第4 中林供述と他の証拠との関係

第４
N 供述と他の証拠との関係
１
会食の同席者である T 供述の信用性の検討
⑴
公判廷における T 証言について
本件の最大の争点は、被告人が２回の会食において N から現金の供与
を受けたか否かであるが、いずれの会食でも N は同席者である T が席
を外した際に、被告人に対して現金を供与した旨を述べていることから、
実際に、事実の存否として最も重要なのは、同席者である T がいずれの
会食でも「席を外した」か否かである。そこで、この点に関する直接証
拠である T の公判供述の信用性について検討する。
ア
①
T の供述内容
２回の会食で席を外したことはない。この点については、一貫
して「席を外してない」と言ってきている（第４回 T１２頁、１４頁、
１９頁、２０頁）。
②
会食の場で席を外す可能性としては、携帯電話がかかってきた
り、トイレに行くであったり、ファミリーレストランであれば、ドリ
ンクバーというのがあったりするが、２回の会食の際、いずれの理由
でも席を外したことはない（同６頁）。
③
もともとトイレには余り行かない体質で、トイレに行くのは、
平均して１日に２回か３回である（同７頁）。また、一般的に、大事な
話の前にトイレに行く癖があることを理解したが、山家ではトイレに
行っていない（同６頁、４７頁）。山家には、５、６回行っているが、
山家のトイレの位置を初めて知ったのは、平成２６年８月頃のことで
ある（同８頁、９頁、１０頁）。
④
被告人と一緒にいる時間は、T にとって貴重な時間であるので、
仮に大事な電話がかかってきたとしても、その場で出て、後でかけ直
すことを伝えるまでで、電話を持って席を外してまでして、携帯電話
での会話を被告人との会話より優先することはない（同７頁、１２頁、
１５頁）。
⑤
他人の分までドリンクバーに飲み物を取りに行ったことはな
い（同８頁）。４月２日に３人でガスト美濃加茂店に行った時も、最初
に３人でドリンクバーに取りに行って、その後は取りに行ってない
（同２３頁、２４頁）。
⑥
山家以外の店で、被告人と一緒でないときには、トイレで席を
外したことがある（同２８頁、２９頁）。
イ
(ｱ)
T の公判供述の信用性
会食での共有時間及び会食の目的について
N、 T 及び被告人が、４月２日にガスト美濃加茂店で落ち合い、一緒
に居た時間は、約４５分（職権１号証１４３によれば、被告人から N に
「まもなく着きます！」という内容のメールが送信されたのが、同日午
前１１時５６分であり、甲８号証によれば、N が飲食代金を同店のレジ
でクレジットカード決済をしたのが午後１２時４５分である。）である。
また、３人が４月２５日に山家住吉店で落ち合い、一緒に時間を過ご
して、N が退店を決意するまでの時間は、約４０分である（第２回 N９
６頁及び第４回 T２５頁によれば、被告人が山家住吉店に到着したのが、
同日午後１０時前頃であり、職権１号証２５９によれば、N から T に
「そろそろ、おいとまします。」という内容のメールが送信されたのが、
同日午後１０時４１分である。）。
そして、飲食物の注文や料理の提供、追加注文やその料理や飲料の提
供、テーブルからの飲食済み食器の引き上げなど、当然に想定しうる給
仕行為に要する時間（山家に関しては、被告人到着後、店長代行であっ
た A が、被告人に対して挨拶などを行ったという時間も加わることにな
る。）を考慮すれば、各店舗の店員らに接することなく純粋に３人で共有
し得た時間というのは、ガストに関しては、４０分あるかないかといっ
た程度で、山家に関しては、３０分あるかないかといった程度であると
考えられる。
その上、ガストについては、T としては、N に同行を断られながらも、
それを押し切り（第２回 N４９頁）、名古屋市から美濃加茂市まで少なく
とも１時間の時間を要してまで、被告人に会いに行っているのであり、
また、山家についても、 T としては、被告人と市長選を含む大事な政策
論議をする目的で、
「午後９時半」という会食開始の時間としてはかなり
遅い時間であるにもかかわらず、わざわざ集合しているものである。そ
して、後者に関しては、会食の目的として、当初から、市長選も念頭に、
被告人が今後どのような政策を実行し、どのようなマニフェストを掲げ
るか、といった盛り沢山な内容が予定されていたものである（第４回 T
５０頁、５１頁）。
以上のとおり、 T としては、限られた短い時間の中で、特に、山家に
関しては、被告人と政策論議等を行うという重要な目的を有しつつ、被
告人と会っているのであって、会食の際に T が席を外していないとする
のは、当時の状況からして、客観的にも主観的にも、至極当然の言動で
ある。
よって、上記「ア ① 」の T の供述は信用性が高いと言える。
(ｲ)
供述経過について
検察官は、事情聴取の初日である平成２６年６月２４日の午前中のう
ちに警察により供述調書が１通作成され、 T が、ガストでも山家でも席
を外したことがあると供述したと述べる（第４回 T４０頁）。
確かに、同人が弁護人作成の供述録取書（弁９号証９頁）の中で述べ
ているように、同人の取調べの初日の６月２４日付の警察官の供述調書
には「席を外していたので金を渡したことはわからなかった」との記載
がある。しかし、同調書の「席を外していた」との記載は、
「N が藤井に
お金を渡したところは見ていないこと」の理由として付記されているも
のであり、
「席を外していた」ことを積極的に認めるものではない。この
ことは、T が、同供述録取書において、
「まだ取調べが始まったばかりで、
よく意味がわかりませんでしたが、自分としては N と藤井とのお金のや
り取りを見たかどうかが問題で、席を立ったかどうかが問題だとは思い
ませんでしたので、読んでもらった調書に署名しました」と述べている
とおりである。
そして、T は、この内容に関し、公判廷において、警察官が「しつこ
かったを分かりやすく言うとそうなります。」と述べて追認し（第４回 T
４０頁）、警察官に「席を外していない」という調書にして欲しいと何度
も言ったが直してはくれず、そのときは、お金のやり取りを「見ていた
かどうかが肝腎だと思いましたので、席を外すことは大したことではな
い」と思って、警察官のしつこさに折れた結果だと述べるところである。
後記のとおり、２日後に行われた初回の検察官の取調べにおいても、
検察官が T に対し、目先を変えて、「お金を渡すところを見た」という
供述を引き出すことが最も重要で「席を外した」とする供述には大した
意味がないように振る舞っていた可能性が極めて高いことからすれば、
上記 T の供述には十分に合理性が認められるところであり、その信用性
は高い。
なお、この６月２４日付の警察官の供述調書は、証明責任を負担する
検察官から、本手続きにおいて、証拠請求すらなされていないものであ
り、その訴訟遂行態度からすれば、すでに検察官自身が同調書には信用
性が認められないことを自認しているに等しい。にもかかわらず、検察
