学超高圧電子顕微鏡センター)
微細構造を三次元で観察することは通常の透過型電
顕微鏡観察のための試料に比べ,50~60 倍の厚さの切片
子顕微鏡観察の世界,すなわち x, y の軸に加え,z 軸の
を用いて観察することが出来る,すなわち 50~60 倍の Z
情報を加えて観察することになり,その情報はより世界
軸方向の情報を得ることが出来るので,三次元的視野が
を広げて細胞,組織を観察することになる。この生物試
それだけ広がることになる。これらの情報を,コンピュー
料の微細構造の三次元観察を行うにあたって,超高圧電
タで立体構成する電顕トモグラフィーを用いて,微細構
子顕微鏡は圧倒的な可能性を提供し,極めて高い応用性
造の三次元観察を行うことによって,神経細胞や神経膠
も持つことが明らかになりつつある。
細胞構築のダイナミックを効果的に描出することに成功
我々は主に神経細胞における情報伝達機構を観察す
した。特に神経膠細胞の細かなメッシュ状構造の精密さ
る目的で,神経細胞の樹状突起の棘 (spines) の微細構造
の観察に関しては,超高圧電子顕微鏡による観察が最も
変化や神経細胞の補助,補佐作用を有する神経膠細胞の
詳細を観察できるものと言える。超高圧電子顕微鏡は,
超微細構造変化を観察しているが,通常の透過型電子顕
神経系での観察例に限らず,その他の細胞や組織の観察
微鏡観察では二次元的断面の観察が出来ても,全体構造
にも様々な応用ができる可能性を持っており,今後その
を立体的に捉えることは難しく,これを解決するために
応用性の探究により更に医・生物学的分野への有用性が
は連続切片の観察と画像収集というかなりの労力が求め
広がるものと確信する。
られる。超高圧電子顕微鏡観察では,通常の透過型電子
(4)Application of the High voltage electron microscopy in neuroscience research
Im Joo Rhyu (Department of Anatomy College of Medicine Korea University)
Brain tissue is very complicated network composed of
numerous neurons and glial cells in three dimensions.
433
第 31 巻(Dec,2010)
生理学研究所年報
Synapses are specialized interneuronal junctions where
investigated the characteristics of the spine after prolonged
signals are propagated from one to another. Most excitatory
motor skill learning animal model. The three dimensional
synapses
electron tomography of cultured neuron would contribute to
consist
of
presynaptic
axon
terminals
and
postsynaptic dendritic spines in a mammalian central nervous
system, which are closely related with various neuronal
detailed mechanism of synapse formation and pruning.
In addition to cells in the brain blocks, cultured neurons
and glial cell morphology were analyzed successfully by
activities.
With relative thick section serial sections of the cerebellum,
investigating Golgi impregnated glial cells such as astrocyte
efficient three dimensional reconstructions were possible
and Bergman glial cell. Recently, I have analyzed
compared with conventional TEM. I could observe detailed
mitochondrial morphology on the whole mount grid covered
morphology of neuron and glial cells
in cerebellar neurons
with of astrocyte. Thanks to strong penetration power of
including Purkinje cell, granule cell, basket cell and satellite
HVEM, diverse morphology of mitochondria could be
cell could be observed in Golgi impregnated cerebellar slices
analyzed without sectioning. Basic morphological parameters
with
were measured and this could be used for linking function and
HVEM.
Diverse
Purkinje
cell
dendritic
spine
morphologies were categorized into thin, stubby, mushroom,
and branched type and their normal distribution ratio and
morphometric characteristics were determined. I have
morphology.
HVEM is one of the best options to explore nervous
system.
(5)網膜ニューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルの割合
日高
聰(藤田保健衛生大学医学部生理学教室)
本研究は,網膜水平細胞,アマクリン細胞と網膜神経
カ法では 1 つのギャップ結合斑にあるギャップ結合チャ
節細胞の同型細胞間でのギャップ結合による連結につい
ネル・コネクソン粒子の密度を同定することによって,1
て,ギャップ結合チャネルの分布とパッチクランプ法に
つのニューロンのペアーに存在するコネクソン粒子の全
よってニューロン間で同時に記録された電気的カップリ
体数を推定した。それぞれのニューロン間のギャップ結
ングとの関係を解明することを目的とした。これらのニ
合を構成するギャップ結合チャネル蛋白・コネキシンの
ューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルについ
型を同定し,単一チャネルのギャップ結合コンダクタン
て,神経科学実験法の多様な実験方法:2 連のパッチク
スの値を入力すれば,それぞれのニューロンのペアーが
ランプ法,細胞内染色法,ギャップ結合チャネル蛋白・
発生するべきギャップ結合コンダクタンスの全体値が推
コネキシンについての免疫細胞化学法,凍結割断レプリ
定できる。このような方法を用いて,実際に電気生理学
カ法および超高圧電子顕微鏡実験法を用いて解析した。
的に測定したニューロンのペアーでの最大コンダクタン
ニューロン間のギャップ結合コンダクタンスを 2 連のパ
スから,それぞれの網膜ニューロンのギャップ結合にお
ッチクランプ法を用いて各ニューロンのペアーで測定し
ける開口したチャネルの割合を同定した。水平細胞で
た(最大コンダクタンス:水平細胞,44.06nS;アマクリ
0.3%,アマクリン細胞で 0.1%であり,網膜神経節細胞で
ン細胞,5.48nS;網膜神経節細胞,2.45nS)。細胞内染色
は 0.7%であった。このようなギャップ結合における非常
されたニューロン間のギャップ結合連結の数とそれらの
に少ない開口したチャネルの性質から,ギャップ結合チ
ギャップ結合斑の大きさをレーザー共焦点顕微鏡と超高
ャネルを積極的に開口させる細胞内情報伝達系の関与が
圧電子顕微鏡実験法を用いて測定した。凍結割断レプリ
考えられる。
434
研究会報告
(6)医学生物分野における超高圧電子顕微鏡の応用:
免疫組織化学染色法と逆行性標識法の適用例
坂本浩隆(岡山大学大学院自然科学研究科バイオサイエンス専攻)
ラット球海綿体筋を支配する球海綿体脊髄核 (SNB)
プスの入力が存在するかどうかを,超高圧電子顕微鏡(日
