教化研究 No.13

I
SSN0
9
1
721
8J
z
2002年 (
平成 1
4
年)
No
ズJ
研究成果 報告
「人材データーベ ースの活用と
結縁五重相伝会のあり方 J
浄土宗 総合研 究所
1
8
1
2
71
9
ISSN0
4年)
2002年(平成 1
No
f
ズf
研究成果報告
:
ji人材デ ータlベl ス の 活 用 と 結 縁 五 重 相 伝 会 の あ り 方:
j
i
-
現代布教研究班:
武田
:
典翁 ・
:
真道 ・
浩志
:
道生 ・
康
平成十三年度研究活動報告(概要)
浄 土 宗 義 と 現 代 │ │ 浄 土 宗 基 本 典 籍 の 現 代 語化
開教の基礎的研究
① 国内 開 教
② 海外開教
浄 土 典 籍 ・版 木 の 研 究│ │浄 土 宗 寺 院 所 蔵 文 献 類 調 査 整 理 研 究
教 化 儀 礼 の 研 究│ │伝 承 儀 礼 研 究
(
H)
1
国
次
礼讃戸明音 譜 の研究
田
2
30
4
0 3
83
4
4
4
林
谷
内
水
竹
坂
上
目
ホームペ lジ に よ る 教 化 情 報 提 供 運 営 に 関 す る 研 究
① 日 本 語 に よ る ホ l ムペ lジ
・ ・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・ ・戸松
・
・
・
・
・
・
・ ・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
② 英 語 に よ る ホ l ムペ l ジ・
・
・
・
・
葬 祭 仏 教 研 究│ │葬 儀 の 実 態 的 研 究
日常勤行式の現代語化に関する基礎的研究
達雄:・
今岡
門町。ロヨよ門門田:・
ロω
。
﹄
芳光・:
見宥:・
葬祭仏教研究班:・
回
研究ノ l ト
行事報告
9
5
賢
兆
細
田
福
西
上
﹁葬祭に関するアンケート﹂静岡教区アンケート第 一次分析結果報告::
五 重 相 伝 の 基 本 と 実 践Tji公開講座 ﹁
-
浄土宗総合研究所所員・嘱託名簿
平 成 十 三年度
研究課題・担当者
浄土宗総合研究所運営委員会委員名簿
平成十四年度
編集後記
一
一-11ー
8 6
06
7
5
4
87
0
1
2
4
71
4
81
4
21
5
41
5
1
義
晴
研究成果報
壬
ヒ
仁1
-1一
一一「
二
ブ
ヴプ~
夕空E
l 果
ス報
の 七
べ成
結縁五重相伝会のあり方
人材データベースの活用
本研究の目的
材夏研
1. 人材情報の作成作業
研究成果報告
結縁五重相伝会のあり方
人材データベースの作成
研究の方法
2 l
2
活
用
と
結
縁
重
伝
相
~
エミ
) システムの概要
2
(
2. 結縁五重相伝会のあり方
班
あ
り
方
② 勧誠内容ごとの席数
① 席数
3)勧誠録による五重日程の考察
(上田見宥先生公開講座・別掲肌ぺ l ジ
五重相伝﹂の基本と実践
)﹁
2
(
)五重相伝会の実際(清水秀浩研究員講義より)
1
(
プ~
q
の
現
代
布
教
河
石
) 人材情報収集作成作業
l
(
五
③ まとめ
-2-
現
人代
次
はじめに
I 目
2
H
左口
①調査表
② アンケート集計結果
ィ、概要
ロ、調査結果
ハ、教示記入事例
課題と提言
四つの課題
(
2
) 出張五重相伝会の試み
(
1
) 組単位の開催
提
研 究 会 議 活 動報 告
おわりに
2 l
研 究 班 一覧
-3一
(
4
) ﹁結縁五重相伝会についての調査﹂報告
町出
N
研究の方法
はじめに
l) 人材データベースの作成
(
研究成果報告
人材情報の作成作業
人材情報収集は
現在ω名程の方々の登録記
結縁五重相伝会のあり方
本研究の目的
﹃
教化研究﹂ 尚 ・ロ 現代布教研究│教
)人材データベースの活用
l
(
平成十 二年度
布教情報の収集においてすでに述
化活動における人材 ・
べた通りであるが、本年度は﹁人材データベース﹂の作成
入を終えているが、システムが構築考慮中であるため収集
作成作業は現状凍結した 。
) システムの概要(提言)
2
(
① 宗務庁の然るべき部署に﹁人材情報管理室﹂
置し、全国機関に情報網を構築する 。
を
② 浄土宗関係諸機関より、講習会研修会の情報を収
集する 。
③情報の分類管理(常に最新情報を維持する)。
④ 情報提供を依頼し、受理する 。
⑤ 全情報より、該当情報を抽出する 。
設
作業をすすめて行く 。
)結縁五重相伝会のあり方
2
(
同時に、新たな研究課題の予備研究として左記の研究を
進めて行きたい 。
浄土宗の教えを、五つの順序にしたが って伝える法会に
﹁
結縁五重相伝会﹂がある 。
この﹁結縁五重相伝会﹂は、全国各地で厳修されている
幻世紀の
が、構成及び内容についての実態調査を含め、 ﹁
﹁
結縁五重相伝会﹂ のあり方﹂ について多面的に研究を進
めてゆくための予備調査研究を行う 。
-4-
2
2
E
⑥ 依 頼 者 に 情 報 を 提 供 す る 。 (報告書提出を義務付け
る。)
報告書の内容を情報に追加入力する 。
⑧ ﹁人材情報管理室﹂を広報する 。
結縁五童相伝会のあり方
五童相伝について・現状と問題点﹄
﹃
清水秀浩研究員講義資料
① ﹁五重相伝の配役と手伝いの人数﹂ B 5
常時法用)
要傷・密室 ・
(入行式-剃度 ・
機悔 ・
③ ﹁五重相伝のしおり﹂①序説1⑥第五重B 5
④﹁道場清規﹂・﹁五重相伝出席表﹂ B 5
@ ﹁結縁五重の準備﹂ B4×7
⑦ ﹁心光寺五重相伝日程﹂B 4
×3
⑧ ﹁道場の荘厳﹂ B 4
⑨ ﹁配役表﹂ B 4
入行書院式・開白法要剃度式書院式
要傷道場・密室道場
×日
⑩﹁五重相伝要項﹂河内園異香山法楽寺B 5
各法要の配役表・差定-衣帯
) ﹁五童相伝﹂の基本と実践
2
(
(上回見宥先生公開講座 ・別掲 肌ぺlジ
3)勧誠録による五重日程の考察
後述のアンケート調査と並行して、日程商の参考にもな
ると考え、国 附 の勧誠録をスタ ッフで読み合わせ、勧誠内
容と日程の関係を調べてみた 。勧誠のすすめ方は人によ っ
て異なり興味深いものがある 。以下その調査の結果を述べ
参考にした勧誠録 一覧
岩井智海
(順不同 ・書名・勧誠師名のみ記載 ・敬称略)
。﹁五重講説﹂ 上下巻
。﹁ 口述(はなしことぱ)五重勧誠﹂伊藤宏天
-5一
⑦
② ﹁五重相伝日程表﹂異香山法楽寺
5
B
入行書院式・前行中の道場剃度式・・要傷道場
密室道場と法要関係の諸準備品
る
2
。﹁浄土宗の五重説法﹂井川定慶
十五席が主流の
後に述べるアンケート調査と同じく十四 ・
聞がわからないため、勧誠全体の所要時間は判明しない 。
ょうである 。
。﹁五重法話﹄ 野島宣道
。﹃五重講説﹄
②勧誠内容ごとの席数は勧誠師により違いがあることは勿
て念仏行の実践へという段階の踏み方が、結縁五重相伝勧
を割いている例が多い 。教学的内容より、信機 ・信法そし
取っている 。仏教概説・宗学概説 ・二祖三一代の伝記に時間
多くの勧誠師は前説・初重 ・二重に重きをおき時間を
③まとめ
第五重・ 一席(約9%)
重・ 二席(約日%)
重・ 二席(約 日%)
重 ・三 席 ( 約 加 %
重 ・四席(約お%)
説 ・三席(約加%)
全体 ・十五席
。﹁五重傍法講話﹂ 藤吉慈海
。﹁五重勧誠﹂ 藤堂俊章
。﹃弥陀の掌(ほとけのて)﹂寺固定信
。﹃五重法話﹂ 岩井信道
。﹁南無 一撃﹂服部法丸
。﹁ ひとすじの道﹂ 羽田恵一
。 ﹁
故郷への峠道﹄ 山脇秀候
。﹁順願の撃﹄松島定宣
。﹁今現在説法﹄ 有本亮啓
。﹁歓喜の音(こえ)﹄民谷隆誠
①席数
前
初
四
。﹃浄土宗五重講録﹂水谷大成
論だが、大体の平均を取ると左のようになる 。
法
。﹃還愚の法悦﹄ 金子真補
林
最低八席、最高 二十席とぱらつきがあ ったが、 一席の時
-6-
霊
誠の道筋であることが読み取れる 。
4) ﹁結縁五童相伝会についての調査﹂報告
浄土宗総合研究所情報研究班では、平成日年日月l u月
にかけて﹁結縁五重相伝会についての調査﹂アンケートを
宗 報﹂ 平成凶年1
実施した 。 アンケート調査の対象は、 ﹃
月号より平成ロ年ロ月号までに五重開謹報告が掲載された
m ヶ寺に調査協力をご依頼した 。回答期限は平成日
④そ の 他 (
伝灯師は①住職文は先代住職
③組 内 住 職
②本山台下
②本山の紹介
④そ の 他 (
勧誠師は①住職又は先代住職
③住職が希望した人
②本山の紹介
④その 他 (
教授師は①住職又は先代住職
③住職が希望した人
②本 山の紹介
④その 他 (
回向師は①住職文は先代住職
③住職が希望した人
7
3. 受者に関してお答え下さい 。
名(男性
ω代
名
寺院、
m日到着分までを集
A -参 加 受 者 数
⑤ 朗代以上
昭和 二十年以降の
③ その 他 (
今回、閉経された理 由は何で
堂宇建立
② 過去にも開運している
①晋 山
① 今回初めて
4.今回が初めての閉経ですか 。
④ 叩代
B ・最も多い年齢隔 ① 却代 ② 印代 ③
女
年ロ月白日であったが、平成 M年2月
J
,-。
,
LP' J
調査表
ヨロ'L
①
調査表
教区名 ・寺院尚 ・寺院名・住職名(五重開鐘時)
会所・伝灯師名 ・勧誠師名 ・教授師名 ・回向師名
1. 日程に関して
性
回
、
台
開鐘数を教えてください 。
過
閉経期間・時間帯・勧誠の数 ・一席あたりの時間
2. 伝灯師、勧誠師等に関してお答え下さい 。
名
去
す
年間に 一度 の 閉 経 )
それは定期的ですか、不定期ですか
①定 期 的 (
② 不定期
②法類寺院
当 て は ま る 全 て にO を
5. 出 仕者 に 関 し て 教 え て く だ さ い 。
A僧 侶 の 人 数
① 寺庭 婦 人
②檀信徒
当 て は ま る 全 て にO を
①組内寺院
④その他(
つけてください 。
③ 友人 関 係
B僧 侶 以 外 の
つけてください 。
③そ の 他 (
②定期的に行っている
8. 五重,さらいは定期的に行っていますか
① 一度 だ け
月記入
教 示 い た だ き た く 存 じ ま す。 (
年に一度)
この調査表以外で、参考になる事がございますればご
② 勧 誠 が な い (具体的にどのようなものですか
①勧誠がある
9. 五重*さらいの内容はどのようなものですか
以上
② ﹁ 結 縁 五 重 相伝会についての調査﹂
アンケート集計結果
は 日 % 、 有 効 回 答 は 即 通 で あ っ た 。た だ し 設 問 に よ っ て 無
記入、無回答のものを含むため、合計数は設問ごとにそれ
-8-
席
(
l
) 回 答 数 は 平 成 十 四 年 二月 二十 八 日 現 在 問 通 で 回 答 率
概
要
6・ 道 場 の 荘 厳 で 、 五 重 の 時 に 必 要 な 用 具 を ど う し て い る
かお答えください 。
②組 内 寺 院 で 借 り る
④その 他 (
① 寺 で 全 て揃える
③本 山 に 借 り る
眠中FP回目H!'EA
斤 司、回回世勺
A
U
lt'
‘
7. 開 鐘 の 後 、 五 重 ,
さらいを行いましたか、あるいはする
② いいえ
年
1
0
平
成
名
名
へ
← 質 問8.9.
予定がありますか
① はい
〆¥
イ
約
約
ぞれ違ってくる 。また
回通の方から日程表、役配表他
内容に関する詳細な資料等をお送りいただいたので、それ
らも考慮して集計を行った 。
その問題点
) 地域分布 五重開鐘の地域分布に関しては、すでに
2
(
戒名
当研究所大蔵研究員の調査(平成日年 ﹃
と課題﹄葬祭仏教研究班)で報告済みの通り、近畿地方(特
功績点上の規則(宗令第部号により五重相伝
1. 日程に関して
開鐘日数
たろうが、宗に報告す
会は 5日以上を評点)が理由の 一端 や
る寺院は5日間が圧倒的に多い 。実際には3、4日の五重
もよく耳にするが、宗に報告されている例は少なかった 。
6、7日間という回答には、伝統を守った昔ながらの 7日
五重をする 他に、本行 5日間の前の膝揃えと して 1 2日
を加えるという報告もあった 。また、夜間で叩日間五重を
している寺院があるという報告もあ った。
-9-
に滋賀と大阪の 二教区)が圧倒的に多く、全体の町%を占
めている 。今回の調査でも、回答印通のうち近畿地方が幻
通と、同様の高さを示している 。これをさらに総寺院数ま
で考慮して、教区ごとの五重開鐘率を比較したらその 差は
もっと歴然とする事であろう 。
八日五重
この調査は、宗報に報告された寺院のみを対象に行われた
開廷日数
ため、日程に関しても、また内容に関しても五重が頻繁に
行われている地域の例が多くなり、統計的には偏った結果
にな った事も想定される 。しかし少数ではあるが斬新的な
七日五重
130
計
考え方もあり、五重相伝の伝統と現代性を考える参考にな
ると思われる 。
六日五重
3
105
8
12
三日五重
四日五重
五日五重
開鐘の月
やはり春 ・秋に集中している 。(4
終了時間
夕方に終了する寺院がほとんどである 。上記
門
U
門
U
門
unu
円
U
円
ununU
と同じく夜遅くまで行われているところは、泊りでの五重
円
U
87654321
8時
日月)但し、中には正月五重という伝統がある等、特殊な
と思われる 。
000000000
87654321
6時
1
0
地方寺院は8時、都市寺院は8時半・ 9時
5時半
回答もあった
開始時間
5時
5
が多い 。宿泊という調査項目がなかったために、 6、7時
4時半
125
計
5
20
30
などの早い開始ができる理由が不明であるが、おそらく
4時
6時
B時
3時
9時
31 I
73 I
6I
5
8時半
11
81
8筒
終了時間
7時半
6時
7時
4時
4時半
5時
5時半
8
6崎 半
3時
4
6時半
13
62
24
13
125
7時
7時半
8時
B時半
9時
10 15 20 25 3J
o5
130
計
。
2
5
11
26
26
3
l月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
泊りでの五重と思われる 。
開始時間
6時
開症の月
ム
噌E
日U
日一日席という回 答が圧倒的に多い 。最大 M
LO
凋斗
総勧誠時間(分) 勧誠席数× 一席あたりの時間
表の通り、平均的な総勧誠時聞はロi凶時間であった 。
%
勧誠席数
ζ q JU
門
a
卯分 一席としても途中に休憩が
、l
・
.
・
益
席、最小8席であるが
Fhunhu7'nMUQunu
。
入って品分2席と考えられる等、実際の遣いはそれほどで
凋斗
言
十
はないと思われる 。
l
可 n t q u
。
4
ω分。午前 二席、午後 二席とい
概ね
= 勧誠席数×一席あたりの時間
~240
ア
241 ~ 480
481 ~ 720
14
721 ~ 960
95
961 ~ 1200
1
1
1201~ 1440 10
1441~
138
計
。
11111111122222
一席あたりの時間
n6nwunU
席席席席席席席席席席席席席席席席席
勧誠席数
うものが約加%であった 。
計
(分)
総勧誠時間
4
ら--門
2
128
4
6
14
37
40
8
10席
11席
12席
13席
14席
15席
16席
17席
18席
19席
•
~
。
3
128
10 15 20 25 30 35 4C
4U
%
Hll
一席あたりの時間(分)
2
4
2
20席
21席
22席
23席
24席
5
•
2
1
1
108
5
40分
50分
60分
70分
80分
90分
B席
9席
噌EA
唱EA
一日あたりの平均勧誠時間(分) 席数×時間÷日
位%を勧誠されている 。
計
表の通り、だいたい平均化され 一日あたり2時間半から3
住職希望
時間の勧誠となる 。
一部の例外を除きほぼ間違いなく開謹寺院
本山紹介
3
123
6
133
その他
2. 伝灯師、勧誠師、教授師、回向師に関して
﹁伝灯師﹂は
の住職又は先代住職が勤めている 。 (何%)その他の例と
勧誠師
る。 即例中、 実質総数は門知名であり、 A師(詑ヵ寺)、 B
勧誠師として個人的に依頼されている例がほとんどであ
と、同 一の方が数ヵ寺、数十ヵ寺とお勤めになり、熟達の
の希望で選任されている 。記名の﹁勧誠師﹂名を集計する
﹁勧誠師﹂は、圧倒的に住職
所属の会の紹介等であった 。
他としては、知人の紹介、副住職の 友人、教授師の紹介
﹁勧誠師﹂は住職希望という回答が約位%であった 。その
師﹂ともに無しが 4例あった 。
﹁回向
回向師﹂ が同 一人としているのが日例、﹁教授師﹂
﹁
教授師﹂
あり、正確さを欠いた点は残念であった 。なお、 ﹁
回向師﹂を兼ねて ﹁
教授師﹂と する例が
配している例、 ﹁
置づけていたが、中には﹁総司﹂的な意味で﹁教授師﹂を
ては、受者に対する道場内諸事の相談役、進行役として位
為、回答に多少の戸惑いを与える結果となった 。当方とし
ついては、その名称と実際の役割が地域によって異なる
教区長、法類総代、組の決定、組長等である 。﹁教授師﹂に
﹁
教授師﹂は住職希望という回答が叩%である 。その他は、
住職
しては、勧誠師が兼任する、住職の代行(副住職)等であっ
計
3
133
その他
部内 ・門中の長老という 答 えがほとんどであった 。他には
組内長老
た。
住職
125
4
本山台下
師(幻 ヵ寺)、 C師 (
H ヵ寺)の 3師で、全厳修寺院の約
-12
伝灯師
てが
z
つ
3
0
0
り人
幅を
‘
"
ず
な
広超
3. 受者に関して
よあ
A. 参加受者数
ぞた
体的に多か った。
5
26
35
24
15
201~ 300
301~400
400人以上
相川 ι
町 23咽
閣
sm
田i m
町j 咽
印t
j田
j
s田
町 lh田
町
140 ~ 200
4
135
1
2
1~ 140人
1
1
8
4
く閉塞されている事が伺われる 。
東北地方は受者の数が全
規平
1即
川
町
-13-
1
0
0
そ名
れあ
10
﹁回向師﹂も住職の希望が的%であった 。その他の回答は
計
-'-デ"・
勧誠師の推薦、部内(門中)寺院の方々、というものが多
住職希望
りら
15
、aコ :0
・
カ て争
人
1
1
1
10
125
その他
存名
20
﹁教授師﹂の項と同じく、﹁教授師﹂的な意味合いで﹁回向
4
長
…
25
師﹂が存在する例(この場合は ﹁教授師﹂﹁回向師﹂同
本山紹介
るの
寺通
院り
コ
ヨ
人、または ﹁教授師﹂無しと回 答さ れている)と、贈り回
回向師
え表
35
向で受者の信仰情操を高揚さ せるための役配として存在す
。
住職
ア
る例に別れてしま った 。また、後者の場合は﹁勧誠師﹂と
計
言
十
同様、﹁回向師﹂として熟達された方に集中していた 。特
住職希望
模均
l
こが
20人以下
2
1~40 人
4
1~ 60 人
6
1~ 80 人
8
1~ 100人
1
0
1~ 120人
に回数の多い方は 三名に絞られ A師(日ヵ寺)、 B師(凶ヵ
本山紹介
。
受者に関して
寺
)
、 C師 (8ヵ寺) であり、その他の方も、 4 ヶ寺を兼
59
16
84
その他
日t 柏
田一昨
畿包人
任している 。また、 ﹁
回向師﹂は無しという寺院が臼例あ
住職
お
ロ
O
9
。
り、この場合は ﹁
維那﹂が回向をすると思われる 。
教授師
五九 三六名
(日%)
(円相%)
全体の男女比は
七七 三二 名
(男性数一総数 x 100)
表の通り、各寺院における男女比(男/全体)も、川wlm%
4.今回が初めての開鐘ですか
暗唱
+晶玉ワ“
v-L EA
'
t
いいえ山
③その他
回答のあった寺院の約田%の寺院において、過去にも実績
があることがわかる 。
②堂宇建立
5.今回、開鐘された理由は何ですか
①晋山
の回答が多い 。定期的に五重と
一つの区切りとして、戦後からの近代の開謹数を集計し
6. 昭和初年以降の開鐘数を教えてください 。
果に反映されてしまったものと考えられる 。
適切から、回答者自身の開鐘と寺院の開鐘と混同され、結
たという寺院からも相当数理由が書かれていた 。設問の不
山、堂宇建立という例がほとんどだが、過去におこなわれ
設問と重ねて見ると、初めての開催においての理由は、晋
授戒をくり返している等の記述が見られる 。また、上記4の
この回答では、 ③ その 他
7
5
であった 。
B、最も多い年齢層
ω代が圧倒的に多いという結果である 。
4
1
。
。
129
計
。
-14-
131
計
4
15
44
62
3
13
24
78
13
40代
50代
60代
70代
80代
5
女 男
性 性
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
。
男女比
最も多い年齢層
30代
50人以上
言
十
20
10
7. 五重は定期的ですか、不定期ですか 。
不定期
35 ~ 39 人
ほぼ同数でおケ 寺 前 後 で あ る 。
半数の寺院において、定期的に 実 施している 。これを年数
で見ると、凶年から日年の間隔で開鐘され、設問6 の回 答
o
m年ごとに開鐘されている例が最も
416年 ごとという寺院も少なくない 。
とほぼ 一致 し て い る
多いが
8. 出 仕者 に関して
A.出仕僧侶の人数
30 ~ 34 人
3 5 7 9 I
I 1
31
5
回
I I I I I I 以上
日回
。
この項目は、 五重 開謹に際して何名の僧侶が必要となるか
25 ~ 29 人
25
5
6
(何名に出仕願いを出したか)を調査したか ったのだが、 設
20 ~ 24 人
4
13
136
40 ~ 49 人
。
問不十分だ ったために、延べ人数を回 答 された と 思われる
1O ~ 1
35
6
3
15 ~
4人
19人
14
35
26
16
17
1
1
5 ~ 9人
ー
5
た。現在までの日年間の開鐘を見ると 、-回から4固まで
。
定
期
1 ~ 4人
。
出仕僧侶の人数
30
10年
11~ 1 5年
16 ~ 2 0年
21~ 2 5年
15
26 ~ 3 0年
が最も多く
7 ~ 9年
4
6
4
2
2
1
13
4
4年
5年
6年
2
6
1
計
撤一
一 6
一 5
8
4
一 6
一
一- 6
一 4
一 5
一
一 5
2
3 一1l一
司
b
i -- 一 一
一一 3 一
日限 一 一 一 一 一 一 一 一
1
一
田
前
の一 一 一 一 一 一一一 一一
降一 ﹂ 一 一
以一 一 一 一 一 一 一
回一
回一 一
A一
回一
2一
年一 一 一 一 一 一
上一
n
u回一
-一
回一
回一
1一
以一
O 一一 回 一
2
一
一
一
一
A
一
一
一
一
二
一
回
2
6
日
1
5一
和一
3一
回一 一 一 一 一 一
1一
一 5
I
一 L l一 7
一
一 1
一
一
計
昭一
9
O1
3
何年ごとに開廷されていますか
l年
2年
3年
3
4回 6回 目回 1
0回 1
2回 1
4回
EJ
ム
,
‘
出仕僧侶の数は叩i 日名前後が一般的であると思われる 。
し、幼名以上のデ l タは考慮しないこととした 。表より
ものが多くみられた 。 よ っ て 統 計 的 な バ ラ ン ス か ら 判 断
B. 僧侶以外の人数
る方が多か った。
に回答1に補足して門中・部内寺院と限定して 書 かれてい
30 ~ 34 人
計
次に、受者数との相関として、(受者数÷僧侶)を計算し
25 ~ 29 人
てみると、僧侶 l人に対して受者5im人が 一番多いの
20 ~ 24 人
51 m人、受者数のだ
仕者1人に対して受者
僧侶の数と同じく、出
相関として、 (受者数÷出仕者)を計算 してみると
受者数との
出仕者数は 51 日人が 一番 多 い 回 答 であ った。
Aと同様に、延べ人数を答えられた方もあるが僧侶以外の
1O ~ 1
で、受者数のだいたい l割くらいの僧侶が出仕していると
l 組内寺院
複数回答可
2 法類
3 友人僧侶
4 その他
4人
19人
15 ~
思われる 。
またその内訳は以下の通りである 。 (複数回答可)
ど芯たにお願いしているか (
僧侶)
15
23
26
6
16
4
10
1 ~ 4人
いたい 1割くらいの方
30 ~ 40 人未満
30 ~ 40 人未満
その他の回答で見られたものは、大
50人以上
128
計
5 ~ 9人
がお手伝いをしている
20 ~ 30 人未満
50人以上
部分が本山の役職、回向師の推薦
1O ~ 20 人未満
20~30 人未満
僧侶以外のお手伝い人数
と思われる 。
計
10人 未満
5 ~
10人未満
者、教区内寺院・浄青 であ った。特
3 ~ 5 人未満
1O ~20 人未満
ア
13
121
2 ~ 3 人未満
3~5 人未満
50人以上
1~2 人未満
2~3 人未満
40~49 人
5
12
17
18
31
20
8
4
5
120
1人未満
1 ~ 2 人未満
35 ~ 39 人
お手伝い人数
受者数
1人未満
9
12
1
1
30
48
13
3
5~
僧侶数
受者数
4EA
氏U
戚(日例)、配膳賄い人 (5例)、友
その他の回答で見られたものは、親
であった 。
8例)、教区に借りる (4例全て静岡教区)等
揃えている (
法類寺院に借りる (4例)、足りないものは門中、伴組で
、J
中品
l
l
五重ざらいを行いましたか、あるいはする予定があり
ますか
.
m
人知人 (3例)等であった 。また、 2
に含まれるが、特に世話人、役員、婦
人会、前回受けた檀信徒、受者の家
族という回答もあった 。
.
