Regulation of CRF,POMC and MC4R gene expression after electrical foot shock stress in the rat amygdala and hypothalamus (ストレス負荷によるメラノコルチン系遺伝子の発現変動) 農学部応用生命科学講座(助教授) 山野 好章 現代はストレス社会とも言われ、うつ病などの精神疾患を病んでいる患者の数が増えつつある。とりわ け、長期的なストレスにさらされた場合に、神経伝達物質であるモノアミン、あるいはセロトニン神経系の 異常所見が指摘されており、神経伝達物質やシナプス後部の受容体の量的なあるいは質的な異常「モ ノアミン仮説」によりうつ病が発症するのではないかと考えられるようになった。以上のような分子レベル での解釈に伴い、うつ病の治療のためには神経終末における選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使 用が有効と考えられ、イミプラミン等の三環系抗うつ薬に始まり、第二世代あるいはそれ以降のさまざま な治療薬が開発されているが、いずれも抑うつ状態の改善に伴い有害な副作用も数多く報告されてい る。現在のところ、うつ病発症メカニズムは以上のようなモデルのみでは説明がつかない点が多いので はないかと考えられる。従って、新規うつ病治療薬開発のためにはうつ病発症の原因となるストレスが生 体に与える影響をさまざまな角度から解明することが極めて重要である。また、新規抗うつ薬を開発した 際には薬理効果を評価するための評価系を確立することも併せて必要となる。本研究プロジェクトでは 第1段階としてストレスを負荷した動物において一般的にストレスシグナリング系と解釈されている視床 下部-脳下垂体-副腎皮質(HPA 系)ばかりでなく、新規にメラノコルチン受容体タイプ4(MC4R 系)にも 注目し、それらの遺伝子発現変動を明らかにすることにより、脳内に起こるストレス反応を分子レベルで 明らかにした(1)。続いて第2段階として、MC4R を対象としたうつ病治療薬を評価するためのツールとし て構成的活性化 MC4R の作製を試みた(2)。それぞれの成果について下記に要約する。 (1)ストレス負荷ラット脳内における MC4R の発現変動 動物がストレスを受けた際に起こる視床下部-脳下垂体-副腎皮質(HPA 系)が介在するホルモンシグ ナリング系の活性化機構はよく知られた現象である。このシステムにおいて、ストレスを受けた場合に最 初に視床下部において副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が生産され、それが刺激となり脳下垂 体においてプロオピオメラノコルチン(POMC)が生産され、このペプチドがプロセッシングを受けて一部 が副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)となり、これが血液中を介して、副腎皮質においてステロイドホルモ ンの一種であるコルチコステロンを生産し、血糖値の上昇などのストレス反応を引き起こしている。また、 ストレス過剰反応を防ぐために、コルチコステロンが上位中枢に働きかけて負のフィードバック機構によ り、生体の恒常性を維持していることはよく知られている。そのため、ストレスを受けた動物では一過的 に血中の ACTH あるいはコルチコステロンの濃度上昇が認められ、この現象により、動物がストレス状 態であるとの評価を行っている。従って、度重なるストレス負荷により、このような恒常性が維持できなく なり、それに伴い過剰反応が持続的に起こった状態を「うつ病」等の病態と考えられる。正常な状態で は、それぞれのホルモンに対応する受容体が存在し、適正な刺激が伝達されている。脳下垂体で生産 される POMC のプロセッシング産物の一つとして ACTH を述べたが、POMC のそれ以外の部分からは α-MSH(メラノサイト刺激ホルモン)などが生産される。従って、ACTH、α-MSH 等を総称してメラノコ ルチンと呼ばれている。メラノコルチンの受容体には5つのサブタイプ(MC1R∼MC5R)が報告されてお り、「メラノコルチン」の名称から推察できるとおり、特に日焼け等に伴う生体防御反応として、皮膚にメラ ニン色素を蓄積し、皮膚が黒化する現象に関わる MC1R 系は有名であるが、これとは全く異なったシグ ナリング系も知られており、ここで問題とするメラノコルチン受容体タイプ4(MC4R)を介する系はストレス 反応との関連で興味深い。