関東学院大学『経済系』第 227 集(2006 年 4 月) ドイツの銀行システムにおける公的銀行 — 貯蓄銀行および開発復興公庫の政府保証をめぐる EU 欧州委員会との合意— The Official Banks in the German Bank System —Agreement between European Commission and German Federal Government on the Bank Guarantee Obligation— 黒 川 洋 行 Hiroyuki Kurokawa 要旨 ドイツの銀行システムの特徴は,3 つの銀行セクターの並立による分権的なユニバーサルバン クによる銀行構造であるが,とくに貯蓄銀行グループなどの公的銀行のシェアが大きいことが特徴 である。民間商業銀行グループは利益指向型,信用協同組合は組合員指向型,そして貯蓄銀行は公 的任務指向型といった類型化が可能であるが,ドイツでは,こうした 3 本柱による銀行システムが 歴史的に重層的に構築されてきている。とくに,貯蓄銀行グループは,資産規模や貸出債権でみて 最大のシェアをもっており,中小企業金融で大きな影響力をもつほか,地方自治体のメーンバンク として地方財政におけるファイナンスで重要な役割をもっている。EU 欧州委員会との交渉で,貯 蓄銀行のもつ政府保証には一部修正が加えられるなどしたが,政府系の復興開発公庫については政 府保証は存続することになった。銀行システム全体における公的銀行が占める地位には当面大きな 変化はないだろう。 キーワード ユニバーサルバンク,銀行,金融システム,金融市場,貯蓄銀行,政府系金融機関,ド イツ経済,EU 経済,証券市場,ユーロ 1. 2. 3. 4. 5. 6. はじめに ドイツ銀行システムの特徴 貯蓄銀行グループ 復興開発公庫の改編 ドイツの中小企業政策 結語 1. はじめに えた最大の影響は,巨大なユーロ通貨建て共通市 場の出現であった。通貨統合によって域内の為替 ドイツの金融システムにおける最大の特徴は, 変動リスクが消滅したため,債券市場については ユニバーサルバンクによる伝統的な企業支配の強 同じユーロ建てによって市場規模が拡大し,実質 さを背景とした間接金融の優位性にある。そのた 的に流動性の高い共通市場に生まれ変わったので め,ドイツにおいては債券市場や株式市場の発達 ある。そのため,社債市場を中心として,欧州全 が米国などに比較して遅れていることは否めない。 体で活発な起債が行われた(図 1 参照)。 しかし,1999 年の欧州単一通貨ユーロの導入は, また,通貨統合によって誕生したユーロ建て共 欧州資本市場などに対してさまざまなインパクト 通市場をめぐって,域内企業の国際的な競争激化 を与えた。ユーロ導入が欧州の金融システムに与 が惹起された。有力な企業は,クロスボーダー型 — 152 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 (発行残高/GDP) 0.18 0.16 0.14 独 仏 0.12 0.1 0.08 英 EMU全体 0.06 0.04 0.02 0 89 90 91 92 (出所)ECB・BIS・IMF資料 93 94 95 96 97 98 99 00 01 図 1 ヨーロッパの社債市場(発行残高/GDP) の M & A により「規模の経済」を実現し,市場 1) また,2001 年にドイツ保険最大手のアリアンツに シェアの拡大をねらう戦略をみせた 。そして,活 よるドレスナー銀行の買収が決まるなど,金融コ 発化する M & A のファイナンス手段として資本 ングロマリットの動きもある。同グループは 2004 市場からの資金調達が利用されたのである。すな 年に資産規模を 10%拡大し,国内第 4 位からの第 わち,社債市場の急激な拡大の要因として,M & 2 位に躍進している。 A のファイナンス需要という背景があったとみら れる。 さらに,最近では,2005 年 6 月に,ドイツの 4 大 銀行の一角を占めるヒポフェラインス銀行がイタ こうした通貨統合のインパクトは,グローバリ リアのウニクレディト銀行により株式交換方式で ゼーションの波とも重なって,米国をも巻き込ん 統合された。同行は,クロスボーダーの大型 M & だグローバルな金融機関間の競争激化をも引き起 A によって,中東欧に勢力圏をおくスーパーリー こした。民間のメガバンクにおいても,戦略的な ジョナルな銀行をめざすものとみられる2) 。 M & A が多くみられるようになったのである。た しかし,ドイツにおいては,金融システム全体に とえば,ドイツ銀行は,1999 年に米国のバンカー しめる公的金融機関のシェアとその役割が大きい ズトラスト銀行を買収したが,そのねらいは投資 ということも見逃してはならない特徴である。そ 銀行業務の強化による収益構造の向上にあった。 〔注〕 1)たとえば,ドイツテレコム社は 1999 年に英ワンツー ワン(One-2-one)を買収し,2001 年には米ボイス ストリーム社の買収を試みている。また,独マンネ スマン社は,イタリアをはじめ欧州各国の携帯電話 関連会社を買収し,さらに英国の大手携帯電話会社 であるオレンジ PLC を 600 億マルクで買収し,こ れが逆に,英ヴォダフォン・エアタッチ社によるマ ンネスマンの大型の敵対的買収(約 1830 億ドル規 模)につながったのである。 2)ウニクレディトは,1998 年にクレディト・イタリ アーノ・グループと,ウニクレディト・グループの 国内での合併により成立した大手銀行であるが,そ の後,1999 年にポーランド国内第 2 位の大手行で あるバンク・ペカオの株式過半数を取得し,続けざ まに,スロバキアのウニバンカ(Unibanka)銀行お よびブルガリアのブルバンク(Bulbank) ,クロアチ アのザグレブ銀行(Zagrebacka Banka) ,ルーマニ アのデミール銀行(Demirbank),チェッコのジブ ノステンカ銀行(Zivnostenska Banka)を買収する など,明らかに中東欧圏でのプレゼンスを重視した 戦略をとっていることがうかがえる。 — 153 — 経 済 系 第 227 集 して,ドイツの公的金融機関についても,EU 市場 4 他人のための有価証券の売買(証券業 引業務) , 統合のプロセスの深化にともなって,これまで享 5 他人のための有価証券の保管・管理(証券 務) , 受していた政府保証が部分的に廃止されたり,銀 6 「投資会社法」第 7 条 2 項に定める 寄託業務) , 行本店および支店の統廃合による合理化などを迫 7 貸付債権を満期前に取得する 業務(投資業務) , られるようになってきている。 8 他人のための保証等の引受け(保証 義務の締結, そこで,本稿においては,こうしたドイツの公 9 振替勘定取引および決済取引の実行(振 業務) , 的銀行における最近の動向を,ドイツでも最大の 10 投資のため自らのリスクで有価証券を 替業務) , シェアをもつ貯蓄銀行グループと,政府系金融機 11 電子マネーの発 引受けること(債券発行業務) , 関である開発復興公庫(KfW)の 2 つを中心とし 行と管理(電子マネー業務)である。 て分析することとしたい。 そして,これらすべての業務を営むことができ なお,分析を進めていくにあたっての出発点と して次の 3 つの論点を挙げておく。 る銀行が,ユニバーサルバンクである。 ドイツの銀行は,ユニバーサルバンクと専門銀 第 1 に,ドイツにおける公的銀行は,今後もそ 行とに大別される。2003 年末時点でみると,ドイ の公的機関としての地位を維持していくのだろう ツの全金融機関は 2466 行であるが,そのうちユ か。それとも,フランスやイタリアといった他の ニバーサルバンクに属する銀行は 2255 行である。 欧州諸国のように,むしろ民営化という方向に進 他方,専門銀行はわずかに 211 行(8.6%のシェア) んでいくのだろうかとの論点である。 しかない。銀行の数でみた場合,ユニバーサルバ 第 2 に,公的銀行グループと,民間商業銀行グ ンクが全体の 91.4%と圧倒的なシェアを占めてお ループの間で,垣根を越えた M & A などが引き り,いかにドイツでユニバーサルバンク制が浸透 起こされ,銀行システムの再編の動きが起こり得 しているかがわかる。 るのかどうかという論点である。 そして,第 3 には,ドイツの中小企業政策・構 2.2 3 つの銀行セクターによる重層的な銀行構造 造政策との関連で,公的銀行の機能は,どのよう このユニバーサルバンクは,さらに 3 つの銀行 に位置付けられるか,また,公的銀行の相対的な グループに分類される(銀行システムの全体図に 重要性が今後徐々に失われていくことになるのだ ついては,図 2 を参照ありたい)。 