SNSを利用したアパレルビジネスの可能性 ~スタートアップの視点から探る

SNSを利用したアパレルビジネスの可能性
~スタートアップの視点から探る~
指導教員名:水越
康介
氏名:岡本
成裕
枚数:23枚
1
SNSを利用したアパレルビジネスの可能性
~スタートアップの視点から探る~
≪目次≫
1
はじめに
2
先行研究
2-1-1
2-1-2
2-2-1
2-2-2
2-2-3
2-3
2-4
スタートアップ企業とは
スタートアップが成功するには
ドン・キホーテの事例 初期市場の発見
スタートアップ期
総合ディスカウントストア再王手への成長
楽天市場店ホンコンマダムの事例
先行研究のまとめ
3
ビジネスの狙い
3-1 転売ビジネスを始めた経緯
3-2 ビジネス・インサイト
4
時系列になぞらえた推移
4-1 始め約3ヵ月間の導入期(2009年5月~7月)
4-2 約6ヵ月間の上昇期(2009年8月~2010年1月)
4-3 約2年間の安定期(2010年2月~2011年11月)
4-4 約1年間の下降期(2011年12月~2013年1月現在)
5
まとめ
6
参考文献
2
1.はじめに
本稿の目的は私が行ってきたSNS上でのアパレルビジネスを1つのスタートアップ企
業の活動として捉え、主にネット上での小売を行う上で何が重要であるかを自らの経験を
踏まえ確認していくことである。私は大学へ入学してすぐから現在に至るまで個人でSN
Sを利用し(主にmixi)洋服の転売ビジネスを行ってきた。主なやり方としては、一
般的なリサイクルショップで商品を仕入れ、それをSNSのWEB上のページで掲載し、
宣伝し、購入者との連絡交換を行い、発送するというものである。これまで約3年6ヵ月
の期間で売った商品の数は約550点、売上金額にして約170万円である(2013年
1月現在)。もちろんこれまでの道のりは決して平坦な道ではなく、数々の問題やトラブル
が起き、それを乗り越えてきた。本論では、まず先行研究からスタートアップ企業とはそ
もそも何なのか、さらにはどのように企業活動をしていけば成功しやすいと言われている
かを示したい。次にその論と照らし合わせ、既存の企業は会社創設期から実際にどのよう
な施策をし、どのような成果を収めてきたのかを見ていく。そして最終的に私が行った転
売ビジネスの概要を主に時系列に沿って説明し、スタートアップ論や企業の歴史と比較し
たときにどのような共通点や相違点があったかを言及していきたいと思う。
2.先行研究
2-1-1.スタートアップ企業とは
私達がよく耳にする「ベンチャー企業」、あるいは「ベンチャービジネス」という言葉は
1970年代に通産省の佃近雄によって使われ始めた和製英語である。元々狭義的な言葉
であったにも関わらず、その成り立ちを無視して定義もなく新規事業開発や新会社設立の
全てをベンチャー企業として扱い、日本における新規開業企業研究の現状は極めて混乱し
たものとなっている。これにより事例研究や比較研究が何を目的としたものか曖昧になっ
てしまい、新企業研究のあり方に大きな不都合を生じさせることとなった(米倉、2005、2
~3 頁)。したがって、本論では混乱したベンチャービジネスという言葉を使わずに、アメ
リカで使われるスタートアップ企業(新規開業会社)という言葉を使用することとした。
ここでスタートアップについての説明を行う。田路(2010)によれば、創業後の企業は、スタ
ートアップ期、成長期、成熟期、安定期という段階を踏んで成長するとされている。そし
てスタートアップ期と成長期の初期に属する企業について「スタートアップ」と一般的に
呼ばれる(田路・露木、2010、3 頁)。
3
2-2-2.スタートアップが成功するには
ではどのような施策をするとスタートアップ企業は成功をしやすいのであろうか。それ
にはいくつものポイントがある。まず起業は1人で行うよりも、複数で行い、経営チーム
を形成する方が成長要因も高い事が実証されている。経営チームが大きくなれば、売上高
も大きくなる事が指摘された。1人の創業者が経営面と技術面のその両方に能力を発揮し
てしまうと、市場開拓力は落ちることを示している。つまり、技術と経営を分担できる体
制で創業時から経営チームを構成する事が成長に直結することになる。また技術系スター
トアップの成長要因としては製品・技術が最も重要なものであり、スタートアップ期には
製品開発に打ち込み、やがて成長期にはマーケティングや営業へと活動が移って行く傾向
がみられることだ。具体的にはスタートアップ期には専門性の高い技術系人材を、成長期
にはマーケティングや営業の優れた人材を投入するべきであるということだ。つまり、適
切な時期にしっかりと適切な人材を投入し、次の成長段階へとつなげる事が重要である。
また、起業家が技術系のバックグラウンドを持つ重要性を指摘している研究もある。イタ
リアやドイツの研究では、技術系の学位を持っている方が、成長性の大きいことが明らか
になっている(田路・露木、2010、9~15 頁)。
このように様々な研究の結果から導き出された論を考察していくと、スタートアップに
ついてある程度の定石があるように思えるだろう。上記の論を簡単に要約するとすれば、
初期段階ではまず製品の善し悪しが最も重要なポイントで、成長するにつれて売り方など、
いわばサービス・マーケティング的な面が重要になってくるということである。しかしこ
れは本当に正しいのだろうか。製造業に限って話が進められているが、サービス・小売業
ではどうだろうか。そして実際に販売店を持たないネット上でのビジネスの場合はどうだ
ろうか。さらには本当に起業家がもともとその分野に携わっていた方がよいのだろうか。
このような異なった切り口から見ていく場合、これまでの論とはまた違った論が導き出さ
れてくると思う。そこで次の節では、製造業ではなく小売業を取り上げている米倉の議論
を確認していきたい。その際、彼らはいくつかの企業の例を上げているが、今回は商品と
同等にサービスにも力を入れることで成長してきた大手ディスカウントショップドン・キ
ホーテのスタートアップの例を取り上げようと思う。なぜならこの商品とサービスとを同
等に重要視する考え方が、私のやってきた転売ビジネスのやり方に近い為だ。その際、企
業がどの成長段階で、どの部分を特に重要視してきたのかという点に注目して見ていきた
いと思う。
2-2-1.ドン・キホーテの事例
初期市場の発見
4
ドン・キホーテ売上高推移
1400
1200
億円
1000
800
600
400
200
0
1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
(出所)有価証券報告書(株式会社ドン・キホーテ)第 18~22 期。
売上高対前年比伸び率
100
80
ドン・キホーテの
売上高対前年伸び
率(%)
60
40
総合DS業界全体
の売上高対前年伸
び率(%)
20
0
-20
売上高経常利益率
10
8
6
4
2
0
ドン・キホーテ
の売上高経常利
益率(%)
総合DS業界全
体の売上高経常
利益率(%)
(出所)有価証券報告書(株式会社ドン・キホーテ)第 18~22 期、
『日経流通新聞』1995 年 7 月 13 日、2002 年 7 月 11 日。
