過労自殺における労働者の法的救済

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過労自殺における労働者の法的救済
高田耕太郎
(内藤研究会 4 年)
Ⅰ 序 論
Ⅱ 行政認定・労災補償について
1 労災保険制度
2 業務性の判断
3 業務性判断の拡大―過労死の認定
4 過労自殺の認定と課題
Ⅲ 民事賠償・使用者責任
1 安全配慮義務について
2 過労自殺事案における安全配慮義務の内容
3 過失相殺の可否
Ⅳ 過労自殺を防ぐために
1 労働安全衛生法について
2 健康診断における問題点
Ⅴ 結 語
Ⅰ 序 論
1990年代後半から、業務上の過労・ストレスが原因となって精神障害を発症し、
自殺に至る悲劇的な死、いわゆる「過労自殺」が職場に広がり、21世紀に入って
も深刻な社会問題・人権問題となっている。過労自殺の原因としては、我が国の
労働環境の変化が挙げられる。例えば、長時間残業による深夜労働や夜勤交代制
勤務等の不規則な勤務、成果主義の導入、裁量労働制の導入等の社会環境の変化
とともに、欧米との時差による経済・情報の24時間制等外部要因の変化も考えら
280 法律学研究50号(2013)
れる1)。2008年はサブプライムローン問題に端を発した米国バブル崩壊を契機に
世界的な金融危機が生じ、日本は世界株安と円高のダブルパンチを受けた。加え
て途上国が急激な経済成長をとげ、各企業の競争は一段と厳しいものとなり、企
業は人員削減のためリストラを断行し、結果として 1 人当たりの仕事量が増える
ことになった。
以上の社会的背景の下で、我が国の自殺者数は近年増加の一途をたどってきた。
警察庁の統計2)によると、昨年の2011年度(平成23年度)の自殺者数は31690人で
あった。平成10年から13年連続で 3 万人を超える結果となり、2011年度の自殺者
のうち、勤務問題を理由とする自殺者は2590人にも及んでいる。また、厚生労働
省によると2011年度の精神障害の労災補償請求件数3)は1272件と過去最悪を更新。
そのうちの自殺の請求件数も202件となり過去最悪を更新することになってし
まった。さらに、総務省統計局の「労働力調査」4)によると、週に60時間以上働
いている労働者が481万人いることが明らかになっている。これは週40時間の法
定労働時間を基準として、月に80時間以上という厚生労働省通達で定めている過
労死ライン5)を超える残業をしている過労死・過労自殺予備軍の労働者が481万
人いることを意味している。特に子育て世代の男性(25∼44歳)は他の世代に比
べてこの比率が高く、突然親を失い、経済的にも精神的にも頼るべき存在を失っ
てしまう子どもたちをつくってしまっている6)。
過労自殺が生じた際の労働法上の救済策としては、労働災害補償制度による労
災保険の給付、および使用者を相手取っての民事損害賠償請求の 2 つの方策が併
存する。本稿では、まずその自殺が業務上の労働災害(労働者が労務に従事したこ
とによって被った死亡、負傷、疾病のこと。以下、労災)であると行政上認定される
ためにはどのような要件が必要なのかを検討する。そもそも労災は業務による負
傷、疾病について労働者を救済するものであるが、過労自殺の事案は、被災者が
自ら死を選択しているものであり、また業務と精神疾患の罹患との関連性を証明
することが困難であるため、労災と認められるケースは非常に少ないものであっ
た。これについてはまず、過労死における労災認定基準が定められ、その後にそ
の認定基準の影響を受け、過労自殺事案についても認定基準が出され、救済の途
が開かれることになった。しかし認定基準は不十分なものであるため、今後の認
定基準の改定について提言を行いたい。
次に、過労自殺が労災であると行政上認定された場合、労災補補償として給付
される金額は定率であり、被災者の補償は十分ではない。被災者は使用者側であ
281
る企業を相手取って民事訴訟を提起することができる。被災者の使用者は、労基
法の定める労災補償を行った場合、同一事由については補償をした価額の限度で
民法上の損害賠償の責任を免れる(労基法84条 2 項7))。あるいは、労災保険法に
より労災保険給付がなされる場合は労基法上の補償の責を免れるので(労基法84
条 1 項 )、被災労働者、又は遺族に労災保険給付がなされた場合も支払われた価
8)
額の限度で同様に損害賠償の責を免れる。しかし反面、労災補償や労災保険給付
の価額の限度を超える損害については、使用者は民法上の損害賠償の責を免れず、
被災労働者又は遺族は使用者に対して民法上の損害賠償請求をなしうることを意
味する9)(労災補償制度と損害賠償制度の併存主義)。これは労災補償制度が民法上
の損害賠償の範囲を網羅していないためである10)。民事賠償において企業責任追
及を行う意義としては、遺族の救済、企業としての責任の明確化が挙げられる11)。
本稿では、被災した労働者の使用者側である企業側に対する民事損害賠償する際
の裁判上の判断要素および問題点を検討する。
そして、そもそも過労自殺を予防するためには何を必要とするであろうか。事
前予防対策について提言を試みる。
Ⅱ 行政認定・労災補償について
1 労災保険制度
ここではまず、労災が起こった場合に被災者を救済する労災保険制度を概観す
る。
市民法である民法のもとでは、労働者が使用者に対して損害賠償責任を追及す
ることによって労災補償が実現されていたが、この責任追及は過失責任の原則12)
を採っており、被災者である労働者・遺族は使用者の過失の存在と災害との因果
関係の存在の立証を要求されていた。しかし、これではあまりに労働者側に酷で
あり、やがて労働災害は企業の営利活動に伴う現象である以上、企業活動によっ
て利益を得ている使用者に当然に損害の補償を行わせ、労働者を保護すべきであ
るという考え方が形成され13)、1947年に労働者災害補償保険法(以下労災保険法)
が制定されるに至った14)15)。労災保険の特色として、第一に、労災保険は労働者
を使用する全ての事業主に強制的に適用16)17)されるものであること、第二に、使
用者の無過失責任を規定している点18)、第三に、補償が実際に被害者が受けた全
損害の賠償ではなく、平均賃金を基礎に算定される定率補償19)である点が挙げ
282 法律学研究50号(2013)
られる20)。保険料の拠出は使用者にのみ求められており21)、それを政府が管掌し
て保険金を給付している22)。
2 業務性の判断
上で述べた労災保険法上の救済をされるためには、その災害が「業務上」のも
のであると認定されなければならない(労災保険法 7 条23))。業務上と言えるため
には当該労働者の業務と当該負傷等との間に相当因果関係24)が肯定されること
が必要であり、当該負傷等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものと
認められることが必要である25)。業務災害には事故によって負傷・死亡した場合
と、業務との関連で疾病に罹患した場合とがある。前者の事故によって負傷・死
亡した場合は、行政解釈によればそれが業務遂行中に、業務に起因して発生した
ものであることを要するとしている。業務遂行性とは当該労働者が労働契約を基
礎として形成される使用者の支配下にあることをいい、業務起因性とは業務と負
傷との間に相当因果関係が存在することをいう26)27)。業務遂行性のある災害は業
務起因性があると推定され、つまり業務遂行性が業務起因性の第 1 次的な判断基
準になる28)。業務遂行性が認められる災害は、(ⅰ)事業場内での作業の従事中
の災害(作業に通常伴う用便、飲水等の中断も含まれる)、(ⅱ)事業主の支配下にあ
るが、業務には従事していない時の災害(例えば、事業場内での休憩中、始業前・
終業後の事業場内での行動)
、(ⅲ)事業主の支配下にあるが、その管理を離れて業
務に従事している際の災害の 3 つに大別される29)。次に、業務遂行性が認められ
る災害について業務起因性は、(ⅰ)原則業務起因性は認められるがそれが自然
現象30)、外部の力(例えば、外部の者が刃物を持って飛び込んできたとき)等による
場合は認められない、(ⅱ)労働時間中であれば業務起因性があるものや事業場
施設の不備・欠陥によるものでなければ業務起因性は認められない、(ⅲ)危険
にさらされる範囲が広いため業務起因性は広く認められる(例えば出張等31)32))、
という 3 つに大別される。
後者の業務との関連で疾病に罹患した場合、業務上の疾病は災害性疾病と、災
害によらない職業性疾病の 2 つに大別しうる。災害性疾病は災害が介在するため
その発症を時間的・場所的に確定することは特に困難はない。しかし職業性疾病
は業務に内在し付随する有害作用その他の性質から必然的に罹患する恐れのある
疾病をいい、有害作業の長期間の蓄積により徐々に発生することが少なくない。
この職業性疾病は労働者が業務起因性を立証することに困難が伴うため、これを
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軽減すべく労基法規則(35条別表第 1 の 2 )が労基法の委任規定(75条 2 項)を受
けて業務上の疾病の範囲を定めている33)。これは例示列挙であり、この規定の方
式が次に述べる過労死の認定にも途を開くことになった34)。
3 業務性判断の拡大―過労死の認定
過労死は、労基法規則35条別表第 1 の 2 において、
「その他業務に起因するこ
とが明らかな疾病」に該当する。そもそも過労死とは、日常業務に比較して特に
過重な業務に就労したことによる明らかな過重負荷を発症前に受けたことによっ
て発症した脳・心臓疾患のことをいう35)。この脳・心臓疾患が労働災害と認めら
れるためには業務上の災害であるとの認定を受けなければならない。しかし、脳
血管疾患や虚血性心臓疾患は動脈硬化、心筋変性等の基礎疾患が加齢や日常生活
の様々な要因と影響し合って悪化し発症に至るものであり、業務上の有害因子を
特定できないとして別表に列挙されず、業務上と認められるためには「その他業
務に起因することが明らかな疾病」と認められることが必要とされ、実際には過
労死が業務上の災害であるとの認定を受けるケースは少なかった36)。解釈運用の
必要のために業務上の疾病の詳細な要件を労働基準局長が行政通達の形で明示し
たものが「認定基準」である。