まず,第 1 の柱は,民間商業銀行(Kreditbanken) ろうかという論点である。 であるが,これらは主に株式会社の形態をとり,利 2. ドイツ銀行システムの特徴 潤の最大化が行動原則となる。このグループには 2003 年末で 384 行の銀行が属する。いわゆる 4 大 2.1 ユニバーサルバンク制 銀行であるドイツ銀行やドレスナー銀行,バイエ ドイツの銀行システムについては,ユニバーサ リッシェ・ヒポフェラインス銀行,コメルツ銀行 ルバンク制をとっていることがその最大の特徴で は,このカテゴリーに属する。また,プライベー ある。そこでまず,ドイツの銀行システムについ トバンク,外資系銀行支店などもこのカテゴリー て概観しておきたい。ユニバーサルバンクとは, に属する。民間商業銀行グループは,4 大メガバン 預金業務などのほかに,日本では証券会社が行う クに代表されるように,大企業を顧客としたホー 証券業務も兼営できる銀行のことである。 ルセールや,富裕層の個人顧客を対象としたビジ ドイツ信用制度法(Das Gesetz über Kreditwe- ネスを中心とする。 sen)第 1 条によれば,金融機関とは,次に列挙さ 第 2 の柱は,貯蓄銀行グループ(Sparkassen Fi- れた銀行業務を行うことができる企業のことであ nanzgruppe)であり,2003 年末現在で,その数は 1 預金業務, 2 貸付および手形引受 る。それらは, 513 行である。これは,州銀行(Landesbanken)を 3 手形および小切手の買入れ(割 け(信用業務) , 含めた公的銀行グループであり,その目的として, — 154 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 ドイツ連邦銀行 Deutsche Bundesbank ユニバーサルバンク Universalbanken 専門銀行 Spezialbanken 民間商業銀行グループ Kreditbanken 信用協同組合グループ Kreditgenossenschaften 貯蓄銀行グループ (公法上の金融機関) Sparkassen Finanzgruppe 大銀行(4行) 地方銀行・その他信用銀行 プライベートバンク 外資系銀行支店 ドイツ共同組合中央銀行 DZ Bank AG ドイツ自治体銀行 DeKaBank 協同組合中央金庫 Genossenschaftliche Zentralbanken 州銀行・振替中央機関 Landesbanken/ Girozentrale 商工業信用協同組合 Volksbanken 農業信用共同組合 Raiffeisenbanken 民間不動産金融機関(抵当銀行) 公法上の不動産金融機関 特殊課題銀行 特殊課題銀行 民間建築貯蓄金庫 公法上の建築貯蓄金庫 投資会社/その他 貯蓄銀行 Sparkassen (出所)Obst und Hintner [2000] s.451 より作成した。 図 2 ドイツの銀行システム 州内の経済振興支援や州および地方自治体の公的 能についても特質がある(図 3 参照) 。ただし,そ 金融の担い手としての公益性の高い機能をもって うした機能の区分けが明確に規定されているわけ いるほか,国民的貯蓄形成機能,また各地域の中 ではなく,そのため機能が重複している面も当然 小企業へのファイナンス機能が中心的であり,企 ある。 業向け与信業務などでグループ全体で民間商業銀 行を凌駕するほどの市場シェアをもっている。 この 3 本柱の銀行システムについて,各銀行グ 1 民間商業銀行は利 ループの特性に着目すると, 第 3 の柱は,信用協同組合グループ(Kred- 2 信用協同組合は組合員指向型, 3貯 益指向型, itgenossenschaften)である。同グループは,協同 蓄銀行は公的任務指向型と分類することが可能で 組合という組織形態であるが,地域経済に根ざし あろう。 た中小企業・リテール中心のビジネスを中心とし ドイツでは,こうした 3 本柱の銀行システムが, ている。信用協同組合の数は,年々減少傾向にあ 歴史的に重層的に形成されてきている。このこと るものの,2003 年末で 1366 行と圧倒的に多い。こ は,単に貯蓄銀行グループや信用協同組合グルー の上部決済機関として 2 つの協同組合中央金庫が プに属する銀行の総数が多いだけではなく,総資 あり,さらにグループの最上部機関としてドイツ 産ベースでみたドイツ国内銀行のトップ 30 位ま 信用協同中央銀行(DZ Bank AG)を擁し,三層 構造をもっている。そして,同グループは今日で は組合員以外に対してもリテール中心の一般的な 銀行業務を行っている。 信用協同組合 Kreditgenossenschaften 中小企業金融 地域経済振興 このように,ユニバーサルバンクは 3 つのグルー プに大別されるが,これは,一般的に “3 本柱に 貯蓄銀行・州銀行 Sparkassen/Landesbanken 州・地方自治体の公的金融 国民貯蓄形成 よる銀行システム”(Drei Säulen des Deutschen Bankensystems)と呼ばれている。 民間商業銀行 “3 つの柱” を構成する各銀行グループは,同じ Kreditbanken 高所得の顧客層 大規模事業融資 ユニバーサルバンクに属しているが,歴史的に独 自の発展過程をもっており,したがって,その機 図 3 3 大銀行グループの並立とその伝統的機能分担 — 155 — 経 表 1 済 系 第 227 集 ドイツ国内金融機関(本店)数の推移 (出所)ドイツ全国銀行協会資料より作成した。 でのランキングのなかに,民間商業銀行以外で, まず,総資産ベースでみると,2003 年末における 利潤の追求を主たる目的としない貯蓄銀行グルー ドイツ金融セクター全体の総資産は,約 7 兆 1700 プおよび信用協同組合グループに属する銀行が 15 億ユーロであるが,このうち,州銀行を含む貯蓄 行も占めていることからも根拠づけられる(2003 銀行グループは 36.1%で最大のシェアをもち,上 年末)。 述の 4 大メガバンクを含めた民間商業銀行グルー 総じて,ドイツの銀行システムは,歴史的に異 プの同 31.2%を上回り,3 つの銀行グループのな なる発展過程をもつ 3 つの銀行グループの並存に かでも資産規模が最大の銀行グループとなってい よる「分権的な」構造をもっているということが ることが注目される(図 4 参照)。 できよう。 次に貸出債権ベースでみると,貯蓄銀行グルー 他方,専門銀行については,民間の専門銀行と, プは公的銀行であるにもかかわらず,民間企業お 公的な専門銀行に大別される。民間の専門銀行と よび個人向け貸出債権が 39%と最大のシェアをも しては,民間の不動産金融機関(抵当銀行)や建 ち,民間商業銀行グループの同 27%を上回ってい 築貯蓄金庫,投資会社などがある。公的な専門銀 特殊課題 7.4% 行としては,公法上の不動産金融機関および建築 貯蓄公庫のほか,開発復興公庫(KfW)に代表さ れる特殊課題銀行がある。 なお,各銀行グループの本店数の推移について 抵当銀行 12.3% 信用協同組合 10.6% 貯蓄銀行 36.1% は表 1 を参照ありたい。 民間商業銀行 31.2% 2.3 貯蓄銀行の位置付け ここでは,公的銀行たる貯蓄銀行グループが銀 行システム全体のなかでいかなる位置を占めてい るかを述べることとする。 図 4 総資産に占める銀行グループのシェア (2003 年末現在:ドイツ連邦銀行月報統計資料 より作成) — 156 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 信用協同組合 グループ 17% 特殊課題銀行 5% たとえば,バーデン・ヴュルテンベルク州銀行 貯蓄銀行グループ 39% は,総資産規模約 3400 億ユーロ,従業員数 1 万 2 千人を擁する国内第 6 位の堂々たる大手ユニバー サルバンクに数えられる。次いで第 7 位にはバイ エルン州銀行,また第 9 位には WestLB がそれぞ 民間商業銀行 27% れ位置している(2004 年末)。 抵当金融機関・ 建築貯蓄金庫 12% 図 5 法人および個人向け貸出の各銀行グループ別シェ ア (2004 年末現在:ドイツ連邦銀行統計より作成) 貯蓄銀行グループ 3. 3.1 貯蓄銀行の概要 ドイツ銀行システムにおける最大の銀行グルー プである貯蓄銀行グループについて,ここではさ るのである(2004 年末現在:図 5 参照)。 さらに,銀行の収益性について各グループを比 らに詳しく述べていくこととする。貯蓄銀行とは, 較すると,2000 年における貯蓄銀行の自己資本利 国民的な貯蓄および財産形成の促進を理念とし, 益率は約 13.4%で,各グループ中で最も高く,他 ユニバーサルバンクの 1 つとして法律的に許容さ 方,民間商業銀行では約 8.2%にとどまる。