5
グラフを見ても分かるように、ドン・キホーテは創業時から右肩上がりの売上高を残し
ている(米倉、2005、246 頁)。小売店の飽和化が叫ばれ、多くの店が売上を落としている
中でどのようにして成功を収めてきたのだろうか。まず、ドン・キホーテがどのように生
まれ、初期段階でどのように他の小売店と差別化を図ってきたのかを見ていこうと思う。
ドン・キホーテの前身は安田隆夫が 1978 年に開店した総合DS「泥棒市場」である。1970
年代はちょうど総合DSが消費者に注目され始めた時期だったが、泥棒市場は売り上げが
伸びず経営不振に陥った。その為従業員を大幅に解雇し、安田は陳列と販売を 1 人で担当
せざるを得なかったために、夜中に店舗を開けて陳列作業をしたところ、顧客は店舗が営
業中だと間違えて店舗に入ってきたのだ。こうした顧客に商品を販売してみると、泥棒市
場は深夜も営業するという噂が口コミで広まり、夜中に店舗を訪れる客が次第に増えてい
った。また、コスト削減の為に格安の品しか仕入れることができなかったので、商品は廃
番品やサンプルが多くを占め、1回の仕入れの量が非常に多く、2回同じ商品を仕入れる
ことができなかった。その結果、泥棒市場には大量の商品が詰め込まれ、商品が常に変化
した。このように深夜時間の営業、変化する品揃え、圧縮した陳列という小売ミックスで
経営された泥棒市場の売上は徐々に伸び始めたのだ(米倉、2005、246~247 頁)。
このようにドン・キホーテの前身である泥棒市場は、うまく他店との差別化をすること
に成功した。この要因には上記の通り、普通の店舗が営業していない時間に店を開けるこ
とと、品ぞろえが次々と変わるおもしろさという2点が上げられるが、これは商品の質と
いうよりサービス面であると考えられる。つまり製造業の初期段階では商品の質が重要と
いう考え方と異なる結果であり、小売業界ではサービス面の強化から始めることも良い方
法の1つであることが分かるだろう。
2-2-2.スタートアップ期
差別化に成功し売上を伸ばした泥棒市場であったが、それに伴い徐々に会社自体の規模
も大きくしていく必要があった。しかし泥棒市場の特徴は規模が小さい店舗だからこそ生
まれたものだが、その特徴をどのようにして保持していったのだろうか。
泥棒市場の売上が伸びるにつれて、事業の重点を卸売事業に転換し、85 年には泥棒市場
を売却し、1989 年に直営店ドン・キホーテを開店した。この時期に多くのDSが一般的に
とっていた小売手法は、大量仕入れによりコストを抑え、低価格で販売するというもので
あった(米倉、2005、249 頁)。しかしここでも他店と差別化を図る為に、安田はこうした
一般的な手法をとらず、泥棒市場で学んだ経験にもとづいて新しい小売りコンセプトを打
ち出した。それはドン・キホーテにおいて「コンビニエンス+ディスカウント+アミュー
ズメント」と呼ばれている。そしてこの考えを創案することが可能となった理由について、
自分が流通業で働いた経験がないため、考え方が業界の常識に束縛されていないからであ
ると述べている(米倉、2005、250 頁)。
6
このコンセプトを達成する為に様々な施策が行われた。まず、利便性を高める為に営業
時間を朝 10 時から午前 0 時までに設定した。また、低価格で提供する為に他店より高い商
品があれば差額を返金するという最低価格保障制度を実行した。さらに娯楽性を高める為
に品揃えを常に変化させ、あえて1品目少量で圧縮陳列をした(米倉、2005、251 頁)。開
店当初、安田は店舗作りに関する意思決定を全て自ら行い、圧縮陳列も難なくこなしたが、
この技術を従業員に教えても、従業員たちは会得することができなかったのだ。売り場作
りに失敗したドン・キホーテ府中店は1年目の売上が目標の3分の1しか達成できなかっ
た。しかしそれから従業員に様々な権限を委譲し、働きに応じた能力給を採用すると、従
業員たちのモチベーションは高まり、圧縮陳列を会得することに成功したのだ(米倉、2005、
252~253 頁)。
このように会社の規模を大きくしながらも独自の特徴を保持しようとしているのが分か
る。その為に小規模の時とは異なって、しっかりと制度化することで、規模が大きくなっ
て特徴が薄れる事を防いでいる。今回の場合も他店は価格を安くしている中、商品自体に
手を加えるというより、一貫してサービス面を強化しているのが分かる。ただし前の段階
と異なるのが、規模の拡大に伴って従業員も増加したことにより、新たに会社制度に施策
したことだ。このように会社規模の拡大と共に、その時々で適切な人材を配置したりや制
度を設けたりして、会社内部の制度に手を加えるのもこの段階では重要になってくる。更
にもう一点指摘できるのが、田路の論であった起業家のバックグラウンドの重要性につい
てである。ドン・キホーテ創業者の安田は、自分が流通業で働いたことが無いからこそ常
識にとらわれない自由な発想ができたと言っていて、実際にそのアイデアが成功している。
だからこそ必ずしも起業家がもともとその業界に従事していた方が良いとも言えないので
はなかろうか。
2-2-3.総合ディスカウントストア再王手への成長
サービス面を中心に施策し順調に売り上げを伸ばしたドン・キホーテだが、どのように
して総合DSで最大手とよばれるまでの更なる成長を遂げたのだろうか。規模が拡大する
になるにつれて、一般的には他店の追随、同質化も起きやすくなるがどのように回避した
のだろうか。
この時期に、ドン・キホーテは、他の総合DSも採用していた品揃えの強化、販売促進
イベントを取り入れ、更には他のDSがあまり手掛けなかったサービス事業も展開した。
品揃えの強化については、メーカーと協力して化粧品の対面販売を始め、惣菜と生鮮三品
の販売に乗り出して食品部門を強化した。またサービス事業は人手がかかるため、総合D
Sは通常扱わないが、ドン・キホーテは合い鍵作成のサービスや旅行チケット販売なども
開始した(米倉、2005、258~259 頁)。更には販売促進活動として、商品やイベントの情
報を織り込み、顧客の来店を促すゲームを自らで作成し、ホームページで顧客に無料で提
供した。その他にも宝くじの販売、24 時間のATMの設置、ブックカフェや古本の買取り
7
センターを併設するなど、貪欲に様々な施策を提案し続けた(米倉、2005、264~266 頁)。
このような施策が功を奏し、2002 年 6 月期にドン・キホーテは売上高と経常利益共に総合
DSの第1位となったのだった(米倉、2005、263 頁)。
この最後の段階にきて商品のラインナップに幅を持たせ、商品面に手を加えているが、
しかしサービス・販売促進面に重点を置いているのは変わらず、本当に様々な施策をして
いる。これまで見てきたように、ドン・キホーテはスタートアップ期、成長期と、どの段
階においても商品よりかはサービス・販売促進面に重点を置いてきたのだ。これは田路の
論の製品からマーケティングという流れの製造業のスタートアップとは異なる結果である
と言えるだろう。これは既に様々な種類の店が存在し、商品のラインナップで差別化を図
るのが難しくなっている小売業界ならではの側面であると考える。だからこそ未開拓なサ
