留学生レポート 香港での半期を終えて 香港大学 社会学部4年 荘田果穂 2014 年 1 月~2014 年 12 月までの1年間、香港大学(Hong Kong University,通称 HKU) の社会科学部(Faculty of Social Sciences)へと留学させていただいております。現在は留 学の途中ですが、半期を終えてのまとめとして報告させていただきます。 1、留学を決めた理由、香港という都市 「香港に留学する」と言うと、多くの人は「なぜ、香港なの?」と疑問に思うでし ょう。中国留学がしたいなら北京や上海へ行くのが一般的ですし、英語を使いたいな ら欧米へいく方が有意義で、香港、という都市は日本からすると、ぱっとしない、中 途半端な場所であるように思います。周りの人にも「台湾留学頑張ってね」とか「行 くのは上海だっけ?」とかよく勘違いされていました。香港は、中国の最南端に位置 する特別行政区です。主に香港島、九龍半島、新界の三地域から構成され、すべて合 わせても東京の半分の面積しかありません。1997 年にイギリスから中国へと返還され ましたが、現在も香港と中国はまるで別の国のような扱いであり、異なる言語、異な る生活文化に加え、パスポートも通貨も異なります。亜熱帯の小さい都市でありなが ら、約700万の人々が暮らし、世界経済の中心都市の一つとして、目覚ましい発展 を遂げた場所です。実は香港に来る前は、今ここに書いたようなことは全く知りませ んでした。中国の一都市で、特別区だから発展している、という程度の認識しかあり ませんでした。 実は私はもともと中国語を勉強していたこともあり、大学入学当初から中国へ留学 したいと漠然と考えていたのですが、私の中国語は大学の授業を受けるレベルには達 しておらず、中国で何を学びたいか、という目的も曖昧だったため、2年生の時点で の交換留学への応募は見送りました。私がはじめて香港に興味を持ったのは、サーク ルの先輩が香港へ留学することになり、 「香港大学は大学ランキング(2012 年)でアジ アの中では1番の大学だ」という話を聞いたときです。なぜ北京でも東京でもなく、 香港が一番なのだろう、香港とはどういう都市なのだろう?という疑問から、香港に 興味を持ちました。調べてみると、香港大学は授業のほとんどが英語で行われ、植民 地時代の影響で教育カリキュラムはイギリスに沿っており、中国を含めアジア全土、 いえ世界中から優秀な学生と教授が集まる、アジアで最もインターナショナルな大学 の一つでした。優秀なアジアの学生たちと共に学び、世界で活躍するアジア人のレベ ルを体感できる、という環境は私にとって非常に魅力的であり、競争心をくすぐられ るものでした。留学の決定打になったのは、香港が移民国家である、という点です。 私の専攻は国際社会学であり、端的にいえば移民研究をしています。香港は中国本土 からの移民だけでなく、欧米から赴任しているビジネスマンや、フィリンピン、イン ドネシアからの家事労働移民等、たくさんの外国人が暮らし、社会統合政策や福祉の 面でもさまざまな問題を抱える都市です。中でも家事労働者の受け入れ都市としては そのモデルとしてよく紹介されます。わたしはジェンダーの問題と移民の家族の問題 に特に関心があったため、香港は研究対象として興味深く、香港に行って香港の移民 問題を学びたいと思い、留学を決めました。 2、香港大学と授業 香港大学はシンガポール国立大と並ぶアジアでもトップクラスの大学です。孫文の 出身校としても有名で、100 年以上の歴史があり、通称港大、HKU など呼とばれてい ます。学部は10学部あります。香港では英語能力が必須であるためか、香港大学で はすべての授業が英語で行われています。 「お金」に最も大きな価値がおかれる実利主 義の香港では、花形の学部はビジネスで、授業や テストもかなり厳しいようです。私の所属する Social Sciences の学部は、 「お金にならない学問」 と揶揄されることもしばしばあるようですが、社 会福祉に興味を持つ熱意ある学生が多く、すべて の学生に社会福祉関係の NPO 等でのインターン シップが義務付けられています(交換留学生は参 加ません) 。数年前に100周年を記念して新しく Centennial Campus が建設され、社会学部や教養 学部の授業、語学の授業の多くはその新ビルの中 で行われています。Centennial Building にある Chi Wah Learning Commons ではパソコンやデ スク等が整えられ、勉強しやすい環境がそろっており、綺麗で快適です。 授業は基本、週に2時間の講義と1 時間のチュートリアルで1コース (6単位)が構成されています。チュートリアルとは、少人数でディスカッションや グループワークを行う授業のことで、講義よりもむしろチュートリアルでの出席とコ ミットメントが重視されます。