A
-
いい、ぇ
一度だけ
4年に一度
←何年に 一度五重ざらいを行いますか
2.定期的に行う
4
4
3 年 I~ 一度
9. 道場の荘厳で必要な用具をどうしていますか
8
8
2
-17一
46
さらいは定期的に行 っていますか
日. 五重唄
五重ざらいは何年ごと
この設問も複数回答をそのままカウントしたが、項目lに
2 組内で借りる
3 本山に借りる
4 その他
2
4
39
十
言
31
2回
1年に一度
2年に一度
2
年 I~
関してのみ他の回答がないものを有効とさせていただい
道場の荘厳について
2
毎月
年に 4回
た。その他の例としては、仏具庖、葬儀社に借りる (4例)
1 寺で全て揃える
1
時五重*さらいの内容はどうようなものですか
1・勧誠がある
2.勧誠はない
←勧誠があると答えられた方へ、勧誠席数はいくつで
9 78
O法要のみ
O日常勤行 ・礼拝&住職が法話をする 。
t
E。
φ
ω
'
w
Oお別時会、念仏を称えるのが目的 。勧誠を中心には考え
←五重ざらいで何をするか、具体的にお書きください
か
いう寺院も数例回答があった 。
また五重申さらいの 他 に、定期的に念仏講や別時会を開くと
等
﹁結縁五童相伝会についての調査﹂アンケート集計結果
ハ、意見記入事例
また、調査表の終りに
﹁
日、この調査表以外で、 参考になる事がございま
すればご教示いただきたく存じます﹂
とお願いしたところ、以下のような御記入をいただいた 。
内容が重複する部分もあるが、その主たるご教示を次に記
載した 。
記入事例
- (滋賀)浄土宗寺院が多く、地域的に五重が盛んで信者
同土が 他寺の五重に参詣し合う習慣がある
- (滋賀)檀信徒のすべてが五重相伝の受者となる 。信楽
方面はほとんどが同じ 。
- (滋賀)滋賀 ・甲賀地方の地域性も手伝っている 。7日
五重を守っている 。
-18-
す
以
上
五重受者の家から期間中 一回は出仕してくれます。
- (滋賀)五重の度に前五重の方が奉仕してくれます。新
重の形態、どちらの形式でなされたかを調べるのも統計と
- (大阪)主として近江方式と大和方式とに 二分される五
- (滋賀)滋賀教区では教授師は、儀式中の 一役割にすぎ
しようか 。また、慣例として本山への御礼参りの習慣も多
伝巻係についての調査が抜けていると思われますが如何で
して貴重かと思われる 。伝燈師・回向師の調査はあるが
ない 。九州全般では回向師の役を教授師と呼んでいる 。五
いので、これも対象とされたい 。
ないので、宗、本山に 一考をお願いしたい 。
- (大阪)住職、勧誠師の他に 4名の専任スタ
できる 。門中寺院は儀式のみ依頼する 。
yフで運営
経費の面で開鐘したくともでき
国家の少ない寺では法礼 ・
- (大阪)本山と 一般寺院での冥加料の格差がありすぎる 。
重ざらいは、 一日五重のような形で勧誠師、回向師を招い
て行う 。その他に念仏講が年に2回ある 。自分が勧誠をす
るときは近江方式で行います。
- (滋賀)檀家数日軒では、おi初年に 一回でないと受者
が揃わない 。 (老夫婦 二人暮らし・若夫婦など入れて)
- (大阪)品目は発起人になって金銭的負担をしてくれる人
があったが、今の社会ではなく、受者に負うところが多い 。
- (兵庫)普段から感じることですが、五重相伝は単なる
五重相伝はお祭りで終わってしまう 。そうした意味で今
故に冥加料が高くなる 。
- (大阪)成満後、お礼参りに総本山知思院、岡山誕生寺
度、五重相伝のあり方を本気で考える必要があると思いま
手段に過ぎないと思います。念仏会・別時会をしないなら
へ。なお拙寺では再伝者はありません 。
唱Eム
ny
す。問題のひとつとして、開法会になっていないか?お念
- (奈良)浄土宗信仰の真髄を伝えるため習慣をつければ
*難しいが受者の経費負担を 工夫してみること 。
か?もちろん勧誠と伝法儀式も必要ですが、お念仏を称え
浄土宗檀信徒は五重と授戒を必ず受けるものと思ってい
仏(念仏 一会)中心の五重相伝はできないものでしょう
ることが第 二になっていることが多いと感じます。
てにおいて、もっとわかりやすく受者に気軽に受けてもら
- (奈良)もっと簡単にできないものか?期間、荘厳すべ
内、門中寺院も慣れているのでスムーズに運ぶ 。多少の法
ているので準備l別行中すべて役割分担して手伝う 。組
る。戒名はこれで授与する 。世話方、約制名皆別行に慣れ
えるように 。費用もたいそうすぎる 。本人も受者も体力的
礼は出す。大和五重はm
lm人の受者で成り立つ 。檀家日
im軒の寺でもやっておられる 。五重は後の手入れ、信仰
にぎりぎりです 。伝灯もわかりますが、時代にあった考え
を育てることが大切である 。やりっぱなしでは信の芽が枯
- (奈良)①必要経費で法礼の率が高くなる 。②五重用具
の方策を考えて実施されれば定着させられると思う 。八百
激して納得する 。未開鐘の地域でも最初213ケ寺連合等
方も必要。
を個々寺院で揃える傾向で経費が重なる 。①② より 受者の
年大遠忌を機に、全宗的に勤修されることを切望する 。
れる 。我が宗、最大の武器と 言われる通り、受ければ皆感
経費負担が高くなり、個々の寺院(檀家数少ない)では定
*小寺は連合して開鐘すればよいが檀信徒は 菩提寺での相
要用具は本山で容易に貸して下さるようにと願う 。
師・回向師の連携は絶対的な姿と思うがそれに随喜 寺 院
内陣五重ではない事を認識すべし 。勧誠師・伝灯師・教授
- (伊勢)五重相伝は受者にウエイトを置くべき、僧侶の
期的に開鐘しにくくな っていく 。③巻物(相伝)以外の重
伝を望むので連合はしにくい 。
qL
ハU
のマスタ ーベーションではないというこ とを心すべし 。
受者とのコミニュケーションに不備を感ずる 。
五重は僧侶
に基づいて勤めている 。教授師・回向師等も組内寺院で互
- (広島)組内浄育会で﹁五重の手引き﹂を作成してそれ
思うが、唯、費用がかかりすぎる 。本山で勧誠師を派遣す
である程度の受者数を賄うだけの檀家数を持たないと五重
- (出雲)勧誠師 ・回向師その他の法礼(人件費)が嵩ん
助しあっている 。
るようにして 、せめてお礼を却i叩万までにしてもらいた
浄土宗にとって
を開鐘することは困難になってきている 。
- (福岡)五重相伝はすべての寺院でやらねばならないと
いものだ 。檀信徒の感激はすごいものだ 。5年から 凶年に
最も重要な教化の機会が も っと気軽に実施できるように 一
になるものがあればお知らせ頂きたい 。
何せ当方辺地なの
回向などの謝礼はどの程度包むものなのでしょうか 。
参考
宗を揚げて検討していかなければならないと思う 。勧誠・
一度はやりたいと思う 。
- (福岡)宗内として化他五重が開鐘し易い方法や経費が
多くかからない方法、さらには勧誠師の養成を考えて頂き
- (石見)畳食は寺庭婦人を中心にお手伝いの方と精進料
で相場のようなものが分かりません 。
- (和歌山)要は五重が終わった後に、受者に教化をして
理を作り差し上げます。受者の皆さんには大変好評です。
o
いくかにあると思う 。アフターケアが大事のようです。当
組内寺院の檀信徒の方々にも必ずご案内し、数名の参加が
ニ
ミL
j
山では 具体的な方策は目下、パス旅行 ・観音講と称する月
見られます。
l
例会のみ 。ただ特に受者を対象にしていない 。
-21-
- (長野)五重相伝の伝統がない当地で開鍾することは極
思います。 一宗での経済的・人的な後押しを希望します 。
- (北海道)五重相伝がもっとやりやすいようになればと
留意すべき点を次の四点にしぼ ってみた 。
本調査の現状を踏まえて、五重相伝会開鐘にあた って
1、四つの課題
ことを再認識した 。
の檀信徒布教、念仏者の養成の重要な活動である、という
そうした点を踏まえながら、やはり、五重相伝会は本宗
慎重さを欠いたことを反省している 。
と回向師の定義が地域によ って違う、という点があるなど
しかし、予備研究とはいえ、設問用語、例えば、教授師
できたものと考える 。
すでに Iの概要に述べた通り、おおよその現状は調査
人方に敬意をもって心から御礼申し上げる 。
まずもって、ご繁忙の中ご協力をいただいた各寺各諸上
出
m 課題と提言
めて困難 。 (出仕寺院の未経験、この点関西中京からの経
験豊富な友人に応援していただいた)当山が初年に 一度開
鐘できるのは文政八年(一八 五)より今回で9回目の伝
統に支えられていて、住職は 一代に 一回以上、楢信徒は 一
生に 一度は五重相伝につかなくてはという意識があるから
できたと思う 。要は日常の積極的な教化である 。
- (静岡)他寺院と比べて拙寺の特徴は、 ①段終日(五ケ
目)の早朝 一時間の別時念仏を全員で行い、それから正伝
法を行う 。(朝食は皆で取る)。 ② 五日五重にしては勧誠
の時間が長い 。(河分)印分にすると同席分となります 。③
各々にシ l ツを持ってきてもらい、密室道場中において大
座具としてすべ てのシ lツを使用し、終了後、 別紙のよう
な印を打って返します。(受者に対する説明用紙あり)
④毎日受付順に調読し、席が毎日変わるようにします。
- (神奈川)受者との質疑応答の時聞を欲しいと思う 。
今白
ヮ
“
l、経費の問題
五万同等であった 。
贈り五重は、初伝六万円に対して 三万円 。八万円に対し
て五万円 。十万円に対して、八万円、 六万 円、五万円 。十
2、スタッフの問題
3、用具等に関しての問題
二万円に対して五万円 。十三万円に対して八万円 。十五万
な形式に分けられ金額が決められている例もある 。
その他、特別回向(礼拝回向)、常回向、日別回向等、様々
円に対して十万円等のデ l夕、が集まった 。
4、五重相伝・受者のアフターケアの問題
第 一点の ﹁経費の問題﹂については
受者の冥加料については、加ヶ寺から事例の回答をいた
ぃ。事情はそれぞれであり、堂宇の建立・修復事業や晋山
冥加料であるから、額の多寡の是非を問うつもりはな
データ数としては少なく、また個々のお寺の地域性や歴
にあわせての閉経等と、数年に 一度定期的に開鐘する場合
だいた 。
史・
開鐘事情が違うので単純には比較することはできない
とでは当然事情も違うであろう 。
用具調達、 会所の環境整 備の経費である 。
スタ ッフ等への法礼・人件費であり、もう 一つは
何が 一番かかるのであろうか 。考えられることは、まず
いという事情が見えてくる 。
費がかかるため、冥加料を相当額に算出しなければならな
いずれにしても、前述の意見記入事例にもある通り、経
が、平均的な五日間の五重相伝会で、 三万五千円から十五
七万円i十 二万 円 が ω % 六 万 円 以 下 が お %
万円という幅があった 。
その内
十三万円以上が日%となっている 。
なお、発起人は 一般が十五万円の場合、
十万円 。
一 般
一
二
が七万円の場合十五万円という例があった 。
以上は初伝の受者で、再伝の受者は、初伝十万 円に対し
て七i九万円 。十三万円に対して十万円 。七万円に対して
役
職
qG
9u
門中寺院、組内、部内で定期的に相互扶助的連携が確立
次に第 二点﹁スタッフの問題﹂については
りない用具は借りて実施するということになるのであろ
当な高額出資となる 。そうした点で、現実には、組内で足
である 。特に、寺で全てを揃えるとなると、その経費は相
。
- 静岡教区の例などは、大変参考になるのではないだろう
つ
されている地域は問題ないとして、新たに開鐘をするとな
ると、五重相伝の盛んな地域でもない限り、そのスタ ッフ
がなかなか揃わないのである 。
勧誠師も調査結果にある通り、現状、全厳修寺院の位%
を 三名の勧誠師が勤められている 。 閉経一する会所として
は、できるだけ勧誠の勝れた法将を希望するであろうし
有名な勧誠師に集中するのは、ある面でやむを得ないこと
かもしれない 。
同様に、回向師上人はじめお手伝いいただく出仕者・ス
タ ッフの調整等、数年前からの準備が必要とされるが、そ
の場合﹁法礼﹂等の経費が、閉症決断をためらう重要な要
素になっていないだろうか 。
もっと、負担が軽減される方策はないのであろうか 。
第 三点の﹁用具等に関しての問題﹂については
寺で全て揃える・組内で借りる、を合わせると全体の加%
という問題をはらんでいる 。
き生きと生きる信者をどのように大切に育み育ててゆくの
当然ながら、元祖法然上人のお念仏を伝え、お念仏に生
ゆくのか
生活に生かし、さらに、積極的に社会に働きかけ活かして
つまり、五重相伝会に連な った受者の信仰をどのように
層、大切にな ってくると考えられる 。
ろその後がより 一一
介したように、五重相伝会そのものも大切であるが、むし
アフターケアをされている寺院が多い 。
意見記入事例で紹
て、五重で培われた念仏信仰の灯火を消さぬよう、受者へ
現在では、五重作礼・本山参り ・念仏講という形をも っ
第四点の ﹁五重相伝・受者のアフターケアの問題﹂
か
49
9u
会所
伝灯師
か、ということが問われる 。
よいお話を聞いて、﹁ああ、あり難い﹂という回心から
教授師
つの事例をご紹介して見たいと思
五マリ何叩
一
会所
心行寺
鈴木在定
福西賢兆
霊巌寺
庚本徹隆
熊井康雄
勧誠師
正覚院
勧誠師
後藤真雄
長専院
遠田弘俊
徳寿院
八木季生
龍興院
勧誠師
霊山寺
大島俊雄
本所部
江東組教化団主催(平成六年五月三日i五日)
(この間に受戒会を開鐘)
教授師
fJptt
会所
-江東組 ・教化団主催(平成 二年五月 三日i六日
二 四名
法然上人が生き生きと生きた如くそのお寺を中心に社会的
に念仏の光が輝いていってこそ五重相伝会の開鐘意義が全
うされるのではないであろうか 。
2、提言
前述の四つの課題﹁経費の問題﹂﹁スタッフの問題﹂
﹁用具等に関しての問題﹂﹁五重相伝・受者のアフターケア
。
まず
一か寺ではできぬというお寺でも、組単位・部単
しかし、参考までに
の問題﹂について、妙案はない 。
つ
-
伝灯 師
会所
雲光院
-江東組 ・教化 団主催(平成十年五月 二日 j五日
名
位での五重開鐘は可能であろう 。そこで、東京教区江東組
での事例を参考に御紹介しよう 。
事例(敬称略)
南
部
西
部
七
東
部
東京教区江東組・五重相伝
-青年会主催(昭 和五十九年 二月 一日1 4日)
,g
x
者
霊性院
-25-
受
者
※
教授師
伝灯師
熊井康雄
服部光喜
五重相伝会﹂﹁授戒会﹂
現在、大本山増上寺 においては、 ﹁
念仏の集い﹂等の開鐘を、組
その他、﹁帰敬式﹂、 ﹁
道具 ・伝巻等すべてワンセ ットで出張してくれるシス
フ・
基本的には、台下の御親修であり、ご依頼があれば、スタ ッ
八木季生
内にある日ヶ寺の協力のもとに、教化団、寺庭婦人会、青
テムである 。それらは、教務課が窓口にな って相談 に応じ
勧誠師
出
を各年交互に厳修している 。 その大本山増上寺では、 ﹁
年会が 一致団結して勤めている 。
ている 。
﹂ というシステムがある 。
張五 重
また、五重のアフターケ アの意味も含め、青年会主催によ
伝灯師(台下)・勧誠師(本山布教師会)・教授師
一O六名
る毎月の別時念仏会が、会所を組内寺院の持ち回りにして
道場係 (4人) ・御内侍 (2人)
諸道具 一式 ・伝巻(本巻 ・贈り五 重伝巻)・お勤め本
組単位、門中単位で相互に扶助しあい、できる限り人件
増上寺で準備できる品 一覧
以上について用意できる 。
五重 のしおり
費を節約していけるような体制に、申し合わせが可能なら
位牌)
二祖対面図・ 二河白道図 ・贈五重諸精霊位牌 ・父母尊
軸﹀・釈迦 三尊図 ・四句偶・
荘厳類I (山越えの弥陀 ︽
法名﹀)
五重 ︿
剃度式﹀・贈
血脈・春号﹀・度牒 ︿
伝巻類(五重本巻 ︿
れる大本山増上寺の ﹁
出張五 重相伝会﹂の事例を紹介する 。
次ぎに 、スタ ッフ ・用具等 の問題を解決できるとおもわ
れる 。
ば、受者への 冥加料負担を軽くする第 一歩になると考えら
以上
開鐘されている 。
受
者
L
円
nhu
荘 厳 類E (大座具)
荘 厳 類E (血脈授手用手枕・受者誘導灯 ︿
釣具ウキ ﹀・
槌砧)
表白ほか (剃度式表白 {
手本あり }
)
- 厳修寺院側の経費について
教 え を い た だ く 教 師 も 寺 院も、全くその存在意義を失う事
になるのではないかと考える 。
もし、盛んでない地域で五重相伝会開鐘に踏み出せぬ
ハードルがあるとすれば
一つは、経済的ハードル
二 つは、人材的ハードル
の二点 で あ ろ う 。
例えば、勧誠や法式に堪能な人材を有する総大本山布教師
-27-
① 御法礼等諸費用
② (木箱1) ・(ボストンパック3
) 宅配費用
会・
式師会において、勧誠師 ・
回向師等、五重相伝会スタ ッ
される 。
と総大本山を通じ、檀信徒同士の和をつなぐ可能性が期待
み込むことによ って、五重相伝会を機縁に檀信徒が日一
那寺
当然、五重相伝の開鐘にちなんで総大本山への団参を組
くるであろう 。
でも五重相伝会を開鐘しようという機運が次第に高まって
うか 。そうしたシステムが可能であるならば、 一般 の 寺 院
出すというレンタル システム 化 は実現できないものであろ
フの養成をお考え頂く 。そして、五重相伝会の用具を貸し
③ 受者用費用
おわりに
もし盛んにならなければ、法然上人の選択本願念仏のみ
み出せないのか 。 こういった方面も調査が必要と考える 。
いのか、幾つかのハ ードルの前に五重相伝会開鍾の 一歩を踏
盛んでない地域は、何故盛んでないのか、必要性を感じな
盛んでない地域では盛んになるように念願してやまない 。
きたが、五重相伝閉経の盛んな地区は益々盛んに、開鐘の
五重相伝会のあり方﹂について予備研究を重ねて
今回、 ﹁
町
現代は、機構改革が叫ばれている 。是非、浄土宗をあげ
て、結縁五重相伝会の開鐘に対する骨太の改革を考えてゆ
きたいものである 。
研究会会議録(人名順不同 ・敬称略)
月 日 (月)﹁人材デ lタ﹂作業分担
月 日 (月)﹁五重相伝﹂研究打ち合わせ
42
49
現状と問題
五重相伝について ・
*議題 ﹁
明照会館3階 第2会議室
点﹂ (所内公開講座)
*場所
月9日 (月)所内研究会まとめ
7
-
五重勧誠録整理作業担当決め
月3日 (月)所内研究会打ち合わせ
月訂日 (月)学術大会発表打ち合わ せ
月6日 (月)学術大会発表打ち合わせ
8
-
8
9
-
ついて﹂
大正大学
佐藤晴輝研究員
*﹁五重勧誠における在阿法師の事跡に
*場所
月 日日 (火)学術大会
9
公開講座
* 場所
*講師
明照会館第 二会議室
見宥
*議題 ﹁五重相伝﹂の基本と実践
月ロ日 (水)所内研究会
9
-
-同日
-28-
月2日(水)講義﹁近代から現代における五重相伝﹂
5
大蔵健司研究員
研究課題について討議
消水秀浩研究員
月却日 (木)所内研究会
月お日 (月)所内研究会準備 ・他
月日日(月)清水研究員資料 ・日程確認
現状と問題点
月 日日(月)清水先生講義、打ち合わせ
月お日(月)研究打ち合わせ ・連絡
月刊日(木)﹁おてつぎ運動本部﹂へ協力依頼
5
5
6
6
6
6
講
師
* 講師
先
生
列
記
発
表
上
田
V
見宥
*講題 ﹁五重相伝 ﹂の基本と実践
*講師
出席乃名(所内出席者含む
* 場 所 増上寺南側信徒室
先
生
月お日(月) アンケート報告書作成
月4日(月) アンケート報告書作成
月日日(月) アンケート集計、考察
月6日(水) アンケート集計、考察
2
2
3
3
-研 究 主 務
-研 究 代 表
佐藤晴輝 ・斉藤隆尚・後藤真法
正村瑛明専任研究員
八木季生客員教授
現代布教研究班
-研 究 員
月白日(水) アンケート調査表作成
月5日(月) アンケート発送作業
-研究スタ ッフ
月初日(月) アンケート開封整理、礼状発送
月幻日(火)報告書作成、 他
月日日(火)勧誠録まとめ検討
月お日(火) アンケート入力、集計
月 7日(月) アンケート入力、集計
月9日 (水) アンケート集計、考察
月目日(月) アンケート集計、考察
月お日(月)次年度計画、他
カいだだいた 。
- なお、大蔵健司研究員には研究班を越えて全面的にご協
中野隆英
月日日(火) アンケート開封整理、礼状発送
月辺日(月) アンケート内容検討
月四日(水)五重勧誠録まとめ、読み合わせ
-9月日日(木)公開講座報告書作成 ・他
9
m
m
H
H
H
H
U
U
l
1
1
1
-29-
上
田
田
康
慎
1
二五日刊)
③﹃法然上人のご法語・第 三集i対話編i
しかし、次のような理由から、残念ながらその作業を中
ご法語﹂を発刊 していく予定であった 。
法然上人の
編﹂﹁制誠編﹂﹁雑編﹂﹁伝法然書編﹂と順次 ﹁
今後も 二年に 一冊 のぺ │ スで、﹁教書編﹂をはじめ﹁伝語
(旧)法語研究班﹂では
としてこの上ない喜びである 。﹁
に僧俗を問わず広くご活用をいただいているのは、編訳者
これら 三冊 の ﹃
法然上人のご法話巴が、布教の場を中心
二五日刊)
, 六O O円、平成十 三年六月
(岡、四八八頁、定価 三
﹄
, 五O O円、平成十 一年三月
(問、四 一六頁、定価 三
②﹃法然上人のご法語 ・第 二集l法語類編l﹂
浄土宗基本典籍の現代語訳プロジェクトについて
はじめに j当プロジェクト編成の経緯i
平成 二十三年に厳修される宗祖法然上人八O O年大遠忌
を控え、浄土宗ではさまざまな大遠忌記念事業が立案・計
画され、順次実施されようとしている 。多くの記念事業の
中、宗務当局(浄土宗出版室)から総合研究所へ委託され
た事業の 一つに、かねてよりの懸案であった﹁浄土宗基本
典籍の現代語 訳プ ロジェクト﹂があった 。
(旧)法語研究班﹂は、法然上人のご法語の抽出・現代
﹁
語訳を中心に編訳作業を重ね、浄土宗出版室を通じて以下
法然上人のご法語﹂三 冊 の刊行を果たしてきた 。
のような ﹁
八八頁、定価 三 ,OOO円、平成九年
①﹃法然上人のご法語 ・第 一集i消息編l﹂
A五版
月 二五日 刊)
0一
-3
木
本
断せざるを得なくなった 。それは、前述した法然上人八O
タ ッフを増員する場合もある 。
研究代表
伊藤唯真 (総合研究所客員教授)
石上 善応(総合研究所所長)
研究代表 ・副代表
で
、 ﹁
法然上人のご法記巴編集・出版を通じてこれまで積
研究副代表
O年大遠忌を間近に控えた浄土宗出版室との話し合いの中
み上げてきたノウハウと成果を充分に生かして、より分か
A (東)
研究主務
ム
林田康順・柴田泰山
袖山 栄輝
石上善応
チ
研究主務
真 柄和人・千古利恵子
研究主務
ジョナサン ・ワ ッツ
戸松義晴
編集担 当
出版 室
小村正 孝・松本 一浩
研究員
Cチーム (英訳)
ト﹂を進める運びとな った。なお、これと平行して ﹁
浄土
伊藤唯真
(西)チ l ム (
﹁
法然上人行状絵図﹄ 担当)
研究員
(﹁浄土 三部経﹂ ﹁
和 語 燈 録﹂ 担当)
浄土宗基本典籍の現代語訳﹂の作
りやすく完成度の高い ﹁
業および出版が、 ﹁(旧)法語研究班﹂に望まれることと
なったからである 。
そこで、年度途中ではあるが、﹁(旧)法語研究班﹂を発
展的に解消、新たなスタ ッフと共に再編成をはかり、以下
Jm.
研究員
裕
昭
医E
宗基 本典籍の英訳プロジ ェク ト﹂も進めることとな ったの
であわせて報告したい 。
スタッフ構成
研究代表以下、平成十 三 ・
十四年度の研究所スタ ッフな
らびに浄土宗出版室編集担当者の構成は以下の通りであ
る。 なお平成十五年度以降、作業の進展状況に応じてス
善
浄土 宗 基 本興籍の現代語訳プロジ ェク
のような概要で ﹁
修
B
監
修
EA
噌
qJ
編集方針
現代語訳および英訳にあたり、その編集方針は以下の通
りである 。
①法然上人八O O年大遠忌記念事業の 一環とし、浄土宗
出版室との共同作業とする 。
②現代語訳する典籍は ﹃
浄土宗聖典﹂全六巻(浄土宗聖
典刊行委員会編)より適宜抽出する 。底本も﹁浄土宗
聖典﹄ とする 。
③現代語訳は平易を旨とし、広く 一般読者にも供与でき
法然上人のご法
るものとする 。(細かい凡例などは、 ﹁
)
語﹂ に準じることとする 。
④出典・典拠、用語解説などを末尾に付す 。
法
浄土 三部経﹂ ﹁
和語燈録﹂、
Bチl ムは ﹁
⑤ Aチームは ﹁
然上人行状絵図﹂をそれぞれ担当する 。担当典籍の現
代語訳が終了次第、順次、他の典籍の現代語訳作業へ
と移行する 。
⑥Cチlムは A-Bチlムが訳出した現代語訳からの英
訳を担当する 。
成果報告
現代語訳および英訳の成果報告は以下の通りである 。
①平成十四年度以降、単年度毎に ﹃
教化研究﹂ならびに
総合研究所ホ l ム ペ ー ジ に お い て 、 現 代 語 訳 の 成 果 を 各
それらの指摘等を勘案 ・推敵し
チーム毎に掲載する 。そして、それをご覧いただいた方々
から広くご意見を賜り
て、随時 ﹁
浄土 宗基本典籍現代語訳シリーズ﹂(仮称)と
して出版する 。
②A-Bチームによる現代語訳の作業と同時もしくは次
教化研究﹄ならびに総合研究所
年度に、現代語訳同様、 ﹃
ホームぺ 1ジにおいて Cチlムによる英訳の成果を掲載す
る。こちらも、それをご覧いただいた方々から広くご意見
を賜り、それらを基に勘案・推敵して、随時﹁浄土宗基本
典籍英訳シリーズ ﹂ (仮称) として出版する 。
③出版の際の体裁等については、後日、浄土宗出版室と
の話し合いで決定するものの、広く 一般の方々にも読んで
今、u
臼
つ
いただけるように
できるだけ簡便なものを目指す。
おわりに1 お願いにかえて1
私たち﹁浄土宗基本典籍の現代語訳プロジェクト﹂なら
びに﹁浄土宗基本典籍の英訳プロジェクト﹂は、次年度か
ら現代語訳および英訳の作業の成果を ﹃
教 化 研 究﹄や総合
研究所ホ 1 ムペ lジを通じて掲載することとなる 。その
3
3-
際、よりよい﹁現代語訳シリーズ﹂および﹁英訳シリーズ﹂
刊行のために、大方の諸賢によるご意見・ご指摘を広く賜
れるよう伏してお願い申し上げる次第である 。あわせて 当
掌
プロジェクトへのご指導・ご鞭縫をお願い申し上げ、報告
にかえさせていただく 。
合
開教の 基礎的研究①国内開教
研究の目的
委員会は次に掲げる事項を処理する
生
都市圏・過疎地及び開発地域に関する開教施策の
化 施 策 の 設 立 に 関 す る 調 査 ・研究
囲内開教指定地域の選定並びに寺院、教会及、び教
第3条
道
合研究所に委託され、共同研究が始まった 。
地域に関する開教施策の推進、を達成するための研究が総
策の設立に関する調査・研究、 ③ 都 市 圏 ・過 疎 地 及 び 開 発
わち①国内開教指定地域の選定、 ② 寺 院 、 教 会 及 び 教 化 施
このように、第1条 で 規 定 さ れ て い る 三 つの目的、すな
略
開教の基礎的研究班の﹁囲内開教の研究﹂は、国内開教
田
2
進
事務を宗務庁から浄土宗東京事務所の教学担当が扱う よ う
にことになったことから始まった 。
囲 内 開 教 規 定 ( 宗 規 則 第 槌 号 ) は、国内開教の目的を、
国内における地域人口の流動にともなう過
次のように規定している 。
第l条
疎、過密化 及 び 社 会 構 造 の 変 化 に 対 応 す る 本 宗 の 有 機
的 教化 方 策 を 策 定 し 、 国 内 開 教 を 推 進 す る た め 、 こ の
前条の目的を達成するため国内開教委員会
宗規を定める 。
第2 条
) を 置 く。
(以下﹁委員会﹂という 。
武
3 推
AU
τ
つJ
研究の内容
現在、教学担当 が目指している国内開教のシステムは、ま
ず、日本国内の各地域 の 寺 院 の 置 か れ て い る 状 況 の 情 報 収
集 と 分 析 ・研究がなされ、次いでそうした資料に基づいて
圏内開教委員会で、開教地域の候補地を選定し指定する 。
さらにそうした重点地域へ派遣する国内聞教教師の発掘
養成を行い、平行してさまざまな情報を 一般 寺 院 に も 提 供
5-3
していく構想を持 っている 。
国内開教の基礎
?﹂のシステム構想から、総合研究所の ﹁
的研究 ﹂班が目指したものは、 コンピュ ー タによる国内情
報ソフトの開発だ った。さ ま ざ ま な 情 報 を 集 中 収集 し、分
析を加えて過疎地、過密地を割り出して、効果的な開教に
関 す る 情 報 を 抽 出 す る こ と を 目 指 し た 。 こうしたソフト
は、地理情報システムと呼ばれ、たとえば、コンビニなど
の新規出屈の候補地選びなどにすでに用いられていたこと
は後で知 った 。もちろん仏教界では、初めてのものだと自
負している 。
図 1 神奈川県内の浄土宗寺院配置
し、入力する情報収集をはじめた 。
ウインドウズのエクセルを用いることにして、業者を選定
基本ソフトは、あまり重くなく安価で加工の簡単な
後の 二O 二五年までの五年後ごとの人口変動予測数を入力
までの全国の人口数を各世代別に入力した 。さらに 三O年
次いで、国勢調査が始まった 一九 二O年 か ら 一九九五年
岨畑田
..""
ヨ
l
X
l
α
3
.
"
α悶
2
0
0
α
m
。
~司
した 。これによって当該寺院の位置する市町村の将来の人
"
"
'
"
..""
