論文 平成20年12月 す が わ し げ お 須川 薫雄 銃が売れているアメリカ ① ~日米銃規制の格差~ 銃とは何か はじめに: 2008年夏以来の世界金融混乱、そして実質経済の減速。その後アメリカでは家や車、 その他消費財の販売は低迷していたが、ひとつだけ売れているものがある。それは、 『銃砲 類』だ。 景気後退は治安を悪くするのではないか。 新しい民主党政権は「銃規制」強化に乗り出すのではないか。 この二つの理由で駆け込み的に銃砲販売が増大している。 この論文のテーマは、日米の社会性の大きな差異、銃砲規制の背景とその実態について、 である。筆者の日米での経験から、歴史的な民衆の武装権、銃の販売、所持、携帯、譲渡、 収集、研究などに関しての文化的、社会的な違いを比較した。 銃は危険である。しかしその社会での受け取り方にこれほどまで差があるのか、その実態 は興味深い。銃を文化として、権利として捉えるアメリカ。しかし多発する犯罪や事故に 悩まされる矛盾。銃は悪であり、所持は極端に、ある意味では人権にも反する制限を行い、 過去をも否定する日本。しかし、アメリカで民用に販売されている猟銃や標的銃には多く の日本製品がある。アメリカには日本のエアソフトガンのような外観がリアルなおもちゃ はない。誤認事故が怖いからだ。 日米の銃規制は知れば知るほど、不思議な現実だ。 写真1 スイスアーミーSIG50軍用ライフル5・56mm 銃の定義: 「火薬、ガス、圧縮空気などを使い、金属製物体を発射できる能力、機構がある武器を言う。」 一般的には口径が22口径(5.5mm)から50口径(12.7mm)くらいまで。 英語では「SMALL ARMS」と言う。しかし銃と言ってもその種類は多様である。 1.時代による区分 100年以上前・50年以上前・近代のような区分。 日本では、明治初頭(1872年)以前の火縄銃などを「古式銃」 (教育委員会の登録が必要)、 所持許可が必要な「近代銃」という分類である。 アメリカでは100年以前のものはアンティークで販売制限はない。第二次大戦までをビン テージ、今のものをモダンとも言う。 2.「軍用」が「民用」による区分 軍用銃は兵器として軍が使うもので、狩猟や標的射撃のようなスポーツ銃とは別とすべきと いうのが日本の考え方だが、アメリカは物理的な機能で分け、その区別はない。目的に合致 したものが銃であるとされている。 3.拳銃・散弾銃、ライフル銃という区別 拳銃は小型の弾薬を使い片手で操作できる。有効射程距離15mくらい。 散弾銃には銃腔に施条がなく、バラ玉で主に飛んでいる目標に対して撃つ。有効射程距離 30mくらい。 ライフル銃は施条があり、弾丸に回転を与える。命中率、威力が増加した。 有効射程距離100~300mくらい。 4.機構による区別 単発か連発。 連発でも手動・半自動・自動にわけられる。 手動は一発ずつ手で操作して装填する。(ボルトアクション) 半自動は一回引き金を引くと、発射の力で銃が自動的に次弾を装填する。(セミ) 全自動は引き金を引いている限り、弾丸が出て行く方式。(フルオート) 写真2 SW・38口径レボルバー拳銃 写真3 12番口径狩猟用散弾銃 写真4 ミロク製 狩猟用5.5mm空気銃 シャープ製 5.原型か改造の区別 工場で製造されたままの状態か銃身などを切ったりして改造したものか。 消音器を付けたものか。 6.弾丸の威力による区別 マグナム、アサルト、ソフトポイント、ホローポイント ② 今、アメリカでは『銃』が大いに売れている 犯罪に使われるのは殆どが拳銃だ。拳銃に対抗できる家庭用防御は、AK-47などが最 適だ。威力がある。半自動しか許可されないが、元は全自動だから、簡単に改造できる。 以前は1挺200ドルくらいだったが、現在は500ドルくらいに高騰した。 写真5 カラシニコフAK-47 5.56mm 拳銃もインターネットは審査が甘く、3日間くらいで届く。従って今が買い時なのだ。 民主党クリントン政権が行った銃規制は、共和党ブッシュ政権が戻した。 特に女性が拳銃で武装することが一般的になった。 現在、アメリカには2億余挺の銃があると言う。3分の1が拳銃だそうだ。 ③ 日本の銃砲規制の特徴 日本は15世紀末、世界最大の鉄砲所有国で、民間にも多量の銃が出回っていた。 従って中世、日本の民衆は「闘う体質」を持っており、その体質は秀吉、そしてその統治 政策を受け継いだ家康により牙を抜かれた。 秀吉は1588年、最初の「刀狩」を実施し、民間の刀、脇差、弓矢、槍、鉄砲などの武 器を摘発した。兵農分離の開始である。 この政策は徳川幕府が引き継ぎ、江戸期にも各地で何回か武器の供出はなされた。