ービスの面に特化したDSをコンセプトとすることで他店との明確な差別化に成功し、売
上も伸ばしたのである。
これまでのドン・キホーテの例で小売業界全体のスタートアップについて見てきた。次
は私がやってきたネット上のビジネス、そして大人数ではなく少人数で行うビジネスによ
り焦点を当てる為に、WEB上のショップである楽天市場の出店で成功を収めた会社の例
を取り上げようと思う。
2-3.楽天市場店ホンコンマダムの事例
アパレル販売ショップ『ホンコンマダム』は、迫田敦子が店長をつとめ、関西を代表と
するネットショップである。迫田のビジネスは楽天市場へ出店してから3年で平均月商が
1億円を突破し、今や年商は17億円に達する。現在では販売だけにとどまらず、オリジ
ナルの商品の開発・生産・販売も行っている(上阪、2009、50 頁)。アパレル経験や貿易
の知識もないごく一般的な経歴の迫田がここまでの成功を収めたのにはいったいどのよう
な要因があるのだろうか。迫田のエピソードから探っていこうと思う。
1999 年当時、インドのカシミール地方で作られる手織りの毛織物であるパシュミナとい
うものがブームを巻き起こしていた。パシュミナは関西圏ではあまり売っておらず、売っ
ていても4万前後の高値が付いていて、入荷したらすぐ完売していた。ファッションが元々
好きであった迫田はネットフリマで検索したところ、楽天市場が運営するネットオークシ
ョンサイトである楽天フリマで、半額近い値段である1枚2万前後で、しかも複数枚売ら
れていた(上阪、2009、58 頁)。
迫田はもともと海外旅行が趣味で、先進国だけでなく、発展途上国にも頻繁に出向いて
いたという。パシュミナを知った数ヶ月後、迫田は当時急成長を遂げていたドバイに出掛
け、たまたま立ち寄った市場でパシュミナが売られているのを見つけたという。さらに値
段は日本の市場の6分の1ほどの格安の値段だったので、お土産に大量に購入したが余っ
てしまい、それをフリマに出店してみたのが初めのきっかけだという。すると3千円でス
タートを設定したが、あっという間に2万円前後で残りすべてのパシュミナが売れた(上
8
阪、2009、58~60 頁)。
これにビジネスチャンスを感じた迫田はパシュミナの原産地であるネパールに直接買い
付けに行き、輸入販売を始め、それから毎月のように出向いた。出品したらすぐ売り切れ、
月商が250万も超えたこともあり、フリマが本業になった(上阪、2009、60~63 頁)。
そのうち顧客がつくようになったのだが、迫田はその理由を評価と信頼に徹底してこだわ
ったことだという。迅速な対応・発送をし、他にない商品ラインナップを常に意識して他
と差別化をはかった。商品と対応の良さは口コミで評判になり、アクセス数が急増した。
しかし中にはWEB上の掲示板で意図的にホンコンマダムを叩きに来る人もいたが、その
時も昔からの顧客が援護に入り、迫田が顔を突っ込む前に事が片付いていたこともあった
という。これはまさに顧客と迫田との信頼関係の表れであるだろう(上阪、2009、63~68
頁)。
また時には限定品と一緒に出品する事で注目度を高め、商品にキャッチコピーをつけて
目立たせた。更には期間限定の限定色のパシュミナを出し、母の日や敬老の日のプレゼン
トなど斬新なアイデアを出し続け、マーケティング面にもこだわった。売上も右肩上がり
に伸び、規模的にフリマの限界が近づいてきたと感じ、楽天市場に正規の個人店『ホンコ
ンマダム』をオープンした(上阪、2009、63 頁)。
その頃には早くも他のショップが真似をし、パシュミナを取り扱い始めたが、カラーの
バリエーションや発色の美しさにこだわったホンコンマダムのパシュミナは、質の高さと
いう面で他の追随を許さなかった。それから徐々にパシュミナ以外にも靴や時計、浴衣や
水着など商材を拡大していき、会社の規模も大きくなっていった。この理由として、迫田
はパシュミナのブームが去る時期を予測していて、その前に新しい商材を投入して顧客の
視点を移らせる必要があったからと述べている。同時に社内体制も対応させていき、社員
を採用し、受注処理をコンピュータ化し、そして新しいオフィスも構えた。このようにし
て、楽天市場に出店してから数年で売り上げは格段に伸び、成功を収めたのだ(上坂、2009、
69~73 頁)。
このエピソードからドン・キホーテの例とは異なったことをみることができるだろう。
最も異なる点としては、サービス面ではなく商品面で他と差別化をしたことから売上が伸
びた点である。スタートアップ期ではパシュミナというまだあまり出回っていない商品を
格安で売ることで顧客を獲得し、成長期でもパシュミナ以外の様々な商品ラインナップを
取りそろえることで売上を伸ばした。もちろん成長するにつれてマーケティング面にも力
を入れたが、この例の場合、サービス面よりかは商品面に力を入れた事が成功の要因であ
ると言えるだろう。
2-4.先行研究のまとめ
これまで、実例として、ドン・キホーテの事例と、楽天市場店ホンコンマダムの事例を
みてきた。この2つの実例を比較したとき、様々な点に気付く。まず、両者がそれぞれス
9
タートアップ期、成長期に重要視していることが異なっているという点である。ドン・キ
ホーテはスタートアップ期から総合DS1位になるまで一貫してサービス面・マーケティ
ング面に重点を置き、様々なアイデアあふれる施策をしてきた。それに対してホンコンマ
ダムは商品面、マーケティング面共に大事にしながらも、商品の質の高さ、ラインナップ
の充実を根本においていた。しかし異なった施策をしたにも関わらず、両者とも成功を収
めている。このことから分かるのが、小売業のスタートアップに関しては商品面、マーケ
ティング面どちらに特化するのがよいということはなく、重要なのは他社としっかり差別
化を図ることである、ということだ。
また、ドン・キホーテの社長とホンコンマダムの社長は共に特別な経歴があったわけで
はなく、起業家のバックグラウンドが大切という田路の論は小売業界に限って言えば必ず
しも当てはまらないということも読み取れるだろう。ドン・キホーテの社長の例からする
とむしろ経歴が無いからこそ成功したとされており、小売業界においては固定概念にとら
われない自由な発想の方が重要なのかもしれない。
さらに2つの事例で、共に会社の規模が大きくなるにつれて社内体制を変えていった点
が共通しているのも分かるだろう。この点は田路の、適切な時期にしっかりと適切な人材
を投入して次の成長段階へとつなげることが重要であり、1人で行うよりも経営チームを
形成する方が成長要因も高いという論に繋がることになる。
また、顧客がつくようになった理由として、評価と信頼にこだわったことを一番に上
げているが、これはネット上のショップならではの側面であると考えられる。なぜなら実
店舗ではなく架空の店で購入することになる購入者としても、ネット上で商品を買う事に
は常にリスクが発生し、心配が常に付きまとうからだ。また、悪い情報などはWEB上の
掲示板や口コミですぐに伝わりやすい。だからこそ安心して買えるショップであれば購入
者としても継続的に利用する傾向にあり、実店舗の場合より他のショップに目移りする可
能性が低くなるのだ。
主に以上の4点が気付きとして得られた。この先行研究の結果を踏まえ、特にこの4点
