第3 問題作成部会の見解

物理Ⅰ
第3 問題作成部会の見解
1 問題作成の方針
「物理I」では、高等学校学習指導要領の趣旨に沿い、特定の分野に偏らないよう留意しつつ、
身近な現象や実験を題材として取り上げるように作題した。特に、「物理Ⅰ」の基本的理解を問う
ことを目的とし、標準的な難易度の問題を中心に問題を作成し、平均点が 65 点程度となることを
目標とした。また問題は、「物理Ⅰ」の分野構成に対応して、大問数は昨年どおりの4とし、設問
数は昨年と同じ 22 問(解答数 22)とした。難易度は本試験の問題と同程度を目指した。
以下に、作題方針と問題作成時の留意点を列挙する。
⑴ 高等学校学習指導要領に準拠して出題する。
⑵ 「物理Ⅰ」の全分野から偏りなく出題する。
⑶ 平均点を 60 点以下にはしないように出題するという大学入試センターの方針に留意する。
⑷ 学習の達成度を多角的に判定するため、各分野において、基礎的な問題、標準的な問題、思考
力を問う問題をバランスよく出題する。
⑸ 計算力を問う問題とともに、グラフや図を読み取る問題を設ける。また、目新しい状況設定の
問題と、受験者が見なれた問題をバランスよく出題する。
⑹ 数値選択、文字式選択、グラフ選択、図選択、文章・語句選択など、多様な解答形式が含まれ
るようにする。
⑺ 問題文は、受験者に誤解が生じないようにするとともに、できるだけ簡潔にする。
2 各問題の出題意図と解答結果
大問別では、第2問の正答率がやや高く、第1問の正答率がやや低かったが、学力識別の観点か
らは全体として大きな問題はなかったと考えられる。ただ、「物理Ⅰ」の追・再試験受験者数は少
なく、統計的な意味は薄れている。
以下に、大問ごとに出題意図、解答結果の順に述べる。
第1問 「物理Ⅰ」の全分野の中から基礎的な項目を選び、基本的な理解を問うことを意図した。
問1 波の定常波に関する基礎的理解を問うた。
問2 直線電流がつくる磁場によって磁極が受ける力に関する基本的理解を問うた。
問3 理想気体の内部エネルギーと熱力学第一法則に関する基本的理解を問うた。
問4 光の屈折に関する基本的理解を問うた。
問5 並列抵抗を含む電気回路に関する基本的理解を問うた。
問6 力のモーメントのつり合いに関する基本的理解を問うた。
問1は波の定常波に関する基礎問題であるが、逆向きに進む横波の足し合わせにより生じ
る定常波について正しく理解している必要があった。学力識別能力は高かった。
問2は、直線電流がつくる磁場とそれによってU字形磁石の磁極がどう力を受けるかを問
うた。U字形磁石がつくる磁場によって直線電流が受ける力の反作用を考えることでも正答
を得られる。学力識別能力はあまり高くなかった。
―299―
問3は、理想気体の様々な過程で、内部エネルギーの変化を問う問題であり、学力識別力
はあまり高くなかった。
問4は、光の屈折に関する基礎的な問いである。正しく屈折角を求めてからプリズムの屈
折率を導出する必要があった。学力識別力は高かった。
問5は、並列抵抗の抵抗値の計算と回路に流れる電流に関する標準的な問いである。
問6は、力のモーメントのつり合いに関する数値計算を含む問題であるが、学力識別力は
標準的であった。
第2問 電流電圧特性のグラフを用いた回路の性質に関する理解及びコイルに流れる電流がつく
る磁場に関する基本的な理解を問うた。
A 電流電圧特性が与えられた抵抗と、それにもう一つの素子を加えたときの回路の性質に関
する基本的理解を問うた。
問1 電流電圧特性が与えられた抵抗が未知抵抗に直列接続されたときに、その未知抵抗の電
流電圧特性をグラフから読み取る力を問うた。
問2 電流電圧特性が与えられた抵抗と素子を並列に接続したときに、回路に流れる電流値を
問うた。
B コイルに流れる電流がつくる磁場に関する基本的理解を問うた。
問3 磁針を使ってコイルに電流を流したときの磁場を調べることで、コイルの内外に生じる
磁場分布に関する理解を問うた。
問4 磁針の動きの時間的変化を与えることで、その周りに等間隔に置かれた三つのコイルに
流れる電流を考察する学力を問うた。