2003 れたすべての銀行業務を行う金融機関のことをい 年のデータでみても,やはり貯蓄銀行が最も高く う。そして,ほとんどの貯蓄銀行は,公法上の事 約 11.1%であった。他方,民間商業銀行では,約 業体である。すなわち,それらは,公法上の団体 −6.2%に落ち込んでいる。総じて,貯蓄銀行の収 たる市(Städten) ,地方自治体(Gemeinden) ,郡 益性は高くかつ安定的であることは注目されよう (Landkreisen)が出資しその組織維持を保証して いるため,公的銀行と位置づけられるのである。 (表 2 参照)。 なお,こうした公法上の貯蓄銀行の他に,いくつ かの自由貯蓄銀行(freie Sparkassen)が存在し, 2.4 州銀行の位置付け 次に,貯蓄銀行グループに属する州銀行について 3) 述べる。ドイツ全体で 2005 年末現在で 11 行 を 数える州銀行は,連邦各州政府および当該地域の これらは私法上の団体たる財団(Stiftung) ,社団 (Verein) ,もしくは株式会社(AG)として運営さ れている。 貯蓄銀行連合会(Sparkassenverband)などの出資 貯蓄銀行グループは三層構造によって成り立っ により設立される公的銀行であり,1 つまたは複数 ている。第一義的な下部組織としては,地域毎に にまたがる州政府の銀行業務の支援,および当該 多く存在している貯蓄銀行(自由貯蓄銀行を含む) 州経済の振興について州政府を支援するという公 が位置づけられる。これらは 2003 年末で 489 行 的任務を与えられている。この意味において,州 存在する。第二の中間段階には,いわゆる振替中 銀行は各州政府のハウスバンクとしての公的機能 央機関(Girozentralen)が位置するが,この機能 をもっている。同時に,州銀行は貯蓄銀行間の決 を担っているのは州銀行である。近年,州銀行間 済業務のための振替中央機関(Girozentralen)の の合併などによって州銀行の数は,必ずしも連邦 機能をあわせもっている。さらに,州銀行もユニ 16 州と 1 対 1 で対応しているわけではない。そし バーサルバンクの 1 つとして,国際的な業務を含 て,同グループの最上位機関として,ドイツ自治 めて,他の民間銀行と同じ銀行業務をも行うこと 体銀行(DekaBank)がある。この銀行は各州銀行 ができるのである。 等が 50%,貯蓄銀行連合が 50%をそれぞれ出資し ており,投資銀行業務などホールセールを中心と 3)このうち,HSH–NORD 銀行は形態こそ株式会社で あるがハンブルク州などの州銀行の機能をもつ。 した業務を行っている。 — 157 — 経 済 系 第 227 集 表 2 自己資本利益率(各銀行グループ別) (単位:%) [出所]Deutsche Bundesbank, Monatsbericht Sept. 2004 3.2 貯蓄銀行の歴史的沿革 3.2.1 1836 年には約 300 行ほどであった貯蓄銀行は, 18 世紀における民間の貯蓄銀行の設立 歴史的にみると,貯蓄銀行が設立された端緒は, 1860 年にはその 4 倍の約 1200 行へ,さらに 1913 年には約 3100 行に達する急激な増加をみせた。い 18 世紀後半における貧困問題に対する領邦諸侯な ずれにせよ,貯蓄銀行は,ドイツ経済史上の産業 どによる改革の取り組みにまでさかのぼる。低所 資本成立にいたるプロセスのなかで,18 世紀の段 得国民層に対して,小額の資金が安全にかつ付利に 階から,国民的な貯蓄・財産形成や中小企業に対 て預金可能となるような機会が与えられるべきで する信用業務といった課題を解決すべく設立され, あり,また,自己資金が不足しているような個人に その意味で,産業資本との関係性が強かった民間 対して低利にて融資を行うことが可能となるよう 商業銀行とは別の独自な発展をとげてきたという な国民的金融機関が求められたのである。ドイツ 歴史を有する。 における最初の貯蓄銀行は,1749 年,サレム帝国 そして,20 世紀初頭には,振替中央機関の設立 修道院によって孤児年金の管理運用を目的として により貯蓄銀行間の振替決済業務が可能となり, 設立されている。その後,民間では,“Patriotische また 1950 年代には個人向けローンを開始するな Gesellschaft”(愛国的結社)によって 1778 年にハ ど金融機関としての発展をとげてきた。 ンブルクで貯蓄銀行が設立されるなど,ドイツ各 地で徐々にその数が増加した。 3.3 公益性原則 貯蓄銀行は,連邦各州の法律(Sparkassengesetze) プロイセンにおける貯蓄銀行の発展 等によって,公益的な課題を果たすべきことが法的 最初の公的な貯蓄銀行は,ナポレオン戦争直後の に規定されている。すなわち,貯蓄銀行の大きな特 3.2.2 1801 年にゲッティンゲンで設立されている。そし 徴として,その銀行業務遂行における公益性がある。 て 1818 年には,プロイセンにおける最初の地方自 これを「公益性原則」 (Gemeinnützigkeitsprinzip) 治体の貯蓄銀行(kommunale Sparkasse)として, という。この点において,株式会社形態であって ベルリンの都市貯蓄銀行(Städtische Sparkasse) 利潤の追求を原則とする民間商業銀行と,公益性 が生まれたのである。この銀行の保有者(Träger) をもつ貯蓄銀行とはその性格を大きく異にする。 はベルリン市であり,この貯蓄銀行の負債につい ての責任を負っていた4) 。 行は安全確実な預金の受け入れ機関として機能す そして,1838 年にプロイセン貯蓄銀行法が成立 すると,プロイセンの 234 行すべての貯蓄銀行の 法的な独立性が明確に規定され,それぞれの地方 5) 自治体の管轄下に位置づけられることになった 。 4)Adrian/Heidorn, [2000], s.26. 5)Hackethal, [2004], s.78. 具体的な公益性の要請として,第 1 に,貯蓄銀 ることを通じて,国民の貯蓄および財産形成を促 進しなければならない。 この伝統的に形成され,かつ法的な裏付けをも つ公益性の原則は,貯蓄銀行の受信業務および与 信業務に対し,大きな影響力をもっている。具体 的には,資産の部について,自己勘定での株式投 — 158 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 表 3 貯蓄性預金(各銀行グループ別) (単位百万 Euro) [出所]Statistisches Bundesamt Deutschland 統計資料より作成した。 資や外国為替売買,貯蓄銀行セクター以外に対す いるが,貯蓄銀行グループは,実に全体の 53.4%の る出資などの一般的にリスクが高いランクに位置 シェアを占めており,民間商業銀行グループの同 づけられている投資業務などは原則的に禁止され 16.5%の約 3 倍となっていることがわかる7) 。 ている。また,個人向け融資などの業務について も,他の金融機関以上に厳しい業務上の制約を受 3.4 地域原則 けている。同時に,貯蓄銀行は,貸出業務などにつ 第 2 に,貯蓄銀行は,その保証義務を担う公的 いて当該地域経済がもつ資金的需要について,そ 主体(Gewährträger)の管轄地域と同一であるそ の需要を満たすべく配慮しなければならないので の活動可能地域において,与信業務などの金融業 ある。 務を確実に提供しなければならない。これを貯蓄 また,企業に対する資本参加についても,貯蓄 銀行は大きな制約の下に置かれている。すなわち, 銀行の「地域原則」 (Regionalprinzip)という。 この地域原則によって,各地域の貯蓄銀行は,そ 民間商業銀行が一定割合まで資本参加を許容され の地理的な活動範囲を上述のとおり制限されるた ているのに対し,貯蓄銀行については,連邦州法 め,少なくとも貯蓄銀行間における競争が惹起さ によって企業資本の取得および保有が完全に禁止 れることはないといえる。かわりに,貯蓄銀行は, されているのである6) 。 その業務の推進にあたって,とくに中小企業や低 貯蓄銀行は,上述のとおり公益性原則に支配さ 所得層の国民について配慮しなければならない。 れるが,1 つのユニバーサルバンクであって,競争 地域原則は,貯蓄銀行が当該地域の中小企業を主 関係におかれる企業として営業余剰金を獲得した な顧客として長期的・継続的なリレーションシッ り,準備金を積みあげることは,必ずしもその公 プ・バンキングを行うための基盤となっている。 益性に反するものとはされていない。ただし,こ れらは,資本の部の重要な構成要素として組み入 れられる。 