はじめに わが国の高血圧人口は 3,500 万人ともいわれています。高血圧は最もポピュラーな 疾患であり,加齢とともに増加するので,わが国では 65 歳以上の高齢者の約 60%が 高血圧であるとされています。急速な高齢化社会を迎えているわが国では,今後一層 の高血圧人口,特に高齢者高血圧人口の増加が予測されています。 高血圧は心血管系に障害を与え,脳,心,腎などの主要臓器に合併症を起こします。 一方, 「人は血管とともに老いる」という言葉があるように,高齢者においては,高血 圧の有無にかかわらず,動脈硬化が進展し,動脈硬化性疾患を伴うことも少なくあり ません。したがって,高齢者高血圧は特にハイリスク高血圧が多いということになり ます。高血圧の診療に際しては,高血圧の程度,血圧以外の心血管系リスクや心血管 系合併症の有無などを評価して,高血圧の病態を正確に把握する必要があります。そ の点,高齢者高血圧は青壮年者高血圧とは異なった特徴的な病態を示すことが多いの で,注意する必要があります。一方,高齢者では個体差が大きいので,一概に暦年齢 だけで判断すべきでもありません(何歳以上を高齢者とするのかについては議論のあ るところですが,一般的には 65 歳以上 75 歳未満を前期高齢者,75 歳以上を後期高 齢者と呼んでいます)。 高血圧の治療には生活習慣の修正と降圧薬治療がありますが,高齢者の生活習慣は 長い年月慣れ親しんできたもので,生活習慣の無理強いは QOL(quality of life)を阻害 し,かえって治療コンプライアンスを低下させてしまうことがあります。高齢者高血 圧を対象とした数多くの大規模介入試験により,青壮年者高血圧と同様に,降圧薬治 療による高齢者高血圧の心血管イベントの抑制効果が明らかにされていますが,高齢 者高血圧では合併症を伴うことが多く,個々の症例に適した降圧薬を選択するように します。また,合併症はなくても潜在的に主要臓器の血流が障害されていることがあ るので,過度な降圧にならないように降圧薬は最少用量から開始し,慎重に降圧を図 る必要があります。降圧薬治療による心血管イベントの抑制効果は 80 歳代前半まで はエビデンスとして示されていますが,80 歳代後半以上の高齢者では明らかではな く,今後の検討課題となっています。 本書では,日常,診療することの多い高齢者高血圧に関して,知っておきたいポイ ントをわかりやすく解説するように心がけました。さらなる高齢化社会を迎えるにあ たって,本書が活用され,診療の一助となることを願っています。 2007 年 1 月 松岡博昭
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