公益信託エスペック地球環境研究・技術基金 平成15年度助成金研究報告書 京都議定書下の森林資源・バイオマスのマネジメントのための 炭素・環境・資源統合評価モデルの検討 東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻環境システムコ−ス 博士課程 野村恭子 z 研究の概要 本研究では、京都議定書下の森林資源の総合的なマネジメントの観点から、森林資源管理と バイオマス利用との2つのシステム(サブシステム)に着目し、炭素収支・環境影響・資源生産(有 効利用)・経済性の側面から総合的にマネジメントするための統合評価システムを開発する。岡山 県真庭地区を事例に、炭素クレジット【炭素】と主産物(木材・バイオマス)生産【資源】と環境価値 (社会公共的便益)【環境】の3つの観点からプロジェクトを総合評価し、民間セクターによる健全 な森林資源管理の意義、インセンティブを明らかにする。 さらに、森林と木材利用の統合型プロジェクト化にあたっての炭素クレジットや電力収入の経済 的インセンティブ効果を明らかにし、今後の国内の森林・温暖化対策として重要となる炭素収支 の評価手法や国内排出量取引制度の応用について基礎的考察を行う。 z 研究結果報告 1. 緒言 地球温暖化問題における森林吸収源活動は、持続的な森林管理、さらに木材製品やバイオマ スエネルギーなどの資源の有効利用を通じて、グローバルな炭素循環のバランスの維持に貢献 するとして、一層その役割が重要になってきている。 さらに、森林管理やバイオマスエネルギーの活動を複合的に促進することによって、地球温暖 化対策だけでなく、水源涵養や生物多様性などの地域環境の保全、資源の有効利用、地域コミ ュニティーの振興など、多くの環境・社会的な副次便益をもたらすことが期待される。 近年、国内外で京都議定書に基づく京都メカニズムにおける CDM(Clean Development Mechanism:クリーン開発メカニズム)、JI(Joint Implementation:共同実施)の吸収源やバイオマス エネルギープロジェクトをはじめ、既存の森林やグリーン電力の認証制度など、プロジェクトベース の取り組みがスタートしはじめている。しかし、これらの現状の仕組みは、森林資源を森林管理と バイオマスエネルギーとを別々の分野として扱うため、相互リンクすることによる炭素収支、環境・ 社会的便益(あるいは負荷)についてあまり重要視されていない。また、研究対象としても国や地 域レベルを対象とした炭素収支の既往研究はあるが、プロジェクトレベルを対象としたプロジェクト 活動と関連付けた炭素収支の予測や、炭素クレジットなどの経済的インセンティブや、環境・社会 的便益評価などについて研究事例が少なく、炭素収支、経済性、副次便益を包括的に扱う研究 はほとんどなされていない。 森林管理やバイオマスエネルギーの複合的なプロジェクトの意義に着目し、その炭素収支、経 1 済性、副次便益を包括的、かつ定量的な評価を行い、科学的知見に基づいた森林バイオマス資 源の総合的なマネジメントに繋げていく必要であると考える。 2. 研究の全体フレーム 2.1 研究の目的 本研究は、地球温暖化問題と持続的森林管理の双方の観点から、森林資源を適切な管理を 促進するために、炭素収支、経済性、多様な副次便益を包括的捉えてプロジェクトのパフォーマ ンスを定量評価する、統合評価システムを提案する。 2.2 研究の対象 評価システムは、国内および海外における京都議定書下のプロジェクト(CDM や JI など)での 適用を目的とし、それらのプロジェクトを対象とする。人工林を対象とする森林管理プロセス、木材 製品製造プロセス、バイオマス発電プロセスの一連の流れをシステムバウンダリーとする。本件で のケーススタディは、岡山県真庭郡を対象とする。 2.3 研究の方法 <森林資源管理> 1. 当該地域における森林管理実態特性の把握 植栽・伐採等の森林管理および事業計画、成長量・樹種などの資源調査簿、林地および周 辺の環境情報、森林および環境データ収集。収穫物の種類(木材・バイオマス等)・生産量、 未利用バイオマスの利用可能量の把握。 2. 樹種別森林資源管理のモデリング 1.の分析結果をもとに、樹種別成長量、樹種別植栽・伐採計画をパラメータとする樹種別森 林管理モデルの作成。 <バイオマス利用> 1. 