3.5 地方自治体に対するファイナンス機能 貯蓄銀行は,上記の公益性原則および地域原則 他方,受信業務については,貯蓄銀行は,上述の との関連において,地方公共団体に対する信用供 とおり貯蓄と財産形成の促進という基本的方針に 与の機能を果たさなくてはならない。それは第一 従わなくてはならない。そのため,貯蓄銀行の負債 義的には,保証義務を担う公的主体(Träger)を の部においては,従来から貯蓄性預金(Spareinla- 対象としたファイナンスであるが,それにとどま gen)などを中心とした長期的預金が伝統的に大き らず,たとえば,ある郡のなかにおける市町村を なウェイトを占めている。表 3 には,2003 年末の ドイツの全金融機関における貯蓄性預金を示して 6)Nikolov, [2000], s.85. 7)なお,ドイツ連邦郵便貯金事業が民営化されたポス トバンクでは,わずかに同 5.6%を占めるに過ぎな い。 — 159 — 経 済 系 第 227 集 表 4 ドイツ連邦・州・地方自治体の債務残高 (単位:百万ユーロ) [出所]Deutsche Bundesbank, Monatsbericht, Nov 2004, s.55. より作成したもの。 注 1)中 期 債 は 次 の 債 券 の 合 計:U-Schatzanweisungen, Obligationen, Bundesschatzbriefe. 2)その他項目には,ドイツ統一基金,補償基金,ERP 特別財産,連邦鉄道財産など が含まれる。 対象とした信用供与を行うこともできる。 保証主体たる地方自治体が要請する公的な業務の いずれにせよ,貯蓄銀行は,この意味において 遂行,すなわち当該活動地域の公益に資するよう 当該貯蓄銀行の保証義務主体である地方自治体の な銀行業務の実施があり,他方で,ユニバーサル いわばメーンバンク(Hausbank)として機能して バンクの 1 つとして,民間商業銀行と同じく市場 いるということが可能である。 競争的な業務に従事しているということである。 ドイツの地方財政においては,州政府および地 これら 2 つの銀行業務は一見すると互いに相容 方自治体レベルの歳入における負債調達において, れないような性質を有しており,同一の金融機関 公債発行のシェアが低く,逆に銀行からの直接的 でこうしたかたちで二重に業務を行えるというこ な借入金によるファイナンスの比率が高いことが とには問題があるようにみえるが,必ずしもその 大きな特徴である。 ように捉えられるべきではなく,1 つの金融機関 ここで,2003 年末における政府債務残高の構成 が同時にこの 2 つのタイプの業務を担うことで, をみると,連邦政府については,国債発行による債 むしろ銀行経営上の相乗的なシナジー効果が生ま 務が全体の 93.2%にものぼり,銀行借入のシェア れるものと考えられる。 はわずかに 5%しかないが,他方,州政府について たとえば,貯蓄銀行が,民間商業銀行が行うの は,銀行借入が全体の 58%を占める。さらに,地 と同様な競争的な業務に携わることを通じて,市 方自治体(Gemeinden)については,実に銀行借入 場技術や経営知識のノウハウを取得することにつ が全体の 97%を占めるかたちとなっている(表 4 ながり,むしろ,そこで得た民間企業的なノウハ 参照)。 ウを公益性を充足するような公的業務の効率的な そして,地方財政の公的金融を担っているのが, 上述のとおり州および地方自治体のハウスバンク 推進のためにフィードバックして役立てるという ことも可能だからである。 として機能している貯蓄銀行・州銀行なのである。 貯蓄銀行に対する政府保証 これらの銀行は,債務証書貸付(Schuldscheindar- 3.7 lehen)などを中心とした与信業務を行っている。 3.7.1 3.6 貯蓄銀行がもつ機能の二重性 地方財政に対してそのハウスバンクとしての重要 保証責任と組織維持責任 上述のとおり,貯蓄銀行グループは,ドイツの これまでの検討から,貯蓄銀行に与えられた機 な位置付けをもっている。その背景には,地方自 能には二重性があるといえる。すなわち,一方で 治体と貯蓄銀行が,政府保証に関して,次に述べ — 160 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 るような密接な相互関連性を有していることがあ げられる。 となると解されているからである。 現実的には,保証責任主体がその義務を履行す ここでまず,保証責任を担う主体について述 るケースは,その保証責任主体が当該金融機関の べる。保証責任主体(Gewährträger)とは,ある 解散を決定するような場合に限られる。しかし, 貯蓄銀行または州銀行・振替中央機関(Landes- 実際的にそうした特殊なケースは歴史的には一度 bank/Girozentrale)の負債について肩代わりする も起こっていない。 ことを保証する,郡や町村などの公法上の団体の そこで,保証責任の実際的な意義は,それが組 ことをさす。なお,地方自治体貯蓄銀行(Gemein- 織維持責任の実現をより確実にするための実定法 schaftssparkassen)などでは,複数の保証責任主体 上の根拠として機能しているという点にあるとい を有することもある。 える。 次に, 「保証責任」 (Gewährträgerhaftung)とは, 法令で規定された,保証責任主体による貯蓄銀行 3.7.3 保証責任の廃止等をめぐる EU 委員会と の合意 または州銀行・中央振替機関の負債を保証する無 制限の責任のことである。債権者は,自らの債権 1993 年に発効した EU 条約 87 条 1 項は,共同 について当該金融機関が保有する資産からの請求 体の域内における競争を阻害する要因としての国 では不足が生じる部分に限り,保証責任主体に対 家援助(state aid)を禁止している。そこで,ド して残余の請求権を有する。 イツの公的銀行に対する上述の 2 つの政府保証が, 他方, 「組織維持責任」 (Anstaltslast)とは,あ この国家援助に抵触するかどうかが問題とされた る施設・機関の保有主体が,当該機関との内部的 のである。そして,1999 年に欧州銀行連盟は,こ 関係性において,当該機関が与えられた機能を果 れら 2 つの政府保証が公正な競争を歪曲するもの たすことができるために必要とされる資金的手段 として欧州委員会に対し不服申立てを行ったので を提供する義務のことである。 ある8) 。 EU 側とドイツ当局の交渉が行われた結果,2001 3.7.2 保証責任と組織維持責任の相違点 年 7 月 17 日に両者の合意がなされた(通称「ブ ここで,保証責任と組織維持責任の両者間にお ラッセル合意」)。この交渉に際しては,ドイツ側 ける法的性格上の相違点について言及するならば, から連邦財務省,州財務大臣およびドイツ貯蓄銀 保証責任は,その目的を当該保証主体による「対 行振替連合(DSGV)が参加した。合意の概要は 外的な」債権者保護に向けているのに対し,組織 次のとおりである。 維持責任は,その目的を当該保証主体による貯蓄 銀行・州銀行に対する「対内部的な」組織維持の 1 保証責任については,廃止されること まず, になった。 2 組織維持責任については,これを改正し 次に, ための資金提供においていることである。 ただし,保証責任については,相対的な法的重 て通常の市場経済的な所有関係を確立する旨合意 要性が低いといえる。これは次の理由による。保 がなされた。すなわち,組織維持責任主体は,資本 証責任は,当該貯蓄銀行または州銀行の資産より 注入などを行う場合,当該措置がその銀行にとっ も負債が超過し,したがって債権者の請求権を完 て市場経済的な合理性に合致するようなときに限 全に充足しえないない状態になった場合にはじめ り行うことができるという条件をつけられること て,債権者が保証責任主体に対して請求権を行使 できるというものである。しかるに,組織維持責 任主体が,保証責任を履行することは,超過負債 分を補填するための組織維持責任義務によってそ れを満たすことができない場合に,はじめて可能 8)当 初 は ,Westdeutsche Landesbank (WestLB), Stadtsparkasse Köln, Westdeutsche Immobilienbank を具体的訴訟対象としていたが,最終的には ドイツ国内の公的銀行一般を検討の対象とするよう になった。 — 161 — 経 済 系 になったのである。 第 227 集 der Landesbausparkassen) そして,その実施については,次のような漸進 仮に,ある貯蓄銀行が危機的状況に置かれた場 的なプラットフォーム・モデルにより行われるこ 合,これら 3 つの基金が全体として組織維持のた とが取り決められた。 めに利用できるようになっている。