問1は、直列に接続された二つの抵抗に流れる電流は等しいことと、全体の電圧降下は電
源電圧に等しいことに気づき、それをグラフから読み取ることが求められている。学力識別
力は高かった。
問2は、電流電圧特性が直線的ではあるが比例関係にはない特殊な素子を並列に接続した
ときに、全体に流れる電流値を問う問題であったが、並列に接続された素子と抵抗の両端に
かかる電圧は等しいことに気づき、そのことをグラフから読み取れば正答に至ることができ
る。
問3は、コイルの内部と外部に磁針を置き、コイルに電流を流したときに生じる磁場の分
布を問う基礎的な問題であった。
問4は、磁針の動きの変化から、その周りに置かれたコイルに流した電流の時間的な変化
を考察する力を問うた。
第3問 波動に関する基本的理解を問うた。
A 薄膜によるレンズのコーティングを題材として、光の干渉条件に関する理解を問うた。
問1 二つの境界で反射される光の干渉条件の理解を問うた。
問2 問1から薄膜の厚さを変化させたときの、二つの境界での反射光の干渉を問うた。
B 動く波源により生じる水面波を題材にして、ドップラー効果に関連する波の基礎事項を問
うた。
問3 動く波源により生じる水面波の性質に関する基本的理解を問うた。
―300―
物理Ⅰ
問4 動く波源により生じる水面波の振動数・波長・速度の関係に関する理解を問うた。
問1は、二つの境界で反射される光の弱め合うための条件を問うた。各々の境界の反射に
より光の位相は変化しないことを与え、光路差のみから干渉条件を用いて正解に到達でき
る。学力識別力は高かった。
問2は、問1の状況から薄膜の膜厚を2倍、3倍と変化させたとき、問1の反射光の弱め
合う条件を維持するのはどの膜厚かを問うた。弱め合う干渉条件には半波長分のずれがある
ために、奇数倍のみ弱め合う干渉条件を維持することに気が付けば正解に到達できる。学力
識別力が高い問題であった。
問3は、水面波の基本的性質を問う問題であった。水面波の速度は波源の動きに関係なく
一定であり、周波数と波長の関係が保たれていることを理解していれば正解に到達できる。
学力識別力が高い問題であった。
問4は、図2をヒントに水面波が近づく場合と遠ざかる場合の波長を導出することにより
正解に到達できる。振動数に関するドップラーの公式を用いても、問1の結果から正解に到
達できる。学力識別力は高かった。
第4問 力学、熱・エネルギーに関する基本的理解を問うた。
A 摩擦のある床の上に積み重ねられた二つの物体の運動を題材に、摩擦力、等速度運動、加
速度運動についての基礎的理解を問うた。
問1 二つの物体が一体となって動く場合に、外力と摩擦力と質量と加速度の関係について基
本的理解を問うた。
問2 動摩擦力と垂直抗力についての基本的理解を問うた。
問3 摩擦のある面上に積み重ねられた物体の一つが等速度運動する場合に、物体にかかる力
の基本的理解を問うた。
問4 前問の状況での物体と床の間の摩擦係数、物体間の摩擦係数の関係について問うた。
B 二つのばねに接している小球の運動を題材に力と力学的エネルギー保存則についての基礎
的理解を問うた。
問5 二つのばねによる力の合成についての理解を問うた。
問6 ばねによる位置エネルギーと小球の速さの関係を題材にエネルギー保存則に関する基本
的理解を問うた。
C シリンダーとばねの付いたピストンを題材に、理想気体の性質と熱力学第一法則について
の基本的理解を問うた。
問7 等温膨張過程、等温圧縮過程における熱の出入りについての基本的理解を問うた。
問8 シャルルの法則の基本的理解と、ばねの伸びと圧力の関係についての理解を問うた。
問1は、物体に水平に外力を加えた場合に、外力と摩擦力と質量と加速度の関係について
基本的理解を問うもので、学力識別力はやや低かった。
問2は、動摩擦力と垂直抗力についての基本的理解を問うもので、学力識別力はやや低
かった。
問3は、摩擦のある床上で等速度運動する物体にかかる力についての問題で、学力識別力
は高かった。床上で二つの物体が異なる運動をするという複雑な状況でも、等速度運動する
―301―
