中山間地域の伝統産業施設を拠点とした多機能化と内発的地域づくり

中山間地域の伝統産業施設を拠点とした多機能化と内発的地域づくり
~埼玉県東秩父村「和紙の里」の事例~
吉田 渉(早稲田大学大学院)
Keyword:伝統産業施設、和紙、多機能化、内発的地域づくり
【背景】
【目的】
日本では近年急速に少子高齢化が進行している。特に中
今回は、2014 年 11 月に地元の和紙(細川紙)がユネス
山間地域においては若者を中心とした都市への人口流出等
コ無形文化遺産に登録され、中山間地域にも位置する東秩
によって、高齢者の人口に占める割合が一段と大きくなり、
父村の伝統産業施設(和紙の里)に注目して、以下の2点
それが著しくなっている。そういった自治体では、人口減
について明らかにする。
少による税収の減少等で財政状況は年々厳しさを増してい
①さまざまな地域機能を集約した「多機能複合施設」とし
る。また、過去に作られた公共施設等の更新や人口減少等
ての役割について
による今後の利用需要の減少を背景に、昨年国からは公共
②地域資源や伝統文化を通した誇りの醸成や住民の交流を
施設等総合管理計画の策定要請も出され、統廃合を含めた
活発化する「内発的地域づくりのための施設」としての役
公共施設等の対策を推進する必要にも迫られはじめている。
割について
そういう中で、中山間地域の自治体が効率的に政策を進め
ていくためには、ある程度の地域機能を集約していくこと
【研究方法】
が必要となる。
・文献調査
また、地域の社会経済の環境が大きく変化したことによ
東秩父村や和紙についての現状および課題をさぐるため、
り、中山間地域では比較的強固だった地縁的な関係性も希
東秩父村の過疎地域自立促進計画、東秩父村総合振興計画
薄化し、地域コミュニティが衰退している。したがって、
基本構想、地域計画書等の文献を調べた。
機能面ばかりでなく、地域の資源や伝統文化を通して、地
・インタビュー調査
域の誇りの醸成や住民間のコミュニケーションを活発化し
ていくことも必要とされる。
文獻調査をもとに、まず、東秩父村の現状および「和紙
の里」の現状と地域拠点としての可能性についての考えを
聞くために、住民に対してインタビュー調査を実施した。
【先行研究】
インタビュー調査は 1 回のみで、質問項目を固定せず回答
既存の公共施設にいろいろな機能を持たせる多機能複合
者に自由に答えてもらう非構造化インタビューを行った。
施設についての研究は、これまで多くなされている。公立
本稿において、インタビュー調査は「和紙の里」支配人を
小中学校と地域公共施設(生涯学習施設)との複合化事例
メインに行うことを考えていたため、住民へのインタビュ
について(斉藤・金子・上野、2006)
、図書館にミュージア
ー調査はそのための予備的調査と位置付けた。
ム機能、文化活動・交流機能等を持たせた事例(樋口 2014)
、
次に、
「和紙の里」の現状と地域拠点としての可能性につ
その他、公民館などその地域にある施設を拠点として一部
いて把握することを目的に、
「和紙の里」支配人へのインタ
の機能を集約する研究等がある。しかし、それらは一部の
ビュー調査を実施した。インタビュー調査は合計 3 回実施
機能の集約であり、本稿が対象とする中山間地域の生活面
した。1 回目のインタビュー調査は非構造化インタビュー
に関わる多くの機能に関するものではない。
を行ったが、2 回目と 3 回目は事前にある程度の質問項目
また、その地域に存在する施設を利用し、地域の資源や
伝統文化を活かすことで地域づくりをする内発的地域づく
を決めておき回答によってさらに詳細に聞いていく半構造
化インタビューを行った。
り(上田・三橋 2004)という視点を通しての地域の誇りや
交流の活発化についても考えてみたい。寺田(2010)は、
内発的地域づくりは、地域住民の誰もが参加でき、多くの
【東秩父村について】
東秩父村は、埼玉県西部に位置する埼玉県内唯一の村で、
