ブロイラーで認められた腹腔内腫瘍

ブロイラーで認められた腹腔内腫瘍
山 下 和 子
(受付:平成1
8年6月3日)
Abdominal Tumors in a Broiler
KAZUKO YAMASHITA
Hiroshima Prefectural Meat Sanitation Inspection Station
1911-1, Awaya-chou, Miyoshi, Hiroshima 728-0025
SUMMARY
We observed abdominal tumors in a broiler brought to a large scale poultry-processing plant and
histologically evaluated the tumors. Macroscopically, there were 4 dark red tumors varying in size in
the abdominal cavity. On the serous surface of the duodenum and pancreas, milk-white nodules as
big as a rice grain-soybean were densely present. Histologically, the tumors consisted of glandular
structures resembling epithelium-like tumor cells and abundant connective tissue, and cancer pearls
were partially observed. A large part of the pancreas had been replaced by tumor tissue, and the preexisting normal structure had disappeared. As a result of immunohistochemical staining, tumor cells
forming glandular structures and cancer pearls were positive for keratin/cytokeratin. Based on these
results, a diagnosis of squamous cell carcinoma was made, and the tumor was considered to have
originated in the pancreas.
要 約
大規模食鳥処理場に搬入されたブロイラーに腹腔内腫瘤を認め,病理組織学的に検討した.肉
眼的には腹腔内に暗赤色の大小4個の腫瘤を認め,十二指腸および膵臓漿膜面には乳白色の米粒
大から大豆大の結節が密発していた.組織学的に腫瘤部位は上皮様腫瘍細胞の腺管様構造と豊富
な結合組織から成り,部分的に癌真珠も認められた.膵臓は大部分が腫瘍組織に置換され,既存
の正常構造は消失していた.免疫組織化学染色では腺管様構造を形成している腫瘍細胞および癌
真珠がケラチン/サイトケラチン陽性であった.これらの所見から,本症例を腺扁平上皮癌と診
断し,膵臓を原発と推定した.
ては,奇形腫1,2),顆粒膜細胞腫3)などの症例が挙げら
序 文
れている.
ブロイラーは若齢で食肉処理されるため,一般に,マ
今回,当所管内の大規模食鳥処理場に搬入されたブロ
レック病以外の腫瘍の発生率は低いと言われている.食
イラーにおいて,内臓摘出後検査時に,腹腔内腫瘤を認
鳥検査制度の導入以降,マレック病に見られる腫瘍病変
め,これを形態学的に精査したので,その概要について
だけでなく,数々の腫瘍報告例があり,腹腔内腫瘍とし
報告する.
広島県食肉衛生検査所(〒7
28‐
0025 広島県三次市粟屋町1911−1)
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広島県獣医学会雑誌 №2
1(2006)
色の結節が密発し,特に,膵臓では第三葉を中心に多数
材料および方法
の結節を認めた.結節の割面は乳白色で粘稠性のある物
検査材料は,5
0日齢のブロイラーのオスであった.肉
質も認めた(写真3)
.
眼検査後,病変部を1
0%中性緩衝ホルマリンで固定し,常
法に従いパラフィン切片を作製した.その後,ヘマトキ
シリン・エオジン(HE)染色,過ヨウ素酸シッフ(PAS)
染色及び第1次抗体に抗ケラチン/サイトケラチンウサ
ギポリクローナル抗体(ニチレイ,東京)を使用し,
「Avidin-Biotinylated peroxidase complex method
(ABC法)
」
によるキット
〔ヒストファインSAB-PO
(M)
キット,SABPO(R)キット,SAB-PO(G)キット,ニチレイ,東京〕
を用いて免疫組織化学染色を施し,病理組織学的検査を
実施した.
成 績
1.肉眼所見
写真3 十二指腸および膵臓の漿膜面に結節が密発していた
内臓摘出後,腹腔内に4個の腫瘤を認めた.腫瘤は鶉
卵大からテニスボール大で,暗赤色を呈し,硬度は中程
度であった
(写真1)
.割面は暗赤色から赤みがかった乳
肝臓,左腎臓及び脾臓に同様の結節性腫瘤を認めた.
白色を呈し,粘稠性のある物質を含んでいた(写真2)
.
肉眼的にはその他の著変は認められなかった.
十二指腸及び膵臓漿膜面には米粒大から大豆大の乳白
2・組織学的所見
腫瘤は大小不同の腺管様構造及び豊富な結合組織によ
り構成されていた.腺管様構造は円柱から多形の上皮様
腫瘍細胞で構成され,その核は大小不同で,異形性に富
み,クロマチンが密で,核分裂像も散見された.一方,腺
管様構造を示さない腫瘍細胞は,浸潤増殖しながら集簇
を形成し,部分的には扁平上皮化生を示していた.また
腫瘍細胞巣の中心部が角化し,核を失った細胞が相集
まって玉葱状をなした,いわゆる,癌真珠も認められた
(写真4)
.