"
"
'
"
いちばん初めには、視覚的に理解しやすいことを前提に
岨泊曲
して、全国の市町村地図上でどこが適正地かを図示するソ
1
0
0
α
D
t
フトを導入した 。その地図上に基本となる情報として、全
国約七万の寺院の寺院名・住所・宗派 ・住職名 ・電 話 番 号
にした 。この点をクリ ック すると当該寺院の情報がプルダ
などの情報を入力し、宗派色別の丸い点で画面に示すよう
ウ ン さ れ る 仕 組 み で あ る 。これだけでどこの地域にどの宗
ち な み に 前 ぺ│ジ下 段 の 図 lは、神 奈 川県内の各市町村の
浄 土 宗 寺 院 配 置 図 で あ る 。この図から浄土宗寺院が全くな
い地域や町村が一目瞭然に把握できる 。ま た こ の 図 と は 別
に全 宗 派図で見ると地域によ って宗派の集中がみられ、地
域 内 寺 院 の 過 疎 ・過密も明瞭となり 、地域の特徴の理解が
しやすくな った。
図 2神奈川県相模原市の人口変動グラ フ
筑間
武田
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10
初
派の寺がどういう配置状況にあるかが 一目瞭然になった 。
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。
│神奈川県相模原市の人口変動
n
hu
q4d
模原市は現在の六O万人から約七O万人に噌加することが
O二五年までの人口変動グラフである 。これによれば、相
になった 。図 表2は神奈川県相模原市の二000年から 三
口推移の予測が、変動と誤差は当然ありうるものの、可能
解していただくために、全国教化 団長会議や各地の講習会
策の 一環として、地域の置かれている状況をはっきりと理
た。これら以外には、過疎化を含めた今後の 寺 院 の 運 営 対
ない状況や町の将来性から国内開教指定寺院に指定され
県鳩山町の先光寺 ・小川 寧 山師も、鳩山町に浄土宗寺院が
来年度の課題としては、正確性を増すために、 二000
見込まれている 。また世代別グラブからは、将来高齢化と
寺院数の割合、つまり 人口に比して寺院が少ない地域、そ
年に行われた国勢調査の最新人口と 三O年後の予測人口に
で実演講習も行った 。
の逆、浄土宗の寺院が少ない地域と多い地域などを見分け
入れ替えるだけでなく、各市町村の世帯数を新たに入れ
若年層の減少などの予測が可能となった 。この他、人口と
ることが実に簡単にできるようにな った 。こうして、最初
さらには、各地域の経済や平均収入 ・支出、産業 ・文 化 な
世帯あたりの寺院の関係を分析することを予定している 。
析し、全国 三 四O Oあまりの市町村を、将来的に成長が期
ども入れ、いっそう充実したものにしていくつもりである 。
にできあがった地理情報システムは、このような情報を分
待できる比率で偏差値化して順位をつけた 。
地図情報システム研究の成果
平成十 三年、圏内開教教師として、東京都の稲城・八王
子地区を開教地域として指定された 笠原泰淳師は、このシ
ステムによって開教候補地を選び出し、地域の状況 ・
将来
性を開教委員会で認められ指定された 。もうひとりの埼玉
-37
団の海外布教の方法論に関する基礎的理論の構築を目的
も行い、翌年度の浄土宗総合学術大会で左記のテーマによ
さらに、平成 H年度からは浄土宗ブラジル開教区の調査
鷲見定信研究員)
伯寺の場合﹂(担当
水谷浩志研究員)
報告③﹁海外布教における日系社会と寺院皿 マリンガ日
日伯寺の場合﹂(担当 武田道生研究員)
報告②﹁海外布教における日系社会と寺院H浄土宗別院
ハワイ﹂(担当
報告①﹁海外布教における日系社会と 寺 院 ブ ラ ジ ル と
に、これまでハワイ開教区における自教団並びに他教団の
たな海外布教の可能性を検討すべく、オーストラリアを対
また、既存の開教区以外の地域における浄土宗教団の新
第 日号所収)で報告されている 。
浄土宗ハワイ開教区研究概要報告︿その 2﹀﹂(教化研究
化研究第叩号所収)と﹁ハワイにおける日系宗教の現状
土宗寺院の現状│浄土宗ハワイ開教区研究概要報告﹂(教
る現地調査の中間報告を行った 。
報告されている 。
ラリア宗教事情研究調査報告﹂(教化研究第 ロ号所収)
は、﹁オーストラリアにおける日系宗教の現状オ lスト
象とした宗教事情調査研究も行ってきた 。 この成果報告
浩
JD¥
②海外開教) の研究活動報告 (概要)
開教の 基礎的研究 (
(昨年度までの研究活動の経緯)
本年度の研究活動内容の理解を容易にするため、まずは
じめに昨年度までの研究経緯を報告する 。
谷
現状の分析を試みてきた 。その成果の概要は、 ﹁ハワイ浄
当研究班では、過年度からの継続研究として、浄土宗教
二t
で
水
o
o
qJ
なお、乙の調査の研究成果の概要は、次回教化研究に掲
ク宗教のはざま│(中牧弘允│国立民俗学博物館教授)
-﹁ ブ ラ ジ ル の 日 系 宗 教 エ ン デ ミ ッ ク 京 教 と エ ピ デ ミ ッ
現地調査を行う計画を進めている 。
調査であった浄土宗の3番目の開教区である北米関教区の
的 な 開 教 の 方 法 論 を 実 際 に 検 証 す る 視 点 に 立ち、今まで未
平 成H年 度からは、この 研 究 成 果 か ら 抽 出 さ れ て き た 仮 説
同様、次回以降の教化研究に掲載予定である 。
を継続してきた 。この成果は、ブラジル開教区の調査報告
な方法論と地域ごとに有用な方法論を別々に抽出する試み
の共同研究も視野に入れ、国内外を間わない開教に普遍的
外地域の研究成果の分析に加え、国内開教担当の研究班と
本年度は、このように今までに蓄積されてきたこれら海
平成時年度の研究活動概要)
作家)
-﹁、ブラジルの日系 人社会﹂(高橋幸 春 ノ ン フ ィ ク シ ョ ン
戦予定であるが、参考までに主な調査内容を次に紹介す
①南米開教区内浄土宗寺院調査対象
南米浄土宗別院日伯寺
-マリンガ日伯寺とパラナ老人福祉和順会(和順ホ lム)
-イビウ 1ナ 日 伯 寺 の 開 基
② 他 宗派仏教教団調査対象
-本派本願寺南米教団本部
東本願寺別院
-高野山真言宗南米関教総監部
曹洞宗別院
日蓮宗身延山南米別院恵明寺
③ 識 者 によるブラジルの宗教事情調査報告
﹁ブラジルにおける日系新宗教の現状﹂(渡辺雅子│明
治学院大学教授)
-39一
る
平成十 三年度報告
まず、既存の情報を調査整理するため、浄土宗宗務庁の
宗総合研究所分室の研究員が中心となり、平成五年十月よ
しこれらの中には貴重な文献類が存在することもあり、ま
浄 土 宗 寺 院 名 鑑﹂ 掲 載 の 全 浄 土 宗 寺 院 の デ l
許可を得、 ﹁
また中には、本堂や庫裏の新築・改築などで、その寺院所
た学術的にはそれほどでなくても、その 寺院にと ってはそ
け軸・古文書 ・記録等)を、浄土宗総合研究所分室のパソ
タ及び昭和四十 三 年の浄土宗宗勢調査記載の寺院什物(掛
り計画され、平成六年四月より調査研究活動に入った 。
本プロ ジェ クトは悌教大学 に研究室を借用している浄土
[これまでの経過]
とがこのプロジェクト研究の目的である 。
の存在価値を認識してもらい、保存し後世に伝えていくこ
道
浄土宗典籍 ・版木の研究│浄土宗寺院所蔵文献類調査整理研究│﹂
﹁
[目的]
浄土宗寺院において、その寺の住職さえ自坊に何が所蔵
されているのか知らないまま 、また、什物帳で所蔵してい
ることは知 っていても蔵の中にあ って 一度も見たことがな
真
蔵の文献類が廃品として処分されたりする例もある 。しか
いまま、徽や虫食いによ って損傷していく文献類がある 。
内
の寺の歴史を物語る貴重な文献といえるものもある 。
よ って、これらの文献類を調査整理し、各所蔵寺院にそ
-40一
T
ケ
︹﹁浄土宗典籍・版木の研究﹂ へのご協力のお願い │ お
次に平成六年九月と平成八年六月に ﹃
宗報﹂ にアンケ l
漏れを防ぐためこれらは厳重に分室で保管している 。
)
献があるかが前もって把握できることにな った。 (データ
コンに全て入力した 。これによりどの寺院にどのような文
名等を撮影、パソコンに入力し、研究所で整理する方
えも行う 。※十四年度からは直接デジタルカメラで題
著者 ・編 者 ・奥付等を記録 。必要あれば順番の並べか
合によってはカ lドでとることもある 。この時、書名
-番号順にパソコンに入力(データベース化)。但し場
またこれと平行して、古文書・掛け軸等の解読を現在も続
了、四箇寺は目録作成が校正の段階であり、ほぼ完了した 。
寺院より十四箇寺を調査し、このうち こ箇寺は完全に終
せ、回 答のあった寺院及びその後研究所への依頼のあった
寺の古文書古書籍の保存状況をお知らせ下さい︺を載
(防虫剤を置くこともあり)
保管場所に目録番号順に収蔵 。
所蔵者の許可が得られれば、通番ラベルを添付 。
通番(正式なもの ・目録番号)をパソコン入力 。
再度の並べかえ 。
法も取り入れる予定 。
了とする 。
を作成し所蔵寺院に渡すことでその寺院の調査を 一応の終
O調査対象寺院の文献類は悉皆調査を原則とし 、簡易目録
ラに撮り、調査研究する 。
O所蔵寺院の許可を得て、重要文献は写真 ・デジタルカメ
行中である 。
[調査方法]
調査依頼のあった寺院での調査は以下の手順をとる 。
-保管現状の記録(写真などで記録する)。
全文献類の大まかな分頬 ・並べかえ 。
上記分類に基づき、通番(仮番号)を付した付筆を 全
文献類に挟む 。
-41-
ト
平成十四年三月現在までの 調査状況]
[
現在までに調査した寺院、また現在調査中の寺院の調査
調査終了
古文書
調査終了
調査終了
古文書
調査終了
調査終了
簡易目録作成完了
状況は以下の通りである 。 (寺院名などは所蔵者の管理上
古書籍五六七冊
大蔵経
のこともありここでは伏せておく)
京都教区
古書籍六六八冊
簡易目録ほぽ完成
O七九冊
古書籍 一
簡易目録ほぽ完成
古書籍 二O O三冊
簡易目録ほぼ完成
古書籍約 二四五冊
調査中
調査ほぽ終了
古書籍約五O O附 大 蔵 経 一部
簡易目録作成完了
新潟教区
静岡教区
鳥取教区
富山教区
岐阜教区
版木約 三O点 古文書
簡易目録ほぼ完成
埼玉教区
古書籍約六O O冊
調査中
長野教区
古書籍 一八 一五部
大蔵経
巻子本
古書籍約四 二O冊
調査中
古軸類十点
大阪教区
京都教区
O八 二冊
古書籍約 一
調査中
古軸類
調査中
十四年度内に調査終了の予定
京都教区
鎌倉期紙背文書 一点
古文書
滋賀教区
調査中
調査中
古文書
古 書 籍 約 三O O冊
古書籍約七九五 冊
和歌山教区
尾張教区
[今後の実施計画]
長期にわたって続けてきたこのプロジェクト研究も 一応
平 成 十 六 年 三月で終了することが研究所会議で決められ、
運営委員会で了承された 。これ以上調査対象寺院はふやさ
ず、十四年度と十五年度の 二年間で対象寺院十四箇寺のう
ち、まだ調査の完了していない八箇寺を終了させる予定で
ある 。よって、さらに効率よく調査をすすめる必要がある 。
すべての調査が終了後、その結果報告及び研究成果を所
蔵寺院の許可を得て、何らかの形で発表する 。その後の調
査資料の保管等については平成十五年度に検討し、将来に
L
内
τ
AU
と象寺
院
な
わ
こた
る
のつ
ょに調て
う調査立
役
努
力 査
し は、 つ
した 一 形
て文書
WE で
い献 文
残
きの
し
た簡事て
い易
い
。 目全き
録
を
査
調
渡
主
室
i
と
し
れ て
る お
結り、
果対
喜
ば
4
3-
ぃ
た
。
)
H
﹃礼讃声明音譜の研究 (
はじめに
)
たのではないかと思われる 。
﹄
く、現行唱法との並記により、両者の比較が容易になされ
目安博士による表記は、五線譜表記よりも分かりゃす
るという方法を用いた 。
線譜の表記を目安博士に変換し、現行の目安博士と並記す
前回は特に現行唱法と異なる個所をピックアップし、五
の音声と比較研究を試みるという内容であった 。
五線音譜で表記された、日常勤行と六時礼讃の音声を現行
礼讃声明音譜﹂ (浄土宗法式会刊) に所収されている
行 ﹁
して、研究ノ l卜を発表させていただいた 。大正十 三年 発
礼讃声明音譜の 研究﹂と題
昨年度の教化研究第十 二号に ﹃
(
上
典
翁
は、声明は口伝を旨として伝承されてきているという大前
また、今回、 ﹁
声明﹂ の比較研究を発表するにあた って
山、両派の ﹁四智讃﹂について検討した 。
室研究員の清水秀治研究員に同席していただき、祖山、縁
を取り上げたが、﹁四智讃﹂に関しては、研究会当日に分
年度は、声明について研究会を催した 。主に縁 山流の声明
二年度は日常勤行と六時礼讃の比較研究であったが、十 三
十
礼讃声明音譜﹂の研究会の内容を発表するものである 。
﹃
今回は、平成十 二年度に引き続き十 三年度に行われた
を試みた 。
の音声を実唱したテ 1プを発表し、視覚と聴覚による比較
礼讃声明音譜﹂ の音声と現行
、 ﹁
比較研究を発表する 一方
さらに、昨年度の総合学術大会においては、目安博士の
坂
T
4n
49
御忌法要集﹄に所収されている博士も、あく
用いている ﹃
提を踏まえなければならない 。現在、大本山増上寺式師が
唱法を田中勝道、庚本栄康研究員が行った 。
組 一行院の八百谷啓人師に五線譜を唱っていただき、現行
ある 一定の範囲の型を保ちつつ、伝承する声明師によっ
稽古で研鎖を積まなければならない 。すなわち、声明は
声 明 集 ﹂(以後H ・元版とする)も参考にさせていただい
法儀司の実唱された声明を五線譜にして出版した ﹃
縁山流
が創立 二十周年記念事業として縁山声明伝承者、津田徳翁
また、今回の研究では、平成元年に大本山増上寺式師会
て、それぞれの妙味が付加されていくという極めてデリ
た。
まで目安博士であり、それぞれの声明の修得は式師会での
ケlトな性質を持っているのである 。このような要素を踏
四年 一月十六日までに七回の研究会を重ねた 。
原則として
平成十 三年 四 月 二十四日に第 一回研究会を催し、平成十
尚、縁山流声明に関しては、その成立、特色、芸術性等
一回の研究会につき 一つの声明をテ l マに取り上げ、前述
まえつつ、研究会の報告を行いたい 。
を元研究員の中村孝之、小島伸方、渡辺俊雄の 三師が教化
の方法で比較研究を行った 。尚、この研究会 に携わ った研
宗降、清水秀浩、坂上典翁の各研究員である 。
究員は、福西賢兆、田中勝道、熊井康雄、演本栄康、西城
研究第 二号
、 三号で発表されているので参照されたい 。(
注
(
2)研究方法・経過
した 。すなわち、 ﹃
礼讃声明音譜﹄(以後T ・
十 三版とする
である 。この声明は、初重、 二重
、 三重とあるが、特に初
縁山流声明のいわゆる入門ともいうべき声明が﹁称讃偶﹂
第 一回﹁称讃傷﹂ (初重)
の五線譜による唱法を再現し、現行唱法との比較を試みる
重は 一般寺院においても称えられることが多い 。
既に教化研究第十 二号で発表した研究方法を今回も採用
という方法である 。十 二年度の研究会同様、東京教区城西
Rd
Aq
図①に法要集の目安博士と、 T -十 三版の五線譜を目安
博士に直したものを並記した 。
陀 だー
T ・十 三版の唱法と現行とでは、比較的似ているという
言
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陀内六 と
三 一 一い:言
十
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一
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汚U
弥みー
印象を各研究員が受けた 。
) では最初の
前半部の四念仏と呼ばれる部分(図①│ a
南 無阿弥陀仏
食むあみだぶ
引っ戸
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一千山一
山 一 山明 山一
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清浄荘厳無勝是
しょうじ・ 6うしaう ご ん む し 主 う ぜ
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仏 山
仏ぷー
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2
仏 ぶ
いう音の移行に対し、 T ・十三版では﹁宮(双調) ←変宮
一音落ちの指定に
山
向
陀 だむ山 九
報ぽ一 一
無 む一 一
tf
虫
.
!
無u
(下無) ←宮﹂である 。 いわゆる 一音落ちと半音落ちの違
いである 。現在、法要集の音声部では
なっている 。このことに闘し、変宮という音 は、目音階の
理論上の音でありながら、現在、縁山の式師の中には、半
音落ち(変宮) で唱う人もいるという指摘があった 。
四念仏の最後の部分の﹁陀仏﹂(図①│ b) では、現行で
は﹁徴(壱越) ←商 (黄鐘) ←商﹂に対し、 T -十三版で
は﹁徴(壱越) ←目角(盤渉) ←商﹂という経過音を示し
ている 。
) では、宮に移行す
本文に入り、﹁清浄荘厳﹂(図①l c
る前の音は、全て変宮を用いているのに対し、﹁無勝是﹂の
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yγ
f
ョ
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分
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図
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﹁無﹂(図①│d) では、嬰羽を用いている 。すなわち
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m
き一)
引
γ
十 三版は、変宮と嬰羽という半音異なる音が出現して
T・
T
日陀
と嬰羽が区別されて唱われたのか、あるいは微妙な唱法の
故に、より近い音の方に採譜されされたかは、不明である 。
しかし、このことからも、声明自体の旋律が非常にデリ
(
呂 音階の理論上
一﹀
山一
清浄荘厳
-47-
ケl卜であることがわかる 。
仏ーえ
唱礼﹂
第 二回 ﹁
図② にT ・十 三一版と法要集の五線譜を並記した 。大正時
代なので﹁和順﹂ の大師号は、まだ無く、 ﹁法然上 人﹂も
省略されている 。また T- 十三版は、出音(しゅっとん)
但し
無勝是
ヘ
用いている
が黄鐘であるのに、現行は、双調の指定である 。また現在
仏一主
四念仏の最後の部分
の音である)
ヶ
一
一
)
一γ
全て変宮を
の旋律になるまでには、多少の変遷を経ているので、今回は
比較検討ではなく、五線譜による実唱を試みることとした 。
四智讃﹂
第 三回 ﹁
四智讃﹂が所収さ
T ・十三版には、祖山・縁山両派の ﹁
r
じース 呂角
ウ ウ
陀へ六
現行
d
図① -
図①〈
現行
A
四念仏の最初の部分
T.
1
3年
陀 γ← 勝 絶
いる 。これは大正十 三年当時の採譜の状況で、明確に変宮
図① a
図① b
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れ て い る 。そこで今回は知恩院の式衆でもある清水秀浩研
図③ - b
四智讃﹂について、 T -十 三
究員に出席いただき両派の ﹁
版と現行を比較検討した 。
っとして、
大 本 山滑上寺で は毎 年 、 法 式 修 練 道 場 が 開 産 さ れ て い
る。この道場では、縁山流声明の修得も課題の
入門篇ともいうべき﹁唱礼・称讃偏﹂ の稽古が行われる 。
-49-
しか し 、﹁四智讃﹂、 ﹁
伽 陀﹂等の難度の高い声明について
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は、道場成満後、入会が許可される式師会でのみ修得が可
縁山流声明集﹂
一層 加 味され、前出の ﹃
能 に な る 。従って、﹁四智讃﹂以降の声明については、
伝という要素が
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のような五線譜があるものの、声明を唱う式師によって
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それぞれの妙味が付加されていくのである 。
まず、縁山流﹁四智讃﹂について 比 較を試みた 。結論か
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らいうと、縁 山流﹁四智讃﹂に関しては、五線譜に表現す
るのには限界があり、採譜者自身の相当苦労した様子がう
かがえた 。まず、縁山流声明の最大の特徴であるユリにつ
いては、(図③ ー と の よ うにしか表現できず、 H- 元 版
の表現(図③lb) と 比 較してもユリのニュアンスを伝え
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図③ - a
口
ることが相当困難であることが分る 。
また、 ﹁四智讃﹂の中で用いられる技法として、鴛の谷渡
り、暁鳥等があるが、 T-十三版にのっとった(図③!と
実唱では、現行とは、かなり異質な印象を受けた 。
御 忌 法 要 集﹂
図③ │dに、現在、縁山の式師が用いる ﹁
の句頭部分の博士を引用したが、この墨譜だけで、五線譜
に表現しきれない技法と妙味を表しているのである 。いか
に、口伝の要素が強いかが分る 。
次に、祖山流﹁四智讃﹂について比較を行った 。八百谷
師に T ・十 三版の五線譜を唱っていただき、清水研究員に
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まず祖山流﹁四智讃﹂は、京都の四総大本山の門主・法
主が選化された際、表葬でしか唱われることはなく、いわ
ゆる街寺ではほとんど唱われることはないのが現状である
T-十三版の ﹁
四智讃﹂ の唱法と比較した清水
という指摘があった 。
以下は
研究員からの意見である 。
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図③
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図一④
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(一)現在、祖山のユリは、上が長く(三拍)て強め、下
が 短 く (二拍) の気分である 。
モロ下リは五線譜では表現しにくい 。
三)現行のソリは、 二律を 三律にして、 T ・十 三版よ
(
フミ上ゲに関しては、五線譜に若干手
七段目のピ ッチが低い 。
りもはなやかな感じで唱う場合もある 。
(四)五線譜の六
(
五
) モロ下リ
を入れれば現行に近くなる 。
以上のような意見が出された 。図│ ④は
、 T -十三版の
祖山流﹁四智讃﹂の五線譜である 。また図│⑤は祖山で用
いられる、いわゆる回線譜の 一部である 。昭和 二十六年に
宍戸、栄雄法儀司が考案し、以降、祖山の式衆が広く用いて
いるということである 。
縁山流では、このような回線譜を用いて稽古することは
稀であるが、 ﹁
唱礼・称讃傷﹂を稽古する際、使用する場
合もある 。縁山流に回線譜がなじまない要因の 一つとし
て、ユリ、谷渡リ、暁鳥、柳などの独特な技法が、回線譜
や五線譜では表現の限界があり、修得にあた っては口伝に
よる要素 が多分に強いためと思われる 。
第四回﹁光明伽陀﹂
T ・十三版の 実唱は、おおむね現行に近いという印象を
受けた 。 ﹁光明伽陀﹂は平調の曲であるが、 T ・十 三版は
下無を基音にしているのに対し、 H-元版では基音が平調
にな っている 。図│⑥
﹁
光
﹂ の出方については、腹から絞り出すようにという
口伝があり、 ﹁
御忌法要集﹂ では宮←商の指定にな ってい
現行の実唱では 宮よりも低い 音 で絞り出すように発声
る。
一オクターブの幅をもた
し、商まで上向させている 。H-元版では、津田法儀司は
宮 (平調)まで上向させるのに
せて唱われていた 。 (
図l⑦)
また、 ﹁
光﹂の発音には、最初に﹁コ﹂と明確に発音する
﹁コ・オ l﹂ という方法と、絞り出すように発声する ﹁コ
オl﹂の二通りあ ったようである 。前者は、千葉寛定法儀
司、後者は、津田徳翁法儀司が唱われていたという指摘が
あ った。
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図 -6
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F
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次に、﹁明﹂から﹁遍﹂への上向について譜面上では商←
呂角(克鐘)であるが、田中研究員より、道場の広狭、法
要の内容(例えば慶事法要では多少、上向幅を広くとって
はなやかにする)などの要素により、この部分の音幅には、
若 干 フ ァ ジ ー な 面 が あ る と い う 意 見 が 出 さ れ た 。(
図l⑧)
-ヲキ一品今一号一今 一 J
市再:;:-
"一τ 官一一 T
官
¥喝ウ1p'"ーす寸る{今
第五回﹁散華﹂(図l
⑨)
T -十 三版と現行唱法を比較してみたが、ナヤシとクイ
切の部分以外は、おおむね同じであるという印象を受け
た。これは、 T ・十 三 版の採譜者が、目安博士の五音をか
なり意識しながら採譜したのではないかということが 一つ
の要因であると恩われる 。すなわち、現行の唱法は、五音
にかなり忠実に唱っているが、ナヤシとクイ切は五線譜で
ー
→
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卒
1
耳 石-3
二 ー 剖 牛 耳ι五一通玄字企¥河
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足場主
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3-3-3-37 且."....執冒すウ-
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の表現が困難なため、この箇所だけ異なった印象を受けた
ょうである 。
ナヤシに関しては、 T ・十 三版 は 、 頂 点 音 が 短 三度の上
向であるのに対し、現行は、もう少しはなやかに表現して
いるという指摘があった 。ち な み に 津 田 法 儀 司 の ナ ヤ シ は
図 -9
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草骨「胃r一一一ーウ一一ー耳...-...,宵宏一一一一ー ウ一一一一一一両
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ナヤシに入る前に賓ユリをつけることもあるという指摘も
(この場合は黄鐙)を決めて上下の 音を振り分けてみるの
その際、八百谷師より、 ﹁
我﹂の出について、 主 になる音
れぞれ実唱し、現在の唱法と趣の違いを味わ った。
あった 。
も 一つの方法ではないかという意見が出された 。 ﹁
此﹂に
T・十 三版と同じであった 。また、現行唱法の技法として、
縁山流 ﹁
散華﹂は、現在、増上寺式師が出仕する御思会
ついても同様なので
(三)むすび
昨年、本年と 二回にわたり ﹃
礼讃声明音譜﹂を題材とし
,
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特であり、五線譜、 墨譜 では到底、表現できない 。従 って
五線譜で表してみた 。 (
図│⑩)
以外ではほとんど唱われることはなく、前述したように 、
ナヤシ自体が少しはなやかに唱 っている場合が多いようで
ある 。 ﹁
四智讃﹂ の項でも述べたように、祖山でも
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色 E一
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,
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て研究発表をさせていただいた 。また、 平行した総合学術
-57-
がT. 十三版より現在の方が多少、はなやかな傾向がある
という指摘があ ったが、このことからも、声明が伝承者の
口伝によ って受け継がれてきたことを強く印象づけるので
ある 。
第六回﹁敬礼伽陀﹂
第七回 ﹁
我此道場﹂
これらの伽陀は、縁山流声明の中でも非常に高度な技法
下京ミ
この 二回の研究会 では、 T-十 三版
、 H ・元版、現行をそ
を要求される 。特に句頭部分の出だしは、両伽陀ともに独
図-10
ソ
リ
た訳だが、日常勤行や六時礼讃と違い、声明は東西各本山
主に縁 山流の 声明を中心として、 比較研究を行 つ
今回は 、
させていただいた 。
大会においても実唱のテ lプを使用して、比較研究を発表
のである 。
あり、そのことにより連綿として高い芸術性を保ってきた
な経験を持つ声明師が、口伝によって伝承してきたもので
はならないのである 。つまり、声明とは高度な技量と豊富
八百谷啓人師に深謝し本稿を閉じ
最後に、講師として本研究に全面的にご協力いただいた
東京教区域西組一行院
の式衆(式師)により伝承されている 。大正時代の採譜状
況を考慮しても、五線譜によって表現された声明を実唱し
‘。
、
、
争
7L
( 注 二 教 化 研 究 第 二号﹁声明と音楽﹂
て再現することは、おのずと困難な試みとなった。これは
声明独特の技法が、視覚的な要素、すなわち譜面に よる表
現に限界があるという証明にもなった 。
、 C Dを種々聞いたが、声明そのものに、録音さ
音テ lプ
(
三) 渡 辺 俊 雄
(
二) 中 村 孝 之
(二小島伸方
れ た 時 期 と 声 明 師 に よ り 微 妙 な 趣 の 相 違 が あ っ た 。 これ
教 化 研 究 第 三号
また、今回の発表にあたり、筆者は、先達の残された録
一定の型を保持しつつ、伝承を担う声明師に
今回の 研究では、計らずも 声明が口伝によって伝承され
よって妙味が付加されていく性質に起因すると思われる 。
縁 山 流 か錫杖々について﹂渡辺俊雄
﹁
縁 山流伽陀の 音楽論﹂小島伸方
﹁
縁 山声明の 芸術性﹂中村孝之
﹁
は、声明が
てきたことを証明する結果となった 。すなわち、五線譜に
よってある程度平易に表現された声明でも、実際の修得に
あたっては、縁山では式師会の稽古において研鍛しなくて
-58-
二、研究経過の報告
ホームペ lジ に よ る 教 化 情 報 提 供 運 営
①日本語によるホ!ムペ lジ
一、研究目的と方法
① 情報化の進展について
平成十 三年度の通信白書によれば、平成十 二年 末 に お け
当該研究の目的はインターネットのホ l ムペ 1ジを活用
し、浄土宗の教義・教化情報の提供を行うことである 。こ
る我が国の十五歳以上七十九歳以下の個人におけるイン
ている 。さらに、総務省が行っている通信利用動向調査に
こ数年来情報化が急速に進展し、パーソナルコンピュータ
﹂のような状況に対応して本研究では、浄土宗教師、研
よれば、平成十 二年 十 一月 に お け る イ ン タ ー ネ ッ ト の 世 帯
タlネット利用者数は四、七 O 八万人と推計され、平成十
究者、 一般の人々に対して発信すべき情報を調査研究する
普及率は 三四・ O %、事業所普及率は 四四・八%、企業普
やインターネ y卜接続が各寺院・家庭に普及している 。こ
と と も に 、 平 成 十 二年 度 に 構 築 し た 浄 土 宗 総 合 研 究 所 の
及率では九五・八%となっており、企業のみならず家庭や
一年末段階の推計値と比較すると七四・ O%増となってい
ホームペ lジの維持・更新等の運営を行った 。以下、調査
一般寺院を含む中小事業所に於いてもインターネット利用
のような時代にあ っては従来から行われている文書による
研究の概要を報告する 。
る。また、平成十七年(二 O O五年)におけるインターネッ
雄
布教伝道のみならず、電子化された情報による布教教化の
達
卜利用 者数は八、七 二 O万 人 ま で 増 加 す る も の と 推 計 さ れ
岡
方法論を確立することが必要であると考えられる 。
ど
〉
、
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は急速に普及拡大している 。
② インターネットの位置付けについて
イ ン タ ー ネ ッ ト の 物 的 な 仕 組 み は 、 統 一さ れ た コ ン
ピュ l タ相互間の情報伝達規約 (TCP/IP) と、その
規約によって結ぼれた数千万台のサーバーと呼ばれるコン
ピュ l タとから構成されている 。網の自のようにつながっ
たサーバ ー (コンピュータ)に入力された情報は目的とす
るコンピュータに送られたり、誰もが取得可能な形態で各
コンピュータに記憶される 。伝 達 さ れ た り 記 憶 さ れ た り す
るのは電子的な情報のみである 。
ここで、私たちの日常生活を振り返り﹁情報のやりとり﹂
だけで何が出来るかを考えてみよう 。例えば広告や宣伝で
ある 。T V、新聞、雑誌で行われている広告や宣伝活動で
私 た ち が 受 け 取 っ て い る の は 情 報 だ け で あ る 。銀 行 で の 振
込 手 続 き を 考 え て み よ う 。A T Mの前で行っているのは情
報の入力だけであり、実際に現金を手にしているわけでは
ない 。T Vショッピングを行うとき実際に行うことは情報
を送るだけであり、その結果、商品という現物が届けられ
てくる 。代引き宅配で品物が届けられる場合、あなたが支
払った現金は宅配会社の口座に入金され、品物を売った会
社には入金の情報が伝えられるだけで、あなたの支払った
札が販売会社に運ばれるわけではない 。このように、私た
ちの日常生活の大部分は情報を伝達することや情報を得る
ことで営まれており、その大部分はインタ ーネ ットという
情報伝達・記憶メディアによっての代行が可能であると考
えられている 。
現在、私たちの活動、日常生活、企業活動、医療福祉活
動、文化活動、宗教活動すべての局面で電子的は情報伝達
情報記憶に置き換えられようとしている 。その理由は、電
子的な符号に置き換えられた情報は、高速で伝達可能、大
量に 処理が可能、必要とする人すべてに安価に複製するこ
とが可能であり、さらに加えてその技術進歩は当分の聞は
進展すると予測されるからである 。
従来から行ってきた諸活動を情報という観点から再検討
し、電子的メディアの中で再構築すること、これが現在イ
-60一
く 必 要 が あ る 。そ の 活 動 を 怠 れ ば 将 来 的 に 構 築 さ れ る と 考
者として、そのインタ ーネ ット と い う 新 世 界 に 橋 頭 壁 を 築
さ に 作 ら れ よ う と し て い る 。現 在 、 宗 教 活 動 を 行 っ て い る
る。つ ま り 、 電 子 的 な 情 報 利 用 と い う 巨 大 な 新 世 界 が 今 ま
ンタ lネ ッ ト 利 用 と 称 さ れ て い る 活 動 で あ る と 考 え ら れ
経 由 の 電 子 メ l ルが普及し、 電 子 メl ル利用者は 急 増 し て
交 換 も 可 能 で あ る 。近年、携帯電 話 に よ る イ ン タ ー ネ ット
が特徴であり、同時にアクセスしていれば会話に近い情報
りも手紙に近いが、世界中どこでも瞬時に届けられること
れ の 時 間 配 分 で 利 用 で き る こ と に あ る 。この点では会話よ
ミ
インターネ ット 内 で の 活 動 を 積 極 的 に 行 う 新 た な宗 教 活 動
ある 。ホl ムペ ージ と は ハ イ パ ー テ キ ス ト 伝 送 規 約 (HT
も う 一つのインターネ ット利用の中心がホ1 ムペ lジで
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集 団 の 影 響 力 が 大 き く な る 可 能 性 が 高 い 。こ の よ う な 観 点
TP) と い う 伝 送 方 式 に 対 応 し た 情 報 記 憶 の 集 積 で あ る 。
えられる新世界の中での既成教団の影響力が発揮できず、
から常にインタ ーネ ットの動向をウオ ッチしておく事が必
ハイ パ ー テキストとは、
した シ ス テ ム を 基 礎 と し て い る 。 この シ ス テ ム は 同 氏 に
氏 が 所 内 の 論 文 閲 覧 シ ステムとして 一九 八 九 年 三月 に 開 発
州 合 同素 粒 子原 子核 研 究 機 構)のティム ・バーナーズ ・
リ!