過労死の業務上の認定基準が最初に出されたのは1963年(昭和38年)37)である。
中心的な認定要件は「業務に関連する突発的又はその発生状態を時間的、場所的
に明確にしうる出来事若しくは特定の労働時間内に特に過激な業務に就労したこ
とによる精神的又は肉体的負担が当該労働者の発病前に認められること」であっ
た。この認定要件は「明確にしうる」「特に過激」のように要件は非常に限定的
に解されていた。このような考え方は災害主義38)と称されている。
この災害主義の考え方が多くの過労死の業務上の認定を拒否してきた39)。その
ような中で学説40)から批判も高まり、1987年(昭和62年)に従来の認定基準が改
められた41)。旧基準との相違点としては、認定基準の対象とする疾病を限定した
こと42)、
「精神的又は肉体的負担」から「過重負荷」という表現が採用され、災
害主義から過重負荷主義に変更43)したこと、そして最も重要な点は旧基準では
発症に影響があると考えられる期間が「発症直前から前日までの間」であったが、
新基準では「発症前 1 週間以内に過重な業務が継続している場合」となり、考慮
する期間を若干延長した点である。しかし、これは単に「付加的要因として考慮
するにとどめること」とされ、長期間にわたる業務による疲労の蓄積のみでは業
284 法律学研究50号(2013)
務災害として認定されることはなかった。また、労働省の『認定マニュアル』に
よると、
「……特に過重な業務とは、当該労働者の通常の所定業務を基準とし、
特に過重な精神的、身体的負荷と客観的に認められる必要がある……」とされて
おり、この主張によれば通常の所定業務それ自体が血管病変等の増悪をもたらす
過重労働であり、この過重労働によって脳・心臓疾患が発症したことが明確であ
る事案についても業務外ということになってしまう44)。これらの点が学説におい
て批判が集中し、裁判例でもこの基準を批判する判決が相次いだ45)。
このような中で1995年(平成 7 年)に新たな認定基準46)が出された。従来と異
なる点は、業務の過重性を客観的に評価するために「同僚等」に一般的な労働者
を想定した扱いにした点、従来は発症 1 週間より前の業務は付加的に考慮される
にすぎなかったが、「含めて総合的に判断」することとされた点等である。この
改正は従来の認定基準の基本的枠組みを維持したまま運用上の若干の修正を施し
たものと言え、様々な問題点47)が残ったままで、学説はもとより、過労死弁護
団や労働組合からも抜本的な改正を提起された。2000年(平成12年) になって、
認定基準の再検討を迫る最高裁判決48)49)が出された。横浜南労基署事件50)では
通達で定められている認定基準を大幅に緩和した判決を下したため、行政解釈に
大きな影響を与えることになった。
これを受けて厚生労働省は2001年(平成13年) に新たな認定基準51) を定めた。
これが現行の認定基準になっている。認定基準としては①異常な出来事があった
か( 3 類型⑴精神的負荷52)、⑵身体的負荷53)、⑶作業環境の変化54))、②短期間の過重
業務(発症前概ね 1 週間)はあったか、③長期間の過重業務(発症前概ね 6 か月間。
それより以前は付加的要因として考慮する)はあったか、である。②は特に過重か
どうかの判断は従来のいわゆる平均的労働者の他に「基礎疾病を有していたとし
ても日常業務を支障なく遂行できる者」も加えられ、条件が緩和された。考慮す
る負荷要因も従来の労働時間以外にも不規則な勤務、拘束時間の長い出勤、出張
の多い勤務、深夜勤務等も加えられ、より実態に合うようになった。③は疲労の
蓄積をもたらす最も重要な要因は労働時間であるとして目安55) が定められた。
この平成13年の認定基準により、従来認められていなかった長期にわたる疲労の
蓄積による発症が認められることになり、労働時間以外にも不規則な勤務、深夜
勤務等の判断要素が現れ、認定基準は大幅に緩和されることになった。疲労は慢
性的にくるものであり、過重労働の直後に症状が現れるわけではなく、休日が確
保されたとしても 1 日休むだけでは慢性的な疲労は回復できないため、長期の疲
285
労蓄積を認めたことに大きな意義があると思われる。この認定基準が出て以降、
主に労働時間基準が重視されてきたが、他のストレス要因を指摘して柔軟な労災
認定をなすものも現れている56)。また、海外出張等の負荷を重視するもの57)もあ
り、ストレス要因の認定が拡大している。認定基準の緩和は以上のような過重性
の認定のみならず、対象疾病においても拡大しており、心原性脳塞栓症58)、心房
細動59)、もやもや血管60)を認める判決も現れている。
4 過労自殺の認定と課題
過労死は業務との関連において心筋梗塞等の病的疾病が発症するものであるが、
病的なものでなく精神的な疾病の場合(いわゆる過労自殺)は業務との関連性は
認定されるのか。過労や職業ストレスによって精神神経に悪影響を及ぼし、精神
神経疾患(いわゆるうつ病61)等)が発症し、進んで自殺に至ることを特に過労自
殺という。自殺については業務災害により療養中の者が精神障害によって自殺し
た場合に関する解釈例規62)が存在した。これによると自殺が業務上の負傷また
は疾病により発した精神異常のためかつ心神喪失状態において行われ、しかもそ
の状態が該負傷又は疾病に原因しているときにのみ業務上の死亡として取り扱わ
るとしていた。これは自殺であっても業務上とされる余地は残したが、業務上と
されるためには自殺時の精神状態が心神喪失状態であることを必要としていた63)。
1965年の法改正により、現労災保険法12条 2 の 2 第 1 項64) が新設され、故意に
よる自殺は業務上と認められないことを明確化した。行政解釈としても、業務上
の負傷疾病によって発した精神障害のために、かつ、心神喪失状態において行わ
れた自殺に限って65)業務上と認定されていた(故意因果関係中断説66))。しかし、
これは狭きに失するとして批判が強いものであり67)、1999年のサンコー事件長野
地裁判決68)は故意因果関係中断説をとらないで、精神障害、うつ病と自殺との
因果関係は原則として認められるという判断を示した。この判決について旧労働
省はこの判決に控訴せず確定させ、サンコー事件長野地裁判決を事実上容認した。
そのような中で出された99年通達69)70)では精神障害によって正常な認識、行為
選択能力が著しく阻害され、又は自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻
害されている状態と認められる場合業務起因性を認めるとし、原則と例外を逆転
させた。この99年通達が精神障害・うつ病等による過労自殺の認定基準を定めた
ものである。判断要件としては、①対象疾病71)に該当する精神障害を発病して
いること、②対象疾病の発病前おおむね 6 か月の間に、客観的に当該精神障害を
286 法律学研究50号(2013)
発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以
外の心理的負荷72)及び個体側要因73)により当該精神障害を発病したと認められ
ないこと、の 3 つである。精神障害の業務起因性の判断のフローチャートによる
と、自殺が業務上と認められるためには、①まず上記の 3 つの判断要件を満たし
ており、②業務による心理的負荷の評価の総合評価74)が「強」であり、③業務
以外の心理的負荷がなく、特段の個体側要因がない時に、はじめて自殺は業務上
であると認められる。②の業務による心理的負荷の評価は「職場における心理的
負荷表75)」と「職場以外の心理的負荷評価表76)」が用いられる。表は強度Ⅰ∼Ⅲ
の 3 段階であり、Ⅲは、人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷を
いい、Ⅰは日常的に経験する心理的負荷で一般的には問題とならない程度の心理
的負荷をいう。心理的負荷の強度は個々の事実によって違いがあるから、その出
来事の程度等を考慮してそれぞれの強度を修正する。例えば「重度の病気やケガ
をした」という出来事について、後遺障害の有無・程度や社会復帰が困難かによ
り強度が修正される。そして当該事実の強度が決まると、次に出来事後の状況が
持続する程度を検討する。出来事があった後に労働時間が多くなったか、仕事の
質や責任は大きくなったか、職場環境は変化したか、支援体制はあったのか等を
考慮して、出来事に伴う変化が相当程度荷重であるのか、または特に過重である
のかを判断する。当該事案の心理的負荷の強度がⅢで出来事に伴う変化が相当程
度荷重であるという場合、心理的負荷の強度がⅡで出来事に伴う変化が特に過重
である場合に、業務による心理的負荷は「強」となる77)。
精神障害の成因についての判断指針はいわゆる「ストレス―脆弱性」理論を採
用している。当該理論は環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係
で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方である。要はストレスが強
ければ個体側の脆弱性がないという場合でも精神障害は起こる、逆に脆弱性が大
きければストレスが小さくても精神障害が起こる、という理論である。業務によ
る心理的負荷はフローチャートによって同種労働者を基準として、客観的に求め
ることができる。客観的に求めることができるという点は一見公平で適切な手法
であると思われる。しかし、これはつまり本人にとってストレスになったかどう
かではなく、平均的労働者、または同種の労働者と比較して判断するものである。
脆弱性というものはあくまで個人によって異なり、それによって受けるストレス
も異なるので同僚比較という手段は適切でないと思われる78)。
厚生労働省は、国側が多数敗訴しているにもかかわらず同種労働者を基準にす
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る考え方に固執している。さらに後述するトヨタ自動車事件名古屋高判79)直後
に「精神障害等事案の高裁判決に係る留意事項について」と題する通知80)を発し、
トヨタ自動車事件名古屋高判を我田引水的に解釈し、「名古屋高判が判断指針の
合理性を認め、……最も脆弱である者を基準として判断すべきものとはしていな
