月刊うちゅう Vol.31 No.3 (2014) 宇宙の膨張 3 月に原始宇宙の証 拠の発見について、 「原 始 重 力 波 :宇 宙 誕 生 時 の痕跡観測」などと 様々なところで報じら れ、大きな話題になり ま し た 。原 始 宇 宙 と は 、 約 138 億 年 前 に 誕 生 し た直後の宇宙のことで、 宇 宙 は 10 - 3 6 秒 か ら 10 - 3 4 秒 と い う 極 め て 図1 宇宙の誕生から現在までの宇宙の膨張 ( c) NASA / WMAP Science( 一 部 和 訳 ) 短い時間にインフレー ションと呼ばれる急膨 張をしたと考えられて います。インフレーションが終了すると、その時に放出されるエネルギーで宇 宙 は 火 の 玉 の よ う な 灼 熱 の 状 態 に な っ て( ビ ッ グ バ ン )、今 日 ま で 冷 え な が ら 膨 張 を 続 け てい る と 信じ ら れ てい ま す。図 1 は こ の よ う な宇 宙 の 歴史 を 描 い た も ので、現在も宇宙にある銀河は膨らみ続けるブドウパンの 干しブドウのように お互いの距離を拡げています。報道された原始宇宙の証拠については先月号に 花垣先生が書かれていますので、本稿では「宇宙が膨張する」という意味に挑 戦します。かの有名なアインシュタインの一般相対 性理論で、空間イメージの 大転換を味わっていただきたいと思います。 一般相対性理論はアインシュタイン方程式 G( g) + Λg= T を 解 く と い う も の で す 。右 辺 の T は 宇 宙 に ど のように星やエネルギーが分布しているかを 表 す 物 理 量 で 、そ の よ う な T に 対 し て g を 求 めるのです。後で説明しますが g が宇宙の構 造を与えるのです。G は g のとても複雑な関 数なので、科学者は並大抵の努力以上の苦労 をして、コンピューターを使った計算で g を 求めています。限られた条件の時だけ紙と鉛 筆で解くことができます。例えばブラックホ ールや上で述べたビッグバン膨張がよく知ら れています。Λ は宇宙定数といって、現在の 図2 アインシュタイン 月刊うちゅう Vol.31 No.3 (2014) 膨張宇宙の観測から0ではないけ れど、極めて小さい値とされてい ます。それでは g がどんな量かを 考えることにしましょう。これが わかれば「宇宙が膨張する」の意 味がわかるので、頑張って読み続 けてください。 g は計量と呼ばれるもので、一 言でいうと 2 点間の距離を決める ものです。例えば、大阪からオー ストラリアのシドニーまでは約 8 千 km、パ リ ま で は 約 1 万 km で す 図3 地 球 の 衛 星 写 真 ( c) NASA が 、シ ド ニ ー ま で は ほ と ん ど が 海 、 パリまではほとんどが陸地、この 違いをアインシュタイン方程式の右辺 の T に入れて計算したら g にも違いが生 じ、両者の距離にも違いが現れるはずです。しかし、著者の力量ではこれを見 積もることはできませんし、たとえそ の計算ができたとしても陸地や海の質量 は小さいのでその効果はほとんどないでしょう。そこで、g の意味が理解しや すいように次のような極端なことを考えることにします。 大 阪 - シ ド ニ ー 間 の 中 間 地 点 の 海 底 10km に 地 球 の 質 量 の 100 万 倍 と い う と てつもなく重い物体が潜んでいたとします。このような場合なら、シュヴァル ツシルト解と言って、アインシュタイン方程式が提唱されてすぐに見つかった g が使えます。エクセルを使って計算してみました。大阪-シドニー間の各地 点 に お け る 距 離 の 伸 び 率 を 示 し た の が 図 4 で す 。物 体 の 近 く で は 最 大 17% 伸 び ますが、横切るときは伸びません。物体から離れる にしたがって伸びは小さく なり、大阪やシドニーではほとんど伸び ません。大阪からシドニーまでを合計 す る と 約 40km 伸びるという結 果になりました。 大阪-パリ間は 物体からシドニ ーと同じくらい 離れていてほと んど変化しませ 図4 距離の伸び率 ん。この変化を 一目瞭然にする 月刊うちゅう Vol.31 No.3 (2014) た め 、 1 マ ス 5km×5km の 網 目 を 地 球 表 面 に 強 引に描くことを考えてみましょう。伸びている ところが詰まった網目になりますよね。例えば 最 も 伸 び て い る と こ ろ が 17 %の 伸 び 率 な の で 、 5km は 5km÷1.17=4.3km の 網 目 に 押 し 込 ま れ ま す。誇張して描いたのが図5です。中心付近の 歪みが図4右に対応しています。このような網 目を地球表面全体に描いたとすれば、物体の近 くだけが歪んで、大阪、シドニー、パリなどは きれいな網目になって普通の距離と変わらない 図5 等距離の網目 ことが一目瞭然になります。 さて、ここまでは地球表面に描いた網目でしたが、想像をふくらませて宇宙 全 体 に 描 い た 網 目 で「 宇 宙 が 膨 張 す る 」を 考 え る こ と に し ま し ょ う 。 「宇宙が膨 張する」とは宇宙の全ての 2 点間の距離が伸びることです。つまり、宇宙全体 に描いた網目がどんどん小さくなることを意味します。ここで逆に網目の大き さが変わらないとすると、宇宙の方が膨張しているというイメージが湧いてき ます。膨張するブドウパンと似ています。 図1はこのようなイメージで描いた も の で 、観 測 事 実 な ど を ア イ ン シ ュ タ イ ン 方 程 式 の 右 辺 に 代 入 し 、g を 求 め て 、 網目を固定して描いた宇宙です。 こ こ ま で く る と 冒 頭 の「 原 始 重 力 波 」も 理 解 で き ま す 。も し 物 体 が 動 い た ら 、 網 目 の 歪 み が 四 方 八 方 に 伝 搬 し ま す 。こ れ が 重 力 波 で す 。 「 原 始 重 力 波 」は 原 始 宇宙時代の急膨張で生じた網目の振動のことなのです。 一 般 相 対 性 理 論 は g を 求 め て 、宇 宙 の 2 点 間 の 距 離 を 決 め る と い う も の で す 。 海 底 に 地 球 質 量 の 100 万 倍 の 物 体 と い う 現 実 離 れ し た 想 定 に も か か わ ら ず 、 こ の 物 体 か ら 100km 以 上 離 れ る と ほ と ん ど 影 響 は あ り ま せ ん で し た 。じ つ は こ の 質 量 で の 計 算 、図 4 や 図 5 は 、海 底 に 半 径 9km の ブ ラ ッ ク ホ ー ル が あ っ た と い う計算だったのです!一般相対性理論は、地球のような規模よりもはるかに大 きな宇宙を考察する時や、極めて重い物体を扱う時に顕著に効果が表れるので す。現実とは無関係のことを空想しているようですが、現代人の多くはこの理 論の恩恵で便利な生活を送っています。じつは、携帯電話のナビゲーションに 使 わ れ て い る GPS は 地 球 質 量 に よ る 一 般 相 対 性 理 論 の 効 果 を 考 慮 し て 設 計 さ れ た も の で 、人 工 衛 星 と の 通 信 で 現 在 位 置 を 正 確 に 求 め て い ま す 。そ し て 、GPS は科学実験の現場で必須とされる場合も少なくありません。現代科学による知 見は我々の感性とかけ離れたものになっていますが、それが技術に応用され、 その技術がまた科学を、そして現代文明を支えているのです。 斎藤吉彦(科学館学芸員)
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