ア(ブラウザ)によ って行われる 。HTMLはCERN(欧
書 か れ て い る 。情 報 の 読 み 出 し に は 読 み 出 し 用 ソ フ ト ウ エ
HTML) と い う コ ン ピ ュータ 言 語で
テ キ ス ト 記 述言 語 (
め 込 む 事 の 出 来 る 文 章 (テキスト)形式のことで、ハイパー
真 ・画 像 ・映 像 ・音 声 ・音 楽 等 の 様 々 な 情 報 を 有 機 的 に 埋
一つの文 章 の中に 他 の文 章 や 写
要である 。
① イ ン タ ー ネ ット の 利 用 形 態 に つ い て
急速に 普 及 拡 大 し て い る イ ン タ ーネ ット利用であるがそ
の 中 心 は 電 子 メ l ルとホ l ム ペ ー ジ で あ る 。 電 子 メ ー ル
は、電話およびファクシミリに次ぐ第三 の情報伝達手段で
ある 。そ の 特 徴 は 第 一に 非 同 時 性 、 つ ま り 電 話 の よ う に 同
時性 (
情 報 交 換 を 行 う 者 同 士 が 同 一時 刻 に 利 用 可 能 な 状 況
にあること)が必要ではなく、情報 交 換 を 行 う 者 は そ れ ぞ
6
1
よってワールド・ワイド ・ウェブ (WWW) と名付けられ
ている 。
Wの商用利用が考えられるようになり、今日の隆盛に至 つ
ある 。もう 一つの情報発信は、ボランティア的な活動で多
動など)で、その直接的な目的は活動主体の活動の報知で
種機関が行 っているサービスの報知、選挙のための宣伝活
しめること)、広告宣 伝(企業の製品やサービスの報知、各
方針、活動内容等を特定あるいは不特定の人々に広く知ら
種類考えられる 。 一つは、例えば広報(その存在、活動の
開することである 。発 信 す る 情 報 は 様 々 で あ る が こ れ も
とな ってそれぞれの発信したい情報をホ l ムぺ lジ上で公
第 一の﹁情報発信﹂とは個人や企業 ・各 種 機 関 等 が 主 体
コミュニケーション
第 一、 情 報 発 信
に大別することが出来る 。
かして様々な用途に使われているが、その用途は次の 二種
ホームペ lジあるいは W W Wはシステム固有の特徴を生
ペ lジの用途について
④ ホlム
た。また、読み出しソフトウェア(ブラウザ)は NCSA
(米国立スーパーコンピュータ応用研究所) のマ l ク ・ア
w
ンドリ l セン氏を中心に 一九九 三年六月に開発された 。
W Wはこのブラウザの出現によって飛躍的に普及すること
になった 。通常、種々の機関や個人は作成する W W W情報
ペ ージ目をホ 1 ムペ lジと呼んでいるが、このことか
の一
www情報そのものをホームぺ lジと呼ぶようになっ
ら
た。
wwwは文書閲覧システムとして始まったが、単に文章
だけではなく電子化出来る情報ならば﹁どんな種類の情
報﹂でも取り扱うことができ、それらの情報を﹁有機的﹂
に 結 び つ け て 表 示 し た り 情 報 の 入 力 ・伝送が出来ること、
世界各地に置かれた数千万台のコンピュータを瞬時にアク
セスし情報を得ることが出来るのが特徴である 。また、開
発された当時の目的は研究者間の共同利用であったが、こ
wwwは文書閲覧だけではなく様々な用途への可能性が
の
提案され、 一九九 三年 頃 か ら 米 国 で イ ン タ ー ネ ッ ト や W W
第
L
円
nb
合もあり、このような場合には第 二 の商用情報提供サ 1ビ
費用が必要な場合には利用者から情報利用料を徴収する場
はアーカイブ(書庫)と言われている 。情 報 作 成 に 多 大 な
報資料館や電子図書館のような機能はインターネット上で
必 要 と す る 情 報 で あ る 。過 去 か ら 蓄 積 さ れ て き た 情 報 の 情
信 す る 行 為 で あ る 。天 気 予 報 や 交 通 情 報 な ど は 多 く の 人 が
くの人々が必要と考えていると思われる情報を主体的に発
ctoCともいうべきものであるがこれもホ lムペ lジの
他 で こ れ と 似 た も の に ネ ッ ト オ ー ク シ ョ ン が あ る 。これは
よ っ て 実 に 様 々 な 取 引 が 行 わ れ る よ う に な ってきた 。この
販 売 が 中 心 で あ る 。特 に 販 売 す る 製 品 や サ ー ビ ス の 内 容 に
聞 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン シ ス テ ム で あ る 。その用途は通信
ビジネス ・ツl ・コンシューマであり、消費者個人と企業
価 で 効率 的 な シ ス テ ム 構 築 が 行 わ れ て い る 。BtoCとは
ていたが、最近ではインターネットやWWWを 利 用 し て 安
コミュニケーション機能を利用したものである 。
スと同様なものと位置づけされる 。
ホームペ lジ の 用 途 の 第 二は﹁コミュニケーション﹂で
や部品の仕入れ・受発注・決済等の企業間取引に W W Wを
Bとはビジネス・ツ 1 ・ビ ジネスを意味し、企業聞の製品
活動のツ l ル と し て 重 要 性 が 高 ま っ て い る 。例 え ば B t o
シ ョ ン は 現 在 も っ と も 注 目 さ れ て い る と こ ろ で 、 特 に 企業
典 型 的 な 例 で あ る 。ホ1 ムペ lジ を 経 由 し た コ ミ ュ ニ ケ l
のである 。例 え ば ホ l ムペ lジ 上 に 置 か れ た 掲 示 板 は そ の
ものであるし、ホ l ムペ lジの維持・運営の方法も大きく
ページか、誰を対象にしたホ l ムペ iジかによって異なる
法人)によって内容は異なるし、どのような内容のホ l ム
を作成し運営していく機関の性格(個人、営利企業、公益
を 行 う 利 用 法 で あ る が あ る 。そ の 利 用 方 法 は ホ 1 ムペ lジ
法と、﹁コミュニケーション﹂ の よ う な 双 方 向 の 情 報 交 換
信﹂のように発信主体からの 一方 的 な 情 報 の 公 開 を 行 う 方
以 上 の よ う に ホ l ム ペlジ や W W Wの利用は ﹁
情報発
応 用 し て 行 う も の で あ る 。これまで、 BtoBには汎用コ
異なってくる 。
ある 。これはホ l ムペ lジ 上 で 双 方 向 の 情 報 交 換 を 行 う も
ンピュ l タを使用した特別なオンラインシステムを構築し
-63一
ベ lジ利用について
⑤宗教教団・一般寺院のホ lム
宗教教団がホ 1 ムぺ lジを利用して行えること、 一般寺
院がホ l ムペ lジを利用して行えることにはどのようなこ
とがあるのだろうか 。このテ l マは今後の重要な研究課題
である 。まず﹁情報発信﹂については変数が 三 つある 。 つ
まり誰が、どのような対象にいかなる情報を発信すべき
かを考えてみる必要がある 。第 一の変数﹁誰が﹂とは情報
の発信主体であり、浄土宗という教団、教団の内部組織(総
合研究所、教学院)、本山寺院、 一般寺院がその対象となろ
ぅ。第 二 の変数﹁どのような対象﹂とは、教団組織内職員
向けなのか、教師向けなのか、寺庭・寺族を含んだ関連者
向 け な の か 、 教学 研 究 者 向 け な の か 、 檀 信 徒 向 け な の か
不特定の 一般の人々なのかによって、発信すべき内容は異
なると考えられる 。第 三 の変数 ﹁いかなる情報﹂とは、教
団や寺院の存在を示すパンフレットのような情報なのか
教団や寺院の方針や運営方法 ・運営結果の開示なのか、教
学的情報なのか、布教的情報なのか、法式的情報なのか
通仏教的情報なのか、仏教習俗的情報なのかといった情報
の内容の問題である 。
﹁コミュニケーション ﹂利用につでも同様に変数が 三 つ
ある 。つまり誰が、どのような対象と、いかなる情報を交
換するかである 。ホームぺ lジを経由して教団や 一般寺院
が、教師や檀信徒や 一般人を相手に、相談に乗ったり、布
教を行ったり、墓参・参詣をすることが本当に可能なので
あろうか 。 こんごの研究課題である 。
三、今後の研究計画
以上、平成十 三年 度 の 研 究 経 過 を 報 告 し た が こ れ ま で
の研究により今後の調査研究の方向性が明らかになってき
た。本調査研究は継続研究であり、当面の来年度以降の目
標を次の 三点とした 。
① 既設ホ 1 ムペ lジの運用
②教団ホ 1 ムページの可能性
③一 般寺院のホ l ムペ lジのあり方
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平成日年度は、﹄。号ω
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(2) 研 究 経 過 の 報 告
ものである 。
問的な要求に対応できる内容とした ・
にわたって詳細に解説し、宗教 ・仏 教 ・浄 土 教 研 究 者 の 学
儀礼・浄土宗用語集・国際学会発表論文等を一五0 ページ
生涯・教え・著作 ・浄 土 経 典 ・浄土教の相承・浄土宗史 ・
己75Hf
FEωEegという項目を新たに加え、法然の
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品
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関リンク)だけでなく、出。ロ巾ロ ω
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介 ・出版物・公開行事 ・布教情報・浄土宗リンク・研究機
研究 紹
ホームページは日本語ホ l ムペ lジの翻訳(概要 ・
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白
ホームペ lジ に よ る 教 化 情 報 提 供 運 営
② 英 語 に よ る ホ lムペ!ジ
(1) 研究目的と方法
日本一諮のホ l ムページに対応した英文を掲載し、法然上
人の教え・浄土宗総合研究所の存在および研究活動をイン
特に世
タlネットをとおして世界に知らせることにある 。
界の仏教・浄土教研究者との研究 ・意見交換を目的とする
ものである 。 な ぜ な ら ば 、 世 界 の 教 育 機 関 に お け る イ ン
タlネットの重要性は日ごとに増大し、将来影響力のある
学 者 ・研 究 者 ・ 学 生 に 法 然 ・ 浄 土 宗 の 情 報 を 提 供 で き る 。
また、世界各地の研究者との交流・意見交換の容易さによ
り、適宜議論して内容の向上をはかることを目的とする 。
浄土宗英語ホ l ム ペ ー ジ と の 役 割 分 担 を 考 慮 し て 、 当 該
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宗 史 ・儀礼、および 学会の見出しをつけ、新しい 研究成果
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ホームペ lジ の 閲 覧 者 に
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) 二O O 一年 三 月 に サ ン フ ラ ン シ ス コ 大 学 で 開 催 さ れ
‘・'Intemd
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) 今後の研究計画
浄土宗の英語文献の少なさ(真宗
約 二三O点、浄土宗
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Eロ)と表示され、何%以上が
約 二十三点)が指摘されている 。ネ ット 上 で 守 号 及 び
FREEを検索すると
真宗関連の研究成果 ・研究機関 ・
寺院のホ lムペ lジであ
る。これを改善するために、開教区寺院及び圏内寺院によ
る英文ホlム ペ1ジの検索機関への登録を推進する 。
今後口吾集を充実 させ、他の研究機関との交流をとおし
て内容の充実をはかりる 。また、法然の著作、例えば ﹁
四五箇条問 答﹂・御法語・消息などを ﹃
法然上人のご法語﹄
(研究所編)を定本として英訳し、順次公開して 、意 見交
換をする 。
ホームペ lジに掲載した英訳を集めて守号 ω宮司話回目
から出版し
世界最大の﹀云﹀N
ozho冨での 書籍の販売│ │ │情報
提供の効率性を考慮して、海外開教 ・国際化への対応とす
ヲ
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葬祭仏教研究
│葬儀の実態的研究
光
われた﹁葬祭仏教の総合的研究﹂(平成八年 三月終了、同
し、アンケートによる調査・分析を 実施した 。その対象と
平成十 三年 度 は ま ず 基 礎 研 究 と し て 、 調 査 地 区 を 限 定
いての貴重な基礎資料になると思われる 。本プロジェクト
九年六月成果報告書を 刊行)、またその第 二次研究である
しては、都市部、農村部、漁村部といくつかのサンプルが
﹁実態としての日本仏教(浄土宗)である葬祭仏教を過
﹁戒名その問題点と課題﹂(平成十 三年三月終了)に続き、
集約されている静岡教区を取り上げ、同教区内全寺院宛に
では、葬儀における習俗と儀礼について複合的なアプロ l
平成十三年度からは時代的変遷が激しく地域的差異の大き
郵送によるアンケート調査を行 った 。その集計・分析結果
去・現在にわたって総合的に調査 ・研 究し、その望ましい
い ﹁葬儀﹂につ いて、アンケート調査や現地調査を通して
については、本書別項﹁研究ノ lト﹂九ページに ﹁葬祭 に
チを行うため、旧来の﹁葬祭仏教研究班﹂に﹁教化儀礼班﹂
葬送習俗および葬送儀礼の両面から実態的研究を行うこと
関するアンケート﹂静岡教区アンケート第 一次分析結果報
ありようについて提 言 し、葬祭を踏まえた新教学が樹立で
になった 。こうした調査は、 一宗の研究機関としては過去
告として掲載した 。
がム同流して合同で調査・研究を進めることになった 。
芳
きるよう今日的視野で基礎研究を進める﹂という趣旨で行
田
にあまり行われた例がなく、本宗における葬儀の実態につ
-68-
細
研 究 会 等 の 活 動 と 研 究 班 メ ン バ ーは 以 下 の 通 り で あ る 。
二月十八日
-二月二十五日
研究会 ﹁
アンケ ー ト調査集計状況について﹂
研究会 ﹁アンケ ート 調査集計状況につい
研究会﹁アンケ ート調査報告について
研究代表
福西賢兆(主任研究員)
伊藤唯真(客員教授)
研究会﹁アンケート調査報告について﹂
研究副代表
鷲見定信(同)
西城宗隆(嘱託研究員)
佐藤良文(同)
坂上典翁(同)
大蔵健司(研究員)
武 田道生(同)
今 岡 達 雄 ( 専 任 研 究員)
細田芳光(同)
熊井康雄(専任研究員)
研究スタ ッフ
研究主務
研究班メンバー
-三月二十七日
於 ・京都宗務庁)
十四年度研究計画について﹂ (
二月二十八日
て
研 究 活動
研究会﹁アンケート調査について﹂
十三年四月十 三日 研究会﹁今年度の研究活動について﹂
-七月 二日
研究会 ﹁アンケート調査方法について﹂
研究会 ﹁アンケート調査票について﹂
-七月九日
-七月十九日
研 究 会 ﹁ ア ン ケ ート調査票について﹂
について ﹂
-6
9一
-七月 三十 一日 研 究 会 ﹁ ア ン ケ ー ト 調 査 票 に つ い て ﹂
八月六日
研究会 ﹁アンケ ート 調 査 票 に つ い て ﹂
研 究会 ﹁ アンケ ート調査票について﹂
研究会 ﹁アンケ ート調査票について﹂
-九月 三日
九月十八日
-九月 二十七日
研究会 ﹁アンケ ー ト 調 査 に つ い て ﹂
調 査 票 回 収 ・集計
静 岡 教 区 全 寺 院 宛 ﹁アンケ ー ト 調 査﹂発送
月
-十月 二日
十
-十月十五日
月
十二月一日 研究会 ﹁アンケート調査回収状況について﹂
一
一
十四年 一月二十八日 研 究 会 ﹁ア ン ケ ー ト 調 査 集 計 状 況
十
日常勤行式の現代語化に関する 基礎研究
作して大いに仏教啓蒙運動を行い、訓読を推進した第 一人
本に四戸点と 一・二点、返り点を付したものが多い 。それ
れてきた 。別けても主要経典である ﹃
浄土 三部経﹂は、経
はじめに
兆
者であるから、当時の現代語化経典を提唱されたといって
賢
﹃
浄土宗日常勤行式﹄ は、音読を基本として古来から行わ
西
二、明治・大正・昭和
八五九│一 九二O)である 。弁栄は仏陀静那と号し、如来
この時代に仏教啓蒙運動を行ったのは 、山崎弁栄(
と音読中心で実施されたのである 。
如来光明礼拝式﹂さらに ﹃
光明主義を主唱し、 ﹃
如来光明
2. 椎尾弁匡(一八七六│一 九七二大本山増上寺八 二世
礼拝儀﹂ (折本)は 二O万部を刊行したという 。
年 (一八五 二)に出版した 三一部経の巻末に ﹁
刻訓点清濁 三
近代仏教界第 一の推進者で仏教学の権威である 。
大正年間
江戸末期に 三部経の校訂者として名高い大雲が、嘉永五
部経凡例﹄が付されているから、音訓両用の読諦を奨めて
に共生運動、 ﹁
共生﹂を提唱した 。﹁おつとめ﹂は訓読を中
心とし、音楽を取り入れている 。
いたことが判る 。
大雲は仏教擁護に活躍した学僧で、 ﹃
啓蒙随録﹄等を著
-7
0一
福
一、江戸末期・明治
を音訓両用で読諦してきたと思うが、経典の質量を考える
よ
3. 土 屋 観 道 (一八八七│一 九 六 九) 真 生 主 義を提唱し
一九七 三)真理運動を提唱し
﹃
真生 ﹂を 刊 行 し た 。﹁真生 礼 拝 儀﹂は、 訓読を中心とした
おつとめである 。
4. 友 松 円 諦 (一八九五
﹃
真理﹄を 刊 行 し た 。おつとめ、 ﹁
仏教勤行式﹂は、漢字に
分りやすい振仮名をつけた現代語訳である 。
、現 代 語 訳 勤 行 式
することとした 。
佐山哲郎
坂上典翁
際本条康
西城宗隆
主 任研究 員
嘱託研究員
研 究員
嘱託研究員
研 究員
現代語訳勤行式の収録
福西賢兆
石上善雁
音楽、ナレーション、照明等は専門家に依頼し、ビデオテ l
この研究を実施するよう宗議会に提言 したのは、 奈良の
桂大滅である 。 か れ の 自 坊 で 用 い て い る 勤 行 式 を 見 る と
プによる 収 録 を 行 った。
y
一般化したい 。十 三年度中に 試 作を 影像化 し 関 係 者 に 提供
フに佐山、山田両師をお願いし、現代語訳は朗読用として
昭が出席し、研究代表に 石上所長、主務に福西 、研究スタ
所研究室で行い、石上 善磨 、福西 賢 兆、佐山哲郎、山田隆
第 一回研究会は、平成十三年六月十八日に 三康 文 化 研 究
研究会
陶を 学生 時 代 に 受 け た そ う で あ る 。
友松 師の ﹃
仏 教 勤 行 式﹄に酷似していた 。友 松 円 諦 師の 蒸
所
長
2
式 維 導
衆 那 師
脚
本
進
行
制
作
司
t
唱
A
-72-
研究ノ
1 ト
-73一
﹁葬祭に関するアンケート﹂
葬祭仏教研究班
規模も、静岡市 ・浜 松 市 と い づ た 大 都 市 か ら 農 山 村 ま で 多
静 岡 教 区 ア ン ケ ー ト 第 一次 分 析 結 果 報 告
静岡教区葬儀の実態調査アンケートの目的
ろんどの教区にもそれぞれの地域のもつ多様性は、当然考
な ぜ 静 岡 教 区 を 対 象 と し た の か 、 と い う 問 題 で あ る 。もち
答の分析によ って得られた情報をもとにした現地の実態調
は、回 答 の 分 析 だ け を 目 的 と し て い る の で は な い 。この回
ふたつめは、アンケートの目的である 。このアンケート
彩 で あ る 。こうした種々の要素から、現在の都市化・過疎
えられるし、それを否定するものではない 。しかしそうし
査 や 聞 き 取 り を 行 う こ と も 予 定 し て い る 。つまり、葬儀と
今回のアンケートに関して、内容の分析に入る前に、ア
たことを考慮しても、静岡教区は、適切だと考えられる要
その変容に関する教区の全体像を把握し、できれば、他教
過密化などによ って生じてきている葬儀に関するさまざま
素 を も っている 。静岡教区は東西に長く、また山間農村部
区との比較をも視野に入れて、日本の葬儀の各地域におけ
ンケ lトの対象地域選定と目的を明らかにしておかなけれ
が北部に広がり、南部は海に面している 。こ の 教 区 は 関 東
る比較とその特徴などとそれらの変容を明らかにすること
な問題を多面的に捉えるのに適した教区と考えた 。
と 関 西 の 、 地 域 ば か り か 文 化 の 中 間 に 位 置 し て い る 。産業
が 、 本 研 究 班 の 最 終 的 な 目 標 と な っている 。
ばならない 。 ひ と つ は 、 現 代 の 葬 儀 の 変 化 を 知 る た め に
形態も農業・漁業・観光業・工業他と幅広い 。また都市の
d
司
Aせ
第一次分析の報告
以上のことから、今回の報告は集計を終えた回答に関す
る単純集計分析を中心に行うことにする 。
より詳細な各項
目聞のクロス集計とその分析に関しては別の機会に譲りた
ぃ。今回の分析コメントは、各大項目とそのなかの質問へ
の回答結果のグラフなどを用いた集計結果の後に、 一括し
調査票回収・集計
要
貴寺院の地元(所在地近辺)で行っている
檀信徒(在家)の葬儀についてお尋ねします。
設問中に使用している儀式の概念は次のようにご理解ください。
①枕経没後(納棺までの間)に死者の枕元で勤める法
R
-
②納棺式死者を枢に納める際に勤める法要
③通 夜 葬 儀 式 ( 又 は 迎 接 式 ) 前 夜 に 勤 め る 法 要
④迎接式葬儀式当日に僧侶が自宅に出向いて勤める法要
(いわゆる迎え葬)
⑤葬儀式寺院・自宅・斎場等で行う葬儀式法要
⑥出棺式葬儀式(又は告別式)後に火葬場へ向かう場合
の出棺回向
⑦葬列迎接式・葬儀式等の後、出棺に際して一定の序
列を作って行う行列
③奈毘式火葬場で勤める炉前回向
⑨収骨式遺骨を骨壷に納める際に勤める 回向
⑩灰葬式火葬場から帰った際に勤める遺骨回向
⑪埋葬式(当日)葬儀式当日に遺骨(遺体)を埋葬する
際に勤める塞地回向
⑫埋葬式(後日)葬儀式後に日を改めて(七七日等)埋
葬する場合の墓地回向
⑮ 中 陰 法 要 初 日 忌 か ら 七 七 日 忌 の 法 要 (繰り上げ初七
日等を含む)
-75一
て掲載してある 。
以下アンケート質問項目及び 集計結果記載
十
静岡教区全寺院宛 ﹁アン ケート調査﹂発送
月
平成十三年
月
-十月十五日
十
-76-
︿ ﹀死亡かう葬儀式当日までの葬送儀礼全体についてお
1
尋ねします。
④その他
① 平 常どおり開扉して供養する
② 扉 は閉めている
)その理由をお書きください。(該当する番号に一
3
(
O印をつけてください)
② 住職の指示
① 地域の慣習
③ 葬 儀 社の指示 ④ そ の 他 (
3
質問 1
(
1) 一般的な葬儀の場合、儀式の流れはどのようですか。
例を参考にして番号でお答えください 。
枕経、通夜を勤め、葬儀式当日は自宅へ出向いて迎接式
を行う。出棺後(霊枢車まで)葬列を組み、火葬場で奈毘
式のみ勤める(収骨式は勤めない)。遺骨を菩提寺本堂に
安置して葬儀式を勤め、引き続き墓地にて埋葬式を行うと
いう場合を想定すると、儀式の流れは
枕経←通夜←迎接式←葬列←奈毘式←葬儀式←埋葬式
(当日)となります。
これを番号で回答すると次のようになります。
← (⑪ )
(回答例)(①) ← (③)←(④)←(⑦)← (⑥)←(⑤)
上記の枠内の番号でお答え下さい
回答省略
96
計
質 問111
当する番号に一つにO印をつけてください)
38
6
③葬儀社の指示
4
無回答
該
(
(
2)葬儀期間、喪家の仏壇はどのようにしていますか 。
47
②住職の指示
3%)
その他 (
①地域の慣習
つ
に
質問 2
1
48
②依頼 1
<
:
:よる 9
③ 住職の考え 33
ド
Dほとんど勤める 72
④その他
陪場合1
<
:
:よって
降勤めてい芯い
1
)
全
く 勤めない
蹄回答
②③
を選択した方は次の質問にもお答えください
77-
(3) 枕経を勤める頻度は以前と比べて変わりましたか 。
(該当する番号に一つにO印をつけてください )
① とくに変わっていない質問 (
4)にお進み下さい
② 勤めることが多くなった
③ 勤めることが少なくなった
(
3
)│1変わったのはいつ頃かうですか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください )
①平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショ ック後)
③ 昭和3 0
14 0年代(オイルショ ック前)
④ 昭和2 0年代(太平洋戦争後)
質問 2
3
1
(
3
)12変わ ったのはなぜだと思いますか 。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
① 檀 信徒の世代交代
② 住職の世代交代
計
2
④昭和 20以降
。
4
4
② 昭和 50以降
③ 昭和 3.40年
86
96
無回答
旨十
5
96
計
① 平成以降
9
9
3
3
96
無回答
質問 2
-3
①変わっていない 81
②多く なった
5
③少なくなった
5
無回答
5
計
96
︽ V枕経についてお尋ねします 。
2
(
1
)枕経を勤めますか 。(該当する番号に一つにO印をつ
けてください )
①ほとんどの場合に勤めている
② 場 合 に よ っ て は勤めている
③ ほ と ん ど 勤 め て い 芯 い ④ 全 く 勤 め て い ない
(
2
)その理由をお聞かせくださ い。(該当する番号に一つ
にO印をつけて ください)
① 地 域 の 慣 習 ② 依 頼 が あ っ た 場 合に勤める
③住職の考え方④その他(
質問 2
-2
①地域習慣
⑦その他
色 衣 七 条 (0%)
その他 (0%)
-78
③ 地域の都市化 ④ 葬 儀 社 の 進 出 人 口 の 増 加
⑥ 人口の減少 ⑦ そ の 他 ( )
)枕経の本尊はどのようにしていますか。(該当する番
4
(
号に 一つにO印をつけてください)
① 仏壇前で行う
② 来迎仏や名号等の掛け軸類を用いる
③ 本尊はとくに肥ら芯い ④ そ の 他 (
2
⑤人口摺加
⑤人口減少
。
④葬儀社進出
ア
②掛け軸
36
③杷うすが 39
④その他
3
1
1
無回答
96
計
① 檀信世代交代
5)その理由をお聞かせください 。(該当する番号に一つ
(
にO日をつけてください)
② 住職の指示 ① 葬儀社の指示
① 地域の慣習
④ その他(
)枕経の衣帯は何を用いますか。(該当する番号に一つ
6
(
にO印をつけてください)
② 色衣・如法衣
① 黒衣(木欄衣)・如法衣
④ 色衣・七条 ⑤ 改 良 服 小
③ 色衣・大師五条
⑥ その他(
五条
計
無回答
13
96
計
⑥その他
38
⑤改良・小五
1
1
96
無回答
③葬儀社指示
5
5
④その他
④色 ・七条
③都市化
-3-2
質問 2
①仏壇別
39
34
②住職指示
。
。
③色・大師衣
-5
質問 2
質問 2-6
①地域習慣
41
4
①黒-如
日
②色・ 9
②住職世代父代
5
4
4
5
質問 2-4
⑤
。
⑬讃重傷
③報恩偶
④剃髪侮
⑤剃度作法
⑥綬与二帰三寛
⑦授与戒名
⑤発願文
⑨阿弥陀経
⑩四番侮
⑪歎仏頒
@光明歎徳章
⑩真身観文
⑮納棺偏
⑬諒唱
⑫法話
︽
質問 3・1
17
16
③ ほとんど勤めない 28
④全く勤めない
33
2
無回答
計
96
79一
(
2
)その理由をお聞かせください。(該当する番号に一つ
0日をつけてください)
① 地域の慣習②依頼があった場合に勤める
③住職の考え方④その他()
④その他
無回答
計
詠
日
日
⑬その他
質問 3-2
①地域の習慣
② 依頼により勤める
55
24
10
3
4
96
③住職の考え
⑮
18
9
3
43
1
1
(
7
) 次の中から枕経で行っているものをすべて挙げてく
ださい。(該当する番号すべてにO印をつけてください)
① 広働悔(音読訓読)②遺教経(音読・訓読)
③報恩燭④剃髪偶⑤剃度作法
⑥授与三帰三寛⑦捜与戒名
⑥ 発 願 文 ( 音 読 ・ 訓 読 ) ⑨ 阿 弥 陀 経 ⑩ 四誓偏
⑪歎仏頒⑫光明歎徳章(音読・訓読)
⑬讃重偶⑭真身観文⑮納棺偏
⑪法話⑮その他()
質問 2
-ア
3︾納棺式についてお尋ねします。
(1)納棺式を勤めますか。(該当する番号に一 つにO印を
つけてください)
① ほとんどの場合に勤める ② 場 合 によっては勤める
③ほとんど勤めない④全く勤めていない
②遺教経
48
2
36
65
68
63
23
67
4
51
10
3
①広蛾悔
① ほとんど勤める
②場合により勤める
計
②多くなった
質問 3
-3-2
②住職世代交代
⑤人口減少
⑦その他
-80一
。
。
。
。
3
①檀信世代交代
3
③都市化
④葬儀社進出
⑤人口摺加
5
(
3
)12変わったのはなぜだと思いますか。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
①檀信徒の世代交代②住職の世代交代
③ 地 域 の 都市化 ④ 葬 儀 社 の 進 出 ⑤ 人 口 の 増 加
⑥人口の減少⑦その他()
③杷らす
④その他
無回答
を選択した方は次の質問にもお答えください
言
十
93
96
無回答
21
28
5
35
96
②③
③ 昭和 3 ・40年
。
④ 昭和 20以 降
2
②働け軸
(
3
)納棺式を勤める頻度は以前と比べて変わりましたか。
(該当する番号に一つOに印をつけてください)
①とくに変わっていない質問 (
4)にお進み下さい
②勤めることが多くなった
③勤めることが少芯くなった
② 昭和 50以 降
7
(
4
)納棺式の本尊はどのようにしていますか 。(該当する
番号に一つにO印をつけてください)
①仏壇前で行う
②来迎仏や名号等の掛け軸類を用いる
③本尊はとくに記う芯い④その他(
質問 3-4
質問 3-3
(3)1変わったのはいつ頃かうですか。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
①平成以後(バブル崩壊後)
② 昭 和 5 0年代以後(オイルショック後)
③ 昭 和 30140年代(オイルショック前)
④ 昭 和 2 0年代(太平洋戦争後)
質問 3
3
1
。
① 平成以降
①仏壇円リ
計
27
96
③少なくなった
無回答
63
①とくに変わらす
質問 3-6
④その他
G
:葬儀社指示
無回答
計
③色・大師衣
⑤その他
無回答
計
②発願文
③四面偏
⑥讃重傷
⑤光明歎徳章
⑦ 真身観文
30
⑪法話
25
20
⑮その他
10
15
10
27
7
9
③納棺偏
35
。
④歎仏領
40
15
24
34
6
3
①広機悔
③
④色-七条
⑤改良小五
。
②色・如
14
2
3
① 黒 ・如
32
5
40
96
(
5
)その理由をお聞かせください。(該当する番号に一つ
にO印をつけてください)
①地域の慣習②住職の指示
葬儀社の指示
④その他()
発願文
四箇偏
歎仏領
光明歎徳章
讃重傷
真身観文
納
広儲悔
-8
1
その他
法話
棺
備
質問 3-5
(
6
)納棺式の衣帯は何を用いますか。(該当する番号に一
つにO印をつけてください)
①黒衣(木欄衣)・如法衣
②色衣・如法衣③色衣・大師五条④色衣・七条
⑤改良服・小五条⑤その他()
(
7
) 次の中から納棺式で行っているものをすべて挙げて
ください。(該当する番号すべてにO印をつけてください )
① 広慣帽(音読・訓読)②発願文(音読・訓読)
③ 四誓偶④歎仏煩⑤光明歎徳章
⑥讃重偶⑦真身観文③納棺燭
⑨法話⑩その他()
5
。
② 住職指示
33
21
4
2
36
96
①地域習慣
質問 3-7
⑤人口増加
⑤人口減少
。
。
⑦その他
2
1
1
④葬儀社進出
4
③都市化
5
①檀信世代父代
91
⑥ その他
質問 4・2-2
②住職世代交代
)l1変わったのはいつ頃かうですか 。(該当する番号
2
(
に一つにO印をつけてください)
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭 和 5 0年代以後(オイルシ ョック後)
③ 昭 和 30140年代(オ イルショック前)
④ 昭 和 2 0年代(太平洋戦争後)
)12変わったのは芯ぜだと思いますか。(該当する番
2
(
号すべてにO印をつけてください)
①檀信徒の世代交代②住職の世代交代
③ 地域の都市化④葬儀社の進出⑤人口の増加
⑤人口の減少⑦その他()
計
83
96
無回答
を選択した方は次の質問にもお答えください
計
②③
④昭和 20以 降
(3)通夜の本尊はどのようにしていますか 。(該当する番
号に一つにO印をつけてください)
①来迎仏や名号等の掛け軸類を用いる
② 本尊はとくに記らない③その他(
③昭和 3.40年
I
④寺の施設
⑤本堂
④無回答
。
② 昭和 50以 降
51
③斎 場
③少なくなった
10
2
1
2
質問 4
①平成以降
-82-
︿ V通夜についてお尋ねします。
4
)通夜はどこで行うことが多いですか 。(該当する番号
1
(
に一つにO印をつけてください)
①自宅②集会所③斎場
④本堂以外の寺の施設⑤本堂⑥その他()
)通夜を行う場所は以前と比べて変わりましたか。(該
2
(
当する番号に一つにO印をつけてください)
3) にお進み下さい
①とくに変わっていない質問 (
②勤めるととが多くなった
③勤めることが少なくなった
②集会所
②多く芯った
96
計
。
。
。
。
1
質問 4
質問 4-2
① 自宅
79
5
5
フ
96
①変わっていない
無回答
96
計
質問 4
-5
計
質問 4
-6
匝 回 答(
2%
計
/
ム般会軍事増.
