保険・年金論(第3回) リスクプーリング

保険数理学特論ⅢB
リスク理論2(第4回)
リスクマネジメントの概念(続)
信用リスクの測定
大阪大学大学院
金融保険教育研究センター
2014年12月1日
大塚忠義
1
リスクの分類
• 純粋リスク
経済的不利益・損失のみを発生させ
る。社会全体でみても損失のみが発
生する
• 経済的リスク
社会全体で見たら利益も損失も発
生していない。個人で見ると利益を生
むが損もする(期待通りの利益が得ら
れない)や、損だけすることが含まれ
る
2
純粋リスク
多くの場合に結果の期待値(統計学で
の結果の平均値)をリスクと称する
• 死亡率
• 交通事故率
• 大地震の発生確率
コイン投げの場合、1/2
主に保険が扱うリスク
3
経済的リスク
多くの場合で分散・標準偏差(統計
学での期待値周りの変動性)を
リスクと称する
•
•
•
株式投資
新規事業・海外進出
競馬・宝くじ
経済的リスクは、さらに価格リスクと信用リス
クに分類される
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経済的リスク
価格リスク
価格変動リスク:株、石油、人件費
外国為替リスク:円ドルレート
金利リスク:金利上昇
信用リスク
取引の相手方の倒産等
決済リスク:代金の受取
貸倒れリスク:貸付金の回収
流動性リスク
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リスクの計量:期待損失(1)
損失の期待値:E(X)
損失額:確率変数:x𝑖
P(X= x𝑖 )=𝑝𝑖
純粋リスクへの適用:保険料率の算出
大数の法則が成立する世界での適用
⇒信用リスクの測定
クレジットカードの自己破産、住宅ロー
ンの延滞etc..
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リスクの計量:期待損失(2)
小口のエクスポージャーの集合
大規模で十分に分散したポートフォリオ
⇒各確率変数は、独立で同一分布
統計処理により分布を決定
期待損失額は既知の費用として取り扱う
ことが可能
消費者ローンの貸付利率に上乗せetc
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リスクの計量:非期待損失
1.期待損失としてきたもの大規模損失
⇒ 独立性の欠如、発生確率の変動(経
済危機、大規模災害)
2.大規模エクスポージャーの実現
大企業の倒産、大工場の火災etc
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非期待損失の管理(1)
1.発生確率のモニタリング
2.エクスポージャーの管理
大規模エクスポージャーの上限の設定
エクスポージャー合計の上限の設定
リスク保有限度の設定
破たん確率の管理 VaRによる上限設定
保険、再保険の活用
Risk is Opportunity
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非期待損失の管理(2)
VaRによる上限設定
「1日の損失額が1%の確率で50億円を超
える」ことのない範囲でリスク性の資産を
保有する
「1年の損失額が自己資本を上回る確率
が0.5%」となる。
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非期待損失の管理(3)
発生率の統計の整備
大数の法則が働くか
独立性の仮定は?
成立しない場合の相関係数は?
適切な分布の設定
正規分布?対数正規?
ソフトウェアの存在
日計情報の連携
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非期待損失の管理の問題点(1)
計量できない非期待損失
スキャンダルの発生、犯罪行為
認識されていないエマージェンシーリス
かっての風評リスク:乾いた薪の上に寝て
いることを知らない
裾野の分布
発生度数が極端に少ない
リスク管理部門の独立
リスクと報酬のコンフリクト
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非期待損失の管理の問題点(2)
裾野の分布
発生度数が極端に少ない
VaRからストレステスト、シナリオ分析へ
リスク管理部門の独立
リスクと報酬のコンフリクト
リスク量の増加はポートフォリオの変化
より環境の変化によることが多い
リスクと収益、収益と報酬の関係
リスクに対する人間の心理
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非期待損失の管理の問題点(3)
その他の問題
リスクに対する人間の心理
法令順守(コンプライアンス)
会計慣行、業界慣行
監督当局の態度(政治的な背景)
規制
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非期待損失のファイナンス(1)
ロスファイナンス:非期待の損失を埋める
手法
保険金:保険金
デリバティブ:先物、オプション等市場への
移転
自己資本:株主の負担
資金の取り入れは資本または負債
:分散の大きな資金は株式で調達
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非期待損失のファイナンス(2)
株式の期待収益率:
会社にとっては資金調達のコスト
(値上がり益は会社の負担なし)
⇒要求される期待収益率(資金コスト)は
リスクの大きさで定まる
リスクと資本コストのコンフリクト:
再びリスクと収益の関係
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資本コスト
大会社の社債は2~4%、株式は値上がりも
含めどの程度ほしいか?
保険会社への投資にどの程度の収益を
望みますか?
国債(risk free)を2%とする
トヨタ自動車は?三菱東京UFJは?
ソフトバンクは?
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ERMに属する分野
リスクの計量、計量手法の確立
:確率・統計、金融工学、ファイナンス、IT
組織、経営の改善、報酬問題
:agency 問題の解決、コーポレートガバ
ナンス、経営学
資本効率の計測
:プライシング、コーポレートファイナンス
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リスクは商売の種
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市場リスクとリターンの基礎理論(1)
市場リスク:市場における価格の変動
市場の存在が前提
需要と供給によってのみ母数が定まる市
場価格は理論化、モデル化が容易
完備な市場の原則
- 完全競争
- 情報の対称
- 摩擦が存在しない
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市場リスクとリターンの基礎理論(2)
市場リスク:市場における価格の変動
- 株式:資本市場
- 金利:長期、中期(国債)、短期(短期国
債、インターバンク)
- 為替
- コモディティ、商品市場:原油、鉱物、穀
物、森林、二酸化炭素排出、(不動産?)
