高齢者が快適と感じる座面クッションの考察

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高齢者が快適と感じる座面クッションの考察1)
棒田
邦夫2)
A Study of How Comfortable Seat Cushion Surfaces Feel to the Elderly1)
Kunio BODA2)
要
旨
いすに座っていて「お尻が痛くて長時間座っていられない」という話をよく聞く。これは加齢による関節、筋肉
の問題から起こるものと思われる。が、それにしても市販のいすは、人間工学をもとに背面の傾斜角度とともに座
面高さと傾斜角度によって人間の姿勢に合った構造でつくられているはずである。また、座面には、お尻のことを
考慮して必ずクッション材が充填されている。にもかかわらず、なぜお尻が痛くなって、長時間座っていられない
のであろうか。いすの行為用途にもよるのであろうが、座面のクッション部分に何か問題点があるのではないかと
考え、これまでの実験資料や使用状況を写した画像を基に、いす座面のクッション性について考察をすることにし
た。その結果、快適ないすの支持条件として、座の傾斜や背もたれの角度が精密に指示されたとしても、クッショ
ンがそれを満足するように計画されていないということがわかった。
キーワード:いす、座面、クッション材
1.はじめに
これまでいすは人間工学によって、作業姿勢ごとに、座の傾斜や背もたれの角度を精密に指示してつくられてき
ました。市販のいすにおいてもこの指示をもとにしてつくられている。しかし、座面や背もたれ部分が人間の快適
な支持条件にかなっていたとしても、座面部分のクッションの沈み寸法まではこの支持条件には現されていないの
である。座っていての痛みの軽減は、このクッションの沈み値とクッション材料の組み合わせを計画することで図
れるものと考えられる。
また、このクッション性能について調べ、考察することで、今後増えるであろう、高齢者のための快適な座面提
供にもつなげていけるものと考えられる。
本研究では、高齢者のためのいすをつくりたいと考えているが、つくる前にクッションとなる素材にどんなもの
があるのか、その特性はどんなものなのか、異なる素材で組み合わせた場合、どのような性能評価ができるのか、
その考察を踏まえていこうと考えている。
2.研究の方法
現在、市販のいすは人間の作業姿勢により6つのプロトタイプによってつくられている。その内訳は作業性の強
いいす(I 型)
、作業と休息を併せ持ついす(II 型、III 型)、楽な姿勢を保てるいす(IV 型、V 型)、より休息性の
強いいす(VI 型)に分けられている。I 型の作業性の強いものは長時間座る可能性が強いので、座面の堅さ、柔ら
かさ加減が重要である。休息性の強い VI 型いすはお尻を支える座面がふっくらして、柔らかく、腰・お尻を包み
1)
:平成2
4年1
0月1
0日受付;平成2
4年1
0月3
1日受理。
Received Oct. 10, 2012 ; Accepted Oct. 31, 2012.
2)
:金沢学院大学 美術文化学部;Faculty of Fine Arts and Informatics, Kanazawa Gakuin University.
金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第1
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込むようになっていて、沈んだ時に固い触感を感じないいすとなる。そこで考察資料として素材別の評価表を用い
て、素材によっての好みから評価をすることにした。素材はラバーというゴム製のもの、ゴム製ということで沈み
はまったくない。ロック及びウレタンは断熱材にも使用されていて、ふわふわした質感で沈みが増す。ウレタンは
気泡を板状にしたもので密度によってスポンジの柔らかさのものから固いものまであるが、ここでは中程度のもの
とした。バネはコイル状のものを使用し、大きさは一定の形状とした。また、作業姿勢との比較を考察するため、
休息性の高い新幹線座席とこの座席に近い VI 型とを合わせて沈みの考察をした。
3.研究の考察
3.1.座のクッション性能からの考察
人間は体系、性格、育った環境、体重などによって触感が異なるし、また好みにも現れる。ここに好みの観点か
ら座と背のクッション性能について調べたものがある。ここで
座面の評価
は、I 類:座面は厚張り、背もたれは薄張りのいす5種類、II
I 類(座面厚張り、背もたれ薄張りの場合)
100
類:座面、背もたれとも厚張りのいす6種類を用いて評価を試
の高さなどはすべて同じで、クッション材料と厚みが異なって
いる。
80
60
みている。ただし、このいすは座面・背の傾斜角度、座面まで
I 類・II 類とも総じて座、背への評価は高くない。そんな中
55
40
33
38
43
47
でも I 類の座では、1番が最も高く5
5点、II 類の座では3番が
最も高く70点であった。低い評価だったのは I 類では2番の3
3
点、II 類では5番の5
6点であった。I 類の評価が高かったいす
と低かったいすとの評価差が大きいのに対し、II 類では評価差
20
が小さかった。総じて I 類よりは II 類の方が評価の数値が高い
5番
4番
3番
2番
1番
こともわかった。
I 類で評価の高かった1番のいすは、ラバーという固めのゴ
ム製のもので45mm の厚さ、評価の低かった2番のいすは、断
熱材として知られているロックウール素材で厚さ4
5mm である。
I 類(座面厚張り、背もたれ薄張りの場合)
2番
1番
ラバー 45mm
ロック 45mm
ラバー 45mm
ロック 45mm
4番
5番
ラバー 15mm
ロック 30mm
ウレタン 45mm
3番
ロック 20mm
ウレタン 20mm
ウレタン 40mm