いと理解でき、国の主張が容れられたものとなっている……」と述べている。な
お、学会見解は、ストレス耐性が最も脆弱な者として、その境界を画することは
あまりに観念的であり、現実にそのような判断をすることは不可能であると述べ、
判断指針を擁護している81)。
しかし、裁判例においては、トヨタ自動車事件82)において「同種労働者……
の中で性格傾向が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向の多様さとし
て通常想定される範囲の者)」を基準とするものであり、本人を基準とするもので
はないものの、より本人に近い耐性の弱い者を取り込む姿勢をとっている83)。同
旨の裁判例は中部電力事件84)、日研化学事件85)、四国化工機工業事件86)がある。
特に四国化工機工業事件においては、「……平均的労働者を基準とすることは相
当であるが、労働者の中には一定の素因や脆弱性を有しながらも、特段の治療や
勤務軽減を要せず通常の勤務に就いている者も少なからずおり、使用者において、
これらをも雇用して営利活動を行っているという現在の勤務の実態に照らすと、
上記の通常の勤務に就くことが期待されている者とは、完全な健常者のみならず、
一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の勤務に就き得るも
の、いわば平均労働者の最下限の者を含むと解するのが相当である。……」と述
べられており、平均的労働者を基準としつつ、素因や脆弱性を持つ者も考慮に入
れており、過度に使用者に不利なものでなく、妥当な考え方であると思われる。
私見としては、労働の過重性は個々人でそれぞれ異なるものであり、労災補償制
度は被災労働者とその遺族の生活を保障するという趣旨のものであることを考慮
すると、同種労働者との比較で客観的に判断することは適切でないと思われる。
2009年に厚生労働省は判断指針の改定87)を行った。この改正で職場での具体
的な出来事に「達成困難なノルマが課された」、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は
暴行を受けた」など12の項目88) が追加された。特に 2 つ目は、セクハラ、パワ
ハラによる精神障害を認めることになり、範囲が拡大された点は注目に値する。
しかしこの改正では見直しは単なる表の見直しにとどまっており、基本的な考え
方が変更されたわけではない。
以下では今後の判断指針の改訂についての提言を行いたい。まず、第一に慢性
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ストレスの評価をするべきである。現行の判断指針は必ずしも「出来事」とまで
評価されないが慢性ストレスを生み出す企業体質、業務・職種・役位の内容や性
質、就労実態などの実質を反映させるものになっておらず、また、判断指針は恒
常的な長時間労働以外に、出来事発生前において、通常の日常業務において蓄積
する慢性ストレスを評価しないのであり、労働密度を考慮するとしてもそれは出
来事後の変化の場面でしかないという問題点がある。また、精神医学の常識であ
る慢性ストレスを出来事発生以前(必ずしも 6 か月間に限らない)から全ての場面
において評価するように判断指針を改定すべきである。第二に、他のストレスと
の相乗効果を評価すべきである。判断指針は出来事中心主義(災害中心主義)で
あり、強度Ⅰの出来事がいくつあっても心理的負荷の強度がⅡにならず、強度Ⅱ
の出来事がいくつあっても強度Ⅲにはならない。しかし現実的には強度Ⅰの出来
事がいくつもあると、実際には強度Ⅲ相当のストレスになることもあるのではな
いか。特にストレスをいくつも抱えるとそのストレスが相乗的に増幅し精神を
むということが十二分に考えられる。この出来事中心主義を改め、ストレスの相
乗効果を認めるように判断指針を改定すべきである。よって以上の 2 点を修正す
る判断指針に改訂し、より適切に被災労働者、その遺族の救済を図ることができ
るように法整備するべきである。
Ⅲ 民事賠償・使用者責任
1 安全配慮義務について
前述したように、被災労働者は使用者側である企業に民事訴訟を提起すること
ができる。使用者の損害賠償責任を追及する法的構成として主に 2 つの構成があ
り89)90)、 1 つ目は民法上の通常の不法行為責任(民法709条・民法715条)の追及で、
2 つ目は契約関係における債務不履行責任(民法415条)の追及である。1971年以
前は使用者が損害賠償責任を負うべき根拠は不法行為の規定に求められていたが、
次第に労働契約上の安全配慮義務違反(債務不履行)にその根拠が求められるよ
うになってきた91)。1972年(昭和47年)の労働安全衛生法(以下、労安衛法)の制定・
施行に呼応するかのように同年末には、使用者の雇用契約上の安全保護義務を宣
明し、安全施設や保護具の不備による労災の責任を安全保護義務違反の債務不履
行として構成する裁判例92)が現れた。この概念はその後、1975年(昭和50年)陸
上自衛隊八戸車両整備工事件93)94)において、最高裁で初めてある法律関係に基づ
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いて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当事者が当該法律関係
の付随義務として、信義則上、相手の生命と健康に配慮すべき義務、すなわち安
全配慮義務を負うことを一般的に認めた。その後最高裁は川義事件95)において、
労働契約関係における使用者が、賃金支払い義務にとどまらず、「労働者が労務
提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、または使用者の指示の
もとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護す
るように配慮すべき義務」を負うことを明言し、安全配慮義務の判例法理を確
立96)したといえる。この法理は労働契約法 5 条97)において明文化されるに至った。
最近では業務災害・職業病の範囲を超えて、労働者が快適に働けるように職場
環境を整える義務にも安全配慮義務は拡大されている。京都セクシュアルハラス
メント事件98)においては、使用者が、労働者のプライバシーが侵害されないよ
うに職場の環境を整える義務、労働者がその意に反して退職することがないよう
に職場の環境を整える義務を負うことを認め、三重セクハラ事件99)においては、
労働者にとって働きやすい職場環境を保つように配慮する義務を負うことを認め
ている。
2 過労自殺事案における安全配慮義務の内容
最高裁判決100)は「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、
労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって
異なる」と判示し、安全配慮義務の内容は客観的に存在する具体的な状況によっ
て決まるとした。では、過労自殺事案における安全配慮義務の具体的な内容はど
のようなものか。
安全配慮義務の法理から、使用者の具体的な安全配慮義務ないし注意義務を整
理すると以下の 3 点になると主張されている101)。①適正労働条件措置義務(労働
者が健康を害さないように労働時間、休憩時間、休日、労働密度、休憩場所、人員配置、
労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務)、②健康管理義務(健康診断又はメンタ
ルヘルス対策を実施し、労働者の健康状態を把握して健康管理を行い、健康障害を早期
に発見すべき義務)
、③適正労働配置義務(健康障害を起こしている者、その可能性
のある者に対して、症状に応じて休暇の取得、勤務軽減、作業転換、就業場所の変更等
労働者の健康保持のため適切な措置を講じる義務)である。
過労自殺事案における裁判例では、システムコンサルタント事件102)において、
「……労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、
290 法律学研究50号(2013)
さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作
業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うとい
うべき……」と判示されており、電通事件においては「……使用者は、その雇用
する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う
疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよ
うに注意する義務を負い……」と判示しており、長時間労働に従事していること
及びその健康が悪化していることを認識しながら、上司がその負担を軽減させる
ための措置を採らなかった点において会社の過失責任を認めている。
また、オタフクソース事件103)においては「……事業者には労働環境を改善し、
あるいは労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過
酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者が労働に従事することに
よって受けるであろう心理面又は精神面への影響にも十分配慮し、それらに対し
て適切な措置を講ずべき義務を負っている……」と判示している。この事案にお
いては長時間労働が自殺の直接の原因となった事例ではないが、会社側が被災者
の変調を疑い、同僚や家族に対して日常を調査して然るべき対応をすべきである
とし、また心身の負担を軽減するための具体的措置を講じる時間的余裕がなく、
健康状態悪化の予見可能性を否定し得る要素が多く存在するにもかかわらず安全
配慮義務が認められることになった。
安全配慮義務は業務災害の発生につき、予見可能性が必要である104)が、安全
配慮義務の範囲は拡大傾向にあり、前述したように安全配慮義務の内容は事案ご
とに具体的に認定されるため、前述したオタフクソース事件のように、後付けの
ように使用者に義務を課しているように思われるものも存在し、むしろ使用者に