に注目しながら、自分がやってきたネット上でのアパレルビジネスはどのようにして規模
を拡大していったのかを見ていこうと思う。
3.ビジネスの狙い
3-1.転売ビジネスを始めた経緯
私は高校生の時から大の服好きであった。普段の服の買い方は、値段が高い物を少数買
うというよりかは、値段が安い物を多く購入する事が多かった。そして多くの服同士の組
み合わせを楽しみ、またモード・アメカジなど幅広い服装を日替わりでするというのが私
のスタンスである。後に説明していくが、この服の買い方・楽しみ方というのが私のビジ
10
ネスモデルの根底にあると考えられる。もちろん初めからビジネスの視点を持ち合わせて
いて、SNSを利用して転売すれば成功するなど思っていたわけではない。どのようなき
っかけがあり、なぜこのビジネスを始ようと思い、そしてなぜ規模を拡大していったかを
記していきたいと思う。
大学に進学し、1 人暮らしを始め、衣装持ちの私の部屋は服で溢れかえっていた。上記の
通り安価な服を大量に購入する半面洋服の好みも変わりやすく、時には1回着ただけでも
う着なくなるという事もあった。着ない服はどんどん増えたが、かといって一着数十円の
安価な買い取り価格のリサイクルショップに売りに行く気にもならず、どうにかして効率
よく服を捌く方法はないかと考えるようになっていた。
そこでまず思いついたのはオークションであった。思いついたままに数点を過ぎ出品し
てみたものの、詳しい理由は後述するが、全く売れなかった。他に何か方法はないかと模
索していたところ、タイミング良く知人がWEB上での出店サイトを利用しており、それ
を紹介してくれたのだ。そのサイトは楽天ショッピングの系列であり、サイト上に自分の
店を開く事が出来るというものであった。マイページのレイアウトも商品の価格も個人で
設定でき、かなり自由度が高かった。このサイトをとりあえずの自分の売買の場として利
用することとした。
これを契機として、他の理由も一気に繋がっていき、より大きなビジネスにしていきた
いという思いが生まれたのだ。当時は強く意識していたわけではないが、今振り返ると大
学での専攻も大きな理由の1つであると考えられる。私は経営学部に入学したのだが、そ
れも元々物の流れや会社のビジネス構造に興味を持っていたからである。だからこそ授業
で学んだ知識を座学で終わらすのではなく、実践してどうなるのかを知る為に実際に自ら
で何かビジネスを行ってみたいと潜在的に考えていたのだ。
さらには私が地方出身者であるという事も理由の1つであろう。私は岡山出身で大学か
ら上京してきたのだが、東京で生活を始めるとすぐに地方との格差を強く感じた。これは
ファッションの面でも同様に感じたのだが、好きな服を着たくてもそのショップやブラン
ドが都心にしか存在しないという不便さが特に気になっていたのだ。だからこそ日本全国
どこにいても閲覧・購入ができるWEB上のショップを利用する事で、地域格差を少しで
も埋めたいという思いも少なからずあったのだ。
この一見全く関係のないように思える、大量の服、マーケティング、地方出身という3
つの要素があるきっかけで1つになった。このようにWEB上のショップでマーケティン
グ学を実践しながら行う洋服の転売のビジネスが私の希望と見事に合致し、個人でビジネ
スをやってみようという思いに至ったのだ。
3-2.ビジネス・インサイト
創造的瞬間という言葉があるが、それは『時間の流れが一瞬止まり、ある空白の時間が
流れた後、今まで自分を縛りつけていたフレームの力が弱まり、逆に内的な創造性や連想
11
力が活性化される』その瞬間を意味しているという(石井、2009、53 頁)。ビジネスの世
界でもこのような創造的瞬間、言い換えるとすればビジネス・インサイトを閃く瞬間があ
るという考え方が存在する。つまり、ある1つの事象を偶然にでも体験・目撃した時、そ
こから様々なことと瞬間的に関連付け、1つのビジネススタイルを閃くというようなこと
だ。この考えに乗っ取り、ヤマト運輸の小倉昌男社長の例を取り上げ、自分の中でこのビ
ジネスはきっと成功するであろう、と確信した瞬間があったかどうかを回想し、記述して
いこうと思う。
1973年、ヤマト運輸の小倉社長はニューヨークに開設した営業所を視察する為に出
張した。その当時、小倉社長はヤマト運輸の大口輸送での配送事業に限界を感じており、
家庭向けの小荷物配送に挑戦するか考えていた。しかし、その時代に宅配事業がしっかり
事業として成り立つかどうかは未知数であり、事業化に踏み切ることをためらっていたの
だ。そんな状況の中、ニューヨークの街角で、十字路の回りに集配社が4台停まっている
のを見て、小倉社長ははっと閃き、日本でも小口輸送が成功するのを確信したという。十
字路の回りに4台同時に停まるということは、各車両それぞれが1ブロックを担当してお
り、1台の車両が複数のブロックに荷物を集配することはない。そして狭く限定した範囲
でのビジネスが成り立つ、まさにそのことを示していると考えたそうだ(石井著、2009、
60 頁)。
このようなビジネス・インサイトが閃いた瞬間が私の場合にもあったであろうか。小倉
社長のようにまではっきりとしたものではないが、あったと言える。その時の状況は後述
するが、それは自分の着ていた服を一通り売り切り、新たに「転売の為の服」を買うかた
めらっていた時期である。
それまではいらないものをいわば処分するツールとしてネット上での販売を行っていた
が、新たに商売として「売る為の商品」を買うかどうか迷っていたのだ。自分の持ち物を
売るのはリスクがほとんどないが、新たに物を買って売るとなると、売れなかった時のリ
スクが発生するので、ある程度の成功する見込みが得られるまで踏み込めなかったのだ。
更には当時まだネットで服を買うという行為はあまり一般的ではなく、規模を拡大して失
敗する事に恐れていた。その踏み込むきっかけを与えてくれたのは紛れもない私ならでは
のビジネス・インサイトであり、それは地元岡山に帰省し、ブランド古着屋で買い物をし
ている時に起きた。
それは大学に入って初めての帰省であった。これまでは自分の興味のある服しか見てい
なかったが、初めてより広い視野で、いわばバイヤーとして売れる服があるか、という視
点で服を見ていた。東京でもそのような感覚で徐々に服を見るようになっていて、良く出
回るブランドの商品の価格を覚えていたので、本能的に東京の価格と岡山の価格を比べて
いた。そこであることに気付いた。全く同じ商品で、ほとんど状態も変わらないのに、東
京の商品の方が安いのだ。その商品はしかも数百円の差ではなく、5千円近い差である。
何故かその事が無性に気になって、岡山で思いつく全てのブランド古着屋に行ってその商
12
品の価格を調べた。幸いにもその商品は人気ブランドの定番の商品であった為に、いくつ
かの店舗で取り扱っていた。どこも価格はいわゆる「岡山価格」であり、ほとんど同じ価
格で、やはり東京のものより5千円近く高いのだ。
その当時、先入観で都会である東京の方が何でも価格は高いはずだと思いこんでいた為
に、この事実が私には非常に不思議に感じられた。そこで値段が違う理由を考え、自分な
りのある1つの答えに行きついた。それは供給量の差である。都心の東京の方がアパレル
