グローバル人材マネジメント

GLOBAL
Research Report
グローバル調査レポート 第 5 回
日本企業にとってのMust Win Battle:
グローバル人材マネジメント
人事領域におけるグローバル化への取り組み強化が叫ばれて久しい。
ヘイグループが行った、
人材マネジメントに関するグローバル調査でも、
海外先進企業と比較して、
日本企業に大きな課題が存在することが明らかになっている。
日本企業は、
この現状に対して危機感を持つものの、
なかなか有効な方策が打ち出せないでいる。
図 3は、
アンケートの各設問に対し、
具体的にはどんな項目が進んでおり、
どんな項目への取り組みが足りず、
どんな手を打っていくべきなのか。
最もグローバル化が高い回答を3点、
調査結果とともに考察する。
最も低い回答を0点として換算して平
均値を出し、スコアの高い回答から
Reported by
並べたものである。2011年のスコア
は、2006 年よりも高くなっているとは
いえ、それでも全体の回答の平均が
たものである。組織内の重要な役割
りにしても、どこから手をつければよ
0.63点。各業界をリードしている企業
に対する後継者管理、それらのポジ
いのか、いったい何をすればよいの
といえども、全体として見ると、
「部分
ションでの後継者候補の充実度、経
か、具体策が打ち出せていないこと
的に取り組みを開始した」というレベ
P&G、マイクロソフト、GE、コカ・
営幹部の人材育成に対するコミットメ
である。
ルの企業が大半といえる。
コーラ、ユニリーバ。これらは、ヘイグ
ント、異文化・多様性の中でのリーダー
ループが実施した2013 年ベストリー
の業務遂行能力、異なる場所にリー
ダーシップ企業調査のトップ5である。
ダーがいる状況での業務遂行状況な
今回の調査には、全世界で 2,200 社 1
ど、トップ 20 のスコアと日本企業の平
日本企業が今後、人事領域におけ
図 3 をより詳細に見ていくと、平均
万8,000 名が参加し、リーダーシップ
均値を比べると、大きな差が存在する
るグローバル化にどのように取り組む
ポイントが高い回答には、
「海外子会
開発に優れた企業を、他社推薦と回
ことがわかる。
べきかを考えるうえで、今の日本企業
社の現地人材への昇進・配置への本
答者による自社評価の両方から、グ
しかし、それ以上に気になるのは、
の取り組み状況や傾向は1つの参考
社関与度」
「外国人経営幹部の能力開
その
ローバルに選出している。図 1は、
トップ 20 はおろか、全体平均と比較
になる。
発研修プログラム」
「海外子会社現地
トップ 20 の企業リストである。
しても、日本企業は大きく劣後してい
日本のヘイグループでは、2011年9
社員の把握」
「外国人、
日本人の区別な
人事領域の取り組みにおいて、
ベン
ることである。
月に、
グローバル人事に関するアンケー
く適用される経営リーダーの要件共有
チマークとされる企業が多く含まれて
日本企業がそのことに気づいてい
ト調査を実施した。同様の調査は、
度」
「海外子会社のポジションの重要
いるが、
トップ20にランクインした日本企
ないかというと、
そうではない。事実、
2006 年にも実施しているが、この時
度格付け」
「海外子会社上級幹部ポジ
業は、
19 位のトヨタ自動車のみである。
さまざまな日本企業の経営者や人事
の調査では、各業界をリードする58
ションのサクセション委員会の存在」
これらトップ 20 の企業と、日本企
部の方々とお話しすると、人事領域の
社から回答をいただいた。
など、
「人」に関する取り組みが多い。
業を比較してみると、日本企業の課題
グローバル化に対して、大きな危機感
この調査結果を分析すると、3つの
また、
これらの「人」に関する取り組み
がいくつか浮かび上がってくる。
をお持ちであることがひしひしと伝
メッセージが浮かび上がってくる。
図 2 は、ベストリーダーシップ企業
わってくる。
調査の設問から、グローバル化や人材
育成に関する設問をいくつか抜粋し
1
日本企業共通の課題:
人事領域のグローバル化
人 材 教 育 January 2014
2
日本企業の
取り組み状況と傾向
2つめは、多くの企業が「人材育成」
「人材配置」など「人」に関する取り組
みから着手していることである。
図1 2013年ベストリーダーシップ企業 トップ20
リーダーシップ開発に優れた企業を
他社推薦と回答者による自社評価の両方からグローバルに選出
01 Procter & Gamble
11 Intel
02 Microsoft
12 Samsung
03 General Electric
13 3M
04 Coca-Cola
14 Nestlé
05 Unilever
15 Siemens
06 IBM
16 Oracle