酷ではないかとも思われる。よって以上のことを踏まえると、精神疾患に罹患し
た被災者あるいはその遺族の民事における損害賠償請求は認められやすいと思わ
れる105)。しかし、実質的にその被災者・遺族が救済されるのかというとそうで
ない場合も多々ある。それが次章で述べる過失相殺制度の存在である。
3 過失相殺の可否
過失相殺について、不法行為責任については民法722条 2 項において「被害者
に過失があった時は、裁判所はこれを考慮して、損害賠償の額を定めることがで
きる」と規定しており、債務不履行責任においては、額だけでなく、損害賠償の
責任も過失相殺の対象となる(民法418条)。
291
ではいかなる場合に過失相殺がなされるのか。過重労働が原因で被災者が自殺
をした電通事件106)の東京高判107)を例にとって検討する。当該事件は企業側の損
害賠償請求額について、被害者側の、①真面目で責任感が強く、几帳面で完璧主
義等のうつ病親和性ないし病前性格、②両親が被災労働者の勤務状況、生活状況
を改善するための具体的な措置を採っていないこと等の理由108)を挙げて 3 割の
過失相殺をした。
その後の最高裁判決109)において原審東京高裁判決の過失相殺肯定の判断を違
法とした。まず、①の被災労働者の性格について、電通事件・最高裁判決は「企
業等に雇用される労働者の性格が多様なものであることはいうまでもないところ、
ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の
多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに
基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の
発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきも
のであり……前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が
過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定
するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因とし
て斟酌することはできない」と判示した。本来、仕事熱心、徹底的、正直、几帳
面、強い正義感・義務感という性格は、使用者が労働者に期待するものであり、
労働契約締結当初から知り得るものであったことからすれば、労働者が使用者の
期待通り就労した結果、精神障害を発病して自殺したことについてそれらをうつ
病親和的性格と解して過失相殺するべきでない。よってこの判断は妥当であると
思われる。
次に②の被害者側・家族の事情について。電通事件・最高裁判決は「被災労働
者は大学を卒業して独立の社会人として自らの意思と判断に基づき会社の業務に
従事していたのであり、両親が同居していたとはいえ、被災労働者の勤務状況を
改善する措置を採り得る立場にはなかった……」として、過失相殺は許されない
と判示した。被災労働者は使用者の指揮監督に服しているのであり、また、家族
は使用者に対して被災労働者が自殺しないように防止する法的義務を負っている
わけではない。よって被害者側・家族の事情を過失相殺事由としなかったのは妥
当な判断であったと思われる110)。
この電通事件は過重労働に起因して起きた過労自殺のケースであるが、過重労
働が直接の原因でない過労自殺のケースもある。過重労働については、電通事件
292 法律学研究50号(2013)
最高裁で述べられたように過失相殺は安易に肯定されないことが示されたが、過
重労働が直接の原因でない場合はどうなるのであろうか。三洋電機サービス事
件111)は課長に昇進したことがきっかけとなっており、川崎市水道局事件112)は同
僚のいじめが原因であり、みくまの農協事件113)では台風による被害の対応によ
る不手際に悩んで自殺したものである。この 3 事件ではどれも被災労働者の性
格・素因等を理由に大幅な過失相殺をしている。例えば三洋電気サービス事件で
は①完璧主義で責任感が強く、自責傾向にあり、悩みを他人に話すことを苦手と
する性格、②治療のために訪れた精神科医に自殺未遂の話を本人も家族もしな
かったことを理由に 8 割の過失相殺を行っている114)。
上記の 3 事件では電通事件最高裁で否定された、本人の素因や家族の対処を過
失相殺の要因に勘案しており、当該 3 事件は電通事件最高裁判決の射程範囲を長
時間労働等過重労働が認められる事案に限定していると思われる。しかし、精神
障害は過重労働が問題とならない事例も多く「過労自殺しない範囲」を限定する
ことは損害の公平な分担という過失相殺制度の趣旨に反しているといえる。被災
労働者の性格について、電通事件最高裁判決が示した、
「通常想定される範囲を
外れる」時、初めて過失相殺が許されるはずであるが、三洋電機サービス事件に
おける、実父の介護や友人の転勤が精神疾患に寄与していること、川崎市水道局
事件における、配置転換や病院における治療を受けたことが功を奏さなかったこ
との事情は社会生活上特殊なものとはいえず、「通常想定される範囲を外れる」
事情ではないと思われる。
以上みてきたように、性格がうつ親和的であるということで過失相殺を行うの
は適当でないと思われる。また、上記の 3 事件はどれも過失相殺の割合が極めて
高い点も問題があると思われる。過失相殺を認めるにしても、電通事件高裁判決
のようにせいぜい 3 割程度でないと、適切に遺族の救済を図ることができない。
上記 3 事件は長時間労働が原因でないということから過失相殺を安易に認めたも
のであると考えられるが、そもそも過労自殺等は長時間労働以外にも起こる原因
があるのであるから、長時間労働の場合のみを念頭に考えることは不適切である
と思われる。また、労働者は使用者に比べて劣位にあることから、過失相殺をな
す場合も労働者を有利になすべきではなかろうか。山口浩司教授も「労働関係の
特殊性(労働環境も労働内容も使用者が指示決定し、労働者の自主的判断に委ねられて
いる場面は少ないことや、使用者は職場環境及び労働者の健康状態の保持に努める第一
次的義務があること)を十分考慮し、
(両者が対等な)交通事故損害賠償事件よりも
293
労働者側に有利に取り扱うのが公平である」と述べている115)。私見としてもこ
の考えは妥当であると思われる。
しかし、アルコール依存である場合116)や健康診断受診義務を無視していた場
合等117)明らかに労働者側に過失相殺は行われてしかるべきであるが、その判断
も安易に過失相殺がなされないように厳格になされるべきである。
Ⅳ 過労自殺を防ぐために
1 労働安全衛生法について
過労自殺を事前に防ぐにはどのような対策をとるべきか。事前に労災を防ぐた
めの法律として労働安全衛生法がある。以下で労安衛法を概観する。
労安衛法は1972年に労基法の第 5 章「安全及び衛生」に関する規定と労災防止
団体に関する法律118)の第 2 章「労働災害防止計画」及び第 4 章「労働災害の防
止に関する特別規制」が統合されて制定されるに至った119)120)121)。労安衛法は労
基法の範囲をかなり超えるような内容についても規定が置かれており122)、単に
労働条件の最低基準を確保するだけにとどまらず、より高い段階の職場環境を実
現するための措置を講じることも大きな目的となっている。労安衛法は労災防止
のために事業の安全衛生管理体制の確立と、労働者の危険または健康障害を防止
するために必要な措置をとるべきことを義務付け、これらの義務に対して監督機
関の監視を実施すると同時に違反に対しては罰則を付している。具体的な労安衛
法の中身としては、安全衛生管理体制の確立123)、危害防止措置義務124)、安全衛
生教育125)、健康保持増進措置義務126) がある。労安衛法は制定後種々の改正127)
がなされ、2005年には長時間労働による過労死等の予防を目的として、 1 か月
100時間以上の時間外労働を行った労働者に対して、その申し出に基づき医師に
よる面接指導を行う制度が導入された。これは長時間労働による過労死・過労自
殺等が増え、深刻な社会問題となったためにこのような改正が行われたと考えら
れる。
2 健康診断における問題点
労働者が精神疾患にかかって自殺に至るのを防ぐためには、労働者の異変を早
い段階で認識することが必要となる。そのため健康診断は重要な役割をもってい
る。企業従業員に対してなす法定内外の健康診断の充実により(労安衛法66条以下、
294 法律学研究50号(2013)
労安衛則43条以下)企業が労災認定や損害賠償責任を回避するためには、診断結
果のみならず、普段の業務遂行上から知り得た従業員の健康に関する情報に基づ
き相応な配慮をなさなければならない128)。
労安衛法による健康管理義務の概要は、①事前健康障害調査義務(同法66条の
雇い入れに際しての健康診断等)、②就業上の健康措置義務(同法第 4 章の健康障害
防止のための物的、環境的な措置義務等)
、③健康管理上の措置義務(同法66条の健
康診断等)
、④増悪防止義務(同法66条の 5 第 1 項の発病防止のための作業転換、時間
短縮等)、⑤業務命令上の配慮義務(同法65条の 3 の作業の管理における健康配慮努
力義務等)、⑥健康増進義務(同法69条以下の健康増進義務)の 6 つが指摘されてい
る129)。
労安法上の定期健康診断は、労働者に健康診断担当医師の選択の自由が認めら
れており(同法66条 5 項130))、一方で労働者には受診義務がある。しかし、労働者
の受診義務違反について罰則は予定されておらず、それを理由とする懲戒処分も
原則として許されない。健康診断は労働者自身のためになされるものだからであ
る131)132)。よって使用者が誠意をもった説得にもかかわらず従業員が拒否を続け
る場合で、懲戒処分をとらず、それ以上の説得をなさずにいたままで何らかの健
康障害が発生した場合、労働者側の健康自己管理・健康回復努力義務違反等によ
り、安全配慮義務違反の損害賠償における過失相殺を認めるべきであろう。
健康診断において問題となるのが、企業が負担する健康配慮義務の履行は、他
面において、健診や面接指導等の実施等の遂行過程において、労働者のプライバ
シー秘匿権との抵触を不可避的に招くことになる。例えば企業が定期健診等によ