語学の授業は週に2時間×2の合計4時間です。私は 社会学科(Sociology)から3つのコースと中国語(普通語)のコースを受講していま したが、うち二つのコースではレポート×プレゼン(個人/グループ)×テストの三点 盛で、いずれも一橋大学の講義より苦労しました。社会学部では、特に Reading が多 く、私の場合は一つのコースにつき毎週50ページほどの課題文献が出され講義もチ ュートリアルも読んできていることを前提に進められていきます。すべての文献を 隅々まで完璧に読んでいく必要はありませんが、限られた時間の中で何を優先するか、 どう力配分をするか等を考えて生活することが重要になり、自分の時間を考えて管理 する必要がありました。中国語の授業も同様に課題は多く、授業の中で3分プレゼン が2回、 単語テストが2回、 中間テストと期末テストではそれぞれ Writing Test と Oral Test、さらに 500 語程度のエッセイ課題がありました。さらに、私は Level 6(1~8 ま でレベル分けされます)のクラスにいたので、授業は基本的にすべて中国語で進めら れました。週に2回授業があり、あっという間に進んでいく上に、新しい単語も次々 に増えていき、クラスメイトも香港人や中華系の留学生を含んでいたため、わたしに とってはとても挑戦的で、力のつく内容でした。普通語以外にも、広東語の授業をと ることもできます。 香港では就職・進学の際に大学での成績 がかなり重視されることから、多くの学 生が必死で勉強しています。特に中国本 土からの留学生は奨学金等もかかって いるので、まず勉強量が全く違うといっ ていいと思います。ある学生は課題提出 の1週間前に課題を終わらせ、教授にコ ンタクトをとってアドバイスをもらい、 さらに提出期限までに完璧に仕上げる のだそうです。これはわたしの知っている日本の大学生では考えられないことです。A +の評価はすべて本土からの留学生がとっていってしまう、とも言われています。大 学の図書館には24時間勉強できるスペースがありますが、常にオープンの30分前 には列ができるほどです。授業中も寝ている学生をみることはあまりありません。チ ュートリアルでは積極的に発言する学生が多くいます。試験期間中はまさに文字通り 朝から晩まで必死に復習する姿が見られました。香港の学生の多くは自ら英語が得意 ではないという学生も少なからずいて、発音も上手とは言えませんが、彼らは英語が 話せることが就職の上で必須条件であると認識していますし、小さいころから英語で のレポートやプレゼンのトレーニングを受けているので、たとえ母国語でなくても、 苦手意識を持っていても、臆さずに授業に取り組んでいます。また、学生の忙しさは 勉強だけではありません。Hall と呼ばれる大学の寮で暮らす学生は、Hall でのクラブ 活動やスポーツチームに参加することが義務付けられています。多くの活動は授業で 忙しい生徒が確実に参加できるよう夜に行われ、寮の周りは深夜でも騒がしいです。 2つ、3つと活動に参加している生徒も多く、毎日3時間しか寝られない、という生 徒もいるようです。ただし Non-local student である交換留学生には参加義務はありま せんので、私は Hall の活動には参加していません。 最初の学期ということで、私は今学期香港と中国についてジェネラルに学べる講義 を受講しました。香港と中国について、それぞれ戦後から現在にかけての社会の変化 を家族、ジェンダー、経済、結婚、価値観など様々な視点から議論するもので、それ までよくわかっていなかった中国と香港について、どこが似ていてどこが違うのかを 歴史的文脈を踏まえつつ総括的に学ぶことができました。次の学期はさらに専門的な 移民やジェンダーに関する授業をとってみたいと考えています。以下、授業で学んだ ことを踏まえ、香港の生活と香港についての考察になります。 3、香港での生活と香港人 私は社会学を学ぶ学生ですので、毎日を過ごす中で、香港の人々の生活や香港人の アイデンティティ、そして、アウトサイダーとして滞在している自分自身について考 えることはとても楽しく感じられます。 香港での生活は、とても快適です。中国と聞くと、まだインフラが整っていない、 特にトイレがすごく汚いというイメージを持たれがちですが、香港はインフラも日本 と同レベルで整っていますし、町中のあらゆるところにゴミ箱が設置され、トイレも 比較的綺麗です。途上国によくあるように、トイレットペーパーが設置されていない、 トイレにペーパーを流してはいけない、ということもほとんどありません。地下鉄も 発達していますが、より便利なのはバスで、市内のどこへでも交通網が行き届いてい ます。夜遅くなっても帰る方法に困ることはほぼありません。