ショップの数も多く、それだけ商品を所持している人が多いが、反対に岡山のような地方
にはショップが少なく、流通量も少ない。しかし簡単に手に入らないので地方でも需要は
高くなる為に、需要量が供給量を上回り、どうしても地方では価格が上がるのではないか
ということに気付いた。この時、ネットを通じた販売を行う事で成功するのではないかと
いうある種の確信に近い物が得られ、規模拡大という決断の後押しとなった。これこそが
私の中でのビジネス・インサイトであると言えだろう。
4.時系列になぞらえた推移
4-1.始め約3ヵ月間の導入期(1年生5月~7月)
ではここから私が実際にどのようにビジネスを行い、様々な壁をどのように乗り越え、
売上を伸ばしてきたかを説明していこうと思う。その際時系列で見ていき、まずビジネス
を始めた最初の三か月の導入期から述べていく。
前述したように、初めは転売のビジネスとしてではなく、自分の持っていたいらない服
を処分するツールとしてWEB上のフリマを利用していた。ではまず売る場所としてなぜ
mixiを選んだかという事から説明していこうと思う。
●売る場所の選別
この初めの3カ月の間に、服を売る場所としてヤフーオークションから楽天ショッピン
グ系の出店サイト、そしてそこからmixiへと転々としていった。まず初めは、服の売
買だったら一番有名なのはヤフーオークションだろうという思いつきで出品したのだが、
前述した通り全く売れずに、ただひたすら出品料がかさんでいくという状況に陥ってしま
った。売れない理由を考えたが、理由は思いつかず1点も売れない状況は続いた。その当
時出品していた商品はノーブランドで安価な値段設定のものであり、千円から3千円とい
う価格帯のものがほとんどであった。そこで試しに今までとはまったく異なるハイブラン
ドの商品を比較的高値で出品してみた。すると面白い事に、その商品のページのアクセス
数だけ急上昇し、その商品が初めて落札されたのであった。
この時になってようやく今まで商品が売れなかった理由を思いついた。それはノーブラ
ンドの商品を安く売るというスタンスにオークションのシステムがマッチしていないから
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である。オークションでは、購入者が欲しい商品のブランド名などを打ち込んで検索する。
つまりネームバリューのあるブランドを売るには最適な場といえるが、逆を言えばノーブ
ランドの商品は検索にかけることができないのでアクセス数が稼げず、結果として売るの
が難しい環境といえるのだ。
この理由に気付く事ができたので、オークションでの出品をやめ、安価な商品でも売れ
るサイトを探していた。前述したが、たまたま知人から楽天ショッピングの系列の出店サ
イトを紹介してもらえたのでそこへ出品の場所を移動させた。幸いにもそこで売買されて
いた商品はオークションの価格帯よりも低く、出品する商品はマッチしていたのだった。
しかしここでも問題は生じた。それは、私の出店スタイルが1点1点を安価に値段設定し、
数を多く捌く事で利益を出すもので出品数がとても多かったが、そのサイトは写真をアッ
プする方法が非常に不便であり、更に1品当たりの出品費が高かったので、そこの面でま
たミスマッチが起きてしまったのだ。数点は売れたのだが、売値が低いためにそれに対す
る出品料が高く利益率も低くなり、また大量に出品する際に非常に手間がかかった。これ
がネックとなり、また振り出しに戻り、新たな出品サイトを探し始めた。
その当時私はmixiを利用していたのだが、コミュニティという掲示板のようなもの
を見て回っていた時に、フリマに関する書き込みをたまたま発見した。mixi内でフリ
マが行われていることを知らなかったために興味を持って調べてみるとこのmixiでの
フリマがまさに私のスタイルとマッチしていたのだった。まず出品料も一切かからず、大
量の写真も簡単にアップでき、そして何よりもサイト閲覧者の幅が広い。前述した通り、
オークションは購入者から検索をするシステムなので、閲覧者は主にそのファッションの
系統が好きな人だけに限られ、また出品者は基本的に受け身である。それに対してmix
iにはコミュニティという掲示板に書き込みをする事で出品者から積極的にアプローチを
仕掛けることができる。つまりマーケティングで学んだプロモーションも行う事ができる
のだ。また様々な種類のコミュニティに書き込みをすることでより多くの、様々なタイプ
の閲覧者の目に触れることができ、安価な商品が好きな人の目にもとまりやすいのだ。こ
れらの理由からmixiを売買の場として利用することにした。
●mixiで最初の販売
早速mixiでの売買を始めた。多くの条件がマッチしており、今度こそ売れると思っ
たが、今回もまたそう上手くはいかなかった。というのも、コミュニティの書き込みによ
り、ページのアクセス数はある程度確保でき、商品に対する詳細の質問なども来るのだが、
どうしても購入に至らないのだ。サイズや色の詳細、取引の方法、入金の仕方など、質問
は多数寄せられるが、『買います』という一言がどうしても得られなかった。どうして売れ
ないのかと考えている時、ある一人から『mixiで服を売るなんて怪しいですよね』と
いうメッセージをもらった。この言葉にハッとし、今まで売れなかった理由が分かったの
だ。それはオークションや楽天フリマに比べて、mixiでの服の売買は当時あまり一般
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的ではなく、全ては個人の責任にゆだねられていた為に、客からすると詐欺が最も心配だ
ったのだ。というのも、取引の仕方としては、先に購入者希望者が入金し、入金額を確認
してから出品者が発送するというものが一般的であり、入金しても発送されないという詐
欺が有名であったからだ。
それに気付くことができたために、その対策として、一般的な取引の仕方を利用するの
ではなく、二週間の期間限定で私が代引き手数料を負担し、全ての方に代金引換で商品を
発送する『代引フェア』を行うことにした。つまり、商品が届いた時に代金を支払うので、
詐欺が100%起こらず、尚且つ手数料も負担しなくていいので客も安心して購入できる
と考えたからだ。思い切った行動ではあったが、この代引フェアに関する書き込みをして
すぐにmixiでの初めての購入希望者が現れた。
それからというもの、このフェアの2週間は順調に商品が売れ続けた。もちろん代引手
数料を負担しなければならなかったために利益率は大きく下がったが、信頼を勝ち得る初
期投資として仕方ないものだと考えていた。さらに商品の質と安価な値段には自信があっ
た為に、一度買ってもらえたら自分の商品の良さを分かってもらえると思っていたのだ。
4-2
約6ヵ月間の上昇期(1年生8月~1月)
このように売買をする場も安定し、施策を打つ事で初めの売れない状況を何とか打開す
ることもでき、順調に売り上げは伸びていった。売上的にはこの半年間で上昇し続けたの
だが、その中でもやはり問題は生じ、主に対策を行ったものを見ていこうと思う。
●仕入れ
前述の通り、当初の目的はいらない服を売ることだったが、予想を上回る売れ行きであ
った。好調に売り上げを伸ばしていく半面、在庫がみるみる減って行った。そこでこのネ
