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第 19 回山梨医科大学 CPC 記録
日時:平成 10 年9月2日(水)午後5時 15 分∼ 7 時
場所:臨床講堂大講義室
司会:多田祐輔教授(外科学2),川生 明教授(病理学2)
心タンポナーデを初発症状とした胸腺癌
要 旨: 63 歳,男性。呼吸困難と胸部不快感を主訴として来院した。収縮性心膜炎による心タ
ンポナーデと診断,心
ドレナージにより症状は軽快したが,前縦隔に腫瘍を認め,浸潤型胸腺
腫と診断し摘除を試みたが不能であった。縦隔照射を行ったが,腫瘍の縮小効果は乏しかった。
以後背部,側胸部の疼痛と右胸水に対する対症療法を続けたが,1年後呼吸停止し,死亡した。
心タンポナーデの原因,腫瘍の原発部位と組織診断が問題とされ,剖検の結果,胸腺癌の診断が
確定し,癌の心
への浸潤によりリンパ管を圧迫,閉塞して心
液の貯留をきたし,直接死因は
心不全と判断された。胸腺腫瘍の分類における胸腺癌の位置づけに関して臨床的および病理学的
立場からの解説を行った。
症例提示
高橋 渉助手(外科学 2)
28 回/分 体表リンパ節触知せず 結膜:貧
症 例:T. I.
63 歳 , 男 性 ID049-187-2,
血,黄染なし 肝:触知せず 腹水なし 下
浮腫なし
AN1218
主 訴:呼吸困難,胸部不快感
入院時検査所見:
現病歴: 1996 年 3 月より,労作時の呼吸困難
<血液学的検査>
が出現。近医にて胸部レ線撮影するが,異常
白血球 3,730/µl,赤血球 4.57 × 106/µl,Hb
は指摘されず。
13.9 g/dl,Ht 42.0 %,血小板 14.3 × 103/µl,
同 9 月まで,症状は徐々に増悪し,安静時に
Tp 8.1 g/dl,Alb 4.0 g/dl,GOT 53 IU/l,
も呼吸困難が出現。再度近医受診し,心不全
GPT 69 IU/l,LDH 221 IU/l,BUN 15 mg/dl,
を疑われ,当院循環器内科紹介となる。
Cr 0.91 mg/dl,CRP 0.3 mg/dl,Na 137mEq/l,
既往歴: 40 歳時より高血圧症にて内服治療中
(Ca 拮抗薬,ACE 阻害薬)
K 4.0 mEq/l,Cl 102 mEq/l,CEA 2.1 ng/ml,
NSE 4.6 ng/ml,SCC 0.5 ng/ml,
50 歳時より慢性 C 型肝炎に対しインターフ
(心
液分析)
血性,比重: 1.042,Rivalta(−),LDH
ェロン投与中
家族歴:特記すべきなし
1055 IU/l,CEA 1.6 ng/ml,SCC 2.43 ng/ml,
患者背景:喫煙 40 本/日(18 ∼ 26 歳 BI =
NSE 75.98 ng/ml,細胞診 class I(複数回),
360)飲酒 1 合/日
ADA 24.9 IU/l
(画像:胸部 X-P,CT 検査,シンチグラム,
入院時現症:
身長: 165 cm
体重: 60 kg
脈拍: 72 回/
分・整 体温上昇なし 血圧:(右上肢・臥
位): 134/72 mmHg,左右差なし
心エコー 供覧)
治療経過:
1996 年 9 月 18 日 当院第 2 内科入院
頚静脈怒張:坐位時なし,仰臥位時軽度あり
CTR57 %,心
心音:過剰音聴取なし 呼吸:呼吸音正常,
1.7 mm,心尖部 1.9 mm 心
液:エコー上前壁
ドレナージ
xxx
にて症状軽快したため,収縮性心膜炎病
する。この場合,LDH 高値,NSE 高値には臨
態が基礎疾患として存在する心タンポナ
床的な意義を考えなくても良い。一方,心嚢液
ーデと判断。
を遠心した上清が透明ならば溶血でなく,出血
1996 年 10 月 28 日 全身検索で,前縦隔に腫
である。この場合 LDH 高値,NSE 高値は診
瘍を認める。上大静脈閉塞なし左腕頭静
