鉄硫黄クラスター形成に関わる硫黄輸送システム Sulfur Transport

トピックス
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〔ビタミン 89 巻
鉄硫黄クラスター形成に関わる硫黄輸送システム
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輸送タンパク質は,相反する 2 つの機能を担うこと
トランスフェリンは,エンドサイトーシスによって細
が求められる.輸送タンパク質は,輸送すべき元素ま
胞内のベシクル内に封入される.次に ATP 駆動型プロ
たは低分子化合物と特異的かつ安定に結合する仕組み
トンポンプの作用によってベシクル内の pH は低下し
を持たなくてはならない.その一方で,輸送タンパク
て酸性となる.高校の化学で学ぶように,酸性条件下
質は目的地に到着した時,または受け渡しするタンパ
では炭酸イオン(CO 32− )は炭酸ガス(CO2)となるので
ク質に遭遇した場合には,その荷物を放り出す機能を
トランスフェリン内部で CO32− リガンドが崩落する.
持たなければならない.結合と放出は正反対の機能な
その仕組みにより,強く結合していた鉄イオンが解離
ので,その切り換えには,何か特別な仕掛けが必要で
されるのである.この仕掛け,見事と言うほかない.
ある.輸送タンパク質は,どのようなメカニズムでこ
その放出された鉄イオンは,鉄貯蔵タンパク質である
の難題に対応するのか.精緻な触媒機構を持つ酵素と
フェリチンに取り込まれる.運び屋の特性として,化
比べて,輸送タンパク質は地味なイメージを持たれが
学結合の巧みな利用とともにタンパク質構造のダイナ
ちであるが,結合と放出のしくみを解明することは魅
ミックなコンフォメーション変化も重要である.トラ
力ある課題といえる.
ンスフェリンも鉄結合状態と解離状態でその立体構造
強い結合と速やかな放出を体現している運び屋とし
を大きく変化させることが知られている 1).
て,ほ乳類の血液中で鉄を輸送するトランスフェリン
近年,注目されているのは硫黄の運び手として機能
があげられる.トランスフェリンは鉄(Fe 3+)との結合
するタンパク質たちである.タンパク質の電子授受に
において,自身の Tyr,His,Asp 残基とともに炭酸イ
機能する鉄 - 硫黄クラスターには,
[2Fe-2S]型,
[4Fe-
オン(CO32− )を巻き込んで鉄 - 炭酸錯体として Fe3+ を
4S]型などユニークな構造が存在しており,タンパク
1)
補足する .ハードソフト酸塩基(HSAB)の経験則に
3+
2−
質に結合した鉄 - 硫黄クラスターは異なる酸化還元電
よれば,Fe と CO3 は固い酸と固い塩基なので,3
位を持つ.これらの硫黄原子は,アミノ酸の L-システ
価鉄と炭酸は強固で安定な結合体を形成できる(図
イン(L-Cys)に由来する.L-Cys から 2 価の硫黄を切り
3+
1).Fe が中性の水にはほとんど溶けないことや,病
出すのは,システイン脱硫酵素(L-Cys desulfurase)の
原菌の感染成立にはホストの鉄を奪取することが必須
作用による.L-Cys から切り出される 2 価硫黄とは,
の過程であることを考えると,トランスフェリンの使
つまり硫化水素イオン(HS−)のことである.これが細
命は極めて重要である.それでは,鉄イオンはどのよ
胞内に遊離されると極めて有毒なので,硫黄授受はタ
うにして放出されるのか.鉄をしっかりと抱き込んだ
ンパク質間での「直接的な S の授受プロセス」が存在す
ると考えられてきた.システイン脱硫酵素と硫黄輸送
体が相互作用することは,輸送タンパク質を共存させ
ると脱硫酵素の反応速度が高くなることからも支持さ
れてきた 2).システイン脱硫酵素はピリドキサールリ
ン酸を補欠分子族として持つが,この補欠分子はタン
パク質内部の奥底にある.また切り出した硫黄を酵素
の表面に運び出す可動性の高いループの存在も結晶構
造解析から考察されてきた.硫黄を受け取る運び屋の
側も可動性ループを持ち,その領域に含まれる L-Cys
残基が過硫化物(-S-SH)を形成すると考えられる.ルー
プ構造の可動性が硫黄授受の鍵を握ることは重要な示
唆である.そのような動的な構造解析はどうアプロー
チできるだろうか.可動性の高いループは,大抵の場
合ハッキリ見えないので,結晶構造解析では硫黄の授
図 1 トランスフェリンの Fe3+捕獲
受の仕組みは明らかにできない.
2 号(2 月)2015〕
トピックス
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Singh ら 3)は,硫黄の授受プロセスを分子レベルで
硫黄の授受能力を失ったアルキル化 SufE をつぎに作
解析する新たな手法として水素 - 重水素交換 - 質量分
成した.アルキル化 SufE は脱硫酵素 SufS と結合して,
析法を開発した.そして,大腸菌の SufS(PLP 依存型
接触面でのアミド基 D → H 交換を遅らせた.しかし,
L-Cys 脱硫化酵素)と SufE(硫黄輸送タンパク質)にお
化学修飾を受けた Cys51 残基の周辺は D 保持能が低下
いて,双方の残基レベルでのタンパク質の分子間での
することを示した.Singh ら 3)は,アルキル化 Cys 残
接触を解析している.この巧妙な手法は,アミド水素
基とは硫黄を受け取った状態,すなわち,過硫化 Cys
(-CO-NH-)の溶媒中の水または重水の H/D との速やか
残基の類似であると考えている.そして,アルキル化
な交換現象に基づく.しかし,接触する残基の同定に
Cys 残基周辺に溶媒分子が入り込む余地が生じたこと
NMR を使うのではなく,短時間のペプシン消化で得
は,硫黄を受け取った Cys51 残基の周辺構造での大き
られるペプチド分解物を高分解能質量分析計で同定す
なコンフォメーション変化を示唆していると考察して
ることで重水素を保持する領域を特定するものであ
いる.
