1 - International Association for the Study of Pain

機能障害
はじめに
機能性身体症候群(Functional
Somatic
Syndrome)
とは、いくつかの症候群の総称である。
それらの症候群では、症状や苦痛や障害という面では特徴的であるが、構造や機能においては各疾患に特異的な
異常は少ない。過敏性腸症候群(irritable
bowel
syndrome:
IBS)、
線維筋痛症
(fibromyalgia:
FM)、慢性疲労症候群 (chronic fatigue syndrome: CFS)、心的外傷後ストレス障害 (post-traumatic stress
disorder:
PTSD)、むずむず脚症候群(restless
legs
syndrome:
RLS)
等が含まれるが、
これらがすべてではない。
このような身体症状はしばしば障害と苦痛を引き起こすため、
患者は自分の病気に対する診断名を求めて、様々な専門科の医師を訪れる。機能性身体症候群の多くは、社会、
文化、経済などと密接な関わりがある。
疫学と
疫学と経済
機能性障害患者のほとんどは女性である(75~90%)。IBS過敏性腸症候群(人口の10%)やFM線維筋痛症
(人口の3%)のようにかなり頻繁に起こる疾患がある一方[3,8]、過去の地域を調べた研究ではCFS慢性疲労症
候群は成人では少ない(人口の0.2~0.4%)という地域研究の結果もある[5]。少数民族や、教育程度や職業的地
位の低い人で、CFS慢性疲労症候群の頻度が高い。PTSDの有病率も小さいが(~0.5%)、人為的災害や自然災
害後には劇的に(10%以上)増加しえるし得る。対外戦争を経験した退役軍人ではPTSDの率は上昇し(~3%
)、しばしばCFS慢性疲労症候群を伴う(~5%)。戦闘に関連したストレスによりPTSDの有病率は単調に増
加するが、CFS慢性疲労症候群の有病率はストレスの程度が低い場合にのみ上昇する。アメリカ合衆国や北欧の
人口のうち、7~10%にRLSむずむず脚症候群があると疫学的研究が示唆している。米国疾病対策センター(Ce
nters
for
Disease
Control
and
Prevention:
CDC)の試算では、米国ではCFS慢性疲労症候群による生産性低下で、毎年90億ドル以上の経済的損失が起こ
っている。一方、IBS過敏性腸症候群にかかる直接的なコストは、毎年40億ドル以上である。このように、機能
性障害は社会に莫大なコストを強いており、その半分以上は医療サービスに関係している[4]。
病態生理
一般人口を対象とした大規模研究によると、機能性障害では遺伝的要素と環境的要素がオーバーラップして影
響している[1]。多変量解析によると、痛み、疲労感、熟睡感のない睡眠、不安、抑うつなどの潜在的特質が、
様々な機能性障害に共通の道筋としてみられる。
臨床的特徴
機能性症候群の間では、類似性や併発が高頻度にみられる[1]。複数の機能性身体症候群の診断基準を一人の
患者が満たすこともしばしばある。FM線維筋痛症とCFS慢性疲労症候群、およびFM線維筋痛症とIBS過敏性腸
症候群の間には強いオーバーラップがみられると報告されている。ある患者の診断名は、その患者の症状だけで
なく、医師の専門にも強い影響を受ける。(1)痛み/こわばり、(2)疲労、(3)熟睡感のない睡眠、(4)感情的苦悩、
はほとんどすべての機能性症候群にみられる。温度刺激、機械的刺激、化学的刺激、電気的刺激に対する広範囲
の感覚過敏がしばしば存在する[6]。
診断基準
CFS慢性疲労症候群の診断のためには、CDCによる以下の診断基準を満たさねばならない:
・最低でも6ヶ月間疲労が継続している。
・新しく明確な疲労の発症。
・器質的疾患や継続的な激しい活動によって起こる疲労ではない。
・休息しても疲労が緩和されない。
・職業的、教育的、社会的、個人的活動量のかなりの減少が疲労によってもたらされている。
・以下の症状のうち4つ以上が、同時に6ヶ月以上継続している:記憶や集中力の減退、のどの痛み、頚部また
は腋窩リンパ節の圧痛、筋肉痛、複数の関節痛、新しく起こった頭痛、熟睡感のない睡眠、激しい活動後の痛み
や疲労感の増悪。
PTSDは以下のような特徴がある:
・ストレスを起こした出来事をフラッシュバックや夢で思い出す。
・ストレスを起こした出来事を再体験していると感じる。
・ストレスを起こした出来事を思い出させるような刺激を明確に避けようとする。
・不安や易興奮の明らかな症状がある。
・ストレスを起こした出来事の一部の記憶が喪失している。
・茫然としていると感じている。
RLSむずむず脚症候群の診断には、以下の症状が存在する必要がある:
・患肢を動かしたいという強い願望があり、しばしば異常感覚や知覚不全をともなう。
・症状は休息によって悪化し、活動によって寛解する。
・運動制止不能。
・症状は夜間に増悪する。
IBS過敏性腸症候群の診断には、過去3ヶ月間に毎月最低で3日間、再発性の腹痛または腹部不快感があり、かつ
