学校現場における 多忙化の現状と労働安全対策

Special
学校現場における
多忙化の現状と労働安全対策
日本教職員組合 生活局次長 四牟田 修三
1.はじめに
8000
2006年10月に、労働科学研究所による「教職員の健
康調査結果」が発表され、2007年5月には、文部科学
7000
省による「教員勤務実態調査」が公表された。「教職員
6000
の健康調査結果」によると、健康状態に不調を訴える教
職員の比率が全職業平均の約3倍で、7割以上の教職員
10年で3.37倍
5000
が家庭・余暇生活を犠牲にしているという結果だった。
4000
また、9割の教職員が「もっと子どもたちと一緒の時間
3000
が欲しい」、「授業の準備の時間が不足している」と答え
精神疾患者数
3,664人
ている。更に、文部科学省の調査結果でも、小中の教員
2000
4,178人
の平均超過勤務時間は、持ち帰り仕事も含めると、月平
1000
均46時間(9月)から55時間近く(7月)にものぼっ
ているなど、多忙化・長時間労働の実態が裏付けられる
7,017人
1,240人
(人)0
1995年
結果となった(高校も同様の傾向にあるとしている)。
ふたつの調査の結果から、学校の多忙化の状況は想像
(年)
2005年
図1. 病気休職者数における精神疾患者数の割合
以上に深刻化しており、教職員の健康状態の実態は極め
て劣悪な状況にあると言わざるを得ない。日教組は、教
表1. 病気休職者の推移
職員が心身の健康を取り戻し、その力量を十分に発揮し
総人数
病気休職者
生き生きと仕事を続けることが、子どもたちの豊かな学
(A)
(B)
1995年
971,012
3,644
0.38%
1,240
2005年
919,154
7,017
0.76%
4,178
びと育ちを保障することになると確信している。教職員
*
の ワーク・ライフ・バランスは、子どもたちにゆきと
どいた教育を行うための最も重要な課題である。
率
(Bの内)
(B/A) 精神疾患者数
※10年で3.37倍
2.増大する休職者と
精神疾患
休職者は2005年度に7,017人と1995年度のおよそ2
長時間労働に従事する教職員は心身共に疲労し、その
倍弱になり、その内精神疾患による休職者は2005年
蓄積が健康破壊をもたらす。文部科学省の調査によると、
度は4,178人と1995年度の約3.4倍にも増大している
*ワーク・ライフ・バランス:少子化、高齢化の時代を迎え、自分の意思で仕事の仕方を選択しながら、男女ともバランスある生活時間をつくろ
うという考え方である。具体的には労働時間の短縮、女性の出産後就業率アップなどを実現して、子育てや介護を
支える社会的基盤をつくり、税制度や社会保障制度の整備をすることを政府に求めている。
2
相談室だより 2008
Special
100
他の地方公務員
90
教職員
80
70
60
50
59.5%
56.4%
53.1%
40
37.8%
30
20
29.4%
34.2%
10
(%)0
2003年
2004年
2005年
図2. 病気休職者の内、精神疾患による率の他の地方公務員(教員・警察職員以外)との比較
(図1. 表1. 参照)。また他の地方公務員との比較におい
と健康に関する事業者責任については労働安全衛生法に
ても、教職員の精神疾患を理由にした休職者の比率は著
規定があり、地方公務員もその対象とされている。労働
しく高くなっている(図2. 参照)。
安全衛生法は刑事罰を伴う法律であり、事業場には民事
これらの原因として学校の多忙化・過重労働があるこ
上の「安全健康配慮義務」が課せられている。
とは言うまでもなく、一人ひとりの子どもに即したきめ
このように労安体制が遅れていた学校現場であったが、
細やかな対応や、保護者や地域社会からの要請と期待へ
改正労安法等によってようやく推進委員会の設置や安全
の対応が原因となっている。少人数教育を推進するため
衛生推進者の選任等が、学校現場で進み出してきている。
に必要な教職員定数は未だ改善されないままである。
文部科学省は2006年4月、2007年12月、2008年5月
多忙化に一層拍車をかけるものとして、直接的な子ど
と相次いで通知を出し、各都道府県教育委員会、各指定
もとの関わりとは違う業務(複雑化・多様化する保護者
都市教育委員会に対し、公立学校おける労働安全衛生管