ラバー 15mm
ロック 30mm
ロック 30mm
ウレタン 15mm
棒田:高齢者が快適と感じる座面クッションの考察
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座った感触からすると固いラバーのゴム製の方が弾力性のない分、お尻が痛いように思うのだが、柔らかいロック
素材の方は柔らかい割に、感触がよくなかったことになる。柔らければ柔らかい方がお尻にやさしく、座面の座り
心地もいいと思われる。また、両いすはともに他のいすが二層2種類の材料で組み合わせてあるのに対して、一層
1種類である事にも注視する必要がある。もう一つの一層いす4番はウレタン45mm であったが、3番のロック2
0
mm とウレタン2
0mm よりは評価は高いものの、5番のいすラバー15mm とロック30mm よりは評価が低かった。
II 類は、I 類よりは高い評価を感じることができる。これは背もたれの厚みが増したこともあるのであろうが、
特に3番と6番の評価が高い。また、座面において I 類にはなかったばねの使用も評価が高くなった要因といえる。
ばねは、5番、6番を除いた4種類の座面に使われている。バネが使われているいすの中で評価の高かったのが3
番で、ばねが使われていないいすでは一層の6番に評価が高かった。6番には、ばねが使用されていないのにもか
かわらず、評価が高かった3番のいすと同等の評価(68点)があった。この点に注目して、2つのいすを比較して
みるとばねがなくても座り心地を得ることができるようである。しかし、ばねの有無ばかりではなく背もたれのク
ッション素材と座面のクッション素材及び素材の組み合わ
座面の評価
せの影響も受けているように考えられる。1番と2番の評
II 類(座面厚張り、背もたれ厚張りの場合)
100
価は大差のない数値(2点差)であり、ばねのみの使用で
はなく、何らかの素材を一層で組み合わせるだけでよいよ
うである。ただ、ロックは柔らかすぎてばねの触感が直接
80
60
70
60
62
58
感じられるので、ロックよりは2番のいすラバーの方が座
68
面の感触はいいといえる。1番と2番がばねと一層のクッ
56
ション素材だったのに対し、3番と4番のいすにはバネと
二層、二種類の素材を使ってあるが、評価が分かれている。
40
3番はラバーを使っていることで安定性が増して評価が高
かったようである。5番と6番のいすはバネを使っていな
20
いが、ここでも評価が分かれている。5番はラバーを含め
6番
5番
4番
3番
2番
1番
て三種類の組み合わせになっているのに対し、6番のいす
はラバー一層にもかかわらず評価が高い。6番は一層であ
ってもラバーの厚みが1
50mm あること、さらに沈みが少
II 類(座面厚張り、背もたれ厚張りの場合)
1番
2番
3番
ラバー 15mm
ロック 30mm
ロック 30mm
ロック 45mm
ウレタン 15mm
ロック 40mm
ばね
ラバー 40mm
ばね
ラバー 20mm
ロック 20mm
ばね
4番
5番
6番
ウレタン 45mm
ウレタン 35mm
ロック 5mm(板)
ばね
ロック 45mm
ラバー 15mm
ロック 60mm
ウレタン 20mm
ラバー 45mm
ラバー 150mm
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ないことで姿勢及びお尻の安定が保たれることが大き
いようである。
3.2
姿勢からみるクッション
図−1は人間が新幹線の座席に座った時の姿勢を示
している。この姿勢を作業用いすから休息用いすの中
から合致するいすを探したところ VI 型といわれるリ
クライニングや安楽いすの型に適用できる。上部のい
すは座った状態で VI 型のかたちが保たれているが、
下部のいすは座面、背面が沈み、明らかに VI 型のか
たちからはみ出している。体が丸くなって猫背のよう
な体型となっている。特に背もたれ部分の傾斜角度が
図−1(上部)
大きく傾いていて、支点となる尾てい骨部分が下に沈
んでみえる。上部は VI 型のラインが保たれているの
で、いすの支持条件に合っており、快適といえる。下
部は VI 型から大きくはずれているので不快適といえ
る。これは、クッション素材と素材の組み合わせが影
響しているように考えられる。
4.研究の結果
座面の好みから察すれば、II 類の座面、背もたれが
ともに厚張りのいすの方が座り心地がよいようである。
特に注目しなければならないのが、3番のいすと6番
のいすである。3番のいすにはばねが付いていること
図−1(下部)
で評価が高い、6番のいすにはばねが付いていないが評価が高いということになる。両いすはばねの有り、無いの
違いでありながらも、共に高い評価を得ている。ここでは、ばねの高さが記されていないので、クッション材と合
わせてどれぐらいの厚みになるかわからないが、ベッドマットぐらいの厚さと考えられる。しかし、ばねを使うと
厚さがベッドマットにもなると、重量も嵩む結果となり、高齢者がいざ持ち歩くとすると、容易に持ち運ぶことが
できない。少なくとも使用する対象者を考慮すると、軽量ということも考えに入れておく必要がある。そこで、試
作物としては、II 類で、ばねを使用していない5番と6番のいすを基本としてつくることが考えられる。5番と6
番のいすは I 類の一番高い評価のいすよりは高く、クッション材としてもラバー、ロック、ウレタンとバランスよ
く組み合わさっているので、使用に値するものと考えられる。だが、製作するにあたり問題となるのがウレタンで
ある。ウレタンは柔らかいものから固いものまであり、ものによってはラバーと同等の固さを持つものもあり、こ
の質感は考慮しながら進める必要がある。
5.結びに
この考察の結果、ロック、ラバー、ウレタンの組み合わせがお尻への負担を軽減し、痛みのない快適ないす座面
へとつなげていきたい。次回は試作品をもとに使用事例を積み上げて報告を試みる。