当該地域におけるバイオマス利用実態特性の把握 当該地域のエネルギーと木材・バイオマス製品の生産・利用、バイオマス原料の性 状特性、用途別流入状況の把握。 2. 未利用バイオマス、リサイクル利用の可能性評価 未利用バイオマス、リサイクル利用の現状と、将来予測。 3. エネルギー/マテリアル利用による炭素貯蔵効果・省エネルギー効果・石油エネルギー代 替効果の炭素収支評価 利用用途毎の炭素排出削減・固定の効果、省エネルギー効果、石油エネルギー代替 効果、資源有効利用効果の把握。原単位、パラメータの取得。 <統合評価モデル> 1. 炭素収支/バイオマスマテリアルフローの評価 森林管理およびバイオマス利用の一連の活動をシステムバウンダリーとする炭素収 支/バイオマスマテリアルフローの評価手法の構築。 2. キャッシュフロー分析によるプロジェクトの経済的価値評価 2 森林管理およびバイオマス利用(バイオマス発電含む)の一連の活動の事業コスト および収入のキャッシュフロー分析を行う。 3. 環境・資源価値と経済的価値の統合評価システムの構築 森林資源管理およびバイオマス利用(バイオマス発電含む)によって期待される炭 素クレジット、グリーン電力、主産物の環境・資源価値を経済価値化することによ り環境・資源価値と経済的価値の包括的に評価する。 3. 炭素収支の推計方法 本研究では、炭素収支を推計するために Forestry Module と Product Module の2つのサブモ デルから構成される評価モデルを開発した(図1)。本モデルは、森林管理のステージとバイオマ ス利用のステージの各ステージにおける炭素フローと、バイオマスエネルギーの二酸化炭素削減 を考慮し炭素収支を推計するものである。 Forestry Module では、森林成長、間伐主伐採、林地残材の土壌分解の各過程の吸収固定 量、排出量を計量する。林地残材は、有機物分解によって指数曲線的に体積が減衰し、ここでは 土壌固定分を考慮せずに全て大気に放出されるとして仮定した。Product Module においては、木 材のライフサイクルを考慮した炭素のストックとフローを評価する必要があるが、本研究では、第 1 約束期間の暫定的なルール「IPCC デフォルト方式」に基づき、伐採木材については Forestry Module で排出量としてカウントする。Product Module では、文献・観測データをもとにバイオマス マテリアルフローモデルを作成し、バイオマスの一部をエネルギー利用した場合の化石燃料代替 効果、炭素削減量を推計する。炭素収支は次の式で算出する。 CT= CF−CEw−CEr+CRe (1) ここで、CT は正味の炭素収支、CF は林分の吸収・固定、CEw は伐出木材、CEr は林地残材の 分解、CRe はバイオマスエネルギーの化石燃料代替とする。 Carbon in the atmosphere 森林成長量 (Stock) CF 木材製品 森林 *製材 *ボード *紙・パルプ CEr 林地残材 伐出木材 有機分解 (Emission) 伐採・収穫 (Emission) *その他 CEw *発電用原料 CRe (Emission Reduction) Forestry Module Product Module 図1 炭素収支評価モデルのイメージ 3 4. プロジェクトの経済性評価 プロジェクトによる炭素固定・削減、再生可能なエネルギーの環境保全効果を、炭素クレジット やグリーン電力として取引することにより追加的収入が見込まれる。炭素クレジットやグリーン電力 の収入を想定した場合のプロジェクトの実現可能性を経済的観点から評価する。ここでは、割引 キャッシュフロー法を用いて、炭素固定・削減、グリーン電力の環境負荷価値を便益を含めた正 味現在価値(NPV:Net Present Value)を算出する。 T NPV = ∑ t =0 T Bt (1+ r ) t −∑ t =0 Ct (1+ r )t (2) 分析にあたっては、①ヒアリング、既往研究をもとにコストと収入を設定し 20 年間のキャッシュフ ローを推計する、②炭素クレジットは毎 真庭地区の人工林 年次の炭素収支分をクレジットとしてカ ウントし発行する、③一般的に森林管 理の収益性は低いことを勘案し、割引 伐出木材 (Raw material) 林地残材 率を 3%とする。 