2003 年発表の Chaki(3)らの報告によると MC4R をブロックする拮抗薬を投 与することにより動物のストレス状態を有意に改善するとの報告がある。このの報告により、本研究では 動物がストレスを受けた際には、HPA 系ばかりでなくメラノコルチンシグナリング系も何らかの機能を発 揮し、これらの系の間での相互作用により微妙な生体調節を行っているのではないかと推察できる。そ の仮説のもと、特にストレス負荷ラットにおける脳内 MC4R の発現変動に焦点を当てて調査した。 ラットへのストレス負荷は電撃ストレスによった。電撃ストレス条件は 25mA の電流をケージ下面のグリ ッドにそれぞれの30秒間中に5秒間流す条件で、間欠的に0.5時間あるいは1時間与えた。ストレス終 了直後、断頭にて採血、脳組織摘出を行った。血液中の ACTH、コルチコステロン濃度測定は 125I 標 識ラジオイムノアッセイ(RIA)によった。また、遺伝子発現量検定のため、ノーザン分析でプローブとして 用いるラット CRF、POMC、MC4R の cDNA は既に報告されているシークエンスを参考にして、RT-PCR により合成した。続いて、それぞれの脳組織(海馬、扁桃体、視床下部、脳下垂体)から RNA を調製し、 プローブはランダムプライマー法により 32P で標識した。 ストレス負荷ラットにおいて、血中の ACTH 濃度は0.5時間ストレスでコントロール群と比べて、7.4 倍、1時間ストレスで2.7倍に上昇した。また、コルチコステロン濃度はそれぞれ6.0倍、3.9倍に上昇 し、HPA 系を介した動物へのストレス負荷が確認できた。また、0.5時間ストレスと比べて1時間ストレス においてそれぞれの血中濃度が減少したことから、ストレス反応に対する負のフィードバック機構が働い たことが明らかとなった。続いて、この状態の動物における以下の神経伝達物質あるいは受容体の発現 を検討した。扁桃体において、CRF の mRNA 発現量は0.5時間、1時間ストレスの後、有意に上昇した。 POMC、MC4R の発現量も同様に上昇した。ただし、0.5時間ストレス条件での POMC 発現上昇は有 意ではなかった。扁桃体は海馬と共に大脳辺縁系に存在し、特に恐怖等の情動に関与し、あるいは反 応する組織と解釈されている。動物に対するストレス負荷方法には様々な例があるが、一般には拘束ゲ ージに閉じこめる方法(拘束ストレス負荷)が用いられている。CRF 発現変動の結果を拘束ストレス負荷 実験の例と比べてみるとほぼ同様であり、いずれのストレス負荷に対しても、特に情動を司る扁桃体で CRF の発現上昇が認められた点は動物のストレス反応は分子レベルでは普遍的であること、また MC4R は脳内、扁桃体をはじめ、さまざまな組織で量的な差はあれ、広く発現していることが本研究結 果により明らかになった。すなわち、ストレス負荷に伴い、扁桃体内で MC4R のリガンドになるα-MSH 前駆体の POMC 発現上昇が起こり、併せて MC4R の発現が上昇したことは扁桃体がストレス、不安症 状を引き起こすための重要な組織と位置づけられるといえる。また、本研究結果により HPA 系と MC4R 系の関連性が明確となった。一方で、視床下部で得られた結果は次の通りである。ストレス負荷により、 POMC および MC4R の mRNA 発現量は上昇したが、CRF の発現量は変化しなかった。その理由は明 確ではないが、既に報告のある視床下部神経組織に対する組織染色実験等の結果を併せて考察すれ ば、ストレス負荷により先ずメラノコルチンシグナリング系が活性化し、それに引き続き HPA 系の上位に 位置する CRF の発現上昇が起こるという可能性が考えられる。さらに、扁桃体と視床下部における MC4R と POMC 遺伝子の発現量の経時変化に関して検討した。扁桃体においていずれの遺伝子発 現も0.5から1時間にかけて漸増したが、視床下部では0.5時間で増加がほぼプラトーに達した。この 経時変化は血中の ACTH の濃度変化、すなわち、0.5時間ストレス負荷によりピークに達し、以後1時 間ストレスでは減少したことと相関性がある。視床下部において認められた MC4R の発現変動は血中 のコルチコステロン濃度の上昇に伴い、ACTH と同様に負のフィードバック調節を受けたと考えるのが 合理的である。