3 5 3 ( 8 3 ) 精神科治療学24(3);353-362,2009 ■研究報告 重度認知症の妻を在宅介護する夫の思いの分析 上城憲司L2i荻原喜茂2’鎌倉矩子31 抄録:本研究の目的は,重度認知症の妻を在宅介護している夫に面接を行い,その語りの 分析から自らの介護経験を,どのように意識し意味づけしているかを考察することにあ る。2名の夫は,介護を続ける理由に「妻へのお礼や恩返し」,「夫としての責務」などを 挙げ,介護を「巡命」や「仕事」と捉えていた。両氏は,妻の介護を通して,「叱っては ならない」ことを学び,「怒りの発露」と「罪悪感の体験」を繰り返しながらも,希望を 絶やさず,介護ストレスと向き合ってきたことが明らかになった。また,両氏の介護の特 徴として,家長であることを生かし,意志決定権を持ちながら,合理的に介護を実践して きたのではないかと考えられた。デイケアにおける支援については,「孤立」や「介護ス トレス」に留意し,妻への「希望」を絶やさないように,注意深い見守りと定期的な介入 が重要であることが示唆された。今後は,経時的に調査し,客観的指標を併用して分析す る必要があると考える。精神科治療学24(3);353-362,2009 Keywords8dセ"肥加”,c〃電血,eノ;9“/"α"w〃"。), ‐ つつあると報告されている71。今後,増加が見込 I.はじめに まれる男性介護者に対する介護支援策の構築は急 務であると考えるが,元来,女性が中心となって わが国における家族介護は,嫁や娘,妻などが 半数以上を占め'0)女性が介護を担うことが多いと 介護役割を担ってきたため,男性,特に夫に焦点 を当てた研究が少ないことに気づく。 いう特徴を有しているが,近年,男性介護者,な Corcoran2'は,男女それぞれ1名ずつの配偶者 かでも認知症の妻を介護する夫の介護者が増加し を比較し,夫の場合,介護を任務(義務)として 捉え,仕事志向的アプローチのもとで介護を行う 2008年9月8日受稿,2009年1月20日受理 Ananalysisofhusband,sviewsforwiveswilhse‐ veredementia. ')西九州大学リハビリテーション学部作業療法学専攻 〔〒842-8585佐賀県神埼市神埼町尾崎4490-9〕 KenjiKamijou,MS,OTR:NishikyushuUniversity、 4490-9,Ozaki、Kamzaki-machi・Kanzaki-shi・Saga, 842-8585Japan, 2'国際医療福祉大学大学院 KenjiKamijou・MS・OTRYoshishigeOgihara・MS, OTR:GraduateSchooI,InternationalUniversityof HealthandWeMare 3'前所属・国際医療福祉大学大学院 NorikoKamakuraPh.,.、OTR.:Formeraffiliation: GraduateSchooIoflnternationalUniversityofHealth andWelfare. が,妻の場合は,絶え間ない介護の中で,夫と親 子関係的アプローチのもとで(家から出られな い)巣活動を行っていると述べている。また,山 本'61は,介護満足感は夫の介護者が妻の介護者よ り高いことを示し,一瀬6'は,介護負担感や情緒 的消耗度は,女性介護者より男性介護者が小さい ことを報告している。 筆者らの関心は,夫が介護を担う時,「どのよ うな思いでそれを引き受けるのか」や「どのよう な思いを抱きながらそれらを実行しているのか」 であるが,先行研究からはそれらが明らかになっ たとは言い難い。 3 5 4 ( 8 4 ) 輔神科治療学第24巻第3号2009年3月 表1対象夫蹄プロフィール A氏夫婦の属性 B氏夫婦の属性 夫婦の年齢 夫73歳 妾66歳 夫73歳 妻63歳 結婚歴 34年(共に再幡) 41年(共に初婚) 職業歴 夫製造業社及(自営) 妻製造業手伝い・主耐 夫会社元営業部焚 泌主婦 同居形態 2人暮らし 近隣に災男宅あり 2人幕らし 同市内に焚男宅あり 妻の診断名(発症年月日)脳血管性認知症(平成X年8月) アルツハイマー病(平成X+1年3月) paroxetine塩酸塩(抗うつ剤) 塩酸donepezil(抗認知症薬) 薬物triazolam(眠剤) nilvadipine(降圧剤) triazolam(眠剤) 妻の身体機能独歩可能 独歩可能 妻の認知機能 MMSE13点 MMSE0点 CDR3 CDR3 妻の要介護度要介護5 要介護5 重度認知症患者デイケア(週6回) 在宅サース利朋状況型噸砦W),2回) 通所介護(週4回) 亜度認知症患者デイケア(週2回) 訪問介護(週2回) ショートステイ(月2回) 夫による介護歴 6年 5年 本研究の目的は,重度認知症の妻を在宅介護し 動は右片麻揮の影響で不安定ではあるが,独歩可 ている夫に面接を行い,その語りの分析から,自 能である。