スペイン語の SVO/VOS 語順とイントネーションの関係について 高澤美由紀 亜細亜大学 Abstract This study investigates the relationship between the canonical and non-canonical word orders (SVO/VOS) and intonation in Castilian Spanish from the informative point of view (three types of focus). We analyzed the intonation patterns of focused constituents in different word orders and discuss five findings in the paper. In canonical word order, 1) the narrow and contrastive focused constituents (S) show the highest score of fundamental frequency in the whole utterance; 2) the F0 excursion size of the narrow and contrastive focused constituents are greater than that of the broad focused constituent; and 3) the utterances including a contrastive focused constituent tend to be split into two melody groups. On the other hand, in non-canonical word order, 1) the constituent preceding a narrow or contrastive focused constituent shows the highest F0 score in the whole utterance; and 2) the utterances including a narrow or contrastive focused constituent tend to be split into two melody groups. 1.序 言語を語順という観点からみた場合、日本語が SOV 型に分類されるのに 対し、スペイン語は英語と同様に SVO 型に分類される。ただし、スペイン 語は英語よりも比較的語順が自由であると一般的に考えられている。スペ イン語初学者向けのテキストにおいても、動詞の活用形が主語と照応し、 その人称と数を主語に一致させるという点、および名詞を形容詞で修飾す る場合、形容詞は名詞に後置されるのが基本であるという点が強調される にとどまり、語順に関するその他の言及はあまり見られない。動詞 gustar 「好きである」に代表される、感情動詞の主語は動詞に後置されることが 指摘されるが、語順に関して紙面が割かれることはまれである。スペイン 語初学者向けのテキストの対象が、大学生であることが多く、英語を学習 してきたことが前提になっていることに一因があるのかもしれない。一方 で、学習文法書には、 「文の中の語順は固定していませんが、基本的に「旧 情報+新情報」という順番の原則と、 「強調・対比語」を先頭に置くという 原則によって決まります」1 というように、情報機能の観点から語順を説明 するものもある。 つまり、スペイン語は統語機能の観点からは比較的語順が自由とされる 言語ではあるが、情報機能がかなりの部分で語順に制約を与えていると考 えられ、野田(1983)や Zubizarreta(1999)においても情報機能が語順に関 与するという指摘がなされている。特に Zubizarreta(1999)は、主語 S が目 的語 O に先行し、O が前置詞句 P に先行するのが無標の語順であるが、疑問に対 する答えの要点の部分が S や O に該当する場合には核アクセントの 1 つである 中立アクセントが中立焦点である S や O に置かれるようにするために、VOS, VOPS, VPO という 3 種類の有標の語順を必要とすることがあると指摘している。 一方、語順と並んでイントネーションも情報機能の影響をうけることが Sosa (1999)、Hualde(2003)、および高澤(2008, 2014)等において報告され ている。 以上のことから、無標の語順である SVO と有標の語順である VOS において、 広焦点、狭焦点、対照焦点の 3 つが、それぞれどのようなイントネーションで実 現されるのかを調べた。 1.1 Zubizarreta(1999)の焦点に関する記述 Zubizarreta(1999)では、発話の際に話し手と聞き手の両者間にあらか じめ共有されている情報を前提と呼び、前提ではない部分を焦点と定義し ている。また焦点は、疑問に対する答えの要点の部分である中立焦点、前 提の一部を否定して代わりの要素を提示する対比焦点、対比焦点を文頭や 節頭に移動した前置焦点の 3 つに下位分類されると定義する。