賃金交渉が一般訓練への投資に与える影響

賃金交渉が一般訓練への投資に与える影響
The Effect of Wage Bargaining on Investment of General Training
制度設計理論プログラム
Economics Program
07M43301
李
仙
Li Xian
指導教員
金子
Adviser
Akihiko Kaneko
昭彦
ABSTRACT
We develop a wage bargaining model based on Acemoglu and Pischke (1999) and examine the effect of the wage
bargaining on investment of general training. When the worker who finished training at the current firm had an
offer of alternative work from the poaching firm, the worker can do the wage
bargaining with current firm. In
this paper, we show how the negotiation wages with the current firm or the poaching firm is determined. And we
analyze the influence of the workers’ bargaining power on the current employer investment for general training.
We have the following results: First, the firm doesn’t necessarily invest in general training. When the firm had low
productivity, they do not investments in general training. Second, the trained worker has high bargaining power
and high outside option, and it is different from the result of Acemoglu and Pischke (1999).
1.はじめに
は外部賃金に交渉力によって得られる分を加えたものである。
1.1
労働者は転職すると賃金が低くなるし、これを前提にして企
研究の背景
人的資本理論には、労働者が習得するスキルによって一般
業は必ず一般訓練へ投資するようになっている。
訓練モデルと企業特殊訓練モデルがある。一般訓練によって
Cahuc, Postel-Vinay, and Robin (2006)では、就業者に引き抜
獲得した技能はどの企業でも通用するが、一方、企業特殊訓
き企業から代替的な仕事のオファーがあった場合、現雇用主
練による技能は雇用関係が解消するとともに失われる。完全
或いは引き抜き企業と賃金交渉を行うことに関して分析して
労働市場では労働者の生産性の上昇に応じた賃金が支払われ
いる。
ることになり、一般訓練モデルにおいて労働者の訓練費用は
1.3
研究の目的
企業が負担することはない。なぜなら、もし企業が労働者の
本研究では Acemoglu and Pischke (1999)のジョブサーチモ
訓練費用を負担したとしても、労働者はその高まった生産性
デルに基づき、企業が費用を負担する一般訓練モデルについ
を他の企業でも活用することができるため、転職されると訓
て考える。訓練を終えた労働者は転職しても賃金が高くなる
練への投資分が戻ってこないからである。
ことについて考察したいと考えて、現企業以外に引き抜き企
ところが、労働市場が不完全である場合、一般訓練に対し
業が存在し就業者に代替的な仕事のオファーがあって、現雇
て企業が費用を負担する可能性もあるということに関して
用主と賃金の交渉を行うことができる場合、現企業或いは引
Acemoglu and Pischke (1999)は 論 じて いる。 Acemoglu and
き抜き企業との交渉賃金はどうなるか、従って企業はどのよ
Pischke (1999)の中でのジョブサーチモデルでは、労働者が転
うな一般訓練への投資行動を取るかを分析する。
職するには移動コストが掛かり、これは労働者のスキルに依
2.