や児童生徒への対応など)も増えている。また、学校外
理体制の整備促進について万全を期すようにと述べてい
の主催行事や研究会活動の多さ、部活動の過熱なども原
る。
因の一つとなっている。
特にその通知文書の中で「体制の整備は、教職員が意
3.労安(労働安全)体制が
遅れている学校現場
欲と使命感を持って教育活動に専念できる適切な労働環
境の確保に資するものであり、ひいては、学校教育全体
の質の向上に寄与する観点からも重要なものです」と述
これまで、学校現場における教職員の労働安全衛生活
べ、また、「平成20年4月より、常時50人未満の労働者
動は、他業種に比して最も遅れをとっていたと言っても
を使用する事業場も含め、すべての事業場に面接指導等
過言ではないだろう。「学校保健法」のみによって規定
の実施が義務付けられたことから、すべての学校におい
されているかのような誤解や、大部分の小中学校等が、
て、面接指導を実施できるような体制の整備を行う必要
衛生委員会等の設置義務の枠外に置かれてきていること
があります。」としている。更に国会の附帯決議で「平
などから、民間の職場や、一般公務の職場からも比べて
成20年4月の改正労働安全衛生法の完全実施に当たっ
も遅れていたのである。言うまでもなく、労働者の安全
ては、管理者による過重労働の対策に万全を期すこと」
相談室だより 2008
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Special
100
地方自治体
90
80
89.1%
89.4%
市区町村
教育委員会
89.4%
70
60
50
40
30
20
22.7%
27.7%
24.6%
10
(%) 0
2004年
2005年
2006年
図3. 安全衛生体制の整備状況
とされたことも引用し、それぞれの所管の学校及び市町
した。「改正労安法に伴う適正な労働時間管理の取り組
村教育員会への周知徹底も指示している。
みを強めるとともに、全国一斉に取り組んだ労安体制の
4.日教組の方針と
具体的取り組み
促すために、文科省が実施した労働安全衛生に関する調
査結果の早期の公表及び、医師による面接指導も含めた
日教組は2007年度の定期大会において、次のような
「改正労安法の4月施行に伴い、
再通知を行うよう求めた」
2年間の基本方針を決定した。
適正な労働時間管理・長時間及び過重労働の抑制を実効
⑴ すべての職場への衛生委員会の設置と活性化にむ
あるものとするよう、教育委員会への交渉・協議並びに
けた取り組みを推進する。単組・支部での学習会な
校長交渉を強化する。」
どを開催し、労働安全衛生体制確立に向けて共通理
現在、文科省が公立学校等における労働安全衛生管理
解をはかる。
体制の整備状況についての調査を実施していることを受
⑵ 2008年4月までの労安体制確立とその定着を目
け、日教組は各県の教職員組合に対して、現在の取り組
的として、「日教組労働安全衛生月間」の設定など、
み状況の報告を求めている。特に文科省通知が都道府県
全国的な取り組みを展開する。
教育委員会・指定都市教育委員会は、言うに及ばず、各
⑶ 公務災害・労働災害認定に関わっては、災害発生
段階から組織的に対応をできる体制を整え取り組む。
また、認定基準の改善や補償内容の充実を求めてい
く。
4
職場チェック結果を発信した。また、法の周知・徹底を
市町村教育委員会・学校まで周知され、趣旨が徹底して
いるかを調査しているところである。
5.問題点と課題
⑷ アスベストが社会問題化している状況から、学校
学校現場における問題点は前述したように、民間の職
の枠にとどまらない広範な運動展開として、連合や
場や一般公務の職場から遅れていたことに起因して、労
関係団体として取り組む。
働安全衛生に対する知識や意識が不十分であり、教育委
また、2008年6月の中央委員会においては、この間
員会そのものが十分に対応できていないのが実態である。
の活動の経過を確認し、今後の具体的な取り組みを決定
特に、学校現場においては、校長・教頭などの管理職が
相談室だより 2008
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十分に理解できていないことに大きな問題点があると言
が当面する重大課題なのである。しかしながら、現実に