は,腰部脊髄 (L5-L6) に存在し,雄優位の性的二型核を
立: H-1250M,生理学研究所)を用いて解析した。雄ラッ
示す運動ニューロン群であり,陰茎勃起や射精など,雄
トの球海綿体筋から西洋ワサビペルオキシダーゼ結合コ
の性行動に重要な役割を果たすことが知られている。一
レラトキシンβサブユニットにより逆行性標識された
方,最近我々は,ガストリン放出ペプチド (GRP) ニュー
SNB ニューロンをテトラメチルベンジジン法で,また,
ロンが,腰髄内に雄優位な神経ネットワークを構築し,
GRP 免疫組織化学染色を従来のジアミノベンジジン法
雄の性機能を調節していることを明らかにした。これら
でそれぞれを可視化した。その結果,SNB 運動ニューロ
雄優位の性的二型を示す脊髄 GRP 系と SNB ニューロン
ンの樹状突起上に GRP を含む多くのシナプスが存在し
は,共に血中アンドロゲン濃度の影響を強く受けている
ていることを,超高圧電子顕微鏡下,三次元的に明らか
ことから,機能的連関がある可能性が示唆される。本研
にした。球海綿体筋の収縮は陰茎勃起や射精に深く関与
究では,GRP 免疫組織化学染色法と SNB ニューロンの
しており,SNB への求心性 GRP を含むシナプス入力を
逆行性標識法とを組み合わせることにより,超微形態学
介して雄の性行動を制御している可能性が高い。
的に SNB ニューロンの樹状突起上に GRP 作動性のシナ
(7)300keV STEM (Titan) による5ミクロン厚切片の観察と超高圧像との比較
重本隆一(生理研)
5 ミクロン程度までの厚切り標本を高解像度で観察す
300keV の走査透過型電子顕微鏡によって 5 ミクロン厚
るためには,超高圧電子顕微鏡が最も適していることが
切片に含まれるプルキンエ細胞の樹状突起を観察するこ
知られている。しかし,超高圧電子顕微鏡は極めて高価
とは十分可能であり,試料の表面から 2 ミクロン程度ま
であり維持が困難であることから世界的に生物試料を観
では超高圧電子顕微鏡に匹敵すると思われる解像度が得
察できる装置は数少なくなっている。そこで今回は
られることが分かった。しかし,それ以上の深度では試
300keV の走査透過型電子顕微鏡を厚切り標本に適用し,
料内のビーム拡散によると考えられるボケが認められ,
超高圧電子顕微鏡に代わる観察法としての可能性を試み
同じ標本を超高圧電子顕微鏡で撮影したものに比べると
た。使用した標本はマウス小脳のゴルジ染色標本でプル
はっきりとした差があることが判明した。以上より,
キンエ細胞の樹状突起を観察した。300keV STEM (Titan)
300keV の走査透過型電子顕微鏡は 2 ミクロン程度の厚
によって-70 度から 70 度まで 2 度おきに画像を取得し,
みの切片であれば,超高圧電子顕微鏡を代用することが
imod によるトモグラフィー解析も行った。その結果,
出来ると考えられた。
(8)超高圧電子顕微鏡との出会い
濱
超高圧電顕 (HVEM) の高い分解能と高い透過能を切片
清(生理研)
試料を用いて検討し,第 1 回国際 HVEM 学会で発表した。
435
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
此の研究によって初めて HVEM の医学,生物分野への有
を用いて以下の様な実験を行った。
1) 立体画像による横紋筋,T-細管の 3 次元定量解析。
効な応用の道が開かれたと評価された。
1982 年に生理学研究所に設置された HVEM は,HVEM
によって初めて可能と成った厚い試料の立体観察によっ
2) 立体画像による歯状回顆粒細胞の Denritic spine の
3 次元定量解析。
て得られる形態情報の豊かさ(視野分解能の高さ)に着
3) Computer tomography による astrocyte の微細突起の
目し,立体観察のみでなく,3 次元の定量解析が可能な
3 次元定量解析等を行った。CT 解析の場合,12.7 nm/pixel
特性を備える世界で唯一の生物学専用の HVEM を目指
で 2 軸同時解析を行うと,面積/体積は 48.6/µm であった。
したものであった。特に生物試料観察に重要な,Rotation
Astrocyte の表面には各種の channels, transporters, receptors
free, zoom の光学系を持ち,正確な傾斜角で Eucentric tilt
等を持つ事が知られているので,非常に大きな表面で神
を行う事が出来,しかも試料回転装置を備えた Side entry
経細胞に接し,単なる支持ではなく,中枢での神経情報
の試料台を採用する等の特性を持っている。此の HVEM
の処理に関わる事を示唆している。
(9)E-PTA 染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡観察
五十嵐広明(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野)
シナプスを特異的に染色する ethanolic phosphotungstic
が,2 µm および 3 µm の厚切り切片ではコントラストが
acid (E-PTA) 染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡
弱くて蛍光板での観察がしづらく,更にシナプスの重な
による観察が出来れば,厚切り切片中に丸ごとのシナプ
りも見られてシナプスの詳細な観察には適していなかっ
スの観察も可能と考え,E-PTA 染色を施したシナプスの
た。最も薄い 0.5 µm の切片では比較的コントラストが強
超高圧電顕観察を試みた。材料にはラット大脳前頭皮質
く,presynaptic dense projection (PDP),intracleft line,お
を用いた。原法が 1% E-PTA1 時間染色であるので,3%
よび postsynaptic density (PSD) が観察された。また,PDP
E-PTA あるは 5% E-PTA を,それぞれ 1 時間あるいは 3
が六角形あるいは三角形の分布様式をとって構成する
時間染色し,0.5µm,1 µm,2 µm,3 µm の切片を作製し
presynaptic grid,および PSD に perforation も観察出来た。
て超高圧電顕で観察し,E-PTA に染色されたシナプスが
切片に 90°の傾斜をかけて同一のシナプスの正面像と側
観察出来るのか,出来るのであれば最適な条件は何かを
面像を得ることが出来,丸ごとのシナプスであることも
検索した。なお,最小の 0.5 µm 厚の設定は,E-PTA 染色
確認されたので,超高圧電顕によるシナプス観察には 5%
によるヒトあるいはモルモット等の大脳皮質のシナプス
E-PTA3 時間染色,0.5 µm 切片の観察が適していると結
の直径が 0.24~0.42 µm と計測されていたことによる。
論した。
観察したすべての厚さの切片でシナプスが観察出来た
(10)超高圧電子顕微鏡と組織化学
野田
亨(藍野大学 医療保健学部 理学療法学科)
超高圧電子顕微鏡を用いて細胞を構成している形質
て,目的とする対象物の観察を困難にすることがある。
膜,核などの細胞内小器官を立体的に観察するためには
そこで特定の細胞内の対象物を選択的に高電子密度に染
1~数µm の厚みのある切片を直接,あるいはステレオ観
め出すことのできる,組織化学法が有効となる。
察することが必要となる。しかし,厚みのある切片を透
上記の目的に適した組織化学には大きく分けて,3 種
過像で観察すると切片内に含まれる種々の構造が重なっ
類あり,酵素組織化学,オスミウムなどの重金属を用い
436
研究会報告
た染色法,そして免疫組織化学である。しかし,免疫組
で著者らが用いてきた ALPase,IDPase などの鉛法を用
織化学のうちの酵素抗体法で標識された部位の可視化は
いた phosphatase 類,cytochrome oxidase,ferricyanide を含
酵素組織化学の一部とも考えられる。これらのうち細胞
む四酸化オスミウム溶液,Zinc-Iodide Osmium (ZIO) 法な
の形質膜や細胞小器官の立体構造の選択的可視化に適し
どいくつかの組織化学的方法を使って描出した実例を紹
ている方法としては単に標識がある対象物に存在してい
介し,超高圧電子顕微鏡と組織化学を組み合わせた観察
るだけでは充分ではなく,構造をくまなく,しかも高電
法の有用性を述べる。
子密度に染め出すものに限られる。本研究会ではこれま
(11)神経成長因子受容体 TrkA の局在
西田倫希(大阪大学・超高圧電子顕微鏡センター)
神経成長因子 (NGF) は神経細胞におけるシナプス形成
なる直径 50 nm 以下の陥入構造の存在が示された。この
と生存維持に重要な分化誘導因子である。その作用は細