官は、公判廷での T に対する反対尋問において、ことさらに、このよう
な同調書の記載を取り上げて、重要証人の心理に大きな動揺を与えよう
と画策するものであり、このような検察官の立証態度は、なりふり構わ
ず、と言うにも悪質に過ぎるところであり、強い非難に値すると言わざ
るを得ない。
また、検察官は、６月２６日や７月４日に取られた検察官調書の内容
に関し、
「検察官の事情聴取では、ガストでも山家でも席を外した可能性
がある前提で話をしていたのではないか」と述べる（第４回 T４１頁、
４２頁）。
しかしながら、以下のとおり、そのような見解は検察官のご都合主義
に依拠した独自の歪曲的思考によるものであり、到底採用することなど
できるものではない。
検察官がその存在を主張する「２回の現金の授受」に関しては、贈賄
供述を行う N 自身が、いずれも同席者である T が席を外した際に、被告
人へ現金を供与した旨を述べており、検察官としては、 T の取調べを通
じて、T 自身より「 T が現金授受の現場を見た」という供述ではなく、
「会食の際に、席を外した」という供述を引き出すことが最大の目的で
あったことは明白である。それ故、６月２６日の取調べの際、検察官か
ら T に対し「会食の際に、席を外したことがあるか」といった内容の質
問自体がなされていないとは到底考えることはできない。にもかかわら
ず、同日取られた検察官調書には、これに真正面から回答する記載は存
在せず、離席に関する記載としては、後記のとおり、誤導紛いの卑劣な
聴取方法を用いた結果得られた「仮に、N が藤井にお金を渡していると
するなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではな
いかと思います。」との記載のみである。仮に、同日の取調べにおいて、
T が検察官に対し「席を外した」もしくは「席を外した可能性はありま
す。」といった供述をしていたのであれば、それこそ、検察官がまさに獲
得しようとしていた供述そのものであるから、そのままを検察官調書に
記載したはずである。しかしながら、同調書にそのような記載が存在し
ないことからすれば、同取調べにおいて、 T は検察官に対し「席は外し
ていない。」と答えていたと考えるのが自然である。
そして、平成２６年７月４日付検察官調書（甲５１号証、弁１８号証）
には、
「１年前のことですから、検事から途中で席を立ったことが絶対に
無いかと言われれば、そうははっきりとは言い切れません。」との記載が
存在するが、同記載からは、むしろ T が自信を持って「席を外していな
い」と供述していたからこそ、検察官が「絶対に無いか」
「絶対か」とい
う極めて稚拙な質問形式を執拗に繰り返して、 T に不安を醸成させよう
としていたことが容易に窺えるものであり、前記記載の存在をもって、
T による「当初から一貫して『席は外していない』と言ってきた」との
供述が排斥される関係にあるものではない。
以上に加え、T は、公判廷においても、検察官からの執拗な反対尋問
に耐え、一貫して何ら揺らぐことなく「席を外していない」旨の供述を
行っているのであって、その信用性は高いと言うべきである。
(ｳ)
供述内容の合理性について
検察官は、T の上記一連の供述に関し、記憶と推測が混同されており、
結論として、T が「席を外してない」と述べるのは、記憶でなく推測な
のではないかと述べるとともに（第４回 T２０頁、２１頁）、T の弁護人
録取書に「１年以上も前のことですので、その会食の時に席を外したこ
とがあったのかどうか、具体的に覚えているわけではありません。」とい
った記載があるのを捉えて、
「席を外していない」という記憶はないので
はないか、と述べる（第４回 T２１頁）。
しかし、同人の弁護人録取書の上記記載が、
「１年以上も前の会食の場
面を、一つひとつ具体的に覚えているわけではない。どの会食の際に、
どの時点で、どのような用件で席を外したかを具体的に覚えているわけ
ではない」という、経験則上あまりに当然のことを確認的に述べたもの
に過ぎず、その言わんとするところが、その直後の記述の「ただ、その
時の私の立場や行動などから考えてみると、少なくとも、４月２日のガ
スト美濃加茂店での昼食の際と４月２５日の夜の山家住吉店では、藤井
と N を残して私が席を外したことはなかったと、ほぼ断言できると思い
ます。」であることに何の疑問の余地もない。
T は、
「記憶というものは曖昧であろうとも、論理的にもそれであると、
基本的に記憶があるというのは変わっていません」（第４回 T２１頁）、
推測ではなく「記憶に基づいた論理的な説明です。」（第４回 T２２頁）、
「記憶に基づいて、記憶の裏付けでトイレの場所すらも知らなかったと
いうことです。」（第４回 T３０頁）と公判で明確に述べており、まさに
上記の「当然のこと」を前提に、
「被告人と同席した場面では席を外して
いない」ということを論理的かつ合理的な根拠に基づいて一貫して述べ
ているのである。
一般に、記憶のプロセスとしては、情報として記憶に入ってきたもの
が表象へと変換されて（符号化）貯蔵され、貯蔵された膨大な情報から
適切な検索がなされることによって、外部に表現されるものであるが、
記憶の中に貯蔵された膨大な情報の内容が時間の経過とともに新たな
情報に入れ替わることにより忘却されることは避けられないところで
あるし、検索過程に何らかの支障が生じれば、表現に混乱が生じること
もあり得るところでる。膨大な情報からの検索過程が、 T の供述におい
ては、上記「ア ② ③ ④ ⑤ 」と表現されているまでであり、同人は、当時
の関連する事象に関する記憶などに基づき「席を外していないこと」を
合理的な根拠で断言しているのであり、それが、同人にとって、
「記憶し
ている」ということなのである。
また、検察官は、 T が山家以外の店ではトイレに行ったことがあると
供述する点に関し、「なんで山家だけトイレで席を外したことがないん
ですか」などと疑問を呈する（第４回 T３０頁）が、上記「イ（ア）」で
述べた T の行動原理からすれば、T にとって、山家か山家以外かという
のが重要ではなく、被告人と一緒の会食であるのか否かが重要であり、
重要度の高い出来事であったからこそ、他の会食とは別に、被告人と一
緒の会食の場面が強く符号化されていたものと考えられるのであって
（上記「ア ⑥ 」の供述）、検察官が述べるところは、 T の供述に対して、
凡そ合理的な疑問になり得ないものである。
さらに、検察官は、論告において、
「 T は、記憶していてしかるべき事
柄、例えば、ガスト美濃加茂店に行くことになった経緯や同店で N が被
告人に資料を渡していたか否かについては、はっきり覚えていないなど
と証言している上、山家住吉店で N らと話した内容についても、具体的
な証言がなく、結局、曖昧な証言しかしていない」にもかかわらず、
「記
憶していること自体が不自然な席を外したか否かについてだけは外し
ていないことを覚えていると強弁」すると述べるが（論告６７頁、６８
