飛行の物理的描像

A Physical Description of Flight (Anderson & Eberhardt)
飛行の物理的描像
A Physical Description of Flight
David Anderson
Fermi
National Accelerator Laboratory
Batavia IL 60510
[email protected]
&
Scott Eberhardt
Dept.
of Aeronautics and Astronautics
University of Washington
Seattle WA 91895-2400
[email protected]
(Downloaded from www.aa.washington.edu/faculty/eberhardt/lift.pdf)
translated by NAKAI Yusuke (atelier aRchemy)
現代人のほとんど誰もが飛行機で空を飛んだことがある。多くの人が「飛行機が飛ぶ理由はなんだ
ろう」という素朴な疑問を持ったことがあるだろう。そしてその答えとして得られるものの多くは、
誤解を招くものであり、あるものはただもう明らかに間違っているのである。筆者達はこの解説の中
で、揚力についての数多くの間違った考え方をあきらかにすると同時に、読者のみなさんには私たち
がここで示した考えた方を用いて「飛行機が飛ぶ理由はなんだろう」という疑問を持っている人達に
説明してもらえればと願っている。この解説の中で私たちは、揚力を理解するにはニュートンの法則
から出発する方が、ベルヌーイの原理から出発するよりもむしろ簡単であるということを示している。
そしてまた、私たちの多くが教えられてきた一般的な説明はよくてもせいぜい誤解を招くだけのもの
であるということを示すと同時に、揚力は翼が空気の流れの向きを曲げることによって生じているの
だということ示す。この流れの向きを変えられた空気の多くは翼の上面から引っ張り下ろされたもの
なのである。
まず最初に教科書や訓練マニュアルに普通に書かれている揚力の3つの描像を定義することから始
めよう。まず第一のものは揚力の「数理航空力学的描像(Mathematical Aerodynamics Description)」
と呼ぶもので、航空工学エンジニアが用いているものである。この描像を用いて翼に加わる揚力を計
算するときには高度な数学、またあるときにはコンピュータ・シミュレーションまで駆使することに
なる。その際には、翼のまわりを流れる空気の加速度を計算するために『サーキュレーション』とい
う数学的概念を使う。サーキュレーションは翼のまわりを見かけ上回転する空気を定量的に捉える方
法である。この描像は、翼に加わる揚力を計算するのに便利である一方で、飛行の原理を直感的に理
解するには適していない。
第二の描像は「通俗的描像(Popular Description)」と呼ぶもので、ベルヌーイの原理に基づいて
いる。この描像は理解しやすいという点で好都合であり、だからこそ長年教え続けられてきたのであ
る。その単純明快さゆえに数多くの飛行訓練マニュアルで揚力を説明するのに用いられているのであ
る。この描像の主たる不都合な点は『同時発着の原理(principle of equal transit time)』、あるいは
別な表現をすれば、「空気は翼の上面を(下面にくらべて)さらに遠い距離を移動するのだからより
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速い速度で動かなければならない」という仮定に少なくとも頼らなければならないということである。
この描像では翼の形状に焦点をあわせることになり、とても重要な現象ー背面飛行、推力、地表効果、
揚力の翼の迎え角に対する依存性といったことーを理解することを妨げている。
第三の 描像は 、私た ちがこ の解説 の中で 提唱す るもの で、揚 力の「 物理的 描像( Physical
Description)」と呼ぶものである。この揚力に関する描像は主にニュートンの3つの運動法則とコア
ンダ効果と呼ばれている現象に基づいている。この描像ほど飛行に関連した現象を理解するうえでこ
れほど便利なものはなく、例えば荷重が大きくなると推力がどれだけ大きくなるかということ、ある
いは飛行高度が高くなると失速速度がどれだけ大きくなるかということ、といった飛行にまつわるい
ろいろな関係を正確に理解するのに役立つ。またこの描像は大ざっぱな予想をたてるを行うのにも便
利な道具になる。揚力の物理的描像は飛行機がどうして飛ぶのかということを直感的に理解しようと
しているパイロットにとっても大変役立つものである。
通俗的描像
物理学や航空力学を学ぶ学生たちは飛行機が説明としてベルヌーイの原理ー空気の流れの速度が大
きくなるとその圧力は小さくなるーを教えられる。(実際にはこの原理は必ずしも常に成立するとは
いえない。空気は飛行機の静圧口の上を高速で流れるが、高度計はそれでも正しい高度を示している)。
この議論では翼の上面を流れる空気は速度が大きくなるので圧力が低い領域ができ、そのため翼に揚
力が生じるとしている。この説明は通常は好奇心を満足させるもので、当然のことのように結論を導
きだす人も少数だがいる。人によっては翼の上面の空気の流れの速度がどうして大きいのだろうかと
訝しく思うかもしれないが、この点でベルヌーイの原理を用いた説明は崩れ去ってしまうのである。
