アジア・アセアン各国の人事課題の現状

GLOBAL
Research Report
グローバル調査レポート 第 2 回
の担当コンサルタントへのヒアリング
●ミャンマー:報酬などの人事情報が
人を扱う人事・組織領域は、このよ
を通じ、よく聞かれる課題を挙げた。
体系的に集計されていないため、近隣
うな社会状況や文化などに大きく依
企業との情報交換の段階。
存するため、課題への対処に本社が
アジア・アセアン各国の人事課題の現状
●タイ:日本企業は、仕組みとして人
●中国:日系企業では、中国における
できることはおのずと限られる。した
あらゆる業種でグローバル化への対応が迫られる中、
材を育成する施策を打たず、特定の人
実力主義の報酬体系への不適合が発
がって、本社主導の中央集権的な人
アジアに展開する企業にとっても、
リーダーシップを発揮できる人材の確保は急務だが、
材に長い期間頼る傾向がある(そして、
生している。
「離職率は常に抑えるべ
事・組織マネジメントよりも、
「現場」に
なかなか良い方策が打ち出せていないのが現状だ。
後継者危機に直面する企業がこの数年のうちに
きだ」といった本社や現地幹部の「低
近い拠点間の「南南協力」が活用され
そこで、
アジア各国から見えてきた人事課題について、
急速に拡大する)
。
離職率」信奉が、コア人材の流出や組
ているのではないかと考えられる。
●インドネシア:採用・リテンション
(人
織の不活性化を導いている。ローカ
材定着)
は継続的な課題であったが、
ルスタッフの問題解決力や、駐在員の
近年の経済好調の影響で、ますます
マネジメント力育成のニーズが高まる。
さまざまな観点から比較・調査したレポートを紹介する。
Reported by
3
リーダーシップスタイルの
違いへの理解が求められる
しかし、国ごとの投資意欲には差
その背景には、アジア各国の拠点
難しい課題となっている。転職するこ
●インド:日本企業に関しては、事業
リーダーシップについてはどうか。
がある。対タイやマレーシアは、投資
への日本からの支援の限界がある。
とで収入が増えるという考えがあるた
や組織の規模が小さい企業が多いの
国ごとの違いはあるのだろうか。結
の伸びがほぼ一定であるのに対し、シ
アジアといっても、その対象国は広
め、現在の高い離職率は低下しない
で、制度を通じたマネジメントが難し
論から述べれば、
各国ごとの平均的な
日本企業の海外展開への熱意は、
ンガポール、インドネシア、インド、ベト
い。本稿で触れるタイ、インドネシア、
見通し。
い。よってマネジャー個々の力量が
リーダーシップの特徴はある。
2008 年のリーマンショック以前よりも
ナムへの投資が加速している。 ベトナム、マレーシア、シンガポール、
●ベトナム:平均年齢が 30 歳以下と
重要なポイントになることに加え、求
ヘイ・グループでは、
「リーダーシップス
明らかに高まっている。特に過去10
複数のアジア諸国に事業展開をす
ミャンマー、中国、インドだけでも、
そ
圧倒的に若く、管理職が務まる人材の
める人材の設定におけるミスが多い。
タイル」
を図表2の6つに類型している。
年を見ると、2002 年末から2007年末
る日本企業の中でも、展開する国ご
れぞれの置かれた状況や経済状況が
採用・リテンションが困難。
の5年間に比べ、2007年末から2012
とに戦略上の位置づけを明確に定義
全く違う。これら進出国ごとのニーズ
●マレーシア:サービス産業の雇用増
各国の社会状況が人事・組織課題
できるもので、世界中のマネジャーの
年末までの5年間のほうが、アジア諸
し、その特徴に応じた投資を行うこと
に、日本だけで対応するのは非現実
加、および外国人労働者の雇用規制
にも色濃く表れているのである。たと
リーダーシップスタイルをデータベー
国への日本からの直接投資が伸びて
が当然となりつつある。ここ最近、企
的であるため、比較的早く進出した拠