頁）、上記のとおり、T にとって重要なのは被告人とどのような時間を持
ったかという点のみであり、
「符号化」の強弱に関する上記観点からすれ
ば、N が想定したガストへ行く理由や N が資料を渡したかなどといった
「 N」が中心となる言動について、 T が記憶していないのは、むしろ当
然である。そして、他方で、 T が、被告人との接点に大きく関わる「離
席の有無」について強く記憶しているのも至極当然であり、この点に関
する検察官の主張は全く的外れであると言う他ない。
以上のことから、上記検察官の主張・疑問は、 T の供述の信用性に何
らの疑問を生じさせるものではない。
(ｴ)
小括
以上より、公判廷における T の供述には高い信用性が認められる。 T
はいずれの会食においても「席を外していない」。
⑵
取調べの態様及び T 供述に対する捜査機関側の思惑
ア
警察段階
平成２６年６月２４日に、警察が、初めて参考人として呼び出された
ことに対する T の心理的混乱に乗じて、T の意思に全く配慮のない極め
て強引な取調べを行っていたことについては、上記のとおり、既に述べ
たところである。
同日作成された調書の前記内容からしても、警察段階においては、T
から「席を外した」との供述を獲得するために、供述の信用性を無視し
た無茶な取調べが行われていたことは容易に想像しうるところである
が、これを自認するが如く、本手続きにおいて、検察官が同調書の証拠
請求すらしていないことについても、既に述べたところである。
加えて、内容の具体性、迫真性から、極めて高い信用性が認められる
弁護人録取書（弁９号証）の該当箇所（８頁から１２頁）によれば、T は、
６月２４日の午前７時に、警察官が突然 T の自宅に訪れて、T が参考人
としての事情聴取を強いられることになって以降、連日のように、捜査
機関によって、長時間かつ前記同様の取調べ受け、ついに、取調べ５日
目である６月２８日には、取調べの余りの過酷さ等から、身体が痙攣を
始め、椅子から転げ落ちて意識を失うほどの状況にまで追い込まれたも
のであるが、このような取調べの態様は、重要証人である T から真実を
聴取すべきとする観点からは、余りにほど遠いと言わざるを得ず、これ
に関与した捜査機関は、強く非難されて然るべきところである。
なお、検察官は、弁護人録取書（弁９号証）に対し、
「同意。ただし信
用性を争う。」との証拠意見を述べるものの、T に対する上記取調態様に
関しては、公判廷における T への反対尋問で取り上げるわけでもなく、
他の証拠によって、積極的に反証を行う姿勢を示すわけでもないことか
らすれば、そもそも T が述べる事実に争いが認められるところではない。
イ
(ｱ)
検察段階
既に、ⅰ ）平成２６年７月４日に、検察官が、執拗に T に対して「絶
対に無いか」
「絶対か」といったフレーズを繰り返して不安を煽るという、
目的のためには手段を選ばない取調べを行っていたことと共に、ⅱ）同
年６月２６日には、検察官が、T から獲得目的とする供述を得るために、
目先を変えて、誤導紛いの卑劣な取調べを行っていたことについては、
その一端を述べたところであるが、初期の検察段階においても、 T から
「席を外した」との供述を獲得することが最大の目的であったことは警
察段階と同様である。異なるのは、検察段階においては、取調べの態様
が、単に強引というものではなく、狡猾かつ姑息なものになっていると
いう点である。以下、その点が顕著に表れている ⅱ ）の取調べの態様に
つき、詳述する。
平成２６年６月２６日付検察官調書（甲２４号証、弁２１号証）には、
以下の記載が存在している。
「現在、 N は、４月２日にガストで会ったときと、４月２５日に山
家で会ったときの２回、藤井にお金を渡したと話していると聞いてい
ます。
しかし、私は、そのとき、 N が藤井にお金を渡している場面は、見
た記憶がありません。
ですから、仮に、 N が藤井にお金を渡しているとするなら、私がト
イレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思いま
す。」
同調書の記載をそのまま捉えれば、「仮に」とあるように、「仮に」以
下の部分は、前提となる事実の存否が不明であるにもかかわらず、あえ
て、それが存在することとして、その後の回答を導き出しているもので
ある。検察官は、 T から「私がトイレや電話などで席を外した際に渡し
ているのではないかと思います。」という回答を引き出したいがために、
ことさら T に対し、前提たる「 N が藤井にお金を渡している」という事
実が存在するものだと想定させているものであり、このような供述の聴
取方法は、誤導の最たるものと言わざるを得ず、同調書の「仮に」以下
の記載は、信用性の評価以前に、全く意味を有しているものではない。
T は、会食の同席者として本件において極めて重要な証人であること
は明白であり、T の供述は慎重に吟味されるべきであることも同様に明
らかであるにもかかわらず、取調官たる検察官が、重要証人に対して、
このような形式の質問をして調書を取ること自体、重要証人の供述を検
察官が描くストーリーに合致させようと意図していることに他ならな
いものであり、強く非難されて然るべきである。
そして、現金授受の存否に関わる本件においても最重要な部分におい
て、このような卑劣な取調べがなされていることからすれば、同調書に
関しては、同部分だけでなく全体として信用性には重大な疑問が存在す
ると言わざるを得ない。
(ｲ)
検察官が問題ある取調べを行っていたという点に関しては、これに
留まるものではない。以下、平成２６年７月１４日の取調べの問題性に
ついて詳述する。
平成２６年７月１４日付検察官調書（弁２４号証）には、 T が６月３
０日にインターネットの「藤井浩人を救う会」というサイトに「俺が白
だと言うんだから白だ！」という書き込みをした理由として、
「自分のガ
ス抜きとしてやった側面もあり」との記載があるものの、同記載のみか
らは、
「ガス抜き」が意味するところは明確でない。T の公判供述（第４
回 T４頁）及び弁護人録取書（弁９号証３頁）からすれば、「ガス抜き」
という言葉は、それのみでは具体的内容が明確にはならないものの、当
時の T が置かれた状況や心情を端的に表現する言葉であり、検察官が、
真実、同調書により T の真意を明らかにする目的を有していたのであれ
ば、 T は検察官に対して、ありのままを伝えていたのであるから（第４
回 T４頁、５頁）、同調書においても、「ガス抜き」の意味に関し、次の
ような弁護人録取書（弁９号証３頁）と同趣旨の記載がなされていたは
ずである。
「
・・・
私には、もともと、藤井浩人という若い政治家に好印
象を持っており、政治家として大成してもらいたいと思っています。
ですから、個人的には、藤井が潔白であってほしいと思っていること
は確かですし、警察で、あまりにひどい取調べを受けたこともあって、
愛知県警には腹立たしい思いがあり、藤井の無実が明らかになって、
