新潟市民病院 医療事故調査特別委員会報告書 平成 26 年 12 月 19 日 医療事故調査特別委員会報告書 目次 第1 調査報告書の位置づけ・目的 … 1 第2 臨床経過の概要 … 1 第3 臨床経過に対する医学的評価 … 2 1 患者の病態と胃瘻造設の適応 2 胃瘻造設術のチーム体制,術式,手技について 3 胃瘻造設から再転院までの経過と対応について 4 転院後の経過と対応について 5 新潟市民病院救急搬送後の対応について 6 死亡時の対応,警察への報告について 7 医療過誤と死亡との関連 第4 医療過誤の発生要因 … 5 1 外科的胃瘻造設術の手術手技 2 医療専門職としての責務とチーム医療 3 病院間の連携,情報提供 第5 再発防止策と改善策の提案 … 6 1 外科的基本手技の点検と標準化 2 当院における胃瘻造設の術式 3 手術室業務の見直し (1) 教育体制の見直し (2) 胃瘻造設手術器械セット,ピッキングリスト,手術介助手順の作成 (3) 手術看護記録記載の取り決め 4 医療安全管理対策委員会の取り組み 5 チーム医療におけるコミュニケ―ション能力の向上 6 病院間の連携と情報提供の改善 7 医療材料,医療機器の添付文書を確認するためのシステムの工夫 第6 医療事故調査特別委員会の構成及び調査・評価の経過 1 委員名簿 2 委員会開催日 3 調査・評価方法 … 8 第1 調査報告書の位置づけ・目的 この報告書は,新潟市民病院で外科的に造設した胃瘻カテーテルが逸脱し,穿孔性腹膜 炎で死亡した事例について,その診療内容を評価するために設置された医療事故調査特別 委員会(以下「委員会」という)の調査結果をとりまとめたものである。 本事例では,胃瘻カテーテル固定のためのバルーンに本来滅菌蒸留水5ミリリットル入 れるべきところ,誤って空気10ミリリットルを入れたという過誤が確認されており,調査 ・検討を行う端緒となっている。本委員会は第三者を交えて診療内容を詳細に検討し,過 誤と死亡との関連,医療事故発生の要因を分析し,同様の事例の再発防止のための改善策 を提言する。 第2 臨床経過の概要 患者は 70 歳代の男性。平成 25 年に交通事故による多発外傷後深部静脈血栓症を合併し, 抗凝固療法中であった。 平成 26 年,左視床出血のため新潟市民病院に入院し,リハビリを目的に A 病院に転院 した。経鼻胃管栄養が施行されていたが,嚥下機能障害の長期化が予想され,胃瘻造設の 方針となった。A 病院で経皮内視鏡的胃瘻造設が困難と判断され,新潟市民病院に外科的 胃瘻造設が依頼された。 同年 8 月某日,胃瘻交換用カテーテル(ゼロフラット)を使用して,Stamm 法と呼ば れる垂直胃瘻造設術が施行された。胃瘻造設翌日から経管栄養食の注入を開始,術後 4 日 目に 38.0℃の発熱があったが,検査所見に異常はなく翌日には解熱傾向となったため,予 定通り A 病院に転院した。 A 病院への転院時に発熱はなく,検査所見でも炎症所見は軽微であった。 胃瘻造設 8 日後,午後 9 時に眠前薬注入時には胃瘻カテーテルの抜けはなかった。胃瘻 造設 9 日後の午前 4 時 30 分にいびき様呼吸,全身発汗,意識レベルの低下があり,直ち に酸素投与,採血,補液,CT 撮影が行われた。CT で腹腔内気腫と腹水を認め,胃瘻カ テーテルは皮下から体表に存在し,穿孔性腹膜炎と診断された。同日午前 6 時に胃瘻部を 確認すると胃瘻カテーテルが抜けており,バルーンがしぼんでいた。 敗血症性ショックの診断で新潟市民病院に救急搬送されたものの,極めて重篤なショッ ク状態で手術は困難と判断され,輸液管理,抗菌薬投与などに反応せず,同日午後 0 時 28 分に死亡された。 外科的胃瘻造設術から 9 日後の腹膜炎による死亡で,胃瘻カテーテルが抜けていた原因 が不明であることから,外因死が否定できず,救急科医師は家族の同意を得て所轄の警察 署に届け出た。 