強化に伴い、スタッフ・ワーカーレベル
えば、タイでは日本と同様、将来的な
スに蓄積している。本稿では日本、
。リーマンショックによ
いる(図表 1)
業のグローバル人事担当者と話をする
点がその経験やノウハウを活かし、
後
の確保が難しくなっている。
高齢少子化の懸念がある一方、ベト
。
中国、北米を比較する
(図表3)
日本では、
「民主」
「率先垂範」
「指
アジアへの投資熱と
企業内「南南協力」の広がり
1
これは多面評価ツールによって可視化
る世界経済の冷え込みによって、日本
と、
「ベトナムに対するタイの戦略的な
発拠点に対して支援を行うような協力
●シンガポール:地域統括の役割が
ナムの年齡中央値は 28.7 歳※2(タイは
企業も少なからず打撃を受けたはず
役割はこうだ」といったように、各展
関係が進展していった。
求められるケースが増加しているが、
35.1 歳。ちなみに日本は45.8 歳)であり、進
示命令」の3つが中心的なリーダー
だが、それにもかかわらず、アジアへ
開拠点間で責任や役割分担が明確に
開発援助領域では、途上国の中で、
そのノウハウ・経験を有している人材
出企業は若くしてマネジャー職に就い
シップスタイルだ。つまり、
「普段は部
の投資熱はむしろ高まっているのだ。
なされているケースをよく聞く。
が少なく、適正人材の採用が難しい。
た人材の経験不足を気にしている。
下の意見を広く聞きながらも、いざと
「ある分野において開発の進んだ国
(中略)
が、
別の途上国の開発を支援する
一分野で進んだ途上国同士が援助を
図表1
、いわゆる「南南協力」が
し合う※1」
日本の国・地域別対外直接投資残高(単位:100万ドル)
40,000
シンガポール
タイ
ベトナム
0
2002 年末
2007 年末
出所:日本貿易振興機構 日本の国・地域別対外直接投資残高データより著者が作成
2012 年末
リーダーシップスタイルとは
有効な援助手段として広まっている
が、これと同様に、日本企業のアジア
拠点の間でも、企業内での
「南南協力」
インドネシア
インド
マレーシア
図表2 リーダーシップスタイル診断
が広まっているのだ。
2
国ごとに大きく異なる
人事・組織面での課題
ここで、人事・組織面でのアジア各
管理職がどのように部下に方
向性を示し、働きかけ、評価・
育成を行っているかの類型
たとえば、
・部下を巻き込む・考えさせる
・方向性や目標を示す
・明瞭な指示を与える
・部下の人間関係に配慮する
・フィードバックを行う
・部下の貢献・行動を評価する
・部下を指導育成する
国の課題についても触れたい。社内
リーダーシップスタイルのタイプ
指示命令
言った通りにやれ
=即座の服従
ビジョン
なぜをわからせる
=長期視点の提供
関係重視
まず人、次に仕事
=調和の形成
本人や家族の状況を気にかけ、
情緒的な関係、人と人とのつながりを重視
メンバーの参画
=情報の吸い上げ
メンバーから意見を吸い上げ、
意思決定の際に衆知を結集させる
率先垂範
先頭に立つ
=模範の提示
仕事の進め方を行動で示し、
困難の際には自ら対応する
育成
長期的な育成
=能力の拡大
多少時間がかかっても、部下の成長を優先し、
相手に合わせて指導やフィードバックを行う
民主
いつまでに、何をやるかを細かく指示し、
進捗をチェック
「なぜ、その仕事が必要なのか」を
背景や関連情報も含めて理解させる
出所:ヘイ・グループ
人 材 教 育 October 2013
October 2013 人 材 教 育
図表3 国別リーダーシップスタイル グラフ
なれば細かく指示を出し、最後にはマ
中国(N=6314)
北米(N=7040)
一方、中国では、
「育成」
「指示命令」
「関係重視」のスタイルがよく見られ
(Grade Rangeの目安)
日本
(現業職・工場のオペレーター)
中国
Supervisor/Junior Professional
マレーシア
(非管理職)
る。