96
を選択した方は下記の質問にもお答えください
(40%)
②③
(6)通夜の形式は以前と比べて変わりましたか。(該当す
る番号に一つにO印をつけてください )
7
) にお進み下さい
① とくに変わっていない質問 (
② 一般会葬を受ける場合が増えた
③ その他()
無回答
。
。
③その他
一般会葬
。
④その他
51
②一般会葬
(4)その理由をお聞かせください。(該当する番号に一つ
にO印をつけてください)
① 地域の慣習②住職の指示
③ 葬儀社の指示 ④ そ の 他 (
①地域習慣
45
39
9
3
②住職指示
③葬儀社指 示
(
5
)通夜はどのような形式で行っていますか。(該当する
番号に一つにO印をつけてください)
① 親族 ・近隣が中心
② 告別式と同じく、一般会葬を受ける
)
③ その他(
¢変わらす
G
Z
一般会葬増
③その他
無回答
,
~17%)
質問 4
-4
① 親 族 近 隣 45
U
06
、
町
8
2
④ 昭和 20以 降
78
96
無回答
計
。
2
①檀信 世 代交代
質問 4
-6-2
② 住職世代父代
。
10
7
3
③ 都市化
④葬儀社進出
⑤人 口摺加
⑥人口減少
4
⑦ その他
(7)通夜の導師は主に誰が勤めますか 。(
該当する番号に
一つにO印をつけてください)
① 住職が勤める
② 住職は勤めすに副住職などの菩提寺の僧侶が勤める
質問 4
6
1
質問 4
フ
87
③菩 提 寺以 外
。
④ 僧侶は勤めす
4
①住職
② 副住職等
2
無回答
。
。
② 2名
③ 3名
④ 4名
⑤ 5名
6
96
無回答
計
84
2
⑤ その他
質問 4-8
⑥ その他
③ 菩提寺以外の僧侶が勤める
④ 僧侶は勤めない(在家のみで勤める)
⑤ その他(
(
8
) 普通の規模の通夜は伺名の僧侶で勤めることが多い
ですか 。(該当する番号に一つにO印をつけてください)
① 1名 ② 2名 ③ 3名 ④ 4名 ⑤ 5名
⑥ その他()
96
計
(6)│1変わったのはいつ頃かうですか 。(
該当する番号
に一つにO印をつけてください)
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショ ック後)
③ 昭和3 0140年代(オイルショック前)
④ 昭和2 0年代 (
太平洋戦争後)
(6)│2変わったのはなぜだと思いますか 。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
① 檀信徒の世代交代 ② 住職の世代交代
③ 地域の都市化 ④ 葬儀社の進出 ⑤ 人口の増加
⑤ 人口の減少 ⑦ その他 (
)
ア
② 昭和 50以 降
③ 昭和 3 ・40年
85
3
① 1名
その他 (1%)
① 平成 以降
②昭和 50以 降
③昭和 3 ・40年
④昭和 20以 降
言
十
92
96
無回答
4
(
9
)│2変わったのはなぜだと思いますか。(該当する番
号すべてにO日をつけてください)
①檀信徒の世代交代②住職の世代交代
③地域の都市化④葬儀社の進出⑤人口の増加
⑥人口の減少⑦その他()
③都市化
⑤人口増加
陸'
t
の
他
⑥人口減少
さい 。(該当する番号すべてにO印をつけてください)
① 広惜悔(音読訓読)②報恩偏③剃髪燭
④ 剃度作法⑤授与三帰三寛⑤授与戒名
⑦ 初夜礼讃⑥中夜礼讃⑨後夜礼讃
⑩三尊礼⑪その他の礼讃⑫発願文(立豆町・訓読)
⑮通夜回向文⑪阿弥陀経⑮真身観文等の小経
⑮三部経⑪誌唱⑩法話
⑮その他()
(山)次の中から通夜で行っているものをすべて挙げてくだ
④葬儀社進出
。
。
。
。
。
。
②住職世代父代
(
9
)僧侶の人数は以前と比べて変わりましたか。(該当す
る番号に一つにO印をつけてください)
①とくに変わっていない質問(旧)にお進み下さい
②僧侶の人数が増えた
③僧侶の人数が減った
④その他(
質問 4
2
1
。
。
。
① 平成以降
質問 4
-9-2
を選択した方は下記 の質問にもお答えください
計
①檀信世代交代
②③③
無回答
2
②増えた
③減った
5
96
(9)│1変わったのはいつ頃かうですか。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショック後)
③ 昭和30140年代(オイルショック前)
④ 昭 和 2 0年代(太平洋戦争後)
④その他
。
。
質問 4-9
89
①変わらず
06
rD
②報恩偏
70
④剃度作法
③中夜礼讃
⑨後夜礼讃
⑩三尊礼
⑪その他の礼讃
50
40
30
10
その他
法話
、
詠唱
三部経
真身観文等の小経
阿弥陀経
通夜回向文
発願文
その他の礼讃
三尊礼
後夜礼讃
中夜礼讃
初夜礼讃
報恩燭
。
⑤改良 ・小五
6
⑥その他
無回答
3
フ
︽
迎え葬)についてお尋ねします。
5︾迎接式 (
迎え葬)を勤めますか 。(該当する番号に一
(1)迎接式 (
つにO印をつけてください )
① ほとんどの場合に勤めている
② 場合によっては勤めている
③ ほとんど勤めていない ④ 全く勤めていない
2)その理由をお聞かせください 。(該当する番号に一つ
(
にO印をつけてください )
① 地域の慣習 ② 依頼があった場合に勤める
質問 4-11
(
け)通夜の導師の衣帝は何を用いますか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
① 黒衣(木欄衣)・如法衣 ② 色衣・如法衣
③ 色 衣 大 師 五 条 ④ 色衣 ・七条
⑤ その他 (
⑤ 改良服・小五条
96
計
⑬法話
⑮その他
17
63
20
⑪認唱
授与戒名
痩与三帰三寛
剃度作法
剃髪備
広償悔
④色ー七条
日
9
②色 '
③色ー大師衣
57
9
18
①黒・如
⑬三部経
。
⑫発願文
⑬通夜回向文
⑪阿弥陀経
⑮真身観文等の小経
20
。
⑤授与ニ帰ニ寛
⑤授与戒名
⑦初夜礼讃
60
45
7
60
46
15
57
。
③剃髪偏
35
18
30
30
42
48
25
質問 4-10 ①広俄悔
nb
o
o
質問 5・2
無回答
計
りましたか。(該当する番号に一つにO印をつけてくださ
質問 5
3
1
③ 昭和 3 ・ 40年
④ 昭和 20以 降
計
84
96
無回答
-87-
(
3
) 迎接式(迎え葬)を勤める頻度は以前と比べて変わ
② 昭和 50以 降
5
4
2
① 平成以降
ア
10
8
5
96
④
28
②場合により勤める 1
1
③ ほとんと、勤めない 15
④全く勤め芯い
40
無回答
2
96
計
その他(
言
十
21
96
無回答
66
c
g
:依頼により勤める
④ その他
い)
質問 5
-3
① とくに変わっていない質問 (
4
) にお進み下さい
②勤めるととが多くなった
③勤めるととが少なくなった
②③を選択した方は下記の質問にもお答えください
(3)1変わったのはいつ頃かうですか。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショック後
③ 昭和30140年代(オイルショック前)
④ 昭 和 2 0年代(太平洋戦争後)
④ その他
。
③減った
3
8
②増えた
64
①変わらず
①地域の習'慣
c
r住職の考え
③
質問 5
1
住職の考え方
① ほとんど勤める
⑦その他
8
質問 5
-3-2
②住職世代交代
無回答
40
計
96
③住職の考え
②副住職等
③菩提寺以外
37
6
9
① 住職
3
③ 都市化
4
④葬儀社進出
⑤人口増加
質問 5-6
④ 僧侶は勤めず
⑤ その他
無回答
42
計
96
8
8一
5)その理由をお聞かせください 。(該当する番号に一つ
(
にO日をつけて ください )
① 地域の慣習 ② 住職の指示 ③ 葬儀社の指示
④ その他(
(
6
)迎接式(迎え葬)の導師は主に誰が勤めますか 。(該
当する番号に一つにO印をつけてください )
① 住職が勤める
② 住職は勤めずに副住職芯どの書提寺の僧侶が勤める
③ 菩提寺以外の僧侶が勤める
④ 僧侶は勤めない (
在家のみで勤める )
⑤ その他(
)
④その他
28
19
ア
2
①地域の習慣
②依頼により 勤める
(
7)普通の規模の迎接式 (
迎え葬)は何名の僧侶で勤め
ることが多いですか 。
(該当する番号に一つにO印をつけて ください )
① 1名 ② 2名 ③ 3名 ④ 4名
質問 5-5
(
3
)│2変わったのはなぜだと思いますか 。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
① 檀信徒の世代交代 ② 住職の世代交代
③ 地域の都市化 ④ 葬儀社の進出 ⑤ 人口の増加
⑥人口の減少 ⑦ そ の 他 ( )
(
4
)迎接式(迎え葬)の本尊はどのようにしていますか 。
(該当する番号に一つにO印をつけてください)
① 来迎仏や名号等の掛け軸類を用いる
② 本尊はとくに記らない
③ その他 ( )
⑥人口減少
。
。
。
3
①檀信世代父代
計
② 昭和 50以降
③ 昭和 3.40年
無回答
計
90
96
④葬儀社進出
⑤人口憎加
⑤人口減少
。
。
⑦その他
2
(
8
)11変わったのはいつ頃からですか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください )
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショック後)
③ 昭和30140年代(オイルショック前)
④ 昭和2 0年代(太平洋戦争後)
(
8
)│2変わったのはなぜだと思いますか。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
① 檀 信 徒 の 世 代 交 代 ② 住職の世代交代
③ 地域の都市化 ④ 葬儀社の進出 ⑤ 人口の増加
⑥ 人口の減少 ⑦ そ の 他 (
)
質問 5
8
1
質問 5
-8-2
①檀信世代父代
②住職世代父代
2
③都 市 化
4
-89-
⑤ 5名 ⑥ そ の 他 ( )
(
8
)僧侶の人数は以前と比べて変わりましたか 。(該当す
る番号に一つにO印をつけてください)
① とくに変わっていない質問 (
9) にお進み下さい
②僧侶の人数が増えた
③僧侶の人数が減った
④その他(
無回答
。
④ 昭和 20以 降
⑥その他
42
96
③ 3名
④ 4名
⑤ 5名
5
2
43
96
を選択した方は下記の質問にもお答えください
② 2名
②増えた
③減った
④その他
2
2
2
① 平成以降
。
38
9
2
2
無回答
計
②③⑥
質問 5
-ア
質問 5
-8
① 1名
47
①変わうす
5名 (
0%)
④根本陀羅尼
)
色 七 条 (0%
③少なくなった
9 ③斎場
無回答
3 ④ 寺の施設
51
-90-
︿
13
を選択した方は下記の質問にもお答えください
計
2
96
⑤その他
②③
18 ②集会所
14
6V葬儀式についてお尋ねします。
(
1)葬儀式はどこで行うことが多いですか 。(該当する番
号に一つにO印をつけてください )
① 自宅 ② 集 会所 ③ 斎場
④ 本 堂 以 外 の 寺 の 施 設 ⑤ 本 堂⑤ そ の 他 ( )
) 葬儀式を行う場所は以前と比べて変わりましたか 。
2
(
該当する番号に│ つにO印をつけてください)
(
3)にお進み下さい
① とくに変わっていない質問 (
② 勤めることが多くなった
③ 勤めることが少なくなった
②多くなった
-2
質問 6
96 ⑤本堂
計
。
1
質問 6
66 ① 自宅
24
①変わっていない
)次の中かう迎接式(迎え葬)で行っているものをすべ
9
(
て挙げてください。(該当する番号すべてにO印をつけてく
ださい )
四醤偏等の小経
① 授与三帰三寛 ② 合 銀 ③
④ 根本陀羅尼 ⑤ そ の 他 ( )
旧)迎接式(迎え葬)の導師の衣帯は何を用いますか 。(該
(
当する番号に一つにO印をつけてください )
① 黒衣(木欄衣)如法衣②色衣・如法衣
④ 色衣 ・七条
③ 色衣・大師五条
⑥ その他(
⑤ 改良服 ・小五条
計
22 ⑤その他
3
43
96
⑥その他
無回答
。
。
④色七条
15 ③四番偶等
③色 大 師 衣
32
⑤改良-小五
2
3
②色・如
6 ①三帰ニ寛
8 ②合銀
①黒 如
質問 5-9
質問 5-10
③ 昭和 3 ・40年
④ 昭和 20以 降
無回答
言
十
。
5
① 橿 信世 代交 代
質問 6
-2-2
② 住職世代父代
⑤人口増加
⑤人口減少
。
⑦ その他
4
14
19
③ 都市化
任 葬儀社進出
質問 (
4
) にお進み下さい
③ 本尊の手前飾る (
内陣飾り)
-9
1一
③ を選択した方は下記の (3
)ーーにもお答えください
内陣飾りの場合内訳
④ その他()質問
(4)にお進み下さい
( 3 ) 1内陣飾りの場合、本尊はどのようにしています
か。(該当する番号に一つにO印をつけてください)
① 遮蔽しないで本尊前に祭壇を飾る
② 遮蔽して掛け軸等を奉安する
③ 遮蔽して祭壇だけを飾る
④ その他 (
④ その他
69
96
(
2
)│1変わったのはいつ頃かうですか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショ ック後)
③ 昭和3 014 0年代(オイルショ ック前)
④ 昭和2 0年代(太平洋戦争後)
(2)│2変わったのは芯ぜだと思いますか 。(該当する番
号すべてにO印をつけてください)
① 檀 信徒の世代交代 ② 住職の世代交代
③ 地域の都市化 ④ 葬儀社の進出 ⑤ 人 口の増加
⑥ 人 口の減少 ⑦ そ の 他 (
)
計
計
質問 6・2
1
(
3) 本堂で行う葬儀式の場合、祭壇はどのように飾りま
すか 。 (該当する番号に 一つにO印をつけてください )
① 本堂では行わ芯い質問 (
4)にお進み下さい
② 外 陣側に本尊と向かい 合わ せに飾る (
外陣飾り )
無回答
無回答
5
6
46
96
④ その他
。
②遮蔽・掛け軸
② 昭和 50以 降
9
32
44
ア
4
96
②下陣飾り
③内陣飾り
③遮蔽
質問 63
質問 6・3・1
①本堂以外
39
①本尊目リ
。
。
17
10
① 平成以降
1
1
計
96
択した方は下記の質問にもお 答えください
-6-2
質問 6
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和5 0年代以後(オイルショ ック後)
③ 昭和30140年代(オイルショック前)
④ 昭和2 0年代(太平洋戦争後)
(
6)│2変わったのはなぜだと思いますか。(該当する番
号すべてにO印をつけてください )
① 檀信徒の世代交代 ② 住職の世代交代
③ 地域の都市化 ④ 葬 儀 社 の 進 出 ⑤ 人 口 の 摺 加
⑥人口の減少⑦その他()
3
無回答
②丁重に怠る
88
無回答
計
96
計
5
③簡略に芯る
④その他
(4) 本堂以外の葬儀式の場合の本尊はどのようにしてい
ますか 。(該当する番号に一つにO印をつけてください)
① 来迎仏や名号等の掛け軸類を用いる
② 本尊はとくに記らない
③ その他()
)その理由をお聞かせください 。(該当する番号に一つ
5
(
にO印をつけてください)
① 地域の慣習 ② 住職の指示 ③ 葬儀社の指示
④ その他(
②③@を選
⑦その他
⑤人口増加
④ その他
)葬儀式の内容は以前と比べて変わりましたか 。(該当
6
(
する番号に一つにO印をつけてください)
) にお進み下さい
7
① とくに変わっていない質問 (
② 丁重になった ③ 簡 略になった
④ その他(
⑤人口減少
④葬儀社進出
③葬儀社指示
6)│1変わったのはいつ頃かうですか 。(該当する番号
(
に一つにO印をつけてください )
5
。
。
②住職世代交代
③都市化
2
3
①檀信世代父代
2
96
無回答
。
3
。
。
④昭和 20以降
-6
質問 6
1
6
質問 6
87
①変わらす
②昭和 50以降
③ 昭和 3.40年
6
①平成以降
。
42
22
21
-5
質問 6
①地域習慣
②住職指示
L
円
QJ
霊供
2
2
下矩引導
広開偏
敬礼偏
誌唱
その他
③の簡略になったと答えた方にお聞きします
(6)14 内容が簡略になってから用いなくなったもの
を次の中から選んでください 。
(該当する番号すべてにO印をつけてください)
合銀 2 鎖轟 3 起轟 4 莫湯 5 莫茶
霊供
7念語 8 下矩・引導 9 下鐘・引導
その他の引導作法け捜与三帰三貢
声明(讃-唄等)
授与二帰ニ寛
広開偏
歎仏煩
光明歎徳章
讃重傷
ま
るD
!
'
i
3
阿弥陀経
-93-
日中礼讃は三尊礼同その他の礼讃
声明(讃・唄等)旧歎仏偶げ広開偶
下鑓-ヨ│導
その他の引導作法
敬礼旬旧阿弥陀経回四誓偏引歎仏煩
光明歎徳章包讃重旬但真身観文部一詠唱
その他(
念講
2
3
莫茶
3
阿弥陀経
2
授与ニ帰ニ寛
歎仏偏
2722181512 106
質問 6-6
・4回答 1
以上
鎖蓄量
②の丁重になったと答えた方にお聞きします
(
6
)│3 内容が丁寧になってから用いるように芯った
ものを次の中から選んでください。
(該当する番号すべてにO印をつけてください)
1 合銀 2 鎖禽 3 起高 4 藁湯 5 莫茶
7念謂 8 下矩・引導 9 下鍾・引導
霊供
その他の引導作法け授与三帰三寛
日中礼讃旧三尊礼はその他の礼讃
声明(讃 ・唄 等 ) 市 歎 仏 信 げ 広 開 燭
3
敬礼倍旧阿弥陀経加四誓偏引歎仏煩
光明歎徳章幻讃重傷但真身観文部一一詰
その他(
合銭
念講
2
起高
莫j
易
2722181512 106
質問 6-6-3回答 1以上
無回答
計
-8-2
質問 6
⑦その他
9
⑤人口増加
④葬儀社進出
-94-
を選択した方は下記の質問にもお答えください
⑥人口減少
。
。
③都市化
14
2
6
6
① 檀信世代交代
②住職世代交代
⑤ 5名
②③④
計
68
96
無回答
③ 3名
② 僧侶の人数が増えた
③ 僧侶の人数が減った
④ その他 (
③昭和 3 ・40年
④昭和 20以降
) 普通の規模の葬儀式は何名の僧侶で勤めるととが多
7
(
いですか 。(該当する番号に一つにO印↑折うけてください)
① 1名 ② 2名 ③ 3名 ④ 4名 ⑤ 5名
⑥その他()
)僧侶の人数は以前と比べて変わりましたか。(該当す
8
(
る番号に一つにO印をつけてください )
① とくに変わっていない
) にお進み下さい
9
次ペ ージ質問 (
②昭和 50以降
。
。
(8)11変わったのはいつ頃かうですか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください )
① 平成以後(バブル崩壊後)
② 昭和50年代以後(オイルショ ック後)
③ 昭和30140年代(オイルショック前)
④ 昭和2 0年代(太平洋戦争後)
8) 2変わ ったのはなぜだと思いますか。(該当する番
(
号すべてにO印をつけてください )
① 檀信徒の世代交代 ② 住職の世代交代
④ 葬儀社の進出 ⑤ 人口の増加
③ 地域の都市化
)
⑤ 人口の減少 ⑦ その他 (
1
8
質問 6
⑥その他
計
2
96
無回答
④ 4名
④ その他
。
③ 減 った
23
5
①平成以降
1
4
17
22
45
2
3
3
96
② 2名
②増えた
質問 6-7
質問 6・8
① l名
68
3
23
①変わらず
莫湯
霊供
莫茶
下矩引導
念講
下鍾引導
授与ニ帰ニ寛
日中礼讃
その他の引導作法
その他の礼讃
歎仏偶
広開偏
敬礼偏
歎仏頒
四頭偶
真身観文
詠唱
フ
その他
9
2
三尊礼
2
79
8
讃重傷
(
9
) 次の中から普通の規模の葬儀式で行う(唱える)も
のをすべて挙げてください。(該当する番号すべてにO印
をつけてください)
起禽
50
14
28
16
34
6
阿弥陀経
旧その他の引導作法け捜与三帰三寛
合~
86
3
3
5
5
30
29
94
9
3
27
鎖高
③色衣大師五条④色衣・七条
⑤ 改良服・小五条⑥その他()
(け)葬儀式の遺族の並び方には決まりがありますか。(該
当する番号に一つにO印をつけてください)
① 地域の慣習で決まっている
② 住職(僧侶)が指示する ③ 葬儀社が指示する
④その他の決まりがある⑤とくに決まりは芯い
⑤その他(
(ロ)いわゆる告別式はどのように行うことが多いですか。
(該当する番号に一つにO印をつけてください)
①葬儀式とは分けて行う②葬儀式に内に行う
③ とくに行わ芯い④その他()
光明歎徳章
1 合銀 2 鎖禽 3 起 轟 4 莫 湯 5 莫 茶
6 霊供
7念謂 8 下矩・引導 9 下撞・引導
声明(讃唄等)
。
。
ロ日中礼讃百三尊礼同その他の礼讃
市声明(讃・唄等)市歎仏偶げ広開偏
四敬礼偶旧阿弥陀経印四誓幅引歎仏煩
包光明歎徳章包讃重信但真身観文お一詠唱
U その他(
(叩)葬儀式の導師の衣帝は伺を用いますか。(該当する番
号に一つにO印をつけてください)
① 黒衣(木欄衣)・如法衣 ② 色衣・如法衣
質問 6-9
Qd
F
D
100
質問 6
-9
80
60
40
20
その他
真身観文
該唱
讃重偶
歎仏頒
光明歎徳章
四奮偶
阿弥陀経
広開偏
④その他
無回答
計
敬礼偏
③行わず
歎仏偏
その他の礼讃
質問 6
-10
①黒如
質問 6
-12
①葬儀と別
②葬儀内
声 明 ( 讃 唄 等)
日中礼讃
三尊礼
授与三帰士一寛
下鍾引導
その他の引岩受注冶
下矩引導
霊供
念講
莫茶
起量帽
襲湯
鎖衛
合銭
。
67
26
。
②色・如
③色 大 師 衣
④色 七条
⑤改良-小五
⑥その他
無回答
96
計
5
84
。
3
3
96
質問 6
1
1
①地域習慣
②住職指示
③葬儀社指示
④その他決り
-96一
51
17
1
1
。
。
⑤特に無し
⑤その他
無回答
15
2
計
96
四醤偏等の小経
念仏会
d
E
』
コ
その他
出棺偶
念仏一会
合銀
出棺偶
その他
32
17
31
59
15
26
3
質問 74
根本陀羅尼
舎利礼文
四醤偶等の小経
︿
質問 7-2
(
3
)出棺時にはどのようにしていますか 。(該当する番号
に一つにO印をつけてください)
4
) にお進み下さい
① 僧侶が勤める質問 (
8︾にお進み下さい
② 念仏講等が行う質問 ︽
8︾にお進み下さい
③ 僧侶は特に何もしない質問 ︽
(
4
)次の中から出棺時に行っているものをすべて挙げてく
該当する番号すべてにO印をつけてください)
ださい 。(
② 舎 利礼文
③ 四誓旬等の小経
① 根本陀羅尼
出棺偶
④ 念 仏一会
⑤合銀⑥
⑦ その他 ( )
言
十
を選択した方は質問 (
2
) にもお答えください
舎利礼文
32
20
39
69
8
24
6
根本陀羅尼
⑤②
96
計
フ
④全く立ち会わない
22
12
96
無回答
7︾出棺式(出棺回向)についてお尋ねします 。
(
1
) 遺族のお別れ場に立ち会いますか(該当する番号に
一つにO印をつけてください)
① ほとんどの場合に立ち会う
② 場合によっては立ち会う
③ ほとんど立ち会わない
③立ち会わ芯い
61
質問 ア
ー3
①僧侶が勤める
②念仏講が勤める
③僧侶は勤めない
京還
無回答
3
) にお進み下さい
④ 全く立ち会わない質問 (
(
2
)次の中から遺族のお別れの場で行っているものをすべ
て挙げてください 。
(
該当する番号すべてにO印をつけてく
ださい)
①根本陀羅尼
全国利礼文 ③ 四醤偶等の小経
合銀 ⑥ 出棺燭
④ 念 仏一会
⑦ その他(
②場合 1
;
:
:より
65
14
9
質問アー 1
①立ち会 う
ヴ
t
Qd
計
① ほとんどの場合に勤める ② 場合によっては勤める
③ ほとんど勤めない ④ 全 く 勤めていない
(
3
)奈毘式では何を唱えますか。(該当する番号すべてに
① 根本陀羅尼 ②
舎利礼文 ③ 念 仏 一会
O印をつけてください)
④ その他(
念仏一会
-98一
(
4
)収骨式では何を唱えますか。(該当する番号すべてに
その他
③
O印をつけてください)
その他
根本陀羅尼
質問 8-4
念 仏一 会
舎利礼文
① 根本陀羅尼 ② 舎 利礼文
質問 8-3
含利礼文
念仏一会
8
︽ ︾奈毘式・収骨式についてお尋ねします。
(
1
)奈毘式を勤めますか。(該当する番号に一つにO印を
つけてください)
① ほとんどの場合に勤める ② 場合によっては勤める
③ ほとんど勤めない ④ 全 く 勤めていない
(2)収骨式を勤めますか。(該当する番号に一つにO印を
つけてください)
96
96
無回答
④そ の 他 (
根本陀羅尼
。
無回答
①ほとんど勤める
②場合により勤める
③ほとんど勤めない
④全く勤めない
計
質問 8
1
質問 8
-2
58
14
13
1
1
8
25
34
28
①ほとんど勤める
②場合により勤める
③ほとんど勤めない
④全く勤めない
質問 9
2
②葬儀別出棺別
無回答
計
①葬儀続き出棺前
計
無回答
3
③収骨後
29
27
25
96
④葬儀とは別
⑤埋葬後
1
1
を選択した方は質問 (3
)にお進み下さい
⑤その他
②③④⑤
④初七日当日
質問 9
-3
葬儀翌日 (
0 %)
-99-
(
3
) 七日ごとの中陰法要は行いますか(該当する番号に
一つにO印をつけてください )
① 七日ごと全て行う ② 五七日又は七七日のみ行う
③ その他()
②五七・七七のみ
r
cその他
無回答
言
十
25
49
18
4
96
¢七日ごと全て
。
9
︽ V中陰法要についてお尋ねします
(
1
) 初七日忌をいつ勤めますか(該当する番号に一つに
O印をつけてください )
① 葬儀当日繰り上げて行う質問 (
2
)にお進み下さい
② 葬 儀 の 翌 日行う③ 初七日逮夜行う
④ 初七日当日に行う⑤ そ の 他 ( )
③初七日逮夜
5
15
2
3
96
(
2
) 初七日忌を葬儀当日に勤める場合どのように行いま
すか(該当する番号に一つにO印をつけてください)
① 葬 儀 に引き続き出棺前に行う(葬儀後に火葬の場合)
② 葬 儀 とは別に出棺前に行う(葬儀後に火葬の場合)
③火葬場での収骨後行う(葬儀後に火葬の場合)
④ 葬 儀 とは別に行う(葬儀前に火葬の場合)
⑤ 埋 葬 後に行う
②葬儀翌日
。
質問 9
1
71
①当日繰り上げ
旧﹀埋葬式についてお尋ねします。
︿
(1)埋葬する時期はいつが多いですか。(該当する番号に
つO印をつけてください)
一
① 葬儀式当日②初七日③初月忌④五七日
⑤七七日⑤その他()
)次の中から墓前で行うものを挙げてください。(該当
2
(
する番号すべてにO印をつけてください )
① 四 醤 娼 等 の小経 ② 舎 利 礼 文 ③ 根 本 陀羅尼
④念仏 一
会 ⑤その他()
②初七日
4
⑤七七日
⑥その他
無回答
96
計
④念仏一会
65
63
15
81
①四醤偏等の小経
②舎利礼文
③根本陀羅尼
4
⑤その他
目、~, ‘ー
2
26
6
③初月忌
④五七日
。
。
1
0
質問 1
58
①葬儀式当日
︿
け﹀伝統的な慣習についてお尋ねします。
(1) 次の中から貴寺院の地域で現在行われている伝統的
な慣習を選んでください 。(該当する番号すべてにO印を
つけてください)
3) 仏壇封じ
(
1) 末期 の水 (2) 神棚封じ (
) 遺族等が作る死に装束
4
(
) 葬儀社が準備する死装束
5
(
) 住職、が死装束に経文を書く (7) 左前
6
(
) 逆さ足袋 (9)逆さ着物(旧)湯潅(逆さ水)
8
(
(
什) 北 枕 ( 氾) 逆 さ 扉 風 ( は ) 守 り 刀
(凶)枕団子(市)枕飯
(市)=一具足(一本花一本蝋燭 ・一 本線香)
( げ ) 野 位 牌 ( 市 ) 忌 中 札 (市)釘打ち
(剖)出棺時の食い別れ(引)玄関以外かうの出棺
( 包 ) 仮 門 ( 包 ) 棺 の 三 回 廻 し (但)出棺時の葬列
U) 出棺後の座敷
(缶)埋葬時の葬列(お)土葬 (
清め(具体的にお書き下さい)()
(お)逆縁の葬儀の親は葬列へ参加し ない
(泊)通常の喪服以外の白装束などの衣装(具体的にお書
き下さい)(
(初)三角頭巾(遺族がつける)(引) 箸渡し
(但)道違え(幻)清めの塩
(加)通夜での精進料理(お) 四十九餅 (お)
友
│
ヨ
-100-
神棚封じ
ム壇封じ
遺族等が作る死に装束
葬儀社が準備する死装束
主職が死装束 1
;
:経文を書く
左
肩
リ
逆さ足袋
逆さ着物
湯潅(逆さ水)
北枕
逆さ扉風
守り刀
枕因子
枕飯
三具足 (
一本花一本蝋燭ー一本線香)
野位牌
忌中札
釘打ち
出棺時の葬列
埋葬時の葬列
土葬
出棺後の座敷清め
逆縁の葬儀の親は葬列へ参加しない
。
19
27
通常の喪服以外の白装束などの衣装
首違え
18
31
27
清めの塩
ア
ア
通夜での精進料理
16
84
83
21
36
5
三角頭巾(遺族がつける)
箸渡し
四十九餅
友引の葬儀忌避
七七日 (
満中陰)以外の忌み明け日
香典 (
金銭)以外の供物
それ以外
-101-
質問日 '2解答省略
反門
棺のニ回廻し
芯慣習があれば挙げて下さい。
玄関以外からの出棺
(
2
) かつて行われていて、近年行われ芯くなった伝統的
出棺時の食い別れ
62
59
21
10
70
14
46
23
40
30
74
12
81
88
76
74
57
50
77
12
42
14
15
44
17
それ以外に行われていることがあれば挙げてくださ
末期の水
い(
38
の葬儀忌避(幻)七七日(満中陰)以外の忌み明け日
(犯)香典(金銭)以外の供物(具体的にお書き下さい)
質問 1
1
1
︿
ロ v葬儀用の法具類についてお尋ねします。
ください。(該当する番号すべてにO印をつけてください)
(1) 次の中から貴寺院の地域で用いているものを選んで
③小幡
④天蓋
⑤四華(紙花)
⑤紙蓮華
⑦六丁jj_
③六道牌(六角培婆)
⑨ニ日塔婆
⑩七本塔婆
43
⑪それ以外
3
⑪十二仏培婆
︽
調査の集計に必要ですので貴寺院について以下の質問にもご回
は﹀
答下さい 。
(
1
)貴寺院があるのはどの様な地域ですか 。(該当する番号に一
つO印をつけてください )
① 大都市(人口100万人以上)部
② 大都市周辺の近郊都市部
③ 独立して存在する中小都市部
④ 中小都市の郊外地減⑤村落田園地域
(
2
)貴寺院の周辺および近隣地域は最近2 0年間の人口増加から
みてどの様な地域ですか。(該当する番号に一つO印をつけてくだ
さい)
① 人口が急惜した地域 ② 人口が漸増・微増した地域 ③ 人
口の変化がほとんど広い地域
④ 人口が漸減・微減した地域 ⑤ 人口が急減した地域
(
3)貴寺院の周辺および近隣地域は最近2 0年間で土地利用の形
態がどの棟に変化しましたか 。(
該当する番号に一つO印をつけて
ください)
① 戸建て住宅集合住宅などで住宅地化が進んだ
② オフィス・商用施設などで都市化が進んだ
③ 工業・流通施設などで産業化が進んだ
④ 住宅地化。都市化-産業化が複合して進んだ