存して熟練労働者ほど移動コストがかかるし転職すると賃金
2.1
モデル
モデルの設定
が低くなる。そこで賃金は企業と労働者の2人の交渉で決め
労働市場には労働者、現企業と引き抜き企業がいて皆リス
られるが、支払われる賃金は労働生産性より低くなり企業に
ク中立的とする。労働者は現企業で就業しているか、オンザ
は一般訓練へ投資をする可能性がある。しかし、Booth and
ジョブサーチつまり転職活動をするかのいずれかとする。一
Bryan (2005)では BHPS(British Household Panel Survey)デー
方で、企業は労働者を雇用して生産活動を行っている状態か、
タを使って実証分析をした結果、一般訓練においても企業が
もしくは欠員を補充しようと労働者を探している状態のいず
費用を負担するし労働者は転職すると賃金が高くなることを
れかとする。
明らかにした。
1.2
既存研究
Acemoglu and Pischke (1999)では、不完全な労働市場で賃金
は企業と労働者の2人交渉によって決まり、交渉による賃金
現企業は1期目で自らの費用で労働者に一般訓練(訓練)
をさせる。そして2期目で引き抜き企業が現れて、労働者は
訓練を受けた現企業或いは引き抜き企業と賃金の交渉を行う。
2.2
企業の訓練投資行動と賃金交渉
まずは、企業と労働者の割引現在価値を求める。企業側か
ら始めると、スキル τ を持つ就業者とマッチを形成して生産
活動をしている企業の割引現在価値 V filled (τ ) は以下のように
得られる。
rV filled (τ ) = f int (τ ) − ω int (τ ) + q1 (Vunfilled − V filled (τ ))
(1)
(1 − β ) r
′ (τˆ )] = c ′(τˆ ) (5)
[ f int ' (τˆ ) − ω ext
(1 − β )( r + q 1 ) + β ( r + q 1 + q 2 )
になる。企業は1期目に(5)式を満たすような訓練水準を選
択する。
2.3 2 期目の労働者の行動
生産性 ε ( = ε (τ )) の労働者が生産性 p の企業で就業して、
労働者による企業の限界生産性は f int (τ ) であり、企業が
到来率 λ で外部の引き抜き企業から代替的な仕事のオファー
就業者に賃金 ωint (τ ) を支払う。 r は割引率で、 V unfilled は求人
があった場合、このオファーを威嚇点として現在の雇用主に
企業が欠員状態での割引現在価値とする。 q 1 の確率で雇用関
対して賃金の再交渉を要求する。その時の交渉賃金は ω で
係が解消されて企業が求人状態に戻り、 q1 (Vunfilled − V filled (τ ))
あって、賃金 ω を受け取る労働者の価値は V ( ε , ω , p ) で、
の企業のキャピタルロスが生じる。
次のベルマン方程式を満たす。
同様に、欠員状態での求人企業の割引現在価値 V unfilled は次の
[r + λF ( p0 )]V (ε , ω, p) = ω + λ ∫ [(1− β )V (ε , εx, x) +βV (ε , εp, p)]dF(x)
ようになる。
p
+ λ∫
pmax
p
rV unfilled = p f (V filled (τ ) − V unfilled )
(2)
(6)
p0
[(1− β )V (ε , εp, p) + βV (ε , εx, x)]dF(x)
F (= 1 − F ) は生産性の累積密度関数を表し、確率
ここで、 p f は求職者と出会い欠員補充を成功させる確率であ
λ F ( p 0 ) で p0 以上の企業と出会って現雇用関係が破壊され
る。
る。
引き続き労働者側について考える。労働者は現企業(訓練
Cahuc, Postel-Vinay, and Robin (2006)では3人交渉の場合、
企業)で働き続くか他企業(引き抜き企業)へ転職するかい
労働者は現企業と引き抜き企業それぞれと賃金交渉を行うこ
ずれをとる。働き続く場合と転職した場合の割引現在価値は
とに関して分析した。その中から、労働者の行動を表すベル
以下のようになる。
マン方程式から交渉賃金を誘導する方法を引用して、(6)式
rV int (τ ) = ω int (τ ) + q 1 (V ext (τ ) − V int (τ ))
(3)
rV ext (τ ) = ω ext (τ ) + q 2 (V int (τ ) − V ext (τ )) (4)
次は、賃金決定について説 明する。ここ では後ろ向き
(backward)に解くことで、まずは 2 期目において労働者が
もらえる交渉賃金を誘導して、その後 1 期目での企業の訓練
から現企業の生産性が引き抜き企業より大きい場合と低い場
合の交渉賃金を得ることができる。
・ p int > p ext の場合