その後,新潟市民病院での胃瘻造設術の検証の過程で,胃瘻カテーテル固定のためのバ ルーンに本来滅菌蒸留水を入れるべきところ,空気を入れたことが判明し,カテーテルが 逸脱したことに関与したと判断された。 1 第3 1 臨床経過に対する医学的評価 患者の病態と胃瘻造設の適応 平成 26 年の左視床出血の後遺症として嚥下障害,意識レベルの変動有り。転院後は 食事摂取量が減少し,経鼻胃管栄養が併用されていた。嚥下機能障害の長期化が予想さ れるため,家族と相談の上,胃瘻造設が決定された。経皮内視鏡的胃瘻造設(PEG)を 試みたが,胃の位置が胸郭内へ上昇しており,適切な位置での穿刺ができないため,外 科的胃瘻造設術が選択されたのは適正と判断される。 2 胃瘻造設術のチーム体制,術式,手技について 手術チームは,術者(医師 A, 卒後 10 年未満),助手(医師 B, 卒後 20 年以上),器 械出し看護師, 外回り看護師, 外回り補助看護師,麻酔医 2 名の7名体制であった。 以下の記載は,手術記録および手術関係者からの聞き取り調査によるものである。 胃瘻造設術は全身麻酔下で,Stamm 法と呼ばれる,垂直胃瘻造設術が選択された。 新潟市民病院では内視鏡的胃瘻造設術(PEG)や腸瘻造設術に比較して外科的胃瘻造設 術の件数は少ない(平成 25 年 8 月から平成 26 年 7 月までの 1 年間で 8 件)。本術式 の手術器械セット,ピッキングリスト,手術介助手順はなく,腸瘻造設の手術器械セッ ト,ピッキングリスト,手術介助手順を使用していた。また,術者の医師 A には初めて の術式であった。 胃瘻造設術には,腸瘻造設器械セットと腸瘻用にピッキングされた単品,医師Aが内 視鏡室より調達した胃瘻交換用カテーテル(ゼロフラット)20Fr を使用した。 器械出し看護師は,胃瘻造設術介助の経験がなかった。外回り看護師にとっても初め ての術式であったが,事前に外回り補助看護師からバルーンは滅菌蒸留水で固定すると 聞き,滅菌蒸留水を準備していた。しかし,あらかじめ器械出し看護師に渡していなか った。固定用バルーンを拡張する段階で器械出し看護師は,蒸留水を充填されていない 空の注射用の 20 ミリリットルシリンジを外回り看護師から受け取り,そのまま医師 A に渡した。医師 A はこのシリンジを用いて空気 10 ミリリットルでバルーンを拡張し, 2 重巾着縫合を結紮してカテーテルと胃壁を固定したものの,胃壁と壁側腹膜の縫合固 定はしなかった。 手術終了後,外回り看護師は「固定は蒸留水でなくてエアーで良かったですか。固定 は何センチですか」と医師 A に確認した。医師 A は「カフ 10 ミリリットル,3~4 セン チで固定」と答えているが,後日の聞き取りでは看護師の問いかけを覚えておらず,空 気でも蒸留水でもよいと認識していた。医師 B は,医師 A が空気でバルーンを拡張し たことに気付かなかった。 患者(家族)に渡すカードに『滅菌蒸留水量: ml』と印刷されているが,外回り看 護師は滅菌蒸留水を二重線で消し『カフ 10ml』と記載した。また,外回り看護師は看 護記録にも『カフ 10ml』と記載し,病棟看護師に「いつもは蒸留水で固定しているよ うですが,今回は空気で固定しています」と申し送ったが,この点について質問はなか った。その後も『カフ 10ml』の記載について疑念を口にする看護師はいなかった。関 2 係した誰もが,本来蒸留水で固定するべきバルーンに空気を入れた場合,短時間で縮小 することを知らず,カテーテル逸脱の危険を認識していなかった。 なお,本カテーテルの添付文書の【使用上の注意】<重要な基本的注意>⑧に『バル ーン拡張には造影剤や空気を使用しないこと。』『空気を使用した場合,短時間で脱気 してバルーンが収縮する恐れがある。』