社労士便り (2009 年8月) (Vol.041) 『 ● 退職金と就業規則の関係 』 退職金は賃金なのか 退職金は、使用者の裁量に委ねられた恩恵的給付なので賃金ではないという考え方 もありますが、就業規則等に支給基準を明確に定めていると、それは労働契約の内容 になり、当然に使用者には支払い義務が発生すると考えれば、退職金は賃金であると して認識しておいたほうが良いでしょう。そして、賃金である以上、労働基準法の保 護を受けるということになります。 ● 賃金後払い的性格と功労報償的性格 退職金は、大きく2つ、賃金の後払いと功労報償金の2つの性格に分けられると言 われます。 前者は、労働者が毎月受取るはずの賃金の一部を使用者が積み立てておき、それら の合計を退職時まとめて支給するという解釈です。 後者は、在職期間中の会社に対する功労や貢献の度合いに支給される報奨金である という解釈です。 ● 就業規則への記載内容 退職金制度を設けるか否かは使用者の判断に委ねられますが、もし制度を設ける場 合は、労働基準法第 89 条の定めに基づき、以下の内容を就業規則に定めなければな りません。 「適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手 当の支払い時期に関する事項」 特に、社内における暗黙の了解により、退職金の支給対象は正社員のみであるとさ れていた場合でも、その旨を就業規則の「適用される労働者の範囲」の中で明確に定 めておかないと、退職する非正社員からの退職金請求に対し、相手が納得いくような 説明はできないでしょう。よって、予め就業規則に定める「適用される労働者の範囲」 の内容を明確にし、なおかつ、労働者への周知徹底が大切です。 また、平成 19 年改正のパートタイム労働法において、実質的に正社員と職内内容 や職務配置が異ならないパートタイム労働者に対する差別的取扱いが禁じられたこ とにより、正社員と同等の退職金を支給しないと法律に抵触しますので、その点も留 意して就業規則を見直をすべきでしょう。 ● 退職金の支払い時期 使用者は、労働者が退職する場合において、就業規則に退職金の支払い時期を定め た場合には、その時期に支払わなければなりません。 また、就業規則に支給時期の定めが無い場合は、労働基準法第 23 条1項に「使用 者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があった場合においては、 7日以内賃金を支払い、 (一部省略)、労働者の権利に属する金品を返還しなければな らない」とあり、また、同2項では、「これらの賃金又は金品について争いがある場 合においては、使用者は、異議のない部分を7日以内に支払い、または返還しなけれ ばならない」とありますので、原則7日以内支給と考えておくべきでしょう。 なお、通常の賃金の消滅時効期間は2年であるのに対し、退職金の消滅時効は5年 です。 ● 懲戒解雇等にともなう退職金の没収・減額 就業規則に「懲戒解雇になった者には退職金を支給しない」などの退職金の没収、 減額規定が設けることがあります。この場合、社員の一部から、「退職金は賃金の後 払いであるから、没収・減額は労働基準法の賃金全額払いの原則に抵触する」との不 満が生じるかもしれませんが、判例では、退職金の没収・減額が必ずしも賃金全額払 いの原則に抵触するという解釈ではありません。ただし、退職金は労働者にとって重 要度の高いものであることを考えると、たとえば遅刻が数回あった程度の軽微な懲戒 歴を理由に、没収・減額を行うことは許されないでしょう。 いずれにしても、就業規則に予め退職金の没収・減額規定が定めてあることが基本 ですので、この規定が無いのに、退職金の全額没収を実行するのは適切ではないでし ょう。 ● 退職後の著しい背信行為に対する退職金の没収・減額 退職金の没収・減額規定を行使する上で、頭を悩ますケースがあります。例えば、 ある労働者が円満退職して退職金を満額支給したものの、後になって、その社員が大 量の顧客データを売りさばいていたことが発覚するなど、在職中であれば当然に懲戒 解雇に該当する行為を行っていた事実が退職後に判明する場合です。このような労働 契約が既に終了した社員に対し、退職金の不支給、減額を行うことはできるのでしょ うか。 判例では、労働者が行った行為の程度、つまり、会社に与えた損害の大きさなどか ら没収・減額も認められる傾向ですが、いずれにしても、退職後の没収・減額規定を 就業規則に定めておくことが基本です。 ● 競業避止義務違反に基づく退職金の没収・減額 退職金の没収・減額規定でもう一つ頭を悩ます問題があります。それは懲戒解雇な ど全く無縁な社員、というよりはむしろエース的存在の社員が退職するような場合に 生じやすい問題です。 例えば、自社の店長が近隣にオープンする競合他社の店長としてヘッドハンティン グされたことで退職するケースです。 こうしたケースにまず確認すべきは、いわゆる競業避止規定が就業規則に定めてあ るかです。これは、例えば顧客データなどの機密情報流出等を防止する目的で、同業 他社への転職等を禁ずる定めです。ただし、憲法には職業選択の自由がありますので、 競合への転職を全面的に禁ずることはできませんが、例えば対象期間やエリアなどを 限定するなど、一定範囲内での制約は可能と解釈されます。 そして次に競業避止義務違反の労働者に対し、退職金の没収・減額を行うことは認 められるかですが、実際には個別のケースで判断せざるを得ません。考え方としては、 退職金を没収・減額による社員が被る不利益と会社が被る被害の程度を比較して判断 されますが、いずれにしても基準が曖昧ですので、いったんトラブルが生じたら、当 事者間の話し合いのみで解決するのは困難と考えられます。 ● プロフィール 社会保険労務士 佐藤 敦 平成 2 年:明治大学商学部卒、同年ライオン株式会社入社 平成 16 年:神奈川県社会保険労務士会登録 ● 著書 『給料と人事で絶対泣かない 89 の知恵』(大和書房) 『働く高齢者の給料が減っても手取りを減らさない方法』(ダイヤモンド社)他。
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