ωint (ε (τ ), pext , pint ) = ε (τ )[ pext + β ( pint − pext )
p int
(7)
F ( x)
dx ]
r + λβ F ( x )
への投資行動を見る。賃金はナッシュ交渉(Nash bargaining)
− (1 − β ) 2 λ ∫
に従って決定される。従って、労働者が2期目において現企
ω ext (ε (τ ), pint , pext ) = ε (τ )[ pint + β ( pext − pint )
業でもらえる賃金 ω int (τ ) は次の最適問題を満たす。
− β (1 − β )λ ∫
ω int (τ ) = arg max[ V int (τ ) − V ext (τ )] β [V filled (τ ) − V unfilled ] 1 − β
この式の一階条件は
ωint (τ ) =
1
[β (r + q1 + q2 ) fint (τ )
(1 − β )(r + q1 ) + β (r + q1 + q2 )
+ (1 − β )(r + q1 )ωext − rβ (r + q1 + q2 )Vunfilled ]
p int
p ext
(8)
F ( x)
dx ]
r + λβ F ( x )
・ p int < p ext の場合
ωint (ε (τ ), pext , pint ) = ε (τ )[ pext + β ( pint − pext )
− β (1 − β )λ ∫
F ( x)
dx ]
r + λβ F ( x )
p ext
p int
ω ext (ε (τ ), p int , p ext ) = ε (τ )[ p int + β ( p ext − p int )
− (1 − β ) λ ∫
2
に な る 。 賃 金 ω int (τ ) は 労 働 者 の 交 渉 力 β や 外 部 賃 金
p ext
pext
pint
F ( x)
dx]
r + λβF ( x)
(9)
(10)
ω ext (τ ) によって表され、外部賃金の上昇と交渉力の上昇によ
ここで労働者の賃金は現在雇用されている企業の生産性とオ
って賃金 ω int (τ ) は高くなることが分かる。
ファーを出した引き抜き企業の生産性にも依存することが分
そして企業は以下の式を満たすように訓練水準を決まって投
かる。
資をする。
3.分析
Max τ rV filled (τ ) − c (τ )
これの一階条件は
3.1
賃金への影響
ここでは交渉が行われることによって賃金がどのようにな
るかを考察する。先ずは2人交渉つまり現企業と労働者2つ
の経済主体が交渉を行う場合の交渉賃金と引き抜き企業を加
えて3人の交渉になった場合の交渉賃金を比較してみる。
Acemoglu and Pischke (1999)では2人交渉による交渉賃金が
(β ∈ [
1
労働者は転職すると賃金が高くなる。
,1 ])
2
分析の結果、現企業の生産性水準と労働者の交渉力によっ
て転職賃金が高くなることも低くなることも可能になってい
る。本研究と違って Acemoglu and Pischke (1999)では、転
次のようになることを示している。
ω int ( ε (τ )) = ε (τ )[ p ext + β ( p int − p ext )]
(11)
これは訓練を終えた労働者が現企業に留まって交渉を行う結
果次期にもらえる賃金を表す。
(11)式と(7)式或いは(9)
職すると賃金が低くなると語っている。それで、転職賃金が
高くなることについて以下のような二つの面でその理由を考
えたい。
まず、労働者は現企業と賃金の交渉を行う際に、引き抜き
式を比べてみると3人交渉は2人交渉より交渉賃金が低くな
企業からのオファーを威嚇点として交渉をする。現企業にと
ることが分かる。
って生産性の低い引き抜き企業は強力なライバルとは思えず
次は3人交渉が行われる場合、現企業の生産性が引き抜き
にその威嚇力は低くなる。しかし、生産性の低い企業で就業
企業より高いときと低いとき、現企業での交渉賃金
している労働者に生産性が高いところからオファーが来ると
ω int (ε (τ ), p ext , p int ) と転職先の引き抜き企業での交渉賃金
転職する可能性が高まり、生産性の低い企業にとっては外部
ω ext ( ε (τ ), p int , p ext ) について分析する。
企業の存在が強い威嚇になって、交渉力の高い労働者にとっ
て生産性の高い企業へ転職すると支払われる賃金は高くなる
pint > p ext の場合、(7)式から(8)式を引くと
ことが考えられる。
ω int ( ε (τ ), p ext , p int ) − ω ext ( ε (τ ), p int , p ext )
= ε (τ )( 2 β − 1)[( p int − p ext ) + (1 − β ) λ ∫