デイケアからの情報では,A氏は介護 らの介護経験をどのように意識し,意味づけして のアドバイスなどは一応聞き入れるが,ヘルパー いるかを考察することにある。また,夫の介護者 導入など,いざ実行となると腰の重い一面もあっ に対する介護支援のあり方についても検討する。 たとのことである。 2)B氏夫妻 Ⅱ、方法 B氏は会社の元営業部長であり,仕事や趣味も 熱心にするタイプである。妻との結婚に際して 1.対象者 は,両親に反対され,半ば駆け落ちのような形で X病院重度認知症患者デイケア(以下デイケア 結婚した(面接内容より)。妻は,情緒的には落 と略す)に通所する,重度認知症の妻を介護する ち着いていたが,デイケアで,急に笑い出したり 3名の夫に研究協力を依頼した。対象者に口頭に 大きい声をだしたりすることもあった。移動は, て研究目的の説明を行ったところ,2名から研究 やや肥満のため動きは鈍いが,独歩可能である。 協力の同意を得た。対象夫婦プロフィールは以下 の通りである(表l)。 l)A氏夫妻 A氏は自営で製造業を営んでいたが,現在は 2.面接 対象者に対し,半構造化面接を実施した。面接 を円滑に進めるための補助ツールとして質問内容 長男に任せている。妻は主に主婦であり,時折夫 を事前に準備した面接ガイド81を用い,対象者に, の仕事を手伝っていた。性格はおとなしく,夫に 妻の介護を通して何を考えたり,感じたりしたか 尽くすタイプであった(面接内容より)。妻は, を語ってもらった。而接内容の録音許可を求め, 情緒的に不安定で落ち着きがなく,デイケアでは 同意が得られたため,ICレコーダーに会話の内 「お父さ∼ん」と夫を探し泣き出すことある。移 容を録音しこれを音声データとした。面接時間は 3 5 5 ( 8 5 ) 精神科治療学第24巻第3サ2009年3月 表2語I)のエッセンス・語りの一次カテゴリー・語りの二次カテゴリーの例 語りのエッセンス(数字は対象者・区分番号) 語りの一次 締りの二次 カテゴリー カテゴリー A2241-2250夫が妻を介護するのは恩返し,という面は確かにある A3111-3114妻の介護は妻へのお礼,つまり夫婦愛 11要への介護は恩返 A3222-3228妻が喜ぶような助け方をしたいと思う A4178-4185妻はおとなしくて,自分の遊びにもちょっと角を出す し,男の遊びも許し 尽くしてくれたから 程度だった A4215-4217尽くしてくれた妻に,今自分は恩返しと罪滅ぼしをし ているのだ All42②妻はかわいそうだ 12妻をかわいそうに A3063-3074妻は痴呆になるのが早過ぎた と思うことがある A4218-4235妻は今.寂しがり屋だ All41-l42(①好いて一緒になったのだから,自分が面倒をみるの l3好いて一緒になっ ⑥好いて一緒になっ たのだから,自分が たのだから,自分が 而 倒 を み る の は 当 然 は当然だと思う All66旦那たるもの,結婚式での誓いの言葉はまもらないかん 面 倒 を み る の は 当 然 だと思う A2171-2172夫婦やもん。 だと思う All44②)息子には,とにかく介護は引き受けるから,と芯ってある A2147-2154妻が歩けなくなったら,敬居を削って.車椅子に乗せ て,面倒をみる A218排2194自分がみてやらなくてはという気持ちを固めたのは2 14できるところまで 自分がみる 年目くらいからだった A3102-3110自分でできる間はしておいて.できなくなったら息子 たちに頼むしかない A307牙3084息子たちのことは.あてにすまいと思っている 1回あたり30分∼1時間程度で,対象者の語りが に従ってカテゴリー化し(語りの一次カテゴリ 飽和状態になったと筆者が判断した時点で面接終 ー),そのそれぞれに表題をつけた。