娼婦美と冒険 芥川龍之介 いはく しやうふけい によにん あた いかに もつと か そと 貴問に 曰 、近来 娼婦型 の女 人 増加せるを如 何 思ふ 乎 と。然れども僕 とら は娼婦型の女人の増加せる事実を信ずる 能 はず。尤 も女人も家庭の外 もちろん に呼吸する自由を 捉 へたれば、当代の女人の男子を見ること、猛獣の まぬか ほぼ 如くならざるは事実なるべし。こは 勿論 娼婦型の女人の増加せる結果 そなは かならず かうがふ と言ふこと能はず。又産児を 免 るべき科学的方法並びに道徳的論も 略 こんにち じやくかん のち 完全に具 りたれば当代の女人の必 しも交 合 を恐れざるは事実なるべし。 をは か こんにち 若し 今日 の社会制度に 若干 の変化を生じたる後 、あらゆる童子の養育 つひ は社会の責任になり 了 らん乎 、この傾向の 今日 よりも一層増加するは なん と まぬか 言ふを待たず。然れども 畢 に交合は必然に産児を伴ふ以上、男子には も と 冒険でも 何 でもなけれど、女人には常に生死を 賭 する冒険たるを免 れ よ ざるべし。若 し常に生死を賭 する冒険たるを免れずとせば、絶対に交 ことごとく なん にして 悉 交合を恐れざること、入浴を恐れざるが如きに至るも、そ ただ てんぜん は少しも娼婦型の女人の増加せる結果と云ふこと能はず。 何 となれば 娼婦型の女人は 啻 に交合を恐れざるのみならず、又実に恬 然 として個 . 合を恐れざるは常人の 善 くする所にあらざるなり。よし又天下の女人 娼婦美と冒険 いへど そな べか けうばう ぎ 人的威厳を顧みざる天才を 具 へざる可 らざればなり。教 坊 十万の妓 は べ また あした ごかく くれ ゑつしやう 多しと雖 も、真に娼婦型の女人を求むれば、恐らくは甚だ多からざる せうせい あに ことごとく べ し。天下も 可 亦 教坊と等しきのみ。旦 に呉 客 の夫人となり、暮 に越 商 いはん の小 星 となるも、豈 悉 病的なる娼婦型の女人と限る可 けんや。この いささ しよし き かうめん かうむ かうじん 故に僕は娼婦型の婦人の増加せる事実を信ずる能はず。 況 や貴問に答 ︵大正十三年十一月︶ ふるをや。聊 か所 思 を記 して拙答に代ふ。高 免 を蒙 らば幸 甚 なり。 . 娼婦美と冒険 娼婦美と冒険 . 底本：「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房 1971（昭和 46）年 6 月 5 日初版第 1 刷発行 1979（昭和 54）年 4 月 10 日初版第 11 刷発行 入力：土屋隆 校正：松永正敏 2007 年 6 月 26 日作成 青空文庫作成ファイル： こ の フ ァ イ ル は 、イ ン タ ー ネ ッ ト の 図 書 館 、青 空 文 庫 （http://www.aozora.gr.jp/）で 作 ら れ ま し た 。入 力 、校 正 、制 作 に あたったのは、ボランティアの皆さんです。
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