る.
質量分析計を用いればタンパク質内の H/D 交換をペ
タンパク質分子内のアミドプロトンの交換速度は,
プチドレベルで解析できることは理屈では理解できる
その場所によってかなり大きく異なる.溶媒と接する
が,その実現には以下にあげるいくつかの技術的な工
タンパク質表面では H/D 交換は 15 秒以内ということ
夫を要するのである.まず,高濃度のタンパク質を用
で,いくら手際よく作業しても MS 解析に持ち込むこ
いて複合体形成の有無による比較によって H/D 交換速
とは困難である.ところが,タンパク質内部やタンパ
度の差を相対的に測ることである.SufS-SufE の複合
ク質分子同士の接触面では,溶媒との接触が強く制限
体形成の解析手順は,1)D2O 中での全アミド水素の重
されるために H/D 交換に要する時間は,数分から 1 時
水素化→ 2)複合体形成→ 3)H2O を加えての D → H
間 弱 の 長 い 時 間 を 要 す る.Singh ら 3)は, 脱 硫 酵 素
置換,の三段階を経て行われる.対照実験では複合体
SufS に お い て は,PLP 結 合 Lys226 を 含 む 225-236 の
形成をさせず,SufS と SufE をそれぞれ単独のタンパ
内部ループ領域と硫黄を運ぶ Cys364 を含む 356-366
ク質として 1)と 3)の処理を行う.この対照実験との
の外部ループ領域(図 2)が,アミド交換時間に 10 分
比較により,複合体内部で強く保持されたアミド重水
間から 1 時間程度の大きな差が生じることを示した.
素 D がペプチド断片の質量数増加として解析すること
また,硫黄輸送体 SufE 側でも 38-56 のループ+ヘリッ
ができる.ここで用いられるタンパク質は 1.5 mM と
クス領域と 66-83 のヘリックス+ストランド領域(図
いう高濃度なので SufS(88.8 kDa)は 11 mg/mL,SufE
3)が水素交換時間にして 10 分以上の時間差が生じる
(15.8 kDa)では 2 mg/mL の溶液を調製する.その 2μL
ことを明らかにした.なお,SufE では前者の 38-56 領
を 23μL の D2O と混ぜて 25℃で 8 分間,重水素化を
域のループに含まれる Cys51 が過硫化体(-S-SH)を形
行 う.D → H へ の 置 換 の た め に は さ ら に 250μL の
成する役割を担う.
H2O を添加して,そこから D → H への置換が進行す
Singh ら 3)は,硫黄の授受に関わる Cys51 残基をヨー
るタンパク質を経時的にギ酸で沈殿させることで測定
ドアセトアミドで化学修飾し,SufS には結合できるが
サンプルの調製を行っている.つぎに,質量分析計で
ϲϲͲϴϯ
ϮϮϱͲϮϯϲ
<ϮϮϲ
ϱϭ
ϯϴͲϱϲ
ϯϱϲͲϯϲϲ
W>W
⣲
図 2 SufS におけるアミド重水素が強く保持される領域
[225-236]と[356-366]
(文献 3 を参照して作成).
ᙉ
ᣢ
図 3 SufE におけるアミド重水素が強く保持される長い
領域[38-56]と[66-83]
(文献 3 を参照して作成).
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〔ビタミン 89 巻
測定可能なペプチドへと調製する過程では,酸性で働
文 献
くペプシンが用いられる.その操作は,氷上にて 5 分
間のみのごく短時間のインキュベートである.この条
1)Jeffrey PD, Bewley MC, MacGillivray RT, Mason AB, Wood-
件では,基質となるタンパク質のごくわずかな割合し
worth RC, Baker EN (1998) Ligand-induced conformational
かペプシン消化を受けていない可能性が高いが,でき
change in transferrins: crystal structure of the open form of the N-
るだけ長い断片のペプチドを得ることと,質量分析計
が高感度であるため必要とされるペプチドの物質量は
terminal half-molecule of human transferrin. Biochemistry 37,
13978-13986
2)Outten FW, Wood MJ, Munoz FM, Storz G (2003) The SufE pro-
ごく微量でよいことであろう.これは,高度で熟練し
tein and the SufBCD complex enhance SufS cysteine desulfurase
た実験技術が最先端の分析器機を活用した好例といえ
activity as part of a sulfur transfer pathway for Fe-S cluster as-
る.
sembly in Escherichia coli. J Biol Chem 278, 45713-45719
3)Singh H, Dai YY, Outten FW, Busenlehner LS (2013) Escherichia
Key Words:Sulfur Transfer, H/D exchange, Iron-sulfur
cluster
coli SufE Sulfur Transfer Protein Modulates the SufS Cysteine
Desulfurase through Allosteric Conformational Dynamics. J Biol
Chem 288, 36189-36200
Department of Bioresources Chemistry, Graduate School of
Environmental Life Science, Okayama University
Takashi Tamura, Kaori Asano
岡山大学大学院環境生命科学研究科
田村 隆,浅野 香織