BRC IVF protocol (Japanese)

体外受精によるマウス胚の作出
1.体外受精の利用
マウスの体外受精は、胚や個体の計画的な作出に有効な方法です。理研 BRC では凍結保存用の胚は主に
体外受精により作出しています。また最近は、遺伝子改変マウスを凍結精子として保存することが多く、必
要に応じて融解し、体外受精に供することで目的の遺伝子改変マウスを得ることができます。さらに、不妊
や稀少な系統もしくは自然交配では子孫をとることが困難な系統の救済に役立っています。
体外受精の作業においては培養液のクオリティや操作手順を一定に保ち、技術的な要因などが受精に悪影
響を及ぼさないように常に注意する必要があります。
2.体外受精の操作手順 (表 1)
1) 培養液の準備
体外受精用培養液として改変 HTF(HTF に bovine serum albumin と hypotaurine を添加。表 2 参照)
を調整し、小分け密封して 4℃に保存しておきます(2∼3 週間の保存が可能)。使用前に一晩もしくは1時
間以上 5%CO2、37℃インキュベータ内に静置して温度と気相を平衡させます。
培養用ディッシュは、小滴状の培養液をシリコンオイル(Sigma-Aldrich cat#146153 など)またはミネラ
ルオイルやパラフィンオイルで覆うことで、培養液の蒸発と温度の急変を抑えます。当施設では胚発育の安
定性および扱いやすさでシリコンオイルを使っていますが、一晩以上インキュベータ内で生理食塩水(また
はリンゲル液)と重層した状態で平衡させる必要があります。
2) 精子液の準備(採精∼前培養)
あらかじめインキュベータ内で平衡させた 450µl の体外受精用培養液(改変 HTF)をシリコンオイルで
覆った 35mm プラスチックディッシュ(FALCON #1008 など、細胞培養用に処理されていないもの)を用
意します。この場合、培養液を中心部に載せた後に、縁をチップの先で広げて、全体を直径 20mmほどにす
ることが重要です(図 1)。これによって不動精子と活発な精子を分けやすくすることができます。
改変HTF 450µl
精子前培養用ディッシュの作り方(図1)
シリコンオイル
直径35mm
約20mm
雄は性成熟した(3∼12 ヶ月齢)なるべく交配経験のある個体を用います。頚椎脱臼で屠殺後、速やかに
精巣上体尾部のみを摘出し、ろ紙の上で血液と脂肪組織を取り除きます。ピンセットで精巣上体尾部をつま
み、26G 注射針を膨大部分に尖刺して出てきた精子塊を針先ですくい採ります。前培養用のディッシュの培
養液中へ入れ、自然に精子が離散してから針先を引き抜きます。乱暴に動かすと精子はダメージを受けるの
で静かに取り扱う必要があります。左右の尾部からそれぞれ 1∼2 塊ずつ(およそ 8×106/ml の精子浮遊液
を目安とします)を培養液中へ採取したら、インキュベータ内へ戻して 1∼2 時間培養し、受精能獲得を惹起
させます。
3) 未受精卵の採取
妊馬血清性性腺刺激ホルモン(PMSG)とヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)各 5∼7.5 単位を 48 時間
間隔で雌マウスの腹腔内へ投与し過排卵を誘起します。通常 1 匹から 20∼30 個の卵子を採取できますが、
排卵数は系統および週齢によって変動しますので、用いる系統に適した週齢のマウスを準備する必要があり
ます。典型的な例として、C57BL/6 では 3∼4 週齢もしくは 9∼12 週齢の個体を用いることで効率的に排卵
卵子を得ることができます。
採卵の前に採卵(媒精)用ディッシュを準備します。体外受精用培養液(改変 HTF) 80µl を小滴状に 2∼4
滴(1 滴に雌 1 匹分から採取した卵子を入れます)載せたディッシュをシリコンオイルで覆い、インキュベ
ータ内に置いておきます。頚椎脱臼で屠殺した雌個体から卵管だけを摘出し、滅菌したろ紙上で血液をぬぐ
ってから素早く採卵用ディッシュのシリコンオイルの中へ浸けます。ピンセットで卵管を保持して、1ml シ
リンジに取り付けた 26G の針先で卵管膨大部に切れ目を入れ、出てきた卵子-卵丘細胞塊を針先で移動させ
て培養液中に導入します。採卵後は速やかにディッシュをインキュベータへ戻します。
注意点として、マウス卵子はアルコール刺激などで容易に活性化を起こすことから、採卵の際にはアルコ
ールの使用は避けてヨード系消毒液を被毛の消毒に用います。屠殺してから卵管を摘出するまでを 5 分以内
に行うことで安定した成績が得られるので、同時に複数の雌を屠殺する際は、5 分以内に作業できる匹数に
限定します。
4) 媒精
精巣上体尾部精子を 1∼2 時間培養すると、精子は機敏な首振り動作と活発な前進運動が顕著になります。
精子と卵子の共培養(媒精)の前に、精子の運動性の確認(実体顕微鏡下)と濃度の測定(通常、精子液 5
