本文 - J

小 児 耳V◎L25,No.1,2004
原
著
成長 ホ ルモ ン治 療 中 に扁 桃肥 大 が増 悪 し重 度 の
睡 眠 時 無 呼 吸 症 を 起 こ した プ ラ ダ ー ・
ウ ィ リー 症 候 群 の1例
染 谷 知 宏,宮
本 茂 樹,工
藤 典 代,有
本友季子
千葉県こども病院 内分泌科,耳 鼻咽喉科
Severe Sleep Apnea Caused by Adenoid
Hyperplasia
Prader-Willi
Syndrome
During
Growth
Hormone
Tomohiro
Someya,
Shigeki
Miyamoto,
Fumiyo
Kudo,
Yukiko
in a Boy with
Treatment
Arimoto
Division of Endocrinology
Division of Otorhinolaryngology, Chiba Children's Hospital
The patient is a six-year-old boy with Prader-Willi syndrome (PWS). He started GH therapy
when he was five years of age. Although he showed mild sleep problems before GH therapy, he did
not have upper airway obstruction. Nine months after the initiation of GH therapy, he began to
show severe sleep apnea. Otorinolaryngologic study revealed marked enlargement of the adenoid.
After adenoidectomy, he showed remarkable improvement in sleep apnea.
Although the causal connection between GH therapy and adenoid enlargement is not clear, in
this patient, GH therapy might have been associated with the cause of airway obstruction.
Key words:
Prader-Willi
syndrome,
growth
hormone,
sleep
apnea,
adenoid
hyperplasia
1月 よ り我 が 国 に お い て も保 険 適 用 とな っ た 。
は じめ に
ま た,PWSで
ゆ
プ ラ ダ ー ・ウ ィ リー 症 候 群(PWS)は
症候
は 呼 吸機 能 低 下 を伴 い睡 眠障
害 を 起 こ す こ とが 臨 床 上 しば しば 問 題 とな る。
性 肥 満 を 呈 す る 遺 伝 性 疾 患 で あ る。 頻 度 は1∼
PWSの
1.5万 に1人
や 体 組 成 の 改 善 が 得 ら れ るの み な ら ず,呼
と推 定 さ れ,染
色 体15q11-q13領
患 者 に 対 しGH治
療 を 行 う と,成 長 率
吸障
域 の 父 性 遺 伝 子 発 現 の 欠 如 が 原 因 と考 え られ て
害 が 軽 減 し睡 眠 の 質 が 改 善 さ れ る こ とが 以 前 よ
い る 。 乳 児 期 に は 哺 乳 困 難,筋
り臨 床 家 の 間 で 知 られ て い る 。 こ の よ う に,
緊 張 低 下 を呈
し,し ば しば チ ュー ブ 栄 養 を 要 す る が,幼
児期
GH治
療 はPWSのQOLを
様 々な意味で改 善
以 降 病 的 な 過 食 傾 向 が 出 現 し症 候 性 肥 満 を呈 す
す る と 考 え ら れ て い た が,最
る よ う に な る 。 ま た,PWSは
治 療 中 に 突 然 死(deadinbed)を
突 然 死 を しば し
近 に な っ てGH
PWSの
タ ー ン に 関 し て はPWSは
重 で あ る べ き とす る 意 見 も 出 て い る。
きた した
ば 起 こ す症 候 群 と して も知 られ て い る。 成 長 パ
た し,日
cmと
明 らかな 低身 長 を来