り把握した労働者の健康情報について、守秘義務の観点からは、その情報の開示
範囲は厳密には当該労働者、事業者、健診に関与した者のみとも解され得る。し
かし、現実に当該労働者の症状につき増悪防止のために就労免除や業務の軽減等
の措置を実施するためには、業務の変更先や元の職場等においても、関係者の協
力を求めるためには、実際には一定の説明が必要となり、少なくとも直属の上司
にまで開示範囲を拡大すべきことは当然である。しかし、軽減等の措置を実効性
をもって実施するためには、さらにより多くの範囲の労働者への情報開示による
納得に基づく協力が必要となる場合がある133)。健康情報については、労働者の
プライバシー保護に関して配慮した規定が置かれており、健診に従事する医師に
つき医師等の秘密漏洩罪をもって保護している他(刑法134条 1 項)労安衛法はさ
らに健診に関する秘密の保持につき、健診並びに面接指導の実施の事務に従事し
295
た者は、その実施に関して知り得た労働者の秘密を漏らしてはならない、と罰則
付きで定めている(104条、119条 1 号)。裁判例においても、HIV 感染者解雇事
件134) においては、「個人の病状に関する情報は、プライバシーに関する事柄で
……きわめて秘密性の高い情報に属するものとし……」と判示し、富士電機 E
& C 事件135)においては、「精神的疾患について事業者に健康診断の実施を義務
付けることは、精神疾患に対する否定的印象等から、プライバシーに対する配慮
が求められる疾患であり、プライバシーの侵害のおそれが大きいといわざるを得
ない……」と判示している。
両者の関係は一方が絶対的な優先権を有するような問題ではなく、相互の利益
の合理的調整の関係となっている。私見としては、労働者の健康は非常に重要な
ものであるが、憲法13条に規定があるように、個人の自己決定権の方が優越する
ものであると思われる。したがって企業側が健康診断を実施するに際して、労働
者が拒否する場合には、拒否したことによって労働者が健康障害を生じても、企
業側には安全配慮義務違反が認められないとするのが妥当であると思われる。し
かし、そもそも健康診断等の実施を労働者が拒否する理由としては、上記で挙げ
た、HIV 感染や精神疾患に対して社会的な偏見があるためであると思われる。労
働者が偏見について悩むことがなくなるように、その病気の正確な情報を提供し、
偏見をなくすように国、自治体、企業等が積極的に努力するべきであると思う。
Ⅴ 結 語
過労自殺等における行政上の認定は、当初労災として認定されなかった過労自
殺事案が、業務性判断の要件が緩和されていく中で次第に精緻化された過労死認
定基準をもとに判断指針が定められ認定される範囲を拡大した。また労基法規則
35条別表第 1 の 2 も改正され、条文においても過労自殺の事案が労災認定と認定
されるに至った。民事賠償請求については、安全配慮義務法理の範囲が拡大され、
企業側に厳しく責任を問う裁判例が増え、事前予防のための労安衛法等は改正を
経て依然と比べて格段に労働者を保護する仕組みを築いてきた。
しかし、未だに多くの課題を残していることもまた事実である。本稿でも述べ
たが、行政上の過労自殺等の労災認定については、第一に出来事とは評価されな
い慢性ストレスの評価をするべきであり、第二に他のストレスとの相乗効果を評
価するべきである。以上のように判断指針を改定しなければ救済されない者が多
296 法律学研究50号(2013)
いままになってしまうであろう。民事賠償請求においては安全配慮義務の拡大は
労働者救済の観点からは望ましいが、過失相殺を安易に行わないようにすべきで
ある。特に過失相殺の割合が 7 割、 8 割と高ければ、被災労働者の救済という本
来の趣旨に反することになってしまう。健康診断についてはプライバシー権との
対立があるが、労働者の自己決定権を配慮しつつ安全配慮を尽くすべきであろう。
しかし前提として、精神疾患等について社会の偏見をなくす努力をする必要性が
あると思われる。
本来は企業の長時間労働等の過重労働の体制が変わることが望ましいが、今の
体質が短期間のうちに簡単に変わるとは到底思えない。よって現状としては起き
てしまった労災事案から十分に反省・改善を行い、事前の予防を充実させ、労働
者が健康で快適に働ける環境を形成していくべきである。同時に将来的には、長
時間労働等の過重労働の体質を改めなければならない。過労自殺は労働者の人権
問題であると同時に、貴重な労働力を磨滅させるおそれさえある国民経済の問題
でもあり、国民的課題として国、企業等で取り組んでいくべきであろう。今後の
法政策の進展を注視したい。
1 ) 川人博・山下敏雅「過労自殺の現状と課題」(2008)40頁以下。
2 )「平成23年度における自殺の状況」(www.npa.go.jp/safetylife/seianki/H23jisatsunojokyo.pdf)。
3 )「平成23年度脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況まとめ」(www.mhlw.go.jp)。
4 )「平成23年度総務省統計局労働力調査」(www.stat.go.jp)。
5 ) 過労死ラインという言葉は、平成13年の厚生労働省通達「脳血管疾患及び虚血
性心疾患等の認定基準について」に用いられており、同通達は「発症前 1 か月間
におおむね100時間又は発症前 2 か月間ないし 6 か月間にわたって、 1 か月当た
りおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連
性が強いと評価できる」とした。
6 ) 大阪過労死問題連絡会『過労死・過労自殺の救済 Q & A』民事法研究会(2011)
4 頁。
7 )「使用者は、この法律による補償を行った場合においては、同一の事由について
は、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる」。
8 )「この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法又は厚生
労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行われ
るべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる」。
9 ) 菅野和夫『労働法第10版』弘文堂(2012)466頁以下。
10) 例えば慰謝料、平均賃金の80%を超える得べかりし賃金、損害補償の定率化が
297
なされているため、補償額が現実損害に適応しない場合等が考えられる。
11) 大阪過労死問題連絡会前掲注 6 )164頁。
12) 民法709条の不法行為責任は過失責任が規定されている。「故意又は過失によっ
て他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損
害を賠償する責任を負う」。
13) 菅野前掲注 9 )445頁。
14) 労災保険法は、労基法が労働災害について労災補償の規定を置いたため、それ
と同時にその趣旨を具体化するために制定された。
15) 戦前にも工場法(1911年)の災害扶助制度、業務上・外を区別しない健康保険
法(1922年)の扶助制度、労働者災害扶助法(1931年)、労働者災害扶助責任法
(1931年)等の労災補償に関する法制度が存在したが、その内容は貧弱なものに
とどまっていた。
16) 国の直営事業、船員保険法被保険者、官公署の事業、地方公務員災害補償法が
適用される地方公務員は除かれる。
17) 労災保険法の保護を受ける労働者は、適用事業で使用されている労働者であり、
雇用形態(常雇いか臨時工かアルバイトかパートタイマーか)のいかんを問わな
い。西村健一郎・安枝英訷・林弘子・高木絋一・長淵満男・今野順夫『労働法講
義 3 労働者保護法新版』有斐閣大学双書(1990)308頁。
18) 被災労働者とその家族の迅速な救済の確保のため。訴訟では、多額の経費と時
間を要してしまうため被災労働者の救済が不十分であった。
19) 安枝英訷・西村健一郎『労働法第10版』有斐閣(2009)184頁。
20) 後述するが、日本では労災保険法上の給付はその性格上定型的であること、慰
謝料などは含まないこと、その水準が必ずしも高くないこと等を理由として、使
用者の損害賠償責任を排除しない考え方がとられている。西谷敏『労働法』日本
評論社(2008)357頁。
21) 保険料は事業の種類ごとに定められている。しかし、労災防止努力を促進する
観点から、過去の災害発生率などに応じて一定範囲で上下されることになってい
る。
22) 保障の種類としては療養補償、休業補償、打切補償、障害補償、遺族補償、分
割補償、葬祭料がある。
23) 業務災害とは、労働者の業務上の負傷、疾病、傷害又は死亡のことをいう。
24) 経験則に照らして認められるところの客観的な因果関係のこと。
25) 菅野前掲注 9 )451頁。
26) 安枝・西村前掲注19)185頁。
27) 換言すると、業務に内在し付随する危険が業務に際して具体化したと考えられ
る場合に相当因果関係が認められるということである。町田高校事件・最三小判
平 8 . 1 .23労判687号16頁。
28) 昭和30年頃までは行政が業務災害と認定するには業務遂行性と業務起因性の両
298 法律学研究50号(2013)
方が必要であるとする 2 要件主義を採用していると受け取られる記述もあったが、
昭和30年代の半ば頃には業務遂行性とは、災害の業務起因性の有無を判断するた
めの媒体概念であることが明示されることになった。保原喜志夫「労災認定の課
題」67頁。
29) 菅野前掲注 9 )452頁以下。
30) 1995年の阪神大震災に際して発生した災害については、地震に際して当該災害
を被りやすい業務上の事情があったとして多くのものが業務上との認定を受けた。
小嶌典明「震災と労働行政」ジュリスト1070号148頁以下。
31) 大分労基署長事件(福岡高判平 5 . 4 .28労判648号82頁)。出張中の X は飲酒後、
階段を踏み外して転倒し、翌日急性硬膜外血腫で死亡したという事例において、
判旨は「…X が業務とまったく関連のない私的行為や恣意行為ないし業務遂行か
ら逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして、業務起因性を否定すべ