翼の上面で空気の流れの速度が大きくなる理由を説明するために、多くは空気が移動する距離はそ
の空気の速度と直接関係づけられているという幾何学的な論拠で訴えかけている。あたり前の亊とし
て、翼の前縁で上面と下面に分かれた気流は翼の後縁で再び同じように合流するという主張がなされ
ている。この主張がいわゆる「同時発着の原理」である。
読者は「通俗的描像」を用いて計算した数値が実際にうまくいくものか疑問に思うであろう。そこ
で例を挙げて考えてみよう。セスナ 172 は、普及している高翼型4人乗りの飛行機である。最大飛行
重量のとき、翼には 1045kg の揚力が加わる必要がある。翼の上面に沿った気流の経路は翼の下面は
ほんのわずか 1.5%ほど大きくなっているばかりである。「通俗的描像」を用いると、この飛行機に
とって「低速飛行速度」にすぎない 104km/h では、翼は(飛行に)必要とされる揚力のほんのわず
か 2%ばかりしか達 成できないのである。実際に計算をしてみると、この翼で十分な揚力を達成する
のに最低限必要な速度は 640km/h 以上になってしまう。別問題として考え直してみると、低速飛行
をするのに必要な揚力を得るのに翼の上面と下面で気流の経路差にどれだけの違いがあればよいのか
ということになるが、その違いは 50%である。これでは翼の厚みは翼の弦長と同じになってしまう。
では一体どうしてまた分かれた空気が翼の後縁で合流すると考えたのだろうか。図1は翼のまわり
の気流を風洞実験でシミュレートしたものである。シミレーションでは煙線が周期的に送り込まれて
いる。翼の上面を流れる空気は翼の下面を流れる空気よりもはるかに早く後縁に辿り着いていること
がわかる。実際空気は予想される同時発着にかかる時間(equal transit time)よりもはるかに速く加
速されている。同様にざっと見ても翼の下面を流れる空気は「自由に流れる空気」の速度から減速し
ていることがわかる。「同時発着の原理」が成り立つのは翼が揚力を持たないときにのみ限られる。
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図1 風洞実験で翼の上の空気の流れを煙線で可視化したシミレーション
通俗的描像はまた背面飛行が不可能であるという亊を、はっきりとはさせていないが、意味してい
る。また対称翼(翼の上下の表面形状が同じもの)のアクロバット専用機についてはまず間違いなく
説明できないであろうし、まして急降下からの引き戻しや急旋回中に加わる荷重の急激な変化をどの
ように翼で調整しているのかをどのように説明するのであろうか。
それではなぜこの通俗的描像がこれほど長いあいだ広く受け入れられてきたのであろうか。その答
えのひとつはベルヌーイの原理が理解しやすいからである。ベルヌーイの原理自体には何ら間違いは
ないし、あるいはまた、翼の上面を流れる空気の速度が大きいという主張も間違ってはいない。しか
し、今までの議論が示しているように、この説明を用いた理解は完璧とはいえないのである。私たち
はベルヌーイの原理を適用するのに不可欠な要素を見落としているのである。翼の上面と下面の空気
の速度が分かっていれば翼のまわりの圧力を計算することはできるが、どうやってその速度をまず決
めるのか。このあとすぐに分かるように、空気が翼のまわりで加速されるのは圧力が低いからであり、
その逆ではないのである。
これら以外にも通俗的描像には基本的な点で欠点があって、なされた仕事を無視してしまっている
ことがある。揚力は推力を必要とする。あとで分かるように推力を理解することは、揚力についての
興味深い数多くの現象を理解するための鍵となる。
ニュートンの法則と揚力
では、翼がどうして揚力を生み出すのか。揚力を理解するためにはニュートンの第1法則と第3法
則の復習(ニュートンの第2法則はしばらくしてから導入する)から始めよう。ニュートンの第1法
則は「静止状態にある物体は静止し続け、運動している物体は外部からかけられる力を受けるまで直
線運動をし続ける」と主張している。このことを言い換えると、空気の流れが曲げられたり、あるい
は静止していた空気が加速されて運動を始めるということは、すなわち、力が空気に作用している、
ということになる。ニュートンの第3法則は「どのような作用でも働いている限り、その力と同じ大
きさで向きが反対方向の反作用が働く」と主張している。その例としては、テーブルの上に物体が乗っ
ていてテーブルに力をかけているとき(重さがかかっているとき)、テーブルは物体を支えるために
同じ大きさで向きが逆の力で押し返している、を挙げることができる。揚力を生み出すために、翼は
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空気に対して何かをしなければならない。翼が空気に対してしていることが作用であり、揚力はその
反作用となる。
ふたつの図を用いて翼のまわりの流線を比較してみよう。図2では空気の流れは翼に向かってまっ
すぐやって来て、翼のまわりで曲げられて、しかる後に翼の後方からまっすぐ流れ去っていく。これ
と似たような図は、どのような飛行マニュアルの中にでもみられるものだ。しかしこのように空気の
流れが翼の前方からやって来たときのそのままの状態で後方に流れ去ってしまうということは一体ど
ういうことであろうか。空気に対して全体として何も作用していないということはつまり、揚力は揚
力が生じるはずもないということではないか!図3で示す流線こそが本来描かれるべきものである。