住民の参加によって地域住民の共通意識の形成と連帯感の
東京都心からは 60km 圏内にある。山林が 81.4%を占め、
強化ができるとしている。
周囲は外秩父山地などの山々に囲まれ、山の中腹や槻川沿
いに集落が開けている。人口は県内で最も少なく、人口減
点として期待しているが、内発的地域づくりの拠点として
少率、平均年齢ともに県内で最も高い。また、高齢化率が
は期待していないようだった。
県内トップのため介護保険料も最も高額である。一方、市
・70 代・男性・年金生活者
町村税納税率 、衆院選小選挙区投票率はいずれも県内トッ
東秩父村の現状には悲観的であり、収入も低く生活は苦
プで、模範的な数値からもまじめな気質が推し量られる。
しいとのことだった。
「和紙の里」の地域拠点としての可能
平成の大合併においては、近隣市町村と協議し、合併を
性を尋ねると、直接的な言及はなかったが、医療と森林に
模索したが、いずれも合併には至らなかった。そして、2006
関わる話をしてくれた。昔は病院が隣町にしかなく、それ
年に都幾川村と玉川村が合併してときがわ町ができたこと
も非常に遠く、交通機関もなかったため、子供が病気にか
により、埼玉県内唯一の村となったのである。
かって死ぬこともあった。また、近年ますます森林が荒廃
してきているのが気掛かりとのことだった。
【和紙と和紙の里】
・70 代・女性・主婦
東秩父村は、隣接する小川町とともに日本有数の和紙の
東秩父村の現状については、災害もなく、安心して暮ら
産地として知られている。特に、国産の楮(こうぞ) だけ
せる環境なので、
非常に満足しているが、
過疎化や高齢化、
を使用して伝統的な製法で作られる「細川紙」は、その歴
空き屋問題は心配とのことだった。
「和紙の里」の地域拠点
史と伝統が評価され、1978 年に国から重要無形文化財の指
としての可能性については、イベントやフェスティバルの
定を受けた。また、2014 年 11 月にはユネスコ無形文化遺
際は人が集まり、非常に賑わうので、観光の拠点として多
産へ登録された。
くの観光客を呼んでほしいとのことだった。また、内発的
東秩父村の和紙の歴史は古く、1,300 年も前から和紙づ
地域づくりの拠点としても期待しているようだった。
くりが行なわれてきた。和紙づくりに必要な木ときれいな
水にも恵まれ、大消費地である江戸・東京に比較的近いと
いうこともあって、
伝統工芸が受け継がれてきた。
しかし、
戦後以降、後継者不足、洋傘の普及や洋紙などに押され、
次に、
「和紙の里」支配人へのインタビュー調査の結果は
以下の通りである。
多機能複合施設としての役割については、現在のところ、
その存続も危ぶまれたが、近年では、手作りで自然素材を
観光、体験学習・伝統学習、CSR活動、防災の拠点とな
原料とした紙として再評価されている。
っている。観光の拠点としては、和紙づくり体験やそば・
こうした中、
「伝統産業に新たなる光をあて、手漉き和紙
うどん手打ち体験、施設内での宿泊、アルファロメオ・オ
の技術の伝承・後継者の育成に努め、併せて地域の活性化
ーナーの集い等ユニークなイベント、レンタル電動自転車
を図る」という目的で、
「和紙の里」
が 1991 年に完成した。
の貸し出し等を行っており、ハイキングのための起点にも
施設は古くから地域に伝わる木造建築技術によってつくら
なっている。体験学習の拠点としては、地元小学生の和紙
れた8棟の和風の建物で構成されているおり、施設内では、
づくり体験(植林~原料作り~紙漉き)およびその和紙を
紙漉き体験をはじめいろいろな伝統文化に触れることがで
使用した卒業証書の作成が、伝統学習の拠点としては、住
きる。
民向けの和紙フラワーづくり・ランタンづくり教室があげ
「和紙の里」は現在、指定管理者である株式会社東秩父
られる。CSR活動の拠点としては、企業のCSR活動の
村和紙の里によって運営されている。株式会社東秩父村和
一環での森づくり、防災の拠点としては、来館者も参加す