Wi-Fi を使える場所も東 京よりはるかに多いです。生活用品は、日本製品もその他の外国製品も多く輸入され ているため、日本にある日用品はほぼ香港で見つけられるといってよいでしょう。一 部少し危ないと感じられる場所もありますが、そのような場所以外は非常に治安もよ く、一人で町を歩いても怖いと感じることはありませんし、大学内でなら多くの学生 が鞄で席取りをしている光景が見られます。物価も 日本とほぼ変わりませんが、日本製品やその他欧米 の製品はブランド化され、比較的高値で売られてい ます。食事も同様で、ローカルな広東料理や大学の 食堂では一食 3-400 円ほどで食べられますが、美味 しい日本食が食べたいと思えば、1000 円以上払わな ければいけません。安く暮らそうと思えば暮らせますが、安い食事はあまり美味しい とはいえないので、私はあまり節制生活はできていません。 そして香港は一言でいうと、 「雑多な町」です。たくさんの人種も入り混じっていま すし、売られている商品も多くは輸入されたもので、まとまりはあまりないように見 えます。香港は世界で最も人口密度の高い都市の一つで、狭い土地で多くの人が暮ら すため、高層ビルが立ち並び、レストランもバスも住居もすべてが少し窮屈に感じら れます。香港は地震のない地域ですが、隙間なくビルが 並んでいる様子は、地震国家に生まれた私には少し恐怖 を感じさせるものです。地価は東京以上に高く、多くの 人は小さい部屋をルームシェアしていますし、家賃の高 さは今香港でもっとも深刻な問題の一つです。 雑多な、と表現しましたが、それは香港独自のものが ない、というわけではありません。香港本来の中華文化 と輸入された(主にイギリスの)文化が混ざり合い、時 には新しい文化が生まれたりもしています。香港式のミ ルクティーやフレンチトーストは中国にもイギリスに もないものですし、香港の広東語の中にはたくさんの外 来語が音訳されて入っています(中国広東省の広東語とは異なります)。また香港の 人々は、中国本土の人々と自らを区別して香港人と呼び、中国人(Chinese)ではなく 香港人(Hongkonger)であるというアイデンティティを強く持っています。Local、 Non-Local といった区別の仕方も、香港独自の言い方なのかもしれません。香港人は数 多くいる外国人と上手く棲み分けをし、共存を図っているように見えます。香港の人々 は日本人よりもはるかに「外国人慣れ」していますが、大学内でも日々の暮らしの中 でも、香港人は香港人と、外国人(中国人含む)は外国人と過ごす、というように壁 を感じることはあります。もともと 1950 年までに中国からの多数の移民や難民によっ て「出稼ぎの場」 「短期滞在の地」として構成された香港が、1970 年ごろから香港生ま れの世代が登場し「香港人」というアイデンティティを獲得したと言われていますが、 香港の独自性、独立性を保とうとする動きは近年ますます高まっており、北京政府と の政治的問題にも関心が集まっています。 前述したように、香港は実利主義が特徴です。高価なものやブランド力のあるもの により価値があり、やりがい等よりも給料のよい仕事に就くことを目指す人が多い傾 向にあります。ショッピングモールには欧米の高級ブランドが数多く入り、街中では 高級車ばかり見かけます。大学の授業も実学重視で、役に立つもの(つまり儲かるも の)は取り入れられ、役に立たないものは排除されます。伝統ある老舗の料理店でも 儲けが少なければあっという間に買収されたりします。徹底的に効率性が重視された 都市とも言えるでしょう。したがって、大都市であるにもかかわらず、娯楽はあまり 多くありません。お酒を飲まないという人も多いです。クラブやバーの利用者は欧米 人が圧倒的に多く、香港人の暮らしは素朴で質素だと感じられます。山と海に囲まれ ているため、ハイキングに出かける人や、街中でも体操をしたり走ったりしている人 をよく見かけます。香港人は非常に働き者で、忙しそうにしている人が多いです。こ のような香港の実利主義は中国本土からの移民当初、貧しく苦労した経験と、目覚ま しい経済発展の起きた黄金時代に努力すれば這い上がれる、という階層移動を経験し たためだと考えられます。そして、平等な教育機会と就労機会、公正な競争社会に重 く価値が置かれ、実力主義・成果主義も重視されています。学生の多くは香港の外に 出て働くことも考えていることが多く、自分の考えの甘さを痛感させられることも 多々あります。 香港での日々は、食事や遊びに関してはもの足りないこともありますが、勉強面や 仕事面では挑戦的で、刺激的な毎日を送っています。残り半分の留学生活も充実した 日々にしていきたいと思います。
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