07 Wal-Mart
17 Citigroup
08 McDonald s
18 Caterpillar
09 Telefónica
19 Toyota
10 Facebook
20 Ford Motor
図2 2013年ベストリーダーシップ調査 ∼トップ20、
全体平均、
日本企業の比較
各設問の肯定的回答率(%)
トップ 20
グローバル
平均
日本企業
平均
ミッションに欠かせない役割を担う後任者を積極
的に管理している
85
55
39
すべての階層のリーダーシップのポジションに空き
があれば、そのポジションにつく用意のある優秀な
候補者が社内に十分いる
74
44
25
経営幹部は、積極的に自分の時間を費やし、人材育
成に努めている
74
48
30
84
64
35
は、平均スコアが 2006 年から2011年
リーダーたちは、文化的な背景の違いについて知識
があり、多様性豊かなチームと効率的に業務を遂行
する能力がある
1つめは、日本企業の人事領域のグ
で大きく上昇しているものが多い。
文化的少数派の人材を積極的に採用している
71
34
20
問題は、これだけ人事領域のグロー
ローバル化は、実はまだ緒についたば
かつて、グローバル人事に「形」か
バル化が遅れている状況を目の当た
かりであるということである。
ら入ろうとして、すなわちグローバル
リーダーが異なる場所にいる状況でより多くの業務
が遂行されている
58
40
13
January 2014 人 材 教 育
図3 日本企業のグローバル人事に関するアンケート結果(2011年、2006年の比較)
(各設問の平均値:最もグローバル化度が高いものを3点、
低いものを0点と換算)
2.0
(最高点=3)
1.8
1.6
1.4
2006年
2011年
1.2
1.0
0.8
(0.63)
⇒
2011年平均
右するキーポジション
(A)」の特定で
高いことがわかる。上位企業は「人」
ある。ポジションの中には、
そこに就く
に関する取り組みが相当進み(平均ス
人材の成果によって戦略の実現や企
コアも、最高点である3に近い)
、人事制度面
業の成長が大きく左右されるものと、
でもグローバル化・グローバル統合を
やや語弊があるが、誰が就いてもあま
行っている。
り影響がないものが存在する。した
「人」に関するグローバル化の取り
がって、その人の成果が戦略の実現を
組みが進み、それを支えるために、制
大きく左右するポジションに注目した
度面でもグローバル化・グローバル統
タレントマネジメントが必要である。
合を進めているといえよう。
現地法人の社長や COO のような
平均ポイント
3.0
(最高点=3)
2.5
上位企業
中位企業
下位企業
2.0
1.5
1.0
0.6
(0.47)
⇒
2006年平均
0.4
0.2
3
海
外
子
会
社
現
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人
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社
国
人
員
人
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統
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度
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統
の
福
仕
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度
利
組
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厚
統
生
制
一
度
度
の
統
一
度
0.0
グローバル人材
マネジメントへの取り組み
に関する領域からグローバル化に着
と、運用が楽になる。
手し、そのうえで「制度」のグローバ
それ以外に、たとえば、グローバル・
ル統合に取り組んでいる。それでは、
ブランドマネジャーや、グローバル・ア
人事領域のグローバル化、あるいはグ
カウントマネジャーなど、
組織上必ずし
ローバル人材マネジメントといった課
も上位でないポジションも、キーポジ
題に対して、いったい何をすればよい
ションになる可能性がある。グローバ
のだろうか。
ル人事に関するアンケートで、平均ポ
図 5 は、グローバル人材マネジメン
イントが5番目に高かった「海外子会
トを考える時の1つの枠組みである。
目的化して、結局、形骸化あるいは頓
3)の企業グループに分け、
平均値を比
出発点は「戦略・ビジョン」だ。グロー
挫した企業も見受けられた。しかし
較したものである。このグラフを見る
バル人材マネジメントは、あくまで戦
最近は、事業のグローバル化を支える
