四隅 クリックでページ移動 ( 全 8 ページ ) 中央 クリックで全画面表示(再クリックで標準モードに復帰) * OS・ブラウザのバージョン等により機能が制限される場合があります。 01 内分泌疾患 食欲低下,体重減少で受診した52歳男性 〈2008 年 3 月 20 日初診時〉 症 例:52 歳,男性,会社員。 2008 年 1 月 16 日に,庭で石を運ぶなど重労働をしていた際に,突然,頭痛,嘔気が出 現した。安静にしていても改善しないため近医受診,感冒との診断にて点滴を受けた。 一時的に改善したものの,その後も食欲不振,体重減少が進行し,耐寒性の低下も出 現した。その後の 2 カ月で体重が 10kg 減少したため,近医にて悪性腫瘍の精査として 腹部超音波,上部および下部内視鏡検査を施行されるも明らかな異常なく,3 月 20 日 当院を紹介受診した。 既往歴:50 歳より狭心症を指摘されている。 初診時現症:身長 163cm,体重 63kg。血圧 96/52mmHg,脈拍 56/分・整,皮膚は乾燥, 色素沈着なし。甲状腺は触知せず。心肺異常なし。下腿浮腫なし。 一般検査所見は表に示した通りである。 初診時一般検査 ■末梢血 Cr 0 . 8mg/dL Na 128mEq/L 354×104/μL K 4 . 8mEq/L Ht 36 . 3 % Cl 92mEq/L Plt 28×104/μL Ca 9 . 2mg/dL P 3 . 6mg/dL 57mg/dL 白血球数 9 , 600/μL 赤血球数 ■血清生化学 総蛋白 7 . 4g/dL 血糖 Alb 4 . 4g/dL HbA1c(JDS 値) AST 48 IU/L T-Chol ALT 59 IU/L HDL-Chol 55mg/dL γ-GTP 35 IU/L 中性脂肪 172mg/dL CRP 0 . 58mg/dL ChE 272 IU/L BUN 16mg/dL 4.6 % 294mg/dL 以下の設問に答えなさい(正解が複数の場合もある)。 CASE 01 52 歳男性 1 Q1本例で次に必要な検査を選べ。 本例において下垂体 MRI(図 1)を行い,内分泌学的検査(基礎値) (表)を測定した。 ① 下垂体 MRI ② 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH) ,コルチゾール測定 ③ 遊離サイロキシン(fT4) ,甲状腺刺激ホルモン(TSH)測定 ④ インスリン様成長因子Ⅰ(IGF-Ⅰ) ,テストステロン測定 ⑤ 1 日尿量の測定 ⑥ 尿中遊離(U-free)コルチゾール測定 ⑦ 副腎 MRI A sudden onset の頭痛,嘔気に引き続き,食欲不振,体重減少,耐寒性の低下が出現し ており,来院時低血圧,徐脈を認めている。急激に下垂体に何かが生じて,その結果 汎下垂体機能低下症になった可能性が考えられる。下垂体前葉ホルモン欠落による症 A:矢状断 状を表 1 に示す。 B:冠状断 《図 1》下垂体単純 MRI T1WI まず, 下垂体 MRI によって器質的疾患の鑑別をすることが必要である。 急激な発症 は循環障害や炎症を疑う。また,食欲不振,体重減少,低血圧は副腎皮質機能低下症 内分泌学的検査等 の,耐寒性の低下,徐脈は甲状腺機能低下症の徴候である。一般検査におけるナトリ ウム(Na) ,塩素(Cl)の低下,カリウム(K)の上昇,低血糖は副腎不全の所見と考え fT3 1 . 9pg/mL られた。 fT4 0 . 41ng/mL LH 2 . 6mIU/mL FSH 3 . 1mIU/mL TSH 0 . 20μU/mL テストステロン ACTH < 5 . 0pg/mL DHEA-S 26μg/dL 要である(たとえば fT4 と TSH など)。両者を併せて評価することによって障害部位を コルチゾール < 0 . 4μg/dL 基準値 53 ∼ 342μg/dL 推測できることが多い。 後葉系の評価として, まず 1 日尿量をチェックする。 