空気は翼のまわりを通過すると下向きに曲げられるのである(作用)。ニュートンの第3法則によれ
ば、このとき、同じ大きさで向きが反対方向の上向きの力が翼に加わることになる(反作用)。した
がって、揚力を生み出すためには、翼はたくさんの空気を曲げなくてはならないということになる。
図2 翼のまわりの空気の流れの一般的な描像。この翼では揚力は生じない。
図3 実際の翼のまわりの空気の流れ。この翼には揚力が生じる。
吹上げ気流 (upwash)と吹下し気流(downwash)を示す。
翼に生じる揚力は下方に流れの向きを変えられる空気の運動量の変化に等しい。運動量は質量と速
度の積(mv)で計算される。もっとも一般的なニュートンの第2法則の表現形式は F=ma で、質量に
加速度を乗じたものに等しいと定義している。この表現形式での法則は、一定質量の物体を加速する
のに必要な力を与えてくれる。ニュートンの第2法則を(揚力について記述した)等価な形式に書き
換えると「翼に生じる揚力は下方に曲げられる空気量とその空気の垂直方向の速度の積に比例する」
ということになる(訳注;この場合、簡単には次元に注目するとよい。空気の単位時間当たりの変化
量は[kg/s]、速度は[m/s]。ロケットなどの噴射ガスの変化量と速度から推力を求めるときなど
に用いられる)。その 意味するところは単純である。翼により大きな揚力を生じさせるためには、よ
り多くの空気(すなわち質量)を下方に曲げるか、空気の垂直方向の速度を大きくするかのどちらか
である。この翼の後方の空気の垂直方向の流れは「吹下し気流」の垂直成分である。図4は吹下し気
流がパイロット(あるいは風洞実験で)にどのように見えるかを示している。同図はまた地上から上
空を通りすぎる飛行機を観測している人に吹下し気流がどのように見えるかを示している。パイロッ
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トから見れば、空気はほぼ迎え角の方向に飛行機の飛行速度で翼から流れ去っていくように見える。
一方、地上の観測者から見れば、空気は翼に対してほとんど垂直に、そして飛行速度に比べれば低速
度で翼から離れてくるように見える。迎え角が大きくなれば、空気の垂直方向の速度は大きくなる。
同様に、ある与えられた迎え角に対して、翼の速度が大きくなればなるほど空気の垂直方向の速度も
大きくなる。飛行速度を大きくすると同時に迎え角も大きくすれば、空気の垂直方向の矢印の長さを
大きくすることになる。この空気の垂直方向の速度こそが翼に揚力を与えるものである。
図4 パイロット(赤矢印)、地上観測者(緑矢印)それぞれから見た吹下し気流
既に述べたように地上の観測者から見ると空気の流れは翼の後からほぼ真下に吹下しているように
見える。このことはすべての回転翼、例えば飛行機のプロペラ、家庭用扇風機、ヘリコプターのロー
ターといったものがつくりだすしっかりとした円柱状の空気の流れを観測することによって実際に示
すことができる。もしも空気が回転翼のブレードから迎え角の方向に流れ去るとしたら、空気はしっ
かりとした円柱状よりはむしろ円錐状になるであろう。翼は空気と運動量交換を行うことで揚力を得
る。直線的な水平飛行をしていると、遂にはこの運動量は地表にも打ち付けられることになる。もし
飛行機がとても大きな秤の上を飛行したなら、秤は飛行機の重量を測ることができるであろう。
ここでどれだけの量の空気が翼で曲げられているのかを簡単に計算して見積もってみよう。機体重
量が 1045kg のセスナ 172 をここでは取り上げる。飛行速度を 220Km/h、有効迎え角を 5 度とす
ると、空気の垂直方向の速度はちょうど翼の部分で約 18km/h と計算できる。翼で曲げられた空気の
垂直方向の速度を平均してその半分と仮定すると、ニュートンの第2法則を用いて翼で曲げられる空
気量は毎秒 5 tのオーダーになる。このようにセスナ 172 が巡航飛行しているときには、毎秒機体
の自重の約5倍の量の空気が曲げられて翼は揚力を得ていることがわかる。機体重量が 250t のボー
イング 777 が離陸するのにどれだけの量の空気が曲げているのかを考えてみてほしい。
多量の空気を下方へ曲げているということは、揚力は単に表面効果(翼のまわりのほんのわずかな
空気量が揚力にとって大きな役割を果たしているということ)によるものにすぎないとしている通俗
的説明の考えとつよく相反する論点となっている。実際、毎秒 5t の空気量を曲げるには、セスナ
172 の翼は、翼の上方 7.5 m以内の空気をすべて加速しなければならない。ここで、海面での空気の
密度は 1 立方メートル当たり 1kg であるということを覚えておいて欲しい。図5は翼から下方へ曲げ
られた空気の影響を示したものである。霧のちょうど上を飛ぶ飛行機から発生した吹下し気流によっ
て巨大な穴が霧に穿たれていることがわかる。
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図5 霧の中で撮影された吹下し気流と翼がつくる渦(撮影者;Paul Bowen、セスナ社提供)
では厚みの薄い翼がそれほど多量の空気の流れの向きをどのようにして変えているのであろうか。
翼の真上のあたりで空気が曲げられると、その空気はさらにその上の空気を引きずって下方へと加速
する。別な見方をすると、翼の上には空気にぽっかりとした穴(void)があいていることになる。空
気はその上方から引き込まれるが、こうして空気が引き込まれることで翼の上は圧力が低くなる。こ
