事務・システム構造変革のアプローチ ~BPMS/BRMSの活用 保険業界を取り巻く環境は、国内市場の飽和・顧客ニーズの多様化・対応チャ ネルの拡大など、依然として厳しいが、数十年にわたって構築してきた事務・シ ステムが次なる成長の足かせとなりつつある。 海外では、BPMS(Business Process Management Suite)/BRMS( Business Rule Management System)を活用することにより、過去の資産を活用しなが ら、商品開発期間の短縮化や、査定・損害/保険金業務に代表される事務品 質・事務効率の向上などを実現し始めており、国内保険会社が学ぶところも 多くあると考える。 本稿では、事務・システム構造改革の一手として、BPMS / BRMS の活用業務・ 石河 賢 活用方法と、活用にあたっての要点について考察したい。 東京工業大学大学院卒業 2002年 アクセンチュア㈱入社 金融サービス本部 シニア・マネジャー 保険グループ担当 事務・システム構造改革の必要性 BPMS /BRMS の活用 保険業界を取り巻く環境はますます厳 事務・システムにおいて次なる成長を しくなっている。国内人口の減少、少 生み出す主なポイントは、従来から大 子高齢化の急速な進展の結果、国内市 きく変わっておらず、商品開発の早期 場は飽和、加えて保険加入率も減少し 化、新契約・査定事務の簡素化・早期化、 ている。また、顧客の嗜好・行動の多 顧客・代理店のロイヤリティ向上、損害・ 様化により、従来のプロダクトアウト・ 保険金支払業務の品質向上、事務効率 画一的な営業はすでに限界を迎えてお り、対応チャネルの拡大、きめ細かな 顧客ニーズへの対応などが急務である。 • ビジネスの 活 動 状 況を可 視 化し、改 善 点 の 分 析 を 行う B A M ( Busine s s Activity Monitoring)機能 • 前述のシステムの開発生産性を向上 させる開発アーキテクチャ 一方、BRMS は、各種業務規程・事務 / 化などである。 商 品 規 定・ ビ ジ ネ ス 戦 略 な ど の 各 種 それらを支援するソリューションとし クをシステムから独立して管理・実行 て、海外では BPMS/BRMS の活用が目 チェック・意思決定・計算等のロジッ 資意欲が旺盛になり始めている。 するために、ルール開発機能・ルール 立つようになってきている(図表 1)。 管理機能・ルール実行機能を提供する BPMS とは、業務プロセスの継続的な ソフトウェアである。 しかし、大半の保険会社が数十年メイ 弊社では標準的に以下の機能を保持し 一方、市況の好転により、保険会社の 財務状況は好調であり、従来に比べ投 ンフレーム上に構築してきた事務・シ ステムの資産がブラックボックス化さ れ、結果的に事務・システムの変革の 大きな足かせになっているケースが多 い。本来、保持している資産のスケー ルメリットを活かしやすい業界といわ れているが、「過去の遺産」を保持して いることがマイナスに働いてしまって いる。 11 改善・高度化を支援するツールであり、 BPMS/BRMS の活用を最大化するメリッ ている統合パッケージと定義している。 トは以下の通りである。 • 業務プロセスのモデル化・モデル分析・ • 業務機能・システム機能の再利用性を 高められることによる開 発 生 産 性 の シミュレーションを行うBPA( Business Process Analysis)機能 • 処 理 の 自 動 化 、ワ ー クフロ ー 、E A I (Enterprise Application Integration) 等を支援するBPE ( Business Process Execution)機能 向上 • 業務ルール・プロセスの可視化による、 標準プロセスの見極め、自動化の推進 および業務変更時の影響の可視化 図表 1 BPMS/BRMS 活用方法 他社との差別化要素 チャネル BPMS Web(マイページ) マーケティング /営業 ウェブ サービス 経由での データ連携 • 商品提案のパーソナライズ • チャネルにとらわれない 顧客向けサービスの高度化 代理店 代理店向け 画面の提供 リコメンデーションエンジン (意思決定エンジン) 商品試算エンジン 手数料試算エンジン 業務ルール 承認ルール プロセス制御 エンジン 新契約ビジネスロジック 契約照会ビジネスロジック 契約者・代理店 向けサービス コールセンター 向け システム の実装 • 代理店・営業戦略を支える 手数料体系の多様化 • コールセンターオペレー ションの簡易化 保険金ビジネス ロジック 試算ビジネスロジック コンタクトセンター 査定ビジネス ロジック • 事務効率の向上 BRMSを活用した機能(例) メインフレーム 新契約 /査定 • 契約リスクの低減と自動化・ 効率化の推進による契約 成立短期化 各業務機能をサービスとして 呼び出すSOA 機能 商品開発 • カスタマーセントリックの 商品の開発・リリースの 迅速化 実現ソリューション タブレット 損害・保険金 プロセスを高度化する ワークフロー機能 タブレット・ モバイル アプリの 自動構築 • 損害・保険金支払い プロセスの品質向上・効率化 査定・保全・損害/ 保険金等社内事務 業務状況を可視化する BAM機能 © 2014 Accenture All rights reserved. • SOA の考え方に基づき、プロセスと業 また、BRMS の顕著な活用方法としては、 拡張した弊社のDuck Creek Ratingを導 務機能の関係を疎結合にすることで、 以下が挙げられる。 