p int
p ext
F ( x)
dx ]
r + λβ F ( x )
になる。ここで、
のときは ω int ( ε (τ ), p ext , p int )
≤ ωext (ε (τ ), pint , pext ) で 、 β
∈ [
1
β ∈ [0,
]
2
1
,1 ]
2
の と き は ωint (ε (τ ),
pext , pint ) ≥ ωext (ε (τ ), pint , pext ) である。つまり交渉力 β が 1 よ
2
り小さいと転職したほうが賃金は高くなり、交渉力 β が 1 よ
2
り大きいと現企業に留まったほうが賃金は高くなる。
同様に、 pint < pext の場合、
(9)式から(10)式を引くと
ω int ( ε (τ ), p ext , p int ) − ω ext ( ε (τ ), p int , p ext )
= − ε (τ )( 2 β − 1)[( p ext − p int ) + (1 − β ) λ ∫
になる。
1
β ∈ [0 , ]
2
1
2
β ∈ [ ,1]
p int
F ( x)
dx ]
r + λβ F ( x )
の と き は ω int ( ε (τ ), p ext , p int ) ≥
の と き は ω int (ε (τ ), p ext , p int ) ≤ ωext (ε (τ ), pint ,
命題1:引き抜き企業の生産性が現企業より低いと、交渉
(β ∈ [0,
Robin (2006)では労働者の交渉力が賃金へ及ぼす影響につい
て実証分析をした結果、スキルの高い熟練労働者ほど賃金に
おいての労働者の交渉力が高くなることが分かった。従って、
賃金に対する交渉力が大きいというのはその労働者はスキル
の高い熟練労働者であることも示している。しかし労働者の
スキルは外部の企業にとってどのように評価されるだろうか。
Cahuc, Postel-Vinay, and Robin (2006)では外部企業にとっ
て労働者のスキルは過大評価される傾向があると示した。そ
こで、労働者がもし生産性の高い企業で就業してそのうち訓
練を受けたとすると、引き抜き企業から見てこの労働者のス
価されたスキルにより賃金への交渉力も高くなって賃金を上
昇させることがあり得ると考えられる。労働者の交渉力の賃
金への影響について分析したところで、現企業の生産性が引
き抜き企業より高くて労働者の交渉力が小さくても外部賃金
のほうが高くなることが言える。
3.2
訓練水準への影響
ここでは、第 2 章で誘導した 2 期目においての労働者の交
pext ) で転職したほうが賃金は高くなる。
力の低い
されるだろうかについて考える。Cahuc, Postel-Vinay, and
キル(技能)は過大評価される可能性がある。それで過大評
p ext
ω ext ( ε (τ ), p int , p ext ) で、現企業に留まったほうが賃金は高
くて、
次に、労働者の交渉力に着目して交渉力は何によって反映
1
])
2
労働者は転職すると賃金が高くなるが、
引き抜き企業の生産性が現企業より高いと、交渉力の高い
渉賃金を 1 期目での現企業の訓練への投資行動に代入して現
企業が訓練水準を決めることついて考察する。
労働者は現企業 pint で訓練を受けるとする。セクション2.
2で説明した企業の行動を見ると、企業は(5)式を満たすよ
うに訓練水準を決めて訓練へ投資をする。そこで、外部賃金
ω ext ( ε (τ ), p int , p ext ) を代入する。
き企業から受ける影響が大きくない反面で、生産性の低い企
業にとっては高い生産性をもつ企業からの威嚇力が大きくて
先ず p int > p ext のとき(9)式を(5)式に代入すると
p β ( r + λ F ( x ))
ε ' (τˆ )(1 − β ) r
(12)
dx ] = c ' (τˆ )
[
(1 − β )( r + q1 ) + β ( r + q1 + q 2 ) ∫p r + λβ F ( x )
int
ext
引き抜き企業の存在からその影響が無視できない。従って、
生産性の高い企業は引き抜き企業に関係なく自己意思で労働
者に訓練をさせるが、生産性の低い企業は引き抜き企業の影
になる。ここで、 c ′( 0 ) = 0 である。企業が τˆ > 0 の訓練水準
響で熟練労働者には訓練をさせないことが言える。
を決めるには左辺が正値にならなければならない。従って、
4.まとめ
β ∈ [ 0 ,1 ) になると企業は必ず訓練へ投資を行う。労働者の
4.1
結論
交渉力 β が 1 の場合は支払われる賃金は上昇する生産性に従
まずは、現企業と引き抜き企業それぞれとの交渉賃金を見
うことになるため企業には訓練からの利益が得られないため
ると、現企業の生産性が引き抜き企業より高い場合、労働者