き事実関係はないというべきである…」と述べ、業務起因性が肯定された。
32) 出張の場合には、通常要務の成否や遂行方法は包括的に事業主に責任を負って
いると考えられ、出張過程全般について使用者の支配下にあるといってよく、そ
の過程全般に業務遂行性ありと認められることになる。そして積極的な私用・私
的行為・恣意行為等にわたるものを除き、出張に当然又は通常伴う範囲内のもの
である限り一般に業務起因性が認められることになる。畠中信夫「業務上災害」
別冊ジュリスト165号(2002)133頁。
33) 物理的因子(赤外線、紫外線、気圧、熱、騒音等)、じん肺またはじん肺合併症、
細菌、ウイルスなどの病原体による一定の疾病等。
34) 別表第 1 の 2 は2010年度に改正され、別表第 8 号に「長期間にわたる長時間の
業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳
梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止若しくは解離性大動脈瘤又はこ
れらの疾病に付随する疾病」、別表第 9 号に「人の生命にかかわる事故への遭遇
その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又
はこれに付随する疾病」が加えられ、過労死・過労自殺が別表の中で具体的に認
められるようになった。
35)「過労死」は1988年 6 月に実施された「過労死110番全国ネット」電話相談活動
の中で社会的に定着した、現代日本社会の病理的社会現象を象徴する新しい用語
である。
36) 行政として具体的妥当性よりも法的安定性に傾斜すること、払わなかったこと
が誤りであれば不服審査や行政訴訟という救済手続きに任せればよいが、払わな
くてもよいものを払うと後から強制的に取り返しできないので責任の感じ方が違
うという点も過労死の業務上の認定がされにくい理由であると考えられる。井上
浩『最新労災保険法第 2 版』中央経済社(1999)93頁。
37)「中枢神経及び循環器系疾患の業務上外認定基準について」(昭36. 2 .13基発116
号)労働省労働基準局長通達。
299
38) すなわち、災害的出来事のみが労働者の有する基礎疾病の緩慢な進展状況を著
しく促進・増悪させたと認められる場合にのみ、労災認定が出されるというもの。
岡村親宜『過労死と労災補償』労働旬報社(1990)83頁以下。
39) 例えば、第八香取丸船長事件・東京地判昭50. 4 . 3 判例タイムズ326号、広島南
税務署事件・広島地判昭51. 9 .30労旬854号、広島防災管理事件・広島地判昭
59. 9 .26労働判例カード441号。
40) 災害主義を批判した教授として、花見忠教授、松岡三郎教授、西村健一郎教授
などがいる。
41)「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(昭62.10.26基発620号)。
42) ①脳血管疾患 脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症。
②虚血性心疾患等 一時性心停止、狭心症、心筋梗塞、解離性大動脈瘤、不整
脈による突然死等。
43) 実際には認定基準が厳格であったため、従前の災害主義とさほどの変化はな
かった。井上前掲注36)95頁。
44) 岡村前掲注38)167頁。
45) 例えば、地公災基金京都府支部長事件・大阪高判平 3 . 9 .13労判615号52頁、王
子労基署長事件・東京高判平 4 . 7 .30労判613号11頁、名古屋南労基署長事件・名
古屋地判平 6 . 8 .26労判654号 9 頁。いずれも昭和62年の通達の認定基準よりも緩
和した判断を下した。
46) 平 7 . 2 . 1 基発38号。
47) 問題点として、
①基礎疾患等が原因となった場合でも業務が共働原因の一つと認められれば業務
上と認定するべき。
②当該労働者を基準に業務の過重性を判断するべき。
③ 1 週間を超える長期間の過重労働による負担を広く考慮すべき、という点がある。
山口浩一郎『労働補償の諸問題』信山社(2008)171頁。
48) 西宮労基署長事件・最一小判平12. 7 .17労判786号14頁。
49) 横浜南労基署長事件・最一小判平12. 7 .17労判785号 6 頁。
50)〈概要〉損害保険会社の支店長付き運転手 X は早朝に支店長を迎えに行く途中で、
くも膜下出血を発症した。X の業務は支店長の出退勤、支社等の巡回、客先回り、
料亭やゴルフ場での接待の際の送迎であった。運転手は X 一人であったため、自
動車の清掃、整備等は全て X の職務とされ、また日々の運転予定は直前になって
から指示されることが多く、待機中も即座に運転できるように気を遣って待機し
ていた。X は発症の 6 か月前から 1 日の平均の時間外労働が 7 時間を上回る非常
に長いものであった。所定の休日は全て確保されてはいたが、このような勤務の
継続が X にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらし
たことは否定しがたいものであった。発症の前日は 3 時間半程度の睡眠であった。
本件は横浜南労基署(本件では Y とする)で業務上の認定をされなかったため、
300 法律学研究50号(2013)
その取消を求めた行政訴訟である。
〈下級審〉第 1 審(横浜地判平 5 . 3 .23労判628号44頁)は過重な業務が精神的、肉
体的負荷となり基礎疾患をその自然的経過を超えて著しく増悪させて発症に至ら
しめたものであるとして業務上の認定を下した。しかし第 2 審(東京高判平
7 . 5 .30労判683号73頁)では X のくも膜下出血は先天性病変である脳動脈瘤が加
齢とともに自然増悪し、たまたま業務中に破裂したものであるとして第 1 審判決
を取り消した。これに対して X が上告。
〈判旨〉原判決破棄。Y の控訴棄却
…X が本件くも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に
加えて、脳動脈瘤の血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと
考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬
化の原因の一つとなり得るものであることを併せ考えると、…他に確たる増悪原
因を見いだせない本件においては業務による過重な精神的、身体的負荷が X の基
礎疾病をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものとみるのが相当で
あり、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
51) 平13.12.12基発1063号。以下「過労死認定基準」。
52) 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又
は予測困難な異常な事態、例えば、業務に関連した重大な人身事故や重大な事故
に直接関与した場合など。
53) 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態、例え
ば、救助活動や事故処理に携わり著しい身体的負荷を受けた場合など。
54) 急激で著しい作業環境の変化、例えば、極めて暑熱な作業環境下で水分補給が
著しく阻害された状態、特に温度差のある場所への頻繁な出回り等。
55)「発症前 1 か月間ないし 6 か月間にわたって、時間外労働が 1 か月概ね45時間を
超える程業務と発症との関連性は強いと評価される」、「発症前 1 か月間に概ね
100時間以上、または発症前 2 カ月ないし 6 か月に概ね80時間以上の時間外労働
がある場合、業務との関連性が強いと評価される」。
56) 例えば、電化工業事件(東京地判平15. 4 .30労判851号15頁)では不規則な勤務
による睡眠不足の疲労の蓄積が深く関わる要因となることを踏まえて業務上の認
定をした。他にも、地公災基金三重県支部長事件・名古屋高判平14. 4 .25労判829
号30頁、長崎労基署長事件・長崎地判平16. 3 . 2 労判873号43頁等がある。
57) 神戸労働基準監督署長事件・最三小判平16. 9 . 7 労判880号42頁。玉野労基署長
三井造船玉野事業所事件・岡山地判平17. 7 .12労判901号31頁等。
58) 地公災基金大阪府支部長事件・大阪高判平16. 1 .30労判871号74頁。
59) 大阪中央労基署長事件・大阪地判平16. 7 .28労判880号75頁。
60) 地公災基金京都府支部長事件・大阪高判平16. 9 .16労判885号57頁。
61) 過労自殺の多くはうつ病によるものであり、抑うつ気分、興味や喜びの喪失、
易疲労感が三大症状とされており、他には①集中力と注意力の減退、②自己評価
301
と自信の喪失、③罪責感と無価値観、④将来に対する希望のない悲観的な見方、
⑤自傷あるいは自殺の観念や行為、⑥睡眠障害、⑦食欲不振等がある。大阪過労
死問題連絡会前掲注 6 )61頁。
62) 昭和23. 5 .11基収1391号。
63) 日本労働法学会『講座21世紀の労働法第 7 巻』有斐閣(2000)98頁以下。
64)「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった
事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない」。
65) 自殺者が遺書を残していた場合は、遺書を書く意思能力があったとされて、業
務上の認定をされなかった。佐久間大輔『労働法の諸問題』商事法務東京弁護士
研修センター運営委員会(2005)13頁。
66) 原則として業務起因性はないが、例外として業務上によって精神障害を引き起
こし、しかも心神喪失の状態になったときは故意ではないので、これは業務起因
性を認めるという考え方。
67) 日本労働法学会前掲注63)。
68) 長野地判平11. 3 .12労判764号43頁。
69) 労働省が1998年 2 月に「精神障害等の労災認定に関する検討会」を招集し、そ
の報告書に基づき、 2 つの通達を発した。