以下の症状のうちの2つ以上をともなう必要がある:
・排便による症状の改善。
・排便回数の変化をともなう発症。
・便の性状の変化をともなう発症。
診断と
診断と治療
機能性症候群の間では症状のオーバーラップが著明にみられるにもかかわらず、患者の主訴と主な障害に基づ
いて診断がくだされる。例えば、交代性の下痢と便秘はIBS過敏性腸症候群を、慢性の広範囲の痛みはFM線維
筋痛症を、障害をきたすような疲労はCFS慢性疲労症候群を、それぞれ示唆する。ほとんどの機能性症候群に共
有される病因により、痛み、疲労、熟睡感のない睡眠、負の情動、に焦点をあてた同様な治療が行われる[9]。
機能性症候群の有効な治療法-特に段階的な運動療法と認知行動療法-には良好なエビデンスがあるが、そのこ
と自体がまた機能性症候群の間での類似性を強調することになる。典型的には、各治療法の理論的根拠は、全体
的な機能向上と、疾患特異的な症状の緩和である。機能性障害における末梢性および中枢性の痛み処理の異常を
主目標とした薬物治療では、治療効果は機能性症候群の間で大きな差があり、IBS過敏性腸症候群やFM線維筋
痛症では最も効果があるが[2]、その他の機能性症候群ではそれほど有効ではない[7]。対照的に、抗うつ薬や抗
けいれん薬による治療は、ほとんどの機能性症候群で全体としては有効にみえる。さらに、ドーパミン作動薬は
RLSむずむず脚症候群の治療では重要な役割を果たすことがある。
まとめると、機能性障害の各疾患に対して臓器特異的な治療法と認知行動療法は、それぞれに機能性障害の各
疾患に対して利点があるので。従って、機能性障害にはこれらをうまく併用して治療するのが良い、と現状では
思われる考えられる。複数の機能性障害が併発している場合における認知行動療法の臨床的効果は、まだ確立さ
れていない。
© 2010 International Association for the Study of Pain®
参考文献
1. Barsky AJ, Borus JF. Functional somatic syndromes. Ann Intern Med 1999;130:910–21.
2. Goldenberg DL. Pharmacological treatment of fibromyalgia and other chronic musculoskeletal pain. Best Pract Res Clin
Rheumatol 2007;21:499–511.
3. Hungin AP, Chang L, Locke GR, Dennis EH, Barghout V. Irritable bowel syndrome in the United States: prevalence, symptom
patterns and impact. Aliment Pharmacol Ther 2005;21:1365–75.
4. Kalia M. Assessing the economic impact of stress: the modern day hidden epidemic. Metabolism 2002;51:49–53.
5. Prins JB, van der Meer JWM, Bleijenberg G. Chronic fatigue syndrome. Lancet 2006;367:346–55.
6. Staud R, Rodriguez ME. Mechanisms of disease: pain in fibromyalgia syndrome. Nat Clin Pract Rheumatol 2006;2:90–8.
7. Winkelman JW, Allen RP, Tenzer P, Hening W. Restless legs syndrome: nonpharmacologic and pharmacologic treatments.
Geriatrics 2007;62:13–6.
8. Wolfe F, Ross K, Anderson J, Russell IJ, Hebert L. The prevalence and characteristics of fibromyalgia in the general population.
Arthritis Rheum 1995;38:19–28.
9. Yunus MB. Central sensitivity syndromes: a new paradigm and group nosology for fibromyalgia and overlapping conditions, and
the related issue of disease versus illness. Semin Arthritis Rheum 2008;37:339–52.
(訳 北原雅樹:日本疼痛学会 / 日本運動器疼痛研究会)
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