訓練へ投資をしない。
の交渉力が小さいと引き抜き企業へ転職したほうが賃金は高
くなるが、労働者の交渉力が高いと現企業に留まったほうが
p int < p ext のとき(10)式を(5)式に代入すると
賃金は高い。だが、現企業の生産性が引き抜き企業より低い
p − βr + (1 − 2β )λF ( x)
ε ' (τˆ)(1 − β )r
[
dx] = c' (τˆ)
(1 − β )(r + q1 ) + β (r + q1 + q2 ) ∫p
r + λβF ( x)
ext
(13)
場合は、労働者の交渉力が大きいと引き抜き企業へ転職した
int
ほうが賃金は高くなり、労働者の交渉力が低いと現企業に留
になる。ここでも企業が τˆ > 0 の訓練水準を決めるには左辺
が正値にならなければならない。直ちに、
(13)式の左辺の中
のとき
で積分の中身を見ると F ( x ) > 0 に対して
1
β ∈ [ ,1 )
2
は負値になることが分かる。つまり、労働者の交渉力 β が 1 よ
2
り大きい場合、企業が訓練へ投資することによって利潤が負
になるため訓練への投資は行われない。
命題2:引き抜き企業の生産性が現企業より低いと労働者
の交渉力が β ∈ [ 0 ,1) である限り現企業は必ず訓練へ投資する
が、引き抜き企業の生産性が現企業より高くてしかも労働者
の交渉力が高いと現企業は訓練へ投資しない。
Acemoglu and Pischke (1999)では訓練をさせる現企業と労
働者だけで行う 2 人交渉の場合、企業は訓練へ必ず投資をす
るようになっている。しかし、引き抜き企業が存在し 3 人で
交渉を行う場合は現企業の生産性が低くて労働者の交渉力が
大きいと訓練へ投資をしないことが分かった。
訓練を行う企業の生産性が高いときは労働者の交渉力や引
き抜き企業の生産性に関係なく訓練へ投資をする。しかし、
訓練を行う企業の生産性が低いときは必ずしも訓練へ投資す
るとは言えず、労働者の交渉力によって訓練への投資行動を
行うかどうかを判断する。生産性の低い企業にとって労働者
の交渉力が小さいと訓練へ投資するが、交渉力が大きいと投
資をしない。交渉力の大きい労働者は熟練労働者であり生産
性の高い引き抜き企業からオファーがあると引き抜き企業と
の交渉賃金が高くなるし転職する可能性が高いと考えられて
訓練への投資をしないだろう。生産性の高い企業にとって外
部からの引き抜き行動は大きい威嚇力を持たないので引き抜
まったほうが賃金は高い。
次に、訓練への投資行動を見ると企業は必ずしも訓練へ投
資するとは言えないことが分かった。2人交渉の場合に企業
は必ず訓練へ投資するが、一方、3人交渉の場合はもし訓練
を行う現企業の生産性が低くてしかも労働者の交渉力が高い
と訓練へ投資をしない。
Acemoglu and Pischke (1999)では転職するともらえる賃金
は現企業に留まったときの賃金より低いことを前提にして企
業は必ず訓練へ投資することを示した。それで本研究では転
職すると賃金が低くなる場合も高くなる場合もあって、それ
に応じて労働者の交渉力を加えて訓練へ投資する場合としな
い場合について説明した。
4.2
今後の課題
本研究では主に労働者の交渉力が賃金と企業の訓練への投
資行動に及ぼす影響について分析したが、交渉力以外に転職
する機会或いは引き抜き企業からのオファー数も賃金や訓練
水準へ影響を与えるだろう。そして今回は理論上で労働者の
交渉力が賃金や訓練水準への投資行動に与える影響について
分析したが、実際のデータを使って実証分析をするともっと
有力な結果がでると思うし、今後の課題として考えたい。
参考文献
[1] Acemoglu, D. and S. Pischke (1999a) “The Structure of Wages
and Investment in General Training”, Journal of Political Economy
107(3):539-572.
[2]Alison L. Booth and Mark L. Bryan (2005) “Testing some
predictions of human capital theory: New training evidence from
Britain”, The Review of Economics and Statistics 87(2): 391-394
[3]Cahuc,P., F.Postel-Vinay, and J.-M.Robin (2006) “Wage
Bargaining with On-the-Job-Search: A Structural Econometric
Model”, Econometrica 74(2):323-364
[4]今井亮一,工籐教孝,佐々木勝,清水崇著『サーチ理論―分権
的取引の経済学』東京大学出版会,2007.10