− 第 13 回 県 青 年 ・ 女 性 漁 業 者 交 流 大 会 発 表 よ り − ブダイを漁獲してカジメ藻場の復活を! と う じ 下田市漁協青壮年部田牛支部 渡辺忠相 1.地 域 の 概 要 下 田 市 は 、伊 豆 半 島 の 東 南 端 に 位 置 し 、人 口 は 3 万 人 弱 の 街 で あ る( 第 1 図 )。 美しい自然、温暖な気候、自然の幸、温泉はもとより、開港の旧跡等の観光資 源にも恵まれているため、今では、就業者の 7 割を第 3 次産業で占めている。 田牛地区は、下田市の南西部に位置し、美しい海水浴場はもとより、抜群の 眺望を誇るタライ岬、人気スポットのサンドスキー場を有している。また、海 や山など自然が豊かで美しいため、別荘地としても有名なところである。 2.漁 業 の 概 要 下 田 市 の 漁 業 は 、地 先 に 広 い 浅 海 部 が 広 が っ て い る た め 、テ ン グ サ 、ア ワ ビ 、 イセエビを中心とした磯根漁業、そして、地先海面から伊豆七島近海での釣り 漁 業 が 主 に 行 わ れ て い る 。ま た 、下 田 市 魚 市 場 で は キ ン メ ダ イ の 水 揚 げ が 多 く 、 キ ン メ ダ イ の 水 揚 げ は 日 本 一 を 誇 っ て い る ( 第 2 図 )。 田 牛 地 区 は 、総 戸 数 93 戸 、組 合 員 100 名 の 漁 村 で あ り 、民 宿 を 兼 業 し て い る 組合員も多い。漁業の概要は、一本釣り漁業と地先から神子元島に向かって伸 びる広い岩礁域で、ヘルメット式潜水器、マスク式潜水器、ならびに素潜りに よる採介藻、およびイセエビ刺網を主とした磯根漁業の盛んなところである。 その他に遊漁船や渡船を行っている者もいる。 第 1図 下田市の位置 第 2図 田 牛 支 所 の 水 揚 げ 状 況 ( H18) 3.研 究 グ ル ー プ の 組 織 と 運 営 青 壮 年 部 が 結 成 さ れ た の は 昭 和 30 年 で 、 現 在 は 20∼ 40 代 を 中 心 に 9 名 で 構 成されており、一本釣り漁業や磯根漁業に従事している。青壮年部ではこれま でにアワビの種苗放流、磯焼け後の漁場の調査、カジメの移植及び母藻投入を 中心に活動し、視察研修も積極的に行ってきた。また、最近の活動としてはア ワビ種苗放流を継続して実施するとともに、下田市の各地区の青壮年部と協力 してキンメダイ漁に対するサメ駆除を行っている。 4.研 究 、 実 践 活 動 課 題 選 定 の 動 機 平成元年の冬、伊豆半島に黒潮が接岸し、高水温が継続したため、磯焼けが 発 生 し た( 写 真 1)。ア ワ ビ の 漁 場 で は 、餌 が な く な っ た こ と に よ り 、非 常 に 痩 せ た 個 体 や 、餓 死 す る 個 体 が み ら れ 漁 獲 量 が 急 激 に 落 込 ん で し ま っ た 。そ の 後 、 黒潮が離岸した後も目立ったカジメの回復は見られず、平成 7 年まで磯焼けが 継 続 し 、ア ワ ビ の 漁 獲 量 は 低 迷 し た 。平 成 14 年 以 降 、ア ワ ビ の 漁 獲 量 は 増 加 傾 向 に な っ た が 、平 成 16 年 の 夏 、ふ た た び 伊 豆 半 島 に 黒 潮 が 接 岸 し 、磯 焼 け が 発 生 し た ( 第 3 図 )。 写真 1 磯焼けの海 第 3図 アワビ漁獲量の推移と黒潮の接岸 このように田牛地区では何度か磯焼けを経験してきたが、磯焼けの回復のた め、カジメの移植や母藻投入など積極的な回復策を行ってきた。 水産技術研究所の最近の研究によると、磯焼けした漁場に新たに海藻が生育 し始めても、藻食性の魚類が回復してきたカジメを食べてしまうことで、磯焼 け を 持 続 さ せ て い る 原 因 に な っ て お り 、 特 に 伊 豆 地 先 で は 、 ブ ダ イ ( 写 真 2) の資源が増加したことによる影響が大きいことが分かってきた。ブダイは、冬 場には煮付けや鍋の材料に用いられ、魚価が高く重要な資源であるが、磯焼け の持続要因と考えられたことから、ブダイを漁獲して資源量を抑制することが できれば、カジメ藻場が復活できるのではと考えた。 5.研 究 、 実 践 活 動 の 状 況 及 び 成 果 1) イ セ エ ビ 刺 網 に よ る ブ ダ イ の 漁 獲 状 況 ブダイがイセエビ刺網によりどこでどれだけ漁獲されているかを把握するた め 、 平 成 17 年 10 月 ∼ 平 成 18 年 5 月 ( 以 下 、 平 成 17 年 漁 期 と 称 す る )、 平 成 18 年 9 月 ∼ 平 成 19 年 5 月( 以 下 、平 成 18 年 漁 期 と 称 す る )の 間 、刺 網 漁 業 者 に 調 査 票 を 配 布 し て 、操 業 位 置 、使 用 反 数 お よ び ブ ダ イ の 漁 獲 尾 数 を 調 査 し た 。 