情報通信業界の原価計算と統制の課題と未来(予稿)

情報通信業界の原価計算と統制の課題と未来(予稿)
総合研究大学院大学情報学専攻 後期博士課程 池末成明
有限責任監査法人トーマツ 由良栄士
論説
要約
情報通信業界の原価計算と統制の課題とソリューションにつき次の領域について論じる。
・ サービスレイヤのコンテンツ
・ ネットワークレイヤ
情報通信サービスは、公共財に似た性質を持っている。公共財の原価計算は、活動原価計
算によって固定費の変動費化を提案する。また残った固定費はラムゼイ価格による価格弾
性率で配賦することを提案する。統制では、市場戦略性のある組織横断的な管理の方が効
率的で効果的である。
また農業クラウドを題材に、その原価計算の枠組みをM2Mや位置情報などのテクノロジ
を活用することで、その効率性を高めることなどを論じる。
キーワード 原価計算、コンテンツ、価格弾性率、農業クラウド
We discuss in this report that the issue and solution of cost accounting and control in
the following topics of ICT industry
・ Contents in service layer
・ Network layer
Information service has the nature of public property. ABC change the some part of fixed cost
to marginal cost. The remaining fixed cost should be allocated by price elasticity of Ramsey price.
Horizontal cross functional control of Information service will provide more effective and
efficient control environment with market strategic aspect. Agricultural cloud need cost
accounting approach with GRP M2M technology.
1
はじめに
リトルトン[1998]は、原価計算の起源について、
「産業革命の数多くの成果の一つである」
と述べている。そして原価計算は経済学の影響を受けながら、企業の適正な利益管理を測定す
る方法として進化してきた。
たとえば原価計算の固定費と変動費は、ミクロ経済学の固定費と限界費用にそれぞれ対応す
る。ミクロ経済では、
「企業が最大利潤を上げることができる生産量においては、生産物の
市場価格と限界費用が等しくなければならない」
。しかし限界費用すなわち変動費が0に近い
ため、情報サービスの価格や原価はミクロ経済の枠組みになじまない。
情報サービスは、ネットワーク外部性から独占や寡占を生む。また電話などのサービスは、ユニ
バーサルサービス性を持っている。すなわち情報サービスは、非排除性(non excludability)と
非競合性(non rivalry)を満たす財である。ここで非排除性は使う者を制限できないことであ
り、非競合性とは競争のないことをいう。すなわち情報サービスは、Samuelson[1954]が定義し
た、市場の失敗の解決策のひとつである公共財(public goods)に近い。公共財とは、非排除性と
非競合性の両方の側面と持つ財である。公共財に関する原価計算は、従来の原価計算のフレーム
ワークにはなじまず、その原価計算基準はまだ誕生していない。
また野口[1974]は情報に関する経済学を切り開いたが、情報に関する原価管理、とりわけ情報通
信産業の商品である情報の原価管理については、筆者たちの知る限りにおいて、新しい体系での
蓄積が進んでいない。
本稿では、その垂直分離構造のそれぞれのレイヤでの原価計算を行うことを検討する。情報通信
業界の情報の原価管理を垂直分離モデルに沿って検討すると、大きくコンテンツサービスおよび
ネットワークサービスの管理下での原価に分類できる。そこで本稿の目的は、ネットワークとコ
ンテンツサービスの原価計算との枠組みを構築するための提案を行う。
2
原価計算と内部統制の構造
国際財務報告書基準書(IFRS: International Financial Reporting Standards)において原価計