34 製材・加工事業所 5. ケーススタディ 59.3% 5.1 プロジェクトバウンダリーとシナリ オの設定 40.7% 副産物 一次製品 複合プロジェクトのバウンダリーは、 森林管理の改善による吸収源活動と、 伐出木材を地元地域で製材化する過 程で発生する副産物と林地残材をマ 14.1% 85.9% その他 有効利用 製材 焼却 堆肥 菌床 自家利用 畜産用敷料 パルプ テリアル・エネルギー利用して炭素の 排出削減する活動とをあわせた一連 の活動を対象として定義する。 森林管理については、森林組合が 管理するスギ、ヒノキの 45 年生までの 図 2 真庭地区のバイオマスマテリアルフロー 25,000ha の民有林を対象森林として 表1 プロジェクトのシナリオ設定 選定し、現状およびシナリオ設定に必 要なデータについては、当該地区で 用いられている収穫予想表、施業基 プロジェクト ローテーション 間伐実施率 シナリオ 林地残材の 利用 副産物に占め るエネルギー 利用率 放置 0% 準を用いた。また、全製材工場 34 事 現状 45年 業所の素材、製品、バイオマスの炭素 45−1 45年 放置 100% マテリアルフローの現状は、当該地区 45−2 45年 放置 50% 45−3 45年 製材以外への 利用 100% 90−1 90年 放置 50% 90年 製材以外への 利用 50% の既往調査データをもとに推計した (図 2 )。 5.2 プロジェクトシナリオ 複合プロジェクトのシナリオについて 90−2 4 45.8% 100% は、5つのシナリオを設定した(表1)。森林管理の違いによる炭素収支への影響を把握するため、 現状の施業実施タイプと、その他に間伐実施率とローテーションの長さを変化させた。さらに木材 利用の仕方による炭素収支への影響の把握するために、副産物に占めるバイオマス発電用原料 の割合と林地残材の利用の有無について条件を変えた。林地残材を利用する場合は、製材製品 以外のマテリアルとして有効利用するものとする。バイオマス発電は、BIGCC(バイオマスガス化 コンバインドシステム)を導入した場合とし、堂脇ら(2003)の発電システム、バイオマスの熱量等 のデータを用い、炭素排出削減量の換算では中国電力の地球温暖化係数を用いた。 6. 炭素固定・削減効果 6.1 炭素収支の長期シミュレーション 現状のまま推移する場合、4 つのプロジェクトをそれぞれ実施した場合の炭素収支の経年変化 を図3に示した。炭素収支は、森林管理のローテーション、伐採活動による影響を受けながらダイ ナミックに変動する。 間伐実施率の低下は、間伐手遅れにより良質な材の生産ができなくなるだけでなく森林の荒廃 を進めるなど、全国で問題となっているが、間伐実施率を 100%に向上させる場合(45-1∼3)、 炭素収支は短期的に現状シナリオより下回る結果となった。さらに、バイオマス発電への林地残 材の有効利用が期待されているが、林地残材を林地に放置する場合と、バイオマス発電に利用 する場合とでは、炭素収支の上では林地に放置する方が短期的にはプラスに寄与する結果とな った。 45-1 90-2 林地残材や製材工場の副産物を 0.3 積極的にバイオマス発電に利用し 90-1 (図4)。これは、現状の林齢構成が 現状 一様でなく偏りがあることと、主伐時 0.1 45-2 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 -0.1 -0.2 に供給される木材量が著しく多くな 90-2 -0.3 ることによる影響と考えられる。バイ オマス発電を運転する場合、原料と 90-1 0.2 全体の炭素収支 (百万t-C/年) 年の炭素削減量の変動が大きい 45-3 45-3 た場合、90.6∼2.2 千t-C を削減し 炭素収支の上昇に寄与するが、経 45-2 現状 経年変化(年) 図 3 現状ケースとプロジェクトの炭素収支の推移 なるバイオマスの安定供給が必要で あり、よって、木材供給量の変動を 45-1 調整するための森林管理の工夫が 表2に、各プロジェクトによってもた らされる効果を各種物理量と経済性 (NPV)で示した。林産物、発電、林 発電による炭素削減量 (百万t-C/年) 求められる。 