さらにこの 了とした。 一次カテゴリーを同様の手続きで分類して二次カ テゴリーを導き,このそれぞれにも表題をつけ 3.記述データの生成と分析 た。具体例を表2に示す。 データ分析の方法は,今回のように人間に焦点 例えば,逐語録での,「私も,だいぶん迷惑は を当て,その現象の本質を明らかにするためには かけとうですけどね。男やけん,皆あると思うけ 質的研究手法8'を用いることが最適と考え分析手 ど。自分も昔は妻に迷惑かけたから,恩返しのつ 法に用いることとした。 もりで介護している部分もありますよね」という 最初に,A氏,B氏のそれぞれについて,面接 区分データの場合,「夫が妻を介護するのは恩返 における音声データを逐一文章に転記し,逐語録 し,という面は確かにある」という短文に凝縮 を作成した。次に,この逐語録を「夫の思い」ま し,これを「語りのエッセンス」とした。また, たは「出来事」を最小単位として区分化し,これ 「妻の介護は妻へのお礼,つまり夫婦愛」や「妻 を「区分データ」とした。次いで各区分データの が喜ぶような助け方をしたいと思う」など類似す 中で語られた夫の思いや出来事を1つの短文に凝 る「語りのエッセンス」をカテゴリー化すること 縮して表現し,これを「語りのエッセンス」と名 で「妻への介護は恩返し,男の遊びも許し尽くし づけた。 てくれたから」という一次カテゴリーを導き出し 次にこの「語りのエッセンス」を内容の類似性 た。さらに同様の手順で類似する一次カテゴリー 356(86)精神科治療学第24巻 をカテゴリー化し,最終的には,「好いて一緒に なったのだから,自分が面倒をみるのは当然だと 思う」という二次カテゴリーを導き出した。 こうして得られた語りの一次,二次カテゴリー を手がかりに,両氏が,認知症の妻の介護を担う 生活をどのように築いてきたか,またその中でど 第3号2009年3月 婦愛 ⑥好いて一緒になったのだから,自分が面倒を みるのは当然だと思う A氏は,病に伏した妻をかわいそうに思った のような思いを抱いてきたかを,発症から調査時 り,病前から現在までの夫婦関係を振り返り,夫 として妻を介護していることの責務を再確認して いる様子を語った(表2)。そのことは,例えば に至る時間の流れに沿って要約した。また,それ 以下の語りの中に現れている。 ぞれの場合に,夫による妻の介護が実現したこと “昔から好いて好かれた仲で一緒になっとっ の背景を考察した。なお,これらの手順は,過去 の先行研究3)を参考に実施した。 ちゃけん,(中略)「かわいそうに」という気持 ちで今まで来てます。かわいそうやなかったら せんでしょうね。” Ⅲ、結果 ⑦妻の介護で「当たらず触らず,無理にしな い」ことを学んだ A氏との面接は通算4回,約4時間50分,B氏 “なんや忘れたや−って言ったら(怒った との面接は通算4回,約4時間45分であった。転 ら),(妻が)びっくりして頭ん中パニックにな 記された記述データを「夫の思い」または「出来 っとるからね。もうそれにならんごと,朝起き 事」によって分断して得た区分の数はA氏235, たらあたらず触らずで腫れもんにさわるごと B氏242であった。 れ,ここ(デイケア)まで連れてくる。ここに 各区分の内容を凝縮して得た,語りの一次カテ ゴリー数はA氏50,B氏67,語りの二次カテゴリ ー数はA氏16,B氏17となった。 連れてきたら6時間はいいもんね。” ⑧妻の介護は運命であり私の仕事,楽しいと思 わないと仕方がない “仕事と思えば腹たたんとやろうね。なんで 1.A氏の妻の介護に関する語り こげんことさせるとって思うと,腹立つけん。 1)語りの二次カテゴリーにみる,A氏の経験 さっきいうたごと運命やけん。” と思いの変化 語りのエッセンスの一次,二次カテゴリーは結 果として,時期的特性を帯びていた。したがって これらを時系列に沿って並べ替え,内容を整理す ることが,A氏がたどってきた経験とその間の心 ⑨病気については,まだ希望をもって取り組ん でいます ⑩とにかく私は,私なりに考えて一生懸命介護 しています ⑪妻のせいで心の中は戦争になる,それがスト 境とを理解するのに役立つと思われた。そこで, レスです A氏の語りの二次カテゴリーの表題を主軸におい “言っても言ってもわからん,お母さんにあ て,彼の介護の経験と思いの変化をたどることに たっても仕方ないけんね。