警察の責任が問われることになってほしい、という気持ちもあること
は確かです。
そういう思いのために、私が検察庁での取調べに応じたりして捜査に
協力する際に、藤井側に偏った、中立ではない立場になることがない
ようにしなければいけないと思っていました。
そこで、ネット署名に「潔白だ」という書き込みをすることで、藤
井の潔白を信じたい、という個人的な気持にガス抜きをして、捜査へ
の協力の方は、中立的、公平な立場でやろうと考えて、そのような書
き込みをしたのです。」
にもかかわらず、同調書にそのような記載が存在しないことからすれ
ば、検察官は、T に対しては、あたかも T の真意を汲み取っているよう
に思わせるために、とりあえず「ガス抜き」という言葉自体は使用して、
T の捜査機関に対する心理的なガードを無防備に帰し、真の目的、すな
わち、
「 T の供述の変遷を装う」という目的を巧みに秘して、それを T に
気付かれることなく同調書を完成させるに至ったものと理解されるべ
きである。
このように、同調書には、供述者である T の意思が十分に反映されて
いないばかりか、むしろ検察官の恣意性が強く表れているものであって、
同調書の信用性は全く認められるものではない。
(ｳ)
そして、検察官は、T から「仮に」とか「絶対に無いかと言われれ
ば」などといった留保が付かない、純粋に「席を外した」とする供述を
得ることは出来ないものと理解した後は、ことさら T の供述に変遷があ
ると装うことに奔走するようになる。
すなわち、平成２６年７月１４日付検察官調書（弁２２号証）は、平
成２６年６月２６日付検察官調書（甲２４号証、弁２１号証）らと対比
しつつ、ことさら問答形式で、かつ、
「あなたが認識している逮捕事実の
重要な部分だけが突然変わっているということになるわけですか。」
（４
頁）といった検察官の評価を多分に含む表現が使用されていることから
すれば、T の供述に変遷があることを明らかにする意図の下、作成され
ていることは明白である。
しかしながら、前記のとおり、そもそも対比の対象たる平成２６年６
月２６日付検察官調書（甲２４号証、弁２１号証）自体が信用性に重大
な疑問を有していることからすれば、その点を捨象して作成された平成
２６年７月１４日付検察官調書（弁２２号証）のみを捉えて、供述の変
遷の有無等の評価をすることなどできるものではない。
以上からすれば、 T の供述経過が変遷しているなどとは決して言える
ものではない。
(ｴ)
なお、同人の取調べを行った検察官は、伊藤孝検事であるところ、
同検事は、第６で詳述するように、美濃加茂市の総務部長 I 秀樹及び防
災安全課長 K の取調べにおいても、被告人の市議会での質問に関して、
質問内容を歪曲する悪質な誤導を繰り返し行っており、同検事の取調べ
手法そのものに根本的かつ深刻な問題があるものと言わざるを得ない。
ウ
(ｱ)
論告段階
上記のとおり、捜査機関は、警察段階及び初期の検察段階において
は、T の供述により、 N の供述の信用性を補強する目的を有しつつ、 T
から「席を外した」とする供述を獲得することに躍起になってきた。
無論、この段階においては、捜査機関は、 T の供述には高い信用性が
認められることを前提としていたものである。にもかかわらず、T から、
留保付きでない「席を外した」とする供述を獲得することが出来ないと
理解した後は、検察官は、N の供述に反する T の供述には信用性が認め
られないと装うために、あらゆる手練手管を駆使して、 T から、あたか
も供述が変遷しているかのような調書を取ることに注力してきたもの
である。
捜査機関側の対応が、上記のような過程を経て変化してきたという経
緯からして明白なとおり、 T は、捜査段階から一貫して「席を外してい
ない」との供述を維持しているものであり、その供述の根幹部分に一切
変遷はない。
(ｲ)
論告も、上記経緯の延長線上に位置づけることができるものである。
検察官は、T の証言が信用できない理由として、
「合理的な理由なく変
遷している」と主張し、持論を展開する起点として、平成２６年７月４
日付の検察官調書（甲５１号証）の次の行を挙げる。
「藤井と N を残して席を外したことがあったかどうかについては、
１年以上前のことでもあり、そこまで覚えているわけではありませ
ん。」
しかしながら、同調書には、前記のとおり、
「絶対無いか」といったフ
レーズを繰り返すことで心理的不安を煽る極めて問題ある取調べ態様
だと指摘した、以下の記載が存在する。
「１年前のことですから、検事から途中で席を立ったことが絶対無
いかと言われれば、そうははっきりとは言い切れません。」
このように、検察官は、論告に至ってもなお、自らに都合の良い箇所
だけをつまみ食いして、騙し討ちとも言える主張を継続するものであり、
その訴訟遂行態度は公益の代表者と呼ぶにはほど遠く、強い非難に値す
ると言わざるを得ない。
⑶
小括
以上のとおり、T の供述には変遷が認められるものではなく、
「席を外
していない」という T の公判廷での供述には高い信用性が認められるの
であるから、これに反する N の供述には全く信用性が認められないと言
うべきである。
２
山家の店長である A 証言の証拠価値等についての検討
検察官は、 ⅰ）４月２５日の夜の山家住吉店の会食の際に、 T が席を
外したことがあった事実（以下、 ⅰの事実という。）、 ⅱ） T が山家住吉
店に来店した際に、席を外したことがあった事実（以下、ⅱ の事実とい
う。）を証明するために、A の供述は重要な証拠であると主張するが、以
下に詳述するとおり、同人の供述は、そもそも本件にとって殆ど関連性
のないものであり、証拠価値は全く認められないものである。
⑴
A の供述内容
①
N が、山家住吉店に来るようになったのは平成２５年１月の終
わりか２月の頭くらいからで、それ以降、７、８回来店している（第
４回 A１頁）。
②
T は、N と一緒に、５、６回来店しており、 N 以外の人とも１
回来店している（第４回 A３頁）。
③
A は、平成２５年当時、店長代行をしており、接客全般を担当
していた（第４回 A３頁）。接客の際は、各席に料理やドリンクを運
ぶこともあった（第４回 A３頁、４頁）。レジに関しては、A がほと
んどやっていた（第４回 A１４頁）。
④
平成２５年当時、ホールを移動する従業員は、 A を含めて４人
くらいおり、作られた料理やドリンクは一旦カウンターの上に置か
れ、ホールを移動する従業員は、座席番号４４の西側の通路を通っ
て、各席へ料理やドリンクを持っていくことになっていた（第４回
A４頁、５頁、６頁）。山家住吉店においては、各テーブルの担当ス
タッフというのは決められていない（第４回 A２２頁）。
⑤
T は６、７回来店しているが（上記「 ⑴ イ」）、そのうち、２、
３度、飲食の途中で席を立ち、出入口のほうに向かっていたところ
を確認したことがあった（第４回 A６頁、７頁）。
⑥
