創立五十周年記念号 - 常磐会学園図書館

常磐会短期大学紀要 第四十三号 ニ〇一四年
常
磐
会
短
期
大
学
紀
要
第
四
十
二
号
二
〇
一
三
年
Vol.43
創立五十周年記念号
学校法人 常磐会学園
2014
紀要 43 号(創立 50 周年記念号)によせて
常磐会短期大学 学長 田 淵 創
常磐会短期大学は 2014 年(平成 26 年)に創立 50 周年を祝いました。記念式典や記念講演、
そして記念誌の発行を行いました。そして記念事業として最後に残ったのがこの記念紀要
の発行です。私は先生方に「今年の紀要は創立 50 周年の紀要ですので、できるだけ多くの
方々に書いていただきたい」とお願いしました。決められた以上の授業をこなし、学生指
導を行い、実習訪問をし、オープンキャンパスや入試業務、講習会や地域貢献もするなど、
夏休みも取れぬような忙しさの中で例年の倍以上の 13 編の論文がよせられました。本当に
頭が下がる思いでいます。しかし、教育と研究は大学教員に課せられた課題だと思います。
私の経験から言わせてもらうと、忙しい時ほど何かしら書いていたような気がします。時
間があれば書けるというものでもないと思います。最初の赴任校では学科長から次々と課
題をいただき、鍛えられました。しかし実習室長、学科長などと校務多忙を理由に研究や
執筆から遠ざかるようになり、本当に書けなくなっていきました。そうならぬように若い
先生方には体力・知力・可塑性に富む今踏ん張ってほしいと思います。
奇しくも、昨年植田理事長から短期大学紀要の創刊号をいただきました。創刊号の発行
は 1969 年(昭和 44 年)で短期大学創立 5 年目のことでした。ちなみに紀要第 2 号の発行
はさらに 3 年後の 1972 年(昭和 47 年)です。
創刊号には当時学長であられた西脇先生の創刊の辞と 11 編の論文が掲載されていました。
「常磐会は(学閥のように)むつかしいものでもなんでもない。只同窓の親しいあつまりで、
常磐会精神によって相和し、相愛し、相励まし、まじめに自分でできる仕事で社会に役立
つようにと心がけて働いている集りであって、まことに平凡な集りである。お互に助け合い、
励ましあう団体である事は事実である。」
「山を抜く力なくとも天地の動くは人の、まことなりけり とは誠実に歩むものにあたえ
られた有難い言葉である。」
今後とも「和平 知天 創造」のこの常磐会精神に基づいて、教育に研究に力を合せて
頑張って行きたいものです。
−1−
−2−
目 次
心拍センサを用いた実習における学生の緊張感を抽出する手法の試み …………………………… 3
神戸親和女子大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
白 井 由 希 子
糠 野 亜 紀
高 橋 一 夫
新 谷 公 朗
演奏技術の系統性と弾き歌い簡易伴奏の教材化 ……………………………………………………… 19
―入学前教育より―
常磐会短期大学
石 岡 正 通
幼児教育におけるカリキュラム編成とその実践に関わる検討 ……………………………………… 31
常磐会短期大学
岡 本 和 惠
保育現場における PDCA サイクルに寄与できる観察記録の提案 …………………………… 43
常磐会短期大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
糠 野 亜 紀
平 野 真 紀
新 谷 公 朗
造形における材料・用具の指導法の研究 Ⅱ ………………………………………………………… 57
―はさみの使用に関する学生への取り組みと意識調査の結果から―
常磐会短期大学
白波瀬 達 也
子どもの描画にみる「素話」の効果について ………………………………………………………… 69
常磐会短期大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
高 橋 一 夫
平 野 真 紀
新 谷 公 朗
障がい児保育における保育所と保護者・専門機関の連携のあり方 ………………………………… 83
―事例研究を通して―
常磐会短期大学
常磐会短期大学
武庫川女子大学
−1−
田 村 み ど り
堀 千 代
鶴 宏 史
子どもの暮らしを預かる保育へ ………………………………………………………………………… 93
―「すごす」・「めざす」主体としての子どもと保育者―
常磐会短期大学
恒 川 直 樹
保育者の社会的地位についての一考察 ………………………………………………………………… 105
―保育者養成校の学生が考えるキャリアデザインから―
常磐会短期大学
常磐会短期大学
林 静 香
高 橋 一 夫
保育者の資質向上を目指すためのセルフチェック項目の作成と活用 ……………………………… 115
常磐会短期大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
平 野 真 紀
新 谷 公 朗
糠 野 亜 紀
子どもへのかかわり方に対する学生の学びに関する一考察 ………………………………………… 125
常磐会短期大学
常磐会短期大学
吉 村 久 美 子
岡 本 和 惠
研究ノート
0・1 歳児保育室における遊具・玩具について ………………………………………………………… 137
常磐会短期大学
常磐会短期大学
常磐会短期大学
田 村 み ど り
堀 千 代
高 橋 一 夫
授業研究
保育者に求められる資質についての一考察 ……………………………………………………………153
常磐会短期大学
吉 村 久 美 子
−2−
査 読
心拍センサを用いた実習における学生の緊張感を抽出する手法の試み
Using heartbeat sensor for analysis of learner’
s nervousness in practical training
白井 由希子 糠野 亜紀 高橋 一夫 新谷 公朗
Yukiko SHIRAI Aki KONO Kazuo TAKAHASHI Kimio SHINTANI
The practical training is very important for students in the early childhood education that it is a
chance to experience the nursery field. Recently, a few students have nervous to speak in front of
many children. The situations come about because of some following reasons. As a reason for that
is they are children’s behaviors. In particular most of children speak freely and don’t lock eyes
and so on. Another one, we typically have nervous to speak in front of many people. It is related to
the situation and the contents(Book reading, Storytelling, Speech etc).Therefore, we research of the
factor to feel overly nervoucause in the practical training. And we propose to method to process
for extracting the nervousness using heartbeat sensor. There are a lot of research paper about an
association between heartbeat and nervousness in previous research. But it is not used very much
in a learn about practical training. We perfomed an experiment to extract the nervousness when
the students read a book or storytelling. According to the result of the experiment, it turns out that
differences of nervousness occur by changing the educational materials. This results suggest that
they can conjugate for practical training on future works.
Key Word: Childcare worker, Practical training, Nervous, Heartbeat
保育者を目指す学生にとって、実習は現場を知る貴重な機会であると共に、学生自身の保育者とし
ての力量が試される機会でもある。最近の学生の傾向として、集団の前での指導や話すことを苦手と
する学生が少なくない。学生は大勢の前で話すことで緊張し、子どもたちの振る舞いによって不安や
焦りを感じ、緊張を増幅させる。このような観点から、本研究では学生が実習で緊張する場面、緊張
を増幅させる要因を明らかにする。緊張感を抽出する方法として心拍センサを用いる。本学の学生を
対象に、素話と絵本の読み聞かせを実践内容として調査したところ、使用する教材によって緊張感に
違いが表れることがわかった。今後、これらの結果を学生にフィードバックすることで、実習の事前
学習に活用できると考える。
<キーワード> 保育者、実習、緊張、心拍
1. はじめに
一般に、人には多かれ少なかれ、緊張という場面に遭遇した経験があるだろう。緊張が起こる場面
には、大勢の人の前で話すときや初対面の人と会うときなどがあり、それに加えて、その人の性格や
経験値によって緊張の度合いは異なる。
こういった「緊張をする」という場面は、保育者養成校の学生の保育実習・教育実習でも同様に見
られる。実習を終えた直後の学生に対して、アンケート調査を行ったところ、多くの学生が実習の中
−3−
で緊張を感じていることがわかった。特に、その傾向が強く見られたのは、設定保育やピアノを演奏
するといった、大勢の子どもたちの前で行う保育活動の場面だった。
学生にとって実習とは、実際の保育現場を経験できる、貴重な学習の機会となるが、その一方で学
生自身の保育の力量が試される場でもあるため、強いストレスを感じる学生も多いようである。中に
は、実習をリタイヤする学生もおり、保育者養成校ではそのような学生のサポートが急務である。
「緊張をする」ということ自体は、決して悪いことではない。むしろ、ある程度の緊張がある方が、
よい効果を生み出す場合もある。我々は、この「緊張」が生まれるきっかけや、緊張の度合いを増幅
させる要因について着目した。そして、学生の実習中の緊張状態を分析し、その緊張とバランスよく
付き合いながら実習に取り組むことができるようにサポートしたいと考える。
本論文では、実習中の緊張度を抽出する方法として、人の心拍データに着目した。心拍データから
人の緊張度を抽出する方法は、様々な分野から研究報告されている。心拍データを用いた分析手法は、
実習というフィールドにおいても、活用できると考える。従来、実習に向けて行われる事前学習では、
学習者の様子を表面的に捉えることに重きが置かれがちだった。しかし、心拍データから得られる緊
張度を視覚的に捉えることで、内面の心理的な要素を踏まえたうえで、実習中の様子を振り返り、失
敗した要因をより具体化できると考える。このことから、学習者は次の実習に向けた目標が明確とな
り、実習への取り組み方について検討しやすくなると考える。
2. 研究の背景
2.1. 緊張とは
大勢の人の前に立って話をしたときや、初対面の人と話をしたときのことを想像してみてほしい。
大抵の人が「心臓がドキドキするのがわかった」
「途中で何を話しているのかがわからなくなった」
「頭
が真っ白になった」「パニックになった」などの経験をしたことがあるのではないだろうか。本論文
では、こういった「緊張」の、緊張が起こるきっかけや、緊張の度合いが高まる要因についての研究
をまとめる。
全国の 20 歳以上の男女 1,579 人に対して行われた、緊張に関する調査では、緊張する人の割合や、
どういった場面で緊張をするのかなどについて、まとめられている [1]。そこでは、回答者全体の 8 割
以上の人が、自分は緊張しやすいタイプだと回答している。また、緊張する場面については図 1 に示
すとおり、人それぞれ異なった場面を挙げていることがわかる。さらに、緊張した際に出る症状も個
人によって様々で、症状が単発で起こる場合と、それらが連鎖反応のように次々と起こる場合がある。
「緊張する」という状況が起こる要因は、人の心理面も大いに関係しており、詳しい要因やメカニ
ズムについては、現在も引き続き研究が進められている [2][3]。緊張を心理学の視点から見た研究では、
「緊張とは身体的・生理的な変化を伴う」ものであり、加えて、対人関係によって経験するものでも
あるとされている。しかし、緊張については未だ解明されていない部分もある。
−4−
図 1.人が緊張する場面の上位 10 場面
2.2. 実習における緊張について
本学の学生にアンケート調査を行い、実習における緊張についての意見を集めたところ、実習中の
多くの学生が「緊張する」という経験をしていることがわかった。さらに、極度の緊張状態に陥った
場合は、普段なら成功することを失敗してしまうケースもある。その失敗を通して、自分自身の保育
の自信を失うきっかけになると思っている学生も、少なからず存在することもわかった。以下より、
実施したアンケートの結果についてまとめる。
アンケート調査は、実習を終えた直後に、本学の学生 (1 回生 114 人、2 回生 107 人の計 221 人 ) を
対象に実施した。アンケートの中では、実習の保育活動の中で、緊張する場面や、そのときの緊張の
度合いについて尋ねた。
このアンケート結果で特徴的だった回答は、1 回生、2 回生共に、クラスの子どもたちの前で設定
保育などをするときとピアノを演奏するときに緊張するという結果である。この結果を図 2、図 3 に
示す。「子どもと一対一で話すとき」と比較すると、聞き手となる子どもの人数が多い場面では、「緊
張する」と回答した学生が圧倒的に多いことがわかった。
図 2.実習での緊張する場面について (1 回生 )
−5−
図 3.実習での緊張する場面について (2 回生 )
この結果は、保育中の失敗した経験に関する自由記述の回答の中にも見られた。自由記述の回答は
95 人から得られたが、そのうち、設定保育関連の回答は 47 人、ピアノ演奏関連の回答は 28 人のエ
ピソードが聞けた。このことから、設定保育やピアノ演奏などの場面での失敗に対する意識が、学生
に強い印象として残っていることがわかる。
保育中の失敗した経験の中で、多く見られた回答には「指導案通りに活動を進められず、パニック
になってしまった」「家で練習していたときはできていたのに、本番になると緊張しすぎてできなかっ
た」「保育者からの急な要望に戸惑った」などであった。つまり、学生の想定外のことが起こった際
に緊張を感じているという内容が多いことがわかった。
最後に、保育で失敗をすることが、保育者としての自信を失うきっかけになるかということについ
て意見を尋ねたところ、1 回生、2 回生共に約 3 割の学生が「思う」と回答していた。
2.3. 実習に関するアンケートを受けて
1 回生の学生が初めての実習に行く前は、保育現場を実際に経験できることに期待したり、子ども
たちとの関わりに高揚感を覚えるようだが、実習の回を重ねるにつれて、学生の様子は変わっていく。
前回の実習の反省を活かし、日々の学習に励む学生がいる。その一方で、実習での失敗をマイナス要
素として捉え、保育への緊張感や焦燥感を増幅させ、必要以上に不安を感じたり、自分自身の保育力
に対する自信を喪失し、中には保育者の夢を諦める学生もいる。
保育者養成校の立場からは、このような状況を回避し、学生によりよい実習環境を提供し、実習に
臨む学生の意識を改善することが急務である。そういったサポートをするにあたって、実習の中で、
学生がどのような場面で緊張をするのか、何がその緊張を増幅させるのかについて、それらの要因を
明らかにすることは、実習を有意義なものにする要素の 1 つであると考える。
2.4. 実習に関する先行研究
学習者の実習に対する緊張感、心理、プレッシャーなどに関する研究は、様々な分野から報告され
ている。
理学療法士を目指す学生が行う、臨床実習では、
「学生は、指導者らや患者に対し、質問 ( 会話 ) を
しても良いのか、何を質問すればよいのか、どのようなタイミングで質問や会話をすれば良いのかが
分からなかった」「緊張しているうえに、知識不足により理解ができない、自信がないために質問や
自分の意見を言うことができなかった」「こんな質問をすると叱られるのではないかと不安や恐怖心
を抱く学生がいた」など、他者との会話場面における課題点が挙げられている [4]。
−6−
これ以外にも、実習における学生のストレスについての研究は多数行われている [5][6]。このような
ストレスは、実習が、学生の保育者になろうという夢に対して、大きく立ちはだかる壁になっている
と言える。
2.5. 人前で話すことに対する苦手意識と緊張感の関係
先行研究からもわかるように、最近の学生の傾向として「話をする」ことに対して、強い苦手意識
を持つ学生が多い。それに加えて、著者らが実施したアンケートにおいても、「話す」という場面に
対して、学生は強い緊張を示していることがわかった。
この傾向は、聞き手である子どもの人数と、聞いているときの子どもの様子に関係しているようで
ある。聞き手が大人である場合、聞き手は聞く姿勢を見せ、静かに聞く。何らかの言葉を発する場合は、
その場の雰囲気を読み取り、話者に確認をとるなどして、話し始めるという具合である。一方、聞き
手が子どもの場合は、必ずしもそのような状況にはならないことが多い。子どもは興味・関心のある
物事に視線を向け、感じたこと・思ったことを、自分の好きなタイミングで言葉に発する。これらは、
子ども同士の間で伝染する傾向がある。保育者の話を黙って聞くという活動は、月齢が低くなるほど
難しいようである。
保育者は、思い思いのことをする子どもたちを前に、子どもたちの視線を引き付けながら、子ども
たちの興味が自分の話に向くようにしながら、さらには子どもたちの表情から話の理解度を確かめな
がらなど、様々なことを並行して考え、配慮しながら話を進めている。これらは全て、子どもたちの
保育活動が円滑に進められるようにするための配慮事項である。
しかし、保育経験の浅い学生にとっては、そういった状況を受け止め、臨機応変に対応することは
難しい。子どもたちの様子はその時々で異なるため、いくら入念に準備を整えて臨んだとしても、失
敗はぬぐいきれないようだ。
3. 心拍データを用いた緊張感
3.1. 緊張感を抽出する意義
著者らが実施したアンケートより、実習に対して強いストレスを感じている学生が多いことがわ
かった。中には、実習をリタイヤする学生もいる。保育者養成校ではこの状況を避け、事前に学生を
サポートすることが急務事項である。
このような学生には、実習中の失敗を過剰に受け止め、必要以上に自己を否定する傾向がある。失
敗する要因は、実習までの準備不足や、想定外の事態に遭遇し、頭が真っ白になるなどの緊張による
ものが考えられる。これらの要素を回避するためには、これまでに実習を振り返り、失敗した場面を
把握、それを踏まえたうえで、次回の実習までにどのような準備が必要なのかを検討することが必要
になる。しかし、この過程を学生が一人で行うことは難しい。緊張の回避については、特に困難である。
緊張すること自体は決して悪いことではない。緊張とスポーツについての先行研究では、ある程度
の緊張感がよりよい効果を生み、よい結果を生み出すことがわかっている [7]。つまり、緊張をバラン
スよく調節し、自分のベストな状態へと導くことで、実践の質を上げることができると考える。
3.2. 抽出した緊張感の学習への利用
保育者養成校では実習の前後において、準備学習や振り返り学習などを設け、学生をサポートして
いる。そこでは従来、ビデオを用いた学習が行われているが、学生の緊張について検討するには不十
−7−
分な方法だと考える。ビデオデータは実践者の様子を客観的に撮影しているため、そのときの状況を
振り返るには有効である。しかし、実践者が緊張しているかどうか、何が緊張させているのかについ
ては、測り知ることが難しい。実践者の記憶によって、緊張していた場面、何が緊張する要因になっ
たのかなどを、ある程度思い出すことはできるが、それらは主観的な視点であるため、緊張度の度合
いや、それに伴う検討を深めることは困難である。
実践の各場面の失敗した内容について、緊張した場面・内容、その要因を検討するためには、客観
的な情報が重要である。本研究ではその情報として、実践の様子に加えて、学習者の心理面に関する
情報を含めることで、より質の高い学習が行えると考えている。そして、学習者の心理的な情報を抽
出する手段として、人の心拍情報に着目した。
人の心拍は、その人が置かれている環境に応じて、変動を見せるという傾向がある。心臓が打つ感
覚は、実践中の実践者本人が、身を持って体感することではあるが、それらを全て、記憶しておくこ
とは難しい。どの場面で緊張したのか、何が緊張という状況を生んだのかという情報を、振り返り学
習の検討に利用するためには、実践中の学習者から別途、データを抽出する必要がある。本論文では、
実践中の心拍データを取得し、それを数値によって学習者に提示することで、学習者だけでは気付く
ことが難しかった、実践中の失敗した場面を心理的に探ることが可能となると考える。これが、本研
究で心拍を利用するにあたった、大きな点である。
4. 先行研究
4.1. 緊張度を抽出する先行研究
現在、緊張度を抽出する研究は、様々な分野において行われている。例えば、発汗、体表温、唾液、
脳波などのデータを抽出する方法が先行研究にて報告されている。行われている研究の内容は、以下
の通りである。
発汗による緊張度の抽出 [8]
精神的なストレス状態を与えたときに出る発汗量を計測する。発汗計を指に装着し、微弱な電流を
流すことで皮膚上の抵抗変化から測定を行う。この方法だと、発汗計を指に装着している関係上、手
を動かす活動には向いておらず、活動自体に支障が出やすい。
体表温の計測による緊張度の抽出 [9]
サーモグラフを用いて体表面の皮膚温度分布を測定する。サーモグラフとは、対象物から出ている
赤外線放射エネルギーを検出し、見かけの温度に変換して、温度分布を画像表示する装置である。こ
の方法では、サーモグラフの準備に高額な費用が必要となる。
唾液の計測による緊張度の抽出 [10]
唾液アミラーゼの活性は、心的快適により低下し、心的不快により上昇するという特徴がある。こ
れを利用し、唾液アミラーゼ活性の測定を用いて、心的状況を表す研究である。測定には交感神経ス
トレス測定モニター装置を用いて口腔内の唾液の状況を測定する。この方法では、緊張度を測るたび
に唾液を摂取することになるため、緊張の度合いを時系列で見ることが難しい。緊張は刻一刻と変化
をとげるため、この方法では変動の様子を見ることは難しい。
−8−
ヘッドホン型センサを用いた緊張度の抽出 [11]
磁気式 3 次元位置センサ ( サンプリング周波数 240Hz) に加え、3 軸加速度、3 軸角速度を測定でき
る運動センサを搭載したヘッドホンを頭部に装着する。体の装着自体が小型で軽量であること、計測
を行う環境に対するロバスト性ⅰが高いが、環境雑音の影響を受けやすく、短時間で値が大きく変動
するという欠点がある。また、装着位置による値の変動もあり、注意が必要である。人の身体状況を
反映する新しい指標として、可能性を持つ。発汗による緊張度の抽出と同様に、活動範囲が狭くなる。
心拍センサを用いた緊張度の抽出 [12]
心拍変動を用いて、副交感神経活動を抽出するアルゴリズムとして、心電計 ( サンプリング周波数
1kHz) と誘導プレチスモグラフを用いている。これらの装置は、人の活動領域の幅を狭めるデメリッ
トもあるが、サンプリング周波数が大きいことで、より細かく、連続したデータを測定することがで
きる。
以上のように、様々な手段を用いて、緊張度の抽出が研究されている。この中で、実習者への実装
を想定したとき、可能性として考えられるのは心拍を使った方法だと考える。
緊張状態は、その人が置かれている状況に応じて変わるもので、状況が変わるごとに緊張の状態も
変わっていく。ゆえに、その様子をセンシングするためには、ミリ秒単位の間隔で測定できるものが
適している。また、緊張度を抽出し、その後の振り返りでの利用を含めて考えると、緊張している様
子をリアルタイムで測定し、その直後に結果を確認できるものがいい。さらに言えば、学習者の活動
範囲をできる限り妨げることなく、測定ができるものや、サーモグラフなどのように高価な機器を使
うことなく、測定ができるものが好ましい。このような理由から、本論文では人の心拍を測定するセ
ンサを用いて、緊張度を抽出する方法を検討する。
4.2. 心拍データの可能性
一般的に、人の心拍は健康状態や運動強度を表すと言われているが、緊張状態やリラックス状態な
どの心理状態、さらに集中度の分析にも利用されている [13]。集中時は心拍の動きが早く、規則正しく
なり、リラックス状態には遅く、不規則に動くと言われている。
図 4.心拍の心電図波形
外的要因による変化を内部で阻止する仕組みや性質などを意味する表現。
ⅰ
−9−
また、RRI とストレスの関係性を分析した研究も報告されている。RRI とは図 4 に示すような心電
図に現れる心拍変動の波で、その構成成分の 1 つである R 波に関する数値である。R 波と R 波の時
間間隔のことを RRI と言う。
別の先行研究では、緊張やストレスといった交感神経系の影響が強い状況では心拍が速くなり、
RRI が短縮する。逆に、安心や快楽などの副交感神経系の影響が強くなる状況では、心拍が遅くなり、
RRI が延長するという結果が報告されている [14]。したがって、RRI 値が大きい場合は心拍の変動が緩
やかで、リラックスしており、RRI 値が小さい場合は心拍の変動が激しく、緊張やストレスを強く感
じていると言える。
このようなことから、心拍センサで測定した心拍のデータから、緊張度やストレスなどの人の心理
的な状態を表すことができる。これはビデオを用いた学習では不十分だとされる内容を補うことがで
き、心拍センサから得られた心拍情報と、ビデオで撮影した動画を組み合わせることによって、実践
の振り返り学習の効率を向上できると考える。
5. 心拍を用いた緊張感の抽出
5.1. 緊張感を抽出するプロセス
以上に述べた背景より、本研究では保育実践・実習を支援するための、実践・実習中の緊張感を抽
出する方法を提案する。
学習者は心拍を測定するために、センサを胸に装着する。そして普段と同じように実践・活動に取
り組む。今回の実験で用いた心拍センサⅱを図 5 に示す。このセンサは、心拍数をはじめとする心拍デー
タを収集することができる。
また、このセンサは、測定したデータをセンサ本体のメモリに保存する方法と、無線を使ってパソ
コンに送信する機能を備えている。そのため、学習者は実践・活動に支障をきたすことなく、心拍デー
タを測定することができる。センサ本体の価格もそれほど高くないため、準備の費用に関する問題も
小さい。
そして、実践の様子は 2 台のビデオカメラを用いて、異なるアングルから撮影できるように設置し、
学習者の活動内容 ( 表情 )、聞き手の様子などを撮影した。
図 5.心拍センサ「myBeat」
ユニオンツール社が開発した「myBeat」は、心拍数、心拍周期、心拍波形などの心拍情報と、体表温、
ⅱ
3 軸加速度で検知した体の動きなどのデータを取得することができる。
− 10 −
図 6.データ収集部におけるデータフロー
平常時の
心拍周期上限
心拍周期の平均
心拍周期の下限
図 7.平常時の心拍周期の測定結果
5.2. 平常時の心拍周期の定義
実験において緊張感を抽出するにあたって、心拍データの基礎となる数値を設定する必要がある。
本論文では、学習者の緊張状態やストレスを抽出するために、平常時 ( 安静状態あるいはリラックス
状態 ) の心拍の状態と実践時の心拍の状態を比較して、算出する方法で行うこととする。一般的には、
心拍数の値は 1 分間に 60 ~ 75[bpm・beats per minute] 程度であると言われている。しかし、この
値は性別や年齢、体力の程度によっても異なる。そのため、平常時の心拍数を算出する方法として、
以下の方法を用いた。
− 11 −
本学学生に心拍センサを装着してもらい、椅子に座っているだけの状態で計測を行った。この状態
を 1 回あたり 10 分とし、同様の方法で 5 回の計測を行った。5 回の心拍周期 (RRI) の変化を示したも
のが図 7 である。グラフからわかるように、多少の散らばりは見られるものの、平常時の心拍周期 (RRI)
はある一定の範囲で振動を繰り返していることがわかる。
この結果をもとに、平常時の心拍周期の幅を決定する。5 回分の心拍周期の値を見たところ、平均
値は 823、標準偏差は 40 であった。そこで、平常時の心拍周期の帯域を 823 ± 40 とし、上限値を
863、下限値を 783 と設定する。この数値は、一般的に言われている心拍周期の値とも合致しており、
心拍センサの値が信頼できるものであることも確認された。
6. 心拍センサを用いた緊張度の抽出
6.1. 実験の概要
提案システムの可能性と有効性を検証するため、心拍センサを用いて学習者の緊張度を抽出する実
験を行った。今回実施した実験のうち、素話を使った読み聞かせを行うにあたって、実践者には事前
に台本を暗記するよう依頼した。準備期間は一週間を設定したが、その中での練習時間や練習方法は、
実践者の各自に一任した。実験の概要について以下に記す。
【実験概要】
❖ 被験者:
実践者(本学学生 2 回生 4 名)-心拍センサを装着し、聞き手の前で実践する。
聞き手(本学教員 3 名) -実践の様子を見聞きする。
❖ 実践の内容:
下記の教材を用いて読み聞かせを行う。実践中の様子はビデオで撮影する。
【教材 1】素話の読み聞かせ
素話の台本は実験日の 1 週間前に実践者に渡す。
実験中は、素話の台本は持たずに、聞き手の前で読み聞かせを行う。
【教材 2】絵本の読み聞かせ
実験の直前に初見の絵本を渡し、その直後に読み聞かせを行う。
6.2. 実践内容の選定について
今回の実験では、実践内容として絵本と素話の読み聞かせを選定した。この 2 つを選んだ理由は、
体を激しく動かすような活動内容は、その活動による影響が心拍に表れるため、心拍からの緊張度の
抽出に適さないと考えたからである。そこで、保育実践の活動の中でも、比較的、体を動かす範囲が
小さい、主に椅子に座って活動する、上記の 2 つを選択した。
2 つの実践内容を選定した理由を以下に示す。
絵本について:保育実践の教材の中でも定番の教材であり、学生にとっても馴染み深く、難易度は比
較的低いと考えられる。したがって、事前に準備する必要もなく、人前で読み聞かせを行うことに対
する緊張感のみを、抽出できると考える。
素話について:絵本の読み聞かせと比較すると、事前の準備に時間がかかり、難易度が高いと言われ
ている。話の内容を暗記するという準備段階や、個人の得手不得手等も含めて、それらが計測時の緊
− 12 −
張感に、どのような影響を与えるのかを検討する。
7. 実験結果
上記の実験から得られた心拍周期 (RRI) をグラフ化したものを、図 8 から図 11 に示す。グラフ中
の太い実線は、平常時の心拍周期の振動域の上限値と下限値を表す。
7.1. 【教材 1】素話の結果
被験者 A は、話の全体的な流れをつかむことはできていたが、台本を見ずに人前ですらすらと話
すことは難しい様子だった。実験の中で、台本を見ることなく、話すことができていたのは、実験開
始から約 1 分半で、それ以降は指導者がフォローを入れながら、素話の続きを話し進めるという状態
だった。
図 8 を見ると、RRI 値が平常時を示す帯よりも下側で振れている。RRI 値は小さいほど心拍数が高い、
つまり緊張している状態を示すことから、その間の被験者 A は緊張状態が続いていたことがわかる。
また、グラフからは心拍の打ち方が非常に速く、かつ不安定であることが見てとれる。これより、被
験者 A は実験中、終始、緊張状態だったと言える。この結果は、被験者 A の実験に臨む準備が不十分で、
素話を完全に覚えることができなかったという不安や焦燥感などから生じる緊張だと考えられる。
一方、被験者 B は、暗記については話の全体像だけではなく、台詞も一言一句間違うことなく、
全て覚えられていた。すらすらと話を進める様子は、さほど緊張をしていないようにも見えた。しか
し、図 9 を見ると、被験者 A と同様に RRI 値は平常時の振れ域よりも下側で振れている。この結果は、
実験に臨む準備は十分にできていたものの、人前で話すことに対する緊張だけが RRI 値に表れてい
ると考えられる。
また、両者の違いとして確認できたのは、被験者 B の RRI 値は緊張状態にあるものの、周期が一
定しているという点である。これは、緊張感と共に、実践に集中している状態だと考えることもできる。
7.2. 【教材 2】絵本の結果
被験者 C と D の結果について述べる。被験者 C と D は絵本の読み聞かせの実験を行った。学生にとっ
て絵本の読み聞かせは素話に比べて、日常の学習の中でも触れる機会が多く、実習などでも実践する
ことが多い、慣れ親しんだ教材である。そういった理由も含め、実験に用いた絵本は初見だったにも
関わらず、被験者の実験前の様子は、両者共に、素話のときほど緊張していないように見受けられた。
グラフの RRI 値の振れを見ると、図 10 の被験者 C は平常時よりも上側で振れている。RRI 値は大
きい値をとるほど落ち着いている状態を意味する。よって、この結果は素話のときよりも比較的リラッ
クスした状態で話せていたことを意味し、被験者の心理状態と合致しているように捉えられる。図
11 の被験者 D は被験者 C ほどではないが、平常時の値を含み、それ以上の値をとっている。振れの
周期に大きな乱れがないことから、極度な緊張はあまり見られず、適度な緊張を感じながら、絵本の
読み聞かせを行うことができたと捉えられる。
素話と絵本とで教材を変えて実験を行った結果、生じた違いについては、今後も実験を重ね、デー
タを精査していく必要があるが、心拍データから緊張感を判別できる可能性を感じることができた。
− 13 −
図 8.被験者 A の RRI の変動(素話)
図 9.被験者 B の RRI の変動(素話)
− 14 −
図 10.被験者 C の RRI の変動 ( 絵本 )
図 11.被験者 D の RRI の変動 ( 絵本 )
− 15 −
8. 今後の課題
実験で得られた結果を用いることで、実習の事前学習として、以下のような状況を想定する。図
12 に示すイメージは、提案手法を用いた学習状況の様子である。心拍センサで測定したデータと、
ビデオで撮影した実践の様子を統合し、パソコンのディスプレイ等に映し出し、学習者と指導者が実
践の内容を振り返ることができるように、想定している。現段階では、これら 3 つのデータを統合す
る際、手動で時間を合わせ、並列に表示し、閲覧できるようにしているが、将来的には自動編集を検
討している。そして、学習の振り返りでは、映像と心拍センサの情報から、気になった箇所を抜き出し、
反省・評価することを目的としている。今後の追加の機能としては、気になった箇所にマーカーを付け、
今後の実践学習に対するねらいなどを記録する方法、それらを他の学習者同士で、情報共有する方法
などを検討している。さらに、心拍データの分析についても深めていきたいと考えている。現段階では、
心拍数の上昇・下降、心拍周期の増減等の変動をもとに、学習者の様子との関連性を見ている。この
ような、心拍データの変動を視覚的に比較できることに加え、心拍の HF( 高周波:Hi Frequency) と
LF( 低周波:Low Frequency) を用いて、交感神経と副交感神経の緊張状態のバランスを含めた分析
を行っていきたいと考えている。
図 12.提案手法を用いた学習状況のイメージ
図 12.提案手法を用いた学習状況のイメージ
− 16 −
9. まとめ
本論文では、心拍センサとビデオを組み合わせた、保育の実践・実習をサポートする、学習支援シ
ステムを提案した。実践内容を振り返る際に、従来のビデオ学習だけでは十分に解決することが難し
いとされる、学習者の心理的な要因 ( 緊張度 ) を抽出する方法として、心拍の心拍周期 (RRI) を利用
することに注目した。今回の実験では、RRI 値とビデオ映像を比較しながら、学習者の心理面の様子
を検討した。
本システムの可能性・有効性を検証するため、本学の学生を対象にして評価実験を行った。被験者
は実際に心拍センサを装着し、事前に暗記した素話の発表と、初見の絵本の読み聞かせを実践内容と
して実験を行った。絵本の読み聞かせは、素話とは比較対象となる教材として設定した。
実験結果からは、被験者の心理状態に応じて RRI 値が変動する様子が見られた。素話を用いた実
験では、学生の素話に対する苦手意識から生まれた緊張状態がグラフに見られた。学生が緊張してい
る場面では、RRI 値が平常時の振れよりも低い値を示し、RRI 値からも学習者の緊張している様子を
確認できた。学生にとって、絵本は素話に比べて慣れ親しんだ教材であることから、リラックスした
様子で読み聞かせをすることができ、その心理的な様子が RRI 値にも表れていた。
被験者の心理状態や実践内容の難易度に応じて、RRI 値は異なる変化を見せたが、これらの変化は、
ビデオデータからの表面的な視覚情報だけでは測り知ることが難しい。RRI 値も踏まえたうえで総合
的に見ることで、学習者だけでは気付くことが難しい、心理的・深層的な気付きを学習者に提示する
ことができる。さらにビデオデータに加えて、心拍の RRI 値を視覚的に提示することで、保育実践
の中で緊張していた場面をより具体的に提示できるため、学習者の振り返り学習に対して、効果的に
サポートできると考える。
これらより、RRI 値の変動を分析することで、被験者の緊張している様子を検出する方法として、
提案手法は有効性を確認できたと言え、学生の緊張の抽出における心拍の測定・検討の手法は有効で
あると考えられる。
今後の課題は、実験データを増やし、データの信頼性を踏まえながらも、状況の違いによる心拍変
動の傾向を探っていきたい。また、ビデオ映像の情報と統合を図り、システムの有効性を検証すると
共に、心拍センサとビデオ映像との統合した情報を、学習者に対してどのようにフィードバックして
いくかについても、検討を深めていきたい。
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− 18 −
演奏技術の系統性と弾き歌い簡易伴奏の教材化
-入学前教育より-
Technical system and simple accompaniment
石岡 正通
Masamichi Ishioka
The student with the aim of becoming a childminder cannot miss the exercise of the piano in the
training school. However, most of students are piano beginners. They must raise the technology
of keyboard instrument and practice the accompaniments of many infant songs even if they
are beginners. Therefore they must practice the piano every day. However, because of an over
schedule, they are hard to practice the piano. In general, the beginners start to practice Beyer
and raise the technology of the piano gradually. In addition, they practice the singing to a musical
instrument of the infant song. They must practice two materials. That is a great heavy load for a
beginner.
I am going to aim at the unification of Beyer and the single tone accompaniment of the infant
song. I intended to make every degree of the infant song correspond to Beyer.
I mind to play a melody one by one carefully and to sing a song musically and beautifully, even if
it is accompanied by the single tone of left hand. In that case, the simple accompaniment may not
become an easy going way. In other times, when a beginner practiced the 65th of Beyer, there
was little song to play by the original accompaniment for her. However, if beginner play the infant
songs by simple accompaniment, she can play a considerable number of songs. And at the time
of the Beyer end, they will become able to play a suitable numerical infant songs by the original
accompaniment.