算に関する規定は、IAS第2号「棚卸資産」に部分的に記載されているだけで、日本の原価計算基
準にあたる詳細な規定はない。IFRSは、外部の投資家の視点で作られた構造を本質的に持ってい
るため、製品ごとの正しい原価や原価管理は内部管理を目的としているとして、原価計算につい
ては棚卸資産以外には関心はないからである。すなわちIFRSにおいて、原価計算は、統制目的の
達成のためにある。
そこでまず原価計算の目的については、企業会計審議会による原価計算基準[1962]の第1章一の
「原価計算の目的」、統制目的については、企業会計審議会の『財務報告に係る内部統制の評価
及び監査の基準』(以下「内部統制基準と呼ぶ)を下敷きに、ネットワークとコンテンツサービス
の原価計算との枠組みを構築するため、原価計算に統制の概念を挿入して整理する。
2.1
原価計算の財務諸表作成目的と原価管理目的
企業会計審議会による原価計算基準[1962]の第1章一の「原価計算の目的」によれば、原価計算
の目的とは大きく2つあり、第一に主に企業の出資者、債権者、経営者等のために、過去の一定
期間における損益ならびに期末における財政状態を財務諸表に表示するために必要な真実の原
価を集計する「適正な財務諸表作成目的」と、 経営管理者の各階層に対して、原価管理に必要
な原価資料を提供する「原価管理目的」がある。
2.1
内部統制目的と基本要素
企業会計審議会の『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準』(以下「内部統制基準と呼
ぶ)によると、内部統制とは①業務の有効性及び効率性、②財務報告の信頼性、③事業活動に関
わる法令等の遵守、④資産の保全という4つの目的達成のために、業務に組み込まれ、組織内の
すべての者によって遂行されるプロセスであり、相互に関連する6つの基本的要素(1)統制環
境、(2)リスクの評価と対応、(3)統制活動、(4)情報と伝達、(5)モニタリング、(6)
ITの利用で構成される。
原価計算の2つの主目的である原価管理と適切な財務諸表作成から、内部統制目的の業務の有効
性と効率性、財務報告の信頼性の達成に貢献していると考えられる。そこで原価計算システムを
内部統制の6つの基本要素の視点で検討する必要がある。
2.4
伝統的原価計算
伝統的原価計算では間接費を直接的に製品に配賦できないので、操業度をもとに配賦する。この
ため複雑な作業を要する製品だが直接作業時間等の操業度が小さい場合、間接費は少なく配賦、
複雑な作業を要しない製品だが操業度が大きい場合には、間接費を多く配賦するという結果が起
こる。また伝統的原価計算システムでは、業務の有効性や効率性管理や適切な財務諸表作成とい
う内部統制目的を達成できない。
2.5
活動基準原価計算の必要性
伝統的原価計算では内部統制目的達成には限界があるため、製造プロセス・アクティビティを横
断的にとらえ、的確に把握できるクロスファンクショナルな活動基準原価計算(以下「ABC」)
が必要となる。ABCは、間接費を製品やサービス等のコスト計算対象に割り当てる際に、それら
の資源の消費をアクティビティ(活動)別に把握し、そのアクティビティ別コストをコスト・ド
ライバー(原価作用因)を用いて原価計算対象に割り当てる原価計算システムである。
経営方針に注目すると、職能別組織を採用する立場は生産者中心主義であったが、今日において
企業が競争優位を保持するためには、企業の経営方針が生産者中心主義から顧客中心主義へ変化
する必要がある。また伝統的原価計算が職能別組織といった会社組織を基準とした原価計算
を行うことに比較して、ABCは組織に捉われずに活動に基づいた配賦計算を行える。
伝統的原価計算では変動費は直接作業時間等の操業度に比例する原価に限定していたが、ABCで
は変動費の範囲が広くなっておりコストドライバーに比例する原価も変動費に含まれ、変動費す
なわち限界費用の範囲を広げている。これは固定費中心の公共財の原価要素の変動費化に貢献す
る。
3
ネットワークの原価計算(この項途中)
3.1
接続会計
我が国における最も整備されたネットワークの原価計算は、第一種指定電気設備接続会計規則
(以下「接続会計」)であろう。接続会計においては、その間接費を活動に直課するABCにもと
づき整理しており、直接的に活動に直課できない間接費は、その他の方法で最終的に設備に配布
をしている。
3.2
接続会計の課題
2010年11月30日、総務省の「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース(以
