保安処分攻撃の中の「移送制度」新設(「季刊福祉労働」91より) 全国

保安処分攻撃の中の「移送制度」新設(「季刊福祉労働」91より)
全国「精神病」者集団会員
長野英子
☆「移送制度」とは
1999年「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下「法」といういう)の5年ごとの見直
しがなされ、新たに「移送制度」が34条に法定化された。これまで「精神障害者」に対しては強制入
院制度として主に医療保護入院と措置入院があったが、それぞれその強制入院にいたるまでに対象者を
強制的に運ぶことは法に明文化されていなかった。
もちろんこれまでも、「精神障害者」が強制入院されるにあたっては、現実には家族によって縛り上が
られて精神病院に運ばれたり、警察官によって運ばれたり(警察官職務執行法による「保護」であり、
違法行為を犯したか否かとは無関係)、警備会社や精神病院の車で運ばれていたが、警察による移送と
措置入院のための移送以外はいわば非合法な「誘拐」であった。今回の法定化により、措置入院のため
の移送も含め明確に規定され、これらの「誘拐」も法による手続きが規定され、合法化されたのである。
従来の措置入院の対象者以外は、医療保護入院のための移送とされ、入院先は応急入院指定病院。要件
は指定医の診察により、「精神障害者」でありかつ直ちに入院させなければ「医療及び保護を図る上で
著しく支障がある者」とされたこと、そして本人が入院に同意していないが保護者(主に家族)が入院
に同意していることである。例外的に「緊急を要する」と判断された場合は保護者の同意がなくとも移
送され応急入院となる。
手続きは以下の流れとなる。保護者あるいは行政機関職員等から「移送の依頼(単なる相談や連絡の場
合もある)」が都道府県知事(または政令指定都市市長)によせられると行政が事前調査を行い、指定
医の診察の結果移送制度の対象者ということになると、保護者の同意の下に強制的に応急入院指定病院
に移送され、入院させられることとなる。
☆私たち「精神病」者にとっての「移送制度」
私たちにとって強制入院はどういったものだろうか?
典型的な例は混乱の中で警察に「保護」され、
時には手錠をかけられ指紋を採られ、パトカーで精神病院に運ばれ保護室にぶち込まれるというもので
ある。
何が何だかわからないが、気がつくと独房に監禁され手足をしばられている。呼べど叫べど誰も来てく
れない。こんな体験を多くの仲間が強制入院の度に繰り返している。
移送の際には警察の協力が当然とされており、99年「法改正」に際してもうけられた専門委員会議事
録によると、全国精神保健相談員会会長天野宗和氏および日本精神神経学会副理事長森山公夫医師は口
をそろえて移送制度を実行するには自分たちの身体的安全のために警察官の協力が必須と発言してい
る。「精神障害者は危険ではない。精神障害者への偏見をなくそう」と日頃発言している精神医療従事
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者自体が、実は最も私たち「精神障害者」を危険視している実態がこれにより明らかである。
このような医療従事者による警官の協力の下での、強制入院を体験した仲間にとって、精神医療は「医
療」でも「保護」でもなく「権力の弾圧」に他ならない。こうした「医療への導入」を体験して、自分
の病気と向き合い、医療従事者を回復への道の同伴者として受け入れるなどということが可能だろう
か?
最近心的外傷後ストレス症候群(PTSD)という言葉が流行っているが、まさに精神医療はまず心的外
傷を強制入院という形で患者に与えているのだ。私自身も含め「精神病」者仲間のほとんどは精神医療
による心的外傷による後遺症である PTSD に苦しんでいる。
精神医療が真に医療の名にふさわしいものになるためには強制入院制度は一切撤廃されなければなら
ない。
強制入院が反医療的のみならず新たな障害を私たちに押しつけるものであるのに、「移送制度」はこの
強制入院をよりたやすくさせるものであり、私たち「精神病」者にとっては弾圧そのものである。法に
より強制入院と閉鎖病棟や保護室への「監禁」が合法化されているのに加え、さらに「誘拐」が合法化
されたのである。
☆「精神障害者」への保安処分攻撃としての度重なる「法改正」
83年宇都宮病院における入院患者虐殺事件が暴露され、精神医療の実態への批判のもと「人権への配
慮と社会復帰」を目的として法「改正」を行い87年精神保健法が成立(95年精神保健福祉法)した、
というのが政府厚生省の説明であった。
しかしながらその「法改正」の過程では、そもそも
「精神障害者」に対してなぜ強制入院や閉鎖病棟や
保護室への監禁(行動制限)が必要であるのか、と
いう問題は無視され、ひたすら強制入院と行動制限
の手続きの適正化をもって「人権への配慮」とされ
た。それだけではなく指定医制度の導入や任意入院
新設に伴う法外の他科と同じ入院形式(自由入院)
の否定、医療保護入院における届け出制度など、当
日本精神神経学会 保安処分と司法に関する小委員会
「新規措置入院の現状—1995年度都道府県新規措置調査報告」より
時の精神保健課小林課長の発言にあ
るように「入口を広く出口を狭く」
したものであり、私たち「精神病」者にとっては「強制入院制度の近代化合理化」そしてさらなる「精
神病」者管理強化に過ぎないものであった。
この「法改正」に伴い88年に出された厚生省保健医療局長通知にも、自傷他害のおそれのある精神障
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害者は措置が原則であってことさら医療保護入院に誘導しないこと、また警察官通報はすみやかに措置