そ の 結 果 、 ブ ダ イ の 漁 獲 尾 数 は 、 平 成 17 年 漁 期 が 5,876 尾 、 平 成 18 年 漁 期 が 4,000 尾 で あ っ た 。漁 獲 尾 数 と 平 均 重 量 か ら 推 定 し た 漁 獲 量 は 、平 成 17 年 漁 期 が 約 4 ト ン 、平 成 18 年 漁 期 が 約 3 ト ン で あ っ た 。ブ ダ イ は イ セ エ ビ 刺 網 が 解 禁 に な っ た 直 後 に 多 く 漁 獲 さ れ 、 平 成 17 年 漁 期 は 10、 11 月 に 全 漁 獲 尾 数 の 5 割 、平 成 18 年 漁 期 は 9∼ 11 月 に 4 割 が 漁 獲 さ れ た 。漁 獲 尾 数 は 、そ の 後 減 少 し た が 、水 温 が 上 昇 す る 3∼ 4 月 に か け て 増 加 す る 傾 向 が 見 ら れ た 。1 反 当 た り の 漁 獲 尾 数 も 漁 獲 量 と 同 じ よ う に 推 移 し た ( 第 4 図 )。 写真 2 ブダイ 第 4図 イセエビ刺網で漁獲されたブダイ の尾数と 1 反当たりの尾数 漁 獲 物 の 体 長 範 囲 は 24∼ 44cm、 平 均 全 長 は 33cm で あ っ た が 、 月 別 で は 10、 12 月 に は 25∼ 30cm、 1、 3 月 に は 29∼ 34cm、 4 月 に は 31∼ 37cm が 多 く 、 翌 年 4 月 に か け て 大 型 の 個 体 が 増 加 す る 傾 向 が み ら れ た ( 第 5 図 )。 漁 場 別 で は 、 平 成 17 年 漁 期 は 10∼ 12 月 に は 東 側 の ハ ー 根 、 ミ ョ ー チ ャ ン 根 周 辺 で ブ ダ イ が 多 く 、 12 月 ∼ 平 成 18 年 1 月 に は 西 側 の ヤ カ ン 周 辺 で も 多 く 漁 獲された。ハー根、ミョーチャン根では、全漁獲尾数の 3 割が漁獲された(第 6 図 )。 平 成 18 年 漁 期 は 9∼ 10 月 に 沖 の ヤ ハ ツ 、 サ ク ネ に お い て 多 く 漁 獲 さ れ た。昔からハー根、ミョーチャン根はブダイ場として知られており、今回の調 査結果からも主要な分布場所であると考えられた。 第 5図 ブダイの体長組成 第 6図 漁場別のブダイの漁獲尾数 ( 平 成 17 年 漁 期 ) 2) 三 枚 網 に よ る ブ ダ イ の 漁 獲 状 況 効率的にブダイを漁獲するため、ブダイが多く生息しているハー根、ミョー チャン根周辺において、地元でブダイ網と呼ばれている三枚網による操業を平 成 17 年 10 月 25 日 か ら 12 月 28 日 の 間 に 7 日 間 行 っ た 。ま た 、イ セ エ ビ 刺 網 の 禁漁期間においても、ブダイの産卵期が 7 月下旬から 8 月であるため、この時 期のブダイを漁獲することで資源量を抑制することができるのではないかと考 え 、 平 成 18 年 8 月 21 日 、 平 成 19 年 7 月 28 日 及 び 9 月 1 日 の 3 日 間 操 業 を 行 っ た ( 写 真 3)。 そ の 結 果 、平 成 17 年 10 月 25 日 か ら 12 月 28 日 の 7 日 間 で 合 計 795 尾 の ブ ダ イ が 漁 獲 さ れ た 。 1 反 当 た り の 漁 獲 尾 数 は 10 月 25 日 が 最 大 で 28 尾 、 平 均 12 尾 で 、 こ れ は 同 時 期 の イ セ エ ビ 刺 網 1 反 当 た り の 平 均 漁 獲 尾 数 ( 0.6 尾 ) の 20 倍 に 相 当 し た( 第 7 図 )。ま た 、漁 獲 物 の 体 長 範 囲 は 27∼ 42cm、平 均 全 長 は 33cm で、イセエビ刺網により漁獲されたブダイとほぼ同じ大きさであった。 イ セ エ ビ 刺 網 の 禁 漁 期 間 に お い て は 、平 成 18 年 8 月 21 日 に は 68 尾 、1 反 当 た り 23 尾 が 漁 獲 さ れ た 。 平 成 19 年 7 月 28 日 に は 4 尾 、 9 月 1 日 に は 6 尾 、 1 反 当 た り の 漁 獲 尾 数 は そ れ ぞ れ 1.3 尾 及 び 2 尾 と 少 な か っ た が 、 こ れ は 、 日 の 出時刻、風向き、潮汐等によって操業位置や投網時刻が制限されたためだと考 えられた。 