から「保全・修復」へと発想を転換させたイタリアに「絵になる」

『「絵になる」まちをつくる―イタリアに学ぶ都市再生』生活人新書
の著者・民岡順朗さん
技術士
「開発・建設」から「保全・修復」へと発想を転換させたイタリアに「絵になる」ま
ちづくりを学ぼう
古いものを大切にする
――イタリアのまちの印象は?
イタリアのまちづくりは「保存・修復」という考えを基本に、古いまちの姿をなる
べく残していこうとしています。ですから、イタリアのまちはとても古く、その土地
の風土を生かした個性が感じられます。
そればかりでなく、古いものが圧倒的に多い中に、ぽつぽつと新しいものが存在す
るのも特徴的です。古いまち並みを「背景」に、モダンなファッションや自動車が「前
面」にある。その風景は、歴史という時間の流れや文化の厚みを感じさせ、何ともい
えない居心地の良さをかもし出しています。結果的に、世界中の人々を魅了する「絵
になる」まちになっているのです。
一方、日本のまちづくりは、いまだに「開発・建設」を基本としています。そのた
め、東京などの大都市においては、新しいものの中に、切り取られたようにぽつぽつ
と古いものが残っている状況です。高層マンションやビルの隣にぽつんと神社や石碑
が残る風景は、どことなく違和感があります。
新旧のギャップが面白いという意見もありますが、癒しの空間、歴史・文化を感じ
る空間となっていると感じる人は、少ないのではないでしょうか。
不便さを受け入れる
――どうやって古いまちを守ってきたのですか?
イタリアに古いまちが残っているのは、戦争による被害が比較的少なかったのも一
つの理由です。しかし、注目すべき点は、1960 年代という早い時期から、それまでの
近代化の流れから一転して、
「保存・修復」を基本としたまちづくりに取り組んできた
ことです。
それは 60 年代にイタリアが直面した人口減少、まちの空洞化、環境破壊などの問題
に対応するためでした。まちを拡大していくのではなく、コンパクトにまとめ、郊外
には緑を多く残すようにする。市内では、古い建物を取り壊して新しく建てるのでは
なく、改築によって建設コストを下げ、廃棄物を減らしました。
こうして、古い建物は外装をそのままにしながら、内装をモダンにつくり変えるな
どして、ホテルや事務所、住宅、店舗などに生まれ変わりました。こうして、世界の
多くの人から愛される都市ができあがり、結果的に「絵になる」まちになったのです。
また、80 年代には、排気ガスなどによる大気汚染で酸性雨が降り、建築物の外壁や
露出した彫刻が侵食されるなどの深刻な問題が発生しました。それ以来、市内ではマ
イカー規制が行われ、都市に入るためには周辺の駐車場に車を停めて、公共交通に乗
り換えなければならなくなったのです。
まち中を自家用車で走れるのは便利ですが、そうすると、車道を広くしなければい
けないし、駐車場も必要になってきます。すると、古い建物を壊さなくてはいけなく
なるし、排気ガスで健康被害も出てくる。そう考えた市民の中からさまざまな活動が
生まれ、現在のような形でまちが守られるようになったのです。
イタリアの首都ローマでさえ、市内を走る地下鉄の路線は二本だけです。道路は狭
い上、どこに行くにもバスかタクシーに乗るか、古い石畳のゴツゴツした道を長い距
離歩かなくてはいけません。
東京で暮らす感覚ではとても生活できない、ある意味、不便なまちなのです。でも、
この取り組みには、不便であっても、古いまちや芸術、美しいものを大切に保存した
いと願うイタリア人の価値観がよく表れています。
ある意味、古いものを残すということは、不便さを受け入れることでもあり、進歩
や発展を少し我慢することになる、とイタリアのまちは教えてくれます。
空洞化する日本の都市
――日本のまちづくりで心配なのは?
これからの日本のまちが直面するのは、急速な人口減少です。日本の人口は今後 100
年で半減するといわれ、実際、地方都市では高齢化、過疎化が進んでいます。
開発が進んでいるのは都市の郊外で、新しいまちに駐車場を備えた大型ショッピン
グセンターができ、その周りに広い住宅が建ち、若い世代の家族が移り住むようにな
っています。反対に、旧市街地は空洞化に直面しています。商店街はシャッターの閉
まった店が目立ち、建物が取り壊され、空き地として放置されたままのところもあり
ます。これらは「絵になるまち」をつくる以前の深刻な問題です。
また、環境問題も深刻化しています。みんなが望むライフスタイルを実現してきた
結果、古い建物は壊され、廃棄物が増え、都市の緑は減り、大気や水、土壌の汚染が
進んでいます。
日本の 100 年後の人口は、今のイタリアと同じくらいだと言われています。
「開発・
建設」という発想から、
「保全・修復」型の価値観へ転換を図ったイタリア。日本も「絵
になる」まちづくりの秘訣を多く学べるのではないでしょうか。
プロフィール
たみおか・じゅんろう
技術士(建築部門「都市及び地方計画」)、一級建築士。早稲田大学理工学部建築学科
卒業。建設コンサルタント会社で都市・地域計画に携わり、1998 年から 5 年間イタリ
アに留学。修復の理論と実践を学び、2001 年に壁画修復コースを修了、ラツィオ州認
定のディプロマを取得。ローマ近郊、シエナ近郊で壁画修復の実務に従事し、2003 年
帰国。現在、環境と文明、風土と文化の視点から、都市再生と保存・修復の接点を模
索している。
海外旅行から帰国したとき、なぜこんなに安っぽい街並みが続くのか、と思ったこ
とはないだろうか。それは日本の都市が、人間にではなく、産業や経済にとって都合
よくつくられているから。訪れる人の感性を揺さぶり、住んでいる人も住み続けたく
なるまちを日本に実現するにはどうしたらよいのか。イタリアに学んだ「修復」とい
う技法をかぎに、都市計画の専門家が提言する。
『「絵になる」まちをつくる―イタリアに学ぶ都市再生』生活人新書
714 円(税込み)