身の回りの硫化水素発生の可能性と対応について (株)藤井基礎設計事務所 藤本栄之助 藤井俊逸 1 はじめに 硫化水素による自殺は、警察庁によると 2008 年 1~5 月末で 489 件 517 人となっている。自殺だけ でなく、2008 年 5 月末には T ホテルの地下ピットから硫化水素が発生し、問題となった。 当社は、T ホテルの地下ピットに残存する石膏ボードなどの建設残材の撤去に関して、技術的なアド バイスをしながら、関係者と一緒になり対応した。このような事件が起こると、ホテル側はもちろん、行 政側、その他多くの関係者は、夜を徹して対応に当たることとなる。これは時間的にも、精神的にも大 変な苦労である。 発生してしまった以上、取り急ぎ、それを解決することが社会的な使命である。関係者が協力して、 早期解決できたことは、非常に意義深いことに感じる。 このような事件の後に大事なことは、再発防止と、他にも可能性がある場所を指摘し、そこを点検し、 安全確保を行なっていくことである。 この論文では、T ホテルの「硫化水素発生メカニズムと対応策」、「身の回りで硫化水素発生の可能 性がある場所」、「そのような場所で工事をするときの注意事項」について整理した。 2 硫化水素発生メカニズム T ホテルでは、工事の残材である石膏ボードを、地下ピットに放置していた。その場所が密室状態とな っているところに、水害による水の浸入があり、硫化水素発生に至った。 (栄養源) ↓ -- 2SO4 +2H2O→2H2S+5O2 ↑ 硫酸還元菌 (無酸素状態、嫌気性雰囲気) 石膏ボードの中に紙などの有機物が配合されていたり、また水害などで汚水が流れ込んだりすると、 それらの有機物が硫酸還元菌の栄養源になり、ますます繁殖して硫化水素ガスの発生が増える。(硫 酸イオンだけでなく、硫黄を含んだたんぱく質も発生源になる) 硫化水素ガスの発生を抑制するには、空気を吹き込むことが一番効果あるが、水分のない状態に するとか、栄養源の汚物を除去したりすると発生を抑えられる。 3 対応策 ① 硫化水素を発生させない対応策 a) 石膏ボードや海水など、硫酸イオン SO4--を含んでいるものを、嫌気性雰囲気(無酸素状 態)におかないこと ② b) 乾燥した状態にしておくこと c) 栄養源となる汚物や木材、紙類、繊維屑などと混在させないこと 硫化水素が発生してしまったときの対応策 a) 発生源をまず遮断する b) 発生源に希釈した(10%以下)苛性ソーダを、慎重に注入する。できることならば、発生源の 硫化水素量を把握または推定し、化学両論的に当量の苛性ソーダを注入する。もし、硫化水 素量の推定が不可能ならば、発生源周辺のガス濃度を測定しながら、ゼロになるまで苛性ソ ーダの注入を続ける。 c) 表1に、苛性ソーダによる中和方法と、その他の工法の比較を示す。 d) 作業中は、スクラバー・活性炭吸着塔により、空気の浄化を行なう。作業管理基準を 5ppm に 定め、それに適合する装置を選定した。緊急に本箇所に適合する装置を入手するのに苦労 したが、何とか手に入れることができた。 e) 作業管理基準の 5ppm 以下となることを、モニタリングしながら、作業を行なうようにした。もち ろん発生源に近づいて作業する作業者は、所定のガスマスク、ゴーグル、防護服、手袋、長 靴、ヘルメット、命綱などを装着した。 選定 現地で採用し た方法 現地で採用し なかった方法 方法 苛性ソーダ中和法 理由 発熱せず温和な方法 備考 除害ハンドブックに記載 リモナイト処理法 塩化鉄注入法 硫化ソーダ処理法 反応が遅く無効 塩酸溶液で環境汚染 処理液受入施設なし 石油プラントでは使用中 4 硫化水素発生の可能性がある場所 硫化水素発生の可能性がある場所として、次がある。 ① 石膏の貯蔵倉庫 a) ② 河川湖沼の底に溜まるヘドロ a) ③ ④ ⑤ a) 嫌気性雰囲気での汚染有機物の存在 b) 下水道工事中には換気をよくする c) 労働安全法で換気回数を規定 安定型最終処分場 a) 嫌気性雰囲気での汚染有機物の存在 b) 送水槽内で水質検査の作業中に硫化水素中毒となる例が、多く発生 廃鉱跡地 ⑧ ⑨ 嫌気性雰囲気での汚染有機物 廃水処理場のピット内 a) ⑦ 嫌気性雰囲気での汚染有機物の存在 下水道内 a) ⑥ 通気をよくし、嫌気性雰囲気にならないように注意すること 嫌気性雰囲気での汚染有機物 石油精製工場のタールピッチ a) 石油は古代微生物の死骸から嫌気性雰囲気下で長年にわたって生成したもの b) 多くの硫化水素ガスが含まれている 硫黄入り入浴剤と塩素系トイレ用洗剤の同時利用 a) 生活に密着したものから、硫化水素が生まれることは、恐ろしいことです。 b) 普段からの知識が大事になります。 その他、空気が薄いか、またはまったくない場所で、じめじめしたところには必ず硫化水素ガスが 発生していると考えた方がよい 5 硫化水素ガスの発生が懸念される場所で工事するときの注意 4 章で示した硫化水素発生の可能性のある場所で、工事や作業をする場合の注意事項を、以下に整 理した。 ① 工事で入る前に、必ずガス検知器で酸素濃度、炭酸ガス、一酸化炭素ガス、メタンガスおよび硫 化水素ガス濃度を測定し、安全を確認すること(全種目を測定できるガス検知器がある) ② このような工事をする場合には、労働安全基準法で有資格者が立ち会うことを義務付けている ③ 有害ガスの存在が検知器で確認された場合には、送風機で十分空気置換をしたあと、有害ガス が完全になくなったことを確認して作業を開始すること ④ 作業中は送風機で空気を送り続けること(送風機の能力は法令で定められた空気置換回数に基 づいて選定すること) ⑤ 作業者は法律で定められた安全防護服、ゴーグル、手袋、長靴、ヘルメット、ガスマスクなどを着 用し、命綱を装着すること ⑥ その他、安全労働法などの法令、省令,安全基準等に従うこと 6 おわりに 我々も、現場で密閉されたような場所へ行くことがある。常に、硫化水素ガス検知器を持ち歩く訳に はいかないが、4 章で示した場所に入るときには、慎重にする必要がある。4 章で示したような場所は、 まだ私たちの周りに沢山ある。 これらの箇所も、定期的に硫化水素濃度を測定するなどの、安全対策を行なっていくべきである。そ のような仕組みを作り、運用を管理していくことで、事故が減少できると思われる。 硫化水素による自殺が増加したことで、硫化水素の怖さが一般市民にも広がっていった。今が、新し い仕組みを構築するチャンスである。 当社では、いろいろなセンサーをインターネットで配信したり、所定の値を越えると携帯電話の警報 を発信する仕組みを構築している。硫化水素のような人体に被害を与えるガスのモニタリングも、今後 重要なテーマになると考えている。
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