はじめに
幼稚園、保育所で、保育者が園児のためにピアノソナタを弾くことはありません。けれども、大好
きな先生の美声が園児たちの音楽への愛好度を増し、保育者との心的交流を促すことは大いにあり得
ます。しかしながら、全ての保育者がピアニストではなく、声楽家でもないのが現状です。保育者を
目指す養成校の学生は、音楽を介した保育を進める上で、様々な理由から困難な立場に置かれていま
す。
20 年前のバブル崩壊以降、学齢期のピアノ人口の減少、義務教育における音楽授業時間削減など
の社会的音楽環境の変化の中で、養成校は、多数のピアノ初学者を保育学生として受け入れています。
そして、数年の養成期間を終えて、保育現場と言う就職先に送り出しています。しかし、僅かな年限
だけではピアノの習得範囲は限られ、卒業後の練習継続を期待することが多くなります。
在学中に使用するバイエル教本は日本で広く入門者用として使用され、唱歌形式、旋律伴奏の様式、
理論的系統性など、多くの長所を持つと言われています。1 幼児歌曲集の伴奏法習得のためには最も
適した教則本ですが、習得に長期間を要するのが通例です。しかしながら、養成校卒業までにバイエ
ルを修了し、次教材のブルグミュラーまで進まなければ、保育活動に必要なピアノ演奏の技術、知識
− 19 −
は身に付かないと言われることが少なくありません。それだけではなく、在学中に、幼児歌曲の弾き
歌いの伴奏を何十曲かを持ち曲として準備しておかなければ、保育現場に就職後の音楽活動に支障
を来すのは目に見えています。2 更に、養成校では、数多い履修科目の単位修得、課題提出に追われ、
更に課外活動に励む学生は疲労困憊に近い状態にあって、ピアノの練習時間まで十分に確保できない
状態にあります。もともと、学力向上、ピアノの演奏技術の向上のために指導努力や指導方法の改善
は長い間続けられてきました。しかしながら、ピアノ初心者の増加は周知の事実であるながら、公然
と論議されることは殆どないのです。そのような現状を前にして我々は、次の方策を考えていかねば
なりません。小論はその一つとして、従来はピアノ演奏技術の向上のためのバイエルに始まる教則本
習得と、応用としての弾き歌いの伴奏練習との、二本立てであったものを、教材の精選、修正によっ
てピアノ教材を一本化しようとするものです。そして、それらの基本的な部分は、入学前教育に於い
て行われることを、想定しています。
簡易伴奏教材化の前提
ピアノ初心者のための教材の一本化を考える場合には、三点を確認しておかねばならない。
第一が、弾き歌い伴奏の簡略化の方法、第二が、ピアノ技術習得の過程、第三が音楽性の問題である。
第一の伴奏の簡略化は、以前から広く行われていた。幼児保育の弾き歌い、或いは義務教育の音楽
授業で簡易伴奏が使われるのは珍しくなく、小学校音楽教科に準拠した教師用指導書には、本伴奏と
簡易伴奏とが並列して掲載されていた。簡易伴奏は演奏が簡単になるだけではなく、簡易伴奏により
生じる保育者の技術的、心理的余裕によって、指導者のより良い歌唱や、幼児への言葉掛け、そして
園児の様子を観察しやすいという利点が得られるのである。
歌唱旋律の右手によるピアノ演奏や、歌唱に於いて、音程、発声、発音などに留意する場合、音楽
性が必要条件とされていれば、簡易伴奏はよく言われるような安直な伴奏とはならず、歌唱指導や、
更に広く保育の上でも、より良い効果を得ることが出来る。
教則本に収載された楽曲と同じように、幼児歌曲の本伴奏にも、そして簡易伴奏に於いても難易度
の差異があり、したがって上達への過程がある。簡易伴奏の左手部分は、当然単音が重音よりも難易
度が低いが、単音であっても主音、下属音、属音の選択など、ある種の法則性が認められる場合には
更に容易となる。しかし、無規則な単音配列であれば、曲ごとに一音一音選択するという煩雑さがあ
り、皮肉にもそれは原曲の読譜の難しさに近くなる結果ともなる。しかし単音の伴奏がほぼ定型化さ
れるなら演奏は容易となり、簡易伴奏の難易度は右手旋律に左右される。したがって旋律音の難易度
を段階的に配列するなら、初心者にとって練習は容易となり、バイエル教則本と平行して演奏技術の
向上を目指すことができる。そして常備曲も蓄積しやすくなるのである。
第二のピアノ技術習得の過程は、特にバイエルのピアノ技術の段階的難易系列である。
≪運指≫ 3
楽典、リズム、読譜は義務教育に於いてある程度習得済みだが、ピアノ演奏に特徴的な運指法はここ
で初めて学ぶ。バイエル 45 番までは、二度音程で音階進行する五音に五指が一対一で対応し、その
五度音程の広がりに慣れることで、手の形も定まり、併せて運指の基礎も学ぶ。4
− 20 −
バイエル番数前、右手練習 抜粋
譜例(1)
その中で 32 番より 44 番までは、親指(1 指)を平行移動した位置を基準として同じような五度音
程を演奏するので、音域が広がる。
譜例(2)
46 番以後から音程は六度に広がり 67 番で八度、74 番から七度が出現する。そして 65 番より親指
のくぐりが現れ、オクターブ以上の音を連続的に奏する音階練習に進む。
指を上下に動かすための練習 抜粋 (親指のくぐり)
譜例(3)
譜例(4)
さらにバイエル終了までに、ト長調、ニ長調、イ長調、ホ長調、へ長調、変ロ長調、イ短調の各調
性に於ける音階を習得することとなる。
正確さ、確実性、指の素早さは、初歩段階から必要な一般的演奏指標だが、転調、複雑さ、高度な
伴奏型は、幼児歌曲の伴奏では比較的例が少ない。
≪弾き歌いの移調≫
バイエル 68 番からト長調が始まるが、多くの学習者はここに至るまでの半年程度、ハ長調のみを
練習する。同様に、初学者向けの市販された弾き歌いの簡易伴奏では、いくつかの曲がハ長調に移調
− 21 −
されている。それにより演奏は容易になるが、原調の性格は活かされず、ピアノが上達してから原調
であらためて練習し、幼児が歌い直すのも保育志願者にとっては多大な労力となる。また移調による
簡易伴奏は安直な印象を与えやすいので、原調維持が望ましく、特に最初に学ぶ調性がハ長調である
必要はない。小学校入学頃からピアノを始める場合には、楽典習得のためにハ長調から始めるのが有
利であるが、他の楽器ではハ長調とは限らない。例えば、ヴァイオリンのスズキメソードでは、イ長
調から開始される。最初の「キラキラ星変奏曲」は、主音と属音が基本的枠組みとなる有名な旋律だ
が、主音のイ音は A 弦の開放弦で指を押えず、属音のホ音は隣の E 弦の開放弦で、ヴァイオリンにとっ
て音程がとりやすくなっている。5
きらきら星変奏曲 (スズキメソード 鈴木鎮一 ヴァイオリン指導曲集(1)) 社団法人 才能教育研究会 著 全音楽譜出版社 刊
譜例(5)
更に運指では、イ長調のロ音、嬰ハ音、二音が各々 A 弦の 1,2,3 指に対応し、半音程が中指の
最長の長さによって音程をとり易い構造になっている。このため、学齢期以前の幼児でも、演奏が容
易である。
ヴァイオリン イ長調の運指
譜例(6)
ピアノの運指の場合は、ニ長調では最も長い3指(中指)が音階の第三音の黒鍵の嬰へ音に当たり、
へ長調では4指(薬指)が音階の第四音の黒鍵の変ロ音に当たるため、指の構造からみて演奏し易い
運指となっている。また、これらの調性は義務教育において既習であり、幼児歌曲集の中ではト長調
とともに数多い調性である。したがって、ニ長調、へ長調、ト長調から始めることは困難ではなく容
易でさえある。
− 22 −
第三の音楽性と人間性について、以下のように考えられる。
≪音楽練習と音楽性≫
バイエル教則本の前半に収載された多くの楽曲は、入門者向きの機械的な練習曲だと学習者から考
えられている。しかし五度音程以内という制約の中で、左右二声と単純な和声、リズムで構成された
これらの練習曲は、決して安直な楽曲ではなく、調和と均整に富む佳曲が多いが、音楽として表現し
聴かせるためには、前向きな音楽経験が必要である。
幼児歌曲は、たとえ単純な旋律であっても、一音一音丁寧に扱い、楽句構成と旋律の抑揚、そして
歌詞の意味を活かした自然な発声で歌われるなら、音楽的な歌曲として美しく聴かれるであろう。殆
どの本伴奏と簡易伴奏では、歌の旋律を右手で演奏する。歌唱と同じように、拍節、抑揚、音色を考
慮した旋律演奏が必要であるが、ピアノの初心者にとっては、まだ困難なことである。けれども、音
楽的に歌うように、旋律の拍節や抑揚、楽句構造を考えて丁寧に練習していけば、表現力豊かなピア
ノ演奏が可能となる。歌が好きでいつも歌う習慣があり、簡易伴奏の旋律を多く知っており、それら
を楽しく美しく歌えるようであれば、たとえピアノの初心者であっても、旋律を右手で音楽的に演奏
するのは難しくない。そしてこれは、取りも直さず広義のソルフェージュの問題でもある。
≪邦楽の入門演目≫
邦楽の初心者が取り組む曲目には、たとえ技術的に容易であっても、よく知られて芸術的なものが
多い。師は、本番さながらの演奏を、模範として入門者に披露してくれる。入門者はその圧倒的な名
演に導かれて、練習(稽古)に励むようになる。やがて、不正確であってもある程度の演奏が出来る
ようになり、達成感も味わうことが出来る。初歩の曲目は,基本の確実な練成された作品であり、演
目としてのある意味で倫理性を持っているといえる。6
初心者が弾いてもある程度の出来栄えに聴こえる。そして同じ演目は、時間をかけ技量が高まるに
つれて、芸は磨かれ、完成度を高め芸術に近くなっていく。邦楽に限らず日本の芸事に於いても、同
じような練習(稽古)過程が見られるのである。
同様のことが、初学者のバイエル練習、弾き歌いの右手旋律の練習にも当てはまるのではないか。
作品としての完成度の高いバイエルの右手の旋律を、軽視しないで練習を重ねていけば、技術力だけ
ではなく、演奏の質も高まり、音楽的な表現が可能となろう。バイエル前半には、素晴らしい曲があ
るにもかかわらず、芸術作品として演奏を聴く機会は殆どないが、数少ない CD 演奏は44番以降で
あった。7
≪歌唱と人間関係≫
単独で歌う事はなく、誰かに歌って聞かせるか集団の中で歌うのが殆どである。歌うことの背景に
は、好意的に聞いてくれる人がいる、冷やかす者がいないなど、歌い手と聞き手との間の良好な人間
関係がある。温かい人間関係の中で歌うのは楽しく、保育現場で大好きな先生が歌ってくれたら、子
どもたちも歌いたくなる。こうして歌を歌い、ピアノを演奏する時の保育者と幼児との関係は、広い
人間関係に敷衍することができ、歌うことと人間関係とは表裏一体にあるといえる。そうであれば、
簡易伴奏の練習は、実は音楽教育、保育の本質につながるとも言えるのである。8
音楽的演奏には、旋律のイメージの音による表現という面があり、音楽練習とは、楽句をまとめ、
練習によって推敲を重ね、音楽的イメージを把握していく過程という一面もある。9 こうして演奏は、
− 23 −
聴き手そして幼児の気持ちを惹きつけ、そして演奏によって幼児は音、楽と演奏者に心を開いていく
であろう。
弾き歌い簡易伴奏の段階的習得
≪左手の伴奏≫
簡易伴奏の左手は、先ず単音から始める。ところで、幼児歌曲の旋律は殆どの場合主要三和音によ
る伴奏付けが可能であった。そしてこの単音伴奏は、主要三和音の根音に当たる主音、下属音、属音
を左手の5指、2指、1指で奏され演奏が容易であるだけではなく、旋律に対して最も安定的に協和
する。
譜例(7)
ニ長調、へ長調、ト長調も同様にして、ニ長調では左手の5指(二音)、2指(ト音)、1指(イ音)
であり、へ長調では5指(へ音)、2指(変ロ音)、1指(ハ音)となり、ト長調では5指(ト音)、
2指(ハ音)、1指(二音)となる。
バイエル22番より、アルベルティバスの分散和音による伴奏型が出現する。 練習開始後、一カ
月余りで22番を練習し始めるころになると、重音の練習を始め、50番前後の和音伴奏の準備をす
るのが適当である。46番の五度の六の和音と、52番の四度の四六の和音で左手が6度に広がり主
要三和音の三つの和音の演奏が十分に可能となる。しかし入門後数カ月を要するので、それ以前から
主要三和音の練習を少しずつ始めておくとよい。
譜例(8)
ニ長調、へ長調、ト長調の運指の場合、ハ長調と殆ど構造と難しさが変わらないが、ニ長調の五度
の六の和音とト長調の五度の六の和音では、左手の5指で黒鍵を弾かなければならない。けれども、
5指は1指ほど短くはなく、また各和音の第五音と根音に4指と1指を使えば、運指は自然な配列と
なり、初心者でも難しくはない。但し、手の特性によって 4 指を 3 指に替えて練習することは少なく
ない。
− 24 −
譜例(9)
譜例(10)
左手で主要三和音の演奏が出来るようになれば、幼児歌曲の殆どの旋律に対する簡易伴奏による和
音伴奏が可能となる。これは先述のとおりである。
≪副三和音≫ 11 作曲家が、主要三和音の明確な響きを避けて、温和な響きを求めて副三和音で構成される旋律もい
くつかある。これは、和音習得の初学者が混乱し易い和音だが、ピアノの初学者も、副三和音を使っ
た練習を急ぐべきではない。バイエルと簡易伴奏の練習を重ねて、技術力と読譜力が高まれば、徐々
に本伴奏の演奏も可能になっていく。その時点であらためて副三和音の理解を深めるとよい。
譜例(11)
− 25 −
≪本伴奏と主要三和音による伴奏、単音による伴奏≫
チューリップ 冒頭部 抜粋
譜例(12)
本伴奏は、左右四声体となっているので、技術的にはブルグミュラー後半が対応する。しかし主要
三和音を用いて伴奏を行うと、バイエル中盤でも楽に演奏できる。さらに各和音の根音を単音で弾く
なら、ピアノ入門者も演奏が容易である。単音による簡易伴奏を練習する場合には、右手旋律の運指
が難易度を決定づける。
右手旋律の運指を類型化し、難易度で配列すると概ね以下のようになる。
①
五音旋律 : ちょう、ぶんぶんぶん、メリーさんの羊 他
ちょう 冒頭部 抜粋
− 26 −
譜例(13)
旋律音が 5 音で構成されるもの。この場合が最も練習し易いが、曲数は少ない。
② 旋律が六度に広がるもの : チューリップ、きらきらお星、雪 他
むすんでひらいて
譜例(14)
親指の位置を移動することで音域が広がる。バイエル前半で練習が可能である。
③ 旋律が八度に広がるもの : たなばたさま、お正月、おつかいありさん 他
かたつむり
譜例(15)
親指の位置を移動することで音域が八度に広がる。各指間の音程が若干広がる曲もあるので、その
場合はバイエル後半に練習すると無理がない。
④ 親指のくぐりを伴って、八度に広がるもの:とんぼのめがね、夕やけこやけ 他
ハッピー バースディ― トゥー ユー
− 27 −
譜例(16)
音階の運指の応用に相当するが、指の選択を間違うと演奏が困難となる。
バイエルの 65 番で演奏できる簡易伴奏による弾き歌い楽曲は、既に 20 曲近くに上る。
これ以外に、同音に於ける指換え、日本音階によるもの、弱起、跳躍音程などを含む幼時歌曲もあ
る。それらは、バイエル後半で様々な伴奏型、リズムを経験してから、ピアノの進度に合わせて本伴
奏による練習を目指すのが至当であろう。
おわりに
弾き歌いの簡易伴奏の習得過程は以下の通りであった。
・入門者は先ず左右5音で弾く。右手は 5 音旋律、左手は主要三和音の根音のみによる伴奏で弾き歌
い練習を行う。
・調性は原調の、ハ長調、へ長調、ト長調から始め、ピアノの進度に合わせて調性を広げていく。
・旋律音は 5 音 5 度から 6 度、8 度へと徐々に音域が広がっていく。
・左手は、少しずつ主要三和音の練習に入っていく。根音の単音で練習しておいたものを復習する。
・親指のくぐりを含む旋律音の練習に進む。
・同じ幼児歌曲の中で、簡易伴奏から比較的容易な本伴奏に順次練習していく。
・簡易伴奏で練習しなかった本伴奏では、旋律音の難度はリズム、拍節、弱起、重音など多様な要素
によるので、ピアノ技術の進度に合わせて可能なものから練習していく。
日常的な保育時間では簡易伴奏であっても、保護者参観日や生活発表会など晴れの場面では、本
伴奏で演奏するのが望ましいが、ピアノの進度に合わせて、少しずつ本伴奏の常時持ち曲を増やし
ていくと良い。
幼児歌曲の本伴奏の中には、演奏の容易なものも少なくない。その場合にも、簡易伴奏を練習す
る必要はない。
幼時歌曲には歌詞が載せられている。保育者は、聴きとり易い発音と発声で、歌詞の意味を幼時に
分かりやすく伝え、声そのものの美しさで聴かせようとする。保育者が幼児と一緒に歌うことは、言
語能力の一部となり、言語の意味を理解し、聞きとり,話すことはコミュニケーション能力であり、
生きる力である。幼児と保育者のコミュニケーションは、幼児の自己理解の経験を重ねることである。12
ピアノ練習と簡易伴奏が、機械的練習と読譜訓練に終わらないためには、このことを初学者は認識し
ておかねばならないのである。一方ピアノ上達者は、演奏の完璧を内向的に追及する傾向にある。子
どもを見ながら歌唱指導することもなく、言語の配慮も欠いていて、自分にだけ厳し過ぎるならば、
自然な歌唱活動とはならないであろう。音楽表現が、中でも伴奏付きの幼時歌曲が保育に必要である
という意義を理解しておかなければ、積み重ねた努力と素晴らしいピアノ演奏が、幼児の保育に活か
されるとは言い難くなるであろう。幼児が保育者と一緒に楽しく歌うことも、音楽が好きになる機会
も失われるかもしれないのである。13 心をこめて、出来るだけ美しい声で歌ってみる。細かなチェッ
クに捉われないで、伸び伸びと語るように歌うならば、幼時の心も開き、大好きな保育者と一緒に歌
いたくなるだろう。
もしも、ピアノ初学者が歌うことにも不慣れであれば、ピアノによって歌うように演奏することも
− 28 −
出来る。最初は指が円滑に動かなくても無理はしない。先ず、他の歌のうまい人の歌や手直な CD に
聴き馴染んでから、一音一音丁寧に聴きとっていく。やがてその旋律のイメージが形作られ、それが
明瞭になってくると、徐々にピアノで再現できるようになる。その旋律は、音楽的な音で組み上げら
れており、やがて音楽的で表現的な旋律が弾けるようになっていく。このような経験を重ねていけば、
自ずと音楽的なピアノ演奏が可能となる。何時しか声を出して歌う気持ちも高まり、楽しんで自然に
歌うことが出来るだろう。
歌い手が、丁寧に気持ちを込めて歌っていけば、その音楽は聴く人にも伝わり、当然聴き手である
幼児も伝わっていく。このような経験を積み重ねていけば、初心者の音楽的なピアノ演奏も可能になっ
ていく。歌は、人間にとり根源的な楽器である。歌おうという気持ちと「歌ごころ」は音楽性の基本
にあり、多くの音楽家が経験しているように、歌ごころを持って歌えれば、指も自然に動いていく。
そのようなピアノ演奏は囚われのない自然な演奏であり、音楽的で表現的な演奏に近いところにきた
と言える。
弾き歌いでは、右手のピアノ旋律が引き立つように、或いは支えるよう、に左手の伴奏を弾く。最
初は単音による伴奏ではあっても、音楽的な伴奏が出来るであろうし、美しい幼児歌曲が歌われるこ
とだろう。ピアノの入門者であっても、旋律が美しく歌え、旋律をピアノで音楽的に演奏できるなら、
簡易伴奏による音楽的歌唱は、十分に音楽による保育の意義を満たすことが出来る。
実習、就職後の幼児教育の現場で幼児歌曲の弾き歌いで歌唱指導を行う場合に、難度の高い本伴奏
では演奏が困難なので、簡易伴奏で練習を行い、加えて簡易伴奏の練習を系統的に行うことでピアノ
の技術力も高める。その主張が本論の目的であった。簡易伴奏による幼時歌曲集は何種類も出版され
ている。ピアノ技術の範囲内で、或いは練習時間の配分を考慮した上で、適宜それらの教材を練習し
ていってもよいと思う。しかし簡易伴奏には日常的な保育に用いられるピアノ伴奏であり、初学者で
も演奏可能でありながら、将来的には本伴奏を演奏しようという方向性が伴っていることも、留意し
ておく必要がある。
注
保育士養成に於けるピアノ演奏指導:廣光恭子、高知学園短期大学、2003。
1
保育現場の音楽表現活動の実態と短大教育の在り方に関する研究-保育者養成校における音楽教育:
2
大野 恵美、赤井 裕美、湘北短期大学。
ピアノ演奏における運指法についての基本概論:武内 俊之、福岡教育大学。
3
歌唱共通教材(小学校)旋律の運指について-ピアノ入門者のための:村木 洋子、山梨県立大学。
4
スズキメソード 鈴木鎮一 バイオリン指導曲集 1:社団法人 才能教育研究会、全音楽譜出版社。
5
柳生力氏はリコーダーの指導に於いて、楽器の持つ倫理性について言及している。
6
クリストフ・エッシェンバッハ:CD バイエル・ピアノ教則本、ドイツ・グラムフォン
7
前掲書、注 2。
8
9
保育者養成校のピアノ指導における「楽曲イメージ奏法」の効果に関する研究:西濱田 有、愛知
東邦大学。
10
伴奏音型のひとつで、古典派の鍵盤作品に頻繁に登場する。ドソミソ和音とも略称される。
11
主要三和音以外の三和音で、ⅱ度、ⅲ度、ⅵ度、ⅶ度の和音である。
12
幼時理解からみる音楽指導の一考察:仲野悦子、岐阜聖徳学園、2003。
− 29 −
13
保育養成と演奏技法-保育指導としてのピアノ演奏:奥 千恵子、四天王寺大学、2004。
参考文献
1 教員養成課程をもつ大学の音楽教育の一考察:堀味 正夫、柏瀬 愛子、佐地 多美、野村 美保
子、藤田 まゆみ、名古屋女子大学。
2 ピアノによる子どもの歌伴奏の効果-アレンジによる伴奏法:紙屋 信義、後藤 みゆき、東京
未来大学。
3 歌唱教材(低学年 219 曲)における簡易伴奏譜の特徴と傾向:伊藤 誠、埼玉大学。
4 保育士養成系に学ぶ学生のピアノ力の現状とそれに伴う問題と課題について考える:河田 潤、常葉学園短期大学。
5 音楽スキルに応じた効果的な指導:原 浩美、久留米信愛女学院短期大学。
6 保育所・幼稚園実習で求められる音楽活動の考察:小澤 和恵、埼玉純真短期大学。
7 保育フォーラム-保育者の資質能力としての音楽表現の理解:吉永 早苗、ノートルダム清
心女子大学。
8 原風景としての幼児期-保育者養成課程の思い出し記録から:栗原 泰子、野尻 裕子、川村学
園女子大学。
9 保育者養成における音楽表現の教育についての一考察-音楽的な表現活動の実践における課題:
有村 さやか、今泉 明美、小田原女子短期大学。
10 保育者をめざす学生の音楽的表現力の育成について-音楽と朗読劇を通して:菊池 由美子、吉
村 哲、剱持 清之、盛岡学園大学。
11 上級者の退屈、伸び悩み-保育者養成校におけるピアノ上級者の表現力を養う指導-三善 晃「海
の日記帳」より『波のアラベスク』の指導を実践例にして:佐藤 雄記、小田原女子短期大学。
12 ピアノ教育の導入期における授業についての一考察-ピアノ学習初心者への講座を通して:中山
由里、九州女子大学。
13 「保育におけるピアノの流行」と保育者養成機関ピアノ教員の関心の在り方との関係について:
安田 寛、長尾 智絵、奈良教育大学。
14 保育者養成校の課題と問題点-質問紙調査結果の分析から:羽根田 真弓、鳥取短期大学。
15 保育者研修及び保育実践から構築する研修内容『音楽表現活動』の展開:清水 桂子、北翔大学
短期大学部。
16 保育者養成に於ける「音楽表現へのプレイフル・アプローチ:若菜 直美、帯広大谷短期大学。」
17 童謡と絵本の表現-形容詞と形容動詞:前田 敬子、仁愛女子短期大学。
18 保育者養成校におけるピアノ実技指導のあり方- S 短大の実態から:仲野 悦子、岐阜聖徳大学。
19 幼児の音楽教育に関する研究Ⅰ-幼稚園での使用曲(幼児歌曲)調査と考察:在原 幸子、菊本
哲也、柳田 憲一、東京女子体育大学。
− 30 −
幼児教育におけるカリキュラム編成とその実践に関わる検討
A Study of Organization of the Curriculum of Kindergarten
and the Results of its Practice
岡本 和惠
Kazue OKAMOTO
Infant education is now at an important turning point both at kindergarten and day nursery. At
the age of this rapid change, the outlook for the contents of infant education should be certain.
To realize this, it is indispensable to design a particular curriculum for infant education based on
contemporary issues.
The present author has proposed some new ideas, in this paper, to make an innovative infant
education curriculum after studying a curriculum which she had participated in. She analyzed the
ways education activities were carried out following the curriculum and deliberated on the results
of the analyses. The findings are the following two.
The first is the importance of grasping the characteristics of the area where children and their
parents live and the kindergarten or the nursery is located and taking them into its education. The
second is the importance of connecting infant education with elementary school education.
For the realization of better infant education, she also confirmed the importance of teacher’s
support for children and preparation of satisfactory education environment.
<キーワード> 幼児教育、独自性、カリキュラム
1.はじめに
幼稚園では、それぞれの園にふさわしいカリキュラムが作成され、日々の教育・保育が展開されて
いる。その編成にあたっては、学校教育法、幼稚園教育要領などの法的根拠をもとに園の特色を盛り
込むような工夫がなされている。これは、年度初めに作成するが、ほとんどの園では、前年から引き
継いだものをその年の子どもの状況や行事などに応じて部分的に変更や訂正を加えながら編成して
いる。
今、幼稚園、保育所を含む幼児教育・保育は大きな転換期を迎えている。小学校就学前教育の多様
化や幼稚園の統廃合、民営化など制度が変わり、認定こども園も増加していく傾向にある。これは、
教育や子どもを取り巻く環境の変化によるものであり、子どもたちの育ちの変化が指摘注1)されてい
るところである。このような中で、教育改革の一連の動き注2)が続いている。変化の激しい現在では、
教育内容にも確かな見通しをもつことが今後強く求められる。幼稚園と保育所の重なりが増している
ことから、乳幼児期全体の発達に基づいたカリキュラムを再構築する動きも活発化している。幼稚園
教育要領、保育所保育指針が平成 20 年に改訂され、幼保連携型認定こども園教育・保育要領が平成
26 年 4 月に告示された。各自治体では次々と、乳幼児期のカリキュラム関係が発表注3)されている。
この状況の中で、幼児教育・保育のカリキュラムを再構築し、幼児教育の独自性のある教育を創り
出すことが、より一層必要になってきた。転換期にある幼児期の教育のためには、最新の教育課題を
− 31 −
ふまえ、幼児期特有のカリキュラム編成が必要である。
以上のことから、幼児教育におけるカリキュラムは、幼児教育の質が問われている現状の中で、ど
のような視点を重視するのかということについて検討を加えることは喫緊の課題である。さらに、カ
リキュラムで定めた目標の達成のために、具体的にどのような保育をするのかということについては、
当然、子ども理解をもとに子どもを取り巻く環境やその指導・援助についての分析が十分に行われな
ければならないと考える。
このような問題意識をもって、これまでに筆者が携わってきた幼児期のカリキュラムについて精査
し、今後の幼児教育におけるカリキュラム編成についていくつかの提言を試みることとした。
なお、本稿で幼児教育というのは、筆者が長年携わってきた幼稚園教育を基本とし、これからの動
きとして、保育所をも見据えるという立場での「幼児教育」である。幼稚園教育をもとに保育所や認
定こども園の3・4・5歳児を対象とした幼児教育全般を考えていくことにする。また、用語の使い
方として、
「教育課程」と「カリキュラム」は同意語ととらえているが、どちらかといえば「教育課程」
は計画レベルを示すものであり、「カリキュラム」は結果レベルをみようとするという1)その意味の
性格の違いにより本稿では「カリキュラム」を使用する。すでに編成されている「教育課程」につい
ては、そのままの用語を充てることした。
2.研究内容
(1)研究のねらい
転換期にある幼児期の教育のために、幼児教育・保育のカリキュラムを再構築し、幼児期の独自性
のある教育を創り出すことが必要である。より良いカリキュラムの編成は、より良い幼児教育と密接
な関連があるからである。そこで、新たな幼児教育の方向性を展望するために、既存する幼稚園のカ
リキュラムを分析することから手掛けることとした。筆者が携わって編成した「教育課程」2)3)をも
とにそれがどのような視点で編成され、留意点は何かについて再確認する。
さらに、編成されたカリキュラムが具体的にどのように保育実践として具体化されているのか、カ
リキュラムをもとにどのような保育がなされているのか分析し、考察する。カリキュラムと保育実践
の関連性について分析することは、保育の根幹をなす重要なことだからと考えたからである。
カリキュラム・教育課程の研究を概観すると、子どもの発達に従って経験すべきことを枠内にまと
めたり、クラス編成やいつ、どんな行事をしたりするのかということなどの実践的な活用に資するカ
リキュラムはあるが、カリキュラム編成についての視点や留意点など、その考え方の拠り所について
述べたものという研究はほとんど見当たらない。また、その具体的な方法や実践的な提案について、
これまでの研究の積み重ねはきわめて少ない状態である。特に幼児教育に関しての研究は大変限定的
である。
このようなことから、幼児教育特有のカリキュラム編成の基本的な考え方の参考となるものとして、
既存の資料を分析し、今日的カリキュラム編成の要件について検討し、カリキュラム編成の考え方の
一側面として、提案することをねらいとする。
(2)研究の方法
園訪問の折に、当園のカリキュラムについて問うと「前年度のものを踏襲している」「基本になる
教育課程をその年度にふさわしくなるように訂正、加筆している」と返答されることが多い。これま
でもほとんどの幼稚園では、行事、時間、どの時期にということに留意しながら編成していたが、そ
− 32 −
れだけでは、何を育てようとしているのか、どのように育てていくのか、その確認はどうするのかが、
明確に示されていないのではないかと考えた。幼稚園教育要領第 1 章総則の第2では「各幼稚園にお
いては、教育基本法及び学校教育法その他の法令並びにこの幼稚園教育要領の示すところに従い、創
意工夫を生かし、幼児の心身の発達と幼稚園及び地域の実態に即応した適切な教育課程を編成するも
のとする」4)とある。このように教育課程の編成については、幼稚園教育要領にある原則をおさえて
おけば、あとは各自の自主性に任されているのである。
筆者は、これまでに大阪市立幼稚園において改訂される毎に、教育課程の編成に携わってきた。本
稿では、第1の資料として、幼稚園教育要領改訂と同時進行の形で平成 19 年 12 月に編成した大阪市
立幼稚園参考教育課程「世界を拓くなにわっ子」5)を精査し、その内容の再確認をする。
また、第2の資料として、平成 23 年 3 月に本学付属常磐会幼稚園で編成した「子どもと織りなす
楽しい生活」6)を分析し、その内容の再確認をする。
この2点の資料の検討から、幼稚園の保育実践を通してカリキュラムと保育の関連について分析す
る。さらに、そのカリキュラムのもとでの実践について検討を加え、幼児期のカリキュラム編成をす
る際に必要な視点を提案する。これらを通して、子どもたちの育ちの変化に伴って教育内容も変化し
なければならない部分としてのその必要性を明らかにしていきたいと考えた。
3.先行研究の概要
山崎(2004)7)は、「幼児期教育カリキュラム開発に関する基礎的研究」プロジェクトを立ち上げ、
教育課程の編成に関わる様々な問題の質問紙調査をしている。その結果、教育課程を編成する際には、
子どもの発達、教育目標、幼稚園教育要領に関して考慮するという回答率が高かった。同じ教育課程
を編成するにあたっても、どこに重点をおくのかについては、設置主体による差異がみられたと述べ
ている。そして、教育課程や指導計画は、独断的なものになる可能性を含んでおり、必ずしも望まし
いものではないと考察したうえで、シラバスを作成し、それを公表することが大切だと述べている。
山中・横松(2011)8)は、幼稚園においてカリキュラム開発を推進するためには、カリキュラムマ
ネジメント研究が必要だと述べている。その第一歩として、幼稚園カリキュラムマネジメントのPD
SIサイクルのP段階にあたる保育目標の明確化手順を開発することを目指した。
秋田・佐川(2011)9)は、保育の質を論じている中で、日本について「カリキュラムの構成原理に
おいても、個体の能力領域をもとにしたカリキュラムではなく、園の生活経験の活動領域を柱にし、
子どもが取り組む活動もプロジェクト型よりは、日々のくらしと主体的な遊びを基盤に構成されてい
る保育実践が多い。また、保育者の関与として、言語的教示よりも非言語的な関わりや教育の意図を
埋め込んだ保育環境の構成方法が重視されている。」と述べ、子どもの生活経験の保障が大切である
と述べている。
掘越(2012)10)は、幼小接続期を支えるという観点から「幼児期から児童期への発達の連続性を保
障するためには、保育者と小学校教師がともに幼児期と児童期の発達の流れを理解し、長い目でとら
えることが必要であり、円滑に接続できるよう保幼小の連携が求められている。」とし、幼小接続期
の適応について検討している。
また、横山他(2013)11) は、幼小のカリキュラム接続に着目して、特に 5 歳児に焦点化して次のよ
うな研究を発表している。幼児期の教育と小学校教育の接続の概観から、両者を円滑につなぐために
は「学びに向かう力」の育成を目標とし、幼児期を十分に生ききる「アプローチカリキュラム」の作
成が重要だと捉えた。そのための第一歩として、本研究では、幼稚園5歳児の「教育課程」と「指導
− 33 −
計画」(教育活動)を対象に、「学びに向かう力」の育成がどのように目指されているかを検討した。
その結果、指導計画には既に「学びに向かう力」が埋め込まれていること、しかし今後の課題として、
5歳児の育ちは3,4歳児の育ちの上に成立していることを認識したうえで、子ども自らが「遊び・
活動・場」をつくる援助を行うために、場と時間を保障する援助が重要となってくることが示された。
以上のように先行研究を概観すると、カリキュラム編成の今日的な側面が見えてくる。今まで大事
にされてきた「子どもの発達」「教育目標」「幼稚園教育要領に準じて」をおさえることは定着してい
る。それに加えて、子どもの生活の変化に伴って新しい傾向として、教育内容のみの編成にとどまら
ず、運用も含めたカリキュラムマネジメントの研究が近年広がりをみせている。そして、子どもの生
活経験が乏しくなっていることから、体験の重視が必要であり、その保障をすることが現在の幼児教
育には特に求められている。
さらに、幼稚園・保育所はその期間のみを考えるのではなく、成長する連続性を意識して小学校と
の接続をも見据えることが大切である。その中で、学びに向かう力の育成についての研究も進められ
ている。また、保育実践上の留意点として、教育の意図を埋め込んだ環境構成や場と時間を保証する
ことの大切さが先に述べた研究概要からも明らかになっている。
このように、体験の重視やカリキュラムマネジメントの視点、小学校への接続の課題さらに、学び
に向かう力の育成などの先行研究を概観してきた。本稿では、このような最近の研究による知見を踏
まえながら、さらに、視点を深め保育実践としての具体的なカリキュラムと保育の関連について探っ
ていくことにした。
4.資料の分析
(1) 資料1 大阪市立幼稚園参考教育課程「世界を拓くなにわっ子」平成 19 年 12 月 12)
・資料1をもとに、11 月から 3 月の5歳児部分のみを抜粋した。本稿のねらいであるカリキュラム編
成の基本的な視点を明確にするため、幼稚園 5 歳児の後期 11 月からのカリキュラムに焦点化して、
筆者により必要部分を抜粋した内容は、次の通りである。
◆Ⅳ期(11・12月) 発達の姿 ・友達と協力、工夫して遊びを進める中で、自己を発揮していく時期
ねらい ・課題をもって、いろいろな活動に取り組む
・友達と協力したり工夫したりして遊びを進め、楽しさを共有する
◆Ⅴ期(1・2・3月)
発達の姿 ・友達と共通の目的をもち、自分たちで遊びや生活を展開していく時期
ねらい ・友達と一緒に共通の目的をもち、考え合ったり話し合ったりして活動を進め、充実
感を味わう
・小学校進学を意識し、入学への期待を抱きながら、残りの園生活を楽しむ
内 容 Ⅳ期(11 月)からⅤ期(3 月)へ
〈 か ら だ 〉 ・十分体を動かして、根気よく挑戦したり、友達といろいろな遊び方を考えたり競っ
たりして遊ぶ
− 34 −
・冬の健康で安全な過ごし方に関心をもち生活する
〈人〉 ・充実感や自信をもちながら、ルールを守って集団で遊ぶ
・自分の成長を感じ、進学を楽しみに待つ
・小・中学生と交流し、あこがれの気持ちをもつ
〈もの〉 ・ 冬の様々な自然事象を取り入れて遊ぶ
・早春の自然の変化に関心をもって生活する
〈文化〉 ・色・形・大きさ・数量などに関心をもって遊ぶ
・自分の思いをいろいろな言葉に置き換えて表現したり、文字に関心をもったりして遊ぶ
・人に見てもらう喜びを抱き、目標をもって表現する
・友達とイメージを共有し、動きや言葉、音、歌などで表現し、演じて遊ぶ楽しさを味わ
う
1)編成時の留意点と現状からみた視点
・幼稚園は、家庭では体験できない社会・文化・自然などに触れ、保育者や友達とかかわりながら、
幼児期なりの世界の豊かさに出会う場であるという共通理解のもとに、編成にあたった。幼児期に様々
な体験の充実が必要であること、また、発達や学びの連続性が大切であることを視点としたことは、
現状でも幼児教育の不易の部分として重要である。
・基本方向は、体験から学ぶこと、子どもの主体性を確保すること、生活の連続性及び発達や学び
の連続性をふまえること、地域の幼児教育センターの役割を果たすことの4点である。これは、それ
ぞれが単独で展開されるものではなく、互いに作用しあうものと考えた。相互作用しながら、さらに
広がりと深まりをもつように考えたものであった。この点においても、転換期を迎えている現状から
考えて、変わることのない重要な視点である。体験の重要性と生活、発達、学びの連続性などは、さ
らに実情を見極めて深めていかなければならないと考える。
・年齢別の目標及び小学校への接続は、それぞれの時期にふさわしい生活が展開されることが大切
だととらえた。小学校入学のために直前の時期になって準備するということではなく、乳幼児期の各
年齢に応じた生活を充実させることが大切である。この点については、資料1の編成後、その必要性
が強く認められるようになった。
・編成時においては、幼稚園教育の意義を社会へ訴えることが緊急課題であるとして、WEBサイ
トで公表をした。その意図したことは、幼稚園はこんなところ、こんな子どもになるように願ってい
る、このような育ちがある、こんな経験を通して子どもたちを育てているなどのメッセージを込めた。
ホームページを開けばだれでもいつでも見ることができるようにした。幼稚園の意義と役割は何かと
いう問いかけに応えたものとして意義があったと思われるが、今後このような情報公開は一層進めて
いかなければならないであろう。 ・項目は「発達の姿」「ねらい」「内容」とした。「内容」は、総合主題「心豊かにたくましく生き
る力をはぐくむ」を受けて、「からだ」「人」「もの」「文化」の4視点に分類した。この4視点が本資
料の大きな特徴であった。
「からだ」とは、子どもが自立し、健康で安全な生活を送るために必要なことであり、からだを動
かす楽しさを味わうことなど、幼児期の基本となる。「人」とは、子どもを取り巻くすべての人であり、
人との出会い、人とのかかわりを通して人への安心感、信頼感、愛着を培うものである。「もの」は、
保育の背景をなすものであり、子どもの思いに対応できるもの、多様なからだの動きや活動を引き出
− 35 −
すもの、多様なイメージをもてるもの、達成感や満足感を味わうもの、工夫したり試行錯誤したりで
きるものである。「文化」とは、日常生活の中の文化、文化的営みであり、社会的に必要とされる信
念や価値である。そして、遊びと学びとの連続性を視野に入れた文化であり、規範意識、生活のきま
り、マナー、ルール、生活に必要な習慣や態度などを指す。
次に、この資料1のカリキュラムに沿ってどのような保育が展開されたのか分析、考察した。
2)保育実践例
筆者は、K幼稚園の保育を継続的に観察した。本時は、研究発表としての保育を観察したうえで許
可を得て、本研究資料とした。
・実施日時 平成 25 年 12 月 8 日 13:30 ~ 14:20
・実施園 大阪市立K幼稚園
・園児数 5 歳児 18 名、4 歳児 25 名、3 歳児 20 名
・保育実施の観点 資料1に挙げた参考教育課程をもとに、K 幼稚園では自園独自のカリキュラ
ム編成を行っている。資料 1 の参考教育課程をもとにして、K 幼稚園の子
どもの状態、地域性などを考慮したうえで、修正を加えている。本時では、
体験の重視と言葉を育てるという観点からの実践である。 当園の教育目標、研究テーマ、具体的な取り組み内容については、次の通りである。
心身ともに明るく 健やかな子どもを育てる
<本園の教育目標> ・明るく元気な子ども
・思いやりのある心豊かな子ども
・自分で考えてやりとげる子ども
<本園の研究テーマ> 自分の感じたことや考えたことを言葉でのびのびと表現し、友達とのかか わりを楽しむ子どもを育てる
<具体的な取り組み>
○子ども一人一人の実態把握をし、個に応じた援助の在り方を考える。
・子どもの思いに寄り添いながら内面理解に努める。
・一人一人が安心、信頼できる温かな人間関係を築く。
○心動かす魅力的な環境づくりの工夫をする。
・季節や生活の流れに応じた園内の環境を見直す。
・整理しやすい絵本室の環境を整える。
・地域の環境にも目を向け、活用する。
・教材研究(素話、絵本、ペープサートなど)を行いお話に親しめる機会を多くもつ。
○身近な人とかかわり、自分の思いを表現する楽しさが味わえるような援助を工夫する。 ・様々な人とのかかわりを大切にし、話したり聞いたりする機会を多くもつ。
(異年齢の友達、未就園児、小・中学生、お年寄りの方など)
・子どもの思いや興味・関心を探りながら、主体的に取り組める遊びや感動体験ができるよう援助
する。
・言葉の美しさや言葉のリズムのおもしろさ等を味わえるような取り組みを工夫する。
○保護者にも興味・関心がもてるように働きかけ、家庭との連携を図る。
− 36 −
・毎週の絵本貸し出しと絵本カードを活用する。
・毎月一回親子貸し出しを行い、興味がもてるようにする。
・絵本貸し出しに関する情報発信を行い、啓発する。
<本時のねらい>
3 歳児…友達や教師と遊ぶ中で自分なりに思いを言葉で表そうとする。
4 歳児…自分の思いを伝えたり、友達の話を聞いたりしながら言葉のやり取りを楽しむ。
5 歳児…友達と思いを出し合い、役割を分担したり力を合わせたりしながら遊びを進める。
<本時の視点> ○ごっこ遊びの中で、自分の思いを表現して、先生や友達と楽しめているか。
○子どもの思いを引き出すような環境づくりや援助であったか。 <子どもの活動>
お店屋さんごっこをテーマに、保育は展開した。
お店の人になったりお客さんになったりして会話をしながら買う役割、売る役割などを楽しんでい
た。活動内容は次の通りである。(当日の指導案より記載)
なお、・は、活動内容 ③④⑤は、それぞれ3・4・5歳児への援助 ◎は、3・4・5歳児共通の援助 ☆マークは、めざす子ども像につながる要因 *マークは、準備物を示している。
<ヘアーサロン そら>・お店屋さんやお客さんになってやりとりをしながら遊ぶ
☆友達への「思いやり」のある言葉のやりとり
☆自分なりに「表現する楽しさ」や「イメージを共有する」喜び
③お店屋さんに優しく接してもらった喜びに共感し、その思いを言葉にして表すことができるよう投
げかける。
④5歳児の遊ぶ姿に刺激を受け、やってみたいと思えるよう働きかける。
⑤年下の友達に自分なりの言葉で遊び方を伝えたり、思いやりの気持ちをもって接したりしている姿
を認め、自信につなげる。
⑤子ども同士の会話をていねいに受け止め、互いのイメージが共有できるようにする。
*鏡台 シャンプー台 ハサミ くし ドライヤー かつら バレッタ メニュー等
<いろいろワールド>・いろいろなこまやけん玉で遊ぶ・こまのパーツ作りをする
☆昔の遊びへの「興味」や「関心」
☆こまが回った時の模様への「期待感」や「好奇心」
③回ったときのこまの模様の面白さや美しさに気付けるように声をかけ、子どもの思いに共感する。
③他クラスの友達の遊びの様子を知らせ、昔の遊びに興味がもてるようにする。
④⑤友達に自分なりの言葉で遊び方を伝えようとしている姿を見守り、必要に応じて言葉を補いなが
ら満足できるようにする。
◎ ひもごまと、手回しごまの場を離したり、正しい扱い方を知らせたりして、安全に遊べるように
する。
− 37 −
◎ 会話している様子を見守る。また、会話のおもしろさが味わえるよう、個々に応じた話し方や内
容で一緒に楽しむ。
<わくわくかみしばい>・友達と一緒に作った紙芝居をする・紙芝居を見る
☆絵やお話からの「イメージの具体化」
☆「イメージの共有」
☆話に興味をもって「聞く力」
③④紙芝居屋さんならではの雰囲気を味わいながら、お話に興味がもてるよう、一緒に楽しんで聞い
たり、感じたことを伝え合ったりする。
⑤自分なりの言葉で表現する姿を見守り、必要に応じて言葉を知らせ、充実感を味わえるようにす
る。
⑤役割を分担したり、見せ方を考えたりする中で、互いに自分の思いを出して遊びが進められるよう
見守る。
3)カリキュラムと保育実践の関連性
・K 幼稚園の地域には、大きな商店街がある。その地域性を生かした保育が展開された。
12 月という時期は商店街が一層活気づくときである。その時期をとらえて、子どもの体験として
保育に取り込んだのは子どもの活動に無理なく「課題をもって、いろいろな活動に取り組む・友達と
協力したり工夫したりして遊びを進め、楽しさを共有する」というねらいにつながっている。当園では、
11 月の作品展のテーマが「まいどおおきに! K しょうてんがい」であった。地域とのつながりは日
ごろからの交流の積み重ねの成果といえる。そのような地域での一コマを子どもの目で捉えたごっこ
遊びがヘアーサロンであり、地域の大人から学んだこままわしや紙芝居である。
お店ごっこの「ヘアーサロン」は、子どもの目線からとらえた模倣遊びであり、イメージを友達と
共有したからこそ、ごっこ遊びとしての展開ができている。また、お店で見たこまやけん玉の遊びも
子どもの興味を引き付けた。そして、地域の人から聞かせてもらった紙芝居をもとにして、自分たち
で紙芝居を作ったり演じたりすることへ遊びを展開している。
このように、地域性を取り込んだ体験の重視は、友達と楽しく協力したり工夫したりすること、さ
らに課題に向かって取り組むことができる意欲となる。そして、地域の人たちからの温かいまなざし
や言葉かけは人とのかかわりを形成するこの時期に豊かな人間性を培うことへとつながっていく。実
際に地域に出かけて見たり触れたりしたことが強く印象に残り、遊びへとつながっていくだけでなく、
人とのかかわりを身につけるのは地域のバックグラウンドが重要である。地域の特性を生かして子ど
もの体験として取り入れ、積み重ねることにより、特色ある幼児教育としてのカリキュラムが意味を
もつことになる。
・本時の保育の視点のひとつは、言葉で表現し、友達とのかかわりを楽しむことであった。体験によ
りイメージを共有したことは、さまざまな言葉として表現され、そのことから友達とのかかわりが広
がっている姿が見受けられた。体験や思いを言葉に置き換えることを繰り返すなかで、言葉から文字
への関心も高まり、学びの基盤となると考えられる。幼児期は、生活習慣と共に学びへの姿勢や意欲
を身につけることが大切である。
・子どもの体験や思いを重視したうえの環境づくりと援助がなされていることもこの時期の子どもた
ちの自己発揮ができる要因である。援助としては指導案の記載の中に見られるように、個に応じるこ
− 38 −
と、身近な人とかかわること、という個と集団の両面から考えられている。また、環境構成において
は、子どもの心を動かし、子どもの思いを引き出そうとすることを意識化している。この保育実践か
ら、保育者の援助と環境構成はカリキュラムに明確に示されることが重要であることが示された。
(2)資料2 常磐会短期大学付属常磐会幼稚園「子どもと織りなす楽しい生活」平成 23 年 3 月 13)
・資料2による 6 月のカリキュラムは次の通りである。
(「子どもと織りなす楽しい生活―ほいくぷらん 2012」より抜粋)
3 歳 ねらい
・先生や友達と一緒に遊ぶことを楽しむ。
・梅雨期、初夏の自然に触れて遊ぶ。
4 歳 ねらい
・砂・土・水など、さまざまな感触を味わいながら遊ぶ。
・フウセンカズラ(アサガオ)の水やりをして生長を楽しみにする。
・梅雨期の自然や小動物に興味や関心をもつ。
5 歳 ねらい
・試したり、考えたりしながら友達と一緒に遊ぶ。
・自分の言葉で思いを伝えたり、友達の思いを聞いたりしながら遊ぶ。
・梅雨期の自然に興味をもち、動植物の世話をしたり変化に気づいたりする。
1)編成時の留意点と現状からみた視点
・教育目標は、「しなやかな心と体をもった子どもに・友達を思いやり温かいくらしを創る子どもに・
熱中して遊びや仕事をやりとげる子どもに」とした。全教職員で協議をした結果、教育・保育の基本
は変わらないとして昨年度の教育目標より継続することにした。
・社会のニーズ、保護者のニーズにより、教育時間の変更を行った。降園時刻を 30 分伸ばしたり、
預かり保育を 19 時までとしたりするなど運営上の工夫をした。
・行事を見直した。園児のための行事であったものに、地域の未就園児を招待できるものには招くこ
とにした。地域の中の幼稚園としての意義を明確にした。
・子どもの興味や発達、季節などの側面から、環境の構成について工夫を重ねるようにした。計画し
た環境から、子どもと一緒に楽しみながら、再構成を工夫するように日々の積み重ねを大切にするよ
うにした。
・保育者の援助については、一人一人の生活を充実させるためにということと、集団の意識を形成す
るためにということの2点に分けて、細かく具体的に記述するようにした。
・「家庭と地域の連携」の項目は、特に、信頼関係を築くうえで重要であるとの共通理解をして、地
域の実情や保護者とのコミュニケーションに留意して記述するように努めた。家庭や地域が幼児教育・
保育を理解するためには、この働きかけは欠かせないものである。
2)保育実践事例
・保育の視点「子どもの興味・関心を引き出す環境の工夫」
− 39 −
・実践園 常磐会短期大学付属常磐会幼稚園
・実践時期 平成22年4~6月(筆者が本園に在職中の実践例である)
本園は、樹木や動植物の自然環境に恵まれている。このような環境の中で、多様な遊びの経験がで
きるよう環境構成を工夫した。園庭の環境構成について、感覚の道つくりを行った。
「感覚の道」とは、園庭の野草園の一部を利用して作った道である。土を掘り起こし、そこに砂や
砂利、碁石、ウッドチップなど様々な材質の素材を敷きつめた。大、中、小の玉砂利を敷き詰めた道
を素足で歩くと、足の裏にいろいろな石の感触を味わうことができた。また、水たまりを意識して、
泥遊びができる場も作り「どろどろ」になる遊びも楽しんだ。砂場とは異質の感触を味わえる場であ
る。このような道作りには、保護者が作業に加わることによって子どもたちも「ぼく、ここ、作って
んで」などと完成の喜びが大きくなった。石やウッドチップなどの素材は、幼稚園を修了した保護者
からの提供があり、保護者のみならずボランティアや地域の人達の協力があった。このように、幼児
期の遊びや学びについて保護者へ知らせ広めることができたことは幼稚園教育を周知するうえで大き
なメリットであった。小学校への接続は、単に字が読めたり書けたりすることではなく、このような
幼児期にしか味わえない遊びを安定した環境の中で存分に体験できる配慮が不可欠である。
3)カリキュラムと保育実践の関連性
このような環境を構成するにあたっては、園内の教職員のみでは限界がある。地域や保護者の協力
がなければできなかった。従って、保護者参加の意義は大変大きいといえる。さらに、環境構成に携
わった大人も素足になって、子どもと一緒に感触を味わい楽しさの共感をしたこともポイントである。
カリキュラム編成は、保育の内容や方向性とともに、地域や保護者を含めた人的環境を考慮すること
によって、より確かな計画・実践・評価の流れができる。
6 月は、子どもたちが特に自然界への関心をもつ時期であることから、様々な素材に触れることが
できる環境が整えられなければならない。友達とかかわりあえる遊びが楽しめるように遊びの場や時
間を十分確保すること、何度も繰り返し挑戦したり試したりして遊べるようにすること、このような
環境や援助から子どもたちは、新鮮な感動を経験することになる。感覚の道つくりは、短時間に完成
を急ぐのではなく、幼稚園にかかわるすべての人が創り出していく過程を重視したものであった。こ
れは幼児期にこそ必要で大切にされなければならない。この基本的な方向性は、現代においても一層
の重要な意味をもつ。
このような取り組みは、全教職員が共通理解をして進めること、それを保護者に知らせて子どもの
様子を見る観点を共有するようにすることが必要である。そのためにも、カリキュラムは園内に留め
ておくものではなく保護者や地域にも発信していかなければならない。独自性をもつ幼児教育はこの
ような流れも必要だと考えた。
5.まとめと今後の課題
幼児期のカリキュラム編成に必要な視点と方法について次のように確認した。
① 子ども・園・地域の特色を最大限に生かすようにする。
冒頭でも引用した中央教育審議会の答申「子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育
の在りかたについて」の中では、幼児期には様々な経験を積み重ね、自分なりに思考し、表現するこ
とが大切であることが強調されている。体験の重要性については、これまでも強調されているところ
である。現在は、遊びにおいても生活においても経験の乏しい子どもが増えているといわれている。
− 40 −
そこで、経験の内容や場所、人材などを園内に限定することなく、地域や保護者をも巻き込むことが
さらに望まれる。家族だけではなく小・中学生やそれ以上の年齢層や自分よりも小さな乳幼児など周
囲の様々な人たちから受ける影響は大きい。子どもや園の状況、そして地域の特色を生かすことによ
り、体験の幅が大きくなる。保育には、秋田・佐川(2011)も述べているように、子どもの生活経験
の保障が大切である。その点において、幼稚園や保育所が指針を示しながら、地域力を活用する意義
は大きいといえる。 ② 幼児教育と小学校教育の接続を見通す。
幼児期のカリキュラムは生活の連続性、発達や学びの連続性が強調されてきたが、掘越(2012)の
指摘や最近の研究発表の多さからもわかるように、小学校への接続は喫緊の課題である。幼児期を十
分に充実して過ごすことが、その後に大きな影響を及ぼす。「学びに向かう力」は、幼児期の生活全
体に含まれていることを教育・保育の関係者が十分に共通理解していくことが大切である。
③ 保育者の援助と環境構成の重要性
幼児教育の特性として、直接的ではなく総合的に、環境を通した教育を行うことから、環境構成の
重要性は常に変わらず強調されてきた。現在の社会状況や家庭の教育力から考えると、その重要性は
一層強調されるべきである。それに伴って環境をいかに取り入れ、どのように深めていくのかという
保育者の援助の在り方もさらに充実させるべきである。
幼児教育・保育の方向性は確立している現状であり、変更の余地はないといえる。しかし、その方
向に向けてどのような方法で保育者が援助し、環境を構成するのか、これが今後の課題となる。幼児
期の独自性を意識し、指導上の留意点を充実させ明確化することが、これからのカリキュラム編成に
は何よりも重要なことになるであろう。これは、保育者が個々に考えるのではなく、保育者メンバー
全員の協働で、カリキュラム上に明確に示しておくようにすることが大切である。このようなカリキュ
ラムは、山中・横松(2011)が述べているように、カリキュラムマネジメントとしての総合的、横断
的な取り組みが必要である。山崎(2004)も強調していたように、編成したカリキュラムやシラバス
は公表し、年度初めに集中して編成するのではなく、いかに編成し、運用し、評価するかという継続
的な取り組みをすることが必要である。
転換期にある幼児教育のカリキュラムについて課題をまとめたが、本研究は、数量的な資料に乏し
く限定的なものとなった。今後、更に保育実践との関連性を考究していきたい。
最後に本研究の事例実践にご協力いただいたK幼稚園、本学付属常磐会幼稚園の皆様に深謝申しあ
げます。
注1)中央教育審議会答申:「子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方につ
いて―子どもの最善の利益のために幼児教育を考える―平成 17 年 1 月 28 日」の中で、基本的
な生活習慣の欠如、コミュニケーション能力の不足、自制心や規範意識の不足、運動能力の低
下、小学校教育への不適応、学びに対する意欲・関心の低下等が指摘されている。
注2)平成 18 年 12 月 教育基本法改正 平成 18 年 10 月 認定こども園制度スタート
平成 19 年 6 月 学校教育法改正 平成 20 年 3 月 学校教育法施行規則改正、幼稚園教育要領・保育所保育指針改訂
平成 26 年 4 月 「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」を告示・公示 − 41 −
平成 26 年 11 月 中央教育審議会に対する「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方
について」諮問
注3)① 平成 26 年 3 月 大阪市では、公立幼稚園の統廃合や民営化が推進されようとしている。
そして、大阪市幼保合同研究協議会によって「就学前教育カリキュラム(案)」が策定さ
れモデル園等での試みがなされ、平成 27 年度からの運用が見込まれている。
② 平成 25 年度 大津市幼児教育・保育共通カリキュラム
③ 平成 23 年 3 月 東京都教育委員会 就学前教育カリキュラム
④ 平成 21 年 1 月 栃木県教育委員会 幼稚園教育課程編成の手引き
など、次々と発表されている。
引用文献
(1)安彦忠彦 「教育課程編成論」 放送大学教育振興会 2002 (2)岡本和惠他 大阪市立幼稚園参考教育課程作成委員 大阪市立幼稚園参考教育課程「世界を拓くなにわっ子」平成 19 年 12 月 (3)岡本和惠・北野圭子・山田純子・佐々木理恵・飯田裕美・前田奈都子・林由佳 常磐会短期大学付属常磐会幼稚園「子どもと織りなす楽しい生活―ほいくぷらん 2012」
2011.3
(4)文部科学省 「幼稚園教育要領」 第 1 章 第 2 平成 20 年 3 月 (5)(3)に前掲
(6)同上
(7)山崎晃「幼稚園では教育課程の編成にあたってどのような要因を考慮しているのか」
広島大学大学院教育学研究科紀要 第三部 第 53 号 2004
(8)山中秀馬・横松友義 「幼稚園における実効のある保育目標の明確化手順の開発―私立清和幼稚
園でのアクション・リサーチ―」教育実践学論集 12 号 2011.3 . 135-144
(9)秋田喜代美・佐川早季子 「保育の質に関する縦断研究の展望」東京大学大学院教育学研究科紀
要第 51 巻 2011 (10)掘越紀香 「幼小接続期を支える」初等教育資料(№ 893)2012. 70-73
(11)横山真貴子 木村公美 竹内範子 堀越紀香 「幼稚園の 5 歳児クラスにおける環境構成と保育
者の援助のあり方―幼小のカリキュラム接続に着目して―」奈良教育大学学校教育講座・同附
属幼稚園紀要 31 号 2013 69-73
(12)(2)に前掲 (13)(3)に前掲
− 42 −
保育現場における PDCA サイクルに寄与できる観察記録の提案
A Proposal of Observations Item and Evaluation Index for
PDCA cycle in Field of Childcare
糠野 亜紀 平野 真紀 新谷 公朗 Aki KONO Maki HIRANO Kimio SHINTANI
The PDCA cycle has been proposed with the aim of improving the quality of child care. In
the PDCA cycle, it is said that Check and Act is important to make Plan and Do a better one.