と、下位企業と中位企業は、グラフの
略・ビジョン実現の手段であり、ここ
重要な手段として、グローバル人材マ
左側、すなわち「人」に関する取り組
から課題を検討することが重要であ
ネジメントを基軸に、段階的に人事領
みに関してスコアの差が大きく、グラ
る。たとえば、
「2020 年にめざす姿を
域のグローバル化を進めている企業
フの右側、すなわち等級制度や評価・
実現するためには、その時までにどの
が増えている。
報酬制度など、制度面では、両者とも
ような組織・体制であるべきか」
といっ
3つめは、人事領域のグローバル化
スコアがゼロに近く、差がないことが
たテーマで、人事が仕切り役となって、
が進んでいる企業は、
「人」に関する
わかる。言い換えると、下位企業と中
経営幹部や事業リーダーを交えて議
化・グローバル統合にも取り組んでい
みをすでに開始しているのかいない
るということである。
のかの差、ということである。
図 4 は、先ほどのアンケート結果を、
一方、上位企業と中位企業を比較
平均ポイントの上位企業(上位1/3)、
すると、上位企業は「人」に関する取
人 材 教 育 January 2014
を導入し、一定グレード以上のポジ
ションを容易に抽出できるようにする
中位企業(次の1/3)、下位企業(下位1/
位企業の違いは、
「人」に関する取り組
るため、グローバル共通グレード(E)
前述の通り、
日本企業の多くが「人」
標準といわれる制度を導入することが
取り組みに加え、制度面のグローバル
0.5
上位ポジションはキーポジションであ
図5 グローバル人材マネジメントを考えるための1つの枠組み
E
4 キーポジションの特定
次のステップは、
「戦略の実現を左
グローバル・
グレーディング
戦略の実現を
A 左右する
論すれば、今後育成・獲得しなければ
ならない人材の量・質も見えてくる。
0.0
海
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度
平均ポイント
図4 日本企業のグローバル人事に関するアンケート結果
(平均ポイント上位、中位、下位企業の比較)
り組みだけでなく、制度面のスコアも
戦略・
ビジョン
戦略を
実現するための
組織・体制
キーポジション
キーポジションに
B 求められる人材要件
(コンピテンシー)
F グローバル報酬ポリシー
グローバル人材
D マネジメントの
G
プロセス・会議体
人材の可視化とデータベース化
C •人材の可視化(アセスメント)
•人材マップ
•人材 DB システム構築
グローバルローテーション/
適材適所
H 人材育成/トレーニング
I
採用強化
January 2014 人 材 教 育
日本 本社
図6 グローバル共通グレードの活用イメージ
米国 A 社
ジョブサイズ
ヘイ
(HAY ポイント) グレード
1508 –1800
24
1261–1507
23
1056 –1260
22
880 –1055
21
735 –879
20
614 –734
19
自社グローバル
グレーディング
A1
Core
Executive
E3
Senior
Executive
E2
Executive
E1
Director
育成・
タレントマネジメント
中国 B 社
東南アジア C 社
グローバル経営幹部候補
事業会社、地域、
国を越えての人事異動対象
リージョン幹部候補
社のポジションの重要度格付け」は、
よく用いられる。アセスメントには大
このキーポジションの特定に関する取
きく、
「テスト」
「模擬演習」
「実体験イ
り組みである。
ンタビュー」
「360 度調査」の4つの方
グローバル共通グレードは、キーポ
法がある。
人材の可視化ができれば、その情
ジションを特定するだけでなく、人材
実体験インタビュー(BEI:Behavioral
報をもとに、キーポジションに対してど
マネジメントを進めるうえでの
「グロー
Event Interviewという名前で世界的に知られる)
のような人材を配置していくか、ある
バル共通のモノサシ」としても有用で
は、あまり聞き慣れない言葉かもしれ
いは人材は足りているのか、不足して
ある。
ないが、仕事において成果を出すため
いるならどのように育成・採用するの
の調査での「グローバル化上位企業」
うためのグローバル拠点の設置
しながら、日本人には難しいタスク
たとえば、図6 のように、グローバル
に、実際にとった思考・発言・行動・結
かといった、
グローバル人材マネジメン
では、制度面のグローバル化・統合が
●ハイポテンシャル人材の発掘とマネ
であることも事実なので、外国人の
共通グレードごとに人材の位置づけ
果などを深く聞き出し、そこで発揮さ
が、
トを行うプロセス・会議体
(図5 D)
進んでいるという結果になっていたの
や施策を組み立てる。たとえば、グ
れているコンピテンシーを特定する手