⑤ ほとんど変化がなか った
以上で質問は終わりです 。大変有り難うございました 。
質問旧解答省略
-102一
①白木位牌②大幡③小幡④天蓋
⑤四華(紙花)⑤紙蓮華⑦六丁立
⑥六道牌(六角塔婆)⑨三日塔婆⑩七本塔婆
⑪十三仏塔婆⑫六道蝋燭⑪噴屋
⑫ハ道蝋燭
⑬殖屋
⑪それ以外に用いているものがあれば挙げてください
②大幡
94
33
24
23
67
21
14
20
17
93
質問 1
2
1
① 白木位牌
2
︽
︾
枕経について
枕経は①②を合わせて剖%が勤めている 。その理由は
葬送儀礼全般について
葬儀の流れに関しては、いちばんはっきりとした特徴が
①﹁地域の慣習﹂と②﹁住職の考え﹂に大きく分か れてい
︾
見られるのは、葬儀式前に火葬を行う﹁前火葬﹂と式後に
る。ここでも地域の慣習として行われてきているのかは
︽
行う﹁後火葬﹂が、組によって大きく異なっていることで
この集計結果からだけでは不明である 。頻度の変化は、部
1
ある 。本誌の紙面の都合上、すべての寺院の葬儀式の﹁流
J
えたか減ったかについての詳細は次回に行うこととする 。 。り
%が特に以前と変わっていないと回答している 。一 割と少
由となる文化背景は今後の調査で明らかにしていきたい 。
枕経の本尊に関しては、約半数が地域の習慣で杷っていな
れ﹂を図表に掲載することができないが、東豆組、北豆組、
仏壇の開閉とその理由に関しては、葬儀期間中﹁平常どお
いと思われるが、同じ位の数の寺院では住職の指示で杷つ
数だが、オイルショックやバブル崩壊などの経済的な変動
り開扉している﹂と回答している寺院が約六割ある 。しか
ている 。わずかだが、葬儀社の指示が出てきていることに
東駿組、清水組、西駿組は前火葬を行う寺院が圧倒的に多
しこれが、地域伝統として行われてきたのか、それとも住
注目する必要がある 。衣帯は黒衣・如法衣と改良服・小五
に影響されて変わったと回答している。これらの地域と増
職の意識的な指示なのか重要なところである 。そこでその
条がほぼ同数で8割を超えている 。式次第は、広俄悔、報
いが、岳陽組、東遠組では後火葬が圧倒的に多い 。この理
内容を見ると、①の地域の習慣と ② の住職の指示が刊%と
恩傷、剃髪傷、剃度作法、授与 三 帰 三党、発願文、四誓旬、
噌EA
A
(
2
) に回答したものが (
3
) でど
判%と桔抗していて、
法話といった内容が典型である 。授与戒名は 三割弱であ
。
Q
ヲ
ちらに回答したかが、この単純集計結果だけでは不明であ
る。 この点は次回に明らかにしたい 。
3
︽
︾
納棺式について
納棺式を勤めるかについては、 ① ②合わせてお%寺院で
しかない 。質問312 の理由と合わせ考えると、地域の償
習として、 寺 は関与してこなかったものと思われる 。寺の
関与する納棺式も、数は少ないものの、近年のバブル崩壊
後減 ってきており、その理由に、檀信徒の世代交代と葬儀
社の進出があげられている 。衣 帯 は 改 良 服 ・
小 五条が六割
弱と簡略である 。式次第は、おもに広機悔、発願文、四誓
傷、納棺傷である 。
4︾通夜について
︽
通夜は圧倒的に自宅で行われているが、近年斎場で行わ
れ始めている 。その時期は、バブル崩壊後で、理由は葬儀
産業の進出だと感じているようである 。内容 に関しては
告別式と同じく 一般会葬を受ける習慣は以前からあ ったよ
うだが、昭和印年代以降、その割合は増えてきていてい
る。 その理由は、都市化と葬儀社の進出である 。
本尊については、枕経の場合とほとんど同じ傾向が見
ぇ、本尊を杷る場合 と杷らない場合が、地域の慣習と住職
の支持でほぼ同数となっている 。
通夜の導師は、僧侶が勤めない四寺を除き、住職 ・
副住
職が勤めている 。僧侶の数も 一名である 。ただ し平成以降
僧侶の数が減る傾向にあるとの回答が四寺ある 。
衣帯は黒
衣 ・如法衣が 六割弱で、 二割弱が色衣・ 知法衣である 。式
次第は、だいたいのところ、広繊悔 、剃髪傷、剃度作法
授与 三帰 三覚、授与戒名、 三尊礼、発願文 、通夜回 向文
、
真身観文等の 小経、法話が行わ れ ている 。
5
︽ ︾迎接式(迎え葬)について
迎 接 式 は、① と② を合わせると却寺で勤め、 ③ と④を合
わ せ日 寺が勤めていない 。これは、地域の慣習を理由に挙
げた回答が約七割と高いことから、伝統的な慣習が形態的
に残っていることなどの要因が績雑に絡み合 っていること
が伺える 。注目すべきは、以前と 比 べて勤めることが少な
くな ったという回答が8寺あり、喪家の世代交代、斎場で
-104
の葬儀、都市 化 による道路事情などが影響しているよう
ないことが半数を占める 。しかし注目すべきは、葬儀社の
して内容は、平成になってから簡略になりつつあり、その
指示で杷るという回答が 二割を超えていることである 。そ
導師は大体が住職 ・
副住職が勤めるが、通夜と同様に菩提
(
9
) から典型的な葬儀式次第を作ると、歎仏傷、敬礼
理由は葬儀社の進出だと考えている 。
ように、僧侶の数が減る傾向にあり、時期も理由も通夜と
傷、合銭、霊供、念諦、授与 三帰三覚、下矩・引導、四誓
寺以外の僧侶が勤める地域が 二割近くもある 。
通夜と同じ
同じである 。衣帯は改良服 ・小五条と色衣 ・大師五条が七
偏・真身観ということになる 。衣帯は色衣 ・七条が圧倒的
ことが間われる 。
幻%からみて、葬儀式と告別式が厳密に区別されていない
については、葬儀式のなかで行う叩%と、とくに行わない
市化と葬儀社の進出が原因と受け止められている 。
告別式
ら僧侶人数の減少が起こり、それは、喪家の世代交代と都
が減ったと回答している 。回答によれば、平成に入 ってか
四人から 二人が 一般的である 。この人数については、お%
ことによって起こっていると思われる 。実際、僧侶の数は
これらは、僧侶の数が減 ったことや葬儀時聞が短くな った
実湯、実茶、念諦、下鍵、阿弥陀経といったものである 。
である 。式次第のなかで簡略になったものは、起禽、鎖禽、
割を占めている 。
︽ ︾ 葬儀式 に つ い て
6
葬儀会場は、地域の特牲を反映して本堂が日%を超えて
いる 。次いで自宅がお%、斎場がH%である 。この比率は、
葬儀社の進出、都市化、喪家の世代交代に伴って、平成に
なって変化し始めている 。特に葬儀社の斎場経営、市営斎
場の設立の影響は、葬儀場の決定に大きな影響を与えてい
本堂内の葬儀の祭壇飾りは、伝統的な外陣飾りよりも会
葬者の利便を考えた本尊手前飾りが約半数の回答となって
いる 。本堂以外の会場での本尊は、地域の伝統として杷ら
-105-
だ
る
7︾ 出棺式について
︽
遺族のお別れ場にはほとんどの僧侶が立会い、念仏 一会
やはり念仏 一会などを行 っている 。
など何らかを行 っている 。その後の出棺に際しては、六割
以上の僧侶が
8︾ 茶毘式・収骨式について
︽
茶毘式を勤めるのは、 ① と② の合計百%にのぼる 。これ
に対して収骨式を勤めるのは、 ① と② の合計担%である 。
これはこの教区全体の特徴として、官頭に述べたように、
前火葬が多いために茶毘には立ち会うが、収骨まで立ち会
わない慣習ができているものと思われる 。
︽9︾中陰法要について
葬儀以降の法要については、教区の文化的複雑さを反映
してか、非常に多様であることが大きな特徴とな ってい
る。たとえば、初七日法要は、近年の大都市の傾向と同様
に当日繰上げ執行が九%を占めるが、初七日逮夜と正 当日
が幻%も行われている 。こうした期日をきちんと守ろうと
する凡帳面さは、七日ごとの法要をすべて行うのがお%も
あることにも表れている 。また葬儀に特徴的な多様さは、
その他﹂が非常に多いことにも表れている 。この七日法
﹁
要をすべて行う地域がどういう特徴をも っているのか興味
深いところで、あらためて調査する必要があるだろう 。
︽叩︾埋葬式について
埋葬については、葬儀式当日の埋葬が伺%を占めてい
る。これは、明らかに土葬の名残とも考えられるし、前火
葬しているために埋葬の時間的余裕があることなども考え
られるだろう 。い っぽう、七七日納骨は幻%にものぼ って
いる 。乙れは土葬時代には考えられなか った新たな慣習で
どの地域にいつ頃から行われてきているのか調査の
ある 。
必要があろう 。
︽刊︾伝統的慣習について
伝統的慣習については、今回の分析にはなじまないこと
もあり、この部分に関しては別の機会に譲ることにした
-106-
。
いるのである 。もちろん葬儀産業も、地域葬儀伝統を考慮
ケージ商品化されてきて、寺院もそれに組み込まれ始めて
まな状況を受けて、葬儀式そのものが葬儀産業によるパッ
意識の変化を生み出していると言えよう 。こうしたさまざ
な団塊の世代が主たる喪主となったとき﹂、葬送に関わる
の出現が大きな影響を与えている 。これらの要因が、大き
会 の 紳 の 弱体化とそれに代わる葬儀産業の進出と公 営斎場
ている 。さらに戦後進行してきている都市化による地域社
ショック期から始まり、平成のバブル崩壊を経て 加速化 し
の簡略化 ・
低 廉 化 傾 向 で あ る 。それは昭和印年代のオイル
僧 侶 が 肌 で 感 じ て い る と こ ろ で あ る 。そ の 変化 は、葬儀式
は 一割 ほ ど の 回 答では あるが、葬儀式の全般にわたって、
て、変化の波が押し寄せてきていることである 。数値的に
特徴が 浮 かび上が ってきた 。 それは、教区全体にわたっ
今回のアンケートを全体的に振り返ってみると、大きな
︽担︾ 全 体 を 通 じ て
L当
し組み込む努力を払ってはいると思われるものの、地域伝
統に根ざした葬送との微妙な意識的なずれを感じざるをえ
ない 。都 市化 と と も に 過 疎化・ 過 密化 が加速されていくな
かで、少子 化 も 要 因 と な って、葬儀式全体の変化 が進んで
いくのではないだろうか 。今後は、クロス集計による詳細
な分析と 他 地 域 と の 比 較 研 究 を 進 め て い く 予 定 で あ る 。
ヮ,
噌EA
n
u
田
見
宥
五重 相 伝
それではただ今から、浄土 宗 総 合 研 究 所主 催 ﹁
て 、 誠 に あ り が と う ご ざ い ま す。
た。お 忙 し い 中 、 熱 心 な る 皆 さ ま 方 に ご 参 集 い た だ き ま し
五重相伝についての公開講座が聞かれる運びとなりまし
す 。そ し て 、 本 日 は 上 田 見 宥 先 生 に お 出 ま し を い た だ き
代表とし、五重相伝の研究を進めているところでございま
私どもでは今年度の予備研究で八木季生客員教授を研究
上
浄 土 宗 総 合 研 究 所 所 長 で い ら っし ゃ
続きまして 、
の 基 本 と 実 践 ﹂ の 公 開 講 座 を 始 め さ せ て い た だ き ま す 。よ
;
]
J
'
ご紹介いただきましたように、浄土宗総合研究所におい
.
.
0
.
ろ し く お 願 い た し ま す。
大 き な 台 風 一過 、 す ば ら し い 秋 空 と な り ま し た 。
講
師
浄土宗総合研究所公開講座
では、開会の 言葉を浄土 宗 総 合 研 究 所 専 任 研 究 員
開
催
て、現代 研究班の 。
プロ ジ ェクトの 主 務 を 担当 し て お り ま す
正 村 と 申 し ま す。
司
8-10
﹃五重相伝の基本と実践﹄
﹁
五 童 相 伝 の 基 本 と 実 践﹂
平成十三年九月十二日
(南無阿弥陀仏)
;
]
J
'
(同称十念)
司
正
の 正 村 瑛 明 よ り 申 し 上げます 。
.
.
0
.
村
います石上善麿先生よりご挨拶がございます 。
ご 挨 拶 さ せ て い た だ き ま す。
今ご紹介がございま
司会
続きまして、当研究代表で客員教授でいら っしゃ
います八木先生、よろしくお願いいたします 。
それでは、講師の先生のご紹介をさせていただき
ま す 。今回おいでいただきました上田見宥先生は、今の石
したように、研究所として 一つの大きなメルクマールとし
て、五重相伝についての研究をここのところ続けてやって
上所長のお話にもありましたように 一九 二九年のお生まれ
でございます 。 ﹁一九 二九年﹂と 言 われでもピンと来ない
まいりました 。
先回の六月 二十八日には、 ﹁五重 相伝について│現状と
挙げて説明をしていただいた経過がございます。しかし、
三部門から成る研究所でございました 。先生はその設立 当
さて、この総合研究所は設立当初、教学 ・布教・法式の
かもしれませんが、今年の年男であられます 。
こんなに大勢の方の前でや ったわけではありませんので、
初の主任でいら っしゃいますから、研究所には非常にご縁
問題点 ﹂と いう題で、清水秀浩上人からいろいろな事例を
むしろそれも皆様に聞かせてあげたかったと思う次第で
の深いお方であられます。
また、上田先生と 言 えば関西の五 重の第 一人者でいら っ
しゃいます 。
先の総本山知恩院の布教師会の会長でもあら
それから、五重にお詳しいことから、布教研究所の主任
上田見宥上人からその最も大事なところのお話をしていた
き五重相伝というものを検討していきたい﹂というのが 一
でいらしたころに ﹃
結縁五重相伝﹂という 三巻から成るご
れ 、 現 在 も 顧 問 を な さ っています 。
つの柱でございます 。なにとぞよろしく皆さま方のご協力
書 物 の ご 執 筆 も い た だ い て お り ま す 。そのように、五重相
だく予定でございます。﹁今日のお話を基にして、あるべ
を賜わりたいと思います 。 ありがとうございました 。
1
0
9
八
木
石
上
さて、今日は ﹁五重 相伝の基本と 実践﹂という題の下に
す
、
伝 に は 大 変 造 形 の 深 い お 方 で あ ら れ る 上 経験も豊かでい
ら っしゃるので、今日はそれを余すところなく、細かいと
こ ろ ま で 伺 い た い と 思 い ま す。どうぞ皆さま、ごゆっくり
とご聴聞ください 。
それでは上回先生、どうぞよろしくお願いいたし ます 。
失 礼 い た し ま す 。上 田 で ご ざ い ま す。それでは
た。そ れ に し て も 日 本 は 平 和 で ご ざ い ま す 。経済不況など
か。イスラムのもつ 一面を垣間見るような気がいたしまし
しませんが、多分宗教が関係しているのではないでしょう
スラム原理主義者の犯罪であるのかどうか、は っきりいた
すが、本当に恐ろしいことが起こる世の中です。それがイ
今朝のニュ ー スでもご覧になったと思いま
起こりました 。
昨夜はアメリカで﹁同時多発テロ﹂という大変な事件が
いませ 。
どうぞお楽になさってくださ
ありがとうございました 。
(同称十念)
最初にお十念を申し上げたいと思います。
田
い ろ い ろ な こ と を 申 し な が ら も 、 こ う し て 二応の平和を
保 っ て い る の は 有 難 い こ と で あ り ま す。
しかし、その反面﹁平和ボケ﹂という 言葉 が さ さ や か れ
ますように、あらゆる面におきましていろいろな問題が起
こっております。親が子を殺し、子が親を殺すという世情
一つを見ても、本当に困難な時代に直面していると 言 えま
しよう 。
ただ、同じ宗教と申しましでも、仏教は非常に穏やかな
ものでございます。ですから、この仏教の精神に よ って、失
。
われた日本の心というものを、もう 一度取り戻さねばなら
ない、これが私どもの務めであると思うのでございます
さて、昭和 三 十四年ごろ、この大本山増上寺にまだ旧の
ご本堂があったときですが、浄土宗の布教師大会が初めて
聞かれました 。そのとき神居・椎尾両大僧正お 二方の指導
講演がござい ま した 。そのときは両派分裂しておりました
、
ので、神居大僧正が百万遍におられながら 浄 土 宗 の 管 長
さまであられました 。私も本当に若輩でありましたが、そ
の布教師大会に参 加 させていただきまして、両大僧正のお
話を伺いました 。
-110-
上
す 。大僧正のお話が未だに耳の底から離れないのは、私が
は何でもないようでありますが非常に大切なことでありま
土宗の教化はない﹂というお話でございました 。このこと
五重相伝であり、もう 一つは授戒である。これをおいて浄
針﹂というものでした 。教化 の大きな二本柱とは﹁ 一つは
そのときの神居大僧正のご講演は﹁浄土宗教化の 二大 方
焦点を当ててお話させていただけばいいのか迷うところで
お方もいらっしゃるかも知れません 。そのどちらのお方に
しようし、また失礼ですが全くの初心者と 言 われるような
の中には五重相伝に非常に詳しいお方もいらっしゃるで
一時間半で語り尽くすことはとてもできません 。お集まり
ていくのか﹂というのも大きな問題ですが、そのすべてを
また﹁五重相伝を通じてお念仏を現代にどのように弘め
すが、今日は初心者のお方を対象にすることを基本にさせ
布教師の末席に連なっているからでありましょうか 。
爾来、至らぬながらに努力をいたしまして、細々と布教
させていただくような身ではございませんが、八木先生の
いろいろ考えられますが、実際の五重相伝の勧誠に役立つ
そして、内容については、先ほど申し上げましたように、
ていただきたいと思います 。
﹁ぜひとも﹂というお 言 葉を頂戴しまして、厚かましくも
ようなお話、あるいはこれから五重を厳修なさろうという
今日も皆さま方の前でお話を
の道を歩んでまいりました 。
こうして参った次第でございます 。
最初に、しっかり頂戴しておいていただかねばならない
お方にも何か参考になるようなことを、布教の立場から限
というお話、それから実際に自坊で五重相伝を厳修するに
基本のところを、 か い つ ま ん で お 話 し 申 し ま す 。 なぜな
五重のお話はいろいろございます 。学問的なことから
はどうすればいいのかということもございます 。したがっ
ら、その基本を知った上で勧誠という問題も出てまいりま
られた時間の許される範囲で触れてみたいと思います 。
て
、 一口にはなかなか申しにくいのが今回のテ!マであり
しようし、五重相伝を開鐘するというお話も出てまいると
また布教師として勧誠するに当たってどのようにするのか
ます。
唱﹄A
唱2A
思うからでございます 。
義であり、﹁勧誠は布教師に任せておけばいい﹂というの
以上のような原点に立ちかえって考えますと、たとえ勧
では真のご伝法にはならないのであります 。
うとするお寺のご住職は、少なくとも ﹃
浄土侍燈輯要 ﹂と
誠師に来ていただいて勤めようとも、五重とは 一体どうい
私は、かつて或る先輩から﹁五重相伝を実際に厳修しょ
いうあの分厚いご本に親しんで、その内容をしっかりと頂
うものであるのか
学者だけがそれを知っているのではなく、勧誠師は勿論
師が私の代説をしてくれているのだ﹂と受け取る 。このこ
らっしゃるのかという基本をしっかり学んだ上で、﹁勧誠
そしてお祖師さま方がどう説いてい
かねばならない﹂と話をお聞きしたことがあります 。
のこと、自坊で五重相伝をつとめようというお方は ﹃
浄土
とを私たちはよく認識せねばなりません 。
前置きはこれぐらいにして、五重相伝の具体的なお話に
傍燈輯要﹂をひもとき、伝法の何たるかをよく把握してお
かなければ本当の五重にはならない 。
借物の伝書を棒読み
が、もともとは宗侶向けのものでありました 。私たちがご
入ります 。﹁五重相伝﹂と申しますと、今日では 一般的に
伝灯仏子は、本来は五重の勧誠をすべきものです 。しか
本山の加行道場で伝宗伝戒を受けましたのも勿論五重相伝
し、わからずじまいにご伝法していては申し訳ないという
し、伝灯仏子たる住職が五重全体を統括し、導師も勤め
であります 。しかし、のちにお在家向けにこの相伝が行わ
﹁結縁五重﹂のことを指すように受け取る方がおられます
尚かつ勧誠をすることは時間的にも肉体的にも不可能であ
れるようになり、布教の上での大きな力になりました 。最
ごとであります 。
りますから、勧誠師を招いて法説をしていただくのであり
本柱となったのであります 。
今回研究所がお取り上げにな
初に申し上げたように授戒と並んで教化のための大きな 二
したがって伝灯仏子たる住職は、ご自分が勧誠するだけ
ります五重も、教化のための﹁結縁五重(在家五重・化他
ます 。
の勉強をして五重相伝を開鐘せねばなりません 。それが本
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‘
五重とも云う)﹂でありましょうが、そのためにも能化 の
伝の勤まらないところでは、なかなか勧誠師も信者も育た
方とでは、必然的に大きな差ができてしまいます 。五重相
ならないという気持ちはある筈です 。それがつい空回りを
我々が充分に関心をもち、意をつくして勉強せねばならな
関西では五重相伝が盛んに厳修されますから、宗侶の
してしまう 。そして、だんだんとあきらめが出できたり
ないでしょうが、それでも何とかお念仏を弘めていかねば
方々は若いときからそれなりの経験を積み、知らず知らず
五重相伝に対する無関心が生まれてきたりする 。まことに
いことでございます 。
のうちにその全体像を把握している方が沢山いらっしゃい
関東やその 他 の地方でも五重相伝が盛んでないところが
残念なことであります 。
無い什具は
ですから、 ﹁
何を用意すればいいのか﹂或は ﹁
ありますが、関東は十八檀林があ った謂わぱご伝法の本場
ます 。また、他の寺院へお手伝いにまいる機会が多いもの
どこの 寺院で借りたらいい﹂などという手順も自然に憶え
であります。
結縁 五重 が育 っても不思 議 ではないと思いま
関東では五 重 があまり勤まりません﹂という
すが 、私は ﹁
ております 。
さらには、いろいろな布教師の勧誠を聴聞いたします 。
ごさせていただいた﹂というお顔を眺めながら、布教師を
がたい ﹂
﹁楽しく尊いなかに五日間(または 一週間)を過
という認識を、経験した人はは っきりも っております 。以
五重こそがお念仏をお伝えするのに最も適した道である ﹂
﹁
五重相伝以外にも伝道の途はたくさんありましょうが
声を聞くたびに非常に残念でならないのであります 。
志す者も多く出てまいります 。いわば五重相伝というもの
前の ご門主 であられた 高 畠大僧正のご自坊では、今年は五
受者の法悦の声を聞き﹁ぁ、受けてよか った。本当にあり
に慣れ親しみ、そのイロハが 自然と身についているわけで
重、来年は授戒、その 翌年はまた五 重 というふうに、毎年
五重と授戒が交互に勤まりますし、或は 三年ごとにお勤め
あります 。
ですから、そういう環境にあります者と、そうでないお
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どうかわかりません 。しかし、それだけちゃんと計画的に
しでありますが、あと八年ほどありますから、命がもつか
寺があります 。 ﹁生きていたら参りましょう﹂と言葉を濁
ですが、平成 二十 一年の五重勧誠を約束させられているお
になるような寺院もございます 。また私事を申すのは失礼
るのであります 。
常に結構ですが、私にはどうも空回りしているように思え
なっております 。それは 一つの目標として当然であり、非
ですが、この次の活動目標は八百年御遠忌ということに
先般、総本山知恩院布教師会の中央研修会でも申したの
思 い ま す 。祖 師 方 、 先 輩 方 が 育 て て く だ さ っ た こ の お 宝
であります 。まことに他宗の羨む、浄土宗のお宝であると
まさに五重と授戒は車の両輪の如く、浄土宗布教の双壁
ばそれで終いで、あとはもう忘れ去られてしまいます。
る。すべてそれなりの意義はあるのですが、その年が済め
出されてさまざまな記念事業・行事が計画され実行され
遠忌・開宗八百年とその都度に目標を掲げ、大きな看板が
その前は選択集撰述八百年でございました 。
或は 三上人
を、いかにしてもたくさんのお寺でお勤めしていただきた
﹃
選 択 集﹂をご撰述になった宗祖の偉業は八百年であろう
五重相伝が行われているということであります 。
ぃ。そして勧誠師の方も育ち巣立っていただきたい、それ
がなかろうが、平素にいつも戴いて ﹃
選 択 集﹂を学習し、
念仏の道を伝えていくためにも、子に手を携えて、ともど
くとして、布教の面では関東も関西もありません 。尊いお
は一発花火に終わってほしくないという思いで一杯です 。
遠忌とうたい、そのための始動が見られますが、こい希く
ろ、もう選択集撰述八百年のことをおっしゃる方も、 上
二
一
人顕彰を叫ぶ声も殆ど聞かれません 。このたびも八百年御
そのご精神に随順してまいらねばなりません 。
実際のとこ
が私の切実な願いであります 。
最近私が心に暖めておりますことは、関東の布教師と関
もに協調し研讃してその実を挙げたいと思うことでござい
宗祖や各祖師方がお念仏のみ教えを弘めてくださったご苦
西の布教師との相互交流であります 。政治の世界はともか
ます 。
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噌hA
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τ
も増えれば、どれほどか教 化が進むことでしょう 。我々の
す 。その上に五重相伝を開謹してくださるお寺が 一ヵ寺で
にありません 。宗 侶 一人 一人の 三業説法、もちろん大切で
労に報いる道は、コツコツと倦むことなき布教をする以外
情 熱 を 今 一度燃え立たさねばならないと思うのでありま
人のそうしたお姿とお心を偲びながら、私たちも布教への
で、このことをお話し伝えさせていただきました 。法然上
集﹂ 撰述でありました 。 だから平成九年には布教の先々
その熱意が、実は浄土宗の生命線であると思うことでござ
そのお心は私たち凡愚の計り知る由もないところでありま
された 。孤独の中での決意が如何なるものであったのか 。
な道を選べたはずの人生を、 墨染めの衣に身を包んで 出 家
でありました 。たとい父上の遺 言 があったとは 言 え、色ん
ております 。その日が若き宗祖の正式の僧としての出発点
り前のことですが、非常に重い意味をもっ出来事だと思つ
はこの得度がなければ、のちの浄土開宗もない 。これは当
れて久安 三年十 一月八日に得度されたのでありますが、私
の記念すべき年でありました 。さまざまな因縁をいただか
年)の前年、平成九年は法然上人が得度されて七百五十年
もう 一つ付け加えますと、選択集ご撰述八百年(平成十
た。
いただきます口授心伝、こうした形を整えてくださいまし
問妙﹂二 巻、そして第五重としては ﹃
往生論﹂にご指南を
領解末代念帥授子印紗﹂ 一巻、四重 ﹃
決答授手印疑
三重 ﹃
末 代 念 悌 授 子 印﹂
が、初重は﹃往生記 ﹂ 一
巻
、 二重 ﹃
口伝の箇条書き﹂であります 。初歩的なことを申します
即ち ﹃
五 重 指 南 目 録﹄
一 巻は弟子園誉聖聡に授けた ﹁
伝法
只今見るような五重相伝の形で示してくださったのです 。
社会的立場など、いろいろなことをお考えになった上で、
もってされていた伝法を聖向上人は、そのときの浄土宗の
さ れ た の は 第 七 代 了 誉 聖 向 上 人 で あ り ま す 。 書伝などを
宗祖の自内謹に求めることができますが、その組織立てを
前置きが長くなりました 。さて、五重の精髄の源は勿論
すが、少なくともこの得度があっての開宗であり、 ﹃
選択
います 。
す
巻
A
i
唱
F
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・
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浄土門の先達はその感激をもって
対 帰 依 の 姿 と 申 せ ま す。
雨に浴することは悦びの中の悦びであります 。
重
・・
・
四箇条 。 知り残しの伝 :::一箇 条
・
・
・・
・
・
重
・・
・
・
・
・
三七箇条 。 京い残しの伝:::一箇 条
念死念仏の用心を常とし、日課相続の不退を旨として祖意
宗脈を受けるということは、わが信仰の証しであり、絶
重 :::・
:一箇条 。 書き残しの伝 :::一箇 条
に酬い、宗風を宣揚してくださいました 。私たち末流末葉
﹂のように本口伝として合計五十箇条、そ し て知り残
方途は結縁五重以外にはないのだ﹂という確信をもって、
思いをいたし、﹁現代社会に他力の法門を開顕する最善の
もまた、仏祖直伝の伝灯仏子としての自覚と伝弘の重責に
し・云い残し ・書き残しが合わせて五箇条で、総計五十五
一層の精進をせねばならないと思うわけでございます 。
聖向上人以後、時代によって幾多の変遷を見ましたが
象として口伝ならびに血脈の授与が行われてきた歴史から
のお方であります 。聖聡上人が付法されて以来、宗侶を対
その結縁五重は、ご承知のように 三河大樹寺の勢誉愚底
﹂の五重の精神は脈々として今日に伝わる浄土宗伝法の根
みると、お在家に対するご伝法は画期的なととです 。しか
また、聖向上人は初重から四重までのそれぞれに注釈書
幹と云えましょう 。
伝々相承の信行の要は悉くここに収ま
しこれが続いた訳ではありません 。例えば﹁元和定目﹂な
上人が松平親忠公に伝授されたのが始まりであります 。愚
り、究寛大乗の称名の勝義はおしなべてここに示されてお
ど、在家信者に対する相伝禁止のご法度がたびたび出てお
をおつくりになりました 。所調﹁末書﹂でありますが、そ
ります 。大聖釈尊の出世の本懐、善導大師の古今措定、法
ります 。けれども裏返しにみると、実際には陰で行われて
底上人は非常に立派なお方で、後に知恩院にのぼられた程
然上人の念仏為先という師資 一徹の流れを受けて、その法
れについては後に少し触れたいと思います 。
箇条の口伝を伝え残されたのであります 。
第五重・・・・・・・・・六箇条 。 書き残しの伝:::一箇 条
重 j i---二箇条 。
玄い残しの伝 :::一箇 条
口伝としては
初
四
唱﹄ム
唱EA
p
o
から、ご法度が出ても仕方のない面もあったと思われま
が陰にかくれてお在家に授けていたこともあったようです
いたと申せます。ただ資格のない者や、今道心のような者
おさめる﹂というととでございます。
道場ですから、まさに﹁血脈を白骨に留め、口伝を耳底に
(白旗式定この血誓を行います 。しかる後の要侮・密室両
正伝法に臨むに当たって﹁浄土宗白旗流義安心相承制誠
伝法道場に坐るということは、先に申したように絶対帰
す 。そして江戸末期から明治時代に入って、ようやく各寺
院で、今日見るような結縁五重が定着してきたのでありま
依の姿でありますから、 一戸 一声のお念仏は また阿弥陀仏
では、次に伝書について少し申しあげます。ご存じのお
に対する絶対帰依の呼び声に他ならないのです。
日間ですが、滋賀県のある地方では只今も七日間です 。私
方 は ど う ぞ 聞 き 流 し て い た だ き た い と 存 じ ま す 。初重は