膜領域は光学顕微鏡レベルでは斑点状に見られたことか
胞膜に存在する受容体 TrkA と高親和的に結合すること
ら,TrkA はカベオラではなく脂質ラフトのような特別な
によって発現する。受容体 TrkA がカベオラと呼ばれる
膜ドメインに局在する可能性が考えられた。また,カベ
細胞膜陥入部位に局在することを示唆する報告がなされ
オラ関連タンパク“カベオリン-1”の局在は細胞膜より
たが,微細構造については不明な点があった。TrkA 局在
も細胞質に主に見られた。細胞質側では網目様構造を呈
部位の細胞膜構造を明確にするため神経系培養細胞
し,細胞膜側でカベオラ構造は見られず,免疫反応が集
PC12 を用い,免疫細胞化学的に超高圧電子顕微鏡 3 次
まりクラスター化していた。これら結果より TrkA とカ
元トモグラフィーにより検討した。TrkA 免疫反応は細胞
ベオリン-1 はそれぞれ異なる膜領域に局在し,カベオリ
膜上で円形構造として見られ,膜直下には TrkA 免疫陽
ン-1 は膜陥入形成と異なる機能を有する可能性が示唆さ
性な直径 50nm 以下の小胞が見られた。3D 画像解析より
れた。
TrkA 陽性の細胞膜にラッフリングとカベオラ構造と異
(12)嗅球ニューロン・グリアの三次元構造解析
樋田一徳,清蔭恵美(川崎医科大学)
,有井達夫(生理学研究所)
広視野と高コントラストでの生物試料の撮影が可能
けがなされた。一方,グリアは全体像を標識する適切な
な生理研超高圧電顕を用いて,我々は嗅覚の一次中枢の
マーカーがないためにゴルジ染色を用い,ニューロンの
嗅球のニューロンとグリアについて,その微細構造レベ
細胞体と樹状突起を取り巻くアストロサイトの形態が,
ルの三次元構造解析を行なって来た。まず calbindin,
嗅球各層によって多様性を富んだ形態を示していること
tyrosine hydroxylase,calretinin の各免疫陽性ニューロンを
が明らかとなった。特に顆粒細胞を取り巻くグリアの形
解析した。方法は蛍光染色した後に PAP-Co/Ni-DAB 法
態は特徴的で,現在,トモグラフィー立体解析を行なっ
で,また Streptoavidin-Fluoronanogold により蛍光標識後
ている。
の銀増感法を用い,共焦点レーザー光顕像と超高圧電顕
ニューロンやグリアの標識は遺伝子レベルでの標識
像を比較解析した。光顕では解析し得ない細い突起や複
も可能となり,今後,超高圧電顕の応用性と有用性は更
雑な突起の絡み合いの中から単一の突起の追跡が超高圧
に高まり,有効に使用したいと考えている。
電顕では可能となり,電顕連続切片再構築データの裏付
437
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(13)神経突起のふくらみ (varicosity) の構造解析
遠藤泰久(京都工芸繊維大・工芸科学)
神経細胞の突起の途中に形成される数珠状の膨大部
分子受容体に対する抗体で免疫染色し臨界点乾燥した試
(varicosity) はシナプス形成に関わるだけでなく,脳内や
料を,超高圧電子顕微鏡(H-1250M,加速電圧 1000kV)
末梢組織における非シナプス的情報伝達部位として機能
で-60 度から+60 度まで 2 度刻みの傾斜撮影し IMOD に
する。我々の培養細胞を用いた研究により,varicosity の
より 3 次元画像解析を行い,これまでに微小管,分泌小
形成頻度が標的細胞との混合培養によって増加し,微小
胞,軸索ガイド分子受容体ニューロピリンなどの分布を
管重合阻害剤 taxol により動きが抑制されることなどが
明らかにしてきた。varicosity の細胞膜には斑点状に受容
明らかとなっているが,大きさは数µm しかなく形成機
体が集積し,糸状仮足も多数みられる。 内部では微小管
構はほとんど不明である。ホルムバール支持膜を張った
が疎らで走行方向が不ぞろいであり,多数の分泌小胞の
金メッシュ上に神経細胞株(PC12 および NG108-15 細胞)
蓄積と関連していると考えられる。
を培養し細胞骨格タンパク質に対する抗体や軸索ガイド
(14)胎生期脳での神経新生に関わる細胞突起の形態・機能的解析
小曽戸陽一(理化学研・CDB)
脊椎動物の発生期の脳形成過程で,中枢神経系の神経
を理解する上で重要である。1930 年代の現象発見以来,
細胞は,神経管を縁取る脳室帯に存在する「神経前駆細
その動作機構について不明な点が多かったエレベーター
胞」から生み出される。我々は生理学研究所・超高圧電
運動について,我々は包括的解析を試みた。本研究を始
子顕微鏡 (H-1250M) を用い,ゴルジ染色像の神経前駆細
める上で,方向に依存した能動的及び受動的な細胞核の
胞の形態学的な観察から細胞分裂時に,その basal process
運動が,時(細胞周期)空間(上皮極性)的に秩序立っ
が分裂している可能性を提示した。
た「組織の恒常性維持」に重要であるとの作業仮説を立
増殖中の神経前駆細胞では,その細胞核が「細胞周期」
てた。仮説の検証を目的として,細胞生物学的手法,マ
に従って脳室帯を往復運動することが知られている(“エ
ウス胎児脳組織を用いた定量的タイムラプス測定および
レベーター運動”
)
。エレベーター運動の正常な進行と胎
生理学研究所・超高圧電子顕微鏡を用いた形態学的解析
生期脳での神経新生には関連が示唆されており,この運
で特定の分子装置の役割を検討した。その結果,組織内
動の特徴である「組織構造の秩序を保ちつつ,細胞周期
での細胞運動を理解するための新規メカニズムが見出さ
に従った」核移行メカニズムの解明は,胎生期の脳形成
れたので,これを紹介する。
438
研究会報告
24.光を用いた神経活動の操作
-操作法開発から神経回路研究への応用-
2009 年 9 月 3 日-9 月 4 日
代表・世話人:西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
所内対応者:小泉
周(自然科学研究機構生理学研究所)
(1)チャネルロドプシンの構造-機能連関にもとづく光操作ツールラインアップ
八尾
寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野)
(2)フェムト秒レーザーの発生と計測応用
杉田篤史(静岡大学工学部)
(3)レーザー機器の安全な取り扱い
佐藤庸一(分子科学研究所分子制御レーザー開発研究センター)
(4)エフェクター内蔵型微生物光センサー分子,光活性化アデニル酸シクラーゼ(PAC,パック)の
発見から展望まで
渡辺正勝(総合研究大学院大学先導科学研究科;基礎生物学研究所大型スペクトログラフ室)
(5)GABA ニューロンを標的として機能プローブを発現させる遺伝子改変マウスの開発
柳川右千夫(群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学分野)
(6)ダイナミッククランプ法を用いた局所神経回路網の操作
井上
剛(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)
(7)視床下部神経活動の光操作による本能行動制御について
山中章弘(生理学研究所細胞生理部門)
(8)光によるアゴニスト投与と内因性リガンド可視化を用いた
脳内プリン作動性シグナリング機構の解析
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター神経生理学)
(9)ChR2 遺伝子導入マウスを用いた大脳運動野神経回路の光制御
松崎政紀(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター)
(10)いかにして光感受性チャネルを十分量発現させるか?
田中謙二(生理学研究所分子神経生理部門)
(11)多様なロドプシン類の性質と光スイッチへの適性
小柳光正(大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻)
(12)メラノプシンの網膜遺伝子導入による視機能の回復
小泉
周(生理学研究所広報展開推進室)
久原
篤(名古屋大学大学院理学研究科)
(13)特定のグルタミン酸シナプス伝達を制御する神経の暗号
【参加者名】
西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
,小泉
子科学研究所分子制御レーザー開発研究センター)
,渡辺
周(生理学研究所広報展開推進室)
,山中章弘(生理学研
正勝(総合研究大学院大学先導科学研究科;基礎生物学
究所細胞生理部門)
,田中謙二(生理学研究所分子神経生
研究所大型スペクトログラフ室)
,柳川右千夫(群馬大学
理部門)
,八尾 寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機