(中略)そう,心の した。 中で戦争しよる。”“本当は,女性の方が介護し ①わたしの趣味は酒と仕事,遊びも派手な親分 肌の男です ②夫婦仲はよく,妻は尽くしてくれた ③私の生い立ちや性格,特技は介護向きであっ たかもしれない ④介護を続ける中で自分も何かしら悟ってきた と思う ⑤この介護は妻へのお礼や罪滅ぼし,つまり夫 やすいよね。男の介護の方がやおいかん(大 変)ですよ。” ⑫公的サービスや介護仲間,家族に支えられて 生活しています A氏はデイケアや訪問介護に助けられてい ることやデイケアへの送迎時に出会う介護家族 との情報交換でお互いが助け合っている様子を 語った。 精神科治療学第24巻第3号2009年3月357(87) ⑬いろいろあるけど,今のところ,この介護生 て,A氏による妻の介護を実現させたと思われた。 活が夫婦にとっていいようだ ⑭今後のことは,まだまだ悩んでいます A氏は現在までほぼ一人で介護してきただけ に,今さら子どもに引き継ぐこともできず,誰に 介護を引き継ぐかなどの迷いを語った。 2.B氏の妻の介護に関する語り l)語りの二次カテゴリーにみる,B氏の経験 と思いの変化 B氏もA氏同様の手順で,彼の介護の経験と思 ⑮息子や娘に迷惑はかけたくない いの変化をたどることにした。ただし,ここでは ⑯デイケアは気兼ねしなくて利用できるから, A氏と比べ内容が類似している二次カテゴリーの 関係は保っていたい 2)A氏の介護生活とその背景 面接で得た語りのエッセンスの二次カテゴリー を材料として,A氏の介護生活とその背景を推 察した(図l)。 A氏は現在,デイケアを中心とした「公的サ ービスを利用(⑫)」しながら,「自分なりの一生 懸命な介護(⑩)」を実践している。中でもデイ ケアは,長い時間妻を預けられる場として,ま た,他の介護仲間やスタッフから情報を得る場と してA氏の介護を支える重要な役割を果たして いる。 A氏の心境は,・悟り,希望,葛藤,不安が交錯 説明は省略し,B氏に特徴的な語りを記戦するこ とにする。 ①私は元営業部長で調整役,おせっかいで行動 派な男 ②夫婦関係は円満だったが.妻の面倒見はそこ そこだった ③私の要領のよさや面倒見のいい性格は,介護 向きだったかもしれない ④介護は妻への恩返し,徹底的に介護してやろ うと決めたんです ⑤痴呆と聞いて死を宣告された思いがし,妻を みるたびに悲痛だった “(買い物の話)買い物連れて行くでしよ, していた。彼の悟りは「介護を通して当たらず触 「なんか好きなもん取ってごらん」って言うて らずを学んだ(⑦)」,「介護を通して悟りを開い もね,やっぱ取りきらんもんね。「お父さんも た(④)」,「この介護生活が夫婦にとっていいよ う私あんなことできんもんね」って,「なんも うだ(⑬)」という語りの中に,彼の希望は「希 できんごとなったけん助けてよ,助けてよ」っ 望をもって介護してます(⑨)」という語りの中 て。いつもスーパー連れて行ったら言うとです に,彼の葛藤は「介護で心の中は戦争です(⑪)」 という語りの中に,また彼の不安は「今後が悩み よ。そいで,もうね涙がいつもが出よったで す。ありや−,やっぱ悲痛やね。” (⑭)」,「子どもたちに迷惑をかけたくない ⑥妻の介護は特攻精神,心構えが違うんです (⑮)」,「デイケアスタッフとの関係を維持したい (⑯)」という語りの中に現れていると思われた。 妻の発症以前のA氏はどのような生活を送って (介護をする理由は?)“それはもう,「せな いかん」っていう思い込みですたい。「女とか 子どもを守るとは,男の役目やないか」とか, いたのであろうか。その片鱗は,「(私は)元自営 やっぱ特攻精神,日本の武士ですかね。” 業経営者,職人気質で親分肌(①)」,「夫婦仲は ⑦妻の介護は運命,1つ1つ乗り越えます よく,妻は尽くしてくれた(②)」,「(私の)元来 ⑧妻をみるのは私の責任,仕事のようなもので の特技や性格は介護向き(③)」という語りの中 に現れていると見ることができる。