「部下の育成に熱心で、手取り足
育成
率先垂範
民主
関係重視
ビジョン
指示命令型
育成
率先垂範
民主
関係重視
指示命令型
ビジョン
育成
率先垂範
民主
関係重視
する」といったところだろうか。
ビジョン
事とは関係のない話等をしてフォロー
Middle Management/
Seasoned Professional(管理職)
インド
指示命令型
取り、やり方を厳しく伝えるが、後で仕
Hay Grade
Clerical/Operations
タイ
Backup
たやり方が主流という解釈ができる。
Percentile Shown
ネジャー自ら仕事を片づける」といっ
Employee Group
シンガポール
Dominant
日本(N=3726)
図表 4 アジア・アセアン各国の報酬水準比較(日本のヘイグレード16=100)
出所 :Hay Groupリーダーシップスタイルデータベース
(2008-2010)
ベトナム
インドネシア
(ヘイグレード)
10-11
12-16
17-20
出所:Hay Group 報酬データベース
「PayNet 」のデー
タを元に作成(2011 年データ)。 編集部註:ベトナム
とインドのデータは途中までほぼ重なり合っている。
北米のリーダーシップスタイルは、
「ビジョン」
「関係重視」
「民主」が特徴
ぶ、
あるいはそれ以上の水準を持つ国
であり、それができない限り、日本企
我々の感覚値からすれば、これら
の一つとしてリーダーシップスタイルを
割分担が重要になっているのである。
的で、
「まずは仕事の意義から語り始
が複数見られる(図表 4 )。非管理職
業が現地の優秀なマネジメント人材の
の企業が感じている必要性には「将
取り入れている企業もある。
まず、各国の社会状況に根ざした人
め、普段から部下の家族のことを気に
では、
日本の報酬水準の高さは際立っ
転職先候補にすら挙がらないという
来的に海外での事業をリードできそ
また、報酬面においても、
まずは全社
事・組織課題は、
各拠点が対処する。
かけながら意見を求める」
というもの。
ているが、管理職になると他のアジア
ことが十分にありうる。また、毎年の
うな優秀な人材は社内でも極めて限
においてその海外拠点ポストがどれ
その拠点が初めて遭遇するような人
アメリカのドラマにもよく出てくる上司
諸国の水準が相対的に急に高くなっ
昇給率が9%以上といった国が珍しく
られており、そういった人材を継続的
だけ重要なのかを特定したうえで報
事・組織課題に対しては、各拠点の
像だ。
ていく。上級管理職では、シンガポー
ないアジアで競争力を維持するため
に輩出していきたい」というニーズが
酬額を考えなければ、
どのポストでどれ
「南南協力」で解決する。そして、本
各国のマネジャーは、こうしたリー
ル、中国の水準は日本と同等、あるい
には、報酬市場動向を常にモニターす
多いように見受けられる。仮にこれを
ほど高い報酬水準にし、照準を合わ
社からグローバル人事制度で横串を
ダーシップスタイルを平均的に採って
はそれ以上である。データは各国の
る必要がある。
ゴールとした場合、そもそも、どのポス
せるべきかわからない。グローバル人
通すことで、人材・報酬面の全体最適
おり、部下たちもそれに慣れている。
中央値を使用しており、実際にはこの
トが会社の命運を担うのか、その企
事制度を導入する場合、
まず職務評価
化を図り、長期的かつ継続できる海
よって、こういった違いを踏まえず、た
水準以下の日本企業も存在する。よっ
業における優秀な人材とは何なのか、
によるグローバル・グレーディングから
外展開を可能にする――この
“三層構
とえば日本から日本的リーダーシップ
て、その他の国でも日本を超える水準
この要件を満たした人材を特定する
始めるケースが多いのはこのためだ。
造”
が、日本企業の対峙する人事・組
スタイルだけを持つ駐在員を送って拠
を持つ企業が多く存在するはずだ。