しかし 有害鳥獣駆除のため百姓に鉄砲を許可制で所持させた。鑑札をつけた。 江戸期は秩序が保たれた期間だった。銃砲管理は「出女に入り鉄砲」「鉄砲改め」の言葉に あるように、近世としては世界に類のない秩序あるものだった。 ここに日本の銃砲管理の原点があろう。 幕末・明治初期の混乱期と『壬申』刻印: 19世紀半ば、外国船が現れ幕府は各藩の軍備を推進させた。膨大な輸入銃、各藩での生 産、そして戦乱で、民間にかなりの銃砲が流れた。 野田・茂木家の銃を観察するに、幕末、豪商、豪農は銃で自衛をしていたようだ。 明治政府は明治4年(1872年)、民間の銃器を登録制と して「壬申改め」を行った。各県単位で銃器を持って来さ せて、刻印を打った。4年後には「廃刀令」を出し、刀剣 の帯同を禁止した。 すでに明治期に『銃砲と火薬』を別途の規制として、銃を 使用する者は両方の法律の対象となった。これは進んだ規 制だった。 爾後、明治、大正、大戦終了まで、銃の購入、所持は許可 制であり、他国に比較すると厳しく管理されていた。 軍将校の拳銃所持にも、警察の許可が必要だった。 写真6 茂木家の鉄砲類見学 第二次大戦後: 占領軍は日本で165万挺の銃器と、140万振の刀剣を押収したとある。 この数は疑問であるが。 何回か銃砲規制のための法律は改正され、現在は「銃砲刀剣類所持等取締法」で「万能法」 である。一番最近はダガーナイフが規制された。 日本に銃砲所持者は約175,000人、銃は34万挺存在し、過去5年間に27,000人 が減少、15.4%。鳥獣より先にハンターが絶滅する国になろう。 現在、銃砲所持許可を取得するのは、「大変」な忍耐と時間を要す。 なお自衛隊においても、装備品(兵器のこと)以外は銃刀法の対象になる。 写真7 ④ BATF許可で所持していた日本の九九式軽機関銃7・7mm アメリカの銃所持の根拠 これは時代の変化を考えなければ明確である。 独立宣言とともにアメリカ合衆国憲法は編纂されたが、1791年『修正第2条』が人民 の武装権をうたっている。 「規律或る民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を 保有しまた は携帯する権利、これは侵してはならない。」 また修正第4条には「不合理な捜索押収の禁止」がうたってある。 最高裁判所まで何度か銃規制立法があげられるが、大体が時限立法になり、年数を経て失 効した。 民兵は「ミリシア」と言うが、中西部には多くの団体があり、ミリシアを名乗っている。 従って、彼らの組織が合法的ならば何人も彼らの武装を阻止できない。 ただし、アメリカ合衆国は連邦制なので、各州、各市において、さまざまな銃砲規制はな されている。 現在、年間18,000件の殺人事件があり、そのうち60%以上に銃器が使われている。 またその殆どが『拳銃』によるものだ。また多くが青少年によるものだ。 ⑤アメリカの銃砲規制の現実 特に拳銃と自動銃の販売、所持、携帯、輸送に関して制限が掛かっている。 歴史的にアメリカの銃器販売は通販だった。従って相手を確認しない通例があった。 現在はインターネットが一般的だ。 連邦国家だが州が独自の規制を作れるので、ニューヨーク州の「サリバン法」のように厳 しい携帯制限を出しているところもある。 ワシントンDCは家庭での所持を禁止していたが、大法廷がこの法を覆し今は持てる。 「ブレディー法」の身元確認義務は次限立法で現在は失効。 一般に南西部、中部は緩やかでコロラド、アリゾナ、ネバタ、ニューメキシコなどは銃天 国だ。これらの州では弾丸を装填してなければ、カウボーイのように身に付けることも出 来るところもある。 カルフォルニアは自動銃に厳しい。 普通の州での購入は、拳銃は銃砲店に行き、運転免許証を提示し、何日間の審査期間を経 た後、所持許可と一緒にもらう。狩猟用の銃はすぐに裏口で渡す。 州により、拳銃携帯は警察に行き許可を貰う。この際は「コンシールド」の条件も貰う。 コンシールド出来ない長モノは、車の座席か、ラックに掛ける。トランクに入れてはいけ ない。 アメリカの銃規制の盲点は「弾薬・火薬」の譲渡、消費に関して自由であることだ。どこ でも、何もなくても弾薬は購入できる。 ⑥ NRA(ナショナル・ライフル・アソシエーション)の存在 1871年、銃製造会社、愛好者、競技団体などが設立し、 現在400万人の会員を有す。会員の寄付で運営し、 「アメリカンライフルマン」が機関紙。 元は射撃を健全なスポーツとして年少者、女性に広めるた めの活動で、スイス、ドイツなどの同じような団体に影響 を与えた。 