藻類バイオ:クロレラと重イオンビーム育種の可能性 河野 重行(東京大学大学院新領域創成科学研究科) 2008年に発表されたグリーン・ニューディールは、地球温暖化、世界金融危機、石 油資源枯渇に対する一連の政策で、オバマ政権の当初のスローガンにもなっていまし た。金融と租税の再構築と再生可能エネルギー資源に対する積極的な財政出動が骨子 で、リーマンショックもあってこの提言に沿った政策が世界中で推進されてきました。 バイオ燃料もその一つですが、シェール革命や中東の原油安で、化石燃料への依存が 再び高まろうとしています。産業革命前は280ppmだった、大気中のCO2濃度は今や 400ppmを超え、 地球温暖化で2016年は史上最も暑い夏になると予測されています。 1/10ミリにも満たない微細な藻類の育種が注目されています。大気に含まれる酸素 のほとんども、白亜の海岸も、シェールガスさえもが、地質時代に地球上で大繁殖し た微細藻類に由来します。藻類の物質生産能には定評があります。微細藻類による CO2差引排出量ゼロのカーボンニュートラルな物質生産やグリーンエネルギーが早く 望まれるところです。微細藻類は光や栄養塩を制御することで、例えば、ヘマトコッ カス藻に化粧品で有名になったアスタキサンチンを過剰に産生させたり、クロレラに バイオ燃料になるデンプンやオイルを選択的に産生させたりすることができます。 クロレラはタンパク質を豊富に含んでいて増殖も早いことから、「未来の食糧資 源」として、両世界大戦後の食糧難の時代には各国で研究され実際に食されてもいま す。一方、重イオンビームは核種を選択することで、小規模欠失変異から大規模な染 色体再構成まで誘発できる新たなツールとして近年注目を集めています。クロレラに 変異源として重イオンビームを照射し、デンプン量とオイル量が野生株と異なる性質 を示す株を選別できるか、重イオンビーム照射によって物質生産に関する表現型にど んな違いが表れるかなどを比較解析し、重イオンビームの「育種効果」を調べました。 例えば、クロレラの培地の窒素濃度を下げると、デンプン量が1.5倍、オイル量が6.4倍 となるような増産株が単離できています。この株は、戸外の大量培養槽装置(150L)で 培養すると、乾燥重量当たりのオイル蓄積が66%になることがわかりました。 最近、クロレラのゲノム解読が完了したことで、こうした増産株の原因遺伝子が明 らかになるとともに、重イオンビームを照射された染色体の大規模な分断化やその後 のゲノム再編なども解析できるようになっています。また、オイルの増産だけでなく 機能性にも注目した育種が可能になり、オメガ3脂肪酸の含有量を改善したり、エルカ 酸やネルボン酸といった機能性脂肪酸の産生にも成功しています。 図1 クロレラの電顕3D オイル産生を誘導した細胞を電顕 包埋して、30~50枚の超薄切片に切り分け、その電顕観察 像を3次元立体構築(電顕3D)した。Aは細胞壁を除いた外観、 Bそれを半分に割って内部が見えるようにした。Aの上部を覆 う顆粒がオイルドロップで、Bの下2/3で見られる葉緑体の中 にある不定形の顆粒がデンプン粒である。デンプンとオイル が1つの細胞に共存しているが、時間経過とともにデンプンが 分解されオイルに変換される。バーは1 µm
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