初めて意味のある形で実現できる。
も、このことと一致している。
ローバル共通グレード「E3」の人材は
法である。幹部クラスの能力(コンピテ
この会議体は、人材委員会と呼ば
グローバル経営幹部候補と位置づけ、
ンシー)
を評価する際に有効な手法だ。
れたり、サクセション委員会と呼ばれ
事業会社、地域、国を越えての人事異
ヘイグループが提供しているアセス
たりもする。そこでの議論の結果が、
動対象としてコーポレートレベルで人
メントの代表的なものには、動機を診
グローバルローテーション/適材適所
材管理をさせる。その1つ下の「E2」
断するもの、コンピテンシー診断、リー
グレードの人材は、リージョン幹部候
6
グローバル人材マネジメントの
プロセス・会議体
ジメントノウハウ
E3に向けての選抜研修・異動
次期拠点幹部候補
社員育成プログラム
HRヘッド を Global head of talent
managementに登用することで、成
特にこの中で、
Global head of talent
果を上げつつある企業も存在する。
managementは、
「エンジン」の要に
外国人 HRヘッドの登用は、日本企業
なるものだ。この拠点は、グローバ
にとって、1つの選択肢といえよう。
グローバル人材マネジメントの取り
ル各社を巡回しての個別面談等によ
日本企業にとって、グローバル人材
(G)や、
人材育成/トレーニング(H)
、
組み内容について見てきたが、これら
る人材の把握/経営へのレポート、
マネジメントは、グローバルな競争相
ダーシップ・スタイル診断、組織風土
あるいは採用強化(I)へと発展して
の「仕組み」を導入するだけでは、結
人材開発委員会の企画・運営・ファ
手と戦ううえで、Must Win Battle(必
補として、E3 昇進に向けての選抜研
診断があり、リーダーの心中から組織
いく。先のアンケートで平均ポイント
局、形骸化・頓挫してしまうリスクが高
シリテーション、グローバル人材への
達要件)
となってきている。人事領域の
修・異動を実施、
「E1」
グレードの人材
風土に至る因果関係を解明するのに
が上位となった「海外子会社現地人
い。グローバル人材マネジメントの各
人材開発プログラムの企画・実行支
グローバル化を推進されるにあたり、
は、次期拠点幹部候補としてグローバ
役立つだろう。
社員への昇進・配置への本社の関与」
要素は、日本企業にはなじみの薄いも
援を主なミッションとして担う。しか
少しでもヒントになれば幸いである。
ル共通の社員育成プログラムに参加
グローバル人事に関するアンケート
「外国人経営幹部の能力開発研修プ
のが多いが、この仕組みを動かすた
してもらう、といった具合である。
で、平均ポイントが上位の「海外子会
ログラム」
「海外子会社上級幹部ポジ
めの「エンジン」を構築できないこと
社現地社員の把握」
「外国人、日本人
ションのサクセション委員会の存在」
がその一因である。
の区別なく適用される経営リーダー
は、まさにこの領域に関する取り組み
欧米のグローバル企業では、
「エンジ
キーポジションが特定されれば、そ
の要件共有」は、人材の可視化に関す
である。
ン」
として以下の3要素を実現している。
のポジションにどのような人材要件(能
る取り組みである。また、
「外国人経
多くの人が国を越えて異動するよう
力や思考・行動特性、経験)
が求められるか
営幹部に対するアセスメント・プログ
になれば、報酬の違いが問題になる
●経営トップが関与する人材開発委
、そのような要件を
を検討し(図 5 B)
ラム」は、日本でも導入する企業が増
ため、グローバル報酬(F)について考
員会、ならびに経営トップが海外人
持つ人材がどこにいるのか、誰なのか
えつつあり、先のアンケート結果分析
える必要も出てくるであろうし、その
材を見る力量(目線・フレーム・ツール)
を可視化していく
(C)
。
における「上位企業」では、かなりの
ベースになるグローバル共通グレード
●「Global head of talent manage-
人材の可視化には、アセスメントが
企業で実施されている。
(E)も、改めて重要になってくる。先
ment」──タレントマネジメントを行
5 人材を可視化する
人 材 教 育 January 2014
7
日本企業ならではの
難しさ・注意点
筆者紹介
滝波純一(たきなみ じゅんいち)氏
ヘイグループ プリンシパル Business Solution/Building
Effective Organizations プラクティス North East Asia ヘッド
筆者
医薬品、消費財、流通、情報通信等の幅広い業界に対し、グ
ローバル人事制度構築、リーダー育成、M&A 支援等、幅広い
コンサルティングを実施。
January 2014 人 材 教 育