また, GH ホルモン検査を基礎値で提出する際には,その上位ホルモンとのペアでみることが重 IGF-Ⅰ 尿中遊離コルチゾールは分泌量の約 1 %が代謝されずにそのまま尿に排泄されたもの 0 . 17ng/mL 76ng/mL 3 . 7pg/mL U-free コルチゾール 尿量 < 15μg/日 1 , 400 ∼ 1 , 700mL/日 を測定することにより,1 日分泌量のよい指標になる。 正解 ① ∼ ⑥ Q2検査の結果について正しいものを選べ。 ① 下垂体 MRI では典型的な下垂体腺腫が疑われる。 《表 1》下垂体前葉ホルモン欠落による症状 ② 続発性副腎皮質機能低下が疑われる。 ◉ ACTH(副腎皮質刺激ホルモン) ③ 体重減少は甲状腺機能の異常によると考えられる。 易疲労性,低血圧,低血糖,体重減少 ◉ TSH(甲状腺刺激ホルモン) ④ 下垂体後葉機能は正常である。 耐寒性低下,便秘,浮腫(non - pitting edema),顔のむくみ,皮膚の乾燥および脱毛,精神機 ⑤ 成長ホルモン分泌不全症と診断できる。 能低下(不活発,うつ状態) ⑥ 血中 DHEA-S 濃度は性腺機能の指標となる。 ◉ LH( 黄体形成ホルモン),FSH( 卵胞刺激ホルモン) 無月経,性欲低下,腋毛,恥毛脱落,性器萎縮,乳房萎縮,二次性徴発来遅延 ◉ GH( 成長ホルモン) 小児では成長率低下,低血糖,成人では内臓肥満,筋力低下,気力の低下,うつ状態 ① 下垂体 MRI では T1WI にて下垂体前葉を中心に high signal intensity の占拠性病変 ◉ PRL(プロラクチン) を認める。正常下垂体組織ははっきりと同定できない。典型的な下垂体腺腫では, 産後乳汁分泌低下 単純 T1WI 画像で iso intensity,ガドリニウム(Gd)造影 T1WI 画像で正常下垂体組 (文献 1 より引用改変) 2 A 織に比較して less enhanced であることから relative low intensity として描出され CASE 01 52 歳男性 3 《表 2》下垂体前葉機能低下症の原因 ることが多い。本例の MRI では単純 T1WI 画像で均一に high signal intensity を認 めることから,単純な腺腫であるとは考えにくく,突然の発症と考え合わせて下垂 1.主として視床下部,下垂体茎を侵す疾患 1) 腫瘍:頭蓋咽頭腫,胚芽腫,転移性悪性腫瘍など 体卒中の可能性が高い。通常の出血による下垂体卒中の診断には頭部 CT が有用で 2) 肉芽腫性炎症性疾患:サルコイドーシス,ヒスチオサイトーシス X,結核など ある。CT では,急性期には出血による high density を呈し,その後経過とともに 3) 外傷:頭蓋底骨折,分娩時外傷(骨盤位による下垂体茎断裂)など 4) 放射線照射 density が低下する。MRI では囊胞状病変として描出されたり,造影すると辺縁に 5) 血管病変:梗塞,動脈瘤 増強効果を認めることが多いが,多彩な画像を呈するのが特徴であり,卒中の中で 6) 先天異常:septo-optic dysplasia,encephalocele など も梗塞病変を診断することができると言われている。下垂体卒中の多くは腺腫に合 7) 特発性 併することが多く,腺腫の 10 %に出血性の下垂体卒中を引き起こし,その 25 %に 2.主として下垂体を侵す疾患 1) 腫瘍:下垂体腺腫,その他の鞍内腺腫 卒中様症状を伴うこと,出血だけではなく梗塞による下垂体卒中がみられることも 2) 血管病変:分娩後壊死(Sheehan 症候群),下垂体卒中,糖尿病に伴う梗塞,動脈瘤 報告されている。 3) リンパ球性下垂体炎 ② ,③ 本例では ACTH,コルチゾールいずれも低下していることから続発性副腎皮 4) 外傷 5) ラトケ囊腫 質機能低下が考えられる。また,体重減少は慢性副腎皮質機能低下症ではしばしば 6) ヘモクロマトーシス 認められる徴候で, 甲状腺機能低下症では浮腫と体重増加が認められることが多 7) 先天性:下垂体低形成, ホルモン遺伝子異常(GH - 1 遺伝子など), 転写因子遺伝子異常 い。 (PIT- 1,PROP- 1 遺伝子など),レプチン欠損など 8) 特発性 ④ ホルモン補充前の尿量は正常であるが,副腎皮質機能低下症が存在していると水利 尿不全により尿崩症(DI)がマスクされることがある(masked DI) 。 (文献 2 より引用改変) ⑤ 成長ホルモン(GH)の基礎値および血清 IGF-Ⅰ値だけで成長ホルモン分泌不全症の 有無について診断することはできない。 A ⑥ DHEA - S は副腎性アンドロゲンの一種で,ACTH によって調節されている。原発 本例では下垂体前葉機能を評価するために負荷試験が必要である。一般的には ITT + 性副腎不全では上昇し, 続発性では低下することから副腎機能の評価に有用であ TRH + LHRH の 3 者で評価する場合が多いが,ITT は低血糖がカテコールアミン分泌 る。 を介して虚血性心疾患を誘発するリスクがあるため,本例では禁忌である。また前述 正解 ② のように, 大きな囊胞を伴った腺腫がある場合には TRH,LHRH 試験によって下垂 体卒中が誘発されることがあるため,事前に十分なインフォームドコンセントを取得 本例においては,急激な発症の下垂体前葉機能低下症であり,画像所見と合わせて下 し,本当に必要な検査であるかどうかについても慎重に判断する。ITT では一般に即 垂体卒中による汎下垂体機能低下症と診断された(表 2)。 効型インスリン 0.1U/kg を静脈内投与し, 血糖が 50mg/dL 以下あるいは前値の 1/2 以下に低下した場合に有効刺激と判断する。ACTH,GH 分泌不全が疑われる場合に Q3さらに確定診断および病態を理解するために必要な検査を選べ。 は低血糖が重篤で遷延する場合があるため半量の 0.05U/kg を用い, 低血糖には十分 ① 迅速 ACTH 試験 注意する。低血糖に対しては速やかにグルコースを静注するなど適切に対処すること ② 下垂体前葉機能負荷試験〔GHRH(成長ホルモン放出ホルモン)+ TRH(甲状腺刺激 が重要であるが,低血糖が起こってグルコースを投与しても既に分泌刺激は十分負荷 ホルモン放出ホルモン)+ CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)+ LHRH(黄 されているため,検査の結果は有効である。 体形成ホルモン放出ホルモン) 〕 masked DI の可能性を考えて,副腎皮質ホルモンを補充した後に,1 日尿量測定,血 ③ 下垂体前葉機能負荷試験〔ITT(インスリン低血糖試験)+ TRH + LHRH〕 中,尿中浸透圧測定によって尿崩症の顕在化がないかどうか確認する。 正解 ② ④ ④ ホルモン補充後の 1 日尿量測定,血中,尿中浸透圧測定 ⑤ 甲状腺超音波検査 本例の下垂体前葉機能負荷試験(GHRH,TRH,CRH,LHRH 試験)の結果を表 3 に 示す。 4 CASE 01 52 歳男性 5 《表 3》GHRH,TRH,CRH,LHRH 試験 0分 GH(ng/mL) 30 分 60 分 その他のストレス時には,維持量の 2 ∼ 3 倍を投与する。 90 分 120 分 2)TSH(甲状腺刺激ホルモン)分泌不全症 < 0 . 15 0 . 18 0 . 36 0 . 26 0 . 16 ACTH(pg/mL) <5 <5 <5 <5 <5 コルチゾール(μg/dL) 0.7 1.4 1.3 1.3 1.1 TSH(μU/mL) 0 . 24 1 . 328 1 . 498 1 . 313 1 . 159 LH(mIU/mL) 3.1 4.2 5.6 4.2 3.9 クリーゼを誘発することがあるため,甲状腺機能低下症と副腎皮質機能低下症が合併 FSH(mIU/mL) 3.5 3.6 5.3 4.6 3.6 している際には必ずコルチゾールの補充から始めることが重要である。 PRL(ng/mL) 2.9 4.8 4.3 4.1 3.6 3)LH(黄体形成ホルモン),FSH(卵胞刺激ホルモン)分泌不全症 T4 製剤(チラーヂン S ®)を少量(25 ∼ 50μg/日)から開始し,fT4 値をみながら漸増し ていく。 