大学院医学系研究科遺伝発達行動学分野)
,井上
能解析分野)
,杉田篤史(静岡大学工学部)
,佐藤庸一(分
山大学大学院医歯薬学総合研究科)
,加藤総夫(東京慈恵
剛(岡
439
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
会医科大学総合医科学研究センター神経生理学)
,松崎政
講座)
,大塚稔久(山梨大学大学院医学工学総合研究部)
,
紀(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学セン
大石
ター)
,小柳光正(大阪市立大学大学院理学研究科生物地
京大学大学院情報理工学系研究科)
,檜山武史,野田昌晴,
球系専攻)
,久原
作田
篤(名古屋大学大学院理学研究科)
,
仁(愛知医科大学医学部解剖学講座)
,浅野航平(東
拓(基礎生物学研究所統合神経生物額研究所)
,宇
榎木亮介(北海道大学大学院医学系研究科先端光イメー
理須恒雄,永廣武士,浅野豪文,藤原邦代(分子科学研
ジング研究拠点)
,清末和之(産業技術総合研究所脳神経
究所生体分子情報部門)
,志内哲也,松尾 崇,岡本士毅,
情報研究部門)
,松尾直毅(藤田保健衛生大学総合医科学
横田繁史(生理学研究所生殖内分泌系発達機構部門)
,金
研究所)
,本蔵直樹(大阪大学大学院生命機能研究科)
,
田勝幸,木下正治,坂谷智也(生理学研究所認知行動発
荒田晶子(兵庫医科大学医学部)
,斎藤良治,小林
達機構部門)
,松田尚人(生理学研究所生体膜部門)
,富
茂(株
式会社オリンパスエンジニアリング開発部)
,本村伸二,
進(オリンパス株式会社 MIS 事業部)
,石塚
永真琴,常松友美,三原
弘,内田邦敏(生理学研究所
徹
細胞生理部門)
,加勢大輔(生理学研究所神経シグナル部
(東北大学大学院生命科学研究科)
,赤崎孝文(京都産業
門)
,稲田浩之,渡部美穂(生理学研究所生体恒常機能発
本田
大学コンピュータ理工学部)
,山野辺貴信(北海道大学大
達機構部門)
,松井
広(生理学研究所脳形態解析部門)
,
学院医学研究科生理学講座)
,野崎展史(茨城県立医療大
東島眞一,木村有希子(生理学研究所神経分化部門)
,稲
学保健医療学部)
,太田宏之(防衛医科大学医学部生理学
村正子(生理学研究所分子神経生理部門)
【概要】
神経科学研究,特に神経回路の作動機序の研究とその
る基本的な技術や知見に関する研究発表が行われた。ま
知見の応用を進めていく上で,単一の神経細胞や神経細
た,哺乳類の神経回路研究への応用として,網膜,延髄,
胞集団の活動を人為的に制御できる技術の開発と応用は
視床下部,視床,大脳皮質など神経系における幅広い範
非常に重要な課題である。こうした技術のなかで,光を
囲での研究成果の発表が行われた。さらに哺乳類だけで
感じて神経細胞の電気信号に変換することができるチャ
なく,重要なモデル生物である線虫の神経回路において
ネルロドプシン,ハロロドプシンやメラノプシンなどの
ハロロドプシンを用いた研究成果が発表され,この手法
光感受性電位変換色素を用いた研究が最近注目を集めて
の有効性があらためて印象づけられた。各研究室の独自
いる。今回,こうした光による神経活動の操作を用いた
の取り組みが持ち寄られたこれらの発表をもとに活発な
研究や実験手法,それによる神経機能研究における情報
意見交換・議論が行われ,光感受性電位変換色素による
交換および議論を目的とした研究会を開催した。研究会
神経活動の操作の大いなる可能性が注目された。その一
では,光センサー分子の生物学的な基礎研究,光感受性
方で動物におけるこれらの分子の発現の効率的な発現や
電位変換色素の改良を目指したチャネルロドプシン変異
制御方法の問題点も数多く指摘された。この分野の日本
体の研究,精緻な光制御には欠かせないレーザー機器の
国内における発展のために本研究会のような形で異なる
最新技術およびその安全な取り扱い,さらには光感受性
分野の研究者間の交流を深めることの重要性が再確認さ
電位変換色素を遺伝子改変マウスに発現させる技術の最
れ,来年度以降の開催の必要性が強調された。
前線の研究など,この光による神経活動の制御法を支え
(1)チャネルロドプシンの構造―機能連関にもとづく光操作ツールラインアップ
八尾
寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野)
ロドプシンファミリータンパク質は光トランスデュー
ナールがシッフ塩基結合した共通の構造が,シアノバク
サー分子の代表的なものである。7 回膜貫通部位を有す
テリアから哺乳類にいたる多くの生物に認められてい
るオプシンタンパク質の 7 番目の膜貫通部位に,レチ
る。クラミドモナスなどの単細胞緑藻類においては,原
440
研究会報告
核生物型のロドプシン(チャネルロドプシン)が光受容
領域に存在することが示唆された。また,イオンフラッ
に関与している。チャネルロドプシンにおいては,光受
クスに関与する構造が 2 番目の膜貫通領域と 3 番目の膜
容のオン・オフがイオンチャネルのゲートを開閉するの
貫通領域のリンカードメインに存在することが示唆され
で,光信号を電気信号に変換するトランスデューサーと
た。構造-機能連関研究により,光吸収特性,キネティ
しての応用が期待される。クラミドモナスにおいては,
クス,光電変換効率などにおいて,多様なチャネルロド
チャネルロドプシン 1 (ChR1) と 2 (ChR2) の 2 種類が報告
プシンを作り出すことができる。それらの応用例につい
されている。われわれの研究において,光受容とチャネ
ても紹介した。
ルゲーティングの双方に関与する構造が 5 番目の膜貫通
(2)フェムト秒レーザーの発生と計測応用
杉田篤史(静岡大学工学部)
フェムト秒レーザーは,励起源であるレーザーダイ
ついて議論した後,それを実現するためのレーザー媒質
オードの製造技術の進歩に牽引され,近年急速に普及し
や共振器に求められる要請について触れたい。非線形光
ている。この光源技術を利用することにより多光子顕微
学効果を利用した応用技術として時間分光法,和周波法・
鏡等のバイオメディカル応用,透明物質の内部加工,非
差周波法による波長変換技術,多光子励起分光等につい
熱加工等の産業応用等のユニークな光技術が誕生した。
て解説する。フェムト秒レーザーの性能は,通常発振波
本講演ではフェムト秒レーザーの基盤技術である①光パ
長,パルスエネルギー,パルス幅,発振繰返し周波数の
ルスの発生原理と物質中の伝播に関する基本性質,②非
4 点より分類される。現在どのようなレーザーが利用可
線形光学効果を利用した応用技術の 2 項目について発表
能か,またそれぞれのレーザーを用いるとどのような技
する。光パルスの発生原理は,通常モードロック発振法
術が実現することができるのかについても報告した。
といわれる手法が用いられる。この発生法の基本概念に
(3)レーザー機器の安全な取り扱い
佐藤庸一(分子科学研究所・分子制御レーザー開発研究センター)
1960 年にレーザーが発明されてから近年に至るまで,
く発生してきたのが現実である。今回の講演では,まず
レーザー技術はめざましい進歩を遂げてきた。レーザー
実際の事故例をいくつか紹介してレーザーの安全性に留
の使用頻度は,研究用途のみならず医療,産業問わずに
意することの重要性を示した。その上で,どのような
多くなり,またその使用法も多岐にわたってきている。
レーザー光が人体にとって危険なものとなりうるかと
一方でレーザー機器の安全性については,1986 年になっ
いう基準(MPE:最大許容露光量)について説明する。
てようやく労働省から「レーザー光線に寄る障害の防止
その後,レーザー機器を安全に取り扱うために最低限必
対策について」が通達され,同年光産業技術振興協会か
要な情報に関して,JIS C6802 に添って紹介した。
らレーザー安全に関する JIS の原案が示されるに至った。
実際にレーザー事故を防ぐための最も重要な器具であ
これを底本として「JIS C6802 レーザ製品の安全基準」は
るレーザー保護メガネに関しては JIS T8143 に制定され
1988 年に制定され,レーザー技術の進歩に合わせて適宜
ているが,この内容に加えて保護メガネの実際の選定法
改定がなされてきている。
についても紹介した。
しかしながら,実際にはレーザー機器による事故が多
441
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(4)エフェクター内蔵型微生物光センサー分子,光活性化アデニル酸シクラーゼ
(PAC;パック)の発見から展望まで
渡辺正勝(総合研究大学院大学先導科学研究科;基礎生物学研究所大型スペクトログラフ室)
PAC は真核微細藻類の一種であるミドリムシ (Euglena
glacilis) の光逃避運動の光センサーとして基礎生物学研
ばそれらの多様な機能を青色光照射によってピンポイン