平成２５年４月２５日、 N と T と被告人の３人が来店した。N
と T が先に来店し、遅れて被告人が来店した（第４回 A８頁、９頁）。
⑦
同日、３人は、座席番号４４の席に座り、上座に被告人（この
位置を Ⓕ という。）が、被告人の前に T（この位置を Ⓣ という。）、T
の左側に N が座っていた（この位置を Ⓝ という。第４回 A９頁、１
０頁）。
⑧
同日、接客する中で、座席番号４４の席のⒻとⓃのところに、
「白いお２人」だけがいたような記憶がある。N と被告人は白の洋
服で、T は黒っぽい洋服だったと思うので、
「白いお２人」とは、N
と被告人である（第４回 A１１頁）。ただ、このとき、A は「白いお
２人」の顔を確認していないし、 T が外にいるのも見ていない（第
４回 A１６頁）。また、警察の取調べの際には、２人だけでいた場面
の記憶があるということを多分話していない（第４回 A１６頁、１
７頁）。
⑨
座席番号４４の席の西側の通路を通っていた際に見たような
記憶であるが、どこから見たときの場面なのかは、はっきりとした
記憶ではない（第４回 A１１頁、１２頁、１３頁）。
⑩
レジの位置からでは、Ⓝ の位置に誰かが座っていると、Ⓣ の位
置は見えない（第４回 A１４頁）。
⑵
ア
A 供述の検討
ⅱ の事実に関わる A 供述の性格について
そもそも、仮に、ⅱ の事実が認められるのだとしても、それをもって、
そのままⅰの事実が認められるとか、ⅰの事実を高く推定させるとか、
そういった関連性自体が認められないのであるから、この点に関する A
の供述が N の供述を補強する関係にはないと言うべきである。この点に
関する検察官の主張は論理の飛躍も甚だしいと言わざるを得ない。
すなわち、上記「 ⑴ ⑤ 」のとおり、この点に関し、 A は、 T が来店し
た際、２、３度、飲食の途中で席を立ち、出入口のほうに向かっていた
ところを確認したことがあったと述べるが、仮に、この供述に信用性が
認められるのだとしても、 T が席を外したのは、「６、７回」（上記「 ⑴
②」）来店しているうちの「２、３度」であり、その可能性からすれば、
むしろ、T は席を外すことはない、という事実を補強する供述だと評価
するのが自然なのであって、
「席を外す」といった方向で、N の供述を補
強するものではあり得ないと言うべきである。
加えて、４月２５日の会食においては、上記「１ ⑴ イ（ア）」で述べた
とおり、T は被告人と政策論議等を行うという重要な目的を有しつつ、
被告人と会っていたこと、 T らが座った座席番号４４の席は靴を脱いで
着座する小上がり席で、同日、 T はショートブーツを履いていたことか
らしても（ T 証人調書１３頁）、わざわざ面倒な靴に履き直してまで、離
席するとは到底考えられないこと、などから、仮に、 A の供述するとお
り、 T が来店した際に、飲食の途中で席を立ち、出入口の方に向かって
いたことがあったとしても、本件公訴事実第２の贈賄授受の場とされる
４月２５日以外の来店の際のことであったとしか考えられないのであ
り、ⅱの事実に関する同人の供述とⅰ の事実の関連性は全く認められる
ものでない。
イ
ⅰ の事実に関わる A 供述の信用性について
A の供述は、以下のとおり、そもそも目撃証言として体をなしている
ものではなく、T の供述を弾劾できるものでないし、 N の供述を補強す
るものたり得ない。
すなわち、 A は、目撃した対象となる人物に関しては、ただ「白いお
２人」（第４回 A１１頁）「白い印象というのがあります。」（第４回 A１
３頁）と述べるのみで、そのとき、被告人、N、T の３人がそれぞれ具体
的にどのような服を着ていたのかについて述べるものでもなければ、他
方で、２人がいたような印象がある場面について、顔を確認していない
ことを認めるとともに、同場面で、 T が外にいるのを見ているわけでも
ないと供述するものであり（第４回 A１６頁）、対象者の特定が全くなさ
れているものではない。
また、A は、
「どこでどういうことを見た記憶があるのかというところ
を、もう少し詳しく話してもらえますか。」という質問に対しても、「ど
こでというのではないです。例えばレジの位置に立ってそこから見たわ
けでもなく、全般に接客をしてますので、動き回ってる中で見た記憶で
す。」（第４回 A１３頁）などと曖昧な答えに終始し、目撃場所を特定す
ることすらできないものである。
当時、ホール係が４人くらいもおり、レジに関しては A がほとんどや
っていたというのであるから、店長代行という役職上も、 A が店内全体
を見渡せるレジ付近に居る時間が長かったことも容易に想定できるも
のであるところ、レジの位置からでは、座席番号４４の席のうち、Ⓝ の
位置に誰かが座っていると、Ⓣの位置は見えないのであって、この印象
が A の上記「白いお２人」に関する供述を導き出している可能性も相当
程度高い。
以上のように、 A の供述は、本件との関係においては、そもそも関連
性が全く認められないだけでなく、その信用性にも多大な疑問が存在す
るのであって、当然のことながら、これをもって、 T の供述の信用性が
減殺される関係にはない。
⑶
小括
以上のことから、公判廷における A の供述は、いかなる意味において
も、N の供述の信用性を補強する関係にあるものではなく、この点に関
する検察官の主張には全く理由があるものではない。
３
Y 及び H の供述が N 供述の信用性の補強になり得ないこと
⑴
N の Y に対する言動
検察官は、山家住吉店で被告人に現金を供与したとする N の供述の信
用性を補強するものとして、平成２５年４月下旬に、N から、被告人に
渡すお金を貸して欲しいと頼まれ、現金で５０万円を貸したところ、数
日後に、N から連絡があり、被告人に渡すことができたと礼を言ってき
た旨の Y の公判廷での供述を挙げるが、N と被告人の関係、Y の供述内
容等から、Y の公判供述が N 供述の信用性の補強になり得ないことは明
らかである。
Y 証言の内容
ア
Y は、要旨以下のとおり供述している。
①
Y は、 N とは、１３、１４年ほど前に地元岡崎の先輩である H
が経営しているバーで働いていたときに知り合いになった（第５回
Y１頁）。
②
Y は、N が経営する株式会社水源の発起人であり、水源設立時、
見せ金ではあるものの、資本金を用意したりして協力した（第５回
Y８頁）。
③
Y は、 N が融資詐欺で逮捕されたとき、自宅や自動車の捜索を
受けるだけでなく、被疑者としてかなりの回数、警察の取調べを受
けた（第５回 Y１０頁）。また、N の贈賄事件についても、警察で被
疑者として取調べを受けた（第５回 Y１３頁）。Y としては、公判廷
に出廷している本日現在も、終始被疑者という気持ちで話しをして
いる（第５回 Y１６頁）。
④
Y は、 N との間で、相当な金額の貸し借りをしている（第５回
Y９頁）。しかし、この貸し借りについて、実際にいくらを貸して、
幾らを返してもらってということは、ちゃんと記録していない（第