断的価値があるとして,判断しなければならな
脈閉塞,Ga シンチグラム集積なし。浸
い。すなわち,NSE を分泌する腫瘍の存在を
潤型胸腺腫として拡大胸腺摘除術予定す
考慮すべきである。カルテには溶血でないとの
る。
記載があるらしいが,それならば単に収縮性心
1996 年 11 月 13 日 胸骨正中切開下,摘除試
みるが不能。術中病理診断は転移性腺癌。
膜炎と診断せずに,腫瘍の存在が疑われたので
はないだろうか。
浅頸静脈 – 右房バイパス術・右胸腔への
心膜切開開窓術を行う。
1996 年 12 月 3 日 さらに全身検索行うが,
病理所見と診断
加藤良平助教授(病理学 2)
<病理所見>(剖検番号 1218)
原発巣と思しき臓器なく,縦隔照射開始。
A.肉眼所見
照射線量 36Gy。縮小効果は乏しい。
11.外表:身長 155cm,体重 38.2 kg。表在リ
1997 年 3 月上旬 背部・側胸部を中心とし
ンパ節腫大(−),胸部正中に約 20 cm の
た疼痛出現。以後は疼痛と右胸水のコン
手術瘢痕を認めた。左前腕,両下腿の浮腫
トロールを中心とした対症療法で,入退
院を繰り返す。
を認めた。
12.体腔液:胸水(左,なし,右 900 ml,黄
1997 年 12 月 18 日 自宅にて呼吸停止。当院
に搬送されるが蘇生されず。病理解剖に
てはじめて胸線癌の診断を得る。
色透明),腹水なし
13.縦隔腫瘍:前上縦隔に 10 × 7 cm の灰白色
充実性,弾性硬の腫瘤。腫瘤は大動脈周囲
から心嚢腔を埋め,心臓,肺門部リンパ節
診断・治療上の問題点:
1.上大静脈閉塞なく,心
および右肺,右胸壁に直接浸潤(図 1)。
液が中等度であっ
14.肺(一魂として取り出した):右肺上葉に
たにもかかわらず,前縦隔腫瘍(後に胸線癌)
縦隔腫瘍の直接浸潤を認めた。両側各葉に
が心タンポナーデで発症した機序
粟粒大∼大豆大の転移結節。
2.開胸生検材料でも陶腺癌の診断が困難で,
剖検ではじめて診断されたこと
3.胸線癌の確定診断が生前得られた場合,治
療方針変更があり得たか?
4.胸腺腫瘍に対する現在の分類・病期につい
て
15.心臓:右心房から一部心室にかけて腫瘍の
浸潤を認め,同部位では心嚢腔は腫瘍が充
満。
16.リンパ節:傍気管,肺門部リンパ節の腫大。
割面で転移結節を認めた。
17.左内頚静脈:血栓による内腔閉塞。
18.肝臓(570 g):表面は軽度凹凸不整であ
検査値分析
尾崎由基男教授(臨床検査医学)
入院当時に行った心嚢液の分析では 血性,
るが,肝硬変といえる像ではない。腫瘍の
転移は認められない。
75.98 ng/ml と 2 つ
19.腎臓(左 49.8 g,右 150 g):両側とも被膜
の検査値が高値を示していた。NSE として反
剥離容易,表面平滑で,割面では皮髄境界
応する enolase 分画は少量ではあるが赤血球に
明瞭,混濁はない。左腎は低形成とみなさ
LDH
1055
IUL,NSE
も含まれるため,溶血した検体では NSE は高
値をとることがある。LDH 高値も溶血と合致
れた。腫瘍の転移は認められない。
10.脾臓(50 g),膵臓(60 g),甲状腺(16 g),
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図1
肺・大動脈レベルの横断面
腫瘍は前上縦隔に位置し(→),連続性に大動脈(A)周囲∼肺(L)に浸潤して
いた。
副腎(左 3.6 g,右 2.5 g)
B.組織所見
11.縦隔腫瘍:多角形の癌細胞が充実性の胞巣
a.左内頚静脈の血栓性閉塞。
13.その他
a.慢性非活動性肝炎
を形成し増殖している。腫瘍組織には所に
b.左腎臓の低形成(49.8 g)
より細胞間橋や細胞固有角化などの扁平上
c.肝臓の低形成(570 g)
皮への分化所見を認めた(扁平上皮癌)
(図 2,3)。明かな腺構造は認められず,
