技術時報 2014 No.23 小型基地局用 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサの開発 Development of 2-GHz Band Dielectric Waveguide Duplexer for Small Base Station 谷田部 主一 Yukikazu YATABE 丹下 正義 Masayoshi TANGE 津田 直明 Naoaki TSUDA 車載 RF 事業部 近年モバイルトラフィックの増大に伴い,スモールセルが提案されているが,これらスモールセル基地局は搭 載部品にも小型化を求めている.この動向に対応するべく誘電体導波管デュプレクサの開発を行った.今回,高 調波抑制機能を有し,かつ低損失である新しい同軸線路~誘電体導波管変換構造および導波管分岐構造を考案, デュプレクサの小型化,低コスト化を実現した. Recently, the small cell is proposed as a solution for the tight traffic of mobile communications. The base station for the small cell demands that electronics parts being used inside it are small size. The dielectric waveguide duplexer has been developed to meet that trend. In the latest development described in this paper, the novel coax-dielectric waveguide transition structure with the function of the spurious suppression and low loss is utilized for realization of the miniaturization and the cost reduction of the duplexer. 1.まえがき 携帯端末用の基地局では,これまでは一台で広範囲をカバー する「マクロセル」が主流でしたが,近年,モバイルトラフィ ックの増大や周波数帯の逼迫から,狭い範囲を多数の小型基地 局でカバーする「スモールセル」の普及も図られています[1]. スモールセルは基地局搭載部品にも小型化,軽量化が要求され ます.マクロセルにおいては特性の面から低損失な空洞導波管 デュプレクサを用いることが主流となっていましたが,共振器 個々の寸法に空気中波長の 1/2 程度が必要であり,さらに肉厚 の管壁が必要であるため,スモールセル用途としては大きさ, 重さの面で対応が難しくなることが予想されます.そのためよ り小型軽量である誘電体導波管を用いたフィルタやデュプレ クサの研究も行われています[2]-[5]. 東光株式会社では,これまで高誘電率,低損失のセラミック 材料を用いた誘電体導波管デュプレクサ WDPH の開発を行っ てきました.2GHz 帯 WDPH は同周波数帯の空洞導波管デュプ レクサに比べてより小型,軽量であり,また同周波数帯の同軸 共振器デュプレクサに比べてより低損失であるという特徴を 有しており,スモールセル基地局向けとして適していると考え られます.しかし近年の空洞導波管の高機能化,低価格化を受 け,より一層の低コスト化が要求されています. 今回は高調波抑制機能の内蔵化と素子体積の低減を実現し, より低価格化が可能となった新構造 WDPH の開発について報 告します. 2.基本構造 従来型 WDPH の外観を図 1 に,基本構造を図 2 に,目標特 性を表 1 に示します.各共振器素子は比誘電率約 20 のセラミ ックブロックを用い,表面には圧膜印刷技術により銀電極を形 成しています.共振器の幅は全て 24mm,高さは 8mm として おり,各共振器の長さによって共振周波数を調整しています. 共振器の隣接面には誘導性結合窓を形成しており,この窓の広 さによって結合度を調整しています.Ant.端子部分には共振器 とは別に分岐用の素子を用いており,Rx.と Tx.の両方の帯域に 対応させています.Tx.側,Rx.側ともに 4 素子で構成していま す.コネクタ以外は金属製ケースに収納されており,外形寸法 は突起部を除いて 70×160×20mm となっています. 図 1 従来型 WDPH 外観 Ant.端子 プリント基板 高域側素子 分岐部 Tx.端子 低域側素子 Rx.端子 図 2 基本構造 表 1 目標特性 Requirements Tx.→Ant. Ant.→Rx. Frequency Range (GHz) 1.92~1.94 2.11~2.13 Insertion Loss (dB) 1.8 2.0 nd rd 60 2 ,3 harmonic rejection (dB) 小型基地局用 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサの開発 𝑓𝑛𝑚𝑠 = 𝑐 𝑛 2𝑤 2 𝑚 + 2𝑡 𝜀𝑟 2 + 𝑠 2𝑙 2 … (1) w l y 10 9 8 7 6 5 4 3 2 Conventional Size New Size 3rd harmonic 2nd harmonic pass band 101 102 110 011 301 111 210 103 211 012 302 112 310 212 311 013 303 113 312 104 213 これまでの WDPH では Tx.側の 2 倍,3 倍高調波を抑制する ため Tx.端子部のプリント基板にローパスフィルタ(LPF)の 平面回路を形成していました.