写真 3 操業風景 第 7図 三枚網による 1 反当たりの 漁獲尾数 3) カ ジ メ の 生 育 状 況 カ ジ メ の 生 育 状 況 に つ い て は 、青 壮 年 部 で 情 報 を 出 し 合 い 、取 り ま と め た( 写 真 4)。 カ ジ メ 群 落 の 最 盛 期 は 水 深 20m ま で の 岩 礁 域 に カ ジ メ が 生 育 し て お り 、 イ セ エビ刺網にカジメが大量にかかったが、磯焼けの発生以降、刺網にはカジメが 全 く か か ら な い 状 態 で あ っ た 。平 成 19 年 8 月 に お い て も 際 立 っ た 回 復 は 見 ら れ ないが、わずかに残存していた長磯、港防波堤、二丁間∼タケグラでは、カジ メ が 水 深 2m 以 浅 ま で 拡 大 し て お り 、陸 側 か ら 徐 々 に で は あ る が 復 活 し つ つ あ っ た ( 第 8 図 )。 写真 4 カジメの情報交換 第 8図 カジメの生育状況 6.波 及 効 果 一般に冬季のブダイは身に臭みがないため、刺身や煮付け、鍋の材料にされ ているが、夏季は身に臭みがあると言われているため単価が安く、またイセエ ビ刺網の禁漁期間であるため混獲もないことから、これまで積極的に食べるこ と は な か っ た 。し か し 、平 成 19 年 7 月 に 三 枚 網 で 漁 獲 さ れ た ブ ダ イ を 食 べ て み た と こ ろ 、予 想 し て い た 臭 い は あ ま り 気 に な ら ず 、お い し い こ と が 分 か っ た 。9 月には民宿の方にも調理して食べてもらったところ、産卵直後であったためか 身にパサツキがあるものの、やはり臭いは気にならなかったようである。これ は 、網 の 設 置 時 間 が 2∼ 3 時 間 と 短 く 、ま た 水 揚 げ 後 、直 ち に 処 理 さ れ た た め だ と考えられた。夏季の三枚網で漁獲されたブダイが活用される可能性が示され た こ と で 、除 去 に よ る 磯 焼 け 対 策 を 継 続 し て 実 施 す る 上 で の 動 機 づ け と な っ た 。 また、青壮年部が活動したことにより、イセエビ刺網、アワビやサザエの採 介藻を行っている方、民宿等の協力が得られたことで、沿岸資源の状態や漁場 環境に関心が深まった。 7.今 後 の 課 題 カジメの生育は岸よりの浅い所に限られ、依然として目立った回復はみられ ていない。磯焼けから回復するまでには幼体の着生と枯死を数年繰り返しなが ら、ある条件が整った年に生残していた個体が生長して群落を形成する、と聞 いている。今後もカジメの生育状況を見ながら、エビの禁漁期においてもブダ イを漁獲することで、磯焼けからの回復を目指すとともに、周辺の民宿と協力 して、ブダイの利用についても積極的に取組みたいと思う。 本 稿 は 平 成 19 年 12 月 7 日 に 静 岡 市 民 文 化 会 館 で 開 催 さ れ た 、第 13 回 県 青 年・ 女 性 漁 業 者 交 流 大 会 に お い て 発 表 さ れ た も の で す 。大 会 で は 県 下 漁 協 青 壮 年 部 、 女 性 部 員 等 、約 90 名 の 参 加 が あ り ま し た 。大 会 は 、①「 ブ ダ イ を 漁 獲 し て カ ジ メ藻場の復活を!」下田市漁協青壮年部田牛支部 を通じて地域の活性化を」稲取漁協女性部 カキ養殖を見守る目」浜名漁協新居支所 渡辺忠相氏 鈴木國江氏 ②「魚食普及 ③「湖内に広げよう 太田和明氏の 3 件の活動実績発表が 行われました。 今回、審査対象となった①、②の発表は、審査員 7 名による厳正な審査が行 われた結果、稲取漁協女性部が最優秀賞(県知事賞)に選ばれました。下田市 漁協青壮年部田牛支部は惜しくも最優秀賞を逃しましたが、審査委員長からは 「磯焼けの持続要因と考えられるブダイの生息場所を把握し、そこで積極的に 漁獲することで、カジメに対する摂餌圧を抑えるという試みは評価できる。ま た、夏場のブダイでも利用される可能性が示されたことで、今後は地元の民宿 と協力してブダイの利用にも取組んでほしい」との高い評価を受けました。こ の た め 、平 成 20 年 3 月 5、6 日 東 京 に お い て 開 催 さ れ る 第 13 回 全 国 大 会 へ の 出 場に相応しいとして稲取漁協女性部と共に推薦されました。 な お 、 稲 取 漁 協 女 性 部 の 実 績 発 表 に つ い て は 、 次 号 ( 313 号 ) に 掲 載 す る 予 定です。 (安倍基温)
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