ト的に制御出来る事が期待された。
究所において発見された (Iseki et al. 2002, Nature 415,
その後数年にわたる国内外の共同研究によって,アフ
1047-1051)。その特色は,青色光受容を司る FAD 結合ド
リカツメガエル卵母細胞・HEK293 細胞・キイロショウ
メインと cAMP 生成を司るアデニル酸シクラーゼドメイ
ジ ョ ウ バ エ 脳 で の PAC の 機 能 発 現 と 行 動 制 御 例
ンよりなり,青色光刺激により cAMP を生成することで
(Schroeder-Lang et al. 2007, Nature Methods 4, 39-42) やア
ある。この cAMP により鞭毛運動パターンの迅速な転換
メフラシ神経節での PAC 機能発現と活動電位制御例
が引き起こされる。
(Nagahama et al. 2007, Neurosci. Res. 59, 81-88) が報告さ
この光誘導 cAMP 生成は GPCR 系の様な複数種類の蛋
白質分子の協調を必要としないので,発見当初より,PAC
れるに至り,さらに多様な生物系においても多様な生物
機能光制御が試みられつつある。
を他種生物の多様な細胞・組織に生物工学的に導入すれ
(5)GABA ニューロンを標的として機能プローブを発現させる遺伝子改変マウスの開発
柳川右千夫(群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学分野)
脳は興奮性ニューロンと抑制性ニューロンから構成さ
ている。しかし,GAD67-GFP ノックインマウスでは
れる神経ネットワークの集まりからできている。GABA
GABA 合成酵素の GAD67 遺伝子が破壊されているため
ニューロンが抑制性ニューロンの代表であるが,中枢神
に,特に幼若期の脳内 GABA 含量が減少する欠点があ
経系に散在し,比較的少数なので,生のスライス標本で
る。そこで,脳内 GABA 含量が野生型マウスと同等で,
同定するのは容易ではない。最初に,GABA ニューロン
GABA ニューロンを黄色蛍光分子で標識したトランスジ
特異的に緑色蛍光タンパク質 (GFP) を発現させるため
ェ ニ ッ ク マ ウ ス , VGAT-Venus マ ウ ス を 作 製 し た 。
に,GAD67-GFP ノックインマウスを作製した。この遺
GAD67-GFP ノックインマウスと VGAT-Venus マウスの
伝子改変マウスでは殆どの GABA ニューロンが蛍光顕
それぞれの使い道を紹介し,GABA ニューロンにチャネ
微鏡下で容易に同定できることから,GABA ニューロン
ルロドプシンなど機能プローブを発現させる遺伝子改変
の電気生理学実験や形態観察など様々な研究に利用され
マウスの作出方法について考察した。
(6)ダイナミッククランプ法を用いた局所神経回路網の操作
井上
剛(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)
局所神経回路は,神経細胞とシナプスによって構築さ
かにすることは非常に重要である。この問題に取り組む
れ,その回路構造に従って信号処理が行われる。すなわ
上で,「神経活動や神経配線を研究者が任意に操作でき
ち,「どのような神経回路配線が,どのような信号処理
る実験系」が有効であることは言うまでもなく,ケージ
を行うことができるのか」,その構造-機能連関を明ら
ド化合物やチャネルロドプシンを用いた神経活動の光操
442
研究会報告
作が現在注目を浴びている。そこで本発表では,神経配
ランプ法による「人工シナプス」を組み込む方法である。
線を任意に操作できる実験系として,ダイナミッククラ
この方法を用いると,ある特定の神経回路配線が持つ信
ンプ法を用いたハイブリッド神経回路を紹介したい。こ
号処理能力を調べることが可能となる。本発表では,ハ
のハイブリッド神経回路とは,脳スライス標本における
イブリッド神経回路を用いて何を明らかにすることがで
複数の単一神経細胞からのパッチクランプ記録もしくは
きたのか,その成果を報告した。
単一繊維刺激の条件下において,さらにダイナミックク
(7)視床下部神経活動の光操作による本能行動制御について
山中章弘(生理学研究所細胞生理部門)
視床下部は自律機能や本能行動の中枢である。視床下
発現させることが出来るオレキシンプロモーターを用い
部には神経ペプチドを神経伝達物質として含有する神経
て,オレキシン神経に光活性化タンパク質(ハロロドプ
細胞が存在し,その神経ペプチドが本能機能発現の本態
シン)を発現する遺伝子改変マウスを作成した。このマ
と考えられている。このことは,そのペプチド遺伝子の
ウスの脳スライス標本を用いた電気生理学的解析によ
発現調節領域を用いて,チャネルロドプシンなどの光に
り,黄色光照射によってオレキシン神経の膜電位が約
よって神経機能を制御出来る分子を発現させると,その
15mV 過分極し,自発発火が完全に抑制されることを確
神経活動を光で操作することが可能になり,ひいてはそ
認した。また,電流注入による強制発火も抑制できた。
の神経ペプチドが担う本能機能自体を制御出来る可能性
今後このマウスを用いて,インビボにおいてオレキシン
を示唆している。本能機能の中でも睡眠覚醒に重要な働
神経活動を光操作し,それによって表出する行動を解析
きを持つ「オレキシン」神経は,視床下部外側野に細胞
することによって,睡眠覚醒調節におけるオレキシン神
体が存在し,そこから脳内のほとんど全ての領域に軸索
経の役割について明らかにした。
を投射している。オレキシン神経特異的に外来遺伝子を
(8)光によるアゴニスト投与と内因性リガンド可視化を用いた
脳内プリン作動性シグナリング機構の解析
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター神経生理学)
脳内の多くのシナプスには ATP によって活性化する
2004)。これらを活性化する内在性 ATP はおそらくアス
P2 受容体,アデノシンによって活性化する A1 受容体,な
トロサイト由来であると想定される。我々は
らびに ATP からアデノシンへの細胞外変換を促すエク
DMNPE-caged ATP をスライス内樹状突起近傍で laser
ト ATP 代謝酵素系が高密度に発現しており,これらは細
photolysis 法により uncage し,シナプス周囲の局所的か
胞外プリンによるシナプス伝達制御系を構成している。
つ速やかな ATP 濃度上昇によってグルタミン酸放出が
延髄孤束核では,一次求心線維終末のシナプス前 P2X 受
即時に誘発される事実を証明した。一方,電気刺激によ
2+
容体活性化が Ca 流入を介したグルタミン酸放出促進
る脳スライス中の ATP 放出を luciferin-luciferase 反応によ
を,また,ATP の細胞外代謝産物アデノシンによる A1
って生じる光子を VIM カメラで検出することによって
受容体の活性化が N 型電位依存性カルシウムチャネルの
可視化し,最高 2.5 s の時間分解能で細胞外 ATP 濃度の
抑制を介したグルタミン酸放出抑制を引き起こす (Kato
変動を画像化することに成功した。
& Shigetomi, 2001; Shigetomi & Kato, 2004; Kato et al.,
医学・獣医学相互への提言
443
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
ヒトと動物の腫瘍は多くの共通点を有している。本シ
ンポジウムが起爆剤となって,日本においても医学と獣
医学が共同で骨肉腫をはじめとする各腫瘍の研究体制が
整備されることを切望する。
(9)ChR2遺伝子導入マウスを用いた大脳運動野神経回路の光制御
松崎政紀(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター)
我々はこれまでケイジドグルタミン酸を用いたシナプ
させる非侵襲的な経頭蓋光刺激法を確立した。これを用
ス・細胞の光刺激法を開発してきたが,青色光を照射す
いると,前肢・後肢の支配領域を皮質表面に対して 2 ヶ
ると活性化されるカチオンチャネルタンパク質,チャネ
月間に渉る 2 次元マッピングが可能となった。光刺激に
ルロドプシン 2 (ChR2) にも注目し,この遺伝子導入マウ
よって明らかになった支配領域は皮質内電気刺激法によ
スにおける神経細胞の光刺激を行っている。このマウス
る機能マッピングによる結果と一致していた。今後この
を麻酔下で頭部固定し,頭蓋骨越しに青色光を皮質運動
刺激法が,個体レベルでの脳機能を司る神経回路網の計
野に照射することによって,照射領域の第 5 層 ChR2 発
測・制御に重要な方法論となることが期待される。
現細胞に活動電位を誘発させて,任意の肢の運動を誘発
(10)いかにして光感受性チャネルを十分量発現させるか?