つまり,ある 基金の支援だけでは不足するような場合には,他 i)2005 年 7 月 18 日までは,これまでの 2 制度 はそのまま維持される。 の基金の資金も補完的に使用できるようになって いる。 ii)2001 年 7 月 18 日時点で存在している公的金 融機関の負債は,その償還期限まで保証責任 制度が適用される。 したがって,ブラッセル合意によって保証責任 が廃止された後も,このように貯蓄銀行の債権者 に対する保護は制度的に十分に担保されており, iii)2005 年 7 月 18 日までの移行期間内に発生する 負債については,当該負債の償還期限が 2015 各預金者等は償還期限までに全額の補償を受ける ことができるような仕組みが確立されている。 年 12 月 31 日を越えない限りにおいて保証責 任が適用される。 3.8 iv)2005 年 7 月 19 日以降に発生するすべての負 債については,保証責任は適用されない。 3.8.1 ブラッセル合意の影響 預金者保護の側面 ここでは,ブラッセル合意が貯蓄銀行の預金者 保護などに与える影響について述べることとする。 3.7.4 預金者等の保護措置 まず,保証責任が廃止されることについては,実 そもそも,ドイツにおいては,全国的に統一さ 際的には,預金者保護の観点における問題点が生 れた預金保険機構は存在しない。ドイツの金融の じるとは考えられず,現実的な影響はほとんどな 歴史においては,民間商業銀行グループ,貯蓄銀 いものといってよい。なぜなら,前節で述べたと 行グループ,信用協同組合グループの 3 つのカテ おり,従来から貯蓄銀行グループの預金保険機構 ゴリーに属する金融機関が,それぞれ独自の沿革 が存在し,ここにおいて,すでに十分な預金者保 をみせており,これに応じて預金保険制度につい 護の枠組みはできているのである9) 。また,保証 ても,分権的に形成されているのである。 責任主体が,その義務を実際に履行しなければな 保証責任が廃止された後も,貯蓄銀行の預金者 らないケースとは,その保証責任主体が当該金融 等保護に関する枠組みは,従来からの貯蓄銀行グ 機関の解散を決定するような極端な場合に限られ ループが有する預金保険機構に依存しているとい るが,現実には,そうした特殊なケース,すなわ う点にはなんら変わりはない。 ち貯蓄銀行が債務超過に陥ったことは,歴史的に 公法上の貯蓄銀行については,法律により当該 一度もないのである10) 。 地域にそれぞれ存在する貯蓄銀行・振替連合(re- 次に,組織維持責任が,市場経済的なものに改 gionaler Sparkassen- und Giroverband)に加入し 定されることについて,組織維持責任主体が,将 なければならないが,同連合が預金者保護等のた 来的に貯蓄銀行の経営維持のために資本を注入し めの基金を運営している。 なければならない場合には,それが経済的に見合 貯蓄銀行グループの預金保険機構については, 次の 3 つがある。 1 各 地 域 の 貯 蓄 銀 行 預 金 保 護 基 金(regionale う場合に限り(つまり投下資本からの収益が見込 まれるような場合に限り) ,これを実行できるとい うものであるが,これも現実的な意味合いはあま Sparkassenstützungsfonds) 2 州銀行の保全準備(Sicherungsreserve der Landesbanken und Girozentralen) 3 州建築貯蓄公庫の預金保護基金(Sicherungsfonds 9)貯蓄銀行の預金保護の枠組みでは,顧客預金等に対 し特に上限を設けず 100%保証される。 10)Deutscher Sparkassen- und Giroverband, [2005], s.2. — 162 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 りないといってよいだろう。なぜなら,貯蓄銀行 しかに,EU 側とのブラッセル合意がなされた直 は,すでにこれまでも厳しい市場競争のなかで自 後の 2002 年には,貯蓄銀行は,グループ全体の 己資本を自力で十分に積み上げてきており,さし 経営戦略として,収益性の向上,統廃合によるコ あたり外部から資本注入が必要になるとは一般に スト削減,貯蓄銀行・州銀行・州建築貯蓄公庫の 想定されていないからである。 連合の組織力の改善といった基本方針を決定して むしろ重要なことは,この合意においては,公 いる12) 。特に,州銀行については,収益性の向上 的な組織維持主体の制度については「廃止」するの が,戦略的な重要性を増すことになろう。なぜな ではなく, 「修正された」上ではあるが,存続させ ら,上述のとおり,国際的な格付け機関が州銀行 ることが決まったわけであり, 「地域原則」といっ の格付けを従来よりもやや引き下げるという動き た他の基本的性格とともに,それが引き続き維持 もみられているからである。 されることになったということである。換言すれ この点に関し,IMF の試算によれば,州銀行の総 ば,このブラッセル合意が,ドイツの公的銀行の 資産利益率(ROA)は,政府保証がない場合には 構造的な性格を抜本的に変革するといったインパ 0.08 ないし 0.12 ポイント低下するという。1998 年から 2002 年までの 5 年間平均でみると,州銀 クトを与えたというわけではないのである。 行の総資産利益率は 0.17%であったが,この水準 3.8.2 州銀行の格付け を維持するためには,今後収入が 20%から 40%増 ブラッセル合意は,預金者保護との関連ではあ まり大きな影響を与えないものの,資本市場との 関連では,州銀行が発行する債券等の格付けにつ 加するか,または人件費を 30%から 80%削減する ことが必要だという13) 。 したがって,州銀行は,これまで以上に収益性 の向上やコスト削減への取り組みを強化していく いて影響を与えたといえる。 具体的には,政府保証がない債券の場合には,信 ことが考えられるが,こうした要因を背景として, 用リスクの上昇にともない州政府に与えられる格 すでに水平的な州銀行の M & A の動きがみられ 付けが引き下げられている。フィッチ IBCA 社に ている。 よる州銀行の格付けは,政府保証がある場合には すでに 1999 年には南西ドイツ・ランデスバンク 最高ランクのトリプル A を取得しているが(なお, とバーデン・ヴュルテンベルク州銀行の合併が行 民間最大手のドイツ銀行は AA) ,政府保証がない われている。2002 年になると,西ドイツ州銀行が 場合には,A プラスに 2 段階下げされている。こ 分社化に踏み切り,民間銀行と同じ活動を行うた れに応じて信用リスクプレミアムが上昇し,この めの WestLB 株式会社と,ノルトライン・ヴェスト ため資金調達コストが上昇することになるが,こ ファーレン州銀行に分割された。そして 2004 年 3 れが従来から相対的に低かった州銀行の収益構造 月 31 日の州法の発効によりこれが NRWBank に をさらに圧迫する要因となる11) 。 改編されている。また,ハンブルク州銀行とシュ レスヴィヒ・ホルシュタイン州銀行が統合して, 3.8.3 貯蓄銀行・州銀行における統廃合の動き 1990 年代央より,貯蓄銀行セクターにおいても, HSH ノルトバンク株式会社として再編された。 また,垂直型の M & A の動きもある。ザクセ 貯蓄銀行間の統廃合の動きがみられている。これ ン州内の複数の貯蓄銀行およびザクセン州銀行が は,経営合理化を主な目的とする,どちらかとい 統合して,ザクセン・ファイナンスグループとい えば「防衛的な M & A」というべきであろう。た う金融持ち株会社が設立された。 ただし,上述のとおり,貯蓄銀行には当該地域 11)DIW によれば,1994 年から 2002 年までの州銀行 の自己資本利益率の平均値は 8.2%で,全銀行の同 11.5%を下回り,各銀行グループのなかでも最も低 いとのデータが示されている。 12)Deutscher Sparkassen- und Giroverband, [2005], s.16. 13)Bundesverband deutscher Banken, [2003], s.18. — 163 — 経 済 系 第 227 集 に活動範囲が限定されるという地域原則が妥当し て吸収してしまい,結果的に,民間銀行の肥大化, ているため,州を越えた貯蓄銀行間の M & A に すなわち,メガバンクをより巨大化させ,銀行市 まではつながらないものとみられる。 場の集中化・寡占化へとつながるだけではないの また,注意すべきは,3 つの銀行グループの間 において,ある貯蓄銀行が民間商業銀行によって かとの懸念があるというものである。 この点に関し,仮に,ドイツの 4 大メガバンク 買収・合併されるような事態は,現在のところ事 が貯蓄銀行の営業資産の約 50%を取得した場合, 実上不可能である点である。