森に親しみ森と生きる

森に親しみ森と生きる
~オーストリア~
チロル地方を訪れると林業と牧畜の盛んな土
地柄が一目でわかる。林業と牧畜は相性がよ
く、傾斜のゆるい場所は牧草地、そして傾斜が
きつく牧畜に向かない土地は林業に使われる。
それぞれ単独で十分な収入を得るのは難しいが
兼業すればやっていけるから、これが同地方の
伝統的な農業スタイルだ。
ブナ、トウヒ、アカマツを中心とする丸太は
地元の製材所か製紙工場に持ち込まれ、特に質
のいいものは高級家具材となり、逆に低質のも
のや枝葉は伐採現場でチップ機にかけバイオマ
ス燃料とする。だから無駄がなく林地残材も発
生しない。特に近年の木質バイオマス需要は林
業の追い風だ。なお、林業家を農家と呼ぶのは
一般的でないが、兼業(さらに果実栽培が加わ
ることもある)が多いことから包括してこう書
くことにしたい。
マイヤーホーファー家(写真)もそんな農家
のひとつ。一家は約30ha の森を所有し、これ
はこの地方の平均(10~20ha)よりかなり広
い。一家の主であるヨセフは牧畜に従事しなが
ら年間1ヶ月程度は山に入り、人手が必要にな
れば家族も加勢する。
写真はマイヤーホーファー家3世代の記念撮
影だが、どうにも痛々しい。ヨセフの骨折、息
子マーティンの靭帯損傷とも林業での事故だっ
た。特にヨセフは重傷のためヘリコプターで病
院に搬送され10日ほど入院。地元の林業機械
メーカーでエンジニアとして働くマーティンが
急きょ休暇を取り引き継いだが、その彼も木か
ら滑り落ちてギブスをはめることに。残りの作
業は近隣農家へ委託するのだろう。
ちなみに山間部での伐採作業には架線集材と
いう手法を使う。タワーヤーダ(架線集材機)
さきやま
ど ば
を立てて先山(伐採現場)から土場(集材して
トラックに積み込む場所)まで空中にワイヤー
を張り、キャレッジと呼ばれる運搬機を使って
丸太をぶら下げて運ぶ。直径1 m 長さ30m の
丸太を枝をつけたまま運ぶ凄まじいパワーだ。
日本で広く行なわれている、ショベルカーで
即席の道を作って丸太を引き出すようなことは
表土を傷めるので行わない。そもそも、それで
は作業効率が悪すぎる。タワーヤーダなら架設
と撤収が短時間で済み集材も高速だから生産性
は抜群だ。低額の小型機から高額の大型機まで
種類は多く、近隣の農家が一台所有していれば
他の農家がそれを借りられるし、チップ機も同
じように融通しあうとのこと。
実のところ、農家はマーティンではなく別の
兄弟が継ぐことに決まっているが、マーティン
も年間労働時間の10分の1は森で働くそうだ。
森が好きで父親と祖父から林業のイロハを学
び、安全服を着てチェーンソーを操る。
山間部での伐採が多く林業家の規模が比較的
小さい点などオーストリアと日本の状況には共
通点が多い。しかし木質バイオマスの利用、関
連産業の力量、林道の整備、集材システムの先
進性、作業者の育成、補助制度には大きな違い
がある。何より「森を養生しながら経済的見返
りを得る仕組み」、つまり「持続可能な林業」
の完成度には天と地ほどの差がみられる。20歳
代の後継者(マーティンは後継者ではないが)
に力強く「林業は魅力的」と言わしめるのが
オーストリアだ。
(在独ジャーナリスト 松田 雅央)
マイヤーホーファー家の3世代。(左からマー
ティン、ヨセフ、おじいさん)
。もっとカッコい
い写真もあるのだが3人のほのぼのした笑顔に
惹かれ、あえて使わせていただいた(敬称略)
日経研月報 2010.7
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