しかしながら必要な特性を得る ためにはある程度以上の面積が必要であり,コスト増や,通過 帯域における損失の増大,LPF パターンからの不要放射,耐環 境性能劣化といった問題を引き起こしていました,そこで今回 は外部に LPF を取り付けるのではなく,デュプレクサの共振 器自体に高調波を回避あるいは抑制する機能を持たせること を検討しました. WDPH の各素子は TE101 モードの方形共振器として動作して おり,不要な高調波はそれ以外の共振モードが要因となりま す.ここで図 3 に示すような比誘電率εr ,寸法 w×t×l ,の 方形誘電体共振器を考えます.この共振器に励娠され得る TEnms モードの共振周波数(fnms)は以下の式で計算できます. なお c は光速を表します. fnms (GHz) 3.基本構造 Mode TEnms 図4 TE モードの共振周波数(cal.) 4.端子部構造 寸法変更により大部分の高調波は 2 倍,3 倍波帯域から除 去することができたものの,TE303,TE104 は未だ 3 倍波帯域 近傍に位置しています.そこでデュプレクサの端子部におい て 3 倍波帯域付近を抑制することを検討しました. 端子部には同軸線路あるいはマイクロストリップ線路と いった 50Ω系の伝送線路と,誘電体導波管とをモード変換す る必要があり,いくつかの構造がこれまで考案されています [6][7].東光の誘電体導波管フィルタでは,島状の電極パター ンによるマイクロストリップ線路~誘電体導波管モード変 換構造を用いていました[3].しかしこの構造では高調波抑制 機能を追加することが困難です.そこで今回図 5 に示すよう な同軸線路~誘電体導波管変換構造を考案しました. x t SMAコネクタ z 電界 磁界 オープンスタブ プリント基板 図 3 共振器寸法と TE101 モード 従来型 WDPH の基本波周波数は 2.12GHz,共振器寸法は幅 24mm,高さ 8mm,長さは概ね 19.5mm です.この共振器に励 娠され得るモードを(1)式で計算したところ,2 倍波~3 倍波の 帯域に重なるように多数存在していることがわかります(図 4 Conventional Size ) .つまり,基本周波数を動かさないように して各寸法を調節すれば,基本のフィルタ特性を維持しつつ, ある程度高調波の周波数を制御することができると考えられ ます.まず m = 1 となるモード群についてですが,これらの周 波数は素子の高さに依存することを利用し,素子高さを 8→ 4mm と薄くすることで 3 倍波よりも十分高い帯域にまで移動 することができました.また共振器幅を 24→22mm とすること で TE301 を 2 倍波の帯域から離すことができました.以上から 基本寸法は幅 22mm,高さ 4mm と決定しました(図 4 New Size). プローブ 結合窓 図 5 同軸線路~誘電体導波管変換構造 この構造は誘電体導波管共振器を共振長の 1/2 で分割し, その分割面に入力プローブを構成しています.分割面同士は 押しあてるだけでよく,接着や接合のような特殊なプロセス は不要です.これは分割面が素子外周に流れる電流に並行と なり,内部電磁界を乱さず特性が劣化しにくいためです.ま た外部への電磁界漏洩も少なく,帯域外結合や Tx.~Rx.端子 間の不要結合を抑制することができます.またプリント基板 内に定在波が集中しないため,従来の島状電極と比べて低損 失であり,安価な基板材料を使用でき低コスト化にも寄与し ます.そして高調波抑制用のオープンスタブを入力プローブ に装荷することもできます. 2 小型基地局用 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサの開発 外部の伝送線路と初段共振器の結合度を示す外部 Q はプロ ーブの長さや幅によって調整することができます.図 6 にプロ ーブ長 lfeed と外部 Q(Qe )の関係を計算した結果を示します. 中心周波数 2GHz 帯,帯域 30~40MHz のバンドパスフィルタ に必要な外部 Q を計算したところ[8],30 以下程度であり,こ の構造ならば十分な特性が得られると考えられます. 40 5.分岐部構造 従来型 WDPH では共振器の他に信号分岐用の構造を用意 していました.この箇所は共振器としての働きに寄与してお らず,可能であれば無い方が挿入損失や材料コストの面で有 利であると言えます.そこで今回は図 8 に示すような分岐部 構造を考案しました. SMAコネクタ 35 プリント基板 30 Qe オープンスタブ 低域側共振器 25 20 15 2 2.5 3 3.5 4 高域側共振器 lfeed (mm) 図 6 プローブ長と外部 Q の関係(sim.) 結合窓 オープンスタブの有無による端子部構造単体における 3 倍 波帯域近辺の伝送特性を図 7 に示します.オープンスタブを装 荷することにより 3 倍波帯域において概ね 20dB 程度伝送を抑 制することができました. -40 with stub |S21| (dB) -60 without stub -80 -100 -120 6.1 6.2 6.3 6.4 Frequency (GHz) 6.5 図 8 分岐部構造 この構造は共振器以外の分岐部が不要であり部品点数や 挿入損失の面で優位性があります.各帯域における外部 Q は 素子端部からの距離,窓の幅,入力線路の幅によって調整で きます. 図 9 のような寸法において,低域側の ls1 を固定し,高域側 の ls2 を変化させた時の各々の外部 Q 値をシミュレーターに より計算した結果を図 10 に示します.高域側の外部 Q を変 動させても低域側の外部 Q にはほとんど影響を及ぼさない ことが分かりました.逆の低域側から高域側についても同様 です.