本 人 男 児 の 最 終 身 長 は 平 均147±7.7
報 告 さ れ て い るD。 近 年,本
こ の よ う な 中,今
症 に おけ る
回 我 々 はGH治
療 中に閉
塞 性 の 睡 眠 時 呼 吸 障 害 を 発 症 し たPWSの
低 身 長 及 び 体 組 成 改 善 の 目的 で の 成 長 ホ ル モ ン
(GH)治
症 例 報 告 が 複 数 な され3-4),適 応 に は 慎
を経 験 し た の で 経 過 を 報 告 す る。
療 の 有 用 性 が 明 ら か とな り2),2002年
3ノ
症例
小 児 耳VoL25,No.1,2004
表1GRF,TRH,LH-RH負
荷 試験 の 結 果
症 例 報 告
症 例 は6歳
1688g,出
男 児 。 在 胎 週 数36週,出
生 時 身 長40.5cm,胎
宮 内 発 育 不 全(IUGR)の
生体重
児 仮 死 及び 子
ため帝 王 切開 で 出生
した 。 乳 児 期 に哺 乳 障 害 お よび 著 し い 筋 緊 張 低
下 を 認 め た た め 染 色 体 検 査(FISH法)を
PWS(欠
月,独
失 型)と
歩3歳
診 断 し た 。 ま た,頚
定9ヶ
と発 達 の遅 れ を 認 め,知 能 の 低 下
も伴 った 。5歳2ヶ
月 時 よ り低 身 長(-3.9SD)
治 療 の 目 的 でGH在
mg/kg/週
受け
宅 皮 下 注 射 治 療 を0.245
の 投 与 量 で 開 始 した 。 治 療 開 始 時 の
肥 満 度 は+13%で
あ った。 治 療 開 始 時 の 内分
泌 検 査 の 結 果 を 表1に
認 め る 他,甲
示 す 。GHの
分 泌不 全 を
状 腺 刺 激 ホ ル モ ン(TSH)の
反
応 も若 干 低 下 し て お り視 床 下 部 一 下 垂 体 系 の 異
常 を 伴 っ て い た 。 な お,患
者 は治療 開始前 よ り
軽 度 の 睡 眠 障 害 を 認 め て い た が,扁
桃 肥大 は認
めて いな かった。
GH治
療 開 始 数 日後 よ り睡 眠 時 呼 吸 障 害 は 著
明 に 改 善 し,成 長 率 も治 療 開 始 前 と比 し改 善 を
認 め,GH治
療 の 生 化 学 的 な 治療 効 果 の マ ー
カ ー とな り う る 血 中 ソ マ トメ ジ ンC(IGF-1)
値 も 治 療 開 始 前 が 正 常 下 限 の72ng/mLで
た も の が,140∼230ng/mLへ
あっ
図1手
上 昇 し,経 過 良
好 と思 わ れ て い た 。 し か し,治 療 開 始9ヶ
術 前 の 頸 部 側 面 レン トゲ ン写 真 。 アデ ノイ ド及
び 口蓋 扁 桃 肥 大 に伴 う気 道 狭 窄 を 認 め る。
月目
に 重 度 の 睡 眠 時 無 呼 吸 を 発 症 し緊 急 入 院 とな っ
た 。 入 院 時,身
に あ り,肥
長 は 一3.5SDとcatchup傾
満 度 は+4.4%と
向
肥 満 を伴 っ て いな
考
GH治
察
療 開 始9ヶ
月 目に 突 然 重 篤 な 閉 塞 性 睡
か っ た 。 睡 眠 時 の 強 い軒 と無 呼 吸 を 認 め た た め
眠 時 無 呼 吸 を 発 症 した6歳
閉 塞 性 睡 眠 時 無 呼 吸 と考 え耳 鼻 科 的 検 査 を行 っ
告 した 。 本 症 例 の 無 呼 吸 は 口蓋 扁 桃 及 び ア デ ノ
た。 レス ピ ソ ノグ ラ フ に て閉 塞 型 無 呼 吸 の パ
イ ドの 著 明 な増 殖 に 伴 う上 気 道 狭 窄 に よ っ て 引
ター ン を 示 し,レ
き起 こ さ れ て い た 。 我 々 が 検 索 した 限 りPWS
ン トゲ ソ(図1)及
び 内視 鏡
男 児 を報
に て 口蓋 扁 桃 及 び ア デ ノ イ ド肥 大 が 確 認 さ れ
に 限 ら ずGH治
た 。 ア デ ノ イ ド及 び 口蓋 扁 桃 肥 大 に よ る 上 気 道
織 の 増 殖 との 関 連 を 明 らか に した 報 告 は な い。
狭 窄 とそ れ に伴 う閉 塞 型 の 睡 眠 時 無 呼 吸 症 候 群
し た が っ て,本
と診 断 し,ア
治 療 との 因 果 関 係 は 推 測 の 域 を 出 な い 。
デ ノ イ ド切 除 及 び 口蓋 扁 桃 摘 出 手