70) 平成11年 9 月14日基発第544号、基発545号。
71) 世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10回修正の「精神および行動の障害」
に分類される精神障害としている。対象疾病は、症状性を含む器質性精神障害、
精神作用物質使用による精神および行動の障害、統合失調症・統合失調型障害お
よび妄想性障害、気分(感情)障害、神経症性障害、ストレス関連障害および身
体表現性障害、生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群、成人のパー
ソナリティーおよび行動の障害、精神地帯(知的障害)、心理的発達の障害、小
児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害、
である。
72) 家庭内の離婚、配偶者の死亡等、職場以外での心理的負荷など。
73) 精神障害の既往歴、社会生活の適応状況、アルコール依存状況、性格傾向など。
74)( 1 )「出来事」の心理的負荷の強度:事故や災害の体験、仕事の失敗、過度な
責任の発生等
( 2 )心理的負荷の修正:出来事の内容、程度等
( 3 )出来事後の状況が持続する程度:仕事量・質・責任等の変化、支援等
これらを強度Ⅰ、Ⅱ、Ⅲで評価して、総合評価、強、中、弱の判断を行う。
75) 強度Ⅲ
・重度の病気やケガ
・交通事故(重大な人身事故、重大事故)を起こした
・労働災害(重大な人身事故、重大な事故)の発生に直接関与
・会社の経営に影響する等の重大な仕事上のミス
302 法律学研究50号(2013)
・退職の強要
・ひどい嫌がらせ、いじめ、暴行を受けた
強度Ⅱ
・悲惨な事故や災害の体験、目撃
・会社で起きた事故について責任を問われた
・違法行為の強要
・自分に関係する仕事で多額の損失を計上
・達成困難なノルマを課された
・ノルマが達成できなかった
・新規事業の担当となり、会社の建て直し担当になった
・顧客や取引先から無理な注文を受けた
・顧客や取引先からクレームを受けた
・仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事
・勤務・拘束時間が長時間化する出来事
・出向、転勤、配置転換
・左遷
・非正規社員であるという理由で、仕事上の差別、不利益取り扱いを受けた
・セクシュアルハラスメントを受けた
・上司・部下とのトラブルがあった
強度Ⅰ
・研修、会議等の参加の強要
・上司不在の分の代行を任された
・勤務形態の変化
・仕事のペース、活動の変化
・職場の OA 化が進んだ
・早期退職制度の対象となった
・自分の昇格・昇進
・部下が増えた・減った
・同一事業場内での所属部署が統廃合された
・担当でない業務として非正規社員のマネジメント、教育を行った
・同僚とのトラブル
・理解してくれていた人の異動
・上司が替わった
・昇進で先を越された、同僚の昇進・昇格があった
76) 強度Ⅲ
・離婚又は夫婦の別居
・自分が重い病気やケガをした又は流産した
・配偶者や子供、親又は兄弟の死亡
303
・配偶者や子供の重い病気、ケガ
・親類の誰かで世間的にまずいことをした人が出た
・多額の財産を損失した又は突然大きな支出があった
・天災や火災などにあった、又は犯罪に巻き込まれた
強度Ⅱ
・自分の病気、ケガ
・親族との付き合いで困ったり、辛い思いをした
・親が重い病気やケガをした
・収入の減少
・借金返済の遅れ、困難があった
・自宅に泥棒が入った
・交通事故を起こした
・騒音等、家の周囲の環境(人間環境を含む)の悪化、引っ越した
・友人、先輩に裏切られショックを受けた
・親しい友人、先輩が死亡した
・失恋、異性関係のもつれがあった
・隣近所とのトラブル
強度Ⅰ
・夫婦のトラブル、不和
・自分が妊娠した
・定年退職した
・家族が婚約した、又はその話が具体化した
・子供の入試・進学があった又は子供が受験勉強を始めた
・親子の不和、子供の問題行動、非行
・家族が増えた・減った
・配偶者が仕事を始めた・辞めた
・住宅ローン又は消費者ローンを借りた
・軽度の法律違反をした
・家屋や土地を売買した又はその具体的な計画が持ち上がった
・家族以外の人(知人、下宿人等)が一緒に住むようになった
77) 佐久間大輔『労災・過労死の裁判』日本評論社(2010)132頁以下。
78) 佐久間前掲注65)18頁。
79) 名古屋高判平15. 7 . 8 労判856号14頁、平均的労働者最下限基準説を実質的に是
認した。
80) 基労補第0731001、厚生労働省労働基準局労災補償部補償課長名義。
81) 佐久間前掲注77)153頁以下。
82) 名古屋地判平13. 6 .18労判814号64頁。被災者 X は設計図提出の期限に延期し、
恒常的な残業もしている中でマイナス評価を受けるのではないかとうつ病を発症
304 法律学研究50号(2013)
した。うつ病発症後に労働組合の職場委員長に就任して欲しいと依頼を受けたり、
課長から南アフリカに出張してくれと頼まれたり、どちらも承諾したが、業務に
支障を来すのではないかと悩んで自殺したという事案。この事案は心理的負荷評
価表で見ると、恒常的な残業はあるものの月平均45時間程度であり、労働組合の
職場委員長就任、南アフリカ出張は承諾はしているもののまだ現実には行ってい
ないため、判断指針の出来事に当てはまらないのではないかという事案であった
が、業務起因性が認められた。
83) 小畑史子「うつ病による自殺と業務起因性」臨増ジュリスト1269号(2004)235
頁。
84) 名古屋地判平18. 5 .17労判918号14頁。
85) さいたま地判平18.11.29労判936号69頁。
86) 高松地判平21. 2 . 9 労判990号174頁。
87) 平成21年 4 月 6 日基発第0406001号改正。
88) 他には「違法行為を強要された」、「自分の関係する仕事で多額の損失を出した」、
「顧客や取引先から無理な注文を受けた」、「研修・会議等の参加を強要された」、
「大きな説明会や公式の場での発表を強いられた」、「上司が不在になることによ
り、その代行を任された」、
「複数名で担当していた業務を 1 人で担当するように
なった」
、「早期退職制度の対象になった」、「同一事業場内での所属部署が統廃合
された」、
「担当ではない業務として非正規社員のマネージメント、教育を行った」
がある。
89) もう 1 つの構成としては、土地工作物の設置または保存の瑕疵による損害につ
いての所有者または占有者の責任(民法717条)の追及がある。
90) 不法行為構成と債務不履行構成の法的な相違としては損害賠償請求権の時効
(不法行為構成では 3 年、債務不履行構成では10年)、遺族固有の慰謝料が認めら
れるか否か(不法行為構成では民法711条によって認められるが、債務不履行構
成では認められない)で異なる。使用者の責任根拠が不法行為よりも債務不履行
に求められるようになったのは、その方が証明責任と時効の点で労働者に有利と
考えられたためである。しかし、学説・裁判例の展開によって両者の違いは相対
化されてきている。まず、安全配慮義務の主張立証責任において、過失又は帰責
事由の立証責任は使用者側に移ったものの、安全配慮義務の内容を特定し、かつ
違反に該当する具体的事実を立証する責任は労働者にある。これによって義務の
内容や証明責任において不法行為構成と債務不履行構成の間で大差はないという
のが共通の考え方になりつつある。また、不法行為構成については、過失の前提
となる注意義務に関し、使用者には労働者の労働災害を防止すべき高度の注意義
務があるという考え方がとられており、さらに両者の違いは小さなものになって
いる。
91) 西谷前掲注20)365頁以下。
92) 門司港運事件―福岡地小倉支判昭47.11.24判時696号235頁。伴鋳造所事件―東京
305
地判昭47.11.30判時701号109頁。
93) 最三小判昭50. 2 .25民集29巻 2 号143頁。
94)〈概要〉自衛隊員であった A は車両整備に従事中、後進してきた大型自動車の
後輪で頭部を轢かれ即死した。そこで A の父母 X1、X2は国 Y に自動車損害賠償
保障法 3 条に基づき、A の逸失利益相当額及び慰謝料を損害賠償として訴えを提
起した。この訴えは A の死亡を知ってから 3 年が経過していた。
〈下級審〉第 1 審(東京地判昭46.10.30民集29巻 2 号160頁)は Y の消滅時効の抗弁
(民法724条)を認めて X1らの請求を棄却した。控訴した X1らは消滅時効の権利
の濫用と Y は使用者として安全保障義務を負っており債務不履行による損害賠償
責任があると主張したが第 2 審(東京高判昭48. 1 .31民集29巻 2 号165頁)は控訴
を棄却した。
〈判旨〉破棄差戻し
国は公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等
の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあ
たって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務を
負っているものと解すべきである。…
95) 最三小判昭59. 4 .10民集38巻 6 号557頁。宿泊勤務中の従業員が窃盗目的で侵入
してきた元従業員に殺害されたという事案。私企業における使用者の安全配慮義
務について最高裁として初めて定義を与え、第三者による加害という若干特殊な
事情について使用者の負う安全配慮義務の具体的内容を明らかにした点で重要な
意義を有している。和田肇「盗賊による殺害と使用者の安全配慮義務」ジュリス
ト852号(1986)224頁以下。
96) 陸上自衛隊八戸車両整備工事件の後、航空自衛隊芦屋分遣隊事件(最二小判昭
56. 2 .16判時996号47頁)、陸上自衛隊第三三一会計隊事件(最二小判昭58. 5 .27判
タ498号86頁)、陸上自衛隊第七通信大隊事件(最三小判昭58.12. 6 労経速1172号
5 頁)、においても安全配慮義務が認められた。
97)「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ
労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」。
