MARR Online Interview (Nov, 2011)

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[ 2011年11月30日(水) : WEBインタビュー]
【第13回】オリンパス問題で問われているもの
外国法共同事業ジョーンズ・デイ法律事務所 パートナー 弁護士 清原 健
パートナー 外国法事務弁護士 スコット・ジョーンズ
コーポレートガバナンス議論の根幹
――オリンパスの巨額損失飛ばし問題は、月刊誌「FACTA」に掲載された記事が発端となって表面化しました。当時の社長、ウッ
ドフォード氏はこの記事で初めてオリンパスの不正経理の可能性について知り、調査会社に調査を依頼して真相の究明に動いた
のですが、逆に取締役会で社長を解任されました。この一連の動きを見ますと、日本人役員が社長に昇格していたらオリンパスの
損失隠しは発覚しただろうかという疑問が湧きます。このオリンパス問題のほか、大王製紙の井川意高・前会長が子会社7社から
100億円超を不正に借り入れ、各社に損害を与えたとして東京地検特捜部によって特別背任容疑で逮捕されるという事件も起こ
り、企業統治(コーポレートガバナンス)改革の必要性が一気に浮上して、社外取締役・社外監査役の独立性などを求める声が強く
なっています。
ジョーンズ「悪いことをする人はどのような法律をつくっても悪いことをするものです。その意味で、
新たな法律をつくることでこの問題が解決するとは私には思えません。これは、日本の企業だけ
の問題ではないと思います。どこの国の企業でも、悪いことをする人はいますから。ただ、今回の
件でもそうですが欧米企業の場合と異なっていると私が思うのは、悪いことをする人の目的です。
日本人の場合は、個人の金銭的利益のためではなく自分の会社の評判を守るためという要素が
強いということです。これは日本の企業統治を強化する上で、どのような要素が重要かを示唆して
いると思います」
清原「今のスコットの話にもありましたが、法律をつくってこうした違反を防止できるかというと、一
定の効果はあるとしても、完璧とはいえません。オリンパスの現経営陣は、前社長兼会長と副社
長、常勤監査役の3名が損失隠しに関与していたとしているようですが、元社長のウッドフォード氏が問題を指摘したときに、ボード
は同氏を解任したのであり、真相究明に向けた動きをしたわけではありません。それはなぜでしょうか。他の役員たちが声をあげに
くい状況があったのではないかとも推測されますが、それが制度に関係しているのか、文化的な背景があるのか、どうしてボードは
あのような対応をしたのかの分析は必要でしょう。いずれにしても、会社のなかでの自浄作用が機能していれば、問題がここまで
大きくなる前に対応することもできたのではないかとも思われます。同社には監査役はもちろん、社外取締役や社外監査役が複数
名いるわけですが、これらの方々が十分な情報を知った上で行動していたのか、ボードのどこに問題があったのか、制度面からも
十分な検討が必要になってくると思います」
――オリンパスや大王製紙の不祥事を受けて東京証券取引所は、上場企業に対して改めて企業統治を充実するよう異例の要請
文(上場会社を巡る最近の諸問題を受けた要請)を出しました。これに対して在日米国商工会議所や在日欧州ビジネス協会などの
4団体は、上場企業の取締役の「相当数」を独立性の高い社外取締役にするべきであるとして会社法や取引所上場規則での義務
付けなどを求める提言を出しています。この点については、日本でもかねてから企業年金連合会が取締役会の3分の1以上を社外
取締役とし、その社外取締役には当該企業と一切利害関係を有しない「独立性」を求め、監査役についても同様の独立性を要求し
ています。これに対して、日本経団連は06年6月の「我が国におけるコーポレートガバナンス制度のあり方について」で、独立社外
取締役の導入自体に消極的な意見を表明しています。この問題は海外からの注目度も高く、民主党には日本企業のガバナンス、
情報開示の充実・強化などを議論するため「資本市場活性化・企業統治向上ワーキングチーム」を立ち上げる動きがあり、法務相
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2011/11/29
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の諮問機関である法制審議会が年内にまとめる会社法改正の試案でも、監査役会設置会社に社外取締役を「1人以上」選任する
よう義務付けることが論点の一つとなっているとも言われます。
清原「コーポレートガバナンスの議論の根幹は、取締役会による経営の監督機能の充実強化で、そのためには、執行と監督の分
離が図られるべきでしょう。そうすると、取締役会の構成員と業務執行者とが完全に一致することすら容認する現行制度はこのま
