海外トピックス スペイン高速鉄道の現状と課題 の ぐち はる み 野 口 知 見 調査研究センター研究員 博に合わせ,マドリッド~セヴィージャ間471 km はじめに が開通したことに始まる。同国では,2005年に スペインの高速鉄道は,2010年にその総延長が EU 指令に準拠して上下分離が行われており,旅 欧州ではフランスを抜いて第1位に,世界では中 客および貨物鉄道の運行は,開発省下の国営企業 国に次ぐ第2位の規模を誇るに至った。今後10年 である RENFE-Operadora(以下,RENFE)が担う 間で同国の高速鉄道路線長は更に倍増される計画 一方,鉄道インフラの整備・管理については,同 であり,その勢いは経済危機が襲った2008年以降 じく開発省下の国営企業である Adif が担ってい も減速する様子が見られない。政府は,鉄道整備 る。したがって,RENFE は Adif に線路使用料 を経済回復への起爆剤と位置付け,今後も優先的 を支払う形で鉄道を運行している。 に進める方針を示しているが,利用者が伸び悩む 1986年の EEC(当時)加盟以来,住宅投資や外 中,鉄道事業の負債額は年々増加の一途を辿って 国からの直接投資の増加を受けて順調な経済成長 いる。 を維持してきたスペインでは,2005年に「運輸イ 本稿では,2013年7月に発生した鉄道の脱線事 ンフラ戦略計画(PEIT)」を策定し,2020年まで 故も踏まえ,経済不況下のスペインにおける高速 に1万 km の高速鉄道網を完成させる計画を掲げ 鉄道の現状と課題をまとめる。 た。2013年6月までに3 , 100 km の路線を整備し, 路線長は欧州一の規模を誇るに至った。 1.スペイン高速鉄道の概況 しかし同国では,2007年に住宅バブルが崩壊, 2008年には世界的金融危機の煽りを受けて財政が スペインの高速鉄道は,1992年のセヴィージャ万 悪化し,2009年以降,財政収支が GDP 比約−10% の赤字が続いている。国内失業率が27%にまで達 図1 スペイン高速鉄道営業路線(2013年6月現在) ア・コルーニャ サンティアゴ・デ・コンポステーラ オウレンセ バジャドリッド グアダラハダ クエンカ マドリッド トレド シウダド・レアル フィゲラス ウエスカ ジローナ サラゴサ ジェイダ バルセロナ コルドバ セヴィージャ 500 アリカンテ 出典:Adif Web サイトに筆者加筆 80 運輸と経済 第 73 巻 第 12 号 ’ 13 . 12 (百万人) 40 516 507 500 35 490 484 506 467 486 467 454 468 30 18.6 300 23.3 23.1 22.2 22.8 25 20 15 200 100 3.9 0 マラガ 439 400 366 バレンシア アルバセーテ 図2 RENFE 旅客輸送量 (百万人) 600 5.6 6.0 6.3 6.0 6.2 7.2 8.7 10 5 0 1995 2000 2001 2002 1993 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011(年) RENFE総旅客数 高速鉄道旅客数 出典:RENFE Web サイトおよびスペイン統計局の データを元に筆者作成 する中,鉄道需要は伸び悩んでおり,RENFE の ては成り立たないと言っても過言ではないだろ 負 債 総 額 は2005年 の13億6 , 900万 ユ ー ロ か ら, う。 2011年には52億2 , 500万ユーロにまで膨らんだ。 また,同年の Adif の負債総額は150億ユーロと, 3.今後の課題 鉄道事業全体の負債総額は, 200億ユーロを超える。 近年の RENFE の総旅客輸送量を見ると,住宅 このように,EU からの多大な補助金の恩恵を バブルが崩壊する前の2006年をピークに減少傾向 受けて,積極的な高速鉄道整備を進めてきたスペ にある。また,高速鉄道についても,スペインの インであるが,利用の伸び悩む高速鉄道への過大 2大都市マドリッドとバルセロナを結ぶ路線が全 な投資には,国内外から少なからず疑問の声が上 線開業した2008年頃に輸送量が急増したものの, がってきた。また,当然ながら,延び続ける路線 その後は伸び続ける路線長とは裏腹に,横ばい傾 長とともに,高速鉄道の維持・運営に関わるコス 向が続いている。 トも増加しており,鉄道の利用促進と鉄道事業の 効率化は,政府にとって喫緊の課題となっている。 2.高速鉄道の整備財源 政府は2012年に法令「22 / 2012」を承認し, 「既 存インフラを最大限活用しながら,競争的な運賃 しかし,こうした緊縮財政の只中にありながら の導入により鉄道旅行シェアを増加させることで, も,スペイン政府は高速鉄道整備事業を停滞させ 鉄道輸送を効率的かつ経済的に持続可能なものと ることなく,むしろ経済成長の起爆剤,雇用創出 し,財政を健全化すること」を目的に,鉄道事業 の一環として,計画を進める方針を一貫して示し の改革に乗り出した。具体的には,国内旅客鉄道 てきた。 市場の他事業者への開放と,それに伴う RENFE スペインの高速鉄道は,Adif の自己資金や開 の構造改革,不採算路線の整理と人員削減等であ 発省予算,欧州開発銀行からの融資や PPP によ る。