TRACKING UNIVERSAL HEALTH COVERAGE First Global Monitoring Report エグゼクティブ・サマリー(日本語抄訳) WHO 世界銀行グループ ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC) に焦点を当てる:UHC 志向の改革を支援する上で直面する 主な課題の一つは、一部の意思決定者にとって UHC というコンセプトがあまりにも拡散し、UHC の進 捗を数量化してモニターすることができないと認識されていることである。 この初めての UHC 進捗グロ ーバル・モニタリング報告書は、こういった認識に挑戦するためにも作成された。非感染性疾患や保健 サービスの質などの主要な公衆衛生上の懸念に関するデータに死角があるにもかかわらず、ほとんど の国では既に、保健医療サービスと経済的保護の両カバレッジにおいて、信頼できる比較可能なデー タを生み出している。 広義の UHC とは、人々が必要とする質の高い保健医療サービスを経済的困難にさらされることなく受 けられることを意味する。保健医療サービス、財政 、人口 の3つの要素が含まれ、その状況は人口動 態、疫学的及び技術的な動向、更には人々の期待に対応して絶えず変化するダイナミックプロセスで ある。 UHC モニタリングにおける主な課題: UHC をモニタリングする上で、我々は 3 つの主要課題に直面し ている。まず第一に、保健医療サービスと経済的保護の両指標に関する信頼性の高い広範囲のデー タセットの必要性、第二にカバレッジの格差を炙り出すための分離可能なデータ、第三に効果的なカバ レッジ(人々が必要とするサービスを受けているかどうかだけでなく、提供されるサービスの質やその サービスが最終的に健康に与える影響の測定も含む)である。世帯調査は、サービス及び経済的保護 カバレッジの正確な人口統計を、社会経済的地位、居住地、性別及びその他の変数に基いて分離可 能なデータとして得ることができるため、主なデータソースである。保健施設データは、いくつかの指標 に関する貴重なもうひとつのデータソースである。調査や保健施設を通した報告システムの強化と連 携は、UHC モニタリングのために重要である。保健システム強化こそが UHC を進める多くの国におけ る主な手段であるため、UHC モニタリングは広範囲な保健システムのパフォーマンス評価に統合され る必要がある。また、UHC は保健医療サービスと経済的保護のカバレッジ両方を包含していることから、 双方のモニタリングを平行して行うことが非常に重要である。保健システムが脆弱な国では、国民が必 要な保健医療サービスをただ控えているがために、経済的保護カバレッジが高く評価されてしまう傾向 がある。しかしながら、保健システムが適切に適用されているかどうかの結論は、保健医療サービスと 経済的保護の両カバレッジが十分であるかを一緒に評価することによってのみ導き出せる。 保健医療サービス追跡指標:本報告書は、保健医療サービスカバレッジに関する8つのコア追跡指標 に基づいて、全世界及び地域の状況を示している。この8つの指標とは、リプロダクティブヘルスと新生 児の健康(家族計画、産前ケア、助産専門技能者介助による出産)、小児予防接種(3 回のジフテリア、 破傷風、百日咳混合ワクチン(DTP)接種)、感染症(抗レトロウイルス療法(ART)、結核(TB)治療)、非 保健セクターによる健康決定要因(改善された水源や改善された衛生施設)である。これらの指標は、 その国の社会経済発展レベル、疫学状況、保健システムの形態に拠らず、全ての国々で全ての人々 の健康に関連していることから選ばれた指標である。また、全ての国で直近の比較検討可能なデータ が存在する。 エグゼクティブ・サマリー 1 状況は混在している一方で、現在歴史上のいずれの時期よりも多くの人々が必要な保健医療サービ スにアクセスできる状況を享受しているのも事実である。項目によっては、既に WHO と世界銀行が提 案したグローバルモニタリング枠組における最小値の 80%を超えているものもある。実際、例えば、 DTP3 混合ワクチンは 2013 年に 1 歳以上の人口の 84%が接種を受けている。リプロダクティブヘルス、 母子保健分野では、助産専門技能者介助による出産が 73%に達し、80%に迫っている。