Therefore, an observation item and an evaluation index for records take the important role in the
step of Check and Act. From such a point of view, the authors propose an observation item that
is based on the "kindergarten education guidelines" and "nursery school childcare guidelines", with
evaluation index based on "ZPD" theory of Vygotsky. However, several issues were found from
the survey that we did in childcare field. As one, there were some instances where differences in
perception of children's growth and development stage records occurred among childcare teacher.
Therefore, we conducted survey about "experience level of teachers", "understanding child care
plan" and "involvement in child care" in the kindergarten to resolve some issues. As a result, it was
suggested that objectivity in the childcare affected the precision of the record of observations than
these elements.
Key Word: Observations Item, PDCA cycle, Quality of childcare
保育の質の向上を目的として、PDCA サイクルの活用が提案されている。PDCA サイクルでは、
Plan(計画)、Do(実行)をより良いものにするために、Check(評価)、Act(改善)が重要である
と言われている。また、Check や Act を行うためには、記録や評価基準が大きな役割を果たす。こ
のような観点から、著者らは、
「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」を基にした観察項目とヴィゴツ
キーの「発達の最近接領域」理論に基づいた評価基準を提案した。しかし、保育現場での調査と検証
を繰り返すことで、いくつかの課題があることが判明した。その一つとして、保育者によって子ども
を観察した記録に差異が生じる点である。このような課題を解決する方法として、保育者の経験値、
保育計画の把握及び保育実践への関わり方という観点から保育現場での調査を実施した。その結果に
ついて報告する。
<キーワード> 観察記録、PDCA サイクル、保育の資質
1. はじめに
保育所・幼稚園では、保育・教育の質の向上にむけて PDCA サイクルの活用が提案されている。
PDCA サイクルは、本来、企業等の生産管理や経営管理における品質や業務の質向上を目的として
提案された方法であり、業務の改善や技術革新のための有用な手法であると言われている。また、
PDCA サイクルの Plan、Do、Check、Act の観点で活動や行動を分析することは、目標を達成する
− 43 −
上で有用な手段であるとも言われている。従って、保育現場における活動にも PDCA サイクルを活
用することで保育の質の向上が期待される。
PDCA サイクルでは、Plan や Do をより良いものにするためには、Check や Act が重要であると
言われている。その意味から、Check や Act のためにどのような記録を作成するかが一つのファクター
となる。記録する項目や評価基準を十分に吟味しておかないと、PDCA サイクルを円滑に活用する
ことは難しい。
このような観点から著者らは、保育場面での保育者の活動に焦点を当て、PDCA サイクルの活用
を目指して記録項目と評価基準を提案している。保育活動の場面は、1)保育計画= Plan、2)実践
= Do、3)記録= Check、4)振り返り= Act、という流れが従来から存在するため、PDCA サイク
ルを適応しやすいと考えた。記録項目は、「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」を基に、子どもの成
長や発達を重視して、年齢(学齢)間の繋がりを確認しやすいように構築している。また、評価基準
は、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域(ZPD)」理論に着目して 5 段階の評価基準を考案した 1)。
この観察項目と評価基準を保育現場で検証を行ったところ、その有用性とともに、いくつかの課題
が見出された。有効性としては、子どもの成長や発達の記録が一元化され、振り返りや次の計画に反
映できるというものである。一方で、観察項目数の多さや保育指針や教育要領に沿って保育が実施さ
れていないということが判明した。また、保育者によって評価に差が生じてしまうことが大きな課題
となった。評価基準の客観性を担保するために導入した「発達の最近接領域」理論が機能していない
ことが判った。保育者の観察視点、及び評価に差異が生じる要因を探ることが記録の精度を向上させ
るポイントであると考える。
この課題を解決するために保育現場での調査を実施した。上述した課題の要因として、1)保育者
の経験値、2)保育計画の把握、3)保育実践への関わり等が考えられる。そのため、経験年数の違い
やクラス担任等の役割の違いを考慮して調査を実施した。調査の結果、観察視点や評価は、保育者と
しての経験値よりも、保育計画を把握しているか否か、保育実践に関わる時間の多少によって差異が
生じていることが判った。本稿では、その調査の結果について報告する。
2. 保育実践における PDCA
上述したように、保育の質を向上するため PDCA サイクルの活用は有用であると考えられる。し
かし、著者らの実施した調査では、記録や振り返りが次の計画や実践に生かされていないことが判っ
た。要因としては、記録(C)は作成されているものの、振り返り(A)に用いることを目的として
いないことが考えられる。また、記録される対象や評価基準が多様であるために他者との共有が難し
いと考えられる。
しかし、保育現場では、子どもに関するさまざまな記録を作成している。例えば、保育の管理上の
記録である児童票や保育経過記録、あるいは実践に直結した保育実践記録などがそれにあたる。保育
記録や児童原簿などは、法的に作成が義務付けられている記録であり、日々の観察記録は、自らの保
育を振り返り、次の保育に反映させるための有効な資料となり得る。
このことから、PDCA サイクルを活用するためには、サイクルに適した記録を作成する必要があ
るが、既に作成されている記録を如何に利用するかが、保育者に負担をかけないという意味でもポイ
ントとなる。また、記録を共有できるようにするためには、客観的な視点と共通の評価基準が必要で
ある。次に検討が必要な要素は、計画の部分である。年次計画、月次計画から週案、日案等の保育・
指導計画(案)、が作成されているが、年次計画と週案や日案等の間に一貫性が乏しいことが挙げら
− 44 −
れる。また、計画の立案時において、保育指針や教育要領があまり意識されていないことも要因とし
て考えられる。保育指針や教育要領に沿って計画が作成され、保育が行われていれば、記録は、保育
の対象となる子どもを中心としたものになり、子どもの成長や発達を記録しておくことで、次の計画
への改善点を見出す資料とすることができる。このような流れが、保育活動における PDCA サイク
ルとして望ましい一つの方法であると考える。
3. 観察項目と評価基準
上述したような観点から、著者らは、記録を作成するための観察項目を提案した。「保育所保育指針」
「幼稚園教育要領」を基に、5 つの領域と 8 つの年齢に分けた 340 項目を作成した。各々の領域の項目は、
3. D-N<G"(6 成長や発達のプロセスを継続的に観察できるように関連性に配慮した。
年齢により分けられているが、
ǀȤȫɊȖȵƘįșɋȍƌŹɋȺȍƞǓɑ%ÆȦɍȫɆȹƘ•ǣŇɑÚĈȤȫȎȒ-ŻÇ-ŻÑǒȓ
また、領域は、いわゆる保育の
5 領域であるが、これだけでは各項目間の繋がりが不明瞭であるた
Ȓ¢ŗwáŻƔǤȓɑ{ȶȍ5 ȯȹǤzȳ 8 ȯȹ¡ǯȶCȞȫ 340 ǣŇɑ%ÆȤȫȎaȏȹǤzȹǣŇȺȍ
め、領域を細分化するためのサブ領域を設けて項目を分類した。表 1 は、各領域と年齢毎の観察項目
¡ǯȶɊɌCȞɋɎȱȕɍȚȍÆǔɈńljȹɰɼɣɡɑůŰņȶƘ•ȲțɍɊȖȶǖǂ¼ȶǎÄȤȫȎɃ
数である。領域は、「健康」、「人間関係」、「環境」、「言葉」、「表現」の 5 つであり、サブ領域は、「健
ȫȍǤzȺȍȕɐɉɍ-Żȹ 5 ǤzȲȔɍȚȍȠɎȬȞȲȺȍaǣŇǕȹŴȚɌȚïŏȲȔɍȫɆȍǤ
康」では、
「移動運動」、
「手の運動」、
「食事」、
「排泄」などがあり、5 領域では 22 のサブ領域がある。
zɑūCQȦɍȫɆȹɟɯǤzɑƟȞȱǣŇɑCǩȤȫȎƐ 1 ȺȍaǤzȳ¡ǯěȹƘ•ǣŇãȲȔɍȎ
また、表 2 は、観察項目の一部を抜粋したものである。例えば、「健康」領域内にある「食事」のサ
ǤzȺȍȒ2¨ȓȍȒǕǖ+ȓȍȒĺ~ȓȍȒƛƋȓȍȒƐĸȓȹ 5 ȯȲȔɌȍɟɯǤzȺȍȒ2¨ȓȲȺȍȒŕO
ブ領域の 3 歳の項目には、「こぼすと、すぐ拭こうとする(2 歳 :87.5)」、「箸やスプーンを使って食べ
džOȓȍȒÈȹdžOȓȍȒǪȓȍȒÕĤȓȵȴȚȔɌȍ5 ǤzȲȺ 22 ȹɟɯǤzȚȔɍȎ
ようとする」
、「嫌いなものでもすこしずつ食べようとす
ɃȫȍƐ 、
2「楽しんで食事や間食を取ることが出来る」
ȺȍƘ•ǣŇȹǍɑËŦȤȫɇȹȲȔɍȎ'ȗȻȍȒ2¨ȓǤz?ȶȔɍȒǪȓȹɟɯǤ
る」という項目が配置されている。また、前後の成長プロセスが判るように、
「コップを自分で持っ
zȹ 3 ĘȹǣŇȶȺȍȒȠɂȦȳȍȦȝÏȠȖȳȦɍʁ2 Ę:87.5ʂȓȍȒŢɈɡɰʀɽɑ&ȮȱǪɀɊȖȳȦɍȓȍ
て飲む」
(2 歳)の次に「箸やスプーンを使って食べようとする」(3 歳)、更に「箸やスプーンを使っ
ȒČȤɒȲǪɈǕǪɑ]ɍȠȳȚBĄɍȓȍȒ‰ȕȵɇȹȲɇȦȠȤȧȯǪɀɊȖȳȦɍȓȳȕȖǣŇȚǎŵ
て食事をする」
(4 歳)というように、道具の使用に関する項目を配置している。 ĘʂȹĕȶȒŢɈɡ
ȢɎȱȕɍȎɃȫȍI²ȹÆǔɰɼɣɡȚEɍɊȖȶȍȒɝɦɰɑƀCȲÐȮȱǫɅȓʁ2
ɰʀɽɑ&ȮȱǪɀɊȖȳȦɍȓʁ3 Ęʂȍ÷ȶȒŢɈɡɰʀɽɑ&ȮȱǪɑȦɍȓʁ4 ĘʂȳȕȖɊȖȶȍLj>
こうように観察項目を設定したことにより、活動場面での記録だけではなく、保育計画の立案にも
ȹ&ĽȶǖȦɍǣŇɑǎŵȤȱȕɍȎ
参考になると考えた。特に、近年、年齢的に未発達な部分を多く残す子どもが増加する傾向にあると
ȠȖɊȖȶƘ•ǣŇɑƟȤȫȠȳȶɊɌȍħO}ǠȲȹƞǓȬȞȲȺȵȜȍ-ŻƜŀȹśĈȶɇYŸ
いう報告もあり、集団の中に多様な子どもの姿が含まれている。早期に発見し対応するには、丁寧な
ȶȵɍȳŸȗȫȎĵȶȍƾ¡ȍ¡ǯņȶĂńljȵǍCɑƒȜęȦŠȴɇȚLȦɍ4eȶȔɍȳȕȖ|i
観察が不可欠である。観察した内容を基にして、個々の子どもに応じた保育計画を立案し、保育活動
ɇȔɌȍǜsȹȶƒďȵŠȴɇȹˆȚhɃɎȱȕɍȎíĀȶńƕȤ—¹ȦɍȶȺȍ–ȵƘ•Ț_
の実践へとつなげることが重要であり、実践と記録、点検というサイクルが重要であることが、著者
ĔȲȔɍȎƘ•Ȥȫ?”ɑ{ȶȤȱȍ.ȏȹŠȴɇȶ¹ȥȫ-ŻƜŀɑśĈȤȍ-ŻħOȹ’Ƹȿȳȯȵ
らの先行研究によって明らかとなった。2) 3)
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次に、記録そのものについて考えてみると、記録の書き方や様式は、園によって異なっていること
ïɋșȳȵȮȫȎ2)ǰ 3)
が多い。個別の発達に関する記録では、記述式を取り入れて文章で表現する場合もあれば、複数の観
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察項目を設定して「できる」、
「できない」といった評価をもとに作成する場合もある。また、その評
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価基準は「よく できた」から「まあまあできる」、
「できない」までを数段階に区分した様式もあれば、
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− 46 −
「○・△・×」などで記入する様式もある。いずれにしても統一された様式はなく、各園によってさ
まざまである。このような評価指標は、保育者の主観に依存する部分が多く、特に中間的な指標であ
る「まあまあ」や「△」は曖昧さを多分に含む表現であるため、さらに評価者の主観が強くなる傾向
がある。子どもに対する支援や保育を考える場合、達成しているか否か、あるいは未成熟であるか否
かということよりも、未達成から達成へとどう導くかが重要であり、本来は、その部分の指標として
客観的な指標を用意しておくことが必要である。
提案手法では、評価基準としてはヴィゴツキーの「発達の最近接領域」理論を参考に、
「援助の視点」
を導入し、評価の客観性の担保を図った。実際の評価基準は、「0: 全くできない」「1: 保育者の援助が
必要」
「2: 保育者の声掛けが必要」
「3: 友達と一緒にできる」
「4: 自ら進んでする」までの 5 段階とした。
評価基準は、「できる」、「できない」を判断するためのものではなく、子どもの状況を客観的に把握
するためのものであり、特に未達成の項目について、次回の計画の指針となること、子どもの状況を
他者と共有しやすいことを念頭においている。
4. 観察項目と評価基準の課題
提案した観察項目と評価基準の有用性を検証するために、実際の保育現場での調査を実施した。検
証の結果、子どもの成長や発達の記録が一元化され、振り返りや次の計画に反映できるというコメン
トが得られた。また、各項目の達成のプロセスには、いくつかのパターンがあることが判った。更に、
保育の特徴を抽出することも可能であることが判った。提案した観察項目と評価基準を用いることに
より、PDCA サイクルが機能するような情況を生み出すことができることを確認した 4) 5)。
しかし、評価実験を実施した保育者に聞き取り調査を実施した結果、観察項目の多さや複雑さから、
日常の保育を行いつつ記録をとることは困難であるという点が課題として指摘された。また、評価結
果が曖昧になる項目があることが判った。加えて、複数の保育者が観察した場合に、差異が生じる項
目があることも判明した。
このような課題に対して、更にヒアリングを実施した結果、評価基準、観察項目について、以下の
ようなことが判った。提案した評価基準は、「自ら進んでする」から「全くできない」の間を、「保育
者」および「友達」といった他者からの援助の有無を加えた 5 段階による評価である。これまでの「○・
△・×」という記入方法に比べ、△のもつ意味が明確になったことから、判断基準として判りやすい
との評価が得られた。
中でも、保育者が積極的な援助(手を差し伸べる)が必要な段階と、気になっているときに声をか
ける程度というような援助のレベルを意識化することができ、子どもへの援助の状態が明確になり、
「今後の支援を考えることにつながる」といった意見もあったことから、保育の実践・反省において
有効な資料であるといえる。
観察項目全体については、「項目数が多く、観察するのが大変であった」との評価が多くあった。
観察項目が、年齢が上がるにつれ増える(5 歳児では、61 項目)ので、年長のクラスでは、幼児数も
多いため、保育者にかかる負荷が高くなることが指摘された。各領域については、「健康」領域につ
いては、比較的、観察しやすい項目が多いとのことであった。「環境」領域については、観察が困難
な項目について指摘があった。具体的な理由として、異文化に関わる機会を持てないというものであっ
た。また、
「環境」領域には、自然科学的な関心の育成について触れられている。しかし、
「数」や「文字」
については、保育の中では特に教えていないことから、〈数を数える〉や「言葉」領域の〈文字や記
号に関心を持つ〉は観察するのが困難であるとの意見を得た。「人間関係」領域の〈年上との関わり、
− 47 −
年下への親しみ〉については、異年齢保育(縦割り保育)を実施しないと観察できないのではないか
との意見を得た。
各園における保育実践は一様ではなく、それぞれの園がもっている教育理念や保育観に基づいて実
践されることから、すぐに観察できる項目から、年間を通しても観察できない項目まで存在するのが
現状である。しかし、観察しにくいという「異年齢の関わり」や「異文化交流」などは、保育所保育
指針や幼稚園教育要領といったガイドラインにおいて「ねらい」として記され、保育者が援助を行い、
乳幼児期に子どもが経験することが望ましいと考えられている。今回のヒアリングにおいて「観察で
きない」という保育者の意見は、「保育実践を行っていないから」という理由が背景にあり、実際の
保育現場での意識の隔たりが推察される。
上記の課題に対する改善策として、項目数の整理や項目の文言を変更することで対応が可能な部分
もあるが、先ず、観察結果に差異が生じる要因を明らかにして対策を講じる必要があると考えた。調
査結果の分析から、1)保育者の経験値、2)保育計画の把握、3)保育実践への関わり等が要因であ
ると考えられた。しかし、これらの要因が、記録作成にどの程度の影響を与えるのかについて詳細な
検証には至っていない。一般的には、1)保育者の経験値については、経験値が高いほど、記録の精
度は高いと考えられる。また、2)保育計画の把握、3)保育実践への関わりについては、子どもとの
関わりや時間、経験値によって記録に影響を与えると考えられる。
上記の点について検証するため、幼稚園で保育者を対象とした調査を実施した。その概要と結果に
ついて、次章に記す。
5. 保育者の観察視点に関する調査
調査の結果から、観察できない項目をどのように捉えていくかが課題となった。子どもを見る視点に
差異が生じる要因として先に述べた、1)保育者の経験値、2)保育計画の把握、3)保育実践への関
わりの多少により、どのような違いがあるかを調査する。
1. 調査方法
保育現場(幼稚園)において、保育者を抽出し、観察項目を記載したシートを用いて対象児について
観察を行った後に、記録結果の集計、分析を行う。また、結果を基に各観察項目の評価の難易度等に
ついて聞き取り調査を実施する。
2. 調査概要
• 保育者 3 名 クラス担任 1 名 経験年数 4 年
クラス副担任 1 名 経験年数 2 年
補助教員※ 1 名 経験年数 8 年
※必要に応じて、保育活動の手助けを行う教員のことを示している。保育現場では、「フリー」と
呼ばれることもある。本稿では、「補助教員」と記述する。
• 観察対象児 4 名 (年少クラス)
Ⅰ群 クラス内で平均的な幼児
Ⅱ群 クラス内で支援・配慮が比較的必要な幼児
対象児を 2 群に分けたのは、今回の調査の目的から、補助教員の関わりの相違を検証するためであ
る。観察シートの項目は 3 歳児の「健康」と「人間関係」の 2 領域(32 項目)について想起法によ
る評価を行った。
− 48 −
3. 結果と分析
表 3 は、健康領域の記録を集計した結果である。同様に表 4 は、人間関係の記録の集計である。各々
のサブ領域下の観察項目について、記録できた項目を「評価」、できなかった項目を「未評価」に分
類した。数値は、対象児 4 名分の評価・未評価の項目数を平均したものである。表 5 は、評価と未評
価の割合を示したものである。
保育者 A はクラス担任(経験年数 4 年)であり、保育者 B は副担任(経験年数 2 年)、保育者 C
は補助教員(経験年数 8 年)である。健康領域では、各項目の記録できた項目は、保育者 A は 20 項
目中 15.4 項目、保育者 B は 16.7 項目、保育者 C は 12.9 項目となっている。但し、「午睡」は行って
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ということが、観察項目の評価、未評価に関わっていることが判る。また、保育者
B(副担任)の評
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BʁJÎʂȹƣ)ķȚ-ŻŹ A
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A ȺȍɛɸɡÎȳȤȱ
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ラス運営を行わなければならない立場にあるため、保育中はクラス全体の状況を把握することに意識
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が集中していると思われる。一方、保育者 B は、副担任という立場から、保育の活動に合わせて子
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Źどもを支援・援助する役割を担っている。また、立場上、担任に比べ子どもの様子を観察する時間的
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な余裕も多いと思われる。その結果、保育者
A(担任)よりも保育者 B(副担任)の評価の記入率が
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上回ったと考えられる。
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B Ⱥȍèȹ-ŻŹȲȔɍȎƣ)ķȚȍ8ȶǀɀȫɊȖȵŭĆȲȔɍȠȳșɋȍ
表 5 から、領域毎の評価では、保育者
A と C の評価率は、人間関係よりも健康領域の方が高いこ
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とが判る。健康領域は、食事の仕方や排泄の方法など、活動が具体的で比較的観察しやすい項目であ
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る。一方、人間関係領域は、子どもの動きの中に意味を見出さなくてはならない項目が多い。副担任
の保育者 B が 2 つの領域で、評価率が高いのは、客観的にクラスに関わる時間の長さが要因として
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考えられる。
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次に保育者の経験値から生じる、観察に対する差異について考察する。3 名の保育者の経験年数は、
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補助教員の保育者 C のキャリアが一番長く、いわゆるベテランの域にある保育者である。保育者 A
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と B は、若手の教員で、特に保育者 B は、新任の保育者である。評価率が、先に述べたような結果
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5 ĚǙȳȤȍ-ŻŹȚƣ)Ȳțȵ
る時間、さらに、子どもへの関わり方が、担任及び副担任という役割に依存していると推察される。
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4. 保育者の評価の差異について
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[評価値の数的分布]
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表 6 は、観察対象児 4 名の領域「健康」と「人間関係」に関する観察項目について、保育者 3 名の
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評価の分布を示したものである。対象児のⅠ群はクラス内で平均的な幼児であり、Ⅱ群はクラス内で
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− 50 −
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支援・配慮が比較的必要な幼児である。評価指標は、0:「できない」、1:「保育者の援助が必要」、2:「保
育者の声掛けが必要」、3:「友達と一緒にできる」、4:「自ら進んでする」までの 5 段階とし、保育者
が評価できないと判断した場合は「未評価」とした。1:「保育者の援助が必要」、2:「保育者の声掛け
が必要」のレベルでは、保育者の積極的な働きかけが必要となるが、3:「友達と一緒にできる」のレ
ベルでは、見本となる仲間を模倣できるレベルにあり、自立に近い状態にあると判断できる。
Ⅰ群の子ども 2 名(N と M)について、3 名の保育者の評価のほとんどが、3:「友達と一緒にできる」、4:
「自ら進んでする」となっていることが判る。また、Ⅱ群の子どもについては、各保育者の評価が分
散していることが見てとれる。Ⅰ群では、担任の保育者 A が、「0:できない」と評価している項目
があるのに対し、保育者 B と C は、「0:できない」と判断している項目がなく、「2:保育者の声掛
けが必要」以上の評価となっている。担任である保育者 A は、クラス集団の一員として子ども捉え
る傾向がつよく、集団との比較によって評価している可能性があると思われる。一方、保育者 B と C は、
保育中にフォローする役割であることから、「2:保育者の声掛けが必要」や「3:友達と一緒にできる」
で評価していると思われる。Ⅱ群についても、同様の傾向があることが判る。また、未評価の項目に
ついて、保育者 A は、Ⅰ群に比べてⅡ群の方が多くなる傾向にあるが、保育者 B と C は、さほど変
わらない。保育者の役割によって生じる差であると考えられる。
図 1 は、表 6 の分布を対象児ごとの評価をグラフ化したものである。上段がⅠ群、下段がⅡ群である。
Ⅱ群の子どもについて、3 人の保育者の評価に差異が生じている、保育者 A(担任)は、「4:自ら
「0: 全くできない」「1: 保育者の援助が必要」「2: 保育者の声掛けが必要」「3: 友達と一緒にできる」「4: 自ら進んでする」
図 1 領域「健康」「人間関係」の評価値の分布
− 51 −
進んでする」と評価している項目が多いのに対し、保育者 B と C は、「1: 保育者の援助が必要」、「2:
保育者の声掛けが必要」が多い。Ⅱ群 H 児では、保育者
A(担任)は、「4:自ら進んでする」と評
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価している項目が多くなっているのに対し、保育者 C(補助教員)は、「声掛けが必要」であると評
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B ȶȯȕȱɇ価し、保育者 B(副担任)は、「保育者の援助や声掛け」を必要とする項目が多いと評価している。
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C ȳcďȶ-ŻħOɑɮɘɼʀȦɍȳȕȖ°KșɋȍȠȹɊȖȵŭĆȶȵȮȫȳŸȗɋɎɍȎĂƣ)ȹ
対象児
S 児についても、H 児と同じような傾向が観られる。特に担任の保育者 A が「4:自ら進ん
ǣŇȚšȵȕȹȺȍIǀȤȫɊȖȶôǕņȵ$ƑȶɊɍɇȳŸȗɋɎɍȎ
でする」と評価しているのに対し、他の 2 名の保育者は、「1: 保育者の援助が必要」、「2: 保育者の声
掛けが必要」の評価となっている。Ⅱ群の対象児の評価から、保育者 C は、保育活動の内容を見な
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がら必要に応じて保育に参加し、子どもをフォローしているため、その場面での援助や声掛けの記憶
Ɛ 7 ȺqĽȕȫƘ•ƞǓȹŭĆȹǍɑËŦȤȫɇȹȲȔɍȎ2¨ǤzȹɟɯǤzȲȔɍȒĪĮȓȍ
によって評価をしていると思われる。未評価の項目が多いのも、そのためであると考えられる。副担
ȘɊȽǕǖ+ǤzȹɟɯǤzȒǖ+®ÆȓȲȔɍȎ
任の保育者 B についても保育者 C と同様に保育活動をフォローするという役割から、このような結
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果になったと考えられる。未評価の項目が少ないのは、前述したように時間的な余裕によるもと考え
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られる。
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ȺȍɫɸȯțȚɄɋɎɍȎ2¨ǤzȺȍŠȴɇȹƍOȶɊȮȱƣ)ȤɈȦȕǣŇȚƒȕȹȶ—ȤȱȍǕ
[保育者の評価の特徴と相関]
ǖ+ǤzȺȍȒǖ+ȹƳȓɑƣ)ȦɍǣŇȲȔɍȫɆȍ€ɑșȞȱ,ȤȫɌȍ¸Ɣȶ¹ȥȱNj­ȵÜMɑȤ
表 7 は、今回用いた観察記録の結果の一部を抜粋したものである。健康領域のサブ領域である「清
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潔」
、および人間関係領域のサブ領域「関係形成」である。
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Ⅰ群の評価を見ると、健康領域のサブ領域である「清潔」に関しては、3
名の保育者は、ほとんど
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の観察項目に対して 4:「自らで進んでする」と評価している。一方、人間関係領域のサブ領域「関B
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C ȚßÜȍÜMɑȤȱȕɍȠȳșɋȍȉŶȶƣ)ȶȚĻȥȫȳŸȗɋɎɍȎ
係形成」については、保育者
A は、4:「自らで進んでする」とほとんど評価しているのに対し、保
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8 Ⱥȍ3
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育者
と C の評価には、バラつきがみられる。健康領域は、子どもの行動によって評価しやすい項
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目が多いのに対して、人間関係領域は、
「関係の質」を評価する項目であるため、声をかけて促したり、
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必要に応じて適当な援助をしたりといった保育者の子どもへの関わりが加味されたその姿が評価され
ȵȕȎȤșȤȍǕǖ+ȹǤzȲȺȍɟɯǤzȶɊȮȱŃȵɍ y1ȳȵȮȱȕɍȎĵȶȍɟɯǤzȒDžȽȓ
ている可能性が推察される。
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− 52
10 −
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一方、Ⅱ群では、担任の保育者 A は、ほん
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とんどの項目を 4:
「自らで進んでする」と評
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価しているが、他の
2 名は、2:「保育者の声掛
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けが必要」あるいは、1:「保育者の援助が必要」
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と評価している。このことは、Ⅱ群の支援・配
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慮が比較的必要な幼児は未達成な部分がⅠ群
ȤșȤȍȒƣ)1ȹãņCžȓȲǀɀȫɊȖȶȍに比べて多く、副担任の保育者 B や補助教員
ŻŹ B ȳ C ȹƣ)ȶȺcȥɊȖȵ4eȚȔɍȳŸȗ
の保育者 C が支援、援助をしていることから、
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Ⅰ群以上に評価に差が生じたと考えられる。
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表 8 は、3 名の保育者が評価した観察項目
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の値を
2 領域のサブ領域毎に集計した結果で
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ある(上段は平均、下段は分散)。
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Ⅰ群では、先に述べたように、健康領域では、
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りは見られない。
しかし、人間関係の領域では、
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サブ領域によって異なる平均値となっている。
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特に、サブ領域「遊び」では、分散が大きく、
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ȠȹȠȳșɋȍ-ŻŹ A ȹƣ)ȺȍɛɸɡÎȳ
保育者の評価に差異が生じていることが判る。
ȕȖś}șɋȍɛɸɡdžoɇȢɎȱȘɌȍɛɸɡ;
Ⅱ群では、各サブ領域の平均にバラつきがあ
"ȹBĄȻȗȶ.ȏȹŠȴɇȹƣ)Ț¯Ǣɑ^Ȟ
り、対象児に未達成の部分が多いことが確認で
ȱȕɍȹȲȺȵȕșȳŸȗɋɎɍȎŶȹƣ)ȶȯ
きるが、分散が大きくなっており、保育者の評
ȕȱȍŭĆɑ{ȶɭɔɹɽɜɑƍȮȫȳȠɏȍȒ9ȳ
価に差異があることが、より顕著に表れている。
ĜɀɍȳɡɴʀɢȶȲțȵȕȠȳɈȍ#¥șÑŒɑ
しかし、「評価値の数的分布」で述べたよう
BȢȵȞɎȻȕȞȵȕȠȳɇȔɍȚȍ;"ȹOțȶ
に、保育者 B と C の評価には同じような傾向
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があると考えられる。そこで、保育者3名の
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表 9 は、その結果である。副担任である保
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育者 B と補助教員の保育者 C の評価には、0.73
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の相関がみられた。上述したように、援助を
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必要とする子どもへのアプローチを目的とし
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た関わりが多くなるので、評価の類似性が見
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られると考えられる。保育者 A と他の 2 名の評価についても、個々の評価値に差異はあるものの 0.46
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(A-B)、0.40(A-C)となっていることから相関があることが確認できる。
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このことから、保育者 A の評価は、クラス担任という立場から、クラス運営も任されており、ク
ȶ“Ƙ¼ɑȗȱȕɍȳŸȗɋɎɍȎǰ
ラス全体の出来ばえに個々の子どもの評価が影響を受けているのではないかと考えられる。Ⅱ群の評
価について、結果を基にヒアリングを行ったところ、「他児と比べるとスムーズにできないことや、
6.
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何度か指示を出さなければいけないこともあるが、全体の動きに対しての大きなずれは感じられない」
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「全体への声かけを数回重ねる段階でできているし、1 学期と比べるとできるようになってきている」
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というコメントであった。このことから、担任という立場にある保育者は、子どもの様子を「その時
の姿」として捉えることと同時に、「時間の流れの中での変化」として捉える視点も影響していると
11
− 53 −
考えられる。
保育者 B と C については、保育活動をサポートする役割を担っているため、子どもへの配慮や援
助の違いによって評価に差異が生じたと考えられる部分もあるが、概ね近い評価となっている。また、
保育活動の場面で、担任保育者が子どもに求めている行動と、その時の子ども行動を判断して援助が
必要な子どもに対応していると考えられる。そのことが、評価に客観性を与えていると考えられる。
6. 考 察
提案した観察項目および評価基準の課題である子どもを見る視点に差異が生じる要因として考えら
れる、1)保育者の経験値、2)保育計画の把握、3)保育実践への関わりの多少よって、どのような
違いが生じるかについて調査を実施した。結果については、先に述べたとおりである。調査の結果に
ついて考察する。
まず、1)保育者の経験値については、著者らは、経験値と役割から考えて、担任である保育者 A、
あるいは、経験値の高い補助教員の保育者 C が、観察できる項目数については、優位であると予測
していた。しかし、結果から判ったことは、保育者としての経験値の一番浅い副担任である保育者 B
の観察項目数が一番多い結果となった。評価できた項目数と評価の分布状況が保育者 C と近いこと
から判断して、客観性が高く精度も高いと考えられる。このことから、保育者としての経験値は、観
察項目の評価の差異の要因としては、考えにくいことが判った。
次に、2)保育計画の把握について考察する。これについても、保育計画の立案者である担任が優
位であると予測していた。しかし、立案者の担任は、保育実践においてはクラス全体の運営に主眼が
おかれ、一人ひとりへの細やかな配慮や子どもの振る舞いを意識することが出来ていないと推察でき
る。一方、副担任は保育計画を理解し、主体的にクラス運営に関わる担任の子どもへの関わり方も判
断しながら、客観的に子どもに関わっているため、このような調査結果になったと考えられる。保育
活動に対するスポット的なフォロー役として関わる保育者 C( 補助教員 ) は、保育計画を全て把握し
ている訳ではなく、観察項目数にも差が生じたと考えられる。しかし、特に支援や配慮の必要な子ど
もの評価は、的確なものとなっている。
最後に、3)保育実践への関わりの多少よって差異が生じるかという点である。これについては、
ある程度予測していた結果となった。担任と副担任という役割の保育者は、子どもと関わる時間も長
いことから、観察項目の評価数も多くなった。しかし、同じ時間であっても、役割の違いによって評
価の数や内容に違いが生じることが判った。
以上 3 点について考察した結果、子どもの観察記録について、経験値によって評価に差異が生じる
ことは少ないと考えられる。但し、これは、著者らが提案した観察項目と評価基準を用いた場合の結
果であり、このことは、観察項目と評価基準の有効性を示すものであると考えられる。
また、保育計画を理解し、子どもとの関わる時間も多く、客観的な立場から保育に参加し、子ども
に対して援助、支援している副担任という役割が、記録作成においても保育実践においても重要であ
ることが判った。担任は、クラス集団の個々の子どもを意識しているものの、主体的にクラス運営を
進める必要があり、全体的な視野で保育を進めざるを得ない。全ての子どもに視線を向けることは難
しい作業である。従って、副担任と連携した子どもの観察が記録に繋がると考えられる。
7. まとめと今後の課題
本稿では、保育の質の向上を目的として提案されている「PDCA サイクル」の活用における課題
− 54 −
について、検証した。提案手法について、保育現場での検証を実施したところ、その有用性とともに、
課題として、観察項目数の多さや保育指針や教育要領に沿って保育が実施されていないということが
判明した。また、保育者によって評価に差が生じることも大きな課題として指摘された。
このような課題を解決するために、上述した課題の要因として考えられる、1)保育者の経験値、2)
保育計画の把握、3)保育実践への関わりについて保育現場での調査を実施した。
その結果、著者らが提案している観察項目と評価基準を用いた場合、1)保育者の経験値による記
録の差異は生じ難いことが判った。2)保育計画の把握、3)保育実践への関わりについても調査の結
果から、記録の作成には、保育計画に対する理解と子どもと関わる十分な時間が必要であることが判っ
た。加えて、観察項目と評価基準を踏まえて、客観的に保育に関わることが配慮や援助を要する子ど
もへの的確な支援と記録作成に繋がると考えられる。
今回の調査は、担任保育者が、クラスの子どもの姿を把握することの難しさを改めて感じさせる結
果となった。クラス運営を進める役割を担っている保育者が、全ての子どもを詳細に観察することは
難しく、クラスの子どもの人数が多い高学齢では、子どもの多様性も増すため、更に難易度が高くな
ると考えられる。少人数制、複数担任制の導入が望ましいと考えられる。
また、副担任は、保育活動に客観的に参加できる保育者として、アシスタント的に考えられること
が多いが、主体的な役割を担う担任についても客観的に観ることが可能である、子どもの記録だけで
なく、保育活動全体についてのアドバイスもできると思われる。副担任や補助教員の観察した内容
(Check)が、担任にフィードバックされることで保育の改善(Action)へと繋げることができる。
フィードバックされたものを意識して立案することで、子どもへの配慮がより適切なものとなり、
PDCA サイクルをプラスのスパイラルで運用することができる。今後、この PDCA サイクル循環の
一助となるような立案へのアプローチを検討していきたいと考えている。
[引用文献]
(1) 糠野亜紀、新谷公朗、金田重郎 (2005) 観察視点をテンプレートとして備えた子どもの発達記
録の提案、武庫川女子大学発達臨床心理学研究所紀要 (7) pp.59-69
(2) 糠野亜紀、高橋一夫、新谷公朗「保育実践を意識した子どもの成長を記録できる観察項目の提
案 (1)」日本発達心理学会第 23 回大会 (2012)
(3) 糠野亜紀、高橋一夫、新谷公朗「保育の PDCA を意識した子どもの観察記録作成の実践と評価」
日本保育学会第 66 回大会 (2013)
(4) 仁木賢治、糠野亜紀、新谷公朗、金田重郎、芳賀博英「多様な子どもの発達段階に対応した発
達記録支援システムの構築」 教育システム情報学会第 6 回研究会 (2007)
(5) 仁木賢治、新谷公朗、糠野亜紀、金田重郎、芳賀博英 (2009) 保育者の保育傾向を抽出できる
発達記録システムの提案、情報処理学会論文誌 50 ‐ 2 pp.601-614
− 55 −
− 56 −
造形における材料・用具の指導法の研究 Ⅱ
―はさみの使用に関する学生への取り組みと意識調査の結果から―
Study of teaching materials and tools in modeling Ⅱ
―The results of survey and initiatives to students on the use of scissors―
白波瀬 達也
Tatsuya SHIRAHASE
The purpose of this study is to cut clean the circle using of scissors in early childhood teacher
education. The focus is to explore a way to learn the basic skills of scissors. The circle cut clean
in 2013 was assumed to be able to draw a circle clean. The results show immediately effect comes
out students, and effect was not out students.
From this, by drawing a repeat circle, get used to the movement of the circle. Also it is possible
to capture a circle visually. This effect has to match the direction of draw and the direction of
cut because it is analyzed. This study, based on questionnaire survey and scissors sheet, and will
continue to clear necessary to get the skill of scissors.
