Ⅲ.アウトルック:中東地域 JCIFアジア第2部長 大森周治 1. 概観 2001 年 9 月 11 日に発生した米国同時多発テロ以降、米国を中心とする「世界的反テロ運動」と いう流れの中、中東地域は外交面、経済面で大きく動いたといえる。 米国同時多発テロ直後、イラクを除く中東諸国は、テロ反対の立場を表明、米国に対し同情的な 意見を示した。しかし、10 月に行われたアフガニスタン空爆に対しては、アフガニスタン国民が犠 牲になるなどの理由からイランが反対の意を表明、また軍事面、経済面で米国と密接な関係を有し ているサウジアラビアも、アフガン空爆に対し反対する立場を表明した。米国による経済制裁を受 ける中、米国側の歩みよりなくしては米国主導の反テロ運動には参加できないとするイランの外交 方針や、自国における米軍駐留批判などの国内の反米世論に配慮を行うサウジアラビアの苦悩が見 て取れる。その一方でトルコは、米軍のトルコ領空及び軍事基地使用を許可し、トルコ国軍のアフ ガン派兵を行うなど一貫して米国への最大限の協力を表明した。NATO加盟国かつイスラム教国 であるトルコの地政学的重要性が再認識され、同国への安全保障面での役割期待が飛躍的に高まる 中、IMFがトルコへの破格の支援を承認したことは注目に値するといえよう。 アフガニスタン問題は、昨年 11 月のタリバン崩壊、12 月のアフガン暫定行政機構発足により一 応の収束をみた。しかし同時に、イスラエルは、 「反テロ」の論理をパレスチナ人による自爆テロへ の報復に結びつけることによって、パレスチナ自治区に対する報復攻撃を激化させている。パレス チナ解放機構アラファト議長の指導力が低下していく中、パレスチナ人による自爆テロや銃乱射が 頻発、これに対しイスラエル軍による報復の軍事行動がパレスチナ自治区で繰り返されるという状 況が続いており、中東和平は暗礁に乗り上げている。一方で、パレスチナ問題に対するイランの関 与を強く懸念するイスラエルの動きに米国が同調し、米国のイラン敵視が厳しさを増した。2002 年 1 月には、パレスチナ武器密輸船を紅海沖にてイスラエル軍が拿捕、これにより両者の武力衝突が 更に激化した。また同事件に対し米国は、密輸船に対するイランの関与を強く指摘した。 こうした流れの中、一般教書演説では、ブッシュ米大統領がイラク、イランを「悪の枢軸国」と し、 「反テロ」という旗印の下、両国に対する強硬路線を明確にした。特にイラクに対しては、同国 の大量破壊兵器開発懸念の中、国連の武器査察をイラク側が拒否していることもあり、米国による イラク空爆懸念が高まっている。一方パレスチナ問題においては、サウジアラビアのアブドラ皇太 子による和平案の提唱、パウエル米国務長官による中東諸国訪問による仲介などの動きが見られて いるが、抜本的な事態解決には至っていない。 経済面では、石油価格下落に伴うアラブ諸国、イランなどの産油国への打撃が懸念された。米国 同時多発テロ以降、一時的に急騰した石油価格は、その後世界経済の低迷による石油需要減退への 懸念により急落、その後低迷を続けた。しかしながら、2002 年 1 月よりOPECが協調減産に踏み 切って以降、パレスチナ問題の激化、イラク攻撃への懸念などにより石油価格は徐々に上昇に転じ てきており、石油価格下落による産油国経済への打撃にはブレーキがかかった形となっている。一 方で米国同時多発テロ以降、中東方面への観光客は減少しており、トルコなど観光収入の依存度が 高い地域への悪影響が懸念されている。 2. 主要国の動き (1)アラブ首長国連邦 政府は脱石油を目指して産業多角化を推進しており、輸出構造では石油関連は 50%弱にまで抑え られている。また、ドバイなどを中心に中継貿易、商業、観光などに力を入れており、諸外国から も同国が湾岸の商業中心地として広く認識されている。石油産業の同国の実質経済成長率に対する 影響は、他の湾岸産油国に比べて限定的であるため経済成長率は 2001 年は 2.7%、2002 年は 1.9% が見込まれる。 同国のイスラム教の戒律は比較的緩やかで、外国人労働者の比率は高いものの、社会情勢は安定 している。政府は基本的に欧米とも親密な関係を築いており、パレスチナ問題に対する米国の対応 への批判はあるものの、目立った反米運動などは見受けられない。ただし、中東情勢が緊迫化する ことで、対内直接投資や観光産業への影響が懸念される。また人口の増加に伴う若年層の失業問題 は他の湾岸諸国同様で政府の重要な課題となっている。 (2)サウジアラビア 非石油産業の育成に力を入れているが、従来からの石油依存の輸出構造に大きな変化は見られな い。同国の経済は、輸出の 9 割かつ実質GDPの 3 割を占める石油部門に大きく左右されるため、 昨年来の減産の影響から 2002 年の実質経済成長率は 2001 年の 2.2%から減速し 0.9%程度に留まる ものと見られる。 