までいいのだろうかという疑問が自然に湧いてきます。会社法制部会でも、有力な学者から、果たして経営陣が自らの権限を制御
する制度を自発的に導入し、それを徹底していくインセンティブがあるのか疑問であるというコメントが出され、法による規律の必要
性が説かれていました。やはり、取締役会が本来果たすべき監督機能を十分に果たせるような制度設計やその運用の在り方は、
どのようにしたらそれが実現できるのかといった観点から議論が行われるべきだと思います。もし仮に本質的な議論をせず、迎合
的・折衷的な制度改正の取りまとめで終結しようとしたならば、国内外の株主・投資家、そしてその他のステークホルダーから信頼
されるような制度の実現につなげることは困難なのではないかと思います」
監査役に関する実務上の論点
――米国では取締役会は業務執行の監督機能を果たす役割を担い、その取締役会は外部者が構成員の多数を占めていることが
必要とされています。これに対して日本では、清原先生が言われたように取締役会は大半が内部者で、業務の執行責任も兼ねて
いるケースが多いですね。その代わり、大半の上場企業が監査役会設置会社で、取締役会を監督する機関として監査役会が設置
され、その監査役会は半数以上が社外監査役でなければならないこととされています。
清原「2009年、民主党の公開会社法(仮称)の制定に向けた提言が公表されてから、公開会社
法または上場会社法制のあり方についての関心が高まりました。10年2月に法務大臣が法制審
議会総会に示した諮問を受けて、4月28日から法制審議会の会社法制部会で議論が開始されて
います。監査役に関して実務上影響の大きな論点は、会計監査人の選解任議案や報酬等に関し
て、現行の監査役(会)の同意権を決定権に変更することの是非、いわゆるインセンティブのねじ
れの問題がメインですが、ほかに財務・会計に関する知見を有する者の選任の問題があります」
――01年に発生したエンロン事件を契機として米国では02年に「サーベンス・オクスリー法
(SOX法)」が制定され、日本でも金融商品取引法の日本版SOX法と呼ばれる部分の規定が08
年に施行されました。これによって、企業による「内部統制報告書」の作成と監査法人等による監査が義務付けられたわけです
が、日本版SOX法の議論でも、監査法人がクライアント企業から報酬をもらう制度の問題が出ていました。
清原「本来、会計監査・財務諸表監査は監査対象会社から独立し、中立的な立場にある監査人がこれを行うことが第一に必要で
すが、それだけでなく、外見上もその独立性、中立性が損なわれないような制度設計を伴うのが制度への信頼を確保するうえで必
要であり、そして、そのことが議論の出発点でなければなりません。選解任議案や報酬などの会計監査の独立性に関連する重要
な事項に関して、経営陣が支配する取締役会がそれを決定し、監査役(会)・監査委員会がそれに同意を与えるという制度では、
監査役(会)などをあたかも脇役に押しやるかのようなものではないでしょうか。会計監査人制度は1984年の商法改正で導入され
ましたが、会計監査は監査役から会計監査人にいわばアウトソーシングされたのと実質的に同様と考えれば、監査役(会)等が会
計監査に関する一連のプロセスにおいて、外部監査人とともに主体的に関与することはむしろ当然といえます。そう考えれば、選
解任議案の決定権も報酬決定権は監査役(会)等にあるべきだと言えます。ここで、監査に関する決定事項であるにもかかわら
ず、これが業務執行の意思決定であるから、それは監査役の役割を超えるとか、業務執行の意思決定の二元化になるので妥当で
はないといった批判がありますが、その批判は監査の本質と整合的といえるか疑問です。
現行の同意権の制度は、第一次的な判断が経営陣に認められていますので、財務諸表等の監査の信頼性を確保するうえで国際
的に求められる制度基盤とは整合的ではありません。むしろ監査役(会)が会計監査の信頼確保に向けて期待される役割をもっと
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主体的に果たせる方向に議論を進めていくことが求められます。そのためには監査役の中に財務・会計の知見を有する者がいる
ことや監査スタッフの充実を図るなど、次のステップへ向けた積極的な制度改正の議論をしていくのが本来のあるべき方向性では
ないかと思います。経営陣の権限があまりにも強い日本の実情を考慮したときに、折衷的な改正で本当によいのでしょうか、いざと
いうときに動けないガバナンス制度になっていないでしょうか。過去の延長線での議論や改正導入の容易性に目配りした議論ばか
りを繰り返していたのでは、国際的な動向からも完全に取り残された国になってしまわないか心配されます」
ジョーンズ「オリンパスの例では、あずさ監査法人が09年度に、オリンパス社の損失隠しを指摘し、外部調査委員会を設置して調