田中謙二(生理学研究所分子神経生理部門)
光感受性チャネルを脳内で発現させるにはいくつかの
ろう。では,遺伝子改変マウスはウイルスベクターに勝
方法が考えられるが,どの方法を用いれば光操作を行う
るであろうか。いわゆる tissue specific promoter に光感受
に十分な量を発現させることが出来るだろうか。Karl
性チャネルをつないだトランスジェニックマウスは,個
Deisseroth はレンチウイルスを用いて光操作可能な発現
体間の発現量,発現部位のばらつきが無く,細胞種特異
量を得ている。また Thy1 プロモーターを用いたトラン
性,領域特異性を獲得することが出来る。しかしほとん
スジェニックマウスでも光操作可能な発現量を得てい
どの場合,その遺伝子発現量が十分でないことが多い。
る。ウイルスの欠点はウイルスを投与したところにしか
テトラサイクリン遺伝子誘導システムを用いた遺伝子改
遺伝子導入が出来ない点にあるが,光操作は光を当てた
変マウスは,細胞種特異的に,光感受性チャネルを十分
ところでしか行えないのだから,光操作の欠点の中にウ
に発現させうる。その利点と問題点について話題を供し
イルスの欠点がマスクされる。それ以外のウイルスの欠
た。
点としては,遺伝子導入効率が個体によって異なる点だ
(11)多様なロドプシン類の性質と光スイッチへの適性
小柳光正(大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻)
視覚や概日リズムの光同調の光受容体である視物質類
ンパク質を活性化する唯一の受容体グループである。近
似光受容タンパク質(ロドプシン類)は,G タンパク質
年,ゲノム解読を中心に多数のロドプシン類遺伝子が同
共役型受容体 (GPCR) のメンバーであり,光により G タ
定され,その性質の多様性に注目が集まっている。それ
444
研究会報告
らは系統的に大きく 8 つのサブグループに分類すること
い性質,例えば,生体内にユビキタスに存在するレチナー
ができるが,私たちは,そのうち主要な 6 サブグループ
ル異性体を発色団として結合する,光吸収後に分解せず
のロドプシン類について,培養細胞発現系を確立し,光
に光によって再生する,Gq,Go についで Gs タイプの G
受容体としての基本的な性質である吸収波長域,光反応
タンパク質と共役するなどの性質を見出した。これらの
特性,活性化する G タンパク質を明らかにしてきた。そ
性質に基づいてロドプシン類の光スイッチとしての発展
の結果,視物質に代表される従来のロドプシン類にはな
性を探りたい。
(12)メラノプシンの網膜遺伝子導入による視機能の回復
小泉
周(生理学研究所広報展開推進室)
メラノプシンは,ヒトなど動物の網膜の中の一種類の
存在する,ことが特徴である。メラノプシンの遺伝子導
神経節細胞(視神経細胞,全網膜神経の 1%程度)に存
入の応用例として,マウス網膜色素変性症後の網膜視神
在する光感受性物質で,TRP チャネルなどの Ca 透過性
経細胞にメラノプシンを遺伝子導入し,これによって普
チャネルとカップルし光をうけて細胞を脱分極させるこ
通は光に応答しない網膜視神経細胞も光に応答できるよ
とができる。この分子をさまざまな神経細胞やグリア細
うになり,視機能を再獲得した例を示す。今後,脳神経
胞に強制発現させることで,脳神経活動を光によって制
活動を光で操作するための基本ツールのひとつとして,
御できるであろう。同じような光感受性物質であるチャ
遺伝子導入や遺伝子改変動物の作成などの応用が考えら
ネロドプシンと違い (1) 光感受性が高い (2) 長い応答が
れる。
得られる (3) Ca と関連している (4) もともと哺乳動物に
(13)特定のグルタミン酸シナプス伝達を制御する神経の暗号
久原
篤,森
郁恵(名古屋大学大学院理学研究科)
神経細胞は様々な種類のシナプス小胞をもち,外界の
体は,温度勾配上で低温かランダムに移動する異常を示
状況に応じて下流の神経細胞に最適な情報を伝達してい
す (1-3)。ところが,AFD に HR を導入した個体に HR の
る。そのため,どのような神経活動の変化が特定のシナ
励起光をパルス照射すると,AFD 欠損個体とは逆に,高
プス伝達の優先権を決定しているかを解明することは重
温へ移動する異常が観察された。この異常は,AFD の小
要な課題である。本会では,線虫 C. elegans において,
胞性グルタミン酸輸送体 (VGLUT) が欠損した変異体 (4)
従来の分子遺伝学とハロロドプシン (HR) などの光学技
と同様の異常であった。さらに,カルシウムイメージン
術を駆使した解析から明らかになった,特定のグルタミ
グと遺伝学的解析により,特定のグルタミン酸シナプス
ン酸シナプス伝達に必須の神経活動パターンを報告す
伝達に必須なカルシウム濃度変化のパターンが示唆され
る。主要な温度受容ニューロン AFD の活動が欠損した個
た。
445
生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
25.伴侶動物の臨床医学研究会(比較腫瘍学・造血系腫瘍への挑戦,麻酔)
2009 月 12 月 3 日− 12 月 4 日
代表・世話人:丸尾幸嗣(岐阜大学応用生物科学部獣医臨床腫瘍学)
所内対応者:木村
透(動物実験センター)
(1)造血系腫瘍の病理学的概要(医学)
稲垣
宏(名古屋市立大学医学部臨床病態病理学)
(2)造血系腫瘍の病理学的概要(獣医学)
酒井洋樹(岐阜大学応用生物科学部獣医病理学)
(3)造血系腫瘍の臨床における現状(医学)
原
武志(岐阜大学医学部第一内科学)
(4)造血系腫瘍の臨床における現状(獣医学)
辻本
元(東京大学農学部獣医内科学)
(5)悪性リンパ腫の最新トピックス(医学)
楠本
茂(名古屋市立大学医学部腫瘍 免疫内科学)
(6)悪性リンパ腫の最新トピックス(獣医学)
佐藤雅彦(東京大学農学部獣医内科学)
(7)骨髄性白血病の最新トピックス(医学)
直江知樹(名古屋大学医学部血液内科学)
(8)骨髄性白血病の最新トピックス(獣医学)
久末正晴(麻布大学獣医学部内科学第二)
(9)教育講演:重症例における麻酔や疼痛管理の要点と話題(医学)
飯田宏樹(岐阜大学医学部麻酔 疼痛制御学)
(10)教育講演:重症例における麻酔や疼痛管理の要点と話題(獣医学)
今井彩子(日本小動物医療センター)
【参加者名】
代田欣二(麻布大学)
,内田和幸(東京大学)
,酒井洋樹
(岐阜大学)
,稲垣
宏(名古屋市立大学)
,岡本芳晴(鳥
原
一郎(岡崎南動物病院)
,中川史洋(なかがわアニマ
ルクリニック)
,中川尚子(なかがわアニマルクリニック)
,
元(東京大学)
,原
藤本あゆみ(麻布大学)
,長谷晃輔(おざわ動物病院)
,
武志(岐阜大学)
,直江知樹(名古屋大学)
,丸尾幸嗣(岐
近藤幸司(ロッキー動物病院)
,安藤仁志(ミドリペット
阜大学)
,佐藤雅彦(東京大学)
,楠本
クリニック)
,木下
取大学)
,森
大学)
,鷲巣
崇(岐阜大学)
,辻本
茂(名古屋市立
誠(岐阜大学)
,今井彩子(日本小動物医
現(メリアルジャパン)
,竹内康博
(不明)
,高柳直哉(ホーミどうぶつ病院)
,藤間裕子(吉
療センター)
,飯田宏樹(岐阜大学)
,久末正晴(麻布大
永動物病院)
,橘田大典(まさき動物病院)
,河合
学)
,児玉篤史(岐阜大学)
,村井厚子(岐阜大学)
,中山
合動物病院)
,須藤直人(ハート動物クリニック)
,大塚
萌(岐阜大学)
,村上
章(岐阜大学)
,山中洋一(岐阜
直樹(しんたに動物病院)
,大矢勇一郎(郡上八幡動物病
大学)
,村上麻美(岐阜大学)
,星野有希(岐阜大学)
,山
院)
,水口永久(メリアルジャパン)
,大和田兼一(ヤマ
田名美(岐阜大学)
,横山須美江(岐阜大学)
,関根一哉
ト動物病院)
,加藤
(岐阜大学)
,岩谷
林
直(岐阜大学)
,野口俊助(岐阜大学)
,
聡恵(中山獣医科病院)
,駒澤
敏(知多愛犬病院)
,
高沼良征(新宿動物病院)
,高橋克典(ワシズカ獣医科)
,
446
学)
,後藤
章(河
崇(麻布大学)
,根尾櫻子(麻布大
淳(アニマルケア H&H)
,矢田治郎(日名わ
んにゃんクリニック)
,人見隆彦(日本動物医療センター)
,
小薗江亮太(ハート動物クリニック)
,古橋秀成(ふるは
研究会報告
し動物病院)
,若園多文(ながまつ動物病院)
,舩木大志
ニエ動物病院)
,櫻町育夫(リアル動物病院)
,勝野麻衣
(ワシズカ獣医科)
,横井佐知(あいち犬猫医療センター)
,
(おおはし動物病院)
,熊谷清隆(しばた動物病院)
,山本
西谷
英(ハート動物クリニック)
,椋田昌友(メリアル
英森(中根犬猫病院)
,計 68 名
ジャパン)
,三上真一(大日本住友製薬)
,中島規子(カ
【概要】
本研究会では 2007 年乳がん,2008 年骨軟骨腫瘍を取
り上げ,現状と課題について議論した。今回は造血系腫
来年度より“比較がんセンター”を設置して活動を開始
する予定である。
瘍をテーマにして,前 2 回と同様に医学と獣医学からの
今回の内容は,造血系腫瘍の病理学的概要,造血系腫
講演者を課題毎にペアにして発表していただき,両分野
瘍の臨床における現状,悪性リンパ腫の最新トピックス,
相互の観点から議論をした。今までの研究会を通しての
骨髄性白血病の最新トピックスを掲げ,伴侶動物とヒト
主要テーマは,
『比較腫瘍学』である。すなわち,小動物
の情報を比較検討して,今後の課題を見いだし,これら
臨床のゴールを動物とその飼主に限定せず,人を視野に
の解決の糸口を探るものである。加えて,参加者の多く
入れた学術領域を創成しようというものである。この試
が小動物臨床獣医師であるため,小動物臨床における興
みは米国では既に 2003 年,NCI の Comparative Oncology
味ある追加テーマとして麻酔を取り上げ,教育講演を企
Program として開始されており,そのキーパースンは Dr.
