教育 最終回 大学での学生教育 水野恭志(みずの やすゆき) 所属:倉敷

教育
最終回
大学での学生教育
水野恭志(みずの やすゆき)
所属:倉敷芸術科学大学
生命科学部健康科学科
【はじめに】
このコラムの最終に相応しいのかわかりませんが、一教員という立場から、
「教育・伝授」につきお話をさせていただきたいと思います。
今から紹介させていただく内容につきましては、本学は救急救命士を目指す
学生が少数であるためにできることかもしれません。その点をまずご理解いた
だき、お読みいただけましたら幸いです。
【倉敷芸術科学大学とは】
まずは、少々本学の紹介をさせていただこうと思います。本学は岡山県の倉
敷市にあり、学生数は 1,600 人ほどの、そんなに規模の大きな大学ではありま
せん。この中に「生命科学部 健康科学科」があり、その中に「救急救命士コ
ース」が存在します。2004 年に救急救命士専攻という形で始まり、健康科学科
に属する学生のうち、将来救急救命士になりたいと考えている学生を集め、実
習を含む必修科目を履修させて、国家試験を受けさせる形となっていました。
2010 年には「救急救命士専攻」から「救急救命士コース」に名称を変更し、現
在に至っています。卒業生の内訳としては、1 期生が 5 名、2 期生が 8 名、3・4
期生が 9 名、5 期生が 7 名といった状況です。在校生の内訳ですが、4 年生 13
名、3 年生 18 名が救急救命士コースに属している状況です。
卒業年次の就職状況を図 1 に示します。まだ、救急救命士専攻の時期の学生
であり、学生数は少なく、参考になるデータとはいきませんがお許しください。
私の考えですが、卒業生のほとんどが自分の進むべき道をしっかりと捉えてい
るような気がします。消防官という道を選ばなかった卒業生もいますが、それ
はそれで、自分の個性を生かした道に進んでいるのではないかと思います。
※図 1 卒業年次の就職状況
【消防学校 初任科教育視察研修】
では、これから本学の教育に関し、いくつか紹介させていただこうと思いま
す。
まずは、岡山県の消防学校に出向いての「初任科教育」の視察研修です。消
防学校の初任科教育といえば皆さんご存知の通り、消防官になった際には必ず
通らなければならない過程です。現在、法律の関係からみても、救急救命士イ
コール消防官のイメージを持たれるのがほとんどかと思います。このことから、
他の施設も同様かと思いますが、最終的には消防官になることを目標にしてい
る学生がほとんどではないかと思います。このような流れから考えて、本学で
はこのような学外講義を設けています。
まず、消防官になった際に通らなければならない「初任科教育」を知っても
らうべく、県の消防学校に視察研修に行かせてもらっています。朝早い時間に
集合して消防学校に出向くことから、この段階で嫌がる学生もいます。ですが、
教育の一環ですから、行かなければもちろん欠席扱いです。眠い目をこすりな
がら到着。しかし、目の前にした光景を見て皆が覚醒します。規律正しい生活、
来客への挨拶の徹底などなど。普段は気にもしていないようなことが当然のご
とく繰り返されています。皆の眼差しは一変し、初任科生に釘付けです。
実はこの研修は効果が大きいのです。早い段階で見学させることにより、本
当に進むべき道なのかを、それぞれが判断してくれるからです。実際にこの視
察研修に参加して、自分の進むべき道を改め直した学生もいます。せっかく救
急救命士コースに入ったのであれば、救急救命士の資格を取得してもらいたい
のが本音ではありますが、実際には誤った選択をしている可能性もあります。
若い学年の内に参加させることにより、3 年次に行われるゼミナール選択に間に
合う形となっています。
【ドクター・ヘリ、CS 視察研修】
次に、ドクター・ヘリならびに CS(Communication Specialist)視察研修で
す。今後、救急医療に携わるコ・メディカルの一員である救急救命士。チーム
医療という言葉もあるように、一つの命を救うためには連携が必要となってき
ます。現職の消防官の方々の中にも、実際にドクター・ヘリとドッキングして
傷病者を搬送した経験を持たれる方も多いと思います。このような流れを今後
経験するであろう学生達。消防サイドではなく、受入サイドである病院ならび