また、大まか に同様の女性人口(76%)に対して適切な家族計画の需要が満たされている。しかしながら、相当数の カバレッジギャップが残っている。例えば、ART の目覚しい普及にも関わらず、エイズ患者の 37%しか ART 治療を受けられていないという現実もある。結核においては、新たな結核事例の 55%しか診断と 治療の成功に浴していない。衛生も大きな問題である。全世界の人口の 36%、約 25 億人は改善され た衛生施設へのアクセスを有しない状況であり、赤痢、コレラや腸チフスなどのリスクに晒されている。 少なくとも 4 億人の人々が現在においても、国連ミレニアム開発目標に掲げる7つの基礎的サービス のひとつにアクセスできない状況にあり、公平性は全世界のほとんどにおいて、全ての指標において 問題となっている。また、貧困が大きな問題であることは言うまでもない。OECD の高所得国が、全ての 基礎的サービスにおいて高いカバレッジを達している。一方で、サハラ以南のアフリカ諸国は他の地域 より遅れを取っており、DTP3 混合ワクチンの接種率だけが辛うじて 80%に届きつつある状況である。 また、国内の格差にも問題がある。例えば、最近の調査の中で、いくつかの低中所得国を選んでみる と、4 回、またはそれ以上の出産前ケアの訪問(ANC4)については、貧困層で 50%以下のカバレッジと なっているが、富裕層では 83%となっている。カバレッジ格差が依然大きな問題であり、UHC 実現に向 けた改革の戦略を策定する上でこの点が主要な焦点の一つとなるべきである。一方で、全体的には農 村部の住民、教育が不足する、あるいは、貧困層など恵まれない人口集団においても、都市部やより 恵まれたあるいはより教育を受けている集団に比して、過去 10 年多くの指標は大きな改善を見せたこ とは良い兆候であると言える。 他の追跡指標候補: 既に論じられているように、現在の主要な保健指標のセットには NCD 関連のカバ レッジに関する事項が見当たらない。現在の世界の疾病構造の内、55%を占め、1 年間に 3800 万人 もの人々が亡くなっており、その 4 分の 3 にあたる 2800 万人の死亡は低中所得国で起きているにも 関わらずである。それ故、追跡指標の基準に従いつつ、今後の指標候補を本報告書の中で提言して いる。その内のいくつかは、利用可能なデータの複合性や基礎となるサービスのモニタリング範囲の設 定によっては、強力な候補になり得るのである。 実際、例えば、高血圧症治療を例に挙げると、高血圧は、心血管疾患の主要な危険因子であり、明確 に定義されたバイオマーカー(上昇した血圧)や有効な治療の選択肢(ライフスタイル及び薬理学的治 療を含む)も有しており、さらには、世帯調査で評価可能である。血圧と高血圧の治療は大規模なモニ タリングの対象となっており、過去 10 年間に 97 カ国において 150 以上に及ぶ国勢調査が行われてい る。これらの取り組みにも拘らず、これまでに、グローバルにも地域的にも高血圧症治療カバレッジの 推定値は存在しない。 2 型糖尿病の治療の適用範囲は、他の有望な候補である。効果的な治療カバ レッジは、糖尿病のテストと回答者が糖尿病の薬を服用されているかどうかの質問を含む国勢調査を 通じて測定可能であり、過去 10 年間で、75 カ国で少なくとも 119 の国民対象の調査が行われてきた。 エグゼクティブ・サマリー 2 その他の有望な指標: 過去 30 日間非喫煙の大人(15 才以上)の割合; 白内障手術率(眼科手術率 のみならず、高齢者にとっての治療アクセスについての指標も勘案); 顧みられない熱帯病(NTDs)に対 する予防的化学療法の実施率(UHC 達成に向けて初期段階で最優先されるべき重要な項目は、最貧 困層の疾病に対する確実な取組)が挙げられる。この他、鬱病治療率、緩和ケア率などの指標は、本 報告書において、より広範な規模の保健医療サービスを把握する目的で考慮するが、サービスの必要 性及び比較データの有用性の観点から、目下のところ、正確な評価という点においては限定的である。 