これらの焦 点において、中立焦点には中立アクセント、対比焦点と前置焦点には強調 アクセントを置いて発話され、これら 2 つのアクセントは核アクセントを 下位分類したものであるとしている。Zubizarreta によって言及された中立 アクセントは、Sosa(1999)においてメロディーグループの核として言及 されている。Sosa は、発話の中で最も強調される単語であるメロディーグ ループの核は、英語やロシア語では移動が可能であるのに対し、フランス 語やポルトガル語と同様、スペイン語では移動が不可能であると指摘して いる。つまり、発話の中で最も強調される単語は、メロディーグループの 最後に置かれなければならないということになる。 1.2 Kim et al.(2003)の焦点の定義 本稿において、広焦点、狭焦点、および対照焦点は Kim(2003)によっ て用いられた定義に従った。まず、広焦点は音調句全体が焦点になってい るものである。例えば、¿Qué ocurre?「どうしたの?」に対する答えである、 José miró el reloj solar.「ホセが日時計を見たんだ。」全体が焦点となってい るものである。次に、狭焦点は疑問に対する答えの要点の部分が焦点にな っているものである。例えば、¿Quién miró el reloj solar?「誰が日時計を見た の?」に対する答えである、José miró el reloj solar.の主語に相当する José「ホ セが」の部分が狭焦点となる。また、対照焦点は焦点になっている要素と 競合関係にある他の要素を対照させて前者が正しい要素であると主張する ものである。例えば、¿Quién miró el reloj solar, Miguel o José?「誰が日時計 を見たの、ミゲル、それともホセ?」という疑問文において、焦点になっ ている要素 José「ホセ」と競合関係にある Miguel「ミゲル」を対照させて、 答えである José miró el reloj solar.の中の主語 José が正しい要素であると主 張するものである。 2.手順 2.1 音声資料 音声資料として、イベリア半島出身のスペイン語母語話者(話者 1:30 代男性 1 名、話者 2:30 代女性 1 名)による朗読音声を用いた。録音は、 清泉女子大学(東京)のスタジオにおいて、PCM レコーダ(ローランド社 製 R-26)とステレオマイクロホン(オーディオテクニカ社製 AT9943) を使用して行った。朗読文はいずれも CV(C)型の 9 音節からなり、全ての 内容語が後ろから 2 番目の音節にアクセントを持つ(以下「次末強勢」と 呼ぶ)1) Lola mira la torre blanca.「ロラは白い塔を見る。」と全ての内容語が 最後の音節にアクセントを持つ(以下「語末強勢」と呼ぶ)2) José miró el reloj solar.「ホセは日時計を見た。」という無標の SVO 語順の文、およびそ れぞれの主語を文末に置いて有標の VOS 語順にした 3) Mira la torre Lola.と 4) Miró el reloj solar José.の計 4 文である。それぞれの文は広焦点、狭焦点、 対照焦点を含む 3 種類の発話として実現された。下線をひいた語が狭焦点 と対照焦点におけるターゲット語である。分析対象とした発話は 4 文×3 焦点×5 回繰り返し×2 名=120 発話である。 2.2 分析 2.1 で録音した 120 発話について、音声分析ソフト Praat を用い、音声波 形、スペクトログラフ、F0 曲線を表示することにより、発話全体、ターゲ ット語直前語の語、およびターゲット語の基本周波数の平均値、最大値、 および最小値を測定した。また、イントネーションの記述は F0 曲線をもと に、Sosa(1999)の原則と定義に従った。 3.結果 3.1 無標の語順 SVO において用いられた音調パターン 表 1 と表 2 は、無標の語順 SVO において、それぞれの焦点タイプで用い られた音調パターンをまとめたものである。イタリック体で示された数字 は、ターゲット語において生起した回数を示している。 まず、表 1 を見ると、頭部 2 の音調パターンにおいて次末強勢の文タイ プの発話の場合、L*+H が広焦点では 19 回、狭焦点では 13 回、対照焦点 では 9 回用いられている。一方、語末強勢の文タイプの場合、L+H*が広焦 点では 20 回、狭焦点では 14 回、対照焦点では 15 回用いられている。 ターゲット語 Lola José 表1 L* H* L*+H L+H* H*+L H+L* BF 10 9+10 1 NF 12 6+7 1 CF 12 2+7 3+1 BF 7 NF 14 8+6 CF 13 8+7 1 10+10 2 SVO 語順 60 発話中に用いられた頭部の音調パターンの種類と回数 (BF:広焦点 NF:狭焦点 CF:対照焦点) また、表 23 を見ると、どちらのアクセントタイプの文においても境界音 調を含む L* L%がそれぞれの焦点タイプで 10 回ずつ用いられている。