にドクター・ヘリの活動について知ってもらおうと考えての視察研修です。
幸い、本学で救急救命士養成に携わっている教授にドクター・ヘリに乗って
いる医師がいます。この教授から事前学習を受け、そして視察といった流れ視
察研修は行われています。学生は現場経験を積めないことから、話だけでは「ピ
ン」とはきません。写真なども取り入れての事前講義をしていただいています
が、集中するのは写真や動画を見せる時だけです。少々寂しい気もしますが、
それが現実です。事前学習を進め、いざ実践です。ここで事前学習した口頭試
問すると・・・答えられません。
「喝」が飛びます。もちろん現場ですから。こ
こで気付くのは遅いのでしょうが、学生は「やばい」と感じ始めます。事前学
習の資料やノートをカバンから引きずり出し、探しては答えるの繰り返し。か
なり疲れる一日になるかと思いますが、それが現場。自身の体で体感します。
※ 写真 1,2
ドクターヘリ視察研修
【消防防災ヘリ見学】
先述のドクター・ヘリ、CS 視察研修と似た流れではありますが、今度は消防
サイドのヘリコプター運用を視察します。
まずは事前講習ですが、我々からは簡単な振りをするぐらいにして、後は消
防防災航空隊の方に話をしていただきます。時間としては 1 時間ほどになるで
しょうか。現場の話が聞けるとあって、学生は目を輝かせて聞き入っています。
講話を聞かせていただいた後は実機を見学です。1 回目の見学では講話終了間際
に救助要請が入ってしまったため、フライトに関しての一連の流れを見学する
にとどまりましたが、これも良い経験であったと思います。
【海外への視察研修】
自費参加なるので、なかなか参加者は集まりませんが、アメリカのパラメデ
ィック視察研修も毎年計画しています。6 日間ほどの日程で、予算は 25 万円(移
動費は別途)くらいです。パラメディックの養成学校の見学、民間救急業務会
社見学、救急病院見学が中心です。最後の 1 日は遊び的なイベントも入ってい
ます。
救急救命士制度の基となったパラメディックかと思いますが、参加した学生
に聞くと救急救命士との違いが歴然であるが、今後の救急救命士制度の在り方
についてとても考えさせられたし、勉強になったなどの意見を聞くことができ、
とても有意義な視察研修であることがわかった。
※ 写真 3,4
海外への視察研修
【外部メディカルラリー・ライセンス取得コースへの傷病者役参加】
将来、救急救命士として働くからというわけではないのですが、苦しがって
いる傷病者の気持ちもわかってもらおうという思いを込めて、メディカルラリ
ーへ傷病者役として参加させています。主には外傷や多数傷病者の傷病者役で
あるが、時に内因的なものも当たります。
ライセンス取得に関して言えば、JPTEC™や ICLS や PCEC など様々です。
時には JATEC™や JNTEC™など、医師や看護師のライセンス資格取得コース
への傷病者役として参加することもあります。このようなコースやラリーに参
加し、傷病者役を経験することにより、シミュレーション実習や 4 年生で経験
する「救急車同乗実習」や「病院内実習」への取り組み姿勢が大きく変わって
きます。
また、ラリーに参加することによって、
「学生救急救命技術選手権」
(2011 年
5 月号の「教育・伝授」参照)への取り組みが違ってくることがわかりました。
学生救急救命技術選手権では救助側にて参加しますが、傷病者の対応について
とても勉強になります。言葉遣い一つで傷病者の態度が変わるとか、一刻を争
うような場面での対応など、プロフェッショナルな救急救命士の対応を見せて
もらうことにより、自分たちもそれに近づこうと努力します。今まではマイナ
スであったことがプラスに変わることや、外部の方々との交流も含め、積極的
に参加させるようにしています。
※写真 5 メディカルラリーでの傷病者役
【まとめ】
ここまで本学で行っている学外講義をいくつか紹介させていただきました。
まだ紹介しきれていない学外実習もありますが、紹介させていただいたのが主
なものになります。
私が講義するものはシミュレーション実習が主になりますが、学内で行う講
義には限界があります。医療の連携について、テキストや口で説明してもなか
なか実感がわきません。しかしながら、実際にその場に行ってみれば一連の流