現在は、「Insure Your Gun Rights」のスローガンの下、 国民の銃所持を推進し守る強力な組織である。 前会長は俳優のチャールストン・へストンで、現在はサン ドラ・フローマン。 「人を殺すのは人であり、銃ではない。」と言う。 単なる親睦団体ではなく政治団体で、共和党の基盤のひと つである。 営業の自由 ラスベガス、フェニックスの射撃場では機関銃まで撃たせ てくれる ⑦ 写真8 月刊誌アメリカンライフルマン BATF(連邦政府財務省、アルコール・タバコ・火器局)の弱体 アルコール・タバコ・火器局は、FBI的 に連邦捜査権を持つ組織であるが、このエ ージェントが「まぬけ」なために肝心の事 務処理が滞り、また捜査が適切でないと言 われている。 また911以後、テロ対策が重要な任務に なり、現在は「BATFE」と「E」も任 務になった。Eは爆発物の略である。 BATFEのパーミッションは、業者と収 集家に出されるもので、個人の銃所持まで は権限がない。 ちなみに、アメリカで規制がなされるケー スは以下の通り。 写真9 アメリカの所持、狩猟許可証類 1. 改造銃・銃身を切る・サイレンサーを付ける。 2. フルオート銃(全自動銃)AK-47などのアサルトライフル。 3. ケプラー防弾衣、タイル製防弾板が役に立たない銃類。 4. 隠し武器 コンシールドのまま携帯。 5. 購入した際の書類のないもの。身元不明銃。 6. BATFEパーミットの無い収集。研究目的の収集は認められている。 ⑧ アメリカの銃規制の他の手段 地域、世論、及び時限立法、訴訟などで銃規制の流れは変らないだろう、と思う。 都市部は拳銃の販売、所持に厳しい規制の歴史を持っている。 1. 輸送会社の規制 アメリカンポスト、UPS、DHL,フェデックスなどがX線で荷物を見て、銃、弾薬、 火薬などの配送を拒否する。分解すれば運搬できるが「機関部」は駄目。 2. 航空機手荷物の搭乗拒否 これはかなり徹底しており、遠くに狩猟に行く際には、レンタル銃を使うことが多くなった。 3. 銃製造会社への訴訟 以前は訴訟が盛んであったが、敗訴する例が多く、今は一般的でない。 しかし、民主党政権の下ではまた復活する恐れがある。 ⑨ ますます強化される日本の銃規制 恐らく世界で一番厳しい。所持許可は3 年で更新、毎年、銃検査あり。 火薬は別手続き。 「譲渡許可」と「消費許 可」と2回、警察に足を運ぶ。 それでも事故、事件は絶えない。 でも 全体の絶対数は僅か。手続きには人権無 視の感もある。公安委員会が発行するが、 地元警察生活課が代行する。 目的が明確でないと所持許可は取得でき ない。 競技に出る標的射撃か、狩猟。 狩猟には「狩猟免状」と「登録」が必要。 写真10 日本の許可書類 写真11 日本の狩猟免状、額入り 写真12 日本のエアソフトガン(日本の十四年式拳銃) 特に暴力団抗争には拳銃殺人はつきもの で、これは防ぎようがない。 使われる拳銃は殆どが最近の密輸製品で ある。 ちなみに「銃砲マニア」と言うのは日本 ではマイナーな存在だが、エアガン、モ デルガンの改造などが規制対象である。 ⑩ 終わりに 銃の基本的な知識 銃は危険であり、向けられたら逃れられない。従って、車の中にいても銃に対しては手を 見えるところに出し、「フリーズ」する。 自分が銃を手にしたら、以下3つが大原則である。 A 弾丸が装填されてないか確認する。 B 用心鉄内に指を入れない。引き金に指を掛けない。 C 銃口は人間に向けない。下か上。 おもちゃの銃でも誤認があり危険である。日本にはリアル なエアガン・モデルガンがあるが、アメリカでは既にリア ルなおもちゃはない。「誤認事故」のためだ。 製造業者は訴訟を受け、販売業者は自粛しているからだ。 写真13 銃を持つときは、引き金に指を入れない) 参考文献: 藤木 久志著 刀狩り 「武器を封印した民衆」 2005年 岩波新書 松尾 文夫著 「銃を持つ民主主義」 2004年 小学館 小熊 英二著 「市民と武装 」2004年 慶應義塾大学出版会 松本 仁一著 「カラシニコフ」2004年 朝日新聞社 丸山 擁成編 「幕藩体制下の政治と社会」1983年 文献出版 須川 薫雄著 「日本の火縄銃①」 1989年 光芸出版 須川 薫雄著 「日本の火縄銃②」 1991年 光芸出版 須川 薫雄著 「日本の軍用銃と装具」 1995年 国書刊行会 須川 薫雄著 「日本の機関銃」 2002年 JW社 NRA「アメリカンライフルマン」 アメリカ合衆国大使館公式サイト 感謝: エドウィン・F・リビー教授
© Copyright 2024 Paperzz