こ れは全て発話末に生起したものである。しかし、狭焦点と対照焦点の場合、 発話数を超えた境界音調が生起し、ターゲット語の後ろにポーズを置き、 メロディーグループを増やすケースが見られた。これらの L* L%以外の境 界音調を含む音調パターンを詳細に見ていく。 まず、ターゲット語が Lola の場合を見ていく。狭焦点における L* H%1 回と H* L%3 回はすべて話者 2、対照焦点における L* H%3 回と H* L%2 回 のうち 1 回は話者 1、そして対照焦点における H* L%2 回のうち 1 回は話 者 2 のそれぞれ発話であり、全て主語 Lola で生起するものである。 次に、ターゲット語が José の場合を見ていく。狭焦点における L*+H H% と L+H* L%1 回ずつは話者 2、対照焦点における L+H* H%1 回は話者 1、 および L+H* L%は話者 2 のそれぞれ発話であり、やはり主語 José で生起 するものである。 ターゲット語 Lola José 表2 L*L% L*H% H*L% BF 10 NF 10 1 3 CF 10 3 2 BF 10 NF 10 CF 10 H*H% L+H*H% L*+HH% L+H*L% 1 1 (1) (1) 1 1 SVO 語順 60 発話中に用いられた核の音調パターンの種類と回数 (BF:広焦点 NF:狭焦点 CF:対照焦点) 3.2 有標の語順 VOS において用いられた音調パターン 表 3 と表 4 は、有標の語順 VOS において、それぞれの焦点タイプで用い られた音調パターンをまとめたものである。イタリック体で示された数字 は、ターゲット語において生起した回数を示している。 まず、表 3 を見ると、頭部の音調パターンにおいて次末強勢の文タイプ の発話の場合、H*+L が広焦点では 12 回、狭焦点では 11 回、対照焦点では 12 回と、他のどの音調パターンよりも高い頻度で用いられている。一方、 語末強勢の文タイプの場合、L+H*が広焦点では 20 回、狭焦点では 21 回、 対照焦点では 14 回というように、他のどの音調パターンよりも高い頻度で 用いられている。 また、表 44 を見ると、どちらのアクセントタイプの文においても境界音 調を含む L* L%が各焦点タイプの発話末でほぼ用いられているが、次末強 勢の文タイプの狭焦点において、H+L* L%が話者 1、そして対照焦点にお いて、H* L%が話者 2 の発話末でそれぞれ用いられている。さらに、狭焦 点と対照焦点の場合は特に、発話数を超えた境界音調が生起し、ターゲッ ト語の前にポーズを置き、メロディーグループを増やすケースが 14 ケース 見られた。これらの L* L%以外の境界音調を含む音調パターンを詳細に見 ていく。 ターゲット語 L* H* L*+H L+H* H*+L H+L* H*+H Lola José 表3 BF 7 NF 2 8 12 6 7 11 CF 4 7 12 BF 10 20 NF 8 21 CF 9 1 2 1 14 VOS 語順 60 発話中に用いられた頭部の音調パターンの種類と回数 (BF:広焦点 NF:狭焦点 CF:対照焦点) まず、ターゲット語が Lola の場合を見ていく。広焦点における H*+H L%1 回は話者 2、狭焦点における L* H%2 回は話者 1 と話者 2 それぞれ 1 回ず つ、H* H%1 回は話者 2、対照焦点における H* H%4 回は話者 1、L+H* H%1 回は話者 2 のそれぞれ発話であり、すべてターゲット語である主語 Lola の 前の blanca で生起するものである。 次に、ターゲット語が José の場合を見ていく。対照焦点における L+H* H%6 回のうち、話者 1 は 1 回、話者 2 は 5 回、それぞれ発話のターゲット 語である主語 José の前の solar で生起するものである。 ターゲット語 Lola José 表4 L*L% BF 10 NF 9 CF 9 BF 10 NF 10 CF 10 L*H% H*L% H*H% L+H*H% H*+HL% H+L*L% 1 2 1 (1) 4 (1) 1 6 VOS 語順 60 発話中に用いられた核の音調パターンの種類と回数 (BF:広焦点 NF:狭焦点 CF:対照焦点) 3.3 無標の語順 SVO と有標の語順 VOS の発話の基本周波数 表 5~表 8 は、話者 1、および話者 2 による、次末強勢の文タイプの SVO と VOS、および語末強勢の文タイプにおける SVO と VOS の各焦点での 5 発話の発話全体の F0 最大値、その F0 変動幅、ターゲット語直前語内の F0 最大値、その F0 変動幅、ターゲット語の F0 最大値とその F0 変動幅の平 均値をまとめたものである。 まず、表 5 に示すように、話者 1 による次末強勢の無標の SVO 語順の場 合、ターゲット語は発話の初めに生起し、発話全体の F0 最大値とほぼ同 じ、もしくは少し低い値を示す。一方、ターゲット語が発話末に生起する 有標の VOS 語順の場合、発話全体の F0 最大値よりもかなり低い値を示し ている。