紙の里は、1991 年に東秩父村と商工会の出資により設立さ
る消火訓練が行われている。
れた第 3 セクターで、村長が社長を務めている。
将来的にも、交通、買物、金融の拠点としても考えられ
ている。特に交通では、村とイーグルバスの共同プロジェ
【調査結果】
まず、住民 3 名に対するインタビュー調査の結果は以下
クトにおいて地域交通のハブとして位置づけられており、
近々にも実現するようである。これは観光客の利便性と地
の通りである。
域住民の利便性を兼ね備えたものである。
「和紙の里」に近
・60 代・男性・みかん農家
隣の鉄道駅や村内の観光スポットを結ぶ中継ポイトを作る
東秩父村の現状には楽観的であった。
「和紙の里」の地域
ことで近年増加するハイカー等の利便性を高め、また、
「和
拠点としての可能性については、自らみかん狩りを通して
紙の里」に郵便局やコンビニ等のさまざまな施設を置くこ
観光客とのつながりができていることもあって、観光の拠
とで地域住民の利便性も高めると同時に雇用も生むという
ものだ。一方、医療の拠点として病院や診療所等の医療機
者の意識について(建築計画)」
『日本建築学会技術報告集』
関を置くことは、医者の不足等もあって、考えられていな
(24),pp.317-322
かった。
寺田稔(2010)
「地域の伝統文化が地域をつくる(シンポジ
そして、内発的地域づくりのための施設としての役割に
ウム : 2009 年北海学園大学市民公開講座住民参加による
ついては、住民向け和紙フラワーづくり・ランタンづくり
地域づくり)」『季刊北海学園大学経済論集』57(4),
教室を行い、伝統を学びながら、住民同士が交流できる場
pp.209-214
がある。実際に、ユネスコ無形文化遺産への登録の話が具
樋口万季(2014)
「日比谷図書文化館という多面体 図書部
体化するにつれて住民の来館者も増加しているようだ。ま
門の活動から」
『情報管理』57(4), pp.223-233
た、地元小学生が和紙づくりと卒業証書作成を体験できる
三橋俊雄(2005)
「内発的地域開発計画に関する研究(研究
場もあるが、それを超えた地域に対する愛着・誇りを育成
奨励賞)」
『デザイン学研究』特集号 13(2), pp.14-15
する活動は少ない。
【考察・今後の展開】
「和紙の里」は、多機能複合施設として、現在も多くの
役割を担っており、今後も多くの役割を担っていくものと
考えられる。特に、交通の拠点としては、
「和紙の里」を地
域交通のハブとして位置づけている東秩父村とイーグルバ
スの共同プロジェクトの実行が待たれる。一方、医療の拠
点としては、先行き不透明である。2009 年に村で実施され
た意識調査の生活環境の項目において、満足度が最も低か
った「医療機関の便利さ(78.7%)
」
(不満、やや不満の合
計)は解消されないままである。
内発的地域づくりのための施設としては、一定の役割は
担っているものの、住民のより積極的な参加を促す等の工
夫次第でより重要な役割を担っていくができよう。
本研究は今後、2014 年 11 月の細川紙のユネスコ無形文
化遺産への登録が、内発的地域づくりにどのように影響し
ていくのかについて注視していきたい。そのためには、
「和
紙の里」利用者の住民に対するアンケートを実施して、そ
の影響を分析することも重要であると考える。
【参考文献】
上田麻紀子,三橋俊雄(2004)
「内発的地域づくりの検討 :
宮津市養老地域のエコミュージアムを通して」
『デザイン学
研究』研究発表大会概要集(51), pp.174-175
埼玉県秩父郡東秩父村「東秩父村過疎地域自立促進計画(平
成 22 年度~平成 27 年度)」
埼玉県秩父郡東秩父村「第 5 次東秩父村総合振興計画基本
構想(平成 23~32 年度)
」
埼玉県秩父郡東秩父村(2013)
「東秩父村御堂地域計画書①
②」
斉藤潔,金子公亮,上野淳(2006)
「都内公立小中学校と地域
公共施設との複合化事例における管理・運営の実態と管理