経済的保護のモニタリング: 人々を経済的苦難から保護するためには、保健システムに必要な財源の ほぼ全般を前払いにより確保することが肝要であり、同財源からの再分配に対する障壁をわずかに留 め(つまり、プール財源のフラグメンテーションがあると効果は限定的)、プールされた財源からサービ スを調達することで利用者がサービスを利用する際に必要となる自己負担を制限することが求められ る。患者自己負担によって保健システムに要する資金を賄うやり方には短所が多く、中でも最も注視す べきは、人々(とりわけ貧困層)の受診意欲を阻害する点である。自己負担のレベルに着目することに より、経済的保護が不足している人々の度合いをモニターすることができる。世界的にみると、総保健 医療支出の自己負担率は、2000 年の 36%から 2013 年には 32%に軽減している。これは正しい道筋 である一方で、2013 年の数値は多くの国々において自己負担率がまだまだ高いことを示すものである (概ね、総保健医療支出の 20%未満が高額医療費のリスク軽減の目安とされている)。本報告書では、 経済的苦難に関する最も一般的な 2 つの指標として、高額療養費及び医療費による貧困化を用いて いる。 経済的保護指標:高額医療費(家計が破綻してしまう程の医療支出)の計算方法は様々であるが、本 報告書では、世帯支出の 25%を上回る医療費と定義する。高額医療費というのは、必ずしも、それに よって世帯が貧困ラインを下回るほど圧迫するという訳ではないことは注意すべき点である。例えば、 富裕世帯や資金調達可能な世帯であれば、多額の医療費を払うことも可能であろうが 、例えば子供 の教育費のような、基本的な生活費を切り詰めたり、 家族にとって重要な投資を見合わせたりする必 要は無いのである。一方、医療費による貧困化とは、世帯を貧困に、あるいはさらに深刻な貧困に追 いやる出費である。測定の基準は様々であるが、本報告書では、医療支出が世帯消費を、国際的貧 困ラインで世界銀行の指標である、一人当たり 1 日 1.25 米ドル以下、あるいは一人当たり 1 日 2.00 米ドル以下(購買力平価)に引き下げた場合に、医療費による貧困化があると判断する。 経済的保護の状況を効果的に把握するのには、現在、信頼できる世帯消費調査、すなわち全人口に 占める貧困層の割合(貧困率)を示すのに使われるような調査に依存する。ただ、貧困率のような頭数 を用いた指標は、確かに有用ではあるが、医療費による貧困化の度合いを把握できず、その支出が世 帯支出の 25%を大幅に上回るのか、それともわずかに上回るのかといった差もわからない。また、こ れらの指標は、医療費を単純に捻出することが出来ないため治療そのものを諦めてしまうような経済 的保護が無い人々についても、考慮していない。人々が必要なサービスを受けられているか、経済的 保護があるかどうかを完全に把握するには、保健カバレッジと、経済カバレッジ指標を同時に考慮する ことが肝要である。 WHO が 23 カ国を対象にして行った調査によると、高額医療費(世帯支出の 25%を上回る)を経験し た人々の割合の中央値は、1.8%であった。前年度は 6 か国が下限値の 0.5%未満と報告し、4 か国が エグゼクティブ・サマリー 3 上限値の 4%超えと報告した。医療費による貧困化については、医療費による圧迫によって、1 日 1.25 米ドルの貧困ラインと 2.00 米ドル(購買力平価)の貧困ラインを下回った人々の割合は、それぞれ中 央値 0.6%及び 0.9%であった。既に貧困ラインを下回り、さらなる貧困に追いやられた人々の割合は、1 日 1.25 米ドル貧困ラインで 4%、2.00 米ドル(購買力平価)の貧困ラインで 14.5%であった。さらにこの 調査では、全体の 3 分の 1 近くの人々が、 保健医療サービスに一切支出をしていないことも判明した。 この 2 つの調査が、2001 年から 2011 年にかけて 23 か国で行われ、高額医療費及び医療費による 貧困化の両指標において、 それぞれの 中央値は 29%及び 24%と減少し、どちらもその発生率を減 少させることに成功した。 経済的保護の格差: 経済的保護指標が一般家計支出調査に拠るものであり、所得や富における差異 を反映していることから、細分類されたデータも入手可能であり、高額医療費の負担(国の中央値)が 五分位階級の最低級における 1.0%から上昇し、最高級では 2.7%へと増加を示している。しかしながら、 医療費による貧困化は、多くの国において最低級にほぼ集中している(最低級の家計が貧困ラインに 近づきつつある)。