なぜなら,組織維持 ドイツ国内全体の信用業務の約 40%がこれら 4 大 責任主体が当該の貯蓄銀行を譲渡することは,法 メガバンクに集中するとの試算がある14) 。いずれ 的に禁止されているからである。 にせよ,こうした貯蓄銀行の民営化の是非につい この点に関し,たとえば,2004 年には Hanses- ては,ドイツにおいては国民的なコンセンサスを tadt と Stralsund がこうした M & A を試みたが, 得られるまでには至っておらず,また先のブラッ メクレンブルク・フォアポメルン州は,貯蓄銀行 セル合意でも組織維持責任は修正されたものの存 の資産を新たな財産所有者に対して売却すること 続されるということが合意されたこともあり,当 を禁止し,他の既存の貯蓄銀行への統合に対して 面はこうした方向性に議論が進む可能性は低いも 優先権を付与する州法を短期間で制定したという のと考えられる。 ケースがあげられる。 3.10 貯蓄銀行グループの重要性 3.9 貯蓄銀行グループ民営化の是非をめぐる議論 貯蓄銀行グループは,地方政府の公的金融を担 貯蓄銀行グループの民営化の是非に関する議論 う公的銀行としての機能を有するが,単にそれに は,これまで,主に民間商業銀行側においてこれ とどまらず,地方自治体が当該貯蓄銀行の経営維持 を推進すべきとの見解がみられていた。上述の欧 を保証する責任を負っているという点において,ド 州委員会に対する提訴も,貯蓄銀行の民営化まで イツの分権的な統治機構における地方財政にとっ をも視野に含めた幅広い議論のなかでなされたも て不可欠な構成要素として位置付けられる。 のであり,むしろドイツの民間銀行側のイニシア 第 2 に,貯蓄銀行の地域原則による地方経済振 興への寄与,また分権主義的な営業活動地域の制 ティブによるものであった。 上述のとおり,貯蓄銀行が公的銀行たる地位を 限,あるいは州銀行・中央振替機関の連結による もっている限り(すなわち組織維持責任主体が存 貯蓄銀行グループ内部のネットワークにより,ド 在する限り) ,それが民間商業銀行に譲渡されると イツ連邦各州間あるいは各地域間の経済的格差の いうことは禁止されており,したがって,民間商 是正といった構造政策を実現する不可欠の構成要 業銀行は,州銀行や貯蓄銀行を買収・合併するこ 素と考えられる。 とは不可能である。したがって,貯蓄銀行が民営 ここで,ドイツの経済構造の特徴について述べ 化されるということは,組織維持責任主体から離 ると,まず連邦的なシステムに基づいていること れることを意味し,その場合にはじめて,民間銀 があげられる。また,数多くの中小企業がドイツ 行などが州銀行や貯蓄銀行を買収・合併の対象と 経済を支える主な経済主体として大きなシェアを することができるのである。 もつ点も,第 2 の特徴である。そして,貯蓄銀行 民営化に反対する側の立場からは,ドイツの競 は,中小企業をその主たる顧客層としており,中 争政策上の観点から,次の論拠が挙げられている。 小企業のハウスバンクとして機能している。した すなわち,公的銀行たる貯蓄銀行が民営化されれ がって,貯蓄銀行グループが, 「地域原則」に基づい ば,民間商業銀行は,みずからの利潤極大化原則 て連邦各州内に分散して存在していることによっ に基づき,とくに収益性が高いと見込まれる魅力 的な貯蓄銀行や州銀行だけを M & A 活動によっ 14)Landesbank Hessen-Thüringen, [1999]. — 164 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 KfW Bankengruppe 総融資額:629億ユーロ (2004年) KfW支援銀行 KfW Foerderbank 54.8% 住宅/環境保護/インフラ KfW中小企業銀行 KfW Mittelstandsbank 22.3% 開業資金/メザニンファイナンス KfW開発銀行 ドイツ投資開発銀行DEG(4%) (DEGはKfWの100%子会社) 開発途上国援助 KfW輸出開発銀行 KfW IPEX-Bank 18.9% 輸出金融/プロジェクトファイナンス (出所)KfW [2005] より作成した。 図 6 KfW グループの組織図 て,各地方における中小企業に対する金融サービ しており,法人税を課税されないなど公的銀行と ス需要が,くまなく吸収されるというメリットが しての特殊な地位をもっている。 ある。 また,貯蓄銀行は,それぞれの地方自治体のパー トナーとして,地方経済が発展をとげるための平 4.2 KfW の政府保証をめぐる EU 側との合意 この KfW が有する政府保証についても,貯蓄銀 等な機会を提供することに有効に機能している。 行グループに引き続いて欧州委員会とドイツ連邦 こうしたことから,貯蓄銀行は,ドイツの連邦的・ 財務省との間で議題となり,2003 年 3 月 1 日付け 分権的な経済構造における重要な構成要素として で合意に至った。その結果,保証責任ならびに組 組み込まれているとみることが可能である。 織維持責任の双方が,KfW が開発振興等の政策目 また,貯蓄銀行の預金者保護等の枠組みについ 的を有する機関であるとの観点から,引き続き適 ては,顧客からの信頼性醸成に役立つことを通じ 用されることとなった。ただし,KfW の助成事業 て,ドイツの銀行システム全体の安定性に大きく の範囲を越えている部門(具体的には輸出金融や 貢献しているものといえる。 プロジェクトファイナンスなど)については,法 的に独立した子会社に対し,2007 年末までに営業 4. 復興開発公庫の改編 譲渡しなければならない旨合意された。 欧州委員会との合意を国内的に実現するための 4.1 復興開発公庫の概要 実施措置として,2003 年 7 月「助成金融機関の新 復興開発公庫(KfW: Kreditanstalt für Wieder- 構築に関する法律」が成立した。この法案の可決 aufbau)は,中小企業やベンチャーキャピタル,住 をうけ,KfW は,最終的に本体を 5 つのラインに 宅供給,環境保護,開発協力,技術革新といった分 分けた新たな「KfW バンクグループ」というかた 野で助成事業を推進する公的機能を与えられた政 ちに組織変更を行った(図 6 参照)。それととも 府系金融機関であり,上述のカテゴリーでは,ユ に,同じく政府系金融機関であったドイツ平衡銀 ニバーサルバンクではなく専門銀行のなかの特殊 行(DtA)を KfW に統合することも決められたの 課題銀行に属する。同行は,欧州共同体の利益促 である。 進に資するプロジェクトや輸出金融なども手がけ 1 KfW 中小企 具体的には,まず助成機関として, る。その保有関係は,連邦政府 80%,連邦各州が 業銀行(KfW-Mittelstandsbank)が,中小企業向け 20%の割合で公的所有となっている。2004 年末の 企業融資,リスクキャピタル供給,技術革新向け融 総資産は約 3038 億ユーロで,国内第 8 位の大手 2 KfW 助成銀行(KfW-Förderbank) 資を担当し, 銀行の一つである。 が,住宅ローン,環境保護,インフラ整備を担当 KfW は,連邦による保証責任と組織維持責任と 3 KfW 開発銀行 する。次に,政策的機関として, いう政府保証を受けている。また,ドイツ信用制 4 ドイツ投資開 (KfW-Entwicklungsbank)および 度法の適用を免除され,かわりに KfW 法が規制 発銀行(Deutsche Investitions- und Entwicklungs- — 165 — 経 済 系 第 227 集 gesellschaft mbH)が途上国向けの開発援助,途上 しても,顧客に対して低利の融資を提供できるほ 国の新規事業会社への直接投資などを担当する。 か,自らも協調融資を行う機会を得ることができ 5 KfW 国際プロジェ 最後に,競争的機関として, る仕組みになっている。 クト輸出銀行(KfW-IPEX Bank)が,KfW 本体 しかし,1986 年の DtA の業務内容の変更によっ から完全分離された KfW100%出資の子会社とし て,同じ政府系金融機関である DtA の業務と KfW て,2008 年 1 月からドイツ信用制度法の規制の下 の業務の実質的内容が,中小企業を対象とする点 で競争的な市場活動を開始することとなった。こ など一部重複するようになっていたといえる。 の銀行は,政府保証を受けることはできず,また 2000 年 6 月には,KfW と DtA の所管官庁であ る連邦財務省と連邦経済技術省(当時)が,両行 納税義務も発生する。 の統合についていったん合意に達したものの,統 4.3 ドイツ平衡銀行(DtA)の沿革 合後の権限調整などで再び調整が難航し,一時棚 ドイツ平衡銀行(DtA)は,1950 年 5 月の「引 上げになった。