の翼の上の空気を下方へと加速することこそが揚力を与えているのである。(翼が揚力を得るのに十
分な力を持った空気を曲げる理由についてはこの後の節で議論している)
図3で見たように、翼の描像で取り扱いが難しい問題は、翼の前縁部分で生じる「吹上げ気流」の
効果である。翼が動くと空気は翼の後縁で下方に曲げられるだけでなく、前縁で上面に引っぱり上げ
られる。この吹上げ気流は実際には揚力を打ち消すような働きをしており、これを差し引きして上回
るだけの空気が下向きに曲げられなければならない。このことについては後ほど地表効果について考
えるときに再度議論する。
通常、翼の座標系では、翼のまわりで流れ動いている空気に注目している。言い方を変えれば、パ
イロットから見れば空気が動いていて、翼は静止しているということになる。既に述べたように、地
上にいる観測者から見たとき、空気の流れは翼に対してほとんど垂直に吹下しているように見える。
では翼の下の空気は何をしているのか。図6は、翼が通りすぎる時に空気の分子がどのように動いて
いるかを瞬間的に捉えた図である。ここで注意しておいて欲しいことは、最初空気は静止していて、
動いているのは翼であるということである。矢印1が矢印2へというように順次変化していく。翼の
先端の直前で空気は上方へと曲げられる(吹上げ気流)。翼の後縁では空気は下向きへと動きの方向
を変える(吹下し気流)。翼の真上では空気は翼の後縁の方向へ向かって加速、翼の直下では空気は
わずかであるが前方へ加速される。
図6 地上の観測者から見た翼のまわりの空気の動きのベクトル図
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ではどうして空気はこのような流れのパターンを示すのであろうか。まず第一に心に留めておかな
ければならないことは低速飛行の場合、空気は非圧縮流体として取り扱われるということである。こ
のことは空気はその体積を変えることはなく、ぽっかりと穴が開くことに対しても抵抗があるという
ことである。翼の真上での圧力の低下により空気は加速される。その結果、翼の前方にある空気を引
き込み、翼の後方と下へと空気を追い出す。これを差し引きして補う必要があるので、空気は翼のま
わりを動いてこれを満たそうとする。これはカヌーのパドルのまわりを水が回り込むサーキュレーショ
ンと似ている。水中のサーキュレーションがパドルを動かさないのと同様に、この翼のまわりのサー
キュレーションは翼に働く揚力にとって推進力として働くことはない。しかしながら翼の周囲のサー
キュレーションを決定することができたなら、翼に働く揚力を計算することもできる。揚力とサーキュ
レーションはお互いに相対的な関係にある。
図6を眺めてみて明らかなことは、翼の上表面の方が下面と比較してはるかに多くの空気が動いて
いることである。したがって翼の上面の方がより重要な面となる。このため飛行機は落下式燃料タン
クといったような外部貯蔵装置を翼の下面に取りつけて飛行することはできるが、揚力に妨げとなる
ので翼の上面に取りつけるようなことはしない。このことはまた翼を補強する支柱が翼の下にあるの
が一般的で、歴史的に見ても上に来ることがまれである理由でもある。こういった翼の上にある支柱
やその他の障害物は揚力にとっては妨げになるものである。
コアンダ効果
本質的な質問は「翼は空気をどのようにして曲げるのか」というものではないだろうか。空気や水
のような流体が動いているところに、曲面を持った物体が接すると、流体はその表面に沿って流れよ
うとする。この効果を実際に見るためには、ガラスコップを水平にして蛇口の下へ持っていき、細く
流れ落ちる水にガラスコップの腹をほんのわずかばかり触れさせてみるとよい。まっすぐに流れ落ち
ていた水は、図7に示したようにガラスコップが存在することで、ガラスコップに巻き付くようにし
て流れ出す。流体がこのように曲面に沿って流れることを「コアンダ効果」と呼んでいる。ニュート
ンの第1法則によれば、流体が曲げられているということは、流体に力が作用しているということが
おわかりであろう。ニュートンの第 3 法則によれば、このときの流体は大きさが等しく逆向きの力を
ガラスコップに加えていなければならないということもおわかりであろう。
図 7 コアンダ効果
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ではなぜ流体は曲面に沿って流れることになるのだろうか。答えは「粘性」である。粘性は、流れ
に対する抵抗であり、また空気にある種の「くっつこうとする性質」を与えている。空気の粘性は大
変小さいものであるが、空気の分子が物体の表面にくっつこうとするのには十分な大きさを持ってい
る。表面において、表面と最近接の空気分子とのあいだの相対速度はきっかりゼロになっている(自
動車のホコリをホースの水で流し去れない理由もそのせいである)。表面からほんのわずか離れたと
ころになると流体はほんのわずかながらであるが速度を持つ。表面から距離が大きくなるにつれて、
外界の流れの速度と同じになるまで流体の速度は徐々に大きくなっていく。表面に近い流体はその速
度を変えるので、剪断力(shear force)のため流体の流れは表面に向かって曲げられる。その曲がり
方が強いかぎり、流体は表面に沿って流れようとする。翼の上に部分的に層状に積み重なっているよ
うに見える翼のまわりの空気のかたまりのことを「境界層」と呼ばれており、たとえ大きな翼であっ