保健医療支出がないことも最貧困層ではよく見られる状況であり、国の中央値で 41% を示しているが、この数値は最高級では 22%に減少する。必要とされる保健医療サービスを貧 困層があまり利用していないことを単純に示しているのか、それとも彼らが保健医療サービスを利用し ているが国の保健財政制度によって自己負担から完全に保護されているかどうかをこのデータから判 断することは不可能である。経験によると前者の可能性が高いと考えられるが、データに裏付けて結 論づけることはできない。 今後に向けて: 保健医療サービスへのアクセス格差が依然として存在し(7 つの基本的な保健医療サ ービスのうち少なくとも 1 つを受けられない人が 4 億人存在)、医療費による貧困化がかなり深刻であ るにもかかわらず、UHC が実現に向けて実際に進んでおり、その実現に向けた重要な側面が測定可 能であることは明白である。UHC の進捗に関する初のグローバルモニタリングとなる本報告書は、 WHO と世界銀行グループによる UHC 達成に向けた進捗を評価するための枠組みとして推奨された一 連の主要な追跡指標を使うことで、全人口のみならず、僻地に住む人々や貧困層といった重要な亜母 集団に対する、経済的リスク保護及び保健医療サービスカバレッジといった主要な UHC 進捗状況の 追跡が可能であることを示している。 国連総会において承認されたオープン・ワーキング・グループ報告書が示しているように、未来への道 筋を示す持続可能な開発目標(SDG)には、保健分野の目標が数多く盛り込まれるであろう。この報告 書では、17 ある開発目標のひとつとして、「あらゆる年齢のすべての人に対する健康的な生活の確保、 福祉の促進」と書かれている。すべての開発目標のターゲット は、合計 169 個が設定されており、保健 に関する開発目標(Goal 3)は 13 個のターゲットが掲げられ、そのひとつが UHC のターゲット 3.8 とし て、「経済的保護を含めたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を実現し、すべての人々の安全か つ安価で、効果および質の高い必要不可欠な医薬品・ワクチン・医療技術の普遍的な利用可能性およ びアクセスを確保する」である。このような新しい目標を達成させるために進捗を管理することはかなり の負担になるかもしれないが、各国がそれぞれのニーズに合致した統一的で総合的なアプローチを活 用することで、それぞれの国の保健情報システム強化につながるよい機会ととらえることができるだろ う。また、必要に応じて国際的に連携のとれた支援を確保することが必要である。 エグゼクティブ・サマリー 4 これらの進捗状況の管理には、困難な状況もあるかもしれない。しかし、我々はまったくのゼロからスタ ートするわけではない。すでに健康指標の強固な基盤は確立しており、また、世界的にも、国レベルで も、豊富な経験が蓄積されている。これらの多くはミレニアム開発目標の進捗管理によって築いたもの だが、昨今では次第に非感染症疾患や外傷などをも含んだ包括的なアプローチが求められるようにな ってきている。持続可能な開発目標の元で健康をとりまく状況を継続的にかつ発展的に進捗管理して いくには、UHC を下支えする主要な保健サービスの提供と経済的保護に焦点を絞りながらも、これまで の経験値の上に形成していくべきである。効率的に UHC の進捗状況をトラッキングしていくことが、世 界銀行と WHO が提唱する貧困の撲滅と健康状況の改善に向けたグローバル・ゴールの達成のため にも中心的な役割を果たすだろう。これらの追跡が示されなければ、政策決定者や政策立案者は自国 の進捗状況を正確に把握、表明することもできず、進むべき道筋について政策を決定することはできな い。また正しい方向性を向いて資源の注入ができているのか、具体的な成果を生んでいるのかについ ても判断することもできない。つまり、しっかりとした進捗管理を進めていくことが、UHC の目標達成の ための基礎であり、さらには SDGs 達成のためにも不可欠であるといえよう。 エグゼクティブ・サマリー 5
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