写真1 腹腔内に認められた腫瘤(矢印)
写真4 腫瘤部の腺管様構造および癌真珠(H・E染色 ×100)
膵臓は,一部に腺房の残存を認めたが,既存の正常組
織の大部分が腫瘍組織に置換されていた.その腫瘍組織
は腫瘤と同様の構造を呈していた(写真5,6)
.PAS染
写真2 腫瘤の割面
色では,腺管様構造が見られる部位の腫瘍細胞及び腺腔
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写真5 膵臓の病変部に認めた腺管様構造
写真6 膵臓の病変部に認めた癌真珠
(H・E染色 左×1
00,右×200)
(H・E染色 左×1
00,右×2
00)
写真7 腺様上皮細胞及び管腔内にPAS陽性物質を認める
写真8 腺様上皮細胞及び管腔内にケラチン/
(PAS染色×400)
サイトケラチン陽性細胞を認める
(免疫組織化学染色 左×1
00,右×2
00)
内に,PAS陽性物質が認められた(写真7)
.免疫組織化
膵臓癌の発生頻度はヒトでは増加傾向にあり,膵癌全
学染色では,腺管様構造を形成している腫瘍細胞及び癌
国登録の報告6)によると198
1年から200
0年の調査で患者
真珠に,ケラチン/サイトケラチン陽性細胞が認められ
の8
7%が外分泌の導管上皮由来とされている.動物でも
た(写真8)
.
ほとんどが外分泌の導管上皮由来といわれている.しか
し,その発生頻度は低く,発生は主に犬にみられ,猫で
考 察
は少ない6,7).採卵鶏では腹腔内腫瘍92例を詳細に病理
ブロイラーに認められる腹腔内腫瘍としては,奇形腫,
組織学的に検討した結果,1
5%が膵管上皮由来であると
顆粒膜細胞腫などの症例報告1- 3)があり,当所でも奇形
推定されている8).しかし,ブロイラーにおいては報告例
腫を確認している4).今回の症例は当所でブロイラーに
もほとんどなく,発生頻度等不明な点が多い.
初めて確認された腹腔内腫瘍であった.
当所の平成1
6年度におけるブロイラーの腫瘍発生率は,
本症例は,組織学的には腫瘍細胞の導管類似の腺管様
マレック病を除くと全部廃棄羽数に占める割合は0.0
7%
構造と豊富な間質を特徴とし,部分的には腫瘍細胞の扁
と低い傾向にあった.稀観例を確実に診断するためには,
平上皮化生及び癌真珠が注目された.これらの腫瘍細胞
今後も症例を重ね,知見を集積していく必要がある.
は PAS 染色陽性及びケラチン/サイトケラチン陽性で
あった.以上の所見から病理組織学的には腺扁平上皮癌
謝辞
と診断した.腺扁平上皮癌の原発部位は,扁平上皮と円
診断にあたり,ご助言いただいた東広島家畜保健衛生
5)
柱上皮との移行部に生ずることが多い .また,肉眼所見
所病性鑑定グループの諸先生に深謝します.
および組織学的所見等から,膵臓の介在部を原発と推定
した.
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1(2006)
山堂,東京(199
5)
文 献
5)膵癌登録委員会:膵癌全国登録調査報告(2
0年間の
総括)
,膵臓,18,97−169(200
3)
1)杉山公宏ほか:鶏のメッケル憩室先端部に発生した
多嚢胞性未熟型奇形腫の1例,日獣雑誌,4
5,3
8
3−
6)板倉智敏,後藤直彰:獣医病理組織カラーアトラス,
98,文永堂,東京(1992)
385(1983)
2)布留川せい子:食鳥病変シリーズ2
6嚢胞構造の目立
7)日本獣医病理学会(編):動物病理学各論,第2版,
276,文永堂,東京(199
9)
つ奇形腫,鶏病研究会報,3
3,1
09(1997)
3)並河孝至:食鳥病変シリーズ2
4セルトリ細胞様の顆
8)井上佳織ほか:採卵鶏の腹腔内腺癌9
2例の病理学的
検討,広島県獣医学雑誌,1
4,8
3−8
7(199
9)
粒膜細胞腫,鶏病研究会報,3
3,4
8(199
7)
4)菊池浩吉,吉木 敬:新病理学争論,533−534,南
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