へ向け鑑定の手続きをとるよう書かれている。こうした行政指導と大都市を中心とした「精神科救急制
度」の整備により、87年以降急激に新規措置入院が増加した(グラフ参照)。措置入院とは本人及び
家族が入院を拒否しても、「自傷他害のおそれ」を要件として都道府県知事の権限により強制入院させ
られる制度であり、現行体制下の保安処分制度として機能しているものである。
そしてこの「法改正」と同時に、87年に厚生科学研究として「精神科医療領域における他害と処遇困
難性に関する研究」班が発足し、「処遇困難者専門病棟」新設攻撃が始まった。この研究は班長の道下
忠蔵医師によれば「精神障害者の人権尊重はいいが、被害者の人権はどうしてくれる」という声に応え
て始められたものであり、医者が一方的に「困った患者」と決めつけた患者を特別な病院に厳重に監禁
しようとするものである。80年代初頭に出された刑法改悪=保安処分新設のいわば厚生省版ともいう
べき保安処分攻撃といえる。
日本の精神医療行政は常に「厄介者をいかに安上がりに処遇するか」という経済的要請と「危険な精神
障害者からいかに社会を守るか」という治安的要請のバランスの上に立てられてきたが、87年の「法
改正」もこの路線の上で、「外来診療の増加、精神病院の開放化に伴い、いかに合理的に精神障害者を
管理していくか」という目的の下「全ての精神障害者を徹底隔離収容する」よりも「より合理的に精神
障害者を分断処遇していく」という方針を打ち出したものである。そしてその方針の下に一定の「社会
復帰施策」が立てられ、それは地域に生きる「精神障害者」への管理体制の整備につながっていく。わ
れわれ「精神障害者」への福祉の根拠法がなんと強制入院法と合体した精神保健福祉法によることこそ
こうした方向をよく現している。
☆「触法精神障害者対策」キャンペーン
上記の保安処分攻撃は90年代には「触法精神障害者対策」とその名称を変えていく。
かつての刑法改悪=保安処分新設が法務省主導の「上からの保安処分攻撃」であるとしたら、このキャ
ンペーンはマスコミによる世論誘導、精神科医、弁護士会の1体化した、いわば「下からの保安処分攻
撃」である。マスコミによる、恐るべき生まれつきの犯罪者・怪物としての「人格障害」概念のばらま
き、刑法39条批判キャンペーン等については改めて述べないが、たとえば99年の「法改正」に対し
て精神科医団体は以下のような措置入院制度強化に向けた要望を出している。
「措置入院の解除については指定医2名で行うことにする」(国立精神療養所院長協議会、日本精神神
経科診療所協会)、
「措置入院に関して、保健所、精神保健福祉センターなど精神保健関連行政機関が有
効に関与できるシステムにするとともに、措置入院全体の経過に関して責任を明確にすること」(全国
精神保健福祉センター長会)、
「措置入院の措置解除に際し、6ヶ月間の通院義務を課すことができるこ
ととする」
(国立精神・神経センター)、
「措置入院を、特別措置(触法精神障害者 ――犯罪を犯した者、
検察官、保護観察所の長等の通報による入院)と一般措置に分ける。特別措置については、国・都道府
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県立病院及び国が特別に指定した病院に入院することとする」(日本精神病院協会)、「触法行為のケー
スの治療、措置解除時の司法の関与を明確化」
(精神医学講座担当者会議)。
一方日本弁護士連合会も昨年2月刑事法制委員会内精神保健福祉小委員会の「触法精神障害者に対する
施策のあり方についての意見交換会」に日本精神病院協会の「触法精神障害者対策プロジェクト」の委
員を呼び意見を聞くとともに、今年1月までに「触法精神障害者」に対する刑事処分のあり方や措置入
院制度などについて検討する委員会を設置することを決めた。81年の「刑法保安処分新設は再犯しか
防げないが、医療福祉の充実は初犯すら防げる」とした刑法保安処分への対案である要綱案を出した日
弁連のこの動きは見逃すことはできない。
こうした中で国会でも99年2月に参議院予算委員会において民主党の海野徹議員(静岡県選出)が、
事件を起こした「精神障害者」が社会に出てきて困る、必要な対策を、と法務大臣と厚生大臣にせまり、
保安処分新設を示唆した。さらに99年の「法改正」の過程で衆参両院の委員会において「法改正」の
付帯決議として「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方については、幅広い観点から検討を行
うこと」といった内容を全員一致で決議した。「犯罪を犯した精神障害者」について委員会が決議した
のは少なくとも87年以降の法改正においては初めてである。
これらの保安処分推進勢力の意図は昨年12月の法務省と厚生省の「重大な事件を起こした精神障害者
の処遇について」の合同検討会発足へと結実していく。
この合同検討会の主意書を読むと、精神医療、精神保健、福祉、全てを「犯罪の防止」すなわち保安処
分に向け動員していく意図が明らかである(主意書参照)。これこそまさに81年に出された日弁連要
綱案の焼き直しである。この主意書通りの体制ができるとすると、精神医療、精神保健、福祉の全ての
分野の専門家たちは、私たち「精神障害者」を「いつ犯罪を犯すか分からない者」というまなざしで見
つめ、常に「犯罪を犯さないようチェック」することを任務の一つとして強制されることになる。もは
やそこには医療も福祉も成立しえないことになる(注)。私たち「精神障害者」が監視と管理を逃れる
すべは、精神医療と福祉の拒否=野垂れ死にしかなくなるのだろうか?