物体にかかる力はつりあうことに気付くかどうかが本問のポイントである。
問4は、前問の状況での、摩擦係数の関係を問う問題で、受験者全体に対する学力識別力
は高かった。
問5は、力の合成とばねの力についての基礎的問題で、学力識別力は高かった。
問6は、ばねのエネルギーと小球の速さの関係を問う問題で、学力識別力は標準的であっ
たが、斜めに引っ張られたばねが二つある状況での位置エネルギーを捉えることを受験者が
苦手にしていると思われる。
問7は、断熱膨張、断熱圧縮における熱の出入りに関する問題で、全体としての学力識別
力は標準的である。ただし中下位から中上位までの受験者に対する学力識別力は低かった。
問8は、シャルルの法則の基本的理解と、ばねの伸びと圧力の関係についての理解を問う
たものであるが、学力識別力はやや低かった。ばねの伸びと圧力の関係についてもシャルル
の法則についても誤答が目立った。設定が目新しかったためと思われる。
3 出題に対する反響・意見についての見解
追・再試験については、高等学校教科担当教員と日本物理教育学会から意見が寄せられた。その
中では、普段の授業で取り上げられる基本的事項を題材とした問題が、設問や視点を工夫して出題
されており評価できる、バランスの良い出題がなされている、との評価の一方、複数の知識を組み
合わせた問題があり、物理の基礎を問う問題としてふさわしくないとの意見もあった。全体とし
て、難易度、分野、程度のバランス、内容・設問形式などは、おおむね妥当であるとの評価をいた
だいた。出題範囲について、「物理Ⅰ」を越えた設問は無いが、発展的問題になっているとの指摘
もあった。本部会では、「高校における基礎的学習達成度を測る」という大学入試センター試験の
目的を達成するためには、単に知識を問うばかりでなく、その基礎知識の様々な状況での理解を問
うことも大切であると考えている。また、受験者にとっては小問の配点で5点は重いものとなって
いるので、問題を分割するなどして配点を下げてほしいという要望があった。今後の作題の参考に
したい。
以下、各問の評価に関する本部会の見解を述べる。
第1問
問1は、問1は、定常波の媒質の振動について問う基礎的な問題であるという評価をいただ
いた。
問2は、電流が磁場から受ける力の反作用を問う基礎的な問題であるという評価をいただい
た。
問3は、理想気体の状態変化と内部エネルギーに関する基礎的な問題であるという評価をい
ただいた。
問4は、プリズムに入射した単色光の屈折の様子からプリズムの屈折率を問う標準的な問題
であるという評価をいただいた。
問5は、並列に接続された抵抗の数と電流の関係を問う基礎的な問題であるという評価とい
ただいた。また、ブレーカーという生活に身近な題材を用いたことで、出題に工夫が見られる
―302―
物理Ⅰ
という評価もいただいた。
問6は、力のモーメントのつり合いに関する標準的な問題であるという評価をいただいた。
第2問
問1は、電流電圧特性が与えられた抵抗に直列接続された未知抵抗の電流電圧特性を問う標
準的な問題であるという評価をいただいた。
問2は、電流電圧特性の与えられた抵抗と素子が並列接続されている回路に流れる電流を求
める標準的な問題であるという評価をいただいた。問1、問2ともグラフから解答が導き出せ
る思考力を問う問題であるという評価もいただいた。
問3は、コイルに電流を流したときにコイルの内側と外側にできる磁場の向きを問う基礎的
な問題であるという評価をいただいた。
問4は、磁針の動きから、その周りに置かれた三つのコイルに流れる電流を考察させる標準
的な問題であるという評価をいただいた。ただし、問題文中の「次に、電流を流すコイルを
イ
に変えると」の部分で、
「変える」ときに方位磁針がいったんy軸正の向きに戻ると考え
てしまうと混乱をきたす可能性も指摘されており、今後は表現の工夫にも十分配慮する必要が
あると考えている。
第3問
A、Bとも、身近な題材で題意がとりやすい図が与えられているとの評価をいただいた。
問1は、レンズ表面にコーティングした薄膜による反射光の干渉に関する基礎的問題である