入。商品定義の共通化等を図ることによ 業務変更の影響を局所化 り、商品構造が可視化され、結果、商品開 • BAMにより、継続的に業務状況の可視 化と改善点の把握 保険業界における BPMS/BRMS の活 用ソリューション 保険業界において BPMS の活用範囲は 広く、 活用事例は多い (図表2) 。 • 顧 客 接 点 を 管 理 す る た め の 、S O A ( Service Oriented Architecture)の 考え方を用いた顧客サービスプラット フォーム • 継続的な高度化および STP ( Straight • 保険商品の定義・各種規定・算出ロジ ックを 実 装 することで 、商 品 定 義 の 管理・設計を可能とするプロダクトファク 欧州大手銀行 トリ リコメンデーションエンジンの導入 • 代理店・募集人に対して、代理店戦略・ クロスセルの強化を目的として、セール 営業戦略の高度化を可能とする手数料 ス・マーケティング用のデータウェアハウ エンジン ス、分析基盤、およびBRMSを拡張したリ • 各種業務のチェック・意思決定エンジン • 商品のおすすめ等を行うリコメンデー ションエンジン BPMS/BRMS の活用事例 Through Processing )の推進が求め 海外の活用例をいくつか紹介する。 られる、査定業務・損害/保険金業務へ の活用 • 顧客接点向上のために期待が高まる コールセンター/コンタクトセンター システムへの活用 発期間が最大50% 程度まで短縮された。 米国大手・中堅保険会社 プロダクトファクトリの導入 コメンデーション基盤を導入。インバウン ドコールに対するリコメンデーションか らスタートし、段階的にアウトバウンド・ 他チャネルへ展開。結果、 クロスセルの 提案受託率が飛躍的に向上し、サービス イン後 4ヶ月で投資コストを回収。また、 キャンペーン実行のための準備作業が 飛躍的に効率化され、最短 1日でキャン ペーン準備が完了できるようになった。 州ごとの商品差異への対応と、商品開発 スピードの向上を目的として、BRMS を 12 図表 2 BPMS/BRMS 活用事例 他社との差別化要素 他社との差別化要素 商品開発 マーケティング /営業 新契約 /査定 契約者・代理店 向けサービス 損害・保険金 クライアント ソリューション 効果 • カスタマーセントリックの 商品の開発・リリースの 迅速化 • 米国大手保険会社 • 保険料試算エンジンとして、 プロダクトファクトリー (Accenture Duck Creek Rating モジュール)を導入 • 商品開発期間の短縮 (最大50%程度) • 商品提案のパーソナライズ • 欧州大手銀行 • キャンペーンマネジメントの高度 • 4ヶ月で投資コストを回収 化を目的としてリコメンデーション キャンペーン準備期間の短縮 エンジンを導入 • チャネルにとらわれない 顧客向けサービスの高度化 • 米国大手保険会社 • 各チャネルをサポートするシステ ムのハブ基盤として、BPMS製品 を導入 • 顧客ロイヤリティ向上のための 施策実行の迅速化 • 契約リスクの低減と自動化・効 率化の推進による契約 成立短期化 • 米国大手保険会社 • 高度医療費保険の査定業務標準 化・業務可視化をを目的として、 BPMS製品を導入 • 査定状況の可視化に加え、 査定結果の透明性向上、 事務効率向上 • 代理店・営業戦略を支える手 数料体系の多様化 • グローバル大手通信会社 • 代理店手数料戦略高度化を 目的として、 営業報酬管理 ソリューションを導入 • 手数料策定オペレーションの 効率化 • コールセンターオペレー ションの簡易化 • 北米大手金融機関 • カード会社買収に伴うコール センターシステムの再構築を BPMS製品で実装 • コールセンター業務の簡易化 • 開発コスト削減 • 損害・保険金支払い プロセスの品質向上・効率化 • 米国大手保険会社 • 米国、 中南米、 英国損害システム の標準化をBPMS製品で実装 • 平均電話応対時間30%削減 • 米国中堅保険会社 等多数 • 事務効率の向上 © 2014 Accenture All rights reserved. 米国大手保険会社 高額医療費保険の査定業務は、マニュ カスタマエクスペリエンスサービス アル作業が多く作業が属人化した結果、 プラットフォームにBPMSを導入 エラーの発生リスクが高く、査定期間が Webセルフサービス、電話セルフサービ ス、 コールセンター、バックオフィス業務 の統合プラットフォームとしてBPMSを活 用し、顧客満足度を向上させるための基 盤を整備。また合わせて、顧客満足度向 長期化しており、 また査定状況も不透明 な状態であった。