５回 Y２３頁）。貸した金額や利息の把握方法としては、N とメモや
借用証に残したりしていたが、借用証の存在しないものも多数ある
ため、全てを把握しているかと言えば自信はない（第５回 Y２４頁）。
⑤
Y は、 N にお金を貸すときには、その使い道を言ってもらうよ
うにしている（第５回 Y４３頁）。Y が、N にお金を貸した後に、借
りる名目自体は本当であるが、貸した金額よりも本当は少なくてい
いということがあった（第５回 Y２０頁）。N から全く別の目的でお
金を貸してくれと言われて、嘘をつかれたことはないと認識してい
るが、貸したお金を N が借りる名目どおりに使ったのかということ
を一つ一つ確かめてはいないし、名目が嘘だったとしても自分には
分からなかった（第５回 Y２１頁、２９頁）。
⑥
Y は、平成２５年３月下旬から４月の上旬に、 N から、 N が被
告人に美濃加茂市の小中学校に浄水プラントの設置をお願いしてい
る関係上、被告人に恩を売っておきたいとの理由で、被告人に渡す
お金を貸して欲しいと頼まれた（第５回 Y３頁）
⑦
Y は、 N からの金銭貸借の申し出を断ったが、同じ理由で、平
成２５年４月下旬頃までの間に、合計で４、５回は、５０万円を貸
して欲しいという申し出があり（第５回 Y４頁、６頁、４０頁、４
５頁、４６頁）、最終的には、被告人にどうしても５０万円を渡した
いんだという N の熱意が伝わってきたこと等から、５０万円を貸す
ことを了承した（第５回 Y５頁）。
⑧
Y が、 N に対し、お金を貸しても良いと伝えたのは、 N から金
銭貸借の申し出があった翌日であり、その日もしくはその翌日に、
５０万円を N に渡した（第５回 Y７頁）。当初、Y は、その資金を協
力者から貸してもらおうと考えていたが、実際には、自宅にあった
現金を渡すことになった（第５回 Y１２頁）。
数日後、 N から電話があり、 Y は、 N から「ヤスありがとな、
⑨
預かったお金ちゃんと藤井さんに渡すことができたからありがとう」
と言われ、 N が５０万円を被告人に渡した旨を聞いた（第５回 Y７
頁、３５頁、４７頁）。
Y としては、水源の浄水プラントが美濃加茂市に導入されて、
⑩
第一歩という意味において成果があったと考えることから、 N は被
告人に本当にお金を渡したと思う（第５回 Y３０頁、３１頁、３４
頁）。
イ
(ｱ)
Y 証言の信用性及び同人の供述と N 供述の関係について
Y と N の貸借関係
Y は、N との間で、長年、多数回にわたり、総計数千万円から１億円
を超えるほどの多額の金銭を月に１割という法外な高利で貸付け、頻繁
に小口の返済を受けていたものであるところ、その貸借管理は、極めて
杜撰で、各借入と弁済の対応関係や利息の付加及び利息計算など厳密に
理解しているものではない（第５回 Y２３頁、２４頁、２６頁、２９頁）。
それにもかかわらず、金額が「５０万円」に過ぎない本件金銭貸借に
関してのみ、貸付の経緯、それに応じた理由等を詳細に記憶していると
いうのは、甚だ不自然である。また、上記 ⑤ のとおり、 Y は借りる名目
どおりに貸金が使われたか否かの確認も行っていないのであるから、仮
に、その貸借の中に、N から被告人に金を渡したいと言われて金を貸し
付けたものがあったとしても、その金が、実際に N から被告人に渡った
ことの根拠には全くならないのであり、そもそも Y の供述は、N の本件
贈賄供述の補強になり得ない。
(ｲ)
N の公判供述と Y 供述との相反
N は、Y に説明した借りる理由と実際の使途が異なっていることもよ
くあったのではないかとの質問に対し、それを否定し、その理由につい
て、
「基本的に後で Y が確認してきます」と述べた上、
「例えば銀行の返
済が絡んだときに、じゃあ、今月は銀行の返済があるんで貸してくれと。
来月もそれが絶対必要になってきますんで、そのときにまた違うことを
言いながらお金を借りてると、後で自分の首を絞めるっていうふうなこ
とにもなりかねない」などと、説明と実際の使途が同一である場合の例
を挙げながら、それが、あたかも異なる場合に不都合が生じる例かのよ
うに装って、その場限りの意味不明な弁解に終始するが（第３回 N５７
頁）、貸金の使途の確認の有無という本件において極めて重要な点につ
いて、N の同供述は、「貸したお金を N が借りる名目どおりに使ったの
かということを一つ一つ確かめてはいない」とする上記 Y の供述（ア ⑤ ）
に明確に相反するものである。
このように、両者の供述は、Y の供述に信用性が認められるとすれば、
N の供述には信用性が認められず、 N の供述が信用できるのであれば、
Y の供述は信用できないのであって、いずれにしても、Y の供述が N の
供述の信用性を補強するものではあり得ない。
(ｳ)
５０万円貸付けの経緯及び理由に関する Y 供述の不合理性
Y の供述によれば、 Y が、N から、被告人に渡す金を貸してほしいと
頼まれたのは、
「平成２５年３月下旬から４月上旬」を初回とし（第５回
Y３頁）、平成２５年４月２４日頃を最終回として（第５回 Y３３頁）、全
部で４、５回である（第５回 Y６頁）。金額は５０万円、使途は被告人に
お金を渡すことで恩を売っておくため、ということであった（第５回 Y
３頁）。
他方、N の供述によると、初回は、３月２２日に被告人と T と３人で、
嘉鮮にて会食をした直後であったということであるが（第２回 N８９頁）、
その後、最終回までに複数回、 Y に対して同様のお願いをしたとの供述
はなされておらず、あくまで Y に金銭の借入を頼んだのは、「３月２２
日の直後」と「４月２４日」の２回のみである。
このように、両者の供述は、N が Y に対し、賄賂原資として金銭貸借
を願い出た「回数」という本件事件における極めて重要な部分において
大きく異なっており、いずれの供述も信用性には大いに疑問を抱かざる
を得ないのであって、やはり、N の供述と Y の供述は、上記同様、Y の
供述により N の供述の信用性が補強されるという関係にはない。
また、上記 Y 及び N の供述からは、初回の金銭貸借の願い出の時期
は、それぞれ「平成２５年３月下旬から４月下旬」ないしは「３月２２
日の直後」ということであり、両者の供述は、
「３月下旬」という範囲に
おいて一致はするものの、厳密な日時が特定されているものではない。
ただ、N の供述によれば、N が、D から、金１５万円を借りようと考
えたのは、平成２５年３月３０日から同３１日あたりということである
から（第２回 N４０頁）、少なくとも、N 自身の中では、被告人に渡すお
金を借りるために、初めて第三者へ金銭貸借の申し出をしたのは、 D に
対してではなく、 Y に対してであることは確定的である。にもかかわら
ず、捜査段階から公判段階を通じて、N は、最初に第三者へ金銭貸借を
申し出た際の相手方は、あたかも D であるかのように供述するものであ
る（第２回 N４０頁、弁６号証１４頁、弁７号証６頁）。