ット上での服の販売にビジネスチャンスを見出し、ビジネス・インサイトもこの時期に感
じた私は、新たに商品を購入して売ることを始めたのだ。これが2種類目の、自分が着る
為ではなく売る為に購入した商品であり、そしてまさにこれこそが「転売」の始まりであ
った。それではこの転売用の商品をどのように選んでいったのかについて説明していこう
と思う。
主な購入場所はもともと良く買い物をしていたリサイクルショップであった。初めて『自
分が着る服』ではなく、
『売る為の服』という視点で商品を選ぶのだが、今までは安価でノ
ーブランドの商品が多かった為に、逆に比較的高めのブランド物を買うようになった。な
ぜなら高い値段で売れる商品の方が利益率も高く、尚且つ少数の取引ですむと考えたから
だ。まず本やWEBサイトで有名ブランドの定価・市場価格・デザインなどを調べ、記憶
し、その市場価格より安くて売れると思ったブランド商品を無造作にひたすら買っていっ
た。しかしこれが失敗だったのだ。最初の失敗が偽物のブランド商品を買ってしまったこ
とだ。普段自分が買わない様なブランドにも手を出したために、知識が希薄で、細部を確
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認せず本物だと思いこんでしまったのだ。幸いにもその商品が偽物だということは写真を
掲載してすぐに客の指摘で発覚したので、出品取り下げという形で済んだ。しかしもし取
引成立後に発覚していたら掲示板に偽物を売る出品者という書き込みがなされ、信頼をな
くしていただろう。また、売値も高い代わりに仕入れ値も高いブランド商品は売れ残りの
リスクもあったのだ。というのも、1万円で売れると見込んだ商品を半額の5千円で購入
した商品が、見当はずれで結局長い間売れず、仕入れ値よりも低い値段である3千円でし
か売れなかったことがある。この偽物のリスクと仕入れ値以下でしか売れないリスクは仕
入れ値が高い商品だからこそ起きやすいものであり、このリスクを回避する為に前の安価
な商品を売るスタンスに戻したのであった。
そこで同じような失敗を避けるために、仕入れる商品に大きく二つの基準を設けた。一
つ目は値段である。基本的に夏物だと1500円以下、冬物だと3000円以下の物に限
定し、二倍以上の値段で売れる見込みがある物のみを購入すると定めた。そして格安のノ
ーブランドの商品を購入し、安い値段で多く売るというスタンスをもう一度徹底した。具
体的には500円で仕入れた夏物商品を1500円で、2000円で仕入れた冬物商品を
5000円で売るような感覚である。これによって基本的には売値の半分以上は利益にな
る計算になり、1つ1つの額は少ないとしても安定して利益を上げられるようにした。
二つ目のポイントはサイズ感である。ノーブランドを選ぶという事はすなわちネームバ
リューが無いので、見た目の印象だけで商品が売れるか売れないかが決まる。そこで見た
目の善し悪しを決める上で最も重要なのは、私は経験からデザインではなくサイズ感であ
ると考えたのだ。その理由は、デザインは人によって好みがバラバラであるが、好まれる
サイズ感はほとんど万人に共通していると思ったからだ。つまりはその商品に応じたサイ
ズ感(例:モード系の商品はタイトな物、ストリート系の商品はゆったりした物、など)
をしっかり見極めるようになったということである。
このようにできるだけ仕入れ値をしっかりと定め、できるだけ多くの人に好まれるよう
な商品を選ぶ事で売上と共に利益率も安定させることに成功した。
●在庫管理
次に、商品を大量に購入した後は、どこにその商品を置くかが問題となった。私の家に
はロフトがあり、そこを在庫の商品を置くスペースとしてずっと使っている。この在庫管
理に関してもある経験をきっかけに工夫するようになった。
初めは服を適当に畳んで置いて、どの商品が売れてどの商品が残っているかは記憶で覚
えていた。しかし一度、外出中に商品の在庫を聞かれたときに、売れてしまっている商品
なのに間違えてまだ在庫があると伝えてしまった事がある。それから在庫をしっかり把握
する必要があると考え始めた。また、ある程度商品が売れてくると残った商品の種類にム
ラが生じてくるために、一定期間ごとにしっかり補充し、適切な配分にする必要があると
考え始めた。
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この後の段階で気付いた部分もあるが、その経験からこの在庫管理の仕方も自分なりに
工夫したポイントが主に2点ある。1つ目のポイントは在庫状況をパソコンや携帯電話で
も確認できるようにしたことである。実際にはロフト内で分類別に仕切りを使って分けて
管理するようにして、商品の写真を同様にフォルダ分けし、在庫数や仕入れ値などをデー
タ化した。それにより、家にいない時に客から問い合わせが来た時もデータを確認して即
座に対応する事が可能になった。またデータ化する事で在庫の把握ミスを減らし、トラブ
ルを起きにくくすることに繋がった。
2つ目は在庫の商品の数とバランスである。半年間の経験から、在庫の数は120点、
バランスはトップス:ボトムス:その他(シューズ、バッグなど)=5:3:2が最も売
上がとれる数字であると考えた。数に関しては120点よりも数が少ないと需要に対して
の供給が追い付かず、逆に多いと多くの写真の中から選ぶ事が大変なのかアクセス数が減
るというデータを算出したためだ。バランスに関しては、売上の半分以上を占めるのがト
ップスなので常に半分以上はトップスが占めるようにしていた。しかしトップスといって
もアウターから半袖まであり、季節によって売れる商品と売れない商品があるので、1年
間売れる長ボトムスやシューズに比べて慎重に選ぶ必要があることに夏と冬との両方を経
験して気付いた。ワンシーズンしか売れない商品を多く買ってしまうと、その残り分は1
年後までストックしておかなければならず、在庫リスクを負うことになるのだ。このよう
にしっかりと在庫の数量まで気を配る事で時期によっての売上のムラを極力減らすことに
成功した。
4-3.約2年間の安定期(1年生2月~3年生11月)
ある程度mixiでの転売に慣れ、売上もある程度の水準で安定してきた時期である。
この時期では主に商品の種類のマンネリ化や更なるサービス向上の必要性などの問題が生
じた。
●初のクレームとその対応
これまで3年半転売ビジネスを行ってきたが、ビジネスを始めた頃に予想したよりも意
外とクレームが来たことは少なかった。しかしこの安定期になって初めてクレームが来た
のだが、その内容がどういったもので、どのように対応したか述べたい。
はじめてきたクレームの内容は『買った商品の色味がイメージと違った』というもので
あった。調べてみると、WEB上で服の売買をする上で多いクレームの1つであった。確
かに私の掲載した写真の色と実物の色とでは違いがあるように自分でも思えた為に返品に
応じ、そしてこのような事が二度と起こらないように対策をした。それは写真の撮り方で
ある。そもそもWEB上の服の売買では写真に非常に気を配る必要があったのだ。なぜな
ら実際に商品を目で見て買い物をするのに比べて、写真1枚だけで印象が変わるし、実物