一方で、扁桃体ではそのような影響を受けにくかったことは、扁桃体が情動と深く関わっ ていることと併せて考えると興味深い。文献調査によれば、動物に対するストレス負荷条件はさまざまで あり、今回採用した電撃ストレス(強烈な痛みを伴うストレス)以外にも拘束ストレス(仰向けで動けないこ とによる苦痛)、あるいは心理ストレス(苦しむ動物を見ることによる情動的な苦痛)などがあげられる。単 に「ストレス」と呼称しても生体反応メカニズムは当然異なると考えられる。また、ストレス負荷メニューに 関しても、今回のように急性単回負荷以外に慢性的に毎日定時にさまざまなストレスメニューを与えるケ ースもある。今後はこれらの点に関して詳細な検討は必要であるが、特に急性ストレスを負荷した際に は MC4R 系よりも HPA 系主体の反応が強く現れるといった結果も得ている。うつ病モデルはむしろ慢 性ストレス状態「学習性無力症」とも解釈できることから、今後は、各種ストレス条件による比較検討によ る分析を行うことも興味深い。 結論としては、本研究により動物に対する電撃ストレス負荷により扁桃体、視床下部で MC4R の発現 変動が確認できた。ストレス状態で活性化される HPA 系と MC4R 系の関連性が強く示唆された。今後 は組織レベルでそれぞれのタンパク質の発現を調査し、実際のストレス応答機構をより直接的に明らか にすることが必要となる。 (2)ヒト MC4R 受容体に存在する DRY 保存配列の機能調査と構成的活性化 MC4R 受容体作製の試 み メラノコルチン受容体タイプ4(MC4R)は既に遺伝子クローニングされ、その配列から7回膜貫通型受 容体(7TM)であることが明らかになっている。MC4R を介したシグナリング系はストレス反応性はもとより、 肥満との関わりも指摘されており、その関連性は興味深い。MC4R の細胞内セカンドメッセンジャー系 は cAMP(サイクリックアデノシン5 一リン酸)であり、レセプターに結合する Gs タンパク質が介在して細 胞内 cAMP の濃度を上昇させ、さまざまな細胞反応が引き起こされる。これまでに MC4R ブロッカーを 用いれば、動物のストレス状態が有意に緩和されるとの報告があり(3)、MC4R ブロッカーがうつ病治療 薬の候補として注目されている。受容体ブロッカーには大きく分けて拮抗薬(受容体に蓋をしてホルモ ン結合を妨げる、受容体と構造が類似しているがセカンドメッセンジャー系を動かさない)とインバースア ゴニスト(受容体と結合してむしろセカンドメッセンジャー系をベースレベル以下に下げる、いわゆる負 の働きを持ったホルモン)に分類される。受容体ブロッカーの例として、花粉症治療に使われるヒスタミ ン受容体ブロッカーや胃酸濃度を下げる H2 ブロッカーなど、医薬品として数多く使用されている。一方、 インバースアゴニストはセカンドメッセンジャー系機能をベースレベル以下にまで下げるため、医薬品と して使用する場合の働きが未解明の点が多いところではあるが、場合によっては非常に有効な治療薬 となることも考えられる。そこで、受容体アンタゴニストと考えられるリード化合物から派生する種々の化 合物の評価系を確立することが強く求められている。その意味からも、ある化合物が拮抗薬であるのか インバースアゴニストとして働くのかを評価するためには、構成的活性化受容体(ホルモンの結合しない 状態でも細胞内セカンドメッセンジャー濃度が上昇したもの)を作製することが重要であり、このような受 容体は薬物評価のための重要なツールとなる。構成的活性化受容体を作製するためには 7TM レセプ ターで保存されたアミノ酸配列に注目し、特に Gs タンパク質が結合していると考えられる配列に部位特 異的突然変異を導入し、細胞内セカンドメッセンジャー濃度を測定することが一般的である。これまでの 研究成果を調査してみると、第2細胞内ループに存在するアスパラギン酸ーアルギニンーチロシン (DRY)保存配列がこの条件にあてはまり、他の受容体においても数多く検討がなされている。本研究 に先立ち、我々の研究グループでは同じ 7TM レセプターに分類される血圧上昇ホルモンであるアンジ オテンシン II の受容体(AT1)について DRY 保存配列と G タンパク質の相互作用について研究成果を とりまとめている。また、他のグループの報告では抗利尿ホルモンであるヒト V2 ヴァソプレッシンの受容 体について、D136A(136番目のアスパラギン酸をアラニンに置換)変異体では有意に活性化したレセ プター作製に成功したとの報告がある。