﹃
往生記 ﹂ でございます 。
も、おのずからその期間を通じて備わってまいります 。
同様に四修、即ち恭敬修、無人承修といった種々のふるまい
至誠 心、深心、廻向発願心、つまり安心の確 立 に な り ま す 。
宜道先生などはテキストを 一切用いられず、受者の目や心
ばかり目が行って、耳がお留守になってしまいます 。野島
しゃいますが、余り詳しく書いておきますと活字のほうに
非常に詳しいテキストを用意される勧誠師さまもいらっ
(資料参照)
また入行時には﹁道場清規﹂の厳守を約し、会中に剃度
をご自分の方に集中させてお聞かせになっておられまし
拝をし、お念仏を称え、そして勧誠を聴いていただきます。
式 を 受 け て 仏 弟 子 と し て の 自 覚 を い た だ き ま す 。 お寺に
た。しかし、それでは余りに分かりにくいこともございま
本日は在家向きのテキストで説明させていただきます 。
よ っては前行最終日の夜に﹁憐悔道場﹂で業障を俄悔し
それが五種正行の実践であり、勧誠で聴く法門がそのまま
二十 二席 の 法 説 で あ り ま す 。その聞にお経さまを読み、礼
は今月も滋賀県にまいりますが、 一週間で勧誠は六日、約
結縁五重の期聞は、昔は 一週間でした 。今日では殆ど五
す
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門/
も っていたのですから 、これはこれで大したお方です。例
す財布を持 っていた﹂ということです 。ですから ﹁
破戒﹂
しようから、私は最小限に留め、後は聞いていただくよう
それでは、初重 の部分をご覧ください 。
﹃往生記﹂
一 巻
、
えて申しますと﹁財布を落とした ﹂ということは、 ﹁
落と
法然上人作 。﹁
これを機と伝える﹂とありますが、第 一番
とは ﹁一度は戒を守 っていた﹂から 守える 言葉です。私た
吉
一
ち愚鈍の身は、戒を破るどころか、やぶるべき戒をたも つ
にしております。
目には ﹁
通り 。次に﹁四障四機﹂ 。そ
難遂往生の機﹂十三一
たこともない 。つまり ﹁
落とす財布をもっていなか った
﹂
行兼備でもなければ、 義解の人柄でなく、持戒 ・
破戒でも
種々念仏往生の機﹂とな って、これが五種 二十 六
の次に ﹁
﹁
難遂往生 ﹂とは ﹁
往生遂げにくい﹂という意味です。至
ない 。五の ﹁
恐鈍念仏往生の機﹂リこれこそが凡 夫 の私が
のです。破る戒を持 っていなか った私たちは、もちろん智
誠心が欠けたり、深心が欠ける、あるいは廻向発願心が欠
結着するべく示された救いの道であります 。
通りでございます。
け、また 三心が全欠する 。そういうお方を ﹁
難遂往生のお
今申しました ﹁
難遂往生の機﹂と ﹁
種々念仏往生の機﹂、
合わせて 三十九通りを、まとめてご指南くださ ったのが第
人柄﹂とされました 。二 番目を後回しにして第三番目には
﹁
種々念仏往生の機﹂、つまり往生を遂げることのできる
二番目の ﹁
四障四機﹂とお 受 け取りいただきます。
四障とは往生の障りとなるものが四つ、四機とは往生を
いろいろのお人柄を挙げておられます。-が ﹁
智行兼備念
仏往生の機﹂で、智慧も行も整 って念仏して往生なさるお
遂げさせていただく四つの条件 ・
人柄とでも 云 いましょう
か。疑心 ・慨怠 ・自力・高慢という四つの障りと、 信心
人柄。二 が ﹁
義解念仏往生の義﹂でわけがらが分か って念
﹁
持戒念仏往生の機﹂ で戒をた
精進 ・他力 ・
卑下という四機でございます 。戒定慧の 三学
o 二が
も ってお念仏を申す人 。つぎの四は ﹁
破戒念仏往生の機﹂
の器でない凡 夫、難行のかなわぬ愚鈍の身、その生まれつ
仏して往生する人
戒を破ると 云えば悪く聞こえますが、破る戒を 一度はた
-118-
きのままでご本願の救いにあずかるのですが、四障の人柄
の流行を嘆かれまして、安心 ・起行 ・作業などについての
義、寂光浄土義、西山義などさまざまな邪義が流行ってき
正しい意味合いを伝えてくださったのであります 。
を深く信じ、お念仏に精出し、お他力を喜び、慢心を慎む
たため、﹁?﹂れではお師匠さまの本当のお心が失われる﹂
にだけはならないように 。
どうぞ四機 H阿弥陀さまの誓願
リこれだけはしっかりお心得なさいませ、ということであ
と 二代さまは、熊本の往生院におきまして 二十数名のお弟
子たちと、四十八日のお別時をなされ、その聞にお書きに
なったのが本書であります。
積んで往生する人
ぜず、行住坐臥を論ぜず、日夜念仏して、久しくその功を
善知識の教えを聞いて 一向に信を生じ、威儀法則を弁
いるものがございます。しかし、今日は時聞がないのでそ
大 乗 1﹂にかぎったものではなく、他の文が袖書きされて
であります。これにもいろいろ問題がありまして、﹁究覚
伝法要備﹂四句の偶文
き﹂とも申しまして、ご存じの ﹁
内容は、まず最初に﹁袖書き﹂がございます 。﹁表紙書
とご教示であります。この辺は実際の勧誠ではもっと詳し
その次が﹁序文﹂です。﹁夫れ以れば九品を宿とせんに
の問題に触れることはいたしません 。
その次に﹁和字段﹂と申しまして、和語で書かれた 一節
はi﹂という有名なご文ですが、これは﹁要偶道場﹂で拝
続いて﹁末代の念仰とは、浄土 一宗の義を知って、浄土
がございます 。それが ﹁一紙小消息﹂であります 。以上が
末代念例授手印﹂で、聖光上
次いで、 二重のお書物は ﹁
一宗の行を修する、首尾次第篠僚の事﹂というご文があり
読しますから充分に読んでおかねばなりません 。
人の御作 。行と(法とも)伝えます 。法然上人滅後の邪義
往生記﹄ のあらましです。
﹃
く申すところです。
的なお人柄として
鈍念仏往生の機﹂をお正客といたします。就中、その代表
従って、 ﹁
種々念仏往生の機﹂の中でも浄土宗では﹁愚
ります 。
念
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句EA
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には﹁奥図の口訣﹂に総 ・別の 二種ありとして、ご教示で
見誉善悦上人の ﹁
五重始末﹂(
﹁
浄土侍燈輯要﹂207頁)
次がいよいよ六重 二十 二件五十五の法数についてのご教
あります。口訣のものですが、現に活字になっているので
ます。 これも大切な意味をもったご文です。
示です。大別して五種正行・助正分別 ・三心 ・五念門 ・四
すから 、ここで申しても許されることでしょう 。即ち﹁総
歎供養正行に 二、至誠心に十 二、深心に八、廻向発願心に
念怖の為の五念なれば、五念も南無阿弥陀備なり
念悌の為の 三心なれば、 三心も南無阿弥陀悌なり
の口訣﹂としては
八、それに検三心・竪 三心と 二、恭敬修に六、と全部併せ
念備の為の四修なれば、四修も南無阿弥陀備なり
念悌に於て深く信じて疑わざれば、深心も南無阿弥陀
念例行に於て貴く殊勝に思えば、恭敬修も南無阿弥陀
-120一
修 - 種行儀の六つになりますから ﹁
六重﹂であります。
二
一
それを細別しますと 二十 二件となります。
更に細説して讃
まして法数が五十五になります。この懇切なお指図をしっ
念備の為の 三種なれば、 三種行儀も南無阿弥陀備なり
念備に於て偽り飾らざれば、至誠心も南無阿弥陀悌な
﹁
別の口訣﹂としては
かり学んだ上で、実際の勧誠では、受者に煩瑛を与えない
意味で、五念門も省略し、十七件について詳説するのが常
ではないでしょうか 。
ます。この﹁奥図﹂を粗略に思われる向きがあ ってはいけ
備なり
奥図﹂です 。﹁
三種行儀﹂のすぐ後に出てまいり
次が ﹁
ませんので、この機会に少しくわしく申しあげたいと思い
念怖を以て往生に廻向すれば、廻向心も南無阿弥陀例
同様﹁南無阿弥陀例﹂と記されています。これをどう読ま
備なり
と書かれてあります。﹁
至誠心 ﹂の横も、﹁深心﹂の横にも
せていただくのか、ということであります。
り
ます 。例えば、﹁三心﹂の横に小さい字で ﹁
南無阿弥陀悌﹂
り
な
念悌行に於て徐を雑えざれば、無品跡修も南無阿弥陀例
結 帰 一 行 三昧 心 存 助 給 口 称 南 無 阿 弥 陀 仏
念例行に於て退転なく之を修すれば、長時修も南無阿
まり心に助け給えと思い、口にお念仏を称える 。ここに決
れはどういうことかと申しますと、﹁心存助給口称﹂リつ
と云うことです 。結局は 一行の 三 昧 に 帰 す る の で あ る 。そ
弥陀悌なり
手 印 ﹂でござ います 。手印は 一つには﹁証拠﹂の
次に ﹁
ため、 二 つには﹁手次﹂のため、と云われています 。先の
口侍に日く、凡そ授子印得名の本擦は、観経︿授手迎
五重始末﹄ には ﹁授手印﹂について
﹁
陀備なり
接﹀の 言 を模するなり 。此の授手印の相承は悌祖代々
と述べておられます 。 ﹁授子﹂とは ﹃
観経﹂ の﹁み子を授
くべきなり
陀悌なり
印﹂とは代々
けて迎接し給う﹂に依ると典擦を示され、 ﹁
念備を以て臨終に之を修すれば、臨終行儀も南無阿弥
源空が目には三心も四修も五念も 三種行儀も皆倶に南
相承に誤りのないあかしであり、﹁手継(手次こであると
さ れ て い る の で あ り ま す 。参 考 ま で に 申 し 述 べ て お き ま
無阿弥陀悌と見ゆるなり
総別十九箇篠此の如き也
この後 ﹁裏書﹂ などがございますが省略いたします 。
す
奥図口停の趣
と ﹁奥図﹂をいただく のであります 。 つまり ﹁二重﹂の結
論は
同局瓶異途なき印治決定の子継なり 。
能く能く口侍を聞
念備を以て常に修すれば、 尋常行儀 も南無阿弥陀悌な
念怖を以て別時に之を修すれば、別時行儀も南無阿弥
五念門は省略しますが、
陀備なり
着するのであります。
り
念悌行に於て隙なく之を修すれば、無間修も南無阿弥
な
り
噌BA
唱EA
qL
ます 。
二 代さまのご遺跡は大本山善導寺とか英彦山とか枚
ここで 二代さまのご遺跡の顕彰について触れたいと思い
師の面影を偲び、その芳聞に触れることも大切かと考えま
ます 。私たち布教師は実際にそうした土地に足を運び、祖
挙 にいとまありませんが、今は﹁ 二重﹂のお話でございま
﹁
授 子印﹂ の序に 云 われている白川の 清流があります 。こ
陀堂
﹂ と呼ばれているのがそれであります 。すぐ横には
というのがございます 。熊本市大江町 一丁目にある ﹁
阿弥
院は熊本市池田町でありますが、もう 一つ﹁旧の往生院﹂
領解紗﹂をお書
血脈手次状を菓承され、 三 日後にはこの ﹃
ての念仏弘通を付嘱され 、八月 一日に ﹁
授手印﹂を頂戴、
寺において伝法を受けられました 。
七月六日には 三代とし
三代さまは こ代さまにお目にかかられた翌年の四月、善導
忠上人の御作 。これを﹁解﹂と伝えます。ご承知のとおり、
三重のお巻物は ﹃
領解末代念悌授手印紗﹂で三代さま良
こは今は浄土宗のものではありません 。私も訪ねました
きになってお師匠さまにお見せしたのです 。
嘉禎三年八月三日 善導寺に於て之を草記する処なり。
上人まのあたり之を見たまいて合点したまい畢んぬ
領解妙﹂)
﹁
(
上人が合点された 。二 代さまが ﹁
よくぞ、ここまで解 つ
てくれた ﹂と心底からうなずかれ喜ばれたのであります 。
ます 。そこに 二代さまのご両親のお 墓 がございます。ご誕
す。即ち、五種正行に関する問答が六つ、助正分別につい
ての、問答釈義をくわしくお述べになった・ものでございま
その内容は、 ﹁
授 子 印﹄ に示された六重二十 二件につい
生の日が母上ご他界の目 。
まことに悲しい母子の縁であり
話のついでに、 二代さまご誕生の地が吉祥寺となってい
いました 。
下さいます 。ここが浄土宗のお寺であればなァと残念に思
代さまのことが 書 かれである 謄 写版刷りのパンフレ ットを
できたら嬉しいと思います。小さなお堂が建っていて、 二
のお方に力を出していただいて、或は一宗の熱意でお守り
が、この旧跡を何とか浄土宗で復興したいものです。九州
すから、往生院のことについて申し上げます。只今の往生
す
4
円
ム
司E
9“
が横道に逸れますが、 二、三年 ほど前に総本山知恩院布教
思いますが、なかなかこれが難しゅうございます。また話
実際には﹁領解紗﹄を手にされてお読みいただきたいと
五念四修皆是れ称名﹂ということになるのであります 。
べておられます 。これを要するに 三代さまの結着は﹁三心
その他に五念門・四修・三種行儀の名目の典拠について述
六種 ・六十四旬、 四句の相互関係についての問答が十 て
、 三 心の四句分別についての問題が本末十
ての問答が 二 つ
ねばなりません 。私どもがお話させていただくその奥に
いのか﹂と安易にお受け取りいただくと、少々横着と云わ
す 。 ﹁勧誠録﹂だけを読んで﹁あ﹀こんな ことを云えばよ
のですから、省略して、省略してお話を進めてまいりま
たい、あれも説きたい、しかし席数・時間の制限があるも
るお方は、相当に深い勉強をしておられます 。これも伝え
ど、十四l十五席分のお話は氷山の 一角です 。勧誠をなさ
よ ってテクニックは覚える ことができるかも知れないけれ
しようが 、そ れだけでは勧誠の勉強になりません 。それに
す。氷山の海の上に出た部分も大事だけれど、水中にかく
経典があり、祖師方の御苦労の末の論釈 ・典籍がありま
師 会 の 第 四 回 布 教 道 場 (三年間)が開催されました 。そこ
で私が五重を担当いたしました 。二 年目にはこの
書﹂の講読で、最初から 一旬、ずつ 、読んで解説させていた
れた大きな塊 Hそれをし っかり自分のものとして頂戴する
には﹁原典﹂にいつも接して、本物の栄養を吸収する必要
だいたのです 。 こうした勉強はなかなか厄介なものです
が、その時思いました 。
﹁思う﹂というより﹁せねばなら
話をもとに戻しまして﹁三心五念四修皆是れ称名﹂H三
堂慈教殿に篭もっての数日は有意義な日々でした 。
典﹂を読まねばなりません 。そういうことで総本山の勢至
だから我々は、お念仏の原点を知るために、さらに﹁原
がございます。
の仕方や教材が頂戴できて、そういう面では参考になりま
たくさん出版されています。いろいろな布教師さまのお話
音テ lプからおこした ︿話言葉そのまま﹀の ﹁
勧誠録﹂が
かり読み直さねばなりません 。近頃は五重のお話でも、録
ない﹂ 。﹁原点は原 典にある ﹂ということです。原典を し っ
巻
1
2
3
代さまのこの結論を
枚 起 請 文﹂ で申せば、﹁但し 三心
一
﹁
四修と申すことの候は、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生
す 。信仰のあついご家庭で 、しば しば僧を招いて仏法を聴
三代さまの出自は名門貴族藤原氏の流れをくむお家柄で
駅がありますから、お間違えのないように願います 。
するぞと思ううちにこもり候なり﹂ 。そうして﹁ただ申す﹂
聞するという雰囲気の中でお育ちになりました 。
うであります 。
うらみ
J
AV
J
、
,
-
、. ,
a
4M争 ・
ヵ
ふ
まことに﹁栴檀は双葉より芳し﹂の成宮乞深くいたします。
なりに
今日 は関東のお方が大 半を占めておられると思います。
少
次に四重は ﹃
決答授手印疑問紗﹂二 巻で、同じく良忠上
嬉しく
し遠くて行きにくいでしょうが、ご誕生の地に建てられた
人の御作 。 ﹁謹﹂と伝えます 。良忠上人が安心・起行など
かえって
のが﹁良忠寺﹂です 。石見の国(島板県) 三 隅、杉の森と
陰線の益田から東へ四つ自の美保 三隅という駅で下車いた
についての在阿の疑問にお答えになった・ものでございま
聞くときは
生まれしは
そのせいか、十四才にして次のようなお歌を詠まれたそ
のであります 。﹁唯往生極楽の為に は、南無阿弥陀仏と申
してi﹂とございますが、その﹁唯﹂の 一字の中に ﹁
領解
紗﹂ のご精神を汲み取るのであります 。
五濁の憂世に
念悌往生と
多
け
の質問に疑う余地のない明解な答えを出されたと云うこと
﹁決答﹂とは決定明答の意といわれています 。在阿さん
ろです 。やはり、実際にお寺に参って祖師を偲んでほしい
浄土停燈輯要 ﹂ など
です 。さき程は申し忘れましたが、 ﹃
-124-
ここで先ほどの 二代さまと同様、 三代さまのご遺跡にも
足を運んでいただきたいと思います 。お若いときにご修行
なされたみ跡も数々あり、当然のことながら関東には大本
ど
り
いう在所でお生まれになりました 。只今の﹁良忠寺﹂は山
山光明寺をはじめ多くのゆかりの土地がございましょう 。
れ
け
です 。尚、益田から商のほうに長門 三隅(山口県)という
します 。島根県でいえば西部ですが、まことに静かなとこ
す
方は﹁決定明答﹂ であります。
をこのように領納解知されたというのですね 。
今 こちらの
あると解説されています。三 代さまが ﹃
末代念悌授手印﹂
を拝見しますと 三重の﹁領解﹂とは﹁領納解知﹂のことで
遍などを訪ねますが、納得の行く答えが得られなかったの
たい 。
遠江の蓮華寺の禅勝房や相模国の石川の里の渋谷道
確かなところを誰かに教えていただいて決着をつけ
ます。
ておりました 。そのため ﹃
授手印﹂で読んだこととは違い
大会﹂で、乙こにおられる佐藤上人が在阿さんに関する研
台の僧であります。
一 昨日から昨日にかけての﹁総合学術
請う﹂と、結核の身で、血を吐きながらお訪ねになりまし
り
、 ﹁
手 には手印の疑問をささげて、口には口伝の決答を
そうしたなか、ただ今関東に 三代さまが居られるとわか
です。
究発表をされましたから、私よりお詳しいと思いますが、
この疑問を出されたのは周東(ストウ)の在阿という天
﹃
七巻書講録﹂ に
た。それに対する 三代さまのお答えがこのお書物でありま
上総国の中に周准郡(スエのコオリ)と云う有り 。こ
とありまして、周准の郡に東と西があったのですね 。その
余寒の風を凌ぎ﹂とおっしゃいました 。昔は障子と襖だけ
然りと難も来問の志を感じ、 利生の多からんことを思うて
三代さまは﹁然阿、齢い六旬に逼りて、日聞く、手振う 。
東の方ですから、東周准、それで ﹁
周東﹂というわけです。
で、暖房もありませんから、随分寒かったことでしょう 。
東西を分つ
今日では︿ぽすたるガイド﹀で探しても周東という地名は
続いて﹁類齢の筆を走らし、先聞の趣を載せて、後輩の疑
求められましたが、当時の関東には西山流(弘願義)・長
りです 。
そういえば 二重のお巻物の序文にも感激させられ
本当に問うほうも、答えるほうも、命を掛けてのやりと
聞を答え畢んぬ﹂と 。
楽寺流(多念義)・九品寺流(諸行本願義)などが流行つ
そこに在阿さんがいらっしゃった 。そして、他力の道を
ございません 。
の郡の中
す
唱EA
F
、
υ
ワ&
の形見にも﹂と云われました 。涙がこぼれるほど有り難い
ます。また書き終わったところで聖光上人は﹁無からん時
項目 。総計八十 一の質疑と応答であります。
一・﹁善導寺上人の日課とご臨終について﹂ 一の、六十
て
﹂
一・﹁
三種行儀について﹂ 三 ・﹁奥図の疑問について﹂
お言葉であり、後世の私どもに尊いご指南を残してくだ
つに加えよう﹂とすれば八十 一になる 。﹁それとこれを一
とも云われます。なかに出てくるものを﹁これも質問の
内容は、数える人によって七十九とも八十とも、八十
事﹂に示された問答のうち第四番目の問答で、このお書物
﹁
三心処﹂の中の 一章、﹁ 一向疑心句ノ下ノ註、 一分往生ノ
しては、その中の 一つだけをお取り次ぎいたします。即ち
についての、明確なお導きであります。結縁五重におきま
このお書物は、お念仏を実践する上で起こってくる疑問
緒にしよう﹂とすれば八十の問答です。ですから、そうい
を代表する重要な問題が含まれております。
さったのであります。
う解釈は先生がたの数え方によっていろいろで、勘定の仕
何が故に 三心具足の上に現世の貧眠は強盛に起こり後
それが 二枚目のテキストに出ていますように
ております。
一 番・無難な数を取りました 。私の性格そのも
世の心行は尚弱く覚えるや
方によって変わります。そこで私は、約八十の問答と申し
のでございます(笑)。
貧眠は無始より慣れ習いし法なり 。放に強し 。願生は
それに対して 三代さまは
悌授手印﹂について﹂ 一・﹁法然上人滅後の異議について﹂
今生に始めて励ますの心なり 。故に弱し 。他力の本願
という問いかけと
一・﹁五種正行について﹂五 ・﹁一心専念の文について﹂四・
この時に当たって利益を施すなり 。
二 河の醤釈よくよ
お手もとの資料にありますように、上巻には、﹁ ﹁
末代念
﹁この文に種々の義あることについて﹂六・﹁助正分別につ
く見合わすべきなり
とお答えになっておられるのであります。
いて﹂ 二となっておりまして十九の問答形式になっており
ます。下巻では﹁三心について﹂五 十六 ・﹁五念門につい
'EA
n
o
qL
﹁
貧・
眠煩悩をご心配なされますな 。お他力の本願は、ど
んな愚痴・罪悪の衆生をもお見捨てにはなりません 。あな
たもご存じの善導さま散善義のあの こ河白道のお醤えをも
う 一度よく思い直してごらんなさいませ﹂というご指南で
あります 。
これはお念仏の生活をする上において起こる疑問であり
ます 。真剣に取り組めば、取り組むほど起こる疑問です。
私は実際の勧誠にあたり 二河白道では
ωおのが煩悩(貧水と眠火、黒雲に象徴される愚痴)
に気付き、
ω本願を潜んで決定の信を起こし、
お念仏の白道を渡り切る、ということを強調してい
m
w
ます。
四重のお巻物では最後に聖光上人より伝聞した、法然上
往生を得ざる人﹂とありますが、続けて﹁若しはまた 一分
﹁一向疑心﹂の問題がございます。 一向疑心は﹁決定して
乱心とどめ難きものを化せんがためなり 。
妄念とどめ
願心も自ら生ずるなり 。いかに況んや、本願の元意は
まず名号を唱うれば、名号の徳として妄念も自ら止み
人の次のお 言葉をもって結語とされています。
の往生あらんか﹂ともご指南であります 。決定して往生が
難きにつけても、 一向に本願を仰ぐべし 。散乱の静ま
﹁
授手印﹄深心の項に四句分別がありますが、その 一つに
できないのに、 一分の往生が可能である日これはどういう
り難きにつけても
この問題に関連のある法然上人のご法語は沢山ございま
一向に名号を唱うべきなり
﹂とかと申しますと、﹁諸悪の心、謝罪の念い、数々発起
し、数々発動することは、本より煩悩を具するの凡夫なれ
ぱ力及ばざるところ﹂でありますが、 ﹁
唯仏の願力を信じ
ずかつて﹁ 一向信心 ﹂の人と同様に往生を決定させていた
お話です。この世に生まれた者は、誰でも目があり鼻があ
な散心あり 1﹂H ﹃
明遍僧都との問答﹂に出てくる目鼻の
例えて申しますと、﹁欲界散地に生まれたるものは、み
だく、ということであります。
て固く本願往生の念仏を潜む﹂とき、 ﹁一分 の往生﹂にあ
す
円
i
唱EA
q白
はどうしようもできないことではないか 。この源空とて同
の匂いが気にな って、なかなか 一心不乱になれない、それ
んが泣いたらその声に心が乱れる、御飯が焦げていたらそ
し、耳があれば聞こえてくる 。お念仏していても、赤ち ゃ
る、目があれば嫌でも目に見え、鼻があれば匂いがわかる
人ですね 。(
笑) 真実 のことはわかりませんが、祖師のそ
から 善光寺 へと、あらぬ想像をたくましくいたします。暇
す。き っと今の中山道の木曽路を通 って、信濃追分あたり
へ行かれ、 それから 善光寺に参詣されて関東に入られま
観房源智上人のお弟子さんとお話し合いをされてから伊勢
もよいのですが、考えてしまうのが私の癖です。京都で勢
トボ歩いてです 。背に荷物もあ ったことでしょう 。衣も破
じことですよ 。心が散ることなく念仏せよというのなら
散心を捨てて往生せんといわんこと、その理(ことわ
れてくるでしょう 。昔の人はえらか った。大したものだと
うしたご苦労の跡を辿 ってみる 。電車も車もない昔。トボ
り)しかるべからず
思うのです。関東に鎮西流がひろが ったのは、そのお陰で
﹁目鼻を取りて念仏せよというが知し﹂と 。
散心ながら念仏申す者が往生すればこそ、めでたき本
往生論註﹂ にご指南をいただく ﹁口授心伝﹂
第五重は ﹃
す。時にはこういうごとを考えるのも必要かと存じます。
この類のご法語は、その他に ﹁
浄 土宗略抄﹂
﹁百四十五
信﹂と伝えます。
﹁往生
﹁
十念の伝﹂であります 。これは ﹁
願にてはあれ
箇条問答﹂
﹃十六門記﹄﹁
禅勝房伝説の詞﹂など 、さまざま
論註
﹄ は、くわしくは ﹁
無量寿経優婆提舎願生傷婆薮禦頭
菩薩造勉註﹂と申し、略して ﹃
論註﹂、二巻ございます。曇
に出てまいります 。ご参照いただきたいと思います。
ここでまた、四重にまつわる祖師のみ跡を慕 いたいと思
この伝は 真 の愚鈍念仏者の生まれますことを願 つての最
驚大師の御作です。
てのお巻物でありますが、その関東へお出ましには、どの
後の総仕上げであり、伝法道場(密室)において伝灯仏子
います。四重は関東に出られましてから、約十年を経過し
道筋を通られたかとの思案です。こんなことは考えなくて
-128-
執らわれると 、阿弥陀仏を専念できない 。しからば、どう
その回答が﹁方便あり、必ず口授をまて﹂ということで
が、儀式をもって口伝し、受者の心底深くにお伝えするも
これも実際に ﹃
論註﹄を手にしていただきたいと思いま
あります。勿論、先に申したように、阿弥陀仏の本願はお
すれば十念の数を満たし、同時にみ仏を凝恩できるのか 。
す。巻上の終わりに近いところですが、回向門(八段細釈)
念仏の数を云々されるものではありません 。
従ってこの口
のであります。
の第八﹁念数の記不記﹂の段にあるご指南によって口授が
伝を受けることによって、凡夫ながらに決定往生の信を確
立する乙とが、何より大切であります。
行われるようになりました 。
問うて日く、(前略)若し心の凝し想を注めば、復た
の段で﹁三義校量﹂のご指南で、私たちが持つであろう疑
曇驚大師はまた、 ﹃
論註﹂の同じ回向門第六﹁善悪校量﹂
答えていわく、経に十念と言うは、業事成緋を明かす
聞について答えておられます。これは﹁在心・在縁・在決
何に依りてか念の多少を記することを得べけんや
のみ 。必ずしも頭数を知ることを須いざるなり 。 (
中
にすんなりと理解してもらえないかと思います。それでた
定﹂の 三義でありますが、時間がないので、ほとんどの勧
別に十声のお念仏に執らわれるわけではありませんが、
だ一つ﹁千年暗室の喰え H明来暗去﹂を伝えます 。虚妄顛
略)若し必ず知ることを須いば、亦方便あり 。必ず口
﹃
観経﹂に﹁令声不絶具足十念称﹂とあり、 ﹁
大経﹄の第十
倒・
造罪を重ねてきたわが心を千年の暗室に喰え、阿弥陀
誠では申しません 。また申しても難しいので、受者の方々
八願に﹁乃至十念﹂とあって、如何なる罪悪生死の衆生も
仏のお慈悲を受けて申す十念を閣を否定する光明に喰え
授を須て 。之を筆点に題することを得ず
﹁業事成緋当果無碍の位﹂に救われるのですから、別して
て、直ちに摂取される功徳を説くのであります 。
以上で五重相伝のあらましを申しましたが、もう
﹁十念﹂を有り難くいただくのであります。しかし、阿弥
陀仏に心を集注すれば、十念の数を誤り、反対に十の数に
-12
9一
り。故に侍心と云う﹂と 。
﹃
領解授手印徹心紗﹂ 一巻(聖同述)リ ﹁
領解紗﹂ の末書
の問題について触れたいと思います。 一つは後に説明を
譲っておきました﹁末書﹂のこと、 二 つには ﹁
道右感左﹂
です。
﹁授手印相侍領解の趣、心肝骨髄に徹して、この紗
について、 三 つには﹁繊悔道場﹂の暗説 。時間の許される
範囲で申し上げます。
決答授手印疑問紗﹂二 巻(良忠述)リ ﹁
﹃
授手印﹂ の末書
を製し給う故に:::﹂と 。
書の全部を申します。けれども 、ここでは﹁五部七巻町所
です。四重のお巻物です。
まず﹁末書﹂でありますが、末書とは浄土宗伝書の注釈
謂﹁七書﹂といわれておりますもの、こうしたお書物にも
決答疑問銘心紗﹂二 巻(聖同述)H ﹃
﹁
疑問紗﹂ の末書で
﹁二家相承の旨、心肝に銘じて、止むことを得ず抄
する故に銘心と名付くるか、是れ則ち利剣に銘を刻
するが知し 。相停は実に肝に銘ずるの謂いなり ﹂
このほかにも沢山の末書がございますから、勉強の種は
つきません 。
-130一
一応ずうっと目を通していただきたいと思うことでござい
ます。
﹁
往生記﹄の末書です。
往生記投機抄﹂ 一巻(聖問述) H ﹃
﹁我が門の意は東西を緋えず黒白を知らざる愚鈍の
族を、只助給南無阿弥陀例の口称の 一行に修し入り
て、仰信の体を悌知即相の眼より見れば、当体を即
本来本有の投機と之を習う ﹂と。
﹃
授子印侍心紗﹂ 一巻(聖問述) H ﹁
授手印﹄の末書です。
面上十念の口伝の問題です 。道とは緑山九代道 誉 貞把上
次に﹁道右感左﹂について簡単に申し上げます 。これは
るが故に、停心と日うなり 。是れ即ち宗義の行相
人、感とは緑山十代感誉存貞上人のことであります。道誉
一宗の安心の趣を菓承す
悉く吉水の相停を承って製作する所の手印の末紗な
﹁心とは安心なり 。謂く
す
と
になっているのであります 。
しかし、﹁左右﹂のいずれが勝れ、或は劣っている、と
流は右から、感誉流 は左から、これはもうご承知のとおり
です。しからば何故そうなったのか 。伝法の上で、酉誉 聖
いうものではないと思います 。順阿隆円上人の ﹁
吉水潟瓶
五重の十念は既に十念相続の為にこの方便を設く 。
故
聡上人から高弟嘆誉良肇上人に伝わった流れがありまし
す 。これがここで云う道誉流であります。
一 方で酉誉聖聡
に知んぬ 。口称名号を正と為し、凝思相好を助と為
訣﹂第三 、宗脈分第四の総口伝の段に
上人から、同じく高弟である聡誉酉仰上人に伝法された流
す。助正異なると難も、終に 一意を成す。何を以ての
て、その良肇上人の系統の中に道誉貞把上人がおられま
れがあり、その系統に感誉存貞上人がいらっしゃいまし
故に 。名体離れざるの故に 。
が究極であります。
従ってご自分の授か ったご伝法に随順
とあるように、五重の安心が肝要であり、口称名号の相続
し、凝思を助と為す 。
即ち口称の為にして相好を縁ず。故に称名を正と為
また ﹃
同 書﹄第四の用心念仏の段にも
た。ですから、同じ増上寺の九代 ・十代であっても、伝法
の流れ・系統が違うということになります。
そこで聖聡上人から良肇上人に伝法なさるときは、 ﹃
観
経﹄の ﹁
眉間白老右旋腕特﹂の文に典拠を得て、右から始
められたということが故実になっています。
また、聖聡上人から酉仰上人に伝法なさるときは、天親
続いて﹁惜悔道場﹂の暗説についてお話いたします 。餓
一向専念することが大切であります。
論﹂は ﹁
傷頒﹂と﹁長行﹂から成っていますが、傷煩の初
して
柔軟左右旋(宝性功徳川 は柔軟
悔道場に関心のある方が 二 ・ おられるようです。殊に勧
二
一
誠師は ﹁
暗説も頼みます﹂と依頼されることが多いですか
菩薩の﹁往生論﹄を典拠とされたようであります。
﹃往生
にして左右に旋れりことございます。 これは﹁左右﹂で