画した。いずれの講演も従来に無い新鮮な内容であり,
Chand Khanna である。臨床試験の多施設共同実施体制,
有意義な議論が行われた。
例えば Comparative Oncology Consortium や Animal Cancer
本研究会を通して,比較腫瘍学が新たな学術領域とし
Investigation などを構築して,臨床研究体制の整備と臨床
て発展し,ヒトと動物の健康と福祉に貢献できるきっか
研究の推進に努力している。わが国においても,私事で
けとなればと願っている。
あるが,岐阜大学応用生物科学部附属のセンターとして,
(1)造血系腫瘍の病理学的概要(医学)
稲垣
ヒトの造血系腫瘍は骨髄系とリンパ系に分かれるが,
それぞれの分類は学問の進歩とともに変遷している。
宏(名古屋市立大学医学部臨床病態病理学)
対する特異的治療は限られており,それぞれの病理学的
分類による疾患に対する特異的治療は明らかとなってお
ここでは,造血系腫瘍の分類を概説し,造血系腫瘍は
らず,病理学的分類に臨床が十分に追いついていないの
ただ一つの疾患としてまとめることはできない多様な疾
が現状である。今後は病理学的分類をさらに精査進展さ
患からなることを,病理学的分類によって示したい。す
せ,それぞれの疾患に対する最適の治療を見いだす努力
なわち,リンパ腫を例に挙げれば,病理病態学的には現
が必要である。そのためには治療後の予後を詳細に分析
在適用されている WHO 分類では詳細な区別がなされて
し,症例を蓄積していくことがより良い治療の確立に役
いるが,分類されたそれぞれの疾患と臨床的予後との関
立つものと思われる。
係については,必ずしも検証されていない。リンパ腫に
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生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
(2)造血系腫瘍の病理学的概要(獣医学)
酒井洋樹(岐阜大学応用生物科学部獣医病理学)
伴侶動物にお ける造血器 系 腫瘍は,医 学 における
WHO 分類に準じた,Histopathological classification of
hematopoietic tumors of domestic animals (2002) によって,
イルスである猫白血病ウイルスに起因するリンパ系腫瘍
も多い。
造血器系腫瘍の診断においては,細胞学的診断もまた
病理学的に分類される。近年では,伴侶動物の造血器系
重要である。リンパ系腫瘍,特にリンパ腫は臨床的にも
腫瘍,特にリンパ系腫瘍については CD 抗原の免疫染色
遭遇する機会が多く,体表リンパ節への針生検,体腔内
およびフローサイトメトリーや PCR によるクローナリ
リンパ節への画像ガイド下針生検などによって,細胞を
ティ解析による表現型の検索も一般的になり,治療方針
採取し,細胞学的診断に供される。細胞学的診断につい
の決定に寄与している。
ては,非腫瘍性変化との鑑別,その後,腫瘍の分類がな
一般的に,伴侶動物の造血器系腫瘍はリンパ系腫瘍が
されるが,現在,その分類には,個々の細胞形態をもと
多くを占め,骨髄性腫瘍はまれである。また,リンパ系
に腫瘍細胞の起源とグレーディングを合わせた新 Kiel 分
腫瘍のなかでも,リンパ腫の発生が多く,犬,猫ともに
類が比較的広く用いられている。
頻発する腫瘍のひとつに挙げられる。猫では,レトロウ
(3)造血系腫瘍の臨床における現状(医学)
原
武志(岐阜大学医学部第一内科学)
白血病の罹患率は人口 10 万人に対し約 10 人,急性骨
CHOP 療法が標準療法と考えられてきたが,近年抗 CD20
髄性白血病が約 50%,急性リンパ性白血病と慢性骨髄性
抗体であるリツキシマブが臨床導入され,現在では
白血病がそれぞれ約 25%を占めている。急性骨髄性白血
R-CHOP 療法が標準と考えられる。
病における寛解導入療法は Ara-C にアントラサイクリン
多発性骨髄腫は B 細胞の終末分化段階である形質細胞
系薬剤が標準的に用いられている。寛解導入後,地固め
の単クローン性増殖とその産物である単クローン性免疫
療法を施行する。また急性前骨髄性白血病では寛解導入
クロブリンを特徴とする疾患である。多発性骨髄腫に対
療法として,全トランスレチノイン酸 (ATRA) による分
する治療としては,移植適応のない高齢者に対しては経
化誘導療法が施行される。イマチニブは慢性骨髄性白血
口抗癌剤(MP 療法)が選択され,腎障害を認める場合
病の標準療法である。
や早期の治療効果を期待する場合には VAD 療法が選択
悪性リンパ腫はリンパ系組織に主に存在する正常な
される。若年者に対しては VAD 療法による寛解導入療
リンパ系細胞がある分化段階で腫瘍化した疾患である。
法に引き続き自己末梢血幹細胞移植を併用した大量化学
本邦で最も多いびまん性大細胞型 B 細胞性リンパ腫では
療法が選択される。
(4)造血系腫瘍の臨床における現状(獣医学)
辻本
元(東京大学農学部獣医内科学)
造血系腫瘍は,犬において皮膚腫瘍,乳腺腫瘍に次い
度の高い腫瘍である。犬においてはその病因は明らかで
で発生頻度の高い腫瘍であり,猫においては最も発生頻
は な い が , 猫 に お い て は 猫 白 血 病 ウ イ ル ス (feline
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研究会報告
leukemia virus, FeLV) がある程度の頻度でその病因とな
増殖性疾患 (CMPD),骨髄異形成症候群 (MDS),急性白
っている。
血病 (AML) の発生が認められる。
犬や猫を含めた動物の造血系腫瘍に関しては,人にお
ここでは,犬のリンパ腫を中心として,以下の通りそ
ける新 WHO 分類に基づいた動物における新 WHO 分類
の臨床における現状を述べる。
が公表され,それに沿った分類法が一般化しつつある。
1. 犬のリンパ腫の病型と臨床病期
犬と猫の造血系腫瘍のなかでは,リンパ腫がもっとも高
2. 犬の多中心型リンパ腫に対する化学療法
犬における他の型のリンパ腫に対する化学療法
頻度に認められる。リンパ系腫瘍のなかでリンパ腫以外
の疾患としては,急性リンパ芽球性白血病 (ALL),慢性
3. 犬のリンパ腫の予後と関連する因子
リンパ性白血病 (CLL),多発性骨髄腫/形質細胞腫瘍など
4. 犬のリンパ腫の病理組織学的分類および細胞診によ
る細分類
が認められる。また,骨髄系の腫瘍としては,慢性骨髄
(5)悪性リンパ腫の最新トピックス(医学)
楠本
茂(名古屋市立大学医学部腫瘍 免疫内科学)
悪性リンパ腫は血液のがんであり,造血器腫瘍のうち
リンパ腫に大別され,さらに後者は B 細胞性,T 細胞性・
最も発生頻度が高く,全身のあらゆる部位から発生する
NK 細胞性に分けられる。最近,分子標的治療薬である
性格を持つために様々な症状が出現する。その治療方針
リツキシマブ(抗 CD20 モノクローナル抗体)の登場に
は病気の広がりによって異なり,局所放射線照射が可能
より,B 細胞性リンパ腫の治療成績が大きく改善した。
な限局期においては化学療法と放射線照射の併用療法が
本発表では,悪性リンパ腫の代表的なタイプであるびま
選択されるのに対し,進行期においては全身化学療法が
ん性大細胞型 B 細胞性リンパ腫 (DLBCL) の治療方針に
治療の主役となる。また,悪性リンパ腫はその病理組織
ついて説明し,その標準的治療の変遷および副作用対策
所見によって 20 種類以上に分類され,そのタイプによっ
の重要性について述べる。一方,T 細胞性・NK 細胞性
て治療目標(治癒が期待しうるか否か)や治療レジメン
リンパ腫に対する治療成績の改善はいまだ十分ではない
(抗がん剤の内容)が異なるため,正確な病理診断が欠か
