最初の学芸員 - 琵琶湖博物館

最初の学芸員
木田(山川)千代美
(仮称)県立琵琶湖博物館の第1号の学芸
員として採用されたのは、1989(平成元)
年4月1日の事でした。
その頃の私は大学院の修士課程を修了し
たばかりで、世間のようすもよく理解でき
ていない状態で、しかも滋賀は生まれて初
めて訪れた土地でした。実は大阪の私立の
小学校に就任することが決まっていました
が、急きょ学芸員に採用されることになり、
当人も面食らっていました。学生時代から
博物館の活動に参加し、いつしか学芸員を
めざしてはいましたが、採用機会も少なく、
狭き門とあきらめていた矢先の出来事でし
た。
当時、琵琶湖博物館の建設準備は、滋賀
県教育委員会事務局文化部文化振興課(現
在は文化芸術課に)が担当していました。
1989年(平成元)年度に文化施設整備担当
として配属されたのは、私を含め専門員と
主任主事の3名で、前年度までは、別の課員
がひとりで担当していました。誰もが初め
ての経験で、戸惑いの出発でした。
その時の文化施設整備担当の業務内容は、
博物館準備のほかに音楽ホール((仮称)琵
琶湖ホール)の建設準備もあり、また文化
振興課は、正職員および嘱託職員をあわせ
ても15名という小規模の課でしたので、当
課が担当している文化活動面の業務も行な
っていました。
場所は、県教育委員会の建物の3階、約30
m2の部屋に15名、一人に1つのデスク空間で
仕事をしていました。学生時代は、数名で
約30m 2の空間のほか、整理作業室や実験室
を使用していただけに、持ち家生活から相
部屋の寮生活に転換したようでした。
学生時代、パソコンは研究室のMac(当時
珍しい)を利用していたため、個人では持
ち合わせておらず、課にあった文豪のワー
プロやPCの一太郎を覚えて文書づくりをし
ました。
博物館準備の動きとしては、前年度に進
めていた博物館の建設準備委員会および小
委員会の意見を「琵琶湖博物館基本構想」
にまとめあげ、それを受けて開館までの年
次計画や総額予算、運用コスト、採用人数
などのガイドラインを検討し、基本計画の
策定をはじめる段取りをしていました。実
際の仕事といえば、準備活動するための企
画書づくりと委員会設置のために委員の選
考や交渉が主で、教育委員会や県庁内で原
案の合意をえることに力が注がれていまし
た。
新採で博物館の就労経験もない私にとっ
て、このような仕事はいい経験だったとは
思いますが、他人の仕事について行くだけ
で、別世界のように感じられました。採用
条件の1つに、建設にむけての準備をいちか
らはじめるため、当面の間、研究よりも事
務仕事が中心になることが含まれていまし
たが、わかっていたものの、正直に言って、
自分の力の無さや疎外感に苛まれることが
多かったです。そんな中で、県下の博物館
および相当施設の登録手続き、文部省の学
芸員認定試験のとりまとめや研修等の連絡
案内など、自分ができる目先の事務仕事を
こなしていました。研究経験も未熟で、こ
れまでに滋賀のフィールドを歩いていれば
まだしも、知り合いや研究仲間のつながり
による情報入手手段もなく、自分でいちか
ら築いていくしかなかったのですが、なか
なかひとりで公務出張による調査ができず、
歯がゆい思いをしていました。
唯一、自分の思い通りに活動できる週末
(当時は土曜日半日と日曜日が休日)が楽し
みで、休みごとに県内の各所を回ったり、
大学の先生や地元研究者の調査に同行した
りしていました。そのため、週末が近づく
と机上のカレンダーを見て計画を練ってい
ましたので、私の前席の人に、「カレンダー
を見ているときが、一番うれしそう。」と言
われたほどでした。また、京都橘女子大学
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の千地万造教授のご厚意により、土曜日の
孤独感に押しつぶされそうだった、暗く辛
いイメージの当時をのりきることができま
した。家事・育児をする今の立場から思え
ば、逆に自由(?)な時間がもてた貴重な
時期に思え、もっと有効に活用していれば
よかったと後悔することばかりです。
博物館の学芸員紹介がある度ごとに身に
つまされるのが、「私が最初に採用された学
芸員である」という事実です。通常、博物
館の建設準備にあたっては、その期間中最
初に採用される学芸員は、博物館経験のあ
る中間管理職クラスの方が多く、未経験の
しかも新採用というのは例がないことでした。
この体制が、琵琶湖博物館の準備スター
トとして良かったのか、悪かったのか判断
しがたいのですが、もし、学芸員第1号が博
物館経験の実力者だったとしたら、開館ま
での準備期間は8年も費やさずにすんだので
はないかという思いが、今更ながら強く感
じられます(職員の方々申し訳ございませ
ん)。
京都新聞 1989年11月17日
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