これらの傾向は、どの焦点タイプにおいても同様である。 また、F0 変動幅について見ていくと、発話全体の F0 変動幅は、SVO、 VOS ともに広焦点<狭焦点<対照焦点、VOS におけるターゲット語直前語 内の F0 変動幅も広焦点<狭焦点<対照焦点というように、広焦点が一番小 さい傾向を示す。さらに、ターゲット語内の F0 変動幅も発話頭にターゲッ ト語がある SVO の場合は広焦点<狭焦点<対照焦点、ターゲット語が発話 末にある VOS の場合は広焦点<対照焦点<狭焦点となるが、SVO の場合、 狭焦点や対照焦点の値は広焦点と比較するとかなり大きい傾向が見られる のに対し、VOS の場合、それぞれの焦点タイプ間での差が小さい傾向が見 られる。 焦点 語順 タイプ 広焦点 狭焦点 対照焦点 発話全体 発話全体 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) SVO 183 15.21 VOS 161 13.23 SVO 190 17.04 VOS 176 14.77 SVO 221 21.73 VOS 184 17.49 表5 ターゲット語 ターゲット語 直前語内 直前語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 141 174 182 5.67 10.46 10.86 ターゲット語内 ターゲット語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 177 7.77 115 5.65 190 13.13 126 7.86 221 16.54 119 7.76 話者 1 による次末強勢の文タイプにおける 基本周波数(F0)の平均値 次に表 6 に示されるように、話者 1 による語末強勢の文タイプの SVO の 場合、表 5 においてと同様、ターゲット語は発話頭に生起し、発話全体の F0 最大値とほぼ同じ、もしくは幾分低い値を示す。一方、ターゲット語が 発話末に生起する VOS の場合、発話全体の F0 最大値よりもかなり低い値 を示している。これらの傾向は、どの焦点タイプにおいても同様である。 また、F0 変動幅について見ていくと、発話全体の F0 変動幅は、SVO、 VOS ともに広焦点<狭焦点<対照焦点、VOS におけるターゲット語直前語 内の F0 変動幅も広焦点<狭焦点<対照焦点というように、広焦点が一番小 さい傾向を示す。また、広焦点よりも狭焦点や対照焦点の場合の方が、す べての変動幅が大きい傾向が見られる。しかし、VOS の場合の発話全体の F0 変動幅は、それぞれの焦点タイプ間での差が小さい傾向が見られる。こ れらの傾向もまた、表 5 においてと同様である。表 5 との違いは、VOS の 場合のターゲット語内の F0 変動幅がかなり小さい値を示すことである。 焦点 タイプ 広焦点 狭焦点 対照焦点 語順 発話全体 発話全体 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) SVO 176 12.60 VOS 157 11.03 SVO 198 15.05 VOS 167 11.49 SVO 221 19.18 VOS 185 12.86 表6 ターゲット語 ターゲット語 直前語内 直前語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 120 164 178 4.26 10.98 11.97 ターゲット語内 ターゲット語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 173 8.16 106 3.62 197 12.27 94 1.74 221 11.01 118 2.35 話者 1 による語末強勢の文タイプにおける 基本周波数(F0)の平均値 第 3 に、表 7 に示すように、話者 2 による次末強勢の文タイプの SVO の 場合、表 5 や表 6 に示した話者 1 の結果においてと同様、ターゲット語は 発話頭に生起し、発話全体の F0 最大値とほぼ同じ、もしくは少し低い値を 示す。一方、発話末にターゲット語が生起する VOS の場合、発話全体の F0 最大値よりもかなり低い値を示している。これらの傾向は、どの焦点タイ プにおいても同様である。 また、F0 変動幅について見ていくと、発話全体の F0 変動幅は、SVO で は対照焦点<広焦点<狭焦点、VOS では広焦点<狭焦点<対照焦点となり、表 5 と表 6 で示された結果とは異なる。一方、VOS におけるターゲット語直 前語内の F0 変動幅も広焦点<狭焦点<対照焦点という傾向を示すが、それ ぞれの焦点間の差は非常に小さい傾向を示す。また、ターゲット語内の F0 変動幅は、SVO では広焦点<対照焦点<狭焦点、VOS では広焦点<狭焦点< 対照焦点となっている。さらに、VOS の場合、広焦点よりも狭焦点や対照 焦点の方が、発話全体とターゲット語内の変動幅が大きい傾向が見られる。 第 4 に、表 8 に示されるように、話者 2 による語末強勢の文タイプの SVO の場合、広焦点の場合以外では、発話の初めに生起するターゲット語 は、発話全体の F0 最大値とほぼ同じ、もしくは少し低い値を示す。