てもその厚さは 2.5cm よりは薄いものになっている。
ここで再び図 3 を見てみよう。空気(と翼)に働く力の大きさは、空気の曲がり方の「強さ」に比
例している。空気の流れの曲がり方が強くなるにつれて、働く力も強くなる。この図の中で注意しな
ければならない点は、ほとんどの揚力が翼の前方部分に加わっているということである。実際、翼に
加わる全揚力の半分は翼の前方部分、長さにして翼弦長の1/4の範囲で典型的に生じている。
迎え角の関数としての揚力
翼のかたちは多種多様で、一般に普及している型から、断面形状が対称な型、背面飛行をするのに
よく用いられている型、初期の複葉機に用いられていた湾曲した板状のもの、はては「納屋の戸板」
として知られたようなものさえある。どのような場合でも、翼は空気を強制的に下向きに変える、よ
り正確にいうならば上から下へと空気を引き下ろすようになっている。(しかしながら、初期の翼は
その下面が与える影響が重要な意味を持っていた)。これらの翼に共通してしていることは、翼がぶ
つかる気流に関係した迎え角である。揚力を決定する基本的なパラーメータはこの迎え角にある。
迎え角の役割をよく理解するためには、「有効」迎え角の考え方を導入するとよい。この有効迎え
角は翼とこれにぶつかる気流とがなす角度で、揚力がゼロになったときにその大きさをゼロと定義す
るものである。迎え角を上下へと変化させると、揚力は角度と比例関係にあることが分かる。図8は
典型的な翼の揚力を有効迎え角の関数として表したものである。この揚力と迎え角の関係と似たよう
な関係がデザインに関係なくあらゆる翼に見られる。ボーイング 747 の翼、逆転翼、あるいはあなた
が自動車の窓から外に手を出したときでさえも同様である。逆転翼で飛行できることも迎え角で説明
することができる。通俗的な揚力に関する説明では明らかに矛盾が生じてしまうにもかかわらず、で
ある。パイロットは飛行速度と荷重に対して迎え角を調整することで揚力を調整している。迎え角の
役割は、飛行の原理を理解する上でも翼の形状よりもはるかに重要なことである。翼の形状は失速特
性と高速飛行時の抗力を理解するときに関係してくることである。
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図8 揚力と有効迎え角の関係
特徴的なことは、揚力はほぼ 15°の「臨界迎え角」で減少しだすことである。このような急角度
で空気の方向を変えるのに必要とされる力は、空気の粘性が持っている(翼の表面にくっつこうとす
る)力よりも大きくなり、翼から空気が剥離しだす。翼の上面から気流がこのように剥離してしまう
ことが失速である。
空気の「スコップ」としての翼
ここで翼に関して頭のなかで思い描いて欲しい描像を導入することにしよう。たいていの人は翼を、
空気を切るように進み、不思議なことに揚力が得られる薄い刃物のように考えることに慣れ親しんで
いる。私たちが読者に受け入れてもらいたい新しい概念は、翼のスコップ、一定量の空気を水平方向
からほぼ迎え角の方向へとそらせるスコップで、図示すれば図 9 のようになる。典型的な飛行機の翼
についていえば、たいへんよい近似として、スコップの面積は翼の面積に比例しているということが
いえる。スコップの形状は、図に示すように、すべての翼について近似的に楕円形となる。揚力は翼
で曲げられる空気量に比例しているから、揚力はまた翼の面積にも比例しているといえる。
図9 翼のスコップ
すでに述べたように、翼の揚力は下方へと曲げられる空気の量と空気の垂直方向の速度に比例して
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いる。飛行機が飛行速度を増すと、翼のスコップはより多くの空気を曲げるようになる。翼に加わる
荷重は増えないので、曲げられた空気の垂直方向の速度は比例して減らなければならない。このため、
一定の揚力を保つためには、迎え角は小さくされるのである。飛行機が上昇すると空気の密度は小さ
くなり、ある飛行速度における翼のスコップが曲げる空気も少なくなる。このため差し引きして揚力
を得るために、迎え角は大きくされるのである。この節で導入した概念は、ある意味では、通俗的方
法では説明することができなかった揚力を理解するために役立つものである。
揚力と推力
頭の上を飛行機が通りすぎると、形式的には空気は下向きの速度をそのまま得ていることになる。
したがって、飛行機が飛び去ったあとも、空気は運動したままである。空気はエネルギーを持ったま
までいる。推力とは単位時間当たりのエネルギーもしくは仕事である。したがって、揚力には推力が
必要であるということになる。この推力は飛行機のエンジン(グライダーの場合は重力と熱)によっ
て供給されるものである。
空を飛ぶためにはどれだけの大きさの推力が必要になるのだろうか。質量 m、速度 v の銃弾を発射
したとすると、銃弾に与えられたエネルギーは1/2 mv2 となる。同様に、空気が翼から与えられる
エネルギーは、翼で曲げられる空気量とその速度を2乗したものとの積に比例する。既に述べたよう
に翼の揚力は、翼で曲げられた空気量に垂直方向の速度を掛け合わせたものに比例している。したがっ
て「飛行機を飛ばすのに必要な推力は荷重(あるいは重さ)と空気の垂直方向の速度との積に比例す
る」ことになる。もし飛行機の速度が 2 倍になったとすると、翼で曲げられる空気量も 2 倍になる。
したがって、一定の揚力を保つには空気の垂直方向の速度をもともとの半分になるように迎え角を小