アラブ首長国連邦同様、若年層の失業対策は政府の重要な課題となっており、一説には労働者全 体の失業率は 20%にも上ると言われている。政府は労働力の自国民化を推進しているが、抜本的な 解決には至っていない。中東情勢の緊迫化では、アブドラ皇太子が和平案を提示したことで脚光を 浴び、イスラム宗主国としての存在感をアピールした。ただし今後、中東情勢の不安定が長期化し た場合、対内直接投資などへの悪影響が懸念される。なお、250 億ドルの大型案件として注目され ていたガス田開発プロジェクトは、メジャーと政府の条件交渉が難航しており、3 月の契約締結期 日を過ぎた現在も交渉は継続中である。 (3)イスラエル 2000 年 9 月のシャロン首相(当時:リクード党首)による「神殿の丘」訪問から勃発した武力 衝突により、パレスチナとイスラエルの和平プロセスは暗礁に乗り上げている。国内ではパレスチ ナ人による自爆テロや銃乱射事件が続発し、パレスチナ自治区内ではイスラエル軍の報復攻撃が繰 り返されている。さらに 2002 年 3 月にはネタニヤでの大規模テロを契機に、イスラエル軍がテロ 施設の破壊を目的にパレスチナ自治区へ侵攻するといったところまで事態は悪化してきており、状 況は深刻さを増すばかりである。このような状況を打開するためにイスラエルに対し影響力を持つ 米国が調停に乗り出したものの、早期の問題解決は難しい状況にある。 経済面においては、同国の 2001 年度のGDP成長率は、米国の景気減速による輸出減少、治安 悪化による観光客の減少、パレスチナ自治区封鎖による建設業や農業部門における労働力不足など から 0.6%のマイナス成長になった。 イスラエル経済は、ダイヤモンド加工業、ハイテク産業、医療・通信分野への構造転換が進んで おり,潜在成長率はかなり高いものと思われる。しかし,武力衝突が同国経済にかなりの悪影響を あたえているため,その潜在的な力を十分に発揮できていない。中東和平の進展が期待されるとこ ろである。 (4)イラン 2001 年 6 月の大統領選挙では、穏健改革派のハタミ大統領が圧勝による再選を果たした。しかし ながら大統領には限定的な権限しか与えられておらず、司法、軍事・警察などの国家の主要部分は 依然保守派が影響力を保持している。一方、改革派も急進改革派やイスラム左派などを内部に含ん でおり一枚岩ではない。こうした状況下、ハタミ政権は当面を保守派、改革派の双方に対して調整 を行う必要に迫られることから改革のペースは非常にゆっくりしたものとならざるを得ない。 外交面では、イランがパレスチナ問題へ関与することを強く懸念するイスラエルの動きに米国が 同調し、米国のイラン敵視が厳しさを増した。2002 年1月にはパレスチナ自治政府が関与している と言われる武器密輸船をイスラエル海軍が拿捕した事件について、米国は同密輸船に対するイラン の関与を強く指摘、更に一般教書演説ではブッシュ米大統領がイランを「悪の枢軸」の一国として 非難したことで、米国のイラン敵視政策が決定的となった。イラン・リビア制裁法(ILSA)が 存続していることもあり、両国関係は再び悪化の方向に向かいつつある。 (5)トルコ 現在の連立政権は総議席の約 6 割を占め、 過去の政権と比較すれば安定している。 同連立政権は、 2001 年 2 月の金融危機の後に作成された経済改革プログラム遂行を最優先させることで合意してお り、経済改革遂行に対してはIMFも高い評価を示している。 外交面では、2001 年 9 月の米国同時多発テロを契機として、トルコの地政学的重要性が再認識さ れ、NATO加盟国かつイスラム教国であるトルコの安全保障面での役割期待が飛躍的に高まって きている。 2002 年 4 月にはアフガン暫定行政機構を支援するために組織された国際治安支援部隊(I SAF)の主導権をトルコが英国より引き継ぐことで基本的に合意されている。 経済面では、金融危機以降の景気低迷を反映して、2001 年の実質GDP成長率はマイナス 7.4% となり、1945 年以降最低の水準となった。その一方で、金融危機及び米国同時多発テロなどに伴う 対外資金流出に対処するため、IMFは支援額の増枠を承認した。2002 年 2 月にIMFがスタンド バイ・クレジット 160 億ドルの承認を行ったことにより、トルコのIMFからの支援枠は 310 億ド ルとなりIMFからの最大の支援対象国となった。この支援パッケージのうち、2002 年 4 月 15 日 にはIMFより 10 億ドルの融資が承認された。また、世銀も翌 16 日に金融部門・公共部門構造調 整融資 13.5 億ドルの融資を承認した。しかし、今後のIMFの支援継続には、緊縮財政政策、イン フレ低下、銀行セクター改革、民営化等の構造改革を柱とする経済改革プログラム遂行が要件とな っており、引き続き今後の動向が注視される。 以 上
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