一方、 VOS の場合、表 5~表7と同様、発話末に生起するターゲット語は、発話 全体の F0 最大値よりもかなり低い値を示している。これらの傾向は、どの 焦点タイプにおいても同様である。 焦点 タイプ 広焦点 狭焦点 対照焦点 語順 発話全体 発話全体 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) SVO 308 19.82 VOS 299 17.79 SVO 285 21.57 VOS 308 20.55 SVO 281 16.08 VOS 305 23.83 表7 ターゲット語 ターゲット語 直前語内 直前語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 284 298 305 7.07 7.39 7.45 ターゲット語内 ターゲット語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 283 3.97 212 11.84 273 8.00 213 14.16 254 5.03 227 18.72 話者 2 による次末強勢の文タイプにおける 基本周波数(F0)の平均値 また、F0 変動幅について見ていくと、発話全体の F0 変動幅は、SVO、 VOS においてともに広焦点<対照焦点<狭焦点を示すが、VOS では各焦点 タイプで F0 変動幅にあまり差は見られない傾向がある。一方、VOS にお けるターゲット語直前語内の F0 変動幅は、広焦点<狭焦点<対照焦点とな り、広焦点よりも狭焦点や対照焦点の方が大きい傾向が見られる。また、 ターゲット語内の F0 変動幅は、SVO では対照焦点<広焦点<狭焦点、VOS では広焦点<狭焦点<対照焦点となっている。さらに、VOS の場合、ターゲ ット直前語内での変動幅は、各焦点タイプ間での差が小さい傾向がある。 焦点 タイプ 広焦点 狭焦点 対照焦点 語順 発話全体 発話全体 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) SVO 324 11.68 VOS 282 11.28 SVO 319 17.22 VOS 326 12.21 SVO 277 11.81 VOS 305 11.39 表8 ターゲット語 ターゲット語 直前語内 直前語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 282 326 305 5.46 8.27 7.32 ターゲット語内 ターゲット語内 の の F0 最大値 F0 変動幅 (Hz) (St.) 277 5.55 198 3.69 319 9.25 205 4.18 277 5.47 223 5.32 話者 2 による語末強勢の文タイプにおける 基本周波数(F0)の平均値 3.4 SVO と VOS 語順における、各焦点タイプの F0 曲線と音調パターン 図 1 と図 2 は、話者 1 によって無標 SVO 語順、広焦点で発話された F0 曲線を示したものである。図 1 は次末強勢の語からなる文タイプ、図 2 は 語末強勢の語からなる文タイプである。 まず、図 1 において、発話は 117.6Hz から始まり、174.8Hz を示す Lola の la という音節まで上昇し、そこから下降する。その後、mira の mi の音 節から上昇を再び始め、187.5Hz を示す ra の音節まで上昇し、隣接する音 節 la に向かって下降する。そして、torre の to の音節で 129.8Hz から発話 末に向かって 75.5Hz まで下降する。これを音調パターンで記述すると、 L*+H L*+H L* L* L%となる。一方、図 2 において、発話は 127.9Hz から始 まり、160.5Hz を示す José の sé の音節まで上昇し、そこから下降する。そ の後、miró の ró の音節で上昇し始め、その音節で 158.2Hz まで下降し、そ の後 reloj の loj の音節から発話末に向かって 65.0Hz まで緩やかに下降す る。これを音調パターンで記述すると、L+H* L+H* L* L* L%となる。つま り、すべての語が次末強勢の文の発話は L*+H が基本の音調パターンであ り、すべての語が語末強勢の文の発話は L+H*が基本の音調パターンとな る。また、無標の語順 SVO が広焦点で発話された場合、1 ケース以外、タ ーゲット語である主語とその後に生起する動詞において F0 曲線はピーク 1201 3.75410964 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Lo la L*+H mi ra la to rre blan L*+H L* ca L* L% 0 3.977 Time (s) 図1 SVO 語順、広焦点の発話の F0 曲線(次末強勢の文タイプ) 2401 2.2582698 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Jo sé L+H* mi ró el re L+H* loj L* 0 so lar L*L% 2.926 Time (s) 図2 SVO 語順、広焦点の発話の F0 曲線(語末強勢の文タイプ) を描き、その 2 つのピークがほぼ同じ、もしくはどちらかがわずかに高い F0 値を示すが、その後は緩やかな下降調を示す。 