という評価をいただいた。身近な題材で題意がとらえやすい図が与えられ受験者が取り組みや
すいなどの評価をいただいた一方で、同位相か逆位相かを問うのは、「物理Ⅰ」の高等学校学
習指導要領の範囲から少し逸脱しているのではないかとの指摘を受けた。本部会においては、
同位相・逆位相の概念は波動における重要な概念の一つであり、範囲からは逸脱していないと
判断した。
問2は、問1の設定から薄膜の厚さを変化させたとき、反射が弱まるのはどの場合かを問う
標準的な問題であるとの評価をいただいた。
問3は、水面波の波長と振動数の関係を問う基礎的な問題であるとの評価をいただいた。
問4は、波源である船と生じた水面波の速さに関する標準的な問題であるとの評価をいただ
いた。
第4問
問1は、あらい床の上におかれた台とその上にある物体の加速度を求める基礎的な問題であ
るという評価をいただいた。
問2は、前問の状況で台と床の間にはたらく動摩擦力の大きさを求める基礎的な問題である
という評価をいただいた。
問3は、物体が台上をすべり出したときに、台にはたらく力の関係について問う標準的な問
題であるという評価をいただいた。一方で、「物理I」の範囲から逸脱しているという指摘を
いただいた。本部会では、「物理I」の範囲内であると考えている。
問4は、問3の状況で床と台の間及び台と物体の間の二つの動摩擦係数の関係を問う標準的
な問題であるという評価をいただいた。
―303―
問5は、二つのばねの弾性力につりあう力を求める標準的な問題であるという評価をいただ
いた。一方で、つりあいの条件だけでなくピタゴラスの定理の理解も要求されるという点で、
大学入試センター試験としては不適切であるという指摘もいただいた。ピタゴラスの定理は中
学校の数学での既習事項であり、本部会としては本問は大学入試センター試験の問題として適
切であると考えている。
問6は、力学的エネルギー保存の法則を用いて、ばねが自然長に戻ったときの小球の速さを
問う標準的な問題であるという評価をいただいた。
問7は、等温変化における、熱の吸収・放出を問う基礎的な問題であるという評価をいただ
いた。熱力学第一法則を理解していれば正答を導くことができると指摘をいただいた。一方で
条件設定の文章が分かりにくく、大学入試センター試験の出題範囲から逸脱しているのではな
いかという指摘をいただいた。本部会は、本問は「物理I」の範囲内にあると考えている。今
後、文章表現の工夫にも十分配慮する必要があると考えている。
問8は気体の状態変化における温度変化と圧力の変化を問う応用的な問題であるという評価
をいただいた。
4 来年度以降の留意点
本年度の結果と各方面からいただいた意見を踏まえ、従来からの以下の留意点を確認するととも
に、問題構成、配点、組合せ問題のあり方等を検討していきたい。
⑴ 平均点が 65 点程度になるよう配慮する。
⑵ 教科書にあり授業でも時間を割いて教える基本的な知識・法則を問う基礎的問題から物理的思
考力及び計算力を問う問題までバランス良く出題する。
⑶ 物理教育に良い影響を与えるように、実験可能な問題、探求活動のきっかけとなるような問題
が含まれるよう配慮する。
⑷ 物理に対する関心を高めるために、日常生活に密着した題材からの問題が含まれるよう配慮す
る。
⑸ 教科書で発展として扱われている題材を取り上げる場合は、ヒントを与えたり、イメージが湧
きやすいよう図を挿入したりするなどの工夫をした上で、「物理Ⅰ」の範囲内で解けるように出
題する。
⑹ 平均的な学力をもつ受験者が試験時間 60 分以内に全ての問題に取り組むことができ、また思
考力・計算力を要する問題に十分な時間を割けるよう、問題設定や問題文をわかりやすくする。
⑺ 設問形式、状況設定、問題文、図などはよく検討し、受験者が短時間で容易に問題を把握でき
るよう配慮する。
⑻ いわゆる連動問題はできるだけ避け、連動問題を出題する必要がある場合には、一つの誤答が
他に大きく波及しないよう配慮する。
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