しかし,その後 2002 年 12 月には, 揚者銀行」 (Vertriebenen-bank AG)という株式会 アイヒェル財務大臣とクレメント経済労働大臣が, 社形態の銀行を起源としている。1952 年に,同行 再び両行の統合計画を発表した。 は, 「引揚者・戦傷者銀行」に名称変更,1954 年に そして,EU 側との合意が成立した後,2003 年 は負担調整銀行(Lastenausgleichsbank)となり政 7 月に「助成金融機関の新構築に関する法律」が 府系金融機関に改組された。さらに 1986 年には 議会で可決され,次のとおり DtA が統廃合される DtA(Deutsche Ausgleichsbank)に名称変更され ことが決定されたのである。DtA は,上記法案に るとともに,その業務内容についても改編がなさ 基づき 2002 年 12 月末に遡及して解散させ,DtA れている。本社はボンで,ベルリンに支店をもっ のもつすべての債権債務および人員を KfW が継 ていた。従業員数は 2002 年末で約 850 名を数え 承するというかたちで,実質的に KfW に吸収合 ている。 併されることとなったのである。 同行の設立当初の主な業務内容は,第二次世界 大戦後の東方地域からの引揚者・亡命者・戦傷者 4.4 などのドイツ本土における移住や助成に関する信 4.4.1 用供与であった。1986 年に,その業務内容の大幅 KfW の政策金融 証券化プロジェクト 伝統的に,ドイツの金融システムにおいては,証 な改編がなされ,上述の業務に加えて,DtA は, 券化のニーズはあまり大きくなかったが,近年の 中小企業および自由業者の振興,社会的助成事業, 金融環境の変化により,銀行の資金調達コストの 環境保護関連事業などを対象とするようになった。 上昇や,金融工学の発展によるリスク評価の厳格 近年では,中小企業やベンチャー企業などを対象 化などによって信用リスクを取り扱うことが以前 とした開業資金融資プログラムおよび環境保護に よりも容易になったことから,ドイツにおける証 関する助成支援などに大きな重点を置いていた。 同行の開業資金融資プログラムは,その原資の 券化は,近年になって活発化し,これに伴い ABS (資産担保証券)市場も拡大しつつある。 種類により数種類に分かれるが,ERP 特別基金 1998 年には,ドイツ銀行が中小企業の信用リス (欧州開発復興計画基金)を用いたり(ERP 開業 クをはじめて証券化している。ABS 市場は徐々に 資金プログラム,ERP 自己資本強化資金プログラ 拡大しており,2005 年第 1 四半期までに,中小企業 ム) ,政府保証債の発行による調達を利用する場合 に関して約 400 億ユーロの証券化が行われている。 など(DtA 開業資金プログラム)がある。こうし KfW は,代理貸付を中小企業助成事業の主たる た融資制度は,原則的に,融資を受ける企業のハ ツールとしているが,この証券化スキームについ ウスバンクを仲介させるかたちでの間接融資の形 ても,早い段階から中小企業支援のツールとして 態をとっている。これにより,ハウスバンク側と 利用することに取り組んでいる。 — 166 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 表 5 欧州における中小企業アセットの証券化(2000 年∼2004 年) (単位:百万ユーロ) ドイツ 合計 スペイン イギリス 3,500 2,650 6,770 3,290 200 1,548 5,072 3,124 6,254 9,288 0 2,340 0 3,018 365 0 5,000 1,217 1,694 5,122 12,048 17,818 14,109 15,694 16,224 168,000 151,000 225,000 225,000 250,000 16,410 25,286 5,723 13,033 75,893 104,900 うち PROMISE 2000 10,500 2001 5,406 2002 9,768 2003 4,728 2004 1,449 31,851 欧州 その他 欧州 ABC 全体 (中小企業 CLO) (出所)KfW 具体的には,すでに 2000 年から「PROMISE」 貿易 4% と呼ばれる証券化プラットフォームを構築し,中 小企業のリスクアセットを資本市場に移転するこ 消費者信用 6% とに取り組んできた。 2003 年におけるドイツ国内の中小企業アセット の証券化については,全体で約 47 億ユーロであ るが,そのうち KfW の PROMISE によるものは 約 33 億ユーロであり,約 70%を占めている。ま 中小企業アセット 7% CDO(負債担保) 11% は,約 318 億ユーロあるが,そのち KfW の同プ り,全体の約 52%を占めている。このデータから RMBS (住居用不動産) 56% CMBS (商業用不動産) 7% た,2000 年から 2004 年までのドイツ国内累計で ロジェクトの占める部分は,約 164 億ユーロであ その他 9% (出所)コメルツ銀行 図 7 アセット別にみた欧州の証券化市場(シェア%: 2004 年) みても,KfW がドイツ国内における中小企業向け 証券化事業で果たしている役割が大きいことがわ の欧州 ABS 市場全体のなかで中小企業向けがし かる(表 5 参照)。 めるシェアは約 7%にとどまる一方,もっとも大き 証券化プロジェクトの政策目的は,中小企業を 資産の証券化を通じて資本市場にアクセスさせ, 資本市場からの資金調達手段に新たな道を拓くこ とにある。 いのが住居用不動産担保証券(RMBS)で全体の 約 55%を占める。(図 7 参照) 証券化のなかでも,中小企業向けについてはこ のようにシェアはまだまだ小さく,しかも大半が また,通常の代理貸付による助成プログラムに 政府系金融機関の支援によるものである。しかし, おいては,長期の信用供与が中心的となるが,証券 今後の展望としては,これまで証券化された中小 化プログラムでは,資本市場でリスクを多数の投 企業の債権が少ないことから,逆に将来的な市場 資家に分散し移転させることができ,オリジネー 規模拡大の可能性はあるといえるだろう。なお, ターとしての銀行は,ファーストロス部分だけに KfW は,証券化プロジェクトの実施に際して,ド リスク負担を限定させることができるため,それ イツの国内の大手民間商業銀行にとどまらず,フ だけリスクのある長期の資金供給が行いやすくな ランスの銀行など海外銀行とも協力・提携しつつ るとのメリットがある。 プロジェクトを推し進めている点は注目されよう。 ドイツにおいては,2004 年までに中小企業向け 証券化で約 318 億ユーロの残高があり,欧州の ABS 市場全体の約 30%を占めている。しかし,2004 年 4.4.2 KfW のメザニンファイナンス戦略 KfW は,上述の証券化プロジェクトと並行して, — 167 — 経 済 系 第 227 集 メザニンファイナンス事業も重点的に進めている。 担保が不足したり,格付けのスコアリングがより 具体的には,KfW 中小企業銀行が,2004 年 3 月か 不利になることがある。そこで,資産・事業から ら “起業家キャピタル”(Unternehmerkapital)と の将来的なキャッシュフローに依拠したメザニン 呼ばれる助成プログラムをスタートさせた。これ ファイナンスは,信用格付けが低い中小企業やベ は,メザニンファイナンスによる助成事業である ンチャー企業に対し,資金調達を円滑化する新た が,起業家,ベンチャー企業,中小企業一般向け なスキームとして活用できるのである。 のこうした KfW によるメザニンファイナンスの 累計残高は,約 6 億 1900 万ユーロにのぼる。 4.4.3 KfW の政策金融の評価 ここで,メザニンファイナンス(mezzanine fi- ドイツ国内の景気は,2001 年下半期からより後 nancing)とは,シニアファイナンスより弁済順位 退トレンドを鮮明にし,それにともない企業をと が下位におかれた資金によるファイナンスを意味 りまく資金調達環境は,いっそう厳しさを増して し,具体的には劣後ローン・劣後債(デッド・メ いた。図 8 をみると,特に,民間銀行は,競争激化 ザニン)や優先株(エクイティ・メザニン)など のなかで,自己資本比率などの財務体質の強化が がこれに該当する。これは,弁済順位が通常の社 急がれており,貯蓄銀行グループよりも企業向け融 債発行や融資等のシニアファイナンスと,出資に 資に対しては貸出スタンスをより厳しくしている よるエクイティファイナンスの中間に位置づけら ことがうかがえる。