つまりこの構造では 2 つの共振器間の相互干渉が少な く,それぞれの外部 Q や周波数,結合量を独立して設計が可 能であり,デュプレクサの設計難易度を大幅に低減できま す. 6.6 Feed Point 図 7 高調波帯域の伝送特性(sim.) l1 w ls1 w ls2 l2 図 9 分岐部寸法 3 小型基地局用 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサの開発 0 60 50 30 20 10 0 with stub 40 60 80 100 0% 25% 50% 75% 100% 6.1 6.2 ls2 / l2 図 10 高域側および低域側の外部 Q(sim.) Normalized |S 21| (dB) 6.6 Tx. Rx. -3 -6 6.試作結果 これまでの高調波対策,端子部構造,分岐部構造を適用し て 2GHz 帯デュプレクサの設計,試作を行いました.なお各 共振器間の結合調整はモード整合法[8]を用いました.試作品 外観を図 14 に,通過帯域測定結果を図 15 に,高調波帯域測 定結果を図 16 に示します.従来型に比べ素子体積は約 35% にまで小型化できました.また電磁界漏洩が少ないため金属 シールド等も不要です.挿入損失は約 1.0dB と,従来型と同 等以上の特性が得られました.また 2 倍波,3 倍波帯域を狙 い通り抑制できました. t:4.05 -9 1.8 1.9 2 2.1 Frequency (GHz) 2.2 2.3 Tx.端子 Ant.端子 図 11 分岐部伝送特性(sim.) この分岐部構造でも高調波抑制用のオープンスタブを装荷 することができます.オープンスタブの有無による分岐部単体 における 3 倍波帯域近辺の伝送特性を図 12 に示します.こち らも 20dB 程度伝送を抑制することができています. Rx.端子 100.1 図 14 試作品外観 -40 with stub without stub -60 0 -80 Attenuation (dB) |S21| (dB) 6.5 図 13 3 倍高調波帯域特性(sim.) 2GHz 帯デュプレクサ用に設計した分岐部構造の通過特性の 一例を図 11 に示します.外部 Q は Rx.側と Tx.側を同時に 20 ~30 程度とすることができています. 0 6.3 6.4 Frequency (GHz) -100 -120 -140 6.1 6.2 6.3 6.4 Frequency (GHz) 6.5 6.6 図 12 高調波帯域の伝送特性(sim.) 前述の端子部構造とこの分岐部構造を共に適用したデュプ レクサにおいて,オープンスタブの有無による Tx.→Ant.伝送 特性のシミュレーション結果を図 13 に示します.3 倍波帯域 近辺を 80dB 前後にまで減衰できました. 20 0 Ant.→Rx 10 Tx→Ant. 40 20 60 30 80 40 100 Return Loss (dB) Qe 40 without stub 20 Attenuation (dB) Qe2 Qe1 50 1.8 1.9 2 2.1 Frequency (GHz) 2.2 2.3 図 15 通過帯域特性(exp.) 4 小型基地局用 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサの開発 Attenuation (dB) 0 20 40 60 80 100 1 2 3 4 5 6 7 Frequency (GHz) 図 16 高調波帯域特性(exp.) 7.むすび 2GHz 帯誘電体導波管デュプレクサ WDPH の開発を行いま した.このデュプレクサの特長として以下が挙げられます. 通過帯域の 2 倍,3 倍高調波を抑制 素子体積を従来型の約 35%に低減 外部への電磁波漏洩を抑制 また,今後の課題としては以下が挙げられます. パッケージングの確立 飛び越し結合による高減衰化 さらなる小型化 より広帯域な高調波対策 このデュプレクサが次世代モバイル通信の普及に幅広く貢 献することを期待します. 参考文献 [1] “特集 1:小型基地局で全てを覆う,” 日経エレクトロニ クス. 2013 年 6 月 10 日号. [2] 服部, 西山, 久保, 氷見, 石川, “リッジ型 2 重モード誘電 体共振器を用いた移動体通信基地局用小型誘電体デュプ レ ク サ ,” 信 学 ソ 大 , エ レ ク ト ロ ニ ク ス (1), p.88, Nov. 1996. [3] 佐野和久, 宮下明司, “誘電体導波管フィルタの構成法に 関する一考察,” 信学技報, MW98-75(1998-09), pp.1-8, Sep. 1998. [4] 大和田, 米田, 大橋, 宮崎, . "アイリス結合形誘電体充填 導波管分波器," 信学総大, C-2-79. p.130, Mar. 2000. [5] 佐野和久、伊藤一洋, “フランジ接続可能な 26GHz 帯誘電 体導波管ダイプレクサ,” 信学総大, C-2-72. p.107, Mar. 2004. [6] Jamal S. Izadian, Shahin M. Izadian, Microwave Transition Design, Artech House, Boston, 1988. [7] 小西良弘, “マイクロ波の基礎とその応用,” 総合電子出版 社, pp.239-240, Aug. 1992. [8] G.L.Matthaei, L.Young and E.M.T.Jones,“Microwave filters, Impedance-Matching Networks, and Coupling Structures,” Artech House, Boston, 1980. 5
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