と記載されているが,関与したスタッフがこの 添付文書を確認する機会はなかった。 Stamm 法では,巾着縫合が緩むと胃液が腹腔内にもれて重篤な腹膜炎になる危険が あり,これを防ぐために胃壁と壁側腹膜との間を縫合固定することを基本とする。しか し,当院でゼロフラットを使用する場合,バルーンで胃壁と壁側腹膜が固定されるため,縫 合固定を省略する事例が過去にもあった。今回も医師 A は医師 B から胃壁と壁側腹膜と の縫合固定は不要であると指導された。胃壁と壁側腹膜が縫合固定されていれば,胃瘻 カテーテルが抜けてしまっても,腹腔内に胃内容物が漏れて穿孔性腹膜炎が起こる危険 は回避できた可能性がある。 3 胃瘻造設から再転院までの経過と対応について 胃瘻造設部に問題は見られず,造設翌日の午後 2 時から経管栄養食が滴下で注入開始 された。注入後腹痛の訴えや嘔吐は見られていない。痰がらみがあり,頻回に吸引が必 要であったが発熱はなかった。 胃瘻造設 4 日後に 38℃の発熱があり,誤嚥性肺炎や尿路感染症の疑いで採血,検尿, 胸部レントゲン撮影が行われた。白血球増加や膿尿はなく,胸部レントゲンにも異常は なく,翌日には解熱傾向となったため,外科的手術後に一過性に認められる発熱反応と 解釈され,予定通り転院となった。 家族は発熱に対し,不安を感じていたが発熱の原因や検査結果について医師からの説 明がなく,不安に思いながらの転院となった。転院まで胃瘻からの栄養注入にトラブル はなく,この時点では腹腔内への明らかな漏れはなかったものと推定されるが,家族の 不安を解消するための病状説明が必要であったと考えられる。 なお,転院時の看護要約には『胃瘻:ゼロフラット 3cm 固定,カフ 10ml 注入』と記 載されており,バルーン内に蒸留水ではなく,空気が注入されていることは伝えられな かった。カフというあいまいな表現で情報提供されたため,転院先でもカテーテルの逸 脱に対する危険性は認識されず,カテーテルの取り扱いにも特別の注意は払われなかっ た。 4 転院後の経過と対応について 転院時に発熱はなく,血液検査でも白血球の増加はなかった。炎症所見も極めて軽度 で,明らかな誤嚥性肺炎や腹膜炎の発症はなかったと判断される。 A 病院では胃瘻部の観察を適宜行い皮膚の状態に合わせた固定法の工夫を行っており, 胃瘻カテーテルの管理に問題はなかったと判断される。 胃瘻造設 8 日後,午後 9 時に眠前薬を注入した時には胃瘻カテーテルの抜けはなかっ たが,この前後から痰が増量し,呼吸促迫,発汗が認められている。翌日の午前 0 時こ 3 ろから酸素飽和度の低下があり,吸引で回復する状態であったが,午前 4 時 30 分にい びき様呼吸,全身発汗,意識レベルの低下を認め,医師診察依頼となった。直ちに酸素 投与,採血,補液,昇圧剤,CT 撮影が実施された。高度の白血球増加,CRP の上昇が あり,午前 5 時 13 分に撮影された全身 CT では,腹腔内気腫と腹水を認め,すでに穿 孔性腹膜炎の所見であった。胃瘻カテーテルは皮下から体表に存在し,胃腔内から抜け ており,午前 6 時に体外に完全に抜けているのが発見された。 腹部 CT では,胃内に液体と空気が貯留しており,胃瘻カテーテルが胃腔内から抜け たのは胃瘻造設 8 日後の夕食の注入以後と考えられる。午後 9 時前後から病態が悪化し たと考えられるが,意識障害や失語症のある患者で腹膜炎を予測し,急変の前に医師に 連絡することは難しい状況であったと判断される。なお,痰の増量や呼吸促迫を認めた が,胸部 CT では誤嚥性肺炎など,肺の異常は認められなかった。 胃瘻造設 9 日後の午前 4 時 30 分の急変以降の対応は迅速であり,穿孔性腹膜炎,敗 血症性ショックの診断で,家人に説明し,救命のため新潟市民病院に救急搬送したのは 適切な判断であったと考えられる。 