Key Word: using of scissors, draw a circle, get used to the movement of the circle
保育者養成校において、造形の基礎知識や基礎技能が習得できるように、本研究は円の描画とはさ
みでの円形の切り取りに注目した取り組みである。円がきれいに切れる学生は、円をきれいに描く
ことができるのではないかと仮定して、2013 年度に行った取り組みでは効果がすぐに出る学生と出
ない学生の存在が明らかとなった。本研究でははさみの基礎技能を習得する方法をさらに探るため、
繰り返し円を描くことによって、利き手の手の動きが円の形に慣れていき、円を視覚的に捉えること
上で切る方向と描く方向の位置を一致させたときの効果を分析し、実施前と実施後に行ったアンケー
ト調査、ワークシートを基にはさみの技能習得に必要なことを明らかしていく。
<キーワード> はさみの使用、円描画、円の動き
1.はじめに
保育者養成校の学生が保育者になると、はさみを使って紙を切る機会も多く、子どもたちに切って
いる姿をみられるという理由もあり、本学の学生の多くは目測で円を切れないよりは切れたほうがよ
いと考えている。しかし、実際は円を切ることに対して苦手意識を持っても、練習をほとんどしない
という現状がある。2013 年度に行った取り組みでは効果が出ない学生は練習を繰り返すことを嫌う
傾向があり、できないことをできないままにして諦めてしまっている。そこで、円をきれいに切る技
能を習得するために必要なことを明らかにしていき、学生自身が効果を実感することができれば、少
しでも多くの学生が正円に近い形を目測で切れるようになると考える。しかし、はさみを使っている
現状をみたときに冨岡 2)は「はさみ使いひとつをとっても、手や指を訓練することが大切にする考え
方がすっかり衰えている時代にあって、大変困難な課題である。」と述べているように、例えば、は
− 57 −
さみを使って円を切ることをできるようになるまで繰り返し行っても、やらされている感が強くなる
と効果が薄くなる。また、さまざまなことを身につけることを要求されている保育者養成校の学生に
とって、じっくりひとつのこと時間をかけて取り組むことが難しくなっている。
このようななかで、前回の 2013 年の取り組みではワークシートの 6 × 8㎝の枠の中に正円に近い
形を 1 つ描くのと、同じ大きさの枠の中に 5 つ描く円を描くことと、6 × 6㎝の正方形の画用紙を切
ることの関係性を探り、正円に近づけて描いた形が崩れている学生は切った形も崩れていることが分
かったが、多くの学生が正円に近い形に切れるようになるまでは至らなかった。そこで、今回の取り
組みでは連続で描き続けることで同じ形を繰り返して描くことになり、手の動きも円の形に慣れてく
ることから、視覚的にも円を捉えやすくなる。円を描く手の動きが安定させることができると形が崩
れにくくなるのではないか、さらに切った円の形もが崩れなくなることで、その効果を実感すること
ができれば積極的取り組むことに繋がると考えている。
また、正円に近い形を描くには美濃 1)が「おそらく人間は頭の中に描いている理想円を手を通じて
外の世界に具象化し、それを目でみて修正を加えつつ完成していくのであろう」と述べているように、
頭の中に描きたい円を思い描いて、周りの形を見ながら次の形を配置していくことは、前後のことを
同時に行う予測と振り返りを行うことが必要になる。円を切るときと描くときでは道具が異なるが、
正円に近づけるための修正を加えていることは同じことを行っているのではないかと考える。このこ
とから、まず円を繰り返し描くことで、円の動きに手が慣れてくると歪んでいた形が修正しやすくな
り、さらに切るときにも修正できるようになると考える。
本学の 1 回生開講選択科目の「造形表現入門」と 2 回生開講必修科目「造形表現」の時間を使って、
できるだけきれいな円を目測で切れるようになるために、「円練習シート」を用いて連続で 30 秒間繰
り返し円を描くことで、手の動きを円に慣れさせ後に枠の中に正円に近い形を目測で描くことと、正
方形の紙を目測で正円に近い形が切れるようになる効果を「円練習シート」「ワークシート」と実施
前と実施後のアンケートの分析を行い、描くことと切ることの関連性を検討した。
2.本研究の視点
はさみを使って円を切るときに、例えば右利きの人が左回りで円を切る時には、切ろうとしている
ところが見えるので切りやすいが、右回りで円を切ろうとするとはさみの刃で死角ができてしまい切
りにくくなる。形が崩れていても修正が難しい。しかし、円を描くときは右回り、数字のゼロを書く
ときは左回りで書くので手の動く向きは違うが同じような形を描くことができる。このため円を描く
ときに右回りの円を描くのか、左回りの円を描くのか、どの場所から描きはじめるのかを意識して描
いている学生は少ない。これまで円を描いてきて描きやすいほうを選んで描いているようである。
今回の取り組みでは 1 回目、2 回目を右回りで繰り返し円を描き、3 回目、4 回目は左回りで繰り
返し円を描く。このことで、描きやすい、描きにくい方向があることを経験することができ、正円に
近い形にするために予測と振り返りを同時に行いながら修正して描いていることを意識できる。そし
て、5 回目は円を切る向きと同じにするために、利き手が右の場合は左回り、左の場合は右回りで円
を描き、切るときも同じ方向でおこなうことにした。
前回の取り組みと同様に、目と手が連動して動かせる技能習得するために円をきれいに描く経験と、
円をきれいに切る経験の二つが重要である。その関連性をみるために、①円の形を修正しながら連続
で繰り返し描く、②正円に近い形を目測で描くことができる、③正円に近い形を目測で切ることがで
きる円練習シートとワークシートを作成し、取り組む学生の様子を観察し、ワークシートについて分
− 58 −
析をおこなった。さらに、実施前と後に学生へのアンケート調査を実施した。ワークシートの分析と、
アンケート調査の分析から、円をきれいに切るために必要だと思われることについて検討をおこなう。
3.調査方法の概要
調査対象:選択科目「造形表現入門」の受講生 33 名(1 回生)
必修科目「造形表現」の受講生 177 名(2 回生)
実施時期:2014 年 6 月~ 7 月
使用用具:幼児用の紙切りはさみを使用
円練習シート、ワークシート調査項目:
(1)準備した用紙に、30 秒間連続で可能な限りきれいな正円を、枠の中に描く。
(2)準備した用紙に、可能な限りきれいな正円を、書き直しせず枠の中に描く。
(3)準備した画用紙に、可能な限りきれいな大きい正円を、切り直しをせずに切る。
アンケート調査項目:
〇ワークシート実施 1 回目終了後に「円をきれいに切るために必要だと思われること」について「重要」
「どちらかといえば重要」
「どちらかといえば重要でない」
「重要でない」の 4 件法を以下の項目で行っ
た。
・ 繰り返し円を描くこと ・丁寧に円を描くこと ・繰り返し円を切ること ・丁寧に円を切
ること ・きれいに切る技術 ・的確なアドバイス ・やる気 ・集中力 ・ はさみを使うセンス
〇ワークシート実施 5 回目終了後に「目測で円が描けるようになった」
「目測で円が切れるようになっ
た」「きれいな円が描けることと、きれいな円を切れることは関係している」「はさみを使うこと
に対する苦手意識を克服できた」
「今回の取り組みを経験してどう思いましたか」の項目で行い、
「実
施前と実施後の変化」について「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそ
う思わない」「そう思わない」の 4 件法を以下の項目で行った。
・ 自信がついた・好きになった・楽しくなった・嬉しくなった・得意になった・苦手が克服でき
た・変化はない
調査の手続き:
・ 円練習シート(図 1)
① 6㎝× 8㎝の枠の中に円を 30 秒間描く。1 回目、2 回目は時計回り、3 回目 4 回目は反時計回
り、 5 回目は描きやすい向きを選択して描く。
・ワークシート(図 2)
② 6㎝× 8㎝の枠の中に円を1つ描く。
③ 6㎝四方の正方形の画用紙を 2 枚準備し、2 回円を切る。
④週に 1 回実施し、5 回繰り返す。
・アンケート調査
上記の①②③を実施 1 回目終了後に事前アンケート、5 回目終了後に事後アンケートを行う。アン
ケート調査については今後の授業内容の充実や分析に活かすためであること、今回の取り組みに関わ
− 59 −
る研究の目的以外には使用しないこと、特定の名称や個人名が流出することがないことを説明し実施
した。
図 1.円練習シート 図 2.ワークシート
図 1 および図 2 は、円練習シート、ワークシート調査項目の(1)および(2)(3)で使用した
円練習シート、ワークシートである。調査の手続きに示したとおり、準備した画用紙の大きさは一辺
が 6㎝の正方形であり、ワークシートの枠の大きさは 6㎝× 8㎝である。調査手続きの①から④を円
練習シート(図 1).ワークシート(図 2)の 2 枚のシートにまとめたものが上図である(図 1、図 2)。
図 1 の上二段は目測で円を 30 秒間連続で描いたものである。図 2 の上二段目は正円に近づけて目測
で描いた。下二段は正方形の画用紙を、正円近づけて切ったものを貼り付けている。
分析の視点:
・枠の中に 30 秒間連続で円を描いたものと枠の中に円を1つ描いたものを比較する。
・円を描いた形と円を切った形の関連を検討する。
・正方形の画用紙から円を切った 5 回分の変化を比較して検討する。
4.円練習シートとワークシート結果の概要および考察
分析の視点に従って検討した結果、以下の点があきらかになった。
①枠の中に連続で 30 秒間、正円に近づけるように描く
・1 周目の円の線は安定しないが、2 周目以降の線は前の線をなぞることが可能になり、線が安定
してくる。
・円練習シートに連続で描いた円と、ワークシートの枠の中に描いた円の形はほぼ同じような形に
なっている。
・利き手が右の場合に左回りの円を円練習シートに描いたときの線の重なりの幅が広くなる。
・連続で描く円の形が崩れている学生は、線の重なりの幅が広くなっている。
②円を描いた形と円を切った形の関連
・描いた形が崩れていると切った形も崩れている。
・正円に近い形に描けるようになっているが、切った形は崩れたままが学生もいた。
③正方形の画用紙から円を切った 5 回分の変化
・正円に近い形に切れている学生は 5 回とも形が崩れていない。
・円の形が崩れている学生の 1 回目は円に角ができているが、回数を重ねるたびに少しずつ修正さ
れている。
− 60 −
図 3、図 4 は筆者を含めた 3 名の本学教員で円が切れていることをワークシートの結果から判断し
た割合である。
今回の取り組みは繰り返し円を描いて、手の動きを円に慣れるようにしてから円を切ったので、正
円に近い形で「切れている」22.9%、「どちらかといえば切れている」23.9%、「どちらかといえば切れ
ていない」15.4%、「切れていない」37.8% であった。
22.9% 23.9% 15.4% 37.8% 図 3.正円に近い形に切れていると判断した学生の割合(2014)
図 4 は前回の取り組みでおこなった円の形や、枠の中での円のバランスと円を切ったものと比較し
て関連性を探ったものであったが「切れている」16%、「どちらかといえば切れている」16%、「どち
らかといえば切れていない」28.9%、「切れていない」39.1% であった。
前回と今回取り組んだ学生が同一でないことから単純には比較できないが、「切れている」に「ど
ちらかといえば切れている」を合わせた「切れている群」の学生は前回(図 4)の 32% から今回(図
3)の 46.8% に増えていることと「切れていない群」の学生は 68% だった前回と 53.2% に減った今回
では、円を繰り返し描くことが、手の動きを円に慣れさせるために必要なことであり、一定の効果が
あると考えられる。
16% 16% 28.9% 39.1% 図 4.正円に近い形に切れていると判断した学生の割合(2013)
このようななかで、図 5、図 6 は同一の学生の円練習シートとワークシートである。図 5 は正円に
近い形から少し崩れているが、右回りか左回りで描きはじめる方向によって描きやすさに違いがあり、
重なる線の幅に多少のばらつきがあるが、繰り返し円を描くことで手の動きが円に慣れていき少しず
つ修正を繰り返している様子がわかる。図 6 の上段、2 段の枠の中に描いた円は正円近づいている円
もあるが、下段 2 段の 6㎝× 6㎝の正方形の画用紙から円を切ったときの形は小さくなったり、大き
くなったり、歪んだり、正円からはずれて形になってしまっている。
図 5.円練習シート(円が安定していない) 図 6.ワークシート(切った円が崩れている)
− 61 −
今回も 5 週間にわたっての取り組みであったが、学生の特徴が明らかになってきた。円練習シート
とワークシートを見ていくなかで、取り組みの問題点と今後の課題も見えてきた。正円に近い形を描
けて、切れている学生は取り組みに対する効果を実感できていると考えるが、正円に近い形が切れて
いない学生は、正円に近い形が描けていないのに、その形をいくら繰り返し描いても、正円に近づく
のは難しい。歪んだ形をいくらなぞっても正円に近づかない。そのため、今後は正円の形に慣れさせ
るための手の動きと、正円の形を視覚的の捉えるための機会が必要である。また、円を描く練習は繰
り返し行うことで、手の動きを円に慣れさせることはできているが、正方形の紙を 2 回切っただけな
ので、繰り返し切る練習をして手の動きを慣れさせることができていなかったので、正円に近い形は
描くことはできているのに、切ることにまでは結びついていない学生の存在も確認することができた。
5-1.アンケート調査の結果および考察
1 回目と 5 回目が終わった後にアンケート調査を行い、学生がはさみを使って切った時の気持ちの
変化を分析する。分析項目は、①円をきれいに切るために必要だと思われることに関する項目、②円
練習シート、ワークシート実施前と実施後の意識の変化に関する項目の 2 点である。繰り返し円を描
く、切ることに関する学生の意識についてアンケート調査の結果から検討する。
①円をきれいに切るために必要だと思われることに関する項目について
円練習シートをとワークシートを 1 回目実施後のアンケート調査では、図 7 の繰り返し円を描くこ
とがきれいな円を切るために「重要」40.3%、「どちらかといえば重要」42.8%、「どちらかといえば重
要でない」15.7%、「重要でない」1.2% であった。「重要」と「どちらかといえば重要」を合わせると
全体の 8 割を超えていることから、円を繰り返し描くことは重要であることを認識していることがわ
かった。
図 7.繰り返し円を描くこと
図 8 の繰り返し円を切ることが「重要」54.5%、「どちらかといえば重要」36.1%、「どちらかといえ
ば重要でない」10.8%、「重要でない」0.6% であった。「重要」と「どちらかといえば重要」を合わせ
た全体の 9 割近くあるということは、図 7 の描くことの割合よりも切ることが多い。このことから学
生は描くことと切ることの関連性を認識できていなかったのではないかと考える。
図 8.繰り返し円を切ること
さらに、図 9 の丁寧に円を切ることが「重要」60.2%、「どちらかといえば重要」31.9%、「どちらか
− 62 −
といえば重要でない」7.9%、「重要でない」と回答した学生がいなかったことからであった。きれい
に切ることは丁寧に切ることと認識していることがわかった。
図 9.丁寧に円を切ること
また、図 10 の集中力が「重要」63.9%、
「どちらかといえば重要」34.3%、
「どちらかといえば重要でない」
1.8% であった。このことからきれいな円を切るためには、繰り返し円を描く、繰り返し円を切るこ
とよりも丁寧に切ることや、集中力が重要であると考えていることアンケート調査からわかっ
た。
図 10.集中力
②円練習シート、ワークシート実施後の意識の変化に関する項目ついて
図 11 の結果ではまず連続で 30 秒間円を描く練習をしてから枠の中に正円に近づけて描き、さらに
正方形の紙を正円に近づけて切った取り組みは「効果がある」30.6%、
「どちらかといえば効果がある」
50.8% を合わせると全体の 8 割を超えていることから、円を繰り返し描いてから、切ることで手の動
きが円に慣れる効果を得られる取り組みであったと考えられる。しかし、「どちらかといえば効果が
ない」16.9%、「効果がない」1.7% の学生は、今回の取り組みでは正円に近い形を切るための効果が
なかったと感じている結果となった。
図 11.今回の取り組みを経験してどう思いましたか
図 12 の自信がついた「そう思う」24.5%、「どちらかといえそう思う」50.9%、「どちらかといえば
そう思わない」21.5%、「そう思わない」 3.1% であった。「そう思う」「どちらかといえそう思う」を
合わせると全体の 7 割を超える割合になっているのは繰り返し円を描いたことで描けるようになって
いる変化を感じているからではないかと考えられる。
− 63 −
図 12.自信がついた
図 13 のはさみを使うことに対する苦手が克服できた「そう思う」16.7%、
「どちらかといえそう思う」
46.9%、
「どちらかといえばそう思わない」30.2%、「そう思わない」 6.2% であった。図 13 の「そう思う」
16.7% は、図 11 の「効果がある」30.6%、図 12 の「そう思う」24.5% よりもの低い割合になっている
は、円練習シートやワークシートを行うことで、円を描くときと切るときの手の動きが円の形に慣れ
てきて意識するようになってきたが、実際に切った円の形が崩れて効果が実感できず、今回の取り組
みを行っただけでは苦手意識を克服するまでには至らなかったのではないかと考えられる。
図 13.苦手が克服できた
図 14 は円練習シートとワークシートを実施した前後の変化についての回答では「そう思う」
19.1%、「どちらかといえそう思う」29.4%、「どちらかといえばそう思わない」27.6%、「そう思わない
」 23.9% であったことから、「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」 を合わせて全体の 5
割を超えている学生は、繰り返し円を描いたことによる変化があったが、ワークシートの 1 回目と 5
回目に描いた円と切った円に変化がなかった学生が 4 割いた結果になった。
図 14.変化はない
図 15 のクロス集計の結果から考察すると、「目測で円が描けるようになった そう思う群」は「楽
しくなった そう思う群」の学生が 88.4%、「そう思わない群」の学生が 11.6% である。ほとんどの
学生が楽しいと感じているが、「目測で円が切れるようになった、どちらともいえない群」の「楽し
くなった そう思う群」の学生は 58%、「楽しくなった そう思わない群」が 42% になっている。こ
のことから切れるようになっているか判断はつかないが、楽しいと答えた 58% の学生は円練習シー
ト、ワークシートの実施前と後で、描いた円と切った円の形に変化を感じることができたからではな
いかと考えられる。
− 64 −
図 15.目測で円が描けるようになった×楽しくなった
また、「目測で円が描けるようになった そう思う群」の「きれいな円を描くことと、きれいな円
を切れることが関係している そう思う群」の学生が 80%、
「どちらともいえない群」は 20% である。
「目測で円が描けるようになった どちらともいえない群」の「きれいな円が描けることと、きれい
な円を切れることは関係している そう思う群」の学生は 67.3%、「どちらともいえない群」は 32.7%
である(図 16)。目測で円が描けるようになったと感じている学生は円を描くことと、円が切れるこ
との関係性を感じることができる割合が高いが、目測で円が描けるようにならなかった学生は描くこ
とと、切ることの関係性を感じることができなかったようである。
図 16.目測で円が描けるようになった×円が描けることと切れることは関係している
円練習シート、ワークシート実施後に目測で円が描けるようになったのか、目測で円が切れるよ
うになったのかをアンケート調査の結果をクロス集計でみると、「目測で円が描けるようになった そう思う群」の「目測で円が切れるようになった そう思う群」は 86.4%、「どちらともいえない群」
が 13.6% である。「目測で円が描けるようになった どちらともいえない群」の「目測で円が切れる
ようになった そう思う群」は 27.6%、「どちらともいえない群」が 72.4% である。このことから円
が描けるようになったと感じている学生は切れるようになったと感じているが、今回の取り組みで円
が描けるようになったと感じなかった学生は、円が切れるようになったと感じなかったようである。
また、描けるようになったが切れない学生がいることもわかった。今後は円が切れなかった学生に対
する取り組みを検討していく必要がある(図 17)。
− 65 −
図 17.目測で円が描けるようになった×目測で円が切れるようになった
実施前と実施後に行ったアンケート調査から学生の特徴が明らかになってきた。実施前に回答した、
「円をきれいに切るために必要だと思われること」についての項目すべてで「重要」「どちらかといえ
ば重要」が全体の 8 割を超えている。このことから正円に近い円を切るために必要なことは学生自身
認識していると考える。しかし実施後のアンケート調査からは取り組みを行った結果、繰り返し描く
ことで、手の動きが円に慣れる効果を得られたが、ワークシート実施前後に変化がなかった学生や苦
手を克服できなかった学生もいたことから、今後の課題として、正円に近い円が描けるようになる取
り組みを検討していく必要がある。
また、クロス集計から「目測で円が描けるようになった」が、円を切れるようにならなかった学生
がいることもわかった。このことはワークシートの結果から描けているが切れていないことをみるこ
とができる(図 5.図 6)。また、切れるようになっていなくても、楽しくなった学生もいたようである。
6.まとめ
本研究は正円に近い形が描けるようになると、はさみを使った時も正円に近い形が切れるようにな
ることを明らかにしていくことである。そのために今回は円練習シートとワークシート行った結果と
事前、事後のアンケートを照らし合わせて分析をした。
今回の取り組みで行った円を繰り返し描くことは、手の動きを円に慣れさせることができ、崩れて
いる円を修正する効果があることが、円練習シートとワークシートの結果からわかった。このように
学生たちがより正円に近い形が切れるようなるために取り組んでいるが、繰り返し描くことで手の動
きを円に慣れさせる効果を得られず、円の形が崩れていると判断した学生が前回の取り組みと同様の
割合で約 40%いる。この学生たちが正円に近い形で円が切れるようになるためには、繰り返し描く
ことを継続した中で新たな要素を加えた円練習シートとワークシートが必要であると考える。今回の
円練習シートとワークシートを詳しくみていくなかで、取り組みの問題点と今後の課題も見えてきた。
正円に近い形を描けていて、円が切れている学生は取り組みに対する効果を実感できている。しかし、
正円に近い形が切れていない学生は、正円に近い形も描けていない。歪んだ形をいくら繰り返し描い
ても正円に近づくのは難しい。そこで、正円の形に慣れさせるための手の動きと、正円の形を視覚的
の捉えるための機会として、正円を繰り返しなぞることで形に慣れていく必要があると考える。また、
正円に近い形は描くことはできているのに、切ることにまでは結びついていない学生に対しては、今
回は正方形の画用紙を 2 回切っただけであったので、繰り返し切る練習を描くのと同じように行い、
手の動きを慣れさせる必要がある。
今後、より多くの学生が円滑な手の動きで、正円に近い形を切れるようになるために、利き手の動
きを中心でおこなっていたものを右手と左手を動かして円を描く練習を行い、はさみを使って紙を切
− 66 −
る時には、同時に両手を動かして円を切れるようなるため、描くときには切るときと同じ向きで手が
動くようにし、右手と左手の動きの連動がより意識されるようにした上で、円を切ったときの効果を
みていき、さらに研究をすすめていくことで、はさみの技能の向上を促す取り組みにしていく。
< 本研究は「平成 26 年度常磐会短期大学共同研究」の助成を受けたものです >
引用文献
・(1)美濃哲郎(1986)「Circle Drawing Task について」関西学院大学 情報科学研究 1 pp.31-35,
・(2)冨岡卓博・平野敦子(2006)「幼児期のはさみについての研究 現状分析と課題による教育は
さみ試作」 岐阜大学教育学部研究報告 教育実践研究 8、pp.55-74,
− 67 −
− 68 −
子どもの描画にみる「素話」の効果について
A study on effects of storytelling“SUBANASHI”from the drawing of children
高橋 一夫 平野 真紀 新谷 公朗
Kazuo TAKAHASHI Maki HIRANO Kimio SHINTANI
As one of the verbalization activity, storytelling is often utilized at childcare. Nursery teachers
and kindergarten teachers read picture-books to children in many cases. However, the frequency
of "SUBANASHI" performance is decreasing. As for the cause that "SUBANASHI" decreases, it is
thought that advantages of "SUBANASHI" are not understood definitely. Therefore, in this study,
we aimed at clarifying advantages of "SUBANASHI". We observed the coloring and drawing of
children and analyzed difference between picture-books and "SUBANASHI". As for the picture
of children who drew it after having heard "SUBANASHI", the works that originality was rich
were seen a lot. On the other hand, as for the picture of children who drew it after having heard a
picture book, most imitated a picture book. As a result of analysis, it was revealed that there was
power to draw the imagination of children at "SUBANASHI".
Key Word: verbalization activity, SUBANASHI, read picture-books, coloring, drawing
保育現場における言語表現活動としては、特に絵本の読み聞かせが豊かに実践されている。一方、
「素話」の実践は、絵本の読み聞かせに比較して減少傾向にある。その原因には様々なことが考えら
れるが、一要因として、「素話」の実践がどのような効果を持つのかについて、実証的に証明されて
いないことが考えられる。
そこで、本研究では、絵本の読み聞かせとは異なる「素話」に特有の効果を明らかにすることを目
的とした。具体的には、絵本の読み聞かせと「素話」の実践後に、子どもたちに塗り絵を含む描画活
動をさせ、その作品を比較検討した。その結果、「素話」の実践後の子ども達の絵には、絵本の読み
聞かせ後の絵には見られなかった、子ども達の自由な想像力を発揮した形跡が認められた。
<キーワード> 言語表現活動、素話、絵本の読み聞かせ、塗り絵、描画
はじめに
子ども達の活動において、表現活動は大切な要素である。表現活動は身体表現、音楽表現、造形表現、
言語表現の4つの側面から捉えられ、それぞれの知識や技術を習得するためのカリキュラムが保育者
養成校でも構築されている。表現活動自体の意義については、改めて議論をするまでもなく自明であ
るが、なかでも、保育者と子どもの関わりが、主として音声言語を通して形成されることを考えれば、
言語表現の重要性が理解できる。
言語表現に関して、保育者養成校におけるカリキュラムを概観すると、例えば、1)子どもの発達
と絵本、紙芝居、人形劇、ストーリーテリング等に関する知識と技術、2)子ども自らが児童文化財
等に親しむ経験と保育の環境、3)子どもの経験や様々な表現活動と児童文化財等とを結びつける遊
− 69 −
びの展開についての知識や技術、などの内容が設定されている(1)。
また、保育現場の言語表現に関わる実践を考えてみた場合、絵本の読み聞かせや紙芝居の実践、ペー
プサートなどを活用した取り組みなどが豊かに実践されている。そのため、保育者養成校の学生も保
育実習や教育実習において、部分保育などの課題として提示される経験を持つことが多い。同時に、
保育者養成校の様々な講義においても、折にふれ絵本の読み聞かせや紙芝居、ペープサートなどの実
践に関する知識や技術の伝達がなされている。また、当然ながら、保育活動の根拠となる『保育所保
育指針』や『幼稚園教育要領』においても、絵本や物語の重要性が説かれている(2)。
ところが、言語表現活動におけるストーリーテリング、保育現場においては多くの場合「素話」と
呼称される実践は、絵本の読み聞かせや紙芝居の実践に比較して減少傾向にある。重要視されている
言語表現活動にも関わらず、その活動の種類において実践量に差が生じているのはどういうことなの
だろうか。
そこで本研究では、保育現場における「素話」の減少の主要因を、「素話」の実践から得られる特
有の効果が、保育者に広く認知されていないことと仮定し、保育現場における実験調査を踏まえ検証
することにした。まずは、「素話」を取り巻く現状をより深く理解するために、3つの側面から検討
する。
「素話」を取り巻く現状
保育現場における「素話」の現状を捉えるためにも、①保育者養成校における「素話」に関わるカ
リキュラム、②保育者の「素話」に対する意識、③「素話」の効果という3つの側面から考えてみたい。
まず、ひとつめの側面である「素話」に関わるカリキュラムであるが、全国の保育者養成校において
「素話」について学ぶ機会としては、例えばシラバスを確認できるものだけでも「言語表現」
「保育内容」
「児童文化」
「児童サービス論」
「児童文学」
「言葉指導法」
「国語表現」
「子どもの言葉遊び」
「乳児保育」
などがある(3)。
しかし、各授業のスケジュールを確認すると、「素話」の学習時間としては、半期 15 回の授業回数
中、1~2回を割くに留まっている場合が多い。また、
「保育実習」や「教育実習」においても、
「素話」
を学ぶことができると考えられるが、実習での課題として言語表現活動が設定される場合、絵本の読
み聞かせが圧倒的に多く、最近では「素話」が課題として提示されることが少なくなっている。つま
り、保育者養成校において、学生らが「素話」の理論と実践を学習する機会自体が、十分に設定され
ている状況ではないと指摘できる。
次に、ふたつめの側面である保育者の「素話」に対する意識であるが、著者らが実施した調査によ
ると、「「素話」は、子どもたちが内容を理解するには難しい」という指摘がみられた。具体的な意見
としては、「「素話」では、内容の理解を支援する挿絵を見せることができないため、ある程度の理解
力を身に付けた年中児や年長児に実施することが適切」や、「理解力が十分に養われていない乳児や
年少児には、内容理解の手掛かりとなる挿絵を示すことができる絵本などが適切である」などが挙げ
られた。つまり、言い換えれば、「絵本の読み聞かせは年少からおこない、「素話」の実践は年中・年
長からおこなうことが望ましい」という発達段階に応じた言語表現活動の使い分けが重要であるとい
う指摘である。
ところが、実際の言語表現活動の実施状況を分析すると、乳児・幼児を問わず、絵本の読み聞かせ
は豊かに実践されているものの、「素話」に関しては幼児に対してもほとんど実践されておらず、実
施する場合も行事前などに不定期に実施する場合が多かった(4)。つまり、保育現場において、保育者
− 70 −
が「素話」の重要性を認めつつも、言語表現活動としては絵本の読み聞かせに代替されている現状が
明らかになった。
最後に、
「素話」の効果という側面であるが、そもそも言語表現活動を保育現場で推進することは、
『保
育所保育指針』や『幼稚園教育要領』において明文化されており、子ども達の豊かな成長に必要不可
欠であると捉えられている。したがって、個々の言語表現活動の効果を改めて問い直すという契機が
得難いのではないかと予想される。加えて、言語表現活動自体が「児童文化財を活用した活動である」
と、ひと括りで捉えられる傾向があるため、例えば、絵本の読み聞かせと「素話」の効果の相違とい
う捉え方が起こり難いとも想像できる。さらに、図書館などでもストーリーテリングの実践を重ねて
いる実践者であったとしても、「「素話」の良さは伝えられるものの、その効果だけを取り上げて、明
瞭に他者に伝えることは難しい」と指摘している(5)。
つまり、保育者自身が「素話」に独特の効果を明瞭に認識できないことが、「素話」の実践に対す
るモチベーションが刺激されない要因だと指摘できる。そのため、「素話」の実践は同じ言語表現活
動として捉えられている絵本の読み聞かせなどで、代替されてしまう傾向にあるのではないだろうか。
以上、3つの側面から「素話」を取り巻く現状について概観したが、本研究では3つめの側面で示
した、「素話」の効果について考察を深める。その理由は、「素話」に認められる独自の効果が明瞭に
なっていないことが、保育者の意識に強く作用し、保育現場での「素話」の実践が減少していること
に繋がっていると考えるからである。
さらに、「素話」の効果が明確になれば、保育者養成校のカリキュラムにおいて、「素話」の理論と
実践についてより豊かな学びの機会の提供に繋がることが期待できるため、「素話」の効果を実証的
に証明することを目的とした。具体的には、絵本の読み聞かせと比較することを通して、「素話」の
実践が持つ特有の効果を明らかにする。次に、具体的な調査方法について述べる。
塗り絵を用いた調査手法の提案
「素話」の効果について述べられている先行研究では、子どもたちの描画作品から効果を測定する
手法を採用しているものがある。具体的には、絵本の読み聞かせと「素話」の後に、印象に残った場
面を描画させ、両者の効果を測定している。しかし、その主眼は、あくまでも、絵本や「素話」の内
容に対する子どもの理解度を測定することにある。したがって、「素話」と絵本の読み聞かせの効果
の相違点を十分には明らかにできていない。
また、子どもの絵を測定する場合、子どもの描画技術の度合いによっても、作品の出来が大きく左
右されるため、評価基準の設定が非常に難しい。さらに言えば、子どもの個性や発達の状況の違いな
どから、全ての子どもが円滑な描画ができるとも限らない。
そこで本研究では、子どもたちの描画作品から、「素話」と絵本の読み聞かせの効果の相違を測定
できる可能性を判断するために、まずは塗り絵を活用した調査手法を考えた。
塗り絵を活用する利点としては、大きく2点ある。それは、①塗り絵には線画が用意されているため、
子ども達の描画能力に左右されない。②色の選択に関わる部分に限定して評価することが可能である、
という2点であり、上述した子どもの絵を測定する場合の困難さを回避することが可能である。
塗り絵を活用した調査に関しては、子どもたちの人数を限定したうえで実施し、子ども同士の相互
作用を統制しなかった調査実験と、統制した調査実験を実施した。次に、2回実施した塗り絵の調査
実験の詳細について述べる。
− 71 −
調査実験(塗り絵)Ⅰ
実際の保育が実践されている保育現場では、子どもたちは相互作用のなかで生活している。したがっ
て、描画活動をした場合でも、他人の作品を見ることが可能であり、そのなかで自分自身の作品を作
り上げていくことが普通である。そのため、1回目の調査実験では、子どもたちの相互作用を統制せ
ずに塗り絵の実験をおこない、描画された塗り絵を分析した。1回目の調査実験の概要は以下の通り
である。
調査時期:2012 年 12 月
調査対象:A県 私立A幼稚園 園児9名
年少(男児3名、女児2名)、年中(男児2名、女児1名)、年長(男児1名)
調査方法:「素話」の後に、園児9名で塗り絵を実施。
塗り絵の後に、個々の園児に聞き取りを実施。
素話題材:『證誠寺の狸囃子』
素話話者:保育者養成校学生
描画題材:木魚
描 画 材:クレパス
描画題材の設定には、その題材を「知っている(見たことがある)子ども」と、「知らない(見た
ことがない)子ども」に分けることが可能なものを選定した。
絵本の読み聞かせでは、子どもたちは絵本の挿絵を見ることができる。そのため、その後の描画活
動では、挿絵を直接的な手掛かりとして描画をすることが可能である。しかし、「素話」では挿絵を
見ることができないため、子どもたちの知らない(見たことがない)事物が内容に登場した場合は、
描画活動において直接的な手掛かりになるものがない。そのため、「素話」後の描画活動において、
絵本の読み聞かせ後におこなう描画活動とは異なる子どもたちの反応が生じると予測できる。その描
画活動における反応の違いを分析することで、「素話」に特徴的な効果を発見することができると考
えられる。
そこで、1回目の調査実験では、描画題材を『證誠寺の狸囃子』で登場する木魚とした。題材が理
解しやすいように、真正面と真横から見た2つの木魚と、木魚を叩くバイと木魚を置く台であるふと
んを描いた線画を用意した。描画の題材である木魚を知っている(見たことがある)子どもを、絵本
の読み聞かせにおいて挿絵を見ることができた子どもと代替し、木魚を知らない(見たことがない)
子どもの塗り絵と比較した。
調査の結果、9名中1名(4歳男児)が木魚を知っていた。その男児は、木魚の線画を赤色で塗っ
たが、聞き取りに際して、実際に寺院の境内で見たことがあると述べていた。そして、
「この様な(赤)
色だった」と話していることから、男児が見た木魚が朱塗りであったと推察できた。そのため、赤色
のクレパスを用いて、朱塗りの木魚をそのまま表現したのだと考えられる(図1)。
一方、木魚を知らない他の8名は、木魚の線画を、赤色、緑色、黄色、水色、灰色、薄橙色、茶色
のクレパスを選択し塗った。塗り方としては、単一の色だけで塗るのではなく、複数の色で塗る子ど
もや、色を重ねて塗る子どももいた(図2)。使用した色の選択理由には、「(使った色は)好きな色
だから」「(塗り絵の木魚が)メロンパンみたいだから」「(塗り絵の木魚には)口があるように見える
から」などを挙げていた。つまり、木魚の絵を見て、どのような色をしているのかを自ら想像してい
− 72 −
るといえる。また、今までの経験から絵に似合う色を考えていることや、自分自身の好みから使いた
い色を選択していることが明らかになった。
図1.木魚の塗り絵(4歳男児) 図2.木魚を知らない子どもの塗り絵
塗り絵の題材となっている木魚を知っていた子どもは、塗り絵に対しても知識のとおりに忠実に再
現することに集中した。題材を知っているからこそ、より写実的に表現することが重要だと考えたこ
とが推測できる。
反面、木魚を知らない子ども達は、素話の内容で登場した未知なものである木魚に対して、それぞ
れの年齢段階に応じた知識に照らし合わせ、自己の経験をもとに想像を膨らませていることがわかっ
た。そこには、「おそらく水色なのだろう」「きっとカラフルに違いない」といった想像や推測が働い
ており、さらには、自分自身の色彩の好みにより個性的な木魚を、創造的に具現化しようとしている
ことも理解できた。
また、他者の作品を模倣するといった子ども同士の相互作用であるが、今回の調査では特にその影
響が見られなかった。確かに、他者の作品を見る行動は見られたが、それぞれの子どもが自身の塗り
絵に集中することができており、全く同じ傾向を示す色の選択は確認できなかった。
以上から、塗り絵の題材を知っている子どもと知らない子どもでは、その描画活動において選択す
る色に違いが見られた。塗り絵を調査実験に用いることで、「素話」の持つ独特の効果を明らかにで
きる可能性が確認できたことから、さらに、子ども達の相互作用を統制した2回目の調査実験を設定
した。
調査実験(塗り絵)Ⅱ
1回目の調査実験では、複数の子どもたちに対して同時に塗り絵を指示した。当然ながら、子ども
たちは他者の塗り絵を見ることができるため、子ども同士の相互作用が起こる。その相互作用の程度
を知るために、2回目の調査実験では、塗り絵の際に子ども同士の相互作用の影響を排除した環境を
設定した。2回目の調査実験の概要は以下の通りである。
− 73 −
調査時期:2013 年 2 月
調査対象:A県 私立B幼稚園 園児6名
年長(男児4名、女児2名)
調査方法:調査対象の園児に対して、以下の調査をひとりずつ実施。
(1)描画題材①についてのぬり絵。
(2)「素話」
(3)描画題材②についてのぬり絵。
(4)園児への聞き取り。
素話題材:『ぶんぶく茶釜』
素話話者:保育者養成校学生
描画題材:①果物(バナナ、りんご、いちご)、②茶釜
描 画 材:クレパス、水性ペン
描画題材は、調査実験Ⅰと同様に、知っている(見たことがある)子どもと、知らない(見たこと
がない)子どもに分けることが可能なものを設定した。そこで、『ぶんぶく茶釜』で登場する茶釜を
塗り絵の題材に設定した。
また、調査実験Ⅱでは、子どもたちの塗り絵自体に対するスキルの把握と、既知の描画題材に対し
て選択する色の傾向を把握するために、果物(描画題材①)の塗り絵を最初に実施した。
その結果、6名の塗り絵のスキルには大きな差異がみられず、年齢段階に即したスキルを獲得して
いることが分かった。また、6名全員が塗り絵の題材をバナナ・りんご・いちごであると認識するこ
とが理解でき、バナナは黄色、りんご・いちごは赤色で着色した。その理由を尋ねると「バナナだか
ら」などと返答し、それ以外の色の選択はあり得ないといった様子を示した。
図3.描画題材「果物(バナナ、りんご、いちご)」の塗り絵
描画題材①の果物に対する塗り絵から、塗り絵に対するスキルが年齢相応に獲得されており、塗り
絵に描かれている線画を既知の事物と認識した場合、子どもたちは写実的に表現するために事物に適
した色彩を選択することがわかった。ここで理解できることは、子どもたちが塗り絵に対して置く価
値は、ユニークな色彩の選択ではなく、写実的な色の選択であるということである。決して、奇抜な
色彩を選択することが子どもたちの特徴ではないことが理解できる。
− 74 −
次に、
『ぶんぶく茶釜』の「素話」を実施した(6)。「素話」に登場した茶釜を知っていたのは3名(男
児2名、女児1名)であり、残りの2名(男児1名、女児1名)は知らなかった。その後、茶釜のぬ
り絵を実施したところ、茶釜を知っていた幼児は、それぞれ灰色、黒の単色で塗った。その理由は「鉄
だから」「絵本で見たから」というものであった(図4)。
一方、知らなかった幼児は、2色以上を使い茶釜を塗り、その理由として「かっこいいから」「青
が好きだから」「かわいいから」などを挙げていた(図5)。
また、2回目の調査では描画材として、クレパスと水性ペンを用意したが、子どもたちが使用した
画材は、日頃の保育において使用されているクレパスが中心であった。したがって、子どもたちは、
日常の保育活動で馴染みのある描画材を活用する傾向にあることがわかった。
図4.茶釜の塗り絵(男児) 図5.茶釜を知らない子どもの塗り絵
2回目の調査実験に関しても、1回目の調査実験と同様に、子ども達は素話に登場した未知の事物
に対して、様々な想像をしていることが理解できた。そして、未知の事物をぬり絵という形で表現す
る際にも、自由な発想やこれまでの生活での経験が根拠になっていることが窺えた。
また、2回目の調査実験では、子ども同士の相互作用を統制したが、1回目の調査結果と比較して、
子どもたちの塗り絵の傾向に大きな違いは見られなかった。確かに、子ども同士の相互作用を統制す
ることで、他者の塗り絵を参考にすることが不可能になるため、それぞれの独自の発想が塗り絵に反
映されるといえる。しかし、実際の保育活動を考えた場合、子ども達は常に相互作用のなかにいる。
仮に調査実験において、その相互作用を統制したとしても、それは本来の保育場面における言語表現
活動の結果とは考えにくい。そのため3回目の調査実験では、子どもたちの相互作用を認めたうえで、
調査を行うことにした。
さらに、本調査では塗り絵ではなく、自由な描画活動のなかで作品を描く活動を設定した。2回の
調査から、塗り絵では「素話」に特徴的な傾向が実証できた。確かに、描画活動では塗り絵とは異な
り、子ども達の自由度は高くなる。先行研究でも指摘されているとおり、子どもの描画作品をどのよ
うに評価するのかについては課題がある(7)。しかし、塗り絵の調査から、子ども達が選択する色に着
目することがひとつの指標になることがわかった。そこで、絵本の読み聞かせと「素話」では子ども
たちの活動にどのような差異が生じるのかについて調査をするために、より自由度が高い描画を設定
した。次に、描画による調査実験について述べる。
− 75 −
調査実験(描画)
塗り絵による2回の調査実験から得られた知見を元に、描画による調査実験を実施した。今回の調
査実験では、実際の保育場面での言語表現活動を特に意識した。そして、絵本の読み聞かせと「素話」
の実践という2種類の言語表現活動が、どのように子どもたちの描画活動に影響するのかについて注
目した。
調査実験では、絵本の読み聞かせと「素話」の実践が比較できるように統一した題材を使用した。
実験をおこなった2つのクラスは、同じカリキュラムで保育活動を実施しており、子ども達の指導に
あたる保育者も同程度の保育経験を有している。調査概要は以下のとおりである。
調査時期:2014 年 9 月
調査対象:A県 私立C幼稚園 5歳児
①絵本の読み聞かせの実践クラス
保育者:経験年数 4 年目
対象児:男児 16 名 女児 19 名 計 35 名
②「素話」の実践クラス
保育者:経験年数 5 年目
対象児:男児 17 名 女児 18 名 計 35 名
使用題材:『みるなのくら』
描画題材:物語の一場面
描画時間:30 分間
描画 材 :水性ペン
この調査実験では、題材に『みるなのくら』を使用した(8)。題材の選定には、絵本の読み聞かせと「素
話」の実践の両方において、物語の内容が子ども達に伝わるものを検討した。小澤俊夫などをはじめ
とする昔話研究の知見を生かし、語って聞かせる場合にも物語が理解しやすい昔話絵本を選び候補と
した(9)。その結果、『かちかちやま』や『うまかたやまんば』などを候補としたが、調査実験の協力
者である2名の保育者の日頃の保育活動との兼ね合いから『みるなのくら』に決定した。
絵本の読み聞かせと「素話」の実践の後、それぞれ 30 分間の描画時間をとり、物語の絵を描くよ
うに促した。描画時間の 30 分間は、日頃の保育活動で設定されている時間であり、子ども達の集中
力を考慮した時間設定である。また、描画材として水性ペンを設定したが、これも日頃から子ども達
が描画活動で使用しているものである。
− 76 −
図6.絵本の読み聞かせ 図7.絵本の読み聞かせ後の描画活動
図8.「素話」の実践 図9.「素話」後の描画活動
絵本の読み聞かせをおこなったクラスの描画は、登場人物や登場物など絵本に描かれているモチー
フを意識したものが多かった。また、絵本に繰り返し登場する蔵の扉は、特に子ども達の印象に残る
のか、多くの子ども達の描画に見られた。全体的に、絵本の挿絵から離れた自由な描画というよりも、
挿絵に忠実な描画である印象を受けた(図 10)。
一方、「素話」の実践をおこなったクラスでは、蔵が建物だという想像からか、一戸建ての家やビ
ルを模したような描き方をしているものが多く見られた。その中には、次々に扉を開いていく物語か
ら部屋を数多く描いたり、階ごとに蔵があると考えて階数を多く描いたりする描き方なども見られた
(図 11)。それぞれの部屋や階数に描いた内容は、例えば見たことがある高層ビルなど、子どもたち
がこれまでに経験したことを最大限に生かし、物語の内容と関係付けたものが多いと考えられる。
さらに、子ども達の作品の色彩であるが、どちらかというと絵本の読み聞かせをおこなったクラス
の子ども達の作品の方が、「素話」の実践をおこなったクラスの子ども達の作品よりもカラフルであ
る印象を受けた。ただし、絵本の挿絵と全く同じ色を選択するとは限らないことがわかった。
塗り絵の調査実験では、実物を見たことがない(知らない)子どもの作品がよりカラフルになる傾
向にあったが、描画の調査実験では、挿絵を見ることができなかった「素話」の実践クラスの子ども
達の作品は単色の線画となる傾向にあった。この点に関しての分析は、さらに今後の研究の積み重ね
が必要となる課題である。
− 77 −
図 10.子ども達の描画(絵本の読み聞かせ)と参考にしたと考えられる場面
− 78 −
たくさんの家型 一軒家に窓型
高層ビル型 屋外に扉型
一軒家に扉型 屋内に扉型
図 11.子ども達の描画(素話)
考察とまとめ
描画による調査実験の結果、絵本の読み聞かせ後の描画活動では、子ども達は絵本の挿絵に忠実な
描画をおこなうことがわかり、「素話」実践後の描画活動では、自由な発想のもとに物語の内容を描
いた作品になることがわかった。
当然ながら、絵本の読み聞かせクラスと「素話」のクラスの両者で、子ども達の相互作用を統制し
なかったため、近くにいる子どもの描画を模写した作品も見られた。しかし、決して真似をすること
が悪いことではなく、他者の作品を模倣することも子ども達の成長には欠かせない。加えて、どちら
か一方のクラスだけに見られた現象ではなく、両クラスにおいて同程度確認された現象であった。し
たがって、今回の調査実験で見られた子ども達の相互作用は、調査結果を左右するものではないと考
えられる。
ここで特筆すべきは、「素話」のクラスの子ども達が描画した作品には、絵本の挿絵と似た作品が
一切見られなかったことである。絵本の挿絵を見ることができない「素話」であることから当然の結
− 79 −
果であるが、言い換えれば、すべての子どもが自らの発想で物語をイメージしているということで
ある。見たものを写実的に再構成する力が重要である一方で、知らないものを自らの経験則に従っ
て推測する力も重要である。加えて、個性や自分らしさが重要視される現代においては、のびのび
とした自由な発想も必要とされている。今回の調査実験の結果は、それらを経験することが出来る
要素を、「素話」が内包していると示唆しているのではないだろうか。
以上の調査実験から得られた結果をまとめると、絵本の読み聞かせでは、子ども達は挿絵を見る
ことによって視覚的なイメージを構築できることができ、「素話」では挿絵を見ることができないた
め、子ども達は自身の経験と付き合わせつつ、想像力を最大限に生かしながら表現することができ
るという違いがあることが明らかになった。つまり、絵本の読み聞かせと「素話」は、保育現場で
実践される言語表現活動という同様の位置づけがなされながら、子ども達に与える効果は大きく異
なるということである。
子ども達の成長には、様々な知識を身に付けることが非常に重要になる。絵本は、知らない事物
を挿絵から理解することができ、新しい知識として定着させるための児童文化財として有意義であ
る。反面、
「素話」の場合は未知なるものの想像において、子ども達にかなりの自由度が与えられる。
それは、空想力や想像力の重要性が指摘されている保育・幼児教育において、「素話」が担える可能
性が非常に大きいということを示しているといえる。今後は、本研究で得られた結果を保育現場で
活躍する保育者に伝え、「素話」の実践に対するモチベーションを向上させる取り組みをおこないた
いと考えている。
< 本研究は JSPS 科研費 24531045 の助成を受けたものです >
この内容は、保育士養成課程等検討会「保育士養成課程等の改正について(中間まとめ)」(2010)
(1)
別紙2(p .21)に示されている。
『保育所保育指針』
(2008)では、
「エ 言葉(ア)ねらい③」
(p.19)などに、
『幼稚園教育要領』
(2008)
(2)
では、「言葉 1ねらい(3)」(p.7)などに絵本や物語についての記述がある。
ここで示した授業名は、2013 年現在で確認できたものである。
(3)
詳細については、高橋一夫、堀千代、磯沢淳子「保育現場における素話の実践―絵本の読み聞か
(4)
せとの比較を通して―」(常磐会短期大学紀要 42 号、2014)に示している。
東京子ども図書館などでストーリーテリングの実践が豊かな神戸洋子教授(帝京科学大学)と、
(5)
日本保育学会第 66 回大会(2013)における議論のなかで指摘を頂いた。
調査委対象者は当初6名であったが、
「素話」を聞き終わった直後に、男児1名が体調不良(鼻血)
(6)
となったため、大事をとり調査から除外した。したがって、分析の対象は5名となっている。
例えば、子どもの絵が「否定的な面から評価される」といったカンビエ(1995)の指摘がある。
(7)
具体的には、小澤俊夫 著・赤羽末吉 画『みるなのくら』(福音館書店、1989)を活用した。
(8)
(9)
小澤俊夫は昔話の研究成果から、昔話の特性である語りやすく耳で聞いても理解しやすい語り口
を生かした昔話絵本を数多く出版している。
− 80 −
【参考文献】
松居直『絵本とは何か』日本エディタースクール出版部、1973
増村王子・小松崎進編著『よみきかせとおはなしの世界』労働教育センター、1979
野村純一・佐藤凉子・江森隆子編『ストーリーテリング』1985
松岡享子『えほんのせかい こどものせかい』日本エディタースクール出版部、1987
小澤俊夫著・赤羽末吉画『みるなのくら』福音館書店、1989
相馬和子編『お話とその魅力―作品と話し方のポイント―』萌文書林、1989
佐々木宏子『新版 絵本と子どものこころ 豊かな個性を育てる』JULA 出版局、1993
松岡享子『たのしいお話 お話を子どもに』日本エディタースクール出版部、1994
松岡享子『たのしいお話 お話を語る』日本エディタースクール出版部、1994
Ph. ワロン、A. カンビエ、D. エンゲラール著、加藤義信、日下正一訳『子どもの絵の心理学』名古
屋大学出版会、1995
橋本光明、中山実、清水康敬「子どもの描画活動における視点移動と評価の関係」日本教育工学雑誌
19(3)、pp.151-158、1995
グリン・V. トーマス、アンジェル・M.J. シルク著、中川作一監訳『子どもの描画心理学』法政大学出版局、
1996
アイリーン・コルウェル著、松岡享子ほか訳『子どもたちをお話の世界へ ―ストーリーテリングの
すすめ―』こぐま社、1996
J・H・ディ・レオ著、白川佳代子・石川元訳『絵にみる子どもの発達 分析と統合』誠信書房、
1999
東山明、東山直美『子どもの絵は何を語るか 発達科学の視点から』日本放送出版協会、1999
フィリップ・ワロン著、加藤義信・井川真由美訳『子どもの絵の心理学入門』白水社、2002
松岡享子『昔話絵本を考える 新装版』日本エディタースクール出版部、2002
辻政博『子どもの絵の発達過程 全心身的活動から視覚的統合へ』日本文教出版、2003
手良村昭子「関係活動モデルにおける描画活動の観察とその分析」東大阪大学・東大阪大学短期大学
部教育研究紀要 2、pp.51-57、2005
尾崎康子「幼児期における描画行動と筆記具操作との発達的関連性」富山大学人間発達科学部紀要
1(1)、pp.273-278、2006
中澤潤、泉井みずき、竹下陽子、大志摩由佳、八木龍浩「対象の提示方法が子どもの描画に及ぼす効
果」千葉大学教育学部研究紀要 55、pp.53-60、2007
奥美佐子「3 歳児の描画過程で子ども間の模倣は出現するか―1年間の記録から検討する―」名古屋
柳城短期大学研究紀要 30、pp.101-114、2008
藤井いづみ『子どもにとどく語りを』小澤昔ばなし研究所、2008
小澤俊夫『改訂 昔話とは何か』小澤昔ばなし研究所、2009
エリン・グリーン著、芦田悦子・太田典子・間崎ルリ子訳『ストーリーテリング その心と技』こぐ
ま社、2009
藤原逸樹「描画活動における子どもの発話の聞き取りに関する一考察」美術教育学美術科教育学会誌
(30)、pp.345-356、2009
渡邉雅俊「子どもの見立て描画における相互観察の特徴」日本教育心理学会総会発表論文集 (53)、 p.581、2011
− 81 −
栗山誠「子どもの描画研究の系譜と描画プロセスの発見」大阪総合保育大学紀要 (6)、pp.149-163、 2012
栗山誠「図式期における子どもの画面構成プロセスの研究-視覚的文脈と物語的文脈に注目して-」
美術教育学美術科教育学会誌 (33)、pp.187-199、2012
奥美佐子「描画過程における子ども間の模倣の研究-模倣を創造へ導くために」神戸松蔭女子学院大
学研究紀要 . 人間科学部篇 1、pp.61-73、2012
土田恭史、田中勝博、今野裕之、丹明彦、赤坂澄香「描画体験の評価に関する尺度の作成の試み」目
白大学心理学研究 8、pp.23-33、2012
Kazuo TAKAHASHI、Aki KONO、Kimio SHINTANI、Shigeo KANEDA「Opinions by students of
a childcare training college about“SUBANASHI”at childcare of Japan」Pacific Early Childhood
Education Research Association 13th Annual Conference、pp.302-303、2012
島田由紀子、大神優子「図形提示による子どもの連想- 4・5 歳児クラスを対象に-」美術教育学美
術科教育学会誌 (34)、pp.231-242、2013
栗山誠「図式期における子どもの描画過程にみられる「動きのイメージ」-視覚的文脈と物語的文脈
に注目して-」美術教育学美術科教育学会誌 (34)、pp.177-189、2013
高橋一夫、新谷公朗「子どもの表現力に与える素話の影響 - ぬり絵にみる特徴 -」保育学会 第 66 回
大会、p.695、2013
高橋一夫、糠野亜紀、平野真紀、新谷公朗「色づかいに見る素話の可能性」全国保育士養成協議会第
52 回研究大会、pp.546-547、2013
高橋一夫、堀千代、礒沢淳子「保育現場における素話の実践―絵本の読み聞かせとの比較を通して―」
常磐会短期大学紀要 42 号、pp.47-56、2014
− 82 −
障がい児保育における保育所と保護者・専門機関の連携のあり方
―事例研究を通して―
Caring Children with Disabilities, Support for Parents,
Partnership with Familyand Relevant Organizations
―Through a Case Study―
田村 みどり 堀 千代 Midori TAMURA
Chiyo HORI
鶴 宏史
Hirofumi TSURU
The guidelines by Ministry of Health, Labour and Welfare states that nursery school’
s role is to
“promote infants’and toddlers’development of a healthy mind and body, and comprehensively
conduct nursing and education using the environment at nursery school, based on each children’
s
situation as well as developing process, with cooperative partnership between specialized staff such
as nursery teacher and infant’
s family.”In particular cases such as the caring for children with
disabilities, importance of further partnership is emphasized as it is required to“deepen mutual
understanding with parents by maintaining close contact with family”and“build cooperative
relationship with specialized organizations and receive advice as needed”in aforementioned
guidelines as well.