なお,国内旅客市場については,長距離高速 る民間資金の他,EU の各種基金から膨大な補助 鉄道路線が優先的に開放されるとされることから, 金を受けて整備されている。これには,欧州域内 RENFE は競争力維持のため,2013年2月から長 の地域間格差是正を目的とした「欧州地域開発基 距離高速鉄道に新たな運賃割引システムを導入し 金」や,一人当たり GDP が域内平均90%未満の た。これにより,導入後4カ月ですでに乗車人員 加盟国に向けて支給されるインフラ整備および の14%増,売り上げの18%増等の成果を上げてい 環境保全への支援金である「結束基金」,また, る。 欧州横断鉄道(TEN-T)計画の優先事業に指定さ 一方,新たな高速鉄道路線も着々と開業してい れる路線への「TEN-T 支援金」が含まれる。鉄 る。2013年1月には,バルセロナと,フランスと 道整備資金を含む EU からの補助金額を見ると, の国境の街フィゲラスとを結ぶ路線が新たに開通 スペインは2000年から2011年にかけて,EU に対 し(既存路線との直通運転が開始されると,バルセロ して自己が拠出した金額の約160%近い補助金額 ナ~パリ間を約6時間20分で結ぶことが可能となる) , を EU から受け取っている。整備費の40%以上が 同6月には,マドリッド~バレンシア線の支線と EU からの補助金で賄われる路線も存在しており, して,アルバセーテ~アリカンテ間の路線も新た 同国の高速鉄道整備は,EU からの補助金なくし に開通した。 海外トピックス 81 運輸調査局 RENFE は,運賃の値下げとともに,今後も新 備を怠った」として刑事訴追されることとなった。 路線の開通によってネットワークの利便性が高ま Adif によれば,今回の路線は,2011年に整備さ ることで,高速鉄道の輸送量は好調に推移すると れた高速鉄道路線と在来線の複合路線であり,事 予測している。 故の起きた区間は在来線区間であったために,自 ただし,EU は今後,補助金を用いた事業への評 動ブレーキシステムが装備されていなかったとの 価システムを強化する方針を表明しており,効果 ことである。しかし,今回の事故が,高速鉄道の が認められない事業については,継続的な補助金 新規建設を急ぐあまり,在来線を含めた鉄道運行 が認められない可能性もある。つまり,今後も計 の安全性が置き去りにされているという見方をさ 画通りの鉄道整備を進めていくにあたっては,ス れても不思議ではない。 ペイン政府による継続的かつ効果的な努力が前提 今回の事故が今後の鉄道整備計画に与える影響 条件になると言えるだろう。 は明らかではない。しかし,鉄道経営の立て直し また, EU の拡大によって, より GDP の低い国々 が急がれる中,安全対策のためにさらなる予算が が新規加盟する中,今後は補助金枠がそれらの 必要となる可能性は高いだろう。今後同国では, 国々に大幅シフトする可能性があることも,考慮 鉄道経営の効率化と,安全性強化による利用者の しなくてはならない課題である。 信頼回復の双方を同時に成し遂げなくてはならな い。正に鉄道政策の正念場に立たされていると言 4.脱線事故の影響 最後に,2013年7月24日に,キリスト教の巡礼 地として有名なスペイン北西部の都市,サンティ アゴ・デ・コンポステーラにおいて起きた,高速 車両の脱線事故について触れたい。 この事故では79人が死亡し,170人が負傷する という大惨事となった。主な原因の一つは,スピ ード超過であり,指令部との携帯電話でのやり取 りに気を取られた運転手が,速度制限時速80 km の急カーブを倍速以上の時速約190 km で走行し, 列車が曲がれきれずに脱線したとされている。運 転手は業務上過失致死罪で起訴され,事故のさら なる原因究明が急がれている。 しかし事故発生当初から,マスコミの注目は, そのような危険なカーブにおいてなぜ,スピード 超過を食い止める自動ブレーキシステムが装備さ れていなかったのか,という点に集まった。結果 的に9月になって,インフラを管理する Adif の 社長および社長経験者ら3人が, 「安全装置の整 82 運輸と経済 第 73 巻 第 12 号 ’ 13 . 12 えるだろう。 [参考 URL] [1]欧州委員会 Web サイト: http://ec.europa.eu/ [2]時事通信社 Web サイト: http://www.jiji.com/ [3]スペイン開発省 Web サイト: http://www.fomento.es/ [4]スペイン統計局 Web サイト: http://www.ine.es/ [5]Adif Web サイト: http://www.adif.es/ [6]International Railway Journal Web サイト: http://www.railjournal.com/ [7]Railway Gazette Web サイト: http://www.railwaygazette.com/ [8]RENFE Web サイト: http://www.renfe.com/
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