5 新潟市民病院救急搬送後の対応について 救急外来に搬送時は極めて重篤な状態で,手術しなければ救命困難であるが,全身状 態が手術に耐えられないこと,輸液管理,抗菌薬治療に反応して手術に耐えうる状態ま で回復した段階で,再度家族と相談し手術するか否か判断するという方針は適正であっ たと考えられる。また,その後の治療内容や家族への対応も適切であったと考える。 6 死亡時の対応,警察への報告について 死亡された時点では,外科的胃瘻造設術から日が浅く,腹膜炎による死亡であること から,手術と死亡との間に何らかの関連があることが推測された。その時点では,救急 科医師は,本例は短期間に多発外傷,脳出血などの重篤な病態を経た後,食事量が低下 してきていたための胃瘻造設であった経緯から,全身状態不良による縫合不全のような 病態を第一に考えていた。この病態であれば内因死の範疇に入ると考えることも出来る。 しかし,前医で胃瘻カテーテルが抜けた状態で発見されたことから,外因死の可能性も 否定できなかった。外因死であれば,医師は死亡確認後 24 時間以内に警察に届け出る 義務を負うと解釈するのが一般的である。ご家族も「胃瘻カテーテルがなぜ抜けていた のか」との疑問を何回か口にされていた。そのため,ご家族に上記の判断をそのまま説 明した上で,所轄の江南警察書に届け出たのは適正な判断であった。 検視に立ち会った救急科医師は,胃瘻カテーテルのバルーンがなぜしぼんでいたかは 不明であること,全体的には全身状態不良による縫合不全のような病態が考えられるこ とを警察に説明した。検視終了後,ご家族に病理解剖の希望について尋ねたが,希望さ れないとのお返事であった。 その後,新潟市民病院での胃瘻造設術の検証の過程で,胃瘻カテーテルのバルーンに, 本来は滅菌蒸留水を入れるべきところに空気を入れていたことが判明し,バルーンがし ぼんでいたことに関与したと判断され,9 月 9 日にご家族に上記を説明した。 4 9 月 11 日,救急科医師から江南警察署に,バルーンの使用法に誤りがあり,バルー ンがしぼんだことに関与した可能性があることを電話で報告した。 7 医療過誤と死亡との関連 胃瘻造設術の Stamm 法では,胃液が漏れて重篤な腹膜炎になることを防ぐために胃 壁と壁側腹膜との間を縫合固定することが基本とされている。当院では,ゼロフラット を使用する場合,縫合固定を省略する事例が過去にもあったが,これまでカテーテルの逸 脱による穿孔性腹膜炎の事例はなかった。少なくとも今回関わったスタッフは,その危 険性を認識していなかった。 本事例では,胃瘻カテーテルのバルーンを滅菌蒸留水ではなく空気で拡張したという 過誤が認められたが,胃壁と壁側腹膜を縫合固定していれば,胃瘻カテーテルの逸脱に よる重篤な穿孔性腹膜炎を回避できた可能性がある。また,空気ではなく,蒸留水でバ ルーンを拡張していれば,今回ほど早期のカテーテルの逸脱は起こらなかったと予想さ れる。 本事例では,胃壁と壁側腹膜の縫合固定を省略した手術方法と,空気で拡張したバル ーンが収縮しカテーテルが逸脱した,という 2 つの要因が重なり重篤な穿孔性腹膜炎か ら死亡に至ったと判断される。 第4 1 医療過誤の発生要因 外科的胃瘻造設術の手術手技 Stamm 法では胃壁と壁側腹膜の縫合固定が基本とされているが,当院ではゼロフラッ トを使用した場合,バルーンで胃壁と壁側腹膜が固定されるため縫合固定は不要と判断し省 略する事例が過去にもあった。これまで幸いカテーテル逸脱による腹膜炎の発症事例が なかったことから,その危険性は認識されなかった。また他のチームの医師が,胃壁と 壁側腹膜の縫合固定を省略している医師がいることに気づく機会がなかった。 外科手術は高度の専門性があり,消化器外科の中でも臓器別に 3 チーム(上部消化管, 下部消化管,肝胆膵)に分かれて手術を行うため,他のチームの詳細な術式まで把握す るのは困難な状況にある。