ら、その覚悟で参らねばなりません 。機悔道場にもいろい
めのほうに ﹁
宝性功徳川門
すから、左から始まるという古伝で、感誉 上人の方の流れ
唱EA
唱EA
qd
ろあって道場の様子も 一様ではありません 。 ある地方で
は、導師は内陣から外陣向き、勧誠師は下陣で受者の後ろ
から暗説します 。また、ある地方では内陣から外陣に向け
暗説いたします 。いずれにしても受者より先に入堂して
第
二河 白 道
二尊遺迎の表示 ・
と合図がありますから、割勿を 一下し、暗説を始めるので
の僧が受者を誘導し、全員着座すると﹁以上、座見終わる﹂
ざいますが、その暗閣の中に、今宵泊まる宿もまだ決まつ
だお月さまも出ていらっしゃらない 。
誠に心細い限りでご
もうお日さまも西に落ちて、辺りは暗いというのに、ま
宿も定めぬ
あります 。約十五分くらいで終わるのがよいと思います 。
ていないという、不安で、心の定まらぬ状態 。それが只今
閣の夜に
六道輪廻の表示 ・
機悔細釈・
無明長夜
月もまだ出ぬ
今日はもう持ち時聞がありませんから、簡単ですが実演の
-諸衆等、まなこをとじて心静かに聴き給え 。普く現
と云いますと﹁ものの道理に暗い﹂のであります 。たくさ
うに、愚痴の心を無明とも 云 います 。暗い心│何が暗いか
くない、暗くてしかも長い夜 。すでに勧誠で申しましたよ
前の善男子善女人の 三障を断除して、同じく阿弥陀仏国に
んある煩悩の中でこの愚痴│無明が根本です 。その煩悩に
振り因されて今日まで過ごしてまいりました 。その姿を昔
畜生 ・修羅・人間・天上です 。迷いや悩みの中で、六道を
衆生貧眠煩悩中能生清浄願往生心 ・
無明長夜
輪廻して五十年、六十年、思えばまことに恥ずかしい限り
六道輪廻の表示 ・
付けたり金打のこと
から六道輪廻と云うのであります 。六道とは、地獄 ・
餓鬼 ・
往生を得せしめんが為に、今織悔道場の要諦を説かん ・
-印は割弱│
の我々、皆さま方凡夫の姿であります 。無明長夜とは明る
身こそつらけれ
日は暮れて
第
真似ごとをしてみましょう 。
受者の入りおわるのをお待ちします 。真の暗闇で﹁座見﹂
第
この道場に 三 つの伝あり
第
噌EA
q
δ
ワ-
ました 。暗閣の中をお手引きくださいました憎の方を菩薩
尊い四日間の前行を積んで、只今この道場にお入りになり
であります。しかしながら、この度は五重の勝縁に逢い、
念仏を相続﹂する約束であります・
つには﹁常機悔﹂の約束、 三 つには退転することなく﹁お
院式でお読みしました ﹁
白旗流安心制誠﹂を守る約束
それになぞらえて鉦鈷を打ってもらいました 。一 つには書
二尊遺迎の表示 ・
二河の 醤 えをごく軽く再説。今この道場も、導師と勧誠
(時間の都合で省略しますが、四重の勧誠でお話しした
二河 白 道
といただきます 。手にした 一本のお線香の明かりは、かそ
けき光ではありますが、この度や っと我が心に宿 ったお念
仏の信心であります 。難しい 言葉では﹁能生清浄願往生
心﹂と申しますが、憂世の濁りに汚されない、清らかな願
師が 二尊遣迎の形をとっていることを説明
等々)・
心、往生を願う心であります。お線香の小さな光に表象さ
皆三途の業なり﹂
省みて
当に俄悔すべし
包みながらも
つ一
一
陣﹂リ業障・罪障 ・煩悩障
人にこそ
﹁
わが心かな﹂
﹁
自ら罪ありと知らば
機悔すれば
うら恥、ずかしき
﹁一人 一日の中に八億四千の念あり 。念々の中の所作
﹂れも省略しますが、教材をすこし列挙しておきます)
機悔細釈 ・
あることに注意││
││但し、 二尊遣迎を説示できない道場のしつらえも
であり、お念仏が進むにつれて、も っと大きな光明をいた
だく身となるのであります 。
或はまた、み仏さまの光明に照されることによって、ま
すます我が業障に気付かせていただけます 。﹁松影の
いよいよお念仏に励むのであります ・
きは月の 光かな 月の光で黒い影ができるように、み
。
﹂
仏の光明によ って我が影(煩悩)の醜さに気付きます 。そ
して
金打 は 、 阿 弥 陀 さ ま と の お 約 束 の し る し で あ り ま す 。
昔、武士と武士の約束には、金打をも っていたしました 。
1
3
3
第
第
れる信心│しかし乍らその光は、阿弥陀仏の大慈悲のみ光
黒
即ち安楽なり
機悔せざれば
罪ますます探し﹂
機悔すれば即ち清浄なり﹂
常の俄悔なり﹂
﹁罪ある者は憐悔せよ
﹁念々の称名とは
したいから、六席で﹂と申されます 。忙しい現代社会です
から、その気持ちは分からぬではありませんが、それでは
骨ばかりの話になってしまいます 。
勧誠は仏教のイロハか
ら、あれこれ醤え話や因縁話の中に、ぼちぼち受者の心を
切無 言 の中で着座、暗説を待ちます 。これは﹁独生・独死﹂
場に入って、足もともおぼつかない不安な気持、しかも
思います。五重相伝を開こうとご希望の寺院は、どうぞそ
六席のお話では、受者に法悦を与えることは まず不可能と
合わすことから導いていかなけ ればならないのです。五
・
解きほぐしていかねばなりません 。初心の方を、先ず掌を
H つまり﹁生まれてくるときも 一人、死んでいくときも
の辺もご理解くださって、より多くの席数を我々にお与え
で触れようと思いましたら、このような大雑把な内容に
どうもありがとうございました 。それでは、どな
-134-
暗説のあらましは、このようであります 。真っ暗閣の道
人﹂という心です 。暗説が終わると、勧誠師はソッと退堂
くださるようお願いいたします 。
お話がまとまらず、お恥ずかしい限りですが、限られた
します。(このため予め退堂のための打ち合わせをしてお
かねばなりません)退堂する頃に燭をともし、﹁光明道場﹂
尚、勧誠についてですが、資料に時間表のサンプルと
なってしまいました 。皆さまにお許しをいただきまして
時間内に五重相伝のあらましから、勧誠 ・
俄悔道場などま
私の使っているテキストを添えておきました 。
勧誠を志す
お話を終わりたいと存じます 。
終わる時間だけはジャスト
にかわります 。
方は、必ずご自分なりのカリキュラムを作ってください 。
でございました 。 (笑) ありがとうございました 。
司会
(同称十念)
一週間の五重で 二十 二席ぐらい、五日では十四 ・五席で
中には無理をおっしゃるご寺院があり、 ﹁
三 日で五重を
す
総合研究所の主任研究員でいら っしゃいます福西賢兆先生
たかご質問はございますか 。ないようでございますので、
どうも長時間ありがとうございました 。
(同称十念)
から、ご挨拶をお願いいたします。
本日、当研究所の公開講座を催しましたところ、
めたいと思います。
それでは、同称十念でも って先生に感謝の意を込
拍
終 了 さ せ て い た だ き ま す 。あ り が と う ご ざ い ま し た 。 (
があろうかと思いますが、本日はこれをもちまして会合を
ざいますので、次回改めて皆さま方においでいただくこと
この研究会といたしましてはまだ継続的にこの講座がご
いました 。
話を頂戴できるというのは、本当にありがたいことでござ
お示しいただきました 。
短い時間でこのような実のあるお
き、我々に懇切丁寧に五重相伝の根本、また実際について
特に、上田先生はご遠方のところからお出ましいただ
うございました 。
大変大勢の方々に集まっていただきまして本当にありがと
福
西
司会
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五重相憾の意義と内容
卑。高
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五重の名目(みようもく)
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化他五重のはじまり
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(不具三心)
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前行と正直岬法
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人生の真意義
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物質生活と精神生活
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臨終行儀
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園開生は今生に始めて励すの心なり。紋に弱し。
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二河町 署釈よ くよく見合わすべきなり。
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他力の本願この時に当 って利益
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,を施すなり 。
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道道
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長 I無 む 無 u 恭包囲
時 u 間 t余 a 敬 1修 h
修 h修=修 h修長
資料
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.
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.
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助正分別についての問答ー
一 守一一………… .
三心の四句分別について ………一一 本末 16種・ 64句
四句の相互関係などについての問答…ーー一一一…ー… 11
五念門・四修・三種行儀の名目の典拠について
<結論>三心五念四修皆是れ称名
牢決答授手印疑問紗(傍証)
上巻
末代念悌授手印について一
一一 …
.
.
.
.
.
一
…一一…ー…… .1
法然上人滅後の異義について い … ・……・__・ ・
一
一
企1
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五種正行について一 一一-ー……一
一
一
一一…ー………… 5
-,[;専念の文について
……… …………一一一……… 4
この文に種々の義あることについて … ーー 一一 一 一一 6
助正分別について… … … … ・一一一一一一‘…一一一一一一一一 2
下巻
56
三心について….....
.
.
ー………
ー
…一 一一一一…………__五念門についてー一一……………ーーー……一一一
一 一一一一一一 l
三種行儀について …一一一・ー…一一一一一一一一一一 一 3
奥図の疑問についてー ー一一一一一一一一一一一.
.
.
.
.
…
…
ー 1
善導寺聖人の日課とご臨終についてー
一
一
一
一一
一一
ー
一
一一一 1
寧下巻「三心慮J の中の一章
、 「
一向疑心句ノ下ノ註、一分往生ノ事J に示
された問答のうち、第四番目の問答でこの書を代表する重要な問題あり。
牢往生論註(縛信) =口授心得・凝思十念
巻上の末尾、回向門(八段細釈)第八「念数の記不記Jの段にあるご指南によ
って口授が行われる.
同じ く回向門第六「善悪校量」の段で三義校量のご指南あり.
(在心・在縁・在決定)
4
. 末書について
5
. 剃度式、織悔道場
6.正停法(要傷・密室)
7
. 勧誠について(時間表・席数・テキスト)
8
. 厳修寺院の準備について
唱EA
ウ'
9d
資料
五重の基本と実践
.浄土宗総合研究所)
2
1
.
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3
H1
(
上回見宥
1.はじめに
. 五重の基本
2
五重指南目録』
*r
熔 三巻七番
往生記J 1巻(法然) ………一 一一一…一一ー『往生記投機鯵Jl 1巻(聖問)
『
授手印骨尊心必、J 1巻(聖問)
末代念悌授手印J 1巻(霊光)一一........ r
『
領解授手印微心紗J 1巻(霊問)
r
.
.
一
一
)
忠
良
(
巻
1
J
妙
領解末代念悌授手印
『
I 2巻(聖向)
l
『決答授手印疑問紗.Il 2巻(良忠)…ー『決答疑問銘.c."品、.
*五重相停は浄土 宗停法の体系であ る
. 惇番細釈
3
ホ往生記(惇機)
難遂往生の機
四陣四機
種々念悌往生の機①智行兼備念悌往生機②義解念悌往生機
③持買え~悌往生機④破戒~悌往生機⑤患鈍念悌往生機(輩直仰信)
和字段(ー紙小消息)
r停法)
*末代念悌授手印 (縛行 o
袖書き(表紙書き)
序文
末代の念悌とは浄土一宗の義を知って浄土一宗の行を修する首尾次第僚々行の事
六重二十二件五十五の法数
る
t
) 獄正行鰭正行時I
五種正行………… (法数 6
2) 正滋 l服 l
1
1
助正二業分別一一. (
心l
2恥 8腕 郎 駐心1 E
船1
1 30) 1
1
三心………ー (
5)
1
1
五念門…・ 一一… (
) 事総6
9
1
1
四 修 一一一一一一一 (
3)
1
1
三種行儀一一一…・・ (
実密
述作年月日
授手印
血脈相骨厚手次
裏書
<結論>結帰一行三味'L;存劫給口称南無阿弥陀悌
本領解末代念悌授手印紗(何事解) = 問 答 釈 義 形 式
一
五種正行についての 問答一一
……………一一一一一 6
噌E
06
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資料
00寺五重相停会時間表
3回目
2回目
1 回目
(七日五重)
5回目
~日
6回目
~イ噌符去
01113日
10月 7日 10月 S
0月11E
1 10月12日 1
E
I 10月 9日 10月10E
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争告、鋼困包
....司法要
....略法書
9 30
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鵠司向
筒l!t法要
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周波法暑
鎌田向
持団向
ま者団向
鎌田向
草書冒向
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17 00
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(
日
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7:30
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資料
(五日五重)
0 0寺五重相停 会時間表
初
月
時
日
第
2日
第
3日
5日
第 4 日
第
日)
日
0
0月曜1
土
(
1
日)
日
1
曜1
月
日
0
(
1
日
問
∞
日)
日
0
水月曜7
(
1
日)
0月曜8日
木
(
1
日)
日
金月曜9
0
(
1
受
受
受
付
:
8
付
∞ 入行書院式
受
付
集合・調讃 集 合 ・ 調 讃
集合・調讃
却
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朝
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長
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長
勧
誠
勧
誠
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誠
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憩
休
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休
憩
受
付
集合・調讃
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9
30
∞
:
0
1
却
関白法要
∞
贈五重
羽
勧
贈五重
惣五重
勧
勧
贈五重
要侮道渇
記念撮影│
:
1
1
∞
:
2
1
∞
誠
誠
勧
誠
昼
食
諸回向
昼
食
昼
食
諸回向
諸国向
昼
食
諸回向
却
∞
勧
議
勧
誠
∞
休
憩
休
憩
却
勧
誠
勧
誠
:
4
1
初
勧
∞
誠
日投(回向)
:
5
1
:
6
1
密室道窃
日中(半斎) 日中(半斎) 日中(半斎) 日中(半斎)
却
:
3
1
議
休
J(回向}
l
目別(回向) 日s
憩
司j度 式
自
却
勧
誠
休
憩
勧
誠
日別(回向)
薬石(軽食)
∞
:
7
1
血誓書院式
却
慢悔道場
※ 上記時間割は、都合で変更することがあります
-140一
お礼礼拝
法
E
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-141一
平成十三年度活動報告
V平成十 三年
四月 二日
・﹃法語集﹂編集会議(研究所)
-大正大学フレックスコlス研修員辞令伝達
式(東京事務所)
四月九日
・﹃法語集﹄編集会議(研究所)
・平成十 三年度第 l聞所内連絡会(研究所)
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
四月十 三日
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
四月十六日
-第 二回所内連絡会(研究所)
・﹃法語集﹂編集会議(東京事務所)
・専任研究員会議(東京事務所)
四月十七日
・分室会議会口小都分室)
四月 二三 日
・﹃法語集﹂編集会議(東京事務所)
・第 三国所内連絡会(研究所)
四月 二四日
・﹃
法語集﹄編集会議(東京事務所)
・﹁伝承儀礼﹂十 三年度第 一回研究会(研究所)
講師八百谷啓人師
五月 二日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
五月七日
法語集﹄編集会議(東京事務所)
・﹁
・第四回所内連絡会(研究所)
-専任研究員会議(研究所)
五月九日
・講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂大正大学)
講師坂上・西城
五月十日
・﹁基本典籍の現代語訳﹂編集会議(研究所)
五月十四日
・第五回所内連絡会(研究所)
五月十五日
-分室会議(京都分室)
五月十六日
法語集﹂編集会議(東京事務所)
・﹃
・﹁基本典籍の現代語訳﹂編集会議(研究所)
五月十七日
・﹃
法語集﹂編集会議(研究所)
・分室会議(京都分室)
五月十八日
・﹃法語集﹄編集会議(研究所)
・﹁国際交流に関する基礎的研究﹂第 1回合同
会議(東京事務所)
五月 二十 一日
・第六回所内連絡会(研究所)
五月 二十三日
-講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂(大正大学)
講 師 袖 山 ・村田
五月 二十八日
・﹁
法語集﹄編集会議(研究所)
・第七回所内連絡会(研究所)
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
五月 三十日
・﹁伝承儀礼﹂第 二悶研究会(研究所)
六月四日
・専任研究員会議(研究所)
・第八回所内連絡会(研究所)
六月十 一日
・第九回所内連絡会(研究所)
六月十 三日
・﹁
伝承儀礼﹂第三回研究会(研究所)
・﹁
基本興籍の現代語訳﹂編集会議(研究所)
・講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂(大正大学)
講師(正村・斎藤・ジ ョナサンワ ッツ)
六月十八日
-第十回所内連絡会(研究所)
・分室会議(京都分室)
・﹁日常勤行式の現代語化に関する基礎的研
究﹂(研究所)
六月二十 二日
・﹁国際交流に関する基礎的研究﹂第 二回合同
会議(東京事務所)
六月二十五日
・第十 一回所内連絡会(研究所)
-14
8-
六月 二十七日
・講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂(大正大学)
講師(熊井・武田)
六月 二十八日
現代布教﹂所内公開講座(東京事務所)
・﹁
講師清水研究員
六月 二十九日
-第二十回各宗派教化関係研究機関連絡協議
会(豊山派宗務庁)
六月三十日
・﹁仏教福祉﹂シンポジウム ︿
仏教福祉の源流
i行基に学ぶ l﹀(例教大学)
七月 二日
・専任研究員会議(研究所)
第 l二回所内連絡会 (研究所)
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
七月九日
-第1三田所内連絡会(研究所)
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
・﹁
現代布教﹂研究会(東京事務所)
七月十七日
-分室会議(京都分室)
七月十九日
・﹁
葬祭仏教﹂研究会(研究所)
・第十四回所内連絡会 (研究所)
七月 二十三日
・第十五回所内連絡会 (研究所)
七月三十日
-第1六回所内連絡会(研究所)
﹁園内開教﹂研究会(研究所)
講師東北大学金崎芳輔先生
七月 三十一日
﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
八月六日
-専任研究員会議(研究所)
・第十七回所内連絡会(研究所)
﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
﹁現代布教﹂研究会(東京事務所)
八月 二十三日
第十八回所内連絡会(研究所)
八月 二十七日
第十九回所内連絡会(研究所)
﹁現代布教﹂研究会(東京事務所)
八月 三十 日
-分室会議(京都分室)
九月 三日
・専任研究員会議(研究所)
第二十回所内連絡会(研究所)
﹁現代布教﹂研究会(東京事務所)
九月六日
﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
九月十 i十 一日
-浄土宗学術大会(大 正大学)
九月十 二日
﹁現代布教﹂公開講座
︽
五重相伝の基本と実践﹀ (大本山増上寺)
講師上回見宥師
九月十 三日
-第 二十回所内連絡会(研究所)
九月 1七日
-第 二二 回所内連絡会(研究所)
・﹁国際交流に関する基礎的研究﹂第三回合同
会議(東京事務所)
・分室会議(京都分室)
九月十八日
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
九月十九日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
・﹁伝承儀礼﹂第 四回研究会(研究所)
九月 二十七日
-第 二十三回所内連絡会(研究所)
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
十月 一日
・専任研究員会議(研究所)
第 二四回所内連絡会(研究所)
十月 二日
﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
十月 三日
-平成 1 年度第一回運営委員会(東京事務
一
一
所)
十月十日
﹂ (大正大学)
・講座 ﹁浄土宗実践僧侶学
講師戸松・水谷
十月十 一日
-1
49一
十 二月十九日
・講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂最終講義(大正
みうりホ l ル)
十 一月二六 日
公開講座打合せ
一月十五日
・分室会議(京都分室)
一月十六日
.第 三十五団連絡会(研究所)
.専任研究員会議(研究所)
一月九日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
一月十 一日
・﹁生前法号授与式の基本と実践﹂(研究所)
十 二月 二十五日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
一月七日
﹃法話集﹄編集会議(研究所)
大学)
講師鷲見・全講師
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
・第 三十 一回所内連絡会(研究所)
十 一月二十 七日
・﹁伝承儀礼﹂第六回研究会 (研究所)
十二月三日
-専任研究員会議(研究所)
・﹁伝承儀礼﹂第 七回研究会(研究所)
開会議(東京事務所)
十 一月十九日
・第三十 回所内連絡会(研究所)
十 一月二一日
-講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂(大正大学)
-オープンセミナー ︻
そう、だから法狭山 }(
よ
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
-第一
二十二回所内連絡会(研究所)
十二月五日
-講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂講師(大正大学)
-第 二五回所内連絡会(研究所)
十月十五日
・第 二六 回 所 内 連 絡 会 (研究所)
十月十八日
-分室個人研究発表会(偽教大学)
・分室会議(京都分室)
佐藤(晴)・長谷川上人
十二月十日
・第三十三回所内連絡会(研究所)
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
十 一月五日
・﹁伝承儀礼﹂第五 回研究会(研究所)
十月 三十 一日
十月 二十 二日
・﹁現代布教﹂研究会 (研究所)
-第 二十 七回所内連絡会(研究所)
十月 二十四日
・講座﹁浄土宗実践僧侶 学﹂(大正大学)
(講師鷲見・坂上)
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
-第 二十八回所内連絡会(研究所)
十 一月七日
・講座﹁浄土宗実践僧侶学﹂(大正大学)
講師大蔵・細田・後藤・佐藤
十 二月十 一日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
十二月十三日
-分室会議(京都分室)
十二月十七日
・﹁
法語集﹄編集会議(研究所)
-第三十四回所内連絡会(研究所)
-専任研究員会議(研究所)
所)
一月十七日
・第 三十六回所内連絡会(研究所)
・専任研究員会 議 (研究所)
一月 二十 一日
・﹁
現代布教﹂研究会(研究所)
一月 二十八日
・﹁基本典籍の現代語訳﹂編集会議(東京事務
十 一月十 二日
・第 二十九回所内連絡会(研究所)
十 一月十五日
-分室会議(京都分室)
十 一月十六日
-専任研究員会議(研究所)
﹁国際受流に関する基礎的研究﹂第 四回合
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-第三七回所内連絡会(研究所)
・﹁葬祭仏教﹂ 研究会(研究所)
・﹁仏教福祉﹂編集会議(東京事務所)
二月四日
-教団付置研究所聞の懇談会 (NCC宗教研
究所)
一一月六日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
二月七日
・第 三十八回所内連絡会(研究所)
月十四日
一
一
-第三十九回所内述絡会(研究所)
・専任研究員会議(研究所)
・﹁
日常勤行式の現代語化に関する基礎的研
究﹂研究会(研究所)
二月十八日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
・第四十回所内連絡会(研究所)
﹁
葬祭仏教﹂ 研究会(研究所)
・
月 二十 一日
一
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-分室会議(京都分室)
月 二十五日
一
一
-第四十 一回所内連絡会(研究所)
・﹁葬祭仏教﹂研究会(研究所)
二月 二十八日
平成十三年度第 二回運営委員会(宗務庁)
・﹁葬祭仏教﹂研究会(宗務庁)
三月四日
-﹁浄土宗基本興籍の現代語訳﹂研究会(研究
所)
﹁現代布教﹂研究会(東京事務所)
・第四十 二回所内連絡会(研究所)
・専任研究員会議(研究所)
・﹁
教化儀礼﹂公 開講座打合せ(研究所)
三月五日
・﹁浄土宗基本典籍の現代語訳﹂研究会(研究
所)
三月十一日
・第四三一回所内連絡会(研究所)
三月十四日
-公開講座﹁生前法号授与式の基本と実践﹂
(大本山増上寺)
三月二十五日
・﹁現代布教﹂研究会(研究所)
・第四四回所内連絡会(研究所)
・﹁国際交流に関する基礎的研究﹂・(東京事務
所)
三月二十六日
維分室会議(京都分室)六名
三月 二七日
場﹁
葬祭仏教﹂ 研究会 (研究所)
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マ教化研究十 三 号 を お 届 け す る 。
マ今回掲載の成果報告は八木季生研究代表
スの活用と結縁五重相伝会のあり方﹂であ
の現代布教研究班による﹁人材データベー
て同研究班の公開講座 ﹃
五重 相 伝 の 基 本 と
る、特に結縁五重相伝会は研究ノ l トとし
実 践﹂ 講師上回見宥師の講録を掲載した、
あわせてご覧頂きたい 。
マ研究ノ l トは前述の公開講座の他、葬祭
仏教研究班による﹁葬祭に関するアンケー
町
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集凶話 一
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発
ト﹂静 岡 教 区 ア ン ケ ー ト 第 一次 分 析 結 果 報
マその 他の研究については、研究継続中の
告を記載した 。
ものも含め、それぞれの概要・研究経過等
マなお研究所のホ 1ムペ 1ジアドレスがド
を ﹁
研 究 活 動 報 告﹂ に記載した 。
(大)
発行
平成 1
4年 7月 1
5日
メイン取得により変更された、新アドレス
は名簿欄に掲載してあります 。
教化研究第1
3号
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(KYOKAKENKYU)
.2002
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JODOSHURESEARCHINSTITUTE
(JodoSh口 SδgoKenkyujo)
,JAPAN
TOKYO