To make this point clear, this study uses a case study on a child with autistic spectrum disorder
(ASD) and who has the Rehabilitation Certificate (A). Focused on the partnership between
parents, women supporting organization, rehabilitation institution and elementary school, when
entering nursery school, an analysis on records, memos and interview from parents are made.
Then, the authors discusses about importance of cooperative assistance along with families and
relevant organizations as well as significance of deepening partnership with parents and relevant
organizations and understanding a child and his/her surrounding environment when he/she has to
change the nursery institution due to various reasons.
Key Word: caring children with disabilities, support for parents, partnership with family and
relevant organizations
<キーワード> 障がい児保育、保護者支援、家庭や関係機関との連携
1.本研究の背景と目的
保育所の役割は「乳幼児の健全な心身の発達を図ることや、保育士など保育に関する専門性を有す
る職員が家庭との緊密な連携の下に子どもの状況や発達過程を踏まえ、保育所における環境を通し
て、養護と教育を一体的に行うこと」(保育所保育指針第 1 章)である。つまり、保育所保育にあたっ
ては家庭、保護者との連携が明記されている。
さらに、障がいのある子どもの保育の場合、「家庭との連携を密にし、保護者との相互理解を図る
こと」や、
「専門機関との連携を図り、必要に応じて助言等を得ること」(保育所保育指針第 4 章)と、
− 83 −
より連携の重要性が示されている。それは、障がいのある子どもの保育をする場合、その子どもが安
心して生活できる保育環境を用意することや他の子どもとの生活を通して共に成長できるよう配慮す
ること、また子どもの状況に応じた保育を実施する観点から、家庭や関係機関と連携した支援を図る
ことが重要であるからと考えられる。さらに様々な理由で保育施設が変わる時には、より一層その周
りの状況も含めて子どもを理解し、保護者や関係機関と連携を深めることが求められる。
このように連携が重要視されつつも、その実態は各自治体によってばらつきがあり、障害のある子
どもの支援に関して保育施設との連携が限定的にならざるを得ない状況や、たとえ十分に連携ができ
ていても制度的な課題があることが指摘されている(佐野 ,2011)。
本研究では、発達障がいのある子どもの保育を通して、保育所と保護者そして様々な専門機関との
連携のあり方について考察する。なお、本研究において、連携とは、「援助において、異なった分野、
領域、職種に属する複数の援助者(専門職や非専門的な援助者を含む)が、単独では達成できない、
共有された目標を達成するために、相互促進的な協力関係を通じて行為や活動を展開するプロセス」
(山中 ,2003,p.5)と捉える。
2.方法
(1)対象
対象児(A 児)は、小学校 4 年生(女児・10 歳児)である。自閉症スペクトラムの診断を受けており、
療育手帳(A)を保有している。四国で出生し、2、3 歳児の時は四国の保育所で過ごし、父親の転
勤により 4 歳児で関西に転居。転居と共に大阪において幼稚園への入園を希望するが住民票・居住地
等の事情で入園できず、女性支援団体の支援の下、療育施設に通い 5 歳児で保育所に入所し、現在は
小学校に通っている。詳細は表 1 を参照のこと。
(2)手続き
保育所入所時の保護者、女性支援団体、療育施設、小学校との連携に焦点を当てて、記録、メモ、
保護者からのインタビューから分析を行った。なお保護者に事例を公開する許可は得ているが、プラ
イバシーを考慮してデータの一部を差し支えない範囲で変更した。
3.結果
(1)A 児の姿
入所当初(5 歳児)は、クラスにおいては不安や自分の思いが伝わらないとパニックになり、自傷
行為をしたり裸になったりするので、事務所のベッドに 1 人で過ごさせる事が多く、給食も食べなかっ
た。散歩に出かける時は、靴をいやがり歩かないので乳母車で出かけた。他のクラスに置いてある「キ
ラキラ光る物」が好きで捜しに行ってはそれを見て楽しんでいた。
保育所の生活に慣れるのに夏までかかったが、小さい頃から好きだったプール遊びは大好きで、夏
にはクラスの友達とプール遊びを十分に楽しみ、一緒にいたい友達が出来てクラスで過ごすことが多
くなった。また、好き嫌いはあるが、給食も食べるようになった。
秋には、家で常に聴いている大好きなミッキーマウスの曲に合わせて踊ったり、バルーンの中をく
ぐったりしてみんなと一緒に運動会に参加した。履くのを嫌がっていた靴も大きい靴なら履けるよう
になり、バス遠足にも参加できた。そして冬には「ごっこ遊び」が出来るようになり、生活発表会の
「むしむしレストラン」の話の中で A 児は 「ちょうちょ」 になり、クラスの友達と一緒に楽しむこと
− 84 −
ができた。
(2)保護者との連携
入所前の 2 月頃に、A 児と保護者に来所してもらい、成育歴や保護者の思いを聞き取り、観察保
育を実施した。保育所入所に対する母親の思いは、表 1 にもあるように、小学校就学に向けての友達
作りと、A 児のことを保護者・地域の人々に知ってほしいというものであった。
入所後、母親のA児への躾の方法-叩いて躾をするやり方-について、保育所から改善を促すと、
母親からは保育所の A 児への対応方法について納得できないと思っている様子が伺えた。しかし、
根気よく話をすることで理解を得ることができた。
その後、保育所では、学期ごとにクラスの指導計画や A 児の活動についての説明をすることや、
送迎時や懇談会、日々の連絡ノートやおたより等を通して日々の生活や遊びに配慮して連携した。ま
た行事前は必ず A 児やクラスの子ども達の様子の話をした。具体的には、お迎えの時間帯を利用し
て A 児が何をして遊んだのか、何に興味を持って好きな遊びを見つけたのか、クラスのどの子の事
に興味を持っているのかと伝えるなど、できるだけ母親とのコミュニケーションを密にとるようにし
た。これらのことを通して、母親の硬い表情が少しずつ柔らかくなり、笑顔に変わっていった。そし
て、家庭での A 児の様子や父親のことも話すようになり、より深く連携を図ることができるように
なった。
(3)女性支援団体との連携
女性支援団体は、NPO 法人の団体で、女性の社会進出支援、障害児の保育・一時保育など様々な
活動を行っている。A 児への支援は 4 歳児の療育施設の時からはじまっており、両親が共働きのため、
月に 10 回程度ファミリーサポートセンターのように、A 児の送り迎えを行っていた。
保育所入所後も保護者が送迎できない時、月 10 回程度の送迎を実施していたが、A児がパニック
を起こし裸になったり保育所に登所するのが困難になった場合、保育所から迎えに行ったり、交流を
持ったりした。さらに、この団体には療育施設での A 児の様子、母親との連携の取り方や接し方を
教えてもらった。
保育所入所後は、A 児の母親の特性を考慮し、小学校へ行っても孤立しないように、学童保育や
小学校とも話し合いをすることなどを話し合った。
(4)療育施設との連携
保育所入所後も、療育施設において月に 1 回~ 2 回、30 分程度 A 児は遊戯療法を受け、母親は心
理カウンセリング(現在も続けている)受けていた。そのため、入所後すぐに、療育施設の所長と担
任から引継ぎを受け、夏に保育所での A 児の様子を観て貰い交流をもった。引継ぎ内容は、療育施
設での一年間の様子や保護者の状況(子どもへの関わりについての話し合いや保育観など)、保育や
保護者との関わりにおいて注意すべき点などである。
(5)学童保育との連携
学童保育との連携は、A 児が保育所在籍の 12 月頃、学童保育の指導員の代表と学童保育を管轄し
ている市の学童保育課の職員に保育所に来てもらい、A 児の状況を説明した。これは、学童保育を
障がいのある子どもが利用する際に加配の有無や設備について確認するためでもある。
− 85 −
(6)小学校との連携
就学に向けて、夏に保護者と一緒に小学校の見学や話し合いの場を持ち、2 月にはA児に関わる関
係機関が保育所に集まり話し合いをして連携を深めた(詳細は後述)。
(7)複数機関での話し合い
保育所は、A 児の母親の育児のつらさや孤立感、頑なな性格を考慮して、A 児が小学校入学以降、
母親が孤立感を持たずに、また、安心して A 児が通学できるようにするための連携の方策を考えた。
まずは、各機関が母親の思いや要求を共通理解し、共有できたらと考えて、保育所が中心になって呼
びかけて、保育所在籍の 2 月に女性支援団体、学童保育、小学校が集まった。そこでは、A 児や保
護者が安心して小学校生活が送れるようにするためにはどうしたらよいか、そして、各機関との連携
のあり方について話し合った。小学校は同一学年でクラスが複数あり、どの子どもと同じクラスにす
るか、どのクラスへ在籍するのが安心するかなど話し合い、情報交換を行った。
小学校入学後は、小学校(支援学級)、学童保育、保育所と連携会議を持ち、月 1 回開かれる校園
所長会で参観日などの日程を聞き、参観するなどして A 児の様子がわかる体制をとった。
(8)A 児のこれまでの成長の経過について
①出生から1歳児頃
A 児は、母親の実家がある四国の A 市の病院で生まれた。出生時、体重 2832 g・身長 48cm・頭
囲 31cm であった。
出生後,母乳の吸諦が弱いことから、母親は A 児が飲みやすいように母乳を搾乳して哺乳瓶に入
れて飲ませていたそうである。1歳頃、離乳は進み離乳食を食べていたが、野菜は嫌がり食べなかった。
寝返りは 5 か月、寝つきが悪く夜中に起きることがよくあったようだ。座位は 7 か月、ハイハイは
10 か月、初歩は1歳2か月であった。帽子を嫌がることが気になる姿としてあった。
遊びでは、おもちゃや小さいぬいぐるみや音のでるおもちゃを好んだ。母親は教育熱心で、6か月
頃からベビースイミングを始め、1歳頃にはしまじろうの教育システムやディズニー英語教材を取り
入れていた。
母親は、出産後も仕事を続けており、自宅近くの乳幼児一時預かりを利用していた。A 児は、歩
くことより抱っこが好きで、他児に興味を示さず遊ぼうとしないこと、そして言葉が遅い事が気にな
り、1 歳半検診時に保健所で相談したが、「個人差があるので、様子を看るように」と言われたとの
事であった。父親も、このことを母親の取りこし苦労だと話していたそうである。
1 歳 11 か月の時、赤十字病院で検診を受け,「脳波棘波自閉傾向」と診断されている。
②2・3歳児の頃
父親の転勤により転居と同時に2歳児より保育所に入所した。母親と離れることが出来ず、パニッ
クを起こし床やドアに頭を打ち付けることが多く見られた。
給食は一切食べないので、弁当を持参して通所していた。好きな物は菓子・ジュース・麺類・かぼ
ちゃの煮物であった。1歳の頃と同様に帽子は長く被れず、保育所で着用するスモックのゴムも極端
に嫌がった。
寝つきが悪く、おんぶや車に乗ってでないと寝なかった。また、週に 1 回程度の割合で夜中に何度
も起きた。
− 86 −
言葉はまだ出ていない。椅子に座っても姿勢保持が出来ないので、椅子に座るより床でごろごろす
ることを好んだ。
遊び面では、砂遊びや泥んこ遊びは嫌がり、水遊びが大好きでいつまでも楽しんでいた。散歩では
歩かず、抱っこの要求が多かった。集団で過ごす事が苦手で、保育者の個別対応で過ごし、保育所行
事には参加出来なかった。ブロック・DVD・室内ジャングルジム・すべり台・特にブランコ等揺れ
るものを好んでいた。
この時期の事を母親は「保育所の保育内容が A 児には、難しくて参加出来ない。特に行事の時は、
他の子ども達が出来ることが出来ないので、悲しくなった。」と話している。
A 児の様子から、保育所より病院への受診を勧められ、その結果「自閉症」と診断された。
母親は「発達障害かな?」とは心配しており凄くショックを受けたが、A 児が少しでも良くなる
ようにと、通園施設に月 2 回、リハビリテーションセンターに遊戯療法と言語療法を受けるために通
院し、Y 総合病院においても行動療法を受けている。Ý 総合病院では保護者同士の交流の場があり、
このことにより励まされることも多くあったので、毎年行われる夏季宿泊キャンプには、必ず参加し、
現在も続いているそうである。このキャンプのことを母親は、大学の先生達から最新の治療方法を学
ぶことができ、A 児と同じ障がいがある少し年齢の高い子どもたちの保護者から話を聞くことがで
きるので、見通しを持って A 児を育てることができると考えられると話している。
③4歳児の頃
4 歳児に進級する時、父親が大阪に転勤になり再度転居することとなった。母親は預かり保育のあ
る幼稚園への入園を希望したが、父親の仕事の事情で事前に住民票を、大阪に移せない等の理由で入
園できず、S 療育園に月曜日から金曜日まで通園することとなった。S 療育園では、通園と共に遊戯
療法も受け、母親も月 1 回のカウンセリングを受けることとなった。
母親は、大阪でも仕事を続けていたので、S 療育園の送迎が出来ない時は女性支援団体に A 児の
送迎を依頼していた。この頃、食事に関するこだわりがきつく、療育園では一切食事をしなかった。
また、女性支援団体による送迎時や移動時には、お菓子により空腹を紛らわせていた。
さらに A 児は嫌な事があると、服を脱ぐようになっていた。睡眠については、寝つきが悪く、お
んぶや車に乗ってでないと寝ないという状態は、週に 1 回程度の割合から、月2回程度に減っていた。
療育園での保育や療育は、集団ではなく個別に対応されることがほとんどで、A 児がパニックに
なると服を全て脱ぐので、集団の場より別室の保育室で過ごすことが多かった。肩車が大好きで、よ
く肩車をしてもらい、感覚統合のブランコや体育館の遊具・くすぐり遊びや自転車の後ろに乗るのが
大好きだそうだ。
この療育園のことを、母親は「A 児を集団でなく個別保育にしたこと、A 児が洋服を脱ぐと、ずっ
と裸で過ごさせたので肺炎になった」と話していた。
大阪に転居後かかりつけの病院も大阪の大学病院に移している。
④5歳児の頃
母親は、小学校就学を控え預かり保育のある地元の公立幼稚園に入園させたいと思い、転居時に入
園できなかった公立幼稚園を見学した。見学時に A 児の障がいの状況やパニックを起こすと裸にな
る事などを話した結果、個別対応が必要であるという理由で、幼稚園には入園することができず、障
がい児保育を実施している公立保育所に入所することになった。
− 87 −
また S 療育園には引き続き月 1 回、自閉症児療育センターには月 2 回遊戯療法を受けに通園する
ことになった。保育所への送迎は、4歳児の時と同じように両親と女性支援団体が行った。
入所最初、保育所給食を全く食べないので、お弁当を持参しての保育所生活であった。給食に慣れ
るよう保育者がいろいろ工夫した結果、夏頃には給食に出るごはんが大好きになりおかわりもするよ
うになった。排泄面は自立しておらず、着脱にはサポートが必要であった。皮膚感覚がとても敏感で、
服や布団を嫌がり、午睡は布団でなく「ござ」で寝ていた。パニックを起こすと服を脱いで裸になっ
てしまうので、そんな時は事務所に備え付けてあるベッドにカーテンをかけて中が見えないようにし
てその中で過ごした。
2 歳児クラスにあるキラキラ光るおもちゃやチェーリング(プラスチックの小さい輪で、繋いで遊
ぶ物)が好きで、よく 2 歳児クラスに行って遊んでいた。
7 月から始まったプール遊びでは、A 児の姿が大きく変化した。生後6か月からベビースイミング
に通い、毎年沖縄の海に遊びに行っていたためか、水遊びが大好きで保育所のプールで上手に泳ぎ、
プールから「あがりなさい!」と言っても全くあがらないという様子だった。幼児クラスの子ども達
は、A 児の様子を見て「凄いなあ!かっこいいな !」と憧れの目で見ていた。A 児は他のクラスがプー
ルに入っている時、クラスから離れていつまでもプールに入っていた。この頃から、クラスのみんな
と一緒に給食を食べるようになり、おかわりもするようになった。長時間プールを楽しむことが良い
疲れになったのか、午睡も 30 分ぐらいは眠るようになった。
保育所が、母親の A 児への対応で気になっていたことは、療育園においても同様であったのだが、
他児が怖がるほど A 児を叩いて母親の言うことを聞かせることであった。機会があれば早くやめる
ように伝えたいと思っていたが、一生懸命さや余裕のなさからなのか話し方がきつい日々の会話や連
絡時の母親には、なかなか話せずいた。プール活動以降、A 児がパニックを起こすことが少なくなり、
事務所よりクラスで過ごすことが多くなるなか、母親に笑顔が出てきた頃、「叩いて親の言うことを
聞かせることはやめてほしい。」と伝えることができた。
夏以降、クラスの居心地がよくなりクラスで過ごすことが多くなり、好きなクラスメイト(女の子)
ができ、その子の傍にいることが多くなった。運動会では、A 児の大好きなディズニーの曲に合わせて、
バルーン演技に挑戦した。他の子ども達とずっと一緒に参加することは出来なかったが、大好きなお
人形を持ってバルーンの中に入ったり出たりして、喜んで参加できた。両親はこの時の A 児の姿を
大変喜び、保育所職員との関係も深まり連携がうまくできるようになった。
保育所は、母親から「四国の保育所での、保育所行事は少しも良い思い出がなかった。」と常に聞
いていたので、運動会に向けては、練習風景をビデオに取って、事前に両親にその内容を説明していた。
大勢の人が集まり、日常とは違う雰囲気になる保育所行事では、A 児がパニックを起こしてしまい
参加できないことも考えて、A 児の普段の様子をビデオに撮り、行事に向かって取り組んでいる日々
の様子を意識して両親に伝えるようにしてきたことが良かったのかと思われる。
小学校就学に向けては、A 児が過ごしている療育園・女性支援団体・自閉症療育センターとこれ
から通う小学校・学童保育の代表者が集まって話をする場を保育所が中心になって作り、就学につな
げた。
⑤小学校入学後
小学校は両親の希望とおり地元小学校に就学し、支援学級に在籍するが、現学級において支援担当
の先生と一緒に過ごしている。また学童保育にも在籍し、保育所在籍時と同様に、S 療育園には月 1 回、
− 88 −
自閉症児療育センターには月 2 回通い、これらの機関への送迎は両親と女性支援団体が行っている。
保育所ではなかなか食べられなかった給食は、好き嫌いはあるが食べられるようになり、排泄面では
失敗することもあるが自分からトイレに行き、衣服についても時々脱ぐこともあるが問題なく過ごし
ている。学校へは徒歩での通学であり、身体を良く動かすからか睡眠についても良く眠れるように成
長した。
友だちや先生には、自分の思いを動作で伝え、鉛筆を持つ練習や50音の読みや数字のなぞり書き
をしているとのことだった。参観日に授業を静かに受けている A 児の姿を観て、保育所の職員は地
域のいろいろな機関が連携してサポートしていくことの重要性を実感している。
4.考察と今後の課題
本事例においては、四国から関西へと転居した障がい児に対して、地域によって支援のあり方が違
うことや、障がい児に対する関係機関の連携のあり方を、保護者から聞き取り子どもと保護者への支
援の方法を検討した。入所当初は、保護者を通しての聞き取りとなり、的確な連携支援を実施するこ
とが困難であったが、就学にむけて保護者、女性支援団体、学童保育、小学校との連携を図ったこと
は、就学後の本児や保護者の生活をスムーズにできたのではないかと考える。
ただ、保育所を中心に各機関とそれぞれに連絡調整、情報交換を実施していたことは評価できるが、
一方で、就学前に関係機関が一堂に会して話し合う場が一回のみであったことは、連携としては不十
分であり、今後の課題として挙げられる。もう一つの課題として、このような事例の場合に、どの機
関が中心となり連携し、他の機関同士の調整を行うのか、それをどのような方法で行うのかを検討す
ることも必要である。今回の事例では保育所が中心となったが、事例によって中心となる機関は異な
るだろう。
今後は、これらの課題を明確にしながら、障がい児を中心においた共通の効果的かつ具体的な連携
のあり方を探っていきたい。
*本論文は、日本保育学会第 67 回大会(2014 年 5 月、大阪総合保育大学)の発表原稿を大幅に加筆
修正したものである。なお、事例を公開する許可は得ているが、プライバシーを考慮してデータ
の一部を差し支えない範囲で変更した。
【参考文献】
堀智晴・橋本好市編著(2010)『障害児保育の理論と実践』ミネルヴァ書房
[1] 佐野ゆかり・川池智子・川名はつ子・雨宮由紀枝・米山宗久・旭洋一郎(2011)「障害をもつ幼 [2] 児と親へ向けての支援ネットワークに関する地域モデルの基礎的研究Ⅰ」
『山梨県立大学人間福祉学部紀要』第 6 号、33 〜 45 頁
山中京子(2003)「医療・保健・福祉領域における「連携」概念の検討と再構成」『社会問題研究』
[3] (大阪府立大学)第 53 巻第 1 号、1 〜 22 頁
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子どもの暮らしを預かる保育へ
―「すごす」・「めざす」主体としての子どもと保育者―
Toward the Early Childhood Care and Education in Which They Look After
Children’
s‘Kurashi(Daily Life)’.
:Children and Preschool Teachers Are the Subject Who‘Sugosu(Feel at Home)’
and‘Mezasu(Aim to Do Something).
恒川 直樹
Naoki TSUNEKAWA
‘Ho-iku(early childhood care and education)’is the Japanese word for preschool teachers’
work, and it contains‘care’and‘education’forming a harmonious whole. However, the word
does not have an appropriate counterpart for children’
s daily life in a preschool. Then we propose a
conception‘kurasu
(to live one’
s daily life)
’that contains‘sugosu
(to feel at home)
’and‘mezasu
(to
aim to do something)’as two sides of the same coin. And we reconsider‘ho-iku’as the work of
looking after children’
s‘kurashi’. Through a case study, it is illustrated that‘sugosu’underlies
‘mezasu’and that teachers’act of caring fill up a deficit of the former.
<キーワード>
保育、暮らし、「すごす・めざす」、預かる、事例研究
Key Word:early childhood care and education,daily life,to feel at home and to aim to do something,
to look after,case study
1. 子どもが主語/主体となる保育の概念化
(1) 「ほ」の感覚と「いく」の感覚
保育者は保育所や幼稚園などの場で「保育」する。では子どもは何をする、と言えるのだろうか。
保育者養成校の学生も抱く素朴なこの疑問は、一見すると些末な用語上の問題のようだが、実は保育
という営みの本質に関わる問題である。「保育」は保育者が主語となる語であり、文法上、子どもは
保育の「対象」の位置に置かれる。教師が「教育する」「教える」という言葉には、子どもが「学習
する」「学ぶ」という対になる語があり、日常語としても専門用語としても用いられている。「保育」
にはその対になる語がないのである。
一方で「子ども主体の保育」という概念は、理念上共有されながらも、理論や実践のなかではその
理解も実現も一筋縄ではいかない。倉橋惣三がかつて“子供の襟がみをつかまえて、お前は幼稚園へ
保育されに来たんだろう。さあ来い来たれ、保育してやるから覚悟しろと、あの大江山の鬼のような
ことは止めまして”1)と揶揄したような状況は、たとえ保育者や子ども自身にそのようなつもりや自
覚がなくとも、いまだに過去の笑い話とは言い切れない。
そのような中で紆余曲折を経て 2015 年度から導入される「子ども・子育て支援新制度」で、
「保育」
という語の制度的な用法が、「0 歳~ 2 歳児」(新制度の用語では「3 号認定」)または「長時間(8 時
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間~ 11 時間)利用の 3 歳~ 5 歳児」(同「2 号認定」)を対象としたものにほぼ限定される。新制度
の下での「保育」の語は、子どもの年齢と園滞在時間によって「必要性を認定」されるものとなり、
その必要に応じて子どもに「与えられる」ものであるかのようである。つまり「保育」は、幼稚園や
保育所、認定こども園の保育者の実践の営みを包括的に一語で表わすものではなくなり、
「教育・保育」
と一旦分断された上で併記されるような限定的な意味に切り下げられた。明治以来の保育者や保育研
究者たちが日本独自の概念として育んできた「保育」という語は、いまや死語となる危機に瀕してい
るといわねばならない。
この流れに一石を投じ、
「保育」という語を生かしながら、その唯一とも言える弱点を逆手にとって、
子どもが主語/主体となる概念として理論的、実践的に仕立て直すことに、意義が見出せるのではな
いだろうか。そう考えて、前稿で私は一つのテーゼを提出した 2)。
子どもが保育の場を生きることは、「ほ」と「いく」という両義的な感覚を心と体で味
わいながら暮らす(すごす・めざす)ことである。
このテーゼの前半は、「ほ(っ……)」と「いく(ぞ!!)」という語の語感や発声に伴う内臓−筋
肉的な感覚を活かしながら、主に肥後 3)の議論に依拠しつつ、前者を「Being の自信、根拠のない自信」、
後者を「Doing の自信、根拠のある自信」を象徴するものとして、子どもが主体として味わう身心の
感覚であると位置づけたものである(図 1)。「ほ」の感覚はなだらかで目立たないがその分崩れにく
く、その上に「いく」が成り立つことを可能にする基層である。上層に積み重なる「いく」の感覚は
自他ともに目に見えて評価されるが、失敗に伴い崩れやすくもあり、また基層に浸透してより厚みあ
る「ほ」を形作る。子どもたちが砂場で作る砂山をイメージすると、この関係が具象的に理解しやす
くなろう(詳細は前稿を参照)。
図 1 子どもが主語/主体となる「ほ・いく」概念
(2) 「すごす」と「めざす」
このテーゼの後半「暮らす(すごす・めざす)」の意味については、その議論を本稿へ持ち越した。
以下、引き続き肥後、倉橋の議論に依拠しながら、考えていきたい。
肥後は“Being は「安心できる場所や人の中で、そこに居るだけで(特に何かをしなくても)自分
の存在が認められ大切にされていることが身体で実感される」ことに支えられて”いるとする。そし
− 94 −
て“自分の生活を、自分が他者とともに生きている毎日を、回していける者としてすごす力”、“もっ
と生活を楽しむ力、円環的な時間と幸せに付き合う生活者としての生きる術”を子どもたちが「身に
つける」べきであるとし、そうした「生活者」の育ちを支えるのが Being の自信であると主張して
いる 4)。
また、倉橋惣三はこういう。“すなわち特に教育の場所である前に、子供自身の場所であるのが幼
稚園ではないでしょうか。しからば、どういうふうにその溜り場を作ってやるか、それには子供自身
が自分の生活を充実する工夫を自ら持っていることを信用して、それを発揮出来るようにこしらえて
おいてやりたいのです。すなわち、こちらの目的を子供に押しつけるに都合のいいように仕組むので
はなくして、子供が来て、ラクに、自分たちのものと感ずるようにしておいてやりたいのです。喜ぶ
ように、うれしがるように、あるいはことさらうれしくも楽しくも思わないほど、子供が自然な満足
を感ずるように、そういうように、心をつくしておいてやりたいのです。”5)(※下線強調は引用者に
よる)
これらの議論を私のテーゼに引き寄せてみれば、いずれも子どもが自身の(他者と共にある)「暮
らし」の主体であること、そしてその暮らしの基調はまずもって「ほ」の感覚と結びついたものであ
ることが示されている。暮らしのこの側面を肥後の用語に従って「すごす」と呼ぼう。倉橋が「こと
さらうれしくも楽しくも思わないほど」と強調するように、保育の場で「すごす」ことの第一義的な
意義は、子どもがそこをごく自然な自分の居場所として、
「ほ」の感覚を味わえる日常性にある。けっ
してテーマパークのアトラクションのような特別な非日常的環境が保育者から提供されることではな
い。
もちろんそうしたアトラクション的な要素が、保育の環境設定として、あるいは行事など特別な機
会を通じて得られることには、子どものワクワクする期待感やチャレンジしたい気持ちなど「いく」
の感覚を誘い引き出す重要な役割がある。しかし、その魅力は、日々繰り返され目立たぬ暮らしの営
みを「地」としてこそ「図」となって浮かび上がるものだろう(私たちはテーマパークで毎日暮らし
たいだろうか?)。また、必ずしもそうして特別に引き出されずとも、普段の暮らしの中で「ほ」の
感覚を十分味わいながら「すごし」ていれば、「せんせいみて!」という子どもたちのあの声が証す
通り、おのずと子どもは周囲のごく自然な環境の内にも魅力を見出し、「いくぞ!」と自分の力を試
し、新しい目標を創り出し挑もうとする。すなわち「ほ」の感覚を味わいながら「すごす」ことが保
障されているとき、子どもは自らの内的な促しに衝き動かされて、「いく」の感覚を味わい今の自分
を乗り越えていこうとするものである注 1)。暮らしのそうした側面を、これも肥後に従って「めざす」
と呼びたい。
(3) 「暮らし」と「生活」
これら「すごす」側面と「めざす」側面とが表裏をなして「暮らす」ことが仕立てられている、と
いう事情が、私の提示したテーゼの後半によってあらわされている。表裏といっても排反的な関係で
はなく、
「すごす」と「めざす」はメビウスの環のように相互移行的、循環的なイメージで捉えられる。
「すごす」の充実がいつしか「めざす」へと反転し、
「めざす」の充実は「すごす」へと反転する。けっ
して子どもの生活時間帯や活動の種類等によって「すごす」か「めざす」のどちらかに分類されるも
のではない注 2)。
例えば、同じ砂遊びでも、何を作るでもなくただ砂をいじりながらその感触に身をゆだねるときの
ように「ほ」の感覚を味わいながら「すごす」側面が優位な場合と、高く砂山を盛り上げることに挑
− 95 −
戦するときのように「いく」の感覚を味わいながら「めざす」側面が優位な場合とがある。この両者
は体験の過程で相互に移行しうるものであって、何の気なしに砂をいじっているうちに山が作りたく
なる、山作りに満足したりうまくいかず飽きたりすればただの砂いじりに戻りたくなる、という経験
は誰しもあるのではないだろうか。例示した「遊び」のみならず、暮らしのあらゆる場面はその表裏
として「すごす」と「めざす」の両面で仕立てられており、そのいずれかが折々に優位でありいわば
「表に出ている」に過ぎない。
ところで「暮らす」という語は、ここまで依拠してきた肥後は意図的な用語としては用いておら
ず、
(直線的な時間としての「学習」
「めざす」
「Doing」に対比された)円環的な時間としての「生活」
という語が、「すごす」「Being」と結びつけて用いられている。この趣旨には私も基本的に賛同した
上で、あえて「生活」ではなく「暮らす」「暮らし」を採りたい。
その理由はいくつかある。まず、有名な「生活を生活で生活へ」というスローガンが示す通り、
「生活」
の語は倉橋惣三の鍵概念でもあり、この場合「いく」の感覚、「めざす」側面、「Doing の自信」をも
含み込んだ包括的なものであろう。「生活」を「ほ」の感覚、「すごす」側面、「Being の自信」の側
のみに強く結びつけることは、その包括的な意味内容をやや狭めてしまう懸念がある。また保育所と
幼稚園、長時間と短時間、乳児と幼児といった対比から見ると、
「生活」「養護」重視と「学習」「教育」
重視という過度に単純化された図式を強化しかねない。最後に、「生活」は保育実践において食事や
排泄など「基本的生活習慣のしつけ」に関わるやや狭い文脈で使用されることも多く、自由感のある
「遊び」と対比されがちである。主にこうした理由から、私は「生活」の語を避け、
「暮らす(すごす・
めざす)」という形で定義しておくこととする注 3)。
ちなみに、
「暮らし」を鍵概念として用いた代表的な保育論として、大石・門脇らによるものがある
。
6)7)
これらは「能力発達」的な子ども観・保育観や、間接経験中心の遊びを重視する保育論に対するアン
チテーゼとして、「暮らしを楽しむ」ことを基軸に置き、「暮らしの直接経験を重視することが結果と
して遊びの充実にも繋がる」と主張している。また現代社会における子どもと大人の分断を乗り越え
て、子どもと大人が共にある様態として「暮らし」という視点を位置づけている。大石・門脇らの「暮
らし」の語は概念上の厳密な定義よりもむしろその日常語としての素朴な意味を活かしており、一方
本稿での「暮らし」概念はやや抽象度が高く限定的だが、そこからも大きな示唆を得ている。
ここまでの議論は全体の見取り図を大まかに示すにとどまる。以下、事例によってその実践におけ
る様相の一端を、「ほ」の感覚を基調とした「すごす」側面が保育の場で子どもにどう経験され、い
かに保育者の関わりによって支えられるのか、という観点から検討したい。
「いく」の感覚・
「めざす」側面は、その過程も結果も観察-記述の「図」となって浮かび上がりやすく、
また明示的に理解しやすいものでもある(それゆえ実践上もその意義が強調されがちである)。一方、
「ほ」の感覚は暮らしの「地」をなしており、「すごす」側面も文字通り「見過ごされ」がちな日々の
一コマのうちにある。したがって観察-記述の対象となりにくい。当たり前に呼吸しているときには
意識されない空気のようなものとも言えよう。その意義を明示的に議論するには、やはり無くなって
初めて気付く空気の価値と同じく、
「ほ」の感覚が一時的に欠けたり薄くなっている欠如態、そして「す
ごす」側面が危うくなった場面の様相を通して示すことが有効だと思われる。以下では、ある男の子
の事例からエピソード 2 編を通じて考察する。
− 96 −
2. 事例による検討
(1) 事例の背景と観察方法
事例のエピソード 1 と 2 は、既に別稿でそれぞれ独立に取り上げたものだが、同じ保育者と子ども
のペアの事例であり、本稿の主題に沿って総合的に考察し直すものである 8)9 )10)。
観察の場所は、滋賀県内の社会福祉法人立認可保育所である。事例に登場するAくんは、同園に乳
児期に入園し、卒園まで在籍した。4 歳児クラス、5 歳児クラス時のAくんの担任がD先生であり、
当時保育経験は 5 年に満たない若手の保育者であった。4 歳児クラス時には単独で、5 歳児クラス時
にはベテランのE先生(保育経験通算 14 年)との複数担任である。
事例採録の時点で私は同園で数年に渡り週 1 日か 2 日の定期的な関与観察を継続しており、この事
例を含む 2 年間の中心的な観察クラスは、Aくんが在籍するクラスであった。観察のスタイルとして
は、必要に応じて個別の援助面では保育者の補助的役割も取りつつ、基本的には子どもたちの側に身
を置いて、一緒に活動しながら朝 9 時頃から夕方の 6 時頃までの保育の場を共にした。関与ならびに
観察は特定の子どもに限定せず、折々に印象に残る場面について、可能であればポケットサイズのメ
モ帳に簡易なメモを取り、帰宅後にできる限り速やかにエピソードとして文章化した。
エピソード1:「おたふくかぜで 7 回休んだ」
(4 歳児クラス、6 月中旬、朝の登園時、保育室にて)
朝の登園時、私が保育室に入って一息ついたところへ、Aくん(4 歳 9 ヶ月)がお帳面(保護者と
保育者との個別の連絡帳)を手にしてやってくる。「今日どこ?」と言いながら私に向けて開けてみせ、
今日の登園のスタンプを押す箇所を尋ねているのだとわかった。ずいぶん見当違いのページを開いて
いて、「Aくんにしては……」と少し違和感を覚えるが、私が「6 月はなあ……」と答えかけたとこ
ろへ、横で見ていたBくんが「そんなとこちゃう!」「もっと前!」とAくんに教えようとする。そ
のやや強い調子に、Aくんの反応が気になったが、Aくんは反発を見せずにおとなしく教えてもらっ
て 6 月のページを開くことができ、改めて確かめるように私に見せてくれる。
肯きながらよく見てみると、先週一週間分のスタンプを押す欄がすべて空白である。先週の観察日
にも彼が欠席していたことを思い出して、なにげなく「あれ、一週間ずっとお休みしてたの?」とた
ずねると、Aくんは「ちがうわい!」とちょっと照れたようにつっぱって答える。私の聞き方がど
こか気に障ったのだろうかと、「あ、(スタンプ押すのを)忘れただけ?……(欄が)全部空いてる
し……」と慌てて言い繕うと、「7 回、ずっと休んでたんだ!」とまたも言い張るような調子である。
同じ意味の繰り返しに聞こえて一瞬不思議に感じたが、彼には「一週間」という表現がすっと入って
こなかったのかなと思う。7 日間も保育園を休むのは病気か家族旅行くらいのものだが、つっぱるA
くんは至って元気そうに見えた。「そう……、どっか行ってきたん?」と聞いてみると、「ちがうわ。
おうちでずっと遊んでたんだ!」と言い切る。旅行でなければ病気かと思うところだが、おうちで遊
んでいたと元気に言い切る姿に、欠席の理由がよくわからないで「ふーん……」と相槌を打つ私を残
して、彼はすたすたとお帳面にスタンプを押しに行ってしまった。
この様子を傍で見ていたCちゃんが「C、前、おたふく(かぜ)なったことある」と私の興味を引
くように話しかけてくる。
「そう。耳痛かった?」と応じて自分の耳下腺のところを押さえてみせると、
彼女は肯く。
私には唐突に聞こえたCちゃんの言葉だったが、一瞬の思案の後、Aくんの欠席理由もおたふくか
ぜだったのかもしれないと思い至り、ちょうどスタンプを押して戻ってきたAくんに、「Aくんもお
たふく?」と聞いてみると、彼は「熱あったんや!」とまたつっぱってみせる。けれども今度のそれ
は否定の調子ではなく、私は「そうかあ」とようやく事情を了解した。
それからすぐにAくんは担任のD先生(保育 3 年目)のところへ行って、しばらく何やら話して
いたが、ややあって戻ってきて、「見て」とお帳面を開いて私に突き出して見せる。開かれた 6 月の
− 97 −
ページには、先ほどまで空欄だった 1 週間分の欄を横切って一本の線が引いてあり、D先生の字で「お
たふくかぜ」と記してあった。私とのやり取りを受けて、D先生に(Aくんが頼んだのか、先生から
申し出たのか分からないが)書いてもらったのだろう。「あー、書いてもらったん。これでよく分か
るわ」と思わず笑いながら認めると、Aくんは満足した得意気な笑顔を見せてくれた。その様子をや
や離れたところからD先生も微笑みながら見守っていた。
<エピソード 1 の考察>
「お帳面(連絡帳)」は第一義的には保育者と保護者とが子どもについての情報を共有するツールで
ある。ただ面白いのは、それが子どもの頭越しに両者で直接やりとりされるのではなく、子ども自身
が中継に一役買うところではないだろうか。ある程度の年齢になると、このエピソードのように日々
の登園時に持参したカバンから出して、子どもが自らスタンプやシールを貼り、降園時に保育者から
返却してもらう、という手法をとる園は珍しくない。スタンプやシールは子どもが楽しみながらこの
ルーティンワークをこなすための保育の工夫だが、それらが一つずつ増えてカレンダーの欄が埋まっ
ていく様子は、子どもにとって日々の暮らしの連続性が目に見えて実感されるものでもある。そして
登降園時のこの一連の行為は、家庭から園へ、園から家庭へという暮らしの場の移行の区切りとなる
象徴的な意味もあるだろう。また保護者はお帳面から子どもの日中の様子を知り、保育者は家庭での
様子を知る。そうして共有された内容から、園や家庭での出来事について、保護者や保育者と子ども
の会話が生まれることもある。お帳面は「先生と親とが自分のことを見て書いてくれている」ものだ
という認識は子どもなりに持っている。その意味では子どもにとって家庭と保育の場との繋がり、す
なわち「すごす」側面の連続性を象徴するものであるとも考えられる。
そのような「お帳面にスタンプを押す行為」が、普段通りにこなせないAくんのすがたに、私は違
和感を覚えた。やや強い調子の言葉で教えてくれる仲良しの友だちとのやりとりでの頼りない感じも、
どこか普段のAくんとは違う印象だった。後に判明したように、事実、Aくんはその前日までおたふ
くかぜで 1 週間登園できなかったのであり、お帳面のカレンダー上もスタンプが途切れて空白が生じ
ていた。そのことが押す場所が分からなくなった直接の一因でもあるだろうが、この事態が孕む意味
は本稿の言葉遣いでは、乳児期からの彼の園での暮らし、特にその「すごす」側面にほころびが生じ
ていたのだと言うことができよう。
通い慣れた園の自分の保育室に足を踏み入れたとき、倉橋の言うように「ラクに、自分たちのもの
と感ずる」「ことさらうれしくも楽しくも思わないほど、子供が自然な満足を感ずる」。園生活の長い
Aくんにとっても、そのように「ほ」の感覚を味わいながら、
「いくぞ」と一日の園での暮らしのスター
トとなるスタンプ押しであったはずだ。しかしこのエピソードの場面では、久しぶりの登園の直後で
あって、Aくんには、保育室もお帳面も友だちも、いくらかその親密さが薄れたぎこちない相貌に映っ
たのではないか(これは何も幼児に限ったことではなく、より年長の児童や大人であってさえ、長期
の病欠後などの復帰時に感じることは珍しくない感覚だろう)。そして、手近にいた私を、スタンプ
を押す場所を教えてくれるだけでなく、損なわれた「ほ」の感覚を補ってくれる存在として頼りにき
たのだと思われる。
私はその事情とAくんの心持ちを察することができず、無遠慮に欠席の事実を指摘し理由を尋ねて
おり、それに対してAくんが理路整然と説明できないのも無理はない。ただ彼のたくましいところは、
その困った状況をなんとかしようと担任のD先生に頼って、お帳面の欠席部分の空欄を「おたふくか
ぜ」という字で埋めてもらったことである。比喩的に言えばAくんの「すごす」側面に生じたほころ
びを、D先生の対応が繕ったのである。D先生はAくんにとって普段から「ほ」の感覚を備給してく
− 98 −
れる第一の存在であり、だからこそAくんはこのちょっとした危機に自らD先生を頼りに行ける。そ
してお帳面の空欄とAくんの表情に、彼の「すごす」側面のほころびを見て取ることができることが、
D先生の保育者たる所以である。そうした先生との共同作業で「ほ」の感覚を満たされたAくんは、
その心強い象徴であるお帳面を、期待はずれな対応をした私に「いくぞ」と見せつけにやってきたと
言えよう。
エピソード 2:「おんぶする?」
(5 歳児クラス、5 月下旬、昼食後、遊戯室にて)
午後、30 分ほど鼓隊の練習があるが、Aくん(5 歳 8 ヶ月)は、腹痛を理由に座って一人見学し
ている。遊戯室への移動の際、担任のD先生(保育 4 年目)に訴えて「トイレ行ってくる?」と応
じられたAくんが「もう出ぇへん」と軽く口をとがらせていたから、しばらくそうして様子を見るこ
とになっていたようだ。
最初のうちは少し楽な様子だったので私も遠目に見ていたが、次第にかなりしんどそうに見えてき
て、傍へ座って話しかける。Aくんは正座した状態から前へ体を折り曲げ、額を床につける格好でお
腹を押さえていて、痛みに合わせてか体を頻繁に動かす。しかし状態を尋ねてみても返事は曖昧で、
私はただ背中をさすり続ける。D先生も気にして、「痛い?お熱測る?」などと心配そうに声をかけ
るが、Aくんははっきり応えず、先生は後ろ髪引かれるようにしながらも、練習に戻る。その後も痛
みの波があるのか、辛そうにしたり楽そうになったりするAくんに、私は寄り添っていた。
練習終了後、他の子どもたちが保育室へ戻っていくなか、すぐにD先生と、同じく担任のE先生(保