と違う情報を与えてしまう可能性が高く、トラブルを生み出しやすいからだ。それを避け
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るために光の調整に気をつけて写真を撮るようにした。まず服を撮影する時の背景は白色
に限定し、背景に写真がなじんでしまう事を避けた。またそれぞれ服の色味に合わせてホ
ワイトバランスを変更するようにした。具体的には明るい色味の服なら色彩を上げ、暗い
色味の服なら下げ、そうすることでその服が持つ本来の色味に近づける事ができることが
分かった。
また、写真でよりサイズ感の良さを伝える為に、写真を撮る時に服の腕回りの形にこだ
わった。なぜ腕回りの形かというと、腕が太く見えるだけで服全体のサイズ感が大きく見
えてしまい、見栄えが悪いために良い印象を与えられないのだ。だからこそ腕の形は立体
的に整え、細く見せる事で全体をスタイリッシュな印象にできることに気付いた。
更に他に多いクレームを調べたところ、サイズが合わないというクレームも多いという
事を知った。このクレームも未然に防ぐために対策を行った。まず全ての商品にサイズ詳
細を書き足す事はもちろん、私自身の身長体重とその商品の細かい着用感を載せた。例え
ば、細身ではあるが若干丈感が長いであるとか、身幅に対しての肩幅が小さいなど、実際
に着ないと気付かない様な細かい部分まで記載するようにした。更にそれまでは客の方か
らの希望が無いと着用画像は載せていなかったが、こちらから積極的に着用画像を見せ、
客が実際に着た時のイメージをしやすいようにした。このような更なるサービスの向上を
目指したことが良かったのか、3年半でクレームが来たのは5回に満たない数字であり、
これは他の出品者と比べた時も圧倒的に少ないといえるだろう。
●プロモーションの強化
プロモーションについて説明する上で、まず前述したmixiのコミュニティの制度に
ついてより詳しく説明する必要がある。mixiにはある話題について興味をもつユーザ
ーが集まって交流をする部屋のようなものが存在する。これはコミュニティと呼ばれるも
ので、話題に応じてトピックが分けられている。そこの服の売買専用トピックに自分の売
買ページの紹介文を書き込み、リンク先を張り自分のページへと誘導するという仕組みで
ある。これまでは単純に自分が入っていたコミュニティだけに簡単な内容の文章を、特に
時間帯も気にせず書き込みをしていた。その為、書き込みをする時間帯によってアクセス
数のムラが生じていた。
そこでより多くの、そしてより安定したアクセス数を稼ぐためにプロモーションの強化
を行った。まず、今まではメンズのブランドのみに書き込みをしていたが、試しにレディ
ースのブランドのコミュニティ内のトピックに書き込みをした。というのも私の出品して
いた商品はユニセックスで着ることができるものが多かった為だ。この書き込みにより、
見事に女性客が増え、今では客全体の2割が女性になるまで増えた。また、書き込みをす
る時間帯にも注意した。mixiなどのSNSが一番利用されるのは金・土・日曜日の0
時付近の時間帯なので、そこを集中的に狙うかどうかでアクセス数は大幅に異なってくる
ことに気付いた。平日の15時に書き込みをした時は12時間で40アクセスくらいだっ
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たのが、同じ週の土曜日の23時に書き込みをした時は12時間で300アクセスまで増
えた経験もある。
また書き込みをする内容も大幅に変更した。それまでは『フリマを開催している』とい
う内容の1、2行の文章を書き込みしていただけであったが、次の文章が2013年1月
現在、私が実際に使用している文章である。
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このようにまず星のマークなどでパッと見のインパクトを大きくさせ目立つようにし、
なるべく短い文にして数字を多く入れ、短時間で書き込みを見ることができるように工夫
した。また後述するがこの時期からブランド商品も取り扱うようになり、様々な系統の多
くのブランドの名前を書く事でそのブランドのファンからのアクセスも確保した。このよ
うな施策が功を奏し、平日でも1日で平均して前のおよそ2倍である約200アクセス確
保できるようになった。
●マンネリ化脱却へ
売上はある程度安定したが、アクセス数が時期によって徐々に減ってきて、売上が下が
り始めることが懸念された。その理由を私はマンネリ化と考えた。商品の種類もあまり大
きな変化はなく、価格も時期によって変化をあまりつけていなかったためだ。この状況を
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打開する為に新たな層の客を掴む必要があると考え、様々な施策を行った。
まずは今まで仕入れてこなかったブランド品を仕入れることである。ただ1つ気をつけ
た点は、基本的な品ぞろえは今まで通りで、ブランド品をメインとして取り扱うのではな
く新たな客引きとして取り入れることだ。この狙いは、これまでに取り込んできた安価な
商品を求める客だけでなく、ブランド品などの高価なものを求める新たな客層を取り込む
ことであった。具体的には日曜日の23時という1週間で最もアクセス数が多い時間帯に、
毎週人気ブランドの商品を利益が出ないくらいの格安価格で数点出品した。その商品自体
を売る事で利益が得られるわけではないが、これにより話題性を呼び、その時間帯のアク
セスを飛躍的に伸ばすことに成功し、またブランド商品目当ての新たな客層を取り込むこ
とができた。
他にも季節に応じた様々なイベントを行った。7月や、1月の一般店舗がセールを行う
時期に連動して全品20%オフのセールを行ったり、ユニークなものだとクリスマスにサ
ンタクロースイベントというものを行ったりした。これは12月20日から25日までの
間に商品を購入した客限定で、その購入品とのコーディネートに合う商品を何か一点無料
でプレゼントし、それが何かは商品が到着するまで分からないようにするというものだ。
具体的にはシャツを購入した客にはネクタイを、アウターを購入した客にはニット帽を付
けるなどし、これも話題を呼んだ。1年後のクリスマスにも今年はサンタクロースイベン
トはやらないのかという質問をもらった程であった。このように頻繁にイベントを行い、
この出品者はいつも何か面白い事をやっているというイメージ付けをさせることでマンネ
リ化したイメージを払しょくする事ができた。
4-4.約1年間の下降期(2011年12月~2013年1月現在)
この期間に至るまで比較的順調に売り上げを伸ばし続けてきた。しかしこの時期に差し
掛かってから様々な施策をしても売上は伸びなくなり、ついにはだんだん右肩下がりにな
ってきてしまった。その最も大きな理由として上げられるのは、Twitter、FAC
EBOOKの登場により、そもそもmixi自体を利用する人々が減ったことである。こ
の利用者の絶対数が少ない中で、どれだけ売上の下げ率をなだらかなものにするかが課題
であった。
●顧客の確保
利用者自体が減り、それに伴いアクセス数も全盛期に比べて激減した。平日で1日平均