次に、図 3 は話者 1 によって無標 SVO 語順、狭焦点で発話された F0 曲 線を示したものである。まず、図 3 において、発話は 113.5Hz から始まり、 201.5Hz を示す Lola の la という音節まで上昇し、そこから下降する。その 後、mira の mi の音節で 115.4Hz から上昇を再び始め、165.4Hz を示す ra の 音でまで上昇し、後続する音節 la に向かって下降する。そして、torre の to の音節で 118.7Hz から発話末に向かって 78.76Hz まで下降する。これを音 調パターンで記述すると、L*+H L*+H L* L* L%となる。この音調パターン は、図 1 で見た同じ無標の語順の広焦点の発話と同じであるが、この狭焦 点のタイプの発話は、ほとんどのケースにおいてターゲット語である主語 におけるピークの F0 値が発話全体の中で際立って高く、ターゲット語の F0 値の変動幅が大きい。話者 2 の発話の場合、ターゲット語である主語の 後ろでポーズをとることにより、1 発話が 2 つのメロディーグループから なるケースが 10 ケース中 6 ケース見られる。 1302 2.73747251 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Lo la L*+H mi ra la L*+H to rre L* blan ca L*L% 0 3.281 Time (s) 図3 SVO 語順、狭焦点の発話の F0 曲線 さらに、図 4 は話者 1 による無標の語順 SVO、対照焦点の発話の F0 曲 線を示す。図 4 において発話は 141.9Hz から始まり、227.6Hz を示す Lola の la の音節まで上昇し、一度ポーズをとる。その後、mira の mi の音節は 122.5Hz で再び上昇し始め、ra の音節で 149.4Hz まで上昇し、そこから後 続する la の音節で 97.4 Hz まで下降し、109.9 Hz を示す torre の to の音節 から発話末に向かって 83.7Hz まで緩やかに下降する。これを音調パターン で記述すると、L* H% L*+H L* L* L%となる。この対照焦点の発話は、広 焦点や狭焦点の発話よりも、各発話で音調パターンにばらつきが見られる が、ほとんどのケースにおいてターゲット語である主語におけるピークの F0 値が発話全体の中で際立って高く、ターゲット語の F0 値の変動幅が大 きい。また、狭焦点の場合と異なり、話者 1 においても話者 2 の発話の場 合と同様に、ターゲット語である主語の後ろでポーズをとることにより、 1 発話が 2 つのメロディーグループからなるケースが見られ、合わせて 20 ケース中 7 ケース見られる。 1403 3.40642427 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Lo la mi ra la to rre blan ca L* H% L*+H L* L*L% 0 3.815 Time (s) 図4 SVO 語順、対照焦点の発話の F0 曲線 また、図 5 は話者 1 による有標の語順 VOS、狭焦点の発話の F0 曲線を 示す。図 5 において発話は 121.4Hz から始まり、170.2Hz を示す Mira の ra の音節まで上昇し、そこから後続する音節 la の 100.6Hz まで下降し、その 後、torre の to の音節は 110.5Hz から再び上昇し始め、rre の音節で 130.1Hz まで上昇し、そこから隣接する blanca の blan の音節まで 98.6 Hz まで下降 し、169.4Hz を示す blanca の ca の音節まで上昇し、その後ターゲット語で ある Lola の音節 lo の 122Hz まで下降し、発話末に向かって 50Hz まで下降 する。これを音調パターンで記述すると、L*+H L*+H L*+H H+ L* L%とな る。この狭焦点の発話は、無標の SVO 語順の発話よりも、各発話で音調パ ターンにばらつきが見られるが、ほとんどのケースにおいてターゲット語 である主語の直前の語の F0 最大値は、発話全体の F0 最大値である。また ターゲット語である主語の前でポーズをとることにより、1 発話が 2 つの メロディーグループからなるケースが 20 ケース中 3 ケース見られる。 1105 3.04250265 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Mi ra la to rre blan L*+H L*+H ca L*+H Lo la H+L*L% 0 3.664 Time (s) 図5 VOS 語順、狭焦点の発話の F0 曲線 最後に図 6 は、話者 1 による有標の語順 VOS、対照焦点の発話の F0 曲 線を示す。