査するよう、求めたと言われています。その翌年にオリンパスはあずさ監査法人から別の監査法人に切り替えているのですが、例
えば米国であれば会計士事務所が代われば4日間以内にSECに報告しなければいけません。しかも、その報告書はSECのウェブ
サイドに出されますから、何故急に会計事務所を代えたのか投資家たちにも情報公開がなされるようになっているのです。したが
って、その情報が公開されることによる外部からのチェックが有効に働くようになっています」
清原「その点は日本でも07年の公認会計士法改正の後に行われた08年の開示府令の改正で一部手当てがなされていて、今の
ケースは臨時報告書の提出事由にあたり、異動の理由や異動に至った経緯等を開示することになっているのです。ところがこのケ
ースでは、任期満了に伴う異動であるとされ、監査法人の側からも異動の理由や経緯について特段の意見はない、と開示されて
いたのです。しかし、本当にそれ以外の理由がなかったのか、異動に至った情報開示として重要な事項が漏れていたようなことは
なかったのか、についての関心が高まります。もし仮に当り障りのない開示をして形式を整えただけであったとすると、それは投資
家にとっては全然役に立たない情報となり、透明性もないし、開示を通じて一定の規律を働かせるという本来の狙いが、全く骨抜き
になってしまいます。
また、07年の公認会計士法の改正の際に金融商品取引法193条3が新設されています。これは公認会計士または監査法人が法
令違反等事実、すなわち財務報告の適正性の確保に重要な影響を与えるような法令違反等を発見した時には、監査役や監査委
員会にこれを通知して、適切な是正措置を促し、それが実施されず、財務報告の適正性の確保に重大な影響を及ぼすおそれがあ
るような場合には、金融庁に通知しなければならないという制度なのですが、制度として期待されたところが本当に機能していたの
かも検討が必要です」
エージェント論
――株式会社では株主が会社の所有者で、取締役は株主から経営を委託された「代理人(エージェント)」であるといういわゆるエ
ージェント論があります。
清原「もし上場会社の経営者が会社を自分の物だと思っている、従業員も自分の物だと思っているとしたら、それは法的には根本
的に間違っています。創業者の経営者が自ら株を持ち、経営もしているときと、上場して一般株主がいるときとは当然違うはずなの
ですが、株式公開時にそこの切り替えができていないケースが見られます。また、社員が上司に引き立てられて会社でのポジショ
ンがあがるという中で、上司に恩義を感じることは別におかしくはないですが、もし、自分を引き立ててくれた上司との人間関係や
忠誠心から、法的な義務が十分に尊重されないような状況があったならば、それは上場会社のコンプライアンス上重大なリスクで
あって致命傷にもなりうるものです。
また、最終的に責任を誰が、どのようにして取るのかというルールがしっかりしていないと、モラルハザードにつながります。そういう
意味で法的責任のあり方は最後の砦として重要なポイントだと言えます。他方、あまりにも厳しすぎると萎縮効果を生じてしまうた
め企業経営にマイナスであることは確かです。したがって、法的責任を問われた際に、取締役会が、きちんとしたプロセスを踏んで
いたことを立証して責任を免れることができること、要するにディフェンスができる制度が必要です。加えて、経営をきちんと監督で
きる機関としてボードが機能することが必要ですが、取締役会の構成員は外部の人がいいのか、いけないか、何人必要かなどの
形式的な点だけから議論するのではなく、取締役会がその機能を果たすうえで何が必要かを合目的に議論していくことが重要なは
ずです。もし社会からみて、取締役会のメンバーは社内のことしか考えていないのではないか、という懸念や不信感が残るとした
ら、それを払拭すべく制度設計や運用を積極的に推進していただきたいと思います。その意味で、ステークホダーから信頼される
会社制度の在り方という原点、まさに法制審議会に会社法制部会ができたときの諮問の問いに正面から答え、信頼される制度の
構築に求められる理念を議論することが大事です。
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さらに、社外取締役・独立取締役を数名求めるだけではなくて、企業の在り方としてダイバーシティ(企業が人種、国籍、性などを問
わず人材登用すること)を加味したガバナンスをも考えていただきたいと思います」
――ノルウェーでは、1988年に「4人以上の構成員からなるすべての審議会・委員会・評議会などは任命・選挙を問わず、一方の
性が40%以下となってはいけない」というクオータ制を導入しました。最近も、EU委員会男女平等委員のヴィヴィアン・レディング
が、上場企業が15年までに女性役員の割合を30%、20年までに40%に上げない場合、クオータ制法案を導入すると宣言しまし
たね。