本来であれば、一旦は金銭貸借の当てが外れても、なお被告人に対し
て金銭を渡そうという動機を強く維持した様子やその動機の下で賄賂
原資の捻出に右往左往した状況等についての詳細が、N から述べられて
然るべきであるところ、そういった経緯等については、現在に至るまで
一切述べられていないのであって、N の供述の信用性は全く認められな
いと言うほかない。
さらに、議員に渡す賄賂の金額について、N 自身が「金額については、
以前、名古屋市議会議員のある方に同じように賄賂としてお金を差し上
げた際、知り合いの Y にそれとなく聞くなどして、１０万円を差し上げ
ており」
（甲１９号証２頁）と述べるように、Y との間では、議員に対す
る賄賂提供の相当金額が「１０万円くらい」だとの共通認識を有してい
たにもかかわらず、その Y に対し、議員に対する「賄賂」という使途を
明示した上で、
「金５０万円」の借入れを申し込むこと自体考え難い。ま
た、仮に、N から Y に対し、賄賂原資としての使途を明示した上で「金
５０万円」の借入の申し出があったのだとしたら、この金額の相当性に
関しても、N と Y との間で何らかの会話があって然るべきであるが、こ
の点についても、両者の供述には全く現れてはこない。さらに言えば、
N は、D に対して借入を申し出る際には、前記のとおり、以前に議員に
賄賂を渡した際の経験を前提に、実際に「１０万円」を渡せば良いと考
えていたとしていながら、近接した時期の申し出でありながら、 Y に金
銭貸借の申し出をした際には、同じく「賄賂」の使途でありながら、
「５
０万円」の借入の申し込みをしていたというのであり、何故に、このよ
うな金額決定に関する N の思考に、著しい相違が生じているのかについ
ては、前記 N と Y との間に存在した金額の相当性に関する共通認識を
度外視したとしても、到底理解することなどできるものではない。
(ｴ)
Y の共犯者性
Y は、N が実行した融資詐欺事件だけでなく、贈賄事件の被疑者とし
て取り調べを受け、自宅や自動車の捜索も受けている者であり（第５回
Y１０頁、１７頁、２４頁）、自己に対する共犯者の嫌疑を払拭するため
に、捜査段階においては、取調官に迎合し、取調官の希望に沿った供述
を行っていたであろうことは十分に考えられるところである。
また、同人は、N が起訴される融資詐欺の事実が増えれば、自らが刑
事責任を問われる可能性の事件も増えるのであるから、第１で詳述した
ように、融資詐欺での起訴を最小限にするために被告人への贈賄を供述
する N の意図を察知すれば、自分にとっても有利になると考えて、N の
供述に沿う供述を行うことも十分考えられる。
この点、検察官は、論告において、
「 Y は、N に対する貸付けには返済
未了のものが多々ある旨証言しており、そのような相手である N を慮っ
て虚偽の証言をする理由もなければ、被告人を陥れる動機もない」
（２０
頁、２１頁）と述べるが、自らが相当期間の身柄拘束も含む刑事責任を
問われる可能性と貸付金銭の返済未了を天秤にかければ、自由刑と財産
刑の軽重に照らしても、当然に、前者に重きが置かれるものであること
は容易に理解できるところであり、検察官の同主張は、人権感覚の稀薄
性を前提とした全く独自の発想という他ない。
そして、公判においても、 Y は、自分が両事件の共犯者であると疑わ
れているのではないかという不安は払拭されてはおらず（第５回 Y１６
頁、１８頁）、 Y が N から現金授受に関する話を聞いたとする供述を引
き出したい検察官に迎合し、「どうしてそれが２０万円になったかは分
かりませんが、５０万円渡したいという気持ちがあったというふうに思
います。それと当日の飲食、そういう費用であったりとか、そういうも
のを含めて５０万だったのかなというふうにも思います。」（第５回 Y３
２頁）などと、頑なに N を庇ってまでして、捜査段階における供述を維
持するとともに、他方で、
「融資詐欺に関して言いますと、正直私も報道
を見てびっくりしたというのが、驚いた気持ちで本当にびっくりしたも
のですから。」（第５回 Y１８頁、１９頁）とか「自分の中では、 N さん
にお金を貸したんだから、それが不正に渡すものなのか、正当に渡すも
のなのかというのを知らずに、N さんにお金を貸したという気持ちが一
番強かったです。」（第５回 Y１７頁）などと述べ、自らの関与が違法性
を疑われるものであったとは知らなかった旨を供述して、ことさらに自
分を守ろうとしていることも容易に見て取れるところである。
以上によれば、Y の供述の信用性については重大な疑問があると言わ
ざるを得ない。
⑵
N の H に対する言動
検察官は、ガスト美濃加茂店及び山家住吉店で被告人に現金を供与し
たとする N の供述の信用性を補強するものとして、平成２５年８月に、
N から「接待はしているし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡して
る」と聞いた旨の H の公判廷での供述を挙げるが、同供述も、N の供述
を補強する証拠とはなり得ないものである。
H 証言の性格について
ア
（ア）
①
H は、要旨以下のとおり供述している。
H は、N とは、１４年くらい前に、 H が経営していた飲食店
に N がお客として来たことから知り合いになった（第５回 H１
頁）。
②
平成２０年頃、 H は、 N から、当時事務長をしていた産婦人
科の経理でそそうをしたことから、２０００万円くらい貸して欲
しいと頼まれたが、金額が大きかったため、自分では対処するこ
とができず、金を貸してくれる人間として、Y を N に紹介した（第
５回 H２頁）。
③
H は、 N から、被告人が市長に当選したら、水源の浄水施設
を優遇的に設置してもらえるという話を聞いて、 N に対し、太陽
光の設置の請負に関し、 H が関与して職人を派遣させて欲しいと
話していた（第５回 H４頁、１３頁）。
④
H は、盆前頃に、 N と一緒に、 H が属する会社の親会社へ行
き、水源の浄水施設に太陽光パネルを設置するという話をし、親
会社に依頼をして見積りを取ったところ、全部合わせて４５０万
円くらいの予算で収まり、西中学校に設置した業者より、１５０
万円くらい安くすることができた（第 5 回 H１１頁、１２頁）。
⑤
H は、水源のパンフレットを見たり、 N から聞いて、水源が
美濃加茂市立西中学校に浄水施設を設置したことを知り、本当に
設置されているのかということと太陽光パネルの大きさやパネル
の設置の方法を確認するため、平成２５年８月の盆過ぎ頃、 N と
一緒に西中学校を訪れた（第５回 H４頁、５頁）。
⑥
H は、西中学校で、浄水施設が既に設置されていることを確
認した。その際、 N に対し、どうして設置ができたのか質問した
ところ、 N からは「接待はしているし、食事も何回もしてるし、
渡すもんは渡してる」と言われた。 H は、 N から、その相手が誰
であるかは言われなかったが、以前に、 N から被告人を応援して