こうしたなかで,KfW が,政 れるミドルリスク・ミドルリターンのファイナン 策的見地から中小企業への新たな資金供給のルー ス手法であり,すでに米国では,商業用不動産証 トとして,メザニンファイナンスを重視する戦略 券化(CMBS)などで活発に利用されてきている。 をとっていることは,セーフティーネットを提供 メザニンファイナンスの最大の特徴点は,その しようとする政策金融の 1 つの明確な方向性を示 ノンリコース性にある。すなわち,それは,返済財 すものということができよう。 源を対象となる資産およびそこから生じる将来の キャッシュフローに求めることにあり,借り手個 近年,民間銀行や貯蓄銀行などにおいても,メ ザニン市場は徐々に注目されつつある。 人・企業の保証を求めるリコースローンとは区別 また,未成熟なメザニン市場が,今後欧州において される。また,借り手側のメリットとしては,メザ 成長していくためには,EU による支援も必要とな ニンファイナンスの導入によって,財務レバレッ るが,欧州委員会においても,すでに,SPEC(Com- ジの引き上げが可能となる点である。他方,出資 munity Support Programme for Entrepreneurship 側としては,通常の融資よりはリスクが高くなる and Enterprise Competitiveness)というプログラ ものの,シニアファイナンスより高い利回りを確 ムの検討の中で,メザニン市場の活用を重視する 保することができるとのメリットがある。 姿勢を明確にしている。 ドイツのメザニン市場は未だに十分な規模があ るとはいえないが,これは,従来ドイツ特有のハウ ドイツの中小企業政策 5. スバンク・システムによる銀行融資が一般的に利 用されてきたことによる。ただし,銀行側におい 5.1 中小企業政策の目的と手段 ても,近年の金融技術の発展にともなってリスク ドイツの中小企業政策の目的は,質的に生産能 管理が高度化し,信用格付けシステムによる信用 力が高く競争力の強い中小企業をつくり,それを リスクの判定,および貸付後のモニタリングによ 強化していくことである。その政策手段として, る格付けの見直しが行われるようになってきてい 次の支援政策がある。 る。こうした格付けにおいては,各種の財務指標が 1 中小企業政策の主な柱としてファイナ まず, ベースとなるため,起業して間もないベンチャー ンスの手段を提供する。政策金融を実施する際に 企業や再建途上にある中小企業などにとっては, は,通常ハウスバンクによる間接融資の形態がと — 168 — ドイツの銀行システムにおける公的銀行 15 全銀行 10 民間商業銀行 貯蓄銀行 5 0 信用協同組合 00 01 02 03 04 05 -5 -10 (出所)ドイツ連邦銀行統計より作成 図 8 ドイツにおける内国企業向け貸出残高の推移(銀行グループ別:四半期) られる。 していくためには,むしろ,企業規模は小さくと 2 コンサルティングについて,企業コンサ 次に, も質の高い中小企業が多数存在し,それらが,市 ルティングを実施する機関は,第一義的には商工 場参加者として機能することが望ましいとの経済 会議所や当該業界の連合組織などであるが,連邦 秩序上の理念が存在している。 全域を活動範囲とする政府系金融機関である KfW そこで,政府が,こうした質の高い中小企業に (かつての DtA も含まれる)もこうしたサービス 対して,政策的支援を実施していくことは,結果 を提供している。 的に市場メカニズムの健全なる機能の発揮に資す 3 マーケティングの助成措置として,国 さらに, るものであると考えられている。したがって,ド 家による輸出信用保険(Hermes)などの輸出金融 イツにおける中小企業政策は,競争政策の 1 つと における助成があげられる。また,外国における して位置づけられている。 見本市に出展する際の助成,貿易商工会議所によ る助成プログラム等がある。 第 2 に,中小企業が生み出す正の外部効果があ げられる。中小企業の開発する製品等には,潜在 的な技術革新が含まれている場合も多いとの見方 5.2 中小企業政策の意義 があるが,資金調達面でプロジェクトが頓挫して Vogt [1999] によれば,こうした中小企業政策を しまうことが懸念される。加えて,雇用促進の面 実施する根拠としては,次の 2 点があげられる。 においても,中小企業の投資が支援によって増大 第 1 に,完全な自由競争を認めると, 「適者生存」 すれば,それだけ多くの潜在的な雇用が実現され による企業淘汰が起こり,競争力の強い企業だけ るだろうとの効果も期待されている。 が最終的に生き残ることによって,それが産業に ただし,中小企業政策の中身は,決して特定業 おける企業集中を引き起こすことが懸念される。 種の中小企業を利するようなものであってはなら こうした企業集中は,状況によっては独占や寡占 ず,また中小企業を「市場競争から守る」という類 的な市場を形成させるかもしれず,結果的に,健 のものであってはならないと考えられている。し 全な市場環境を阻害することにつながりかねない。 たがって,政策の本質は,中小企業を本来の経済 ドイツでは市場が持続的に健全な競争環境を維持 的能力以外のところにあるデメリットから保護す — 169 — 経 済 系 るということである。 第 227 集 考えられる。 とくに大企業に対して中小企業が直面する構造 3 つの柱からなる銀行システムは,それぞれの 的な競争上のデメリットには次の点があげられる。 銀行グループが,異なる組織形態や経営戦略をも 1 中小企業にとって資本市場への直接的なアク ちながら,しかも,それぞれが同じユニバーサル 2 中小企業が,企業内 セスが通常は難しいこと, バンクとして競争的な環境に置かれている。した 部においてリスク・コントロールを行うことがむ がって,ドイツの独自の銀行システムは,金融経 3 従業員に対する実務研修プログ ずかしいこと, 済構造における健全な金融機能の発揮や金融危機 4情 ラムが大企業にくらべて実施しにくいこと, に対する安定性に資する分権的な構造をもってい 報収集能力および調査分析能力,および最新のマ るということが可能であろう。 ネジメント技術の導入能力が大企業にくらべて弱 また,ドイツの銀行システムは,その銀行グルー 5 海外市場に対するアクセスが難しいこ いこと, プを越えたかたちでの M & A によって大きくそ となどである。 の制度的構造を変化させるという可能性は,むし なお,ドイツにおける中小企業政策は,あくま ろ現段階では低いというべきであり,伝統的な「3 で成長力や競争力が見込まれるような企業に対す つの柱による銀行システム」は,さまざまな経営 る支援を主眼とするものであって,決して中小企 的な改革を迫られるという環境におかれながらも, 業経営者・所有者に対する社会保障的な保護では 当面はその基本的な制度的構造を維持していくも ない。中小企業政策によって,企業の構造改革と のと考えられる。 自助努力を促進させ,中小企業が成長することに 政府系金融機関である KfW についていえば,そ よってマクロの経済成長を実現し雇用を確保して の政府保証が EU との交渉の際,廃止されること いこうとするねらいがあるのである。 はなかった。それは,連邦政府の銀行として,各 種の政策を実施するための機関としての公的な地 6. 結語 位と,さまざまな中小企業助成事業のためのプロ ジェクトを有するとの機能があるためである。 すでにみてきたとおり,公的な貯蓄銀行グルー 総じて,貯蓄銀行や KfW といったドイツの公 プは,連邦全土にあまねく展開し,その地域原則に 的金融機関は,近年のさまざまな金融・資本市場 基づいて各地域の経済活動主体に対する金融サー 変革の動きのなかにあって,なお公的な地位と機 ビスの提供に資するものとなっている。分権的な 能を維持しており,こうしたドイツ銀行システム 構造をもつ貯蓄銀行グループは,とくに中小企業向 の独自の構造は,今後も当面大きく変化すること けの金融サービス業務におけるマーケット・リー はないものと思料される。 ダーとしての地位をもつということができ,その 意味でドイツ銀行システムにおける重要性は依然 として大きいと評価して差し支えないだろう。 また,民間商業銀行,とくにメガバンクは,近年 リテールや中小企業向けビジネスよりも,米国的 な投資銀行業務に戦略的な軸足を移していること が看取されるが,中小企業政策の観点からも,貯 蓄銀行グループが果たしている役割は大きい。ま た,3 本柱の大きな一角を占める貯蓄銀行の活動 によって,分権的な銀行システムが維持され,金 融経済における独占または寡占的な市場構造の現 出に対する抑止的な機能が果たされているものと [参考文献] [ 1 ]Adrian u. 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