本研究でも D146, R147, Y148 保存配列に注目し、変異導入を 行った。それぞれのアミノ酸について定法通り、アラニン置換、さらに、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸の 相互置換、芳香族アミノ酸同士の置換(Y148F)などとなるように cDNA の塩基配列を部位特異的突然 変異導入法により変更した。変異 cDNA は動物培養細胞である COS-1 細胞に導入し、受容体を一過 的に発現させ、MC4R のリガンドであるα-MSH を 125I 標識したものでリガンド結合実験を行った。また、 細胞内 cAMP 濃度は酵素免疫分析法(EIA)により決定した。全てで8種類の突然変異を導入した MC4R を分析した。そのうちの一つ、D146A 変異体を COS-1 細胞に発現させたところ、野生型と比べ て1.4倍程度の有意な細胞内 cAMP 濃度上昇を認めた。この結果は先のヴァソプレッシン受容体にお いて D136A 変異体で認められた結果と一致する。一方、MC4R に対するリガンド結合を検討したところ、 D146E(146番目のアスパラギン酸をグルタミン酸に置換)変異体では野生型の20%程度の結合活性 が認められたが、D146A 変異体では有意なリガンド結合活性は認められなかった。アスパラギン酸とグ ルタミン酸はいずれも酸性アミノ酸であるため、以上のような結果になったと考えられる。D146A に対し て本来のリガンドであるα-MSH の結合は認められなかったものの、今後は他のリガンド類縁化合物の 結合実験も含めて D146A 変異受容体が MC4R インバースアゴニスト評価系に使用できるかどうかを検 討する必要がある。 以上の研究成果により、動物のストレス、うつ状態と MC4R シグナリング系の関連性が初めて明らかに なり、併せて、うつ病等精神疾患治療薬評価系作製のための基礎が構築された。 謝辞 本研究を行うにあたり、動物実験に関するご協力をいただきました大正製薬(株)医薬研究所の茶木 茂之博士にはたいへんお世話になりました。また、科学研究業績表彰にご推薦いただきました鳥取大 学農学部応用生命科学講座の皆様、遺伝子発現分析にご協力いただきました鳥取大学農学部機能 生化学研究室の皆様に、この場をお借りして御礼申し上げます。 参考文献 (1)Y. Yamano, M. Yoshioka, Y. Toda, Y. Oshida, S. Chaki, K. Hamamoto, and I. Morishima Regulation of CRF, POMC and MC4R gene expression after electrical foot shock stress in the rat amygdala and hypothalamus J. Vet. Med. Sci. 66, 1323-1327 (2004) (2)Y. Yamano, R. Kamon, T. Shimizu, Y. Toda, Y. Oshida, S. Chaki, M. Yoshioka, and I. Morishima The role of the DRY motif of human MC4R for receptor activation Biosci. Biotechnol. Biochem. 68, 1369-1371 (2004) (3)S. Chaki, S. Hirota, T. Funakoshi, Y. Suzuki, S. Suetake, T. Okubo, T. Ishii, A. Nakazato, and S. Okuyama Anxiolytic-like and antidepressant-like activities of MCL0129 (1-[(S)-2-(4-fluorophenyl)-2-(4isopropylpiperadin-1-yl)ethyl]-4-[4-(2-methoxynaphthalen-1-yl) butyl]piperazine), a novel and potent nonpeptide antagonist of the melanocortin-4 receptor J. Pharmacol. Exp. Ther. 304, 818-826 (2003)
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