育経験通算 14 年)とが様子を確かめに来る。真剣な表情でAくんの顔をのぞき込みながら優しく声
をかけ、気分を聞いていたE先生だったが、しばらくして顔をあげて、「……なんかうれしそうな顔
するのはなぜ?」と少し笑いを含んだ声で言う。それを受けてD先生も頷き、「給食のおかずが嫌い
なんかなと思ったんですけど」と心配と安堵の入り混じった表情で言う。私にはAくんの表情は見え
なかったが、「かまってほしいんかな?」というE先生の言葉に、まさに「かまって」いた自分の姿
が思い出され、「まあそれはそれでいいねんけど」と苦笑いすると、先生方も笑いを洩らす。
その後、それまでのAくんの様子を話し合って(給食のときから腹痛を訴えていたが、その後正常
な便が大量に出て、その後は便意はないとのこと)、E先生がAくんを立たせて痛む箇所を尋ねるな
どする。そうするうちにAくんが少し楽な感じに落ち着いてきて、E先生はその場を離れ、D先生が
後を引き受ける。
D先生は「今日は手作りおやつやけど、食べられそう?」とAくんの気持ちを乗せていこうとしつつ、
優しく立たせて手を繋ぎ、お部屋行こうかと誘いかけた。先ほどよりだいぶ回復したようだが、まだ
体を若干前に屈めるようにするAくんに、一旦立ち上がったD先生はごく自然に「おんぶするか?」
としゃがんで背中を差し出す。するとAくんは明らかに照れて目を伏せ身をよじって、おぶさろうと
はしなかった。その様子がほほえましく、「さすがにそれは恥ずかしいんか」と私が笑うと、D先生
も軽く笑ってAくんの手をとって歩き出す。それでもどこか嬉しそうなAくんの様子に、私は「そう
いえばAくんはあんまりおんぶとかしたことないなあ」とふと洩らす。D先生も笑って応じつつ、二
人はそのまま保育室まで手を繋いで歩いていった。ほのぼのとしたその後ろ姿を見ながら私も戻る。
その後、おやつが始まるまでは椅子に座ってまだ少し浮かない表情のAくんだったが、そのうち同
じテーブルの友達の楽しげな雰囲気に乗せられて、笑顔が戻ってくる。結局牛乳だけはD先生の判断
でやめておいたが、手作りお好み焼きは普通に食べきり、食べ終えてしばらくする頃にはもうすっか
り元気になっていた。
<エピソード 2 の考察>
エピソード1から約 1 年後、同じAくんが 5 歳児クラスに(クラス替えを伴って)進級し、D先生
は 2 つある 5 歳児クラスの内、Aくんのクラスの担任として持ち上がっている。ベテランのE先生と
の複数担任である。進級という誇らしいステップアップは子どもの暮らしの「めざす」側面を代表す
− 99 −
るものでもあるが、一方でそれに伴う環境変化は「すごす」側面を危うくすることもある。保育者に
とっては、はりきった子どもの「いく」の感覚を積極的に認めつつも、その土台となる「ほ」の感覚
が十分味わえるような配慮も必要だろう。
子どもの体調は保育者にとって何を措いても配慮すべき基本的な事項だが、これほど微妙な判断を
問われる問題もない。Aくんの「腹痛」の原因を保育者が特定することは困難であり、たとえできた
としても医者のように薬を処方して治療できるわけではない。
そもそも腹痛という症状は、純粋に身体的な原因で生じるだけでなく、不安や緊張といった気分の
変調に伴っても生じるものである。特に、多少なりともチャレンジングな、うまくいくか確実でない
行為に取りかかる際、失敗するイメージなどにとらわれてしまうと、そうした心身相関的な「腹痛」
に見舞われることは、多くの人に経験があることだろう。適度な緊張は「めざす」側面で「いく」の
感覚を味わう際に必要な刺激だが、
「すごす」側面での「ほ」の感覚によってほどよく緩和されなければ、
刺激を通り越して痛みとなる。つまり、腹痛は「ほ」の感覚と「いく」の感覚のバランスが危うくなっ
ているサインと見ることができる。
このときのAくんも、D先生が言うように「給食のおかずが嫌い」だったのかもしれず、しかし正
常な排便が大量にあったことから便秘気味だったのかもしれず、それらがまだ彼の身心に尾を引いて
いるのかもしれず、また鼓隊の練習という「めざす」側面が強い活動に気持ちが向かわなかったのか
もしれない。それら多様な可能性を思い浮かべつつ、そしておそらくどれもが入り混じっての「腹痛」
と受け止めながら、保育者にとって必要なのは、Aくんの「腹痛」が治まり、彼が気持ちを持ち直し
ていけるように見守り、関わることである。
特段の役割を担っていない観察者であった私は、おろおろした頼りなさは否めないものの、Aくん
に寄り添って背中に「手当て」をし、続いてD先生やE先生も原因を推測しながらも、2 人でAくん
を「かまって」いる。やや心配するニュアンスが強い若手のD先生と対照的に、E先生がベテランら
しいゆとりでAくんの「うれしそうな顔」に気付いたように、このときAくんにとってはそうして「か
まってもらう」ことこそが、
「腹痛」という形で表れた「ほ」の感覚の危うさを結果的に癒すものだっ
たのではないか。
エピソードの終盤の「おんぶするか」というD先生の申し出も、そうした流れのなかで理解できよ
う。この申し出は(しばしば大人が子どもにするように)「おんぶなんて恥ずかしいやろ。ちゃんと
自分で立って歩きなさい」という反語的な裏のメッセージが込められたものではなかった。D先生に
後で聞いたところではほとんど何も考えずに背中を差し出した、とのことだったが、傍で見ていた私
には、手を繋いで歩き出しかけたD先生が、Aくんの僅かなしぐさから彼の「ほ」の感覚の危うさを
身体で感じ取り、感じた身体がごく自然におんぶを誘う姿勢になったように思われた。考えてみれば、
おんぶは大人の背中と子どものおなかが密着する。このときのおんぶは文字通り「背中によるおなか
への手当て」だったと言えよう。
「さすがにそれは恥ずかしいんか」という私の一言は、今見れば余計な口出しなのだが、弁解めく
ことをあえて言うと、おんぶを否定的に捉えての言葉ではなく、Aくんの身体をくねらせた嬉しくも
恥ずかしげな表情をほほえましく受け止めて思わず発した、肯定的なニュアンスを込めた言葉では
あった。
ともあれAくんは、実際にはおんぶをしてもらうことなく、D先生と手を繋ぎながら自らの足で歩
き出す。彼にとってはそれだけで十分に「ほ」の感覚が満たされ、「いくぞ」と気持ちを持ち直して
自ら歩くことを選び取ったと言えるのではないだろうか。「いく」の感覚は根源的にはこのようにし
− 100 −
て主体である子どもに芽生えるものであり、ほめたり叱ったり手を引いたり背中を押したりして「引
き出す」のは、それも時に重要ではあるがあくまでも二次的な技術だとわきまえておく必要があろう。
「すごす」の充実に支えられて今の自分を乗り越えようと「めざす」のは子どもであり、
「めざさせる」
という言葉はいかにも語義矛盾である。
3. 「暮らしを預かる保育」へ
(1) 「すごす」と「めざす」の循環
エピソード 1 と 2 はいずれも一人の子どもの保育の場での暮らしにおいて「すごす」側面にほころ
びが生じて危うくなったときに、保育者の関わりのもとで「ほ」の感覚を味わうことで、自分を持ち
直して「いく」の感覚を伴った「めざす」側面が表に出てくる、という流れで要約することができる。
このように「すごす」側面が充実したとき、十分な熱量を得た水が沸騰する時のように、ふつふつと
「めざす」側面が底から泡立ち始める。そして、本稿では事例的には示せなかったが、「めざす」とい
う上昇水流が対流して基層の「すごす」をより充実させる、という次の段階も想定できるだろう。す
なわち、「すごす」→「めざす」→「すごす」……という循環が子どもの暮らしにおいて成り立つの
であり、また成り立っていくように援助するのが「保育」という営みである。
保育者の関わりとして見れば、「すごす」側面を支えるのが「養護の働き」であり、「めざす」側面
を支えるのが「教育の働き」である、と対応させることが出来よう。してみると「養護」と「教育」
の一体的な営みが「保育」である、という従来の理解と何ら変わるものではないのかもしれない。し
かし、「一体」であるといいながらも、従来その一体性は「足し算」的な理解にとどまっていたので
はないだろうか。
例えば、小田はかつての先駆的な幼保一体化施設がうまくいかなかった要因の一つとして、このよ
うな例を挙げている。“公立の多聞台では保育所のすぐ隣に幼稚園を建てて、午前中は全員がそちら
で過ごすことにしました。そして午後は家庭に帰る子どももいれば、保育所の方に移動して過ごす子
どもも、という形で一日をデザインしてきました。そこで、当時の保母さんと幼稚園の教諭との間に
対立が生まれ、「同じように働いているのに、なぜ幼稚園の先生だけが午前中の活発な時間の教育に
携わることができるのですか。なぜ私たちに午後だけを担当させるのか」という声が出てきたりもし
たようです。”11)
このような声は昨今の預かり保育や認定こども園での長時間保育、そして新制度での 1 号認定と 2
号認定の混在保育においても、担当を時間帯で分担する仕組みの下ではおそらく聞かれ得るものだろ
う。そこに幼保一体化における保育者側の二重構造という矛盾が表れており、保育士と幼稚園教諭の
職種の断層から発せられる率直な声であることは了解できる。
しかし一方で、小田が紹介する保母の訴えには、何かひっかかるものを感じる。というのも、「午
前中の活発な時間の教育」と「午後(の活発でない時間の保育ないし養護)」という対立構造で子ど
もの暮らしを二分して捉えているからだ。これは「教育」と「保育」を分断した捉え方であり、その
限りにおいて新制度での「教育」と「保育」の言葉遣いとも地続きである。保育は「養護と教育」の
一体的営みだと言いながら、午前が「教育」で午後が「養護」と分断し、また乳児は「養護」で幼児
は「教育」と分断するのでは、保育とは「養護」と「教育」という独立項の単純な足し算、寄せ集め
になってしまう。そうではなく本来は、鯨岡の指摘する通り、“養護と教育は保育者の育てる営み全
体に浸透している働きである”12)。本稿の概念をそこに重ねれば、そうした保育者の育てる営みに支
えられながら、「すごす」側面と「めざす」側面とが互いに裏打ちし合って子どもの暮らし全体を織
− 101 −
り成しているのである。
(2) 子どもの暮らしを預かる
私は別稿で保育をめぐる言説において「預かる」という語がアンビヴァレントな扱いを受けてきた
ことを指摘した 13)。「預かる」の対象を「子ども」とすると、確かに保育の量的拡充先行の時代の風
潮では「子どもを荷物のように預かる」という比喩につながりかねない。この十数年で急速に普及し
た「預かり保育」において、この呼称に幼稚園関係者が抱く印象は一般にネガティブであり、「ホー
ムクラス」などの別の名称を付ける園がほとんどであった 14)。
一方で、保育は「子どもの命を預かる」という重い責任を負う仕事なのだというポジティブな文脈で、
「預かる」という言葉が使われることも多い。職業倫理としての保育者の責任の重さはその通りであっ
て、いくら強調しすぎてもしすぎることはない。ただし、「子どもの命を預かる」という言い回しは、
現代の子どもを取り巻く社会状況の中ではどういう意味を持つことになるだろうか。少子化が進み、
保護者も含め地域社会全体が良くも悪しくも「子ども慣れ」しておらず、子どもにかける期待(裏を
返せば「人材」としての子どもの対象化)が相対的に強まっている。そして災害や犯罪報道の影響もあっ
ていわゆる体感治安が悪化し、「安全・安心」が社会の絶対善的スローガンとなっている。そのよう
な中では、
「命を預かる」という言葉は、
「保育者は子どもにケガもケンカもさせずに保護者に引き渡す」
という無瑕疵を保証・要求するニュアンスを、期せずして過剰に強く帯びることにも繋がるだろう。
しかし、子どものケガやケンカ、つまり子どもが傷つく可能性があることを完全に防ぐことは可能
だろうか、あるいは可能だとしてそれはめざすべき、子どもの育ちに繋がる目標だろうか。ウィニコッ
トは言う。“安全は良いことであるという考えが極端になりますと、刑務所は成長するのに最適の場
所である、ということにもなりかねないのです”15)。結局のところ、これは「子どもを荷物のように
預かる」という比喩と同じ結果に行き着いてしまう。暮らす主体としての子どもが背景化し、預から
れる客体としての子どもが前景化するのだ。
こうしたねじれを乗り越えるには、預かる対象は「子ども」ではなく「子どもの暮らし」なのだと
定義することが有効ではないだろうか。あくまでも「暮らす(すごす・めざす)」主体は子どもである。
そして、保育者は「子どもが主体として暮らす」ことを、保育という営みを通して、保育の場で責任
を持って預かるのである。多くの保育の場では子どもたちの集団の単位として「クラス」が編成され、
クラス毎の保育室が備わっているが、この語をもじって「暮らす場としてのクラス」という言い方も
できよう。ここで、十分な議論を尽くす紙幅が残っていないのは承知の上で、ひとまず新しいテーゼ
を提出しておきたい。
保育者が保育することは、「すごす・めざす」からなる子どもの暮らしを預かり、子ど
もと共に「ほ」と「いく」を味わいながら暮らすことである。
このテーゼは、冒頭の「子ども」の側から措定したテーゼを保育者の側から措定し直したものである。
ここにおいても「預かる」という言葉は両義的である。保育の場そして保育者という存在が子どもに
とって持つ意味は、「家庭・保護者のもとで得られる保護や経験が欠けた状態を補う」という最低限
の意義に加えて、「家庭・保護者のもとでは得がたい経験を保障する」という積極的な意義をも含む。
そして、保育が一般に長期間化、長時間化し、一方で家庭や地域の子育て環境からゆとりが失われて
いる現在、保育の場での暮らしは、時間上も意義上も子どもの暮らし全体の非常に大きな部分を占め
ており、それを「預かる」保育者が負う責任はけっして軽くはなく、むしろ重大さと困難さを増すば
− 102 −
かりである。
そうであってもなお、通常の保育の場は、子どもにとって「行く」「通う」ところであり、家庭(な
いし家庭に代わる施設等)が「帰る」「本拠地」である。どれだけ長期間、長時間、保育の場で過ご
す子どもであっても、あるいはそうであるほどなおさら、子どもの家庭や地域での暮らしを尊重し、
それが充実することをも願うのが保育者という存在だろう。子育て支援という理念の下での保育の長
時間化にどこか引き裂かれる感覚を覚えつつも、その営みが現実に保護者と子どもの関係の安定と充
実へ繋がることを信じて、日々の保育は行われている。したがって「預かる」という言葉に含まれる「仮
の」というニュアンスには、むしろ保育の職業倫理から本質的に発する積極的な意味を汲み取ること
ができるのではないか。
すなわち「預かる」という語の両義性は、子どもの暮らし、極限的には文字通り生命までも預かる
保育者の責任の重さへの自覚と同時に、保育の場は子どもの暮らしの重要な、しかしあくまでもその
「部分」としてあり、暮らしの全体を管理・支配するものではないという自覚とも繋がるものである。
保育という営みは、保育の場において子どもの暮らしの重要な部分を預かることを通じて、子どもの
暮らし全体を支えるのである。
そして、保育者にとって「保育」という職業的営みは、保育者自身の「暮らし」の重要な部分でもある。
一個人としての「ワーク・ライフ・バランス」は本来いわずもがなのことである(が、この実現が難
しいのも保育者のおかれた現実である)。しかしそれ以上に保育という「ワーク」自体が、保育者自
身の「ほ」と「いく」の感覚、仕事上の「すごす」と「めざす」の側面のバランスが取れた中で営ま
れてこそ、子どもの暮らしを養護と教育の両面から支えるものになりうるのではないか。保育者は自
分自身と切り離された「教材」を教えるのではない。他のどのような「先生」にもまして、様々な人
や物、場面と関わる自分のすがたやふるまいを「教材として」子どもの前に差し出す存在である。こ
のテーゼについては稿を改め、保育者の専門性とは、一個人、一職業人として「暮らす(すごす・め
ざす)」ことを通して発揮されるのだと示したい。
注
(注 1)逆に「ほ……」と「すごす」が保障されていないとき、いくら魅力的な環境があり強く促さ
れても「いくぞ」と「めざす」気になれないのは、当然である。にもかかわらず私たちは、
この順序をひっくり返して子どもにがんばらせ、しかる後に休ませようとしがちでもある。
(注 2)後述するように、このような理解の仕方は、新制度の下で短時間児と長時間児が混在する保
育が一般化していく中で、避けるべき誤解である。
(注 3)この和語は「暮らす」という動詞と名詞化した「暮らし」が一対であり、「生活(する)」の
やや固い語感と比べると、保育の場での子どもの営みを表わすのにふさわしく思う。
引用文献
(1)倉橋惣三(1953)幼稚園真蹄.(引用は津守真・森上史朗編(2008)倉橋惣三文庫①幼稚園真蹄.
フレーベル館.p.29)
(2)恒川直樹(2014)「保育-幼児教育」のもう一方の主語/主体は誰か?―子どもが主語/主体と
なる「ほ・いく」の概念化の試み―.常磐会短期大学紀要, 第 42号.pp.57-70
(3)肥後功一(2011)育ち合うことの心理臨床―親と子の心を支える保育実践のために―.同成社.
(4)同上.pp.133-139
− 103 −
(5)前掲(1).p.26
(6)大石益男・門脇弌子・島根県保母会編著(1992)子どもとつくる暮らしと教育.明治図書
(7)大石益男・門脇弌子編著(1997)幼児の暮らしと発達援助.明治図書
(8)恒川直樹(2004)保育の流れに生じるほころびから見えるもの―関与的観察による「お帳面」
をめぐる一事例から―.日本保育学会第 57 回大会発表論文集.pp.866-867
(9)恒川直樹(2005)<保育者-子ども>関係における手探りと手応え―「おなかが痛い」という
訴えをめぐる一事例から―.日本保育学会第 57 回大会発表論文集,pp.866-867
(10)恒川直樹(2007)保育における<ゆとり>と<あそび>―目に見えない価値へのまなざし―.
常磐会学園乳幼児教育研究会研究会誌.26.pp.50-59
(11)小田豊(2014)幼保一体化の変遷.北大路書房.p.19
(12)鯨岡峻(2010)保育・主体として育てる営み.ミネルヴァ書房.p.72
(13)恒川直樹(2013)子どもにとっての「預かり保育」―「幼児教育/保育」と問い直す契機とし
ての用語考―.常磐会短期大学紀要,41.pp.69-88
(14)恒川直樹(2013)「預かり保育」の多様なありよう―園独自の呼称に着目して―.日本保育学会
第 66 回大会発表要旨集.p.875
(15)Winnicott,D.W.(1984).子どもと家庭.(牛島定信,監訳).東京:誠信書房.P.37(Winnicott,
D.W.(1965)The Family and Individual Development.London:Tavistock Publications.)
− 104 −
保育者の社会的地位についての一考察
―保育者養成校の学生が考えるキャリアデザインから―
A study of social status of child minder
林 静香 高橋 一夫
Shizuka HAYASHI Kazuo TAKAHASHI
In late years various measures are proposed to improve Japanese economic conditions radically.
A policy to utilize womanpower in one plan is thought about. For the social advance of the woman,
the support system of enough child care is necessary. And it becomes important that the school for
training of nursery teachers serve the annual number of graduates. In this study, we investigated
to students of the school for training of nursery teachers to contribute to a career education. As a
result, students worry about the future after entrance to school. And it affects the life plan.
Key Word: the school for training of nursery teachers, career design, life plan
日本の経済状況を抜本的に改善するために、様々な施策が打ち出されているが、そのひとつに女性
の労働力を活用する方策が考えられている。女性の社会進出を後押しするためにも、十分な子育ての
支援体制が必要となるが、そこには保育者養成校における保育者の輩出が重要な要素として存在して
いる。資質の高い保育者を求める社会の要請に答えるためにも、保育者養成校ではキャリア教育の在
り方を模索している。本研究では、保育者養成校におけるキャリア教育に必要な視点を明確に捉える
ために、保育者を目指す学生の保育者観について調査を実施した。その結果、保育者養成校の初年次
学生は、入学前に抱いていた保育者像と、入学後に知った保育職の現実の間で葛藤状態にあり、その
状態がライフプランにも影響を与えていることがわかった。
<キーワード> 保育者養成、キャリア教育、ライフプラン
1. はじめに
近年、日本の経済状況を抜本的に改善するための政策が急速に進められている。経済状況の改善を
目標としたプランの一つに「女性活躍推進法案」がある。本法案は、「女性の社会進出」が大きく掲
げられた内容で、育児に専念している女性の社会雇用を積極的にすすめていくために提案された背景
がある(1)。この法案を成立させるために、平成 26 年1月に内閣府が主催した産業競争力会議が実施
され、成長戦略には「働く人と企業にとって世界トップレベルの活動しやすい環境の実現」が必要で
あり、全員参加社会の実現のための「働き方」の改革を進めると記されている。
その改革のひとつに、我が国の最大の潜在能力と言われる女性の労働力を最大限に活用することが
挙げられている。具体的には、役員・管理職への登用の目標設定の奨励などを行ったり、男女共同参
画社会に取り組む企業を評価したり、女性の社会参加によって政策目的達成への貢献が期待される企
業を対象に補助金の提供など数々の政策が提案されている。 さらに、男女ともにキャリアアップが図れる社会をつくる観点から、性別を問わずに育休制度が利
− 105 −
用できる社会を支える代替職員の確保など、企業コストの負担軽減や柔軟な労働時間の規制の在り方
などの措置も検討されている。
各施策において労働力が注目される背景には、少子高齢化が進み、今後さらに労働人口の減少が続
く日本社会の現状がある。経済成長の衰退を招きかねない労働人口の減少を阻止するためにも、労働
が可能な成人を1人でも多く確保したいという政府の姿勢が窺える。
確かに、労働人口の確保のために、女性の労働力に注目する意義は大きいといえる。しかし、当然
ながら育児中の女性は「母親」という役目があり、子どもの育ちを十分に支えなければならない。し
たがって、親の子育てを支援する仕組み、具体的には、安心して子どもを託せる保育施設の整備が、
喫緊の課題であるといえる。 2. 保育施設の整備状況
政府は、平成 27(2015)年 4 月からの「子ども・子育て新支援制度」の開始に先駆けて、緊急集
中対策として女性の活躍のためには社会的インフラである保育所の整備を目的とした「待機児童解消
加速化プラン」を各自治体に提案している(2)。その概要は、平成 25 年(2013)から平成 27 年(2015)
の 2 年間で 20 万人の待機児童の解消、平成 29(2017)年度末までの 5 年で 40 万人の保育定員を拡
大し待機児童を解消するといった内容である。
具体的な施策としては、待機児童を解消するために努力する地方自治体に対して①賃貸方式や国有
地も活用した保育所整備②保育の量拡大を支える保育士確保、③小規模保育事業など新制度の先取り
④認可を目指す認可外保育施設への支援⑤事業所内保育施設への支援に対する所要の財源の検討を講
じるとしている。このプランへの参加自治体に対する内閣府の集計結果によると、待機児童の解消の
兆しも見えてきたとしている。
しかし、潜在的需要の推計では予想をはるかに超え待機児童が 85 万人も存在し、40 万人分の受け
皿を用意しても、解消には至らない状態である。また、子どもが減少しつつある地域の保育にも目を
向け、その地域に適した保育ニーズにも対応する施策も組み込まれることから、さらなる保育者の確
保がのぞまれる。この流れをうけて、労働環境の整備のために保育士資格所有者の増加や「准保育士」
といった新たな資格の作成が提案され検討され始めている。
さらに、子どもの教育環境の改善についても動き出している。政府は、質の高い幼児期の学校教育
と保育を総合的に提供するため、子育て支援機能の充実や向上、5歳児保育の無償化(小学校入学時
の子どもの適応能力の安定を目的とする)、幼保一元化の実現の実践施設「認定こども園」の増設な
ども進める(3)。
以上から、保育者は労働者としても、また、専門的知識を兼ね備えた指導者としても社会から求め
られていることがわかる。しかし、保育者の人手不足が慢性化している問題は解消されるのであろう
か。
3. 保育者の輩出をめぐる状況
厚生労働者の調査によると、平成 21 年現在で 954,120 人もの資格保有者が、保育士として登録さ
れている。加えて、毎年、保育者養成校にて 4 万人もの保育者が誕生しており、保育士試験にて合格
し資格登録にいたる者も 4,000 人近く存在する。これだけの多くの資格保有者が輩出されている存在
するにも関わらず、保育者の人員不足が慢性化している。
平成 23 年度厚生労働省委託事業「保育士の再就職支援に関する報告書」によると、首都圏も含む
− 106 −
全国の 130 自治体を対象に保育士の状況について調査した結果、保育士の確保について『充足してい
る』と回答したのは、全体の 20%にすぎず、大半の自治体が『不足している』と回答した。
また、保育者養成校を卒業した新卒者で保育所に就職する学生は約 50%、幼稚園が 21%、残りは
一般事務など保育職以外に就職している。つまり、毎年少なくとも 8,000 人の入職しない新規資格保
有者が存在していることになる。 一方で、保育の量的拡大に伴い、平成 29 年に必要となる保育者数は 46 万人とされている。この数
は、平成 20 年の必要保育者数の 13 万人増という規模であるため、現在以上に保育者の確保が困難に
なると予想される。
保育者の確保が困難である原因には、様々な要因が考えられるが、例えば、一人ひとりの勤続年数
の短さ、つまり、早期離職の高さが大きく影響しているのではないかと想定できる。よって、保育者
資格を保有しているにも関わらず、再就職も含めて保育現場で仕事をしていない者が非常に多く、
「潜
在保育士」が全国で 60 万人存在している(4)。
以上から、保育者の社会的ニーズが高まっているにも関わらず、現状でも必要な人材が充足してい
ない。仮に、人手不足解消のために保育者養成校が資格保有者を一時的に増加させたとしても、保育
現場で継続して勤務する者が増えなければ、保育者の人材不足を抜本的に解決できない。
このような状況を打開するためには、どのような施策が必要であろうか。一点目は、保育者の社会
的地位の向上である。社会全体で保育者の職業を正しく理解し、勤務体制を改善していくことで、
「多
忙」「重労働」といった職業イメージが先行する風潮にも歯止めが掛かるのではないだろうか。保育
者の社会的地位の改善に関しては、NPO団体などが中心に研修活動や支援体制を整えつつある。
二点目は、保育者養成校が現場で活躍できる資質と能力を持った保育者の輩出において、これまで
以上に責任を負うということである。新任保育者の早期離職が保育者不足の要因になっていると考え
るのであれば、保育者養成校において、専門職である保育者に適したキャリアデザインの構築につい
ての議論が必要不可欠となる。本研究では、二点目を中心に検討をおこなっていく。
4. 保育者養成に関わるキャリア教育
現在、保育者養成におけるキャリア教育についての研究が進んでいる。これらの先行研究の流れを
大きく捉えるとすれば、“保育職を目指す学生の理解”という視点と、“保育職に対する正しい理解を
促す指導”という視点からの研究に分けることができる。まず「保育職を目指す学生の理解」という
視点でおこなわれた先行研究を概観する。
4-1. 保育職を目指す学生の特徴
保育者養成校に入学する学生の多くは、幼い頃から保育職に憧れを抱いていることが多い。ベネッ
セコーポレーション・教育開発センターの「第2回 子ども生活実態調査」
(2009)によると、保育者(幼
稚園教諭・保育士)は小学生から高校生までの女子の憧れの職業として認知されていることがわかる(5)。
それでは、保育者に対する憧れは、実際の保育職に対する十分な理解があった上でのものなのだろ
うか。永盛(2013)は、保育者志望の高校生を対象に、保育職への理解度を調査しているが、多くの
高校生は「子どもが好きだから、子どもに関わる仕事がしたい」といった動機のみで保育職を希望し
ている実態があきらかにされている。つまり、書類作成や指導計画の作成などの直接的には子どもと
関わらない職務などがあることを認識していないことが多い(6)。
これは、保育者養成校の新卒保育者が陥ることが多いとされる、保育職に対する理想と現実の乖離
− 107 −
の問題とも関わる可能性がある。田中・仲野(2009)によると、保育者の早期離職の原因の一つに、
入職時のリアリティ・ショック、つまり「理想」と「現実」の差をあげている(7)。幼い頃から理想と
し、築き上げてきた保育者観(素朴概念)と、社会から求められる保育者観(科学的概念)の両者に
大きな乖離を感じ、「こんなはずではなかった」と志半ばで退職してしまっている可能性が高いとい
うことになる。
さらに、保育者養成校で学ぶなかでも、学生達が葛藤していることが理解できる先行研究がある。
天野(1994)は、保育者を目指す学生たちの総合理解の一研究として、2年制の養成校の1回生を対
象に、保育者イメージと自己イメージに関する調査を実施している(8)。
保育職に就くことを希望している学生の保育職のイメージは、①心身共に健康、②しっかりとした
教育観、③女性らしい仕事、を挙げている。これに対し、保育職に就くことを希望しない学生の回答
は、①心身共に健康、対人関係が難しい、②しっかりとした教育観、重要な職業だが社会的に認めら
れていない、③高度な専門的技術が要求される、が挙がっている。
この結果から、保育職に就きたくない学生の特徴として、保育者の責務を理解しつつも、自分自身
がその責務を全うすることに大きな不安を感じていることがわかる。天野によると、学生時代には保
育職に就く不安だけでなく、様々な愁訴も重なっており、学生2人に1人が精神的な不安定状態にあ
ると指摘している。
4-2. 実習が学生に与える影響
また、保育者養成校で経験する実習を看過することはできない。実習は学生の立場でありながら、
実践的な職務を経験できることから、キャリア形成にも大きく影響しているといえる。当然ながら、
実習で得られる学びは、保育者養成校における講義だけでは獲得することが難しい実践知を習得できる。
しかし、吉村・岡野(2010)は、実習が学生に与える影響が大きく、場合によっては進路選択の変
化を生じさせる可能性があることを指摘している(9)。実習を経験すること利点として、三木・桜井
(1998)は、「保育者の効力感を高める」ことを挙げている。ただ、効力感が高まる場合は、入学前よ
り保育職に対する希望が強く、保育者養成校での学びにも適応しており、実習先の保育方針と学生の
保育に対する考えが合致した時が多いとしている(10)。
その一方で、実習が保育者効力感を低下させる契機になることもあると指摘している。実習におい
て、保育活動に対する責任が求められるようになると、自身の未熟さを痛感することになり「保育職
に向いていない」「楽しくない」といった意識が強くなる。したがって、実習は保育職への入職意識
を促進・阻害する双方の力を持っているといえる。
4-3. 保育者養成校での学びが与える影響
当然ながら、保育者養成校での専門知識の獲得も、保育職に就くうえで大きな影響を与えている。
社団法人国立大学協会の報告書では、キャリア教育における4つの具体的目標として、①社会や職業
社会への「移行期」にあたり、自ら将来・人生をおおまかに、しかし、しっかりと設計できること、
②職業生活の中で自分が何を実現しようとしているのか、職業に対してどういう意味付けをするのか、
③自分はどの道を進むのか、④何をなすべきなのか、の4点を掲げている(11)。
専門的知識の獲得は、「自分自身はどのような保育者でありたいのか」というキャリアデザインを
明確に描けるように支援することにも繋がる。講義を通じて、「保育者とは何か」「保育者として働く
ならば」を考え、保育職を具体的に理解することが可能である。これは、入職後のリアリティ・ショッ
− 108 −
クという離職に繋がりかねないギャップを和らげる効果が期待できる。
以上、先行研究を概観したが、いずれにしても保育現場において可能な限り長期間にわたって活躍
できる保育者を養成するためにも、「保育者を目指す学生」から「保育職に就く社会人」として移行
する保育者養成校で学ぶ期間に、学生たちに起こる心境の変化を適切に捉え、キャリアに関する具体
的な支援ができる枠組を構築することが強く求められていることがわかる。
5. 学生のキャリア意識調査について
保育職を目指す学生へのキャリアに関する支援を構築するために、本研究では学生の描くライフプ
ランの特徴抽出に注目した。具体的には、保育者養成校の学生が初めての実習を経験した後に、保育
者のイメージと保育職に就いてからのライフプランを調査した。調査概要は以下のとおりである。
5-1. 調査の概要
調査対象:保育者養成校(2年制)1年生 117 名
調査時期:2014 年7月
調査方法:質問紙法
調査項目:「保育者を志した年齢」
「保育者のイメージ(保育者の資質)」
「保育職に就いてからのライフプラン」
保育者養成校の学生が保育者を目指そうと考えた時期について尋ねたところ、図1の結果が得られ
た。
図1からは、小学校就学前から小学生であった時期に、保育職に就きたいと考えた学生が半数近く
になっていることがわかる。
図1. 保育者を志した年齢
また、中学生の時期と高校生の時期に保育職を目指した学生も多いことがわかる。保育者養成校の
学生の特徴として、保育者を希望する時期として「小学生以前」「中学生」「高校生」の3つの時期が
あり、それらの時期の違いによって、保育者に対する捉え方に変化が見られるのかについて検討する
ことも、キャリア教育を考える上で重要になると推測できる。
− 109 −
次に、保育者養成校に入学する前と入学した後(実習を経験した後)での、保育者に対するイメー
ジの変化を尋ねた。具体的には、保育者に必要な資質として何が必要と捉えているのかを複数回答で
求めた。保育者の資質には、天野(1994)の保育職の対するイメージ 15 項目を援用した。15 項目は
以下のとおりである(表1)。
表1. 保育者に必要な資質
1. 専門的知識 ・ 技術がある
2. 健康である
3. 子どもを理解している 4. 子どもが好きである
5. 熱意がある
6. 責任感が強い
7. 協調性がある 8. 明朗 ・ 活発である
9. 円満な人柄である
10. 研究心がある 11. 想像力に富んでいる
12. 指導力がある
13. 根気強い
14. ピアノがよく弾ける
15. 常識がある
保育者として考えられる 15 項目の資質のうち、保育者養成校に入学する前と後では、項目数に違
いがでるかについて注目したところ、図2の結果が得られた。
図2. 保育者に対するイメージの変化
図2から、入学前と実習後では、保育者に対するイメージが大きく変化していることがわかる。具
体的には、保育者に必要な資質の個数が増加している。さらに、統計的な有意差を確認するためにt
検定をおこなった。その結果、t(116)= -9.97、p< .000 となり、保育者に必要な資質として挙げ
たイメージの個数は、入学前より実習後の方が有意に高いことがわかった(表2)。
表2. 入学前と実習後のt検定の結果
N 平均 標準偏差
t
入学前
117
5.9
3.03 -9.97
実習後
117
9.4
3.63
p<.000
− 110 −
これらから、入学後に専門的知識を学習したことや、実習によって保育現場を実際に経験すること
によって、具体的な保育者の職務内容を知る事ができたため、自ずと必要な資質と考えられる項目数
が増加したのではないかと考えられる。
今後は、さらに経験する実習の回数によっても意識が変化するのかについて考察をすることで、保
育者養成校の学生のキャリア意識を測る上で重要だと考えられる。
最後に、保育者としてのライフプランをたずねた。短期大学卒業後の 20 歳から定年の 60 歳までの
中で、具体的にどのような形で保育の仕事に携わりたいと思っているのかを記述させるものであり、
記入例は以下のとおりである(図3)。
図3. 短期大学卒業後のライフプランの記入例
調査の結果、記述された内容は大きく次の3つに区分することができた。まず、正規雇用で定年ま
で保育職に就いていたいと考える学生(勤続希望タイプ)、次に、結婚または出産まで常勤職員とし
て勤務し、退職した後は再就職はしないと考える学生(早期離職タイプ)、そして、結婚や出産まで
常勤職員として勤務し、結婚や出産を経て、生活が落ち着いた後に再就職を希望する学生(M字就職
タイプ)である。調査の結果は図4のとおりである。
図4. ライフプランの類型
− 111 −
この結果から、M字就職タイプのライフプランを設計している学生が最も多いことがわかる。しか
し、特筆すべきは早期退職タイプのライフプランを考えた学生の割合である。保育者養成校の1年生
を対象にしているにも関わらず、早期退職タイプのライフプランを設計している学生が2割程度存在
することを、どのように受け止めるのかが、今後のキャリア教育の方向性に影響を与えるといえる。
さらに、自由記述によるライフプランの設定理由には、M字就職タイプの学生の記述として、「育
児が落ち着いたら働きたいけど、保育者はもういい」、「他の仕事をすると思う」などが見られ、保育
職への再就職を希望しない割合が 50.6% であった。したがって、ライフプランがM字就職タイプであっ
たとしても、保育職への再就職を希望しない割合を考慮すると、保育職を早期離職しようと考えてい
る学生は、全体の 45.3%に上ることがわかった。
5-2. 調査結果の考察
神谷(2010)は、2年生を対象とした調査を実施しているが、卒業を控えた入職前の不安が強くな
ることから、保育職への就職意欲が低くなるといった分析をしている。したがって、神谷の知見に立
てば、2年制の保育者養成校の2年生がライフプランを考える場合には、早期離職タイプを選択する
学生が存在することは想定できる。
しかし、1年生の時期でのライフプランに、早期離職を想定する要因には何があるのだろうか。保
育者志望の高校生における保育職の理解状況を把握するために、永盛(2010)が実施した調査による
と、
「子どもが好きだから」、
「子どもと関わることが好きだから」と回答する割合が高いことがわかっ
ている。この状況は、大元ら(1983)が実施した、保育者養成校に入学した学生に対する志望動機調
査の結果とも一致している(12)。
確かに、保育者を目指す学生は、高校までの職業体験やインターンシップなどを通じて、保育職が
単純に子どもと関わるだけの仕事ではない、と理解している。しかし、保育職の魅力について尋ねら
れた場合、
「子どもの成長に立ち会える喜び」などが挙げられ、成長の援助に留まった、いわば「子守り」
のような感覚で捉えてしまう傾向がある。
ところが、保育者養成校に入学し、実習等を経験することで、保育者観が漠然としたものから、具
体的なものへと移行せざるを得ない状況になる。つまり、1年生の時期は、保育者観の大きな変化を
迎える過渡期であるため、ライフプランにも大きな揺らぎが見られる時期だと指摘できる。
さらに、保育職を志した年齢と、ライフプランの3分類タイプの調査結果を分析したところ、保育
職を志した年齢が「未就学児」、「小学校低学年」と回答した者のうち、ライフプランを「継続希望タ
イプ」と選択した学生が 18%、
「M字就職タイプ」は 54%、
「早期離職タイプ」は 27%であった。つまり、
幼い頃から保育職を希望していた学生であっても、ライフプランにおいては早期離職タイプを選択す
る割合が 27%にも上っているということである。
これは永盛の指摘する、「保育職に対する自身で築き上げた固定概念の強さに、専門的な知識が近
づいていけない状況」に陥っていることが、ひとつの要因として考えられる。
さらに、学生の考える母親像とも関係している可能性がある。八重樫(2001)によると、幼稚園教
員を目指す者は、3歳神話や母性神話などを肯定的に捉えており、女子学生の場合は9割がその傾向
にあると指摘している(13)。
いずれにしても、今回の調査から保育職に対する職業観は、入学前と比較すると入学後にはかなり
揺れていることがわかった。
− 112 −
6. まとめ
今回の調査結果から、保育者養成校の初年次学生が、保育職をどのようなものと理解しているのか、
また、自身の保育者としてのライフプランを、どのように描こうとしているのかについて把握する
ことができた。
また、保育者養成校の1年生は、専門的な知識の学習、保育現場での実習を経験することで、保
育職の現実を受容しなければならず、理想と現実で葛藤状態に陥る可能性がある。さらに、2年生
での実習や就職へのプレッシャーを感じ始める時期でもある。
そのような学生の実情を、キャリア教育の側面から正確に捉え、個々の学生の状態に合わせた支
援を構築することが早急に求められている。社会的な潮流としては、今後さらに、優れた資質を有
した保育者、高度な保育技術を有した保育者が求められるだろうと予測できる。しかし、そのよう
な保育者を輩出するためには、学生の状況に合致したキャリア形成を支援することができる枠組の
構築こそが必要である。
保育者を目指す学生らが、保育者養成校に入学する以前に抱いていた保育者観を大切にしながら
も、実際の保育職とはどのようなものなのかを伝え、学生自身が自己の保育者観と折り合いをつけ
られるようになれるキャリア指導が求められているといえる。
内閣府・産業競争力会議 平成 26 年1月 20 日成長戦略進化のための今後の検討会議
(1)
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/housin_honbun_140120.pdf)
待機児童解消加速化プラン
(2)
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/pdf/taikijidokaisho_01.pdf)
内閣府・子ども子育て支援新制度 (http://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/)
(3)
平成 23 年度厚生労働省委託事業『保育士の再就職支援に関する報告書』pp.2-3、pp.4-28
(4)
(5)
ベネッセ教育総合研究所 (2009)『第2回子ども生活実態基本調査報告書』
(6)
永盛善博 (2013)「保育者志望の高校生における保育職の理解状況」東北文教大学・東北文教大学
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(7)
田中まさ子・仲野悦子 (2009)「保育者となる学生のキャリア移行に関する一考察 - 学生時代のふ
り返りと保育職へのコミットメント」岐阜聖徳学園大学紀要〈短期大学部〉第 41 集、pp47-59
(8)
天野珠子 (1994)「保育者イメージと自己イメージの調査 その 2 -保育科学生におけるライフス
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(9)
吉村啓子・岡野聡子 (2010)「保育者養成校における就職活動の特徴と課題 -就職支援の実践か
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(10)
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一般社団法人国立大学協会 教育・学生委員会 (2005)『大学におけるキャリア教育のあり方 - キャ
(11)
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(12)
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回発表論文集、pp.310-311
(13)
八重樫牧子、奥山清子、林基子、本保恭子、小河孝則 (2001)「女子大生の就労観や子育て観に与
える影響について」川崎医療福祉学会誌、第 11 号、pp.245-253
− 113 −
− 114 −
保育者の資質向上を目指すためのセルフチェック項目の作成と活用
Practical Self-assessment items for improve the qualification of teachers.