「移送制度」は「精神障害者の適正は医療及び保護のための体制整備の一環」とされ、家族会からの「高
額な民間警備会社に頼る以外精神病院に患者を入院させられない」という訴えに応えて作られたとのこ
とである。
しかしながら「移送制度」を巡る厚生省の発言を見ていくと、この説明は素直に受け止めることはでき
ない。昨年日本精神病院協会の集まりで当時の精神保健課三觜課長は保護者の自傷他害防止義務はなく
なったが「移送制度」を新設したので、何かあれば医療を受けさせる義務を怠り移送制度を利用しなか
った保護者の責任になる旨述べており、また新潟の少女監禁事件に関しても、今後このようなことがあ
れば移送制度その他を準備しなかった行政の責任が問われると発言した。
また加害者家族に対し被害者遺族に1億円の賠償を命じた99年の仙台地裁判決は、入院させるなど必
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要な措置をとらなかった家族の責任を問題視しているが、控訴審においても、自傷他害義務が99年「法
改正」でなくなっても、保護者に医療を受けさせる義務はあり、したがって家族の責任を認め控訴棄却
した。
こうした状況下では「移送制度」は「本人の医療と保護のため」というより「犯罪防止」のために活用
されていくことは当然予想される。
かつて宇都宮病院は「アル中でお困りの方お電話ください。いつでもお迎えにまいります」というチラ
シをまいて患者狩りをしていたが、
「移送制度」によって、
「家庭内暴力でお困りの方いつでもお電話く
ださい。お迎えにまいります」などというチラシがまかれる時代がくるのだろうか?
あるいは町内会
で「あなたの隣に困った人はいませんか、保健所にご相談ください。いつでもお迎えにまいります」な
んていう回覧板が回る時代がくるのだろうか?
とりあえず現状では「移送制度」自体が財政上の問題ゆえに全国で全面的に活用される実態は生まれて
いないが、「移送制度」が法定化された以上こうした時代が決してこないとは楽観できない。前述の8
7年以降の新規措置入院患者数増加の大半が、休日の精神科救急制度を整備した東京での新規措置入院
の増加でしめられていることを見るとき、「制度があればそれを活用して強制入院が増加する」という
精神医療の実態を警戒していかなければならない。
今後厚生労働省と法務省の合同検討会主意書のような「触法精神障害者対策」の全面化が広がれば、
「移
送制度」により今まで以上に地域に生きる私たち「精神障害者」は強制入院への恐怖により萎縮した生
活を強制されることになる。
刑法改悪=保安処分新設に関しては、刑罰が本人に対する不利益処分であるという共通認識から、刑法
の人権擁護的側面に基づく批判が多方面からされてきた。しかし、
「医療と福祉の充実による犯罪防止」
については、「医療と福祉=本人の利益」という思い込から、弁護士会や精神医療従事者の動きに対し
批判の声が挙がらない状況がある。強制医療制度たる精神保健福祉法体制下での「医療と福祉」とは本
人の利益どころか、本人への不利益でしかない実態をもう一度振りかえり、反保安処分の理論的深化に
基づく闘いが今求められている。
(注)日弁連要綱案と今回の主意書については以下のパンフを筆者が発行しているのでぜひご一読いた
だきたい。
「反保安処分資料集1」
内容
法務省厚生省の検討会立ち上げにあたっての主意書、日弁連要綱案に抗議する全国「精神病」者
集団声明(81年)、日弁連要綱案、復刻版『保安処分推進勢力と対決するために ――日弁連要綱案 ―
意見書 ―野 田報告書を結ぶものへの批判』発行全国「精神病」者集団(82年)
体裁
B5判
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16ページ
923−8691
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