清原「グローバル経営時代における人材のグローバル化が言われているなかで、実は従業員のグローバル化だけではなくて、ヘ
ッドである経営陣や取締役会がグローバル化時代に適合できる布陣となることが求められているのではないでしょうか。真のグロ
ーバル経営を考えたときには、変革をもう一歩進める必要がある、そういう意味でも大きな転換点だととらえるべきではないでしょう
か」
「仏つくって魂入れず」になってはならない
――ジョーンズ先生は、日本的な表現をすると「仏つくって魂入れず」ではいけないという指摘をされています。それは清原先生も
強調されている点で、東京証券取引所が今回の件で出した「企業統治は形式より実質が大事」であるとの要請文にも通じる重要な
ポイントだと思います。
ジョーンズ「先ほども言いましたように、こうした問題が起こったから法律をつくって取り締まろうというだけではあまり意味がなくて、
閉じた組織の中で悪事が行われないように、適切な情報を公開させて外部の目にさらすことが大事だと思います。米国では株主訴
訟によって企業が負けた場合には高額の賠償金が求められます。株主訴訟が安易に行われることは善しとしませんが、経営陣が
悪いことをしたときに大きなリスクを負わなければならなくなるという経済的なプレッシャーの効果は大きいと思います」
(聞き手・池田耕造)
★本稿で述べられた意見は、発言者個人のものであり、Jones Day、ジョーンズ・デイ法律事務所などの所属事務所やそのクライ
アントの意見を反映したものではない。
きよはら・けん
1989年東京大学法学部卒、1992年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。1997年ミシガン大学ロースクール(LLM)を卒業、
1998年ニューヨーク州弁護士資格取得。Simpson Thacher & Bartlett(ニューヨーク)その他での勤務の後、国際法律事務所
のパートナーを経て、2007年1月よりジョーンズ・デイ法律事務所にのM&Aプラクティス・グループのパートナーとして参画。2004
年から2011年まで、第一東京弁護士会総合法律研究所の金融商品取引法研究部会の部会長を務めるほか、(2004年から
2011年)を務めたほか、米国法曹協会(American Bar Association)のビジネス法部門の多数の委員会に所属。また、経済同
友会の雇用問題検討委員会の副委員長(2009年度)、市場を中心とする経済社会のあり方検討委員会の常任委員(2009年
度)、雇用・労働市場委員会の副委員長(2010年度)などを歴任し、2011年度は金融・資本市場委員会の副委員長として積極的
に活動に参加している。2010年は、金融庁コーポレート・ガバナンス連絡会議に参加、2011年は、金融庁・開示制度ワーキング・
グループ法制専門研究会委員。2010年9月にBest Lawyers ®によりBest Lawyers in Japan (Corporate/M&A 2010)に
選出されている。著書に『詳解公開買付けの実務』(中央経済社、近刊)、『Q&A 金融商品取引法制の要点』(新日本法規、編集
代表)などがあるほか、「米国におけるエクスチェンジ・オファーの実務」(共著、MARR 2010年11月号),「ヨーロッパにおける企
業買収の方法の考察」(共著、MARR 2010年12月号)などM&Aに関する論稿多数あり。また、2007年から日本経済新聞の夕
刊コラム「十字路」の執筆(不定期)を担当。
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スコット・ジョーンズ
コロンビア大学(J.D.及びM.B.A.、1987年)、カリフォルニア大学サンタクルーズ校(化学学士、1980年)。大学卒業後、インテル
コーポレーションにおいて、プロセスエンジニアとして勤務。ジョーンズ・デイに参加する以前は、1996年から2003年までの間、ク
デール・ブラザーズの東京事務所において、マネージング・アトーニーとして勤務した。 M&A、企業法務及び仲裁の分野で20年
以上の経験を有し、日本のクライアントによる海外投資及び外国のクライアントによる対日投資について法的アドバイスを行う。国
際投資、企業買収、合併、ライセンス及び販売代理店契約について豊富な経験を有し、技術的な専門知識と長期にわたるM&Aの
経験から、化学薬品、医薬品、ハイテク関連企業において日本及び海外のクライアントに助言を行う。また、豊富な仲裁の経験を
有し、米国仲裁協会及び日本商事仲裁協会における法律業務に関する業務にも携わっている。『Asia Pacific Legal 500』
(2008/2009、2009/2010)において日本のM&Aにおける代表的弁護士にランクされている。
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