では、アジアにおける人事・組織マ
にはどうしたらいいのか、どうやって
日本企業のアジア展開に向けた意
織課題の現実解として今後広まって
点長にすればどうなるか ――。現地
このような「高い」報酬水準に見合
ネジメントは、各拠点あるいは拠点間
その人材を惹きつけ、引き止めるの
欲がさらに高まる中、こうした人事・
いくのではないかと考える。
スタッフが違和感を抱き、送り出され
う人材が集まればよいが、それについ
の相互協力だけに任せるべき、という
か、どうすれば不足している能力を伸
組織的課題が日本企業の主要課題と
た拠点長が孤立してしまうことは、想
ても現地の実感は違うようだ。海外
ことなのだろうか。
ばせるのか等、答えるべき論点がいく
なっていることを疑う余地はない。そ
像に難くない。
に展開する多くの日本企業の担当者
人事制度において、何かしらグロー
つか存在するはずだ。そして、これら
して海外拠点では、日本から送られた
4 報酬水準に対する誤解
から、
「マネジャー層の採用に苦戦して
5
グローバル人事制度
導入への視点
バル共通の仕組みを取り入れたいとい
一つひとつの答えが、グローバル人事
駐在員に任せきりといった状況も変わ
おり、高い給与を払っても良い人材を
う企業は増えているようである。製造
制度の骨格になる。
りつつある。アジアを一括りで語るこ
「アジアの現地人マネジャーの報酬
とれない」と聞く。しかも、そうした日
業に対する国際協力銀行の調査※3で
前述のリーダーシップスタイルや、
とが難しい中、本社と海外拠点の役
は日本よりも低いはず」という考えも、
本企業では、無意識に報酬水準を本
は、
「外国人従業員も含めた一元的グ
海外拠点の管理職の報酬水準等の話
もはや捨てたほうがよさそうだ。一般
社水準と比べているケースが多い。
ローバル人事制度の導入については、
もグローバル人事制度を考えるうえで
的な日本人からすると、低賃金を求め
しかし、前述のように管理職の現地
回答企業(548 社)の約 3 割が関心を
ヒントになる。たとえば、
卓越したリー
て海外に進出したのだから、現地人
報酬市場が日本よりも高い場合、そも
持つものの、実施例はわずか(2.2%、
ダーは、より多くのリーダーシップスタ
の報酬水準は日本よりも低いはずだ
そも本当に高い給与を払っているの
12 社)
」だった。現時点で実際に導
イルを使いこなすことで、さまざまな
と思いがちだが、現実は違う。
か、現地の水準と改めて照らし合わせ
入している企業は極めて少ないもの
状況や環境に対応できることが、弊
ヘイ・グループの報酬データベース
る必要がある。アジアでは、日本本
の、約3割の製造企業は何かしらのグ
社調査からわかっている。複数の海
であるPayNet
(ペイネット)
の各国デー
社との比較ではなく、各国報酬市場と
ローバル人事制度の必要性を感じて
外拠点を統括するポストで活躍でき
タを見てみると、日本の報酬水準に並
の比較において競争力を維持すべき
いることになる。
る人材を判断する場合に、選抜基準
人 材 教 育 October 2013
※1:独立行政法人 国際協力機構 http://www.jica.
go.jp/activities/issues/ssc/
※ 2:米国中央情報局 https://www.cia.gov/library/
publications/the-world-factbook/geos/vm.html
※ 3:独立行政法人 国際協力銀行「わが国製造業企業
の海外事業展開に関する調査報告−2012 年度海外直
」
接投資アンケート結果(第 24 回)
著者紹介
阿部英太(あべ ひでた)氏
ヘイ・コンサルティング・グループ
コンサルタント
著者
海外のコンサルタントと日々協業し、主に
国内外の大手企業を中心としたグローバ
ル人事制度導入プロジェクトを手掛ける。
専門はコンフリクト・マネジメント。
October 2013 人 材 教 育