6.2 プロジェクトによる多様な便益 90-1 90-2 0.06 45-1 0.04 45-2 0.02 90-2 90-1 0.00 0 有効利用といった環境・社会的側面 や、発生する収入・費用から経済的 45-3 45-3 0.08 地残材・副産物の利用は、製品・サ ービス(電力)の供給や天然資源の 45-2 0.10 10 20 30 40 50 経年変化(年) 60 70 図 4 バイオマス発電による炭素削減量の推移 5 80 90 側面など、様々な影響をもたらしている。その他に、水土保全、生物多様など自然環境への影響 をもたらすと考えられる。炭素収支、経済性だけでなく、定量化が困難な副次的便益を含めたプ ロジェクトの総合的評価については、今後、評価手法の検討を進める。 7. 結論 森林管理とバイオマス利用の複合プロジェクトについて、炭素フローとプロジェクト活動を関連付 けた炭素収支の推計モデルを開発した。また、モデルからもとめた炭素クレジットとグリーン電力 の環境付加価値を含めた経済性の評価手法を確立した。 また、真庭地区を対象とするケーススタディでは、炭素収支の観点からは、①伐期の長期化、 ②林地残材と副産物(林産副産物)のエネルギー利用、③林地残材の放置(長期的にはマイナス 効果となる)、④間伐実施率の向上(短期的にはマイナス効果となる)の措置が推奨されることが 分かった。 さらに、シナリオ分析により、間伐実施率の向上、林産副産物の適正な有効利用は、炭素収支 以外に環境保全や地域経済への多様な効果をもたらし、持続的な森林経営と、炭素循環のバラ ンス、地球温暖化対策とを両立させる可能性があることが示唆された。 また、経済的観点からみた場合の複合プロジェクトの実行可能性については、現状のコスト・林 産物価格・RPS 価値の下では収益性の確保が困難であるが(r=3%、NPV<O)、排出権取引に よる炭素クレジット収入や現状より高い RPS 価値によってプロジェクトの収益性を高めることができ ること明らかにした。 森林管理のバイオマスの有効利用は環境・社会的にも重要である一方で、その森林の維持管 理コストやバイオマスの処理や発電プラントのコストなど経済的な課題である。本研究では、炭素 クレジットやグリーン電力といった環境付加価値が経済性にプラスのインパクトを与え、プロジェク トの収益性を高める可能性について基礎的な分析、考察を行った。 z 研究成果発表一覧 期日 内容 場所 学会等 2004.1 野村恭子・松橋隆治・他 2 名;森林バイオマス複合プロジェク 東京 エネルギー・資源学会 − 環境情報科学センター トの炭素収支と収益性評価の研究−岡山県真庭地区を事例 に,第 20 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講 演論文集,エネルギー・資源学会,(2004),487-490. 2004.3 Yasuko Nomura ・ Ryuji Matsuhashi ・ Yoshikuni Yoshida ; Evaluation of Carbon Balance in Forest Carbon Management: Case Study on Maniwa Region in Japan, Journal of Environmental Information Science,Vol.32, No.5, Center for Environmental Information Science, (2004), 25-32 2004.5 Yasuko Nomura ・ Yoshiki Yamagata ・ Ryuji Matsuhashi, Alexandria, Eco-Carbon Accounting for Evaluating Environmental Impacts USA 3rd Annual Conference on Carbon Sequestration and Co-benefits of Combined Carbon Management Projects: Application and Case Studies, the 3rd Annual Conference on Carbon Sequestration, Alexandria, USA, 3-6 May 2004 以上 6
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