98) 京都地判平 9 . 4 .17労判716号49頁。
99) 津地判平 9 .11. 5 労判729号54頁。
100) 川義事件・最三小判昭59. 4 .10民集38巻 6 号557頁。
101) 佐久間前掲注77)198頁以下。
102) 東京地判平10. 3 .19労判736号54頁。SE が入社以来の恒常的な長時間労働に加え、
死亡する直前の 1 年間は過度な精神的負担を強いられていたことから、高血圧を
増悪し、脳出血を発症し死亡した事例。
103) 広島地判平12. 5 .18労判783号15頁。高温、刺激臭の強い環境の中で、経験の浅
いにもかかわらずリーダーに任命され、身体的・精神的負荷が増悪し、うつ病に
罹患し自殺した事例。
306 法律学研究50号(2013)
104) 林野庁高知営林局事件(最二小判平 2 . 4 .20労判561号 6 頁)では、予見可能性
のない危険は、結果回避義務も問題となり得ず、安全配慮義務の枠外であると判
示している。
105) 日赤益田赤十字病院事件・広島地判平15. 3 .25では、病院に勤務していた医師
が過重労働に加え患者に対するミスを精神的負担として抱えていたことから自殺
したことを理由としてその遺族から損害賠償請求がなされた事件。これについて
は①当該自殺の原因は
れば患者に対する自己ミスに起因するものであるとして、
業務に起因することは認められたが、それ以降の被災者の行動に異常はみられな
かったことからうつ病に罹患したものとは到底認められないこと、②被災者の労
働量は他の労働者と比べるとむしろ軽い方であり、疲労の原因となった行動は被
災者の自己判断に基づくものであるため病院の把握し得る範疇外であったこと、
③自殺するまで精神的に追い詰められたのは被災者の良心に根ざした自責の念の
ためであり、外部からの何らかの措置によって軽減できるものではなかったこと、
これらの状況から判断して、病院が何らかの措置をとることが困難であったと認
定され、病院側の安全配慮義務違反が否定された。
106)〈概要〉A は広告代理店 Y に入社したが、常軌を逸した深夜労働と休日出勤等
による睡眠不足のため心身共に疲労困憊するに至った。自身が担当するイベント
が近くなるとほとんど帰宅しなくなり、その時期の A は傍目にも明らかに元気
がなくなり、自信喪失の言動や自殺の予兆であるかのような言動をなしたりした。
また、身体上の兆候としては顔色不良、睡眠障害、コンタクトレンズやのどの不
調の症状があった。しかし上司らは具体的な措置をなすことはなく、A はイベン
ト終了後仕事上の目標が達成され肩の荷が下りたのとともにその後も長時間労働
が継続することに絶望し、自殺に至った。そこで A の両親 X らは A の Y に対す
る民法715条に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。
〈下級審〉第 1 審(東京地判平 8 . 3 .28判時1561号 3 頁)は Y の責任を認めたが、第
2 審は Y の責任を認めつつも、A の性格等を理由に 3 割の減額を行った。双方が
上告。
〈判旨〉一部上告棄却、一部破棄差戻
労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的
負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知
のところである。…使用者は…業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄
積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負い、…(過
失相殺について)使用者は労働者の適性を判断して配置や業務内容の決定を行う
のであり、その際に労働者の性格をも考慮することができる。…A の性格は社会
人一般にしばしば見られるものであり、上司は業務との関係で A の性格を積極
的に評価していたのであるから、前記範囲を外れたといえず、A の性格等を斟酌
することはできない…。
107) 東京高判平 9 . 9 .26労判724号13頁。
307
108) 東京高判は、他には実際に残業時間よりも少なく申告して、上司が実際の勤務
状況を把握することをやや困難にしたこと、一定の範囲で労働者に労働時間の配
分、使用方法が委ねられているが被災労働者は時間の適切な使用方法を誤り労働
を続けたこと、うつ病罹患の前あるいは直後に精神科の病院に行ったり、会社を
休んだりしなかったこと、を理由に挙げた。
109) 最二小判平12. 3 .24判時1707号87頁。
110) 佐久間前掲注77)230頁以下。
111) 東京高判平14. 7 .23労判852号73頁(第 1 審、浦和地判平13. 2 . 2 労判800号 5 頁)。
112) 横浜地判川崎支部平14. 6 .27労判833号61頁。
113) 和歌山地判平14. 2 .19労判826号67頁。
114) 川崎水道局事件では、いじめの後職場も配転替えになり、医師の治療を受け精
神疾患に対する治療を受けていたにもかかわらず自殺に至ったので、本人の資
質・心因的要因も加わったものと認められ 7 割の過失相殺がなされ、みくまの農
協事件では①同人の素因(精神疾患)が主な原因であること、②家族が同人の病
状に気づいて対処すべきであったこと、③組合が勤務環境に相当の配慮をしてい
たこと、④台風襲来から自殺まで 1 か月しかなく認識可能性があったとは言えな
いこと、等を理由に 7 割の過失相殺がなされた。
115) 山口浩司「安全配慮義務の内容」『新・裁判実務体系17労働関係訴訟法Ⅱ』青
林書林(2001)320頁以下。
116) 川崎製鉄水島製鉄所事件・岡山地裁倉敷支部判平10. 2 .23労判733号13頁。
117) システムコンサルタント事件・東京地判平10. 3 .19労判736号54頁においては、
自らが高血圧であって治療が必要な状態であることを知っていたにもかかわらず、
脳出血発症に至るまで、精密検査を受診したり、あるいは医師の治療を受けるこ
とをしなかったことが認められ、また、体重を減らそうとする努力をしたとは認
められない等、自らの健康の保持について何ら配慮を行っていないと認定され、
50%の過失相殺が認められた。
118) 昭39. 6 .29法118。
119) これより以前のものとしては明治44年に労働者保護立法と言える「工場法」が
制定されたが、これは女子や年少者の危険有害業務を禁止するのみで、安全衛生
に関わる規定はわずかしか含まれていなかった。
120) 労安衛法が制定された経緯としては高度経済成長期になり、科学・技術の進歩
や産業構造の変化とともに労働関係も複雑化し、労基法を中心とした最低基準を
軸とする防災対策では新たに労災の発生に有効に対処できないことが明らかに
なったためである。西村・高木・安枝・長淵・林・今野前掲注17)293頁以下。
121) 労安衛法には多数の付属規則が付けられているが、それ以外にもじん肺法
(1964年)、作業環境測定法(1975年)等がある。さらに労基法の諸規定も安全衛
生を保持する役割の一端を担っている。こうして労安衛法を中核とし、これらの
法律・規則が付加される形で現在の安全衛生の法制度が成り立っている。西谷前
308 法律学研究50号(2013)
掲注20)351頁。
122) 具体的には①総括安全衛生管理者制度が設けられてラインの責任が明確化した。
②安全・衛生委員会制度が労安衛法中に明文化された。③安全衛生教育の強化さ
れた。④安全・衛生コンサルタント制度の創設された。等がある。野川進『労働
法』商事法務(2007)208頁以下。
123) 安全衛生管理体制確立のために、総括安全衛生管理者(10条)、安全管理者(11
条)、衛生管理者(12条)、安全衛生推進者(12条の 2 )、産業医(13条)、作業主
任者(14条)、安全員会(17条)、衛生委員会(18条)、安全衛生委員会(19条)、
を置くことが事業者に義務付けられている。
124) 機会・器具その他の設備、爆発性、発火性、引火性、の危険に対する措置義務
(20条)、急迫した場合の労働者を退避させる義務(25条)、健康障害防止措置義
務(22条)、職場環境措置義務(71条の 2 )。
125) 雇い入れ時の教育(59条)、派遣労働者に対する教育・有害業務従事時の特別
教育(60条の 2 )。
126) 健康診断(66条)、健康教育(66条の 7 )、医師等からの意見聴取(66条の 4 )。
127) 平成 8 年には健康診断の実施後の措置(66条の 5 )に関して改正され、平成11
年には深夜業に従事する労働者の健康管理の充実が図られた。なお、この年には
化学物質対策の強化のための改正も行われている。
128) 例えば石川島興業事件(神戸地姫路支判平 7 . 7 .31労判688号59頁)は、従業員
の健康状態の異常に関する認識は、同僚を通じて知り得るとして、積極的な予見
義務を課した。
129) 安西愈「企業の健康配慮義務と労働者の自己保険義務」季刊労働法124号25頁
以下。
130) この規定は企業が様々な健康配慮義務の遂行の過程で行う法定外の健康診断に
は及ばない。そこでこれらの法定外健康診断においては、労働者に受診義務はあ
るのか、義務があるとした場合には医師の選択の自由があるのかが問題となる。
岩出誠『論点・争点 現代労働法改訂増補版』民事法研究会(2010)551頁。
131) 西谷前掲注20)355頁。
132) もっとも、健康診断が集団感染のおそれある病気にかかわる場合には、労働者
は受診義務を負い、例えば胸部 X 線検査を拒否した労働者に対する懲戒処分は適
法とされている。愛知県教育委員会事件・最一小判平13. 4 .26労判804号15頁。
133) 岩出誠『実務 労働法講義第 3 版』民事法研究会(2010年)884頁。
134) HIV 感染を理由とする解雇が無効と判決された事例。特に HIV 感染に関する
情報は、感染者に対する社会的偏見と差別があることから、極めて秘密性の高い
情報に属するものであるとし、派遣先企業の社長から派遣元企業に対する派遣労
働者の感染事実の連絡がこの違法な漏洩に当たるとして慰謝料の支払いを命じた。
東京地判平 7 . 3 .30労判667号14頁以下。
135) 名古屋地判平18. 1 .18労判918号65頁。