さく調整されなければならない。揚力を得るための推力は半分に減らされる。このことは揚力に必要
な推力は、飛行機が速度を上げると、小さくなることを示している。実際、この揚力をうみだす推力
が飛行機の速度の逆数(1/[飛行速度])に比例していることを示した。
しかしながらだれもが知っているように(巡航飛行で)速く進もうとするならば、より推力を大き
くしなければならない。したがって、揚力に要する推力以上に推力を大きくしなければならない。揚
力と関係した推力はしばしば「誘導推力」と呼ばれる。推力はまた「有害抗力(parasitic drag)」ー
空気中で車輪や支柱、アンテナといったものが動くことで生じる抗力ーに打ち勝つためにも必要とさ
れる。飛行機が空気分子と衝突して与えるエネルギーは飛行速度の 2 乗([飛行速度]2)に比例して
いる(1/2 mv2 から導かれる)。単位時間あたりに機体に衝突する空気分子の数は飛行速度に比
例する。飛行機が速く飛べば飛ぶほど衝突の割合も高くなる。かくして有害抗力に打ち勝てるだけの
有害推力 (parasitic power)は速度の3乗に比例して大きくなる。
図 10 は「推力曲線」で、誘導推力、有害推力、全推力(誘導推力と有害推力との和)を表してい
る。ここで重ねて述べるが、誘導推力は速度に逆比例(1/[ 飛行速度])、有害推力は飛行速度の
3乗([飛行速度]3)に比例して変化する。低速における飛行に要する推力は誘導推力が支配的になっ
ている。低速で飛行しているときほど曲げられる空気はより少なくなり、したがって空気の垂直方向
への速度を大きくするために迎え角を大きくしなければならない。パイロットは、低速飛行時におい
て空中にとどまるために必要な迎え角と推力が無視できないほど大切であるということをしっかりと
認識するように、「推力曲線の裏側 (backside of the power curve)」と呼ばれる飛行訓練を行う。
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図 10 推力ー速度の関係
巡航飛行で必要となる推力は有害推力が支配的である。この有害推力は速度の3乗(v3)で変化す
るので、エンジンのサイズを大きくしても、上昇率を大きくするのに役立ちはするものの、巡航速度
そのものを改善するには役立たない。エンジンのサイズを2倍にしても、飛行速度はせいぜい 25%
程度大きくなるだけである。
必要となる推力が速度で変化することが分かったので、(飛行機に加わる)ひとつの力である抗力
を理解できるようになった。抗力は推力を速度で割っただけのものである。図 11 は誘導抗力、有害
抗力、全抗力を速度の関数として表したものである。この図から、誘導抗力は速度の2乗に逆比例
(1/[飛行速度]2)していること、有害抗力は速度の2乗に比例([飛行速度]2 )していること
がわかる。これらの図を見ると、飛行機がどのようにデザインされているのかということを推測する
ことができる。グライダーのような低速飛行機は、低速飛行時に支配的になる誘導抗力を小さくなる
ようにデザインする。プロペラ機のような高速飛行機になると有害抗力が影響を受けるようにになり、
ジェット機では有害抗力が支配的になる(この特性についてはこの解説の範囲外である)。
図 11 抗力ー速度の関係
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翼の効率
巡航飛行中には最新型の翼でも無視できないほどの大きさの抗力が加わるが、これを誘導抗力とい
う。ボーイング 747 の翼の有害抗力は、翼と同じ長さで1/2インチの太さのケーブルがしめす抗力
の大きさと、同等な程度である。読者は何が翼の効率に影響を及ぼしているのかと疑問に思うかもし
れない。翼の誘導抗力は空気の垂直方向の速度に比例しているということが分かっている。もしも翼
の面積が大きくなったとしたら、私たちが考えている翼のスコップも大きくなり、より多くの空気を
曲げるようになる。したがって、同じ揚力を得るためには、空気の垂直方向の速度(したがって、迎
え角も)は小さくなるようにしなければならない。誘導推力は空気の垂直方向の速度に比例している
ので、誘導推力もまた小さくなるようにされる。こうして翼の面積が大きくなれば、翼の揚力効率も
大きくなる。翼が大きくなれば、おなじ大きさの揚力を得るためにの誘導抗力は小さくなるが、これ
が達成されると有害抗力が大きくなってしまう。
地表効果の節で簡単に議論することであるが、直線的な水平飛行をする際に翼には、吹上げ気流に
起因した付加的な荷重があって、これは飛行機の重量に 2/AR をかけたものに等しい。ここで AR は
翼のアスペクト比(aspect ratio; 縦横比)(翼長を平 均翼弦長で割ったもの)である。同じ面積を持
つ2種類の翼があったとしても、翼のアスペクト比が異なれば、大きなアスペクト比を持っている翼
の方がはるかに効率が高くなる。
揚力は推力を必要としないという誤った概念がつくりだされてしまっている。これは航空工学の研
究で理想化された翼の断面形状(airfoils; 翼 形)理論から導き出されたものである。翼形を取り扱う
とき、仮定として翼は無限の長さを実際に持ってているものとされる。すでにこれまでに見てきたよ
うに、翼の面積が大きくなると、揚力を得るのに必要な推力は小さくなるので、翼が無限の長さを持っ
ているとすると揚力を得るための推力は必要でなくなってしまう。もしも揚力が推力を必要としない