平野 真紀 新谷 公朗
糠野 亜紀
Maki HIRANO Kimio SHINTANI Aki KONO
In order to improve the qualification of teachers, commitment to self-assessment of the teacher has
been drawn attention. In the self-assessment process, each teacher who constitutes organization
must possess a competence of evaluating themselves properly to make a reasonable assessment.
In this study, we have focused on the self-assessment of the teachers. We examined the method
of planning the assessment criteria for self-assessment, the way of increasing the competency to
make a proper assessment and improving the qualification of the teachers. We set the categories as
assessment items, and they were used for teachers with limited experience at the nursery school.
It was reported that there were many useful findings.
<キーワード> 自己評価、資質向上、PDCA サイクル、保育、造形
1.セルフチェック項目の作成
1.1 セルフチェック・自己評価の必要性
幼稚園教育要領と保育所保育指針が平成 20 年度に改定・告示され、これからを生きる子どもたち
の成長に沿った保育・教育の充実を図るための方針が示された。それと同時に、そのような子どもた
ちを育てるための保育者・教育者としての資質・能力の向上を目指すことが求められている。
自己評価は、幼稚園や保育所・園自体に対して行われるものと保育者自身に対して行われるものと
に大別される。幼稚園や保育所・園の自己評価が目指すものは、職員同士や職員間の共通理解や協同
性を高め、幼稚園や保育所・園で行う保育全体の質の向上をねらうところにある。また、そこに通う
子どもの保護者やその地域にその評価を公開して、意見を集め、改善策を講じつつ、さらなる園の資
質向上を目指すためにも使われる。
それに対して保育者自身に行われる自己評価とは、保育を行うための技能や技量を保育者自身が把
握し、どのようにしたら向上を図ることができるかを明確にするために行われるものである。つまり、
保育幼稚園教育要領や保育所保育指針を基盤において、それぞれの幼稚園、保育所・園が地域性や特
色を取り入れながら編成した教育方針や教育計画、カリキュラムに対して、それに沿った保育ができ
ているか、できているならばどの程度できているかなどを数値化して振り返り、自身の能力や技能を
把握したりするために行われる。また、それぞれの保育者の自己評価を集約し、園の構成員である保
育者がどの程度の資質を持ち合わせているのか、それぞれの保育者の資質はどの程度の位置にあるの
かといったことを把握するために用いたりなどとさらに活用することも可能である。
これから一層、多様な考え方のもとに、様々な生き方や過ごし方をする人や家族が出てくることが
予測される現代の社会において、その多様さに対応できる人材を育てることは重要であると考える。
そのためにも最初の教育機関であり、教育の根底部分を支える幼稚園、保育所・園に携わる保育者が、
自分自身の技量や技能を適正に見極め、最適な道筋で自身の資質を向上させていく術を身につけるこ
− 115 −
とが肝心となってくるであろう。従って、保育者自身が、自分自身の技能や技量を客観的に捉えるこ
とができるための自己評価 = セルフチェックを構成し、それを活用して一人一人の保育者の資質を
高めるようにすることが必要であると考える。
1.2 保育の PDCA サイクルにおけるセルフチェック・自己評価の位置づけ
今回は保育の PDCA サイクルを前提とした中でのセルフチェック・自己評価の位置づけは図 1 の
ように考えている。PDCA サイクルの中でセルフチェックは< C:Check:自己評価、実践の評価>
の部分になる。図からもわかるように、保育の PDCA サイクルの過程にあるセルフチェックはただ
単に保育に対するセルフチェック・自己評価を行うだけでない。保育を実践した後にセルフチェッ
ク・自己評価を行うことで、何を達成できたの
か、その達成度はどの程度なのか、あるいは課
題としてあげられることは何なのかを明確にす
ることができるが、サイクルを前提として< C:
Check:実践の評価>を行うことは、それらを
次の実践に向けてどのように改善していくのか
を分析する< A:Act:保育の分析と改善>につ
なげることに意味がある。自分自身の保育を評
価するためだけに利活用するだけではなく、次
の保育実践を行うためにどのような項目に注目
すべきか、どの項目を念頭において保育を行う
かという具体的な対策をとれるようにするため
のセルフチェック項目であることが重要だと考
える。
また< A:Act:保育の分析と改善>で見出し
た改善点を、次の< P:Plan:保育案の作成>へとつなげ、実際の< D:Do:保育の実践>を行う、と
いうように、サイクルがスパイラル状に上昇していくこともねらっている。その前提を捉えた上で、
セルフチェック項目を考察し作成する。
1.3 セルフチェック項目の設定と作成
セルフチェックの項目の作成にあたっては、教育や保育の基本である幼稚園教育要領や保育所保育
指針に沿う内容であることが大前提である。従って、これらの内容を踏まえて評価項目を考えて作成
を行う。
今回の研究では、保育という職務において必要な全般的なセルフチェックの作成であったり、保育
内容の全領域にわたったセルフチェックを作成したりすることを最終的な目的としている。しかしな
がら、幼稚園教育要領や保育所保育指針をすべて網羅して項目を作成することでかえって表現が曖昧
になったり抽象的になったりすることにもなり、本来の研究目的の焦点がわかりにくくなると考えた。
従って、項目を設定するための手法やその評価の仕方を検討する方法を見出すために、あえて特定の
領域に絞ってセルフチェック項目を作成することが有効ではないかと考えた。それは、自己評価を行
う保育者自身にとっても、特定の領域で立案された項目を用いることで、より具体的に評価を行うこ
とができたり、評価項目を意識した上で次の保育の分析や改善に向けたりすることができると考えら
− 116 −
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32
れ、その点においても特定の領域での評価項目の作成を試みることとした。そこで今回は、事前の保
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育の準備や環境構成、保育の流れや保育の展開、さらには子どもとのかかわり方や子どもの活動の読
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み取り、といった要素を含んでいる領域として「表現」領域を選定し、その中でも素材の準備という
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事前の設定から保育の展開や見通しを持って設定しなければならない「かく・つくる」
(製作・絵画・
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造形遊び)の造形活動におけるセルフチェック項目の設定から検討を始めた。
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また、項目内容を設定するにあたり、日常の保育実践を評価の対象にするならば、保育を実践する
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際に立案
・作成する保育案にも「予想される子どもの活動」とそれに対する「保育者の援助や留意点」
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があるように、
「子どもの姿」から捉えられる側面と「保育者の支援」から捉えられる 2 側面を評価
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項目の支柱として検討することが必要だと考える。
「子どもの姿」は保育者の側からすると、子ども
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の姿をどう読み取ることができるかという視点であり、
「保育者の支援」は保育を実践したり支援し
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たりするためのスキルを指すため、
「子どもの姿」は「子どもの行為の読み取り」
、「保育者の支援」
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は「保育実践・支援スキル」としつつ、セルフチェックを行うための
2 つの大きな柱として考えるこ
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ととした。
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「子どもの行為の読み取り」
「保育実践・支援スキル」を構成する項目は上記したように幼稚園教育
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要領や保育所保育指針から根本的な捉え方は導入するが、それに加えて本研究の研究過程で保育所保
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育指針を基盤にして検討した発達記録(糠野 , 高橋 , 新谷 ,2012)を転換することも考えている。これ
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らは実際に保育者につけてもらったりヒアリングを行ったりしつつ活用・支援する方策を提案してお
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り、それらの項目は発達をもとにして「子どもの姿」を保育者が認識するための評価項目であり、
「子
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どもの行為の読み取り」として項目を転換しつつ引用することができると考える。
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これらの視点をもとに、幼稚園教育要領や保育所保育指針、子どもの発達の指標からセルフチェッ
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ク項目を設定するために設定項目として利用できそうな内容を詳細にわたって分類し、細分化を試み
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た。幼稚園教育要領からは、第 2 章「ねらい及び内容」の第 3 節「環境の構成と保育の展開」の節よ
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り、また保育所保育指針は第 3 章「保育の内容」の「1.
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保育のねらい及び内容」の「(1) 養護にかかわるねら
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い及び内容」を中心に、保育者が実践を行うにあたっ
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て身につけておくべき技量・技能として必要だと考え
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られる文言の抽出を行った。表 1 はそれぞれを細分化
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し、あらためて分類を行ったものである。表のように
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「子どもの行為の読み取り」は細分化されて
5 種類の
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配慮点へと分かれ、
「保育実践・支援スキル」は 3 つ
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の部類に整理された。
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以上の分類をもとに、
さらにそれぞれの項目ごとに、
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より具体的なチェック項目を作成することを試みた。
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「子どもの行為の読み取り」も「保育実践・支援スキ
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ル」も保育者の具体的な動きや行為についての項目で
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あり、幼稚園教育要領や保育所保育指針や子どもの発達を捉えるための項目では具体的な活動内容を
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十分に網羅できない側面があった。従って、造形活動(製作・絵画・造形遊び)の多数の保育案を収
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集し、その中の「保育者の援助や留意点」における保育者の「子どもの行為の読み取り」や「保育実
践・支援スキル」にあたる文言を分類して作成した。それらを集約してまとめたものを一部抜粋した
ものが表 2 である。表には表 1 にある「子どもの行為の読み取り」の「1.自発・自主性を伸ばすた
− 117 −
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めの配慮」に関する項目と「保育実践・支援スキル」の「1.ねらいを達成するための支援」に関す
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る項目を抜き出している。各項目は
0 〜 4 までの 5 0~4
段階でチェックをする。
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表 2 保育者のセルフチェック項目(表現・造形 一部抜粋)
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今回、保育者に自己評価を行ってもらうために作成した項目は、
「子どもの行為の読み取り」の中
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の「1. 自発・自主性を伸ばすための配慮」が 12 項目、「2. 安全・衛生面への配慮」が 3 項目、「3. 子
どもが自分らしくふるまえるための配慮」が 21 項目、
「4. 対人関係を育成するための配慮」が 7 項目、
「5. 生活面を育成するための配慮」が 10 項目であり、「保育実践・支援スキル」の中の「1. ねらいを
達成するための支援」が 9 項目、
「2. 子どもの興味と環境構成」が 15 項目、
「3. 活動と発達のバランス」
が 3 項目で、すべて合わせると 80 項目になるセルフチェックシートとなった。
1.4 セルフチェックシートの利用方法
保育の PDCA サイクルは、保育者としての質の向上を目指すものであり、常に発展していくらせ
ん構造の循環であると考える。セルフチェックはサイクルの1つの過程であり、評価する時点での保
− 118 −
育者が自分自身の資質を確認し、高めていくための 1 つのステップである。以上のことから鑑みて、
らせん構造を前提として考えると、少なくとも PDCA サイクルの2巡目でのセルフチェックを行わ
なければ、質の高まりを実感できないと考えられる。従って、現場の保育者に自己評価を行ってもら
う際には、少なくとも2巡目の Check= セルフチェックを行ってもらい、それぞれの評価においてど
れだけ高まったか、あるいはどの項目を高めることができたのかを振り返ることによって、さらに保
育の質を高めたり、保育者としての質を高めたりしようとする意欲につながるものと考える。
保育者自身においては、実際に1巡目でセルフチェック項目を体験し、自己評価を行うことによっ
て、評価項目自体を認識するようになると予想される。自己評価において、どのような内容を評価す
るのかを知ることによって、その後の Act =保育の分析・改善から Plan =保育案の改善へと展開す
る際に必要となる視点や視野を増やすことにつながることも予想できる。
また、セルフチェックを行う保育者が自分自身の保育観に自己完結してしまうことのないよう、他
の保育者にもセルフチェックを行った際の保育実践を振り返ってもらい、多様な保育の視点から評価
してもらうことも重要であると考える。それが幼稚園、保育所・園の全体の保育方針を共有していく
ことにもつながり、園自体の自己評価にも結び付くことにもなると考えられるため、保育者の自己評
価を行う際には多様な経験値・経験知を持った保育者にも関与してもらい、相互的な評価も行ってい
きたい。
現場の保育者にセルフチェックの試用を依頼し、保育実践を行ってもらい自己評価を行ってもらい、
2 巡目のセルフチェックに向けて保育の見直しを行い、セルフチェックを行う保育者やそれを同時に
観察してもらう経験知の異なる保育者に、あらためて保育実践の立案、実践へとつながるように評価
項目を理解し、把握できる機会を設けることも必要だと考える。実践後は保育の PDCA サイクルの
らせん構造を円滑に、かつ効果的に上昇させていくための方法や手立てについても検討を図る。
2.セルフチェックシートの実践利用に向けて
2.1 セルフチェックシートの試用
セルフチェックシートは多様な文言をもとに作成したものであり、それが実際の保育現場でセルフ
チェックするためのシートとして利活用できるかどうかの妥当性を検証しなければならない。セルフ
チェックシートを使用して、次のような研究方法で保育現場での試行を行った。
【目的】
経験年数 1 ~ 3 年目の保育者に造形活動を実践してもらい、その後、自身の保育に対してシートを
基にセルフチェックを行う。セルフチェックを行った後、そのシートの項目が、セルフチェックを行
うために、つまり自分自身の保育を振り返って分析をし、次の保育実践に向けての改善のために適切
な項目であったかどうかについて、保育者に各自ヒアリングを行い、セルフチェック項目としての妥
当性を明らかにするとともに、課題点や改善点も明確にする。
また、1 ~ 3 年目の保育者では経験年数が浅いということもあり、同じ保育実践を、経験年数が 5
年目以上の保育者に見てもらい、保育実践者になったつもりでセルフチェックをつけると、その付け
方や項目の捉え方にも何らかの違いが出てくるのではないかと考え、その点にも注目したいと考えた。
従って、経験年数が 5 年以上の保育者にも同時に観察してもらい、セルフチェックを行う保育者と同
様のシートを配布して 1 ~ 3 年目の保育に評価をつけてもらう。その後のヒアリングで保育を行った
保育者のセルフチェックと比較しながら評価シートとしての妥当性を検証する。
− 119 −
【実践日】
平成 24 年 11 月 29 日
【対象】
大阪市内私立幼稚園
自己評価を行う保育者:1 年目 3 名、3 年目 1 名
他の評価保育者:5 年目 1 名、10 年目以降 4 名
【対象となる造形活動題材】
絵画「みんなでたべよう、ほかほかやきいも!」(1 年目)
絵画「もりのスープやさん」(1 年目)
絵画「宇宙旅行へいこう!」(1 年目)
絵画「大きなみかんの木」(3 年目)
【ヒアリング結果】
1 ~ 3 年目の保育者は実践後に自己評価を行ってもらい、評価や項目についてヒアリングをしたと
ころ以下のような意見があった。
・セルフチェックシートがあることで自分のできていないところを再確認できた(3 年目)
・評価の項目や内容が細かく書かれているので意識できていない点に気付くことができた(1 年目)
・続けることで苦手な所を見つけられると思った(1 年目)
・1 つの保育の中で注意しなければいけないことがたくさんあるとわかり、よりよい保育のために
保育を振り返える機会が必要と感じた(1 年目)
・数字の基準がわかりにくく悩んだ(3 年目 )(1 年目)
・絵画だったため、造形的な項目がつけづらい(1 年目)
・対象年齢別に分けてもよいと思った(1 年目)
5 年目、10 年目以上の保育者の意見からは上記と同様のものも多かった。それに加え以下のような
ものもあった。
・項目が多い(10 年目)
・捉え方が難しく、つけづらい項目があった(10 年目)
・評価の数字の位置を項目のすぐ下にした方がわかりやすい(10 年目)
2.2 セルフチェックシートの試用結果からの検討
ヒアリングの結果から、保育を実践してセルフチェックを行った 1 ~ 3 年目の保育者からは、セル
フチェックシートを用いて自分の保育を振り返ることで、保育に対する考え方についてあらためて考
えることができる機会になることがわかった。項目の中には、子どもに対する対応、材料やその配置
といった環境構成など詳細まで考えなければならないため、どのような点で振り返りをおこなったら
よいのか、振り返ることで課題となった点を次の保育に生かすことができると思う、という意見が多
かった。その点では今回のシートのセルフチェック項目としての妥当性は高いと考える。ただ、項目
の数や造形の内容、対象年齢を踏まえると評価をつけづらい項目があるという意見も多く出ていた。
確かに1つの保育を行うたびに 80 項目すべての評価をつけるのはかなりの時間を要するため保育現
場で普段の保育に対して利用するには向いていない点があると考えられる。多くの項目を評価するこ
とによって、より詳細な振り返りと分析はできると考えられるができる限り要点を絞った項目で評価
− 120 −
を行うことができれば保育現場での利活用度は高くなることが予想される。
従って、今後、このセルフチェックシートの項目については、
①製作・絵画といった造形の内容によって項目を分ける
②対象年齢によって項目を分ける
以上の 2 点で改善し、再編成することが必要であると考える。もともと設定していた「子どもの行為
の読み取り」や「保育実践・支援のスキル」といった分類やその中の詳細な分類と合わせて、上記
の 2 点を組み合わせることで、保育を全般的に振り返るだけでなく、セルフチェックを行うときに何
に焦点化を当てて振り返ったり改善すればよかったりするのかということを明確にすることもできる
シートになると考える。
また、経験年数の異なる保育実践者で同じ保育から評価を行ったシートを分析すると、1 〜 3 年目
の保育者と 5 年目以降の保育者は、同じ保育についてチェックしているにもかかわらず、評価の点数
が異なることが多いことがわかった。その違いは 1 ~ 3 年目と 5 年目以降の保育者がつけた評価が異
なるだけではなく、5 年目以降の保育者数名が同じ保育を観察して評価をつけているにもかかわらず
同じ項目で見ても評価の食い違いが多く、単純に比較できるものではなかった。それらのことから考
察すると、経験年数の差による要因も考えられるが 1 つの評価項目に対して、どの場面を捉えてその
評価項目をつけているのかによる異なりも原因ではないかと考えた。
今回、それぞれの保育実践で各 1 時間ずつ行っている。シートをつける保育者数名が、保育の過程
のどの場面を根拠にして点数を付けているかを考えると、同じ場面で点数をつけている可能性は少な
い。そのために出てきた差異だったのではないかと考えられる。
だが、これらを反対に生かすこともできると考えた。このセルフチェックの機会を通じて経験知の
異なる保育者同士が導入や環境設定といった特定の場面を切り取ってチェックし合ったり、特定の評
価項目を基にして保育の振り返りを行ったりという、セルフチェックを介した保育者間の共通理解の
システムとして新たな利活用が可能だと考える。これらを実験的に実践するとともに、セルフチェッ
クシートの活用の展開利用としての検証を深めていくことが可能だと考えた。セルフチェックの分別
の精査だけでなく、その応用的な利活用法についても検証を行う。
2.3 セルフチェックシートの展開的活用を探るための実践
これまでセルフチェックシートの項目の設定と利用に主眼をおいて研究を進めてきたが、その過程
でセルフチェックシートを保育現場でどのように利用するのかという展開的な活用にも視点へとつな
げることができた。保育の PDCA サイクルの中でセルフチェックシートを繰り返し使用することで
保育者が自分自身の保育を振り返り、改善へとつなげていくことができる。その保育者が振り返りを
行う際に、異なる経験知を持つ保育者からの評価を加えることで、実践を行う保育者のみが自分自身
の経験を用いて保育の振り返りを分析するよりも多様な視点から保育を振り返ることができるように
なると考えられる。
そこで、セルフチェックシートを仲介として、幼稚園、保育所・園の教育方針の共通理解を促したり、
保育者間の交流を深めたり、保育者全員の質と質の向上を図る場づくりを構成できるのではないかと
考えた。具体的には保育実践を行う保育者と経験知の異なる保育者が、特定のセルフチェック項目を
もとにして振り返りを行うのである。チェック項目は多くあり、すべてをつけてしまうと、かえって
漫然と実践をしたり観察をしたりすることが考えられる。従って、セルフチェックを行う保育者と経
験知の異なる保育者間で、保育の何に焦点をあてて意識するかについて、チェック項目をもとにして
− 121 −
図 2 セルフチェックシートの展開的活用の概念図
事前に話し合いを行う。保育実践後は、その項目をもとにして両者間で振り返りを行うことで、保育
実践者は意識していた項目に対する自己認識と他の保育者から評価されることでわかる認識の差異か
ら、保育実践者の保育に対する視点がより多様になり、共通理解を深める場にすることができると考
えられる。それらをもとにセルフチェックシートの展開的活用を概念図としてまとめたものが図 2 で
ある。
セルフチェックを用いたこれらの活用の展開が、保育者間の共通理解を持つ機会になったり保育者
の質的向上を促したりすることができるのか、その場づくりが保育現場に適しているのかどうかを実
際に実践してもらい、振り返り方など含めヒアリングを行い、検証することとした。
【実践日】
平成 25 年 11 月 28 日
【対象】
大阪市内私立幼稚園
自己評価を行う保育者:1 年目 2 名、2 年目 2 名
自己評価者とともに保育を評価する保育者:6 年目 1 名、8 年目 1 名、9 年目 1 名、10 年目以降 2 名
【対象となる造形活動題材】
製作「大阪名物…たこやき !!」(1 年目が実践し、10 年目以降保育者も評価をつける)
製作「クリスマスリースをつくろう !!」(1 年目が実践し、6 年目、9 年目保育者も評価をつける)
絵画「クリスマスツリー」(3 年目が実践し、10 年目以降保育者も評価をつける)
絵画「むしさんのかくれんぼ!」(3 年目が実践し、8 年目保育者も評価をつける)
実践する 3 年目の保育者は 2 名とも、前回の同様のセルフチェックシートを試用して保育実践を行っ
た者である。
【ヒアリング結果】
セルフチェックシートを使った振り返りについて、保育実践者からは以下のような意見を聞くこと
ができた。
− 122 −
・評価項目を頭のなかでは意識しているつもりだったが、実際に行うと進めることに必死で反省点ば
かり残った。(1 年目)
・保育への力不足がわかり、評価項目を読んで学ぶべき点や力をつけていく点を知ることができた。(1
年目)
・評価表を使うことで自分の不得意な分野がわかると思った。何回も繰り返し使うと、前回との比較
ができるので、反省点や今後の課題が見えやすくなると思った。(3 年目)
・評価表があることで保育案を書くときも保育をするときにも参考になり、どのようなところに気を
つければいいかわかりやすかった。(3 年目)
また、保育実践を観察し、同時に評価をつけてもらった 6 年目以降の保育者からは評価表を使った
振り返りに対して以下のような意見が聞かれた。
・経験のある保育者に細かい部分を指摘されることでさらに意識が深まると思った。1 回だけでなく
繰り返していくことでさらにつながると思う。保育案を考えるときや実際に保育をしたあとの反省
としても目安として整理しやすく、具体的に考えるきっかけになると思った。経験の少ない保育者
には項目が細かく、多いことで混乱するかと思ったが1つ1つ意識していくことでつながっていく
だろうと感じた。(9 年目)
・選んだ項目を意識しながら保育を見ることができた。保育をする先生のねらいや気をつけていきた
いポイントを事前に話すことで、よりその部分をお互いが意識して見られたり気をつけられたりし
たと思う。実践後も今回の項目だけではなく次の課題がわかりやすくみえる。(8 年目)
2.4 セルフチェックの展開的利用の結果からの検討
今回、自己評価を行う保育者は経験年数の浅い保育者で、その保育を見て振り返りを行う保育者は
経験年数の多い保育者という組み合わせで行った。事前にどのチェック項目を選ぶか、またどのよう
な視点で選ぶかについては、保育実践者と、一緒に保育を評価する保育者間で決定してもらうことと
した。選択の過程では、経験年数の多い保育者が自己評価を行う保育者の普段の保育を行うときの子
どもの行為の読み取り方や対応の仕方を踏まえ、事前にどの項目に注目し、意識して保育を行うかを
決定していることがほとんどであった。その話し合いの過程で、経験年数の多い保育者はなぜその項
目を設定するのかを、保育実践者の普段の保育を引き合いに出しており、事前の段階で保育実践者は
自分自身の保育技能として不足している部分を意識できたようである。
実践後の振り返りでは、保育実践者は設定した項目を意識しなければならないという思いはあるも
のの、終わってみると意識できないことが多くあったように感じている。だが、意識しようとする態
勢や心構え自体が重要なことであり、その点ではセルフチェック項目を仲介させることでの意義もあ
ると考える。
経験の多い保育者からは、保育実践者の保育のねらいや気をつけないといけないポイントを事前に
話すことで、その部分をお互いが意識して見ることができたり、気をつけたりすることができるとい
う意見交流の場としての意味があるといった点や、経験年数の違いはあるとしても保育実践者の保育
を見ることで、自分が保育をしているときには気づけないことにも気づいたり、見ていて学ぶところ
も多く、自分自身を振り返るよい機会になったなど、保育実践者と同様にセルフチェックシートをも
とに、ともに振り返る場の有効性を聞き取ることができた。これらのことから、セルフチェックシー
トを自己評価のためだけに利用するだけでなく、それを活用しながら園や保育者間の質の向上にも応
用できる可能性があることがわかった。
− 123 −
3.考察と今後の展開
保育者の資質向上を目指すためのセルフチェックシートの作成という視点で作成を試み、実践を
行ったが、経験の浅い保育者がセルフチェックシートを使用することで保育を行うための態勢や心構
えを持つことができることや実践を振り返り、次の保育に向けて目指すべき方向性を見つけだすため
の指標や目安として利用できることがわかった。
ただ、セルフチェックを使って保育者としての資質をより幅広く、さらに深みを持ったものにする
ためには保育者同士で利用し合う方法も効果的だと言える。経験年数や経験内容の異なる保育者同士
で利用することによって、項目の文言に対するお互いの認識の差異をうめるきっかけになったり、保
育に対する共通理解を促す 1 歩につなげたりすることができるだろう。保育研究の場で、単にそれぞ
れの考えを述べる検証方法では焦点が曖昧になってしまうことが考えられる。事前に、どのセルフ
チェックの項目を主として保育研究を行うのか焦点を当てて考察することによって、地道ではあるが
丁寧な振り返りができると考えられ、その機会を重ねるごとに共通理解を持った資質の向上をねらう
ことができるのではないだろうか。
今回の研究では、特定の領域のみのセルフチェックシート項目の設定と作成を行ったが、幼稚園教
育要領や保育所保育指針を用いて分類した「子どもの行為の読み取り」と「保育実践・支援スキル」
といった 2 つの観点やそれらを大項目とすると、その観点から整理した中項目、小項目にあたる部分
の分類はどの領域にも応用可能であると考える。
他の領域の保育案などを収集し、保育者の援助や留意点から具体的な文言を分類されたものに当て
はめていくことで他の領域においてもセルフチェック項目を設定することができると考えられるた
め、今後も検討を重ね、各領域のセルフチェックシートの作成を継続していきたい。
また、セルフチェックの項目が多いことや、活動内容ごとにどの項目を使用していくのかを、より
簡易化することを目指すならば、書類として紙媒体でチェックを行うよりもタブレットのような機材
を媒体として作成することも踏まえて研究を進めていかなければならないと考える。
セルフチェックシートの活用法については試用段階としての実践は行ったが、保育の PDCA サイ
クルの重要な視点である、資質を上昇させるスパイラル構造から踏まえるならば、繰り返して実践を
行うことが必要である。繰り返して行うことで、さらにその有効性を図ることができると考えられる
ため今後も継続して研究を進めていく。
本研究は科学研究費(基盤研究 C 課題番号 23601029 代表者:新谷公朗)の助成を受けたものである
参考文献
「保育士のための自己評価チェックリスト」編纂委員会編(2008)保育士のための自己評価チェッ
クリスト 萌文書林 厚生労働省(2009)保育所における自己評価ガイドライン http://www.mhlw.go.jp/bunya/
kodomo/pdf/hoiku01.pdf
社団法人全国保育士養成協議会現代保育研究所編(2009)やってみよう!私の保育の自己評価 フ
レーベル館 神長美津子 , 天野珠路 , 岩立陽子編著(2011)「保育の質」を高める園評価の実践ガイド ぎょうせい
糠野亜紀、高橋一夫、新垣公朗(2012)「保育実践を意識した子どもの成長を記録できる観察項目
の提案(1)」第 23 回日本発達心理学会
− 124 −
子どもへのかかわり方に対する学生の学びに関する一考察
A Study on ways of observing Infants and Children of
Pre-school Age at Day Care Center and Kindergarten
吉村 久美子 Kumiko YOSHIMURA
岡本 和惠
Kazue OKAMOTO
How to understand and take care of young children is a very important issue for nurses and
kindergarten teachers. The present authors studied about how their students, as student
teachers, took care of young children and what they learned through the experience and what
they learned through observing and recording adult-child relationship in their daily life. The
authors found that students learned how to care of children should be different by observing
and understanding children. As the result, the authors believe that, in order to improve teachers
standpoints of teaching students teachers should have students improve the image of young
children and understand them more deeply.
<キーワード> 子どもへのかかわり、子ども観、子ども理解
1. はじめに
保育者の専門性は近年一層重要視されてきているところである。本学に入学する学生は、ほとんど
が専門性の高い保育者を目指している。
「なぜ、保育者になりたいか」と問うと、
「子どもが好きだから」
「子どもはかわいいから」
「幼稚園/保育所のときの先生が好きだったから」という返答が多い。しか
し、授業の回数を重ね、実習が近づくと「準備が大変」
「子どもが好きだけでは無理」と、状況が変わっ
てくる。子どもにどのように接すればよいのか、どのように話しかければよいのかなど、そのかかわ
り方の困難さを認識し始める。乳幼児期の子どもに直接かかわる保育者の専門性として、子どもをど
う受け止めて、いかにかかわるかということは重要な課題である。しかし、子どもと触れ合う経験が
乏しい学生にとっては、どのようにかかわればよいのかわからないという現状にある。「子どもがわ
からない」「子どもに対する接し方がわからない」というその根底にあるものは、子ども観の揺らぎ1)
である。初めての実習や、日常生活での親子のかかわりを見かけても、子どもが分からないからどう
接したらよいのか、どう受け止めたらよいかがかわからない。実習を終えその後の養成課程を学びな
がら、次第に子ども理解が深まり、自分なりの子ども観が醸成されるのではないか。
そこで本稿では、実習時において学生は子どもとどのようなかかわり方をしているのか、そのかか
わりから何を学んでいるのか検討する。さらに、日常生活で見かけた子どもと大人のかかわる様子の
観察記録をもとに、そのかかわり方から何を学生たちは学ぼうとしているのかということについて分
析し考察を加えてみる。その結果から明確になったことを今後の保育者養成課程の指導に生かしてい
きたいと考えた。
なお、本稿では、子どもとは乳幼児期にある0・1・2・3・4・5歳児とする。また、乳幼児教育・
保育に携わる幼稚園教諭・保育士をすべて保育者と統一することとする。
− 125 −
2.研究内容
(1)研究のねらい
① 学生は、実習園でさまざまな事象に出会い、多くを学んでいるが、特に子どもとのかかわりに
おいて困難さを感じている。実習時に自分で経験したかかわりの困難さを明確にし、そのかかわ
りから何を学んでいるのか分析し、考察する。
② 日常生活で見かけた子どもと大人とのかかわりの観察記録をもとに、学生が子どもの姿をどう
捉えているのか、どんなかかわりが必要と考えているのかを分析し考察を加える。
③ 以上のことから明確になったことを、学生への指導上補完すべき視点と捉え、今後の保育者養
成課程の指導に生かし保育力の向上につなげていく。
(2)研究の方法
① 平成 26 年度、本学 1 回生は、前期の幼稚園教育実習を 6 月に実施した。そのうちの2クラス
79 人に質問紙調査をした。「子どもとのかかわりの中で、一番切実に思ったこと」を質問し、79
の有効回答を得た。実習中に一番困ったことについての事項は、52 項目に整理することができた。
これを、かかわり方の7カテゴリーに分類した。分類した事項の中で特に子どもへの対応につい
てどのようにかかわればよかったのか、どのようなかかわり方があるのか、ということについて
クラス内のグループ討議を通して検討した。そこから学生が学びとったことを考察した。
② 子どもが、地域の中で、あるいは家庭においてどのように過ごしているのかを常に意識して
観ることが保育士を目指す学生にとっては必要である。そこで平成 26 年度前期授業の中で、本
学 2 回生 4 クラス 172 人を対象に、4 月から 7 月の期間中に「日常生活で見かけた子どもと大人
のかかわる様子を観察し記録する」ことを授業課題とした。そして、提出された記録を次の 3 つ
の視点から整理し、考察した。
視点 1 子どものどのような姿に着目したのか
視点 2 子どもの気持ちをどのように想像したか
視点 3 自分ならどのようにかかわるか 3.先行研究の概要
住田他(2008)2)は、「子ども観の内容を分析することによって、子どもに対する人々の働きかけの
動機や相互作用状況、子どもに対する信念や価値感情、その社会や集団における子どもの社会的発達
の方向性を理解することが出来る。(中略)子ども観を基に子どもたちを捉え判断し、子どもたちに
対してどのような行動をとるか決定していく。」と述べている。この立場によると、養成課程の学生
はまだ自分なりの子ども観が確立していない。だから、子どもがどのような状態であるのか、どんな
言葉をかけ援助をしたらよいのか分からないのである。
また、保育者を目指す学生は、何を最も課題としているのかについて、太田(2008)3)によると、
保育実習から学んだこととして「こどもへの関わり方」が最も比率が高く、保育園実習38.6%、
幼稚園実習29.0%であった。その内訳は、
「①一人ひとりのこどもを尊重し、こどもの目線に立ち、
見守ること、平等に扱うこと。②こどもと一緒に共感し楽しみ、コミュニケーションをはかり信頼関
係を築くこと。③お母さん代わりとして接し、こどもへの気配りと配慮、また、しつけ(叱り方、ほ
め方)が大切であること。④落ち着きのないこどもへの対応、けんかの扱い方、障害児に対する対応
− 126 −
の仕方など(中略)に関する記述があった。」としている。
このように、子どもを受け止めたうえで援助し指導するというかかわり方を学ぶのは、実際の場で体
験することが最良の方法であろう。そこで、実習時と日常生活の2場面を取り上げて考察することが
最も有効であると考えた。
4.結果と考察
(1)実習中の経験から
① 調査時期 平成 26 年 9 月 25 日(木)・同 9 月 27 日(土)
② 調査対象 平成 26 年度本学 1 回生2クラス 79 人
③ 質問内容「1 回生前期の幼稚園実習中、“子どもとのかかわりの中でこんなときどうしたらい
いのか”と、一番切実に思ったのは、どのような場面でしたか。」
④ 有効回答数 79 を分類し7つにカテゴリー化した。その内容は、次の通り 52 項目、80 件である。
なお、同種の場面を取り上げた者の件数を( )内に示した。( )の件数がないのは 1 件である。
○けんか(23 件)
1.けんかを止めようとしても一部始終がわからない。(13 件)
2.けんかの話を当事者に聞いても何を言っているのかわからない。(2 件)
3.けんかがあっても何もできない。 4.3 歳児が叩き合って泣いている。
5.女児だけで遊んでいるとき一人の子どもを何人かで責めその子どもが泣き出した。
6.男児の手が隣の子どもの椅子にあたって痛いと泣き出した。 7.遊んでいるときに「死ね」「殺すぞ」と言う。 8.ダンボール箱を利用した制作の時どうテープを貼るかについてもめた。
9.男児が戦いごっこをしているとき「入れてくれない」と訴えに来た女児。
10.遊んでいるときに相手の悪口を言う。
○遊び(21 件)
11.絵本を読み終えたあとの終わり方。(3 件) 12.制作をしているときの終わり方。(2 件)
13.ゲームをしているときの終わり方(2 件) 14.粘土で遊んでいる子どもたちをずっと眺め自分は何もせずに椅子に座っていた。(2 件)
15.手遊びのときボーッとしていたりしゃべったりして参加しない。
16.手遊びの教え方。 17.いつもは元気いっぱいなのに、泥んこ遊びの中には入らない。
18.濡れない場所で砂遊びをし「汚れるのきらいやねん」と言う。
19.忍者ごっこのバンダナをたくさん身につけている子どもに 持っていない子どもが忍者ごっこをやりたいと言っているの
で「貸して」といったが、「いや」と逃げ回った。忍者ごっこに入りたい子どもは泣きそうな表情をした。
20.シャボン玉が吹けないと泣いた。 21.絵を描いているときのアドバイス、助言の仕方。
22.同時に複数から「外で遊ぼう」「いやや積み木しよう」などと言われる。
23.鬼ごっこのルールを変えたいと言う子どもに「みんなに言って」と促した。その子は一生懸命伝えようとしたが皆がわかっ
てくれなくて泣いてしまった。
24.つかまえたら「ちがう鬼ごっこしよう」と言い つかまえなかったら「おもしろくない」と言う。
25.「黒色が好き」と、他の子どもの黒色のブロックを取ろうとする。 26.先生が絵本を読んでいるとき動き回る。
○基本的生活習慣(16 件)
27.子どもの身支度はどこまで手伝えばいいのか。(4 件) − 127 −
28.お弁当の時間の対応の仕方。(2 件) 29.嫌いな食べ物をどこまで食べさせたらいいのか。(2 件) 30.「着替えさせて」と自分でしようとしない。(2 件)
31.降園準備時 帽子を忘れている幼児に声をかけると「ワーッ」とパニック状態になった。(障碍児対応、2 件)
32.降園準備時 プリントの折りたたみ方にてこずる。 33.好き嫌いをして 牛乳を飲まず見つめている。
34.「インゲンマメ嫌い」と吐く。 35.嫌いな食べ物をわざとのように落とす。 ○集団行動(9 件)
36.片付けの時間なのに「いや」「まだ遊ぶ」と言って片付けない。(3 件) 37.先生が話している時間に保育室をフワーと出ていく。
38.先生が話しているときしゃべる 注意をすると一瞬静かにするが、またしゃべる。
39.みんなと一緒に行動できない。集団行動ができない。 40.みんなで何かするとき自分だけ違うことをする。
41.ぐずることが多く 取り残される。 42.先生の周りにくるのがいつも最後になる。 ○個人と集団(5 件) 43.あっちこっちから「先生 見てて」と言われる。(2 件) 44.一つの遊びに入ったら抜けさせてくれない。
45.女児 3 人のうち一人を抱っこしたら 他の 2 人が急に黙って動こうとしなくなった。 46.一人の子どもと腕相撲をしていたら相手がどんどん増えていった。 ○注意の仕方(3 件)
47.A児が実習生をたたく。そばにいたB児とC児が「だめ」と止める。
48.すべり台の逆上りのようなルール違反をしているとき。 49.悪くても謝らないとき。
○動植物(3 件)
50.育てた野菜を持ち帰るとき。雲梯であそんでいる間にそのピーマンが割れた。
51.小動物を乱暴に扱う。 52.小動物を独り占めする。
以上の 52 項目、80 件の割合は、下図に示した通りである。小数点以下は四捨五入した。
図<子どもへのかかわりかたで困った場面の内訳> ⑤ 分類項目別にクラス内のグループで「そのとき、どうすればよかったのか」「どんな方法があっ
たのか」について話し合ったまとめは次の通りである。言葉づかいは、できるだけ学生の発表の
− 128 −
まま表記した。アンダーラインは筆者による。
けんか ・一人一人にゆっくり話を聞けばよかったと思う。けんかが始まった時にあわててはいけない。子ど
もをよく見て話をよく聞くことが大事だ。
・言い合いになって興奮している子どもは、別の静かな場所に移って、落ち着いて話し合うようにす
ればよかったのではないか。
・双方の気持ちをわかってあげることが大切で、そのことを子どもに伝えると「わかってもらっている」
と安心するのではないか。
・遊具の取り合いの場合、子ども同士で話し合わせる時間も必要だった。あわてて介入したのは失敗
だった。子どもたちが解決しようとする力を尊重すべきだと思った。
・すぐ対応しなければならないときとじっくり見守った方がよいときがあると気付いた。
・泣いているときは、まず「だいじょうぶ?」と聞いて安心させることが大切だ。それから、話を聞
くようにして「いたかったね」など気持ちをわかってあげるのがよい。
遊び
・遊び方を観察することがまず初めに大切だ。どこがおもしろくて遊んでいるのかがわかると言葉か
けをしやすくなる。
・担任の先生から「声をかけてあげて」と言われてもいつどんな声掛けをしたらいいのかわからなかっ
たが、もっと子どもと一緒に遊んでおけば同じ楽しさを味わえた。
・つい遠慮してしまっていたが、もっと遊びに入り込めばこちらに気を向けてくれたのではないかと
思った。
・遊びがとぎれそうになるときじゃんけんなど遊び方の提案をすることも必要だと思った。
・気分が落ち込んでいるなと感じたとき、他の遊び方を提案することが必要だった。
基本的な生活習慣
・できないときや食べないときは、励ますような言葉をかけるべきだった。
・できないことよりも一人でできることをしっかりほめるとよかった。
・その子どもは、どこまでできるのかが分かっていないと手助けできない。その子どもをよく知るこ
とが大事なのがよく分かった。
集団行動
・自分から集団行動ができるようにある程度は見守ることが大切だと思った。
・友達から離れる子どもには「みんなと一緒にすると楽しいよ」と誘いかけるようにした。
個人と集団
・あちこちであそんでいるグループの場へ“ちょこちょこ”行って話すようにした。
・どの遊びにもかかわれるように自分なりに時間を区切って行動した。
注意の仕方
・すべり台を遡りするというような危険な時はすぐに止めるようにと担任の先生から言われていたの
で、危険なことはその場で注意した。
動植物
・アレルギーや動物に弱い子どもを日ごろから把握しておかなければならない。
− 129 −
⑥ 子どもとのかかわりについての考察
実習の場で、様々な対応の困難さについて記述した内、多かったのは「どこまでしたらいいのかわ
からない」「どこまで言っていいのかわからない」ということであった。例えば、「基本的な習慣の場
であるお弁当のときの言葉かけや援助をどこまでしたらいいのかわからない」「泣いている子どもに
理由を聞いても泣きじゃくるだけで何も話さない」などである。また、けんかの場面をとりあげたのは、
図示したように 29%の高率であった。そのときの対応は、指導教諭に知らせるというのが最も多かっ
たが、ここでも、「どこまで仲立ちしていいのかわからない」という記述が多かった。学生は実習生
として試行錯誤しながら指導教諭から「追いかけなくていい」「ここは手伝って」「けんかはすぐ止め
97>)
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ないで」「危険なときはすぐ止めて」というように、指導を受けている。しかし、実習からしばらく
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期間をおいて「一番困ったこと」について討議を重ねるうちに、筆者によるアンダーラインの箇所に
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あるように「子どもをよく見て話をよく聞くこと」「気持ちをわかることの大切さ」に気付くことが
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できた。これが子ども理解であり一人ひとりの子どもにどのようにかかわればよいのかという問いに
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つながる重要なキーポイントである。
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さらに、
「どんな声かけをしたらいいのか」
「遊び方の提案」
「誘いかける」などの発言にみられる
ように、保育技術を高める必要性にも気づいている。
JSVUR:ÃɯƣɾY˼LUƄʇƍ:Mȁ45U
この子ども理解と保育技術の向上は、保育者の専門性として大変重要であることから、学生自身が
#=Ń8MȦʍ7Ãɯƣɾ=Ċ™>Ãɯɭ=Ŕ˙ƍ7'5Ĵį˓ʇ6U#7S
気づき、学びを深めようとする姿勢を導き出せたことは有効であった。
ŅȨɱʵȁ4ŅBYȏLR7)UľîYŖÛ+/#7>Ǚì62/
(2)日常生活で見かけた子どもと大人のかかわる様子の観察記録から
̃̊̄ʌŒʑ˘S
4)
を参考に作成した。
①記録の様式は、汐見稔幸・大豆生田啓友編「保育者論」
4)Y÷ɬ:¼ƚ'/
ʑ˘=ǰų>ȄʈɆū–ĴʦȨȪĖúɦÃɯɭʟ
ʊș˧ʶ=žɿž98NjŧȨȍ6ʈ!/Ń8M=ǰŃ7É:UÃʥɭ(Ĵ¨)=
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②観察場所
ʌŒĩƠ
観察した場所は , 電車やバスの中、駅のホームが一番多く 64 人(37%)、飲食店 48 人(28%)、
ʌŒ'/ĩƠ>,˧ʶO{m=ž˹=„—‰˜ȯı 64 ¨(37̂)˶˵Ů 48 ¨
コンビニエンスストア等店舗内 31 人(18%)、その他住宅周辺や公園、遊園等 29 人(17%)であった。
(28%)i”}y^”mmv\ɒŮɳÙ 31 ¨(18%)-=¬¸ņčʸOÖĢˆĢɒ
③観察内容 29 ¨(17̂)62/
総記録数は 172 件であったが、同じ傾向のものを省き、様々な場面を事例として取り上げた。
ʌŒÙŐ
観察した内容を場所別に 3 つの視点からまとめたのが次の表である。
ɣʑ˘ǃ> 172 ±62/ć(ÌĊ=M=Yȷǰ9ĩ˫Y¤¾7'5ý
尚、子どもの年齢は、学生が観察により推測したそのままを記している。
T™"/ʌŒ'/ÙŐYĩƠà: 3 3=ʊșSI7L/=ǵ=ʀ6U
řŃ8M=Ū́>ŅȨʌŒ:RTƳȔ'/-=IIYʑ'5U
− 130 −
¡TȞ(˧ʶ{m)=ž–„—‰6=ʌŒ
ʊș 1
Ń8M=ľ–ǰŃ
ʊș 2
-=Ǐ=Ń8M=ȁƪ1
ʊș 3
ɱÜ9S8XU
− 131 −
周りに見知らぬ人が多くおり、動きが制限されたままで一定時間過ごさなければならない電車の中、
子どもにとってよりどころとなるのは親の存在であり、窓から見える景色の変化であろう。しかし多
くの学生(64 人中 43 人)が注目したのは、スマートフォンの操作や親(大人)同士の話に夢中で、
泣いているのにかまってもらえない、話しかけると「うるさい」と怒鳴られる、持たされたゲーム機
で遊んでいるといった子どもの姿だった。そして、その時の子どもの気持ちを、じっとしているのが
嫌、抱っこをしてほしい、少しだけ相手になってほしいという思いが受け入れられず、泣くことで訴
え続けたり、親からの叱責を回避するため我慢をしたりしているのだろうと捉えていた。また、親の
制止が無いので、靴のまま座席に上がったり吊革にぶら下がったりなどをする子どもの姿に、楽しい
からという気持ちは理解できるが、大人の役割として公共の場でのきまりやルールを知らせなければ
ならないことを指摘していた。又、楽しそうに親子で会話をしたり、絵本を読んでもらったりしてい
る姿をとらえて、傍にいる親がいつでも応答してくれるという安心感が持てる様なかかわりの大切さ
が記述されていた。
− 132 −
学生のアルバイト先である飲食店で、従業員としての立場で見た記述が多かった(48 人中 36 人)。
親子で外食を楽しみたいという気持ちが共有でき、大人にとっては子どもの行動が自分の目の届く範
囲であるという安心感が持てる場所でもある。そこで多くの学生が注目したのは、大人同士が会食を
楽しむのに夢中で、食事を終えて座っているのに我慢できなくなった子どもが、食器で遊んだり店内
を走り回ったり、親のペースに合わせて食べることを強いられ叱責されたりしている子どもの姿で
あった(48 人中 30 人)。楽しいはずの食事が一変した時の子どもの驚きや動揺、不安そうな様子を見て、
自分なら叱る前に注意をする、子どもの食べるペースに合わせながら一緒に会話を楽しむという記述
が多かった。
− 133 −
買い物を楽しむというよりは、日常生活の中、短時間で生活必需品(特に食材や食料などの)調
達という明確な目的を持っている親(母親)と、それに同伴する(せざるを得ない)子どもの気持ち・
意識のギャップに注目した学生は 31 人中 26 人であった。その記述内容は、親の目的とは別にその
時間を過ごすための行動として商品を触ったり、買ってほしいとねだったりするが、その要求に応
じてもらえず、買い物を急ぐ親からきつい言葉での叱責や無視される姿や、親の目の届かないとこ
ろで、商品を触ったり傷つけたりといった社会規範を守れない子どもの姿であった。一方で、お使
いを任されて満足した気持ちや自信を得たのではないかと感じた子どもの姿に注目し、自分自身も
そうありたいと記述した学生が 5 人いた。 − 134 −
遊戯施設では、父親とかかわる場面が多く、29 人中 20 人であった。親子で一緒に遊び、楽しさを
共有でき満足そうな様子や、父親に見守られ励まされて鉄棒の練習を一生懸命している子どもの姿な
どが観察されていた。子どもに楽しい経験や成功体験をさせたい、親子で一緒に楽しみたいという親
のかかわり方に共感する記述が多かった。一方で、社会規範を守らず行動する子どもの姿に、親のか
かわり方を問題視する記述もあった。
⑤ 考察
保育所保育指針第 1 章総則 2. 保育所の役割(4)では、「保育士の専門性のひとつに、子ども同士
の関わりや子どもと保護者のかかわりなどを見守り、その気持ちに寄り添いながら適宜必要な援助を
していく関係構築の知識・技術が考えられる」と言及している。日々の保育における子どもや保護者
とのかかわりの中で、常に自己を省察し、状況に応じた判断をしていくことは、保育士の専門性とし
て欠かせないものである。
学生が観察した乳幼児の多くは幼稚園や保育所での保育を受けている子どもであり、日常の親子の
かかわる様子を把握することは、子どもの気持ちを理解し適切なかかわりをするうえで大切な学びの
過程となる。
また、大沢裕・高橋弥生編「保育者論」で、塚本美智子は子どもを理解しようとする保育者の温か
いまなざしの重要性について次のように述べている5)。 − 135 −
「保育を受ける子どもたちにとっては友達と共に遊ぶことは楽しいが、いざこざも起こる。そのよ
うな時に、保育者に自分の気持ちを受け止めてもらい、安心感を持てることが重要になる。大切なこ
とは、保育者との安定した関係の中で、自己の存在感や居場所を感じ取ることができるようにするこ
とである。そこで重要になるのが、子どもを理解しようとする保育者の温かいまなざしである。保育
者の温かいまなざしには、子どもを受け止める優しさが感じられる。子どもたちは、保育者の温かな
まなざしを感じた時、自分を受け止めてもらっているという実感を得るだろう。その実感が自分の力
を発揮するうえで重要になる。」
観察記録を整理・考察した結果、学生は記録をすることを通して、自分を見てほしい、欲求を受け
止めてほしい、手を差しのべてほしい、話しかけてほしいという子どもの気持ちを理解し、傍にいる
親のまなざしが自分に向けられ、応答してくれることによって喜びや安心感を得ていることに気付い
た。そして、親のかかわり方によって子どもの姿が変化するのは、親の価値観・子育て観が映し出さ
れたものであることを学んでいた。一方で、その子どもに自分ならどうかかわるかという視点での記
述が少なく、不十分さが見られたのは、学生の子ども観が確立していないことが考えられる。このこ
とを踏まえて、具体的なかかわり方の学びに結びつく授業展開を構築していくことが今後の課題であ
る。
5.まとめ
保育者をめざす学生にとって子どもの気持ちをどう受け止めてかかわればよいのかという課題はた
いへん重くて大きい。学生は、子どもと接することによって、自分自身の子どもへのかかわり方が変
容していくことを学んだ。このような実習での個々の子ども及び子ども同士のかかわりの中での気づ
きや、親子のかかわりの観察記録からの学びは、保育の現場にたった時の具体的な援助・指導を考え
るうえでの基盤となる。このことから、筆者らは、学生の子ども観、子ども理解をより深めることが、
今後の学生指導の補完すべき視点であることを確認した。
一人一人の子どもの様子を読み取ることで、子ども理解をより深めていくことにつながり、どんな
援助が必要かを考えるきっかけとなる。保育力向上のためには、この点を学生が意識することが大切
である。
本稿で取り上げた事例は、一側面のみであり限度があることを踏まえて、今後、専門性を高める保
育者養成を目指して、様々な指導の観点を示していきたいと考える。
引用文献
(1)住田正樹・中村真弓・山瀬範子 放送大学研究年報第26号『教育者の「子ども観」に関す
る研究―教師・保育者を中心に―』2008 年 p15-16
(2)住田正樹・中村真弓・山瀬範子 放送大学研究年報第26号『教育者の「子ども観」に関す
る研究―教師・保育者を中心に―』2008 年 p16
(3)太田賀月惠 『保育実習における「学び」と「気づき」による保育士像の形成』
2007 年 pp95-96
(4)汐見稔幸・大豆生田啓友 編 「保育者論」 ミネルヴァ書房 2010 年
(5)大沢裕・高橋弥生 編 「保育者論」 一藝社 2011 年 p27
(6)「保育所保育指針解説書」厚生労働省 フレーベル館 2008 年
− 136 −
0・1 歳児保育室における遊具・玩具について
Play Equipment and Toys Suitable for Infants
田村 みどり 堀 千代 Midori TAMURA
Chiyo HORI
高橋 一夫
Kazuo TAKAHASHI
Current environment surrounding infants and toddlers are drastically changing due to urbanization,
trend toward the nuclear family, low birth rate as well as informatization, and sound development
of infants and toddlers are becoming difficult. Therefore,everyday life and playing environment at
nursery school can be recognized as significantly important in such circumstances.