図 6 において発話は Mira の音節 Mi で 122.3Hz から始まり、そ の音節内で 140.9Hz まで上昇し、そこから音節 la の 84.4Hz まで下降し、 その後、torre の to の音節は 134.7Hz から再び下降し始め、rre の音節で 88.3Hz まで下降し、そこから隣接する blanca の blan の音節から 182.6Hz を示す blanca の ca の音節まで上昇し、一度休止をとり、その後ターゲッ ト語である Lola の音節 lo は 100.0Hz から発話末に向かって 81.9Hz まで下 降する。これを音調パターンで記述すると、H*+L H*+L H* H% L* L%と なる。この対照焦点の発話も、無標の SVO 語順の発話よりも、各発話で 音調パターンにばらつきが見られるが、ほとんどのケースにおいてターゲ ット語である主語の直前の語の F0 最大値は、有標の語順 VOS、狭焦点の 発話と同様に、発話全体の F0 最大値である。またターゲット語である主 語の前でポーズをとることにより、1 発話が 2 つのメロディーグループか らなるケースが 20 ケース中 11 ケース見られる。 1206 3.55991189 250 200 Pitch (Hz) 150 100 50 Mi ra la to rre blan ca H*+L H*+L H* H% Lo la L* L% 0 3.874 Time (s) 図6 VOS 語順、対照焦点の発話の F0 曲線 4.考察と結論 まず、今回扱った音声資料は、全て平叙文発話であり、9 音節からなる文 であるので、一般的には 1 つのメロディーグループで発話され 5、Sosa(1999) で言及されるように、発話末は L* L%というメロディーグループの核を含 む音調が用いられると考えられる。この発話末の L* L%は、3.1 の表 2 と表 4 で見たように、120 発話中 2 発話以外、無標/有標、焦点タイプに関係な く、すべての発話において実現されている。また、3.4 の図 1 と図 2 で比較 したように、広焦点の平叙文発話、つまり中立的な平叙文発話の場合、次 末強勢の語は L*+H、語末強勢の語は L+H*が基本の音調パターンとして用 いられる傾向が見られ、これは Martínez Celdrán et al.(2013)6 で指摘され た音調パターンとアクセントの関係の指摘と一致する。また、有標の VOS 語順の場合、3.2 の表 1 と表 3 を比較すると、次末強勢の語が有標の VOS 語順の場合、L*+H よりも H*+L の頻度が全ての焦点タイプで高くなり、発 話末で焦点を含む語が実現される場合、アクセントを持つ音節に後続する 音節での F0 ピーク、およびアクセントを持つ音節と後続する音節の F0 ピ ークは実現されないという Kim et al.(2003)の報告と一致する傾向が見ら れた。 第 2 に、3.4 の図 1 と図 2 で見たように、無標の SVO 語順、広焦点にお いては、S もしくは V に相当する単語内で発話全体の F0 最高値を示し、 その後緩やかに発話末に向かって下降調を示すが、狭焦点と対照焦点では 図 3 と図 4、および表 5~表 8 に示されるように、ターゲット語となる S に おいて発話全体の F0 最高値を示し、さらにターゲット語の F0 変動幅も大 きい傾向を示す。この F0 変動幅は特に対照焦点で顕著であり、全てが L*+H という音調パターンで生起されるわけではないが、対照焦点は広焦点より も高い L*+H で実現されるという Face(2002)の報告と同じ傾向を示す。 第 3 に、3.1 の表 2 で示したように、特に対照焦点では、ターゲット語の 後ろに休止を置き、1 発話を 2 つのメロディーグループに分けている。こ の結果は、Face(2002)や Kim et al.(2003)の報告と一致する。 第 4 に、3.3.表 5~表 8 で示されたように、有標の VOS 語順において、 広焦点ではターゲット語の直前の語の F0 上昇幅は話者 1、話者 2 ともにあ まり大きくない傾向を示すが、狭焦点と対照焦点では大きい傾向を示す。 第 5 に、狭焦点と対照焦点では 3.2 の表 4 で示されたように、ターゲッ ト語の前で休止をとることにより、1 発話を 2 つのメロディーグループに 分けている。この結果は、Kim et al.(2003)のターゲット語の前、もしく は後ろで休止が観察されるという報告と一致する。 以上のことより、語順とイントネーションには密接な関係があり、ター ゲットを際立たせる方略として、ターゲット語が文アクセントの位置にく るように 2 つのメロディーグループにわけて発話すること、またターゲッ ト語が発話末にある場合、ターゲット語の直前の語を高い音調で発話する ことが示唆された。 今回扱った資料数は十分とはいえず、ある程度の傾向をみるにとどまっ た。今後は被験者の数や文の種類を増やすことも必要であると考える。