- 信用
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市場リスクとリターンの基礎理論(3)
- マーコヴィッツのポートフォリオ理論
- シャープのCAPM
- ブラック・ショールスのオプション価格理
論
- モジリアーニ・ミラーのMM理論
これらはすべて理論である
モデル化は相当困難(B&Sを除く)
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金融の基本
銀行は、その役割が
信用創造 :信用リスク
長短変換 :流動性リスク
であるがゆえに破たんする
他人にお金を貸すリスク、しかも、長
期にお金を貸すリスク
返ってこないこともある
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銀行の信用問題(1)
信用創造:ファイナンスの本質
経済拡大の源泉
お金を持っているが使い道がない
⇒使い道(収益機会)はあるが元手がな
い
当然に返ってこないこともある
信用度合いの測定、資金の回収に
係る技術の集積・向上
⇒間接金融の長所
直接金融よりシェアが多い理由
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銀行の信用問題(2)
期待損失の範囲内:問題なし
- 信用度合いの測定ミス?
⇒期待損失の測定手法の問題
- 大規模破たんの発生
⇒過大なエクスポージャー
- 信用度合いの変化:環境、社会構
造の変化⇒大災害、疫病、バブルの
崩壊:非期待の損失への対処
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銀行の信用問題(2)
戦争、大災害、疫病:非期待の損失
⇒金融機関の甚大な損失:金融危機
⇒信用の収縮:経済危機
政府による救済策
- 低金利政策、低通貨政策
- 銀行への資本注入、不良資産の買取
- 景気刺激策:公共事業、福祉政策(ど
ちらもばらまき)、戦争、侵略
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信用リスク測定手法
-伝統的スコアリング手法
-信用リスクVaRモデル
-格付遷移分析(CreditMetrics)
-構造型アプローチ(マートンモデル)
-保険数理的手法
-縮約型アプローチ
etc
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構造型アプローチによる指標
構造型アプローチ:企業のデフォルト確率をオプ
ション価格モデルで評価する手法
企業価値が社債残高を下回るとデフォルト
コールオプションを想定
原資産:企業価値
権利行使価格:社債残高
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マートンのデフォルト確率
PD=1-N(d)
d={(ln(V/F)+(r-σ²/2)T)}/σ√T
ここに、V:企業価値(原資産価格)、F:社債残高
(権利行使価格)、r:無リスク利子率、T:負債満
期までの期間、σ:企業価値のボラティリティ
N(d):標準正規分布の累積密度関数
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デフォルト距離
デフォルト確率を求めるデータが得られない場合
が多い。
デフォルト距離(DD)を定め、指標化
DD={ln(V₀/F)}/σ
さらに簡略化したKMVアプローチにより
DD=(E[V]-F)/σ
債務超過までの余裕度と資産変動度合の比率
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ランダムウォーク
またはブラウン運動:微粒子の空間内の
移動モデル
微小時間に微小区間を移動(-1, +1)
一定時間後の位置は正規分布または対
数正規分布に従い、モデル化が可能
微小期間における時系列に発生する事象
の独立、同一分布を前提
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実務への活用
精緻?頑健?母数の選択?
実績値をもとに母数を推計しやすい。。
母数推計のためのデータが利用可能性
モデルの適合度の良しあし
:経験、先験tの一致
ソフトウェアの普及
:有力コンサルタント、格付け会社の採用
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他の健全性指標:LownのZスコア
簡便でわかりやすく、財務諸表から作成できる
E:自己資本
R:経常利益
A:総資産
ROA:総資産利益率
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35
自己資本比率(SM比率、BIS基準)
共通点
政策当局が自己資本の大きさによって健全性
を測る
リスク・ウエイトを乗じて保有資産額を修正した
自己資本比率を指標とし、閾値を設ける
差異
SM比率:保険金支払能力をための自己資本比
率である
BIS基準:特定時点における財務の健全性の比
率
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36
ソルベンシーマージン規制の始まり -EU1980年代:銀行のギアリングレシオ:E/A
1979年:EUのソルベンシー規制:E‘/R[L]
E‘:広義の自己資本
R[L](生命保険)=責任準備金×4%+危険保
険金×0.3%
R[L] (損害保険)=max(過去3年間の損害額の
一定割合;前年収入保険料の一定割合)
37
37
ソルベンシー規制とギアリングレシオ
-リスクの大小を考慮していない
-簡便でわかりやすい
-ショック時の毀損を自己資本でサポートしている
ものは
ギアリングレシオ:資産
ソルベンシー規制:保険金支払
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38
リスク・ファクターに基づく
ファーミュラ方式による自己資本規制
1992年:BIS基準: E‘/R[A]
R[A]:信用リスクアセット相当額
96年にマーケットリスクを追加
1992年:カナダ MCCSR
:E‘/R[A,L]
R[A,L]:必要資本額=信用リスク相当額+保険
引受リスク相当額+予定利率設定リスク相当額
+金利環境変動リスク相当額
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39
リスクファクター方式の拡大
1993年:米国 RBC基準
1996年:日本 ソルベンシーマージン比率
米国、日本の責任準備金計算方式はロックイン
方式であるため、収益状況は安定するが負債の
公正価値評価に対応できない
SM比率は責準の十分性確認は含まれることなく
広まる
40
40
SM比率とBIS基準の差異
負債
SM 責任準備金は評価性引当
比率 金で複数の評価方法が存
在
その十分性確認はSM比
率には内包されていない
BIS 預金額は一意に定まる
基準
資本
自己資本は責
任準備金の評
価方法により、
増減する
自己資本は預
金額によらない
41
41
Question?
お疲れ様でした
42