また,術式細部については外科医個人の判断に依存すること も多いのが現実である。 2 医療専門職としての責務とチーム医療 新潟市民病院では,外科的胃瘻造設術の件数が少なく,患者の病態や胃瘻造設の目的 によって,術式や使用カテーテルが異なるため,胃瘻造設の手術セット・手術介助手順 はなく,腸瘻造設の手術セット・手術介助手順を使用していた。 医師 A にとって Stamm 法による外科的胃瘻造設術は初めての手術であり,器械出し 看護師も外回り看護師も胃瘻造設術介助の経験がなかった。事前に外回り看護師にはバ ルーン拡張には滅菌蒸留水を使用することが指導され,滅菌蒸留水を準備しながら,器 械出し看護師に伝達せず,器械出し看護師は空のシリンジを術者に渡した。医師 B は, 空気でバルーン固定した医師 A の誤りに気付かなかった。また,外回り看護師は術後 5 「蒸留水ではなく,空気でよいのですか」と確認はしたものの,再度誤りを指摘するだ けの確実な知識がなく,カードの『滅菌蒸留水』を二重線で消し,『カフ 10ml』と記 載した。その後,手術室から病棟看護師に,今回は蒸留水ではなく空気で固定している との情報が伝えられたが,その危険性が認識されることがなかった。 本事例では術者,助手,複数の看護師がかかわり,かつ複数のスタッフがバルーンに は滅菌蒸留水を入れるべきことを知っていながら,バルーンに空気を入れてしまうとい う過誤を防止することができなかった。チーム医療に不可欠な専門職としての責任感と 知識の不足,互いに連携・補完するためのコミュニケーションの不足があったと考えら れる。 3 病院間の連携,情報提供 他院から胃瘻造設を依頼される場合の多くは,経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)であり, 初回造設時はゼロフラットではなく,胃壁と腹壁をバンパーで固定するバンパー型カテ ーテルを使用する。本事例のように,外科的胃瘻造設術を施行されて数日後に他院に転 院する患者は少なく,A 病院でも経験は少なかったと考えられる。 本事例では胃瘻造設を行った当院から転院先の A 病院への情報提供は,消化器外科医 からの診療情報提供書と看護要約の記載で行われた。胃瘻造設に関する情報は,看護要 約の『胃瘻:ゼロフラット 3cm 固定,カフ 10ml 注入』の記載のみであり,術式の説 明や PEG 時とは異なる胃瘻カテーテルの管理上の注意などは特段なされていない。 『カフ 10ml』の内容が不明のまま,A 病院が通常の PEG 後のカテーテル管理と同様に 対応したのは当然である。 第5 1 再発防止策と改善策の提案 外科的基本手技の点検と標準化 外科手術においては,手術適応,患者の病態に合わせた最適の術式選択などについて 術前検討を行うのは当然であるが,術後検討会は開催されていなかった。本事例を契機 に,消化器外科全医師が参加する術後検討会を開催し,施行した手術について臓器別チ ームの枠を超えて評価・点検を行っている。臓器別細分化が進み,専門性が高く詳細な 術式まですべて評価することは困難な面があるが,安全な外科基本手技といった共通項 目に関しては,全医師が共通の認識を持ち,確認を行う。 2 当院における胃瘻造設の術式 患者の病態や目的により,Witzel 法または Stamm 法を選択し,胃内に留置するカ テーテルと胃壁を縫合固定する。 使用するカテーテルの種類に関わらず,必ず,胃壁と壁側腹膜との間を数針縫合固 定する。 体外でもカテーテルと皮膚を縫合固定する。 6 3 手術室業務の見直し (1) 教育体制の見直し 手術室に配置された看護師は「手術室教育計画」に沿って指導される。