μl を水で 10 倍希釈し、血球計算盤で濃度を求めます:1/5mm の厚さの血球計算盤の場合、最小マス(1/4mm
四方)内の精子数×8×105/ml が精子濃度)を行います。
媒精は精子前培養小滴の縁の部分からピペッターで活発に運動している精子を静かに(縁に沿ってピペッ
ターの先を動かすようにして)吸引し、採卵した培養液中に導入します。導入する精子量は 100 - 300 cells/µl
(最終精子濃度)になるようにします。つまり 8×106/ml の濃度の精子前培養液であれば 2∼3µl をピペッタ
ーで吸い取り、80µl の採卵用の培養液中に導入します。この濃度は C57BL/6 系統において、卵子 20∼30 個
の場合に最適であると思われ、卵子数が 10 個以下の場合には 1µl、40 個以上の場合は 3∼4µl 程度に加減し
ます。媒精に必要な精子量は系統や精子の運動性にも影響されます。特に多精子受精や活性化による単為発
生を防ぐため、F1 系統のように活発な精子の場合は 300 cells/µl 以上の精子数を用いないようにします。
2
5) 受精判定
媒精 4∼6 時間後に、卵子を胚操作用ピペットでピックアップし、新鮮な培養液に 3 回移しかえて卵丘
細胞などを取り除きます。実体顕微鏡下で形態的に異常な卵子(細胞質が小さいもの、崩れているもの、
単為発生により 2 細胞期胚に見えるものなど)をカウントしてから除外し、正常な卵子のみを新しい培養
用ディッシュ(改変 CZB 培養液 10µl の小滴を 9∼12 個作り、オイルで覆ったもの)へ移します。翌日、
2 細胞期胚への発育を指標として受精と判定し、記録します。
通常、2 細胞期胚を移植もしくは凍結保存に供しますが、胚の発生能を確認するために一部の胚はその
まま培養を続け、3∼4 日間観察して発生率を記録します。特に受精率が 10%未満の場合などには、桑実胚
および胚盤胞への発育を確認することで正常な受精であるか、発生能は保持されているかどうかを確認し
ます。2 細胞期以降への発育率が極端に低いならば、単為発生を疑うか培養環境の改善が必要となります。
確実な受精判定のためには媒精後 3∼6 時間で一部の卵子をスライドグラスに封入し、2.5%グルタルア
ルデヒドで固定後アセトオルセイン染色することで、前核や精子尾部が明瞭に確認できます。単為発生卵
での核(通常 1 個)形成と区別するために、雌雄両前核の形成および精子尾部の卵細胞質内への残存を受
精判定の基準とします。
表 1.体外受精・体外胚培養操作のタイムコースの一例と手順
時刻
3 日前
♂マウス
♀マウス
18:00 頃
PMSG 投与
操
作(詳細は次項参照)
1 匹あたり 5 - 7.5 単位を腹腔内投与
2 日前
1 日前
培養液の調製
18:00 頃
9:00∼9:30
hCG 投与
採精・前培養
1 匹あたり 5 - 7.5 単位を腹腔内投与
精巣上体尾部から精子を採取
運動精子を確認し、前培養を行う
9:30∼10:30
当日
10:00∼11:00
採卵
精子の検査
運動性と濃度をチェック
10:30∼11:00
媒精
100-300 精子/ml に調整
15:00∼18:00
受精卵の培養液の切り替え
(受精判定)
2 日日
採卵を行う
卵丘細胞を除去し、受精卵を選抜して培養用
ディッシュへ移す
2 細胞期胚(最終的な受精判定) 2 細胞期に達した胚の数を確認
必要に応じて胚移植・胚凍結に供する
3 日目
4-8 細胞期胚
培養・観察
4 日目
8 細胞期胚∼桑実胚
培養・観察
5 日目
胚盤胞
培養・観察
3
表 2.マウス体外受精用培養液と体外胚培養液の組成一覧
組
成分
成
( mg / 100ml )
(体外受精)
(胚培養)
改変 CZB*
改変 HTF
NaCl
101.6mM
KCl
4.7
35.0
35.8
KH2PO4
0.4
5.0
16.3
MgSO4・7H2O
0.2
5.0
29.6
25.0
210.0
211.0
2.0
30.0
25.0
NaHCO3
CaCl2・2H2O
581.7mg/100ml
476.5mg
EDTA・2Na
3.7
Polyvinyl alcohol
10.0
Phenol red (Na 塩)
0.2
0.2
Glucose
2.8
50.0
100.0
Na pyruvate
0.3
3.6
3.5
Na lactate(60%シロップ)
23.3
400µl
370µl
Glutamine
14.6
Hypotaurine
-
11.0
Penicillin G・K salt
-
10.0
6.0
Streptmycin sulfate
-
5.0
5.0
Bovine serum albumin
-
300.0
300.0
*:グルコース添加 CZB。体外受精後の胚培養全般に用いる。
4