が,最近の新規治療開発の状況について述べる。最後に,
悪性リンパ腫新規治療開発における分子標的治療薬の展
せない。
また,悪性リンパ腫はホジキンリンパ腫と非ホジキン
望について述べてみたい。
(6)悪性リンパ腫の最新トピックス(獣医学)
佐藤雅彦(東京大学農学部獣医内科学)
犬の高悪性度リンパ腫は,基本的に多剤併用化学療法
で治療が行われる。その完全寛解率は約 60-90%,治療の
病変が検出できなくなるため,治療効果を判定できずに
抗癌剤治療を行っていることが挙げられる。
開始から完全寛解までにかかる期間の中央値は 11 日,平
近年,分子生物学的技術の発達により,リンパ腫の微
均値は 15 日と報告されており,多くの症例は治療開始後
小残存病変 (Minimal Residual Disease: MRD) の検出が可
早期に完全寛解に至る。しかしながら,1 年生存率約
能となった。MRD とは,抗癌剤などによる治療後に症例
50%,2 年生存率約 25%とほとんどの症例は治癒するこ
の体内に残るわずかな腫瘍細胞のことで,ほとんどの場
となく再発,死の転機をたどる。リンパ腫治療における
合,それらが増殖して再発病変を形成する。これら腫瘍
一つの問題点として,上述のように,治療開始後すぐに
細胞は身体検査や血液検査,画像診断といった従来の検
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生理学研究所年報
第 31 巻(Dec,2010)
査では検出できないが,リアルタイム PCR 技術を用いる
MRD の検出に利用している。
ことにより検出および定量が可能となった。我々の研究
本講演では,当研究室で行われている犬リンパ腫にお
室では犬リンパ腫において,腫瘍細胞特異的なプライ
ける MRD 定量に関する研究結果をいくつか報告させて
マーとプローブを用いたリアルタイム PCR 系を確立し,
いただく。
(7)骨髄性白血病の最新トピックス(医学)
直江知樹(名古屋大学医学部血液内科学)
ヒトの白血病の発生原因の一つとして,腫瘍ウィルス
移植は予後不良症例に対して有効となっている。急性前
が関係していると考えられる。白血病の年齢別発生率は
骨髄性白血病は亜ヒ酸およびビタミン A 活性型代謝産物
二相性のピークを示すことから,その発生要因について
により治療するが,DIC に移行することが多く,予後不
は,多様な原因を考慮すべきであると思われる。
良群の原因を遺伝子レベルで明らかにする必要がある。
骨髄増殖性腫瘍については,慢性骨髄性白血病を中心
にお話ししたい。慢性骨髄性白血病は急性転化をするこ
骨髄異形成症候群ではリスク別治療を考慮すべきであ
り,メチル化阻害薬が使用されている。
とによって予後不良となるが,分子標的治療薬であるイ
我が国における白血病症例数はリンパ腫症例数に比べ
マチニブの投与により,マーカー染色体であるフィラデ
て著しく少なく,白血病の臨床研究の進歩を阻害してい
ルフィア染色体を持つ細胞は激減して,著効を示す。急
る。そこで,全国 55 大学を含む 185 施設に呼びかけ,名
性骨髄性白血病は,化学療法を実施するが,化学療法の
古屋大学が拠点となって,共同研究システムを構築した。
強化と臨床的予後との関係が今のところ明らかとなって
今後,化学療法の有効性のエビデンスを蓄積するととも
いない。現在,分子標的治療は成果を上げており,骨髄
に,白血病治療の進歩に貢献したい。
(8)骨髄性白血病の最新トピックス(獣医学)
久末正晴(麻布大学獣医学部内科学第二)
急性骨髄性白血病 (Acute Myeloid Leukemia, AML) は
患は主にネコにおいて多く認められ,その多くはネコ白
造血細胞の悪性腫瘍であり,一般的に骨髄中の未分化な
血病ウイルス (Feline leukemia virus; FeLV) の感染によっ
造血細胞(芽球)がクローン性に増殖していく病態であ
て引き起こされていることが知られている。今回はそれ
る。一方,骨髄異形成症候群 (Myelodysplastic Syndromes,
ぞれの疾患の診断および治療の問題点について概説し,
MDS) とは,2 ないし 3 系統にわたる血球減少症を主徴と
その診断や治療についてはヒト医学領域の最新情報を提
する難治性の血液疾患である。本疾患はヒトにおいて
供する。また MDS/AML の病理発生に関して,その病原
AML の前白血病段階の病態を指す疾患として定義され
体である FeLV に関する最新知見について触れたいと思
ており,獣医学領域においても現在まで犬および猫にお
う。
いてその発生が認められている。さらに,これら血液疾
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研究会報告
(9)教育講演:重症例における麻酔や疼痛管理の要点と話題(医学)
飯田宏樹(岐阜大学医学部麻酔 疼痛制御学)
従来の「意識がなければ痛みと認識しない」という発
抗血小板薬や抗凝固薬を内服する患者の増加と共に,安
想に基づく鎮静薬を中心とした麻酔から,鎮痛薬を充分
全性の問題から異なる方法も考慮する必要性が出てきた
に投与し,「鎮痛が充分であれば,鎮静は最低限でよい」
ので,これらの変化について紹介したい。また,ハイリ
とするバランス麻酔の考え方が現在の麻酔臨床では中心
スク患者における周術期管理の問題点を明確に示すため
となってきた。この転換には,コントロールのしやすい
に,それらの患者の代表である高齢者の身体的特徴・麻
短時間作用性の種々の麻酔関連薬が開発されてきたこと
酔薬の使用上の注意点を概説すると共に,広く一般的に
が大きい。特に,短時間作用性のオピオイドの使用は,
ストレス反応を抑制するために用いられている薬物 (α
術中のコントロールを容易にしたが,新たに術後痛対策
2adrenergic agonists や β adrenergic antagonists) の使用上の
の必要性が以前以上に増すことになった。現在本邦では,
意義や注意点についても概説する。加えて,最近注目さ
硬膜外麻酔を中心とした術後鎮痛法が普及しているが,
れている喫煙と周術期管理の問題にも触れたい。
(10)教育講演:重症例における麻酔や疼痛管理の要点と話題(獣医学)
今井彩子(日本小動物医療センター)
重症患者:
その均衡した状態を維持するように管理を行っていく。
獣医療に明確な定義は存在しないが,人の医療の基準
しかしながら重症動物では打ち勝つ力(予備力)が原因
のひとつである「治療なしには多臓器不全,そして死に
疾患で使われてしまい残っていないため,全身麻酔の副
つながる代償不全状態」という患者が獣医療でもあては
作用が極端に大きく現れる場合が多い。この点がリスク
まると思われる。全身麻酔の対象としては術前評価分類
の高さに結びついている。麻酔を行う側は予備力の代わ
での評価が有効であり,その中の PS3 以上が重症患者に
りをすべく術中の管理を行う必要がある。
あてはまるであろう。
重症例における疼痛管理の要点:
重症例における全身麻酔の要点:
重症例では健康症例と異なり,鎮静薬および全身麻酔
重症患者ではその原因疾患に関わらず,共通して予備
薬の使用におのずと制限が加わる場合が多いため,周麻
力の低下が起っている。通常,健康体であれば全身麻酔
酔期には,その鎮静作用も含めて鎮痛薬の占めるウエイ
薬の抑制作用に対して,予備力をもってある程度それに
トが大きい。重症例であっても,麻酔前に興奮を示す患
打ち勝つことができる。全身麻酔の状態と体の恒常性を
者は多く,その場合は,麻薬系オピオイドの鎮静作用を
自ら均衡させることができる。麻酔を行う側は,動物の
もって興奮を抑え,かつ先制鎮痛を行なうことが多い。
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