下「タスクフォース」と呼ぶ)」は、全国にブロードバンド回線を整備する「光の道」実現
に関する骨子案をまとめた。そのヒアリングの中で、テレコムサービス協会は、接続には
水平方向と接続と垂直方向の接続があることについて触れ、従来の接続料と接続会計は水
平的な競争の実現の政策であると述べた上で、テレコムサービス協会の会員がNTTと競争し
ている環境は垂直的であって、接続料と接続会計のスキームにはなじまないと発表した。
したがって、水平型の競争ではアンバンドル政策がなじむが、垂直型の競争ではアンバン
ドルではなく、SMP(Significant Market Player)による規制に必要性を訴えた。またテ
レコムサービス協会は「アンバンドルというと接続会計と接続料規則で別に機能を切り出
すことになる。これでは新しいサービスを始めよう思っても時間がかかる。テレコムサー
ビス協会では、むしろ卸による規制を復活させ、NTTの小売と卸を組織的に分離することが
重要である」とし、「高品質のサービスと低品質のサービスが同じ設備を使っているのに、
トラヒックや活動だけで配分することには無理がある。むしろ料金は効用で決めるべきで
ある。またトラヒックで案分してしまうと、動画のようなブロードバンドのコストがアッ
プしてしまう。とりわけトラヒックでの案分は適当ではない」と主張した。
この主張は、ネットワークの原価計算の3つの新しい方向を示している。
第一の方向は、水平方向の競争と垂直方向の競争を明確に分離して、原価計算する必要性
である。
第二の方向は、垂直方向の原価計算においては、アンバンドルされたサービスを一律同一
料金と原価で提供するのではなく、顧客別あるいは接続先別に原価計算された料金で提供
する必要性を訴えている。販売費と一般管理費の原価管理は、米国においては、独占禁止法の
ひとつであるクレイトン法の修正として、ロビンソン・パットマン法の水平方向と垂直方向の販
売価格差別禁止の規制に中で、発展してきた。情報通信産業では販売費と一般管理費の占める割
合が多く、むしろ独占禁止法的な枠組みを想定したセグメント会計の中のフレームワークを持ち
込む必要性がある。
第三の方向は、垂直競争であれ、水平方向であれ、効用による原価または接続料または卸売りの
策定の必要性を訴えていることにある。本稿では、第3の方向性について言及する。
3.3
ラムゼイ価格
前述のように、完全自由競争市場においては、企業が最大利潤を上げることができる生産
量においては、生産物の市場価格と限界費用が等しくなければならない。情報通信サービス
のような公共財の公共料金は、社会的余剰を最大化するところで価格を決める。このようにして
決まる価格をラムゼイ価格に他ならない。今、サービス1とサービス2の固定費をc1とc2、ラム
ゼイ価格p1とP2の価格弾性率をそれぞれε
1 とε2 として、結果だけ示すと
p1 − c1
ε2
p1
=
p 2 − c 2 ε1
p2
となる。
すなわち価格弾性率ε
1 が低く、価格弾性率ε2 が高い場合、すなわちサービス1(たとえば音
声)がサービス2(たとえばデータ通信)よりも需要が多く、競争するサービスがない場合、サ
ービス1により多くの固定費を配賦すべきだということになる。
ラムゼイ価格は、各サービスの限界費用と需要の価格弾力性についての数値の入手ができないた
め現実的ではないと言われているが、事業計画で価格を決める場合は、限界費用と需要の価格弾
力性は仮説にもとづき計算するので、その批判は適当ではない。
4
コンテンツの流通管理(この項途中)
従来、情報通信のコンテンツやサービスは、製品ごとに管理されてきた。今後、さまざまな端末
やメディアが増えるに従って、各サービスをとらえるよりは、そのチャネルごとにどのサービス
を提供するか検討する方が合理的な時代となった。この方法のメリットは、製品やサービスごと
に流通チャネルをコントロールするよりも、流通チャネルが利益を最大化するように製品やサー
ビスを選択することとなり、より市場指向性が増大し、戦略的になるだけでなく、統制のポイン
トを削減することができる点にある。このような方向に変わった場合、ABCはより使いやすい原
価管理の方法となり、残った固定費もラムゼイ価格になじむ手法をとることができる。
5
クラウドの原価計算
クラウドについては、農業クラウドを題材に、その原価計算の枠組みをM2Mや位置情報
などのテクノロジを活用することで、その効率性を高めることなどを論じる。
以上