ならば、飛行機はなにもせずとも同じ航続距離を目一杯飛ぶことができることになり、ヘリコプター
はどんな高度でもどれだけ荷重でものせて浮上飛行することができることになる。とても素晴らしい
ことには、プロペラ(回転する翼)は、推進力を得るための推力は必要なくなる。しかしながら残念
なことに、私たち人間は現実の世界に生きており、揚力も推進力にも推力は必要なのである。
推力と翼の荷重
ここでは翼に加わる荷重と推力の関係について考えてみる。一定の飛行速度で翼面荷重が大きくなっ
たとすると、垂直方向の速度はこれを補うべく大きくなるようにしなければならない。これは翼の迎
え角を大きくすることで達成することができる。もしも飛行機の総重量が2倍に(2-g 旋回している
と仮定して)、飛行速度はそのままであるとするならば、空気の垂直方向の速度は翼に加わる荷重を
補うべく2倍になる。誘導推力は翼に加わる荷重と曲げられた空気の垂直方向の積であり、今の場合
その両方ともに2倍になっている。このように必要とされる誘導推力は係数が4倍になって大きくな
ることになる!そして誘導推力は荷重の2乗に比例するようになるのである。
(訳注;2-g 旋回は、パイロットが感じる重力加速度が2倍、あるいは翼や機体に加わる力、荷重が
2倍になるような旋回のことをいう。)
全推力の大きさを定量化する方法のひとつとして燃料消費量の割合に注目する方法がある。図 12
translated by NAKAI Yusuke (atelier aRchemy)
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A Physical Description of Flight (Anderson & Eberhardt)
に示しているのは大型輸送機が一定速度で飛行したときの燃料消費量と総重量の関係である(実際の
データに基づく)。飛行速度は一定であるので、燃料消費量は誘導推力の変化と関係していることに
なる。データは定数項(有害推力)と荷重の2乗で変化する項(でつくる2次関数)でフィッティン
グしている。このときの2番目の項は筆者達が誘導推力における荷重の影響を考慮して導いたニュー
トニアンから予想されたもののみで記述されている。
図 12 燃料消費量と総重量の関係(大型輸送機が一定速度で飛行した場合)
荷重が大きくなることで大きくなる迎え角は、単によりいっそうの推力が必要になるというのでは
なく、減衰が見られる。図8で見たように、翼はもうこれ以上空気が翼上面に沿って流れなくなると
突然失速を引き起こす。これは臨界角になったときに起こる。図 13 は荷重を一定にした場合と 2 - g
旋回の場合の迎え角の変化を飛行速度の関数として表したものである。飛行機が失速する迎え角の大
きさは一定で翼面荷重の関数ではないことがわかる。迎え角は荷重にしたがって大きくなり、失速速
度は荷重の平方根にしたがって大きくなる。したがって、荷重を大きくして 2 - g 旋回すれば、翼が失
速する速度を 40%にまで増大させることになる。これがパイロット達が「加速時失速(accelated
stalls)」訓練ーいずれの飛行速度でも失速を引き起こす荷重がある以上、飛行機は飛行速度がなんで
あれ失速するということを実体験する訓練ーを行う理由である。
図 13 迎え角と飛行速度の関係(直線水平飛行、2-g 旋回の場合)
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A Physical Description of Flight (Anderson & Eberhardt)
翼がつくる渦
翼からの吹下し気流はどのように見えるのだろうか。吹下し気流は翼から薄い層状で離れるもので
あり、また翼の上面での荷重分布の様子に密接に関係している。図 14 は、凝結のために見えた、高
加速度演習(high-g maneuver)の際に見られる揚力分布の様子である。この図から荷重分布の様子
は翼の翼根から翼端へと変化していることがわかる。このように、吹下し気流となる空気量は翼に沿っ
て変化するに違いないということがわかる。翼根では、翼端部分よりも多くの空気を(翼のスコップ
が)「すくい上げて」いることがわかる。翼根はより多くの量の空気を曲げるから、空気の流れの速
度が変わったために翼の上面にある空気が曲げられたのとまったく同様に、吹下される薄い膜状の空
気は翼の外に向かってそれ自体が巻き込まれるようにして流れ出す。これが翼がつくる渦である。翼
がつくる渦の巻き込みの強さは、翼に沿った揚力の変化の割合に比例している。翼端部分では必ず急
激にゼロになるので最も強い巻き込み流が生じる。これが翼端流と呼ばれるもので、翼がつくる渦の
ほんの小さな部分である(そしてもっとも見えやすい)。図 5 に戻ってみると、翼端流と同様、吹下
し気流のなかに翼がつくる渦が発達しているようすをはっきりと見いだすことができるはずだ。
図 14 翼の揚力分布の様子がが凝結した空気から分かる
(Pattern in the Sky より、J.F.Campbell と J.R.Chambers, NASA SP-514 より)
ウィングレット(ある種の翼の先端部分に見られる垂直延長翼)は、翼の有効長、すなわち面積、
を大きくすることで、翼の効率を改善するものである。翼の揚力は、翼端部分で上面と下面のあいだ
で空気の連絡があるために、ゼロにならなければならない。ウィングレットは、揚力を翼先端よりも