いるとも聞いていたので、N が渡した相手は被告人だと思った（第
５回 H６頁）。そして、 H が N に「何百万か渡したの？」と聞く
と、 N は「３０万円くらい」と答えた（第５回 H７頁）。
⑦
H は、西中学校で、見積りの参考等に用いるため、持ってい
たスマートフォンで、浄水施設の設置状況を写真撮影した（第５
回 H７頁、８頁）。後日、写真のプロパティを確認したところ、西
中学校を訪れたのが、８月２２日だとわかった（第５回 H９頁）。
⑧
H は、 N からは、食事に行ったり、キャバクラやクラブとい
った夜の店に行って、被告人を接待していると聞いたが、実際に
は、昼食を一緒にした程度だということは聞いていない（第５回
H１２頁）。
⑨
N は、 H に対し、日付をごまかしてお金を返すのを１日遅れ
たりといったくだらない嘘はついていたが、ちゃんとした大きい
ことは、嘘をつくことはなかった（第５回 H１８頁）。N が金融機
関から文書まで偽造して詐欺をしていたということを知って驚い
たし、今回、美濃加茂の学校に浄水施設を設置するとこについて
も、結果的に嘘だったことを知り、自分もだまされていたことが
わかった（第５回 H１４頁、１８頁）。
（イ）
そこで、 H の公判供述の性格を検討する。
上記「（ア） ⑥ 」からすれば、 H が N から聞いたのは「接待はしてい
るし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡してる」という発言のみで
あり、同発言は、誰に対して渡したのかという最も重要な部分が欠落し
ているのであって、渡した相手方が、被告人であるのか、美濃加茂市役
所の役人であるのか、西中学校の校長を含む学校関係者であるのか、そ
れとも、被告人を介して役人や西中学校の学校関係者であるのか、とい
った点が全く明らかではなく、この点に関する H の供述は、N の現金供
与という供述内容の信用性を補強する関係にはない。
加えて、同発言の前半部分の「接待はしている」に関しては、 H は、
N から、キャバクラやクラブといった夜の店に行って接待していると聞
いているとのことであり、N の接待内容に関する同発言は、実際には、
N は被告人と昼食を一緒にした程度だという本件において争いのない事
実に明確に反するものである（上記（ア）⑧ ）。このように一連の発言の
前半部分に明確な虚偽を含む発言については、その存在だけでなく、内
容に関しても、信用性に重大な疑問が生じるものであることは明白であ
り、こういった観点からしても、この点に関する H の供述は、N の現金
供与の供述の信用性を補強するものではない。
以上のことから、そもそも H の供述は N の供述の信用性に関する補
助事実たり得ないと言うべきである。
イ
H 証言の信用性について
N と H は、１４年ほど前に知り合ったものであるが（第５回 H１頁）、
その後、N が２０００万円もの大金を貸して欲しいと考えていた時、 H
はそれを実現できるように Y へ口添えをしたり（第５回 H２頁）、それ
とは別に、１００万円単位の金銭を自ら貸し付けたりするほどの相互の
信頼関係を前提とした間柄である（第５回 H２７頁）。また、H は、水源
の事業であった浄化施設に付帯する設備である太陽光パネル設置の業
務に職人を派遣させようと画策していたものであり、N の浄化施設の事
業に深く関わろうとしていた者である。
さらに、N は、検察官から、被告人にお金を渡したことを H に話した
ら、H から警察などにばれるのではないかという心配はなかったのかと
質問されて、「いえ、してませんでした。」と答え、その理由として「 H
は十数年来の友人ですし、そんなことは絶対ないというふうに信頼して
ましたので、心配しませんでした。」と述べているところ（第２回 N１１
６頁）、当然のことながら、「十数年来の友人」であることは、自らなし
た違法行為を告白することや、聞いた違法行為を隠したままにしておく
こと、といった行為の合理性を認める理由になどなり得ないものであり、
N と H とは、規範意識の低さを共通にすることで、歪みながらも、相互
に非常に緊密な信頼関係を構築していた間柄であると推察される。
そして、H と Y は、地元岡崎の先輩後輩の関係で、N と知り合った当
時も、H の経営する飲食店で Y が雇われているという関係にあっただけ
でなく、 H と Y は、 H から Y に対し、前記２０００万円の N への貸し
付けを頼まれた際には、 Y がそれを受け入れたり、他方で、 N への貸借
関係から Y の負担を軽減するために、H 自らが Y に取って変わって、１
００万円単位の多額の金銭を N に貸し付けするようになるなど、H が Y
を擁護する関係にもある。すなわち、H と Y との間にも、極めて強固な
信頼関係が存在するものであるが、その背景からすれば、H と Y の信頼
関係は、H と N との間のそれより俄然盤石であり、長年の３者間のやり
取りを通じて、N も当然にそれを認識しているところである。
以上からすれば、H が、N だけでなく、自らもいまだに共犯者の嫌疑
を払拭されておらず、 N の供述に沿った供述を行っている Y との間で、
強固な信頼関係に裏付けられた、公私ともに極めて密接な利害関係を有
する者であることは疑いようもなく、N ないしは Y の今後の処遇に少し
でも有利に働くように、N から被告人に対してお金を渡した旨を聞いた
とする供述を引き出したい検察官に迎合していることも十分に考えら
れるところである。
さらに、N は、被告人に渡す賄賂として「金５０万円」を貸して欲し
いと Y に頼んだと述べ、Y もそれに沿う供述をするが、他方で、H は N
から、N が被告人に渡した賄賂の金額は「３０万円くらい」だと聞いた
と述べる（第５回 H７頁）。前記のとおり、 H と Y は極めて強固な信頼
関係にあり、H 自身も、N から「渡すものを渡したと聞いている」とい
うことを話した可能性がある相手として、真っ先に「 Y」を挙げている
（第５回 H２４頁）ところからすれば、こういった H と Y の信頼関係
を十分認識している N が、 Y と H に対し、もしばれたら両者から信頼
を失うことになりかねない危険を冒してまで、それぞれに対して異なっ
た金額を伝えること自体到底考えられるものではない。
以上によれば、H の供述の信用性については重大な疑問があるといわ
ざるを得ないのであって、H の供述は、N の供述の信用性を補強する関
係にあるものではない。
⑶
小括
以上のとおり、 Y 及び H の両供述は、そもそも N の供述の信用性を
補強する性格を有していない。また、両供述は、それ自体信用性が認め
られるものでなく、両供述との関係から明らかになった N の供述自体の
不合理性からすれば、両供述が N の供述を補強する関係にないことは明
らかである。

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