もともとこの ような資質や生活歴を持っていたことが,妻の発 す ⑨今なお,希望を持ち回復を期待しているんで す 症に際して,「この介護は妻へのお礼や罪滅ぼし ⑩自分なりによくやっている方だと思います (⑤)」,「妻をみるのは夫の責務です(⑥)」,「妻 の介護は私の運命,そして仕事です(⑧)」とい ⑪薬が効かない病気だから,私が工夫して面倒 う思いの醸成につながり,これらが要因となっ (妻への働きかけの話)“海の精霊さんにお祈 をみています 3 5 8 ( 8 8 ) 精神科治療学第24巻第3号2009年3月 夫と夫婦の資質 巳 夫による介護の引き受け この介護は妻への お礼や罪滅ぼし 妻をみるのは 姿の介護は私の運命 そして仕馴です ( ⑧ ) 夫の資務です ( ⑥ ) ( ⑤ ) 9 現況 夫による介護の実践 + 夫の心境 「再−5司F秀 壷司F百一藤一F末 希望をもって 介護してます ( ⑨ ) 介護で心の中は 戦争です ( ⑪ ) 介護を通して当らず 触らずを学んだ 要−1 今後が悩み ( ⑭ ) ( ⑦ ) 子どもたちに迷惑を かけたくない ( ⑮ ) この介護生活が デイケアスタッフとの 夫婦にとって 関係を維持したい いいようだ(⑬) ( ⑯ ) 図1A氏の介護生活とその背最 りしいって。お母さんの病気はね,そういう宇 本当そんな気持ちですよ。” 宙の大きな人から助けてもらわんとね,今の医 ⑫公的サービスや隣人に支えられて生活してい 学じゃ助からんよって。お母さんは,精霊って 言うたら,笑いよったけど。それは私が,すが る気持ちやけん。それを口に出すだけやけん。 ます ⑬妻でも痴呆の介護はストレスが溜まります (奥様から学んだことは?)“こう考えよった 3 5 9 ( 8 9 ) 輔神科治療学第24巻第3号2009年3月 夫と夫蹄の資質 元符理職.‘淵雛役で 行動派 ( ① ) 夫蝿仲は円満だったが. 典の1m倒見はそこそこだった 要領のよさや面倒見の いい性格は.介護向き ( ③ ) (2) 妾の発症 9 夫による介護の引き受け 糞への介捜は 介護は 妾を見ると悲揃. 恩返し.徹底的に します(④) 運命です ( ⑦ ) なんとかしたい ( ⑧ ) 9 現況 夫による介護の実践 + 夫の心境 F戻一憲一司「一流 自宅でも施没でも 介護姿勢は 変わらない(⑯‘) 罰司r意一藤司F禾一要一] 希望をもって 介護してます ( ⑨ ) 要でも痴呆の介護は ストレスです ( ⑬ ) 今後が悩み ( ⑭ ) 子どもたちに迷惑を かけたくない ( ⑮ ) 最後の頼みは. 公的サービス機関 です(⑰) 図2B氏の介護生活とその背景 ら,初めはこれもできんとねって,あれもねっ とかね3時半とかいうたらね,それは大変。', て少し怒り気味の調子やった。それは絶対いか ⑭先のことは迷うし,心配です んと思う。”(トイレ介助の話)やっぱトイレの ⑮子どもたちには迷惑をかけたくない 問題は,深刻ですよ。それはとてもじやないけ ⑯自宅でも施設でも私の介護姿勢は変わらない どね,早い時間ならいいけど,夜中のもう4時 ⑰最後の頼みは公的サービス機関です 360(90)精神科治療学第2 第24巻 4 第3号2009年3月 2)B氏の介護生活とその背景 B氏もA氏同様に,デイケアを中心とした「公 的サービスを利用(⑫)」しながら,「自分なりに よくやっている方だと思う(⑩)」とその介護実 践を語った(図2)。 のと考えるが,「妻へのお礼や恩返し」,「夫とし ての責務」という思いがあっても,自らが介護を 継続できる自信のようなものがなければ,介護を 担うことは難しいと思われる。 介護実践過程の心境では,自分の気持ちを高く 保つために多くの働きかけを妻に施していた。排 世などの日常介護も徹底した内容であったため, 葛藤や不安感は高かったが,妻の介護に対するB この点,今回の両氏が備えていた性格や器用さ などの個人的な資質や職業経験が,自分なら妻の 介護を継続して行えるかもしれないといった思い の醗成=自信につながり,介護を担うことを後押 ししたのではないかと思われ,2名の特徴的な一 氏の決意は固かった。 面と考えられるかもしれない。 B氏もまた「(私は)元管理職,調整役で行動 派(①)」,「夫婦仲は円満だったが,妻の面倒見 はそこそこだった(②)」,「要領のよさや面倒見 のいい性格は,介護向き(③)」といった資質や 生活歴を持ち,妻の発症に際しては,「妻への介 護は恩返し,徹底的にします(④)」,「妻を見る と悲痛,なんとかしたい(⑤)」,「妻の介護は特 攻精神です(⑥)」,「介護は運命です(⑦)」,「介 護は仕事です(⑧)」という思いの醗成につなが り,これらが要因となって,B氏による妻の介護 を実現させたと思われた。 