さらに先に延長できるように、この空気の連絡を遮断する。面積が増えると翼の効率は大きくなるの
であるから、ウィングレットはその効率を大きくするものといえる。ここで特に注意しなければなら
ないことは、ウィングレットのデザインは際立った工夫が必要で、適切にデザインしないと現実的に
は有害以外のなにものにもならないということである。
地表効果
地表効果という現象もまたしばしば誤って理解されているありふれた現象のひとつである。飛行機
が地表から翼長程度の高度内を飛行しているとき翼の効率が大きくなることである。低翼機の場合、
着陸接地する前に抗力が大きくてその 50%ほ どまで減少することを経験することがある。この地表
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A Physical Description of Flight (Anderson & Eberhardt)
近くで抗力が減少することは大きな鳥にも利用されていて、水面のすぐ上で飛んでいるときなどによ
く見られる。パイロットは深い草原や柔らかい滑走路から離陸するときにこの地表効果を利用する。
多くのパイロット達は地表効果は翼と地上とのあいだで空気が圧縮されたことによって引き起こされ
ているのだと間違って信じ込んでいる。
地上効果を理解するためには、いま一度吹上げ気流に注目してみる必要がある。図 15 を注意して
みれば、水平に流れていた空気が上方へと曲げられて吹上げ気流となっている。ニュートンの第1法
則によれば、空気を曲げているのでこれに働く力があることになる。空気は上向きに曲げられている
のであるから、図中に示したように、力は上向きに加わっている。ニュートンの第3法則によればこ
の力とおなじ大きさで向きが逆向きのちからが翼に加わることになる。その結果、吹上げ気流は翼面
荷重を増大させることになる。翼面荷重が大きくなったのを差し引きして補うため、翼は迎え角を大
きくして飛ばなければならず、その結果、誘導推力はさらに大きくなる。翼が地表に近づくと翼の下
のサーキュレーションは抑制されるようになる。図16 に見られるように、吹上げ気流は小さくなり、
またこの吹上げ気流によって翼に余計に加わっている荷重も小さくなる。これを埋め合わせるため、
迎え角は小さくなり、誘導推力も小さくなる。したがって、翼はより効率的に働くのである。
図 15 通常飛行時の翼に加わる力と気流の様子
図 16 地表効果の影響を受けている翼に加わる力と気流の様子
吹上げ気流によって付加的に加わる荷重は飛行機の重量に 2/AR を乗じたものに等しい。ほとんど
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A Physical Description of Flight (Anderson & Eberhardt)
の小型機においてアスペクト比は 7 - 8 である。アスペクト比が 8 の飛行機の場合、地表効果の影響
を受けると翼に加わっている荷重は 25%相当 減少することを経験することができる。誘導推力は荷
重の2乗に比例しているので、この荷重の 25%相当の減少は、誘 導推力にすれば 50%の減少に相 当
している。この解説の最初の方で、セスナ 172 が 110 ノットで飛行するときに、揚力を得るために
5t/秒の空気を曲げる必要があると概算した。このときの計算では吹上げ気流の寄与を無視している。
曲げられる空気量はおそらく毎秒 6t 近くになる。
まとめ
これまで学んできたことをここでもう一度復習するのと同時に、飛行機が飛ぶ理由をより深く理解
できる能力を与えてくれる物理的描像がどのような点で優れた考えであるのかをとりまとめたい。
● 翼によって曲げられる空気量は、翼の速度と空気の密度に比例している。
● 翼によって曲げられた空気の垂直方向の速度は、翼の速度と迎え角に比例している。
● 揚力は、曲げられた空気量と空気の垂直方向の速度の積に比例している。
● 揚力を得るために必要になる推力は、揚力と空気の垂直方向の速度の積に比例している。
次に物理的視点および通俗的説明における見方のそれぞれが主張する立場を見てみよう。
● 飛行機の飛行速度は減少する
物理的描像では翼で曲げられる空気量が小さくなるため、これを埋め合わせるため迎え角
が大きくなる。また揚力を得るための推力も大きくなる。通俗的説明では、このことを正
しく記述することができない。
● 飛行機の荷重は大きくなる
物理的描像によれば、翼で曲げられる空気量が同じでも、よりいっそうの揚力を得るため
には迎え角は大きくならなければならない。また揚力を得るのに必要な推力も大きくなる。
上と同様、通俗的な説明ではこのことを正しく記述することができない。
● 飛行機は上下逆さまでも飛ぶ
物理的描像を用いるとこれを説明するのに問題は何も生じない。飛行機は上下が逆さまに
なった翼の迎え角の大きさを調整することで翼に必要な揚力を与えることができる。通俗
的説明では背面飛行は不可能であるとしか言えない。
読者にはお分かりのように、翼の形状に固執した通俗的説明は大抵のことを十分うまく説明してく
れるかもしれないが、実際の飛行の原理を理解するための道具にはなりえない。揚力の物理的描像は、
飛行の原理を理解するうえでも簡単で、かつより強力な道具となるものである。
translated by NAKAI Yusuke (atelier aRchemy)
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