また AB-PAS 染色でも粘液は陰性。腫瘍は
考察
加藤良平助教授(病理学 2)
本症例では腫瘍の原発巣が問題であった。解
比較的広範な壊死を伴い,腫瘍胞巣間には
剖の結果,1)腫瘍は前上縦隔に位置し,肺や
線維性のよく発達した間質を伴っていた。
心臓に直接浸潤していた。2)組織学的に腫瘍
12.肺:転移巣とみなされた小結節は縦隔の腫
は扁平上皮癌の特徴を有する。3)縦隔以外に
瘍と同様の所見。
13.リンパ節:転移結節は縦隔の腫瘍と同様の
所見。
原発巣とみなしうる腫瘍がみあたらない。など
の所見から胸腺原発として矛盾の無い所見であ
った。胸腺癌では組織学的に扁平上皮癌の割合
14.肝臓:門脈域を中心に軽度の線維化と炎症
が最も高く,国立ガンセンターの報告では胸腺
細胞浸潤。肝細胞に変性壊死などは認めら
癌 17 例中で,扁平上皮癌が 12 例を占めていた
れない。
〈病理診断〉
11.胸腺癌(扁平上皮癌)
a.転移:右肺,心臓への直接浸潤。両肺,
リンパ節への転移(リンパ行性)
。
12.腫瘍関連病変
(その他未分化癌 3 例,腺扁平上皮癌 1 例,分
類不能腫瘍 1 例)。また胸腺癌は肺やその他の
臓器から発生する扁平上皮癌に比較して,明ら
かな組織学的差異はないものと思われるが,間
質結合織が発達して堅い,壊死が少ないなどの
所見が報告されている。本例はこの所見とも一
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図2
腫瘍は N/C 比の高いやや低分化な細胞の増殖が主体を占めたが,ところにより
広い胞体を有する多角形の細胞からなる部分が認められた。× 100
図3
細胞間に扁平上皮への分化を示唆する細胞間橋を認めた。× 400
xxxiii
致する。
線治療も奏効せず,最終的にはその後 13 か月
直接死因としては,悪液質を背景として,胸
腺癌の心臓への直接浸潤と心
腔の充満のため
の心不全とみなされた。
で右室壁への腫瘍の直接浸潤により心不全死し
た。その際の病理解剖で胸腺扁平上皮癌の確定
診断に至った。一般に,胸腺扁平上皮癌は放射
線感受性が高く,不完全切除例でも長期生存が
考察
高橋 渉,吉井新平,保坂 茂,
報告されているが,実際には,分化度によりそ
多田祐輔(外科学 2)
の感受性が異なり,本症例のように,生検材料
前縦隔の腫瘍は,悪性腫瘍といえども無症状
でも腺癌と診断されるような低分化な扁平上皮
で,検診ではじめて発見されることがある。ま
癌では,放射線のみならず抗癌剤にも感受性が
た,有症状例では,大血管・肺・胸郭・心膜な
低く,予後不良であることも報告されている。
ど隣接臓器などに浸潤し発症しているが,一般
従って,胸腺扁平上皮癌の診断を,臨床経過の
には呼吸器症状や上大静脈症侯群を初発症状と
中で得られていたとしても,治療には反映され
することが多く,その臨床経過中に心
転移を
ることなく,同様の予後しか得られなかったも
きたすことは比較的多く経験されるものの,心
のと考える。また,悪性腫瘍が心タンポナーデ
タンポナーデが初発症状であることは稀とされ
を発症させる機序には,①縦隔リンパ節転移か
ている。今回,心タンポナーデを初発症状とし
ら生じたリンパ流障害により逆行性にリンパ管
て発見された胸腺癌を経験したので報告する。
浸潤が起こり,これによって心膜播種をきたし
症例は 62 歳,男性(剖検時 63 歳)。心不全を
たものと,②心膜への直接浸潤,の 2 説が考え
疑われ当院循環器内科紹介入院となり,精査に
られているが,本症例の手術時には浅頚部リン
て心タンポナーデと前縦隔の腫瘤が認められ
パ節転移を認めたが,心膜までは浸潤が及んで
た。浸潤型胸腺腫と診断し,胸骨正中切開下に
いなかったことなどから考えると,前者が有力
摘除を試みるも,重要臓器への浸潤が著しく,
であると推察された。
断念し,この際の腫瘍生検で腺癌と診断。放射