術 を 直 ち に 施 行 した 。 術 後,無
呼 吸 は 治 癒 しそ
の 後 の経 過 も 良好 で あ る。
PWSで
療 と,扁
のPWSの
症 例 に お け る 扁 桃 肥 大 とGH
は 呼 吸 機 能 低 下 を 伴 い しば しば 睡 眠
障 害 を 起 こす が,そ
障 害5),呼
桃 を 含 め た リン パ組
の 原 因 と して 呼 吸 中枢 機 能
吸 筋 の 脆 弱 性6),肥
満 に伴 う気 道狭
窄 等 が 考 え られ て い る。 一 方,PWSの
一38一
患者に
小 児 耳VoL25,N◎.1,2004
対 しGH治
療 を 行 う こ と に よ り,成
長率や体
我 々 の 症 例 とEiholzerら
の 症 例 は,同
じ6
吸障 害が
歳 男 児 で あ り,扁 桃 肥 大 に 伴 う閉 塞 性 睡 眠 時 無
軽 減 し,睡 眠 の 質 を 改 善 す る こ とが 以 前 よ り指
呼 吸 を認 め て い る点 で 類 似 点 が 多 く大 変 興 味 深
摘 さ れ て い た 。 近 年,そ
い 。 扁 桃 摘 出 手 術 を予 定 し な が ら手 術 日前 に 突
組 成 の 改 善 が 得 られ る の み な ら ず,呼
の 機 序 と し てCO2感
受 性 の 充 進 に よ る呼 吸 中 枢 刺 激 作 用7)や 呼 吸 筋
然 死 し たEiholzerら
の 強 化 作 用5)等 が報 告 され て い る。 この よ う に,
伴 い窒 息 死 した 可能 性 も推 測 し う る と思 わ れ る。
GH治
療 はPWSのQOLを
様 々な意味で改善
す る と考 え ら れ て い た が,最
突 然 死 を 来 し たPWSの
近GH治
以 上,今
い てGH治
療 中に
回 の 我 々 の 症 例 も ふ ま えPWSに
療 を 行 う に 当 た っ て は,非
お
肥満症
必 要 性 が 示 唆 さ れ る で あ ろ う。
Eiholzerら の 症 例3)は,GH治
障 害 が 強 か っ た6歳
療 前 よ り呼吸
男 児 に お け るGH開
引 用文献
始4
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ヶ月 目 に起 こ っ た 突 然 死 で あ っ た 。 既 に 高 度 肥
満 を 伴 っ た 患 者 で,扁
桃 肥 大 に 伴 う閉 塞 性 睡 眠
時 無 呼 吸 を 認 め て お り,予 定 して い た 扁 桃 摘 出
前 で の 突 然 死 を 来 し て い る 。Ei-
holzerら は考 察 の 中 で 突 然 死 の 原 因 と して 肺 高
血 圧 症 と右 心 不 全 の 可 能 性 を指 摘 して い る。 な
お,剖 検 は 得 られ て い な い 。 一 方,ス イ ス の 同
一 施 設 か ら のNordmannら
の 報 告4)は8ヶ 月 の
男 児 と非 常 に 若 年 の 症 例 で あ り,GH開
始3ヶ
月 目 に 突 然 死 を 来 し て い る 。Nordmannら
GHに
気道狭窄 に
例 に お い て も ア デ ノ イ ド ・扁 桃 肥 大 に 留 意 す る
症 例報 告 が ス イス よ り
2例 な さ れ た3-4)。
手 術 日の3週
の 症 例 は,上
は
よ る 呼 吸 促 進 効 果 発 現 前 に 死 亡 し て しま
っ た の で は な い か と考 察 して い る。
これ らの 報 告 を受 け て デ ー タの 見 直 しが な さ
れ,全
世 界 で さ ら に4例(う
GH治
療 中 のPWSの
ち 一 例 は 日本)の
死亡 例 が見い だされ
た8)。 これ らの 患 者 に 共 通 し た 点 と して,全
例
が 男 児 で あ っ た こ と,肥 満 度 が 高 い こ とが 挙 げ
られ る 。 ま た,も
と も とPWSは
突 然死 を来 し
や す い た め,GH治
療 とPWSの
突 然 死 の間 に
8)永
井 敏 郎:プ
ラ ダ ー ・ウ ィ リ ー 症 候 群 患 者 に お け
る 呼 吸 障 害 の 解 析,KIGSJapanNationalConference
何 ら因 果 関 係 は 無 い とす る 意 見 も あ る。
2003:2003年9月6日(東
39
京).