Ⅳ、考察 2.夫は,どのような思いを抱きながら介護を実行 したのか 筆者は研究開始当初,両氏がそれぞれの立場 で,重度認知症の妻を淡々と介護している印象を もっていた。それと同時に,介護者としての力強 さを感じさせる反面,本当にそうなのかという疑 問も抱いていた。その疑問を持ちながら,面接に おいてその心境を聞くと,両氏が決して淡々と介 護していたわけではないことがわかった。 妻の介護で学んだことは何ですか?の問いに, A氏は「叱ったらダメ。当たらず触らず,デイ ケアへ」,B氏は「初めは少し怒り気味,でもそ れは絶対いかん(ダメ)」と答え,認知症から起 1.夫は,どのような思いで介護を引き受けたのか こる妻の失敗を責めてばかりいては,かえって介 本研究における2名の夫は,介護を続ける理由 護が大変になることを語った。 として,「妻へのお礼や恩返し」や「夫としての 一方,両氏ともに「葛藤」,「不安」などの思い 責務」などを挙げて,介護することすらも「運 命」であったかのように話し,さらには,介護を を抱きながら妻の介護を実行していた。「葛藤」 については「叱りたくなる理由」や「家事」,「身 体介護」をストレスであると認識し,A氏は「介 護で心の中は戦争です」,B氏は「妻でも痴呆の 介護はストレスです」と語った。また,「不安」 「仕事」と位置づけていた。 介護を引き受けた当初の思いを,A氏は「好 いて好かれた仲,かわいそうにという気持ち」, B氏は「(妻に)“私もうなんもできんもんね,助 けてよ,,と言われ悲痛だった」と語った。また, A氏は,「仕事と思えば腹も立たない,私が見る については,この介護がいつまで続けられるの か,そして,それを誰にバトンタッチすればいい のかといったことに‘悩んでいた。ストレスの対処 運命」と過酷な介護に折り合いをつけようとして として,デイケア中の自由な時間を余暇や家事に いるような語りをし,B氏は,「妻への介護は "特攻精神"」と,自分の身を捧げても戦い抜く強 使い,自宅では酒や自己流の気分転換方法を考え 実践していたが,「葛藤」や「不安」などが,「怒 い決意を述べていた。 りの発露」に直結する場合もあったと思われる。 両氏の介護は,①自分が介護をしたい,②自分 にも介護ができそうだ,③介護をすることは運 「叱ってはいけない」としている'21oこの指摘は 命,そして仕事だからする,という過程を経たも 何らかの障害を持った者を介護する者に共通して 認知症高齢者への接し方を説く専門書の多くが 精神科治療学第24巻第3号2009年3月 3 6 1 ( 9 1 ) 求められる姿ではあるが,現実的には知的に理解 できていても,感情的にはなかなか理解できない いる。過去の職業経験を生かし公的サービス機関 という点で,多くの困難を伴うのが一般的であろ あると考える。 うし,その泥離が如実に表出するのが認知症の介 護であるとも言えよう。渡辺M1は,さらに介護者 2つ目は,「意思決定力」である。両氏ともに 家長として,介護の決定権を行使できる立場を有 していた。山本i6'は,介護者が夫および息子の場 合は副介護者のいない方が,介護継続意思が強か ったと報告している。また,山本'51は,女性介護 者の場合,家庭内権力レベルが低く,どのくらい 介護をするのかを自己決定できないことが多いと の心理の変化の契機には,「怒りの発露」の後に 訪れる罪悪感の体験が,最終的に自我を成長させ ると述べている。渡辺の指摘に準拠すれば,両氏 ともに「怒りの発露」と「罪悪感の体験」を繰り 返しながら,「叱ったらダメ」ということを妻へ の介護体験から学んでいったのではないかと考え られる。その結果A氏は「'悟り」,B氏は「決意」 を胸に秘め,進行する妻の病状を認識しながらそ れでもなお「希望」を捨てずに,多くの働きかけ を上手に利用した,対象者の介護実践は合理的で 述べている。何事も自分で決め実行できること が,周囲との摩擦を少なくし,効率の良い長続き する介護を可能にしたと考えられる。 一般的に重度の要介護者を長期にわたり介護す ることは,介護ストレスが高く在宅破綻を招く危 を妻に施していったのではないかと思われる。