「カラオケ?」 一瞬、返答に窮した。 「知ってる店があるから、いこう!」すでに彼は、夜の新宿を足早に歩きはじめていた。 ぼくはカラオケがうたえない。しかし、友人たちがかわるがわるうたってくれるのをきくのは大好 きである。 日頃は無口な、ごく控えめな男がマイクをもった途端に「津軽海峡冬景色」を絶唱するのをきいて、 あまりに見事なうたいぶりに言葉を失ったこともあった。その人の普段は見せない、もうひとつの人 柄をぽろっとかいま見せてくれるのがカラオケである。 いきなり、ぼくをカラオケに誘って驚かせたのはクラリネットの名手リチャード・ストルツマンで ある。ストルツマンはモーツァルトやブラームスの五重奏曲をはじめとして、武満等の現代の作曲家 の作品、あるいはジャズ・ミュージシャンと共演しての映画音楽やブラジルの音楽といったように、 さまざまなタイプの音楽を録音して素敵なCDを数多く残している。そのストルツマンがカラオケ好 きとは、不覚にも、ぼくはそのときまで知らなかった。 「英語の歌の多い店がなかなかないんだよ」などと、ストルツマンはカラオケ通を思わせることば を呟きつつ、目的の店にいそいでいた。そこで、ぼくは、なにもカラオケ・ボックスでなくてもいい でしょうと、提案してみた。専属のピアノ弾きをおいている、いわゆるピアノ・バーのような店にい けば、英語の歌も自由に選べるにちがいなく、ストルツマンがうたいたい歌をうたえると考えてのこ とだった。 しかし、彼はぼくの提案に難色をしめし、同意しなかった。その反応から推測すると、ストルツマ ンはテレビ画面にうつしだされる歌詞の色が順々に変わっていくのを見ながらうたいたがっているよ うに思われた。 考えてみれば、彼がピアノでうたうことに乗り気でない理由も、まんざらわからなくはなかった。 ピアノ伴奏でうたうとなれば、彼が日ごろ演奏家としてクラリネットでやっていることとさして変わ らず、楽しめないのかもしれなかった。 ストルツマンはなれた手つきで「A列車で行こう」とか「雨にうたえば」といった英語でうたえる 歌を選んで、歌詞カード片手に、いくぶん甲高いテノールでうたいつづけた。クラリネットを吹いて、 なんとも味わい細やかな、胸にしみる演奏をきかせてくれるのがストルツマンである。そのストルツ マンでさえ、ひとたびカラオケのマイクをにぎれば、そのただよわす雰囲気は、どこにでもいる、た だの酔っぱらいのおやじとなんら変わるところなかった。 「A列車で行こう」の間奏で巧みにうたってみせたスキャットなどはさすがに堂にいったもので、 目を丸くしてきき入るききてを大いに喜ばせた。ストルツマンが酒で顔を赤くしてカラオケで熱唱し て見せてくれた愛すべき酔狂からこぼれ落ちたもうひとつの人柄もまた、チャーミングきわまりなか った。 *日本経済新聞
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