虚血性心疾患の合併, 高齢者においては特に少量から開始するようにする。 甲状腺ホルモンは代謝を亢進させ副腎皮質ホルモン必要量を増大させることにより, 男性にはテストステロンデポー剤を 2 ∼ 4 週ごとに筋肉注射を行う。 女性では Kauf下垂体前葉機能負荷試験によって ACTH,TSH 分泌の低下,LH,FSH,PRL 分泌の mann 療法を行う。挙児希望の場合には hMG,遺伝子組換え FSH 製剤および hCG 製 軽度低下が認められた。GH 分泌については低下が疑われた(GHRH 試験は GH 分泌不 剤の注射を行う。また視床下部性の場合には LHRH 製剤(ヒポクライン ®)をポンプを 全の診断目的としては用いられないため注意) 。 用いて間欠的に投与する方法も行われている。 4)GH(成長ホルモン)分泌不全症:後述。 Q4本例の治療について正しいものを選べ。 正解 ③ ① レボチロキシンナトリウム 25μg/日から開始, その後ヒドロコルチゾン 10mg/日 その後,外来で補充療法を施行し,食欲,体重も回復し,通常の日常生活を送れるよ を追加,漸増する。 うになった。 ② レボチロキシンナトリウム 50μg/日から開始, その後ヒドロコルチゾン 10mg/日 を追加,漸増する。 ③ ヒドロコルチゾン 10mg/日から開始, 漸増し, その後レボチロキシンナトリウム 〈2003 年 5 月〉 25μg/日を追加する。 以前ほどエネルギーを感じなくなり,疲れやすく仕事に対するやる気の低下,人に会 ④ ヒドロコルチゾン 10mg/日から開始, 漸増し, その後レボチロキシンナトリウム うのがおっくうになるといった症状を自覚するようになった。また以前から軽度の高 50μg/日を追加する。 脂血症,脂肪肝を指摘されていたが,最近増悪してきたという。 ⑤ まずデスモプレシン(DDAVP)点鼻薬から開始する。 Q5必要な検査,処置を選べ。 A ① カウンセリング ② 血清 IGF-Ⅰ測定 ③ 血清テストステロン測定 ④ GH 分泌刺激試験 特別な理由がない場合はコルチゾール〔一般的にはコートリル (ヒドロコルチゾン) ⑤ 抗うつ薬の投与 ⑥ 腹部超音波検査 あるいはコートン (酢酸コルチゾン)が用いられる〕または他の糖質ステロイドを経 ⑦ 内臓脂肪面積の測定 下垂体前葉機能低下症の補充療法について 1)ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)分泌不全症 ® ® 口投与する。 投与回数は 1 日 1 ∼ 2 回,1 日投与量の 2/3 を朝,1/3 を夕に投与するこ とが望ましい。投与量は体重,自覚症状,生化学検査所見などをもとに決定する。血 本例では GHRP - 2 負荷試験において負荷試験の頂値が 0.18ng/mL であったこと, お 中 ACTH 濃度は治療効果の指標にはならない。治療に際しては,少量(コルチゾール よび自覚症状から表 4 の診断基準の判定基準 2 に従い重症型成人 GH 分泌不全症と診 として 1 日 5 ∼ 10mg)から開始し, 最初は 1 ∼ 2 週の間隔で経過を観察し, 副作用が 断した。高脂血症,脂肪肝の増悪も GH 分泌不全に伴う内臓肥満の悪化が関連してい なければ段階的に増量して維持量(10 ∼ 30mg)とする。投与量の目安としては維持量 る可能性が高い。性腺機能低下症においても類似の症状を呈することがあるが,LH, の範囲で, 患者の自覚症状の改善(易疲労感, 食欲など)がみられる最少量が望まし FSH 分泌予備能は軽度低下しているもののテストステロンは基準範囲であったことか い。また,リファンピシン,フェニトイン,バルビタールなどの薬物は肝臓における ら,GH 分泌不全の寄与が大きいと判断した。 CYP3A4 誘導により,コルチゾールの必要量が増加するため注意する。手術,感染, 6 A 正解 ② ∼ ④ ⑥ ⑦ CASE 01 52 歳男性 7
© Copyright 2024 Paperzz