わざるを得ない。
起こっている問題にも対応しなければならない。
文科省の通知の中でも「平成19年5月1日現在の調
文科省は、2006年4月と2008年1月の文書でメンタ
査結果(衛生管理者の選任率:小学校58.1%・中学校64.1%、
ルヘルスの保持について記述し、次のように各都道府県・
衛生委員会設置率:小学校56.9%・中学校58.4%)によれば、
指定都市教育委員会に要請している。
衛生管理者等の選任、衛生委員会等の設置のいずれに関
しても、未だ十分に設置されていない状況」と認めてい
る。(図3. 参照)また、衛生委員会が設置されていても、
「教職員が気軽に相談できる体制の整備」、「各学校
の管理職は、心の不健康状態に陥った教育職員の早
期発見・早期治療に努めること。……教育委員会と
開店休業中のような状態であったり、中身の十分な論議
連携しながら、早めに医療機関への受診を促すなど
ができず、衛生委員会としての機能が十分に発揮できて
の適切な対応をとること。」、「病気休職者が学校に
いないのが実情である。従って、日教組にとっての課題
は、いかに労働安全衛生活動を理解し、学校現場に定着
させるかが重要な課題となっている。
復帰する場合には、各学校の管理職は、当該教育職
員への理解と協力が得られるような環境を整備する
とともに、復帰後しばらくの間は経過を観察するこ
と。また、各教育委員会においても、病気休職者が
9月には、各県の教職員組合の労働安全対策担当者を
円滑に職場復帰できるよう、復職時の支援体制の整
集め、現在、行っている調査結果を基に、先進的な単組
備につとめること。」、「一般の教職員に対して、心
の実践交流を行い、現場での定着化に向けた取り組みを
強化した。
の健康に関する意識啓発や、メンタルヘルス相談室
等の相談窓口の設置について周知を図るなどの取組
を推進すること。併せて、管理職に対してメンタル
6.メンタルヘルス体制の
確立にむけて
近年、労働者の受けるストレスは拡大する傾向にあり、
仕事に関して強い不安やストレスを感じている労働者が
6割を超える状況にある。また、精神障害等に係る労災
補償状況も請求件数、認定件数とも増加傾向にある。特
に、学校現場における教職員の心の健康問題が一般の労
ヘルスに対処するための適切な研修を実施するこ
と。」
2006年4月3日付、「労働安全衛生法等の一部を改正
する法律等の施行について」(文部科学省スポーツ・青
少年局学校健康教育課長他)
2008年1月31日付、「平成18年度 教育職員に係る懲
戒処分等の状況、服務規律の確保及び教育職員のメン
タルヘルスの保持について」(文部科学省初等中等教育
局初等中等教育企画課長)
働現場よりも激しく表れてきており、大きな問題となっ
このようなことを、単に言葉として述べるだけでなく、
ている。
きちんとルール化し、メンタルヘルス体制として確立す
2006年度も病気休職者、及び精神性疾患による病気
ることが文科省、教育委員会としての責務であり、この
休職者数がともに増加し、病気休職者全体に占める割合
ことを日教組としても求めていかなければならない。
が61.1%といずれも過去最高を更新している。
残念ながら、このような厳しい状況の学校現場である
にも関わらず、メンタルヘルス保持の対策は一向に進ん
7.おわりに
でいないのが現状である。実際に日教組が2008年3月
格差是正とワーク・ライフ・バランスの実現は連合の
に行った労働安全衛生の職場チェックでは、学校におけ
最重点課題である。日教組としても多忙化する学校現場
るメンタルヘルス対策の状況は「行ってない」が68.9
の状況を踏まえ、増大する休職者や精神疾患をストップ
%と多数であり、「行っている」は29.0%にとどまって
させるこの取り組みを強めていく。
いる。先ずその対策を進める前提となる労働安全衛生体
組合員の生活と命を守るために、組合員自身の意識化
制を全ての学校において確立させなければならない。ま
をはかる中で、労働安全衛生活動を積極的に進めて行き
た、多忙化している現状の長時間・過重労働の抑制こそ
たい。
図・表出典/文部科学省調査・地方公務員安全衛生推進協会調査・地方公務員災害補償基金報告より抜粋
相談室だより 2008
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