れを体感することができます。依頼する側・される側の両面を知ることによっ
て、救急救命士になってからの活動に変化が出てくるものと感じています。
また、私は普段から「コミュニケーション」について口うるさく言っていま
す。助けを求めている傷病者に対し、どのような声掛けをしたらよいのか。ど
のような対応をしたら受け入れてもらえるのかなどを講義では強調しています。
「口は災いの元」と昔から言われていますが、まさにその通りだと思います。
心肺停止傷病者は搬送数の 1 割前後かと思います。それ以外の 9 割前後は喋る
ことが可能な傷病者である可能性が高いわけです。心肺停止傷病者であったと
しても、家族や関係者とコミュニケーションをとらなくてはなりません。その
場合、救急救命士が不安そうな言動をすることにより、傷病者や関係者がさら
に不安な状況に陥ってしまいます。そんなことがあってはならないのが当然で
す。今回紹介させていただいた中で、ラリーへの傷病者参加などは、傷病者の
立場に立って考えさせることを目的にしています。
まだまだ学生に伝えたいことは山ほどあります。例として一つ挙げれば「い
つかは教える(人前で話をする)立場になる」ということ。消防官でなくとも、
人前でプレゼンテーションすることは当たり前な時代です。消防官に限定すれ
ば、救急講習会や避難訓練などで指導や講評をしなくてはなりません。私自身
も以前は消防官であり、救急講習を何度か開催してきました。先輩の話し方を
盗み、それを活用しての練習、そしてデビュー。いつかは人前で話をしなくて
はならないので、学生の間に経験させたいと感じています。今まで 2 期生には
救急講習会を開催してもらいました。しかしながらそれ以降は実現できていま
せん。これからは、毎年恒例になるよう、プランを練ってみたいと考えていま
す。
【最後に】
一教育者として、かなり一方的ですが意見を述べさせていただきました。
私は平成 19 年から倉敷芸術科学大学(写真 6)で講師として働いています。
当初は初めての地(写真 7)ということもあり、なかなか外へ出ることができず、
学内だけでの研修・講義をしていました。徐々に岡山にも慣れ、救急部の先生
方とも知り合うことができ、少しずつではありますが外へ足を向けることがで
きるようになりました。現場を知らない学生達にとって、このような学外講義
(実習)はとても有意義な講義(実習)であると思っています。また、外部の
方々と事前に交流をしておくことによって、病院実習や救急車同乗実習への導
入もスムースになってきた気がします。まだ、教育者としては一人前とはいき
ませんが、学生のため、学生の親御さんのため、救急救命士という資格のため
にこれからも頑張っていきたいと思います。
写真 6
倉敷芸術科学大学
写真7
大学から見える水島工業団地と高梁川(たかはしがわ)の河口。瀬戸内海までは見えませんが、
すぐそこが瀬戸内海です。
水野恭志(みずの やすゆき)
顔写真は現在到着待ち
所属:倉敷芸術科学大学
生命科学部健康科学科
出身:長野県木曽郡上松町
年齢:44 歳
資格:救急救命士
救急救命士資格取得:平成 10 年
連載終了にあたって
シリーズ構成
西園与之(東亜大学医療工学科救急救命コース)
今回の連載企画が今号で最終回を迎えます。昨年の4月号から「教育」をテーマにした連載をス
タートしました。
一言に教育と言っても、とても大きなテーマです。今回は、ほとんどの人間が教育に携わること
――社会においては、必ず先輩として後輩に関わり、また、多くの人が結婚をして子を
育てること、これこそが教育の原点ではないか――と、特に消防においては「心肺蘇生法」など
で市民に接して啓発・教育に携わる立場の方が多いことから、サブタイトルを「先人の
知恵と経験から」とし、11人の方に執筆を依頼しました。
各担当者がそこから話や思いの幅を広げ、さまざまな経験や教育への思いを綴っていただきまし
た。とても、楽しめた企画ではなかったかと自画自賛しています。読者の皆様にも、こ
れは共感できたとか、自分自身の指導にも役に立ちそうだとか、または、自分だったらこう考え
る、こうする、というような形で役立てる内容であれば光栄に思います。
最後に、読者の皆様の今後のご活躍を祈念しますとともに、この機会を与えてくださいました玉
川先生に心から感謝致します。