200もあったアクセス数もこの頃には1日50くらいまでに減り、アクセス自体を増や
す事は困難になっていた。そこでそれまでのアクセス数を増やす考え方を一転させ、どれ
だけ顧客を作り、1人で何回も買ってもらうかを重視するようになった。それに対しても
様々な施策を行った。
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まず行ったのは2回以上買ってもらえた客は顧客とみなして限定のサービスを行い、プ
レミア感を感じてもらうというものであった。具体的には、購入してもらえた商品をどの
ように着ればいいかというコーディネート案を提案した。そのコーディネートに一緒に使
う商品はなるべく出品しているものから選び、セットで買ってもらいやすい工夫もした。
また全体に出品する前に、まず顧客だけに先に出品した商品を見せて買ってもらえるサー
ビスを行い、1ヶ月間で合計金額1万円以上買った人には好きな商品を1点セットすると
いうキャンペーンを行うなどした。
また、ネット上での取引としては珍しい例も1つ挙げておこうと思う。それは過去5回
以上既に取引をしていた顧客に冬物商品を多数購入してもらった時の話である。大きいア
ウターのまとめ買いであった為に非常に容量が大きくなってしまい、いつも利用していた
郵便局での発送が難しくなってしまった。そこで初めて発送ではなく、通常はトラブルを
避けるために断っていた、手渡しという方法をとった。お互いの住んでいる場所から便の
いい場所を待ち合わせ場所として選び、約束の時間に商品の入った大きな紙袋を持って出
かけた。普通の客とでは約束を破られるリスクがあるはずだが、その顧客とでは信頼関係
があったのでそのような心配は一切なかった。予想通り待ち合わせの場所にその顧客は現
れ、手渡しが無事完了した。そしてその後、一緒に喫茶店でお茶をし、服の話から生活の
話まで様々なことを話し、1人の知人として接した。それからというもの、その顧客は前
に以上に頻繁に買ってくれるようになり、一番親しい顧客となったのであった。これらの
施策や経験により、1人の顧客から複数回買ってもらえる機会を増やすことで一定の売上
を確保した。
5.まとめ
これまでやってきた転売ビジネスを時系列で見てきた。この私の経験と先行研究で取り
上げたこととを比較し、スタートアップの視点からみていこうと思う。まず私のビジネス
の場合、それぞれの段階でどの点を重要視していたかを考える。
まず導入期では売る商品にと言うよりも、売る場所を徹底的に選別し、代引サービスを
行うなどサービス面に力を入れることで売上を伸ばしたことが分かる。もちろん私も自分
の商品に自信を持っていたという背景があるからこそこのサービスを取り入れたのである
が、それでも比重はサービス面にあったことは明らかである。しかし上昇期になると商品
の仕入れにこだわり、同時に在庫管理も徹底するなど、この時期は商品の面に力を入れて
いたと言えるだろう。安定期ではまた一転して更なるサービスの向上を目指し、プロモー
ションを強化し、更にはマンネリ化を防ぐために様々な施策を行い、サービス・マーケテ
ィング面に再び力を入れた。そして下降期でも顧客獲得の為にプレミア感を演出するサー
ビスを行うなど、サービス面に力を入れた。このように私のビジネスは最初から最後まで
ほぼ一貫してサービス・マーケティング面に力を入れており、その施策が成功し、売上を
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伸ばしてきたのだ。つまり、ホンコンマダムのように商品に比重を置いたやり方でなく、
ドン・キホーテのようなサービスに特化した手法でもWEB上で売上を伸ばすことができ
ると言うことが言えるだろう。やはり重要なのはしっかり差別化を図ることで、私の場合
WEB上なのにサービスに特化した出品者がいなかったという点がまさにその要因であろ
う。
また、服が元々好きであったことや、マーケティングを学んでいるという背景はこのビ
ジネスに対して確実にプラスに働いたと思う。もちろん自分が好きな系統の服しか売らず、
マーケティングの本に書いてあることをそのまま実践しても良い結果は得られないだろう。
しかしバックグラウンドがある事で基本的な知識が既に備わっているはずで、基本がある
うえで自分なりのアイデアを状況に応じており混ぜていく事が重要なやり方であると感じ
る。
更にホンコンマダムの例でもあったが、WEB上の取引をするうえで評価と信頼が最も
重要であるという考え方は私の場合にもあてはまる。これまで3年半で約4500通もの
連絡を取り合い、常にクイックレスポンスを心掛けてきた。そもそも最初の商品が売れた
きっかけも代金引換という方法で無理やりにでも信頼を作りだしたことから生まれたもの
であり、最後の下降期でも顧客との信頼関係があってこそ複数回取引をすることができた。
このように最初から最後まで一貫して評価と信頼にこだわったことが私のビジネスにおい
ても最も重要な点であったと言えるだろう。
そして売上の増加と共に社内体制を変えていくことが重要であるとあったが、まさにこ
の点が私の転売においての最大の失敗点であったと言えるだろう。というのも、売上が増
加しようが減少しようが私は一貫してmixiを売買の場として利用しており、より大き
な出店の場を探そうとしなかった。更にはmixi自体の利用者が激減したにも関わらず
一貫して利用していた。後半で売上が下降していったのもまさに売る場所を変えなかった
からであると考える。私自身これからもこの転売ビジネスを続けていこうと考えているの
で、これから先は販売の場を変えようと考えている。今後の展望としては、Twitte
rを連動させてプロモーションを行うというものや、FACEBOOKのページ上で売買
を行うというものである。どちらもまだ一般的な手法ではないが、前者はリツイートによ
る閲覧者の増加や、後者は姓名を公表している為に信頼関係の増加など、どちらも転売ビ
ジネスにとってプラスの要因が見込めると思うからだ。
このように企業のスタートアップにとって重要なことを様々な切り口から見てきたが、
はっきり言えることは成功への過程には様々な形があると言う事である。そしてそのどれ
もが理論だけで証明する事は難しく、実際に試してみて初めて気付く事が多いという事だ。
そして何より、しっかり現状と未来を見極め、逐一変わりゆく状況に対応していくことが
重要なのである。この様々な事象が変化する現代でスタートアップ企業がビジネスチャン
スを見出し、成功する可能性は無限にあるのではなかろうか。
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6.参考文献
・石井淳蔵(2009)『ビジネス・インサイト
・上阪徹(2009)『新しい成功のかたち
創造の知とは何か』、岩波書店。
楽天物語』、講談社。
・田路則子・露木恵美子(2010)
『ハイテク・スタートアップの経営戦略
オープンイノベ
ーションの源泉』、東洋経済新聞社。
・米倉誠一郎(2005)『ケースブック
日本のスタートアップ企業』、有斐閣ブックス。
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