この状況を改善する ため、BPMS を活用し、モデルベースで 事務・システム改革の成功の要諦 BPMS /BRMS の導入に際しては、従来の システム開発方法とは異なった開発アプ ローチを採用したほうが、効果を最大化 しやすいと考える (図表3) 。 査定業務の標準化を行いながら、事務 ① 継続的な付加価値の追求 自動化領域とサービスレベル向上余地 BAMによる業務状況の可視化は、施策に を識別し、査定システムを開発。これによ • 顧客満足度の分析・施策を識別 よる効果の把握と、次の改善点の把握の り、査定状況の可視化、査定期間の短縮、 ために大きく役立つ。それゆえ、 ビジネス 作業品質の向上を実現した。 部門内が改善するべきKPI(Key • システム/事務プロセスの変更 北米大手保険会社 上のため、 • 施策効果の測定 を、 ビジネス・ITが一体となり迅速かつ継 続的に実行可能になった。 米国・中南米・英国の損害システム標準化 にBPMSを導入 書 類 を 中 心とした 損 害 業 務 で あった ため、非効率な事務が常態化していた 米国大手保険会社 が、BPMS を導入と合わせて、3ヶ国のプ 高額医療費保険の査定業務標準化に ロセスを標準化することにより、事務を BPMSを導入 効率化。結果として、事故受付の電話応 13 対時間の30% 削減に成功した。 Performance Indicator)を定義し、KPI を改 善させるための PDCA( Plan Do Check Action)プロセスを定義、実行で きる組織を構築する必要がある。 図表 3 BPMS/BRMS 活用における開発手法の変化と成功の要諦 従来のシステム開発 BPMS/BRMSを用いた • 明確なKPIの定義 ワンタイムプロジェクトの 成功に注力 継続的な付加価値の追求 2 網羅的な要件の洗い出しと、 Vモデルによる確実な システム開発 投資効果の高い領域に対し、 クイックに構築し効果を 早期刈り取り 3 ビジネス部門とIT部門の分業 ビジネス部門・IT部門一体の チーム構築 4 要件の網羅的なシステム化 標準業務・標準プロセスの維持・ 拡張と、例外業務・発生頻度 極小業務の可視化・局所化 1 成功の要諦 開発アプローチ • 業務PDCAプロセスの定義 • 実行体制の構築 • ガバナンスモデルの強化 • 継続的な投資対効果の可視化 • 要員ケイパビリティの向上 •(場合によって) ビジネス部門内 ITチームの構築 • 活用テクノロジの標準化 • 業務・システムデザインの ガイドラインの整備 © 2014 Accenture All rights reserved. ②迅速な意思決定のための て要員のケイパビリティの育成が必須で ガバナンスモデルの整備 ある。また、場合によっては組織の壁が、 現行機能全てのマイグレーションを前提 一体となったチーム構築の阻害要因に とした事務・システム構造改革の取り組 なりうるため、 ビジネス部門内にITチーム みが多いが、 この前提には疑問を感じる。 を作るような取り組みも効果的である。 売り止め商品に関する処理などの、 ビジ ネス効果が限定的な領域については、 現状維持の判断が賢明な場合も多い。 その判断のためにも、投資対効果を把握 できる仕組みを整備したうえで、迅速な 総括 従来はシステム化をすることで、コスト 削 減 、リスク低 減 などビジネス効 果 の 向上を図ることが可能であった。 しかし、 変化が激しい今日、その変化に対応した ④ 標準業務・標準プロセスの維持・ 舵取りが求められる。このような状況下 拡張と、例外業務・発生頻度極小業務 では大きな投 資で抜 本 的に事 務・シス の可視化・局所化 テムを見直すアプローチよりも、効果が 業務品質向上のため、従来は業務機能 見込める領域を見極め、必要最小限の を網羅的に洗い出し、それを可能な限 投 資を繰り返し、ビジネス効 果を積 み を整備することが必要である。 りシステム化することが一般的だった。 重 ねるような 機 動 的 アプロ ー チ の 方 結果として、一部の例外業務や発生頻度 が適切である。BPMS /BRMSはこのアプ ③ ビジネス部門・IT 部門一体の が低い業務機能が、 システム全体の複雑 ローチを実現するための基盤となるもの チーム構築 さを助長させているケースがある。ビジ 意思決定を可能とするガバナンスモデル ビジネスの継続的な高度化には、ビジ ネス価値向上のためには、現行の商品体 ネスが提供する価値をIT部門が深く理解 系のシンプル化・見直し、提供サービスの すると同時に、 ビジネス部門がシステム 廃止など含めた業務の見直しも必要であ の 制 約を理 解したうえで、提 供できる る。そのためには、標準的な業務プロセ で、事務・システムの構造改革の打ち手と して導入の検討をお勧めしたい。変化に 対応できるものだけが成長していけるこ とを忘れてはならない。 それ ビジネスの価値の最大化を考えることも スを見極めるためのガイドラインと、 必要である。そのためには、 ビジネス・IT と平仄をとったシステム構造とシステム テクノロジー標 相 互 の 状 況 を 把 握 するた め 、要 員 の デザインのガイドライン、 役割の変更や体制の見直し、必要に応じ 準の整備が肝要である。 14
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