特 にB氏に特徴的な語りではあったが,海の精霊 にお願いするなど,妻を励ましながら,「希望」 を絶やさず,自分の気持ちを高く保とうと努力し ているようにみえた。語りの中にあった「(精霊 割を決断した夫が,家長であることを生かし,意 に)すがる気持ち」がとても印象的であった。 志決定権を持ちながら,合理的に介護を実践して 険性が商い9'。しかしながら,今回の両氏におい ては,介護役割を担うことが少ない男性介護者に あって,妻との関係性や自身の生活歴から介護役 きたのではないかと思われる。 3.本研究における対象者が行う介護の特徴 「怒りの発露」と「罪悪感の体験」を繰り返し ながら,両氏が実践した介護の特徴を抽出すると すれば,以下の2点が挙げられるのではないかと 考える。 4.本研究から得た,夫介護者に対する支援のあり方 l)孤立の予防 一瀬61は,男性介護者の責任感の強さが,周囲 に対する積極的な支援要請の少なさの一要因にな 1つ目は「合理性」である。両氏ともにそれぞ っていると報告しており,ひとりで行う自由な介 れ,公的サービス機関(デイケアや訪問介護)を 割り切って使い,細々とした介護を要領よく実践 護は,周囲との摩擦を少なくできる半面,孤立し てしまう危険性を秘めていると考えた。また, していた。特にデイケアは,介護から長時間開放 HarrisI'は,母数が相対的に少ない男性介護者に される大切な時間であり,6時間あまりを余暇や 対して,同性の介護者と交流することが援助とし 家事にと有効に活用していた。拘束時間の長い認 て有効であると報告している。偶然にも両氏は, 知症介護において,通所系サービスの利用は在宅 同じ境遇の介護仲間として交流を深めていった。 介護の継続に影響を与える因子として複数の報告 特にA氏にとってB氏の助言は,その介護の継 がなされているL4ioTakanol'らは,24名の介護 続に好影響をもたらしていた。 者の介護負担感を性別で比較し,男性に比べ女性 今後は,他の介護者とも交流を図ったり,両氏 の方がより介護負担を経験していると報告してい の不安の中核であった他の家族(子ども)と今後 る。また,Corcoran2)は,介護者が夫の場合妻に の介護について相談し合える場の設定が必要であ 比べ,介護と余暇活動の両立が比較的良好であっ ると考える。 たと述べ,石川ら5)は,男性介護者は女‘性介護者 2)介護ストレスへの対応 よりも介護サポートを多く受け,情緒的消耗も少 和気'31は,スムーズな問題解決が困難で,介入 なく充実感に満ちて介護を行っていたと報告して 支援が要禰されるハイリスク層として,①男性介 362(92)桁神科治療学第24巻 第3号2009年3月 護者,②嫁,③若年介護者,④高齢介護者を挙 ることが予想されため,長期的な調査が必要であ げ,男性介護者支援について,感情的になること 抑圧していないか,趣味や社交を通じて,気晴ら ると考える。3)今回,質的研究手法を用い対象 者の語りを分析したが,分析に際し主観的操作が 加わり再現性や客観′性にやや問題が残る。今後 しを図る手立てをもっているかなどを留意点とし て挙げている。その点,両氏ともに,妻でも認知 考える。 を非とする男性役割に縛られ,感情を必要以上に 症の介護はストレスがあることを正直に訴え, 「怒りの発露」と「罪悪感の体験」を繰り返しな がらも,その上で,「叱ってはダメ」と教訓のよ うに語り,結果的に介護ストレスを可能な限り低 減させながら介護を継続してきたと言える。 その意味で,デイケアでは,「感情の抑圧」や 「気晴らしの手立て」に留意し,家族会や面接な どを利用しながら,注意深い見守りと定期的な介 入と支援が必要であると考える。 3)「希望」を絶やさない援助 両氏ともに妻のほんの些細な変化を「希望」と 捉えて,妻の介護を実践してきたことがわかっ た。現時点での妻は,重度の認知症でありながら も,夫を認識し頼りにしている。また,身体的に は独歩可能な状態であるため,ADLも全介助の レベルではない。しかし,この先,身体介護の介 助量が増すこと,妻が夫を認識できなくなること が大いに予想でき,その場合の夫の精神的動揺は 計り知れないと思われる。 われわれ作業療法士は,夫を情緒的に支えるた めに,デイケアを単なる預かりの場所で終わらせ るのではなく,些細ではあっても良い変化を注意 深く捉え,その一つひとつを家族に伝えていく必 要があろう。