看護師が初 めての術式に望む場合,器械出し,外回りのいずれも,基本的には指導的看護師とと もに介助を行なうことになっている。しかし,全ての術式で網羅する事はできないた め,今後は介助経験のない術式の場合には,経験者からの事前指導を確実に行う。 (2) 胃瘻造設手術器械セット,ピッキングリスト,手術介助手順の作成 市民病院は外科的胃瘻造設の件数が少なく,これまで腸瘻造設術の器械セット,ピ ッキングリスト,手術介助手順を使用していた。しかし,本例を経験したことを踏ま え,できるだけ細かい術式別の器械セット,ピッキングリスト,手術介助手順を作成 する。 (3) 手術看護記録記載の取り決め 手術室看護業務基準−47 記録の取り決め中「術中特記事項」−ライン情報− に,胃瘻カテーテルに関する項目を入れ,誰もが同じ記載をする。 4 医療安全管理対策委員会の取り組み 手術時には,WHO「手術安全チェックリスト」に基づいて,皮膚切開前に看護師, 麻酔科医,外科医で,患者の確認,手術法・患者に特有な問題・器材問題などについて 打ち合わせ(ブリーフィング)を行う。また,手術室退室前に,術式名,器具・ガーゼ ・針のカウント完了,対処すべき器材問題,患者の回復と管理についての問題点の確認 (デブリーフィング)を行う。 5 チーム医療におけるコミュニケ―ション能力の向上 チーム医療では,多職種の医療スタッフが,高い専門性をもってそれぞれの役割を果 たすとともに,目的と情報を共有し互いに連携・補完しあって,患者の状況に対応した 的確で質の高い医療を提供する。そのためには,各医療スタッフが,異常やエラーに気 づく知識や観察力,気づきを周囲に的確に確実に発信し,発信された情報をしっかり受 け止め対応する組織的なコミュニケーション能力の向上が求められる。 このようなチームワークを高めて医療の質と安全性の向上をはかるための研修会を組 織的・計画的に継続し,実践力をつけるためのトレーニングを行う。 6 病院間の連携と情報提供の改善 外科的胃瘻造設後間もない患者のカテーテル管理は,転院先の施設にとって経験が乏 しく,PEG 造設時とは別のカテーテル管理が必要である。胃瘻作成施設から転院先に 対して,胃瘻造設術式に即した取扱い上の注意,カテーテル交換の時期と方法などにつ いて詳細な説明や情報提供を行う。 7 7 医療材料,医療機器の添付文書を確認するためのシステムの工夫 現在医療材料の多くは,物流管理業者により各部署に適数配置され,包装単位で添付 されている添付文書を現場で確認することが困難な状況になっている。当院採用の医療 材料の添付文書を現場で必要時に電子カルテで参照できるシステムの構築を行う。 第6 1 医療事故調査特別委員会の構成及び調査・評価の経過 委員名簿 区分 役職 氏名 院内委員(委員長) 医療事故担当副院長 髙井和江 院内委員 医療管理部長 塚田弘樹 院内委員 医療安全管理室長 内藤厚子 院内委員 管理課長 竹内勝美 院内委員 救命救急センター長 廣瀬保夫 院外委員(専門医師) 国立大学法人新潟大学消化器・一般外科 小杉伸一 講師 院外委員(弁護士) 国立大学法人新潟大学大学院実務法学研 櫻井香子 究科准教授 弁護士法人バンビル法律事務所弁護士 院外委員(有識者) 2 学校法人新潟青陵学園 監事 大掛幸子 委員会開催日 第 1 回 平成 26 年 11 月 7 日 第 2 回 平成 26 年 12 月 11 日 3 調査・評価方法 本例の診療記録(新潟市民病院,A 病院の入院診療録,レントゲンフィルム等)と事 実経過を経時的にまとめた予備資料,胃瘻カテーテルの添付文書を基にして,手術経過 ・診療経過を詳細に検討し,過誤発生の要因を検討した。また事実関係の確認や補足説 明のため,委員会に参考人として当該診療科医師の出席を求めた。 8
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