ま た、Vanrell et al.(2013)の研究において、対照焦点の音声的実現に用いら れるパラメータと聴取の際のキューになるパラメータは異なるのではない かという指摘もあるので、聴取実験もあわせて行っていきたいと考える。 * 発表の席上、貴重なコメントをくださった諸先生方、また研究の様々な 段階で貴重なコメントをくださった、木村琢也先生、John David Barrientos 先生、および実験の被験者として協力してくださった方々に心より感謝申 し上げます。 注 上田(2011, p.357) 2 Sosa(1999, p.139-142)によれば、平叙文発話は 1 つのメロディーグル ープを形成し、そのメロディーグループは、ピッチアクセント 1 つ以上 から構成される頭部[L*+H]n と発話末の核の部分 L* L%によって構成さ れる。 1 表 2 において、丸括弧で囲っているものは、mira と miró にそれぞれ生 起した音調パターンであり、今回の観察対象からは外した。 4 表 4 において、丸括弧で囲っているものは、発話末に生起した音調パ ターンであり、今回の観察対象からは外した。 5 Navarro Tomás(1966, p.46)は、メロディーグループはたいてい 5 音節 から 10 音節からなり、5 音節よりも少ないものや 15 音節を超えるもの は少なく、平均 7 音節から 8 音節であるとする。 6 Martínez Celdrán et al.(2013, pp.206-208) 5.引用文献 Face, Timothy L. (2002) “Local intonational marking of Spanish contrastive focus” Probus 14 pp.71-92. 3 Hualde, José Ignacio (2003) “El modelo métrico y autosegmenta” En Pilar Prieto (ed.) Teorías de la entonación. Barcelona: Editorial Ariel. pp.155-184 Kim, Sahyang y Heriberto Avelino (2003) “An Intonational Study of Focus and Word order variation in Mexican Spanish” En Esther Herrera Z. and Pedro Martín Butragueño (ed.) La tonía: dimensiones fonéticas y fonológicas. México: El Colegio de México. pp.357-374. Martínez Celdrán, Eugenio y Ana María Fernández Planas (2013) Manual de fonética española: Articulaciones y sonidos del español.Barcelona: Editorial Ariel. Navarro Tomás, Tomás. (1966) Manual de entonación española.3a. ed. México: Colección Málaga, S.A. 野田尚史 (1983) 「日本語とスペイン語の語順」 『大阪外国語大学学報』 62 pp.37-53. Sosa, Juan Manuel. (1999) La entonación del español. Madrid: Cátedra. 高澤美由紀 (2008) 「中立平叙文発話と中立ではない平叙文発話のイ ントネーション型の特徴」SOPHIA LINGÜÍSTICA 56 pp.151-161. 高澤美由紀 (2014) 「スペイン語の語順とイントネーション」 『亜細亜 大学学術文化紀要』2013(24)pp.1-16. 上田博人 (2011) 『スペイン語文法ハンドブック』研究社. Vanrell, María del Mar, Antonio Stella, Barbara Gili Fivela & Pilar Prieto (2013) “Prosodic manifestations of the Effort Code in Catalan, Italian and Spanish contrastive focus” Journal of the International Phonetic Association 43/2 pp.195-220. Zubizarreta, María Luisa (1999) “Las funciones informativas: tema y foco” En Ignaio Bosque y Violeta Demonte (ed.) Gramática descriptiva de la lengua española III. Madrid: Espasa Calpe., S.A. pp.4215-4244.
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