「希望」を絶やさないように,今後 起こる妻の病状の変化や対象者・家族の変化に対 応しなければならないし,彼らの心情をくみと り,認知症高齢者とその配偶者や家族にとって最 良の支援を提供して行くことが求められていると 考える。 は,客観的指標を併用し,分析する必要があると 文 献 l)赤認が美.岩森恵子.原田能之ほか:痴呆性高齢者の在宅介 護災期継続と介護中断に影評する因子の検討.日本地域府 護学会雄.4.76-82.2002. 2 ) C o r c o r a n , M 、 A 、 : G e n d e r d i f f e r e n c e s i n d e m e n t i a m a n a g c ‐ mentplan§ofspousalcaregivers:ImplicationsfOroccu‐ pationaltherapy、AmJ、OccupTher.、46:'006-1012. 1992. 3)藤本幹.八Ⅲ達夫.鎌倉矩子:戒症心身障害児を育てる両親 の育児観の分析と家族援助のあり方についての考察.作業 撫法.20;445-456.2001. 4 ) H a r r i s , P . B 、 : T h e m i s u n d e r s t o o d c a r e g i v e r ? A q u a l i t a t i v e studyofthemalecaregiverofAlzheimer‘sdiseasevic‐ t i m s , G e r o n t o l o g i s t , 3 3 ; 5 5 1 5 6 6 . 1 9 9 3 . 5)石川利江,井上都之,岸太一ほか:在宅介護者の介護状況. ソーシャルサポートおよび介護バーンアウト.健康心斑学 研究.16;43-53,2003. 6)一瀬蹴子:在宅痴呆高齢者に対する老老介護の実態とその 問題一向齢男性介護者の介護実態に満目して−.家政学研 究,48;28-37.2001. 7)健碓保険組合迎合会:痴呆性(ぼけ)老人を抱える家族全 国実態凋森報告番.東京.2000. 8)Pope、CandMays.N、(大滝純司監訳):質的研究実践ガ イド.医学嘗院,東京,p、18-19.2001. 9)杉原陽子.杉深秀博.中谷陽明ほか:在宅要介護老人の主介 護巷のストレスに対する介護期間の影響.日本公衛織, 45;32ト335,1998. 10)杉山孝博:介捜を必要とする老人を抱える家族の問題.杉 山孝博糊:痴呆性老人の地域ケア第1版医学脊院,東京. p、4俳49.1995. 1 1 ) T a k a n o , M , a n d A r a i 、 1 . 1 . : G e n d e r d i f Y e r e n c e a n d c a r e g i v ‐ e r s , b u r d e n i n e a r l y o n s e t A l z h e i m e r ・ s d i s e a s e P s y c h ひ g e r i a t r i c s 、 5 ; 7 3 7 7 . 2 0 0 5 . 12)職倉康夫.獄田亨:Q&A痴呆老人の理解とケア−何から始 めたらよいか−.南江堂,東京,p、88-89.2004. 13)和気純子:商齢者を介護する家族一エンパワーメン卜・ア プローチの展開にむけて−.川島書店.東京.p88-89.1998 14)渡辺俊之:介護者と家族の心のケアー介護家族カウンセリ ングの理論と実践一.金剛出版.東京,p,51-52,2005. 5.本研究の限界 l)研究対象が2例と少ないため,得られた内 容が他のケースに適用できるか否かは今後の検討 を要する。2)今回の調査は,長期間の介護のほ んの一時期にすぎない。認知症は進行疾患であ り,その時期においても介護の手間は日々変化す 15)山本則子:痴呆老人の家族介護に関する研究一娘および嫁 介護肴の人生における介護経験の意味.看護研究.28:7391.1995. 16)山本則子,石垣和子.回吉緑ほか:高齢者の家族における介 護の竹定的泌識と生活の質(QOL).生きがい感および介 護継続意思との関連:続柄別の検討.日本公衛謎.49;66ひ 671,2001.
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