This study is aimed to teach students of Tokiwakai College who will be childcare workers about
play equipment and toys suitable for infants based on the assumption that children consider
everything around them as play equipment and toys. Also, its proper usage is discussed.
At first, authors made the list of play equipment and toys suitable for infants, and conducted
survey to investigate possession situation at nursery schools in Osaka prefecture. Then, student
survey was conducted to confirm familiarity of such play equipment and toys. Finally, results of
two surveys were compared and feedback on suitable play equipment and toys and its usage will
be made available in lectures by showing samples.
Key Word: infants, play equipment and toys, familiarity among students
<キーワード> 0・1 歳児、遊具・玩具、学生の認知状況
1.本研究の背景と目的
保育所や幼稚園は、乳幼児の健やかな発達を保障し援助することを目的とした保育施設である。特
に最近は 「乳幼児の発達に欠かせない場」 としてこれまで以上に社会的に強い期待を持たれるように
なってきている。それは乳幼児を取り巻く環境が「都市化、核家族化、少子化、情報化」などと大き
く変化し、乳幼児の健全な発達が難しくなってきているからである。
保育所保育指針第 1 章総則では、「保育所は、子どもの生涯にわたる人間形成にとって極めて重要
な時期に、その生活時間の大半を過ごす場である。このため、保育所の保育は、子どもが現在を最も
良く生き、望ましい未来をつくり出す力の基礎を培うために、次の目標を目指して行わなければなら
ない。」とし、その初めに「十分な養護の行き届いた環境の下に、くつろいだ雰囲気の中で子どもの
様々な欲求を満たし、生命の保持及び情緒の安定を図ること。」とある。さらに保育の方法において、
「一人一人の子どもの状況や家庭及び地域社会での生活の実態を把握するとともに、子どもが安定感
と信頼感を持って活動できるよう、子どもの主体としての思いや願いを受け止めること。」と記され
ている。
子どもの健やかな育ちの源として、何よりも大切にされなければならないことは心身の安心や安
定感であり、それにはまず、食事や睡眠・排泄などの生理的欲求が満足されていること、つまり「生
命の保持」の保障が大切である。そしてその他病気や疲れなど健康や安全に対する配慮も重要な要素
− 137 −
となる。また保育の場においては、生活や遊びの場や時間に余裕があり、保育者が一人一人の子ども
と丁寧にかかわれる時間がとれることである。つまり保育者には、一人ひとりの乳幼児が今必要とし
ている「要求」を的確に察知して対応することが求められている。
この様な状況のなか、近年特に乳児の発達は大きく見直され、自ら「育つ力」をもった有能な存在
として捉え子どもを信頼する姿勢をもって保育することが求められている。乳児は自発的にものを見
て触り、口に持って行き足で触り身体全体を動かして理解する「能動的な存在」であることをしっか
り理解して保育することが大切であり、一つ一つの変化に保育者が気づき乳児の「できた」という喜
びを「もう一度やりたい」という意欲につなげていけるよう援助することが求められる。
そのため月齢(特に 0 歳児)・年齢そして個人差に合わせた様々な遊具・玩具のある環境を用意し
ておかなければならない。また、保育者自身がその遊具・玩具の面白さや有効性を理解しておかなけ
ればならない。
本研究では、「0・1 歳児保育室における遊具・玩具」の現状と本学学生のその認知状況明らかにし、
より良い「0・1 歳児保育室における遊具・玩具」のあり方を考察する。
遊具・玩具についての規定としてここでは、あくまでも遊ぶための道具であると考える。保育者が
ある目的達成のために、教育的なねらいをもって意図的に遊具・玩具を使用することは、子どもの自
発性、主体性を育てるためには有効とは考えないが、子どもが興味深く、おもしろく、何時間でもやっ
ていたいということが一番であり、その中に発展性、工夫性、想像性、スリル等が隠されているもの
が良い遊具・玩具と言えると考えた。
2.手続き
①「保育室における 0・1歳児遊具・玩具リスト」の作成
0・1 歳児の特徴は、自発的にものを見て触り、何でも口に持っていくので、遊具・玩具を検討
するときの前提として素材は留意して選び、安全性を考慮して大きさも 3.5 ㎝以下のものは避け
ることを心掛けることとした。
「首がすわるまで」は、横向きで見えるもの、吊り玩具、握り遊具・玩具、優しい音が出るも
のをあげた。「寝返りが始まる頃」は、握れるものや、見て動きや音を楽しむもの、いろいろな
感触を知らせる遊具・玩具をあげ、「這い這いをする頃」は、手指を使う遊具・玩具、音の出る
遊具・玩具、動かして楽しむ遊具・玩具、認識・感触あそびを楽しむ遊具・玩具をあげた。
さらに「つかまり立ちから伝い歩きの頃」は、手・指を使う遊具・玩具、握る遊具・玩具、音
の出る遊具・玩具、動かして遊ぶ遊具・玩具、認識・感触あそびを楽しむ遊具・玩具をあげた。「歩
行の完成の頃」には、運動遊具・玩具、操作的遊具・玩具、ままごと用の遊具・玩具等をリスト
にいれた。なお、絵本や自然物については別途検討することとして、リストより除いた。(資料
1-1,1-2 参照)
− 138 −
オルゴールメリー
− 139 −
− 140 −
− 141 −
− 142 −
− 143 −
− 144 −
− 145 −
②調査方法
①で作成した「0 歳児と 1 歳児の遊具・玩具リスト」(資料1―1・2)から0歳児用 30 項
目、1歳児用 26 項目を抽出して遊具・玩具の写真とともに一覧表を作成し、大阪府内 11 か所の保
育所に送付し、0・1 歳児のクラス担任にその有無について記入してもらい調査した。
(平成 26 年 8・
9 月に実施)
さらに同じ表を使用して、本学 1 回生 41 人・2 回生 41 人を対象に「知っている・知らない」の
状況について調査した。(平成 26 年 11 月実施)
0 歳児と 1 歳児の遊具・玩具リスト一覧表による遊具・玩具の保育園における保有現況と本学学
生の認知状況を比較検討し、今後の保育現場における遊具・玩具のあり方を考察した。
3.結果とその考察
0・1 歳児保育室における遊具・玩具の有無(保育園)と認知状況(本学学生 1・2 回生)は以下の
とおりである。
− 146 −
資料 2-1. 0歳児の遊具・玩具
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調査の結果 0 歳児の遊具・玩具(30 項目)・1 歳児の遊具・玩具(26 項目)について、ほとんどの
園に備えてあった物(0 歳児―丸すず、クネクネバーン、ポストボックス、ミルク缶、布製のおもちゃ
1 歳児―積み木、型はめ・ポストボックス、車、布かばん・スカート、帽子等、人形・人形の布団)
であった。又数園にしかおいていなかった物は 0 歳児の遊具・玩具ではでんでん太鼓、ラッパ(11
園中 3 園)、オルゴールメリー、リグノ、プラステン(11 園中 4 園)、1 歳児の遊具・玩具ではカエル
さんジャンプ(11 園中 2 園)、太鼓・鉄琴、ミニランドセットなどの動物、クーゲルバーン(11 園中
3 園)などがあった。
0・1 歳児の集団保育を行う場においては、衛生面や安全面など考慮したり 0・1 歳児の成長発達が
著しいため、調査時点ではもうすでに必要がなくなって置いていなかった。などの理由が考えられる。
また学生の認知状況については、1 回生、2 回生と問わず 0・1 歳児の遊具・玩具についてよく認知
されていた。認知が半数を下回っていたのは、0 歳児の遊具・玩具ではプラステン(1 回生 24%、2
回生 15%)、ベビーボール(1 回生 45%、2 回生 20%)、リグノ(2 回生 39%)、カラームカデ・アヒ
ルの家族(2 回生 46%)、クネクネバーン(1・2 回生とも 49%)などであった。1 歳児遊具・玩具で
はクーゲルバーン(1 回生 20%、2 回生 49%)、カエルさんジャンプ(1 回生 34%、2 回生 41%)、プ
ラステン(1 回生 49%、2 回生 37%)、ハンマートーイ(1 回生 34%)、色版(2 回生 34%)、紐とお
し(1 回生 44%)、パッチンボタン(1 回生 46%)、ノックアウトボール・パロ(2 回生 49%)などで
あった。これらの遊具・玩具は外国から新たに日本に取り入れられた遊具・玩具であり、保育現場を
対象にする専門店で販売されている関係上、学生たちはあまり乳幼児期に出会うことなく育ったため
認知していないと思われる。
1 回生と 2 回生の認知の差を比べてみると、必ずしも 2 回生の方がよく認知しているという訳でも
なかった。χ2検定をしてその認知に有意な差がみられたものは 0 歳児の遊具・玩具ではベビーボー
ル(1 回生> 2 回生)だけであり、1 歳児遊具・玩具ではハンマートーイ(1 回生< 2 回生)、クーゲ
ルバーン(1 回生< 2 回生)、パッチンボタン(1 回生< 2 回生)、紐とおし(1 回生< 2 回生)、色版(1
回生> 2 回生)などであった。この結果は一人ひとりの学生の育った環境によるものであると考える
− 149 −
ので、1 回生・2 回生による有意差ではないと考える。
では 0・1 歳児保育室における遊具・玩具の保有率(保育園)と認知状況(本学学生 1・2 回生)の
違いに関してはどうだろうか。0・1 歳児保育室における保有率と各学年の認知状況について全遊具・
玩具をまとめて t 検定をおこなった。以下その結果である。
表1.0歳児の玩具について、保育園における保有状況と 1 回生の認知状況のt検定の結果
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0歳児の玩具について、保育園における保有状況と 1 回生の認知状況を比較するために、t検定を
おこなった。その結果、t(58)= -1.66、t値の有意確率 .10 となり、2群の状況に有意な差は認め
られなかった。
表2.0歳児の玩具について保育園における保有状況と、2回生の認知状況のt検定の結果
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" 0歳児の玩具について、保育園における保有状況と2回生の認知状況を比較するために、t検定を
おこなった。その結果、t(58)= -1.30、t値の有意確率 .20 となり、2群の状況に有意な差は認め
られなかった。
表3.1歳児の玩具について保育園における保有状況と、1 回生の認知状況のt検定の結果
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# ! 1歳児の玩具について、保育園における保有状況と1回生の認知状況を比較するために、t検定を
おこなった。その結果、t(50)= -.47、t値の有意確率 -.64 となり、2群の状況に有意な差は認め
られなかった。
− 150 −
表4.1歳児の玩具について保育園における保有状況と、2回生の認知状況のt検定の結果
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! 1歳児の玩具について、保育園における保有状況と2回生の認知状況を比較するために、t検定を
おこなった。その結果、t(50)= -1.33、t値の有意確率 .19 となり、2群の状況に有意な差は認め
られなかった。
このように表1から4までの結果、0・1 歳児保育室における保育園の遊具・玩具の保有率と、1回生・
2回生の遊具・玩具に対する認知状況には、いずれの場合も統計的に有意な差が認められなかった。
ただ、各遊具・玩具ごとにχ2検定をしてみると保育園における保有状況と学生の認知状況に有意な
差が見られた。0 歳児の遊具・玩具で保育園の保有率が学生の認知率よりも有意に高かったものはな
かったが、逆に学生の認知率が高かったものが、オルゴールメリー、おきあがりこぼし、シュシュ、ラッ
パ、カタカタの5つであった。同様に 1 歳児の遊具・玩具についても保育園の保有率が学生の認知率
よりも有意に高かったものはなく、逆に学生の認知率が高かったものも太鼓・鉄琴、ミニランドセッ
トなどの動物、トレインカースロープ3つであった。 この5つ(オルゴールメリー・おきあがりこぼし・シュシュ・ラッパ・カタカタ)は赤ちゃん傍に
あるイメージがあり、どの家庭にも用意されていると予想して、学生達は認識していたのではないだ
ろうか。
太鼓・鉄琴等は、数人の子どもたちが一緒に遊ぶ保育の現場では、鉄琴の棒が目に入ったり、友だ
ち同士のトラブルで棒を振り回すことが予想され、ミニランドセットは小さい動物をなめて誤飲した
りして危険が伴うので保育室に常設されていないと考えられる。
4.まとめ
保育の現場における遊具・玩具は、0・1 歳児の保育室と限定しながらも、いろいろな状況を考え
て用意されている。今回の研究に協力していただいた保育園では、常に先進的な保育を実践され、遊
具・玩具についても造詣が深い保育現場である。子どもたち一人一人の成長発達に合わせ、衛生・安
全面を考え遊具・玩具を用意されていると考える。
また、今回の 0・1 歳児保育室における遊具・玩具についての調査によると、学生は本学において遊
具・玩具についてかなりの知識を得ている。しかし、実際の保育現場で該当する遊具・玩具が用意さ
れていなければ、折角の学びが生かされないことにもなる。今回の調査により学生の認知率が高く、
保育園での保有率の低かった 5 つの遊具・玩具が、なぜ保育現場で保有されていないのかについて、
保育現場と意見交流を通して考察する必要があると考える。また、誰もが乳児期に親しんだ遊具「で
んでん太鼓」「ラッパ」等は子育て支援の意味からも用意することも必要ではないかと考える。
今回作成した「保育室における 0・1歳児遊具・玩具リスト」については、アンケート調査を実施
するにあたり新たに作成したものであり、授業において学生に紹介していないものであったので、今
後授業の中で見本を示しながら紹介していくこととする。
− 151 −
また調査した遊具・玩具は、主に保育用品として販売されているものであったが、 「子どもは、生
活のあらゆるものを遊具・玩具とする」という視点で、子どもの興味関心に寄り添い保育者の工夫に
より手作りされ日々子ども達の遊びの中で活用されている遊具・玩具、子ども自身が発見した今夢中
になっている遊具・玩具も数多くあると考えるので、そういう物も現場より聞き取り授業において学
生に紹介していきたい。
参考文献
(1)CHS 子育て文化研究所編(2010)『見る・考える・創りだす 乳児保育』萌文書林
(2)松本園子編(2010)『新・乳児の生活と保育』ななみ書房
(3)田中真介監修(2011)『発達がわかれば子どもが見える』ぎょうせい
(4)園と家庭を結ぶ「げんき」編集部(2014)『乳児の発達と保育』エイデル研究所
(5)岩城敏之編(2012)『赤ちゃんのおもちゃ』三学出版
− 152 −
保育者に求められる資質についての一考察
A qualities of nursery teacher
吉村 久美子
Kumiko YOSHIMURA
保育者に求められる資質として、子どもに関する情報に対して常に関心を持ち、子どもの最善の利
益が守られているのか、発達を保障されているのかという視点を持つ必要がある。そこで、保育者論
の授業で「乳幼児に関わる出来事を新聞記事から収集し、自分の考えや見解を記述する」ことを授
業課題とし、学生が子どもに関するどんな情報に関心を持ち、どのようにとらえているかを分析考
察した。その結果、子どもの死亡やけがについての内容がほぼ半数あり、保育者を目指す学生にとっ
ては子どもの命を育むということが第一義とであることを深く心に刻み込んでいることが明らかに
なった。また、自分が保育者として現場に立った時、自分ならどう考え、どういうことが出来るか、
そのためには何が必要かというとらえ方をしている学生もいた。今回の分析結果を踏まえた上で、保
育者を目指す学生が、子どもの最善の利益を考慮するという保育の視点を持ち、保育者としての資質
を高められる授業を構築していきたいと考えた。
<キーワード> 子どもの最善の利益、保育者の資質、保育士の専門性
1. はじめに
平成 20 年 3 月に『保育所保育指針』が厚生労働大臣告示として改訂されたことを受けて、平成 23
年4月1日より全国の保育士養成施設において新たなカリキュラムが発進、「保育者論」は保育士資
格必修科目として、保育の本質・目的に関する系列に新設された。本学では、2回生受講科目として
位置づけられ、24 年度より筆者が授業担当をすることになった。表1は、教科目の教授内容に基づ
いて作成した 26 年度のシラバスである。
− 153 −
表 1. 平成 26 年度シラバス
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− 154 −
保育所保育指針第1章総則―2 -(1)で保育所保育の目的として、児童福祉法(昭和 22 年法律第
164 号)第 39 条の規定に基づき、「保育所は保育に欠ける子どもの保育を行い、その健全な心身の発
達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を
積極的に増進することにもっともふさわしい生活の場でなければならない」と明示されている。子ど
もの最善の利益を守り、子どもたちを心身共に健やかに育てる責任が保育所にあることを明らかにし
ています。細野武博は『保育を創る 8 のキーワード』1) で、子どもの最善の利益を、
「子どもの生存、
発達を最大限の範囲において確保するために必要なニーズが最優先されて充足されること」と定義し、
子どもの最善の利益は、保育所保育の基本原則を象徴するキーワードであると述べている。
又、保育所保育指針第1章総則―2 -(4)で「保育所における保育士は、児童福祉法第 18 条の 4
の規定を踏まえ、保育所の役割及び機能が適切に発揮されるように、倫理観に裏付けられた専門的知
識、技術及び判断をもって、子どもを保育するとともに、子どもの保護者に対する保育に関する指導
を行うものである。」と保育士の専門性に言及している。
さらに、全国保育士会が平成 15 年に策定した「全国保育士会倫理綱領」のガイドブックで、柏女
霊峰は、対人援助の専門職としての「倫理」は保育士にもっとも必要とされる専門性の1つとして位
置づけられていると述べている。2)
以上のことから、保育者は子どもに関する情報に対して常に関心を持ち、子どもの最善の利益が守
られているのか、発達を保障されているのかという視点を持つことが必要であると考える。
そこで本稿では、保育者を目指す学生が、子どもに関するどんな情報に関心を持ち、どのようにと
らえているかを把握して分析考察をする。その結果から明確になったことを今後の保育者養成課程の
指導に生かしていきたいと考えた。
2. 研究内容
(1)研究のねらい
保育の現場で専門職としての職務が遂行できるかどうか、特に保護者対応に不安を持っている学生
が多い。実習では子どもと直接かかわることで多くの学びを実感できるが、保護者対応を学ぶ体験が
少ないことが大きな要因であること考えられる。保育現場に立った時、子どもの最善の利益と保護者
支援とのジレンマが生じることがある。保護者や地域への子育て支援を行っていくためには、様々な
知識と技術、判断が求められる。
そこで、保育者論の第 1 回目の授業「保育者に求められる資質について学ぶ」内容として、子ども
の最善の利益を考える上での一つの方法として、
“子ども”をキーワードとした情報を新聞(インター
ネット)で収集し、その内容を理解すると共に、自分なりの考えを整理してレポートを作成すること
を授業課題とした。そして提出されたレポートを整理・分析し、学生の問題意識やとらえ方の実態を
明らかにして、保育者としての資質向上につながる授業内容や展開方法を考察していきたいと考えた。
(2)研究の方法
平成 26 年度前期「保育者論」受講の本学 2 回生 2 クラス 8 5 名を対象に、第1回授業時に、4 月
から 7 月の期間中に「乳幼児に関わる出来事を新聞記事から収集し、自分の考えや見解を記述する」
ことを授業課題とした。そして提出されたレポート内容から学生がどのような事に注目し、問題意識
を持ったのかを考察した。
− 155 −
3. 結果と考察
(1)学生が取り上げた記事の種類
提出されたレポート 85 を分類し6つにカテゴリー化した。その内容は、次の通り 55 項目 85 件
である。同種の記事を取り上げたものの件数を( )内に示した。( )に件数が無いのは 1 件で
ある。
○保護者などの不適切な養育による子どもの死亡事例(32 件)
1. 神奈川県厚木市のアパートで白骨化した男児の遺体が発見され、保護責任者遺棄致死容疑で父
親が逮捕された。(9 件)
2. 生後 1 か月未満の長男の頭を殴ってけがをさせたとして、和歌山県東署は母親(17 歳)を傷
害容疑で逮捕した。(2 件)
3. 宮崎県都城市のアパートで生後 5 か月の乳児を放置して死亡させたとして、母親と同居人を保
護責任者遺棄致死容疑で逮捕した。一緒に住む長男は無事だった。(2 件)
4. 18 歳の少女 2 人が、マンションの一室で同居していた 20 歳の女性から預かっていた生後 3 か
月の赤ちゃんの口をふさぐなどして暴行を加えた後死亡したことに気付き、119 番通報をした
がその後死亡が確認された。警視庁は、暴行容疑で逮捕、少女らは容疑を認めている。(2 件)
5. 自宅で男児を出産し、放置して死亡させたとして一人暮らしの容疑者が保護責任者遺棄致死の
疑いで逮捕された。
6. 生後間もない長女の頭などをたたくなどして重傷を負わせたとして母親(21 歳)を傷害容疑
で逮捕した。
7. 兵庫県尼崎市の運河に浮かんだゴミ袋の中から全裸の男児の遺体が発見され、遺体に無数の虐
待の痕があったことから、行方をくらましていた男児の母親と養父を逮捕した。
8. 大阪府高槻市で生後約 1 か月の男児がぐったりした状態で運ばれた。頭がい骨骨折の重傷を負
い意識不明の重体になっている。同居していた両親が事情聴取を受けている。
9. 自宅で生後 8 か月の長女に熱湯をかけ、顔全体にやけどをさせた父親を傷害容疑で逮捕。以前、
母への DV でも逮捕されている。
10.JR 大阪駅構内のトイレに長女(1 歳)を置き去りにしたとして、母親(22 歳)を保護責任者
遺棄容疑で逮捕。
11.静岡県沼津市のアパートで交際相手の女性の 1 歳の長男に暴行を加え、けがをさせたとして
29 歳の男が逮捕された。長男は意識不明の重体。
12. 横浜市の雑木林で 6 歳の女児が遺体で見つかった事件で、傷害致死と遺体遺棄の罪に問われて
いる母親の元交際相手である被告の裁判員裁判が行われた。死亡までの暴行の経緯が明らかに
なった。 13. 草加市のアパートで母親が 3 歳の女児を押し倒し転倒させた後 119 番、駆けつけた救急隊員が
病院に搬送したが、4 時間後、側頭部の急性硬膜下血腫で死亡した。
14. 東京都足立区の児童相談所が「子どもの所在に関して不審な点がある」との情報を得て、警察
官と共に強制的に立ち入る「臨検・捜索」を実施。次男は見つからず、調べに対して「一年ほ
ど前に、朝起きたら死んでいた」「遺体は服を着せたまま、山梨・河口湖周辺の土の中に埋めた」
と話しているという。
15. 大人用のお菓子を食べたからという理由で,5 歳の女児の手足を結束バンドで縛りけがを負わ
− 156 −
せたとして、東大阪市に住む女児の母と内縁の夫を傷害容疑で逮捕した。
16. 寝屋川市のマンションの敷地で 5 階に住む主婦と長女(2 歳) が倒れているのを夫が見つけ、
119 番通報し病院に搬送されたが、間もなく死亡した。無理心中したと見て調べている。
17. 別の容疑で逮捕された夫婦が、捜査の過程で夫婦の子どもが行方不明になっていることが分
かった。「自分たちの子どもの遺体を捨てた」との供述している。
18. 和歌山市の自宅で,当時 2 歳の長男が父親からの暴行を受けて死亡した件で、県の検証委員会は、
児童相談所と市、乳児院などの関係機関の連携が不十分だったとする報告書を県に提出した。
19. メアリ・エレン・ウィルソン事件(1874 年 4 月にニューヨーク市で起きた、当時 8 歳のメアリ・
エレンに義母が約 6 年に及ぶ虐待を行った)
○制度に関すること(17 件)
20. ベビーシッター(4 件)
21. 新型の出生前診断(4 件)
22. 小規模保育(2 件)
23. 養子縁組(2 件)
24. 子ども・子育て支援制度(2 件)
25. 病児保育
26. 子育て:地域で応援カード
27. 問題行動に特別教室
○虐待全般に関すること(9 件)
28. 虐待で脳に深刻ダメージ(3 件)
29. 乳幼児「キー閉じ込め」に注意
30. 子どもへの心理的虐待急増
31. 虐待連鎖
32. 置き去り
33. 乳幼児揺さぶられ症候群
34. 虐待防止学会の全国大会実行委員長へのインタビュー
○認可外保育所・ファミリーサポートセンター・ベビーシッターによる保育中の事故事例(8 件)
35. 病院へ行く間の 1 時間、市のファミリーサポートセンター事業で紹介された女性宅に生後 6 か
月の女児を預けた。診察を終えて迎えに行くと、心肺停止状態だった。病院について 15 分後
に心臓は動いたが低酸素性脳症で脳死状態に陥り、意識不明のまま 3 年後息を引き取った。市
に調査を求めたが、「当事者間の問題」と不介入の立場を示した。両親は、業務上過失致死容
疑で女性を掲示告訴した。(3件)
36. 大東市の認可外保育所で、昼寝中の男児(1 歳 4 か月)が心肺停止となり、搬送先の病院で死亡、
男児はうつぶせ寝の状態だった。司法解剖で死因を調べると共に、大阪府子育て支援課が児童
福祉法に基づいて調査をする方針(2 件)
37. 埼玉県富士見市のマンションの一室で、インターネットを通して預かった 2 歳男児の口と鼻を
故意にふさぎ、窒息死させた疑いで 26 歳のベビーシッターを死体遺棄容疑で逮捕(2件)
− 157 −
38. 全国の保育施設で 2008 ~ 12 年間に発生した死亡事故のうち睡眠中の事故が 8 割にのぼり、こ
のうち「うつぶせ寝」の状態で発見されたケースが 6 割近くを占めたことが、読売新聞の調査
で分かった。
○その他(22 件)
39. わずか 810 gで誕生し、先天性心疾患のあった女児が計7回にも及ぶ手術を乗り越え退院した。
(2 件)
40. 小児患者に対して禁止麻酔薬を大量に投与された 2 歳男児が、副作用が疑われる症状で急死、
警視庁が業務上過失致死容疑で捜査している。(2 件)
41. 体験記 : 障害と共に生きる。
42. 代理出産 ダウン症児引き取らず。
43. 進化する医療 食べ物アレルギーに耐性
44. 赤ちゃん保湿 アトピー3割減
45. がんの子にウィッグを無償提供のNPO法人を募集
46.「どうする?仕事と育児」をテーマに開かれる「よみうり子育て応援団@西宮」の参加希望者
から寄せられている様々な悩みの一部を紹介
47. 物心ついたころには父と車上生活を送り、各地を放浪していたという男性が保護され、22 歳で
新たな戸籍作成が認められ、人生を再スタートした。
48. 子ども相談室に寄せられた祖母からの「2歳7か月の孫がまだ言葉が出ない」という質問への
回答
49.「赤ちゃん先生プロジェクト」の先生を養成するトレーナーの紹介
50. 育児知識の世代間ギャップ
51. 大阪市内で実施している「絵本読み聞かせ事業」の紹介
52. 神戸市で実施されている、子どもと絵本をぬいぐるみで近づけようという取り組みの紹介
53.「迷子ひも」を巡って賛否両論があり論争が交わされている。
54. 保護者に響く保育の金言欄の記事「現代版「群れ子育て」が必要
55. 全国私立保育園研究大会分科会「ハンガリーの実践に学ぶ」
以上の 55 項目 85 件の割合は、下図に示した通りである。小数点以下は四捨五入した。
− 158 −
<学生が取り上げた記事の種類>
22%
36%
10%
11%
21%
(2)レポートの記述内容とそれに対する考察
カテゴリー別に、学生が一番多く取り上げた記事に対する記述内容と、それに対する考察は次
の通りである。
*学生が記事を要約した記述をそのまま表記しており、記事の全容を表したものではない。
○保護者の不適切な養育による子どもの死亡事例:
神奈川県厚木市のアパートで白骨化した男児の遺体が発見され、保護責任者遺棄致死容疑で父親
が逮捕された。
< 内容 >
・母親が家を出た後、女性と交際するようになってから帰宅が減り、育児放棄により長男を死亡させ、
遺体が発見されないよう工作したとみられる父親は、自分の子どもが亡くなっているのに、悲しみ
や寂しさの感情がないのかと憤りを感じる。女性と居る時、子どものことが気にならなかったのだ
ろうか。
・許される事ではないが、父親一人で仕事と家事、育児をするのは無理があったのかと思う。祖父母
などの手助けに頼れなかったのだろうか。父親に対する仕事と子育ての両立支援の場が少ないこと
が、結果的に子どもが犠牲になったと感じた。
・家を出た母親は、子どもを一緒に連れて行き、自分だけで育てられなければ施設を利用する方法あっ
たのではないか。
・児童相談所が迷子になっていた男児を保護し、3歳半検診を受けていなかったことが判明した時点
で育児放棄を疑い、家庭訪問をすべきだった。住民登録を抹消されていたことに対する関係機関の
危機感の薄さと連携が密で無かったことが問題である。
・同じアパートに住んでいた住民がおかしいと思いながらも関心を持たなかった。
近所の人とのコミュニケーションが取れていれば長い間放置されることはなかったはず、人とのつ
ながりが大切だと気づかされた。
− 159 −
・育児の孤立化、密室化が起こした事件である。保育所が園庭開放をしたり、親子教室、育児相談を行っ
たりして「一人じゃない、頼れるところがある。」と感じられることが重要である。子育て支援を
幅広くするべきである。
・一番大好きな親に見放された子どもの気持ちに気づき、自分はこうならないようにしようと思う親
がいてほしい。一人一人の大人が、子どもの命の大切さに気づき、命を助けられるような社会に向
かっていけたらよいと思った。
< 考察 >
父親が子どもを死亡に至らせた事に対する行為は許されないとしながらも、批判だけにとどまるの
ではなく、父親が仕事と育児を両立させることの困難さに対する一定の理解や支援方法の提示などが
あった。
又、児童相談所等関係機関の連携や、育児の孤立化、密室化という子育てを取り巻く状況に対する
支援の必要性に言及している学生もいた。
家庭の子育て力を高める(自助)、地域社会の(共助)、公的援助の総合的ネットワークによって子
育て機能が拡大していくという視点につながる記述があった。
○制度に関すること:ベビーシッター
< 内容 >
・仕事の関係上ベビーシッターに預ける人が多いが、知らない人に子どもを預けることに罪悪感を持
つ人や、高額であるためあきらめる人も数多いが、必要不可欠でもある。
・顔見知り同士で保育園の送迎や託児を助け合える会員制サイトは、預かり可能な会員が見つからな
くても「ママサポーター」としてあらかじめ登録した保育士資格を持つ人が対応してくれ、安心し
て預けている人もいる。
・ベビーシッターに必要な資格は現段階ではない。命を預かる仕事なので資格が必要であると思う。
安心して預けられるよう規制が必要である。 ・ベビーシッターを求める親とベビーシッターをつなぐ「マッチングサイト」の情報について、ほと
んどの自治体が実態を把握していなかったことが厚生労働省の調査で分かった。制度の整備が必要
である。
・「トワイライトステイ」等公的サービスの拡充が必要である。
< 考察 >
ベビーシッター制度全体の理解という点では不十分さは見られたが、安心して預けられるような制
度整備と共に、公的サービスの拡充が必要であるとの見解を持っている学生がいた。
○虐待全般に関すること:
子ども時代の被虐待体験は、心の傷を残すだけでなく、脳の機能や構造を変化させることが研
究から分かった。虐待を受けている子どもを早く発見し、安全な環境に移すことと、虐待する親
心の治療や支援が必要である。
− 160 −
< 内容 >
・虐待によって身体的、精神的なダメージだけでなく、脳にも深刻なダメージがあることを知り、改
めて虐待を早期発見すること、虐待を受けた子どもに対するケア、虐待を防ぐことができるような
環境作りが大切だと思った。
・専門家による子どもの心のケアや、学校での個別学習支援等のサポートをもっと充実させることは
勿論、虐待をする親に対する心の治療や支援も大切だと思う。
・出来るだけ早く虐待を受けている子どもを発見することが大切。子どもの変化に気づくことができ
るのは、保育所の保育士や幼稚園教諭であると思う。子どもの変化や状況を把握することができる
保育者になりたいと思う。
・親にも虐待をしてしまうに至った理由があるのではないか、育児や仕事、家事でのストレスも大き
く影響していると思うので、親の気持ちに寄り添い、支援できる様な保育士になりたい。
< 考察 >
虐待が子どもの脳にもダメージを及ぼすことを知り、改めて虐待の早期発見における保育者の果た
す役割の大きさを認識していることが分かった。そして、子どもの変化や状況を把握できるような、
また、虐待をする親の支援ができるような保育者になりたいと、自分自身の問題としても捉えていた。
○ファミリーサポートセンター事業での事故事例:
病院へ行く間の 1 時間、市のファミリーサポートセンター事業で紹介された女性宅に生後 6 か
月の女児を預けた。診察を終えて迎えに行くと、心肺停止状態だった。病院について 15 分後に
心臓は動いたが低酸素性脳症で脳死状態に陥り、意識不明のまま 3 年後息を引き取った。市に調
査を求めたが、「当事者間の問題」と不介入の立場を示した。両親は、業務上過失致死容疑で女
性を掲示告訴した。 < 内容 >
・個人ではなく市の事業であり、行政の紹介ということで親は安心して預けたところで起こった事故
である。預かっていた女性はうつぶせ寝をさせていたことは認めたが、危険性を知らなかったとい
うことが問題である。
・利用料が安価、会員登録制という手軽さで普及をしているが、子どもの命を預かる責任のある仕事
なのに預かる会員は資格が不要であることや、24 時間の講習も実態として実施されていないとこ
ろが多いということが問題であると思う。
・子どもを預かる立場の人間は、乳児の寝方に注意をして 15 分おきに確認しなければいけないとい
う基本的なことを知っているべきである。講習をきっちり実施して、知識を身につけ、子どもの命
を預かっているという責任感を持つべきである。
< 考察 >
保護者にとって安価で手軽に利用できることはメリットではあるが、公的事業として子どもの命を
預かるからには、保育の基本的知識と責任感を持った人を派遣するべきだとの問題意識を持っていた。
○その他:わずか 810 gで誕生し、先天性心疾患のあった女児が計7回にも及ぶ手術を乗り越え
退院した。
− 161 −
< 内容 >
・810 gで産まれてきたことに対し、生命の力強さが感じられる。そしてさらに驚いたのは先天性疾
患があり、7 回にも及ぶ手術を乗り越えたということである。2000 g未満で手術をしたとの報告は
世界でもないらしく執刀医らの医療技術の素晴らしさと共に、産まれてきたばかりの小さな赤ちゃ
んが、本能的に「生きる」という信号を出して頑張る姿があるのだと思った。
・赤ちゃんを産んだ母親が、「始めは心の整理が出来なかったが、手術の度に頑張ってくれているな
と思った。この日が迎えられて嬉しい」と話していたが、自分自身が保育者となり親となった時に
は、子どもの神秘的な力や生きる力を感じながら子どもを育てていきたいと思った。
< 考察 >
子どもの生きる力を育んでいくことが保育の営みであるという認識を持てていることが伺えた。
3. まとめ
レポートを分析考察した結果、学生が取り上げた事例が多岐にわたっていること分かった。その中
でも、虐待や保育中、医療ミスなどでの子どもの死亡やけがについての内容が 42 件 49%とほぼ半数
であった。このことは、子どもの命を育むということが第一義とであることを授業や実習で直接子ど
もとかかわることによって深く心に刻みこまれているのではないかと考えられる。
また、記述内容は、記事を読み取って理解するだけでなく、自分が保育者として現場に立った時、
自分ならどう考え、どういうことが出来るか、そのためには何が必要かという視点での記述と、「こ
んな社会になってほしい」「憤りを感じる」と、第三者的な漠然とした感想に過ぎないものもあった。
このことから、保育者を目指す学生が、保育所保育の基本原則ともいえる子どもの最善の利益を考慮
するという視点を持ち、保育者としての資質を高められるような授業内容や展開方法を構築していき
たいと考える。
引用文献
(1)大場幸雄・細野武博・増田ますみ 編著 『保育を創る 8 つのキーワード』 フレーベル館 2008
年
(2)柏女霊峰 監修 全国保育士会 編 『全国保育士会編倫理綱領ガイドブック』 2004 年
参考文献
(1)矢萩恭子 「「保育者論」授業において“保育者の専門性”をいかに伝えるか」
全国保育士養成協議会 51 回研究大会研究発表論文集 p2-239
− 162 −
ANNUAL REPORTS OF ATUDIES
TOKIWAKAI JUNIIOR CORREGE
Vol.43 2014
CONTENTS
Using heartbeat sensor for analysis of learner’
s nervousness inpracticaltraining ………………
3
Yukiko SHIRAI
Aki KONO
Kazuo TAKAHASHI
Kimio SHINTANI
Technical system and simple accompaniment ………………………………………………………… 19
Masamichi ISHIOKA
A Study of Organization of the Curriculum of Kindergarten and the Results of its Practice …… 31
Kazue OKAMOTO
A Proposal of Observations Item and Evaluation Index for PDCA cycle in Field of Childcare … 43
Aki KONO
Maki HIRANO
Kimio SHINTANI
Study of teaching materials and tools in modeling Ⅱ ………………………………………………… 57
―The results of survey and initiatives to … students on the use of scissors ―
Tatsuya SHIRAHASE
A study on effects of storytelling“SUBANASHI”from the drawing of children ………………… 69
Kazuo TAKAHASHI
Maki HIRANO
Kimio SHINTANI
− 163 −
Caring Children with Disabilities, Support for Parents,
Partnership with Family and Relevant Organizations …………………………………… 83
―Through a Case Study―
Midori TAMURA
Chiyo HORI
Hirofumi TSURU
Toward the Early Childhood Care and Education
in Which They Look After Children’
s‘Kurashi(Daily Life)’. ……………………………… 93
: Children and Preschool Teachers Are the Subject
Who‘Sugosu(Feel at Home)’and‘Mezasu(Aim to Do Something).
Naoki TSUNEKAWA
A study of social status of child minder ……………………………………………………………… 105
Shizuka HAYASHI
Kazuo TAKAHASHI
Practical Self-assessment items for improve the qualification of teachers …………………………115
Maki HIRANO
Kimio SHINTANI
Aki KONO
A Study on ways of observing Infants and Children of
Pre-school Age at Day Care Center and kindergarten ……………………………………… 125
Kumiko YOSHIMURA
Kazue OKAMOTO
Play Equipment and Toys Suitable for Infants ……………………………………………………… 137
Midori TAMURA
Chiyo HORI
Kazuo TAKAHASHI
A qualities of nursery teacher ……………………………………………………………………………153
Kumiko YOSHIMURA
− 164 −
常 磐 会 短 期 大 学 紀 要
(2014 年度)
第 43 号
創立 50 周年記念号
紀要委員会委員
五十川 正 壽 片 山 陽 仁
新 谷 公 朗 田 淵 創
都 倉 雅 代 平 野 真 紀
平成 27 年 3 月 25 日 印刷
平成 27 年 3 月 25 日 発行
発 行 常磐会短期大学
大阪市平野区平野南 4 丁目 6 番 7 号
TEL (06) 6709 - 3170
発行責任者 田 淵 創
印 刷 株式会社 ひまわりぷりんと
TEL 072 − 281 − 6336 − 165 −